Ⅰ は じ め に
ウォルマートにとって中国市場はメキシコに次ぐ重点市場であり,進出 も1996年という早期になされた。店舗数は2016年末現在で439店舗と2
,411店舗のメキシコ,498店舗のブラジルに次いで多いというだけではなく,
その出店地域は非常に広範にわたっている。同社にとっての中国の重要性 は市場としての役割にとどまらず,世界全体の店舗に対する商品供給基地 としての役割も非常に高い。筆者は『ウォルマートのグローバル・マーケ ティング戦略』と銘打って出版した拙著においても,商品供給基地として の重要性に関しては既に言及しており,中国進出と同時期に,香港に隣接 する経済特区深圳にグローバル調達本部を設置したという事実を指摘して いる
1)。
筆者はこれまで世界中に店舗網を拡大するウォルマートの現地調査を行 197 商学論纂(中央大学)第
59巻第3 ・
4号(2018年3月)
ネット小売先進市場中国市場における ウォルマートの現地適応化戦略
丸 谷 雄 一 郎
目 次
Ⅰ は じ め に
Ⅱ 成熟期にネット小売が先行する中国小売市場の現状
Ⅲ 成熟期にネット小売が先行する中国小売市場におけるウォルマート の現地適応化戦略
Ⅳ むすびにかえて
ってきたが,中国市場に関しては,戦略的重要性の高さと店舗網の広範囲 さゆえに,既存研究
2)や現地市場情報を集めるにとどまり,現地調査は後 回しになっていた。しかし,ウォルマートのグローバル・マーケティング 戦略についての研究を続けるうちに,同国のネット小売市場としての先進 性に関しても注目せざるを得なくなってきた。
ウォルマートは1980年に
POSシステムを試験的に導入して以降,
IT導 入を積極的に行ってきた企業である。インターネットの活用に関しても,
特に2010年以降,重要課題として位置づけ積極的に行ってきた。2010年に は米国,英国,カナダ,メキシコ,ブラジルといった諸国で個別に展開し ていた
Eコマースをグローバル
Eコマース部門に統合した。そうした位 置づけの変化は組織改革においてもみられ,
Eコマースを米国ウォルマー ト,国際部門,サムズ・クラブ部門と並ぶ位置づけに格上げし,2012年1 月に同部門
CEOとなったニール・アッシュ (
Neil Ashe) 氏は上級役員5 人のうちの1人とされ,2016年1月にはウォルマート・テクノロジー部門 の
CEOを兼務させた。2016年8月にはネット通販ベンチャーのジェッ ト・ドット・コムを約33億ドルで買収し,同社の
CEO(最高経営責任者)
であったマーク・ロア氏に米国
Eコマース部門の会長兼
CEOを任せた。
その後は同氏主導により,ネット販売を強化するために,2017年1月に靴 販売のシューバイを7
,000万ドル,2月にアウトドア・スポーツ衣料品のム1) 丸谷(2013)38‑39頁。
2
) 中国の小売市場に関する既存研究はその注目度の高さや中国出身の欧米で 活躍する実務家や研究者の多さゆえに,中国のウォルマートに関して単独で 扱った文献(Chan, Anita ed. (
2011))が出版されるなど一定の蓄積があり,上記研究をフォローするだけでも多くの知見が得られる。そして,日本にお
いても中国出身研究者が学会などにおいて活躍しており,日本語でも研究成
果が継続的に公表されている。こうした状況は,筆者が主に研究対象として
きたその他の小売市場に関するウォルマートなど主要小売業者に関する研究
の蓄積とは状況が大きく異なっている。
ースジョーを5
,100万ドル,3月にサイズの幅広さや先鋭的なファッションで知られる女性衣料品のモドクロスを7
,500万ドルで次々と買収し3),
6月には男性向け衣料品ネット販売のボノボスを3億1
,000万ドルで買収すると発表した。
こうした動きと軌を一にする動きとして,同社は2011年に中国通販サイ ト運営会社「1号店 (
Yihaodian) 」の一部株式を取得し,2015年7月には 完全子会社し,2016年6月20日には,中国電子商取引第2位
JDドット・
コムに「1号店 (
Yihaodian) 」を,
JDドット・コムの自社株5%と引き換 えに売却し,ウォルマートは
JDドット・コムと戦略的提携を締結した。
なお,この合意により,
JDドット・コムは「1号店」ブランドとウェブ サイトを管理し,ウォルマートが「1号店」の直販事業を運営し,ウォル マートは
JDドット・コムのオンライン上の顧客動向に関するデータを獲 得できる。さらに,ウォルマートは2016年10月5日に
JDドット・コムの 保有株式を5
.9%から10.8%へ,2017年2月3日に12.1%(2億8
,910万株)に増加させ,2017年4月には海外企業向けの
BtoCオンラインショッピン グサイト「京東全球購 (
JD Worldwide) 」内に,同社傘下の英国
ASDAスト アを開業することを発表した。
JD
ドット・コムは2015年8月には2015年中国チェーンストアランキン グ10位の永輝超市の株式10%を取得し戦略的提携を結んでいる。そして,
中国電子商取引の巨人アリババが2015年5月にランキング29位の銀泰百貨 の最大株主となり,アリババ
CEO張勇 (ダニエル・ザング) 氏が理事長に 就任し,8月にはランキング1位の蘇寧雲商に相互出資を行うなど,オン ライン・オフラインの強者連合構築の動きは中国小売市場において加速し た
4)。
EC市場の成長自体は落ち着きつつあるとはいえ,巨大となった
EC3
) 『日経
MJ』2017年5月
19日。
4) 2015年に加速した中国の小売強者連合構築の動向に関して詳細は,野村総
市場では,日用品においては上位企業による競争はさらに激化している。
生鮮物流の強化に向けたコールドチェーンの整備がなされ,改善が進んだ 通信環境を踏まえた農村での商流・物流の構築が進められつつある
5)。 以上の問題意識に基づいて,本稿ではネット小売の普及が世界的にみて も先行的に進む中国市場の現状を検討した上で,ウォルマートの中国市場 における現地適応化戦略を,2014年〜2016年度に行ってきた現地調査の結 果を分析することを通じて検討していく。
Ⅱ 成熟期にネット小売が先行する中国小売市場の現状
1.中国小売市場の発展の経緯と現状
⑴ 小売市場開放に伴う外資の
M&Aと国内資本の組織再編
中国小売市場は外資が段階的に受け入れられ,彼らが主体となって近代 化が促進された。表1に示すように外資への規制緩和は1978年の改革開放 以降の市場経済転換段階を経て,1992年7月に国務院が「商業小売分野に おける外資利用問題についての返答 (国務院82号通達) 」を公布して以降条 件緩和が段階的になされ,2001年12月の
WTO加盟の公約となった加盟3 年以内での外資参入の出資比率制限や地理的制限などの廃止が2004年12月 に実行され,全面的開放段階に入った
6)。
全面的開放段階までの準備期間の3年間も含めて,中国市場全面的開放
合研究所の中国小売に関して取り扱った報告書『小売業を超越した中国「オ ムニチャネル経済圏」の形成〜中国商業十大ホットイシュー
2016〜』(https:
//www.nri.com/jp/event/mediaforum/2016/pdf/forum234.pdf)を参照。
5
)
2016年に加速した
EC市場における改善の詳細は,野村総合研究所の中国 小売に関して取り扱った報告書『マルチボーダレス時代に突入した中国流通 業界〜中国商業十大ホットイシュー
2017〜』(http://www.nri.com/jp/event/
mediaforum/2017/pdf/forum252.pdf)を参照。
6
) 中国小売市場の外資開放と外資参入に関しては,馮(
2011)
35‑
61頁など
を参照。
表1 中国小売市場開放の経緯
開放段階 期間 政策の変化 小売市場の変化 注目企業 市場経済
転換段階
1978
年
12月〜
計画配給システム を廃止し,開放型 の流通システムを 構築
伝統的自由市場復活と個 人経営の拡大
漸進的 開放段階
1992
年
7月〜外資へ条件付き開 放, 一部地方政府に よる外資積極受入
制度の不透明な中での日 系・東南アジア系百貨店 参入
ヤオハン
整理整頓と 開放拡大段 階
1997
年
5月〜中央政府による外 資受入制度の統一 と更なる開放推進
欧米のグローバル小売参 入
カルフール
全面的開放 段階
2004
年
12月〜
WTO
加盟の公約 であった外資開放 が実現
東南アジア,台湾系小売 急激に浸透
国内専門店チェーンの成 長と国内大規模小売集約 ネット小売急進
大潤発
ヴァンガード
アリババ
出所:馮(2011)35‑61頁の内容などに基づいて,筆者が作成。表2 中国市場全面的開放段階に向けた外資の
M&Aと国内資本の組織再編
時 期 出 来 事
2001
年2月 西単上海華聯超市北京有限公司に再編
2001
年7月 華潤集団(香港)深圳万佳百貨股份有限公司買収
2001年9月
華潤集団(香港)江蘇蘇果超市股份有限公司買収
2011年11月
首都商業連鎖集団股份公司に再編
2001
年
12月 北京超市発天客隆連鎖股份公司に再編
2002年7月 聯華華商集団に再編
2002年11月
カルフール(フランス)勧業超市買収
2003年9月
上海百聯集団に再編
2004
年4月 北京物美商業集団北京超市発連鎖股份公司買収
2004年7月 テスコ(イギリス)楽購買収
出所:馮(2011)114頁の2つの表を,筆者が1つにし修正。
段階に向けた外資の
M&Aと国内資本の組織再編が進んだ (表2参照) 。 ⑵ 中国小売市場の現状
表3は中国の2016年小売100強のうちのトップ10であるが,このランキ ングに入っている企業は全面的開放段階以降成長してきた企業であり,ラ ンキング企業を検討することによって中国小売市場発展の現状を確認する ことができる
7)。
1位はアリババの運営する天猫 (
T‑
Mall) ,2位はテンセントが2014年 に約15%を出資した京東 (ジンドン) であり,10位にも
Eコマース専業の 唯品会
8)が入っており,中国においてネット小売が先行する実態を反映し ている (詳細は後述) 。
3位の大商集団は大連に本社を置き,2003年以降石家庄北国人百集団な どの買収を行うことなどにより成長を果たし,新瑪特 (シンマーター) な どの百貨店を展開する中国最大の百貨店グループとなった。しかし,近年 ではネットを含む異業態間競争や経営コストの高騰などにより状況は厳し くなってきている
9)。
4〜5位の2大家電量販チェーンの全面的開放段階での成長は凄まじ く,国美電器は全面開放以降地盤であった北京から1〜2級都市へ全国展 開し,2006年に地方チェーンの上海永楽を買収し,トップに立つと2006〜
2008年までトップを守り,2007年には北京大中を,2008年には山東省出身
7
) 中国小売市場の近年の概況に関しては,西島(
2014),神谷(
2010),神谷
(2011)などを参照。
8
) 唯品会は中国広州市に本社を置き,人気ブランドメーカーと提携し,女性向 けフラッシュセール(短期間で特定条件を充たしたブランド商品などを50〜
80
%OFF など大幅な値引きを行って販売する手法)を行うことによって偽物 品が多く流通するといわれるネット小売市場において成長してきた企業であ る。
9) 朱(2016)14頁及び23‑31頁。
の地域チェーンで2000年代前半には家電量販チェーン首位であった三聯商 社を傘下に収めた。蘇寧電器も地盤である南京からフランチャイズを含め て早期に店舗を華東,華南,華北へと出店し,2009年には国美を逆転し,
2大家電チェーンとなった10)
。同社は日本では老舗家電量販チェーンのラ オックスを買収した企業として有名である。
6位の華潤万家は親会社が中国国有大型コングロマリット華潤創業であ り,改革開放以前から中国と香港の双方で相当の影響力を持つ対外貿易会 社であった。同社は2004年に江蘇蘇果超市を買収して以降,広東民潤,広 州宏城,天津家世界,江西洪客隆,西安愛家など9社を傘下に収めスーパ ーマーケットの
Vanguard, 苏 果
11),コンビニエンスストアの
VanGOの他,
10
) 中国の家電量販チェーンの発展に関して詳細は,関根(
2008)を参照。
11) 買収した江蘇蘇果超市のスーパーマーケットであり,その他の買収したチ
表3
2016年小売
100強
順位 企 業 名 販売額(元)
1
天猫
141,500,000 2京東
93,920,000 3大商集団
23,525,202 4国美電器
18,243,000 5蘇寧雲商集団
17,350,000 6華潤万家
10,349,462 7康成投資(中国)(大潤発)
9,329,,000 8沃尓瑪〔ウォルマート〕(中国)投資
7,669,751 9聯華超市
5,798,48510
唯品会
5,659,000出所 :中国商業聯合会(CGCC)と中華全国商業信息中心(CNCIC)が共同で公 布 し た『2016年 小 売100強 』(http://www.cncic.org/index.php?option=com_
content&task=category§ionid=4&id=41&Itemid=126)。
高 級 ス ー パ ー の
Oleʼ,
BLT(
Better Life Together) ,
V+,
Fun2,欢 乐 颂 ,
LIFESPACE乐 都 汇 ,
Voi_la!酒窖,
e万家,太平洋咖佔といった名称の幅 広い小売業態を展開してきた。2014年には英国テスコから中国内で苦戦し ていたスーパーマーケット135店舗を事実上引き継ぎ再建に苦しみ,上場 以来初の赤字となった
12)。なお,テスコブランドは,テスコ・エクスプレ
ス (
乐购express
) という名称で傘下ブランドとして現在も展開を継続し
ている。2015年にはウォルマートに対してウォルマートと合弁で展開して いた中国国内に保有する21の直販店の少数株式を売却することが明らかと なった
13)。
7位はカルフールやウォルマートとともに中国小売近代化を促進してき た外資3強である
14)台湾系の高鑫零售 (サンアート・リテイル) である。同 社は大手コングロマリットの潤泰グループの傘下企業であり,1996年台湾 で創業すると,1997年には中国で上海大潤発有限公司を設立し,1998年7 月に中国での出店を開始した。2001年には1997年に上海食品集団公司等と 合弁で進出し,1998年以降出店を開始していたフランスのハイパーマーケ ットのオーシャンに大潤発の株式の2
/3を売却する資本業務提携を行うと同時に,香港にて50%ずつ出資した中国事業を行うための合弁企業を立ち 上げ,両社の中国事業の統合を行った。大潤発による
RTマートとオーシ ャンによる欧尚という2つの名称で店舗展開を継続している。2004年には ェーンの店舗はヴァンガードに統一しているが,ブランド力が高いためその まま名称を維持している。
12) 華潤のテスコ事業引き継ぎに関して詳細は,『日本経済新聞』2014年8月 26
日を参照。
13) 華潤のウォルマートへの一部チェーンの保有株式売却に関して詳細は,
『日本経済新聞』
2015年
10月
10日を参照。
14) 外資3強のウォルマートに関しては後述する。なお,9位はKFC
やピザ
ハットを展開する米国系のヤム・ブランズであり,カルフールも経営不振に
あるとはいえ11位にランクしている。
50店舗目,2007年には100店舗目の出店を行い,2011年7月27日には両社
が統合した企業高鑫零售は香港市場に上場を果たした。
店舗数は2010年
RTマート143店舗,オーシャン41店舗となり,それ以 降は
RTマートの出店を急激に展開した。
RTマートのみで2011年185店 舗,2012年219店舗,2013年264店舗,2014年304店舗,2015年335店舗と順 調に増加し,5年間で倍増している。オーシャンも
RTマートより出店ペ ースは遅く,51店舗を展開する華東地域を中心に,2015年には74店舗を展 開している。同社は1997年の出店開始以降一度も店舗の閉店をしたことが なく,スクラップアンドビルドを頻繁に行うその他の外資とは非常に対照 的である。同社は2014年には売上高を前年比6
.6%以上増やしたが,既存店売上高は1
.6%減らした。しかし,2014年には電子商取引サイト「飛牛網」を開設し,電子商取引の事業を同社の本拠地である上海周辺から全国 に拡大し,既存店在庫を有効に活用し,電子商取引では他社を圧倒するア リババに一矢報いようとしている。
9位は上海に本社を置く大手商業流通産業企業「百聯集団」のスーパー マーケット部門であり,同集団は2017年2月に既述の最大手天猫を運営す るアリババとの提携を発表している。
2.成熟期を迎える中国小売市場
中国小売市場は成熟期を迎えている。
ATカーニーは15年間にわたりグ ローバル小売発展インデックス (
GRDI) を公表し,新興市場の小売市場に 関して検討を行ってきた。同インデックスによれば,中国小売市場は2016 年においても発展途上国の中で投資対象として世界第1位ではある。しか し,2003年には開放期であった市場は2016年には成熟期を迎えているとし ている (図1参照) 。
GRDI
を示した報告書による成熟期の定義は,消費支出が大きく成長し,
図1 グローバル小売発展インデックスにみる絶好の機会
国 名
開放期 成長期 成熟期 衰退期
定 義 中間層が増加し ていく。消費者 は組織化された フォーマットを 求めるようにな り,政府は規制 を 緩 和 し て い く。
消費者が組織化 されたフォーマ ットを求め,グ ローバルブラン ドを強く求める。
小売ショッピン グ地区が開発さ れ,不動産が手 軽に獲得可能に なる。
消費者の支出が か な り 拡 大 し,
魅力的な不動産 が獲得しづらく なり,現地での 競争が洗練され てくる。
消費者が近代的 小売に慣れ,自 由裁量支出が高 まり,競争は現 地及び外資小売 業者の双方に対 し激化し,不動 産は高騰,容易 に利用できなく なる。
参 入 モード
現地小売業者へ の少数投資。
直営店を通じて のようにゼロか らの投資。
主にゼロからの 投資だが,2級 あるいは3級都 市に注力。
買収。
労務戦略 現地熟練労働者 を管理職に。
現地人材を雇用 訓練し,駐在員 とのミックスを。
駐在員から現地 人材へ比重を変 更。
主に現地人材を 利用。
出所:ATKearney (2016), Global Retail Expansion at a Crossroads, ATKearney, p. 4. (https://www.atkearney.com/documents/10192/8226719/Global+Retail+Expansion+at+a+
Crossroads%E2%80%932016+GRDI.pdf/dc845ffc-fe28‑4623-bdd4-b36f3a443787)
ブラジル(2005)エジプト(2016)
メキシコ(2003) チリ(1998)
ポーランド(1990)ハンガリー(1995)ペルー(2002)ロシア(1995)ナイジェリア(2014)
ペルー(2015)
ブラジル(2013)インド(2015)
トルコ(2016)
UAE(2016)
ハンガリー(2011)
ポーランド(2005)
チリ(2016)
メキシコ(2016)
南アフリカ(2015)
ロシア(2016)
中国(2016)
メキシコ(2009)
インド(2009)
インド(2003) 中国(2003)
ロシア(2003)ベトナム(2016)
不動産の取得が非常に困難であり,国内での競争が洗練されているという
ことであり,参入モードは2〜3級都市への一般的にゼロからの直接投資
によりなされ,労働戦略としては現地化がなされるとしており,中国小売
市場はこの定義に当てはまる局面に来ているといえる。
3.ネットが先行する中国小売市場
既述のように,中国小売市場に関して現状を確認できたが,上位2社に 関しては,他社を圧倒しており,ネットが先行する中国小売市場を代表す る企業であるといえるので,ここで両社の現状を詳細に検討する。
上位2社はアリババの運営する天猫とテンセントが2014年に約15%を出 資した京東 (ジンドン) である。中国のネット事業は,頭文字をとって
BAT(
Baidu(百度),
Aribaba(阿里巴巴),
Tencent(騰訊)) と呼ばれる3社の 出資する企業が牽引してきた。しかし,
Eコマースにおいては,アリババ の天猫がテンセントの騰訊
ECを圧倒していたので,テンセントは自社サ イトを上回る売上高を有していた京東に出資し攻勢をかけた。
天猫は楽天同様基本的には電子空間上の場所貸し方式であるのに対し て,京東は自社店舗を開いて運営していく契約方式と,在庫を預けて販売 していく契約方式の2つを選択できるアマゾンに類似した方式である。ユ ーロモニター社によれば,両形式とも売上自体は伸ばしているが,2014年 までは前者が後者を上回っていた。2015年には後者の割合が若干ではある が上回るようになった
15)。
天猫はアリババが2003年に設立した
C2C(消費者間取引) ネット通販を 行っていたタオバオ (淘宝網) の一部を2008年に
BtoCの「淘宝商城」と して立ち上げたサイトを,2012年1月に「天猫
T‑
Mall」としたものであ る。
Eコマースを含む中国商業連合会 (
CGCC) の中国流通業ランキング では,天猫は2012年に中国小売チェーンランキングでは1位であった蘇寧 に次ぐ2位となり,2013年には蘇寧電器を追い抜きトップとなり,2014年
15) Euromonitor International (2016), p. 11.
には7
,600億元と2位蘇寧電器の2,736億元の3倍弱となり圧倒していた。タオバオと天猫といったアリババが運営する消費者向け
ECサイトの年間 総取引額は2015年にはスマートフォンでの決済の急激な増加により,世界 最大の売上高を誇るウォルマートを上回る3兆920億元の取引高を記録し た。もちろん自前で商品を仕入れ,自らの店舗で商品を売るウォルマート の売上高と,様々な販売店が集まるモール形式を採用しているアリババの 総取引額を単純に比較することはできない。しかし,中国におけるネット 小売の急激な成長を示す象徴的な出来事であるといえる
16)。
2015年2月には 农 村淘宝事業部が設立され,農村への進出が本格的に開 始された。この事業は国家戦略とも合致しており,国家の援助,地元政府 との綿密な連携,電子商取引プラットフォームを通じての郡,村レベルの サービスネットワークを構築しつつある。同社は後述のウォルマートが未 進出の新疆ウイグル自治区や海南省まで2016年3月末までに 农 村淘宝サー ビスステーション14
,000箇所を設置し,3年間で10万箇所を目指して100億元を投資し展開することを目指している
17)。
京東も天猫を猛追しており,2013年のテンセント出資前も中国流通ラン キングでは5位を誇っていたが,2014年には蘇寧電器に次ぐ3位とな り
18),
2015年にはさらに売上高を大幅に伸ばし4,627億元となっているので,16
) アリババによるウォルマート超えに関して詳細は,小平和良「アリババ,ウ ォルマート超え世界一の流通企業に」 (日経ビジネスオンライン2016年3月23 日 ) (http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/
16/031700021/032200002/)を参照。
17
) 农村淘宝に関して詳細は,アリババのホームページで提供されている农村 淘宝の説明動画(http://www.alibabagroup.com/en/news/video?clip=
9),アリ バ バ の ア ニ ュ ア ル レ ポ ー ト(http://www.alibabagroup.com/en/news/
press_pdf/p160505.pdf)及び农村淘宝のホームページ(https://cun.taobao.
com/)を参照。
18) 郷(2016)204‑207頁。
蘇寧電器を抜いて天猫に次ぐ存在となったとみられる。同社は即日配達な どの配送サービス強化のために,自社の宅配サービス部門である「京東到 家」と地方を中心に37都市の宅配網やネットを使った配送管理システムに 強みを有する達達とを合併させたり
19),ネット通販需要が広がる内陸部の 中心都市,重慶市において2017年秋の全面稼働を目指して巨大物流施設を 建設したりしている
20)。そして,海外商品の販売強化のためには,2016年
4月にはヤマトホールディングス傘下で国際物流を手がけるヤマトグローバルロジスティクスジャパン (
YGL) と提携し,
YGLは日本企業が京東の 越境
ECモール「京東全球購 (
JD. COM International Limited) 」に出店・出 品する際のサポ ート,注文から配達まで 最短4日でのスピード輸送サービ スの提供を開始した
21)。
ウォルマート (
Wal‑
Mart Stores) は,中国の大手
Eコマース企業である
JDドット・コムと戦略的提携を結んだ。
Ⅲ 成熟期にネット小売が先行する中国小売市場における ウォルマートの現地適応化戦略
1.小売業者のグローバル・マーケティング戦略とは
ウォルマートは小売業者であり,小売業者のグローバル・マーケティン グ戦略の一般的な手法に依拠してグローバル・マーケティング戦略を分析 することができる。
小売とは消費者に直接商品を販売することであり,小売業者のグローバ ル・マーケティング戦略はメーカーのグローバル・マーケティング戦略の
19
) 『日経産業新聞』
2016年4月
20日。
20) 『日本経済新聞』2016年6月2日。
21
) アリババは
2016年8月にヤマト運輸のライバルである日本通運と業務提携
した。
表4 小売業者のグローバル・マーケティングの配置と調整
配置課題 調整課題
①参入市場(国・小売フォーマット)
の選定
①標準化/現地化(小売フォーマッ トコンセプトを含むポジショニング,
フロント・システムとバック・シス テムのミックス)
②小売フォーマット移転モードの選 定
②知識移転(内容はメーカーと小売 業では異なる)
出所:丸谷(2017)229頁。
表5 小売フォーマットにおける知識移転と知識創造 目的 具体的内容 必要とされる方策 第1段階 知識の共有 小売フォーマット
の各要素の理解
公式ルートを通じた質の高いコ ミュニケーション方式の採用と 体制整備
相互依存する各要 素の関係の理解
公式ルートを通じた質の高いコ ミュニケーション方式の採用と 体制整備
第2段階 各市場への 知識移転
知識が有効に左右 する前提となるコ ンテクストの理解
公式ルートを通じた質の高いコ ミュニケーション方式の採用と 体制整備
各市場のコンテク ストの理解
各市場のコンテクストの相違を 分析する手法の確立
移転する知識の選 別
移転する知識の選別手法の確立
移転知識の現地化 移転知識の現地化手法の確立 第3段階 知識創造 知識移転における
試行錯誤
現地市場仕様の知識体系の構築
知識移転の知識創 造
多様な市場での知識移転におけ
る試行錯誤経験の蓄積
出所:川端(2005),矢作(2011),川端(2011)などを参考に作成。枠組みを援用できるが,上記の小売の特性を踏まえて,グローバル・マー ケティングの課題である配置と調整を検討する必要がある (表4参照) 。 配置課題は2つあり,第1は「参入市場 (国・製品) の選定」であり,
国という意味ではメーカーと同様であるが,小売業にとっての製品 (提供 物) は小売業が各自で開発する業態を意味する小売フォーマットというこ とになる。第2は「参入モードの選定」であり,消費者に直接商品を販売 するということを考えれば,メーカーが行う製品のみの輸出という方法は 一般的ではなく,小売フォーマット移転モードの選定ということになる。
調整課題も2つあり,第1は「標準化/現地化」であり,ポジショニン グ (製品コンセプト) を含めた4
Pのうち,ポジショニングは小売フォーマ ットのコンセプトに,マーケティング・ミックスがフロント・システムと バック・システムのミックスに該当する。第2は「知識移転」であり,知 識の内容が製造と小売では異なるので,小売フォーマットに関する知識の 特性を踏まえて,フロント・システムに関する知識とバック・システムに 関する知識に区分しなければならない。そのうえで,各知識の特性に応じ た移転を行う必要がある (表5参照) 。
2.ウォルマートのグローバル・マーケティング戦略
⑴ 配 置 課 題 ① 参入市場
ウォルマートの本格的な海外進出は1991年から開始され,初期の香港
(1995年) ,インドネシア (1997年) からの撤退,試行錯誤期の韓国,ドイツ
(2006年) からの撤退を経て,現在の出店国は北米のカナダ,メキシコ,中
米5カ国,中南米のブラジル,アルゼンチン,チリ,アジアの中国,日
本,インド (卸のみ) ,欧州の英国,南アフリカ他である (表6参照) 。進出
国の中では,母国米国とともにカナダと
NAFTA(北米自由貿易協定) を締
結しているメキシコ市場の成功は圧倒的であり,中国,ブラジルといった 新興国の成長も目立ってきた。
しかし,その成長スピードはメキシコにおける出店許可にまつわる賄賂 の発覚といったスキャンダル
22)や新興国経済の成長鈍化により遅くなり
(表7参照) ,現在1つの踊り場に差し掛かりつつあり,調整局面を迎えて いるようにみえる
23)。国際部門の大幅な人事異動を行い,2016年8月には 中国
CEOは,ショーン・クラーク氏 (ショーン氏は英国社長兼
CEOへ) か らカナダ社長兼
CEOであったダーク・ヴァン・デ・バーク氏 (彼は日本を 含めたアジア全体のリージョナル・プレシデントも兼務) に変更された。
② 参入モード
ウォルマートが外国市場参入に際して採用した参入モードは現地企業に
22) Castano (2014), p. 2.
23
)
2013年のインドにおける現地資本バルティとの合弁解消もこうした状況と 軌を一にする文脈でとらえることもできる。
表6 ウォルマートの外国市場参入の方法,時期,参入国及び参入経緯 参入方法 参入時期 参入国 参入経緯
買 収
1994年1998年 1998年 1999年 2009年
カナダ 韓 国 ドイツ 英 国 チ リ
ウールコを買収
マクロ合弁事業を買収(撤退済み)
ベルトカウフを買収(撤退済み)
アズタを買収
D&Gを買収 合 弁
1991年
1995
年
1996年
2002年
2005年
2009年
2011年
メキシコ ブラジル 中 国 日 本 中米5カ国 インド 南アフリカ他
シフラと合弁
ロハス・アメリカーナと合弁 現地資本と合弁
西友に資本参加
CARHCO
と合弁
バルティ・グループと合弁
マスマートに資本参加
ゼロからの進出
1995年 アルゼンチン
よる買収,合弁による進出,ゼロからの進出の3つである。今後はカナダ のような規制が少なく,リスクも低い国では買収,規制リスクともに大き いインド市場では合弁後買収といったように,進出候補国である新興市場 への小売規制緩和前の早期進出と早期進出に伴うリスクヘッジといった観 点から,市場の潜在性,規制リスクを総合的に判断した上での買収あるい は合弁後買収による参入といった方法が選択されるとみられる。
⑵ 調 整 課 題 ① 標準化/現地化
ウォルマートは標準化/現地化のうち,ポジショニング (小売フォーマ ットのコンセプト) の標準化/現地化の調整に関して,現地化戦略を重視す るマルチナショナル戦略グループに位置づけることができる。
同社は自国市場で採用したポジショニング戦略を柔軟に変更し,小売フ 表7 ウォルマートの主要新興市場における店舗数の増減の推移
2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017
全 体
472 364 494 497 500 1094 497‑41 183
9 64メキシコ
115 134 174 272 261 358 265‑
154 91 70 51ブラジル
4 14 32 89 45 33 46‑
2 1‑
58‑
1中 国
17 149 41 36 49 42 23 12 6 21 7その他
336 67 247 100 145 661 163 103 85 -24 7買 収 中米 チリ アフリカ
413 197 347
撤退売却 独韓 メキシコ
‑
104‑
360注) 2014年のメキシコの撤退売却はレストラン部門の売却である。2016年のブラジルの 大幅なマイナスは2016年1月に実施が発表されたラテンアメリカのリストラ策を実施 した結果であり,2017年のチリにおける32店舗の店舗数減少もこのリストラの結果で あるとみられる。なお,2016年のその他のマイナスは日本における若菜(惣菜路面店)
の全店舗(50店舗)と西友の地方不採算店30店舗の閉鎖によるところが大きい。
出所:ウォルマートの各年度年次報告書の内容に基づいて,筆者が作成。
ォーマットも柔軟に現地市場に合わせることによって,各国市場において 売上規模を確保することを重視し,買収も積極的に行った。そして,小売 業者のグローバル・マーケティング戦略のセオリーに乗っ取って,買収後 獲得した小売フォーマットも日本の西友などの事例にみられるように,消 費者から遠いバック・システム (小売サプライチェーン,店頭の小売業務,組 織) から標準化を推進する一方,消費者に近いフロント・システム (小売 ミックス,店舗ネットワーク) に関しては,西友というチェーン名称での店 舗ネットワークを維持するなど,現地化の部分を残している。
さらに,日本独自の
PBである「みなさまのお墨付き」といった名称に みられるように,品質に厳しい消費者という現地市場の独自性を活かした 現地化も推進し,一部を中国市場に輸出するといった取り組みも開始して いる。
② 知識移転
知識移転に関しては,小売ミックスと店舗ネットワークといったフロン ト・システムにおいては,マニュアル等による形式知化が容易で,観察に よって理解しやすく,単純であり,事業システムに対する依存性はないの で,模倣が容易である (矢作(2011)22頁) 。そのため,ウォルマートもメ キシコといった先行市場からの情報提供,先行市場での現地研修及び進出 市場での経営指導などを通じて従来から積極的に行ってきた。
しかし,フロント・システムに関しては,システム自体が店頭で目に見 えやすく,形式化されているため,競合企業に対して中長期には強みにな らない。ウォルマートは組織外部からの観察では特定が困難な要素が数多 くあり,店舗運営,商品調達,商品供給といった要素間の因果関係が特定 しにくい複雑な相互関連性があるバック・システムに関する知識移転を重 視してきた。
表5は小売フォーマットの知識に関してまとめているが,ウォルマート
は2006年以前の店舗網拡大期における知識の共有を経て,2006年以降の新 興市場重視期における各市場への知識移転の試行錯誤を経て,2013年以降 のネット普及期ともいえる新たな時期において,知識創造の段階に達して きている数少ない小売業者となっている。
紙数の制約で詳細は拙著 (2013) に譲るが,同社は新興市場重視期にお ける先進新興市場であるメキシコから,後発新興市場である中米地峡諸国 やアルゼンチンの地方市場への小売フォーマット移転などの経験を経て,
知識移転の知識創造を行っており,こうした経験は新興市場重視という傾 向が落ち着いた今後の店舗展開においてもかけがえのない知識を創造した といえる。
2.成熟期にネット小売が先行する中国小売市場におけるウォルマート
の現地適応化戦略
⑴ 現地化段階へ進みつつあるウォルマートのグローバル・マーケティ ング戦略
ウォルマートのグローバル・マーケティング戦略は新興市場の代表であ
る
BRICSのうち,ロシアを除いて参入は終了し,ポスト
BRICS諸国を中
心に常に進出機会を探索しつつも,参入済み市場での現地化段階,グロー バル統合段階へとフェーズが進展しつつある。
国際化プロセスが進展するにつれて,グローバルに展開することの優位
性である進出先市場からの商品調達や進出先で獲得した知識の移転といっ
た調整課題の重要性が高まってきている。筆者も拙著において,新興市場
向け小売業務開発化センターとしてのメキシコ市場と商品調達商品供給の
国際化センターとしての英国市場について言及し,国際化センターとして
の2拠点からの知識移転について言及している
24)。
⑵ ウォルマートの中国市場参入戦略 ① 中国市場参入の経緯
ウォルマートの中国市場参入はメキシコ,カナダ,ブラジル,アルゼンチ ンという近隣諸国や米国の裏庭と呼ばれる南米以外での最初の進出であ り,アジア初の進出となった。参入方法は当時100%出資での参入は認め られていなかったため,現地企業深圳国際信託投資公司との合弁による進 出であった。
整理整頓と開放拡大段階の期間に,最初に開店した深圳湖景店から2001 年までに広州,大連,福州,スワトーへと店舗網を地道に拡大した。2003 年に23店舗目として北京出店が実現し,全面規制開放後の2006年上海南浦 大橋店出店を契機に全国出店を加速した。当時の中国は安価な商品の調達 先としての機能が大きく,2002年には当時海外調達商品の2
/3を占める40億ドル (間接調達を含めれば100億ドル以上) に至った中国製品の購買機能を 有していた香港にあった香港のアジア購買本部も深圳に移し,台湾にあっ た購買機能も段階的に深圳に統合した
25)。
② ウォルマートの中国市場参入戦略
ウォルマートの中国市場参入戦略のうち,業態戦略は米国で展開してい たスーパーセンターとサムズ・クラブによって自前で店舗網を70程度まで 拡大していたが,2007年に当時ウォルマートより小型ではあるが100店舗 程度を展開していた台湾系の
GMSである好又多 (トラスト・マート) の株 式35%を取得し,その後買い増して買収し,ウォルマート方式を段階的に
24) ガスリー・バンジョーはウォルマートがメキシコにおいて展開する食品ス
ーパーのスペラーマによって
1993年から継続的に改善がなされてきた配送サ ービスのその他の新興小売市場への展開の可能性について言及しており注目 に値する。詳細は,Guthrie and Banjo (
2014)を参照。
25) 『日経MJ』2002年10月17日。
導入していった。
立地も全面規制開放後急激に拡大し,店舗密度も拡大していった。中国 の都市は商業的魅力により,1級都市から5級都市に区分される
26)。同社 は成長する1〜2級都市と呼ばれる大都市への出店を加速した。
しかし,1〜2級都市は既述の通り内外資本間での競争激化もあり急速 に成熟化し,既述のネットの普及もあり,多くの不採算店を生み出し,
2013年以降不採算店の閉鎖を行った
(図2参照) 。
⑶ ネット小売が店舗小売に先行して普及する中国小売市場における現 地適応化戦略
① ウォルマートの地方都市への出店領域の拡大
地方都市への出店領域の移行は同社にとってある程度想定内の事態であ ったと考えられる。同社の外国市場での成功の成否は地方での展開の成否 によって左右されてきたからである。同社は不採算店閉鎖と同時に,本来 の強さを発揮する予定の3〜4級都市への出店を拡大し,2015年9月には
26) 中国大手経済誌を発行する第一財経が中国の地級市(省と県の中間にある
行政単位)以上の都市の商業的魅力を分析し発表してきた区分であり,
2016年には338都市の商業的魅力を分析し各都市ランキングを発表している。
図2 中国外資小売チェーンストアの2014年及び2015年の開店数及び閉店数
4035 3025 2015 105 0
1816 1412 108 64 20
25 31
40
1 6
2015
開店数
ウォルマートカルフール大潤発オーシャンロッテマートロータスメトロ ウォルマートカルフール大潤発オーシャンロッテマートロータスメトロ
閉店数
出所: 商网のホームページ(http://www.linkshop.com.cn/web/archives/2016/349141. shtml?sf=wd_search)で示された内容を,筆者が一部修正。
2014 2015
2014 23 17
9 8 9
4 54 4
1618
1 8
00 1 0 56
1 1 21
初めて5級都市である畢節市 (
毕节市,ひっせつし) への出店を果たした
(表8参照)
27)。
ウォルマートが初めて出店した5級都市の畢節市は,発展から取り残さ れてきた内陸の貴州省の北部に位置する。貴州省の
GDP成長率は2003年 以降2桁成長を続け,リーマンショック後も中央政府による内陸への投資 の恩恵を受け,国内平均を大きく上回る成長を遂げた (表9参照) 。近年で はビッグデータの先進地域として注目を集めるようになった
28)。
なお,2015年に現地トップである中国共産党貴州省委員会の書記に就任 した陳敏爾は,習近平国家主席の浙江省党委書記時代に宣伝部長として仕 えた元側近であり,習近平閥の中でも,2017年の第19回党大会で党政治局 入りの可能性が高いといわれたことにみられるように,ニューリーダーの 筆頭である。彼が中央政府の意向が強く影響する中国において,大事な時 期に貴州省を任されていることは同省が格差縮小の象徴として重要視され ている表れともみられる。
畢節市は格差縮小政策の象徴である貴州省の中でも最も発展が遅れた地 域である。人口は省都貴陽市を上回り最大であるにもかかわらず,1人当 たり域内総生産 (
GRP) は貴陽市の半分以下であり,1人当たり社会消費 品小売総額も5分の1以下である (表10参照) 。筆者が現地官僚に行ったイ ンタビューによれば,貴州省全土において計画される高速道路整備計画に おいても,畢節市の優先順位は高く,高速道路整備が相対的に早期になさ れた。高速道路整備以前には,省都貴陽市へは半日以上かかる行程であっ
27) 中国の地方都市の情報に関して詳細は,21世紀中国総研(2014)が詳し
い。
28) 貴州省がビッグデータ先進省となれた理由に関して詳細は,陳言「中国最
貧だった貴州省がビッグデータ先進地域になれた理由」『ダイヤモンド・オ
ンライン』(http://diamond.jp/articles/‑/
92730)を参照。表8 中国外資小売チェーンストア2015年の出店地域 大潤発ウォルマートカルフールオーシャンロータスメトロロッテマート 全都市合計3123178541 地区省市自治区都市属性2 一級都市北京市東部北京市中央直轄市/省都6 上海市東部上海市中央直轄市/省都1111 広州市東部広東省副省級都市/省都215 深圳市東部広東省副省級都市1 一級都市合計2391510 新一級都市成都市西部四川省副省級都市/省都121 武漢市中部湖北省副省級都市/省都11 長沙市中部湖南省省都11 大連市東北部遼寧省副省級都市11 青島市東部山東省副省級都市2 蘇州市東部江蘇省2 無錫市東部江蘇省3 新一級都市合計8233010 二級都市福州市東部福建省省都1 合肥市中部安徽省省都11 南寧市西部広西壮族自治区首府1 昆明市西部雲南省省都1 東莞市東部広東省11 恵州市東部広東省1
温州市東部浙江省3 常州市東部江蘇省21 徐州市東部江蘇省1 南通市東部江蘇省11 二級都市合計8612000 三級都市呼和浩特市西部内蒙古自治区首府1 赤峰市西部内蒙古自治区1 麗江市西部雲南省1 遵義市西部貴州省1 綿陽市西部四川省1 徳陽市西部四川省1 西寧市西部青梅省1 荊州市中部湖北省1 株洲市中部湖南省1 蕪湖市中部安徽省1 大慶市東北部黒竜江省1 済寧市東部山東省1 衢州市東部浙江省1 紹興市東部浙江省 台州市東部浙江省1 湖州市東部浙江省1 淮安市東部江蘇省1 泰州市東部江蘇省1
鎮江市東部江蘇省1 三級都市合計6622011 四級都市南丘市中部河南省1 大同市中部山西省1 安慶市中部安徽省1 䈯州市中部安徽省1 阜陽市中部安徽省1 襄陽市中部湖北省1 黄岡市中部湖北省11 黄石市中部湖北省1 九江市東部江蘇省1 宿遷市東部江蘇省1 寧徳市東部福建省1 河源市東部広東省2 四級都市合計7510010 五級都市畢節市西部貴州省1 亳州市中部安徽省1 五級都市合計0110000 出所 :联商网のホームページ(http://www.linkshop.com.cn/web/archives/2016/349141.shtml?sf=wd_search)で示された内容を,筆者が一部修正。
表9 貴州省と中国全体の経済成長率の推移
(単位:%)
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15
貴州省の成長率
8.8 9.1 10.1 11.4 12.7 12.8 14.8 11.3 11.4 12.8 15.0 13.6 12.5 10.8 10.7中国全体の成長率
8.3 9.1 10.0 10.1 11.3 12.7 14.2 9.6 9.2 10.6 9.5 7.7 7.7 7.3 6.9 注) 中国統計年鑑【各年版】,貴州統計年鑑【各年版】,2015 年全国国民経済・社会発展統計公報,2015年貴州省国民経済・社会発展統計公報による。
出所:JETROが「貴州省概要(2016年10月作成)」として発表した資料による。
表
10貴州省の都市別人口・1人当たり
GRP・1人当たり社会消費品小売総額ランキング
都 市 常住人口
(万人) 都 市
1
人当たり
GRP(ドル)
都 市
1
人当たり社 会消費品小売
総額(万元)
畢節(
ひっせつ)市
654.1貴陽市
8,834貴陽市
2.09遵義市
615.5六盤水市
5,817遵義市
0.93貴陽市
455.6遵義市
4,894六盤水市
0.91黔東南ミャオ族
トン族自治州
347.8
黔南プイ族 ミャオ族自治州
3,980
黔東南ミャオ族 トン族自治州
0.66
黔南プイ族 ミャオ族自治州
323.3
黔西南プイ族 ミャオ族自治州
3,825
黔西南プイ族 ミャオ族自治州
0.61
銅仁市
311.7安順市
3,624黔南プイ族 ミャオ族自治州
0.61
六盤水市
288.2銅仁市
3,344安順市
0.60黔西南プイ族
ミャオ族自治州
281.1
黔東南ミャオ族 トン族自治州
3,237
銅仁市
0.48安順市
230.8畢節(
ひっせつ)市
3,110畢節(
ひっせつ)市
0.41 注) 2015年貴州省統計年鑑による。出所:JETROが「貴州省概要(2016年10月作成)」として発表した資料による。
たそうだが,筆者が訪れた2017年3月には貴陽市中心部からのアクセスが
3時間程度となっていた。さらに,現在既に開通した高速道路と並行して 2本目が整備中であった。貴陽市からウォルマート畢節店 (沃尔
玛毕节店) までの行程の車窓は,
少数民族が農業を行う田園風景が広がり,筆者が訪れた3月初旬にはほぼ すべて山岳地帯を通るルート沿いに油を採取するための菜の花畑が広が り,黄色の花が咲きみだれていた。
3時間の行程を経て到達したウォルマート畢節店の周辺は,マンション 開発が行われており,開発されたマンション自体は現代的であった (図3 参照) 。筆者はここ数年中国国内のウォルマートとその周辺を現地調査し ているが,ウォルマート中国の本部が立地する深圳の開発地区とほとんど 変わらない光景が広がっていた。しかし,よく観察してみると,マンショ
図3 貴州省畢節市のウォルマートの外観
ンの2階まで整備された商店はネット販売の京東のサービスセンターや外 資の有名ブランドを取り扱うスポーツショップ,かなりおしゃれな独立系 のパン屋さんが出店するのと同時に,昔ながらの現地の麺のお店,微妙な 品揃えの衣料品店,野菜を店内の什器から出し外に並べて売る地元資本の コンビニエンスストア,2階の階段がある横の空きスペースで簡易コンロ を使って炒め物をして販売する店舗があり,過去と現在が融合する風景が 広がっていた。
ウォルマート畢節店は現在も建設が進むマンション群の中に立地するシ ョッピングモールである招商花䭉城旁の核テナントとして入居していた。
モール内には貴陽市に多く展開するスターバックス,ケンタッキーなどの 出店はなかったが,現地シネコン,現地ファッションブランド,中国全土 に展開する台湾や香港系のスイーツショップ,現地ファストフード店が入 居していた。中国の大都市のウォルマートは元トラストマートを買収した 小型店舗も含めて店舗は2階層に分かれることが多いが,ウォルマート畢 節店では1階のみにすべて売り場が配置され,通路も貴陽市の店舗に比べ ても広く整備されていた。品揃えはウォルマートのサプライチェーンによ って世界から集めた日本の西友の
PBみなさまのお墨付きを含む輸入品,
国内外のナショナルブランド商品,香辛料など現地特産品など,貴陽市の ウォルマートの店舗とほぼ変わらないラインナップであった。周辺へは4 路線のウォルマート行きの周遊バスが整備されていた。
ウォルマートはしばらくの間は多く存在する3〜4級都市を中心に展開 すると同時に,5級都市の中でも今回現地調査した畢節店のように,特別 な開発がなされている地区への出店を進めるとみられる。
ウォルマートの未出店地区は内陸に位置する西北区域のうち,最も東に
位置する陝西省を除いた,甘粛省,青海省,䑳夏回族自治区,新疆ウイグ
ル自治区と西南区域のうち最西に位置する西藏自治区,最南端の海南省の
みとなっている (図4参照) 。この地区に関しても同社の行政の政策に対する 柔軟な対応を鑑みれば,出店する可能性は今後十分にありうるとみられる。
② ウォルマートの中国におけるネット小売への対応
ウォルマートは中国ネット小売への対応は相対的に早く,外資によるネ ット販売規制が緩和された2010年8月以降当初サムズ・クラブにおいてネ ット小売を開始し,2011年5月には現地ネット通販の新興企業1号店と戦 略提携した後,2012年2月には51%の出資を行い買収した。なお,中国政 府はウォルマートによるネット通販寡占化を危惧して,この買収に条件を 付け,ウォルマートが同通販を利用して商品を販売することを禁じ
29),
南海諸島
図4 ウォルマートの中国における出店地域
注) 吹き出しの前の数字がスーパーセンターの店舗数,後ろの数字がサムズクラブの 店舗数である。
出所:ウ ォ ル マ ー ト 中 国 の ホ ー ム ペ ー ジ(http://www.wal-martchina.com/walmart/
wminchina_map.htm)で提供した内容を,筆者が一部修正。
6, 0
25, 0 23, 0
13, 0 8, 0
21, 0 12, 0 6, 0
68, 3
14, 0
14, 0
27, 1
30, 1 18, 1 24, 1 8, 0 8, 0 2, 0 13, 1 7, 0 7, 0 12, 2
3, 0 6, 0 9, 0
2015年7月にようやく100%子会社化した。
しかし,ネット小売の普及はあまりにも早く,2013年に中国の小売業売 上高ランキングを発表している中国全国商業情報センターによるとネット 小売を統計に含めた2012年のランキングでアリババが蘇寧電器に次ぐ2位 となり,6位であったウォルマートを既に上回っていた。ウォルマートも 手をこまねいていたわけではないが,こうした急激な展開は1号店買収へ の対応をみてもこれ以上は難しかったとみられる。
ウォルマートは中国地元資本によるネット通販の支配がある程度確立さ れた2016年6月に中国ネット通販2位の
JDドットコムと包括提携すると 発表した。同社は
JDドットコムに1号店の事業を売却する見返りとして,
同社株5%を取得し,
JDドットコムが発行する新株約1億4
,495万株を引き受けた。「サムズ・クラブ」のネット店舗を
JDドットコムの通販サイ トに開設し,中国全土に209ある
JDドットコムの倉庫や物流網を生かし,
商品は注文を受けた当日か翌日に自宅に届けられるようになった。ウォル マートの店舗に関しても
JDドットコムのネット通販を通じて注文から2 時間程度で商品を宅配する
30)。
なお,同社は
JDドットコム買収を2011年に試みて半年にわたる交渉の 後破談している。中国政府の1号店買収への対応を見ると,難しかっただ ろうが,もしこの時に
JDドットコムが買収できていたら状況は変わって いた可能性もあるといえるだろう
31)。
③ ネット小売が店舗小売に先行して普及する中国小売市場における現 地化戦略
ウォルマートの地方都市への出店は中国という巨大国家の内陸開発とい
29) 詳細は,『日本経済新聞』2012年8月15日。
30
) 『日本経済新聞』
2016年6月
21日。
31) 『日本経済新聞』2011年5月19日。
う想定内の事態への対応であり,格差を上手く利用する同社の戦略に沿っ た動きであった。しかし,ネット小売のあまりの急激な普及は想定以上で あったのだろう。ネット販売の想定以上の普及には,行政が相対的に発展 が遅れている地方へのネット事業の普及と普及に向けたインフラ整備に対 してダイナミックなチャレンジをしていることが強く影響しているとみら れる。
行政が行う政策への対応に関して,ウォルマートは当初カルフールなど に対して出遅れていたが,既述のように近年立地戦略などにおいてその他 の欧米外資に対して相対的にうまく対応してきたようにみえる。現在行政 が行うネット小売普及を促進する政策はそのウォルマートにとってもダイ ナミックであり,想定以上の事態を生じさせつつある。地方への先行的な ネット小売の普及のダイナミズムはこれまでの同社の新興市場でのセオリ ーである,地方へ細かい出店を行って成功の果実を獲得するという戦略を 覆す可能性がある。
Ⅳ むすびにかえて
ウォルマートにとって中国市場は今やメキシコに次ぐ重要な外国市場で あり,同社はこの市場において一定の成果を上げてきたといえる。店舗数 は400を超え,外資の中では非常に健闘しているといえる。大都市におい て一定の基盤を築き,本稿でも取り上げたように,ウォルマートが強みを 発揮しやすい地方市場への進出を先行的に進め,従来の新興市場であれ ば,勝ちパターンが作動する局面を迎えている予定であった。
しかし,中国市場はダグラス・クレイグ (2011) のいうところの国家要 素中心の国であり,彼らが従来成功を収めてきたメキシコのようなポスト
BRICS