福島原子力発電所事故と避難民
― The Guiding Principles on Internal Displacement
(国内避難民に関する指導原則)と国内判例 Fukushima nuclear power plant accident and displaced
people:
The Guiding Principles on Internal Displacement and the relevant domestic cases
石橋 可奈美 ISHIBASHI Kanami
東京外国語大学 Tokyo University of Foreign Studies
はじめに
1. 福島原子力発電所事故の現状
1.1. 事故と事故後の経緯
1.2. 避難民の現状
2. 国内避難民に関する指導原則の適用可能性
2.1. 国連人権理事会の普遍的審査
2.2. 帰還への半強制と国内避難民に関する指導原則
3. 国内判例の動向 3.1. 前橋地裁判決 3.2. 千葉地裁判決 3.3. それ以降の判決
おわりに 国内避難民としての被害者救済―国内裁判所の役割
キーワード:福島原子力発電所事故、国内避難民指導原則、避難者、損害賠償、帰還しない自由 Key Word:Fukushima nuclear power plant accident, Guiding Principles on Internal
本稿の著作権は著者が所持し、クリエイティブ・コモンズ表示 4.0 国際ライセンス(CC-BY) 下に提供します。
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
Displacement, evacuees, damages, freedom not to return
【要旨】
本稿では、福島原子力発電所事故後、すでに7年が経過し、福島からの避難者に対する支援 打ち切りが始まり、除染が済んだとされる区域への帰還が促されていることに対して、国連の 国内避難民指導原則(Guiding Principles on Internal Displacement)との関係で、その国際法的 な意味を問う。国際的には、同原則に基づき、避難者らが福島に帰還することは強制されない。
しかし、実際には、支援打ち切りによる経済的な困窮から、帰還を余儀なくされるケースもあ り(本稿ではこれを「半強制帰還」と位置づける)、昨今行われた国連人権理事会の普遍的レビ ューでも、懸念が示されている。日本政府は、帰還プロセスへの男女参加については積極的な フォローアップを表明しているが、他方で、支援打ち切りへの対処には消極的である。この点 で、国内判例において、避難者らの「ふるさと喪失」に対する精神的損害を認め、「帰還しない 自由」を認めた事案が出始めたことは注目に値する。国連の国内避難民指導原則の趣旨に沿う 重要な国内実行として評価されるべきと考える。
summary
In this paper, the international legal meaning of the discontinuance of support for evacuees from Fukushima in relation to the United Nations Guiding Principles on Internal Displacement.
Based on the Guiding Principles, evacuees are not compelled to return to Fukushima. However, in fact, due to the economic difficulties from discontinuation of support, there are cases where evacuees are forced to return (this is considered as “practically forced return” in this paper), and those are clearly concerned in the universal review of the UN Human Rights Council. The Japanese government has expressed active follow-up on male and female participation in the evacuees’ return process, but on the other hand it is reluctant to deal with the issue of discontinuance of support. In this respect, it is worth noting that in the ruling of the Chiba District court, evacuees’ mental damage to “loss of hometown” was recognized and “freedom not to return” was admitted. I think that it should be evaluated as an important national implementation that follows the purpose of the United Nations IDP Guiding Principles.
はじめに
福島原子力発電所事故が発生して、7 年という月日が経過した。この間、事故の被害を最小 に食い止めるための工夫がさまざまになされ、また、被害を受けた人々に対する暫定的な法的 政治的対応もなされてきた。
Displacement, evacuees, damages, freedom not to return
【要旨】
本稿では、福島原子力発電所事故後、すでに7年が経過し、福島からの避難者に対する支援 打ち切りが始まり、除染が済んだとされる区域への帰還が促されていることに対して、国連の 国内避難民指導原則(Guiding Principles on Internal Displacement)との関係で、その国際法的 な意味を問う。国際的には、同原則に基づき、避難者らが福島に帰還することは強制されない。
しかし、実際には、支援打ち切りによる経済的な困窮から、帰還を余儀なくされるケースもあ り(本稿ではこれを「半強制帰還」と位置づける)、昨今行われた国連人権理事会の普遍的レビ ューでも、懸念が示されている。日本政府は、帰還プロセスへの男女参加については積極的な フォローアップを表明しているが、他方で、支援打ち切りへの対処には消極的である。この点 で、国内判例において、避難者らの「ふるさと喪失」に対する精神的損害を認め、「帰還しない 自由」を認めた事案が出始めたことは注目に値する。国連の国内避難民指導原則の趣旨に沿う 重要な国内実行として評価されるべきと考える。
summary
In this paper, the international legal meaning of the discontinuance of support for evacuees from Fukushima in relation to the United Nations Guiding Principles on Internal Displacement.
Based on the Guiding Principles, evacuees are not compelled to return to Fukushima. However, in fact, due to the economic difficulties from discontinuation of support, there are cases where evacuees are forced to return (this is considered as “practically forced return” in this paper), and those are clearly concerned in the universal review of the UN Human Rights Council. The Japanese government has expressed active follow-up on male and female participation in the evacuees’ return process, but on the other hand it is reluctant to deal with the issue of discontinuance of support. In this respect, it is worth noting that in the ruling of the Chiba District court, evacuees’ mental damage to “loss of hometown” was recognized and “freedom not to return” was admitted. I think that it should be evaluated as an important national implementation that follows the purpose of the United Nations IDP Guiding Principles.
はじめに
福島原子力発電所事故が発生して、7 年という月日が経過した。この間、事故の被害を最小 に食い止めるための工夫がさまざまになされ、また、被害を受けた人々に対する暫定的な法的 政治的対応もなされてきた。
しかし、昨今、こうした様々な「暫定的な」措置については、終了され、事故対応は第二段 階に入った。そうした対応のうち、最も懸念されているのが、2017年3月31日をもって自主 避難者(区域外避難者)らに対する住宅の無償提供等の支援打ち切りがなされたことである。
公的補助により、無償で仮設住宅や民間の賃貸住宅での避難生活を続けてきた避難者らが、支 援打ち切りにより、こうした住宅の費用を負担しなければならず、避難先での生活を続けるこ とが困難になってきている。
そもそも国連は、事故直後に実施された調査により、日本政府が設定している、20mSv(ミ リシーベルト、以下mSvと表記)という放射線量基準は高く設定されすぎており、国際的に安 全だとされる1mSvとすべきことを勧告してきた。これに対して、日本政府は、チェルノブイ リ原子力発電所事故の場合には、事故直後には100mSvという基準が設定されており、以降段
階的に20mSvに引き下げられたことなどから、その合理性を強調してきた。しかし、ここに至
り、国連人権理事会の普遍的レビューの中で、より具体的に福島原子力発電所事故への対応に ついての問題が指摘されるようになり、政府としては対応を迫られている。
この中で、もっとも難しいのが、福島の再生・復興という観点から避難者の帰還がどこまで 促される得るのかという点である。国連の国内避難民の指導原則との関連で、避難者らの「帰 還」がどのように促されるべきか、いかなる法的位置づけが適切か、問われることになる。本 稿では、この点で、国内裁判所が重要な役割を果たしつつあることを指摘する。
1. 福島原子力発電所事故の現状 1.1. 事故と事故後の経緯
事故の最中において、人権保護が十分になされていたか、それを問うことは確かに難しいこ とと言える。この事故の直後の対応における最大の問題は、避難指示における混乱にあったと 言える。
事故直後、政府は、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)での検討 結果に不安を感じ、SPEEDI が示唆した放射線の拡散方向への避難を地域住民に対し指示して しまうというミスを犯した。その後、子どもの甲状腺がんの検査が行われてきたが、やはり甲 状腺がんが少なからず発見されている1)。もちろん、避難指示との因果関係は立証困難であろ うが、しかし、避難を命じられた住民にとっては、当該地域において避難時に放射能レベルが 高かったことについて無関心ではいられないであろう。
また、避難指示が、さみだれ式に拡大されて出されたことも、地域住民に混乱や不安を与え たと考えられる。すなわち、事故当日、半径2キロ圏内の避難が指示された後、約30分後には 3キロ圏内に修正され、その8時間後の翌朝には10キロ圏内、そのまた約半日後には20キロ
圏内へと避難指示2)は、拡大していった。避難指示のこうした変更が、住民に対して不安を増 強させ、ストレスの一端となったことはほぼ間違いない3)。
1.2 避難民の現状
東電は、避難を余儀なくされた人々に対して、一律月額10万円を支給することとした4)。避 難者は、就労が困難である場合には、失業手当として就労によって得ていた収入が全額補償さ れ、支給される他、家屋や土地(農耕地)に対しても数百万からの補償を受けられた。
東電が月額10万円を支給していた措置は、当該避難者が従前の居住区に帰宅すると停止され るため、支給を打ち切られることを恐れて、帰宅を望まない避難者が出ており、復興に支障が 出ているとの批判もなされたが5)、しかし、突然の事故によって避難を余儀なくされた人々に とって、生活保障は必須であったと言えよう。とくに、この月額10万円の支給については、税 金がかからず、また子どもであっても支給されたため、世帯者にとっては、意義ある補償とな ってきたと言えよう。
政府は、「避難指示は、ふるさとに戻りたいと考える住民の方々も含めて、一律の避難を求め る措置です。避難指示の解除は、こうした状態を解消し、戻りたいと考えている住民の方々の 帰還を可能にするものです。帰還するかしないかはあくまで個人のご判断によるものであり、
政府が避難指示を解除したからといって帰還を強制されるものではありせん。」6)と述べて、避 難指示解除がなされたとしても、帰還は強制されないことを明確にしている。
避難指示解除の要件としては、
①空間線量率で推定された年間積算線量が20mSv以下になることが確実であること
②電気、ガス、上下水道、主要交通網、通信など日常生活に必須なインフラや医療・介護・郵 便などの生活関連サービスが概ね復旧すること、子どもの生活環境を中心とする除染作業が十 分に進捗すること
③県、市町村、住民との十分な協議
などとされてきたが、この要件を満たすようになったとして、2017年3月31日に、一部の区 域に対して避難指示解除が行われることが決定した。しかし他方で、このような政府の方針(避 難者の帰還による地域の再生)とほぼ平行して、東電の補償が打ち切られることが決定した。
一時的な補償は、生活補償として行われていたが、現在では、より包括的な補償を求めて全 国で30件ほどの訴訟が提起され、原告数は1万人規模とも言われ、水俣事件の原告数を超える 規模である。とくに、政府が、「避難指示解除準備区域」と「居住制限区域」の 2 区域(約 5 万5000人)について、避難指示を解除する方針を明らかにしたため、東電も、これを受けて、
月々の生活保障としての10万円の支給を2018年3月末で打ち切ると発表した。しかし、その
後、「打ち切り」ではなく、一括払いという形で、700万円の支給が決定した。東電は、23年3 月に一時金として150万円、以降24年6月から5年間にわたり、月々10万円、計600万円の 支給をしており、これに一括払いという形の慰謝料が加われば、1450万円の支払いがなされる ことになった 。
2. 国内避難民に関する指導原則の適用可能性 2.1. 国連人権理事会の普遍的審査
2017年11月に開かれた国連加盟国の人権状況を審査する国連人権理事会の普遍的定期的審 査(UPR)の作業部会で、217 の対日勧告が出された。その中でオーストリア、ドイツ、ポル トガル、メキシコは、福島原発事故対応に関して、それぞれ区域外避難者を含む被害者への継 続的な支援と健康モニタリング、許容放射線量を年間1mSvに戻すこと、帰還に関する意思決 定プロセスへの住民参画のための「国内避難民に関する指導原則」の適用、医療サービスへの アクセスの保証を勧告し、日本はこれら勧告に対する回答を行った。
勧告は以下のようなものであった。
161.214. 福島の高放射線地域からの自主避難者に対して、住宅、金銭その他の生活援助
や被災者、特に事故当時子供だった人への定期的な健康モニタリングなどの支援提供を 継続すること。(オーストリア)
161.215. 男性及び女性の両方に対して再定住に関する意思決定プロセスへの完全かつ
平等な参加を確保するために、福島第一原発事故の全ての被災者に国内避難民に関する 指導原則を適用すること。(ポルトガル)
161.216. 特に許容放射線量を年間 1mSv以下に戻し、避難者及び住民への支援を継続す
ることによって、福島地域に住んでいる人々、特に妊婦及び児童の最高水準の心身の健 康に対する権利を尊重すること。(ドイツ)
161.217. 福島原発事故の被災者及び何世代もの核兵器被害者に対して、医療サービスへ
のアクセスを保証すること。(メキシコ)7)
これらの勧告を受けて、日本政府は、以下のように回答している。
161.214. フォローアップすることに同意する。東京電力原子力事故により被災した子ど
もをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策 の推進に関する法律などに基づき、必要な支援を行っている。また、福島県は、県民健 康調査などを行っている。
161.215. フォローアップすることに同意する。我が国は指導原則の趣旨は尊重しており、
男性及び女性のプロセスへの参加を確保すべく尽力していく。
161.216. フォローアップすることに同意する。
161.217. フォローアップすることに同意する。我が国においては、国民皆保険制度によ
り、何人も医療サービスへのアクセスが保障されている。また、広島及び長崎における 原子爆弾の被爆者に対しては、原子爆弾被爆者援護法に基づく追加の支援を実施してい る。(なお、原子爆弾の被爆二世については、原子爆弾の放射線による遺伝的影響があ るという科学的知見は得られていないため、被爆者と同様の支援を検討することは考え ていない。)8)
しかし、この「フォローアップ」するという回答は、勧告への回答としてはもっとも積極的 な回答ではあるのだが、必ずしも勧告内容の実現がただちに図られるというものではないこと に留意する必要がある。
たとえば、オーストリアからの勧告では、「161.214. 福島の高放射線地域からの自主避難者 に対して、住宅、金銭その他の生活援助や被災者、特に事故当時子供だった人への定期的な健 康モニタリングなどの支援提供を継続すること。」とあり、自主避難者に対する住宅・金銭その 他の生活援助が継続されるべきことが明確に述べられている。しかし、実際には、本回答をし た時点で避難者らは「支援打ち切り」に直面していたのである。まず、一番大きかったのは、
福島県が行っていた住宅支援の打ち切りである。福島県からの避難者は、災害救助法の適用に より、避難指示区域内外を問わず、仮設住宅が無償提供されてきた。しかし、福島県は避難者 らへの住宅支援を2017年3月末で打ち切るとの方針を発表し、そして実施した。その対象は原 発事故の避難指示区域外からの自主避難者や、地震や津波に被災して仮設住宅で暮らす計1万 524世帯、2万6601人(昨年 10月末時点)、避難先は45都道府県に及ぶという9)。福島県は、
支援打ち切り後も、所得の低い世帯には引き続き家賃の一部補助をすることを決定したが、し かし、決して十分な補償とは言えない(月額上限3万円程度)10)。多くの避難者は、健康被害 への不安から、避難先に留まる傾向、留まりたいと考える傾向があるが、支援打ち切りにより そうした選択自体が困難になる状況が生じている。
こうした状況に対し、避難先の自治体が、独自の支援を実施するという動きも見られるが11)、 それは法的に制度化されているわけではないため、避難者の生活は極めて不安定になっている。
また、「161.216. 特に許容放射線量を年間 1mSv 以下に戻し、避難者及び住民への支援を継 続することによって、福島地域に住んでいる人々、特に 妊婦及び児童の最高水準の心身の健康 に対する権利を尊重すること」としたドイツの勧告に対しても、日本政府は、「フォローアップ することに同意する」とするが、ここにも「フォローアップ」についてのあいまいな姿勢が表 れている。
すなわち、政府は、事故発生以来、20mSvを避難の基準として設定するなどして、許容放射
161.216. フォローアップすることに同意する。
161.217. フォローアップすることに同意する。我が国においては、国民皆保険制度によ
り、何人も医療サービスへのアクセスが保障されている。また、広島及び長崎における 原子爆弾の被爆者に対しては、原子爆弾被爆者援護法に基づく追加の支援を実施してい る。(なお、原子爆弾の被爆二世については、原子爆弾の放射線による遺伝的影響があ るという科学的知見は得られていないため、被爆者と同様の支援を検討することは考え ていない。)8)
しかし、この「フォローアップ」するという回答は、勧告への回答としてはもっとも積極的 な回答ではあるのだが、必ずしも勧告内容の実現がただちに図られるというものではないこと に留意する必要がある。
たとえば、オーストリアからの勧告では、「161.214. 福島の高放射線地域からの自主避難者 に対して、住宅、金銭その他の生活援助や被災者、特に事故当時子供だった人への定期的な健 康モニタリングなどの支援提供を継続すること。」とあり、自主避難者に対する住宅・金銭その 他の生活援助が継続されるべきことが明確に述べられている。しかし、実際には、本回答をし た時点で避難者らは「支援打ち切り」に直面していたのである。まず、一番大きかったのは、
福島県が行っていた住宅支援の打ち切りである。福島県からの避難者は、災害救助法の適用に より、避難指示区域内外を問わず、仮設住宅が無償提供されてきた。しかし、福島県は避難者 らへの住宅支援を2017年3月末で打ち切るとの方針を発表し、そして実施した。その対象は原 発事故の避難指示区域外からの自主避難者や、地震や津波に被災して仮設住宅で暮らす計1万 524世帯、2万6601人(昨年10月末時点)、避難先は45都道府県に及ぶという9)。福島県は、
支援打ち切り後も、所得の低い世帯には引き続き家賃の一部補助をすることを決定したが、し かし、決して十分な補償とは言えない(月額上限3万円程度)10)。多くの避難者は、健康被害 への不安から、避難先に留まる傾向、留まりたいと考える傾向があるが、支援打ち切りにより そうした選択自体が困難になる状況が生じている。
こうした状況に対し、避難先の自治体が、独自の支援を実施するという動きも見られるが11)、 それは法的に制度化されているわけではないため、避難者の生活は極めて不安定になっている。
また、「161.216. 特に許容放射線量を年間 1mSv 以下に戻し、避難者及び住民への支援を継 続することによって、福島地域に住んでいる人々、特に 妊婦及び児童の最高水準の心身の健康 に対する権利を尊重すること」としたドイツの勧告に対しても、日本政府は、「フォローアップ することに同意する」とするが、ここにも「フォローアップ」についてのあいまいな姿勢が表 れている。
すなわち、政府は、事故発生以来、20mSvを避難の基準として設定するなどして、許容放射
線量の値を国際的な水準をかけ離れたところに設定してきている。
にもかかわらず、
(1)東電福島第一原発事故においては、放射線防護に関する国際基準として広く認められ ている国際放射線防護委員会(ICRP)の考え方を基本に、放射線防護に関する国内外の 専門家の意見も踏まえつつ、放射線防護の措置を講じてきた。
(2)避難については、住民の安心を最優先し、事故直後の1年目から、ICRPの示す年間
20mSv~100mSvの範囲のうち最も厳しい値に相当する年間20mSvを避難指示の基準と
して採用した12)。
と説明して、その適切性を強調した。
そして、実際の避難指示は、事故後1年間の被ばく線量の合計(積算線量)が20mSvになり そうな区域のうち、第1原発から20km圏外の区域を「計画的避難区域」(住民に対して避難が 指示された)、第1原発から20~30km圏内を「緊急時避難準備区域」(緊急時に屋内退避か避 難してもらうとした)、第1原発から20km圏内は例外をのぞき立ち入りを禁止する「警戒区域」
とした。「警戒区域」や「計画的避難区域」以外でも、風向きや地形によって、事故後1年間の 積算線量が20mSv以上になると予想された地域(ホットスポット)もあって、そのような区域 は「特定避難勧奨地点」とされ、避難が促された。
これらのうち、事故への緊急対応の必要性から設定されていた、「緊急時避難準備区域」と「特 定避難勧奨地点」については、その後解除になり、「計画的避難区域」と「警戒区域」が残され、
区分が再定義され、年間積算線量が20mSv以下になることが確実と確認された区域は、住民が 帰還することを前提とした「避難指示解除準備区域」とされた。この区域では、区域内への立 入りが柔軟に認められ、住民の一時帰宅(宿泊は禁止)や病院・福祉施設、店舗等の一部の事 業や営農が再開された。年間積算線量が20mSvを超えるおそれがあって、引き続き避難の継続 が求められる地域は「居住制限区域」と再定義された。この区域においても、住民の一時帰宅 や、道路などの復旧のための立入りは認められることとなった。最後に、年間積算量が50mSv を超えて、5 年間たっても年間積算線量が 20mSvを下回らないおそれがある区域は、「帰還困 難区域」として、引き続き避難が徹底されることとなった。
政府は、この20mSvの基準について、チェルノブイリ原子力発電所における避難指示基準が
100mSvであったのに対して、非常に低い値に設定されている旨述べているが13)、しかし、すで
に2012年及び2013年の時点で、この基準採用についての懸念が、国連人権理事会の特別報告 者であるアナンド・グローバーによる調査(2012年11月15日から11月26日にかけて、達成 可能な最高水準の心身の健康を享受する権利(健康に対する権利)との関連で行った調査)で 示されている。すなわち、グローバー報告は、日本政府に対して、年間 1mSv以上のすべての
地域に居住する人びとに対する健康管理調査を実施することを求めるとともに、すべての避難 者及び地域住民、とりわけ高齢者、子ども、妊婦などの社会的に脆弱な立場にある人が、メン タルヘルスの施設、必要品やサービスを利用できるようにすることに求めた。また、避難区域、
及び放射線の被ばく量の限度に関する国家の計画を、最新の科学的な証拠に基づき、リスク対 経済効果の立場ではなく、人権を基礎において策定し、年間被ばく線量を 1mSv 以下に低減す るよう勧告した14)。
確かに、日本も線量の基準への対策の必要性を感じていたと考えられる。2012年6月に成立 した原発事故子ども・被災者支援法は、その8条で、「支援対象地域」を「その地域における放 射線量が政府による避難に係る指示が行われるべき基準を下回っているが一定の基準以上であ る地域をいう」と規定している。ただし、同法は具体的な線量基準を示していないという点や 妊婦・子どもにのみ対象を限定しているという点で不十分であると言わざるを得ない15)。
そうした中で、2014年には、国連理事会の普遍的審査が実施され、日本政府が「福島に許容 する公衆の被ばく限度が高いこと」や、「数か所の避難区域の解除が決定され、人びとが放射能 で高度に汚染された地域に帰還するしか選択肢がない状況に置かれていること」についての懸 念が改めて示されていた。そして、日本政府は、「福島原発事故の影響を受けた人びとの生命を 保護するために必要なあらゆる措置を講ずるべきであり、放射線のレベルが住民にリスクをも たらさないといえる場合でない限り、汚染地域の避難区域の指定を解除すべきでない」との勧 告がなされていたのである。
2.2 帰還への半強制と国内避難民に関する指導原則
国内避難民に関する指導原則は、「指導原則は、世界各地に存在する国内避難民の具体的な必 要に対処するものである。これらの指導原則は、強制移動からの人々の保護に関連する権利お よび保障ならびに強制移動が継続する間ならびに帰還または再定住および再統合の過程におけ る人々の保護および援助に関連する権利および保障を特定する」ことを目的として採択された。
そして、国内避難民の範囲を「これらの原則の適用上、国内避難民とは、特に武力紛争、一般 化した暴力の状況、人権侵害もしくは自然もしくは人為的災害の影響の結果として、またはこ れらの影響を避けるため、自らの住居もしくは常居所地から逃れもしくは離れることを強いら れまたは余儀なくされた者またはこれらの者の集団であって、国際的に承認された国境を越え ていないものをいう。」としているため、福島原子力発電所事故の放射能被ばくを避けるために、
避難している人々も対象となる。
同指導原則は、強制移動からの保護に関する原則として「すべての人は、自らの住居または 常居所地からの恣意的な強制移動から保護される権利を有する」(原則6.1)とし、
地域に居住する人びとに対する健康管理調査を実施することを求めるとともに、すべての避難 者及び地域住民、とりわけ高齢者、子ども、妊婦などの社会的に脆弱な立場にある人が、メン タルヘルスの施設、必要品やサービスを利用できるようにすることに求めた。また、避難区域、
及び放射線の被ばく量の限度に関する国家の計画を、最新の科学的な証拠に基づき、リスク対 経済効果の立場ではなく、人権を基礎において策定し、年間被ばく線量を 1mSv 以下に低減す るよう勧告した14)。
確かに、日本も線量の基準への対策の必要性を感じていたと考えられる。2012年6月に成立 した原発事故子ども・被災者支援法は、その8条で、「支援対象地域」を「その地域における放 射線量が政府による避難に係る指示が行われるべき基準を下回っているが一定の基準以上であ る地域をいう」と規定している。ただし、同法は具体的な線量基準を示していないという点や 妊婦・子どもにのみ対象を限定しているという点で不十分であると言わざるを得ない15)。
そうした中で、2014年には、国連理事会の普遍的審査が実施され、日本政府が「福島に許容 する公衆の被ばく限度が高いこと」や、「数か所の避難区域の解除が決定され、人びとが放射能 で高度に汚染された地域に帰還するしか選択肢がない状況に置かれていること」についての懸 念が改めて示されていた。そして、日本政府は、「福島原発事故の影響を受けた人びとの生命を 保護するために必要なあらゆる措置を講ずるべきであり、放射線のレベルが住民にリスクをも たらさないといえる場合でない限り、汚染地域の避難区域の指定を解除すべきでない」との勧 告がなされていたのである。
2.2 帰還への半強制と国内避難民に関する指導原則
国内避難民に関する指導原則は、「指導原則は、世界各地に存在する国内避難民の具体的な必 要に対処するものである。これらの指導原則は、強制移動からの人々の保護に関連する権利お よび保障ならびに強制移動が継続する間ならびに帰還または再定住および再統合の過程におけ る人々の保護および援助に関連する権利および保障を特定する」ことを目的として採択された。
そして、国内避難民の範囲を「これらの原則の適用上、国内避難民とは、特に武力紛争、一般 化した暴力の状況、人権侵害もしくは自然もしくは人為的災害の影響の結果として、またはこ れらの影響を避けるため、自らの住居もしくは常居所地から逃れもしくは離れることを強いら れまたは余儀なくされた者またはこれらの者の集団であって、国際的に承認された国境を越え ていないものをいう。」としているため、福島原子力発電所事故の放射能被ばくを避けるために、
避難している人々も対象となる。
同指導原則は、強制移動からの保護に関する原則として「すべての人は、自らの住居または 常居所地からの恣意的な強制移動から保護される権利を有する」(原則6.1)とし、
1.管轄当局は、国内避難民が自らの意思によって、安全に、かつ、尊厳をもって自らの住居も しくは常居所地に帰還することまたは自らの意思によって国内の他の場所に再定住することを 可能にする条件を確立し、かつ、その手段を与える第一義的な義務および責任を負う。管轄当 局は、帰還しまたは再定住した国内避難民の再統合を容易にするよう努める。
2.自らの帰還または再定住および再統合の計画策定および管理運営への国内避難民の完全な参 加を確保するため、特別の努力がなされるべきである(原則28)。
と規定する。
こうした諸原則に照らし、現在、福島原子力発電所事故の避難者らへの住宅支援の打ち切り による、避難者らの帰還が半強制的に促されていることとの整合性が懸念されている。
国連国内避難民に関する指導原則の遵守については、「161.215. 男性及び女性の両方に対し て再定住に関する意思決定プロセスへの完全かつ平等な参加を確保するために、福島第一原発 事故の全ての被災者に国内避難民に関する指導原則を適用すること(ポルトガル)」との勧告に 対して、日本政府が、「161.215. フォローアップすることに同意する。 我が国は指導原則の趣 旨は尊重しており、男性及び女性のプロセスへの参加を確保すべく尽力していく」と回答して いるが、このような回答からも顕著であるように、現状の取り組みは、主として意思決定プロ セスへの男女の平等参加という点に向けられている。しかし、それよりももっと深刻なのは、
経済的支援打ち切りによる半強制的帰還であることを指摘しなければならない。
3. 国内判例の動向
2017年3月の前橋地裁判決以降、30件ほど提起されてきた原子力発電所事故の賠償を求める 訴訟の判決が、2018年8月現在で、7件ほど出ている。一連の訴訟の中でも最初に判決を下し た前橋地裁の判決は、福島第一原発事故の生起により、原告らの人格権、とりわけ「平穏生活 権」が侵害されたとして、東電に対する適切な規制権限を行使しなかった国の責任を認め、国 家賠償法に基づく損害賠償を認めた事例である。原告らは、1人あたり、1100万円の損害賠償 を求めたが、認容額は、東電がすでに原告らに支払った慰謝料が損害賠償としてみなされ、総 額で3855万円にとどまったが、何よりも国の責任を認めたという点で、重要な意義を持った判 決であり、その後の各地裁の判決の動向としても、国の責任の有無に関する判断としては、こ の前橋地裁の判断に沿うものがほとんどである。
しかし、本稿との関連で最も注目されるのは、東京電力福島第1原発事故に伴い福島県から 千葉県に避難した18世帯45人が、東電と国に計約28億円の損害賠償を求めた訴訟の判決であ る。千葉地裁は2017年9月22日、東電に対し、17世帯42人に支払い済みの賠償金約6億5000 万円に上積みして計約3億7600万円を支払うよう命じた。
まずは、精神的損害に対する賠償について、前橋地裁判決の判決理由を概観し、その後で千 葉地裁判決の精神的損害の算定基準とされた「ふるさと喪失」についての考察を行う。こうし た考察により、前橋地裁の判断も「人格権」に焦点を当てた点において大変評価されるべき点 があるが、しかし、今日避難者らが直面している現状の半強制的帰還に対する救済としては、
この千葉地裁の判断が極めて有効であり、かつ意義あることが明らかとなる。また、本稿では 今回指摘するに留めるが、千葉地裁判決の後、2017年10月10日福島地裁判決(いわゆる生業 訴訟と呼称)や2018年2月7日東京地裁判決、また最新の事例としての2018年3月22日の福 島地裁いわき支部判決などが「ふるさと喪失」について言及しており、千葉地裁判決との定式 化の違いと認定の枠組みが国連の国内避難民指導原則との関連でどう評価されるのか、今後引 き続き見ていく必要がある。
3.1 前橋地裁判決
前橋地裁判決は、「平穏生活権」が請求の根拠とされるべきことを示した。しかし、以下に述 べるように、裁判所は「平穏生活権」の内容として、後記のように「地域生活」についての諸 権利に触れており、いわゆる「ふるさと」についての権利も意識し請求を認めたものと解され る。しかし、請求原因としては、あくまで、「平穏生活権」の侵害であり、「ふるさと喪失」に 関する慰謝という形ではなかった。
すなわち、裁判所は、慰謝料の請求に関する一部認容を行うに際して、原告らが主張した「平 穏生活権」(原告らの主張によれば、(各種の共同体等から享受する利益の総体としての「ふる さと」を内包するもの。その内実として、 i)平穏生活権、ii)人格発達権、iii)居住移転の自 由及び職業選択の自由並びにiv)内心の静穏な感情を害されない権利。財産権及び生命身体の 権利は含まない。)、又は、上記i)ないしiv))に依拠しつつも、さらに「平穏生活権」の定式 化を行い、「自己実現に向けた自己決定権を中核とした人格権であり、 i)放射線被ばくへの恐 怖不安にさらされない利益、 ii)人格発達権、iii)居住移転の自由及び職業選択の自由並びに iv) 内心の静穏な感情を害されない利益を包摂する権利」とした。そして、判決は以下のよう に「平穏生活権」が基盤とする価値やその重要性につき説示した。
「人は、いかなる人生を歩むか、いかに自己実現をはかるかについての自己決定権を有して いる(憲法13条)。そして、日々の生活が、人間一人ひとりの自己決定権の行使により形成さ れ、自らの個性を発揮して築き上げてきた成果であると同時に、将来において自己決定権を行 使する際の基盤となるものであることからすると、個人の尊厳に最高の価値を置く我が国の憲 法下において、民事上も、平穏な生活が権利又は法的保護に値する利益であることに疑いはな
まずは、精神的損害に対する賠償について、前橋地裁判決の判決理由を概観し、その後で千 葉地裁判決の精神的損害の算定基準とされた「ふるさと喪失」についての考察を行う。こうし た考察により、前橋地裁の判断も「人格権」に焦点を当てた点において大変評価されるべき点 があるが、しかし、今日避難者らが直面している現状の半強制的帰還に対する救済としては、
この千葉地裁の判断が極めて有効であり、かつ意義あることが明らかとなる。また、本稿では 今回指摘するに留めるが、千葉地裁判決の後、2017年10月10日福島地裁判決(いわゆる生業 訴訟と呼称)や2018年2月7日東京地裁判決、また最新の事例としての2018年3月22日の福 島地裁いわき支部判決などが「ふるさと喪失」について言及しており、千葉地裁判決との定式 化の違いと認定の枠組みが国連の国内避難民指導原則との関連でどう評価されるのか、今後引 き続き見ていく必要がある。
3.1 前橋地裁判決
前橋地裁判決は、「平穏生活権」が請求の根拠とされるべきことを示した。しかし、以下に述 べるように、裁判所は「平穏生活権」の内容として、後記のように「地域生活」についての諸 権利に触れており、いわゆる「ふるさと」についての権利も意識し請求を認めたものと解され る。しかし、請求原因としては、あくまで、「平穏生活権」の侵害であり、「ふるさと喪失」に 関する慰謝という形ではなかった。
すなわち、裁判所は、慰謝料の請求に関する一部認容を行うに際して、原告らが主張した「平 穏生活権」(原告らの主張によれば、(各種の共同体等から享受する利益の総体としての「ふる さと」を内包するもの。その内実として、 i)平穏生活権、ii)人格発達権、iii)居住移転の自 由及び職業選択の自由並びにiv)内心の静穏な感情を害されない権利。財産権及び生命身体の 権利は含まない。)、又は、上記i)ないしiv))に依拠しつつも、さらに「平穏生活権」の定式 化を行い、「自己実現に向けた自己決定権を中核とした人格権であり、 i)放射線被ばくへの恐 怖不安にさらされない利益、 ii)人格発達権、iii)居住移転の自由及び職業選択の自由並びに iv) 内心の静穏な感情を害されない利益を包摂する権利」とした。そして、判決は以下のよう に「平穏生活権」が基盤とする価値やその重要性につき説示した。
「人は、いかなる人生を歩むか、いかに自己実現をはかるかについての自己決定権を有して いる(憲法13条)。そして、日々の生活が、人間一人ひとりの自己決定権の行使により形成さ れ、自らの個性を発揮して築き上げてきた成果であると同時に、将来において自己決定権を行 使する際の基盤となるものであることからすると、個人の尊厳に最高の価値を置く我が国の憲 法下において、民事上も、平穏な生活が権利又は法的保護に値する利益であることに疑いはな
い。」(180頁)
「1 平穏生活権の具体的な内実について検討するに、本判決における平穏生活権は、多くの 権利利益を包摂するものと考えられる。すなわち、憲法22条に定める居住移転の自由は、経済 的自由にとどまらず、精神的自由の側面を持ち、一方で移転することにより人の精神的成長が はかられる側面があり、他方で一つの地域に住み続け、その地域の地理的環境を前提にして、
長年にわたって育まれ発展してきた伝統、文化及び生業の全部または一部を継承することを選 択することも居住移転の自由として尊重すべき権利であって、職業選択の自由とともに、自己 決定権の具体的な現れということができる(社会生活全般にわたる権利制限を、憲法13条に根 拠を有する人格権そのものに対する侵害と捉えたものとしてハンセン病熊本地裁判決がある。
本件訴訟においては、居住移転の自由の一類型である生活の本拠から転出しない自由を、被侵 害利益である平穏生活権が包摂する権利利益として捉えることができる。また、各家庭の構成 員には、地域に密着し、当該家庭の特色に即して、教育を授け、これを受ける権利(憲法 23 条及び26条)があり、自ら教育により発達していく権利がある( 以下、この権利を「人格発 達権」ということもある。)。
そして、人は社会的な生き物であり、上記平穏な生活は、私生活と社会生活の双方から捉え ることができる。私生活は、家庭生活( 婚姻関係及び親子関係等)を中核とし、家庭生活にと どまらない身分関係(その他の親戚関係等)により形成されていて、社会生活には、学校生活、
職業生活及び地域生活等があって、それらの多くは複合的かつ継続的に関連している。
原告らには、あらゆる年代の者がいて、男女の別があり、同じ福島県内ではあるものの、本 件事故当時の居住地域が異なるなかで、学校生活を有する者と有しない者、様々な職業に就き、
あるいは様々な事業を営んでいる者、無職の者、既婚者、独身者、父母と生活を共にしている 者、一人暮らしの者、地域に深く密着した生活をよしとして、その学校生活、職業生活及び地 域生活がほぼ重なる者やそうではない者等がいて、本件事故の発生時において様々な生活を営 んでいたものである。
以上のように、本判決における平穏生活権は、権利利益の性質と多様性に加え、原告それぞ れの属性や生活の在り方の多様性を反映したものとして、多くの権利利益を包摂するものとい うことができる。」(180-181頁)
「2 平穏生活権が多くの権利を包摂している点についてさらに説明するに、家庭生活の平穏 について見ると、実務上それ自体が被侵害利益となるものと扱われている(最高裁平成5年(オ)
第281号同8年3月26日第三小法廷判決・民集50巻4号993頁)が、その内実は多様である。
例えば、未成熟子がいる家庭においては、未成熟子が両親とともに共同生活を送ることによっ て享受することのできる父母からの愛情等があるところ、父母の共同生活が生み出すところの
家庭的生活利益等は、未成年の子の人格形成に強く影響を与えずにはいられないものであって、
かつ、人間性の本質にかかわり合うものであることを思うと、被侵害法益が法律上の保護性が 低いということはできない。このように、原告らの中の未成熟子においては、親子関係に基づ く利益は、保護されるべき平穏な家庭生活における利益の一つであるが、親子関係は原告らの すべての家庭に存在するものではない。
地域生活について見ても、人が、一つの地域に生まれ育ち、当該地域の地理的環境を前提に して、長年にわたって育まれ発展してきた伝統、文化及び生業を重んじ、当該地域と密着する 職業を選択し、生涯にわたって地域や人との関係を築いて蓄積し、これを次世代に継承してい こうとすることも、居住移転の自由( 移転しない自由を含む。)、職業選択の自由(選択した職 業を継続する自由を含む。)並びに家庭教育及び社会教育等の授受の自由(人格発達権)として 現れ、人格権として尊重されるべきものである。そして、平穏な地域生活は保護されるべき平 穏な社会生活の一つであるところ、当該地域に生まれ育っていないが、当該地域を生活の本拠 として定め、当該地域における生活環境を重視した生活を選択した原告についても、その自己 決定権が尊重されるべきであると考えられるが、地域生活の重要性は人によって濃淡のあるも のである。
以上のとおり、平穏生活権は、人格権として様々な現れ方をするが、人格権が、個々人の個 性を重視するものである以上、保護されるべき生活の平穏も多様なものとなり、さまざまな権 利利益を包摂しているものと理解される。」(181-182頁)
そして、裁判所は個々の損害の認定に際しては、個別の事情を加味すべきとして、原告 137 名につき、個別の事情を認定し、損害賠償額を算定した。個別の事情とは、裁判所が例示する ように、「本件地震に起因する津波により親族が行方不明になった原告が、本件事故による避難 のため、その行方不明者の捜索の中止を余儀なくされた場合には、それは平穏生活権が侵害さ れた結果であるから、慰謝料額において考慮されるべき事情」、「また、難病に罹患し、治療を 受けていた原告が、本件事故により、治療を受けられなくなった場合」、及び「退職後の第二の 人生として農業を行うために不動産を購入したものの、これによる収入が上げられるようにな る以前に本件事故に遭った原告が、本件事故により、農作物生産者としての途を断念せざるを 得なかった場合、このことが考慮事由」などの事例を挙げている。重要なのは、裁判所も指摘 しているように、人格権、すなわち、ここでの「平穏生活権」には、権利が侵害された時点で、
被侵害利益とされる利益が現に存在していたことを要求されないことを明確にしている点であ る。すなわち、たとえば、最後の例示において、農業での生計が権利の侵害があった時点で成 功していた、ことを求められないということである。
本判決は、「人格権」の1つとされる「平穏生活権」について、原発事故被害者の被侵害利益
家庭的生活利益等は、未成年の子の人格形成に強く影響を与えずにはいられないものであって、
かつ、人間性の本質にかかわり合うものであることを思うと、被侵害法益が法律上の保護性が 低いということはできない。このように、原告らの中の未成熟子においては、親子関係に基づ く利益は、保護されるべき平穏な家庭生活における利益の一つであるが、親子関係は原告らの すべての家庭に存在するものではない。
地域生活について見ても、人が、一つの地域に生まれ育ち、当該地域の地理的環境を前提に して、長年にわたって育まれ発展してきた伝統、文化及び生業を重んじ、当該地域と密着する 職業を選択し、生涯にわたって地域や人との関係を築いて蓄積し、これを次世代に継承してい こうとすることも、居住移転の自由( 移転しない自由を含む。)、職業選択の自由(選択した職 業を継続する自由を含む。)並びに家庭教育及び社会教育等の授受の自由(人格発達権)として 現れ、人格権として尊重されるべきものである。そして、平穏な地域生活は保護されるべき平 穏な社会生活の一つであるところ、当該地域に生まれ育っていないが、当該地域を生活の本拠 として定め、当該地域における生活環境を重視した生活を選択した原告についても、その自己 決定権が尊重されるべきであると考えられるが、地域生活の重要性は人によって濃淡のあるも のである。
以上のとおり、平穏生活権は、人格権として様々な現れ方をするが、人格権が、個々人の個 性を重視するものである以上、保護されるべき生活の平穏も多様なものとなり、さまざまな権 利利益を包摂しているものと理解される。」(181-182頁)
そして、裁判所は個々の損害の認定に際しては、個別の事情を加味すべきとして、原告 137 名につき、個別の事情を認定し、損害賠償額を算定した。個別の事情とは、裁判所が例示する ように、「本件地震に起因する津波により親族が行方不明になった原告が、本件事故による避難 のため、その行方不明者の捜索の中止を余儀なくされた場合には、それは平穏生活権が侵害さ れた結果であるから、慰謝料額において考慮されるべき事情」、「また、難病に罹患し、治療を 受けていた原告が、本件事故により、治療を受けられなくなった場合」、及び「退職後の第二の 人生として農業を行うために不動産を購入したものの、これによる収入が上げられるようにな る以前に本件事故に遭った原告が、本件事故により、農作物生産者としての途を断念せざるを 得なかった場合、このことが考慮事由」などの事例を挙げている。重要なのは、裁判所も指摘 しているように、人格権、すなわち、ここでの「平穏生活権」には、権利が侵害された時点で、
被侵害利益とされる利益が現に存在していたことを要求されないことを明確にしている点であ る。すなわち、たとえば、最後の例示において、農業での生計が権利の侵害があった時点で成 功していた、ことを求められないということである。
本判決は、「人格権」の1つとされる「平穏生活権」について、原発事故被害者の被侵害利益
として全面的に認めた。福島原発事故以来、初めての司法判断であり、その意味で先例的価値 が非常に高いと言える。また確かに判決文はほぼ「ふるさと」と同義で「地域生活」に言及し、
その意味で精神的損害に「ふるさと喪失」も含まれるとの認識に立っていたのは明らかである が、しかし、あくまで請求権は「平穏生活権」としての判断である。半強制的に帰還を余儀な くされる場合の避難者らの選択について直接保護するものではないから、以下に述べる千葉地 裁の判断が、本稿の観点からは重要となる。
3.2 千葉地裁判決
千葉地裁に提起された原発事故賠償金の支払いの根拠として、原告らが求めていたのが、「ふ るさと喪失料」であった。判決は、「ふるさと喪失慰謝料」(但し、この表現については留保し ている)を精神的損害と認めて、賠償金の上乗せを行っており、このことは換言すれば、原告 らが、帰還を望まない場合には、その意思決定が尊重され、慰謝されるということである。政 府が、経済的支援打ち切りにより、実質上、帰還を余儀なくされるケースが生じていることと の関連では、司法による画期的な権利保護であり、国内避難民に関する指導原則の精神に沿う 極めて重要な判断であると言える。
すなわち、裁判所は、「避難生活に伴う精神的苦痛以外の精神的苦痛に係る慰謝料」として、
「避難生活に伴う精神的苦痛以外の精神的苦痛が生じ、その損害が避難生活に伴う慰謝料では 塡補しきれないことはあり得る」との考えに基づき、以下のように述べて、帰還を望まない避 難者らの精神的損害を認定した。避難者らが、帰還しないという意思決定を自由にすることが できる環境を創出したものと言えよう。
「例えば、中間指針第四次追補は、避難指示区域の見直しにより、5 年間を経過しても なお、年間積算線量20mSvを下回らないおそれのある地域として帰還困難区域が設定さ れたが、帰還困難区域は現時点においても避難指示解除及び期間の具体的な見通しが立 っておらず、避難指示が本件事故後6年を大きく超えて長期化することが見込まれてい る状況に鑑み、帰還困難区域に居住していた住民は、「長年住み慣れた住居及び地域が 見通しのつかない長期間にわたって帰還不能となり、そこでの生活の断念を余儀なくさ れた精神的苦痛等」を賠償の対象とすることとした。ここでは、従前暮らしていた生活 の本拠や、自己の人格を形成、発展させていく地域コミュニティ等の生活基盤を喪失し たことによる精神的苦痛という要素が大きく、これらに係る損害は必ずしも避難生活に 伴う慰謝料では塡補しきれないものであるといえる。 また、避難指示解除準備区域に ついては、一応将来の避難指示解除が見込まれる地域とされていたものの、その具体的 な期間は不明であり、居住制限区域についても、避難指示解除までの期間はある程度長
期化されることが見込まれていた現時点では避難指示が解除されたり、解除の見込みが 立っている地域もあるが、やはり相当期間にわたり長年住み慣れた住居及び地域におけ る生活の断念を余儀なくされた面があり、このことによる精神的苦痛も生じたと考えら れる。これらの他、個別・具体的な事情によっては、本件事故により原告らに生じる精 神的苦痛は様々なものがあり得る。
そうすると、本件事故により生じる精神的苦痛に係る損害のうち、避難生活に伴う慰 謝料では塡補しきれないものについては、ふるさと喪失慰謝料と呼称するかどうかはと もかく、本件事故と相当因果関係のある精神的損害として、賠償の対象となるというべ きである。そして、このような精神的苦痛に対する慰謝料の額を算定するに当たっては、
上記各事情のほか、本件事故前の居住地における居住期間、生活の本拠としての役割、
本件事故後の従前の生活の本拠及び周辺コミュニティの状況等諸般の事情を総合的に 考慮すべきである(191-192頁)」。
と述べて、「ふるさと喪失慰謝料」として精神的損害が填補される必要を認め、本稿の観点か らすれば、避難者らに「帰還しない自由」を選択する余地を与えたのである。
3.3 それ以降の判決
千葉地裁判決は、これまでに出された、7 件の原発事故賠償訴訟判決において、唯一、独立 した請求原因としての「ふるさと喪失」についての損害賠償を認めた。以降、3 件の判決、す なわち、2017年10月10日の福島地裁判決、2018年2月7日の東京地裁判決、2018年3月22 日の福島地裁いわき支部判決が「ふるさと喪失」についての判断を求められたが、いずれにお いても独立した請求原因としての損害賠償は認められていない。2017年10月10日福島地裁判 決は、「ふるさと喪失」を独立した精神的損害として慰謝料の請求については認めつつもすでに 慰謝されているとして最終的に賠償を認めなかった。また2018年2月7日の東京地裁判決及び 2018年3月22日の福島いわき支部判決は、区別困難として「ふるさと喪失」を独立した請求 原因とは認めず、他の慰謝料と一括しての認定となった。
ここで、福島地裁判決は、「ふるさと喪失」について積極的な定式化を行った点が注目される。
「生存と人格形成の基盤」そのものの確定的、不可逆的喪失による損害が「ふるさと喪 失」損害、「生存と人格形成の基盤」に依拠してそれを活用することによって実現され ていた「幸福追求の自己実現」を阻害されたことによる損害が、本判決でいう「平穏生 活権」侵害(原告らのいう「包括的生活利益としての人格権」侵害)であると主張して いる・・(中略)原告らの主張を合理的に意思解釈すると、原告らは、本件事故により、
継続的に発生する性質の損害(月ごとに発生する損害として認定されるか、本件口頭弁
期化されることが見込まれていた現時点では避難指示が解除されたり、解除の見込みが 立っている地域もあるが、やはり相当期間にわたり長年住み慣れた住居及び地域におけ る生活の断念を余儀なくされた面があり、このことによる精神的苦痛も生じたと考えら れる。これらの他、個別・具体的な事情によっては、本件事故により原告らに生じる精 神的苦痛は様々なものがあり得る。
そうすると、本件事故により生じる精神的苦痛に係る損害のうち、避難生活に伴う慰 謝料では塡補しきれないものについては、ふるさと喪失慰謝料と呼称するかどうかはと もかく、本件事故と相当因果関係のある精神的損害として、賠償の対象となるというべ きである。そして、このような精神的苦痛に対する慰謝料の額を算定するに当たっては、
上記各事情のほか、本件事故前の居住地における居住期間、生活の本拠としての役割、
本件事故後の従前の生活の本拠及び周辺コミュニティの状況等諸般の事情を総合的に 考慮すべきである(191-192頁)」。
と述べて、「ふるさと喪失慰謝料」として精神的損害が填補される必要を認め、本稿の観点か らすれば、避難者らに「帰還しない自由」を選択する余地を与えたのである。
3.3 それ以降の判決
千葉地裁判決は、これまでに出された、7 件の原発事故賠償訴訟判決において、唯一、独立 した請求原因としての「ふるさと喪失」についての損害賠償を認めた。以降、3 件の判決、す なわち、2017年10月10日の福島地裁判決、2018年2月7日の東京地裁判決、2018年3月22 日の福島地裁いわき支部判決が「ふるさと喪失」についての判断を求められたが、いずれにお いても独立した請求原因としての損害賠償は認められていない。2017年10月10日福島地裁判 決は、「ふるさと喪失」を独立した精神的損害として慰謝料の請求については認めつつもすでに 慰謝されているとして最終的に賠償を認めなかった。また2018年2月7日の東京地裁判決及び 2018年3月22日の福島いわき支部判決は、区別困難として「ふるさと喪失」を独立した請求 原因とは認めず、他の慰謝料と一括しての認定となった。
ここで、福島地裁判決は、「ふるさと喪失」について積極的な定式化を行った点が注目される。
「生存と人格形成の基盤」そのものの確定的、不可逆的喪失による損害が「ふるさと喪 失」損害、「生存と人格形成の基盤」に依拠してそれを活用することによって実現され ていた「幸福追求の自己実現」を阻害されたことによる損害が、本判決でいう「平穏生 活権」侵害(原告らのいう「包括的生活利益としての人格権」侵害)であると主張して いる・・(中略)原告らの主張を合理的に意思解釈すると、原告らは、本件事故により、
継続的に発生する性質の損害(月ごとに発生する損害として認定されるか、本件口頭弁
論終結時点で損害の発生が終了しているものとして定額の損害として認定されるかを 問わない。また「包括的生活利益としての人格権」、「幸福追求の自己実現」として認定 されるか否かを問わない。)を「平穏生活権」侵害による損害として、継続的でなく、
一回的に発生する性質の損害(その意味で、確定的、不可逆的に発生する性質の損害で あり、提訴時点で確定的、不可逆的に発生していたか、提訴後に確定的、不可逆的に発 生したかを問わない。また「包括的生活利益としての人格権」、「生存と人格形成の基盤」
該当性を認定されるか否かを問わない。)を「ふるさと喪失」による損害として、それ ぞれ他方の請求を明示的に除外して請求しているものと解される・・(中略)被侵害法 益として審理の対象となる権利利益の侵害を、原告らの主張する「包括的生活利益とし ての人格権」該当性、「生存と人格形成の基盤」該当性、「ふるさと」該当性、「権利」
該当性を問うことなく、またその被侵害法益が完全に喪失したか否かを問うことなく、
「ふるさと喪失」と定義し、それによる損害を「ふるさと喪失」損害と呼称する。
しかし、このように定式化した上で、すでに賠償がなされているとして、それを超える慰謝 料は認められないとした。
東京地裁判決では、帰還困難やたとえ帰還が可能であってももはや生活基盤が著しく変容し ていることなど、本稿において重視する点なども言及した上で、包括的基盤に関する利益とし て、以下のように定式化している点が注目される。
住居を有した本訴提起時原告らに共通した法的利益の侵害を判断するために、前記第 1 認定の事実から、社会的事実としての共通の被害の実情を抽出すると、下記3で詳述す るとおり、(1)従前属していた自らの生活の本拠である住居を中心とする衣食住、家庭 生活、学業・職業・地域活動等の生活全般の基盤及びそれを軸とする各人の属するコミ ュニティー等における人間関係(以下「本件包括生活基盤」という。)を基盤として生 活を営んでいたところ、突然の本件事故、それによる突然の生活の本拠である住居地及 びその周辺への放射性物質の飛来並びにこれらによる突然の避難指示によって不十分 な情報のもとで避難せざるを得なくなり、かつその避難指示の対象地が極めて広範で、
対象者が膨大であるために衣食住に対する手当が不十分なままの避難をせざるを得な くなったこと、(2)上記避難指示が解除の見通しが立つまでの期間も実際に解除される までの期間も長期化し、そのような状態での長期の避難を余儀なくされたこと、(3)避 難指示解除後帰還しなかった者は、自らの本件包括生活基盤が本件事故前と異なるもの となり、帰還した者についても、上記の意味で避難指示が長期化し、また対象者・対象 地が広範であり、未だ放射性物質による汚染が残存していることもあって、従前属して いた本件包括生活基盤が著しい変容を余儀なくされたこと、(4)上記の意味で長期化し
た避難指示と変容した同基盤等を前提として、避難指示解除の前後を問わず、人生設計 の基本となる自らの生活の本拠地を中核とした本件包括生活基盤及び生活全般をどの ように定めるかについて、本件事故がなかったときに比して、極めて制限された選択肢 の下での決断を余儀なくされる地位に立たされた又は立たされていることということ ができる。
以上のような被害の実情は、まず、従前の生活の本拠である住居からの強制退去と長 期にわたる帰還禁止を余儀なくされた点において憲法22条1項で保障されている居住、
移転の自由に対する明白かつ直接の侵害である。のみならず、本件においては、上記の とおり、本件事故による放射性物質の飛来により、広範囲の地域に及ぶ多数人に対して 避難指示が発せられ、突然それぞれの従前属していた本件包括生活基盤からの隔絶を余 儀なくされたものであり、長期にわたり避難指示解除の見通しが立たないままその状態 が継続した上、結果として長期間にわたりその隔絶が継続したのみならず、引き続き、
同基盤そのものの大幅な変容という事態にさらされるという過去に類を見ない規模の 極めて甚大な被害が生じており、その突然性、地域及び対象者の広範性、長期性、顕著 性に鑑みると、本件事故は、住居を有した本訴提起時原告らの従前属していた本件包括 生活基盤及びそこから享受していた利益を大きく害したものといえる。そして本件包括 生活基盤が安定し、一貫していることは、人間の健全かつ安定的な人格維持、人格形成 及び人格陶冶を図る前提であるから、本来、安定し、一貫して存続することが望まれ、
また、現実にも特段の事情がない以上、相当程度安定し、一貫して存続し、変化が想定 できるとしても緩やかで、変化の前後に連続性のある、概ね予測可能なものであって、
そのことによって、人間が健全かつ安定的に人格を維持し、形成し、陶冶することを可 能としているものである。したがって、従前属していた本件包括生活基盤から利益を享 受していた者にとって、同基盤が一定以上の損傷を被り、同基盤から享受していた利益 が本質的に害され、その者の人格への侵害が一定以上に達したときは、従前属していた 本件包括生活基盤において継続的かつ安定的に生活する利益(以下「本件包括生活基盤 に関する利益」という。)を侵害されたものと解することが相当である。ここで本件包 括生活基盤に関する利益は、人間の人格にかかわるものであるから、憲法 13 条に根拠 を有する人格的利益であると解される。これを本件について見るに、少なくとも、本件 のように突然に、地域と対象者が広範に、長期にわたり、人間を従前属していた本件包 括生活基盤から隔絶させ、同基盤があった場所への帰還が可能となったときにも同基盤 が顕著に変容しているということは、その人格に対する深刻な侵襲であり、本件におい て本件包括生活基盤に関する利益の侵害があることは明らかであって、その程度は高く、