不均質な半透明物体内部での光の散乱挙動の解析
著者 中本 啓子
出版者 法政大学大学院情報科学研究科
雑誌名 法政大学大学院紀要. 情報科学研究科編
巻 15
ページ 1‑6
発行年 2020‑03‑24
URL http://doi.org/10.15002/00022729
不均質な半透明物体内部での光の散乱挙動の解析
An Analysis of Light Scattering in Heterogeneous Translucent Materials
中本 啓子∗
Keiko Nakamoto
法政大学大学院 情報科学研究科 情報科学専攻
Email: [email protected]
Abstract—We discuss an analysis of light scattering in het- erogeneous translucent materials. We have to simulate the scattering events in order to render translucent materials realistically. Light scattering in homogeneous materials can be approximated by the Bidirectional Scattering Surface Reflectance Distribution Function (BSSRDF) model, which considers scattering as diffusion. On the other hand, hetero- geneous materials are mixed with multiple optical properties, and it is difficult to consider light scattering as another phenomenon. Because of this, there is no BSSRDF models for heterogeneous materials. Our goal is to obtain photo-realistic rendering results of heterogeneous translucent materials with BSSRDF models. For this purpose, we have two experiments on the relationship between the change in optical proper- ties and the light behavior. First, we average the optical properties in the scattering area and render heterogeneous materials with existing BSSRDF models. Second, we simulate light scattering with Monte Carlo ray tracing and analyze characteristics of scattering events. These results give us important knowledge to approximate light scattering in heterogeneous translucent materials.
1. はじめに
実世界の物体を写実的にレンダリングするには,シー ン内にある物体の材質を考慮し,光の挙動をシミュレー トする必要がある.近年の
CG
作品で多く登場する,人 の肌や飲み物,食べ物などの「半透明物体」は,物体内 部で光の散乱と吸収が非常に多く発生する.この現象は 表面下散乱(subsurface scattering)
といい,半透明物体 の見た目を大きく左右する.表面下散乱の正確なシミュ レートが,写実的なCG
画像の品質向上に必要となる.表面下散乱が発生した光の挙動は,放射伝達方程式
(radiative transfer equation, RTE) [1]
で記述できる.し かし,RTE
は解析的に解くことができない積分方程式 である.そのため,レンダリングを行うときは,モンテ カルロ法を使用し,光を1
本1
本追跡しながらRTE
を 解く[2]
.この方法をパストレーシング(volumetric path tracing)
という.物体が均質だと仮定した場合は,散乱現象を拡散現 象とみなした
Bidirectional Scattering Surface Reflectance Distribution Function (BSSRDF)
モデルによって,RTE
の解を近似することができる[3]
.一方で,不均質な物 体では,光が色や密度の異なる複数の媒質を通り抜け る.複数の媒質を想定した拡散現象の表現は,実用され ているものがなく,輝度の近似が困難である.本研究では,不均質な半透明物体のレンダリングに
おける
BSSRDF
モデルの使用を検討する.まず,不均∗Supervisor: Prof. Takafumi Koike
質な物体に既存の
BSSRDF
モデルを適用する手法[4]
を検証する.複数の
BSSRDF
モデルを用いて不均質な 物体をレンダリングし,パストレーシングを利用した レンダリング結果と比較する.そして,均質な物体を想定した
BSSRDF
モデルを不均質な物体に適用したときの問題点を整理する.次に,媒質の変化と光の散乱挙 動の関係を調査するため,表面下散乱の解析を行う.パ ストレーシングによって半透明物体内部の光を追跡し,
散乱の傾向や特徴を明らかにする.これらの結果から,
半透明物体内部の光の挙動の近似に向けた知見を得る.
2. 関連研究
2.1.
表面下散乱の記述方法半透明物体に入射した光が,表面下散乱の発生後に 入射点とは別の点から出射するときの輝度を,
BSSRDF
によって記述する.BSSRDF
は,物体に入射した光の うち,内部で散乱を繰り返して異なる点から出射する 光の割合を表す関数である.光の入射点xi,入射方向⃗
ω
i,出射点xo,出射方向⃗ ω
oを入力とする8
次元関数で あり,S(xi, ⃗ ω
i,
xo, ⃗ ω
o)
と記述する.物体表面上の点xoから
⃗ ω
o方向へ出射する輝度L
oは,式
(1)
のように表される[3]
.L
o(x
o, ⃗ ω
o) =
∫
A
∫
2π
L
i(x
i, ⃗ ω
i) S (x
i, ⃗ ω
i,
xo, ⃗ ω
o|σ
s, σ
a) cos θdω
idx
i. (1) L
iは,⃗ω
i方向から物体表面上の領域A
内の点xiへ入 射する放射輝度,θ
は,点xiの法線と光の入射方向⃗ ω
iがなす角である.また,σsは,光が単位距離を進む間 に媒質内で散乱する割合を表す散乱係数,σaは,媒質 に吸収される割合を表す吸収係数である.これらの係 数は光学的性質と呼ばれ,物体の材質を決定するパラ メータである.
具体的な
BSSRDF
の形を決定するために,表面下散乱を,発光,進行方向へ向かう散乱,吸収,進行方向か ら外れる散乱の
4
つの挙動に分割する.そして,光が物 体内部を点xから⃗ ω
方向へ,単位距離ds
進む間の輝度L(x, ⃗ ω)
の変化量dL
を,式(2)
のRTE[1]
によって記述 する.dL(x, ⃗ ω) =
σ
a(x)L
e(x, ⃗ ω)ds + σ
s(x)L
s(x, ⃗ ω)ds
−σ
t(x)L(x, ⃗ ω)ds.
(2)
右辺第1
項は発光を表しており,Le(x, ⃗ ω)
は媒質が放 射した光の輝度である.第2
項は進行方向へ向かう散 乱を表し,Ls(x, ⃗ ω)
は様々な方向から⃗ ω
方向へ入射し てきた光の輝度である.第3
項は,吸収と進行方向から外れる散乱による輝度の減少を表している.
σ
tは,光 が物体内部を単位距離進む間に現在の方向から消失す る割合を表す消滅係数である.消滅係数は,散乱係数と 吸収係数の和で定義される.式
(2)
の両辺を積分することで,⃗ ω
方向へ進む光の 点xにおける輝度を表した積分方程式を得る.しかし,両辺に未知数
L(x, ⃗ ω)
が出現するため,解析的に解くこ とができない.そこで,散乱回数が多い光は方向性が淘汰されてい ると考え,散乱現象を拡散現象に置き換える
[5]
.式(2)
を光の進行方向⃗ ω
で全球積分し,かつ物体が均質だと 仮定することで,拡散方程式を得る.拡散方程式は,放 射状に拡散する光の中心に1
つの仮想的な点光源を置 き,物体があらゆる方向に無限の領域を持っているとき に限り,解析解が存在する.しかし,半透明物体は,物 体表面が存在する半無限物体であるため,このままでは 表面下散乱による光の拡散を表現することができない.Jensen
らは,光の入射点の垂直上方向に負の点光源を設置する
dipole model
を提案した[3]
.物体内部に置 いた正の点光源と組み合わせることで,半無限物体内 部での拡散方程式の解を求めた.この解を入射光の放 射束で割ることで,半透明物体から出射する光の輝度 の割合が計算でき,BSSRDF
の働きを持つ関数を得る.dipole model
の登場後,光の入射方向を考慮したモ デル[6]
や,光が進行方向に散乱しやすい物体を対象に したモデル[7]
など,多くのBSSRDF
モデルが提案さ れた.しかし,これらのBSSRDF
モデルはすべて均質 な半透明物体を対象としており,不均質な物体に特化した
BSSRDF
モデルは提案されていない.2.2. BSSRDF
モデルを用いた不均質な半透明物体のレンダリング
不均質な物体は,均質多層なものと不均質単層なも のに分かれる.均質多層な物体とは,光学的性質が一定 である薄い層が,ミルフィーユのように幾重にも重なっ た物体である.層が変わると材質が変わるため,不均質 な物体とみなされる.一方,不均質単層な物体は,物体 が層に分かれておらず,複数の光学的性質が物体内部で 複雑に混ざり合ったものを指す.
均質多層な物体を対象とした
BSSRDF
モデルは,人 の肌のレンダリングに用いられている.人の肌は,表 皮,真皮,皮下組織の3
層から成る.Donner
らは,肌 の見た目に影響するのは表皮と真皮だと考え,2
層のBSSRDF
モデルを提案した[8]
.さらに,各層のモデルを,メラニンやヘモグロビンなどの
6
つの物質を考慮 して記述している.不均質単層な物体を
BSSRDF
によってレンダリング するために,物体内における光の散乱領域を推定し,領 域内の光学的性質を平均する,という手法がある.D’Eon
らは,光の入射点と出射点を結ぶ線分[9]
,Sone
らは,線分よりも少し広い楕円
[4]
を散乱領域とした.また,Elek
らは,散乱領域に2
次元の混合ガウスモデルを用 いた[10]
.入射点と出射点を結ぶ線分上に3
つのガウ ス分布を設定し,それぞれの分布内での光学的性質の 平均を,重みを変えて足し合わせている.これらのモデ ルは,散乱領域の形状が光学的性質に関わらず一定で ある.そのため,レンダリング対象となる物体に適した 散乱領域を推定できていない可能性がある.本研究では,不均質単層な半透明物体に注目し,
BSS- RDF
モデルによる写実的なレンダリング方法を検討す る.物体の光学的性質の変化と光の散乱挙動の関係を 調査し,表面下散乱の発生領域や散乱の特徴を明らかにする.これにより,あらゆる半透明物体を想定した光 の散乱挙動のモデル化が可能になると考える.
3. 既存の BSSRDF モデルの比較
現在提案されている
BSSRDF
モデルが,不均質な 半透明物体のレンダリングに適用できるかを検証する[11]
.均質な物体を対象としたBSSRDF
モデルを,Sone
らの手法[4]
を用いて不均質な物体に適用する.そして,BSSRDF
モデルのみを変更した場合に,レンダリング結果にどのような変化が現れるのかを観察する.本実験 で使用した既存の
BSSRDF
モデルは,dipole model[3]
,quantized-diffusion model[9]
,better dipole model[12]
,directional dipole model[6]
の4
つである.3.1.
レンダリング画像の評価方法BSSRDF
モデルを用いたレンダリング結果を,画像の相違度を表す
RMSE (Root Mean Squared Error)
と,類似度を表す
SSIM (Structural SIMilarity)[13]
によって 評価する.評価の基準となる画像は,パストレーシング[2]
を用いて物体内部の光の挙動を正確にシミュレート した結果とする.RMSE
は,2
枚の画像の輝度値について,平均2
乗 誤差の平方根を取った評価値である.すべて1
画素ずつ ずれた画像のように,人が変化を感じない画像の比較 では,結果が人間の主観よりも悪くなるという特徴が ある.SSIM
は,人の視覚特性を考慮した画像品質の評価 を行う手法である.人の視覚は画像内の構造が似ている ほど同じ画像だと知覚する,という特性を利用し,画像 の「輝度」,「コントラスト」,「被写体の構造」を考慮す る.RMSE
よりも人間の主観に近い評価が可能である.3.2.
結果3
つのシーンのレンダリング結果を図1
に示す.上 段のchecker board
シーンは,シーン内に不均質かつ半 透明である直方体を置き,平行光源を設置している.中 段のbunny
シーンでは,checker board
シーンの直方体 をうさぎの3D
モデルに置き換えた.材質に変化はない が,物体表面に凹凸ができるため,光の入射角が変化 する.下段のlatte art
シーンは,マグカップ内の飲料部 分が半透明物体となっている.また,3
つのシーンで唯 一,モノクロではないシーンとなっている.すべてのシーンにおいて,
dipole model
を用いた画 像は,パストレーシングを用いた画像に比べて半透明物 体が明るくなっている.そのため,物体全体がぼやけて 見える.better dipole model
を用いた画像は,白色の部 分が明るく,色の濃い部分が少し暗くなっているように 見える.quantized-diffusion model
とdirectional dipole
model
を用いた画像では,白色に近い部分が暗くなり,濃い色の部分が少し明るくなっている.これらの画像の 見た目を比較すると,
better dipole model
の画像が最も パストレーシングの画像に似ているように見える.図
2
は,図1
のハイダイナミックレンジ(HDR)
画像 を定量評価した結果である.上段はRMSE
のグラフで あり,値が小さいほど,パストレーシングを用いた画像 の輝度値との差が小さいことを意味する.下段のSSIM
のグラフは,値が大きいほどパストレーシングの画像 に近いことを意味する.なお,latte art
シーンは,画像 のRGB
各成分で評価値を求めた後,3
つの値の平均を 取り,最終的な評価値とした.volumetric
path tracing dipole model quantized-diffusion
model better dipole model directional dipole model bunnylatte artchecker board
図
1: Sone
らの手法[4]
と4
種類のBSSRDF
モデル[3][9][12][6]
を組み合わせて不均質な半透明物体をレンダリン グした画像.[11]
の結果を改良して引用.RMSE
の値が最も小さくなったBSSRDF
モデルは,checker board
シーンとbunny
シーンでdirectional dipole model
,latte art
シーンでbetter dipole model
だった.directional dipole model
の画像は,物体の明るい部分 が極端に暗くなっているように見えるが,見た目ほど 輝度値に差がなかった.better dipole model
は,checker board
シーンとbunny
シーンでは3
番目にRMSE
が小さ いが,latte art
シーンでは最も優れていた.dipole model
は,すべてのシーンでRMSE
が最も大きく,他の3
つの
BSSRDF
モデルよりも画質が悪い結果となった.SSIM
の値は,すべてのシーンでbetter dipole model
を用いた画像が最も大きくなった.画像の見た目の印象 でもbetter dipole model
が優れており,SSIM
の特徴の通 り,人間の主観に近い評価となった.一方,最も値が小 さいBSSRDF
モデルはシーンで異なり,checker board
シーンとbunny
シーンではquantized-diffusion model
,latte art
シーンではdipole model
となった.3.3.
考察レンダリング画像の見た目と
2
種類の評価指標の結 果から,使用した4
つのBSSRDF
モデルは,Sone
らの 手法と組み合わせることが有効ではないと考える.図1
の同一シーンでは,半透明物体の光学的性質の設定は 全く同じである.しかし,BSSRDF
モデルが異なると,同じ物体をレンダリングしたとは思えない程,各画像の 見た目が異なっている.また,評価指標によって優れて
いる
BSSRDF
モデルが異なっており,すべての条件で最も優れた
BSSRDF
モデルは存在しない.したがって,今回の結果からは,
Sone
らの手法に有効なBSSRDF
モ デルを一意に決定することはできない.checker board bunny latte art 0.00
0.05 0.10 0.15 0.20
RMSE
dipole qd better dir
checker board bunny latte art 0.00
0.20 0.40 0.60 0.80
1.00 SSIM
図
2:
図1
の各シーンのHDR
画像を定量評価した結果.上段が
RMSE
,下段がSSIM[13]
である.各グラフに おいて,dipole: dipole model[3]
,qd: quantized-diffusion
model[9]
,better: better dipole model[12]
,dir: directional
dipole model[6]
を用いたレンダリング結果の値を表し ている.また,不均質な半透明物体のレンダリングでは,物 体の光学的性質を平均する処理が好ましくないと考え る.
Sone
らの手法では,物体の不均質さを考慮するた めに,光が散乱する範囲で光学的性質を平均している.一方,均質な物体においては,本実験ほどの画像の見 た目の変化は確認されていない
[6]
.そのため,光学的 性質の平均を行ったことで,BSSRDF
モデルの精度が 悪くなったと考えられる.不均質な物体でBSSRDF
モ デルを使用するには,物体を均質とみなすのではなく,光の挙動に注目した手法が必要な可能性がある.
RMSE
の結果において,シーンごとの4
つのBSS- RDF
モデルの値が大きく異なるのは,光の入射角の違 いによるものだと考えられる.入射光の輝度は,物体表 面への入射角の余弦に比例して減衰する.checker board
シーンでは,直方体の1
つの面に対して平行光源を垂 直に照射しているため,入射光の輝度は減衰しない.ま た,Sone
らの手法は,パストレーシングの結果に比べ て物体が明るくなりやすい,という欠点を持っている.これらのことから,
checker board
シーンでは,より明 るい物体がさらに明るくなり,RMSE
が大きくなったと みられる.4. 半透明物体内部の光の散乱点分布の解析
不均質な半透明物体内部での光の散乱挙動を調査す る.不均質な物体に対して
BSSRDF
モデルを適用する には,物体内における光の広がり方を正しく知り,モデ ル化することが必要である.そこで,パストレーシン グ[2]
を用いて正確に光を追跡し,入射点を原点とした 散乱点の分布を作成することで,散乱挙動の特徴化を 図る.4.1.
半透明物体の光学特性に関する仮説半透明物体内部を進む光の特徴として,以下の
2
つ の仮説を立てる.仮説
1:
半透明物体の色の変化は,光の経路に影響 しない.仮説
2:
半透明物体の微粒子の密度がn
倍になると,光が一度散乱し,次に散乱するまでに直進 する距離は
1/n
倍になる.物体の色は,物体に含まれる色素が特定の波長の光 を吸収し,残りの波長の光を反射することで,反射した 可視光線を人間が認識したものである.光の吸収が発生 した場合,輝度の減少は発生するが,光の進行方向は変 わらない.そのため,物体の色がどれだけ不均質であっ ても,光の散乱挙動は変化せず,散乱点の分布にも変化 はないと推測する.
物体内部を進む光は,物体を構成する微粒子と衝突 して散乱する.物体の密度が大きくなると,微粒子の 数が増え,光と分子の衝突が発生しやすくなる.その ため,光が直進できる距離は短くなり,散乱回数が増え る.このとき,密度と光の直進距離との関係は,密度
n
倍に対し,距離は1/n
倍になると推測する.本調査では,半透明物体に設定する光学的性質とし て,「散乱アルベド
α
」と「消滅係数σ
t」の組[14]
を使 用する.散乱アルベドは,物体が元から持っている色を 表し,式(3)
のように,消滅係数に対する散乱係数の割 合で定義される.α = σ
sσ
t(3)
また,消滅係数は,微粒子の断面積と密度をかけた値で 表される.微粒子の断面積は常に一定であるため,密度 が
n
倍になると,消滅係数もn
倍になる.4.2.
実験方法2
つの仮説を確かめるため,物体の材質を以下の3
種類に分けて散乱点分布を作成する.材質
A:
散乱アルベドと消滅係数がどちらも均質 材質B:
散乱アルベドが不均質,消滅係数が均質 材質C:
散乱アルベドが均質,消滅係数が不均質 材質A
の散乱点分布を本調査の基準結果とする.材質A
とB
の散乱点分布を比較することで,仮説1
を確か める.また,材質A
とC
を比較し,仮説2
を検証する.実験手順を図
3
に示す.まず.実験を行うシーンを3
次元空間内に設定する.物体表面をz = 0
の平面と し,z
軸正の方向に向かって無限に物体が続く状態にす る.光源は,(0,0,
−1)
の地点から(0, 0, 1)
の方向へ進 む光線とする.この光線は,物体表面上に存在する座標 系の原点に向かって垂直に入射する.物体の材質につい て,材質A
を設定する場合は,消滅係数と散乱アルベ ドは,どちらも1
つの実数で入力する.材質B
,C
の設 定では,不均質な光学的性質を2
次元テクスチャによっ て入力する.テクスチャはxy
平面に適用し,物体の材 質がz
座標に応じて変化しないようにする.次に,半透明物体内部を進む光をシミュレートする.
パストレーシングを使用し,光を入射点から
1
本1
本追 跡する.光が物体外部に出射した場合,その光の追跡を 終了する.一方で,出射しない光は内部で無限に散乱す るため,追跡実行領域を[
−50, 50]
×[
−50, 50]
×[0, 50]
に制限する.この領域から光が出た場合,追跡を強制的 に終了する.この操作を
100
万本行い,すべての散乱 点の位置を記録する.その後,取得した散乱点を
xy
平面に射影し,散乱 点の2
次元ヒストグラムを作成する.ヒストグラムの 作成領域は,パストレーシングの追跡実行領域よりも小 さい[
−15, 15]
×[
−15, 15]
とする.これは,光の追跡を 打ち切ったことで発生する領域の端の散乱点の減少を,ヒストグラムに反映しないためである.最後に,シミュ レートの施行ごとに点数が変化するため,ヒストグラ ムを正規化する.
さらに,仮説
2
を詳しく検証するため,材質C
のヒ ストグラムに対して,3
種類のスケーリング処理を行う.1
つ目は,密度がn
倍の地点のヒストグラムの値を1/n
倍する処理である.結果から,密度の変化と散乱点の数 の関係を調べる.2
つ目の処理では,光の入射点を基準 として,密度がn
倍の地点にある散乱点の位置をn
倍 する.これにより,1/n倍となった光の進む距離を元に 戻すことを試みる.3
つ目の処理では,密度がn
倍の地 点にある散乱点の位置をn
1/3倍し,ヒストグラムの値 をn
−1/3倍する.これは,媒質の密度をn
倍から基準 値に戻すために,3
次元空間内で体積を1/n
倍にする処 理である.3
種類の処理を行ったヒストグラムが,均質 物体のヒストグラムのように同心円を描くか確かめる.そして,スケーリング処理によって不均質な物体を均質 化できないか検討する.
4.3.
結果散乱点のヒストグラムを図
4
に示す.上段の材質A
のヒストグラムは,α= 0.9, σ
t= 1.0
を基準とし,アル ベドのみをα = 0.1
に変えた場合と,消滅係数のみをz 0 -1
xi
( i ) ( ii )
図
3:
半透明物体内部の光の散乱を解析する手順を,物 体の真横から見た視点で模式化した図.実際の実験で は3
次元空間上で行う.(i)
光源の座標を(0, 0,
−1)
,入 射点x
iの座標を(0, 0, 0)
とし,半透明物体内部の光を パストレーシングによって追跡する.(ii)
追跡結果の散 乱点を取得し,ヒストグラムを作成する.σ
t= 2.0
に変えた結果である.中段は,材質B
の消滅係数を
σ
t= 1.0
に固定し,散乱アルベドを不均質にした結果である.
α = 0.9, 0.1
の2
つの値を,横に並べたstripe
パターンと,入射点を中心に物体を十字に4
分割した
quad
パターンとして設定した.下段では,材質C
の散乱アルベドをα = 0.9
に固定し,消滅係数を不均質 にしている.σt= 1.0, 2.0
の2
つの値を,材質B
と同様 に,stripe
パターンとquad
パターンに設定した.材質
A
の結果では,すべてのヒストグラムが入射点 を中心とした同心円の模様となった.このことから,半 透明物体内部において,光は均一に広がることが基本で あると言える.均質な状態のまま散乱アルベドを変更し ても,ヒストグラムに変化はない.一方で,消滅係数を 大きくすると,中心付近のヒストグラムの値が大きくな り,散乱点が中心へわずかに集まる傾向が確認できた.材質
B
のヒストグラムは,どちらのパターンでも均 質な物体と同じような同心円が現れた.また,ヒストグ ラムの最大値と最小値も,材質A
の結果とほとんど一 致した.材質
C
のヒストグラムは,消滅係数のパターンに よってヒストグラムも変化した.消滅係数の値が大きい 部分で,ヒストグラムの値も大きくなっている.消滅係 数の変化と散乱点の分布が連動していることから,物 体の密度が光の散乱挙動に大きな影響を与えていると 考えられる.また,ヒストグラムの最大値が均質な物体 の結果より大きいため,入射点付近の散乱点数が増加 したとみられる.図
5
は,材質C
のquad
シーンのヒストグラムに対 して,スケーリング処理を行った結果である.σt= 1.0
の消滅係数を基準とし,σt= 2.0
の地点の散乱点をス ケーリングした.上段から,ヒストグラムの値を2
倍し たもの,散乱点の位置を2
倍したもの,散乱点の位置 を2
1/3倍してからヒストグラムの値を2
−1/3倍したも のである.ヒストグラムの値を
1/2
倍したものでは,[
−15, 15]
×[
−15, 15]
の描画領域で,材質A
のヒストグラムのよう な同心円が確認できた.[−5, 5]
×[
−5, 5]
の領域を拡大 すると,σt= 2.0
の中心部分の値が,σt= 1.0
の部分 に比べて少し小さくなっていた.散乱点の位置を2
倍 したものでは,[
−15, 15]
×[
−15, 15]
の描画領域において,σt
= 2.0
の部分でヒストグラムの値が大きくなった.一方,中心付近を拡大すると,σt
= 1.0
の部分に比material A: homogeneous
¾® t = 0.9= 1.0
¾® t = 0.1= 1.0
¾® t = 0.9= 2.0
10-4 10-5 10-6 10-7 material B: heterogeneous albedo
¾t= 1.0
® = 0.1 10-4
10-5 10-6 10-7 pattern: quad pattern: stripe
® = 0.9
material C: heterogeneous density
¾t= 2.0
® = 0.9 10-4
10-5 10-6 10-7 pattern: quad pattern: stripe
¾t= 1.0
10-3
図
4:
半透明物体内部の散乱点の2
次元正規化ヒストグ ラム.描画範囲は[
−15, 15]
×[
−15, 15]
である.べて少し小さくなっていた.散乱点の位置を
2
1/3倍し てからヒストグラムの値を2
−1/3倍したものでは,描画 領域全体でヒストグラムの値が大きくなっていた.また[
−5, 5]
×[
−5, 5]
の領域では,中心に近い部分がほぼ同 心円となっていた.これらより,quad
パターンにおい て,ある1
つの値でスケーリング処理を行っても,ヒス トグラムが完全に同心円状にならないことがわかった.4.4.
考察物体に設定した散乱アルベドが変化した場合,散乱 点分布に変化は無く,散乱アルベドが光の散乱現象に影 響を与えていなかった.したがって,仮説
1
が正しいこ とがわかった.半透明物体内部の光の散乱経路や領域を モデル化する際,散乱アルベドを可変なパラメータと して考慮する必要はないと考えられる.消滅係数が変化すると,ヒストグラムの値も大きく 変化した.これより,光の散乱挙動を考える上で,密度 は重要なパラメータであることがわかった.しかし,ス ケーリング処理では,均質な物体と同じようなヒスト グラムを作成できなかった.このことから,仮説
2
は成 立せず,定数によって散乱点を移動した場合,均質物体 と同じような散乱現象を再現できないことがわかった.一方,スケーリング処理において,σt
= 2.0
の領域 に存在する散乱点の位置を2
倍した場合,中心付近の ヒストグラムの値はσ
t= 1.0
の領域より小さく,外側 に広がるにつれて大きくなった.このことから,中心か らの距離に応じて散乱現象の傾向が変化したと考えら れる.散乱地点の密度だけでなく,光の入射点との距離 も考慮したスケーリング処理が有効な可能性がある.[-15, 15] × [-15, 15] [-5, 5] × [-5, 5]
10-4 10-5 10-6 10-7 10-3 Histogram value × 1/2
Scattering point position × 2
[-15, 15] × [-15, 15] [-5, 5] × [-5, 5]
10-4 10-5 10-6 10-7 10-3
Scattering point position × 21/3 , Histogram value × 2-1/3
[-15, 15] × [-15, 15] [-5, 5] × [-5, 5]
10-4 10-5 10-6 10-7 10-3
図
5:
材質C
のquad
シーンにおいて,σt= 2.0
の地点 にある散乱点の位置とヒストグラムの値に対してスケー リング処理を行った結果.5. 今後の課題
不均質な半透明物体を既存の
BSSRDF
モデルでレン ダリングする場合,光の散乱経路のパラメータ化が必要 である.Sone
ら[4]
やElek
ら[10]
は,光の散乱領域に 注目し,光学的性質を平均した.一方で,均質な物体を想定した
BSSRDF
モデルは,光の入射点と出射点の距離を入力としている.したがって,不均質な物体を通過 した光の入射点と出射点間の距離を,均質な物体を通 過したときの距離に変換することができれば,より効 果的に既存の
BSSRDF
モデルを使用できると考える.新たに不均質な半透明物体を想定した
BSSRDF
モデ ルを作成する場合,表面下散乱をどの現象とみなすか 検討する必要がある.均質な物体では,拡散とみなすこ とで拡散方程式を解くことができた.不均質な物体に おいても拡散とみなして良いのか,もしくは別の現象 が適しているのか,光学現象を調査して最適なものを 見つける.6. 結論
不均質単層な半透明物体のレンダリングにおける
BSSRDF
モデルの使用を検討するため,半透明物体内部で発生する光の散乱挙動の解析を行った.既存の
BSSRDF
モデルを不均質な物体のレンダリングに適用し,画質を評価した.その結果,物体の材質と光源,評 価指標の違いによって,パストレーシングを用いた画像 に最も近いレンダリング結果となる
BSSRDF
モデルが 異なった.また,BSSRDF
モデルを用いたレンダリン グ結果は,明らかにパストレーシングを用いた画像と 異なる見た目になった.このことから,不均質単層な半 透明物体は,既存の手法とBSSRDF
モデルによって写 実的にレンダリングすることが難しく,不均質さの考慮 方法が課題であることがわかった.また,パストレーシングを用いた散乱点の分布の調 査を行った.散乱アルベドを不均質にしても分布に変化 がなかったため,物体の色の変化は光の散乱に影響し ないことがわかった.消滅係数を不均質にした場合は,
消滅係数の変化に伴い分布も大きく変わった.しかし,
散乱点の位置における消滅係数を使用したスケーリン グ処理では,散乱点の分布を均質と同様の結果にする ことができなかった.今後は,不均質な物体を,密度の 変更以外の方法で均質とみなす方法を模索する.
本研究で行った散乱挙動の解析を基に,不均質な半 透明物体における光の散乱挙動をより正確に近似する 方法を開発する.そして,
BSSRDF
モデルを用いた写 実的なレンダリング方法の提案につなげる.参考文献
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