は じ め に
2008年のリーマン・ショックを頂点とした今回の金融危機は,大恐慌以来 最も深刻な金融危機へと発展した。米国の住宅ローン市場の比較的小さな部 門で起こった問題が,どのようにしてかくも深刻なグローバル金融危機にま で発展したのであろうか。
その要因として従来指摘されてきたのは,住宅ローンの行き過ぎた証券化,
仕組みが複雑で不透明なデリバティブの急増,レバレッジの上昇,リスク管
システミック・リスクと金融の脆弱性
永 田 裕 司
目 次 はじめに
1 システミック・リスクとは何か
!
1 システミックな事態(ビッグショック)
!
2 金融危機の波及(コンテイジョン)
!
3 実体経済への悪影響 2 金融システムの脆弱性
!
1 相互的関連性
!
2 レバレッジ
!
3 流動性と満期のミスマッチ
!
4 情報の不確実性
3 現代のシステミック・リスク
!
1 伝統的システミック・リスク
!
2 金融仲介の変容
!
3 市場型システミック・リスク むすび
−253−
( 1 )
理の失敗などである。しかしながら,今回の金融危機の最大の特徴は,こう した要因が重層的に重なったことによって,金融システム全体の危機すなわ ちシステミック・リスクが発生した点にある。すなわち,ある大手金融機関 の破綻などが引き金となって,金融市場や経済全体に深刻な悪影響を及ぼす リスクを発生させたのである。2008年に連邦準備制度や財務省がいくつかの 大手金融機関の破綻を阻止するための行動をとったのも,システミック・リ スクに対する不安からであった(1)。
本稿では,一つの金融機関や金融市場の破綻がどのようにして金融システ ムや経済全体を混乱に陥れるのか,また,非金融企業の破綻に比べて,金融 機関の破綻はなぜシステミック・リスクを引き起こしやすいのかについて考 察する。以下,第1節では,システミック・リスクに関する基本的な定義に ついて,第2節では,金融システムの脆弱性について,第3節では,金融仲 介の変容に伴うシステミック・リスクの歴史的変化について検証する。
注
( 1 ) バーナンキ連邦準備制度理事会議長は,ベアスターンズ救済の根拠として次の
ように述べている。「すでに金融市場が大きなストレスを抱えている時に,ベア スターンズの破綻を簡単に許せば,金融システムや経済全体にきわめて深刻な悪 影響を及ぼすことは明らかである。とりわけ,こうした状況下でベアスターンズ が破綻すれば,担保付き資金市場やデリバティブ市場が激しく混乱し,さらには 他の金融機関への取付けを引き起こす可能性がある。」(Bernenke[2008])
1 システミック・リスクとは何か
システミック・リスクとは,「システムの一部分が崩壊するのではなく,
システム全体が崩壊するリスクあるいはその可能性」(1)を意味するが,同時 にシステムを構成するすべての要素が連動するという性格をもっている。ま た,システミック・リスクは,最初のトリガーから発生した小さな危機が,
−254−
( 2 )
銀行や金融市場へと伝播し,それが一国さらには世界中に波及するという形 態をとる(2)。さらに,ひとたびシステミック・リスクが発生すると,金融セ クターと実物セクターのフィードバック・メカニズムを通じて,生産や貿易 などの実体経済にも悪影響を及ぼす。
このように,システミック・リスクはきわめて複雑で重層的な現象である。
そのため,その概念は論者によって様々であり,今のところ,普遍的な定義 は存在しない。しかし,これまでの研究により,以下のような3つの考え方 が主流になっている(3)。
!
1 システミックな事態(ビッグ・ショック)
第1は,金融システムや経済全体に,同時的かつ大規模な悪影響を及ぼす ような「大きな」ショックあるいはマクロ的ショックとみなす考え方である。
ここでは,「システミック」という用語は,「一握りの金融機関だけではなく 銀行,金融あるいは経済システム全体に影響を及ぼすような事態」(4)を意味 する。こうした見方によれば,システミックな金融危機とは,あるひとつの 金融機関の破綻や金融市場の混乱が,多数の金融機関や金融市場に深刻な影 響を及ぼし,それにより金融システムの機能全体に致命的な打撃を与えるよ うな事態であると定義される(5)。
こうした事態を引き起こす原因となるトリガーは,金融システムの外部で 発生する外生的なショックの場合もあれば,金融システムから内生的に発生 する場合もある。いずれにしても,こうした事態は,多数の金融機関や金融 市場に混乱をもたらすだけでなく,システム上重要な金融機関が破綻したり,
金融市場が機能不全に陥る場合には,今回のグローバル金融危機でも見られ たように,事態はきわめて深刻なものとなる。
もちろん,個別的なショックとシステミックなショックとの間には,中間 的な種類のショック(例えば,部門や地域全体)も存在する。両者の大きな システミック・リスクと金融の脆弱性(永田) −255−
( 3 )
違いは,個別的なショックの場合には,投資家がリスクの分散により自己防 衛することができるという意味で「保険可能」であるのに対し,広範囲に広 がるシステミックなショックは「保険不可能」あるいは分散不能であるとい うことである。深刻な景気後退のような負のシステミックなショックは,あ る一定のレベルに達すると,必ずや広範な金融機関や金融市場に悪影響を与 える(6)。
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2 金融危機の波及(コンテイジョン)
システミック・リスクの第2の重要な要素は,発生したショックが,金融 機関や金融市場の間で伝播していくメカニズムである。従来,システミッ ク・リスクに関する研究では,このコンテイジョン(contagion)と呼ばれる 金融危機の波及・伝播のメカニズムが最も重視されてきた(7)。
今回の金融危機では,金融システムの安定を維持するためには,個別の金 融機関の健全性とリスクに対する頑健性を確保するだけでは不十分であるこ とが改めて実証された。しかしながら,それと同時に重要なことは,金融機 関同士の関連性を分析・評価することである。なぜなら,ある金融機関の健 全性を高めるための努力が,皮肉なことに,他の金融機関や金融システム全 体の健全性を損なうこともあるからである。個々の金融機関の間の関連性は,
ショックを全体に伝播させる経路になる。従って,コンテイジョンは,シス テミック・リスクの概念のなかで中心的な位置を占めるのである。情報の不 足のために,個々の金融機関は,自分の行動が他の金融機関にどのような影 響をもたらすかを判断することは難しい。同じ理由で,他の金融機関の行動 がもたらす負の影響から自分を守ることも困難である。このことは,すべて の金融機関は金融ネットワークを形成しているために,いわばネットーワー ク・リスクに晒されていることを意味し,金融機関はそれに対して単独で防 衛したりヘッジしたりすることはできないのである。
−256−
( 4 )
システミックなショックは,経済の中の非金融部門にとっても深刻な影響 を及ぼす。しかし,金融システム内部におけるショックの伝播は,取引関係 や情報効果が作用することによって,特別な性格を帯びる(8)。もちろん,
ショックの発生とその伝播はともに不確実である。従って,システミック・
リスクの重要性には,事態の深刻度とその発生の可能性という,2つの側面 がある。激しいシステミックな事態,とりわけシステミックな危機はめった に発生しないので,それを不安に感じる人は少ないかもしれない。しかし,
危機がひとたび起これば,深刻な結果が発生する恐れがある。
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3 実体経済への悪影響
システミック・リスクがもたらす第3の重要な波及効果は,金融セクター と実物セクターの間で機能するフィードバック・メカニズムを通じて,金融 セクターで発生したシステミックな事態が,生産や雇用などの実体経済に及 ぼす影響である。これは一般にプロシクリカリティと呼ばれているが,その 内容は,金融セクターと実物セクターの間の時間の経過に伴う増幅作用のこ とを指す。具体的には,例えば,好況期には資産価格は全般に上昇するが,
資産価格の上昇は金融機関のリスクテイクを促し,さらなる資産価格の上昇 や景気の過熱をもたらすおそれがある。逆に,何らかのショックがトリガー となり,金融機関や投資家のリスク許容度が低下する場合には,資産価格の 下落につながり,これが景気をさらに悪化させるおそれがある(9)。
実際,1990年代以降,金融市場の規制緩和の進展に伴い,金融市場のプロ シクリカリティは強まりつつあり,多くの国々でバブルの形成と崩壊という サイクルが観察されている。経済の拡張期には,金融機関やその顧客はリス クを過小評価するようになり,さらに競争の激化という環境の下で,リスク テイクをさらに拡大するインセンティブを持つようになる。こうした行動を 促進する最も重要な要因は,景気の拡大によりリスク選好が高まり,積極的 システミック・リスクと金融の脆弱性(永田) −257−
( 5 )
に外部から資金を調達しようとする傾向が強まることである。さらに,経済 主体が経済の一時的な循環的改善を長期的な生産性の上昇と見誤るようにな ると,家計や企業も負債を増加させたり,リスクの大きな資産を購入するよ うになるので,悪循環が始まる。こうしたサイクルの背後では,システミッ ク・リスクをもたらす金融不均衡が目に見えない形で蓄積されていくのであ る(10)。
注 ( 1 ) Kaufman, G.K. and Scott K. E. [2003] pp371‐2.
( 2 ) Bijisma, M., Klomp, J. and Duineveld, S. [2010] p17.
( 3 ) システミック・リスクの概念と歴史的変遷については,Kaufman, G.K. and Scott
K. E.[2003]およびCarvalho, F.J.C.[2009]を参考にした。
( 4 ) Bartholomew P. and Whalen G. [1995] p4.
( 5 ) Frederic Mishkinも,システミック・リスクの定義として,「金融市場において
情報を破壊し,それにより最も生産的な投資機会を持つ主体への効率的な資金仲 介を不可能にするような突然かつ予測不可能な事態が発生する可能性」としてい る(Mishkin, F. [1995] p32)。
( 6 ) De Bandt, O., and Hartmann P.[2000]参照。
( 7 ) コンテイジョンという用語は研究者によって様々な意味で使われてきた。その
最も一般的な定義は,「ある経済主体の経済的困難が,それと取引関係で結ばれ ている他の経済主体に伝播する」というものである。しかし,「国あるいは市場 を超えて危機が地理的に伝播する」あるいは「ある地域や国で発生した危機が,
経済的な関係をもつ地域や国へと波及していくプロセス」という意味で使われる ことも多い。(Bijisma, M., Klomp, J. and Duineveld, S. [2010] p15)
( 8 ) Hellwigは,一部の金融機関の危機が金融システム全体にどのように拡大する
かという点について,次の3つのルートを指摘している。第1は,ある金融機関 が破綻した場合,その金融機関に対して契約上の請求権を持っていた他の金融機 関が評価損を被る場合の「契約関係を通じたドミノ効果」である。第2は,経営 が悪化した金融機関が資産を売却した場合,資産価格の下落を通じて同じ資産を 保有するすべての金融機関の支払能力を低下させる「資産価格を通じたドミノ効 果」である。第3は,ある金融機関に問題が発生した場合,投資家たちが他の金 融機関に対しても不安を抱くことで発生する「情報の伝染効果」である。(Hellwig, M. [2008] p48)
( 9 ) 白川方明[2009]参照。
(10) De Bandt, O., and Hartmann P.は,システミック・リスクを「水平的」と「垂直 的」という2つのタイプに区分している。水平的システミック・リスクとは,金 融セクターのみに限定された概念(金融機関の破綻や金融市場の崩壊)であり,
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( 6 )
垂直的システミック・リスクとは,金融システムと経済全体の両者の相互関係か ら発生するリスクである(De Bandt, O., and Hartmann P. [2000])
2 金融システムの脆弱性
システミック・リスクの発生は,金融機関や金融市場から構成される金融 システム固有の現象ではない。例えば,自動車メーカーのような非金融企業 が破綻した場合にも,取引業者やディーラーあるいは従業員や地域経済にも 深刻な影響が及ぶ。しかしながら,非金融企業の破綻が,ステイクホルダー
(株主,債権者,従業員,取引先など)を超えて,競争相手の支払い能力を 脅かしたり,さらには経済全体に深刻な影響を及ぼすことはめったにない。
むしろ,非金融企業の破綻は,同一産業の残りの企業の市場シェアや利益率 を高めたり,これまでは参入できなかった小規模企業に対して参入機会を提 供する可能性の方が強い。
それではなぜ,非金融企業の場合とは異なり,金融機関の破綻や金融市場 の混乱はシステミック・リスクをもたらすのであろうか。その理由として,
以下のような要因を指摘することができる(1)。
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1 相互的関連性
第1の要因は,金融機関同士の相互的な関連性である。銀行やその他の金 融機関は,インターバンク市場や支払い決済システムを通じた複雑な取引 ネットワークを形成している。特に,銀行は各種の支払い決済システムにお いて中心的な役割を果たしている。また,大手の商業銀行や投資銀行は,イ ンターバンク市場だけでなく,店頭デリバティブ取引あるいは証券化商品の 取引などを通じて,お互いに非常に密接な取引関係を結んでいる。
こうした金融機関同士の取引額は膨大な額に達しており,そのため,ある 金融機関がその返済に行き詰まると,他の金融機関の返済能力も直ちにその システミック・リスクと金融の脆弱性(永田) −259−
( 7 )
影響を受ける。すなわち,金融取引の一方の当事者が破綻すると,他方の金 融機関も大きな損失を被る可能性が高まるのである。従って,日常的に何十 億ドルもの取引を行う大手の金融機関にとってこれはきわめて重大な脅威と なる。
こうした影響は,銀行間の支払い決済システムにとどまらず,証券取引や デリバティブ取引などの決済システムにも拡大する恐れが強い。なぜなら,
資本市場における取引が急激に拡大する中で,銀行は市場型取引に伴う決済 にも深く関与するようになっているからである。このように,銀行を中心と した各種の取引ネットワークが複雑化するにつれて,金融機関や金融市場の 間でシステミック・リスクが伝播していく可能性はますます増幅されていく。
さらに,大量の金融取引が瞬時に行われ,金融機関の組織が複雑になれば なるほど,取引相手を完全にモニターすることは困難になる。表面的には健 全に見える金融機関も,取引相手の状況しだいで,大きな損失を被ったり,
最悪の場合には自らも破綻するかもしれない。あるいは,直接取引を行って いる金融機関から打撃を被るだけでなく,取引相手を通じて間接的に被害を 受ける可能性も高まる(2)。
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2 レバレッジ
金融システムがシステミック・リスクにきわめて脆弱な第2の理由はレバ レッジである。多くの非金融企業と比べると,銀行やその他の金融機関のレ バレッジは非常に高いのが普通である。すなわち,金融機関はその資産の大 半を株式の発行ではなく負債の発行によって賄っているのである。住宅ロー ン関連証券に巨額の投資を行っていた銀行,ヘッジファンドおよび他の金融 機関の多くは,必要な資金を負債市場からの借入れに大きく依存していた。
とくに投資銀行のレバレッジは高く,危機前にはその比率(負債/自己資 本)はおよそ25倍に達していたと言われている(3)。すなわち,投資銀行は,
−260−
( 8 )
1ドルの自己資本に対して平均して25ドルの負債を発行していたことになる。
これに対して,所要自己資本規制を受ける商業銀行のレバレッジ比率は12倍 くらいであった。レバレッジが高いということは,状況が良い時には金融機 関は高い自己資本収益率を享受できるが,市場環境が悪化した時には破綻す るリスクが高くなるということを意味する。
このように,投資銀行のレバレッジは異常に高かったので,その保有資産 の価値がわずかに下落しただけで自己資本が吹き飛び,追加的な資本を調達 するか資産の一部を売却する必要に迫られた。さらに,多くの投資銀行や他 の金融機関(いわゆる影の銀行)は,保有する証券化商品に多大な損失が発 生したので,支払い能力を維持するために増資による資金調達を余儀なくさ れた。
現代の金融システムの下では,負債とレバレッジは不可欠であり,広く利 用されている。最大手の金融機関を含む多くの市場参加者は,バランスシー トを拡大し,それによって金融資産への投資や取引能力を高めるために,資 金を借り入れる。彼らは投下した自己資本に対する収益率を高めるためにこ うした戦略を採る。すでに指摘したように,大手銀行のレバレッジ比率はほ とんど10倍を超えており,このことはこうした金融機関が支払い能力を維持 するためには,保有資産価値の10%を超える損失には耐えられないというこ とを意味する。
とくにレバレッジの高い金融機関は,損失スパイラルに対して脆弱である。
なぜなら,資産価格の下落は,総資産よりもはるかに急速にその金融機関の 自己資本を浸食するからである(4)。例えば,ある金融機関の総資産に対する 自己資本の比率が10%で,資産価格の下落により自己資本の半分が消失した とすると,ショック以前のレバレッジ比率に戻すためには,保有資産の半分 を売却しなければならない。しかし,価格が下落した後に資産を売却しても,
損失が膨らむだけである。もし多くの金融機関が同時に影響を受ける場合に システミック・リスクと金融の脆弱性(永田) −261−
( 9 )
は,一斉に資産を売却しようとするので,資産価格の下押し圧力はさらに強 まり,損失スパイラルが発生する(5)。
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3 流動性と満期のミスマッチ
金融セクターがシステミック・リスクに対して脆弱である第3の理由は,
多くの金融機関が流動性の低い長期資産の保有に必要な資金を短期負債に よって調達しているからである。いわゆる資産と負債の満期ミスマッチで ある。
伝統的に,商業銀行は,いつでも無条件に払い戻し可能な元本保証の預金 を受け入れる一方で,企業に対しては長期の貸出を行ってきた。通常は,大 数の法則により,預金の引出しに応じるためには,資産の一部分だけを流動 性の高い準備金として保有することで対応できる。しかし,例外的に大量の 引出しが発生したり,貸付金の回収が不能になった場合には,たとえその銀 行が長期的には支払い可能であったとしても,流動性の不足に直面したり,
最悪の場合には破綻する可能性もある。
レバレッジの高い金融機関だけでなく,一般に金融機関は資産と負債の満 期に本質的なミスマッチを抱えており,そのため金利や流動性のショックに 脆弱であるという傾向をもつ。多くの金融機関は,いわゆる短期借りの長期 貸し,すなわち短期の資金を調達することによって長期の流動性の低い資産 を取得している。例えば,商業銀行は伝統的に,貸出やその他の投資に必要 な資金をいつでも引き出しが可能な要求払い預金に依存してきた。また投資 銀行や証券会社は,長期投資に必要な資金を調達するにあたって,CP市場 や現先市場(レポ)などの短期資金市場にほとんど依存している。もし預金 者が商業銀行から突然に預金を引き出したり,投資家たちが投資銀行のCP やレポの購入を拒否したりすれば,商業銀行や投資銀行は破綻せざるをえな くなる。ベアスターンズが破綻したのも,投資家たちが同社の短期負債の更
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( 10 )
新に応じなくなったからである。2007〜08年には,市場による借り手の信用 度の再評価が進行した結果,ほとんどの金融機関が資金調達コストの急上昇 に直面した。さらに市場による評価のプロセスのスピードが余りにも早かっ たため,金融機関は金融市場における流動性の一時的な途絶にきわめて脆弱 であった(6)。
!4 情報の不確実性
最後に,システミック・リスクを発生させる金融セクター固有の要因は,
金融の契約や取引に関する情報の不確実性である。金融的な意思決定とは,
消費のための購買力を異時点間でどのように配分するかということであり,
従って,それは各資産の価格が将来どのようになるか,あるいは金融契約で 約束された将来のキャッシュフローが保証されるかどうかについての期待に かかっている。そのため,不確実性が高まったり,金融契約の信頼性に疑問 が生じるようになると,短期間のうちに市場の期待は大幅かつ「合理的に」
変動し,投資に関する決定も同じように変動する(7)。
情報の不確実性および期待と関連してシステミック・リスクを発生させる 原因は次の3つに大別することができる。第1は,金融機関の健全性に関す る新たな情報が一般の人々に広く伝達されることである。第2は,金融機関 の健全性に関する「誤った情報」が一般の人々に伝達されることである。最 後は,金融機関の健全性とは事実上何の関係もなく,一般の人々の期待が同 調することで混乱が発生するケースである。
第1のケースは,ある銀行が,預金者が知らないうちに,不良債権の山を 築き,そのため事実上は支払い不能の状態にあるが,インターバンク市場で の負債の借り換えによりかろうじて営業を続けているような状況である。さ らに,他の銀行も,破綻しかかった銀行に対して大量の債権を抱えていた場 合,こうした事実に関する情報がすべて明らかになれば,預金者たちは合理 システミック・リスクと金融の脆弱性(永田) −263−
( 11 )
的に自分の預金を引き出し,これらの銀行は破綻に追い込まれることになる。
第2は,不良債権や銀行間取引についての情報が完全には知られておらず,
預金者は他の情報源から不完全な情報(「ノイズ」情報)だけを受け取るよ うなケースである。こうした状況の下でも,預金者ができるだけ早く預金を 引き出そうとするのは合理的な行動であり,そのため銀行は破綻に追い込ま れる。
最後は,預金の引出しという現象そのものが,銀行やその取引相手の健全 性に関する不完全なシグナルをすべての預金者に与えるようなケースである。
こうした事態が発生すると,たとえすべての銀行が事前的には健全であった としても,他の預金者の預金引出しについて預金者の期待が同調するため,
預金者たちは一斉に預金の引出しに殺到し,銀行は破綻に追い込まれる(8)。
注
( 1 ) 金融システムの脆弱性については,Bullard, J, Neely C.J. and Wheelock D.C.
[2009]が詳細な分析を行っている。
( 2 ) Bullard, J, Neely C.J. and Wheelock D.C. [2009] p408‐9 ( 3 ) Bullard, J, Neely C.J. and Wheelock D.C. [2009] p409 ( 4 ) Brunnermeier, M.[2008]参照。
( 5 ) Bullard, J, Neely C.J. and Wheelock D.C. [2009] p409 ( 6 ) Bullard, J, Neely C.J. and Wheelock D.C.[2009]参照。
( 7 ) De Bandt, O., and Hartmann P.[2000]参照。
( 8 ) De Bandt, O., and Hartmann P.[2000]参照。
3 現代のシステミック・リスク
システミック・リスクについての様々な定義に共通する要因は,何らかの 経済的ショックや金融機関の破綻などの事態が誘因となり,それが一連の深 刻な経済的危機をもたらすということである。そうした危機の結果として,
金融機関に多大の損失が発生したり,資産価格が大幅に変動したりするが,
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( 12 )
さらに深刻な場合には,金融機関の連鎖的破綻や金融市場の崩壊へと至る。
しかしながら,システミック・リスクの発現形態は歴史的に変化してきてお り,特に現代の高度で複雑に発展した金融システムの下では,銀行の取付け を契機とした古典的なシステミック・リスクはしだいに影を潜め,新たな
「市場型システミック・リスク」と言われる形態へと変化しつつある。
!
1 伝統的システミック・リスク
銀行およびその他の金融機関は,資本の重要な供給者である。従って,多 くの金融機関が破綻した場合には,社会から資本が失われ,資本コストが上 昇する。資本コストの上昇あるいはそのアベイラビリティの低下は,システ ミックな破綻がもたらすきわめて深刻な直接的結果であるといえる。
このような意味でのシステミック・リスクの古典的な例が「銀行取付け」
である。そこでは,銀行が預金の引出し請求に十分に対応できなくなって破 綻したり,さらには他の銀行や債権者たちの破綻を引き起こす。最初の破綻 は,預金者がパニックに陥り,預金を直ちに引き出そうと銀行に殺到するた めに発生する。しかし,銀行は,預かった預金のごく一部しか現金準備を保 有していないので,すべての支払い請求に応じるだけの現金は持たず,支払 い不能に陥ったり,最終的には破綻する。さらに,銀行はお互いに密接な関 連性を持つので,破綻が連鎖的に拡大する恐れが強まる(1)。
こうしたシナリオが最も劇的に示されたのが大恐慌であった。1929年秋の 株価の大暴落を受けて,預金者たちは一斉に預金を取り崩して現金を引き出 そうとした。多くの銀行はこうした請求に応えることはできず,破綻に追い 込まれ,マネーサプライは収縮した。さらに,こうした破綻により,支払い 能力に問題のなかった多くの銀行まで破綻に追い込まれ,流動性を奪われた 多くの企業は破綻せざるを得なくなった。大恐慌が最も激しかった1930年か ら1933年にかけて,毎年およそ2千の銀行が破綻したといわれている(2)。
システミック・リスクと金融の脆弱性(永田) −265−
( 13 )
しかしながら,こうした連鎖的な銀行破綻は,今でもシステミック・リス クの重要な兆候であるが,現在ではその意義は低下している。というのは,
企業の資金調達において銀行よりも資本市場の役割が急速に高まっているか らである。現代の企業は,金融機関を利用することなく資本市場を通じて必 要な資金の大半を調達することができる。その結果,システミック・リスク の発生において,資本市場が大きな役割を果たすようになっている。現在で は,システミックな混乱は,単に銀行同士の関係というよりも,銀行以外の 金融機関や資本市場との関連を通じて発生する傾向が強まっているのであ る(3)。
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2 金融仲介の変容
システミック・リスクの源泉として,銀行取付けよりも金融市場の役割が 重視されるようになった背景には,銀行取付けを防止するための制度的措置
(預金保険制度など)が整備されてきたこともあるが,それ以外にもいくつ かの要因がある。中でも重要な要因は,すでに指摘したように,金融仲介の スタイルが金融機関から金融市場へとシフトしてきたことである。こうした 現象は,一般に「ディスインターミディエーション」と呼ばれているが,先 進諸国とくに米国では近年著しく進行してきた(4)。
金融システムが銀行中心型から市場中心型へとシフトするにつれて,銀行 やその他の金融機関が従事する業務や投資対象となる資産の種類は大幅に増 加した。金融システムの中核をなす大規模金融機関は,他のいろんな市場参 加者の間における資金移動を仲介する業務を多様な形で拡大してきた。例え ば,彼らは,金融市場における株式や債券の新規発行業務を支援したり(投 資銀行業務),顧客のために流通市場で株式や債券を売買したり(マーケッ ト・メイキング,ブローカー/ディーリング業務),個人や金融機関のため に資産を運用したり(資産管理),家計や企業に対する直接的な融資(伝統
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( 14 )
的な商業銀行業務)を行ったりしている。金融業務が全体的に統合化する傾 向により,金融システムの中核に大規模で複雑な金融機関が生まれることに なった。しかしながら,同時に,ディスインターメディエーションの結果,
家計や企業に代わって証券に投資する「エンドユーザー」型の金融機関の重 要性が高まっている。こうした機関には,家計貯蓄の受け皿としてのレバ レッジの低い機関投資家(ミューチュアル・ファンドや年金基金)や規制が 緩やかで積極的にリスクをとるレバレッジの高い機関(ヘッジファンド)な どが含まれる(5)。
市場型の金融仲介には,銀行型の金融システムに比べて,多くの優れた点 がある。とくに重要なのは,証券保有にかかわる投資リスクが,金融機関に 集中するのではなく,投資家の間に広く分散されるということである。例え ば,最終的借り手の発行する負債手段は,銀行型金融システムに比べて,貯 蓄者や投資家による直接的保有の割合が非常に高い。またシステミック・リ スクの低下に貢献する現代の金融システムのもう一つの特徴は,家計部門の 投資手段としてミューチャル・ファンドが銀行預金に取って代わったという ことである。銀行預金は,額面価格が固定されているために本質的に脆弱で あるが,ミューチュアル・ファンドの価格は市場において日々変動する。こ のため,ミューチュアル・ファンド・モデルは,各種投資家の間にショック を吸収し分散することができるのである(6)。
!
3 市場型システミック・リスク
このように,市場型金融仲介モデルは,銀行型モデルに比べて優れた点も あるが,それなりの弱点も抱えている。資本市場がうまく機能するためには,
市場における流動性あるいは売買可能性が必要となる。市場が流動的であれ ば,ある資産の個別的な取引が,その資産価格に大きな影響を与えることは ない。なぜなら,市場には大勢の売り手と買い手が取引相手として存在して システミック・リスクと金融の脆弱性(永田) −267−
( 15 )
いるからである。また市場が流動的であれば,投資家たちは,時間的な遅れ や価格インパクトによる損失を被ることなく,証券を売買することができる。
従って,市場のマヒによるシステミック危機は市場の流動性が失われる時に 発生する。
通常の状況の下では,市場流動性は多くの基本的要因により規定される。
そのうち最も重要な要因は,マーケット・メイキング,トレーディングおよ び裁定取引である。マーケット・メーカーは,顧客の需要に応えるために,
保有している在庫分を使って取引を行う。彼らは,市場における需給の短期 的なアンバランスを調整することによって,その売買幅から利益を得るので ある。トレーダーは,資産価格が長期的なファンダメンタル価値に収斂して いくことを期待して売買するが,それにより彼らも市場流動性を供給する役 割を果たす。これらトレーダーは,価格が長期的なファンダメンタル価値に 収斂するまで,かなり長期間にわたって買いポジションをとるのが普通であ る。トレーダーは,金融市場の安定の維持にとって,また価格がファンダメ ンタル価値に収斂していくスピードを上げるために,重要な役割を果たして いる。
市場型システミック・リスクは,ある特定の資産の価格が大幅に下落する ことをきっかけに発生することが多い。資産価格が暴落すると,通常の場合 には,大幅に価格が下がった資産を購入する市場参加者が出てきて,こうし た行動によりそれ以上の暴落は食い止められるのが普通である。しかしなが ら,システミック危機の場合には,投資家やトレーダーたちは,取引に参加 する意欲も能力も失ってしまう。なぜなら,自らも損失を被って取引能力を 失ったり,あるいは支払決済制度のような金融インフラが破綻することに よって取引に参加することが困難になるからである。価格が下落するにつれ て,市場参加者たちはますます売り手側にまわり,価格は一段と押し下げら れる。最終的には,価格の大幅な下落が持続するようになるため,買い手は
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( 16 )
現れず,市場流動性は枯渇し,市場参加者の金融仲介やリスクテイク活動は 減退し,市場はマヒ状態に陥る。こうした一連の事態は,ある程度自己強化 的な性格をもつ。すなわち,トレーダーやマーケット・メーカーの損失をも たらすほど価格下落の幅が大きい場合には,これら市場参加者たちはおそら く市場に流動性を提供することを止め,それにより価格下落はさらに拡大す るのである(7)。
さらに,市場型のシステミック危機の特徴は,いわゆる協調の失敗が発生 しやすいということである。すなわち,マーケット・メーカーを含むほとん ど全ての部門の市場参加者たちが,一斉にリスクを削減したり,金融業務
(株式売買,新規の株式や債券の発行,貸出など)から撤退するという現象 が起こりやすいのである。どの金融機関も支払い不能や流動性不足に陥って いないにもかかわらず,金融機関は資本と利益を守るために,金融業務を縮 小したり,リスクを低下させようとする。こうした金融機関の行動が同時に 発生すると,金融市場全体の機能は著しく低下する。極端な場合には,金融 システムがほとんど麻痺状態に陥り,投資機会への資金仲介という金融市場 の重要な機能は停止することになる。こうした協調の失敗という現象は,
1987年のブラックマンデーや1998年のLTCM危機の際にも見られたが,そ れ以上の規模で発生したのが今回の金融危機であったと言える(8)。
注
( 1 ) De Bandt, O., and Hartmann P.は,銀行業において危機を伝染させる主要な経路 として,「取引チャネル」と「情報チャネル」の2つを区別している。前者は,
インターバンク市場や決済システムにおける実際の取引を通じたルートである。
後者は,銀行が抱える問題に対して預金者が不完全な情報しか持っていない場合 に,預金の取付けという形で発生するルートである。これら2つのチャネルは,
連動して機能する場合もあれば,独立して作用する場合もある。(De Bandt, O., and Hartmann P. [2000] p18‐19)。
( 2 ) Schwarcz, S.L. [2008] p199‐200.
( 3 ) Schwarcz, S.L. [2008] p200.
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( 4 ) Schwarcz, S.L.[2008]によると,家計および企業部門への融資総額に占める商 業銀行と貯蓄貸付組合の割合は,1975年の56% から2005年には33% へと大幅 に低下している。金融資産の大半を占める株式や債券などは,証券市場を通じて,
発行体(借り手)から機関投資家などに直接売却されており,伝統的銀行はほと んどタッチしていない。
( 5 ) Hendricks D., Kambhu J. and Mosser P. [2007] p68‐9.
( 6 ) Hendricks D., Kambhu J. and Mosser P. [2007] p69.
( 7 ) Hendricks D., Kambhu J. and Mosser P. [2007] P78.
( 8 ) Hendricks D., Kambhu J. and Mosser P. [2007] P78.
む す び
今回の金融危機では,リーマン・ブラザース,AIG,ファニーメイ,フレ ディマック,ノーザン・ロックなど錚々たる金融機関が破綻したり,破綻を 免れるために政府による救済を受けた。米国をはじめ先進各国の財務当局や 中央銀行がこれら金融機関の破綻を阻止するために介入したのは,金融シス テムと経済全体をシステミック・リスクから守るためであった。
本稿では,一般の企業に比べて,なぜ金融システムはシステミック・リス クの影響を非常に受けやすいかを分析した。その理由は,金融機関は一般に 他の金融機関と密接な関係をもつと同時にレバレッジが高いからである。ま た,相対的に流動性が低い長期資産を保有するために短期負債で資金を調達 する傾向が強いこともその原因である。さらに,複雑な取引を行っている取 引相手が破綻するかもしれないという情報の不確実性も大きな役割を果た した。
今回のグローバル金融危機を契機に,改めてシステミック・リスクの評価 とその対応のための新たなアプローチの必要性が叫ばれている。しかしなが ら,今回の経験は,システミック・リスクについての従来のモデルでは,そ の全容を十分に捉えることが難しいことを示した。すなわち,金融システム の構造変化や複雑化,資金や情報フローの多様化あるいはシステム内の経済
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主体の相互関連性などを考慮に入れた,システミック・リスクについての新 たな分析が必要とされているのである。
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