はじめに
1978 年以降 20 数年にわたって、中国では社会と経済との両面において 2 つの大きな政 策が行われてきた。1 つは、経済の改革開放政策である。もう 1 つは、1 人っ子政策である。
改革開放政策は、計画経済体制を市場経済体制に転換させ、経済構造をも大きく変化させ ることとなった。経済構造の変化としては、所有制の多様化と労働市場の変化が挙げられ る。また、経済改革の過程で生じた財政制度の変化は、政府間の関係と政府企業間の関係 に大きな変化をもたらすことになった。1 人っ子政策は、有限な資源を効率よく使い、1 人当たりの経済成長を確実に向上させるためのものであったが、急激な人口増加を抑制し た反面、少子・高齢化の急速な進展と核家族の形成をもたらすこととなった。
上記した経済・社会の変化のなかで、1980年代半ばから年金・医療を中心とする社会保 険に関する改革が一部の地方で試されたが、1992年頃から改革のスピードが速められた。
1990年代末になって、社会保障再編の勢いは一段と強まり、新たな社会保険制度が続々と 作られるようになった。21世紀に入って、中国の経済改革は高度成長を実現させたが、そ の反面、貧富の格差の拡大を表面化させつつある。格差が拡大することの深刻さを受け、
胡錦濤指導部は2005年9月の中国共産党第16期第4回中央全体会議で「調和のとれた社 会」(中国語=和諧社会)1の建設と名付けた政策目標を打ち出した。21 世紀の中国では、
社会保障制度の改善と整備が政策課題として重要視されつつあると思われる。
筆者は、早稲田大学政冶経済学部に在籍していた頃、レスター・ブラウン氏の『だれが 中国を養うのか?』という本を読んで、中国の人口問題に興味を持ち始めた。人口問題か ら少子高齢化問題、少子高齢化問題から社会保障制度へと関心が広がっていった。1990 年 代後半から社会保障制度一般について勉強しながら、中国の社会保障制度改革を研究する ことに力を注ぎ、制度を把握するとともに国際比較を行ってきた。その後、財政制度の変 化と所有制の多様化が社会保障財源の調達方法に与える影響に注目するようになった。
本論文では、筆者は市場経済化にともなって再編されつつある中国の失業保険・老齢年 金・医療を取り上げ、それらの改革の到達点と問題点を財源調達方式に力点をおきながら、
また、計画経済期の社会保障制度と比較しながら明らかにしようとしている。上記の事柄 は本論文を貫く研究課題である。
1 これはすなわち政府財政支出の拡大や社会保障の完備などの手段を通じて、分配による公平化を図ろう としている政策スローガンである。
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本論文は以下のように展開する。まず、計画経済期における制度設計を分析し、それら の制度設計が計画経済期の社会保障制度の形成にどのような影響を与えたかを論ずる。続 けて、社会保障制度の変化の背景に国有企業の改革や財政制度の改革による影響があるこ とを明らかにする。社会保障制度はなぜ政府(公的)主導のものでなければならないかに ついても分析する。さらに、失業保険・老齢年金・医療保険を取り上げ、社会保障の再編 過程における財源政策の変化を考察し、財源政策の理論を用いて、中国の社会保障財源政 策を検討する。本論文の前半は総論であり、後半は各社会保険制度の改革に関する分析で、
各論になっている。
本論文を執筆する過程において、多くの方々からご指導とご助力をいただいた。心より 感謝申し上げたい。早稲田大学大学院時代から研究指導をしてくださった恩師牛丸聡先生 からは学問のみならず、人間形成においても多大なご教示をいただいた。深く感謝を申し 上げたい。
早稲田大学大学院経済学研究科の清水英彦先生、馬場義久先生、清野一治先生、石井安 憲先生、白木三秀先生、森映雄先生、上田貴子先生は、博士論文を執筆している過程にお いて、さまざまなご指導およびヒントをくださった。心より感謝の気持ちを申し上げたい。
流通経済大学の田多英範先生には主催している社会保障研究会に参加させていただき、多 くのご教示をいただいた。深く感謝を申し上げたい。また、学会報告や研究会でご教示を くださった、流通経済大学の朱思琳先生、元経済産業研究所上席研究員の関志雄先生、元 九州大学教授の伊東弘文先生、お茶の水女子大学の大森正博先生、専修大学の町田俊彦先 生、慶応義塾大学の金子勝先生、大阪市立大学の玉井金五先生、同志社大学の埋橋孝文先 生、中国人民大学の鄭功成先生、中国労働社会保障部社会保険研究所の華迎放先生、中国 労働社会保障部統計局の陳群洲先生、年金総合研究センターの酒井英幸先生にも感謝の気 持ちを申し上げたい。
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