「年史資料展示室」の開設から1年をふり返って
著者 熊 博毅
雑誌名 阡陵 : 関西大学博物館彙報
巻 55
ページ 8‑9
発行年 2007‑09‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/00023965
「年史資料展示室」の開設から
1 年をふり返って
平 成18年10月15日、関西大学簡文館の1階 に「年史賓料展示室」がオープンしてから早く
も1年が過ぎようとしている。
明 治19年11月4日 、 大 阪 西 区 京 町 堀 の 顛宗 寺というお寺で誕生した、関西大学の前身であ る 関 西 法 律 学 校 の 開 校 か ら 数 え て 、 平 成18年 は2度目の還暦、すなわち創立120周年という 佳節にあたった。120年の歴史を有する大学と しては、みずからの越し方をさまざまな資料や 解説で理解してもらう展示室はぜひとも必要で ある、というのが「年史資料展示室」設樅の理 由であるが、そこに至るまでの経過は簡単なも のではなかった。まずは「年史質料展示室」開 設までのあゆみをふり返ってみよう。
「新関西大学会館」のロビーで資料展示
簡文館のなかに専用の展示室ができるまで、
大学史の資料は新関西大学会館のロビーで展示 していた。平成8年に関西大学の新しい顔とし て正門の左右に新関西大学会館が完成し、翌9
年2月から展示ケース6台を使用して年史資料 を展示したのが、その始まりである。
新関西大学会館での資料展示
以後、南棟1階のインフ ォメーションロピー で 常 設 的 に 展 示 を 行 う よ う に な っ た が 、 平 成
18年に簡文館へ移動するまでの9年あまりの間 には「関西大学創設期展」「関西大学史展」「関 西大学墨跡展」「関西大学経済学部・商学部創 設100年記念展示」といった企画展示も行って
いる。
東西学術研究所跡を年史資料展示室に
平 成18年4月 、 そ れ ま で 東 西 学 術 研 究 所 、
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熊 博 毅
経済 ・政治研究所、法学研究所の3つに分かれ ていた人文・社会科学 系研究所の事務室が
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つ にまとまり、研究所事務室として再編されるこ とに伴い、節文館のなかにあった東西学術研究 所 事 務 室 が 児 島 惟 談 館 へ 移 転 す る こ と に な っ た。学内の事務組織が大きく移動する時期でも あったため、その跡地は、しばらくの間、空き スペースとなっていたが、東西学術研究所の隣 で年史編築室が資料の収集・整理・保存や 「120年史」の編築作業を進めていたこともあり、最 終的に年史編築室が利用することになった。
そ こ で 年 史 編 築 室 で は 、 学 内 の5ヵ所に分 散保管していた年史汽料や図書を一括保管する ため、 6月に移転作業を行い、同時に旧東西学 術研究所事務室と所長室の2室を展示室にする べく学校法人と交渉を行い、 7月下旬にその了 解を得ることができた。
ちょうどそのころ、 年 史 編 蘇 室 で は 、 創 立
120周 年 記 念 事 業 の 一 現 と し て 「関西大学120
年 史」と 『関西大学120年のあゆみ」(写真集)
の角扁築に忙殺されていた。特に、 「関 西 大 学
120年のあゆみ
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(写真 梨)は、記念式典ならびに記念校友総会での記念品の1つとされるた め、 10月15日 ま で の 完 成 を め ざ し て 編 築 作 業 が大詰めを迎えていた。そういうさなかに展示 室の開設が新たな業務として付け加わったので ある。
そして120周年の佳節に開設する年史資料展 示室も、創立120周年記念校友総会が開かれる
10月15日にオープンすることが決定したため、
「120年史』「120年のあゆみ」(写真集)、展示室 の三者が同時に進行する事態となった。残され た時間は2ヵ月もなく、夏季休業をはさんで、
展示室の開設雄備は時間との競争になった。 開設準備
8月3日に専門の業者2社から展示室のデザ イン案についてプレゼンテーションを受けたの ち、業者選定の学内手続きを終え、決定した会 社と具体的な作業を始めたのは9月に入ってか
らのことであった。
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研究所の所長室や事務室として使われていた 部屋を展示室にすることから、電気関係や壁回り など、全面的な改修工事が必要であった。そうし た工事と並行して展示のプランも進められた。
改修工事が進む常設展示室
「年史資 料 展 示 室」は、 常 設 展 示 室 と 企 画 展 示室の2室から成っている。
常設展示室では、創立期から現在までを5つ の時代に分け、それまで使用していた展示ケー ス を 時 代 区 分 ご と に 充 当 さ せ た。そ し て 展 示 ケースのうえに、それぞれの時代の概要をまと めた解説と写真を掲載したパネルを展示し、来 室者に理解してもらうようにした。
一方、企画展示室は写真パネルを四方に取り つけた展示フレームを部屋の中央に据え、周囲 に 縦 型 の 大 型 展 示 ケ ー ス と 、 他 大 学 が 刊 行 し た年史図書を並ぺた紺架を配樅するレイアウト にした。建学の精神に立ち帰るという趣旨から オープニングのときの企画展示テーマは「創立 の時代に想いをはせて」とした。
写真の展示フレームを中央に据えた企画展示室 オープン後のあゆみ
平 成18年10月15日の 記 念 校 友 総 会 当 日、年 史賓料展示室には卒業生や大学関係者あわせて
405人が訪れた。母 校 の 歴 史 を 分 か り や す く 理 解できる年史資料展示室が完成したことに対す
る賞賛の声も多数頂戴した。
「 年 史 資 料 展 示 室 」 の 開 設 を 計 画した当初、 コンセプトの柱としたのは、簡文館のなかにあ るt尊物館と相まって関西大学の文化ゾーンを形 成するということであった。そのため、あらゆ
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る機会を利用して見学のPRを行い、平成19年
4月からは学内の教育職員に対しても新入生や ゼミ生への導入教育の一環として膊物館と年史 資料展示室を見学してもらいたいと呼びかけた のである。そ の 結 果、夏休み ま で の4ヵ月で 約4100人が年史資料展示室の見学に訪れた。 簡文館が登録有形文化財に登録
関西大学では、かねてから博物館を中心に、
簡文館を国の登録有形文化財としてもらうべく 文 化 庁 に 申 請 し て い た。審 議 の 結 果、 平 成19
年3月に登録有形文化財として登録されること になった。関西大学の建築物としては初めての 登録である。
簡文館は昭和3年に大学図書館として建設さ れ 、 さ ら に 昭 和30年 に 大 幅 な 増 築 工 事 を 受 け た。このとき、増築建物の設計を担当したのは 昭 和42年 に 文 化 勲 章 を 受 け た 村 野 藤 吾 氏 で あ る。簡文館が登録有形文化財として登録された 理由としては、昭和初期に建てられた大学図書 館の特徴を今によ く伝えていることと、村野作 品の 1つであることなどが挙げられている。
年史資料展示室では、簡文館が登録有形文化 財 と なった こ と を 記 念 し て 、 平 成19年4月 か ら「筋文館ものがたり」という企画展をスター トさせた。この展示は、都市現境工学部 (建築 学科)の学生などをはじめとして、各方面から 好評を得ている。
展示室の今後
現在、大学には従来の教育・研究ということ に加えて社会貢献ということが強く求められて いる。この 視 点 に 立 て ば、 年 史賓 料 展 示 室 が 対象とする人びとは、在学生や教職員だけでな く、卒業生や在学生の父母、地域の人びとや大 学にやってくる高校生など、 多岐に及ぶよう に
なる。
簡文館にある博物館は「開かれた大学」を地 域に具現化する存在の 1つであるし、年史資料 展示室もまた同じ性格を有している。
多 彩な人びとを迎え入れることで、関西大学 の過去・現在・未来の座標庫iiiのなかから、関西 大学の行く末を考えてもらう場の1つに年史資 料展示室はなるべきであろう。今後どのような 展示を行うべきか、という問いに対する答えも、
そうした視点から自ずと禅き出されてくるかも しれない。オープンから 1年 が 経過しようとす る今、あらためてその気持ちを強くしている。