「放送の公平性」論と「イコールタイム・ルール」
改正
著者 志柿 浩一郎
雑誌名 同志社アメリカ研究
号 55
ページ 1‑29
発行年 2019‑03‑08
権利 同志社大学アメリカ研究所
URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000037
アメリカ第一主義を掲げた
ローレンス・デイリーの「放送の公平性」論と
「イコールタイム・ルール」改正
志柿 浩一郎
はじめに
現在、日本政府は自由競争を促すことを目的として放送法の改正を検討してい る。そのなかで「政治的公平」について定めた条文内容の撤廃を検討しているこ とが、2018 年 5 月に明らかとなった。本改正案は論議をよび、報道各社もこの 問題をこぞって取り上げた1。報道では、日本の公平性を巡る議論と対比する形で、
アメリカ合衆国の公平原則(fairness doctrine)が導入されてから撤廃されるま での歴史がとりあげられるケースもある。
アメリカにおける放送の公平原則の歴史に関しては、法制史および政策史の分 野においてアメリカはもとより、日本でも多くの研究が行われてきた2。しかし、
1 この件に関しては、各新聞社や通信社も取り上げている。例えば「焦点:動き出す放送法改正、
政府は公平規制緩和に意欲」『ロイター』2018 年 3 月 26 日 Accessed August 26, 2018 https://
jp.reuters.com/article/japan-broadcasting-idJPKBN1H20C6;「在京民放キー局 5 社、政府に反対 姿勢フジ社長『民放の存在の根幹脅かす』」『産経ニュース』2018 年 3 月 30 日 Accessed August 26, 2018 https://www.sankei.com/politics/news/180330/plt1803300041-n1.html. ほ か フ リ ー ジャーナリスト、評論家や研究者などが個人的見解を、Blogos およびアゴラなどのニュースブ ログ・サイトで示している場合もある。
2 公平原則に関する研究の代表的なものとして次が挙げられる。阪本昌成『プライヴァシー権論』(日 本評論社、1986 年)、47-78 頁 ; 堀部政男『アクセス権』(東京大学出版会、1977 年)、147-183 頁 ; 石坂悦男「アメリカの放送における『公平性の原則』」『放送学研究』25 号(日本放送出版協会、
1973 年)、129 -153 頁 ; 堀部政男「放送の公平性と放送の自由―米国における公平原則の形成・
展開・廃止(椿発言とメディア)」『新聞学研究』506 号(1993 年)、78-81 頁。内川芳美 『マス・
メ デ ィ ア 法 政 策 史 研 究 』( 有 斐 閣、1989 年 )、423-460 頁 ; 松 井 茂 記「『 公 正 原 則(Fairness Doctrine)』と放送の自由」『現代国家の制度と人権』(法律文化社、1997 年)、351-402 頁。アメ リカ放送法の分野では、例えば次が挙げられる。Bill F. Chamberlin, “Lessons in Regulating Information Flow: The FCCʼs Weak Track Record in Interpreting the Public Interest Standard,” 60, no. 5(1981): 1057-1114; Thomas G. Krattenmaker and L.A. Powe, Jr, “The Fairness Doctrine Today: A Constitutional Curiosity and an Impossible Dream,” no.1(1985): 151-176; Hannibal Travis, “FCCʼs New Theory of the First Amendment,” 51, no. 2(2011): 417-514. また、ジャーナリズムや
日米で「公平性」の問題に対する認識が異なることが明確に示されることはなかっ た。また、アメリカにおける放送の公平性を巡る議論の根底に、放送事業者が自 身の放送施設を使用して独自の見解を一方的に発信できるのかという問題がある ことは一般には認識されていない。さらに、この問題の背景にある放送に関する 基本理念について、これまでの研究で深く論じられることはなかった。そのため、
アメリカの公平原則に関する歴史背景に関する理解が表面的なまま、日本の比較 対象としてアメリカのケースが論じられてきたことは否めない。また、アメリカ では歴史学および法学的な視点から多くの研究が行われているものの、公平原則 の背景にまで掘り下げる研究は限られていた。
1949 年に導入された公平原則とは、放送局が公平性を保つ努力をする必要が あることを示した「基本指針」であった。後に通信法に組み込まれ法的根拠を持 つようになった、あるいはそう解釈されるようになるが、その背景について明確 に示されることはない。また、この背景に関係し、アメリカの公平性の議論の流 れを変えたデイリー裁定については、アメリカにおいても日本においても正面か ら扱われることが少なかった。
アメリカでは、デイリー裁定に関していくつか法制史研究が存在するが、連邦 通信委員(Federal Communications Commissions, 以下 FCC)が非常識な判断 をしたケースとして簡潔にとりあげられるのみである。具体的には、他の公平性 を巡る紛争ケースを扱う中の歴史背景として触れられるか、公平原則やイコール タイム・ルール3に関する歴史の中で論じられてきただけである4。しかし、公平原
メディア学の分野においても重要なテーマとなっている。例えば、Steven J. Simmons,
(Berkeley, California: University of California Press, 1978);
Donald J. Jung,
1981-1987(Lanham, Maryland: University Press of America, 1984); Christina L. Gonzalez, “Restoring Historical Understandings of the ʻPublic Interestʼ Standard of American Broadcasting: An Exploration of the Fairness Doctrine,”
7, no. 1(2013): 89-109.
3 選挙候補者を政見放送に出演させた場合に、他の候補者にも同等の放送時間を提供することを定 めた規則である。1927 年無線法で定められ、1934 年の通信法に引き継がれた。これは、政見放 送の時間を定めたものであり、公平原則とは異なる。
4 “Appearances on News Programs Excluded from Equal Time Act,” 46
(1960): 564-575; Lawrence A. Erbst, “Equal Time for Candidates: Fairness or Frustration,”
34(1961): 190-207 ; Roscoe L.Barrow, “The Equal Opportunities and Fairness Doctrines in Broadcasting : Pillars in the Forum of Democracy,”
37, no. 3(1968): 447-549 ; Howard Downs & Karen Karpen, “The Equal Time and Fairness Doctrines : Outdated or Crucial to American Politics in the 1980ʼs,”
4(1981): 67-90; M.Shannon Underwood, “Mandatory Television Access for Minor Party Presidential Candidates: Revamping Section 315 of Equal Opportunities Doctrine,”
則を導入することを明記した FCC による 1949 年の報告書と(以下「報告書」と する)5、その 10 年後にローレンス・デイリーの放送の公平性論によって引き起こ されたデイリー裁定は、アメリカの公平性を巡る議論の背景にある根底、思想6 や捉え方を明確にする上で重要な意味を持つ。
数は少ないものの、イコールタイム・ルールとデイリー裁定に関する論考は存 在し、現在も研究が続いている7。最新の研究では、イコールタイム・ルール改正 を巡る連邦議会の議論を詳細に分析しており評価に値する。だが、イコールタイ ム・ルール改正の議論にはアメリカの二大政党制を維持しようとする力が働いた と結論づけるのみで8、デイリー裁定およびイコールタイム・ルールの改正が、法 制史やメディア史においていかなる意味を持つのかについては触れられていな い。また、デイリー裁定が議会における改正議論にどう影響を及したのか論じて いる興味深い博士論文が存在するが、1986 年に提出されたものであり、内容や 年号に関しては若干の誤りがみられる9。
本研究では、アメリカにおける放送の公平原則の歴史を改めて整理しつつ、(1)
アメリカにおける放送の公平性を巡る議論の流れを変えることとなったデイリー 裁定、(2)本裁定後の上院議会での「イコールタイム・ルール」見直しに関する
12(1989): 263-287; Christian McGrath,
“Political Video News Releases: Broadcastersʼ Obligations under the Equal-Opportunity Provision and FCC Sponsorship-Identification Regulations,”
(1993): 313-329; Harry R. Blaine, “Equality, Fairness and 315: The Frustration of Democratic Politics,” 24(1964): 166-180; Bruce Fein, “First Class First Amendment Rights for Broadcasters,” 10, no. 1(1987):
81-85; Simmons, (Berkeley, California: University of California Press, 1978); Jung,
1981-1987.
5 報告書の内容に関して、詳細は次節で後述する。本報告書によって、公平原則が基本指針として 導入されたほか、放送事業者が自由に番組を編成する権利が明確化された。
6 放送の公平性の根底にある考え方や思想は、合衆国憲法でも示されている言論の自由を基本とし ている。しかし、電波を利用する放送に関しては、放送施設に誰がアクセスするべきか、誰が権 限を決めるのか問題となった。アメリカでは、放送施設など、コミュニケーションを取るための 手段には誰でもアクセスできるようにするべきであるとする考え方が強いのだが、現実的に誰で もアクセスできるようにするのは難しい。アメリカの公平性を巡る議論の根底には、この問題に 関して現実的にどう対応するべきかが常に問われてきた。
7 Ryan Neville-Shepard, “Containment Rhetoric and The Redefinition of Third-Parties in the Equal Time Debates of 1959,” 66, no. 5(2018): 522-540.
8 Ibid., 533.
9 Marcus R. Hayes,
(Doctoral diss., University of Mississippi, 1986).
議論、(3)改正後の「イコールタイム・ルール」原則のあり方、についてこれら の歴史的意味を一次資料に基づき考察する。
前半において、特に、1949 年に FCC の基本指針として示された公平性に関す る委員会の見解と、そこに至るまでの議論を俯瞰した上で、アメリカにおける放 送の公平原則を巡る議論の根底に何が存在するのか、その歴史を遡る。そのうえ で、この議論の流れを変えることを決定付けたデイリー裁定およびその後の議論 を考察し、日本の放送の公平性を巡る問題に対してどのような示唆が得られるの か検討する。
アメリカの公平性を巡る政策議論の歴史は、アメリカ研究にとどまらず、放送 法改正を巡って揺れている現在の日本の放送・通信政策の議論を検討する上で示 唆に富む。アメリカでは、1949 年の報告書によって公平原則が導入された際、
放送事業主は自身の施設を使って自由に事業主の立場を表明できるようになっ た。一方で、放送事業者が自局の施設を使うことで一方的な情報発信ができるこ とから、巨大な影響力を持つことが危惧された。他方、その 10 年後の 1959 年、
シカゴ市長選挙に立候補したローレンス・デイリーの訴えにより、FCC は、出 演者の精神的側面に疑念があったとしても、放送局は様々な背景を持つ人を番組 に出演させなければならないという判断を下す。これがデイリー裁定と言われる ようになった。この裁定での判断により通信法で定められていた「イコールタイ ム・ルール」に不備があることが明らかとなり、連邦上院議会での議論の末、本 ルールに修正箇条が加筆された。しかし、この改正により「イコールタイム・ルー ル」とは異なる放送の基本指針「放送の公平原則」が法的な根拠を持ち、指針で はなく通信法と同等の強制力のある法規範となった、あるいはそのような効力を 持ったと解釈されることとなった。その後、同裁定と改正の議論によって、放送 事業者は、政見放送と異なる番組であっても、選挙立候補者らを番組に出演させ た場合、いかなる人物が放送施設にアクセスが許可されるべきなのか、その決定 権限は誰にあるのか、多くの問題が指摘され、放送事業者が自由に放送できなく なる事態が生じた。
この歴史は、放送の公平性に関して全ての人が納得できるような普遍的な答え がないことを改めて示すものであり、本稿では、それに対してアメリカでいかな る対応がとられたのかについても、改めて歴史を遡る。
Ⅰ 公平性を巡る議論の根底 1.1949 年 FCC 報告書
すでに多くの研究が行われており、報告書に関しては多くのことが論じられて
いる。しかし、アメリカにおける放送の公平性を巡る根底に何があるのかを理解 するには、報告書の背景および趣旨を改めて確認する必要がある。
法学およびメディア史研究では周知の史実として論じられるが、1949 年、
FCC により、報告書 が出
され、アメリカの放送に公平原則が導入されることになった。この報告書は次の 点で重要である。
(1)アメリカの公平原則の基礎を固めたこと
(2) 自主性を重んじ、放送局独自の視点を反映した報道番組の制作・編集 の権利を認めたこと
(3) 放送の内容は公平でなければならず、放送事業者は様々な視点をでき るだけ含める努力をすべしと示したこと10
これまでの公平原則に関する議論では最後の(3)が強調されることが多く、日 本の研究においても、本原則は放送事業者が偏向的になることを防ぐことを目的 とした指針であり、政治的公平性を求めたルールと理解されている。他方、アメ リカにおいても放送事業者の言論の自由の担保と公平性を巡る問題が議論の中心 となっている。報告書の結論のみに注目すれば、放送における政治的公平性を定 めた指針であると読み取れ、放送事業者に公平性を保つことを求めたことには間 違いない。
しかし、これ以外にも重要な点があり、それが後のアメリカの公平性を巡る議 論において問題となった。本報告書は、番組内容の公平性を放送事業者に求めて はいたものの、それが主な目的であったとは言いきれない内容が含まれている。
実際は、1941 年に、放送事業者が自局の施設を使用して独自の見解を示すこと を FCC が禁じたメイフラワー裁定(Mayflower Decision11)の撤回を主眼として おり、放送に従事する事業者の独自視点から番組を編集する権利を認めるかどう かを問題としていた。
10 Simmons, 42; Jung, 9; 志柿浩一郎「放送の公平原則を超えて : F. Hennock の描いたアメリカ放送 の未来」『同志社アメリカ研究』53 号(2017 年)、61-83 頁。
11 魚住真司「米国放送史におけるフェアネス・ドクトリンの今日的位置づけ―Personal Attack Rule 廃止を契機としたレッド・ライオン事件の再評価」『同志社アメリカ研究』40 号(2004 年)、
31 頁 ; 水野道子「レーガン政権の通信政策における希少性と萎縮効果―公正原則撤廃過程からの 一考察」『メディアと文化』3 号(2007 年)、25 頁 ; 志柿「放送の公平原則を超えて」63 頁。
この裁定についてはすでに多くの研究でも論じられているが、アメリカにおけ る公平原則を導入した背景を理解するために、再度整理する。
2.メイフラワー裁定と公平原則の成立
1949 年に公平原則が基本指針として導入されるまでは、放送の番組内容の公 平 性 を 巡 っ て 紛 争 が 起 き た 場 合、The Communications Act of 1934(Public Law 73-416. 以下、通信法)に則りケースバイケースで解決されていた。その間、
実際に免許停止に至ったケースは少なかったが、放送事業者が公共の利益にかな う放送をしていなかった場合に限り、通信法において想定されている範囲内であ れば、FCC は放送事業者の免許剥奪あるいは免許交付の検討を行うことができ た。つまり、通信法に従えば FCC は免許の交付・更新の判断を下すことが可能だっ た。
他方、通信法では「公益性・利便性・必要性(Public Interest, Convenience, Necessity)」を備えた放送局に免許が付与されることと定められていた。しかし、
この文言は具体性に欠けており、FCC がいかなる基準と方法で免許交付・更新 を行うのか議論が続いていた。その中で、放送局の社説放送12の是非をめぐって、
FCC は 1941 年にメイフラワー裁定を下す。その経緯は次の通りである。
メイフラワー放送(Mayflower Broadcasting)社は、ボストンでのラジオ放 送局開局を目指し、1939 年 3 月 23 日に FCC に開局許可を申請した。その際に 同社は、免許更新審査の過程にあった放送局 WAAB に既に割り当てられていた 周波数帯の利用を申請した13。そこで同社は、既存局 WAAB は偏向報道を行って おり、通信法で定められた「公益」に違反していることから、WAAB の免許の 更新はせず同社に免許を交付するべきであると FCC に申し立てた。FCC は、同 社の運営能力に疑問があることを理由に同社の申請を却下する14。一方で、社説放 送を行わないことを条件に WAAB の免許を更新した15。
この騒動の中で、1937 年 1 月ごろから 1938 年 9 月までの間に WAAB 局が「社 説(Editorials)」と称する時事番組において、特定の政治家、特に選挙立候補者 になりえる有力政治家のみを出演させ、特定の候補者を支援するような内容を放 送していたことが明らかとなった。これに対し FCC は、通信法 315 条で定めら
12 Editorializing の訳である。新聞の社説のような内容を含む番組を指す。論説放送と訳す者もいる。
本稿では、日本のアメリカ放送史研究で使用される「社説放送」を採用した。
13 FCC, ( ), Docket No. 5618
and No. 5640(1941), 333-338. [hereafter ] 14 Ibid., 335-337.
15 Ibid., 338.
れている「イコールタイム・ルール(Equal Time Rule)16」に抵触する恐れがあっ たとして問題視した17。
ところでこのイコールタイム・ルールとは、選挙候補者を政見放送に出演させ た場合に、他の候補者にも同等の放送時間を提供することを定めた規則である。
1927 年無線法で定められ、1934 年の通信法に引き継がれた。これは、政見放送 の時間を定めたものであり、公平原則とは異なる位置づけであった18。
このメイフラワーの件を受けて、FCC は WAAB が配信していた社説放送の ような番組や、事業者独自の見解を主張するような報道番組を禁じる方針をと る19。この方針で重要な点は、事業者自身が自局の施設を利用して独自の見解を示 すことを禁止したことであり、フリージャーナリストやコメンテーターが番組に 出演し考えを示すことを禁じたわけではなかった点にある。
FCC は禁止の判断に対して、放送が民主主義社会において重要な役割を担う とした上で、現実には混信を避けるために放送免許の許可が降りた事業者のみが 放送に従事することができ20、この状況下で多様な視点を尊重せずに放送局自身が 独自の見解を示すことは好ましくないとした21。FCC はメイフラワー裁定関連の 報告書の中で「放送免許保持者の主張のために電波が使用されるべきではない(中 略)まとめれば、放送事業者は一定の立場の主唱者(advocate)になってはなら ない」とまとめている22。その上で、放送における言論の自由は広い意味で捉える べきであり、公共性の高い問題に関して、放送局は多くの視点を取り上げ、不偏 不党であるべきとした23。ここで FCC は、放送事業者が不偏不党であるには、主 唱者になることを避けるべきであると結論付けた。
FCC は、放送免許を保持している事業者は 24 時間放送を行なえる状況下にあ
16 Kathleen A. Ruane, (CRS Report No.
R40009)(Washington, DC: Congressional Research Service, 2011).
17 , 339.
18 ただし、位置づけが異なると論じることに関しては異論もある。これについては、Ruane, Fairness Doctrine, 3 に詳しい。
19 , 341. 尚、アメリカでは、ラジオ送信機さえあれば、誰でもラジオ放送を開
始でき、自分達の考えを示すための手段としてラジオ送信機を捉える視点があった。20 世紀初 期の愛好家らの活動や大学の実験によって、放送の前身となる通信活動が始まり、ラジオ通信は 双方向のコミュニケーションツールと捉えられた。ところが、1920 年以降から、ラジオ送受信 機が広く一般に流行り、教会、デパート、企業、各教育機関、無線愛好家など、多くの個人や組 織が無秩序にラジオ放送を行い混信の問題が生じた。そのため、規制を求める声が高まり、免許 を保持する事業者のみが放送できる形となった。
20 , 340.
21 Ibid.
22 Ibid.
23 Ibid. なおこの件は、志柿「放送の公平原則を超えて」63 頁でも論じられている。
り、その特権の下に視聴者の意に反して事業者独自の思想を放送することは、通 信法で定められている公益にはあたらないと考えた。放送事業者は、自身の考え 方を表明するのではなく、あくまで視聴者の利益を考慮し番組を編成、提供する ことに徹しておくべきとした。ここでは番組内容を検閲する意図は全くなかった。
ところが FCC の意図に反して、FCC の判断は WAAB 局の番組内容に踏み込 んだものと解釈された。特に、アメリカの放送業界を統括する業界団体である全 米放送事業者協会(National Association of Broadcasters)と、放送業界の労働 組合や地方放送局から痛烈な批判を受けることとなった24。批判を受け、1948 年 に FCC は、放送に携わるすべての事業者の社説放送の是非および編集権の問題 に関して 8 日間にわたる公聴会を開催する25。この公聴会での証言を元に、FCC は、
メイフラワー裁定で社説放送を禁じた判断を撤回し、新しい FCC の指針として 1949 年の報告書を作成した26。
この公聴会の内容については次に詳しく論じるが、公聴会に参加した証言者は 放送事業者や先述した全米放送事業者協会と関わりのあるものが参加しており、
メイフラワー裁定の撤回を求めていた。一方、反対意見を表明する地方の放送事 業者も証言しており、放送事業者自らが放送局を使用して一方的な考え方を主張 することは、巨大な放送事業者がより一層力を持つと証言している27。最終的に、
メイフラワー裁定は言論の自由を定めた憲法に違反しており、放送事業者の自由 を奪うものとして見直しの必要性が主張されるようになった。その過程を経てま とめられたのが、FCC による 1949 年の報告書であった。こうしてアメリカでは 公平原則が導入されたが、この時点ではあくまで指針であり、通信法のような位 置づけではなかった。
3.1949 年 FCC 報告書内容
繰り返すが、本報告書では、放送事業者の社説放送を許可した場合、どこまで 事業者に番組編集の権限を与えるか、また、放送に従事する事業者が独自の見解
24 Simmons, 41; Jung, 9; Gonzalez, 94.
25 FCC, Vol
1-8(1948), Box 3385, Box 3386, Docket 8516, Records of the Federal Communications Commission, Record group 173; National Archives at College Park, College Park, MD. [Here
after FCC, ]
26 Donald G. Godfrey and Frederic A. Leigh, eds., (CA:
Greenwood Publishing Group, 1998), 149.
27 FCC, (1948), Box 3381, Box 3382, Box 3383, Box3384, Docket 8516, Records of the Federal Communications Commission, Record group 173; National Archives at College Park, College Park, MD.
を示すことは可能なのかが問われた。報告書は放送事業者が自由に自分たちの思 想や考え方を主張することを認める代わりに放送に関わる事業者としての社会的 責務として次の 2 点を求めた。
(1) 公的に重要でありかつ論議を呼ぶ社会問題に関して放送時間の比率を 十分にあてること
(2) 放送を行う際は、対立見解を持つ者に設備や施設を提供するなど、多 くの人に放送の機会を与える努力をすること。その際、放送の内容は 公平であること28
報告書では、以上の 2 点を事業者に求めるにあたって次の理由を示している。
まず、民主主義国家では、多くの人々が幅広く社会問題に関心を持つことが重要 であり、多様な情報が多くの人に提供あるいは共有されることが望ましいと理由 づけた。しかし、電波は有限性のある公共資源と捉えることができ、すべての人 が勝手に自分の意見を表明するために放送を開始すれば混信を起こしかねない。
そのため、公共資源を利用するという自覚を持って放送が行える事業者のみに免 許が交付される必要があること、また、放送事業者が独自の見解を示すことを許 可することが書かれていた29。ここで、メイフラワー裁定の内容を撤回し、放送事 業者が意見表明できるよう自由な番組編集を認め、その代わり、以上の 2 点を放 送事業者側に求めた。このような公平性に関わる指針を示すことで、有限性のあ る電波を利用する事業者数が限られていたとしても、様々な視点が放送に反映さ れることを狙った。
一方で、公平原則を執行する立場にある FCC の権限がどこまであるのか、公 平性の基準はいかなるものかといった、免許交付・更新の際に重要になる点は明 確に示されなかった。このように重大な欠点を内包する内容であったものの、こ の報告書によって公平原則が導入されることとなった。
また、この報告書では、公平原則を解釈する上で根幹をなす二人の委員による
28 FCC,
, 29 Fed. Reg.(1964), 10426. 尚、この引用は、1964 年の FCC の報告書において、
1949 の報告書の内容を箇条書きで示したとする文の拙訳である。1949 年の報告書では、この内 容の 13 頁におよぶ説明があるが非常に分かりにくい。1949 年に委員の一人であった Robert Jones も 1949 年の FCC の報告書の内容は不明瞭であると指摘している。
29 FCC, , Docket No.8516(Washington, D.C.:
GPO, 1949), 1246. [hereafter “Report on Editorializing”]
追加意見(additional views)と個別意見(separate views)が示されている。委 員の一人ロバート・ジョーンズ(Robert Jones)は個別意見において、表現の自 由を定めた合衆国憲法がいかに大事であるかを論じている。そのうえで、事業者 の自主性を重んじるべきであるとし、公共の電波を使用する放送事業者の責任は 重大であり、公平性が保たれているか FCC が過去の番組に遡って検証する権限 を持っているとした30。彼の見解では、アメリカ合衆国憲法に従えば、放送事業者 の表現の自由を脅かしてはならない。同時に、放送事業者は、自主的に放送する ことが難しい視聴者への責務があり、公平性は保たれなければならないと論じ、
FCC が放送された番組の内容を検証することの重要性を問うた。報告書そのも のに反対こそしなかったが、ジョーンズは、1949 年の報告書で「公平性の原則
(Doctrine of Fairness)」が不明瞭である点を指摘し、それについては改善する べきであるとして、その内容に懸念を示した31。
追加意見を示した委員、エドワード・ウェブスター(Edward Webster)は、
報告書の内容に賛成した上で、報告書では放送事業者が自分の意見を述べること ができるのか明確に示されていないとし、その点は改善されるべきと指摘した32。 その上で、「ラジオ放送における表現の自由が争点なのではない。ここでは、ラ ジオのマイクにアクセスする権利あるいは特権が争点なのだ33」と付け加えた。こ こで注目しなければならないのは、後の公平原則を巡る議論として、表現の自由 を定めた憲法との整合性が問われたが、ウェブスターのこの発言は彼がそれとは 異なる解釈をしていたことを示していた点にある。彼は、放送の特権を持つ放送 事業者には、ラジオのマイクに誰がアクセスするのか決める責任があり、これに 関して誰もが納得する基準は設定できないものの、放送を誠実に行うのであれば 放送事業者による公平性の確保は可能だと主張した34。
アメリカでは 1987 年に公平原則の撤廃が決定されるまで、この二人が示した 見解が、放送の公平性を検討する上で有効な考え方となった。この二人の委員は、
放送事業者性善説の下に、放送事業者の自主性を重んじ、議論を呼ぶ問題に関し ては幅広く多くの視点を反映させることを求めた。
4. メイフラワー裁定の判断と公平原則導入に対する意見
この公平原則が導入される以前、1948 年 3 月 1 日から 8 日間の公聴会が開催
30 Ibid.
31 Ibid., 1264.
32 Ibid., 1258. 拙訳。
33 Ibid. 拙訳。
34 Ibid., 1259.
された。そこでは、放送事業者が独自の見解を示したい場合、番組の編集の権利 を事業者に認めるかどうか否かを判断するための意見聴取が行われた。公聴会に は、American Broadcasting Company(ABC)、Columbia Broadcasting System
(CBS)や National Broadcasting Company(NBC)などの代表のほか、放送業 界関連の人物が公聴会に証言者として参加した35。その証言の内容はいずれの放送 事業者も一貫しており、メイフラワー裁定での FCC の判断は放送事業者の表現 の自由を侵害するものであり、アメリカ合衆国憲法の精神に反するとした。その 上で、新聞のように質の高いニュースを提供することを放送事業者に求めるので あれば、放送事業者が自由に発言できる権利を認めることを求めた36。他方で、放 送事業者のみが免許を保持し放送できる状況下では、放送事業者は通信法に定め られている公益に即して事業を行う重大な社会的責任を負うが、その責任を無視 するような事業者は視聴者や近隣コミュニティーによるチェックが入るため、行 政の干渉は極力少ないほうがいいとする証言も報告書の中で散見される37。これら 発言に鑑みれば、放送事業者が FCC に対してメイフラワー裁定の決定の変更を 求めていたことがわかる。
しかし、全ての放送事業者がメイフラワー裁定の撤回を支持していたわけでは なかった。FCC がメイフラワー裁定での決定を撤回し、新しい指針を打ち出す ことに懸念を示す事業者やフリージャーナリストの証言も存在した。例えば、フ リージャーナリストのソール・カーソン(Saul Carson)という証言者は、NBC や CBS などがメイフラワー裁定の撤回を求めている件について、FCC が 1946 年に示した Blue Book38の冒頭で示されているアメリカにおけるラジオのコンセ プト39に則り、巨大な放送事業者が更に影響力を拡大することを阻止し、彼のよ
35 参加者は次のレポートの表紙に記載されている。FCC,
Vol 1-8(1948), Box 3385, Box 3386, Docket 8516, Records of the Federal Communications Commission, Record group 173; National Archives at College Park, College Park, MD.
36 Ibid.
37 Ibid.
38 テレビの普及に伴い、FCC の作った倫理規定のようなもので、放送免許を所持する者に対する
規則集である。 と称されるが、表紙が青
だっため Blue Book と呼ばれるようになった。
39 Blue Book の裏表紙に、Freedom to Listen というタイトルの下に書かれたアメリカのラジオ放 送のコンセプトが書かれている。そこには「我々アメリカ合衆国のラジオのコンセプトとは、ラ
ジオは人民によるもので、人民のためにある。恐怖を抱くことや制限されることなく、(ラジオを)
聞く自由の基本は確立されていなければならない。それは、言論の自由(Freedom of Speech)
および出版[報道](Freedom of press)の自由と同じく、重要だ」と書かれている。本証言者 はこのことを指して持論を展開したものと思われる。
うなフリージャーナリストや一般市民が放送局にアクセスできる環境を確保しな ければならないと訴えている40。また、アメリカのメディア史において頻繁に引用 される著書を出版したエリック・バーナウによる証言もあり、有限性のある電波 を使っている放送事業者が新聞社並に社説のような番組を放送したいと主張する のに驚きを隠せないと述べている41。ほか 8 日間におよぶ公聴会の中では、反対も 賛成もしないが、放送事業者が公平に多くの視点を扱うのが大事だとする意見や、
似かよった意見を持つ人しかいない地方の放送事業者とニューヨーク市のような 人口の多い街にある放送事業者では、環境が異なることを考慮しなければならな いとする証言がある42。公聴会では概ね、NBC や CBS などの主要な事業者が求め ていたメイフラワー裁定の撤回に賛成する者が占めている。しかし、公平原則導 入に関しては、FCC が 1949 年に報告する前後から反対意見を示した投書があり、
委員会のメンバーも反対意見を示している。
メイフラワー裁定を撤回した上で公平原則を導入することに反対した証言者の 理由付けは興味深い。反対理由として、放送事業者が主唱者(advocate)になり える状況では、放送局がプロパガンダ局になりかねないとする懸念があることや、
放送事業者に近い意見を持つ者だけが出演可能で、最終的には少数者の視点が公 平に扱われなくなる恐れがあることがあげられている。また、先述したようなフ リージャーナリストや市民団体、地方行政が放送事業者と異なる意見を持ってい た場合、放送施設にアクセスできなくなるのではないかとする意見も出ていた。
1948 年に女性初の FCC 委員の一人に任命されたフリーダ・へノックは公平性 を保つことは重要としながらも、報告書の内容が現実的でないことや、公平性を チェックするための法的制度が具体的に整備されていない状況において FCC が 公平性をチェックするのは難しいことを理由に、公平原則の導入に委員会メン バーの中で唯一反対した43。彼女は、放送事業者が公平に他の意見を扱うのであれ ば、事業主が自分の考えを示すこと自体に害はないとしつつ、公平性を監視する 手立てがないことを理由に反対した。彼女の考えと同様、地方の放送事業者の中 には、公平性は重要としながらも、反対を示す事業者も存在した。地方に一つし かない放送局の場合、大手の放送事業者と比較して力はなく、公平原則が導入さ
40 FCC, 3
(1948): 361-380, Box 3385, Records of the Federal Communications Commission, Record group 173; National Archives at College Park, College Park, MD.
41 Ibid., 589-590.
42 FCC, Vol
1-8(1948), Box 3385, Box 3386, Docket 8516, Records of the Federal Communications Commission, Record group 173; National Archives at College Park, College Park, MD.
43 詳しくは、志柿「放送の公平原則を超えて」、68 頁。
れれば、反対意見を必ずとりあげなければいけない状況となり、それに対応でき ないとの証言もあった。
このような多くの意見を公聴会で検討した上で、1949 年に FCC は報告書をま とめた。なお、報告書の後も、公平原則に対して反対する署名、投函、手紙、弁 護士団体からの公平原則導入の再検討の要望は続いた。1949 年に、公平原則が 指針として導入されたものの、意見が分かれた状況に変化はなかった44。その後、
テレビが普及する 1950 年代に状況が代わり、1960 年代以降は公平原則が法規範 として本格的に適用されるようになった45。
Ⅱ ローレンス・デイリーの「放送の公平性」論と通信法改正
1.公平原則の制度的強化
前述のように、公平原則は、導入時点では放送事業者が従う努力をするべきと FCC が示した指針であった。これが、通信法で定められた「イコールタイム・ルー ル」の改正後に、制度的に強化された、あるいはそう解釈されるようになった。
繰り返すが、通信法で定められた「イコールタイム・ルール」は政見放送の時間 を定めたものであり、厳密には「イコールタイム・ルール」と公平原則は異なる 位置づけであった。本ルールでは、公職候補者に放送をさせた場合、他の候補者 にも同等の放送時間を提供することが定められていた。これまでの研究、特に法 学の分野では、量的な公平性を担保する規則であり、公平原則は質的な公平性を 求めた規則と解釈されるケースが見られる。しかしながら、イコール・タイムの ルールは政見放送に関して、政治的に公平であることを求めた法的規則である。
公平原則は、放送事業者が独自の意見を表明することを認める代わりに、論議を 呼ぶ社会問題を番組の中で扱うようこころがけ、その際はできるだけ多くの視点 を反映させる「努力」をするよう求めた FCC の指針である。
他方で、異なる位置づけではあるが、公平原則もイコールタイム・ルールも放 送事業者に一定の公平性を求める点では共通しており、その後公平性を巡る紛争 では多くの混乱を引き起こす要因となった。特に、公平原則政策導入から 10 年
44 FCC, (1948), Box 3381, Box 3382, Box 3383, Box3384, Docket 8516, Records of the Federal Communications Commission, Record group 173; National Archives at College Park, College Park, MD.
45 この件に関しては、魚住真司「日本版公正原則の現在」『人権を考える』21 号(2018 年)、6-7 頁 で論じられている。ほか、松井「『公正原則(Fairness Doctrine)』と放送の自由」、357 頁 ; 堀部 政男『アクセス権』(東京大学出版会、1977 年)、150 頁や、Simmons の歴史研究などでは、
1960 年代以降、公平原則が実際に適用されるようになったと論じられている。
目の 1959 年、シカゴ市長選挙に立候補したローレンス・デイリーという人物の 公平性に関する FCC への訴えとそれに対する FCC の対応が発端となり、通信 法に不備があることが明らかとなった。同年、大統領選挙を翌年に控え、通信法 の 315 条「イコールタイム・ルール」の改正が進められる46。当時このルールは、
政見放送のみに適用されていた。このルールの適用範囲を広げるかどうか否かが 問題となり、政治的な意見が表明されていない番組、通常のニュース番組やドキュ メンタリーは適用外とする方向で改正が進められた。その過程では、選挙候補者 の出演時間が平等であると定めたルールは重要かつ厳守されなければならないも のであり、今後も実態に沿って改善が要求されるが、それに関わらず放送事業者 は社会的責務を負う立場として公平でなければならない、という内容の文言が加 えられた。
改正案の審議が行われた上院議会の最後において、次のような発言がある。
問題は、ウィスコンシン州代表の上院議員 パストー氏による通信法修正箇 条の内容の部分的変更を認めるかどうかにある。賛同が得られた修正箇条の 内容変更の具体的な中身は次の通りである : 1 頁 9 行目、ピリオドのあとに、
カンマをいれ次のようにする。『(イコールタイム・ルールの適用外の番組を 定める修正箇条に関して)この修正箇条は、議会が通信法の規定に関して基 本的に意図した内容を変えるものではない。テレビおよびラジオの電波はパ ブリック・ドメイン47であり、その電波を利用する免許を保持している場合は、
公益 (Public Interest)に沿う形で(通信・放送の)業務を行わなければな らないし、ニュース・ドキュメンタリー、現場中継などであっても、公的に 重要な社会問題に対し多くの視点が可能な限り合理的且つ公平に取り入れら れるとする要求から、放送事業者が免除されたと解釈されることがあっては ならない。』48
この発言の後に上院議会で改正案が可決され、イコールタイム・ルールに修正箇 条が加えられた。ただし、修正箇条を加える過程で、放送事業者は公平に多くの 視点を反映させることに変化はないという文言がさらに付け加えられることと なった。この文言が加えられた背景には、イコールタイム・ルールを改正するこ とで一致はしていたが、このルールの適用範囲の例外を認めることによって放送
46 Simmons, 47-50.
47 公共的なもの、公有財産。
48 拙訳。
, S.2424, 105th Cong, Pt.11:14462.
事業者の自由裁量が認められる、と事業者が解釈することを懸念した議員らがい た。上記の文言は、改正後に起こり得る問題への懸念を隠せなかった議員らが、
追記するよう要求したものであった。
イコールタイム・ルールは公平原則とは異なる位置づけではあったが、公平原 則で求められていた事項と同じように、公平であるべきとする内容の文言が加え られたことを契機に、時間だけではなく内容に関しても公平性が求められるよう になった、あるいはそう解釈されるようになった。その後、政見放送に限らず報 道番組や時事番組にも公平でなければならないとすることが適用されるケースも 出てきた49。このような改正を進める原因とその後の議論の方向性を定めたのが、
FCC のデイリー裁定と呼ばれる判断である。
2.ローレンス・デイリーの生い立ちと政治思想
デイリー裁定を生み出した原告、ローレンス・デイリーに関する伝記および学 術研究はほぼ皆無である。彼の名前は、イコールタイム・ルールに関する研究お よび公平原則について書かれた歴史研究において、名前と彼の起こした FCC へ の訴えのみが取り上げられる。また、彼の政治家としての経歴は新聞記事などの 記述以外は、個人オンラインブログに掲載があるのみであり、その内容の信憑性 を確認することは難しい。
一方で、ニューヨーク・タイムズなどの過去の新聞記事に彼の生い立ちおよび 政治思想に関する叙述が少なからず残っている。アイルランド系の移民 2 世とし て、1912 年にインディアナ州ゲーリーで生まれ、6 歳からシカゴで過ごした50。そ の後、24 歳まで野菜や果物を販売しながら生計をたて、バーやクラブなどで使 用される長椅子を販売するビジネスを初めた51。彼はアンクル・サムの格好で選挙 に立候補することで知られ、共和党で出馬することもあれば、民主党候補者とし て出馬することもあった52。上院議会議員に 6 回、大統領選、州知事、シカゴ市長 選挙に立候補するが、いずれも当選したことはない。異例の経歴を持つ人物であ り、40 以上の選挙に立候補したといわれている53。彼は政治思想としてアメリカ
49 Ruane, 3. 尚、本原則が通信法に組み込まれた経緯は複雑な過程を経ており、過去の研究を見ても、
通信法が改正され、それによって公平原則が法制化された、あるいは、当時はこれによって法制 化されたと解釈された、とまとめるものが散見される。
50 “Lar Daly, 66, Dead; Sought Office for 40 years but Never Won Race: He Never Won,”
(April 19, 1978): B10.
51 Ibid.
52 Ibid.
53 Ibid.
第一主義(America First)を掲げていた54。シカゴの公共ラジオ放送 WBEZ によ ると、リバタリアン的な政治思想に近い考えを持っていたとされている55。ギャン ブルの合法化や小さな政府を目指すことのほか、減税政策を掲げていた56。また、
彼は首をかしげるような行動や言動をとることあったとされる57。マッカーサー元 帥を高く評価しており、本人の承諾を得ずに大統領選候補者の名前にあげたほ か58、トルーマン大統領に大統領専用機のクルーとともに旧ソビエト連邦のクレム リンに飛ばしてくれれば、彼自身が大統領専用機から原子力爆弾を落とすことが できるといった突拍子もない発言もした59。
選挙立候補者としての素質には疑念が残る人物であり、立候補した選挙は全て 負けている。おかしな言動や行動をとる人物であり選挙には負けてはいたが、あ きらめずに立候補し続けるデイリーは、やがてテレビやラジオへの出演時間に関 して不満を抱くようになり、放送の公平性および出演時間に関して持論を展開し ていくようになった。
3.ローレンス・デイリーの放送の公平性論とデイリー裁定
デイリーによれば、公平原則を放送事業者が従う努力をするべき指針と定義す るのであれば、放送事業者は彼の視点も反映する努力が求められ、且つ通信法で 定められているイコールタイム・ルールに準じれば、選挙に立候補した者は、番 組に出演する権利があり、十分な出演時間が与えられるべきだと主張するように なった60。実際に、1958 年からこの持論に基づいてアメリカの代表的な放送事業 者 CBS、ABC および NBC を相手取り、他の立候補者と同等の出演時間でデイリー
54 David K. Fremon, (Chicago, Illinois: Indiana University Press, 1988), 133.
55 John R. Schmidt, “The Constant Candidate,” WBEZ91.5CHICAGo Blogs(November 6, 2012)
Accessed August 26, 2018 https://www.wbez.org/shows/wbez-news/the-constant-candidate- lar-daly/dde63413-775e-4f2c-876d-3cbf7df66c1f.
56 Ibid.
57 “Strange Candidate #6,” Weird Universe(October 22, 2008)Accessed August 26, 2018 http://
www.weirduniverse.net/blog/comments/strange̲candidate̲6̲lar̲america̲first̲daly.
58 Ibid.
59 Ibid.
60 詳細については、H.R. 7985,
, 86th Cong., 1st sess., June 1929, 195(Washington DC:
GPO, 1959): 10 & 224. また、デイリー氏の訴えおよび各ケースの行方について記事があり、イコー ル・タイムのルールおよび公平性に関する彼の持論は、彼の起こした FCC のケースを扱った記 事を参照。例えば “CBS-TV to Fight Free-time Ruling,” (February 22, 1959):
88 ; “Daly Asks Equal Time: Chicagoan Cities Humphreyʼs TV Show Over N.B.C,”
(July 19, 1959): 44 ; “Television: Equal Sequel,” (August 28, 1964): 45.
を出演させるよう FCC に訴えている61。
通信法に修正箇条を加えるきっかけとなったのが、デイリーがシカゴ市長選挙 へ共和党および民主党の双方から自己申告で立候補した年に放送された CBS の 番組だった62。1959 年のシカゴ市長選挙では、現職のシカゴ市長が立候補する予 定でいた。現職のシカゴ市長は、シカゴ市を訪れたラテンアメリカ各国の外交官 に挨拶をしていた所、たまたまテレビに映ってしまった。また外交官との外交の 様子は当時一般家庭に広く普及していたラジオ放送のニュースでも取り上げられ た。選挙キャンペーンとは関係なく、現職であるためテレビやラジオへの露出頻 度は必然的に高くなる。デイリーは、自身が立候補者であることを理由として、
彼にとって対立候補者であったシカゴ市長の出演時間合計 30 分と同じ時間で ニュースに出演できる権利があり、テレビ局は公平原則に則り彼の意見も扱わな ければいけないと主張した。また、FCC の公平原則および通信法のイコールタ イム・ルールに則り、彼がニュース・ドキュメンタリーに出演できるようにする ことを求めた。
これに関し、CBS はデイリーの言動に疑問を感じ、また正式にシカゴ市長選 挙に立候補したのか疑念も残っていたため彼の出演を断った。デイリーは、新聞 に立候補する旨広告を出したことを理由に、正式な立候補者であると反論した。
この CBS とデイリーの紛争に関し、FCC はデイリーの主張を受け入れ、CBS に 彼を出演させるよう命じた。
この判断は、後にデイリー裁定(Lar Daly Decision)と言われるようになった。
なお、この裁定に関して、1959 年当時大統領であったアイゼンハワーが、定例 記者会見において、FCC の判断は馬鹿げていると批判している63。
このデイリー裁定によって、通信法のイコールタイム・ルールに不備があるこ とが明らかとなった。イコールタイム・ルールは、二大政党制を前提としており、
自己申告において両党から立候補するデイリーや、少数派の立候補者のケースは 想定していなかった。これまでの想定では、実質、民主党や共和党の候補者がそ れぞれ政見放送を行った場合、放送事業者は出演した候補者の党にたいして対立
61 これに関しても、H.R. 7985,
, 86th Cong., 1st sess., June 1929, 195(Washington DC:
GPO, 1959): 10 & 224. 裁判のケースに関しては次を参照 : Lar Daly Columbia Broadcasting System, Inc., Lar Daly West Central Broadcasting Company, Lar Daly American Broadcasting-Paramount Theatres, Inc., 309 F.2d 83(7th Cir. 1962).
62 なお、デイリーは独立候補者としてではなく、共和党および民主党の両党を代表するものとして 立候補したことになっている。
63 H.R. 7985,
, 86th Cong., 1st sess., June 1929, 195(Washington DC: GPO, 1959): 165.
する候補者も同時間分出演させることが求められていたのみであった。
また、このデイリー裁定によって、放送事業者は、1949 年の公平原則導入の 際に勝ち取った表現の自由をも失うこととなった。イコールタイム・ルールは政 見放送の時間を定めたものであり、公平原則とは位置づけが異なる。公平原則は、
社会的に論議を呼ぶ問題を積極的に扱うことを求めており、問題を番組で扱う場 合は、公平に多くの視点を反映させる努力をすれば、放送事業者は自身の意見を 自由に主張できるとした指針と位置づけられていた。さらに、公平原則の導入に よって、社説放送を全面的に禁じたメイフラワー裁定が撤廃され、放送事業者は 自由に編集し自身の意見を主張できる権利を得たはずだった。ところが、デイリー の訴えが発端となり逆の事態が生じた。放送事業者が出演依頼者の言動や行動に 疑問を感じても、正式な立候補者である限りはイコールタイム・ルールに従い出 演させなければならなくなった。その上、公平原則の指針に従い、事業者の方針 に関係なく多くの意見を反映させる努力を強いられることとなった。取扱が難し いデイリーのような人物の意見であっても、あるいは公共の利益とはなりえない と判断できる意見であるとしても、番組に反映しなければならなくなり、結果的 に放送事業者の発信する自由を失った。
その後、デイリーのような人物がイコールタイム・ルールを乱用しないように 改正を進めることとなる。この改正案では、民主党または共和党より正式に推薦 を受けて立候補した者以外はイコールタイム・ルールの適用外とし、同時にイコー ルタイム・ルールが政見放送以外では、合理的に適用できるかできないかの判断 を容易にできることを目指した。
4.イコールタイム・ルール改正に関する上院議会における議論
先述したようにイコールタイム・ルールの不備が明らかとなり、通信法の改正 が進められた。改正を進めるための議論が上院で開始されるのだが、議員の中に はなぜこの改正が必要なのか理解できない者もいた。議論の冒頭では、議論の時 間について質問があり、2 時間ほど通信法改正案に関して議論し、改正条文につ いて 1 時間半審議すると議長のマッカーシー氏が返答している64。その後、無線法 18 条から引き継がれた通信法 315 条イコールタイム・ルールの歴史と改正案に 関する内容について説明が続いた。説明の最後に、パネルディスカッションやイ ンタビュー、ニュース番組に関してのみ現実の状況に鑑みて例外を認めることへ
64 ,
S.2424, 105th Cong, Pt.11:14439.
の是非についての問いがあり、議論が開始された65。
議事録の冒頭では、本改正案は、不備を修正するための改正であり、条文を削 除するわけではないことが示されている。しかし、一部の議員は条文を削除する ものと誤解してしまった。イコールタイム・ルール改正は、議論に参加する議員 の政治生命に関わることであり、条文を削除すれば、放送事業者が新聞社のよう に一党だけを支持するような状況になりえないのかと懸念を示す議員がいた66。そ れに対し、改正を進めていたパストー議員が次のように述べている
いや、通信法 315 条を削除するわけではない。例外を認める内容を書き加え ようとしているだけだ。それによって、デイリー裁定で明らかとなった非常 に馬鹿げた状況(very ridiculous situation)を解決できる67。
この発言にもある「非常に馬鹿げた状況(very ridiculous situation)」という言 葉は、多いか少ないかの判断はできないが、イコールタイム・ルールを巡る 3 時 間程度の議論の中で 17 回の発言がある。改正を提案した議員らの立場として、
デイリー裁定の判断がなければ議論するまでもないという認識だったと考えら れ、この「馬鹿げた状況」という表現からも、必要に迫られなければ改正を進め ることはなかったことが読み取れる。
このイコールタイム・ルールを巡る改正議論に関しては、これまでの研究では、
修正箇条を含める過程で、修正箇条の内容の変更を巡って議員間の政治的取引が あり、イコールタイム・ルールが改正され公平原則に似た内容が加えられたとす る論考もあった68。実際に議員間の中で修正箇条に関して取引はあったものの、そ れはデイリー裁定で提示された「馬鹿げた状況」に対応が求められる中で必然的 に行われたものであった。また、条文の内容をどのように改正するのか、公平性 の問題をいかに扱うのかという議論の中で取引は行われた。そもそも本議論の発 端は「馬鹿げた状況」を作り出したデイリーと、馬鹿げた判断をした FCC にあ ると考える議員がいた69。実際に、先述したパストー議員は次のように説明している。
65 Ibid., 11439-14440.
66 Ibid., 11440.
67 Ibid.
68 例えば、Fred Friendly, The Good Guys, the Bad Guys and the First Amendment(New York, New York: Vintage, 1977), 24; 魚住真司「米国放送史におけるフェアネス・ドクトリンの今日的 位置づけ―Personal Attack Rule 廃止を契機としたレッド・ライオン事件の再評価―」『同志社 アメリカ研究』40 号(2004 年)、32 頁 ; 水野道子「レーガン政権の通信政策における希少性と萎 縮効果―公正原則撤廃過程からの一考察―」『メディアと文化』3 号(2007 年)、26 頁。
69 ,
S.2424, 105th Cong, Pt.11: 14442.
私はデイリー裁判での FCC の判断と通信法 315 条の FCC の解釈には賛同 できない。それが本音だが、このデイリー裁定に関しては今すぐ対応しなけ ればならない。32 年間通信法 315 条にあたる内容が存在してきたなかで、
このような判断が下されることはなかった。だが、先月 2 月、FCC が馬鹿 馬鹿しい判断(a very ridiculous decision)をしたために、今こうやって議 論する必然性がでてきている70。
また、パストー議員以外にも、ジャビッツ(Mr. Javits)議員が各新聞社など によるデイリー裁定関連の記事を読み上げ、以下のように発言している。
我々(議員)は、(今回のデイリー裁定の件に関して)馬鹿馬鹿しいと感じ ており、その状況を変えようとしているが、とても恥ずかしいことであるこ とはすでに証明されているのではないだろうか71。
他方、イコールタイム・ルールの改正を進めれば、放送事業者の自由裁量を認 めることになり、選挙立候補者が平等に扱われなくなるのではないか、あるいは 立候補者の意見が番組に公平に反映されないのではないかと危惧する者もいた。
彼らは、更に、FCC は管理・管轄する行政機関としてはきちんと機能しておらず、
法律の条文が変われば放送事業者の力が大きくなるのではないかと懸念した72。 ところで、この馬鹿げた状況というのは、デイリーの訴えおよび FCC の判断 を意味している。二大政党制であるアメリカの政治では、デイリーのような人物 を無視せざるをえず想定していない。デイリーの主張する放送の公平性論を認め てしまえば、放送事業者が全ての立候補者を出演させなければならず、混乱を招 きかねない。デイリーは、対立候補者がテレビに映ったのであれば、それが選挙 活動とは関係ない映像であったとしても、選挙立候補者は、対立候補者が映った 時間の分量と同等の出演時間を放送事業者に請求でき、加えて公平原則の指針に 従い、彼の意見が番組に反映されなければならないと主張していた。前述したよ うに、デイリーはシカゴ市長選挙に立候補した際、対立候補であった現職の市長 が偶然テレビ番組に取り上げられたにもかかわらず、それに対して不満を抱いた。
対立候補者であった現職のシカゴ市長は、ラテンアメリカ諸国から訪れた外交官 の相手をしていたのであり、選挙活動をしていたわけではない。それに対し、政
70 Ibid., 14442.
71 Ibid., 14453.
72 Ibid. 14440.
見放送を定めたイコールタイム・ルールに則りデイリーも公平に扱われなければ ならないと主張されては、放送業界の混乱を招く恐れがあるとして一部の議員は 危機感を抱いた。
この件に対して、改正を推奨していたパストー議員に限らず他の議員も改正に 反対しているわけではないとする発言をした。その中には「デイリー裁定は非常 に馬鹿げた状況を提示したが、そもそも私の意見として、FCC は通信法を間違っ て解釈しているようにしか見えない。(デイリー裁定の)法的根拠はあるのか」
という発言がみられる73。各議員らは FCC の判断だけではなく、FCC の存在意義 に疑義を抱いていた。実際、その後修正箇条に加える単語についての議論が開始 された後、修正箇条に関わる表現に関しては、FCC 内で議論する必要があった とする発言があり、FCC は肝心の場面で自らの判断をさけ、問題から逃げてい るのではないかと批判されている74。
このような議論が継続されるのだが、全体の議論では改正の方向で一致してお り、その改正内容および条文を巡って多くの意見をまとめる必要に迫られた。デ イリー裁定が主な背景としてあったが、そもそも通信法 315 条が、通信法の前身 1927 年無線法の 18 条と全く同じ文であり、ラジオ放送のみを対象にしていた時 代の規則が残っていたことも改正の背景にあった75。デイリー裁定は、シカゴ市長 がテレビに映ったことが原因で明らかとなった問題であり、通信法の内容が、テ レビが普及していた新しい状況に対応していなかった。そのため、デイリー裁定 の状況が再度起きないように改正が進められたのだが、今回の改正によって放送 事業者が、事業者の自由裁量が認められたと誤解し、公平に様々な視点を反映さ せるようなことをしなくなるのではないか、という懸念も出てきた。
結局のところ、本議論ではどのように対応すればよいのか結論を出すことがで きなかった。実際、改正を進めたパストー議員は、「外はもう暗くなっている。
できることはやった。もうこの議論も終わりの時間がきている。」とした上で、
今対応しなければ 1960 年に行われる大統領選で混乱がおこり、改正案を条件つ きで決め、3 年後に再度審議しなおすような期限つきにすると提案した76。また、
それに対し、別の議員マクナマラは、3 年後に再度見直すことの重要性を認識し た上で、デイリー裁定の判断は行き過ぎており、デイリー裁定の判断を他のケー スにおいても踏襲することになれば、結果的にテレビやラジオにおいて、選挙や 政治のニュースがきちんとした形で扱われなくなる可能性があると述べ、次のよ
73 Ibid., 14441.
74 Ibid., 14444.
75 Ibid., 14450.
76 Ibid.