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大学学部での起業家教育のあり方

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大学学部での起業家教育のあり方

上 野   透

Abstract

Entrepreneurial activities, which are a driving force for innovation to develop economy, are very inactive in Japan although Japan has a high level of technology. The problem is that there are a few people who in- tend becoming an entrepreneur and entrepreneurship education plays an important role in solving this problem.

Based on the author's experiences at Nagasaki University, this paper examines what entrepreneurship education at Japanese universities should be. It outlines the status of Japanese entrepreneurial activities and entrepreneurship education at Universities. It also shows the under- graduates' conception for becoming an entrepreneur and effectiveness and problems of the education. Finally it proposes some measures to ful- fil the education such us; spreading the education broadly to under- graduates; carrying out the education totally and effectively in co-oper- ation with local society, industry and the related Ministries.

Keywords:entrepreneurship, education, university, venture, start-up

目次

1.はじめに

2.日本における起業の現状 3.大学学部での起業家教育の現状

4.学部生の起業に対する意識−筆者勤務学部を例にとって−

5.ビジネスプラン作成指導について−筆者のゼミを通じて−

(2)

6.大学学部での起業家教育に関する提言 7.おわりに

1.はじめに

マイクロソフト,ヤフー,グーグル,デル,アマゾン,スターバックスな どの,米国経済だけでなく世界経済をもリードすることとなったベンチャー 企業1の出現により,世界的にベンチャー企業の経済発展における重要性が 強く認識されることとなった。それは,これらがイノベーションの創出の源 であり新たな製品や産業を生み出し,経済成長2,雇用創出3に大きく貢献す るからである。筆者が以前勤務していた

OECD

(経済協力開発機構)では,

中小企業政策の担当部局は,

Centre for Entrepreneurship, SMEs

Local Development

:

SMEs

Entrepreneurship Division

であり,その名称が示 すとおり起業が重要視され,

High Growth SME

(急成長中小企業) の創 出が雇用や経済にとって重要であると強調している4

日本は,世界二位の経済大国となり,欧米へのキャッチアップからフロン トランナーとして先進国間の競争に加え,新興国から追い上げられる立場と なった。かつては,均等な教育により平均的の質の高い人材を育て,欧米の 技術,知識を吸収しそれらを応用していればよかったが,現在は,創造的な 製品やサービスを自ら考え開発していかなければ国際競争に勝てない状況に なっている。その意味で,これらを担っていくことのできるベンチャー企業

1 「ベンチャー企業」には必ずしも確定した定義はないが,本稿では基本的に「新しい技 術,新しいビジネスを中核とする新規事業により成長を目指す新興企業」とする。

2 先進国においては,起業活動率が高いと1人当たりのGDPが高くなる傾向がみられる

(経済産業省委託調査(2008)11頁)

3Storey(1994)邦訳118頁では,英国の新規開業企業のわずか4%の急成長中小企業が10年

後には生存企業の50%の雇用を提供することを示している。

4 The OECD Kansas City Workshop Message(2008.5) では,急成長中小企業が雇用創 出に重要で,イノベーションをもたらし新市場を創出するとしている。

(3)

の創出は,現在の日本にとって最大の課題のひとつである。

日本においては,戦後まもなくソニーやホンダなど日本経済を支えること となる企業が起業された。しかし,近年においては,米国のように経済をリー ドするような企業はほとんど生まれておらず,起業水準も欧米にはるか及ば ない。1990年代半ばから官民でベンチャー支援の機運が高まり,創業のため の事業環境整備や,種々の支援策の充実が図られ,2000年頃からはベンチャー 企業向けの新興市場も整備され,大学発ベンチャーへの支援も本格化した。

しかし,ライブドア・ショック,昨年からの世界同時不況で,ベンチャー企 業を取り巻く環境は厳しくなった。国内の新興市場への上場数は2006年の 155社をピークに急減し2008年は42社となり,大学発ベンチャーも2004年度 をピークとして新規設立件数は減少し最近は廃業企業が増加している(経済 産業省委託調査(2009

b

)7‑8頁)。このような情勢のなかでベンチャーに対す るメディアの注目度も徐々に低くなってきている5

しかし,中長期的に経済発展を日本が果たしていくためには,ベンチャー 企業の創出,発展は必要不可欠である。特許新規登録件数が世界一で推移す るなど6日本の研究開発水準はトップレベルであり課題は起業家の不在とも いわれている(日経記事(2009

b

))。大学発ベンチャーも,技術はあるが経 営ができるような人材が不足していることが資金調達,販路開拓とともに最 大の課題として指摘されている(経済産業省委託調査(2009

b

)32頁)。いく ら官民で資金調達の円滑化などでベンチャー企業の事業環境整備を行って も,プレーヤーである起業家自体が増えなければ仕方ない7。ベンチャー企 業の起業の前提となるアントレプレナーシップ(起業家精神)といわれるマ インド(志,チャレンジ精神,創造性など)と種々のスキル(コミュニケーシ 5 日本経済新聞社が編集していたベンチャー年鑑は2004年版を最後に発刊されず,2008年

に新聞紙面の「ベンチャー面」は「新興・中小企業面」になった。

6 主要9か国/地域の特許新規登録件数(国内登録及び海外登録の合計)(経済産業省 (2009)37頁)

7 岸川(2008)238‑239頁は,1990年代中ごろからのベンチャーブームは,行政主導で,事業 環境が整備されても起業家が不足しているのが特徴と指摘している。

(4)

ョン能力,構想企画能力,各種経営知識など)を育成していく起業家教育は 起業促進のためにまず必要で8,起業活動水準の低い日本においては特に重 要である。

筆者は,2005年に長崎大学経済学部に赴任し,中小企業論,現代経営概論 で一部ベンチャー企業についての講義を担当するほか,3年生を対象とした 10人程度のゼミでビジネスプランの作成指導を行うなど,起業家教育の一端 を担ってきたが,起業家教育の必要性を実感する一方,種々の課題を感じて きた。本稿では,まず日本における起業や大学学部での起業家教育の状況を 概観したうえで,筆者が授業を行うなかで得られた学生の起業への意識,ビ ジネスプラン作成の教育効果や課題を整理し,それらを踏まえて,大学学部 での起業家教育に関する提言を行うこととする。

2.日本における起業の現状

2.1 起業水準

日本における起業水準は,先進国では最低水準である。開業率でみると,

欧米の主要国では開業率が10%程度であるのに対し,日本はその半分の5.1

%である9。また,国際的な起業活動調査である

GEM

調査をみても,起業 活動率は日本は4.3%で調査対象42カ国中35位と最低レベルで,米国(9.6%) にはるか及ばない(経済産業省委託調査(2008

a

)5‑7頁)

なお,米国においては,アフリカ系,ヒスパニック,アジア系などマイノ リティの存在が起業水準に影響を与えていると考えられ(国民公庫(2005)

158頁),政府においても起業がマイノリティの活躍機会を提供するものとし て考えている(

SBA

(2009)

pp

.171)

8SBA(2007)140頁では「起業家教育と起業家活動の間には正の相関関係があることが一般 的コンセンサスのようである」としている。

9 日本の開業率(企業数ベース)は2004〜2006年の平均(中小企業庁(2008)18頁)。米は10.2

%,英は10.0%,仏は12.1%で2004年の統計(中小企業庁(2007)35頁)

(5)

2.2 大都市圏と地方圏での起業とベンチャー企業

2004年〜2006年の都道府県別の開業率(事業所ベース)をみると(中小企 業庁(2008)144頁),全国の上位は,順に沖縄,東京,大阪,北海道・兵庫・

福岡などで,沖縄などの例外はあるが,概して,大都市圏の開業率が高く,

地方圏は全国平均を下回っているところが多い(図表1)。

図表1 開業率(事業所ベー ス:上位10都道府県及び九 州各県)

開業率

(%)

①沖縄 10.9

②東京 8.0

③大阪 7.1

④北海道・兵庫・

福岡 7.0

⑦広島 6.9

⑧宮城・千葉 6.8

⑩神奈川・宮崎・

鹿児島 6.7

(他九州各県)

熊本 6.4

長崎 5.8

佐賀・大分 5.7

全国平均 6.4

(出所) 中小企業庁(2008)144 頁を基に筆者作成。

図表2 ベンチャー企業の分布(上位10都道府県 及び九州各県)と大学発ベンチャー,全 企業の分布

ベンチャー 企業全国比 率(%)

大学発ベン チャー企業 全国比率(%)

全企業全 国比率 (%)

①東京 28.4 ①23.9 ①12.0

②大阪 9.7 ③ 6.5 ② 7.5

③神奈川 4.1 ② 7.6 ④ 4.7

④愛知 4.1 ⑥ 4.3 ③ 5.7

⑤静岡 3.5 2.0 ⑨ 3.4

⑥京都 3.1 ⑤ 5.6 2.3

⑦兵庫 福岡

2.9 2.9

⑨ 2.9

④ 6.0

⑥ 4.0

⑧ 3.6

⑨千葉 2.7 1.4 ⑩ 3.1

⑩埼玉 2.6 1.2 ⑤ 4.5

(他九州 各県)

鹿児島 0.9 0.6 1.4

大分 0.9 0.5 1.0

長崎 0.7 0.9 1.2

佐賀 0.7 0.5 0.7

宮崎 0.5 0.3 1.0

熊本 0.4 0.6 1.4

(出所) 日本経済新聞社(2004),中小企業庁(2009) 341頁を基に筆者作成。大学発ベンチャー及び全 国企業の比率の数字の左の①〜⑩は上位10位ま でにある場合のその順位。

(6)

開業率には,あらゆる業態の起業が入ってくるが,日本経済新聞社(2004)

『日経ベンチャービジネス年鑑2004』に掲載されたベンチャー企業10の地域 別の分布を,大学発ベンチャー企業11及び全企業の分布とあわせてみてみる と(図表2),ベンチャー企業,大学発ベンチャー企業の東京への集中の傾 向がみられる。

2.3 創業者の経歴

筆者はサラリーマンの家庭に育ち近親者に事業家もいなかったため,起業 を職業の選択肢として考えることは全くなかった。(社)経済同友会の調査

((社)経済同友会(2004)12頁)では,会員の創業者(42人)の52%の親の職業 が,企業経営者・自営業となっており,家庭環境が起業意識の育成に大きく 関係していると思われる。また,同調査では,創業者の43%が海外留学や海 外勤務の経験があるとしている。実際,マスコミで取り上げられる起業家な どの家庭環境をみていても,父親など近親者が経営者であったり,大学教授 であったりする例が目立ち,また,海外留学・海外勤務経験がある例も多い

(図表3)

図表3 創業者と家庭環境・創業経緯の例 渡辺美樹(ワタ

ミフードサービ ス)

小学5年生のとき父が経営する会社が清算し会社の社長にな ることを決意。経理会社に半年,運送会社に1年在籍後,起 業。(馬場(2007)16頁)

三木谷浩史(楽 天)

父は大学教授(経済学者)。興銀勤務中にハーバードビジネ ススクールに留学し,その後起業。(児玉(2005))

笠原健治(ミク シイ)

父は大学教授,母はピアノの大学講師。大学在学中に起業。

(佐々木(2007)26‑40頁)

10 日本経済新聞社が,独自の技術,ノウハウをもっている,ここ数年の成長率が高い,会 社設立後比較的若い企業もしくは社歴が古くても最近業種転換した企業,などの基準で 選定(証券取引所・ジャスダックへ上場した企業は除く)した2319社。

11 2009年3月に活動中の1809社(経済産業省委託調査(2009b)23頁)

(7)

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なお,創業者の近親者に事業家が多いのは,米国でも同様である。開業準 備中の者のうち「両親や自分で事業を営んでいた」者は51.4%,「親戚に事 業を営んでいた人がいた」者は67.0%,「親しい友人や隣人に事業を営んで いる人がいた」者は75.2%にもなり,そうした事業経験者を見て「事業を営 むことに対する印象」が肯定的になったとする者は82.6%もいる(国民公庫 (2005)152頁)

2.4 職業選択肢としての起業

GEM

調査での起業活動に対する評価をみると,「職業選択に対する評価12 は,日本は調査国中下から2番目の29.5%である(米国は49.6%,英国は 54.8%,フランスは64.8%)。また,「起業家の地位に対する評価13」も調査 国中下から2番目の47.7%(米は50.2%,英は73.6%,仏は69.7%)である。

12 「あなたの国の多くの人たちは,新しいビジネスを始めることが望ましい職業の選択で あると考えている」という質問に「はい」と答えた比率(経済産業省委託調査(2008)19 頁)

13 「あなたの国では,新しくビジネスを始めて成功した人は高い地位と尊厳をもつように なる」という質問に「はい」と答えた比率(経済産業省委託調査(2008a)19‑20頁)

(8)

また,米国の調査(2004年・2006年)では,90%の親が子供が起業家になる ことに賛成し,71%の中高生がいつか起業したいと回答しているが(

Tim- mons

Spinelli

(2007)

pp

.15),米国生活を経験した日本の起業家が実感し ているように14,日本と比較にならないほどチャレンジ精神をもつ起業家が 尊敬され,優秀な者が起業する文化が根付いていると思われる。

3.大学学部での起業家教育の現状

経済産業省が2008年に行った全国の大学での起業家教育の実施状況調査

(有効回答率73%,回答536校)(経済産業省委託調査(2009

a

))に基づき,

以下,大学学部の起業家教育の現状を整理する。

3.1 実施大学・科目数

全国では,200校(回答校全体の37%)の大学学部で起業家教育が実施さ れている。実施科目数は523科目であり,1科目設置の大学が83校である。

起業家教育を行っているコース・専攻まである大学学部は30校であった。

2000年代初頭と比較すると起業家教育を実施している大学学部が大きく増加 しているようであるが,学部にコース・専攻が設置されている大学数では米 国の1/16以下の水準であるなど米国との格差はいまだ大きい。

大学学部で起業家教育を行っている大学数,科目数を地域別にみると,大 都市圏への集中の傾向がみられる(図表4)

3.2 授業内容

起業家教育の授業形式をみると(複数回答可),上位回答は順に「所属す る大学の教員が通常の講義を行う」(66.2%),「大学教員以外の講師が通常

14 例えば,楽天の三木谷浩史氏は,アメリカの自分の才覚で新しいビジネスを起こす人間 を高く評価する価値観の違いにふれ起業を決意した(三木谷(2007)79‑80頁)という。

(9)

図表4 起業家教育を行っている大学数と科目数(大学数 の上位10都道府県と九州各県)

大学数 科目数

比率

(%)

比率

(%)

①東京 35 17.5 ①110 21.0

②愛知 18 9.0 ③ 41 7.8

③大阪 15 7.5 ② 64 12.2

④福岡 11 5.5 ⑥ 30 5.7

⑤神奈川 10 5.0 ④ 37 7.0

埼玉 10 5.0 ⑦ 21 4.0

⑦京都 9 4.5 ⑤ 35 6.7

北海道 9 4.5 ⑧ 19 3.6

⑨千葉 8 4.0 ⑩ 15 2.9

⑩兵庫 6 3.0 ⑨ 17 3.3

(他九州各県)

熊本 4 2.0 9 1.7

鹿児島 2 1.0 13 2.5

大分 2 1.0 4 0.8

佐賀・長崎15

宮崎 0 0 0 0

200 100 523 100

(出所)経済産業省委託調査(2009a)19‑24頁を基に筆者が作成。

科目数の左の①〜⑩は科目数での全国順位。

の講義を行う」(27.0%)で,次に,生徒参加実践型事業である「プレゼンテー ションやグループ演習」(19.1%)であった。

また,授業内容については(複数回答可),上位回答は順に「起業やベン チャー経営そのもの理論を講ずる」(60.6%),「起業やベンチャー経営に関 するケーススタディを行う」(56.6%),「ビジネスプランの作成法について の講義を行う」(33.8%),「受講生にビジネスプランを作成させる」(29.6%) であった。

15 長崎大学経済学部では「中小企業論」などの一部でベンチャー・起業に関する講義を行っ ているがベンチャー,起業,アントレプレナーという名称が含まれた講義はなく,また,

ゼミでの実施は本調査対象から除外されているので,長崎大学はカウントされていない。

(10)

学部の構成科目をみると,実施科目数が増えるごとに,経営者講演,ビジ ネスプラン作成,ベンチャーファイナンス等の発展科目が加わる傾向がある。

しかし,米国のように,基礎から実践に至る段階的で多様性のある起業家プ ログラムを用意している大学は少ない。

4.学部生の起業に対する意識−筆者勤務学部を例にとって−

2.4で,日本は起業を職業選択肢と考える意識が国際的に著しく低いこと を述べたが,日本の大学学部生は,大企業や公務員を目指す安定志向が根強 く,起業を目指す者はほんの少数と思われる。しかし,年功賃金,終身雇用 の日本型雇用システムが変化してきており,成果主義賃金が導入され,労働 流動性が高まり,転職によるステップアップという欧米型のスタイルもでて きている。大学学部生も大企業や役所に入れば一生安泰だという意識は低ま り,個人の能力を高める必要性を大きく感じるようになってきている。また,

日本においても,最近の,楽天,ミクシィといったベンチャー企業の急成長 により,学部生の起業に対するイメージも少なからず変わってきているので はないかと思われる。そこで,長崎大学経済学部生の就職状況と学生の起業 への意識について,整理をしてみた。

4.1 就職先

長崎大学経済学部の過去5年間の卒業生の就職先をみると,年によりばら つきはあるものの,概ね7割程度が大企業,1割程度が官公庁・教員となっ ている。地域別では3〜4割程度が関東地区,3割程度は九州地区(長崎県 を除く),2割程度が長崎県となっている。業種別にみると,金融・保険関 係が3割程度と一番多い。起業した者の捕捉はできないためよくわからない が,大学卒業後まもなく起業した者はいたとしても少数と思われる。

(11)

4.2 起業への意識

長崎大学経済学部1年生に,起業に関するアンケート16を実施したところ,

結果は以下の通りであった。

4.2.1 将来の起業についての考え

図表5のとおり(回答者233人),起業してみたいと積極的意識をもつもの は少ないが,興味がある者までいれると,半数近くが起業に関心をもってい る。

4.2.2 起業する時期

前の質問(4.2.1)で,「起業してみたい」「起業することに興味があるが まだよくわからない」と答えた者に起業する時期を聞いたところ(回答者88 人),図表6のとおり,起業の意思があっても,ほとんどは,在学中,卒業 後すぐは難しいと感じている。

16 筆者が,2008年10月〜2009年1月に実施(全回答者233人)

(12)

4.2.3 起業をためらう理由

前の質問(4.2.1)で,「起業することに興味があるがまだよくわからない」

「起業してみたいと思わない」と答えた者へ,起業をためらう理由をきいた ところ(複数回答可,回答者207人),図表7のとおり,「大変そうだから」

が4割強と一番多く,続いて「普通の企業に就職したり,○○士になったほ

(13)

うが,生活が安定するから」「失敗した後の再チャレンジが難しいから」が 多かった。「起業することが社会的に評価されていないから」と回答した者 はほとんどいなかった。起業については,社会的には評価されていると感じ ているが,職業の選択肢としては,ネガティブなイメージとしてとらえてい る。

4.2.4 起業に関する授業を受けた経験

小中高でこれまで,起業に関する授業を受けたことがあると回答した学生 は,全回答者中,小学校で0%,中学校で1%,高校で6%で,ほとんどの 学生は大学入学前に起業に関する授業は受けたことがない。

4.2.5 大学での起業向けの授業への興味

大学で起業向けの授業があったらとってみたいかどうか聞いたところ(回 答者214人),図表8のとおり,「少しとってみたい」と「本格的にとってみ たい」で8割をしめた。本格的に起業に関して勉強したいという学生は少数 であるが,多くの学生が,起業に関して,多少なりとも学びたい意欲はある。

(14)

5.ビジネスプラン作成指導について−筆者のゼミを通じて−

筆者のゼミでは3年次にビジネスプラン作成指導を行っているが,その一 環として,(社)九州ニュービジネス協議会などが共催する「大学発ベンチ ャー・ビジネスプランコンテスト(以下「

BP

コンテスト」という。)」に,

ビジネスプランを応募させてきた。まず,4〜5月に経営戦略やビジネスプ ラン作成の基礎や実例について,テキストなどで教え,6月から3人でチー ムを作り,10月の

BP

コンテスト応募の締め切りに向けて,ビジネスプラン を外部の専門家のアドバイスも受けながら作成させた。その間,企業の経営 者等から直接話を聞く機会も数回設定した。ビジネスプラン提出後の11月は パワーポイントによるプレゼンの練習を行い,一次審査(書類審査)を通過 した場合の二次審査に備えさせた。その結果,これまで数チームがコンテス トに入賞するなど一定の成績を上げてはきたが,指導については試行錯誤で 行ってきたところがあり,反省すべき点や検討すべき点が多々あると感じた。

そこで,以下,教育効果や問題点を考察していく。

5.1 教育効果

2007年及び2008年に,ビジネスプランを作成しコンテストを終えたゼミ生 に,筆者が,ビジネスプランをゼミで作成したことによる,起業への考え方 の変化,学習効果などについてアンケート調査を行った(回答者26人)。そ の結果は次の通りである。

5.1.1 将来の起業について

「卒業後すぐに起業をする」という者はいないが,「起業してみたい」と 回答した者は5人,「起業することに興味はあるがまだわからない」が14人,

「起業してみたいと思わない」は7人であった。

次に,ゼミへの参加の前後での起業に関する意識の変化を聞いた。「将

(15)

来何らかのかたちで(企業内ベンチャーも含め)起業する可能性」について,

「高まった」(6人)と「少し高まった」(15人)が全体の8割弱を占めた。

また,(自ら起業しない場合も含め)起業する人を理解し,応援する気持ち」

については,「高まった」(17人)と「少し高まった」(8人)でほとんどを 占めた。

これによると,ゼミでビジネスプランの作成をすることにより,すぐに起 業するというところまではいたらなかったが,将来における潜在的な起業の 可能性は増加した。また,自ら起業しなくても,起業の意義を理解しサポー ターとして何らかの形で起業を支援する気持ちは強くなった。

5.1.2 大学の講義について

「大学の講義(ゼミ以外)は,起業や起業を理解するために十分か」との 質問に,ほとんどの学生(24人)が「もっと必要なことがある」と回答し,現 状での講義では,起業に不十分と感じている。

5.1.3 ゼミの授業内容について

筆者のゼミの授業内容が,ビジネスプラン作成にどれだけ役にたったかを きいたところ,企業経営者と接したり,専門家からビジネスプランへのアド バイスを得たことなど,実践的な授業への評価が高かった。ビジネスプラン を考える前の座学は十分理解ができないところがありビジネスプラン作成を してはじめて内容が理解できてきたとの指摘もあった。

5.1.4 ビジネスプラン作成の中で苦労したことについて

ビジネスプラン作成のなかで苦労したことを聞いたところ,図表9のとお り,「ビジネスのアイディアの発想」,次いで「ビジネスのニーズの把握」が 多かった。

(16)

(備考)グラフ内の数字は回答人数

5.1.5 社会人基礎力について

経済産業省は,企業等で働く人材には,基礎学力や専門知識に加え「社会 人基礎力」が必要とし,12の要素に整理し,その育成や普及に取り組んでい る(経済産業省・社会人基礎力研究会(2006)14頁)

そこで,今回のビジネスプランの作成が,「社会人基礎力」にどのような 影響を与えたかを,ゼミ生に自己分析をさせたところ,図表10のとおり,す べての項目において「学習できた」とする回答が多かったが,特に,「主体 性」「傾聴力」が多かった。

経済産業省が,若手社員に不足が見られる能力を企業に調査したところ

(経済産業省(2007)),上位にあるのは,順に「主体性」「課題発見力」「創 造力」「計画力」であり,上述のビジネスプランの作成によって社会人に不 足している基礎力の向上が図られたと思われる。

(17)

(備考)グラフ内の数字は回答人数

5.2 課題

5.2.1 ビジネスアイディア発想の制約

5.1.4で示されたように,ビジネスのアイディアを考えるのにゼミ生たち は大変苦労していた。BPコンテストでは,事業の「新規性」「コアコンピ タンス(技術力,開発力,販売力)」を求められる。しかし,経済学部生は,

通常,理系学生のもつような技術はなく17,必然的に,サービス業を中心と して事業アイディアを考えることが多くなる。また,社会経験が乏しく行動 範囲の限られる学部生にとって,事業所向けなどのビジネスは想像しづらく,

17 一般にビジネスプランコンテストでは,理系学生は,自らの持つ技術を特許化し製品開 発する計画などをもって応募してくることが多く,文系学生が作るサービス業中心のプ ランとは質的に異なる面がある。九州地区を対象としているBPコンテストでは,この 両者を区別していないが,各地区の優勝者が集う全国大会のキャンパスベンチャーグラ ンプリ(日刊工業新聞主催)では,テクニカル部門とビジネス部門に区別して審査を行 っている。

(18)

家庭生活や地域社会の問題点を解決しようとするもの,革新的というよりは 既存ビジネスを組み合わせたり少し変えたりしたものが多くなる傾向があ る。図表11は2年間で当ゼミ生の10チームが作ったビジネスプランの事業名 である。

図表11 BPコンテストへ応募したビジネスプラン

2007年 離れて暮らすお年寄りの見守りサービス 孫心 グランプリ 新たな共育コミュニティ『ビストロ・ペアレンド』 優秀賞 朝食宅配サービス「朝食賢」

駅型立地の保育施設「えきすぱっと」

小学校低学年向け自習室 自主室

2008年 新たな社会科見学サービス kimiルート 優秀賞 アフレコビジネス てくレコ

診て看て安心 アイシード

家族写真でつなげる絆 ファミリングphoっと

@trade learning

もっとも,起業家教育で名高いバブソン大学のBPコンテストにおいても,

「シュンペンター的な革新はまったくなく,すでに既存市場で売られている 商品の不備を突いて,ほんのちょっとした改善を施した革新にすぎない。に もかかわらず,直接の顧客はもちろん,開発や販売に際して外部協力者とし て想定される人々にも,かなり大きな価値をもたらす可能性がある事業案に なっている」(古田(2002)213頁)という指摘はある。

5.2.2 起業に向けての制約

BPコンテストでは,「ビジネスプラン実現の可能性」が求められる。し かし,コンテストで優秀な成績を収めても,実際起業している学生はこれま では少ないようである18。そのような状況から,BPコンテストの審査委員 からは,コンテストがゲーム感覚になっているとの指摘もあった。大学生向

18 筆者が確認できるのは,第3回BPコンテストグランプリの中村俊介氏(しくみデザイ ン代表取締役)で,参加型広告を開発しテレビなどで紹介されている。

(19)

けのビジネスプランコンテストは全国各地で実施されており,BPコンテス トの全国大会であるキャンパスベンチャーグランプリのように実際すでに起 業していたり起業準備中の学生が多く参加しているコンテストもあるが,同 様な状況にあるところも少なくないものと思われる19

日本の実際の起業の経緯を「新規開業白書」でみてみると,開業の平均年 齢は41歳で,29歳以下は1割程度で停滞している(国民公庫(2008)8頁)。ま た,開業に踏み切った直接のきっかけは,「独立に必要な技術・知識・ノウ ハウを習得できた」との回答が一番多く(15.9%),開業時に経営者として 自信をもっていたことは,「業界に関する知識,製品・サービスに関する知 識,技術・ノウハウ,人脈や取引先とのネットワーク」との回答が4割以上 と一番多い。開業に必要な情報や知識の入手先は,「個人的な人脈」との回 答が9割近くとなっている(国民公庫(2007)12‑13頁)

アメリカでも,起業者の98%がフルタイムの勤務経験が1年以上あり,

「ある産業や市場での経験」が事業のアイディアにつながったとする者が半 数以上との調査がある(国民公庫(2005)139‑141頁)。米国の起業家の通常の パターンは,大学卒業後就職し,3〜4年後に経営学修士課程で学び,その 後,起業したいと考えている業種で成長している100〜200人規模の企業にマ ネージャーで就職し幅広い経験を積み,その過程で,起業時の仲間とエンジ ェルを探しながら,大学卒業後10年前後で2〜3社転職して,その後に起業 するというものであるという(柳・長谷川(2005)130頁)

このように,実際の起業には,経験,技術,ノウハウ,人脈が重要とされ,

それらがほとんどない文系の学部生にとっては,卒業まもなく起業するには 高いハードルがある。

19 近畿経済産業局委託調査(2006)では「ビジネスプランコンテスト自体がゴールであるか のような捉え方がなされ,あるいは結果としてそのようになっている」という報告があ る。

(20)

5.2.3 チーム作りの制約

ビジネスが成功するかどうかは,経営チームによることが多く,投資家は 誰がそのビジネスをやるかに大変興味があるとされる(白倉・西澤(2000) 233頁)。起業家にとってベンチャーの起業の究極は,「何をやるか」より

「誰とやるか」であって,設立前に考えたビジネスプラン通りに事業は進む ことはありえないが,メンバーが優秀であれば,ビジネスを作り変え成功で きるとする(真田・

TNK

(2007)207頁)

筆者のゼミでは,3人一組のチームを教員が考えて作ったが,チームワー クに苦労するところもあり(5.1.4参照),ゼミ生が自発的にチームを作るよ うな環境を作っていくことができればより実際の起業につながりやすいと思 われる。

5.2.4 地方におけるハンディキャップ

長崎のような地方においては,東京などの大都市と比べると,市場が小さ いこともあり身近に新しいサービスを提供するようベンチャー企業や新業態 を感じることが少ない。インターネットなどメディアの多様化によりほとん どの情報は入手できるようになってきてはいるものの日常的に得られる情報 量にはまだ差がある20。したがって,学生は新ビジネスに刺激されることは 少なく,また,ビジネスアイディアを考えても,すでに大都市では存在する ものがあったりすることが少なくない。

また,起業に向けては,様々なヒントやノウハウ・知識を提供し,起業家 や起業支援者などとのコミュニケーションが図れるセミナーや交流会が重要 な役割を果たす21。しかし,これらは大都市中心に開催され,地方在住者は なかなか参加することかできない。

20 新ビジネスを頻繁に紹介するテレビ東京系の経済番組は長崎の地上波では放映されてい ない,新聞の夕刊はないなどの情報ギャップがある。

21 起業家(165人)を対象とした調査では,起業支援者と知り合うための手段として(複数 回答可),異業種交流会・イベント(58%)という回答が一番多い(経済産業省委託事業 (2008)15頁)

(21)

6.大学学部での起業家教育に関する提言

これまで述べてきた起業や起業家教育の現状や課題を踏まえ,大学学部を 中心とした起業家教育について,大学,地域・産業界,そして政府に,必要 な取り組みについて,提言を行う(図表12参照)

図表12 大学学部での起業家教育に関する提言 [大学]

1.広義の起業家教育の幅広い普及−「大学発ベンチャー,潜在的起業家,起 業家サポーター」の育成−

2.実践の重視

3.大学全体での取り組み 4.大学間の連携 [地域・産業界]

1.地域一体となった起業家教育 2.大学と産業界の連携 [政府]

1.小学校からの起業家教育の体系化 2.再チャレンジのしやすい制度の整備 3.大都市以外の地方での起業家教育への支援 4.政府一体となった取り組み

6.1 大学

我が国の教育制度では,大学は各大学が自らの掲げる教育理念・目的に基 づき,社会との対話を通じ弾力的かつ柔軟に,自主的・自律的にカリキュラ ムを編成することとされている。したがって,基本的には,大学自身が,起 業家教育のあり方を,大学の教育理念,方針のなかで検討をしていく必要が ある。

6.1.1 広義の起業家教育の幅広い普及−「大学発ベンチャー,潜在的起業家,

起業家サポーター」の育成−

4.1の長崎大学経済学部の例にもあるように,地方の文系学部においては,

(22)

普通の企業に就職したり公務員になったりする学生が大部分で,卒業後まも なく起業する学生は少数と思われる。実際,技術,ノウハウ,経験や人脈が ないのが普通の文系学部生は,在学中あるいは卒業後すぐ起業するのは現実 的には容易ではないことが多い。しかし,4.2のアンケート結果が示唆する ように,相当数の文系学部生は,起業への関心,起業向け授業への興味をも っていると思われる。したがって,学部での起業家教育は,在学中又は卒業 してまもなく起業する者の育成をする狭い意味の起業家教育のみを考えるべ きではなく,現在起業の意思はあまりなくても少しでも起業に関心のある学 生も対象として,その興味を広げ起業家精神を向上させながら基礎知識を学 んでいくことのできる広義の起業家教育を普及させることが必要である。

広義の起業家教育の受講者の多くは,大企業や公務員などへの就職を目指 したりしても,将来起業をする,あるいは人材不足が問題となっているベン チャー企業の経営に携わる可能性のある潜在的起業家は多く存在する。大企 業に属していても,社内ベンチャーをはじめ,起業家教育の成果を生かして 新事業創出をする機会はある。図表3の長崎県の起業家の例にもあるとおり 大都市の企業に就職してもUターンで地元に帰り起業する場合も多い22。ま た,現在の世界同時不況のなかでフランス政府は失業者の起業を税制等の優 遇措置をもって奨励しているが(日経記事(2009

c

,日本でも最近は失業や 就職先がみつからないことが起業の理由となることも多く(高橋(2007)80 頁),起業の促進が不況克服にも貢献すると思われる。

一方,ベンチャーの起業,発展には,いうまでもなく,資金提供をする銀 行やベンチャーキャピタルなどの金融関係者,公的支援を行う国や自治体の 公務員などの理解,サポートが必要である。しかし,日本の金融関係者はベ ンチャーの将来性を目利きできる者が少なく,またリスクをとらないため,

ベンチャーが育たないとよく指摘される。したがって,金融などベンチャー

22 地方圏(30万人未満の都市)及び中核都市圏(30万人以上100万人未満の都市)では,

Uターン開業者が全開業者のそれぞれ15%近くある(国民公庫(2008)40‑41頁)

(23)

支援に携わる可能性のある学生に広義の起業家教育を提供し,ベンチャー企 業の意義や実態を理解させ,将来,効果的な支援をすることができるように していくことは重要である。

このように,潜在的起業家,そして,金融関係者などの起業家サポーター を多く育成するために,できるだけ多くの受講者が広義の起業家教育を受け ることが望ましい。そこで,学生が気軽に受講できるように数単位の科目を 用意し,また,興味が引かれるように授業の内容を工夫することが必要であ る。2.3で述べたように創業者の経歴をみると近親者に企業経営者がいる場 合が多いが,日本では起業者の絶対数が少ないため,現状のままでは,多く のサラリーマン家庭に育った学生は,起業に興味をもたないまま社会人にな るという悪循環が続いてしまう。そこで,起業の成功例を紹介したり,起業 家を招聘し経験談を話してもらうなど,まず,多くの学生が起業への関心を 高めることができるような工夫をしながら,授業を行っていくことが重要で ある。

6.1.2 実践の重視

多くの学生を対象にする起業家教育は講義形式が容易であるものの,効果 的に起業家教育を行っていくためには,ビジネスプランの作成など実践を重 視したプログラムを工夫して行うことが必要である。筆者のゼミでも,5.1.

3で述べたように,企業経営者や専門家からアドバイスを得るようなより実 践的な授業への評価が高かった。起業家教育で名高い米国ボストンのバブソ ン大学では,実践的な教育を重視しており,1年生は,1年間,営利企業を たちあげ運営し清算するプログラム(

Foundation of Management and En- trepreneurship

)に参加する(

Babson college website

学生にとっては,ビジネスプランを作るなど能動的な活動を通じて,そこ で生じた具体的な問題点の解決を検討することにより,座学のみでは理解し にくい起業に必要な知識やスキルを学ぶことができ,新事業を考えていく創

(24)

造力を高めることができる。起業家教育の実践,研究に長年携わる早稲田大 学の大江建教授や柳孝一教授は,起業家教育は「教えないで教えること」が 重要というが(平村(2007)145‑146頁,柳(2006)22頁),学生が自主的に考え 活動できる課題を与え,自ら学ぶことのできる環境を整備していくことが,

起業家教育には必要である。5.1.5で述べたように社会人基礎力の向上とい う観点からも,実践的な教育は重要である。

また,起業に関連する講座としては,経営戦略,財務,会計,マーケティ ング,経営組織,労務管理などがあるが,各講座の内容を連携させ,実際の 企業経営のなかで生かせるような実践的な知識として教えていくことが,学 生にはわかりやすいと思われる23

近年広がっているインターンシップは,経済産業省が行った「かばんもち プロジェクト(2003〜2006年)」のように,ベンチャー企業などに数ヶ月派 遣され,実際の経営者の動きや考えに触れることができれば,大変実践的で 有意義な起業家教育となる。しかし,多くは1〜2週間程度の派遣であり,企 業の紹介をうけたり,簡単な仕事体験をする程度のものでは効果は限られる。

6.1.3 大学全体での取り組み

大学全体でみると,技術などのビジネスのシーズは主に理系学部にあり,

経営関係の知識やノウハウは経済学部や商学部などの文系学部にある。大学 発ベンチャーの課題として経営のできる人材が不足しているといわれるの は,大学発ベンチャーをたちあげる技術系教員と経営系の教員との連携が不 足していることも一因と思われる。そこで,大学発ベンチャーの創出,そし て,起業家教育の実施のために,学部を超え,大学全体で,ベンチャーや起 業の意義を理解し,各学部の教員が連携していく必要がある。海外の場合は,

スタンフォード大学など,学内の起業教育プログラムの連携・調整を進める

23 柳(2006)16頁は「教員の専門性は経営機能別になっているため,非常に込み入り,連携 して教える必要があり,負担は重いが,学生にはわかりやすい」とする。

(25)

横断的な組織が設置され学部横断的なシステムが構築されている例が多い が,日本では,各学部のキャンパスが物理的に離れていることも多く,学部 間の連携はあまり進んでいないものと考えられる(関東経済産業局委託調査 (2007)30頁)。そこで,起業家教育の効果的な実施のためには,「大学の意思 決定者の上層部にあたる学長,学部長,理事長その他の役員が

VB

を教育プ ログラムの中で重要視すること」(土井・西田(2002)239頁)が必要となって くる。

私のゼミで取り組んでいる,ビジネスプランの作成についても,5.2.1で 述べた通り,現在はサービス業中心の限られた範囲にとどまっているが,理 系学生と共同で取り組むような機会ができれば,理系学生のもつ技術を経済 学部生のもつ経営に関する知識やノウハウを用いて事業化していくことも可 能である。立命館大学では,「産学協同アントレプレナーシッププログラム」

により,経営学部,経済学部,理工学部,情報理工学部の4学部から毎年合 計100名前後が受講しているが(経済産業省委託調査(2009

a

)192‑195頁),こ のような学際的な取り組みが起業家教育には効果的である。

また,授業以外にも,起業に関心をもつ学生が交流できる機会を増加させ ていくことが必要である。多くの起業家を輩出し続けているシリコンバレー は,半分が白人以外で,多くの人種,国籍の人が集まることで,多くの価値 観がぶつかりあい,イノベーションが生まれている(野田(2004)90頁)。日 本の学生には,新しいものを作り上げる創造力が不足していると思われるが,

それは,色々な者との自由で何気ないコミュニケーション,ディスカッショ ンから培われることも多いと思われる。学生が自主的に運営する起業サーク ルができればよいが24,学生の起業への関心が高くない地方においてはその ような学生の自主的な活動はなかなか期待しづらいところがある。そこで,

学生寮など学生が自然にコミュニケーションを図れるような場を設定してい

24 東京大学起業サークルTNKは,筆者ゼミでも使用した『なぜ,ベンチャーは失敗しや すいのか』を真田哲弥氏と共同執筆している。

(26)

くことが起業の促進に向けて有効な方法のひとつと思われる。デルやヤフー は学生寮の一室からスタートしたが,学生寮は様々な価値観に触れ学生の視 野や行動範囲を広げる役割を果たしてきている。第二電電やイー・モバイル の創業者の千本倖生氏は,日本の学生寮では技術バカにならず起業に必要な 視野を身につけられた,米国の寮ではアメリカ人が大切にする価値観は挑戦 という生の開拓者精神に触れた,と述べている(読売記事(2009))。起業家 教育寮の設立を提言する者もいるが(経済産業省委託調査(2009

a

)56頁)そ のようなものができれば,起業の促進に大いにつながると思われる。

卒業生がメンターとなり,起業家教育や起業の支援をすることも,学生に 不足する経験,ノウハウ,人脈など(5.2.2参照)を補う意味で有効である。

活発に活動している組織として,スタンフォード大学

BASES

,慶応大学メ ンター三田会,東京工業大学(社)蔵前工業会蔵前ベンチャー相談室などが ある(関東経済産業局委託調査(2007)63‑64頁)。地方大学では,卒業生は東 京をはじめ全国に散らばってしまうため,このような支援組織を

OB

で構成 していくのは容易ではないが,地元の企業や役所などで活躍する卒業生を中 心に組織化されていけば学生にとって大変力強い存在となる。

6.1.4 大学間の連携

筆者は,ゼミを始めるにあたって,テキストの選定をはじめ授業内容をど のようにするか,大変苦労しながら検討した。これは,起業家教育には,標 準的カリキュラムやテキストが特になく,外部講師の招聘も教員個人の人脈 を利用して行うなど,個々の教員が手作りで考え,試行錯誤しながら実施し ている面があるからである。テキストは一般的な事業計画書作成の実務書は あるが,必ずしもベンチャー向け,起業家教育向けとはなっていない。バブ ソン大学の故ティモンズ教授の

New Venture Creation

:

Entrepreneurship

for the

21st

Century

などを利用しているところも多いが(経済産業省委託 調査(2009

a

)50頁),日本のケーススタディなども入り日本の学生が理解しや

(27)

すくなっているテキストはなかなかみつからなかった。

もっとも,起業家教育は,国際的にも歴史が浅いため,欧米でも必ずしも モデルがあるわけでない25。起業家教育の進んでいる米国でも,「起業に必 要とされる能力への教育者への取り組みは場当たり的なものが多い。起業家 教育専攻の学生に何を教えるべきかについて,ほとんどコンセンサスがな い。

SBA

(2007)邦訳134頁)という状態である。

しかし,起業家教育を広げていくためには,個々の教員のリーダーシップ への依存から脱却することが必要である。これまでの各地の起業家教育で得 られた知識・ノウハウを共有し,効果的なカリキュラムを確認したり,標準 的テキストの共同開発26などがなされれば,全国的に効率的,効果的な起業 家教育が普及していくと思われる。

2009年度から経済産業省は,経済産業省委託調査(2009

a

)に基づき全国で 実施されている起業家教育の内容を概観できる「大学・大学院起業家教育 データベース」を公開した。また,「大学・大学院起業家教育推進ネットワー ク」を設立し,起業家教育先進校での授業見学会の開催,教材・ケースの収 集,外部講師のリスト化などを行っており,これらの有効活用をしていくこ とが必要である。

6.2 地域・産業界

6.2.1 地域一体となった起業家教育

2000年代になってからの数年間にわたる景気回復のなかで,自動車や電子 機器などの製造業の投資の国内回帰現象が生じ,地方自治体は企業誘致に躍

25 OECD(2005)pp.58‑59。OECD諸国のなかで,米国は起業の方法を教えるアプローチを

志向し,他の国は起業家精神を高める教育を志向する傾向があるがほとんどの国で両方 のアプローチを組みあわせているとする。

26 情報関係の起業家教育用には,総務省情報通信政策局が授業計画書のモデルなどを盛り 込んだ『ICTベンチャー・リーダーシップ・プログラム(2008)』(松田修一早稲田大学大 学院教授などが検討会の構成員)を発表している。

(28)

起となった。しかし,昨年からの世界同時不況と円高で,これら産業は輸出 の急減等大きな打撃をうけ,これら産業に依存してきた地域は苦境に陥った。

今後は,景気回復をしても,為替リスク回避などから海外現地生産が拡大し ていくことも予想される。そこで,地域が自立するためには,企業誘致だけ に依存するのではなく,自発的な産業の育成を積極的に行っていくことが必 要で,自治体などによるベンチャー企業の育成,支援が今まで以上に求めら れていると思われる。

長崎県においては,県の出資していた大学発ベンチャーである「バイオラ ボ」が経営破綻し,過剰投資など放漫経営の責任が問われるなどしている

(長崎新聞記事(2009))。放漫経営については責任を問うのは当然である。

しかし,ベンチャー企業の成功は千に3つともいわれリスクを内在している ものであり,ベンチャーの意義とリスクを役所も県民もよく理解した上で支 援をすることが必要なのであって,本事件の影響で地域のベンチャーへの意 欲がそがれるようなことは避けるようにしないといけない。

起業家教育も,大学と地域の産業界,自治体などが連携して取り組んでい くことが有効である。私のゼミでは,地元の起業支援機関や金融機関の専門 家からビジネスプランへのアドバイスを得たり,地元企業経営者などから直 接話しを聞く機会を得たが,学生にとっては大変よい刺激となりベンチャー をよりリアルに感じられるようになった。このような取り組みのほか,地元 商店街での空き店舗での販売体験,地元企業でのインターンシップなど様々 の連携の方法が考えられる。

バブソン大学教授の松野研一氏は,バブソン大学では「町の産業と学校の 教育現場は非常に近い(起業家教育セミナー(2006)120頁)」と述べている が,地域経済活性化のためにも,地域一体となった起業家教育への取り組み が重要と思われる。5.2.1及び5.2.2で学生のビジネスアイディアや起業に向 けての制約について述べたが,大学と地元企業など地域社会との交流や連携 のなかから,地域の資源や特性を生かしたり,地域社会の問題点を解決する

参照

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