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オセアニアではニュージーランドとオーストラリアに次ぐ 3 位につけ,61 位の日本を上回った 1) 本稿では, 香港とはやや違う環境の下で, 台湾のネットメディアがどのような役割を果たしているのかについて,2015 年 3 月の現地調査を基に紹介する 構成は以下の通りである Ⅰ 台湾メディアの歴史と

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な政治圧力を受けていない点で,台湾は香港 とは異なる環境にある。また,台湾は1996 年 に総統直接選挙が実現するなど,香港と違っ て政治の民主化が形式的には完成しており, このことも香港より自由なメディア環境が維持 される重要な背景を成している。2002 年から ほぼ毎年,「世界報道自由度ランキング」を発 表している国際メディア団体「国境なき記者 団」の2015 年版データによると,香港では報 道の自由度がピークだった 2002 年の18 位から 2015 年には 70 位にまで大幅に低下しているの に対し,台湾はピークだった 2007年の32 位が 2015 年には 51位に低下したものの,アジア・

はじめに

前号では,中国政府及びその意向を受けた 香港政府からの経済的・政治的な圧力の下で, 香港の既存メディアが中国への批判的な報道 を“自粛”しつつあるメディア環境と,そうした 流れに抗して続々と現れる香港ネットメディア の動きを紹介した。今回は台湾についてだが, 既存メディアが中国政府からの経済的な圧力 を受け,中国への批判的な報道を“自粛”しつ つある点で,台湾は香港とよく似ている。その 一方で,共産党独裁体制の中華人民共和国の 管轄外にあり,少なくとも中国政府から直接的 台湾では,既存メディアが中国政府からの経済的な圧力を受け,中国への批判的な報道を“自粛”しつつある 点で,前号で紹介した香港とよく似ている。また,こうした状況に敢然と立ち向かうネットメディアが相次いで登場 している点,それらが運営資金の面で四苦八苦している点も,香港と同様である。しかし,2015 年 3月に香港と 台湾のネットメディアの調査をして,最も大きな違いを感じたのは,その雰囲気である。香港のネットメディア関係 者の間には「いずれ中国政府や香港政府が管理を強化するのではないか」といった一種の悲壮感が漂っているの に対し,台湾のネットメディアは「自分達が言論・報道の自由を前進させる」との前向きな意欲に満ちていた。これ は,中国との関係という点で,既に中華人民共和国の一部となった香港と,そうではない台湾という,置かれた 環境の違いが大きい。また,台湾では 2012 年,“親中派”とされる旺旺グループによるメディア企業の相次ぐ買収 が表面化した際に,市民の間で強力な反対運動が湧き起こってこれを阻止した経験も少なからぬ影響を与えてい ると思われる。2014 年に一時立法院(国会)を占拠した「ひまわり学生運動」の際にもこうしたネットメディアの活 躍が目立った。 とはいえ,台湾の既存メディアが依然世論への強い影響力を残す中で,その既存メディアへの中国の“浸透”が 終わったわけではないのも事実である。香港と台湾で活発に活動するネットメディアが,いずれも大なり小なり経 営上の永続性に問題を抱え続ける中で,やや活力に欠ける既存メディアを牽引し,今後の両地域のメディア環境改 善に影響を与えていけるのか,注目される。

“百花繚乱”香港・台湾のネットメディア(下)

~報道の自由を牽引する台湾ネットメディア~

メディア研究部

山田賢一

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オセアニアではニュージーランドとオーストラリ アに次ぐ 3 位につけ,61位の日本を上回った1) 本稿では,香港とはやや違う環境の下で,台 湾のネットメディアがどのような役割を果たして いるのかについて,2015 年 3月の現地調査を 基に紹介する。構成は以下の通りである。 Ⅰ 台湾メディアの歴史と現況 Ⅱ 既存メディアで最近起きた「事件」 Ⅲ 既存メディアに「活」を入れる   ネットメディア Ⅳ ネットメディアへの関係者の評価 Ⅴ まとめ

Ⅰ 台湾メディアの歴史と現況

台湾では戦後,蔣介石政権の軍隊が進駐 し,長期にわたって国民党の一党支配による 権威主義体制が続いた。こうした体制下では 言論・報道の自由が制限され,当局の意向に 忠実なメディアのみが認められていた。新聞 は,1951年に創刊された聯合報と1950 年に 創刊された中国時報2)という,いずれも国民党 系の2 大紙による寡占体制が続いた。またテ レビに関しては,1962 年に台湾テレビ(台視), 1969 年に中国テレビ(中視),1971年に中華テ レビ(華視)がそれぞれ地上放送を始めたが, いずれも国民党系の商業局で,この3局による 寡占体制が長期間維持された。 こうした状況に変化が起きたのは民主化が 始まる1980 年 代 後 半 で, まず 1988 年 に 新 聞の新規発行が解禁となった。またテレビも 1980 年代末から正式な許可がないままケーブ ルテレビの普及が急速に進み,当局は1993 年 にケーブルテレビ法を公布して,こうした現状 を追認した。これによって新聞・テレビとも多 様化が進んだが,新聞は国民党系と野党民進 党系に二分され,人々の政治に対する意見を 両極化させた。またテレビについては,政府 がケーブルテレビ向け衛星チャンネルへの新 規参入を原則自由としたことから,2015 年 6月 現在,海外チャンネルも含めたチャンネル数は 300を超す。人口2,300万人という限られた広 告市場の中で,各局は生き残りのため制作コス トを削減し,それに伴う番組の質の低化が指 摘されている。 こうした中で,台湾メディアの基本的な構図 を示すと,表1のようになる。その特徴は以下 の通りである。 ① 与党国民党寄りのメディアが多く,その中 には古くからある中国時報,聯合報,中国 テレビなどに加え,新興勢力の中天テレビ, TVBS,東森テレビなどもある ② 野党第一党の民進党寄りのメディアもあり, 自由時報は部数で最大手,民視テレビと三 立テレビも視聴率でトップクラスと好調な業 績である 表 1 台湾メディアの基本構図 新聞 テレビ 国民党 (与党) 寄り ・中国時報 ・聯合報 ・中国テレビ ・中天テレビ ・TVBS ・東森テレビ 民進党 (野党) 寄り ・自由時報 ・民視テレビ ・三立テレビ 中立 ・りんご日報 (蘋果日報) ・公共テレビ・年代テレビ

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③ 与野党から中立的なメディアは少なく,り んご日報は自由時報と共に現在の二大紙の 一角を占めるが,公共テレビは平均視聴率 が全日平均で 0.13%程度と低く,その影 響力は限られている 中国との関係については,国民党が経済的 実利を重んじて融和的・親中的な政策を取る一 方,民進党は民主・自由の価値を強調して中 国とは一線を画す政策である。また,国民党 や民進党との関係では中立のりんご日報は,中 国政府に対しては,民主・自由を主張する観 点から,かなり批判的と言える。

Ⅱ 既存メディアで最近起きた「事件」

台湾ではこれまで,既存メディアの問題点と 言えば,テレビ・新聞を問わず「過当競争によ る質の低下」と,「イデオロギー偏重」の2点が 指摘されてきた。このうち「過当競争」は主に テレビの問題で,「イデオロギー」は主に新聞の 問題だったが,この2 つの問題が少ない公共 テレビは,「刺激が足りない」面もあって,視 聴率が低いのが難点である。 ところが 2008 年以降,「中国からの影響」と いう新たな問題が出てきた。以下に典型的な 事例を紹介する。

1 旺旺のメディア事業進出

3) 「旺旺グループ」は,蔡衍明オーナーが強い 指導力を発揮する製菓会社で,1990 年代から 中国市場に進出,現在では利益の大部分を中 国市場に依拠している。旺旺は 2008 年11月, 経営が悪化していた老舗の中国時報グループ から経営権を取得,一挙に中国時報,工商 時報,中国テレビ,中天テレビという主要な 新聞・テレビ局を擁するクロスメディア所有グ ループとなった。その後,系列のメディアでは 中国を肯定的に扱うニュースが急増し,研究 者などで作るメディアNGOからは強い懸念の 声が示された。しかし旺旺はこれにひるまず, 2010 年10月にはケーブルテレビ事業最大手の 中嘉網路の買収で合意,さらに 2012 年11月 には,旺旺のメディア事業拡大を強く批判して いたライバルのりんご日報に対しても買収を仕 掛けて,破格の高値を提示することで合意を 得た。市民の間からは旺旺による「メディア独 占」への懸念が高まり,学生団体やジャーナリ スト団体による反対デモも頻発,2013 年 3月 に旺旺の蔡オーナーはりんご日報買収を断念 した。また,中嘉網路に関しても,他の大手 企業への売却で基本合意している。

2 三立テレビの人気番組司会者降板

4) ケーブルテレビ向けの大手チャンネル事業者 三立テレビは,野党民進党に近いとされ,月 ~金の毎晩 9 ~11時に放送される『大話新聞』 は,キャスターの鄭弘儀氏が「(ノーベル平和 賞受賞者の)劉暁波はなぜ刑務所にいるのか」 などと中国共産党への歯に衣を着せぬ批判を して人気を集めていた。ところが 10 年間続い たこの番組が,2012 年 5月末,突然打ち切り となった。メディア関係者の間では,テレビド ラマの海外展開を進める三立テレビが,中国 にテレビドラマを販売するため,中国政府へ の批判が少なくない鄭氏に批判の自粛を要求 し,ついには降板させることにしたとの指摘が なされた。三立テレビと鄭氏はこの問題で沈 黙を守っている。

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3 中国の番組の“生放送”

5) 2013 年 4月12日,中国の湖南衛星テレビの 『我是歌手』(私は歌手)という4 時間半の歌謡 コンテスト番組(最終ラウンド)の放送を,台 湾のニュースチャンネルである「東森新聞」と 「中天新聞」の2 つが,ニュースの中の「現場中 継」と称して,長時間にわたってそのまま放送 した。これは,台湾からの参加者 2人がコンテ ストの最終ラウンドに残っていたことが大きな 要因だが,台湾では中国の番組は事前審査を 要するという規定を事実上無視する脱法行為と の批判が出た。野党民進党の関係者は,近年 こうした動きに加え,清朝時代の宮廷を描いた 『後宮甄嬛傳』など,中国の歴史ドラマが台湾 に輸入され高い視聴率を上げていることなどか ら,やがては中国中央テレビ(CCTV)のニュー スまで導入されるのではないかと危機感を示し ている。 これらの事例のうち,1と2は台湾の既存メ ディアがビジネス上の利益を考え,中国報道の 上で「遠慮」もしくは「迎合」したと見られる事 案である。一方,3は台湾メディアが利益のた めに,政治的対立関係にある中国の番組を安 易に導入するという事案で,性質はやや異なる が,台湾人の間に「中国化」への懸念を呼び起 こす点では共通している。

Ⅲ 既存メディアに「活」を入れる

      ネットメディア

台湾の既存メディアに対する「中国の影響」 が強まりつつある中,その実態を“暴露”し警 鐘を鳴らしたのはネットメディアだった。2012 年 3月,福建省の蘇樹林省長(知事に相当する が,省内の地位は省共産党委員会書記に次ぐ ナンバー 2)が台湾を訪問した際,旺旺系の中 国時報は,福建省アモイ市が台湾企業にとっ て投資先として有望であることを強調する記事 を掲載した。これについてネットメディアの「新 頭殻」(Newtalk)は,アモイ市政府が作成した 「福建省長訪台宣伝計画」という文書を事前に 入手,文書の指定通りの記事が中国時報に出 たことを確認した上でアモイ市に取材した。そ してアモイ市のメディア担当責任者が「(記事掲 載に関して)中国時報から領収書が届き次第, 彼らの口座に入金する」と答えたと“特ダネ”で 報道,中国時報がアモイ市政府から記事の代 償に金を受け取っていたと暴露した。旺旺は金 銭の授受を否定したが,台湾の行政院経済部 は,「両岸人民関係条例」6)違反で中国時報に 40万元(約160万円)の罰金を科した。 また,ネットメディアの活躍を際立たせたも う1つの大きな事件として,2014 年 3月の「ひ まわり学生運動」がある。これは,台湾が中 国との間で結んだサービス貿易協定の批准を めぐるもので,サービス貿易が自由化されれ ば,中国企業の進出によって,理髪店など台 湾の多くの中小事業者が経営危機に陥る可能 性があるとして,反対運動が起きていた。こ ひまわり学生運動(世新大学 羅慧雯 助理教授提供)

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会社である。 蘇氏はメディア界の重鎮で,自立晩報編集 長や台湾日報主筆を経て,民進党政権の時代 にメディアを管轄する新聞局の局長,さらに 中央通信社の理事長などを歴任した人物であ る。台湾メディアへの中国の影響が強まりつつ あることに早くから気付いていた蘇氏は,台湾 のメディア環境改善の方策を業界の友人と共 に考える中でネットの利用を思いつき,新頭殻 を立ち上げた。現在の従業員は記者10人を含 む14人で,この他パートが 6 ~ 7人,さらにイ ギリスやアメリカ,ドイツなどに外部寄稿者が いるという。 原稿は1日35 ~ 40 本程度だが,「ひまわり 学生運動」の頃は 50 ~ 60 本を出稿した。アク セスは,自社サイトに関してはユニークビジター が 1日4万ほどだが,ヤフー,MSN,HiNet, の問題で与党国民党は,立法院(国会)での 審議がなかなか進まないことに業を煮やして一 方的な打ち切りを策したため,協定に反対し ていた学生達が立法院の占拠に踏み切った。 ネットメディアはこの運動に関して学生の主張 を積極的に紹介,学生達は幅広い市民の支持 を背景に,協定の内容を立法院が監督する条 例の制定を約束させるなどの譲歩を立法院長 から引き出し,約 3 週間後に占拠を解いて撤 収した。「中国化」の進行に対する市民の不安 に対し,ネットメディアは既存メディアよりも敏 感に反応したのである。 こうした活力を見せる台湾のネットメディアの うち,今回現地調査を行った,計画中を含む8 つについて,大きく「ジャーナリズム」型と「社 会運動」型に分けた。そして表2のように分類 した上で,関係者のインタビューを中心に,そ の活動ぶりや特徴について紹介していく。

1 ジャーナリズム型

1-1 全分野包括 ● 新頭殻(Newtalk)  蘇正平 会長 最初に,全ての分野について取材・報道を 行う「全分野包括」型のネットメディアを紹介す る。このうち「新頭殻」は,2009 年にスタート した,ネットメディアでは比較的古株に属する 表 2 1 ジャーナリズム型 2 社会運動型 1-1 全分野包括 1-2評論・国際 ニュース中心 1-3 募金による 調査報道 2-1 分野不特定 2-2専門分野特化 2-3地方ニュース 発掘 ☆新頭殻 ☆風傳媒 ☆関鍵評論網 ☆ weReport ☆苦労網 ☆焦点事件 ☆上下遊 ☆地方公民新聞

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フェイスブックなどにもコンテンツを提供してい るため,こうしたサイトも含めれば 20万以上 に達すると蘇氏は見ている。読者層は,20 ~ 45歳程度の教育レベルが比較的高い層が中心 で,公共的な問題に関心のある人が多いとい う。収入源は自社サイトへの広告が最も多く, ヤフー等のニュースサイトからのニュース提供 料と合わせて全収入の 60 ~ 70%を占める。こ の他,年間1,000 元(約 3,900 円)の会費でイ ベントへの招待などを行う「新頭殻之友」の制 度もある。 新頭殻と既存メディアの違いについて蘇氏 は,「市民団体の活動の重視」を挙げ,実例と して「大埔事件」7)のケースを取り上げた。苗栗 県は台湾の既存メディアの本社がある台北市か ら約 80キロ離れた町で支局はほぼ皆無,事件 当初は個別のブログに情報が載る程度だった が,新頭殻がこのニュースを深掘りしてヤフー にその内容が載ると,三立テレビが追随し一 気に全国的に注目されるニュースになったとい う。この他,「政策」「人権」「弱者団体」「民間 社会」などが新頭殻の重視する問題ということ で,視聴率や販売部数を重視する商業メディア とは一線を画した「まじめ」なメディアと言える。 また,ネットメディア全体として既存メディア との違いを聞くと,蘇氏は「ひまわり学生運動」 のケースを取り上げた。ネットメディアは既存メ ディアよりも素早く報道した上,「伝統的秩序を 守る」既存メディアと比べてより“進歩的”傾向 があるため,学生の立法院への侵入という行 為をあまり問題視せず,それが学生側に有利に 働く結果となったという。そして,従来はこうし た運動を軽視してきた既存メディアも,ネット に引きずられる形で「ひまわり学生運動」の報 道を積極化させたと蘇氏は指摘した。同時に 蘇氏は,新頭殻は比較的“進歩的”なメディア ではあるが,ニュースの専門性があること,事 実を曲げないことが大前提だと述べ,学生側 に不利な情報でもニュースと思えば躊躇せず に報道するとの立場を確認した。 ネットメディアは資金上の制約から,報道 より評論に重点を置くケースも見られるが,蘇 氏は最近評論に力を入れつつあるとした上で, 「影響力を持つには現場を知る記者が不可欠」 として,報道の重要性に変わりがないことを強 調した。 ネットメディアの今後の課題については,新 頭殻そのものを含め,採算の改善を挙げた。 蘇氏によると,現在,新頭殻はメディアとして 一定の影響力を持つようになり,当初の目標は ほぼ達成したものの,企業としての利益は今一 つ出ていないという。また,蘇氏は,台湾で数 年前から問題になっている「置入」についても 取り上げた。「置入」とは,政府や企業がメディ アに金を払って行う政策や商品のPRについて, メディア側が「広告」と明示せず,一般のニュー スのような形で“報道”するものを指す8)。蘇氏 によると,大部分のネットメディアにもこの“悪 弊”が蔓延しており,新頭殻とりんご日報以外 のほとんどのメディアが手を染めているという。 (世新大学 羅慧雯 助理教授提供)

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ただ全体として,政府や企業が全てのメディ アを封殺するのは難しく,ネットメディアのどこ かが書けば他社も否応なしに書くことになると して,蘇氏はネットが台湾のメディア環境の改 善に寄与しているとの評価を示した。 ● 風傳媒 張果軍 会長 「風傳媒」は2014 年2月にスタートしたばかり のネットメディアだが,台湾有数の財閥である 富邦グループで富邦証券会長を務めた張氏が 会長に就任しており,短期間に中国時報やりん ご日報,自由時報などから多くの人材を引き抜 いたことも含め,富邦グループのメディア進出 戦略の一環との見方が一般的である。訪問当 日は張氏に加え,夏珍総主筆(Chief Opinion Editor),呉典蓉執行副編集長(Executive Editor)ら主要幹部が勢ぞろいで迎えてくれた が,ヒアリングは主に張氏に対して行った。 張氏自身はメディアの経験もネットの知識も なかったが,最近の若者が活字メディアに目を 向けなくなってきたことや,アメリカのハフィン トンポスト9)の事例などを挙げて,「投資するな らネットメディアに将来性があると思った」と言 う。もっとも,ネットメディアのビジネスモデル はアメリカや中国でも模索中であり,こうした 国々より市場の小さい台湾でどう収入源を開拓 するのかは難しい課題だとしている。 風傳媒の現在の従業員は44人で,うち記者 や編集者,カメラマンなどの実働部隊は 25人 と,既に古株の新頭殻より大きな規模となって いる。取材・報道する内容は,ドラマや芸能 ゴシップ以外のもので,特に経済ニュースを強 化しており,新頭殻同様,「まじめ」なネットメ ディアと言えそうだ。原稿は1日に40 ~ 60 本, アクセスは1日10 ~ 15 万程度だが,「ひまわり 学生運動」の時は100万程度のアクセスがあっ たという。知名度を上げるため,グーグル,ヤ フー,MSNなど様々なポータルサイトにニュー スを提供しているが,収入の 90%は自社サイト 風傳媒のオフィス 風傳媒の幹部

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の広告収入である。読者層は 25 ~ 35歳が最 も多く,博士が 16%,修士が 27%など,大学 以上で 85%を占めており,学歴が非常に高い という。 政治的立場については,“進歩派”“リベラル” を自任しているが,二極対立の状態にある国 民党系(藍)と民進党系(緑)の間では中立だ としている。張氏はこれについて,「中立だが, 市民運動などを積極的に取り上げるので外部 からは緑に近いと見えるようだ」と説明した。 発足後まもなく起きた「ひまわり学生運動」 は,風傳媒の真価が問われる事案だったが, 張氏は「(学生による立法院占拠が始まった)3 月18日の午後 8 時 50 分頃,現地の記者からき た連絡に基づいて動き出した結果,我々が最 も完璧な報道を実現できた」と成果を誇示する と共に,評論では相対的に学生運動を支持す る側にいつつも,多元性を重視し各方面の意 見を幅広く紹介したと述べた。 また,ネットメディアの問題・課題について 張氏は,「ビジネスモデルの確立」を第一に挙 げたが,同時に「読者は見たいものだけを見る」 という“偏食志向”の問題も提起した。その一 方で,香港のネットメディアが政治・社会運動 の道具の側面を強くしていることについては, 「台湾の現状は異なる」として,そのジャーナリ ズム性を強調した。 ここで,全分野包括型という,既存メディ アとある程度同じ土俵で戦うネットメディア が,台湾のメディア界でどの程度の存在感が あるのか,「Yahoo! 奇摩」という台湾のヤフー のニュースサイトで検証してみる。2015 年 8月 5日午後 0 時30 分(台湾時間で同日午前11時 30 分)の段階で,同サイトのニュースがどのメ ディアから提供されているかを確認した。ま ずトップページに関しては,中国時報系の中 時電子報が 5 本,聯合報系の聯合新聞網が 2 本,中国ラジオ系の中廣新聞網が 1本,中央 通信社が 1本で,いずれも既存メディア系の 原稿だった。その次にある「焦点新聞」(「新 聞」はニュースの意味)では,中時電子報が 3 本,聯合新聞網が 2 本,純粋なネットメディア 系は NOWnews10)が 1本,民 報11)が 1本,風 傳媒が 1本の合わせて3 本だった。「最新新 聞」では,テレビ局の民視が 3 本,新頭殻が 2 本,NOWnewsが 2 本, 中 央 通 信 社 が 1本 で,ネット系は合わせて4 本だった。分野ごと のニュースでは,「政治新聞」で中時電子報が 3 本,NOWnewsが 2 本, 聯 合 新 聞 網 が 1本 だった。「財経新聞」では,中時電子報が 3 本, 中央通信社が 2 本,経済情報に特化したネッ トメディアのcnYES 鉅亨網が 1本だった。「社 会新聞」では,中時電子報が 3 本,聯合新聞 網が 2 本,テレビのTVBSが 1本だった。「国 際新聞」は,中時電子報が 3 本,中廣新聞網 が 1本,フランスの通信社 AFP が 1本,中央 通信社が 1本だった。この数字を総合すると, 全49 本の原稿のうち,純粋なネットメディア系 の原稿は10 本であり,内訳は NOWnewsが 5 本,新頭殻が 2 本,風傳媒,民報,cnYES 鉅亨網がそれぞれ1本,つまりcnYES 鉅亨網 を除く全分野包括型のネットメディアは合わせ て9 本だった。既存メディア系は,中国時報や 聯合報のようにポータルサイトに原稿を提供す るメディアと,自社サイト以外には出さないりん ご日報のようなメディアに分かれるが,既存メ ディアとネットメディアの資金力や人材の差を考 えると,全分野包括型のネットメディアもまず まず善戦していると言えそうだ。

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1-2 評論・国際ニュース中心

● 関鍵評論網(The News Lens)   楊士範 創業者兼編集長 ネットメディアは取材・報道にあてるマンパ ワーや財源の面でテレビや新聞といった既存メ ディアに及ばないことから,評論が多くなる傾 向があり,前号で報告した香港では特にそれ が顕著だった。台湾でもそうしたメディアがあ るが,中でも最近とみに関係者の間で評価が 高いのが,「関鍵評論網」(The News Lens, 以下,関鍵)である。関鍵は,かつて「商業 週刊」のデジタルコンテンツ編集部で仕事をし ていた楊士範氏が,ビジネスマンの友人ら2人 と共に2013 年 8月に発足させたネットメディア だが,楊氏は以前からこの友人との間で,「台 湾にはハフィントンポストがない」と議論してい た。そして商業週刊のような大きな会社では 指導的立場になるまでに時間がかかると思い, 2013 年の初めからビジネスプランを作って人材 や金集めに奔走したという。 サイトの当初のアクセスは月間のユニークビ ジターが 10万程度だったが,2 か月後には100 万に増え,2015 年 8月現在は450万に達して いる。ただ編集部員は同年 8月現在,香港の 2人を含め12人と少なめである。それで済む のは,関鍵は新頭殻や風傳媒と違って,自社 の記者による一次情報の取材をあまりしない からである。楊氏によると関鍵の仕事は,り んご日報や中央通信社などの主要メディアが 報道する1,000 本の記事を,重要度を判断し 自動車事故や芸能ゴシップなどを除いて10 ~ 15 本に絞り込み,そのニュースについて有識 者にインタビューをしたり,評論記事を載せた りするものである。日本で言えば硬派の週刊 誌や月刊誌の役割に近いようだ。そして評論 に関しては,従来型のメディアが有名人に定 期的な寄稿を依頼するのに対し,関鍵はネッ ト上で様々な分野の専門家を「発掘」する手法 を取り,関鍵の知名度アップを見て自ら売り込 んできた人を含め,既に400人の外部ライター を確保したという(原稿料の有無については明 らかにしていない)。台湾ではテレビ・新聞共 に「八卦」と呼ばれる芸能ゴシップ記事が非 常に多く,国際ニュースをはじめとする硬派の 記事は歓迎されないというのが一種の常識に なっていたのだが,関鍵はこの常識を覆した 点で,台湾のメディア業界に新風を吹き込ん だと言えよう。また関鍵は,1日30 本の原稿 に加え,映像コンテンツにも取り組み始めてお 関鍵評論網のオフィス

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り,スマートフォンの普及を背景に,3 分で分 かる「エボラ出血熱」の動画コンテンツを作成 し 60万アクセスを達成,小中学校の教師から 教育用に役立つとして感謝の声が届いたとい う。この他,創設後まもなくから,タクシーの 後部座席の前に取り付けられているモニターや バスの車内,ビルのエレベーター横,さらにコ ンビニエンスストアやファストフード店の店内で のニュース提供にも進出しており,関鍵の存在 感は日々増している。 楊氏によると,収入の大部分はバナーやス ポンサーによる広告だが,業務を拡大している 最中ということもあり,経営はまだ赤字である。 楊氏は今後の重点として,東南アジア関係の ニュースの展開を挙げた。既存メディアがほと んど手がけていない部分だが,ミャンマー,タ イ,カンボジア,シンガポールといった地域の まとめ記事はレベルの高い読者から一定の支 持を受けているということで,硬派の編集を旨 とする関鍵が,台湾メディア界の常識をさらに 覆すのかが注目される。 最後に台湾のメディア環境について楊氏は, 政府からの政治的圧力よりも広告を通じた財 閥からの経済的圧力が強いとした上で,例え ば労働者による抗議行動の記事が既存メディ アで少なくても,「苦労網」や「焦点事件」(後 述)といったネットメディアが報道しており,全 体としてメディアコントロールが強化される状 況は台湾では考えにくいと述べた。 1-3 募金による調査報道 ● weReport 胡元輝 執行委員会召集人 次は,外部のジャーナリストによる調査報 道を資金面で応援するweReportで,名称は 「You support, we report」(あなたが支援し,

私達が報道する)というスローガンから来てい る。weReportは,自前のオフィスを持つメディ ア機構というわけではなく,調査報道の実施 を申請してきたジャーナリスト達の企画を有識 者が審査した上で,ネット上で一般市民に示 し,寄付をするかどうかの判断を仰ぐ,つまり ジャーナリストと市民の懸け橋のような役割を 果たしているものだ。こうしたクラウド募金の システムはアメリカが先進的で,Kickstarter12) やIndiegogo13)が有名だが,募金を元に調査 報道を行うSpot.usは既に2015 年に終了してお り,その運営は容易でないことが分かる。胡 氏によると,こうしたネット募金による調査報 道のプロジェクトは,調べた限りではアジアで はweReport が最初で,2011年末に正式にス タートした。これまでに集まった金額は合わせ て300万元(約1,200万円)に上り,60以上の 「深掘り調査報道」が手がけられたという。胡 氏は,以下のような実例を挙げた。 ⅰ 南投県ハイテク開発区プロジェクト 南投県の中興新村は,1999 年の台湾中部 大地震で多くの家屋が倒壊したこともあり,人 口が最盛期の2万4,000人から1万6,000人に まで減少していた。総統選挙の前年の2007 年,国民党の総統候補の馬英九氏(その後当

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選)は台湾の各地方を遊説に回る中で,様々な 地方活性化プロジェクトを打ち出し,中興新村 に関しては新竹市の電子産業集積地区などに ならったハイテク開発区の建設を提起した。と ころが土地収用の補償金額が 58 億元(約 230 億円)と莫大なものとなったことや,他のハイテ ク開発区への企業の入居が進んでいないことな どが次々と判明,政府への批判が一気に高ま る結果となった。このニュースについては,呉 中傑氏と簡永達氏の2人がweReportで行っ た募金を元手に2011 ~ 12 年にかけて現地で の調査報道を行い,その問題点を浮き彫りに した。 ⅱ 小中学校の「栄養午餐」の実態 台湾の小中学校では,給食が「栄養午餐」 と呼ばれている。ところが,各地でこの給食 の食材から農薬が検出されたり,加工食品の 比率が非常に高かったりするなど,その実態 は「栄養」から程遠いことが分かった。このプ ロジェクトは,後述するネットメディア「上下遊」 の汪文豪氏がweReportを通じて26人の市民 から11万元(約43万円)を集め,広く学校を 調査したもので,地産地消を促す台南市の取 り組みなども紹介し,2012 年の消費者権益報 道賞を受賞した14) こうしたプロジェクトをどのように立ち上げた かだが,胡氏によると,開設資金は合わせて 180万元(約 700万円)で,このうち170万元は 台湾大学の林照真教授が拠出した。林氏は女 児を交通事故で亡くしたため,その子の教育 費として用意していたお金をweReport開設に あてたという。現在の事務局の体制は,執行 委員が中正大学准教授を務める胡氏をはじめ, 同大学の羅世宏教授,台湾大学新聞研究所 の林麗雲教授などいずれもメディア研究の専門 家 5人となっている。プロジェクトの応募条件 として,主要メディアの従業員は不可としてい るが,小規模なネットメディアや市民記者15) 認められる。海外からの応募にも門戸が開か れていて,中国人と台湾人の間の結婚の際に, 中国の地方政府が不合理な費用を徴収してい る問題については,中国の著名な市民記者で ある周曙光氏の提案が通ったという。 審査にあたっては,その内容で却下すること は原則としてなく,どうやって取材し,結果を どこで発表するかなどを説明してもらう形式面 の審査にとどめている。そしてweReportのネッ トサイト上に調査報道の対象と希望募金額を 提示する。希望額の満額に達するのは 50%強 で,半額以上集まるケースを含めると90%に上 る。希望額に達しない場合は実施しなくてもい いことになっているが,多くのケースでは満額 が集まらなくても調査に踏み切っているという。 こうしたプラットフォームを立ち上げた理由に ついて胡氏は,台湾のメディア環境の問題を指 摘した。過当競争の中でスピードが重視される 一方,深みのある記事や調査報道が少ないと いう。weReportでは,原発や中台関係,若 者の就職事情,住宅問題など,様々なテーマ が取り上げられており,中には「チェルノブイリ の29 年後」をテーマに現地取材を行うという ものなどもあった。見方を変えると,こうした テーマは台湾のテレビや新聞があまり関心を示 していないということになる。  胡氏をはじめとするweReport 執行委員会の メンバーは,従来から「媒体改造学社」という メディアNGOの活動を続けていたが,これま では公共テレビなどの公共放送の充実に力を

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注ぐ一方,それ以外の非営利メディアへの関心 が少なかったとの反省があった。胡氏は,こう したネットメディアはそれぞれの規模は小さい ものの,既存メディアの改革を刺激する面があ り,実際の影響力は大きいと見ている。ただ 課題として,個人の寄付への依存度が高いこ とを挙げ,ネット配信は無料視聴が一般的な中 では,資金面がネットメディアの発展を制約す るとしている。

2 社会運動型

2-1 分野不特定 ● 苦労網 王顥中 記者 王 記 者によると, 苦 労 網は, もともとは ジャーナリズム研究で有名な世新大学の中の 労働問題に関する社会運動を扱う資料庫とし てスタートした。従って,発足当時のメンバー は研究者で構成され,メディアではなかった。 ネットメディアとしての最初の報道は1998 年の 「統聯客運」というバス会社の運転手のストを 取材したもので,当時,既に携帯電話を使っ て速報をしていたという。その後,環境や女性 の権利擁護,反原発など様々なテーマに報道 の守備範囲を広げており,現在では労働問題 の記事は全体の3 分の1程度になったと王氏は 説明した。 現在の体制は,4人の記者を含む 5人だが, 2012 年まではボランティアベースで,最近よう やく給料を出すようになったものの,恒常的な 財政難だという。収入源は少額の寄付で,社 会運動に参加する人や共鳴する人が中心となっ ていて,こうした善意に応えようと,財務報 告はネット上で公開している。ちなみに王氏 が示した 2014 年12月の収支は,収入が 28万 8,644元(約110万円),支出が 33万 3,449 元 (約130万円)でやや赤字だった。支出に占め る給料の割合は 5 分の 4に達するが,それで も他社と比べると給料は安い。しかし王氏は, 「社会運動系メディア」にもメディアとしての専 門性が必要であり,そのためには記者はボラ ンティアでなく職業にする必要があると考えて いる。 原稿は1日1本のこともあれば企画記事が 3 ~ 4 本出ることもあり,アクセスは平均的には1 本あたり1,000 ~ 2,000という。ネットメディア の中でも小規模な方で,アクセスを増やすため に大手紙のりんご日報のサイトやフェイスブック にも原稿を提供している。 王氏は,台湾では 2011年頃まで社会運動 への関心が低かったとした上で,最近は多くの メディアが報道するようになったものの,抗議 活動があった時に表面的な取材をする程度で, 深掘りの取材が少ないと見ている。苦労網はこ うした深い取材を得意としているが,アクセス 数が限られていることもあり,王氏は苦労網か ら既存の主要メディアに移籍する人が出るのは 社会運動にとって良いことだと評価する。また 最近は,土地の強制収用事案の際等,背景が よく分かっていない既存メディアが苦労網の資 料に頼ることもあるという。

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● 焦点事件 孫窮理 創設者 孫氏はもともと「苦労網」で18 年間仕事をし てきた人物だが,2015 年1月に自分1人で独立 し,「焦点事件」というネットメディアを立ち上 げた。現在の出稿本数は月数本,オフィスも ないので,喫茶店でのインタビューとなった。 孫氏によると,苦労網は基本的にボランティ アの組織で,自由度は高かったが自分の進み たい方向と違ったと説明する。彼の考えでは, 社会運動は本質的に組織化するものだが,「社 会運動型メディア」は,まずメディアとしての仕 事をするのが大前提で,そのためには直接組 織に加入してはならない。つまり苦労網は社 会運動の色彩が強いので,孫氏は「社会運動」 より「メディア」の側面を重視したいと思ったの である。 ただ孫氏が主に手がけているテーマは原 発,TPP,高速道路料金所集金員の失業問 題など社会運動的なものが多いのは事実で, 彼は「社会運動型メディア」はメディアとしての 機能を十分に果たすことで,社会運動の効果 が現れると考えている。 他の小規模ネットメディアと同様,焦点事件 にとっても最大の課題は運営資金の確保であ る。社会問題中心の紙面構成では広告は入り にくい上,孫氏からすると広告が入ればメディ アの中立性に影響が出る問題があり,基本は 募金に頼ることになる。資金が集まれば記者 を増やすことにしているが,孫氏は苦労網での 経験を基に,「良いニュースを出すと寄付が集 まる」と述べ,今後の取材に尽力する決意を示 した。  2-2 専門分野特化 ● 上下遊 馮小非 共同創設者 上下遊は,「農業」と「食品安全」の分野に 特化したネットメディアである。馮氏は,農業 問題を長く取材し特ダネも多い記者歴 20 年の 汪文豪氏(現編集長)と共同で,2011年に上 下遊を創設,現在 10人の体制で運営している。 馮氏によると,上下遊の特徴はニュース部門に 加え,農産品の販売を行う物販部門があるこ とで,両部門に5人ずつ配置している。ビジネ スモデルは次のようになっている。 ◎ニュース部門 ・年間 300 元(約 1,200 円)の会費を徴収する (ただし,払わなくても読むことは可能) ・上下遊の理念に共鳴した NPO に,記者 1 人 分の人件費を負担してもらう(ただし内容に は介入しない前提) (馮小非氏提供)

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・比較的高収入の個人がパトロンとして記者 1 人分の人件費を負担する ◎物販部門 ・ジャムやバナナなど,小規模農家の生産物, 無農薬の生産物を販売し,消費者と農民を つなぐプラットフォームになる ・ニュース部門の運営を支えるだけ稼ぐ 馮氏によると,記者の書く原稿は1日1本の ペースで,1か月に1本は中身の濃い記事を書 くようにしているという。専門性が高い内容な のでアクセスはユニークビジターが 1日1 ~ 1.5 万程度だが,大きなニュースでは数十万に上る こともある。アクセスの80%はフェイスブック 経由ということで,中小のネットメディアはどこ もこうした有名 SNSやポータルへの依存度が 高いようだ。 馮氏は既存メディアの問題について,「食 品安 全は追いかけるが,農業は追いかけな い」と不満を表明する。例えば行政院農業委 員会の中に記者室があるのだが,既存メディ アの記者はそこから外に出て取材しないとい う。首都の台北に偏重した報道を既存メディ アが続けていることの弊害と言えそうだ。イン タビューをした3月には,台湾では水不足が深 刻で,水稲の作付け禁止といった措置が取ら れていたが,馮氏によると既存メディア,特に テレビ局には農業専門の記者がおらず,この テーマへの関心が薄かったという。  現在,上下遊では外部の市民記者や農家の 投稿を受けたり,日本で農業を学んだ人を特 約記者として原稿を依頼したりして,より広が りのあるメディアを目指しているが,上下遊と しての影響力には限りがあることから,馮氏は 「農業の専門記者を育てて既存メディアに送り 込みたい」と今後の抱負を述べた。 2-3 地方ニュース発掘 ● 地方公民新聞 荘豊嘉 創設者 荘氏はかつて中央通信社の副編集長を務 めていたが,2008 年に国民党が民進党から 政権を奪回した後,馬英九総統の選挙戦の スポークスマンを務めた人物が中央通信社の 副社長として送り込まれ,「馬総統や行政院に とってマイナスとなるニュースは出してはならな い」との指示を出したことなどから反発して辞 職16),ネットメディア「新頭殻」の立ち上げに 関わり,編集責任者として2015 年初頭まで勤 めた。その荘氏は 3月にインタビューした際, 「地方公民新聞」という新たなネットメディアの 立ち上げを計画していることを明らかにした。 「地方公民新聞」は,若者を中心に1,000人 の市民記者を養成し,各地方の取材をしても らおうというもので,荘氏は4月から台中で第 1次の研修を行う方針を明らかにした。こうし た構想が生まれる背景には,先述したように, 台湾の既存メディアの本社が台北に集中し, 地方のニュースが事件・事故以外ほとんど紹 介されない現状がある。もちろんこうした現 状への対策として,公共テレビのPeoPoがあ るわけだが,荘氏によるとPeoPoの記事は内 容が良いものと悪いものの差が大きく,テーマ

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が「公共の議題」にふさわしくないものも多い という。また,PeoPoに出稿する8,000人あま りの市民記者について,その多くが報道にお けるバランスが取れておらず,あまり評価され ていないと荘氏は判断している。このため荘 氏は本格的な研修をした上で市民記者にネッ ト上で記事を発表してもらい,広告が取れた ら収入を記者に分配するというアイデアを思い ついた。問題はまず研修を実施するコストをど う賄うかだが,荘氏は NGO や企業から寄付を 集めているという。 また,こうした形で地方ニュースを発信して いくことは,それぞれの地方の産業振興・地 域おこしにつながるメリットも期待できること から,地方政府などもこうした活動を支持して いるという。荘氏は今後,例えば食品安全の 問題などについて,屛東や台南といった地域 の市民記者が共同で取材し,全国レベルの調 査結果を出すことなども構想している。 その後の補足取材によると,2015 年 8月ま でに市民記者の研修は台中,台南,桃園,新 北,台東の5か所で合わせて100人あまりを対 象に実施,10月には「串楼口」(楼口はLocalと 発音が近い漢字をあてたもので,地方を串刺し につなぐとの含意)の名称でサイトを立ち上げ る予定だという。

Ⅳ ネットメディアへの関係者の評価

● 国民党 陳学聖 立法委員(国会議員)  台湾におけるネットメディアの現状について, 政界とメディア界の意見を聞いた。まず政界は 与党の国民党だが,ネットメディアには比較的, 政治批判の社会運動という側面のあるものが 多いことから,国民党の中には「目の上のたん こぶ」とする見方もある。しかし,かつて中国 時報記者を務め党内ではリベラル派の陳氏は, ネットメディアの発展を肯定的に受け止めてい る。陳氏は「ひまわり学生運動」の事例等を 挙げ,台湾はネットが政治への影響力行使に 成功した世界でも数少ないケースだと分析する。 例えば運動を取材する現場中継では,テレビ局 が中継車を出すと数百万元かかるのに対し,ネッ トメディアは携帯電話 1 つで映像を送信できて しまう。陳氏はこれを「既存メディアによる独占 の消滅」「あらゆる情報の公開・透明化」と高 く評価する。しかし陳氏は同時に,国民党内 には 2014 年の地方選挙での大敗の原因をネッ トに帰す声が強いことも認識しており,「国民党 は問題がどこにあるかが分かっていない面もあ る」と自らの組織について危機感を示した。 ネットメディアの将来性については,「誰でも 参入できるが,皆生き残れるとは限らない。そ もそもネットメディアはそれほど大きくなり得な い」と楽観を戒めた上で,中小のネットメディア は狭い分野を深掘りし,既存の主要メディアは ネットの内容の収集・分析・整理の仕事が重要 になるとの見通しを示した。 ● 民進党 管碧玲 立法委員 管氏は公共政策の専門家で,大学教員の

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後,南部の高雄市政府で新聞處長(広報部 長)や文化局長を歴任,2005 年からは民進党 の立法委員を務めている。管氏は,既存メディ アが中国などの影響で“大人しく”なる中,ネッ トメディアが発展し“特ダネ”を書くことで既存 メディアも追いかけざるを得なくなり,メディ ア環境の改善と台湾の自由・民主の進歩に貢 献していると評価した。そして,特に苦労網と 上下遊について「深掘りの報道をして実力があ る」と述べ,こうしたメディアの報道が公開・ 公正・公平の原理や政策の透明化,意思決定 の民主化に大きく貢献しているとした。その一 方で管氏は,ネットには大衆迎合主義を助長 する面や,書き込みへの過剰反応などの副作 用もあると注意を喚起した。 また,依然として影響力の強い既存メディア について2 つの問題があると述べた。第一に, 中国からの影響を受けている点で,管氏は中 国に関係のある話題がネットには載るがテレビ ではなかなか討論されず,既存メディアでは馬 英九総統への批判はしても中国への批判はし ないと指摘する。第二に,テレビ番組での討 論は政治問題ばかりが取り上げられ,文化, 社会,国際といった話題は見向きもされないと いう。管氏は,台湾のメディア環境が真に改 善されるには,既存メディアの報道の改善も不 可欠と見ている。 ● メディア関係者 荘豊嘉 氏 荘氏は既存の主要メディアとネットメディアの 双方を体験してきた人物で,客観的立場でネッ トメディアを評価してもらった。荘氏によると, 台湾のネットメディアはここ数年で発展して非常 に多様になり,政治,社会運動,公共的議題 などを扱う「新頭殻」や「風傳媒」に加え,科 学技術系の「科技新報(TechNews)」や「有 物報告(YoWuReport)」,食品安 全の「上下 遊」,ニュース中継の「沃草」(Watchout)17) 社会運動系の「g0v」(零時政府)18)など枚挙に いとまがないほどだという。そしてその多くは 政府に対し批判的で,「ひまわり学生運動」の 際はg0v,沃草などがこぞって学生側に立った 報道をしたと荘氏は説明する。その一方で荘 氏は,ネットメディアを課金で運営するのは難 しく,広告依存が多いが,経営はどこも苦しい とその課題を指摘する。また,既存メディアの ネット進出に関しては,りんご日報がアクセス 数で1,000万規模と強大で,自由時報(自由電 子報)や聯合報(聯合新聞網)がこれに次ぐと している。 荘氏は,ここ数年の台湾のメディア環境につ いて,市民運動の成功で悪化を食い止めたと し,その中ではネットメディアの貢献が大きかっ たと総括した。

Ⅴ まとめ

台湾のネットメディアは,設立から2 ~ 3 年 以内と新しいものが多く,その理念や特徴は ある程度分かったものの,今後の運営が順調 にいくかは未知数の部分が多い。特に2015 年

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6月,先述した「沃草」の創設者が 200万元(約 780万円)の公金を私的に流用した事件が明ら かになり,ネットメディアの信頼性が少なから ず傷ついたことも事実である。ただ,台湾の ネットメディアが,既存メディア,さらには既存 の政治体制への若者らの不満を吸収する役割 を果たしているのは事実で,2014 年の「ひまわ り学生運動」の際もこうしたネットメディアの活 躍が目立った。 2015 年 3月に香港と台湾のネットメディアの 調査をして,最も大きな違いを感じたのは,そ の雰囲気である。経営面で苦労しているのは 大同小異だが,香港のネットメディア関係者の 間に「いずれ中国政府や香港政府が管理を強 化するのではないか」といった一種の悲壮感 が漂っているのに対し,台湾のネットメディア は「自分達が言論・報道の自由を前進させる」 との前向きな意欲に満ちていた。これは,中 国との関係という点で,既に中華人民共和国 の一部となった香港と,そうではない台湾とい う,置かれた環境の違いが大きい。また,台 湾では 2012 年に旺旺グループによるメディア 企業の相次ぐ買収が表面化した際に,市民の 間で強力な反対運動が湧き起こってこれを阻 止した経験も少なからぬ影響を与えていると思 われる。実際,香港でここ数年相次いでいる メディアへの政治圧力を示す事件が,台湾で は旺旺のメディア買収失敗以降,目立ったもの が見当たらない。そして,2014 年に台湾と香 港で相次いで起きた学生運動が,いずれも「中 国化への抵抗」という色彩の強い運動だった ものの,台湾ではおおむね要求を実現して成 功裡に収束したのに対し,香港では結局勝ち 取るものがないまま警察によって排除されたこ とは,両地域の置かれたメディア環境を含む 自由度に大きな格差が生じていることも明らか にした。 とはいえ,民進党の管立法委員が警告して いるように,台湾の既存メディアが依然世論へ の強い影響力を残す中で,その既存メディアへ の中国の“浸透”が終わったわけではないのも 事実である。 香港と台湾で活発に活動するネットメディア が,いずれも大なり小なり経営上の永続性に問 題を抱え続ける中で,やや活力に欠ける既存メ ディアを牽引し,今後の両地域のメディア環境 改善に影響を与えていけるのか,注目される。 (やまだ けんいち) 注: 1) 詳細は http://en.rsf.org/ 参照。 2) この「中国時報」はもともと資本・オーナー共 に中国本土の共産党政権とは無関係で,国民党 の蔣介石政権が名乗る“中華民国”が中国全土 を代表する政権との建前に基づいて,台湾には 「中国」名を語る企業が「中国テレビ」等,今 も残っている。 3) 旺旺のメディア事業進出の詳細については,拙 稿「「言論の多様性」と「公正な報道」には何 が必要か」『放送研究と調査』2009 年 9 月号及 び,「中国への「配慮」強まる台湾・香港メディ ア(上)」『放送研究と調査』2013 年 5 月号参照。 4) 詳細については,「中国への「配慮」強まる台湾・ 香港メディア(上)」『放送研究と調査』2013 年 5 月号参照。 5) 詳細については,「中国との関係に揺らぐ台湾 メディア」『新聞研究』2013 年 6 月号参照。 6) 条例では,中国大陸地区の物品・労務などの販 売促進をもたらすような“広告”を掲載する場 合,所轄官庁への事前申請が必要としている。 7) 2010 ~ 14 年にかけ,台湾北西部の苗栗県で起 きた農地の強制収用事件。県政府が反対派の農 民の意見を聞かずに収穫間際の水田を破壊した

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ことから,農民達と市民団体による反対運動が 激化,2 人の自殺者まで出たが,結局,代替農 地を確保することで和解した。 8) 詳細は,拙稿「台湾メディアを揺るがす「ニュー スを装った広告」=「置入」」『放送研究と調査』 2011 年 7 月号参照。 9) 2005 年にアメリカで開設されたリベラル派の インターネット新聞で,政治・メディア・ビジ ネス・娯楽など幅広いテーマを扱い,様々なコ ラムニストが執筆する論説ブログで知られる。 現在は日本版・イギリス版・フランス版等も含 め,海外展開が進んでいる。 10) 株式会社の「今日傳媒」が 2008 年,大手メディ アグループの東森から ETtoday.com を買い取 り,名称を NOWnews.com と変更して立ち上 げた,台湾初の純粋なネットメディア。1 日 400 本以上のニュースを配信し,ヤフー ! 奇摩, MSN,HiNet などの主要ニュースサイトに記 事を提供している。 11) 2014 年にノーベル化学賞受賞者の李遠哲氏や 映画監督の呉念真氏らが中心となって設立され た全分野包括型のネットメディアで,台湾独立 派の色彩が強い。 12) 2009 年にスタートした,映画,音楽,ジャー ナリズム,ビデオゲーム,科学技術等の分野で, 一般市民から寄付を募ってプロジェクトを実施 するプラットフォーム。既に 20 万件のプロジェ クトについて,合わせて 15 億ドル(約 1,900 億円)を集めたとされる。寄付をした人には事 業の実施者から何らかの優遇措置が与えられる ことが一般的である。 13) 2008 年にスタートしたネット募金によるプロ ジェクト実施のプラットフォームで,毎月,世 界中から 900 万人がサイトを訪れるとされる。 14) 詳細は,「公衆委製新聞的時代来臨」胡元輝主 編 優質新聞発展協会(2012)参照。 15) 台湾では,公共テレビが「PeoPo」と呼ぶ市民 記者の制度を 2007 年から取り入れており,氏 名などの ID を公共テレビに登録すれば,一般 の市民が自ら取材・撮影した内容をネット上で 発表できる。詳細は拙稿「世界の公共放送のイ ンターネット展開第 5 回 台湾公共放送グルー プ・香港 RTHK」『放送研究と調査』2009 年 2 月号参照。 16) 詳細は,拙稿「新政権の“圧力”に揺れる台湾 の公共放送」『放送研究と調査』2009 年 4 月号 参照。 17) 2013 年 11 月に医師の柳林瑋氏が「政府の運営 を監督する独立したネットプラットフォーム」 を標榜して設立したネットメディア。立法委員 や政府の幹部などの監督を目的とし,議会での 質疑などをしばしば中継している。2014 年の 台北市長選では,3 人の候補に対しネット上で 質疑を行い,好評を得た。 18) 政府の持つ資料・情報の透明化や言論の自由を モットーに,2012 年末にスタートした情報提 供プラットフォーム。一般市民に分かりやすい 形で政府予算等に関する情報を提供すること で,政府への監督を強めようとしている。

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