エディット ・ シュタインへの小さな序説
村 上 喜 良
はじめに
エディット ・ シュタイン(1891-1942)はドイツのユダヤ人であり,後にカ トリックに改宗したが,ナチスのユダヤ人殲滅政策によりユダヤ人であるこ とからアウシュビッツ収容所のガス室で殺される。彼女は哲学者であり教育 者であり,最後はカルメル会修道女として殉教したのである。そして20世紀 も終わろうとする1998年,教皇ヨハネ ・ パウロⅡ世によって列聖された。彼 女はドイツをはじめキリスト教圏で広く崇拝される聖人となった。さらに近 年(2014年)ドイツ ・ ヘルダー社による『エディット ・ シュタイン全集』全 27巻(1)が完結した。
しかし,どれだけの日本人が彼女のことを知っているだろうか。あまり知 られていないのが実情だろう。日本ではキリスト教徒がすくないのだから,
いたしかたのないことだろう。しかし,彼女の生涯や思想,さらには霊性に ついてあまり知られていないのはとても残念なことである。それにはいくつ かの理由がある。ひとつは,グローバル化した国際社会のなかでキリスト教 的教養を最低限身に付けておく必要があると思うからである。ふたつには,
アウシュビッツという得体の知れない悪への反省と超克のひとつの手掛かり に彼女はなりうるかもしれないからである。みっつには,科学の真理,道具 的な理性の真理によって行き詰った21世紀の未来を彼女の霊性が切り開くヒ ントになるのではないかと思うからである。最後に,筆者自身がクリスチャ
ンとしてあまりにも彼女と彼女の属するカルメル修道会の精神に憧憬を覚え るからである。
そこで,当論文では筆者自身の彼女への実存的関心を明らかにするという 仕方で,キリスト教に関心がなく直接の関わりのない読者にもわかり易く彼 女のことを紹介することにする。したがって,これは彼女の思想に関する狭 義の厳密な研究論文というよりは,この『文学部論叢』のおもな読者層とし て想定されている学生諸君をおもに念頭において書いた論説である。
1.個別者の実存的関心と普遍的関心
1-1.個別者の実存的関心と普遍的関心
個別者の実存的な関心と課題は,関心の深化と課題解決の進展に応じて,
普遍的な関心と課題に繋がり,何時しか普遍者に近づく。個別者の個性は,
最初の実存的関心と課題の特殊性においても看取されるが,その個性は関心 の深化と課題解決の進展と広がりに則して,またその仕方の相違に則して,
かつ普遍者に接近すればするほど個性的に発現し輝くのである。しかし鏡に 映るが如くに普遍者を朧に垣間見るのではなく,最終的に顔と顔とで普遍者 と合間見えるとしても,個別者のもっとも深化された個性は普遍者に吸収さ れるわけではない。むしろ個別者の個性はそこでこそもっとも美しく輝くの である。つまり,個別者は普遍者を前にしてこそ,普遍者に反射されて最大 に光輝くのである。
では具体的に筆者の実存的な関心と課題は何であり,それは何処に,如何 様にあるのか。またそれは何を介して,どのように解決されようとしている のか。
これらに答えるために,まずは一般的な考察をするならば,実存的な関心 は何処にあるのか。おそらく個別者の実存的な関心の根はその個別者の心底 にある。したがって,それは日常では意識されず,それ故に日常を越えて心 底に辿り着くような特殊な方途が必要とされるように思われるかもしれない。
しかし,それは日常世界における経験から完全に遊離しているのものではな い。むしろ日常世界において何かしら常に気になる事柄として日常的に,す なわち何気に経験されていることである。そうであるならば,筆者が若き日々 から気になり,そして今も常日頃から自らの実存の気懸りとなっていること のうちに,筆者の実存的関心と課題があるはずである。それを探っていこう と思う。
1-2.社会正義(英雄)への希求
若い頃の筆者は読書が好きではなかった。ほとんど一日中数学や物理の問 題に取り組み,そうしているときがとても楽しく,難問を解決したときの感 動はなにものにもかえがたかった。そのため,学校や友人が薦めてくれた文 学書を読む時間は無駄に思えて苦痛であった。読み終えた本などほとんどな かったように思う。しかし,このような読書嫌いの筆者にとっても,惹きつ けられ感動をもって読み終えられた本が幾つかある。それらはきまって次の ような本であった。
社会的悪を取り払うために全身全霊をかけて戦い,社会正義を打ち立てた 人々の伝記や物語である。ある集団や社会が,理性的に検証された真理では なく偏見によって,他の集団や社会や民族を迫害し差別することに,筆者は 激しい憤りを覚えた。差別される人々の苦しみと悲しみに,筆者は魂が潰れ るような痛みを感じた。社会的差別においては,差別する側は圧倒的な力を 有する。その力は法によって正当化され,社会制度や日常的規則などの暴力 となって,時には身体的な暴力となって顕現する。この正当化された集団的 で社会的な差別暴力に対して,差別される側である集団は卑小で無力である。
ましてや差別されている個人はまったくの無力であり,この社会的暴力は個 人にとって恐怖以外のなにものでもないだろう。
命を失うかもしれない恐怖を前にしても怯むことなく,社会的差別を撤廃 しようと,ひとりの勇敢な人間がみずからの力を凌駕する巨大な社会的差別 の暴力に向かって立ち上がる。差別という社会的不正への抵抗,すべての人
間における社会的平等という社会正義への信念,彼の勇気は差別されている 人々に広がり,抵抗運動となって社会正義が実現される。はじめは南アフリ カの人種差別と,そして後に生国インドに戻り,英国の不正な支配のもとに あったインドを独立させたマハトマ ・ ガンジー,アメリカの黒人差別に立ち 向かったアーサー ・ キング,彼らは若き筆者がそうなりたいと憧れた社会正 義の英雄たちである。
1-3.ひとりの人に共感する愛(聖人)への憧れ
そして彼らに関する本を乱読し,筆者はあることに気がついた。彼らの抵 抗の方法は,暴力を暴力でもって覆すのではなく,むしろ非暴力によって抵 抗することであった。それは,彼らの正義感と正義への勇気の根底には宗教 があるということである。ガンジー,特にキングにおいて顕著なのだが,彼 らの正義感はキリスト教の聖典が説く愛,「汝の敵を愛せよ」(マタイ 5:44)
に根ざしている。筆者は聖書を読み,キリスト教に関する本を読みあさった。
そこにイエスをはじめ,イエスの愛の教えにしたがって,社会からのけ者に され差別され迫害された貧しき人々を命がけで守ろうとした聖人たちのこと を知った。社会的な英雄に加えて,筆者はそれよりも聖人たちに惹きつけら れはじめた。それらの聖人たちからは,社会的正義に加えて,傷ついている ひとりの苦しみをそのひとりの人と共にすることの大切さを知った。99匹の 羊よりも1匹の迷える子羊を探しにいく愛(ルカ15:1-7)の大切さを学んだ のである。
その例を挙げることにする。人類史上類の無い蛮行が整然と実施されたア ウシュビッツ収容所での出来事である。ひとりの囚人が餓死刑に処せられこ とになる。ひとりの神父が彼の身代わりを申し出て,地下牢に入れられ食事 を与えられることなく死んでいく。コルベ神父はナチスのユダヤ人殲滅とい う社会的悪に何か社会的な抵抗として行動したのではないだろう。ただ,身 代わりになった彼には家族があり,自分には家族がないからという,まった く個人に向けられた愛が神父の行動原理なのである。自らの命を与えるほど
大きな愛(ヨハネ15:13)はない,というイエスに従ったのである。そして,
神父がイエスにしたがう理由は,まさにイエスへの愛しかないのである。
コルベ神父のことを知ったとき,筆者の実存的関心は社会的正義から個人 と共に苦しむ愛へと,イエスの説く,ときには身体的命をも越えゆく愛へと 大きく移ったのである。しかし,社会的正義がもはや筆者の実存的関心でな くなったわけではない。むしろ社会正義は個への共感という愛によって根底 的に支えられていることが予感され,そのような社会的正義を可能にするも のとしての愛の本質や在り方に,筆者は実存的関心をあらたに見出したので ある。当時,教皇パウロ六世によって列福されたコルベ神父(マキシミリア ノ ・ マリア ・ コルベ)の名にちなんで,筆者はマキシミリアノという洗礼名 でカトリックの信徒となったのである。
1-4.英雄や聖人たちの勇気
コルベ神父は筆者がそうなりたいと憧れる聖人となった。しかし,この命 をも棄てる愛への実存的関心は,筆者にあらたな問題を投げかけたのである。
アウシュビッツという狂気が支配し,すべての人間性を無意味にし,破壊し つくす暴力が蔓延するなかで,まったく微力な小さな個人が正義感や共感の 愛を保持し,しかもそれを自らの命も顧みずに実行し得る勇気はどのように 保持されるのか。果たして筆者はそのような勇気を持っているだろうか。命 を賭して愛を貫く勇気が私にはあるのだろうか。そして,この勇気は一体何 処から来るのだろうか。
筆者の個人的なこの実存的関心と課題は,アウシュビッツという未曾有の 狂気と悪夢を体験した人間の最大の関心であり,克服すべき課題である。そ れはまた,実際にこの狂気と悪夢を体験しなかった人間にとっても実存的関 心であり,すなわち克服すべき人類全体の課題なのである。なぜなら,アウ シュビッツの根源的悪は,特別な人々の特異な悪意によって実行されたもの ではない。アーレントが分析したように,ごく普通の人がしごく普通に為し た「陳腐な悪」だからである(2)。別言すれば,根源悪は私たちすべての人間の
心底に普通にひそんでいる漆黒の闇だからである。もしかするとこの闇は,
如何なる理性の光も愛の炎も照らし出し消滅し尽くすことのできないような ものなのかもしれない。聖書に曰く「闇は光を認めなかった」(ヨハネ 1:5)。
この闇の正体は何なのか。この闇に包まれる恐怖に抗い,照らし続ける愛の 勇気とは一体いかなるものであり,それはどこから湧いてくるのか。ここに おいて,筆者の個人的な実存的関心と課題は人類の普遍的な関心と課題に触 れるのである。
それはまたキリスト教の領域からいえば,アウシュビッツに対して何も抗 し得なかった神学が,アウシュビッツを経験して以降,いかなる神学を構築 しうるのかという問題でもあろう(3)。
1-5.弱者の裏切りと絶望
カトリックの作家である遠藤周作による『沈黙(4)』という作品がある。時代 設定はキリスト教が禁じられた鎖国時代である。厳しい弾圧と迫害のなか,
隠れて信仰を守り通した人々,見つかり拷問にかけられキリスト教の背教と 仏教への改宗を迫られても,自らの信じたもっとも美しい愛の人イエスの御 顔が刻まれた絵を踏むことを拒絶し虐殺された殉教者たち,これら信仰強き 人々がこの小説の主人公ではない。かれらの勇気を讃えることが,この小説 の主題ではない。そうではなく,ただ拷問への恐怖から仲間の信徒や,日本 の信徒のために鎖国の禁を犯し,命を賭して日本に侵入してきた宣教師や神 父たちさえをも裏切り,彼らの居場所を密告することになる信仰弱き者キチ ジローが主人公である。キチジローは裏切り者ではあるが背教したのではな い。キチジローは自らの臆病さを恥じて,自らの弱さに魂は苛まれる。しか しその後悔と恥は決して殉教への勇気へと展開し飛躍することはない。果た してこの裏切り者であり続けるキチジローさえも,イエスは愛しお救いにな るのか。この小説の課題はあまりにも重い。
かたや勇気をもって愛を貫く聖人たちがいて,他方に臆病ゆえに愛に背く 裏切り者たちがいる。鎖国の時代であれば,筆者は踏み絵を踏んでしまうだ
ろう。アウシュビッツに収監されていれば,筆者は同胞を売り,自らの命を 醜く守っただろう。筆者はどう転んでも聖人にはなれない裏切り者の側にい る。そして,裏切り者である自分が赦せない。しかしその後悔と恥は筆者に 勇気を奮い立たせない。三度にわたり無垢なる愛の人イエスを知らないと拒 んだペテロ(ルカ22:54-62)は,裏切りへの後悔と悲しみから最後にはイエ スに倣って十字架上で殉死する。筆者は決してペテロにはなれない。キチジ ローやユダと同じく自分の最愛の人イエスを裏切る者の側である。しかも,
ユダは自分の裏切りを恥じて自殺するが,筆者はそれもなしえない意気地な しである。
聖人への憧れとそうはなれない弱さの間で,自己は自己に絶望し,その絶 望の輪のなかで,自己は自己を苛み続ける。弱き自己は絶望と後悔の無間地 獄のなかで消滅することはない。「地獄では蛆が尽きることもない」(マルコ 9:48)。絶望の地獄にあって,ある声が慰めの言葉を語りかけてくる。絶対 的悪を前にして,ちっぽけなひとりの人間が抗うのは所詮不可能なことで,
誰もがそうなのだから,君は悪くない,聖人たちが正義と愛と真理のために 殉死しうるのは神から特別に恩恵を受けたからなのだよ,と。これは狡猾な 蛇か小賢しい悪魔の声であり,それを聞き入れることはとても醜いことであ る。そして受け入れたら最後,絶望の泥沼で魂は汚され終わることなく押し つぶされ続けるのである。
それ故,筆者は思うのである。ひとりの小さな人間の魂が破壊されないよ うに,強大で根源的な悪が社会的に組織立って現出する兆候がすこしでも見 られたなら,それが絶対的で圧倒的な集団的力を獲得する前に,すなわちま だ微力なうちに抑え込まなければならない,と。弱者は強者に食われないよ うに,強者の動きに敏感でなければならない。弱者は戦うのではなく,おび えつつ目を光らせていなければならない。弱者はこのように卑屈にしか生き られない。しかし,やはりこの姿は美しくなく醜い。弱者には輝く希望とい う出口はないのだろうか。あったとしても,出口までの道のりは広大な迷路 なのかもしれない。
2.エディット ・ シュタインとの出会い
2-1.筆者の思索の糸と網
以上,筆者の個人的な実存的関心と課題を探ってきた。明らかになったの は,筆者の実存的関心と課題は,社会正義,ひとりの人への共感,弱者の裏 切りであり,それらは日常における気掛かりであり続けるものとして筆者の 心底に潜んでおり,それらは怒りや悲しみ,痛み,憧れ,絶望という魂の震 えとして存在している。これらのことを以下では,思索の糸と網という視点 で,あらたに語り直してみたいと思う。
思索を導くものが思索の糸であり,この糸は何かによって編まれて網とな り,その網はその網目を基準として,何かを漁る。このイメージは,イエス がペトロを招いて言われたことにある。「恐れることはない。今から後,あな たは人間をとる漁師になる」(ルカ 5:10)。信仰の糸で信仰によって編まれた 網は,信仰の真理を基にして,信仰する者を漁るのである。
筆者の実存的関心である社会正義は筆者の思索の糸である。それは理性の 光によって編まれ,その網目は理性の真理であり,この真理によって事柄は ふるいにかけられ,大いなる善を漁る。ある事柄が社会正義であるか,それ ともそうでないかのふるいは,それが理性の光による検証に耐えうるかどう かによる。なぜなら,社会的巨悪は理性的吟味に到底耐え得ない事柄に突き 動かされる集団的妄信に根があると,筆者は考えるからである。理性の光に よって曇らないもの,これのみが誰もが従うべき正義の証ではないだろうか。
ひとりの人への共感も筆者の思索の糸である。それは信仰によって編まれ,
その網目は信仰の真理であり,この真理によって事柄はふるいにかけられ,
大いなる信仰と愛と希望(コリントの信徒への手紙一13:13)とを漁るので ある。ある事柄に愛があり,そこに希望が輝くのかどうかのふるいは,その 事柄が信仰の光に貫かれているかどうかによる。なぜなら,愛と希望は信じ るところにのみ発現し光り輝くからである。
弱者の裏切りも筆者の思索の糸である。しかし,この糸は編まれて網にな
ることなく,何も漁ることがない。むしろ,これは先の理性の網と信仰の網 から零れ落ちるものである。理性と信仰の網目から零れ落ち,暗黒の海底へ と沈み行く。思索の糸はそれに引きずられ,光の一切届かぬ深海で漂い,時 に理性と信仰の網を打つ漁師の網に絡まり,彼らさえも海の底へと引きずり 込む。絡まった裏切りの糸を如何に断ち切り浮上することができるのだろう か。
2-2.網をどこに打てばいいのだろうか。
この理性的真理の網を編み上げ,大いなる善を漁るという課題は,言い換 えると,どこで網を仕上げて打つのかということであろう。この課題の解決 のために筆者が向かった先は,理性の法則の厳密な解析と知の厳密な構築と いう哲学である。もうひとつの信仰の真理の網を編み上げ,愛と希望を漁る という課題達成のために筆者が向かった先は,言うまでもなく聖書である。
しかし今もなお理性の糸と信仰の糸は,わずかであれ善と愛と希望を漁る ほどの緻密な網にはならず,しかも両者は筆者の心底でほとんど関わり合う ことなく離れ離れになっている。筆者の心底の交わることのない両極をなし ている。これら二つの網を編み込んでひとつの網に編み上げるために,筆者 は理性と信仰の中間にある神学の研究に向かった。筆者が選んだ神学者はト マス ・ アクィナスであり,取り組んだのは『神学大全』と『真理について』
である。なぜそれらの著作を選んだのかといえば,前者は「聖なる教えの学
(sacra doctorina(5))」という名称が示唆しているように,信仰の内実である聖 なる事柄への知として,まさに信と知の融合を目指しているように,筆者に は思えたからである。そして,後者も同じように,理性的真理と信仰の真理 の位階構造を示唆するものであると予測されたからである。
一方,裏切りの糸は筆者に絡みついて,絶望の深海へと引きずり込む。絶 望の真相を明らかにしようと,キルケゴールの著作を手にした(6)。絶望の地獄 の様相はかなり明らかになったが,そこからの救いとなる信仰による飛躍は 筆者には納得しがたいものであった。アテネを忘れたエルサレムは,筆者に
とっては狂気に映る。しかし,知のみでは飛躍がない。そこで筆者はハイデ ガーの死への先駆的覚悟(7)にその飛躍への勇気を求めた。しかし,その飛躍の 行先はこともあろうに,筆者がもっとも恐れ嫌悪するアウシュビッツの狂気 であった。信仰と知性とが融合し,足に絡む裏切りの絶望から解放されると ころは,一体どこにあるのだろうか。弟殺しの罪を犯したカインの如く筆者 は嘆き悲しむ。「わたしの罪は重すぎて負いきれません」(創世記 4:13)。
2-3.エディット ・ シュタインの人生の歩み
ここでは彼女の人生の歩みを,彼女の思索の歩みの要所を浮き彫りにする 限りで,ごく手短に述べることにする。
彼女は1891年10月12日にドイツのブレスラウにユダヤ人家系の末娘として 生まれる。彼女の母親はユダヤ教の伝統と戒律を遵守する厳格な人であり,
しかも貧しき人々にも家族にも心優しい人であった。母親の手のぬくもりは 彼女にとって家族のぬくもりであり(8),そのぬくもりのなか彼女はユダヤ教の 伝統と教義を受け継ぎユダヤ教徒として成長する。
しかし大人へと成長し始めた13歳頃になり,シュタインの内面に変化があ らわれる。彼女は「子供の頃の信仰を失ってしまい,そして母親や姉たちか ら受けていたあらゆる指導から逃れて自立的な人間になろうとしはじめた。
(中略)さまざまな問題に,とりわけ世界観的な問題に関心を持ちはじめた が,そのようなことは学校ではほとんど語られることがなかった。(強調は シュタイン自身による(9))」そこでシュタインは学校を中断し,一番上の姉エル ゼが当時結婚して住んでいたハンブルクに身を寄せることになる。姉の家で の生活についてシュタインは次のように回想している。「私は実家にいるとき よりも専ら自分の内面の世界に生き,多くの本を読みました。(中略)ここで も実家にいたときと同様に私は祈ることをしませんでした。それはまったく 自覚的に自由に決断してのことでした。自分の将来に関してあれこれ考えま せんでしたが,自分には何か偉大な使命があると確信していました(10)。(強調は 筆者による)」そして数ヶ月を姉の家で過ごした後,彼女は再び学校に戻っ
た。シュタインに関する著名な研究家ヴァルトラウト ・ ヘルプシュトリット によると「エディット ・ シュタインは14歳から21歳の自分を無神論者であっ た(11)」と自ら述懐しているとのことである。
ハンブルクでの学業の中断後学校に戻ったエディット ・ シュタインは1911 年に生地ブレスラウで優秀な成績でアビトゥア(大学入学資格試験)に合格 する。その後1913年までの4学期の間ブレスラウ大学でドイツ語と歴史学を 学ぶ。しかし「もうブレスラウから何も見出すことはないだろう,私には新 たな刺激が必要である(12)」と感じ,ゲッチンゲン大学に移る。
1913年から1915年までゲッチンゲン大学ではドイツ語と歴史学に加えて心 理学と哲学を学ぶ。そこでフッサールと出会う。すでにブレスラウでフッサー ルの『論理学研究』を読み,その思索に惹かれていたエディット ・ シュタイ ンは,ますます現象学に魅了され,現象学的に思索する訓練を受ける。1915 年には教育職の国家資格試験に合格し,ブレスラウで教育実習を行う。1916 年8月3日にフライブルクのアルベルト ・ ルードヴィック大学で学位試験を 最優秀の成績(summa cum laude)で合格(13)し,翌1917年3月30日には同大学 から哲学博士の学位(doctoris philosophiae gradus)を授与(14)される。学位論 文は『感情移入の問題(15)』でハレにおいて刊行される。1916年10月頃からフラ イブルクでフッサールの助手となり,1918年の秋まで務める。
14歳から21歳までの自分を無神論者とエディット ・ シュタインは自称する。
それはビクトリアの女子高等学校からブレスラウ大学の在学の頃にあたる。
しかし,ゲッチンゲン大学でカトリックの哲学者マックス ・ シェーラーに出 会うことで,彼女に再び宗教的領域が開かれる。シューラーの彼女への影響 は「哲学的領域をも超えて」,カトリックの精神世界という「彼女が今まで全 く知らなかった世界」へと彼女を誘った。しかし「彼女はなおも信仰には導 かれることはなかった」が,この宗教的な「現象にはもはや盲目でいること はできなかった(16)。」
さらに彼女の学友であり妻と共にプロテスタントに帰依したアドルノ ・ ラ イナッハとその妻との交流も,シュタインを宗教的事柄に向かわせた要因の
ひとつである。ゲッチンゲン大学でのフッサールの私講師であったライナッ ハは1917年11月7日に戦死する。夫をなくしたライナッハ未亡人はその絶望 と悲嘆にうちひしがれることなく,信仰と希望のうちに慰めを得ていた。そ の姿にシュタインの不信仰は瓦解し,ユダヤ教が背後に退き,十字架の神秘 におけるキリストがシュタインに現出したのである(17)。
また友人であり哲学者でもあるプロテスタントのコンラート=マルティウ ス夫妻もシュタインに宗教的影響を与えた人たちである。そして,彼らの別 荘でシュタインは決定的な回心を体験する。それは1921年の夏,彼らの別荘 に滞在し,たまたま手にしたアビラの聖テレジアの『自叙伝(18)』を一晩で読み 終えたときのことである。「これこそが真理なのだ(19)」と感じたシュタインはカ トリックへの改宗を決意する。1922年1月1日,シュタインはベルクツァベ ルの聖マルティン教会で洗礼を受ける(20)。洗礼名はテレジア ・ ヘードヴィッヒ,
代母は先に述べたヘードヴィッヒ ・ コンラート=マルティウス博士である。
洗礼後すぐにでもシュタインはカルメル会で修道女になることへの召命を 感じるが,それはすぐには実現されなかった。そのためシュバイエルの女子 ドミニコ会の聖マグダレーナ女子高等学校と教師養成所において教師を務め,
かたわら翻訳や著作をなし,教育特に女子の教育に関する講演を精力的にお こなった。その間に中世スコラ学の偉大な神学者聖トマス ・ アクィナスの研 究に着手し,1931-2年に聖トマス ・ アクィナスの『真理論』(ラテン語原典)
をドイツ語に翻訳した研究書全2巻(21)を発表する。さらにこの教職時代には,
かつて大学教授資格取得論文として構想されていたトマス哲学との対話であ る『現実態と可能態(22)』が練り直された。
1932年にはドイツ教育学研究所の講師となるが,1933年4月,ユダヤ人を 公職等から追放するアーリア条項を含む法案が採決され,その影響のもとシュ タインは教育研究所講師を解雇される。しかし同年10月シュタインは念願で あったカルメル会(ケルン)に入会が認められる。修道女名はテレジア ・ ベ ネディクタ ・ ア ・ クルセ(Teresia Benedicta a cruce)である。その意味は
「十字架のテレジア ・ ベネディクタ」あるいは「十字架に祝されたテレジア」
である。しかしナチスによるユダヤ人迫害の危機は大きくなり,1938年12月 31日シュタインはオランダのエヒトにあるカルメル修道院に移る。修道院生 活をおくるなかで,十字架のテレジア ・ ベネディクタ(エディット ・ シュタ イン)は,先に述べた『現実態と可能態―存在の哲学の研究―』を練り直し,
『有限なる存在と永遠なる存在―存在の意味への登攀―(23)』を完成させる。ま た,十字架の聖ヨハネの研究である『十字架の学―十字架のヨハネ研究―(24)』 に着手するが,これは完成することなく彼女の遺著となる。
何故なら,1942年ナチス親衛隊によって彼女はユダヤ人として逮捕されア メルスフートに連行されたからである。そしてアウシュビッツ収容所に送ら れ,ガス室で殺される。逮捕されたとき彼女が姉ローザに語った言葉は「さ あ,同胞のために行きましょう」である(25)。この言葉の意味するところは何で あろうか。ただ自らの血筋であるユダヤ人同胞のもとに行くということなの だろうか。しかも何のために行くというのだろうか。ナチスのユダヤ人迫害 の迫るなか,シュタインはすでに1939年6月9日に遺書を書いている。そこ に答えが見出されると思う。
親愛なる長上の皆様がたとすべての姉妹がたに,私を受け入れてくだ さった愛と私がこの家で与えられましたすべての親切に対しまして,心 からのお礼を申し上げます。
すでに今私は,神が私に与えようと思われている死を,神の聖なる御 旨の下への全くの服従のうちに,喜びをこめて受け入れます。
私は主に願います,主が私の生と死を主の栄光と賛美となるように受 け入れてくださり,それがイエススとマリアのみ心と聖なる教会のすべ ての願いのために,とくに私達の聖なる修道会の,なかでもケルンとエ ヒトのカルメル会の維持と聖化と完成のためになりますように,ユダヤ 民族の不信仰に対するあがないとなり,それによって主がご自分のもの たちによって受けいれられ,栄光のうちに主の御国がきますように,ド イツの救いと世界平和のために,そして最後に私の生存中の親族のため,
また神が私に与えられたすべての人々のためになり,彼らの一人も失わ れることのありませんように(26)。
すなわち先の言葉にある「同胞」とはユダヤ人でもドイツ人でもなく,血 筋ではなくキリストにつながるすべての同胞(ヨハネ1:12-13)のことであ り,「同胞のために」とは同胞たちの和解と平和のためにということであろ う。確かにシュタインは自らがユダヤ人であることを強く意識していただろ うが,それはむしろキリスト ・ イエスにつながるユダヤ人としての信仰的自 覚であったと思う。
彼女の生涯を振り返ってまとめてみよう。彼女はユダヤ人として生まれ,
ユダヤ教を受け継ぎ,しかし13歳の頃にユダヤ教を自立的に放棄し無神論者 となり,21歳まで神なく彷徨する。しかしその後ゲッチンゲンとフライブル クでの学究生活のなか,学友や彼女をとりまく宗教的な人々の影響のもと再 び神を求めて遍歴し,アビラの聖テレジアの『自叙伝』を手にすることで,
神と決定的に邂逅する。30歳のときカトリックの洗礼を受け,教職活動や教 育研究の後,42歳の誕生日の二日後にケルンのカルメル会に入会する。修道 生活のなか,彼女は聖トマスの哲学 ・ 神学を研究し,カルメル会の聖人十字 架のヨハネについて研究をする。彼女はナチスのユダヤ人殲滅の暗い時代を 生き,神に身を捧げた修道女として敵であるドイツの平和を願い,世界の平 和を願い,ユダヤ人とキリスト教徒を和解させる燔祭の生贄として自らの命 を捧げたのである。それはすべての罪をあがなうキリストの十字架を自らが 背負うことであった。「めでたし十字架,唯一の希望よ!(Ave Crux, spes unica!(27))」と彼女が力強く記しているように,彼女の霊性の中心は,まさにキ リストの十字架のあがないに倣うことにあったのである。
エディット ・ シュタインはユダヤ暦の「贖罪の日」すなわち「罪をあがな う日」に生まれ,神に導かれて自らが血筋によらないすべての同胞のあがな いの子羊(燔祭の生贄ホロコースト)として,ナチスのユダヤ民族大虐殺の 生贄(ホロコースト)となって殉教したのである。人類史上類を見ない残虐
な暗い時代の殉教者として,アウシュビッツを経験した20世紀を,21世紀が 超え行くための信仰の希望として,1998年10月11日の日曜日,教皇ヨハネ ・ パウロⅡ世によって彼女は列聖された。以下は列聖ミサにおける教皇の説教 である。
キリストの十字架!十字架の木には絶えず花が咲き,救いの新しい果 実を生み続けます。信仰者が信頼を持って十字架を眺めるのは,十字架 の愛の神秘から,苦しみを受けて高められたキリストの足跡を,ありの ままに歩む勇気と精神力を得るからです。十字架のメッセージは,多く の男女の心の内に入り込み,その命を新たにするのです。
エディット ・ シュタインの霊的な体験は,この驚くべき内なる復活を,
雄弁に物語るひとつの手本といえます。ひとりの若い女性が,真理の探 究の道において,神の恵みの静かな御業によって殉教者となり,聖人と なりました。十字架のテレジア ・ ベネディクタ,彼女は今日,天国から,
その人生にぴったりの言葉を私たちに語りかけています。「わたしたちの 主イエス ・ キリストの十字架のほかに,誇るものがけっしてあってはな りません」と(28)。
2-4.彼女の思索の糸と網
以上エディット ・ シュタインの人生を,実際の記録を交えながら歴史の流 れに沿ってまとめてきた。それを踏まえつつ,以下では記録を交えた正確な 時代的記述ではなく,むしろ彼女の思索の歩みを再構成しつつ,その思索の 糸と網について概観することにしたい。
彼女の思索の歩み,思索の糸として最初のものは自立である。これは時間 的に最初であると同時に,彼女の生涯を貫いて存続する思索の糸である根底 の一本である。確かに,その自立の意味内容と成立構造はかわってしまうの であるが。この自立の糸は,自覚によって編まれ,自立的人間4 4 4 4 4を漁るのであ る。何が自覚的な自立であるのかどうなのかの基準は,最初は自覚の意識で
ある。すなわち,自立の糸で編まれた網目は自覚の真理である。
これは伝記的時期からいえば,14歳から21歳までの無神論者の時期,およ び神を求めて遍歴するゲッチンゲン大学の時期にあたる。それ故,この自覚 の真理は神なき自覚の真理4 4 4 4 4 4 4 4といえる。神なき自覚の真理を網目とする自覚の 網は「社会的責任すなわち人類の連帯性への感情(29)」に彩られており,その網 によって社会的な善4 4 4 4 4が漁られるのである。具体的には,自立の網をもって,
彼女は当時認められていなかった「婦人参政権を決定的に擁護し,婦人の社 会的平等(30)」を漁ろうとしていたのである。自覚の真理とは,すなわち自立の 網の目をなしているのは,自立あるいはもっと相応しい表現をとるなら自律4 4 の尊重4 4 4であり,男女の,さらには人間の平等であり,人類の連帯性4 4 4 4 4 4なのであ る。そしてその根本条件である自由4 4である。
神なき自覚の真理は,カトリックへの改宗後の教育者としての約10年に及 ぶ教育と研究活動において,当然のことであるが,神における自覚の真理4 4 4 4 4 4 4 4 4 4へ と深化することになる。1933年2月6日付けのエディット ・ シュタインが デュッセルドルフの学校長に宛てた手紙には次のようなことが書かれている。
依頼された講義の主題は「人間に関するカトリック的理解に基づく人格性の 価値」である。しかし「今日において人格形成を阻害しているのは学校での 実践」における「集団主義的な諸見解」であり,それは批判されるべきもの である。その批判において非常に重要なことは「個人の人格的価値を教義と 聖書から明瞭にすること(31)」である,と。ここでは人間理解に関する「集団主 義的な諸見解」が,教義とドグマに基づく「個人の人格的価値」とによって 批判されていることが見て取れる。そして,「集団主義的な諸見解」とはナチ スの諸見解ということであろう。また別の箇所でシュタインはこうも述べて いる。「教育者は,人間を最初に本質的に形成する者は人間ではなく神である ことを決して忘れてはならない(32)。」
自立の網とその網目である神なき自覚の真理は,神の人間創造にもとづく 自覚の真理となり,この創造に基づく自立の網が漁るものは,以前では単に 人間の自覚的意識による自立的人間4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4であったが,今では信仰における自立的4 4 4 4 4 4 4 4 4
人間4 4なのである。では,人間による自立的人間と信仰における自立的人間は 具体的にどこがどのように違うのだろうか。また前者はどのように後者にな るのだろうか。シュタインは具体的にそれをどのように考えていたのだろう か。紙面の制限上,後日の研究主題として先を急ごう。
神なき自立の網が母親から受けたユダヤ教の破棄,すなわち受動性の破棄 に起因するものであることからすれば,それは自立的である理性の厳密性に4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 よって編まれた哲学の網4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4であり,その網が漁るのは徹底的な事象性であろう。
ある事柄が徹底的事象性を有するのかどうかの基準はその事象の明証性によ る。したがって,厳密なる哲学の網の結び目は理性の明証性の真理4 4 4 4 4 4 4 4 4となるだ ろう。そしてシュタインはこの哲学の網をフッサールのもとで編むことを学 び,この網を事象そのものへ向かって打つ知的誠実さの訓練を受けたのであ る。彼女の言によれば,「フッサールの労力のすべては,私たちを厳密な事象 性と徹底性に導き,〈徹底的な知的誠実さ〉に向けること(強調はシュタイン 自身による(33))」であった。
この厳密なる哲学の網はカトリック教徒となった彼女において,信仰の導 きの糸と絡まり,より緻密な網となる。簡潔に言えば,知性と信仰の網4 4 4 4 4 4 4を編 むことが彼女の課題となったのである。具体的にいえば,厳密な哲学として の現象学の思索の糸と厳密でない不確かな信仰の学である神学の思索の糸と をひとつの網に編み上げることである。いうまでもなく現象学の代表はフッ サールであり,神学の代表はトマス ・ アクィナスであった。シュタインにとっ ては,両者は「存在するものすべてを統べているロゴス(34)」あるいはラティオ を探求する「真の哲学する精神」すなわち「永遠の哲学(philosophia peren- nis(35))」において一致するのである。また,理性の真理と信仰の真理は,神の 真理において包括され調和することになるのである。
さてカトリックへの改宗の後,彼女の魂の導きの糸は言うまでもなく神へ の信仰である。魂における信仰はキリストへの愛によって編まれ,その信仰4 4 の網4 4によって十字架への献身とおおいなる唯一の希望が漁られるのである。
いかなる事柄が十字架への献身と希望であるのかの基準は魂における信仰の4 4 4
真理4 4,さらにはその心底にある霊性の真理4 4 4 4 4である。信仰の網の結び目は霊性 の真理である。彼女はこの霊性の網4 4 4 4を,カルメル会の修道精神の核をなす16 世紀の二人の聖人,十字架の聖ヨハネとアビラの聖テレジアから編むことを 学び,この網を暗い時代の悲惨な現実に向かって打ち,十字架の愛を実践し 殉教したのである。
先に信仰の真理の根底は霊性の真理であると,筆者は述べたが,この両者 はどのように異なるのだろうか。信仰の真理は理性の光の影がいまだにかか る信仰の真理のことであり,その影が濃いのであれば,その信仰の真理は哲4 学的信仰4 4 4 4と呼ぶべきものであろう。理性の光の影が神の真理の光によってまっ たく消滅するところに,霊性の真理が魂の深淵に光り輝くのである。十字架 の聖ヨハネによれば,このような状態にある魂は「地上のあらゆるものから も,霊的なものにも妨げられない全き自由と赤裸な状態(en la suma desnu- dez y libertad de espiritu(36))」にある。すなわち神の絶対的真理の光のまえで,
そしてその光を輝かせるためには,われわれの魂は全き闇のうちにあるので なければならない。魂は感覚,理性,記憶,意志の暗夜を通り魂の赤裸に辿 り着く。このように暗夜(noche oscura)の道を辿り,聖母マリアの庇護の もとにあるカルメル山の霊的頂へと十字架の聖ヨハネやアビラの聖テレジア は登りつめたのである。
2-5.彼女に倣う
すでに述べたが,筆者の思索の糸は社会正義であり,その網目は理性の真 理であり,理性の網で漁ろうとしているのは善である。この点は,シュタイ ンの「社会的責任すなわち人類の連帯性」に繋がる。またそこにあるシュタ インの自覚の真理にも筆者は共感する。なぜなら,社会正義における理性の 真理とは,非理性的なことへの情動的で受動的な妄信に対する自覚的反省だ からである。そして,集団的悪を批判して,それに対するものとして「個人 的な人格の価値」を教義と聖書から基づけることにも,信仰者のひとりであ る筆者は賛同する。
また,筆者においては理性の真理と信仰の真理が有機的に総合されていな いという問題に対して,シュタインのなしたフッサールとトマスの研究は刺 激的であり,かなり参考になるものであると思われる。
では,理性や信仰の網から漏れてしまう悪の問題はどうであろうか。筆者 にとってそこで問題であったのは,社会的悪の圧倒的な脅威ゆえに社会正義 を,すなわち人類の連帯を裏切るということであった。何故,巨悪に立ち向 かう勇気がないのか。そのような勇気はどこから生まれるのか,ということ であった。しかし悪の問題は何も社会的なもの,すなわち外面的なものだけ ではない。そのような大きくて外面的な悪の問題と同時に,自らの魂におけ る内面的な悪というものがある。自らが自らの魂を傷つけるという問題であ る。外的な悪はこの内的な魂の悪に基づくのかもしれない。パウロは言って いる。「わたしは自分の望む善は行わず,望まない悪を行っている。」(ローマ の信徒への手紙 7:19)この魂の悪と罪を克服するために,十字架の聖テレジ ア ・ ベネディクタ(エディット ・ シュタイン)や十字架の聖ヨハネやアビラ の聖テレジアの歩んだ「カルメル山登攀」に倣い従うべきなのかもしれない。
筆者の網はその登攀において編まれ,そこに打たれるべきなのかもしれない。
それは神へと沈思する祈りの道なのかもしれない。アビラの聖テレジアは述 べている。「自分が神に愛されていると知りつつ,親しい友情において神と二 人だけでよく語り合うことが心からの祈り(oración mental)である(37)」と。
おわりに
エディット ・ シュタインの紹介を兼ねたわかり易い論説を書くと,筆者は 前置きしたにもかかわらず,キリスト教思想や修道会の精神や聖人たちにつ いての知識が乏しい学生諸氏には少し理解しにくいのではないかと,書き終 えてすこし心配になってきた。しかし,それでも何らかの興味や関心を持つ きっかけになったとすれば,筆者としては大変嬉しく思う。
(注)
(1) Edith Stein Gesamtausgabe, Freiburg im Breisgau 2000-2014.(以下 ESGA と略記)
(2) リチャード ・ J.バーンスタイン『根源悪の系譜』阿部ふく子他訳,法政 大学出版局,2013年,第3部第8章「アーレントー根源悪と悪の陳腐さ」参 照。
(3) Johann Baptist Metz, Got und Zeit, Theologie und Metaphysik an den Grenzen der Moderne in Stimmen der Zeit 218:3 200, S.147-159.
(4) 遠藤周作『沈黙』新潮社文庫,1981年,参照。
(5) Thomas Aquinatis Summa Theologiae, pars prima, Q.1を参照。
(6) キルケゴール『死に至る病』斎藤信治訳,岩波文庫,1939年,参照。
(7) ハイデガー『存在と時間上下』細谷貞雄訳,ちくま学芸文庫,1994年,特 に下巻第2編の死や良心,本来性,死への先駆的覚悟性の分析を参照。
(8) Aus dem Leben einer jüdischen Familie (ESGA1), S.34.
(9) ESGA1. S.100-101.
(10) ESGA1. S.109.
(11) Waltraud Herbstrith, Edith Stein, Mainz 1993, S.25.
(12) ESGA1. S.169.
(13) マリヤ ・ アマータ ・ ナイヤー『エーディット ・ シュタイン―記録と写真に 見るその生涯―』マリヤ ・ マグダレーナ ・ 中松訳,エンデルレ書店,1992年,
27頁参照。実物の証明書の写真が掲載されている。
(14) 同書29頁参照。実物の学位記の写真が掲載されている。
(15) Zu Problem der Einfühlung (ESGA5).
(16) ESGA1. S.211.
(17) 須沢かおり『エディット ・ シュタインの道程』知泉書館,2014年,62頁。
(18) 『イエズスの聖テレジア自叙伝』東京女子カルメル会訳,参照。
(19) Waltraud Herbstrith, Edith Stein, Mainz 1993, S.35.
(20) 前掲書『エーディット ・ シュタイン―記録と写真に見るその生涯―』35頁 参照。実物の洗礼名簿の写真が掲載されている。
(21) Thomas von Aquin, Über die Wahrheit I in Übersetzungen III (ESGA23)
und Thomas von Aquin, Über die Wahrheit II in Übersetzungen IV
(ESGA24).
(22) Potenz und Akt, Studien zu einer philosophie des Seins(ESGA10).
(23) Endliches und ewiges Sein, Versuch eines Aufstiegs zum Sinn des Seins
(ESGA11-12).
(24) Kreuzeswissenschaft, Studie über Johannes vom Kreuz (ESGA18).
(25) Waltraud Herbstrith, Edith Stein, Mainz 1993, S.66.
(26) 前掲書『エーディット ・ シュタイン―記録と写真に見るその生涯―』70-1 頁参照。手書きの遺書を写真で見ることができる。
(27) Waltraud Herbstrith, Edith Stein, Mainz 1993, S.64.
(28) ジョン ・ サリバン編『聖なる住まいにふさわしき人―エディット ・ シュタ イン列聖のドキュメント―』木鎌耕一郎訳,聖母の騎士社,2002年,12-3頁。
教皇の説教の最後の引用は「ガラテヤの信徒への手紙 6:14」からである。
(29) ESGA1. S.145.
(30) ESGA1. S.146.
(31) Selbstbildnis in Briefen I (ESGA2) Brief N.241, S.264.
(32) Christliches Frauenleben in Die Frau (ESGA13) S.96.
(33) ESGA1. S.210.
(34) Husserls Phänomenologie und die Philosophie des hl. Thomas von Aquino in》Freiheit und Gnade《und weitere Beiträge zu Phänomenologie und Ontologie(ESGA9)S.121.
(35) A.a.O., S.120.
(36) Subida del Monte Carmelo en Obras completas de S.Juan de la Cruz, Edito- rial Monte Carmelo Burgos 9a Edición 2010, p.150.
(37) Libro de la Vida en Obras completas de Santa Teresa de Jesús, Biblioteca de Autores Cristianos Madrid 2015, 5 de Capítulo 8, p.61.
(2016年2月12日受理,2016年2月24日採択)