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(1)

数量詞に付加された日本語助詞とscalar implicatures

著者 木村 一紀

雑誌名 主流

号 74

ページ 59‑96

発行年 2012‑11‑10

権利 同志社大学英文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015245

(2)

5 9  

数量詞に付加された日本語助詞と S c a l a rI m p l i c a t u r e s  

木 村 一 紀

ト 序

本稿は数量調に付加された日本語助詞「は

J

と「が」の意味論的,語用論 的効果について論じる.それらに加えて,助調が付かない場合も考察する(以 下では「無助調」と呼ぶ).数量詞は,数調に助数調を下接させて特定の数 を表現するもの(例えば

1 9

J1 6

匹」等,以下便宜的に「数的数量調」と 呼ぶ)と英語では

some"

に相当する「何」という接頭辞と助数詞と接尾辞

「か」を組み合わせて表現されるもの(例えば「何人か

J 1

何匹か

J

等)と英 語では

m o s t "

にあたる「ほとんど

J

を取り上げる.そうした助詞が付加さ れることによる語用論的効果を実証するための実験をおこない,結果を分析 する.

2 .

理 論 的 背 景 と 日 本 語 の 数 量 詞

(1)のような発話を聞いた場合,

Sue

にいる子供は

3

人をこえない(

no more t h a n " )

とか,

Dan

が食べたクッキーは「全部ではない

J

(

n o t  a l l " )  

と話し手が意図しているものと聞き手は解釈する.

(1) 

a .  Sue has t h r e e  c h i l d r e n .  

b .  Dan a t e  some c o o k i e s  from t h e  j a r .  

Levinson ( 2 0 0 0 )

をはじめとする新グライス派の立場に基づけば,こうした 数量詞に関する「上限解釈

J ( " u p p e r ‑ b o u n d  i n t e r p r e t a t i o n " )

は,

G r i c e  ( 1 9 8 9 :  

2 6 )

が提唱した「協調の原理

J

(

t h e  C o o p e r a t i v e  P r i n c i p l e " )

,その中でも

(3)

とりわけ

( 2 )

に示すような「量の公準

J

(

Maxim o f  Q u a n t i t y

つによって 語用論的に与えられるとする.

( 2 )   a .  Make your c o n t r i b u t i o n  a s  i n f o r m a t i v e  a s  i s   required ( f o r  the  c u r r e n t  purpose ofthe e x c h a n g e . )  

b .  Do  n o t  make your c o n t r i b u t i o n  more i n f o r m a t i v e  than i s  r e q u i r e d .  

つまり,もし話し手がより限定され特定された「強い

J

情報を持ち合わせて いるのなら. (2)に従って,できうる限り限定的な情報を提供するであろう

と聞き手は想定する.すなわち,与えられている情報が話者にとっては最大 限に限定され特定されているものであって,それを聞き手に伝えるはずであ る, との聞き手の解釈によって,それより以上の限定された強い情報を話し 手が持ち合わせている可能性が排除される.(1)の例文でいうなら, もし話 者が

iSue

4

人子供がいる」ことやlD

an

が全部クッキーを食べた」こ とを知っていたなら,話者は(l)のようにはいわないであろうと聞き手は 解釈する.なぜなら,もしそうしたより「強い

J

情報を知りながら,より ゆるやかで「弱い

J

(l)の発話をすることは,会話の目的に即して求めら れているほど十分

i n f o r m a t i v e "

ではないがゆえに,

( 2 )

の「量の公準

j

違 反になってしまうからである.従って(l

a )

t h r e e "

nomore tha

n/ 

e x a c t l y  t h r e e "

, (l

b )

some"

nota l l "

であると解釈される.言い換え ると,数量調における上限解釈は「量の公準jから導かれる語用論的推論,

すなわち

S c a l a rI m p l i c a t u r e

によって与えられる.なお本稿では,

S c a l a r   I m p l i c a t u r e

を「尺度合意」と訳さず原語のまま用いることにする

ところが,話者がより強い情報を含む (3)の命題を真であるとの理解の もとで(1)のより弱い命題に言及することは論理的には正しい.

( 3 )   a .   Sue has f i v e  c h i l d r e n .  

b .  Dan a t e  a l l  t h e  c o o k i e s  i n  t h e  j a r .  

すなわち,論理では,もし命題

( 3 a )

が真であるなら,命題

( l a )

は真で あり,また命題

( 3 b )

が真であるなら命題(l

b )

もまた真である.つまり

iSue

(4)

数量詞に付加された日本語助詞と

S c a l a rI m p l i c a t u r e s   6 1  

5

人子供がいる

J l D an

は全部食べた」ことを知りつつ

iSue

3

人子供 がいる

J l D an

がいくらか食べた」ということは論理的には正しい.言い換 えると強くてより情報量の多い命題は,弱くてより情報量の少ない命題を論 理的に包含

l o g i c a l l ye n t a i l "

する.従って,

( 4 )

の丈は(l)の文の論理的 に可能な解釈であるということになる.つまり,数量詞を含む文の論理解釈 は示された数量を下限的

l o w e r

bounded"

に表現するものであるとみなせ る.

( 4 )   a .  Sue has a t  l e a s t  t h r e e  c h i l d r e n .  

b .  Dan a t e  some and p o s s i b l y  a l l  t h e  c o o k i e s  i n  t h e  j a r .  

この論理解釈というのは,

S c a l a r  I m p l i c a t u r e

( 5 a )

のようにキャンセル された時や,文脈上

S c a l a rI m p l i c a t u r e

が与えられない

( 5 b )

のような場 合にあてはまる.

( 5 )   a .  Sue has t h r e e  c h i l d r e n ,  i n  f a c t  f i v e .  

b . A : Does John q u a l i f y  f o r  the Large‑Family B e n e f i t ? "  (Levinson  2 0 0 0 : 8 8 )  

B : Sure ,  he has t h r e e  c h i l d r e n  a l l  r i g h t . "  

( 5 b )

" i nf a c t  f i v e "

は前段の発話

' S u ehas t h r e e  c h i l d r e n "

に 続 い て まったく論理矛盾なしに発話しうる.このことは

" t h r e e "

の論理解釈が

a t  l e a s t  t h r e e "

であって,それに、

omore than t h r e e "

という上限解釈が

Pragmatic I m p l i c a t u r e

よって与えられ,なおかつ,

i nf a c t  f i v e "

を発話し た時点で

I m p l i c a t u r e

がキャンセルされているζとを示している.

( 5 b )

で は例えば

2

人以上の家族であれば

LargeFamily B e n e f i t "

が利用可能で、あ るという前提で

A

が質問しており,その前提自体が先取り的に

Pragmatic

I m p l i c a t u r e

をキャンセルしていて,答えの

B

は専ら

a tl e a s t  t h r e e "

と いう論理解釈のみが与えれる.特に文脈が先取り的に

I m p l i c a t u r e

をキャ ンセルする場合を除いて,多くの場合は「量の公準

J

に基づく

S c a l a r

I m p l i c a t u r e  

によって

( l a )

t h r e e "

" n omore tha

n/

e x a c t l y  t h r e e "

, (I

b )  

(5)

の、ome"は notall"と解釈される.

このように, Hirschberg (1991),  Horn (1972, 2003, 2006), Levinson  (2000)をはじめとする新グライス派の論者たちは,数量調を含む文の解釈 は,その数量で指定された下限を論理解釈に,上限をScalarImplicature  によって与えられるとする.そうした解釈方法は,単に数量詞にとどまらず,

何らかの尺度上に位置づけられて強/弱の程度の差を持つ語,例えばく

h o t

, ωα

rm>

くα

nd

o r >

c e r t

α

i n

p o s s i b l e >

等に拡張して適用される.ここでは く〉内の左の語が情報が強くて限定された意味を持つ語,右側の語が弱くて より限定されない意味をもっ語である.

日本語では「がjや「を j などの格助詞や主題を提示する「は」ゃ添加の

「も j,さらには副助詞の「さえ j

1

しかj

1

だけ」などが数量調に付加され うる.本稿では,

1

は」と「がj,そしてそのいずれもがつかない無助詞の場 合を取り上げるが,これらの選択がScalarImplicatureに影響をあたえる

ようである.

(6) 

a .

部屋に 3人はいる.

b .

部屋に

3

人いる.

c.部屋に

3

人がいる.

筆者の直感では, (6a)の「は」付き数量詞を含む文は, (6b)と (6c)に 比べて「少なくとも j と下限を強調する意味に理解される.つまり, Scalar  Implicatureが弱められ,論理解釈がより強調された文であるといえる.他 方で,

1

がj

f

寸き数量詞を含む文 (6c)は数量調が示す数を強く指定する表 現上の効果が見てとれ,

1

ちょうど

3

人j であるというニュアンスがある.

それは言い換えると ScalarImplicatureを強める働きをしているといえる のではないか.

こうした直感は以下の証拠によって確認できる.文脈が「少なくとも」を 必要とする場合,

1

は」を数量詞に付加することが最も適切であり,無助詞 は可能だが,

1

J

ではかなり不自然である.ゅは便宜的に無助詞を視覚化

(6)

数量詞に付加された日本語助詞と ScalarImplicatur 63  した記号である.

(7) 

a .

クラスを開講するのに何人の学生が必要ですか.

b . 5

人 は

/φ/

つが必要です.

(7b)の答えの文は,クラス開講の最低限の人数を示すという前提があり,

そうした文脈の下では「は」が付加された数量調が最も適切である.

さらに「は

J

付き数量詞を含む文が「少なくとも

J

という解釈を持つこと は (8)の仔肋、らもうかがい知れる jjは,文法的な非文を表す*と区別して,

意味解釈や文脈の観点からみて不適切という意味である.

(8) 

a .  

jjそのゴルファーは 80は 出せる.

b.そのゴルファーは 80が

/ φ

出せる.

スコアーが通常低い方が望ましいとされるゴルファーの能力を示した (8a) の表現では,下限を区切って「少なくとも」という解釈をもたらす「は」を 数量詞に付加することが不自然な表現をうみだしたのだと考えられる.(8b)  の「が

J

が付加されたものや無助詞は自然である.他方,より高いスコアが 望ましいとされるボーリングでは

( 9 )

のように「は」付き数量詞でも問題 がない.

I

少なくとも」と解釈されでも,ボウラーの高い能力を示す表現と としては妥当で、ある.

( 9 )

そのボウラーは

2 0 0  

は/:が

/ φ

出せる.

さらに,数量詞が「全て」ゃ「全部

J

の場合は「は」の付加が不適切になる.

(11) 

a .

その飛行機事故で乗客全員 #は/:が

/ φ

死んだ.

b.コンピュータ室のプリンター全部 #は/:が

/φ/

こわれた.

「全て」というのは与えられた集合の全体を指すので,ある尺度上の量を示 してその下限を区切るということは意味上不可能である.従って,

I

少なく とも」といった解釈を生む「は」の付加と不整合をおこすものと推測される.

いずれにせよ,

I

は」が数量調に付加されることで,その数量の下限が強 調されることで論理解釈が前面に出てくる一方,

I

が」が付加されることで

「ちょうどj という解釈が強調されることでScalarImplicatureを強めるこ

(7)

とが想定できそうである.

3 .

方 法 論 の 基 に な る 先 行 研 究

本研究の目的は実験によって上述の直感を実証することにある.それに 先だ、って,実験の方法を示す先行研究を紹介したい.幼児の言語習得に 関する研究の分野で,

Noveck ( 2 0 0 1 )

, 

M u s o l i n o  ( 2 0 0 4 )

, 

P a p a f r a g o u   & 

M u s o l i n o  ( 2 0 0 3 )

, 

P a p a f r a g o u  ( 2 0 0 2 )

は,被験者である幼児に「強い」情 報に基づく状況を与えて,その下で「弱い」情報を含む文の真偽判定をさ せることで,被験者が文に

P r a g m a t i cI m p l i c a t u r e

を与えつつ「適切に(=

f e l i c i t o u s l y " )   J

解釈しているかを調べたのである.この

f e l i c i t y "

という概 念は,論理における命題の「真/偽」や統語的な「文/非文」とは区別され,

文脈を考慮に入れつつ語用論的に「妥当性

J

を持っている一一つまりグライ スの「量の公準

J

を踏まえて解釈している一ーという判定基準である.

I

強い」

情報を含む文が真である状況下で, もし被験者が圧倒的に「弱い」情報を含 む文を間違いであると判定したなら,幼児は「適切に

J S c a l a r  I m l i c a t u r e  

を伴って文を理解していることになり,逆にそうした文を正しいと判定した なら,被験者は

S c a l a rI m p l i c a t u r e

を伴うことなく,論理的にのみ文を判 定していることになる.

本研究の目的とは直接関わりがないものの,先述の研究は,様々なタイプ の数量詞ゃある尺度上に位置づけられる語で検証を行い,興味深い結果を報 告している.後の実験の方法とも関連してくるので代表的なものの手法を若 干詳しく紹介したい.

Papa

a g o u &  M u s o l i n o  ( 2 0 0 3 )

は,ギリシア語で例えば

a l l "

のような 強い語を含んだ表現が当てはまるような状況下で、

o m e "

といった弱い語を 含んだ文を「適切に

J

解釈しているかどうかを

5

歳の幼児を被験者として調 べた.彼らが調査対象に選んだ、のは,くαll,

some>

やく

t h r e e

t

ω

0>

などの同

(8)

数量調に付加された日本語助詞とScalarImplicatures  65 

一尺度上に位置づけられる数量詞とく

f i n i s h

s t

α

r t >

という語を述語に含む 丈である.後者は一連の流れの行為にあって,

I

起動」の状態をより弱い情 報を表す語として,その対として「完遂」の状態をより強い情報を持つ語と して位置づけるものである.実験者はまず,被験者である5歳児の前で,強 い語を含む文,例えば Allof the horses jumped over the log."をおもちゃ を使って演じてみせる.次に別の実験者が,操り人形を操りながらその役を 演じつつ,人形がその演技を終始一貫眺めた後に,弱い語を含む文,例えば Some of the horses jumped over the log"を口頭で言うことで被験者に示 すe そして,最後に,別の実験者が,演じられた話を人形が「ちゃんと言え た」かどうかを被験者に尋ねて,

I

はい」か「いいえ」かの回答を引き出す というものであった.もし

5

歳の子どもが, Scalar Implicatureをもって弱 い語を含む文を解釈していたら「いいえ

J

,純粋に論理的に,つまり Scalar Imp1icatureを伴わずに文を解釈していたら「はいjと答えるであろう,と いう想定がそこにはある.彼らは統制群として成人にも同様の実験を行った 結果は,成人は90%以上の割合でどのタイプの弱い語を含む文に対しでも

「いいえ」の回答をした,つまり語用論的に「適切に」判定を下した それ に対して

5

歳の子どもの被験者は,くα

l l

some>

とく

. f i n i s h

s t

α

r t >

の場合は,

弱い語を含む文に対してほとんど「いいえ

J

と回答しなかった

( r

いいえ」は,

前者が12%,後者が10%)が,く

t h r e e

,仰のについては,弱い語を含む文 にたいして65%が「いいえ

J

と回答したのである.

Papafragou & Musolin (2003)の研究は,文がScalarImplicaturesを伴っ て解釈されているのか,あるいは伴わずに解釈されているのかを判定する格 好の方法を提供してくれている.数字を含む数的数量詞を含む文のみ,

5

歳 の子どもが,大人と同じように弱い情報を含む文を「誤り」と判定したこと については,さまざまな議論がある.新グライス派の枠組みに反対する立場 から, Carston (1998: 208)は,この数字を含んだ数量調(以下数的数量詞 と呼ぶ)について,デフォルトで下限の論理解釈があてはまるわけではなく

(9)

て,

3

つの解釈,すなわち、

t1 e a s t  n "

tmost n " e x a c t 1 y  n "   ( n

は任意の 数字)の問で全く中立的であって,文が特定の文脈に置かれるまでは,どの ひとつの解釈もあてはまらない, と主張する.この立場によれば,数的数量 調の語柔的意味は,必ずしも下限解釈として与えられるわけではなくて,そ れを含む文は,どの

3

つの解釈であっても,論理の真偽判定のもとに置かれ るべき命題としては可能である,ということになる.こう考えると,子どもが,

数的数量詞を含む文だけ「適切に

J

判定したことも,そこに上限解釈をもた らす

S c a l a rI m l i c a t u r e

が働いたからである, と考える必要はなくて,数的 数量詞のもつ意味それ自体の「明確性

J

(=

e x p l i c i t n e s s " )

によるものである,

という見方も可能である.実は

Papafragou( 2 0 0 2 )

では,起動を表す動調

b e g i

n/

s t a r t "

と数的数量詞と似たタイプの宙

a 1 f '

を弱い情報を持つ語とし て含む文を取り上げて,

5

歳の子どもに対して先と同様の方法で実験をし,

b e g i

n/

s t a r t "

では 1/3しか被験者は誤りと判定しなかったのに対して,

h a l

f' では67%の被験者が誤りと判定した,という結果がもたらされた.こうし た結果に対して,数的数量詞(含む

h a 1 f ' )

にだけ

S c a 1 a rI m p l i c a t u r e

が働 いたと考えるよりは,むしろ他の数量調(例えば、

o m e " )

や起動/完遂を 表す語より意味的に「明確」であるが故に

nomore tha

n/

e x a c t l y  n "

という 解釈が被験者に可能になったのだ, と述べている.ただ,こうした議論は幼 児の言語習得の問題であることに鑑みて,ここではこれ以上の議論を控え,

数的数量詞と

some"

などの数量調とを対比して調べることの意義を指摘す るにとどめたい.

さらに上の幼児の言語習得の議論とは全く別に, Ar

i e l   ( 2 0 0 4

, 

2 0 0 6 )

は, 日本語では「ほとんど」にあたる

m o s t "

について,新グライス派の分析 に異を唱えつつ,コーパスデータに基づ、いたきわめて興味深い洞察をお こなっている.先に紹介した新グライス派の説明によれば

m o s t "

の下限 を定める論理解釈は

"morethan h a l f

, 

and p o s s i b l y  a l l "

であり,さらに

Pragmatic I m p l i c a t u r e

によって上限解釈である

nota l l "

が与えられる,

(10)

数量詞に付加された日本語助詞とScalarImplicatures  67  というものである.これに対してArielは, most"の語葉的意味は「全体 を分割する部分集合があるとき一番大きな部分集合を

J

(a proper subset  which is  the largest subset given any partitioning of the complement  subsets")示すものである, として, most"の上限解釈は all"の解釈を排 除する Implicatureによるのではなくて,そうしたImplicatureが全くない ところでも,語柔的意味によって,すなわち語が denote"する semantic extension"として上限解釈が与えらる, とした.ここでもこれ以上の詳述 を控えるが,この「ほとんど

J

という数量詞も検証対象としてきわめて興味 深い語といえる

さて次に,ここで日本語助調「はj と「が」の意味機能や無助詞がもたら す効果について先行研究を紹介しつつ論じるべきところであるが,まず実験 の方法と結果を示した上で,後の考察で一括して扱うこととする.

4 .

仮説

本研究では,

1

J

あるいは「が

J

が付くか あるいはそのいずれもがつ かない「無助調

J

の数量詞がもっScalarImplicatureへの効果を実験によっ て確かめる.実験は新グライス派が主張する ScalarImplicatureの理論的 枠組みを使い,基本的にはPapafragou& Musolino (2003)の手法を踏襲す る.

3

種類の数量詞を実験の対象として取り上げる 一つは数的数量詞で日 本語では数字と助数詞を

1 3

J1 6

台」のように組み合わせて表現される.

今ひとつは,英語の some"に当たる「何

J

という接頭辞に助数詞をつづけ「か」

という接尾辞を付け加えて表現される数量調(例えば「何匹か

J 1

何人か」等) である.そして

3

つめは「ほとんど

J

である.

実験の仮説は次のようなものである.強い情報を持つ語を含んだ文が表 す状況下で,その尺度上にある弱い情報をもっ語を含んだ文の真偽判定を

(11)

求めた場合,数量詞に「は」が付加された場合には.

r

少なくとも」という 論理的解釈が強調されるのでScalarImplicatureが弱められ,より多くの 被験者が真だと判断するであろう.逆に数量詞に「が

J

が付加された文では Scalar Implicatureが強化されて, exactly/nomore than"という解釈が強 調された表現になるので,より多くの被験者が偽と判定することが推定され る.無助詞の場合は.

r

は」や「が

J

が持つ効果いずれもがないわけだから,

両者の中間に判定値が収まることが推定される.

3

つのタイプの数量詞に等しく助詞の効果が働くのであれば,いずれの数 量詞についても同様の結果がもたらされるであろう. もし数量詞のタイプ よって違った結果が出るのであれば,それに対する説明が求められる.

5. 1.実験1 5. 1 . 1 .方法

5 .

実 験

実験は調査用紙に記入してもらう方法で,被験者に強い情報を持つ語(こ れを

r

lO

J

と「全て

J

に統ーした)の文脈を与え,その下で弱い情報をもっ 数量調(数的数量調では

r 8 J

に統一

J )

に「は

Jr

Jr の J

を付けてそれぞ

れを含む文の真偽判定を

5

段階評価で求めた.具体的には「全く誤りである」

1

から「全く真実である

J

5

の聞のスケールに丸印を被験者に付けても らう.

以下がサンプルとなる文である.

( 1 2 )   E

君は 10匹の金魚を飼っています.ある日見てみると,金魚 10匹全 部が死んでいるのに気が付きましたそれをDさんに伝えます

8

匹は死んだ.

全く誤りである 全く真実である

( 1 2 )

では被験者はまず文脈となる

r

lO匹全部が死んでいる jという丈を読み,

(12)

数量詞に付加された日本語助詞とScalarImplicatures  69  そののち

1 8

匹は死んだj という文を判定する 一つの強い情報を持つ(つ まり

1 1 0 J1

全て

J )

文脈を与える文につき,

1

J1

J1

の」の三つのテス

ト文を作成する.

1

がjや無助調の文を作るために,文脈を与える文とテス トの文は必要最低限の変更が加えられた.例えば,数量調が表現する名調句 の「金魚j は「が」の場合は「マウス」に,無助詞の場合は「カブト虫」に 変更した.固有名詞,例えば人名や地名も適宜変更した.それ以外は全て統 ーしたこうした文脈のパターンを

6

つ作成した 最終的に

1 8

の組の文脈 とテスト文が作成される. (12)以外の文についてはAppendixの(1)から (6)を参照されたい.

被験者はテストされる数量詞のタイプに応じて

3

つのグループに分けられ る.一つは数的数量調

1 8 J

をテストする

A

グルーフ¥今ひとつは「何 か」

をテストする

B

グループ.そして「ほとんど」をテストする

C

グループである.

つまり,無助詞を含む

3

つのタイプのいずれかを付加された同じ数量詞タイ プのテスト丈が一つの調査用紙に含まれることになる.また,先述のように どのグループでも強い情報の語は

1 1 0 J1

全て」で統ーされている.

こうした調査の目的を達成する文脈とテスト丈のベアに加えて,誠実に回 答しない被験者のデータを排除する目的で

7

つのコントロール文と文脈が加 えられた.それらは,いずれも明らかに誤りであるか,正しいかのいずれか の回答が被験者に求められている.その内の一つを

( 1 3 )

に示す. (1

3 )

を 被験者は「全く誤りである」と回答することが予期されている.

( 1 3 )   A

先生が担当した

l

組の学生は全部で30名です.そのうち試験で 20 人が合格, 10人が不可となりました A先生は次のように,同僚の B 先生に報告します.

1

組は

3 0

人合格しました

こうしたコントロール文と文脈は全てのグループを通じて同じである. (残 りはAppendix(7)から(13)を参照されたい.)また,文脈を示す文中の 数量詞とテスト文中の助調は,被験者の注目をヲ│くためにゴチック体で示さ

(13)

れた.

18のテスト文と文脈に加えてこれら7つのコントロール文と文脈を併せ て調査用紙上でランダムに混ぜ合わせて配列した合計25の文脈と文を被 験者は判定することになる.

5 .   1.2.

実施手順

被験者は全て日本の大学で学ぶ日本語を母語とする学生で,おおむね

2 0

歳前後である.通常の授業時間内で調査に参加してもらった.一つの授業中 では異なったグループの調査用紙がランダムに視ぜ、て配布された.隣り合う もの同士が参照したりすることがないようにするためである.参加者全ては

2 0

分以内に回答を終えた.調査参加者は全体で

2 6 0

名で,

A

グループ(数 的数量詞)は85名, Bグループ

C f

何 かJ)は84名,

c

グループ

C f

ほと んどJ)は

9 1

名であった.

5 .   1.3.

データスクリーニングの手I}憤

データの一部は分析の対象から外された.その排除の基準は以下の表lに 示す.表中の番号はAppendix中に示したコントロール文の番号である. D

Cegree)  =1は「全く誤りである

J

D=2は「ある程度誤りである

J

D=3は「ど ちらとも言えない

J

D=4は「ある程度真実である

J

D=5は「全く真実である」

ことを示す.

1

実験

l

における被験者データの排除基準

#  不適切と見なした回答 期待された回答

D~ζ3 D=5 

D ミ3 D=l 

3 D=l 

10  D3 D=5 

(14)

数量詞に付加された日本語助詞とScalarImplicatur 71 

不適切と見なした回答 期待された回答

1 1   D=l  D=5 

1 2   D 

3 D=l 

1 3   D=l  D=5 

期待された回答(つまり「全く真実である」か「全く誤りである」のいず れか)を選んだサンプルのみを分析の対象としそれ以外を分析対象から排 除するという方法を採用したわけで、はない.許容する回答にある程度の幅を 持たせて,予期された回答に近くて,かっその選択肢がある程度理に適って 適切であるとみなせるものは許容としそれ以外を不適切であると見なして 排除する方法をとった例えば調査に回答する際,被験者は極端な回答を避 けがちであるという事情がある.従って.

D=l C f

全く誤りである J)が予期 された場合は

D=2 C f

ある程度誤りである J)も許容とし

D=3

以上を不適切 な回答とみなして排除するサンプルとした.この原則は

#8

#9

# 1 2

の コントロール文に適用された

D=5 C f

全く真実である J)が予期された場合 は

D=4C f

ある程度真実である J)も必ずしも不適切と言えないから許容とし,

D=3

以下を排除するサンプルとみなす.この原則は

#7

#10

のコントロー ル文に適用された.

こうした原則すらも適用せず.

D=5

が予期された回答であるにもかかわ らず.D=l だけを排除した,つまり D=2~D=4 までの広い回答を許容する ことにしたコントロール文がある.それは

# 1 1

#13

である.これは数量 詞の「何人か

J f

何台か」の範囲があいまいで,非常に広い幅で解釈可能だ と考えたためである.コントロール文の実例に則して説明する.

# 1 1

の与え られた文脈は

f20

名のうち

12

名がコンパに来ました」で

# 1 3

f 2 0

台を テストして

1 2

台が検査に合格.

8

台が不合格」というもので¥被験者に判 定を求めたコントロール丈はそれぞ、れ「何人か来ました

J f

何台か合格しま した」であった.そして「全く真実である」という回答が予期されていた.

(15)

この「何人か

J r

何台か

J

をもしある被験者が非常に狭く解釈したなら(例 えば20%~30%) ,与えられた文脈中の 60% (=12/20)をD=2

r

ある程度誤 りである」と判定することも可能である.その場合でも,その判定はかなら ずしも不適切とは言えないと思われる.従って, D=l 

r

全く誤りである jだ けを不適切なものと見なして排除することにした.

こうしたスクリーニングの結果,分析に用いたデータの被験者数は,合計 で178名であった. Aグループは61名, Bグループは50名, Cグループは 67名であったうち女性は54名,男性は124名.平均年齢は21歳であった.

5 .

1.

4 .

仮説に基づく予測

予測される結果は以下のようなものである.助詞「が」はImplicatureを 強化する効果を持つがゆえに,強い情報の数量調を含む文脈の下の真偽判定 で,

r

が」付き数量詞を「は

J 1

寸き数量謂や無助詞の数量詞よりはより偽と 判定するであろう それはいずれのタイプの数量詞においても低い判定値と なって現れるはずである.

いっぽうで

. r

は」が数量詞に付くと「少なくとも

J

という解釈をもたらし Scalar Implicatureを弱める効果があると想定したそのため,被験者はよ り論理的に文を解釈して,強い情報を持つ数量調を含む文脈下では,弱い情 報を持つ「は」付き数量調をより真と判定するであろう.そのことは「が

J

付き数量詞や無助調の数量詞より「は

J

付き数量詞の判定値を高めるはずで ある.

無助詞の数量詞は, どちらの効果も持たない.従って,その被験者による 判定値は,低い「が

J

付き数量詞と,より高い「は」付き数量詞の聞の値と

なることが予測できる.

5. 1.5. 結果

2

3

つのグループの平均値を記したものである.

(16)

数量詞に付加された日本語助詞と ScalarImplicatures  73  表

2

実験

1

における真偽判定値の平均

グループA:

r

数的数量詞」

グループB:

r

何 か」

グループC:

r

ほとんど」

は 3.17  2.17  2.68 

無助調 2.64 

2

.4

3.03 

グループ内ANOVAが計算された.3つの助詞タイプの聞ではグループ A (数的数量調)で被験者分析 (F1)でも項目分析 (F2)でも有意差が み と め ら れ た (F1(2,180)=31.387.  F2(2, 15)=9.783 Pく0.01). し か し グ ループ

B

内 (r何 かj)では有意差は被験者分析

( F

1)のみ有意で項目分 析 (F2)では有意差が見られなかった (F1(2,147)=9.291 Pく0.05.F2(2, 15)  く1).グループC内 (rほとんどj)では被験者分析 (F1(2,198)=8.445 Pく 0.01)のみ有意差が認められ,項目分析では有意差は認められなかった (F2(2, 15)=1.829 P=0.210). 

2つの助詞の聞の対比較ではグループAで は 全 て の 組 み 合 わ せ (rは

J

vs. 

r

がj,無助調vs.

r

がj,無助詞vs.

r

はj)で被験者分析では有意であっ たが,項目分析では「は」と「が

J

の組み合わせのみ有意差が見られた数 的数量詞のグループでは「は」と「が」の間では一貫して有意差あったこと になる グループ

B

(r何 か

J )

では被験者分析で「が

J

と無助調との間で

「が」付きの方が有意に低かった (P<O.01)だけで,他の全ての組み合わせ ではいかなる有意差もみられなかった.グループ

C

(rほとんどj)では被験 者分析で「が

J

と「は」の聞ならびに「は」と無助詞の聞で有意差 (pく

0 . 0

1) が 見 ら れ た グ ル ー プC内での他の全ての組み合わせには有意差は見られ なかった.つまり,

r

ほとんど」に「は」が付加された場合は「が」が付加 された場合や無助調より低いことが示され,それは先の予測とは逆の結果で あった.

(17)

5.2.実験2 5.2.1.方法

実験2は助調によってグルーフ。分けを行った.それ以外の基本的な方法は 実験1と同様である.例えばグループDでは,数的数量調/

r

J/  r

とんど」のいずれにも「が」を付けてテスト文を作成しそれらを同じテス ト用紙の中に含めて調査用紙を作成する.被験者は,従って「が」のみが付 加された

3

種類の数量詞を含む文を判定することになる.同様に,グルー プ Eでは「は」だけが付く全てのタイプの数量詞,グループ Fでは,全て のタイプの数量調が無助調でテストされる.従って,ある一つの助詞の効果 がそれぞれのグループの中で独立してテストされた.実験1ではひとつのグ ループの中で

3

つのタイプの助詞がテストされた.この方法だと被験者は同 じ数量調に付加されたそれぞれの助詞の効果を比較しつつ判定することにな る.ランダムに配列されているとはいえ,同じ調査用紙の中に

3

つのタイプ の助詞が付加されたテスト文が並んで、いるからである.しかしそれだと個々 の助詞の効果を独立して測定したことにはならない.従って,ひとつの調査 用紙の下では,数量調のタイプは異なってはいても,同じ助詞だけが付加さ れたテスト文を被験者が判定をし,同じタイプの数量詞の結果をグループ横 断的に比較することによって助調の独立した効果を測定することが必要と考 えた.

調査用紙の内容もそれに応じて変更された.まず強い情報を持つ語,すな わち

r

lO

J r

全て

J

を含む文脈を

6

つ作り,そのひとつの文脈につき固有名 詞や数量調が修飾する名調勾を変更したバリエーションを

3

つ作る.そのお のおのの文脈下に弱い情報を持つ語,すなわち

r 8 Jr

Jr

ほとんど」

を含む丈を組み合わせる.結果として

1 8

組の文脈とテスト文ができあがる.

これらは同じグループなら,同じ助詞が付加される.例えば,グループ D は助詞「が」のみを被験者は判定する.(1

4 )

に例を示す.

(18)

数量詞に付加された日本語助詞と ScalarImplicatures  75  (14)  a.E君は 10匹の金魚を飼っています.ある日見てみると,金魚、 10

匹全部が死んでいるのに気が付きました.それをDさんに伝えます.

8

匹が死んだ

b . I

君は 10匹のマウスを飼っています.ある日見てみると,ネズミ 10匹全部が死んでいるのに気が付きました.それをGさんに伝え ます.

ほとんどが死んだ.

C . Y

君は 10匹のカブト虫を飼っています.ある日見てみると,カブ トムシ10匹全部が死んでいるのに気が付きました.それを Zさん に伝えます.

何匹かが死んだ.

グループ

E

は全ての数量詞は「は」が付加され,グループ

F

では無助詞で 被験者はテスト文を判定する.

さらに実験

1

と同様のコントロール文

7

つ を 追 加 し 合 計

2 5

組の文脈と 丈をランダムに混ぜ合わせて,調査用紙上に配列した.

5.2.2.

実施手順

実験

2

の実施手順は実験

I

と同様である.被験者は,実験

l

の被験者とは 全く異なるが,属性は同じで,

2 0

代前半の日本語を母語とする大学生であっ た通常の授業時間中を用いておこなわれた.参加者数は全体で195名で,

そのうちグループDは65名,グループEも65名,グループFも65名であっ た.

5.2.3.

データスクリーニングの手順

データスクリーニングの手順は実験lと同様で,その基準と理由もまた同 様である.分析に用いられた被験者の数は全体で138名,グループDは39名, グループEは49名,グループFは50名であった.うち女性は69名,男性

(19)

は72名 平 均 年 齢 は21歳であった

5.2.4.

予測

予測は基本的に実験

1

と同様である. しかし助詞の効果が独立して測定 され,比較対照の下ではないが故に.

r

は」と「が」との判定値の差が縮ま ることが予測される.

5.2.5

司結果

実験

2

の結果を表

3

に示す.

数的数量調

「何 か」

「ほとんど

J

3

実験

2

における真偽判定値の平均

グル二二

M

山 手 旦 ト グ ペ ; 無 助 詞

: : ;   l  吉ト斗‑寸先

実 験1と同じく,グループ間ANOVAと対比較が導出された.助詞 の効呆が

3

グループの聞でテストされたわけだが,数的数量詞について は.

3

つの助調聞で被験者分析でも項目分析でも有意差が見られた

( F

1(

2

, 135)=11.007 F2(2, 15)=7.271 P<O.Ol).それぞれの助詞同士の比較でも (post‑ hoc Scheffe test) 

r

は」と「が

J . r

は」と無助調は被験者分析でも項目分析 でも有意差が見られた (p<0.05).数的数量詞に付加された「は」は「が」

と無助詞より判定値が有意に高かったことが示された.このことは予測に合 致している.しかしながら,無助詞の判定値は「は」と「が」の聞に落ちず,

「が」とほぼ同じ値を示した.このことは予測に反する結果となった.

r

何 か」

と「ほとんど」はグループ問ANOVAでも対比較でも,有意差は見られなかっ た.

(20)

数量詞に付加された日本語助詞とScalarImplicatures  77 

6 .

考察

実験で得られた結果を概括すると,数的数量調については比較対照下でお こなった実験

1

では,

I

J

>無助詞>

r

が」という順序で高い判定値がえ られたが,独立した効果を測定した実験2では「は

J

>無助詞キ「が」とい う結果が出た.数量調「何 か」はふたつの実験結果どちらからも決定的で 一貫した差を見いだしえなかった 「ほとんど

J

については実験1では,予 測に反して「は」より「が」が判定値が高いという結果が得られたただ,

独立下で効果を測定した実験

2

では同様の有意差はみられず,その効果は弱 いといえる.以下ではこれらの結果について筆者なりの説明を試みたい.

6. 1 .数的数量詞 6. 1 . 1 .助詞「がj

まず議論の前提として「は

J

と「が」の意味用法の違いを説明するとき に取り上げられる,コピュラ文における叙述文 ("PredicationalSentence")  と指定文( SpecificationalSentence")の違いについて説明したい.以下の 議論と例文は野田(1996)に基づく.次の (15)は叙述文と呼ばれるタイプ の丈である.

(15)  a.象は!??がほ乳類である.

b.人 は 死 ぬ .

このタイプの文は主題 Xが存在することを確認しつつ,

r

は」でつながれた

述語で

I X

はY という属性を持つ

J

とか

I X

は Y という範障に属する」こ とを述べる丈である.典型的な論理判断を表す文に用いられ,その述部は主 部の上位概念語

( " h y p e r n y m " )

である.物事の本質や属性を述べる叙述文 では,主題を表示するために「は」が好まれ「が」では明らかに不自然であ る. (15b)のような文で「が」を用いるとすれば, (16)のように,

(16)戦争では多くの人が死ぬ

(21)

というように,ある現象の描写や叙述でないといけない.さらにこのタイプ の丈は主部と述部を転倒させることはできない.

(17) *ほ乳類は象である.

これとは対照的なタイプの文が, (18)の指定文で,ある指示対象物 X を取 り出して Yであるものとして認定したり,確認したりする働きを持つ文で ある.

(18)この人が 田中さんです.

指定文では「が」が好まれるが「は

J

も可能である. (18)と同じ文脈下で 主部と述部を転倒させることは可能で(19)のようになるが,主部は主題で あるので「は」が付くのが自然である.

(19)田中さんは この人です.

(18)の場合の「が

J

には,文脈中から取り出された

x r

だけj を選び出し て指定し,文脈中の他の潜在的に可能な要素を排除する働きがある.

こうした指定の機能を持つ「が

J

が数的数量調に付いたとき,その特定さ れた数字を強く指定する機能が働いて,

S c a l a r  I m p l i c a t u r e

を強めるような 効果をもたらし判定値を低くするような「ちょうど である j という解釈 が被験者に生じたのだといえる.

ちなみに数的数量詞が取り出されて指定文の主部になる場合は,明らかに

「は」の付加は不自然である.

( 2 0 )   a .

本の値段 は

2 0 0 0

円である.

b .

太 郎 の 体 重 は

80kg

である.

( 2

1) 

a . 2 0 0 0

円が/??は本の値段である.

b.80kg 

が/??は太郎の体重である.

こうした「が

J

の機能に加えて,

Lakoff and P e t e r s  ( 1 9 6 6 )

Koenig

(1

9 9 1 )

が主張している観点も紹介したい.彼らは数的数量調には分配的解 釈

( " d i s t r i b u t i v ei n t e r p r e t a t i o n " )  

(= 

( 2 2 a ) )

と集合的解釈(

agroup o r  

s e t  i n t e r p r e t a t i o n " )  

(= 

( 2 2 b ) )

のふたつがあるという.

(22)

数量詞に付加された日本語助詞と

S c a l a rI m p l i c a t u r e s   7 9  

( 2 2 )   a .  Mary saw t h r e e  men. 

b .  Three b o y s  brought t h e  s o f a  up t h e  s t a i r s  

( 2 2 a )

1 3

人の男」は分配的に解釈できて,

1 2

人jは論理的に正しく,

1 4  

5

人jは,

Imp

1i

c a t u r e

がキャンセルされなければ不適切

( " i n f e l i c i t o u s

つ であるということになる.一方

( 2 2 b )

1 3

J

は一つの単位やまとまり

としてのみ解釈されて

1 2

人」を論理的に包含(

l o g i c a l l ye n t a i l

つ す る わ けではないし

I m p l i c a t u r e

がキャンセルされて下限解釈が可能になるとい うこともありえない.

( 2 3 b )

が示すように,

I m p l i c a t u e

をキャンセルする のは不適切である.

( 2 3 )   a .  Mary saw t h r e e  men ,  i n  f a c t  f o u r .  

b .  # T h r e e  b o y s  brought t h e  s o f a  u p s t a i r s ,  i n  f a c t  f o u r .  

( 2 2 a )

のような文は文脈に応じて分配解釈も集合解釈も可能で、あるのにた いして,

( 2 2 b )

のような文は集合解釈のみが可能である.

日本語の場合は,数的数量詞の集合解釈は「が

J

との結びつきが強いとい える.

( 2 4 )  

a.みんなで/全員で/いっしょに

3

人が/?は ソファを上に運んだ、.

b.3

人が/はみんなで/全員で/いっしょに ソファを上に運んだ.

( 2 4 a )

では数的数量詞

1 3

J

は,

1

ひとつのまとまり

J

であるといった解 釈を促す語である「みんなで

J

のスコープの内にある.その場合は「は」は 多少不自然である.数的数量詞が文頭に来て,

1

みんなで」が動詞勾だけを 修飾する

( 2 4 b )

の場合は,

1 3

人」に「は

J 1

J

いずれが付加されでも違 和感はない.

1

が」は「はj よりも相対的に一つのまとまりである,という 集合解釈をあたえる効果があるのではないかといえる.

6 .  1.2

助詞「はj

まず最初に「は」の対照用法について紹介する必要がある.これも例文等 は野田(1

9 9 6 )

による.野田はこの「は」の対照用法を「が」の排他用法と

(23)

対比しつつ紹介しているが,排他の機能については既に上で紹介した.文脈 から何かある2つのものを同時並行して採りあげて提示する場合,その名詞 句には典型的に「は」を付加することが好まれる. (25)がその例である.

(25)花子は 車は買ったけれど免許はとっていない.

この対照表現は典型的には

rA

X

だが

.B

Y

ではない」といった枠組 みで与られる.この rBはYではない」という対照される後段の表現は,

前段の

rA

X

である

J

となんらかの意味的な関わりを持つ必要がある.

この後段の部分が,明示されずに前段だけでも何らかの対照となる要素を暗 示することがある.

( 2 6 )   a .

花子は車は買った.

b.花子は車を買った.

「買った」の対象物である「車

J

に目的格を示す格助調「を」を付加するデフォ ルトの文

( 2 6 b )

に対して.

r

車」に「は」を付加した

( 2 6 a )

の場合は,文 脈中の潜在的な要素を暗示する.例えば「車は買った」が.

r

車庫はまだない」

「保険はまだ加入していない」等のように.後段が明示された場合でも,対 照要素となる名詞匂は必ずしも「は」である必要はなく「が」であってもよい.

(27)タ バ コ は や め た が , 酒 は /;がやめられない.

後段の名調句に「が」が付加された場合は.

r

が」によって焦点化がはから れることがある. (27)がその例で.

r

他のものはやめられでも,とりわけ『酒 が』やめられない

J

といった解釈が生じる.

この「は」の対照用法が,ではどのようにして「少なくとも

J

という解釈 をもたらすのか.

r

はjが付加されることで,ある対照の枠組みが想起されて,

その枠組みが suspendedinterpretation"をもたらすと考えればどうか.こ の suspendedinterpretation"にとりあえず「留保解釈」という訳語を与え ておくが,何を、uspend"すなわち「宙づり」にし「遊離」させるかという と数量詞が指定する数値に上限解釈をもたらすScalarImplicatureである.

Horn ( 1 9 7 2

, 

2 0 0 1 )

は,留保解釈をもたらす表現の枠組みを

( 2 8 )

のように

(24)

数量詞に付加された日本語助詞と

S c a l a rI m p l i c a t u r e s   8 1  

提示している.そうした表現の枠組みが与えられると.

P i

よりその尺度上 で大きな値の町(町>pi)の下では

P i

にある

S c a l a rI m p l i c a t u r e

が留保さ れる

( 2 8 )  ( a t  l e a s t )  P i ,  i f n o t  ( d o w n r i g h t )  P j   P i  { o r / a n d  p o s s i b l y }  even

町 町,

o r  a t  l e a s t  P i  

n o t  even P i , 

{l

e t  alone/much l e s s }  P j  

( 2 8 )

の表現の枠組みは「話者が,ある物事が現実にどのような状態である かに関する知識が不完全であると示しつつ,その関わりのある尺度上のあ る高い値に達する可能性をはっきりと残しておく

"Thes p e a k e r  i s  e x p l i c i t l y   l e a v i n g  the p o s s i b i l i t y  open t h a t  a  higher value on t h e  r e l e v a n t  s c a l e   o b t a i n s ,  with t h e  s u g g e s t i o n  t h a t  h i s  o r  her knowledge o f  t h e  a c t u a l  s t a t e   o f  a f f a i r s  i s  i n c o m p l e t e . "  (Horn 2 0 0 1 :  2 3 4 ‑ 5 )

ような表現である.

( 2 8 )

のような

P i

に留保解釈が与えられるような表現の枠組みが, 日本語 では,数量詞に「は」が付くことで示される対照の枠組みによって,例えば (29)のように示される.

(29)パーティに 5人は行ったが. 10人は行っていない.

(29)の場合は.

r r o

人」の可能性は明示的に否定されている. (29)の解釈 は

( 3 0 a )

に示した

" i fn o t "

よりはむしろ

( 3 0 b )

に示したような

n o t

~

a s   manyas"

といった解釈が適切であろう.つまり,ある尺度の上でより値の 高い(すなわち「強い」語である)町は明確に否定される.

( 3 0 )   a .  ( A t  l e a s t )  f i v e  p e o p l e  went t o  t h e  p a r t y ,  i f n o t  ( d o w n r i g h t )  t e n .  

b .  ( A t  l e a s t )  f i v e  p e o p l e  went t o  t h e  p a r t y ,  but n o t  ( a s  many a s )  t e n .  

仮にそうであるとしても,なお

6

人から

9

人の解釈可能性は残されていると いえる. (29)では対照の枠組みの後段が付け加わることで,同じ尺度上の より高い値(巧=10人)が否定的に意識される そして,そのことで,おな じ尺度上の低い値

( P i = 5

人)の上限解釈が留保(、

uspend

つされて

S c a l a r

(25)

Implicatureがキャンセルされるという. (28)で示されているのと似た効 果をもつことになる.そうすると下限解釈である論理解釈が際立つ結果と なって.

I

少なくとも」という解釈が生じたのだといえる.

日本語では.IPiはXだが,町はXではないj という対照表現の枠組み の後段,すなわち

i P j

X

ではない

J

の部分は

( 3

1)のように明示的に与 えられないことが多い.

( 3

1)パーティに

5

人は行った.

しかしそのような場合でも,前段の IPiはXである」のPiには留保解釈 が与えられるといってよい.後段が明示的で、ない場合でも,そこには,より

「同じ尺度上の高い値町については不明である」といった暗示的な含みが生 じる. もちろんその場合は後段が明示的に存在するよりは「少なくとも」と いう解釈は相対的に弱いといえる.

このように対照表現の枠組みの下で捉えるなら.

I

は」が付加された数的 数量詞を含むテスト丈は,留保解釈を持つ,つまり上限解釈を示すScalar Implicatureが弱められた文であったといえる.そうした文の真偽判断を強 い情報を持つ高い値町が真であるという文脈の下で被験者に求めたために,

判定値において高い値が出たのだと理解できる.

6 .  

1. 3

.

無助詞

加藤

( 2 0 0 3 :3 3 1 ‑ 9 1 )

に倣って,無助調の機能は,名調句に付加されてい る助詞を外すことでその名詞匂を脱焦点化( defocusingつさせるものだと 考える.

I

が」が数的数量調に付加されていることで生じる排他的にその数 値を指定する効果が,助詞「が

J

が外れることによって消失する.他方.1は

J

が付かないことによって,その数的数量調に与えられた留保解釈もまた失わ れて.

I

J I

は」どちらの効果もない中立的な状態が無助調であるとみなす ことができる.実験

1

の無助調の判定結果は,判定値が高い「は

J

と低い

「が

J

の間にあって,正にそのことを示している.独立して効果を測定した

(26)

数量詞に付加された日本語助詞とScalarImplicatures  83 

実験2では,

r

J

の判定値と同じであるという結果となった.これは 「が

J

がもたらす排他的な指定の効果が弱かったということが示唆されるのではな いか.しかしその排他的に数量を指定する「が」の効果は「はjが持つ留 保効果との比較では,なお実験2でも有意差を示すほど強かったといえる.

6.2. 

r

ほとんど」

「ほとんど」に付加された助調の効果は被験者が比較対照下で判定した実 験lのみで有意差がみられ,独立した効果を測定した実験2では有意差はみ られなかった従って助調の効果は弱いといえる.有意差が見られた判定結 果でも,

r

J

と無助調は判定値がほぼ同レベルで,なおかつ「は」よりは 有意に高いというもので,これは当初の予測とは逆であった.

この結果を解釈するのに. Ariel (2004, 2006)の主張が参考になる.以下 筆者の独自の観察も交えて考察する.彼女は英語の most"を次のように規 定する(Ariel,2006: 86‑7): 

(32) 

'....most means ・aproper subset which is  the largest subset

, 

given  any partitioning of the complement set (into one or more subsets)' , which entails an upper (in addition to a lower) bounded lexical  meaning

, 

namely

, 

that the quantity denoted by most is  more than  half and less than all....the same lexical status should be attributed  to the upper bound as to the lower bound for most...." 

図lがその概念を図にしたものである.

図l most"の語実的な意味 (Arie12004:683) 

(27)

新グライス派の理解によれば most"は下限解釈の論理によって冶11"に包 含され,そしてScalarImplicatureによって nota11"という上限解釈が与 えられるというものであったしかし彼女の定義によれば,上限解釈は語柔 的な意味によって与えられるのであって, Implicatureによるのではないと する.コーパスデータの観察に基づけば多くの場合 all"というのは意識さ れておらず,従って notall"というのは単に無関係なのだという.さらに Arielは all"が正しいときその下位集合の最大部分である most"も語素的 意味内容の観点からでも,多くの場合誤りとは見なされないとする. (33a)  と(33b)はHorn(1

9 9 6 )

の例で many"を論じたものだが,同じ議論が most"

にもあてはめられて,これらを引用しながら (33c)をArielは示す (Ariel 2006: 74).  (~は何らかの文脈の下にあることを示す.)

(33)  a. ‑A: Do you have two children?  Bl: No

, 

three. 

B2: ?Yes

, 

Cin fact) three. 

b. ‑A: Are many ofyour friends linguists?  Bl: ?No

, 

all ofthem. 

B2: Yes

, 

Cin fact) all ofthem. 

c. 

‑ A :  

Are most ofyour friends linguists?  Bl: ?No

, 

all ofthem. 

B2: Yes

, 

Cin fact) all of them. 

(33a)では,もし聞き手であるBlが3人子どもがいるということを知り つつ子どもが2人いるかどうかと問われたなら, no"と答えるであろう.

Implicatureが働いているという観点から Uyes"は不適切( infelicitous") な答えである. ところが (33b)のように聞き手Blが「友人全てが言語学 者であることを知っている」下で, many"で問いかけられた場合は,最初 の反応は yes"の方が no"よりも自然である. (33c)のように most"で間

(28)

数量詞に付加された日本語助詞と

S c a l a rI m p l i c a t u r e s   8 5  

いかけられた場合でも

( 3 3 b )

と同様で

n o "

は不自然である.ここでのポイ

ントは

1 3 J

というのは

1 2 J

の意味的外延

s e m a n t i cd e n o t a t i o n "

に含まれ てはいないが,

a l l "

m o s t "

many"

の意味的外延に含まれているとい うことである.平たくいえば,

a l l "

が正しいとわかっているとき,人は

a l l "

m o s t "

をあえて区別だてせず,同じものと見なして,

m o s t "

を含む命題 をことさら否定しようとはしない,ということである.

同様の議論は, 日本語の「ほとんど」にもあてはまる.

( 3 4 )   a .

パーテイに

5

人来ましたか.

B l :

いいえ,

8

人来ました.

B 2 :  

??はい,

8

人来ました b.パーティにほとんど来ましたか.

Bl: ??いいえ,全員来ました.

B2:

はい,全員来ました.

( 3 4 a )

のように

1 8

入来た」ことを知りながら

1 5

人来ましたか」と尋ねら れたら,

1

いいえ」と答えるのが適切であるのに対して,

( 3 4 b )

のように「全 員来た」ことを知りながら「ほとんど来たか」の質問に対して「いいえ」と 答えるのは不適切で、「はい」が適切な受け答えである.

「全て」は「ほとんどjの意味的外延に含まれている,ということは実験

1

での数的数量調の判定値との比較にも反映されている.

1

全く真実である

= D 5 J

から「全く誤りである=Dl

J

の聞の

5

段階判定で,

1

J 1

寸きの「ほ とんど」は

2 . 8 8

,無助詞の「ほとんど」は

3 . 0 8

であったのに対して「が」

付きの数的数量詞は

2 . 0 9

であり,

1

ほとんど」の値は「は」付きの数的数量 詞である3.17と同等の判定値レベルであった.

1

全て」が正しいとされる文 脈下で「ほとんど」を「全く誤りである j とか「ある程度誤りである」とは 被験者は少なくとも判定しなかったといえる.

それではなぜ予測に反して実験

1

で「は」が付加された「ほとんど」の方 が「が」が付加されたものより判定値が低かったのであろうか.

(29)

数的数量調の場合は,

P i

く町の下で

I P i

X

だが町は

X

ではない」といっ た対照表現の枠組みが「は」が付いたときは暗示的に想起され,

P i

の数値 に「留保解釈

J

が与えられつつ,

S c a l a r  I m p l i c a t u r e

が弱められて「少なく とも」という解釈が際立つこととなり,その結果として町が正しいとされ る文脈の下で真偽判定の値が高くなったと考えた

上限解釈が

S c a l a rI m p l i c a t u r e

によって与えられ,それが付加された助詞

「は

J

によって弱められることで論理解釈,すなわち「少なくとも」という 解釈がきわだつという新グライス派の説明に基づけば,

I

ほとんど」の場合 は(町

> P j

の下で),町は「全て」ということになる.ところが,

I

ほとんど はXであるが,全ては Xではない」という枠組みが,仮に可能であるとしても,

P i

の「ほとんど」に

S c a l a rI m p l i c a t u r e

が存在して,それが弱められ「す くなくともほとんどは Xである」という論理解釈が際立つことになるのか,

という点には疑問が残る.ただ¥新グライス派のこうした説明モデルが「ほ とんど」にはあてはまらない,というだけでは不十分である.なぜなら,比 較対照下においてはむしろ「は

J

付きの「ほとんど」の方が「が」付きのそ れより真偽判定値が低かったという,数的数量詞とは逆転する結果となった ことを十分には説明しない.

「は」が付加されて想起される対照表現の枠組みで町にあたる語は「全て」

ではなくて「残りは

J

のような「ほとんど

J

の補集合であって,それが「全 部ではない」

n o ta l l "

という与えられた強い文脈に背馳するような解釈を強 調して判定値を下げたのだといえないか.

この議論の前提としてAr

i e l

の議論を紹介する必要がある.彼女によれば,

1 1 "

を意識させるような

m o s t "

の補集合は語集的な意味に含まれも排除も されず,単に無関係であるという.ところが文脈で

m o s t "

の全体集合が与 えられるときには,その補集合が改めて意識されるようになる.その例とし て (35) の例を挙げる(Ari

e l2 0 0 4 :  6 9 4 )  . 

(35) 

One s i z e  f i t s  m o s t .  ( a  T ‑ s h i r t  l a b e l

, 

Longs D r u g s t o r e

, 

Santa Barbara

, 

(30)

数量詞に付加された日本語助詞とScalar

I m p l i c a t u r e s  

87 

Jan

.

2 0 0 3 )  

2

はそれを視覚化したものである.

2

most 

b u t  n o t  a 1 1 "

が伝える意味

N o t   a l l  

( 3 5 )

の例では,フ リ}サイズの衣服に対して定着している決まり文句 O

ne 

size f

i t s  a 1 1

"が,全体集合と しての冶

1 1 "

を想起きせ,それが同時に

n o t  

a11"を意識させる解釈を most"にあたえたのだ,と主張する.それは,

all"が正しくなるような論理解釈によって most"の下限解釈が与えられて

Pragmatic I m p l i c a t u r e

によって上限解釈である

n o ta 1 1

"が与えられるとい

う新グライス派の説明とは全く異なるものだとして次のようにいう.

(36) 

" d e r i v i n g  t h e  n o t  a

11' i

m p l i c a t u r e  o n l y  b r i n g s  t o  t h e  f o r e g r o u n d   an i n t e r p r e t a t i o n  that i s   congruent with the l e x i c a l  meaning 

most 

anyway ,  but one t h a t  i s   n o t  normally p r o f i l e d

B a s i c a 1 1 y ,  t h e   d i f f e r e n c e  i s   t h a t  t h e  l e x i c a l  upper bound 1 

am 

p r o p o s i n g  e n t a i l s  no  p r o f i l i n g  o f  

'all' ,

whereas t h e  ' n o t  a l l '  i m p l i c a t u r e  c o n v e y s  t h a t  t h e   p r e d i c a t e  i s  n o t  t r u e  o f

a 1 1

',

which 

is t

h e n  p r o f i l e d  

(Ar

i e 1 2 0 0 4

6 9 4 ) . "  

つまり.もしある most"が a11"であることが真だと言えない most"であっ たなら,その most"には,ただそれが存在する文脈が most

b u t  n o t  a 1 1 "

と いう解釈を与えているだけである,というのである.

もし, 日本語の「ほとんど

J

に 「は

J

が付加された場合も数的数量調と同 じように「すくなくとも」という解釈が与えられるとしたなら,強い情報で

(31)

ある「全て」が正しいとされる文脈下で,

r

が」が付加された場合よりも,

高い判定値が出ていたはずである. しかし実験1では逆の結果となった.そ れについては (37)の例を見ていただきたい.

(37)花子は太郎にある仕事をするように頼んで出かける.花子は戻ってき て太郎に仕事の進捗状況を尋ねて,太郎は次のように答える.

a. 

r

ほとんどはできた」

b. 

r

ほとんどができた

J

c. 

r

ほとんどできたj

端的に現状を描写する「が

J

が付加されている (37b)や無助詞の (37c)に 比べて,やはり (37a) は対照表現の後段 r~ は~でない」という部分を暗 示させる.その後段で適切な表現はどのようなものであろうか.

(38)  a. 

r

ほとんどはできたけど,のこりは できていない」

b .  ?  r

ほとんどはできたけど,全部は できていない」

c.話者である太郎が実際にまだできていない部分を指さして

「ほとんどはできたけど,ここ/これが できていない」

(38a)は,その対照となる要素に「ほとんど

J

の補集合すなわち「残りの部分

J

を入れたものである. (38b)は「ほとんど

J

(=Pi)より高いPjの値に「全部」

を入れて,数的数量調の説明と同様の対照の枠組みを設定したものである.

筆者の周りの数名のインフォーマントに確認してみたところ, (38a)につ いては,全く問題なく自然な表現である,と判定した者がほとんどであった のに対して, (38b)については,約半数の者がわずかに不自然である,と 回答した. (38a)と (38b)とを比較対照した下でなら (38a)のほうが自 然である, と回答した者がほとんどであった. (38c)は (37a)の発話が最 も適切に思われるような文脈を設定し,筆者が対照表現の後段を加えたもの である. (27) に示したように文脈から取り出される対照表現の要素は「が」

が付加されでもかまわず¥その場合,名詞句は焦点化される.

セクション6.1.2.の冒頭でも述べたように,最も典型的な比較対照用法は

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