奈良教育大学学術リポジトリNEAR
東大寺二月堂声明(?)(大導師の祈り)
著者 牧野 英三
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 17
号 1
ページ 135‑155
発行年 1969‑02‑28
その他のタイトル ON THE SHOMYO RECITED AT THE NIGATSUDO HALL OF THE TODAIJI TEMPLE (V) (continued from the preceding issue) With Special Reference To Daidoshi
URL http://hdl.handle.net/10105/3182
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東大寺二月 堂声明(Ⅴ)
(大導師の祈り)
牧 野 英
(音 楽 教 室)
I ま え が き
3月1日の六時に亘る共通の声明、並びに変化の最も著しい8日の日没の「引上げ」について は本学紀要第13巻〜16巻等に夫々発表した。この外に変ったものとしては「モミ日中」を挙げる ことが出来るが、変奏というよりは寧ろ省略の方法を主として用いているので旋律上において本 質的な変化をしているとは認め難い。以上のことから修二会の行法における最も基本的な声明の
ンシキ ワジヲク ダイドタシ
旋律上の考案は大凡行われたことになる。前巻(紀要第16巻)においては四職(和上、大導師、
シユン ドグツカサ
兇師、堂司)の中、冗師についても述べたが、このたびは大導師に焦点をあてることにした。初 夜、後夜における大兄願、日中、日没、半夜、展朝における小児願の如く各時の中で唱えられる 声明は前述の紀要で既に論じたところである。大導師がその本領を最も発揮するところは何とい っても毎日の初夜、後夜の後に行われる「大導師の祈り」にある。但し初夜の後に行われるもの と後夜のそれとは大きな相違が認められる。詞の上からみると前者に比べ後者は相当な範囲に亘 り省略、縮少されており、旋律の上ではメロデックな動きは消え失せて歌舞伎、能の台詞に近い 表現となり、所により棒読みとなる。速度は極端に遠くなり、従って所要時間も短い。これらの 理由から初夜の後のものを一応基本の形とし、しかも5日(12日も同じ)のものを選んだ。5日
(12日も同じ)は前夜の行法の関係から他の12日間のものに比べ、更に付加される部分が相当多 いので取り上げたのである。以上二月堂声明の研究の経過と、「大導師の祈り」を検討するに当
り、5日の初夜の後を選んだ理由を述べた。次は六時の外の今1つの大きな時ともみるべき「食 堂作法」と和上の「授戒」を併せて検討する予定である。
Ⅱ 「大導師の祈り」について
四職の一人である大導師は、修二会の行法の中で完師と共に最も重要な役柄といえる。六時は 勿論、食堂作法、神所等行法全般に亘っての大導師で、行法の趣旨、祈願を唱えるのが主な役目 である。兇師の異様な装束、派手な所作、精力的で抑胞の多い声明等に比べ、装束は地味で、定 位置から殆ど動くことなく、反響の少ない「カサカサ」となる鈴を振り、抑揚の少い語りに似た 節廻しで祈願を唱える。又兄師が密教を掌るのに対し、大導師は専ら顕教を担当する。斯様に両 者は総ての面で対照的である。過去、現在を通じ人類全般に亘って貴旗の別なく、平等の利益、
万物の至福、善願成就、各種の難の消除解脱を実に1時間にもおよんで祈り続ける。一見単調に 見えるこの祈りの中にこそ内容的には行法の精神が総て凝集されているようにさえ思われる。
Ⅲ 「大導師の祈り」の詞
「三礼文」・一切恭敬自婦依仏当願衆生・日輪依法当願衆生・日輪依僧当願衆生
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t
東大寺二月堂声明〔Ⅴ〕(牧野)
「勤請旬」・合法久住利益大天尺・上界天神下界神祇・般若波羅密多・円満令奉為大
・ここで神明帳が読みあげられる
「大導師の祈り」(神分)・爾許披講上被勤請給所・大菩薩大明神等・奉始大梵天王帝尺天衆四 大天王三界九居四禅八定天王天衆・法楽荘厳奉令・妹分者伽藍勤請・八大八幡気比気多廿五所・
五百余所・院々勤請・諸大明神・当院勧請飯逮遠敷・奉令法楽荘厳・奉始春日四所大明神王城鑑 守五幾七道六十余州・五百三十二郡・一万三千冊二郷・令細座四百九十所大明神・一万四千余所 諸神・奉令威光増益・殊分老練行諸衆・当年属星本命曜宿・当年行疫流行神等部類脊属・乃至泰一 山府君司命司録等至・為奉令離業讃果・惣神分科・般若心経 ・大般若経名 ・用事被成_
候(仮手水)
「大導師の祈り」(つづき)・為登顧聖霊貴睦霊等皆成仏道弥陀・自他宗伝教諸大師等・浄仏国 土成就衆生行願・為奉増弥陀・伽藍本願三代聖霊奉始・根本法印尊師法主尊師・為奉増華蔵万放 摩珂・或為寺僧或為練行衆・或為日々施主・或為駈士膳夫堂童子・当伽藍所令結線・先亡後滅毘 焼霊等・乃至無依無情一切霊等皆成仏道弥陀
・ここで過去帳が読みあげられる
・披講上所給・先亡後減量盛霊等・皆成仏道弥陀
・ここで施主帳が読みあげられる
・於当伽藍・所令結線大施主等・定心中有折詰事観自在薩遁廻正遍知徳・知見照覧・依華樹王 身妙用故・授不死妙華・依如意珠王身妙用故・七珍任心・安穏泰平安穏快楽無辺悉地・令成就穫 得拾エト薬師・国主聖朝鳳扁之下・春秋弥久・鸞輿之前日月令無憤給エト薬師・宰相閣僚施 徳化於一天令持嘉運於万歳給エト薬師・国母仙院諸院諸宮射山風静紛水波平・万歳違算令持一 給エト薬師・博陸摂政殿下運久持 乃至三根九歳・文武百億至・一々善願円満為メニ薬師・大伽 藍長束五教円宗窓前四魔風無扇・十玄縁起床上・千秋月無傾・弥施仏徳・増誇朝恩・寺家違久持
・学徒鎮仰有勇・悉地成就獲得令メ拾エト神先御名・大伽藍僧綱己講・所司大衆乃至職掌所従等 至・安穏泰平安穏快楽・房内家内・可来失火盗賊等難・未然未発前消除解脱・弟子門徒所従巻尾
・子息伴類・一境界二至ルマデ・一々善廠成就獲得令メ給エト神毘御名・妹分当院々主法身体堅鼠
・弥施真俗之嘉名・寿算長久・増持福智之運命令メ給エト神兇御名 ・大伽藍大勧進五鉢六情安憩
・違持万年違算・造寺昌繁・如本願聖王之昔・並薬善願円満令メ給エト神児御名・錬行諸衆仰大 聖威神力・所令勤修六時行法也・観自在薩埴哀怒納受・施慈悲利生・顕宗付修学二事挙名施徳・
或遂五階業・或渡三金橋・或至網位極官・律宗全五篇七東成行・登掲磨和上之位・各房内可来・
失火盗賊口舌評論等難・未然未発前哨除解脱・乃至所領田蘭等至・安穏太平安穏快楽・無辺悉地 成就穫待命メ給エト神児御名 ・六時行法間所致手足供給駈仕膳夫堂童子等・安穏太平、殊所可 来・失火盗賊等難・未然未発之前哨除解脱・子息伴類一家境界乃至奴脾六苔等至・安穏泰平無辺 悉地成就獲得令メ給エト神児御名
・ここで加供を読みあげる
・政所卸加供所令勤仕給也信仰床上・弥蒙大悲利益・帰依掌内重預普門恩徳・恵命相続二諦柏 依無辺悉地成就獲得令メ給エト神兄御名
・ここで諷飛文を唱える
・依御諷詞功力故・尊霊者三妄之雲忽晴・顕覚月心城一如之水転澄洗業塵性梅・施主者功徳成 林久植善根種・福智開薗・増翫椿莫花・乃至無辺悉地成就獲得令メ蛤エト神児御名・日々施主艶
東大寺二月堂声明〔Ⅴ〕(牧野〕 137
不申姓名・観自在薩睡知見照覧・安穏太平安穏快楽・心中折詰願望成就円満令メ給エト神兜釦名・
六時行法聴聞・礼堂併三面所令参詣貴膿上下男女老少・定有祈請事・観自在薩垣廻正遍知之徳・
知見照覧哀愁納受・施慈悲利生・君命折詰除病延命・蛙不求三仙・授不死妙薬・若令祈請福枯・
難不尋竜宮・七珍任心・房内家内安穏・無辺悉地成就獲得令メ給エト神兄御名・大仏殿八幡宮等
・安穏不朽・殊失火盗賊等難・未然未発前消除解脱・違令至留至千仏出世拾エト神兇御名・講堂 僧坊土木充満・造立速疾・再演恒例珪席・重勧憎徒行学・悉地成就獲得令メ給エト神児和名・戒 壇真言院等洪基無替・食堂東塔西塔院々所々・如本並亜悉地成就獲得令メ給エト神兄御名・大 伽藍所々庄薗・風雨叶時・五殻成就万葉豊能・神事仏事不断絶・如聖武皇帝昔・善願円満令メ給 ェト神兇御名・当伽藍所々庄蘭・風雨叶時・民誇千箱詠・六時行法不断絶・違令至三会睦 給エト神児御名・大伽藍諸国封戸這在上下庫蔵・如本願聖王昔・令善願円満給エト神兄御名
・大伽藍三御門諸郷諸々・寺中寺外・房内家内可来・失火盗賊・疫療病患等難・未然未発前哨除 解脱・安穏太平令メ拾エト神児御名・善根無限・功徳不知辺・始自当院・三箇寺・七大寺・十五大 寺・当郡当国五幾七道六十余州・乃至鉄囲沙界二至ルマデ・平等々々利益亘為尺・所願成・観音
「後誓」・南無合法久住(利有情)・天衆地類培(増法楽)・当所神等(離業道)・貴 燥霊等(皆成仏道)・本願聖霊(成正覚)・法印法主(成仏道)・聖朝安穏(増宝寿)
・太上天皇(成卸頗)・文武百官(願成就)・貫首大衆(悉安穏)・所司職掌(皆平穏)
・練行諸衆(成悉地)・日々施主(廠円満)・六時行業(継後仏世〕・伽藍安穏(興正法)
・三界六道(平等利益)
「勧請」・敬礼十方(三世仏)・大恩教主(尺迦尊)・当来導師(慈氏尊)・普陀落界 会(観世音)・地前地上(諸菩薩)・身子迦葉(諸男聖)・梵尺四王(諸護法)・伽藍 護法(諸天等)・還念本誓(来影向)・讃知謹誠(二月事)・親行衆僧(除災難)
々折詰(悉成就)・日々施主(皆安穏)・大悲護念(成大願)(〕内は唱えない
「四弘」「廻向文」「四智讃」「六種」は省略する。
「出仏名」・南無恭敬供養去来(現在仏)・法主尊師成(正覚)・施主等安穏除災与楽
Ⅳ 「旋律の検討」
「三礼文」初夜の時果て続いて10分位の問法螺且が細い規則に従って吹き鳴らされる。その終 る直前に大導師と和上の交互唱により三礼文が唱えられる。毎日の日中、日没の時においては時 導師が頭になり他の衆が側になるが、ここでは法螺を吹いているため、このような処置をとる。
徽音で唱え、員の音に消されるため注意しないと聞きとりにくい。節廻しは時の場合と大差ない が幾分簡略にされているようである。旋律の細いことについては日中の時に述べたので省略する。
「如来唄」六時においては「如世知一切法常住是故我帰依」と前半においては各句の頭の字を
° ° ° ° ° °
唱えているが「15〜19」に示すように「如来妙色身」「世間無与等」「如来色無尽」「一切法常
° ° ° ● ° °
住是故我帰依」と全句を唱える。時で省略された部分をのぞけば両者の旋律は大体一致する。静
°
かに、しかもeを主とし、上下に装飾が付けられている。簡単な旋律だけに却って身に泌みる。
°
「18−19」にかけて石Sがあらわれ、僅かに高揚を感じさせる。
「勧請句」神明帳が読み上げられる前に唱えられ、「大導師の祈り」としては最初の旋律で、
▼
この役柄にふさわしい荘重な感じを与える。h〜flSの狭い音域であるが変化に富んでいる。後夜 の場合は「20〜22」のみで「23〜29」は省かれる。これは後夜では神明帳の読み上げがないため である。法螺且吹き鳴らしの後を受けて「如来唄」「勧請句」の配置は誠に妙を得ている。
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「大導師の祈り」(神分)「大導師の祈り」(つづき)「30〜252」に及ぶこの長大な部分は徹底し
° ° ° ° °
てeとhを中心に旋律は形づくられる。更にd、fisを僅かにあしらう。h、d、e、fisの4音、完
° t ▼ °
全5度の音域で構成している0そしてh−e−eヽe−d−hのように4度音程或は4度音程を内 包す昔の動きが旋律の大きな特徴である。更にe、h等の同音の連続も常にあらわれる動きであ
° ° °
る。以上の音の動きは最初の「30〜31」の中に既に総てを見出すことができる。更にe−d−e、
° ° ° ° ° ° t
e−fis−dの動きも随所に見られる。fisに向って上行する場合はe,fis、又はh−fisの形をとる
° ° ° ° ° t
が、fisから下行の場合は必ずfis−dと限定された進行をしている。つまりd−fis、叉はfis−
°
eの進行は絶対に見当らない。興味ある現象である、文字を読む段階から、僅かに旋律らしきも のへの移行を感じさせる「大導師の祈り」の中ではこれ以外に派手な高揚、沈苗は認められない。
長時間を聾することと併せて以上の事柄等がこの作法を一見単調なものにしているのかも知れな い。しかもこの間に過去帳(5日、12)神明帳、施主帳、加供、詞詞文等いずれも夫々数十分を要 するものが毎日読み上げられるのである。しかしこの少し後には全く性格を異にした「兄師の作 法」が行われて活気を取り戻す。
「後誓」「勧請」5日、12日に唱えるものでこの外の目、或は毎日の後夜においてはこれを省く。
大導師が頭となり、他の衆がこれを復唱する。旋律の形はA、B、Cの3つに分類することがで
° ° °
きる。Aは最初の「253」でg−aqC−d−eの5音、6度の音域、次のBの形と殆ど同じである
° ° °
が再びこの形は現われない。「254」はBに属するが、a−C−d−eで4音、完全5度の音域で一 番多く23回も唱えられる。わらべ唄の1節にも似た単純な旋律である。「257」の後半に現われる
° ° ° °
形はCに属するもので、a−C−d−e一g、短7度と音数、音域が増大される。はじめて2箇所に 跳越進行がおこる。後誓に「文武百官」「練行諸衆」「三界六道」又勤請に「身子迦葉」「還念
°
本誓」「練行諸僧」と夫々3回計6回現われる。単調な動きの中にgが入るため1つの頂点、目 印の感じを与えるが、現われる順序が極めて不規則である。単調さを破る為に故意に仕組んだもの か、上述の詞に特別の意味がある為このように強調したものか、恐らく前者の意味に憩像される が、修二全の声明の中にはこのような現象がしばしば見受けられる。例えば次の廻向文のように。
「廻向文」六時と内容的には同じであるが、唱え方に多少の相違を認める。六時では時導師が
コイ コク ガヲン コク イサイ コン シヨダイ
頭となり、側と交互に「廻向(三宝)」と唱え、「廻向伽藍」「廻向一切」2回「廻向諸大」
エコクテンゲ
「廻向天下」の6箇所のみ特にアクセントをつけて唱える。ところがここでは大導師が頭となりコダ サンポク コク テンジユ
最初の旬「所修功徳」を1人で唱え、以下は「廻向三宝」「廻向天衆」の如くに頭、側殆ど同時 に唱えて行く。前述した六時における6ヶ所の特にアクセントをつける句は、「向天下」を除き あとの5つの句はここでも同様に扱われている。但し六時よりは格段と旋律的である。「向伽藍」
° ° ▼ ° ° ° °
(2回)と「向諸大は」e−e−e−g「向一切」(2回)はe−e−e−dの音から成っている。他の句 は全部dの連続音で構成されている。このあとに兄師の作法、次いで四智講が続く。これらは前 号で述べたのでここでは省略する。
「六種」棒読みで、僅かに最後の句に旋律らしいものが認められるのみである。
「出仏名」食堂作法においても全く同じ旋律で唱える。「南無恭敬供養去来(現在仏)」「法 主導師成(正覚)」「施主等安穏除災与楽」の3つの部分から成り立つ。夫々詞の数が異るので
°
旋律の動きに多少の相異はあるが大同小異、a−C−d−eの4昔、完全5度の音域の中におさめら れている。
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Ⅴ あ と が き
「大導師の祈り」を音楽的、特に旋律の動きの上から眺めた場合、二月堂声明の中では最も動き の少い地味な部分と言わざるを得ない。他に比べ旋律というには余りにも変化に乏しい。この故 にこそ次の完師の作法が一段と映えるのであるが、これが仕組まれた演出であるとするとその徹 底振り、大胆さに一驚するのである。ここでは旋律の動きより、詞の抑圭鋸こ関心を奪われる。そ
して奈良特有のアクセントさえ見出すことが出来る。その意味では古い時代のアクセントも相当 残されているように想像される。これが更に後夜になると旋律としての記載は不可能と恩われる 程、芝居の台詞や謡のようになる。行法全般を通じて全く特異な部分というべきである。
◎附記 本稿を纏めるにあたり、橋本管長、清水公照師には岩重な資料の初貸与、度々の御教示を戴き、筒 井寛秀師には例年のことながら図り知れない御厚意に与りました。なお、録音に際しては上司公慶師、堀池春 峰氏、谷川氏、外の方々に格別の御配を戴きました。厚く御礼申し上げます。
(昭和43年6月29日受理)