氏 名: 有坂 めぐみ 学 位 の 種 類: 博士(看護学)
学 位 記 番 号: 甲第396号 学位授与年月日: 令和2年9月23日 学位授与の要件: 学位規則第3条第3項該当
論 文 題 目: 妊婦の減災を目指した出産準備教育に組み込む減災教育モジュール の開発
Development of Educational Module for Disaster Risk Reduction as Part of Childbirth Education Classes on Enhancing Disaster
Preparedness to Pregnant Women 論 文 審 査 委 員: 主査 増野 園惠 教授 (兵庫県立大学)
副査 神原 咲子 教授 (高知県立大学)
副査 野口 眞貴子 教授(日本赤十字看護大学)
副査 工藤 美子 教授 (兵庫県立大学)
副査 木村 玲欧 教授 (兵庫県立大学)
博士論文要旨
【研究の背景と目的】災害は、国内外で発生し、多くの人が身体的、精神的、経済的な被 害を受けている。要配慮者である妊婦の災害への備えは、妊婦と胎児の命を守り、災害後 も健康な生活を続けるという観点から重要である。しかし、妊婦の災害への備えは進んで いない。本研究は、妊婦の減災を目指し、妊婦が災害を自分に起こりうる問題として捉え、
災害時に対処に困難をきたすと考えられる課題に対し、災害に備えるという予防行動をと ることを進める目的で出産準備教育に組み込む減災教育モジュールを開発した。
【研究方法】研究枠組みには、予防行動採用プロセスモデルならびに健康信念モデルを採 用した。減災教育モジュールの開発は、インストラクショナルデザインを参考に3つのス テップで進めた。ステップ1では、ニーズアセスメントのための調査を実施し、予防行動 採用プロセスモデルならびに健康信念の活用する内容の設定等を設計し、減災教育モジュ ール試案を開発した。ステップ2では、エキスパートによる減災教育モジュール試案の内 容妥当性を検討した。ステップ3では、減災教育モジュール試案の介入による一群の前後 比較を実施した。減災教育モジュール試案の有用性の評価には、予防行動採用プロセスモ デルのステージの段階の変化・減災教育モジュール試案の5段階評価等の自記式質問紙の 回答を用いた。データは、減災教育モジュール試案の介入前と介入2週間後に収集した。
この2週間は、妊婦が具体的に災害への備えを選択、実行する等の期間であった。本研究
は、兵庫県立大学看護学部・地域ケア開発研究所研究倫理委員会ならびに1カ所の研究協 力施設の倫理審査の承認を得て実施した。
【結果】ステップ1と2を経た減災教育モジュール試案を42名に実施した。介入前後の質 問紙に回答した39名のうち有効回答36名のデータを分析した。介入前は、妊婦が災害時 に対処に困難をきたすと考えられる各8つの課題に対してステージ1である「無認識」が
50.0~94.4%であった。介入後はすべての課題でステージ5の「具体的に災害へ備えるこ
とを決定する」もしくはステージ6の「災害への備えを実行した」割合が52.8~88.9%に なった。すべての課題でウィルコクソンの符号付き順位検定で有意差が確認できた。減災 教育モジュール試案の説明の仕方、教材、難易度等の5段階評価は、高評価であった。質 問紙の自由記載には、「他人事と思っていて、具体的に知ろうともしていなかったため様々 なことを知れて良かった」「具体的に妊婦がどんなことに困るのかが理解できたので、どん なことを準備したらいいのか考えられるようになった」「妊婦として被災する可能性がある ということが認識できた」等があった。
【考察】減災教育モジュール試案は、予防行動採用プロセスモデル等を用い、災害への備 えのきっかけとなるよう過去の事例を使うなど行動変容を促すよう設計した。それにより 妊婦は、災害による被害や困難をイメージすることができ、自分の問題であると捉えた。
妊婦の半数以上は、災害時に対処に困難をきたすと考えられる知らなかった課題を知り、
具体的に備えを取捨選択し、実行に移すという災害への備えを進めた。また、災害への備 えが子どもや家族の命を守る重要な母親の役割であることに気づき、母親としての長期的 な視点を持つようになった。
【結論】減災教育モジュールは、妊婦が知らなかったことを知り、災害の被害や困難をイ メージし、災害への備えを進めるという有用かつ必要な教育である。今後は、減災教育モ ジュールを活用するために、減災教育モジュールの提供人数、提供方法やハザードによる 課題の追加をカスタマイズするなどの教育方法への示唆が得られた。
Abstract of Doctoral Dissertation
【Background and Purpose】As the frequency, intensity, and complexity of disasters are increasing worldwide, disaster risk reduction has become the first priority, and it is now crucial for vulnerable populations such as pregnant women. The purpose of this study was to develop an educational module for disaster risk reduction as part of childbirth classes to allow pregnant women to enhance disaster preparedness as a preventive behavior.
【Research Method】As the theoretical framework, the Precaution Adoption Process Model (PAPM) and Health Belief Model (HBM) were adopted to the module. The module consists of three steps based on instructional design. The first step was the needs assessment and development of the module’s tentative design. The second step was the evaluation of the module by experts and its revision. The third step was an intervention study on pregnant women. Data (attribute, stage of PAPM, five-point scale of the evaluation for educational module, and free comment) were collected using a questionnaire survey before and two weeks after the intervention. Two weeks was the period for the pregnant women to put the preparation that they chose to act. The study was approved by the Research Ethics Committee of the College of Nursing Art and Sciences, University of Hyogo, Research Institute of Nursing Care for People and Community.
【Results】The educational module was implemented for 42 pregnant women. Data analysis was performed on 36 participants. Before the intervention, 50.0-94.4% of the participants were in stage 1 (being unaware of the issue). After the intervention, 52.5-88.9% of them were in stage 5 (having decided to act) or stage 6 (acting). Using the Wilcoxon signed-rank test, a significant difference was found between the stages of intervention (before and after) of the module. A high-point scale of the evaluation for the module was given by the participants. Additional comments included “I knew how pregnant women had serious situations at the time of disaster. I could think about how I should prepare” and “There are some possible effects on pregnant women.”
【Discussion】The module was developed based on PAPM and HBM. This included the case in which pregnant women had serious situations caused by disasters in the past. This was used to show the disaster risks in their living circumstances, making them imagine and realize
that difficult situations and issues amid disasters could be their own issues. This is a crucial turning point for people to become serious in preparation for disasters. More than half of the pregnant women knew about the issues. The module promoted pregnant women to know the issue, choose preparedness, decide acting, and act for preparing. Furthermore, participants recognized the importance of disaster preparedness for themselves, newborn babies, and children even in the future.
【Conclusion】The module, which was developed for pregnant women to enhance disaster preparedness, was found to promote disaster preparedness among pregnant women.
Additionally, suggestions for the ways of education were proposed, including the number of pregnant women in childbirth classes, choice of online classes, update of disaster hazards, and details of disaster preparedness that might include others.
論文審査の結果の要旨
本研究は、妊娠期に行われる出産準備教育の中に減災教育を組み入れることで妊婦自身 が出産準備と共に具体的で現実的な災害への備えが実行できることを目指した減災教育の モジュールを開発することを目的とした。先行文献およびニーズアセスメントのための予 備調査から備えが必要な妊娠期特有の課題 8 つを特定し、予防行動採用プロセスモデルと 健康信念モデルを枠組みとした災害に備える減災行動を促す教育モジュール試案を作成し、
専門家による内容妥当性の検討を経て、妊娠中期以降の妊婦を対象に作成した教育モジュ ール試案を使用した減災教育を実施し、対象者の受講前と受講 2 週間後の減災行動の変化 から作成した教育モジュールの有用性を確認すると共に、教育モジュール試案の評価を行 った。減災教育モジュールは、独自に作成したパンフレットを教材として用い、42 名の妊 婦に提供した。提供に要した時間は25~45分、平均35分であった。対象者の減災行動は、
8つの課題毎に予防行動プロセスの6段階ステージにより評価し、受講前には「無認識」で あるステージ1が50.0~94.4%であったが、受講2週間にはステージ5「具体的に災害に備 えることを決定する」もしくはステージ 6「災害への備えを実行した」である者が 52.8~
88.9%となり、8課題全てにおいて受講前より受講2週間後に予防行動プロセスのステージ
が有意に上昇した。受講者全員が減災教育モジュールを「災害の備えに役立つ」と評価し、
97%が「災害の備えの必要性」を認識すると共に「母として備える」意識を持ったと回答し た。受講者の受講後の質問紙への回答から、受講者が災害による危険性と自らに必要な備え を具体的にイメージし、教育の受講が備えを行動に移すきっかけとなったことが示唆され た。これらの結果により、開発した減災教育モジュールは、妊婦が災害に備えることを促す ことに有用であることが確認できた。
審査員からは、妊婦の災害への備えが実際に実行化されており実用可能で有用な教育ツ ールが開発されたこと、また、妊婦である時期が限られた期間であることから災害に備える ことが難しいと言われているものの、出産準備教育に組み込むことで妊娠期から子育てへ と長期的な視野でとらえた介入となること、母親をターゲットとして家族全体の教育へと 広げられる可能性があり健康教育としての観点からも意味のある研究となったことが評価 された。有用な教育ツールが開発できた一方で、モジュールであることの必然性について研 究結果からの説明が弱いことが指摘された。また、備えが必要な妊娠期特有の課題 8 つを 1つの減災教育モジュールとしているが教育が提供される状況や対象者のニーズに合わせ て、8つを個別のモジュールとして柔軟に適用する可能性について意見を求められた。さら に、ほとんどの受講者の備えのステージが変化した一方で、数名であるがステージが変化し なかった者もおり、この点について考察を深めることで、減災教育モジュールのさらなる改 善点や今後の発展についてより深い論述につながることが指摘された。これらの指摘や質 問に対して申請者は、出産準備教育がさまざまな形態で実施されていることから実施の状
況に合わせて減災教育を組み入れられるよう災害の備えを1つの小単位(モジュール)とし て開発する必要があると考えたこと、ステージが変化しなかった受講者も全ての課題で一 様に変化していないわけではなく自分にとって必要な課題を選択していることが考えられ ること、8つの課題は全てが妊婦にとって重要な課題ではあるが受講者個々のステージの変 化から 8 つの課題1つ1つを小単位としていくつかを組み合わせて活用する可能性も検討 の余地があることを回答し、これらの点を追加して考察を修正したいと述べ、修正が許可さ れた。
本研究は、災害時の母子の命と健康を守るという災害看護学にとって重要な課題に、必要 性が指摘されながらもなかなか進まない妊婦の災害への備えを促進することから取り組み、
実用性のある減災教育 ツールの開発につながった意義深い研究である。出産準備教育に組 み込み妊娠期から子育てへと長期的な視野で介入する点、妊娠期特有の課題を絞りこみモ ジュールとして柔軟に適用することを目指した点に独自性と新規性があり、実装に向けて 更なる研究発展が期待される。
以上より、審査員全員が本論文は災害看護学の博士の学位論文に値すると判断した。