地方自治体における保健計画策定と その体系についての一考察
西 三郎
1. はじめに
地方自治体において保健計画の策定の必要が広くいわれているにもかかわら ず,理論的にもまた実際的にも計画策定方法が明示されていない。このため,
その方法を具体的に提示することを意図してその第一段階として保健計画の実 態の総覧を行うための準備として保健計画の策定とその体系化についての考察
を行ったので報告するO
2. 研究目的と方法
保健計画の必要性が言われていることの検討および医療計画との関係を明ら かにし,保健計画策定方法の開発のための資料とすることを目的とした。
研究対象および方法は,国民健康づくり計画モデル事業を始め先進的な地域 の実態を通覧し,関係者の意見を聴取し,それらを衛生行政学的な視点で分析 し考察を行った。研究結果として 個別事例分析結果は,それぞれの地域での 報告にゆだね,本報告では,保健計画の策定とその体系についての考察を総説 的にまとめた。
3. 保健計画の医療計画 1 )医療法に基づく医療計画
医療計画は,昭和60年12月27日の医療法の改正により都道府県において定め
42 地方自治体における保健計画策定とその体系についての一考察
ることが規定されたO さらに 翌日年8月30日に医療法施行令,同施行規則の 改正および「医療計画についてj等の関連通知が厚生省より出された。これに 伴い,各都道府県は,医療計画の策定作業に着手しているO
医療法に基づく医療計画は,厚生省健康政策局長通知によれば. I高齢化社
会が進展する中で国民に対して適正な医療を確保していくため,医療資源の効 率的活用に配慮しつつ,医療供給体制のシステム化を図る」との旨から医療計 画を策定するとしているO 医療計画の策定目的は,このように国民への医療供 給体制のシステム化ではあるが,医療法改正は,厚生省における医療費適正化 対策の一環として 医療施設の病床規制することによる入院抑制のためといわ れているO なお,厚生省は. I医療計画作成指針Jにおいて必要的記載事項を 医療圏の設定および病院の必要病床数に関する事項としている。また. I医療 計画作成指針Jには,なお,法律上の記載事項でないが,任意記載事項として 医療を提供する体制確保に関レ必要な事項は可能な限り計画に記載し,体系的 な計画とすることが望ましいとしているO さらに,公衆衛生,薬事,社会福祉,
その他医療と密接に関連を有する施策との連係を図るように努めることとして いるo
以上の医療計画に関する厚生省の通知等をみると,公衆衛生が医療と関連す る施策とされていることからもここで規定される医療は,狭い医療に限定され ているといえよう O このため 地方自治体において衛生行政を計画的にすすめ るために策定される保健計画は 医療計画とそのねらいおよび計画内容を異に するものとして位置づけられよう O ここでは 保健計画をこのような地方自治 体の保健計画の意味に限定するO
厚生省は,非公式ではあるが一部で保健医療計画という言葉を用いたことも あり,また,医療計画作成指針の任意記載事項に,病床規制以外の関連項目を 含めていることより 医療計画の内容が包括的な内容となるよう都道府県に何 等かの行政指導が行われる可能性もあろうo今後は,都道府県段階での医療計 画は,保健計画と混同されるおそれがなくもない。確かに,この二つの計画は,
最終的には,国民の健康な生活を確保するという目的で合致するものではある が,現段階では,峻別して論じることが妥当であり,今回の報告は保健計画に
限定して考察を行う。
2 )既存の保健計画,医療計画
医療法改正以前に,表 1に示す計画が既に策定されており,医療法に基づく ものではないが医療圏の設定等がなされているO また 都道府県段階としての 保健計画の内容も含まれ, r愛媛地域保健医療基本計画J(資料 1)には,生活 環境整備が含まれるような広範囲なものもみられているO なお,これらの計画
の多くは,医療法に基づく計画に改定する作業が必要であろう O
保健計画は,都道府県保健計画以外に市町村による保健計画さらに保健所に おける保健計画の策定もなされているO これらの計画の殆どが「地域」の名称、
をふしている。また,図書1) 論文において「地域保健計画Jr地域保健医療
計画」が用いられている。筆者も「地域保健J
r
地域医療Jまた,それぞれに 計画を付けた論文を書いてはいるが,そこでは「地域」の概念を規定し,この 言葉を付けることが必要がないことを明記しているO 過去に「神奈川県地域保 健計画」等幾つかの計画策定に委員としてかかわった際に 後述する自説を述 べ「地域」の削除を強く申し出たが 討議がされずに終わっていたO 三鷹市の みは「地域保健審議会」ではなく「保健審議会」であり 現在作業をすすめて いる「保健計画」も「地域j を外しているO すなわち,一般に用いられる「地 域」なる言葉は,保健計画にとり最も重要な地理的,空間的な計画対策として の「地域」でなく「地域保健Jr地域医療jという術語としているためであろう O「地域保健Jr地域医療」もともに広く一般的に用いられているが,そこでは,
「保健Jr医療j と何処が何故違うのかを明確にしないままに漠然としたまま で表現していることが多い。このことは,言華のみの問題ではなく,計画の内 容までも不明確なものとし,計画実行の担保が明らにされない計画となること
がしばみられている,本報告は,現在それぞれの地方自治体において策定され ている保健計画そのものを考察の対象とはせずに 保健計画策定とその体系に ついての考察に限定して報告するD
44 地方自治体における保健計画策定とその体系についての一考察
3. 地方自治体における保健計画
1 ) r地域jと何か
保健の分野でいわれている「地域」は,生活と結びつけて考えるものとされ,
あえて「地域保健」としてそれを強調して用いることもみられているO しかし,
一般には「地域」の空間的な広がりをあまり明確に規定していないことが多い。
一部では行政区域よりは生活圏を重視しなればならないとしているが,その圏 域に住んでいる住民に取っては自分達生活主体の意志を表現する方法が保障さ れていない。すなわち,サービス提供側としての配慮されなればならない事項 としての生活圏があるのみで そこでの利用者は単なるサービスの受けてに過 ぎないことになるO 地域社会を構成する一人一人が自分の意志で自由に生活が できるために, r地域」に住んでいる人々による住民自治がなければならない。
人間の生活を尊重するというならば, r地域」に住民自治,団体自治が保障さ れていなくてはならない。現行法制度において地域社会における意志を集約し,
表明し,自主的に活動することを保障している組織体は,地方自治体であり,
主な団体は都道府県と市町村であるo とくに市町村は基礎的自治体とされてい ることより,地域社会における生活を尊重すると言うならば「地域」の基礎と なる単位を市町村とすることが妥当といえよう D
伝染病時代の保健活動は,国が細部にわたり規準を定め,各「地域」とも国 の定めた同じ方式によって事業を行うことが重要であったo しかし,現在は,
活動の対称がいわゆる成人病からさらには健康づくりへと発展し,それぞれの 地域社会における生活環境と密接な関連のもとで活動を展開する必要が高ま
り,さらに自分達が主体的に健康な生活へと努力することが期待される時代と なり,それに伴い住民自治の必要性が高まってきているD 衛生行政さらには福 祉行政においても,機関委任事務から団体委任事務への移行が予定され,老人 保健法の医療を除く保健事業は団体委任事務となっているO
現在衛生行政は,市町村行政と都道府県行政との二重行政となっており,特 に都道府県立保健所においては,市町村との業務の分担が保健所により多少違 いがあり,一部では混乱も見らているO しかし,保健所によっては,広域的,
専門的な分野を担当するとともに専門技術的に市町村を指導し,保健所として の役割を明確にしているO そのような保健所では,保健所独自の業務を行うの みならず,市町村の保健事業を協力,指導し,さらに,市町村が保健計画策定 する際に,保健活動の現状を分析し,課題を抽出し,事業の実施にあっては,
技術的指導と協力およびその事業の評価を行い 次の計画に結び、つくよう指導 しているO
衛生行政において, 1地域Jを漠然としてとらえてはならず, 1地域」具体的 何処をさすのか, 1地域」を把握するとは具体的にどのような方法で行うのか,
それをどう表現するのかが現在は重要な課題といえようO このことは, 1地域 保 健J1地域医療j という時の「地域j にも当てはまることで,抽象的に生活 が大事であるから 「地域j という形容詞を付けることは 具体的な段階での 生活軽視に結び付くものであるO 例えば 「地域保健j を最初に用いたアメリ
カでは, 1地域」とういうからには住民自治が当然として含まれていて始めて「地 域JといっているO このため,日本でしばしばみられる 100県地域保健計画」
100市地域保健計画J100保健所地域保健計画J(資料2)等と呼ばれるが,
そこでの「地域Jは何を意味しているか明らかでない欠点を有しているO
2 )保健計画と何か (1)保健計画とは
保健計画を,医療計画とは別に衛生行政における保健活動を中心とした計画 に限定するO
保健計画策定の必要が最近とみに強く言れる傾向にあるが,その理由は後述 することとして,まず,計画とは何かを整理しよう D
計画という言葉は 特定の名称、の付された何々計画と そのような計画を策 定する計画化の二つの意味を有しているo ここでも計画を計画と計画化の両方 の意味で用いるが計画化を中心に説明しよう。なお 最近の新しい計画の考 え方は,特定計画であっても,常に計画を検討し改正していくという計画化の 過程を含むことの必要がいわれており,計画と計画化を区分するより統合した 考え方の方向にあるo
現在および将来の状態が満足できる状況にあるならば,現状の活動をそのま
46地方自治体における保健計画策定とその体系についての一考察
ますすめれば良く,何も新たに計画を策定して,活動の内容,方法等を変更す る必要がない。計画策定をしようというからには,そこでは何等かの改革の必 要が認められ,その改革を行うためのものとして計画があるといえようO この ため,改革への認識が計画策定への手掛かりとなるO そこには,何等かの改革 したい期待値があり,それと現在値とを比較し,その格差を埋めるために計画 が必要となるO 計画というからには,期待値と現在値との比較が可能であるこ とが前提であり, もしこの期待値が漠然としていては比較もできず計画もたた ず,単なる願望に過ぎくなるO中山伊知郎は,計画行政学会の創設におけるアッ ビールの中で「計面(プランニング)は行政(アドミニストレーション)によっ て実現されるO ・・・中略・・・計画の源泉には思想と科学があり,行政の基 盤には組織と技術があって, ・・・後略」と述べているように 2) 思 想 の な い計画では,計画に値しないのではなかろうか。
衛生行政の分野では,しばしば,年間・月間保健事業予定表のようなものを 保健計画と言うことがあるが,そこには目標を達成するための事業の羅列のみ で目標との関連,事業相互の体系化が示されていないことより,ここでは保健 計画に含めないことにするO
保健計画を大別して次に簡単に説明しょう。
(2) 現状での運営状況を改善する保健計画
現行事業をより効率的なものに改善するための試みは,一般には保健計画に 含めていない。しかし,保健計画に必要な効率的合理的な発想は,現行事業に 対しても批判的な目で再検討することから始まるとも言えることから重要であ るO 例えば,健康診断の流れをスムースにするために,健診項目の選定とその 配列の検討,さらに,健診対称者の把握方法などは日常業務のなかで常に考え ていなければならない。
現在の事業・組織を改善することからさらにそれを拡大するために保健計画 が必要であるO この保健計画は,次の将来の保健計画に含めてもよいが,基本 的には,事業目的には大きな変化がなく実行段階での改善,事業規模の拡大で あるととすればここに含まれるD 例えば,健康診断において,予診の内容を拡 大したり事後指導の内容,方法を拡大することが挙げられるO また,健康教室
に,授業形式から,対話形式さらには現場での実習を加味したりさらには参加 者自体が教室の計画をする等があるO
(3) 将来の発展をめざした保健計画
将来の発展をめざした保健計画には,計画の目標を現在から将来を展望して 定める計画と逆に予め規定されている将来像に現状からどうそこに到達するた かという計画とがあるO
現在から将来を見る保健計画は,現状より将来を見通し,そのなかから将来 像を定めるもので,都道府県および市町村基本構想,基本計画はこれにあたるD
自治体の計画は総て基本構想,基本計画の枠内の計画であり,保健所の保健計 画は,保健所を設置する自治体の基本計画の枠内であると考えれば,これらの 保健計画は,より高次の計画である基本構想,基本計画で定めた目標実現のた めの計画となるO しかしながら,現実の基本構想,基本計画が定めた将来像が 比較的抽象化され,いわゆる構想にとどまっている例も少ないことより,大き
な枠が在ったとしても,具体的に計画策定する段階において現在から将来をみ て目標,目的を設定する必要性が少なくないことから,現在から自分で将来を みる計画策定も必要となるO
既に定められた将来構想を保健の面から実現するために保健計画を策定する ことは,将来から現在への保健計画にあたるO 国や都道府県が定めた0 0対策 実施事業等において目標が定められ割り当てられている場合もこれに含まれ
るO
現在保健計画といれるものには,いろいろな種類の計画または計画策定段階 もさまざまであり,保健計画にまとめることが妥当ではない。しかし, どの種 類どの段階の保健計画であっても,国,都道府県の各種の計画との整合性およ
び市町村の基本構想との整合性には十分な配慮、が必要であるO また,現状の改 革を含む活動をすすめるための計画を含めて保健計画は,常に現在行われてい る保健事業との関連を考慮し,上位目標との整合性に配慮、しなければならない。
48 地方自治体における保健計画策定とその体系についての一考察
3. 保健計画の体系と計画の策定
1 )保健計画の必要性
保健事業を行うにあたり,現在実施していることが正しく目標に向かってい るか,方法が適切であるか等の偏向を正すための基準が定まっていなければな らない。このために一般の行政では 準拠すべきものとして法令が存在してい る。また,保健事業のように専門的な内容の行政においても細かな実施要領が 国の段階で定められている。しかし 法令実施要領はあくまでも原則的,普 遍的な規範であり,個別具体的な事例をそれに適用するのは行政担当者によっ ている。しかし,一般的な生活環境整備と疾病自体の特異性を重視するという 伝染病対策から個人個人の生活習慣に深くかかわることが重視される成人病対 策さらには健康づくりへと保健事業が発展するなかで 個別にそれぞれの生活 の実態への洞察を前提とし しかも常に事業目的との対応を念頭に置きながら 具体的に事業の展開の必要が高まり 事業目的の明確化とその実施の体系化が
それぞれの地方自治体段階で保健計画として予め提示することが求められてき ているO すなわち 保健事業は 地域社会の生活に対応した展開方式によるこ とが必要となり,全国共通の目標設定,同じ方式によるよりも,それぞれの地 域社会の特性に応じて目標を設定し,それに応じた方策の選定,評価方式の確 定等によることの方がより効率的となり,地域段階での保健計画の策定が必要 になってきた。例えば いわゆる成人病対策は生活習慣に依存することが大き いことより生活改善,衛生教育は,機械的に国の定めた方式の適用は好ましく ない。また,健康診査における項目も,社会資源の状況により,制約の受け方
も異なるため,眼底検査の実施が困難な地域もあり,逆に第 1次の健康診査の 項目に高度な検査項目を含め得る地域も生じてきているO また,個別の保健事 業においても内容が高度化複雑化し,それらの事業を実施する段階においても 効率性の検討が必要となり,現状の改革をめざした保健に関する計画をも必要
となってきているD 現に衛生行政内部では 保健計画と名付けるか否か別に計 画的指向に基づいて事業をすすめるために 地域のニーズに基づく活動さらに 地域の主体性の確保を重視し 保健計画を衛生行政内部のみで策定されること
なく広く意見を聴取することが求められている口
2 )保健計画の主体
保健事業の展開にあたり 従来は住民をサービスの受けてとしか位置づけて いなかった状態から,行政サービスを行うにあたり住民の意向を組入れること が考慮され,さらに住民が主体であることが認識され,住民参加による保健計 画策定が広く行われるようになってきているO
保健計画の内容には,高度に専門的な分野にわたることが多く,専門職の意 見を聞かなければ策定できない面が多い。このため,保健計画策定には,住民,
行政に加えて専門職の三者がかかわらなければならない。
保健計画策定には 住民参加を担保する機構を組込むこととともに住民と専 門職とば平等な立場で話し合いができる保障の機構を作らなければならない。
医師患者関係にみられる情報の偏りのなかで平等というよりは上下に近い関係 が一般的である中で,住民を交えた円卓会議の思想を満たすのは容易なことで はない。その上,他の分野での計画と同様に,住民参加の手続きの安定化にも 困難性があるが,保健計画は,直接住民の健康にかかわる行政のためであるこ とよりこれらの困難を乗り越える努力しなければならない。とくに,重要な専 門職団体である地区医師会は,医師会の設定目的としている「公衆衛生の向上,
社会福祉の増進」を自覚し 住民自治が保健事業の基本であることの理解しな ければならない。最近では,医師は,医療行為において患者の自己決定権の尊 重,患者への説明義務に努めていることより,保健計画においても住民の主体 性を尊重することを理解しているものといえよう。
3 )保健計画の策定方式
保健計画の策定方法は,基本的にはその他の行政における計画の策定方法と 同じ経緯をたどるものである。このため ここでは一般的な計画策定過程に従 いながら保健計画策定における特徴的な事項に限り説明しよう D
(1) 保健計画の策定方針の決定
保健計画の策定にあたり,保健計画の必要性で述べたように,何等かの現状 を改革しようとする意図が保健計画策定に含まれているものであるO しかしな がら,当該自治体において保健計画策定の必要を認めていないにもかかわらず,
50 地方自治体における保健計画策定とその体系についての一考察
何らかの要請により保健計画策定が余儀なくされると,計画にかかわる資料を 機械的に無方針で収集し,断片的な整理分析によるのみで計画としての形を整
えることがみられるo このため,保健計画策定にあたり中山伊知郎のいう計画 の思想が重要なことと言えるo
行政改革がすすめられているなかで,国の業務が地方に委譲されるばかりか,
機関委任事務から団体委任事務への移管がなされ,地方自治体は実態のある基 本構想,基本計画の策定が求められ,その計画に基づく地方自治体としての主 体的な行政運営の必要が高まってきているo このことは 地方自治体への機関 委任事務が多い衛生行政においては,特に行政対象,方法の変化に加えて国の 一般行政にみられる傾向も加味されて,将来ますます団体委任事務が増加する ことが予想される。昭和57年に制定された老人保健法の医療を除く保健事業は,
団体委任事務となっていることはその先触れといえよう O
固有事務とともに団体委任事務を施行するには,機関委任事務と異なりそれ ぞれの地方自治体において行政目標を明らかにしていなければならない。この ため各地方自治体が策定している基本構想はその政策目標体系を含まなければ ならない。地方自治体の衛生行政は 基本構想に示された目標のなかでの健康 にかかわることを確認し,そこで示された行政目的を達成することが課されて いるO この確認作業が保健計画の策定方針の決定の基礎となるO 時に,社会情 勢の変化に伴い,必要により基本構想での政策目標体系自体をも検討し,十分 な根拠を持ってその改定を提言していくことも保健計画策定の方針決定に含め ると考えたい。
保健所は,管内の市町村が基本構想策定時点から現在までに保健・医療・福 祉をめぐる情勢が著しく変化していることもあり得ることより,各市町村の保 健計画策定にあたり現状での衛生行政の課題を明らかにし 実情に適した保健 計画となるよう指導することが必要であるO また 都道府県立保健所自身が保 健計画を策定するにあたり 県の基本構想を受けながらも管内の市町村の情勢 を検討し,実現性のある計画となるよう策定方針を明らかにしておかなければ ならない。
(2) 保健計画に必要な現状認識と課題の整理
保健計画の策定方針が定まれば,その方針に従って保健に関する資料を収集,
分析することが必要となるO 市町村保健計画策定における必要な現状認識と課 題の整理のため重要な資料となるのは衛生統計であるO しかるに,一般に市町 村は,衛生統計の専門職も少なく多くは不在であり,その上衛生行政にかかわ る基礎的な衛生統計資料の多くを保健所の作成報告するものによっている。こ のため保健所の指導は不可欠であり とくに管内市町村の多くが保健計画策定 に意欲的になっている現在 保健所の適切な指導の必要性は著しく高まってき ているO
財団法人 健康・体力づくり事業財団が担当している厚生省委託研究「国民 健康づくり計画モデル事業」のモデルとなった 5つの地区の調査研究を行って いる各保健所は,管内市町村の保健計画策定を指導しているO その状況をみる と,その多く既存の衛生統計の分析のみならず,統計調査等の各種調査を実施 し資料の収集,分析等広範囲な事項について適切な指導を行っている 3)。市 町村での衛生統計とくに人口動態の利用,活用にあたり死亡率,乳児死亡率等 の低下により,統計から読みとれる事実に多くの限界があり,それをわきまえ,
関連統計の整備,新たな調査の実施が求めらているなかで,前述の保健所の指 導の実績は高く評価されるものといえよう O
(3) 保健計画の目標設定
保健計画の目標設定にあたり 保健デマンド(住民の立場からみて要望され る保健事業)と保健ニーズ(専門職の立場からみて必要と判断される保健事業) とを区分することが重要である。本来保健事業は保健ニーズに基づいた活動で なければならないが,一方的に保健ニーズのみに依拠するとにより,住民から 専門職による押付けと誤解され 住民からの協力 参加も得られずその後の保 健事業の展開に支障を来すことが多い。このため,保健デマンドを健康教育に
よって可能な限り保健ニーズに近づける努力を行いながら,現実の保健デマン ドを考慮した目標設定していくことが重要であるO
保健計画の目標設定は 事前の評価に基づいていなければならない。事前の 評価とは,計画案の選択にあたりどの案が目標達成に効率的で効果であるか選 択根拠となるもので それには アセスメントといわれる社会に及ぼす副作用
52 地方自治体における保健計画策定とその体系についての一考察
としての悪い影響についての検討を含むものであるO このため,保健計画策定 の方針に従いながら,計画目標自体を実現できる内容となるよう検討し,改定 しなければならない。保健計画といわれているなかで目標が単なる期待か希望 であることがしばしば認められ,その上評価は事業が終わらないからできない とか,事業が終わっても評価にはまだ早いということがしばしば聞かれるO 例 えば,健康診査の受診率50%等と目標を定めても,それを達成する具体的に体 系化された施策を持たないことがあり しかも事業の完了後に評価するとして
いる。このため,低い達成率であってもその分析が事後にしかなされず, しか もその分析評価が事業終了に長期間をおいてようやく行われたならば,学問,
研究のための分析としていかに優れていても衛生行政としては価値が少ないも のとなるO すなわち 保健計画は 目標設定とそれを 達成するための施策の 体系化を伴っていなければならない。さらに,事前の評価を含む各段階での評 価方式が組込まれていなければならない。
(4) 保健施策の体系化
保健計画の目標が設定できたことは 個別の保健事業を体系化し総合的な保 健政策体系としてまとめる基準ができたことを意味するO 現実の衛生行政は,
一般の行政と同様に縦割りの傾向を有しているなかで,民生行政,医療保険行 政との関連も強くさらには保健活動では私的分野でも同様な活動が行われてお りその調整が必要であるO その上,概念としての総合保健,包括医療が言われ ているにもかかわらず,衛生行政として何を総合するのか,何を包括するのか 具体的実践の段階では明らかにされていない。このような現状の中で,保健計 画の目標が定っていれば,目標との対比のもとで連係,調整の方向が見い出せ
ょう O
病院と診療所の連携,医療機関と保健所及ぴ福祉事務所との連係の必要が強 調されながら実現され難いとされているO しかし,連係が図られている所では,
それぞれの施設が他の施設を社会資源として利用することにより自己の施設の 機能の向上に寄与させていることが多い。医療施設と他の施設との連係が良い 例として選ばれる市町村の多くは,岩手県沢内村のように医療施設が一つしか 無い地域のことが多い。その背景に,医療施設が一つのために競合がなく,ま
た,資源の不足による連係せざるを得ない状況にあることにもよろうO しかし,
最近では,このような資源の不足の地域のみではなく,都市部においても医療 施設自体がより良い活動を求めて体系づけた活動を展開しているO とくに母子 保健,老人保健,精神衛生,さらには難病対策等において幅広い連係が図られ ている地域が見られてきているO すなわち,保健・医療・福祉の連係,統合へ の方向に大きく動きだしているにもかかわらず制度的な対応が遅れているため に,連係のための社会的評価が,経済的な負担を含めて低いことが障壁になっ ているD これらの実績を評価し,制度化を図ることが期待されるO さらにこの ような保健・医療・福祉の三者の連係の輪に住民が加わって活動が展開されて いる日野市,三鷹市等の地域もみられてきているO なお,健康保険制度の最近 の傾向として,連係を促進させる診療報酬制度の創設,改善が図られるように なってきている。
保健施策の体系化にあたりその体系を構成する個別の保健事業に対して保健 計画の目標と対比して 効率性を考えながら保健事業の組み合わせを定めてい くことが重要であるO これとともに個別保健事業においてもそれぞれ合理的効 率的な計画が策定されていなければならない。そのために全体計画との調整を 含めて考慮しなくてはならない主な項目を以下に列記する。
① 保健事業は,保健計画の目標を達成するための行動であることより,事 業自体の目的が保健計画の目標のなかでどのように位置づけされているか
を明確にすることO
② 保健事業の推進により保健計画の目標の達成とは別の側面で地域社会に おける健康な生活を確保するための負の影響が生じないか否かについて点 検をすることO 例えば,健康診断において,診断の内容,精度を向上させ るために,受診者を長い時間拘束し,また説明の不十分なまま身体的に負 担をかけること,がん等の特定疾患の健康診断にあたり,特定疾患以外に 発見された疾患の指導体制の不備のため,その健康診断をも不信感を抱か せ今後健康診断に対して非協力となること 保健事業の対象が特定な地域 または階層に限定したため,直接保健事業にかかわらない人々の不満をつ のらせ今後の事業の協力が得難くなること等がないか予め検討しておくこ
54 地方自治体における保健計画策定とその体系についての一考察 とO
③ 保健事業を実施していくにあたり,常に事業状況を監視し目標,目的に 対応して事業の方向や内容を補正できる評価方式を有すること D ④ 保 健事業の事後評価は,現計画の目標,目的達成状況の取りまとめのみなら ず,さらに当該事業の発展のため新しい目標,目的に向かう次の保健計画
の策定に資するものであることD
以上,保健事業は,単にその事業を実施することのみに目を奪われること無 く,より高次の保健計画との関連および地域社会の各種の事業との関連等につ いて考慮しなければならない。
(5) 保健計画事業の選定
保健施策の体系化が図られればそこでの個別の保健事業の位置づけが明確に なるD この明確化された個別保健事業を現実に展開するにあたり,行政以外の 分野の状況を勘案して行政の責任で実施しなければならない事業を決定し,そ の優先度を定めながら効率的に実施にあたらなければならない。さらに行政以 外で行われる関連事業の円滑な運営が行えるよう必要な指導,援助の方策を予 め設定しておくことが必要であるo これらの事業を絶えず総合的な視点から監 視しているならば,現在の保健計画の改善のためのみならず,今後の計画への 発展にも結び付くものとなるD
衛生行政の予算,人員の急激な増加が期待できないにもかかわらずそのため の準備不十分なままで事業を拡大することは,単に職員を多忙にさせるのみな らず,業務の内容の質的低下を招き,時に目標達成への検討がなされないまま に機械的に事業を行うことのみが目的となり,さらには職員の士気の低下に結 ぴつく危険があるO しかし,逆に現状を固定化したままで事業を続けることを 重点にすると,改革への意欲が阻害され,士気を沈滞させる危険があるD 保健 所のなかに, もしこのような危険性の芽がみられるならば早期に対策をとるこ
とが必要であろう O
限られた予算,人員を効果的に用いるには,地域社会の社会資源を活用する ことにより,同じ予算,人員でも成果を高める方法の開発等を行うような発想 の転換が必要であるO 例えば 練馬区では,区内の各保健所および保健相談所
に健康を守る住民組織が作られていて,住民が主体的に,保健所活動を支援し ているO このような 活動の外見だけみると 古くから広く行われていた行政 下請け的組織による活動かと判断されるほどよく似ているが,活動の経過,参 加の状況は全く異なり 新しい保健所と住民の結びついたものであるというよ
うO このような組織が造られることにより保健所の予算,人員を増加させたこ これからの保健所のあり方を示すーっの例といえよ とと同じ結果をもたらし,
つO
保健計画の策定と評価
保健計画の計画策定の手順を再度列記してみると 保健計画の策定方針の決定
(6)
保健計画に必要な現状認識と課題の整理 保健計画の目標設定
保健施策の体系化 保健計画事業の選定
であり,この順序と内容は一般の計画において適用されているもので保健計画 に特有のもではない。なお,個別の計画策定にあたり,それぞれの段階に軽重 があることは当然ではるが,何等かの形でそれぞれの段階を経由することが必
①
②
③
④
⑤
要であろうO
保健計画の策定にあたりさらに付け加えて特記する事項は保健計画の評価方 とくにここでいう評価は,前述のように事前 式を予め定めておくことであるO
評価を含むとともに,事業の完了後の評価のみならず計画のすべての段階の評 価の方式を含んでいなければならない。保健事業の実施中にも絶えず評価でき
るよう計画の当初に含めておくことは,事業の進展に伴い必要な事業の補正,
さらには計画自体の改正を可能にするO 計画策定にあたり最近言われている,
「完成された計画は悪い計画であるJr計画は常に改定されなければならない」
「計画と計画化は区分できないj等からも,事業実施段階での評価方式を組入 れておくことは重要であるO 事業完了後の評価は,次の保健計画策定のための 問題の明確化に結びつき,保健事業が発展,継続していくために必要なことで あるD なお,評価を量的な表現にのみこだわるため評価方式を定めずにおくこ
56 地方自治体における保健計画策定とその体系についての一考察
とがみられるが,記述式表現による評価も重要であることから量的に評価が困 難であることを理由に評価方式を定めないことがあってはならない。評価につ
いてはまた機会を改めて報告しようo
4.おわりに
地域保健計画策定における地域の概念および保健計画策定の過程をまとめ たD まとめるに当たり,具体的に保健計画策定作業をすすめている地方自治体 の実態についての検討を行ったが,調査研究対象とした地方自治体の個別の分 析結果の報告は機会を改めて行うこととして,今回は,総説的な内容にとどめ
た。
この研究成果の一部は財団法人 健康・体力づくり事業財団の調査研究「国 民健康づくり計画モデル事業」長野県上小地区モデル事業に負うとこころが多 いことよりここに深く感謝するO また 杏林大学医学部衛生学教室,三鷹市医 師会,三鷹保健所,三鷹市,三鷹保健所審議会および関係市町村のご協力を感 謝するO
本研究は,昭和59年度健康・体力づくり事業財団調査研究費の援助を受けた 研究であるD
引用文献
1) 石野 r地域保健医療計画の課題』勤草書房, 1984.
2) 中山伊知郎:アッピール.計画行政,創刊号裏表紙計画i行政学会, 1978. 3) 健康・体力づくり事業財団:国民健康づくり計画モデル事業について(資料集),
1983.
資 料
1.愛媛県地域保健医療基本計画策定協議会:愛媛県地域保健医療基本計画の策定に 関する研究協議会結果報告. 1985.
2.国民健康づくり計画モデル事業 大阪府吹田・摂津地区推進協議会:吹田・摂津 地域社会における地域保健基本構想. 1986.