二 一
本 稿 は
、「
〈 資 料 翻 刻
〉 小 野 勝 年 遺 稿 宸 翰 雑 集 訳 註
( 一
)」
(『 安 田 女 子 大 学 紀 要
』 第 三 十 九 号
) に 続 く も の で あ る
。 同 資 料 は 未 定 稿 で あ る た め
、 原 著 者 の推 敲 中 に 生 じた と思 わ れる 未 調 整 部 分 があ る場 合 は
、最 小 限 の修 正 を施 し て い る
。ま た
、訓 読 法 の 漢 字 表 記に 不 統 一 が ある が
、原 文 の まま に し てお く
。漢 字 は原 則 と し て 新 字 体に よ り 表 記 した
。な お
、訳 註 の内 容 に 関 連 す る 文 字 に つ い て は
、『 雑 集
』 原 本 の 異 体 字 を そ の ま ま 記 載 し た
。 盂欄 何所
レ
為、 目 連特
レ報 恩
。異 鳥皆
レ同 勢
、衆 花並
レ共 根
。山 形無
二
曲
一直
、 樹 木
二異 寒温
一
。 魚 蟻時 行 住
、竜 虵 或 踞蹲
。寄
レ
語慈 悲 子、
レ当
二修 此法
一門
。 慧日 空名
レ
慧、 慈悲 詎見
レ
慈。 芥城
二無 歳
一月
、 生路
二有 年
一時
。 幾人 能黠 慧、 何者
二不 愚
一癡
。 別置
二
須弥
一石
、 懸以
二
藕中
一糸
。 盂 欄①
は何 によ りて か なす と ころ ぞ
。目 連②
がと くに 恩 に報 ぜん が
う ら ん
ため なり
。異 鳥③
は皆
勢 を 同じ くし
、衆 花 なら びに 根を 共に す。 山
いき お い
形に は曲 直な く、 樹木 は寒 温を 異に す。 魚蟻 は時 に行 き住 まり
、竜 虵あ るい は踞 蹲④
す
。語 を寄 す、 慈悲 子⑤
よ
、ま さに この 法門
⑥
を修
き よ そ ん
むべ し。
① 盂欄
。梵 語
U lla mb an g .
烏 藍婆 拏ま た盂 蘭盆
。漢 訳し て倒 懸。 死者 が地 獄で 倒懸 の苦 を受 けて いる のを 救わ んが ため
、七 月十 五日
(安 居の 終っ た日
)に 行な った 法会
。
② 目連
。
Ma h a-ma u d g aly ay an a
(摩 訶目 揵連
)。 仏 十大 弟子 の一 人。 神通 第一 と称 せ られ た人
。「 盂 蘭盆 経」 に
、目 連 が死 ん だ父 母を 得度 して
、育 成の 恩に 酬ん とし たと ころ
、母 は地 獄に 落ち
、餓 鬼中 にあ って
、飲 食物 なく
、痩 せて 骨ば かり であ った ので
、仏 に請 い、 七月 十五 日、 自恣 のと き、 百味 の飲 食物 を仏 およ び僧 侶に 供養 する 法会 を行 うべ きこ とを 教え られ たの で、 それ にも とず いて 先亡 の滅 罪に 資す けた と説 かれ てい る。 盂蘭 盆会 の挙 行は 中 国で は 梁の 武 帝の 大 同四 年( 五 三八
)、 わが 国 では 推 古十 四年
(六
〇六
)が はじ めと いう
。
③ 異鳥 以下 竜蛇 踞蹲 まで
。地 獄の 有様 の形 容。
④ 踞蹲
。蹲 踞と いう に同 じ。 うず くま るこ と。 虵。 蛇の 俗字
。
⑤ 慈悲 子。 慈悲 を求 めん と願 う仏 弟子 たち
。
⑥ 法門
。梵 語
Dh ama -p ar y
ya
の訳。仏 法の 教理 のこ と。 法 は仏 教の 真理 であ り、 教法 は真 理を さと る手 段で あっ て、 しか も、 真理 にい たる 入口
、す なわ ち門 に当 ると ころ から 法門 とい う。
安田女子大学紀要 40,343
−
354(21−
32) 2012.
<
資 料翻 刻
>
小 野 勝 年 遺 稿 宸 翰 雑 集 訳 註 ( 二 )
信 廣
友
江
二 二 転じ てさ とり に導 く経 典や 教判 の義 とも なっ た。 慧 けい
日①
を空 し く慧 と名 づく れば
、慈 悲は い ずく んぞ 慈な るを 見さ ん
じ つ
し め
や。 芥 城②
に は歳 月な きも
、生 路 には 年時 あり
。幾 人 ぞ黠 慧③
を 能く
かい
い く ひと
き つ け い
し、 何者 ぞ 愚癡 な らざ る
。別 に 須弥 石④
を おき て、 懸 くる に 藕 中の
な にも の
ぐ ち
か
ご う
糸⑤
を 以っ てせ ん。
① 慧日
。仏 智が 世の 冥盲 を照 らす ので
、仏 を日 にた とえ てい う。 仏を 慧日 とい うが
、そ のこ とが 単に 空名 であ るな らば
、慈 悲も ま た 示 現 さ れ な い で あ ろ う
。し か し 仏 の 智 慧 も 慈 悲 も 真 実 で あっ て、 いつ わり がな い。
② 芥城
。劫 量を たと えた もの
。百 由旬 四方 の城 の中 に芥 子を 満た し、 長寿 の人 が来 て百 年に 一度 一粒 の芥 子を もち 去る と、 遂に は芥 子が 尽き るこ とは あろ うが
、そ れは 驚く べき 長時 間を 要す る。 そう した 無限 とも いう べき 絶大 な長 時間 を形 容す る。 劫石 の条 の注 参看
。要 する にこ の句 は、 時は 無限 であ るが
、人 生に は限 りが ある をい う。 生路
。生 涯、 人生 とい うが ごと し。
③ 黠慧
。わ るが しこ い智 恵。
④ 須弥 石。 須弥 山を 形成 する 多数 巨大 な石
。
⑤ 藕糸
。は すか らひ き出 した 糸。 藕断 糸連 とい い、 糸弱 くし て表 面は 断絶 する も、 情意 の未 だ絶 えざ るに たと える
。こ こに は仏 の智 恵と 慈悲 によ り、 黠慧
・愚 癡の 輩も 救済 され る因 縁の ある を詠 じて いる ので あろ う。
大道 三乗 異、 生途 六趣 分。 習種 猶須
レ
習、 重修 尚待
レ
重。 有無 還有
レ
二、 聞見 復聞 々。
レ欲
二枯 煩悩
一樹
、 先須
レ 二滅
愛
一根
。 別有
二 レ遊
心
一地
、蕭 条那
レ可 堪
。白 雲臨
二
赤県
一
、青 天依
二
淥潭
一
。豈 復耆 闍北
、非
二
唯恒 水南
一
。誰 敢同
レ携 手
、栄 名非
レ レ所
貪
。
( 註 一)
( 註 二)
校字
。那
。作
。 大 道①
は三 乗②
を異 にし
、生 途も 六趣
③
を分 かつ
。習 種④
あり とい え ども
、猶 すべ から く習 うべ し。 重ね 修む ると いえ ども
、な お重 ねん
か さ
か さ
こと を 待つ
。有 と 無 とま た 二つ あ り、 聞見 す るも ま た聞 々⑤
せ よ。 煩悩 の 樹を 枯ら さん と欲 すれ ば、 先ず すべ から く愛 根⑥
を 滅 す べし
。
ほろ ぼ
① 大道
。大 きな 悟り の道
。
② 三乗
。人 をの せて 悟り の道 を運 しめ る故 に、 乗( のり もの
)に たと える
。大 乗小 乗な ど一 より して 五乗 の別 があ り、 ここ に三 乗と は声 聞乗
・縁 覚乗
・菩 薩乗 をい い、 それ ぞれ 異る 乗物 では ある が、 目的 地は 一な りと いう がご とく であ る。
③ 六趣
。六 道と 同じ
。生 途は 胎卵 湿の 三生 の方 をい うか
。生 きと し生 くる のみ ち。 生き る道 には 種々 ある をい う。
④ 習種
。梵 語
S amu d n ita mg o t
a m
の 訳。 後 天的 に悟 り を証 得す べき 性質
。先 天的 なも のを
P ra k rt i-s th am
性 種と いう に対 して 用 いら れる
。併 せて 性習 二性 とい う。 この 一句 は悟 りを 求め てま すま す精 進す るを さす
。
信 廣 友 江 353
二 三
⑤ 聞々
。こ こに は仏 説の 有無 の法 に重 ね重 ね耳 をか たむ けよ とい うに ある
。
⑥ 愛根
。愛 欲の 煩悩
。こ れが 根本 とな って 他の 煩悩 を生 ずる 故に 愛根 とい う。 別 に 心と 遊ば しむ の地 あり
、蕭
条①
とし てい かん ぞ堪 うる べけ ん
し よ うじ よ う
た
や。 白 雲は 赤県 に臨 み、 青 天は 淥きよ
き 潭に よる
②
。あ に また 耆闍
ふ ち
③
の北
き じ や
なら んや
、た だ 恒水
④
の南 のみ には 非ず
。誰 か敢 て同 じく 手を 携 え
こ う
た ず さ
んや
、栄 名は 貪 ると ころ にあ らず
。
む さぼ
① 遊心 地。 悟り を求 める 心の 場。 蕭条
。も のさ びし いあ りさ ま。 遊心 地は 常寂 の場 であ るこ とを 形容 して いる ので あろ う。 俗界 の喧 騒の とこ ろと は異 るの 義。
② 赤県
。赤 県神 州な どと いい
、中 国の 美称 に用 いる も、 ここ には 淥潭 に対 して 明る い場 所を 指す
。淥 潭。 きよ らか なふ ち、 淥は 緑 と 音 通
、赤 県 の 対 句 と し て 用 い る
。清 浄 な 悟 り の 境 地
(楽 土)
、す なわ ち遊 心の 地を 示す
。
③ 耆闍
。耆 闍崛
。摩 伽陀 国王 舎城 北の 霊鷲 山に あり
、釈 尊説 法の 地。
④ 恒水
。ガ ンジ ス河
。そ の河 の中 流地 域は ブダ ガヤ など があ り、 釈迦 の布 教の 聖地 であ る。 この 句は
、虚 栄で なく
、ま こと の悟 りを 求め て、 相た ずさ えて 精進 する なら ば、 いた ると ころ に浄 らか な遊 心の 楽土 が見 出さ れる とす るの であ ろう
。
地獄 唯居
レ
地、 天人 旧在
レ
天。 苦楽
レ雖
レ殊 致、 倶非
二
上福
一田
。 生々 何未
レ
絶、 火宅 火恒 然。
レ須
二帰 不二
一処
、 先入
二
第三
一禅
。 涙流
二成 大
一海
、 積骨
二似 須
一弥
。 尚有
二
怨憎
一会
、
レ非
二無 愛別
一離
。 色塵 終是 色、 羈鎖 復相 羈。 飄颻 苦海 上、 恒被
二
業風
一吹
。 地 獄①
は 唯、 地 に居 り、 天 人②
は もと 天に あり
。苦 と 楽と は 致 を
た だ
お も む き
殊に す③
と いえ ども
、と もに 上福 田④
に はあ らず
。生 々⑤
何 ぞい まだ
こ
絶 と
た ざ る、 火宅 の 火は 恒 に然 ゆ る を。 すべ か らく 不 二の と ころ
⑥
に
た
も
帰り
、先 ず第 三禅
⑦
に入 るべ し。
① 地獄
。三 類あ る。 1根 本地 獄= 八大 地獄
・八 寒地 獄。 2近 辺地 獄= 十六 遊増 地獄
。3 孤独 地獄
。い ずれ も下 界に あり
、苦 痛の 場で ある
。
② 天人
。天 上の 人。 天界 の生 類の 総称
。安 楽の とこ ろ。
③ 殊致
。致 はお もむ き。 殊は 異り
、不 一致 のこ と。
④ 福田
。供 養に よっ て受 ける こと ので きる 福報 の地
。農 民が 田に 播種 して 収穫 をう るの と同 じで ある
。
⑤ 生 々。 生 き つ づけ る こ と
。「 楞 厳 経」 巻三 に
、生 死 し 死 生 し、 生々 死々
、旋 ぐる 火輪 のご とく
、未 だ休 息あ らず
。続 いて 断絶 しな いこ と。 ここ では 煩悩 世界 に執 着す るこ とを さす
。
⑥ 不二 処。 唯 一絶 対の とこ ろ
。仏 法 の根 本 を指 す ので あ ろう
。「 維 摩 経」 に 入 不二 法 門 品 が あ り、
「 心 経」 の「 色 即是 空
、空 即 是 色」 を有 空不 二と いう
。
〈資料翻刻〉小野勝年遺稿宸翰雑集訳註(二)
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