• 検索結果がありません。

恋愛の内部崩壊 : フレデリック・ヘンリーとキャ サリン・バークレイの場合

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "恋愛の内部崩壊 : フレデリック・ヘンリーとキャ サリン・バークレイの場合"

Copied!
11
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

サリン・バークレイの場合

著者 坂野 明子

雑誌名 静岡大学教育学部研究報告. 人文・社会科学篇

巻 43

ページ 147‑156

発行年 1993‑03‑25

出版者 静岡大学教育学部

URL http://doi.org/10.14945/00008417

(2)

静岡大学教育学部研究報告 (人文・ 社会科学篇)第43号 (1993.3)147〜 156

147

恋愛の内部崩壊

一――フレデ リック・ ヘ ンリーとキャサ リン 0バ ークレイの場合

A Failure of Love

In the Case of Frederic Henry and Catherine Barkley

坂 野 明 子

Akiko SAKANO

(平

4年

10月 12日受理)

1.は

じめ に

Ernest Hemingwayの 代表作の一つ ス 及熙υο

ιοス漸os(1929)は既 に数多 くの綿密 な分 析の対象 となってきた。 しか しそれ らの研究 も作品の解釈 という点 になると必ず しも一致 して いるわけではな く、 とりわけ作品の中核をなす フレデ リック・ ヘ ンリーとキャサ リン・ バーク レイの恋愛の「意味」が解明されたとは言い切れない。 というのもこの恋愛が戦争 と対比 して 描 きだされているために評者の関心 は自然、

 

戦争〉対 〈恋愛〉 という構図に限定 され、恋愛 が持 っているもっと普遍的な、それでいて限 りな く微妙、繊細な側面を見逃 していると考え ら れるのだ。 この小論では『 武器よさらば』の恋愛の本質を考察 し、併せて作品の中心的テーマ を論 じることとしたい。

『武器 よさらば』 は通常、「 反戦的恋愛小説」 と理解 される。戦争の無意味性 を悟 った主人 公 フレデ リック・ ヘ ンリーは、 イタ リア赤十字軍の将校の職を捨て、恋人キ ャサ リン0バーク レイと国境を越える。 ここには明 らかに く戦争=国=公〉対 〈恋愛=個=私〉の二項対立 が存在 し、従 ってスイスでの二人の生活 は私的な性格を強 く帯び、究極の「愛の暮 らし」 と呼 んで もよいものとなる。 しか しその二人にも打ち克てなか ったもの、それが自然の力、

D.」

.

Schneiderに 言わせれば the wOrld's malevolence"1で あって、キャサ リンは難産のために 命を落 として しまう。物語のこのような展開は Robert Merrillの言 うよ うに「 人生 その も のが悲劇」2で

ぁることを証 している。それはまたヘ ミングウェイのあの有名 な「 二人 の人間 が愛 し合 う時、幸福な結末などあ りえない」3と ぃぅ言葉の見事な裏書 きともなっている。

国家 に背を向けることは出来て も、最後には自然に追い付かれて しまった恋愛。確かにフレ デ リックとキャサ リンの恋愛をこう要約することは可能である。 しか しここで気になるのは、

この図式では恋愛を滅ぼす ものがあ くまで外的な力 として捉え られ、恋愛自体は言わば不間に されている点である。恋愛を主題 に した作品において、 これは奇異なことではないか。そもそ もこの恋愛 は本当に外的な力によって滅ぼされたのだろうか。寧 ろ、恋愛 自体に恋愛を不可能 にする何かが存在 してはいなか ったか。 ア リス トテ レスの定義 に従ちて悲劇が「 自滅の不幸」

を描 くものだとす るな ら、そ してヘ ミングウェイが この若い恋人たちを「 自分のロ ミオとジュ リエ ット」 と呼んでいるとするな ら、二人の恋愛の自滅要因を考察 し、その意味を解読するこ

(3)

とが我々の責務 となるのではなかろうか。

ところでフレデ リックとキャサ リンの関係を考える上で注 目したいのは、作者が頻繁に使 っ ている二つの言葉、 simple"と brave"と いう言葉である。面 白い ことに、 これ らの言葉 は主 として、 フレデ リックがキ ャサ リンを称賛す るときに用 い られている。 考えてみ ると simple"は ともあれ、

brave"、

本来男性的価値 と考え られる属性 を表す この形容詞 が、 女 性であるキ ャサ リンに捧げ られているのは奇妙である。 しば しばキャサ リンはヘ ミングウェイ がエゴイステ ィックに思い描いた理想の女4、 優 しくて従順で可愛い

spineless"5な

女 だ と糾 弾 されることを考慮す ると、尚更そ ぐわない形容詞であると言 ってよい。だがそ もそ も、キ ャ サ リン・ バークレイをそのような紋切型 に押 し込めたことにこそ、『 武器 よさ らば』 の恋愛 を 見誤 って きた元凶があったのではなか ったか。第一、あれだけ言葉にこだわる作家、 この作品 について も何度 も推敲 したことが知 られている6ヘミングウェイが、作品中繰 り返 し、 キ ャサ リンが brave"であることに言及 しているとした ら、それに何の意味 もないとは考えにくい。

それは simple"について も同様であろう。従 って、我 々はキ ャサ リンのそれぞれ どうい う ところが simple"で brave"な のかを検討するところか ら始 めな くてはなるまい。 そ して それが この恋愛 にとってどういう意味を持つか も併せて考えな くてはな らないだろう。

先ず、彼女の simplicity"に ついてだが、物語 り全体 の流れか ら考えて、それは明 らかに 一途にフレデ リックを求める彼女の気持ちと関わ りがある。 フレデ リックを恋する彼女にとっ て、彼 と無関係なものはすべて余分の もの、排除可能なものである。つまり彼女 は一枚構造、

まさに smple"その ものなのだ。彼女 にとつて戦争 も、軍隊 も、それ らへ と人々を駆 り立 て る抽象的な観念 も、すべて些末なことに過 ぎない。彼女 は彼の出世 は望まず、ただ「 もっと上 等の料理店 に行 けるだけの階級にいてほしいと思 うだけ」

(p.98)7で

ぁる。つ ま り彼女が求 め ているのは「 フレデ リックと二人でいること」、ただそれだけなのだ。二人が ここにいること、

二人の心 と身体が今、 この時、求め合い、溶 け合 っていること、そこに出現する一種の「絶対 的現在」、それだけが彼女には重要であ り、そ してそう考えるキャサ リン・ バ ーク レイを フレ デ リックは、そ してヘ ミングウェイは simple"と表現 して い るのである。 そ うい う意味で は作品中の有名な一節、「栄光、名誉、勇気、神聖などという抽象的な言葉 は、村 の名前、 道 路の番号、河の名前、連隊の番号、 日付などという具体的な ものとな らべると、何か不潔だっ た」(p.144)が 表 している感覚 はキ ャサ リンにとっては既得の ものであった。いや、フレデ リッ クとの「絶対的現在」以外のすべてを平然 と捨て去 るキャサ リンは、彼以上 に く進んだ〉感覚 を持 っていたと言 っていいのか もしれない。 また通常の解釈 とは些か異なるが、 フレデ リック が戦争の実態を知 った時点で上のように考えたのは、既 に彼女 に「絶対的現在」を信 じること を教わっていたか らだと考えることも出来 るだろう%いずれにせよ「単独講和」を結んだ後、

恋する相手 とは「 ここにいると仮定することす ら出来ない人」 (pp.180‑1)の ことだ と理解 し た彼、 その彼がキ ャサ リンと同 じ価値に帰依するようになったことは疑いえない。

ではキ ャサ リンの bravery"についてはどうだろうか。既 に述べたことか ら簡単 に想像で きるように、彼女の bravery"は

simplicity"と

密接 に結 びついている。 フ レデ リックと の「絶対的現在」を唯一の価値 とするキャサ リンは、既成のいかなる価値にも捉われない。だ か ら彼女 は妊娠 に気付いたときでさえ、結婚する必要を覚えなか った。作品中で二人が結婚を 初めて話題 にす る場面で、彼女 は結婚す るとかえって二人が暫 らく引 き離 されることを理由に 結婚の手続 きをす るのを嫌が っている。結婚すればその後 は長 く一緒 にいられるとわか ってい

(4)

恋愛の内部崩壊

て も、今の「絶対的現在」を失 うことの方が彼女 にとっては耐えがたいことなのだ。更に彼女 は言 う。「教会か国の法律 によるよりほかには、結婚する方法 はないわ。私 たちは もう内密 に 結婚 しているではありませんか。」(p。91)そして提案する。「 ただ幸福である ことを楽 しんで いま しょうよ。」(p.92)こ こには自分たちの愛の現在を信 じ、その愛を誰に保証 して もらう必 要 も感 じない、誇 り高 く brave"な一人の女性がいる。既成の宗教 さえ拒否 して、フレデリッ

クを「 わた しの宗教」 と言 い切 るキ ャサ リン。難産 で死 の淵 に立 たされて も、 I'm not a

bit afraid.It's just a dttty trick."(p.255)と

言 ってのけるキャサ リン。 まさにフレデリッ

クな らず とも、 You dear,brave sweet."(p.255)と 呼び掛 けた くなるではないか。

キャサ リン・ バークレイが「二人で作 る絶対的な現在」を最大の価値 とみな し、その結果、

如何に simple"で brave"な女性 となり得たかを以上 に見てきたわけだが、 しか しここで 問題 となるのは、彼女の恋愛が逆 にそれ故に脆 さを内在 させることになったという点である。

というのも、「 二人で作 る絶対的現在」 は二つの点で人間存在の自然に反す るのであ る。 その 第一 は、人間は男であれ、女であれ、決 して二人だけで生 きられるものではな く、社会 との関 係を必要 とするという点である。そういう意味ではフレデ リックとキャサ リンの恋愛 は最初か ら不 自然なものだったと言えるだろう。第二点 としては「 現在」を絶対化することの不可能性 である。仮 に精神にそれが出来たとして も、人間の肉体、生物 としての肉体 は時間の流れと別 個に存在す る筈 もない。人が成長 し、異性を恋す るようになることさえ、ある意味では時間の 流れの為せる業なのだか ら。 このように『 武器 よさらば』の恋愛 には最初か ら無理があった。

後述するように、作品がキャサ リンの死で終わることも、そのことと切 り離 しては考え られな い。 とはいえ、ではすべての恋愛が不幸な結末で終わるのかといえば、そうではない。寧ろ人 間の社会 は、そのような結末に至 らないように幾つかの防御装置を用意 している。ヘ ミングウェ イもそのことを熟知 していた筈で、彼 はこれ らの装置の一つ一つを『武器よさらば』の登場人 物のそれぞれに代表 させている。第一 は言 うまで もな く結婚である。放 っておけばフレデ リッ

クとキャサ リンの場合のようにどんどん閉 じてい く恋愛 というものを、社会 と関係 させる一番 有効な方法 は結婚を措いて他 にない。 しか も結婚の場合、生 まれた子供 を通 して、男 と女 の

「恋愛の現在」がより大 きな「 時間の流れ」の中に組み込 まれていく……無論、 人 々はそのよ うに理屈で理解 して結婚するわけではない。 自明の理 として受 け入れているだけだろう。 しか し、逆 に、そういう普通の人の眼には、「結婚 を考えない恋愛」 は胡散臭 い、 反社会的な もの に映 るに違いない。その辺 りのことをヘ ミングウェイはキャサ リンの同僚の看護婦、 ミス・ ファー ガソンを使 って うまく表 している。「 そのほうがあなたのお気 に召すな ら」

(p.191)結

婚す ると いうキャサ リンに対 し、 ミス・ ファ=ガソンは怒 ったように答える。「 あた しの気 に入 るとか なん とか、そんなことじゃないわ。 あなたがたは、当然結婚 したいと思 うべ きなのよ」。更 に 彼女 は付 け加え る。 フ レデ リックとキ ャサ リンの二人 を「 見ていると気持 ちが悪 くな る」

(p.192)と …… この場面 は「恋愛の現在」を生 きるキ ャサ リンと、「社会化 された恋愛=結婚」

だけを容認する ミス・ ファーガソンの相違を非常 に鮮明に表 していると言えるだろう。

「恋愛 の現在」 の絶対化を未然に防 ぐ装置の うち第二の もの、それは「恋愛」を道徳的にコ ントロールする道、即ち宗教である。 よく知 られているように、キ リス ト教 はエロスとアガペ の区別をするが、 エロスはアガペよりも下位の もの、やがてはアガペに止揚 されるべきものと みなされる。作品中に登場す る従軍司祭の場合 も情欲 と愛の間に明確な線を引き、キャサ リン との恋を自覚する前のフレデ リックに「愛する」 ように奨めている。 ところでここで注目した

149

(5)

いのは、恋愛=情欲 は「男女二人だけの」「一時的」感情である故 に価値が劣 り、 神 への愛 は

「永続的で」「普遍的な」故に尊 いと教え込むことで、宗教 は恋愛のチェック機構 という社会的 役割 を果 た している点である。 というの もこの時、宗教 は恋する男女が二人だけの自律的世界 を構築す るのを阻止 し、結果 として二人を共同体の価値体系の中に引き留めているのだ。だが キ ャサ リンのように、 また恋 に落ちた後のフレデ リックのように、「二人だけ」であるが故 に、

そ して「一時的」である故に恋愛を絶対化するとした ら、それはエロスのアガペの領域への侵 犯 とな り、そ うなれば宗教 は恋す る二人に抗す る術を失 う。彼 らをコントロールすることは不 可能 になる。作品の後半で司祭が登場 しな くなるのはこのことと無関係ではないだろう。

では最後の、第二の装置は何なのだろうか。実 はこれは装置 と呼ぶほど、制度化 されたもの ではない。早い話が、「 二人」 にな らないために「 一人」でいることが これ にあた る。 そ して 作品中では リナルディが この態度の代表選手である。無論 この ことか らもわか るよ うに、「 一 人」でいるということは文字 どお り他者 との関わ りを断つ ことを意味するわけではない。 リナ ルディの場合 も同僚の将校たちと馬鹿騒 ぎを したり、女の子を回説いたり、寧 ろ積極的に人 と 関わ っているように見える。 ただ見逃 してな らないのは、 どのような場合 もリナルデ ィはどこ かでそ ういう自分を冷ややかに見つめている点である。彼 は他者 との関係に自分を投げ出す こ とを しない。 そういうことをするにはどこかで既 に深 く傷ついて しまっている。だか ら女性 と の関係で も、娼婦を抱 くことは出来て も恋愛をすることは出来ない。娼婦 との場合 と違 って、

恋愛では相手に自分を与えることが要求 されるか らである。そういう彼が、 キャサ リンと恋愛 関係 に入 る前のフレデ リックの中に、 自分 と同種の

0い

の傷〉を見て取 り、彼に仲間意識 に近 い友情を抱いたのは当然か もしれない。実際その頃のフレデ リックは売春宿 に出入 りし、酒を 飲んでは大騒 ぎし、 リナィレディと変わるところは少 しもなか ったのだか ら。

だがそのフレデ リックが恋 に落ちた。それを知 った リナルデ ィは奇妙なことを言 う。「 ひょっ とすると、俺 は妬いているのか も知れぬ」 自分 は「 夫婦で愛 しあっているやつ とは、友達 にな れない」「 おれは蛇だ。理性の蛇 なんだ。

(p.133)…

… とすると、 リナルデ ィの言 う理性 とは

「一人」であることを選択す る、単独者の醒めた意識 ということになるだろ う。 とはいえ これ は少 しも楽 しい意識ではない。だか ら く安全〉のために打 ち建てた砦の中で、彼 は嫉妬す る。

外 にあつて く本 ものの人生〉を生 きようとす る連中に対 して。 たとい彼 らがやがて不幸 に陥 る と 〈理性〉ではわか っていて も。 フレデ リックに対する リナルディの言葉、「 だが・……後悔 し なが らも、 きみのほうが面白い思いをするだろう」(p.133)に はそういう彼の複雑な気持 ちが 込め られていると考えてよい。

以上、二人の脇役的人物に二つの恋愛チェック機構が代表 されていることを見てきたが、言 うまで もな くフレデ リックとキャサ リンはこのいずれにも組 しなか った。恐 らく、婚約者を こ の戦争で失 ったキャサ リンと、 カポレットの退却の際に戦争や軍隊や国家の不条理性を目のあ た りに したフレデ リックには、それ らの

(特

に最初の二つの

)既

成の価値 は容易に信 じられ る ものではなか ったのだろう。そ ういう意味では彼 らは二人 とも間違 いな く「失われた世代」 に 属 していたのだ。そ してそういう彼 らが唯一見い出 した救いは恋愛であり、 またそこか ら生 じ る生 きる悦びであった。 しか も、彼 らは今、彩 しい数の死を通 して、 これまでの価値体系の崩 壊を目撃 している。 となれば彼 らが恋愛 に意味を付与 し、一種の宗教、イデオロギーに変えた の も不思議ではない。無論、彼 ら自身 はその辺 りのことを自覚的に言語化 してはいない。 しか し彼 らの現実の行動や会話 は彼 らが如何に恋愛を絶対化 し、信仰化 していたかを物語 っている

(6)

恋愛の内部崩壊

のではないだろうか。

このようにフレデ リックとキャサ リンは恋愛のチェック機構 に背を向け、寧ろ恋愛を制 宗教化す る方向に進んでいった。 しか し結果 として二人の恋愛の問題点、「 二人 だけで現在 を 絶対化すること」か ら生 じる問題が顕在化することとなった。以下 に、具体的にそれを見てい くことに したい。最初 に問題になるのは、恋愛 に通常以上の意味が付 されたこの恋愛では、恋 愛の求心的エネルギーが否応 もな く高 まり、普通 の恋愛以上 に、二人だけの閉 じられた世界が 形成 されていくという点である。 フレデ リックとキ ャサ リンが、 知 っている人 の少 ない場所

anywhere we don't know people'(p.108)〉

へ行 きたがるのはその一つの表れであ り、物 語の後半で描 き出される殆 ど二人 きりの世界 は、そういう願望が具体化 された ものと考えると わか りやすい。だがそれだけではない。 フレデ リックとキャサ リンは更 に濃密な二人だけの空 間を求めるのだ。例えばフレデ リックはキャサ リンの結 った髪を解 き、 その豊かな髪の中に二 人で包 まれようとす る。或いはフレデ リックが前線 に戻 る夜 には、キャサ リンのケープを身体 に巻 いて二人 は抱 きあう。 また冬のスイスの山小屋の窓か ら狐が大 きな尻尾で身体を くるんで いるのを見てキャサ リンは「 ああいう尻尾が欲 しい」 と言 う。 これ らのエピソー ドが示唆す る のはこの恋愛が持つ、ひたす ら外部を排除 し、内だけの世界 に閉 じてい く傾向である。

外部か ら隔離 された二人だけの世界、その中でのみ生 きようとするフレデ リックとキャサ リ ン。だが不思議なことに、恋愛のそのような求心力には限 りがないようで、二人は次の段階に 進んでい く

g即

ち二人が二人であることさえ もどか しくなり、二人がそのまま一人であること を欲す る段階である。 キ ャサ リンが しば しば口にす る There isn't any me any more."

(p。84)という言葉 はこのことと関連 させて理解すべきだろう。 ところで この言葉 はよ くキ ャ サ リンの dOll"性の証 しとみなされ、評判がよいとは決 して言えない。 しか し実 はこれに類 した言葉をフレデ リックも、キ ャサ リンとスイスに逃げようと決意 した時点で口にしている。

h/1y life used to be fu1l of everything。 '' ̀̀Now if you 

en't with me l haven't a

thing in the world。

"(p.198)… … とすれば、 この感覚を一方的に、解放 されていない、 愚か

な女のそれと断罪することは危険であろう。寧 ろ今述べたように、 これは恋愛のヴォルテージ が高まって、ついに二人が互 いの境界線 さえ否定 し、完全に融合 して しまいたいと願 うに至 ち た、或いはそう錯覚するに至 ったことを表 していると考えるべ きではなかろうか。実際、 キャ サ リンは「髪を短 く切 りたい、 というのも I want you so much l want to be you too。 "

(p.231)だ

か ら」 と言 い、 それに対 しフ レデ リックは You areo We're the same onё :"

(p。231)と答えている。 まさに二人が求めているのは

tO be all m破

ed up"(p.231)だと言 えるだろう。

そ して更に驚 くべ きことがある。 この濃密な二人だけの世界、ついに互いの境界線 さえ曖味 になった恋愛世界では、生 まれて くる子供 さえ間入者 となって しまうのだ。次の引用 はキャサ

リンが フレデ リックに妊娠を告げる場面である。

We were quiet awhile and did not talki Chatherine was sitting on the bed and l was looking at her but we did not touch each other.

We were apart as when someone comes into a rooln and people are self―

conscious。

(pp.109‑10)

(7)

引用か ら明 らかのように、二人 にとって子供 は「外部存在」、二人の至福 の世界 を撹乱 す る 存在 に他な らない。間違 って も「愛の結晶」などではない。無論、 これはフレデ リックが男だ か らで、 ここにあるのは男のエゴイズムだけだという議論 も可能である。 しか しそれではキャ サ リンがこれか ら生 まれて くる子供 につ いて、 She won't come betweё n us,will she?"

(p.233)と 心配げにフレデ リックに訊ねることはどう説明 した らいいのだろうか。そ して彼女 が出産の直前 までベ ビー服を買わなかったことは?……総合的に考えて、二人 にとって子供 は 愛の妨害者で しかなか ったと考えるほうが自然ではないだろうか。

このようにフレデ リックとキャサ リンの絆 は非常 に強 く、 もはや「二人で一人」、 その間 に 一部の隙 もないほどと言 っていいだろう。だが皮肉なことに、そのことが逆 に二人の恋愛の存 立基盤を揺 らがせ始めるのだ。例えばキャサ リンはフレデ リックに Wouldn't you like to go on a trip somewhere by yourself, darling, and be with men and ski?" (p.229)  訊 くのだが、 これは何を意味 しているのだろうか。一瞬たりとも離れ離れになることを厭 って いた筈のキャサ リンが何故 こんなことを言 うのだろうか。実 はキャサ リンは不安にならたのだ。

これか ら子供を生む自分はいいが、男であるフレデ リックにはこのように「二人だけ」の世界 に閉 じこもることは苦痛ではないか、結局 はそれが二人の関係 にひびを入 らせることになるの ではないか、 と。或いは彼女 はどこかで知 っていたのか もしれない。 フレデ リックか ら社会性 を奪 ったとき男 としてのアイデ ンティティーが脅かされること、結果 として「二人だけ」の世 界にも騎 りがさす ことを。同 じ一連の会話の中で、キ ャサ リンが

I'd like to see you with a beard。

"(p.229)と言 って フレデ リックに顎髭を生やすように頼むのは、彼が男 としてのア イデ ンティティーを喪失することを危惧する彼女の気持ちの表れと解釈することは出来ないか。

せめて肉体的な、眼に見えやすい形で男であることを確認 しておいて もらいたい、 また彼女 も 確認 したいという気持ち……奇妙なことではある。「 二人だけ」の世界を求 め、 それ さえ もど か しく、融合 して「一人」になりたいと考えているくらいなのに、一方で恋愛 は二人です るも の、男 と女でするものであって、男と女が一体になってしまえば恋愛自体成立 しなくなるとは・……

これは究極まで進んだ恋愛が抱え込むディレンマなのか も知れない。 フレデ リックとキャサ リ ンが孤立 した恋愛の道を突 き進み、最後に迷 い込んだ除路が これなのか もしれない。

以上恋愛の求心力の持つ問題点を見てきたが、 この恋愛の もう一つの側面、「 現在の絶対化」

も問題を、恐 らくより大 きな問題を胎んでいる。 というの も、先に述べたように、心 はその気 になれば時間の流れを無視することが出来 るが、身体が時間の流れか ら自由になることは決 し てない。既に多 くの死を見てきた二人であれば、 よけいわかっている筈だ、身体が如何 に無防 備で、時間 という敵に攻撃 されやすいかは。 こうして二人 は不安 に苛 まれる。今 この時が幸せ であればあるほど、二人の不安 は募 ってい く……ところで、そういう観点か ら眺めてみる時、

物語に頻繁に登場する雨の描写 は、単なる

a conscious symbol of disaster"9と

い うよ り、

二人の「絶対的現在」を脅かす「時の流れ」を表 していると考える方が妥当ではなかろうか。

降 りそぼる雨 は時々刻々と、 たゆむ ことな く流れ行 く時間を思わせる。彼 らの唯一絶対の宝で ある恋愛を呑み込んで、無に、ゼロにして しまう時間を。実際、恋する二人には雨がいつ も影 のようにつ きまとう。例えばフレデ リックの傷が癒えて前線に戻 る夜 も、霧 はやがて雨に変わ る。そ してひとときを過 ごしたホテルでフレデ リックは詩を回ず さむ。̀ And always at my back l hear/Time's winged chttiot hurrying near."'(p.122)こ れは彼 らの恋愛 を脅かす のは「時の翼ある戦車」であることを示唆 しているのではないか。そ してその存在を彼 らは雨

(8)

恋愛の内部崩壊

153

を通 して感 じとっているのではないか。だか らキ ャサ リンは雨を恐れる。恐れずにはい られな い。 どんなに濃厚に二人の恋を凝縮 し、堅いガー ドを固めて も、人間の心 は「 時の戦車」 に打 ち勝てる筈 もないのだか ら。 自分だけではな くフレデ リックも「雨に打たれて死んでいる」姿 を想像する彼女 は、そういう意味で、二人の恋愛が「 時の翼ある戦車」 に踏み潰 される運命 に あることを本能的に知 っていたと考えるべきか もしれない。

そ して周知のよ うに、最後 に「 時の翼 ある戦車」 はキ ャサ リンに追 い付 いて しま った。

キ ャサ リンを、 また二人の恋愛を も押 し潰 して しまった。 ところで、 この結末 に関 して、結局 時〉 とい う外部存在 に二人 は打 ち負かされたのだと考えることも出来 るだろう。だが早急 な 結論を出す前に、有名な次の一節を考察 してみたい。

If people bring so much courage to this world the world has to kill theln to break them, so of course it kills themo The world breaks every one and afterwttd many are strong at the bFOken places. But those that

will not break it kills. It kills the very good and the very gentle and the very brave impartially. If you are none of these you can be sure it will klll you t00 but there will be no special hurry.(p.193)

この部分 は しば しば

the world's malevolence"の

言 わば「 無差別爆撃性」 の説 明 に引用 され る。 しか しよ く読んでみ ると、 ここには区男Jが あ る。 彼 は言 う。

break" 

した人 間 とそ うでない人間で は違 う、

break"し

た多 くの人間 は

strong"と

な るが、一方

brave"で

あ るため

bre激"し

ない人 間を世界 は急 いで

kill"す

るのだ、 と。 この ことを今 まで の議 論

と関連 させるとすれば、恋愛のチェック機構を代表す る二人、 ミス・ ファーガソン、司祭、 リ ナルデ ィは break"し strong"に な った人 間、 これ に対 し break" しな い

the

very brave"の代表 はキャサ リンで、その結果キ ャサ リンは

kill"さ

れることになった、 そ

う考えてよいのではなかろうか。

それでは break"するとは、そ して しないとは、それぞれ何を意味 しているのだ ろ うか。

ここでキ ャサ リンに死が迫 っていることを悟 ったフレデ リックの言葉を参照に したい。彼 は考 える。  They threw you in and told you the rules and the first tirne they caught you off base they killed you."(p:252)換 言すれば、教え られたルールを無視 して、 自分 の意志 のとお り動 きだ した時、人間は殺 されるということだ。 とすれば、 こういうことにな りはしな いか。人間の弱 さ、 自身の弱 さを悟 ってルール通 りに

(既

成 の価値 に従 って)生きる人間が break"した人間であり、逆 にルールを無視 して自分の意志 で生 きよ う、世界 と直接対峙 し ようとす るのが brave"な人間で、そういう人間を く世界〉

(く

神〉 と言 って もいいのか も しれない

)は

許 さないのだということ。恋愛を絶対化 してそれを生の規範 としようとしたフレ デ リックとキャサ リンの傲慢 は許 されなか ったのだということ。そ して二人のなかで も、 より

brave"なキ ャサ リンが速やかに

kill"さ

れたのだということ。

以上の考察か ら明 らかなように、『 武器 よさらば』の恋愛の悲劇を外的 な要因 だ けで説 明 し ようとするのは無理があるだろう。愛 しあった二人に不幸な結末が訪れたとすれば、それは寧 ろ恋愛の質 に、内側 に問題があったのだ。二人 は 〈不条理な世界〉 に対抗す るべ く、恋愛 とい う「 ガラスの城」 にたて こもった。従 って この恋愛 には最初か らある脆 さが内在 していた。 に

(9)

もかかわ らず、二人 はこの城 に互 いの自我のすべてを注 ぎ込んだ。その結果、恋愛 自体、「城」

自体が自らの重み、

 

究極の恋愛〉の重みに耐えかねて、崩れ去 ることになった。恐 らく最初 か ら己れの非力を認め、既成の制度を土台 として建てていたな ら、「城」 も崩れることはなかっ ただろう。だが二人の恋愛 は自らの 〈思 い〉だけが支える空中楼閣だった。 とすれば自滅 は必 然だ ったのだ。 ところでこう考えるとき、我々はもう一歩進んで次のように問わずにはい られ ない。では人間が意志を持つ こと、己れの道を歩 もうとすることは間違 っているのか。独 自の ルールを作 って単身 the world's malevolence"に 抗 うことは許 されないことなのか。 フ レ デ リックが一人淋 しく雨の中をホテルに帰 る結末 は、そう疑わせるに充分ではある。ヘ ミング ウェイが恋愛の悲劇を通 して「 自我」への懐疑を表そうとしたようにも思えて くる。だが一方 でフレデ リックとキャサ リンの命を懸けた恋愛 は、そのような単純な断定を許 さない。そのよ うに言い切 るには余 りにも美 しく、余 りにも力強 くこの恋愛 は描かれている。第一、ヘ ミング ウェイ自身が既 に随分遠 くまで、 自分の道を自分の足で歩いてきて しまったのではなかったか。

そ ういう彼に急速競技場へ戻 って、再び皆 と同 じルールでプ レイすることが果た して可能だろ うか。 とすれば上の問いに対 し、明確な回答 はありえない。寧ろこの問いを絶えず自らに問い 続 けた こと、それがヘ ミングウェイのその後の文学を形作 り、彼を一流の作家 にしたと考える のが妥当なのではないだろうか。

<註 >

1. Daniel JoSchneider, 

The Novel as Pure Poetry," Mo滋

c Crjιjcα

 

れ ι

Orp´

οι αι

jο

ぉ ′

Eれ

ι

fセ j裂

ョ ο Oノ Sス λ ″ωθ′ ι

 

ι ο ス用

es, ed.Harold Bloom(New York:Chelsea

House Publishers,1987),p.10.

2. Robert Merril, Tragic Forln inス Fし

た″θι ι   ι ο ス酪

,"Mò力

扇み

Cttιjcα

ι  Lι ο′ フ″―

ιαιjO′お′

Em

ιIセ

j昭

″αSス λ″″ο ιοスM",p.25。

3. Ernest Hemingway,Dθ

αι ん

jん

ι んθスル θ″レ οοπ

(Penguin Books,1971),p.116.

4。

この よ うな解 釈 は Edmund Wilsonが

θ

 7οttα

磁 ご ι んο  Bο ″

(1939)の

中 の

Hemingway:Gauge of Morale"で

論 じて以 来 、 一 般 的 に な った。

5。 Sandra Whipple Spanier,  Herlrlingway's Unknown Soldier:Catherine Barkley, the Critics,and the Great W肛

,"屁

iassαys。

厖 ス

Fし

″″ο

JJ 

ι ο ス継 edo Scott Donald―

son(New York:Cambridge University Press,1990),p。 76.

6。 

この点 に つ い て は

Paul Smithの 

The Trying―

out ofス

Д 7oに ι ι   ι ο ス用電

"(屁

ESSの

S οπ ス 及旅υ οι ι

 

ι ο ス爾 パ)に 詳 しい。

7:Ernest Hemingway,ス I砲

″″οι ′ι ο ス用電

(Penguin Books,1969)

本稿 中 の引用 はすべて この版 によ る。以下 ペー ジ数 のみ記 す。

8.S田

dra Whipple Spanierは

キ ャサ リンが

code―heroで

あ る こ とを

Catherine Barkley and the Hemingway Code:Ritual and Survival in A Fし ,電

″ο

  ι ο ス″ as"(Moα ο ′ π

Crjιjcα

ι  Lιο ″″ι αι

jOれ

rttω

rル

協j昭 ″り 'Sス ■凛υοι ι

 

ι οスπι

s)の

中 で詳 細 に論 じ て い る。

9. h/1alcolm Cowley,  Rain as Disaster,"in Symposium on Sensibility and/or Sym̲

bolin 4 

λ ″″οι

ιοス ,"7″ ιjοιπιzッ

ο甲″ιαι

jO閥

0/ス

%″

″θιι

 

ιο

ス″

%s(Englewood Cliffs,New Jersey:Prentice―

Hall.Inc。 ,1970),p.54.

(10)

恋愛の内部崩壊 155

Synopsis

A Failure of Love

In the Case of Frederic Henry and Catherine Barkley-

,

The love between Frederic Henry and Catherine tsarkley in A Farewell to Arns is

often studied in contrast with the war. Realizing the meaninglessness of the war, Frederic makes up his mind to live a'life of love with 'Catherine. But their happy

life is frustrated when Catherine dies from a difficult delivery. Oritics say hature, or

"the world's malevolence", outdoes the strerigth of loVe. The probleni of this interpre- tation is that the tragedy is "ascribed exclusively to' an external'earise. Now it sbems

necessary to discuss the quality of the love to'reach a dceper understanding of the book.

The two frequently used words, "simple" and "brave", help us to understand this love. As you easily notice, these words are often employed when Frederic admires Catherine. "Simple" is obviously related with Catherine's simple-minded devotion to Frederic, while "brave" signifies her daring in defying any social code for love. What she makes much of is just "being together with Frederic." That is why marriage does not matter much for her. Probably it is through Catherine that Frederic learns the value of being "simple" and "brave". So, in a sense, Catherine has paved the way toward Frederic's "separate peace."

Catherine's simplicity and bravery, however, have two negative features. One is

that the lovers prefer seclusion;they begin to lose contact with society. The other is their sanctification of the "present" happiness;they ignore Time, or God, or whatever

is beyond their control. It is no doubt that these aspects of the love have something

to do with the unpleasant ending of the book.

People, however, are often aware of the risk of such a love. Hemingway shows

three different ways, through three characters, to keep a safe distance from that kind of love. The first is, needless to say, marriage which connects the love's closed

private sphere with the open public world. When Miss Ferguson tells the lovers to get married quickly, she apparently represents the ordinary person whose ideas never

deviate from the social code. The second way is religion which controls human passion by insisting that dedication to God is much superior to a love between

man and woman. Needless to say, the priest advocates this theory in the book. The

last is to be aloof from love. This attitude is represented by Rinaldi, who is too mentally hurt to believe in love. And Frederic has had a similar attitude toward people before he falls in love with Catherine.

But Catherine does not pay any attention to those defense systems. Thus we say

a self-destructive element is inherent in the love of A Farewell to Arms. The deepen-

ing process of love turns out to be a path to its failure. Frederic and Catherine get

more and more secluded;they regard their unborn child as an obstacle to their love;

(11)

they dream of merging into one. These episodes suggest they are moving towards suffocation from the love. And another thing. Although they pretend to believe in the transcendence of their love, they cannot help fearing the forces of Time. For they know well Time is capable of destroying their love, which is nothing more than a fragile construction of human will. This is why they are afraid of rain, a symbol

of Time's approaching steps.

Catherine's death, therefore, should not be explained away as an accident. If there

is something to be blamed, it is the quality of their love. The author articulates like this: if people "break", they become "strong"; if you are too "brave" to "break", the world will kill you in a hurry. Thus it becomes clear that their reluctance to give in, their persistence in living by their self-made rules, has to be questioned.

.r,.,,Now, in a wider perspective, it may be argued that the tragedy of love in this book

presents a most modernistic problem of selfhood.

参照

関連したドキュメント

Rodolpho の台詞から分かるように, Marco の故郷の家族がどれ ほど重要なものであるか理解されるのである.すなわ

【禁忌(次の患者には投与しないこと) 】 ※※ 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者

 そこで、本当にドラマチックな世界は根本的には悲劇的な世界である。役

【用法・用量】

後になってあの「良き場所」を探索したとき/見捨てられた鉛鉱が見っかった/

⑰(中国 Q30,日本

 衝突点 (Interaction Point) に最も近い検出器であるので、粒子が透過しやすいよう、物

葬費などは,ペンブローク伯爵夫人から支払いが期待される金額でまか