入札における価格ダンピングの原因と その対策について
―公共工事入札の例と株式市場分析―
辰 巳 憲 一
要 旨
入札制度は財・サービスの価格付けを組織的に行うように考案された仕組みで ある。様々な仕組みが知られており,新たに考案されつつある仕組みもある。こ の入札制度におけるダンピング問題を,公共工事入札を例に,分析してみる。ま ず公共工事とその入札の特徴を説明する。そして,公共工事入札を,入札理論の なかで位置付けた上,IPO(新規株式公開)に係わる入札,品貸入札などの株式 市場に係わる入札と比較する。さらに監査入札についても触れる。
ダンピングとは,何らかの目的を達成するために,販売価格,請負・引き受け などの価格を引き下げる行動である。なぜ入札において,そういう行動が行われ るのかが本稿の主たる研究テーマである。
もっとも注力するのは,日本の公共工事入札制度の変遷と残された課題を展開 しながら,価格ダンピングの原因とその対策の妥当性について受注業者の経営と その産業構造に立ち入って考察する点である。特に,ダンピングによって生じる 損失を受注業者はどのように吸収したり転嫁するのかを分析する。
考察・分析の結果,どのような入札制度が望ましいのかの判断基準として,次 の 5 点が妥当するようである。 1 )運営費用が低く,入札参加者にとっての取引 費用も低いこと, 2 )ルールが簡易で相互に矛盾しないこと,そして公平で,入 札参加者と一般の人々にとって理解可能であること, 3 )経済的に効率的である こと,つまり,公共工事においては最も高い価値のある資産を低費用で構築でき る者が落札すること, 4 )入札参加者による結託行為を避け,市場価格に関する 良いシグナルを市場や社会に送ることができること, 5 )価格は高くないだけで なく,低く過ぎることもなく,価格の変動性を最小化することに寄与すること。
目 次
Ⅰ.はじめに
1 .公共工事等の入札制度とその分析 2 .株式市場との関係
Ⅱ.競り下げ方式の公共調達入札
1 .競り下げ方式の公共調達入札とその問題点 2 .主たる公共工事入札制度とその欠点
Ⅲ.ダンピングの分析 1 .公共工事ダンピング入門
2 .ダンピングの原因
3 .ダンピングによる安値の吸収や転嫁
Ⅳ.ダンピングと下請けやパート
1 .下請け制度分析~産業構造と入札方式の視点 から
2 .設計施工方式とダンピング 3 .下請け慣行とパート雇用の悪用
Ⅴ.まとめ~残された課題
I.はじめに
値段たたき,とも言われるダンピングは,何 らかの目的を達成するために,販売価格,請 負・引き受けなどの価格を著しく引き下げるこ とである。なぜ,そういう行動が行われるのだ ろうか。
通常の競り上げ方式における入札では,出品 者(売り手)などの意を受けるなどして,価格 を引き上げていた入札参加者が突然直前に取り 下げ(続けていた応札を止め),結果として被 害者になる他の入札参加者が予想外の高値で落 札してしまう,という事態が起る。価格変化の 方向が違うだけで,これもダンピングと同じ主 旨の問題である。
本稿は,件数と規模が比較的大きく,資料が 整い,関心が広く持たれている公共工事入札を 例に挙げ,入札制度とダンピングに係わる問題 に対して,経営と産業構造に立ち入って,分析 する。株式市場分析に大いに参考になるものと 期待される。公共工事等の入札制度と受注企業 の経営を論じた辰巳[2019a]と辰巳[2019b]
などが先行研究になる。
1.公共工事等の入札制度とその分析
公的部門が物品等を調達する,いわゆる公共 調達は公共工事とその他に分けられる。それら 調達の多くは入札によってなされる。公共調達 は,売り手が買い手を選ぶ通常のオークション と異なり,買い手が売り手を選ぶ逆のオーク ションである。同じ質ならば安く買うことは一 般の買い手の狙いであるが,公的部門の狙いも 同じである。
日本でも,競り下げ方式の入札は公的部門の 歳出削減などのため2000年以前に導入された。
その結果,官庁報告を解説するだけにとどまっ ている文献だけでなく,金本[2005],大橋
[2014],森本[2016]などのように,経済分 析,統計分析を行う文献などが多数ある。
公共工事分野では,この入札方式の仕組みや 情報に係る問題が多数残っているにも関わら ず,情報経済学を始め,数理科学からの体系的 分析は多くない。例えば,より低い価格を競う 方式のため必然的に安値やダンピングの応札が 生まれてしまい,品質が損なわれる恐れがあ る,と指摘されてきた。これらを分析すること が残された課題の 1 つになってきた。本稿は,
日本の公共工事に係る,これらの入札制度の課
題と解決策を展開・分析する。
なお,業者が持つ技術力,工事が生み出す品 質がどう価格付けされるべきかを問題にし,事 業内容や経営にまで立ち入る点は,株式と株式 市場の分析に対して有益な事例研究の情報を提 供するものと思われる。
2.株式市場との関係
(1) 株式市場での入札とダンピング問題 入札制度は,周知のように,株式市場とまっ たく無関係ではなく,様々な形態で行われてい る。その例として,IPO(新規株式公開)に係 わる入札,品貸入札や監査入札,などが挙げら れる。
IPO における公開価格は,どの先進国でも現 在,入札で決められるのが普通である。各国で 様々な方式が採られている。そして,新株を落 札するためにダンピング価格で入札する投資家 が存在する。その影響を排除する,あるいは最 小限にするという対策の視点からの入札制度の 発展もある。
株式の信用・貸借取引との関連でも入札があ る。それは,貸し株業務を遂行するために貸し 株用の株式の調達が入札によって行われる品貸 入札と呼ばれる制度である。品貸入札は,制度 信用銘柄について日本証券金融株式会社が競り 下げバッチオークション(batchauction)で 行なっている。それは価格と数量だけの入札 で,応札する機関投資家は本来ディーリング・
ブローキングのプロであり,新たに情報収集や それらの準備は特に必要としないと考えられる 特殊なものである。
監査される企業が監査費用を負担するため利 益相反の恐れがある,ことが従来から指摘され てきた企業監査では,利益相反を避けるための
監査法人を選択する入札制度が提案されてい る。
従来から研究の対象となってきた IPO だけ でなく,品貸入札や監査入札にも,ダンピング 問題が潜んでいる。品貸入札は,公共調達入札 と同様に競り下げ方式であるが,それに潜むダ ンピング問題は議論されたことがない。監査入 札でも,受注するために監査人がダンピングす るインセンティブが存在することは否定できな い。これらについて議論されたことがなく,本 稿は将来参考になる情報を提供するかもしれな い。
(2) 入札対象物と再入札
入札対象物の特性は,入札制度,特に入札期 限の延長あるいは再入札に係わってくる。品貸 入札においては,定められた時間間隔に受け付 けた応札によっても株数の不足が残っている銘 柄については,(貸し株提供のために)不足す る株数を公開し,入札受け付けを何時間か延長 する。延長は同日中に限られるとしても,時間 延長するのは,値動きが激しいという特徴を持 つ株式という商品の入札が緊急であるためであ ると考えられる。公共工事においては,再入札 が日を改めることが多いのは,着工や竣工が 1 日を争う程の急ぎでなく時間的猶予があるから である。
(3) プレーヤーの役割分担
公共工事の発注者は公的部門であり,工事対 象は公的部門に所属する。受注者は民間企業で ある。しかし,予定価格(上限),最低制限価 格(下限)などの入札価格の範囲を設定する者 は発注者(公的部門)で,専門家の見積りが参 考にされるとしても,正しくなされているか等
の課題が残されているようである。
費用負担者さらに最終的な便益享受者は納税 者である。その結果,リスク負担者は結局納税 者になることは忘れてはならないだろう。
この公共工事と比べると,IPO におけるプ レーヤーの役割分担の構造は図表 1 のように多 少異なる。発行費用,最終的な便益とリスク負 担を,発行企業と投資家が分け合っている。引 き受け証券会社は,入札業務の受注者であるだ けでなく,発注にも深く係わる。
Ⅱ.競り下げ方式の公共調達入札
1.競り下げ方式の公共調達入札とその 問題点
(1) 公共工事の特徴とその入札の構造 (ⅰ) 公共工事の特徴
物の品質が,その売買・契約成立後も,それ 以前と比較して変わらないという特性は多くの 商品に妥当している。規格化された物品の公共 調達についても,同様である。しかしながら,
公共工事は,それとはまったく異なり,売買・
契約成立前後で,極言すれば無から有に変わ り,品質が大きく変わる。貨幣(取引で入手し た資金の購買力。インフレなどで減価する),
M&A(新しい能力のある経営陣が経営を立て 直す)などでも,同様である。
そして,その品質を変えてしまうのは,貨幣 では取引者以外の多くの主体であるが,公共工 事,M&A では取引者のどちらか,あるいは両 方である。
修繕工事では契約後に品質はほぼ修復され契 約前に戻るケースがほとんどだろう。しかしな がら,複雑な工事・建設の場合には,たとえ短 くても完工期が来る(場合によっては完工後何 年経過しても,何ヵ年か使ってみる)まで達成 された品質のレベルはわからないものだ。その 理由は,市場の価格等が急激に変動する局面や 現場が特殊で仕様書の設定や積算が困難な場合 などが存在していることを反映している。設計 図面では予想できなかった出来上がりになって しまった,ということもあろう。このような期 待外れを避けることが公共工事生来の課題であ り,公共工事入札が研究対象の 1 つにするべき 理由は,この点にある。
公共工事入札では同一業者たちがほぼ繰り返 し入札に参加し続ける,というような傾向が強 く,規模の大きい,あるいは応札者数の多い入 札においても応札者同士はいずれ知り合いに なってしまうという特徴がある。
(ⅱ) 公共工事入札の課題
公共工事に一般競争入札が導入された際,当 初想定されたのは,次のような高い理想であっ
図表 1 入札の構造比較(IPO と公共工事等)
IPO における公開価格 公共工事
発注者&業務対象 発行企業,引き受け証券会社 公的部門
費用負担者 発行企業と投資家 納税者
最終的な便益享受者とリスク負担者 発行企業と投資家 納税者
基準価格,予定価格あるいは最低制限価格設定者 専門家見積りと投資家 発注者(公的部門)
受注者 引き受け証券会社 企業
(注) 筆者作成。
た。つまり,歳費削減,節約,高品質な施設等 提供,入札における透明性の確保,発注者の自 主的で自由な制度設計と運営が望ましい制度を 生む。
しかしながら,詳しくは後述するが,導入後 実際の政策課題として次の事柄が持ち上がっ た。つまり談合等の不正行為の排除,下請業者 へのしわ寄せの排除,安全対策の徹底,など だ。それらだけでなく,安値受注による低品質 工事の抑止も関心が高まった。
(2) 公共工事入札と通常の入札
(ⅰ) 競り下げ方式による入札と通常の入札 の違い
発注者(通常の場合売り手,あるいは出品 者)には,応札者(受注者。通常の場合買い 手)たちの属性がよく分からない,彼らを区別 できないという状況が普通である。この現象は 入札理論では対称的と呼ばれる。入札の理論の 多くは対称性を前提に展開されている。
また,通常の入札の場合,最低落札価格の設 定は出品者つまり発注者の利益を上げるために なされる。ところが,競り下げ方式の入札の場 合,対称性の前提は置かれずにシステムのデザ インがなされており,最高落札価格(公共工事 の場合は予定価格と呼ばれる上限価格)は主と して落札者の効率性を上げるために設定され る。高い価格でしか,入札できない非効率な業 者を失格とするのである。
一人の応札者が複数の人に成りすまして,複 数の名義で入札する架空名義入札は,通常の入 札では話題にするべきである。例えばネット ワーク環境では該当者を検出することは事実上 不可能なので,ネット・オークションでは架空 名義入札が起こりえるからである。しかしなが
ら,公共工事のより低い価格を競う入札方式で は,架空名義入札は珍しく,議論されることは ほとんど無い。
(ⅱ) 入札方式の問題点
競り下げ方式は,商品を買おうとする者が複 数の売り手に価格入札を行わせて,最も安い価 格を付けた者から購入する時などに用いられ る。どのような問題があるか,基本的な点を挙 げておこう。
( a ) 様々な不確実性
応札業者の技術力が統一されていれば,ある いは公共調達では商品毎に規格や質が統一され ていれば,この入札方式は大変有効な方式にな る。しかしながら,一般には,質や技術力は応 札者の間では統一されておらず,応札者は対称 的ではないのである。
一定以上の品質,技術などをどのように確保 するかの問題だけでなく,契約後に人件費・工 事価格が上昇して,業者の採算が悪化するなど の問題も起こる。工事期間に起こる天変地異や 技術進歩などのすべての出来事を適切に予測し て契約されたわけではないからである。契約期 間が長期になればなるほど,これらの問題は大 きくなる。
( b ) 不調と不落さらには成りすまし 入札で,応札者がいないため落札者が決まら ないことを不調という。予定価格と下限価格の 範囲内での応札がないため入札を終了させるこ とを指す場合もある。応札者はいるが,すべて の入札価格が予定価格を上回り,落札者が決ま らない場合は不落という。通常の入札において 競合者に成りすまし,価格を競り上げる行為は 不正である。すべての入札制度は不調と不落さ らには成りすましを防ぐ工夫する必要がある。
なお,当該都道府県に本店が無い業者があた かも本店があるように,少なくとも主力支店が あるように装う成りすましは発注者の地方公共 団体が地元業者優先の施策をとっているから起 こる成りすましである。
(3) 公共工事入札とは~入札理論のなかで の位置付け
入札対象物の特性,落札までの時間,談合や 結託,情報や価格発見機能,などによって入札 方式は分類される。入札理論のなかでの公共工 事入札を改めて位置付けておこう。
(ⅰ) 伝統的な入札方式の分類から
まず入札は公開入札と封印入札に 2 分され る。この分類のなかで,公共調達は後者に属し,
第一価格封印入札方式(first-pricesealed-bid auction)と呼ばれる。第一価格とはもっとも 安い価格という意味である。入札者による分類 では,公共調達は売り手(つまり工事担当業者 など。買い手は公共部門になる)が入札する方 式の逆オークションである。
対象物の特性による分類では,公共工事は原 則的には単一財に対する入札である。そして,
規格化された物品の公共調達は,株式等 IPO や国債発行などと同じような,複数同質財に対 する入札である。
しかしながら,公共工事は時に,分割発注あ るいは分離発注がなされる。その場合は複数異 質財になり,単純に分類できなくなる。分離発 注とは,建築,電気設備,機械設備などの工事 種別毎に分離して発注することである。さら に,価格面,数量面,工程面等からみて分離し て発注する場合もある。その多くは中小企業者 や地元業者の受注機会の確保を狙ってなされて
いる。
落札・成約までの注文件数・時間による分類 では,公共調達はバッチオークション(いわゆ る板寄せ)に属す。バッチオークションの情報 公開による分類では,落札者公表時点まで一度 も情報が公表されないという点で,公共調達は 封印型バッチオークションである。
公共調達では談合や結託がたびたび問題に なってきたが,封印入札方式は公開入札よりは 入札参加者の間に結託のチャンスを与えてしま う恐れは少ないと指摘されている。
公共工事だけに限らないが,経済的特徴が入 札結果さらには制度に影響する。流通市場があ り,落札した者が入手した財・サービスを転売 可能な場合,そうでない場合と比較して,入札 結果は大きく異なるようになる。例えばライバ ルとなる入札参加者数の増加は,転売市場での 買い手の数を増加させると予想させるので,入 札者の評価価値の上昇に繋がる。したがって,
落札価格の上昇に繋がる。他方,(公共)工事 は転売不可能なので,このような結果は起こり えない。入札参加者数の増加は入札の競争者の 増加そのものであり,競合者が増え落札できな くなる可能性が高まる。
(ⅱ) 情報経済学からの入札方式の分類 封印入札であっても,非公開入札とは表現さ れていないことからわかるように,応札者数は 何らかの方法で分かるなど情報のいくつかは努 力すればわかるようになるなどが起こり,情報 経済学の観点からは違った視点を採るべきであ る。この点は後述する。
価格発見機能に強みがある入札方式と言え ば,入札過程の進行につれて情報が開示されて いく公開入札である1)という意見は多い。確か
にそうだろう。しかしながら,市場価格がほぼ 知られている(例えば規格化された)財・サー ビスの封印入札にも,程度の差はあれ,価格発 見機能が存在していることは否定できない。
財・サービスに対する情報と評価による分 類2)については,事態は少し複雑である。公共 工事が完成後目指す構築物等の本来の価値(原 価と正当な利益)は,与えられた技術,利用者 の評価と市場価格のもと,どの業者にとっても 変わらない筈である。しかしながら,それに対 する正しい情報を応札者がどれだけ持っている か,それに対する評価がどれだけ高いあるいは 低いかが,工事によって,時期によって,異 なってくるだろう。もっとも,誰が工事して も,この本来価値と評価のかい離が小さい工事 が存在する,のも事実であることを認めなけれ ばならない。
他方で,難工事の場合や市場価格変動期に は,このかい離は著しく大きくなることが予想 できる。しかしながら,技術力を持っている業 者や経営能力が高く人件費や資材費の高騰に対 処できる業者はこのような場合でも利益をあげ える。現地調査を怠ったり,見積もりを誤り,
安い入札価格で応札する業者は本来価値とは 違った評価をして落札してしまい,結局は損を する。これは,情報経済学では勝者の呪いと呼 ばれる現象である。
情報の観点から入札方式を分類するのは,比 較的新しい研究分野である。多くの入札理論で は,売り手(あるいは買い手)の評価値あるい は入札価格は同一の確率分布から抽出されてい るとする対称性と呼ばれる仮定がなされる。こ の仮定は規格化された物品の調達や超単純な工 事入札において妥当するに過ぎない。対称性は 参加者の多い大規模入札でも満たされる可能性
がある。しかしながら,公共工事を含めた多く の入札においては,入札価格が参加者毎に異な る確率分布から出てきているという非対称性が 妥当するだろう。つまり,応札者は様々な費用 構造,予想などを持って入札価格を決めている のである。
3.主たる公共工事入札制度とその欠点
(1) 一般競争入札制度とその欠点
公共工事において一般競争入札方式が採用さ れたのは1994年度からである。入札改革が進む につれて,予定価格を著しく下回る低価格入札 が増加するという新たな問題が発生することと なった。低価格入札によってもたらされるダン ピング受注は,一般競争入札のメリット以上に 品質確保に対する懸念が起こった。
入札への参加や不参加を業者自らの意思で判 断できる入札制度では,儲かる入札にしか参加 せず,儲からない入札には参加しない。その儲 からない入札案件の代表例が,地域のインフラ 保全である(大橋[2014]参照)。必要なイン フラ整備ができない,という事態は誰もを入札 制度改革が必要であると考えさせて当然であ る。受注業者の採算性を無視した入札制度は,
そもそも長期に渡って存続しえないということ である。
(2) 総合評価落札方式
入札にあたり,該当事業の請負価格に加え て,技術面も評価して落札者を決定するのが総 合評価落札方式であり,価格,品質,工期,デ ザイン,施工の安全性等の観点が総合的に評価 される。1998年度建設省(現国交省)直轄工事 で最初に実施され,2005年品確法(公共工事の 品質確保の促進に関する法律)制定以降直轄工
事では全面的に採用された。評価方法として は,除算方式と加算方式の 2 つがあり,評価点 数を入札価格で除した除算方式が用いられるこ とが多い,と言われる。
この入札方式が掲げる技術力,品質,工期,
デザイン,施工の安全性等が企業間で大きく異 なるとすれば,入札にあたって行われる談合や 結託などの調整行動は,価格だけを調整する行 動より,困難になるのは明白であろう。談合や 結託などを引き起こしにくくなる点も評価され た。
(ⅰ) 予定価格の設定と参考見積書
予定価格は,その金額が公的部門の支出額の 上限となるため,適切に設定されなければ調達 価格が高額となる可能性があるため,効率的な 予算執行を推進する観点から,
過去の同一工事等の調達実績金額,
市場価格や近隣類似施設における契約金 額,
等を勘案することがまず重要であると考えられ ている。
この考えに基づき,予算規模を確認するため の市場価格調査が市場調査,参考見積書の形で 実施される。それを提供するよう事前に業者に 依頼し,業者における標準価格を記載してもら う。
予定価格は重要な意味を持つ。筆者の考え
(辰巳[2019a])では,業者が適正な利益を確 保できる水準に設定するという視点が維持され なければ,賃金水準が低くなり,生産性に好ま しくない結果を及ぼす。そして従業員の定着率 も低くなり,採用条件も悪くなる,という悪循 環に陥る。
(ⅱ) 総合評価落札方式の課題
総合評価落札方式は,導入以降,2001年には 入札契約適正化法,2005年には公共工事の品確 法が施行されて,より一層,民間の技術提案を 評価することが求められるようになった。
しかしながら,確かに技術的な対策を採って きたものの,残された課題の根本的な解決に至 たらず,競争参加者・発注者の負担増になり,
実態は総合評価の理念(品質確保,民間の技術 力活用)からかい離している,という意見もあ る。また,ダンピングは依然として起ってお り,品質維持も不確かなままである。まだま だ,足らない視点があったということであろ う。
(ⅲ) 総合評価落札方式改善のための試行 公共工事の目的物の機能発揮と品質確保を両 立させ,さらにコスト縮減を図る見地から,工 事の内容や難易度に応じて民間企業の技術力を 発揮させ,活用する多様な入札方式として,総 合評価落札方式導入以降,設計施工一括発注方 式, バ リ ュ ー・ エ ン ジ ニ ア リ ン グ(Value Engineering,VE)方式等の導入も推進された。
従来の総合評価落札方式に対して,技術評価 点の配点・付与において,施工内容がどれ位確 実に実現するかの程度が考慮された施工体制確 認型総合評価方式が試行されたり,2013年度か ら国交省発注工事の総合評価落札方式に施工能 力評価型が導入されたり,して数々の改善が試 みられた。
(3) 公共工事入札制度における下限価格と その欠点
従来,国は低入札価格調査制度を,都道府県 と政令都市は最低制限価格を工事(その多く
に)に設定し,ダンピング防止対策を採ってい る。実効性のある対策なのか,以下で詳しく見 ていこう。
(ⅰ) 低入札価格調査の実際
落札業者が入れた価格が一定水準以下である 場合には,適切な履行が可能かどうかの調査を 行い,その結果によっては,次順位者と契約す ることができる制度が低入札価格調査制度であ る。調査基準価格以下の場合には,手持ち資材 の状況,資材購入先及び購入先と入札者の関係 等の調査を実施し,低価格でも入札が可能とな る妥当な背景があるか否かを分析する。入札価 格調査あるいは特許庁が実施している同調査の 具体的な詳細は辰巳[2019a]の図表から知る ことが出来る。
(ⅱ) 低入札価格調査制度の欠点
低入札価格調査では,受注者は,多量の書類 提出を短期間のうちに求められ,ヒアリングを 受けねばならない。発注者にとっては,調査の ために落札決定が保留され,迅速な入札執行に 支障をきたし,発注部門の事務負担が過重とな る。
これらの諸手続きや書類作りの手間を考慮す ると,価格だけを基準とする入札方式の方が制 度運営上安価になる可能性がある。価格だけを 基準とする入札方式の方がより多くの参加業者 数が見込まれ,納税者が得る便益は大きくなる かもしれない,のである。
(ⅲ) 最低制限価格制度
地方公共団体においては,低入札価格調査制 度による価格より低い水準に,必要に応じて最 低制限価格を設定することができる。適正な工
事による品質確保が安過ぎてできない可能性が あるため,予め定められた最低落札価格の金額 よりも低い入札は失格となる。最低落札価格が 設けられる理由はダンピング防止のためでもあ る。最低制限価格は,地方公共団体独自の制度 であるが,低入札価格調査と同様な欠点があ る。
Ⅲ.ダンピングの分析
1.公共工事ダンピング入門
(1) いつ頃始まったのか
いつ頃からダンピングが増えてきたのか。個 別業者の経営状況のデータがない限り,検証は なかなか困難である。2001年以降であるという 見解があるとともに,2006年以降とみる意見も あり様々である。
国交省[2005a]は,2001年に入札契約適正 化法が制定された後の目立った動向として,官 製談合防止法の制定,違約金特約条項の導入進 捗とともに,ダンピング受注の増加,抽選落札 の増加,等を挙げている。
木下[2018]は,①課徴金制度の見直し,② 課徴金減免制度の導入,③犯則調査権限の導 入,④審判手続等の見直しを行い,談合防止を 強化した2006年 1 月独禁法が改正された頃か ら,ダンピングが目立つようになったと,記し ている。
実は,これらの時期以前からダンピングは問 題になっていた。1970年代後半から始まる日本 経済の低成長時代にもダンピング受注が問題に なった。その原因としては,この時期は日本経 済が高度成長期から安定成長期に移行した頃 で,雇用不安が底流にあった。それ以降も,バ
ブル期を除き,同様な状況であった。
以下でダンピングの原因を広い視点から探っ てみるが,それらの原因を鑑みてみるとダンピ ングはいつでも発生すると言えるのではない か,と考えられる。
(2) ダンピングの種類と実態 (ⅰ) 価格ダンピング
ダンピングを一言で言うと,異常な安値で落 札する,ことである。ふつうの安値受注とダン ピング受注の間の境界線は確かにあいまいであ る。採算割れで入札し落札していると第三者か ら判断されることが起こっても,採算ラインは 個々の企業によって異なる。また時期によって 違ってくる。低価格入札だからダンピングだと 決めつけることは不可能だ。
(ⅱ) 技術ダンピング
品質や技術が落札基準に含まれてしまうと,
高い技術点を目指し,仕様書で求められる水準 を超えた技術を提案しょうとする傾向が生じ る。この行動は落札者の利益を圧迫し,遂行 上,現場運営上,大きな課題を抱え込むことに なる。
木下[2018]はこれを技術ダンピングと呼ん でいる。技術ダンピングは価格ダンピングと同 様な結末になる。技術ダンピングについては,
分野違いの者だけでなく,技術を知らない第三 者も分析することは困難である。個別の技術に 立ち入って分析する必要もある。それゆえ,本 稿の目的には馴染まないので分析を断念した い。
(3) 誰がダンピングを行うのか
建設工事業者は,営業エリアが広域に跨り売
上高が多い大手広域企業と営業エリアが狭く売 上高が少ない地域(中小)企業に大別される。
大手広域企業は,高度な技術力を持ち,価格 競争力も強く,財務面も健全で,短期的に損失 に陥っても長期には損失を吸収できると考えら れる。他方,地域企業の特徴として,迅速性が あり高い機動力を持つほか,地域の事情や風 土・文化に精通していることがあげられる。
その結果,大手広域企業と地域企業が入札に おいて混在し競合すると,技術力と価格競争力 を生かして,大手広域企業が受注してしまう案 件が多く発生していると一部で指摘されてい る。
実際,それを分析した研究がある。調査・設 計等の業務を担う建設コンサルタントを対象 に,規模分類を行い,落札率などを分析した 南・大谷・森田・吉田[2013]は,大手広域企 業による安値受注で,地域企業や準広域企業の 受注機会が減少している事実を見出している。
しかしながら,損失を吸収できる力がある大 手企業だけがダンピングするわけではない。ダ ンピングするのは大手企業であるという見方は 従来から存在するものだが,損失・安値を吸 収・転嫁できる方法さえあれば,中小規模業者 もダンピングできるのである。この点は以下で 詳しく見て行く。
(4) ダンピングの弊害
ダンピングは,①手抜き工事の発生,②履行 期限の遅延などの発生,を引き起こす懸念があ り,品質低下,倒産による不履行を生む恐れが あり,発注者にとって不利益となる。また,③ 下請け企業へのしわ寄せの発生,④不当廉売の 発生,を起こす懸念もある。これらのうち後半
③と④は,必ずしも発注者に直接不利益を及ぼ
す訳ではないが,建設業等の公正な競争を確保 するという観点からは好ましくない,と国交省
[2005c]は記している。敷衍しておこう。
(ⅰ) 労働市場への悪影響
余りにも低い入札金額であれば,従業員に正 当な給料が渡され(てい)ない可能性がある。
また,落札した業者が倒産してしまえば,従業 員の生活は困窮する。
(ⅱ) 業務遂行への悪影響
ダンピング受注は,業者の利益を低下させ,
それが,賃金の低下を引き起こすだけでなく,
品質を低下させる懸念を生む。落札者がしばら くの期間は業務を行うが,明日から業務を行え ないと伝えて,突然辞めることも起こる。工事 が途中で中断する,ゴミが回収されず溜まる,
などの様々な不都合が生じる。
木下[2018]はさらに,一旦安値受注が行わ れると,低下した施工費用が実勢とされ,将来 の予定価格を低下させるメカニズムが生まれて しまうと心配する。
(5) ダンピングでも期待できるものはある だろうか
ダンピングは身を切る行動であるため,長続 きはしないのは事実である。そのため,ダンピ ングの弊害は長い期間に渡って続くものではな い,という考えがある。この考えに基づくと,
ダンピングは政策当局が真剣に取り組まなくて も,しばらくすれば無くなる,ということにな る。しかしながら,何もしなければ,ダンピン グ業者が次々と現れてくる。
また,ダンピングというより低価格化のメ リットということであるが,低価格化は,落札
業者の費用節減行動を促し,効率化を強制的に 実現する。このこと自体は事実であろう。しか しながら,以下でみるように,実態はこれらの 期待を裏切るものである。
2.ダンピングの原因
(1) 経営問題とダンピングの原因
費用を削減できる技術力がある企業の場合,
販売価格を引き下げることができれば競争上有 利である。それゆえ,企業は,競合企業と厳し い競争をしている限り,機会をみて価格引き下 げ行動に出る。これらはミクロ経済学が説いて きた点である。
ダンピングは経営問題に係わることが多い。
受注つまり売上を確保することが優先され,採 算を度外視した価格で入札する,のである。具 体的な事例は以下で詳しく見てみよう。
(2) 入札・契約制度に内在するダンピング の原因
業者がダンピングを行う原因が入札制度のな かに内在するケースがある。まずこの点を次に みてみよう。
(ⅰ) 総合評価落札方式の技術要因
総合評価落札方式とは,価格だけでなく品 質・技術も考慮することによって,費用対効果 に見合った効果的・効率的な調達方式であり,
ダンピング受注に対する対策としても有効であ るとの認識が当初持たれていた。品質・技術も 併せて評価することによって,価格の次元にお ける競争の程度が緩和されるだろうと見込まれ ていたのである。
しかしながら,この方式が導入されて以降,
当初の目的を果たしていないことがデータの上
で明らかになった。その原因は何か,議論され るようになっている。価格引き下げ競争に陥っ てしまう技術要因は複数ある。具体的には,① 技術評価点の業者間格差が,業者の努力,技術 の伝播,入札参加資格としての経営事項審査に よって縮小している。②技術情報評価の不確実 性,がある。詳細は辰巳[2019b]参照。
(ⅱ) 実績作りのためのダンピング
入札に参加できる条件として実績が加えられ ている。実績を入札参加条件にすると,実績が 乏しい業者が実績を得るためにダンピングする 原因になってしまう。この点は以前から指摘さ れてきた。このような原因から生じるダンピン グは時間が経てば減るのは事実であるが,それ にブレーキをかけるのが実績の有効期間であ る。過去 2 年内などという短期に限れば,実績 は直ぐに消滅し,新たな実績作りを急がなけれ ばならないことになる。
(ⅲ) 下限価格情報の事前公表
低入札価格調査制度調査基準価格や最低制限 価格を下限価格と呼ぼう。入札前に下限価格が 公表されれば,あるいは入札前に下限価格を知 ることが出来れば,それより少し上の価格を自 社の入札価格にするという戦略が採り得る。こ のような行為は落札することだけが目的の場合 に特に起こる。
下限価格を事前公表する,あるいは入札前に 下限価格を知ることが出来る何らかの情報を公 表すれば,自社の費用構造を無視する応札行動 を業者に惹起するのである。
3.ダンピングによる安値の吸収や転嫁 ダンピング受注が可能な理由の 1 つは,それ
らが経営に大きく影響しないからだと考えられ る。個々の業者が社内的に行う安値吸収策と対 外的に行う安値吸収策に大きく 2 分される。
安値吸収策は,損失吸収策,損失転嫁策でも ある。安値・損失の吸収や転嫁は,それが可能 であれば,いつでもダンピングが行われている 可能性がある。それはダンピングがなぜなくな らないかを説明することになる。
(1) 社内的に行う安値吸収策
社内的に行う安値吸収策には様々なものが挙 げられる。低コスト環境が幸運にも偶然もたら されるということは確かに起こり得る。例え ば,施工場所が会社と近接していれば資材運搬 費,要員交通費等が安くあがる。このような状 況はどちらかといえば幸運であり,施策,技術 活用とは言えない。
さらに,「自社で資材を製造するので,原価 で調達できる」という理由は,製造部門の正当 な利益率をオンしていないから,特に重要な安 値吸収策にはならない。
(ⅰ) 前向きの対策
( a ) より効率的な費用管理
費用管理を次のように効率化するコスト削減 努力は理想である:①工期短縮や資器材の転 用,②休日や夜間も工事を行い機械等の稼働率 を上げることにより,機械等リース料を削減,
③作業の段取りを慎重に検討し手戻り(やり直 し)を回避する,④一括購入による材料費の縮 減。
( b ) 学習効果あるいは新技術導入
鈴木他[2012]は,正当な理由がある安値応 札として,学習効果や後述の付け替えの一部を 挙げる。生産・販売の経験を積むことによって
学習し,平均費用を下げることができている業 者は安値応札できる。そして,新技術・ノウハ ウを導入して費用を削減できている業者も同様 である。
(ⅱ) 後向きの対策 ( a ) 埋没費用問題
自社内で抱えている専門技術者や機械設備 は,受注できて仕事できるか稼働できるかどう かに限らず,かかる費用であるため,低価格で あっても工事を受注した方が遊ばせるより良 い,と考える業者がいる。設備投資ブームの直 後には,このような理由に基づく応札行動が頻 繁に起こる,と考えられる。
( b ) 付け替え
会計的に許されるかどうかを問題にしなけれ ば,次のような付け替えという捉え方で安値落 札からもたらされる損失を形式上吸収できる。
① 付け回しする~複数工事の平均化
低価格入札工事による赤字分を他の工事等に 付け回せば,赤字額の補填等を行える。実際そ うしている業者が少なからずある,とみられて いる。
② 研究開発費として捉える
自社が開発した新工法・ノウハウについて,
その実績を積む,得意とする技術を社内で引き 継いで伝承していくため,赤字でも落札したい と考える業者がいる。
③ 広告費として捉える
品質が高いという情報の伝達手段として安値 応札や廉売を捉える業者もいる。
④ 販促費・営業費として捉える~付随の利益 当該工事を受注できれば,現地の様々な情報 を取得でき,同種工事の実績を積むことができ る。その結果,近接地で見込まれている関連工
事あるいは同じ現場の異種の工事の受注を有利 に進められる可能性がある。
( c ) 手抜き
手抜きの方法は様々ある。本来使うべき資 材・部品ではないが,安価であるだけが理由の 資材・部品を用いて工事するような場合が手抜 きである。こうしている企業も実際にあるとい う告発がなされている。資材・部品を低品質な ものに換える手抜きでは,出来上がった設備は 直ぐ壊れるかもしれない。
現場に配置する技術者の数や投入時間を削減 して,工事コストを削減するケースもある。こ れはどうであろうか。手抜きと効率化の境界に 属する,微妙な場合もあろう。
納期3)も品質に係ってくる。早過ぎる完工は 発注者にとって手抜きの心配がある。それゆ え,悪徳業者は納期のずっと前の完工は意図的 に避ける。その結果,予定の工期の期間内であ るが終了時期に近い完工であるからと言って手 抜きされていないとは言えない。工期だけか ら,手抜きを判断できない,のである。
(2) 対外的に行う安値吸収策
対外的に行う損失吸収・転嫁策も,前向きと 後向きに分けられる。
(ⅰ) 前向きの対策~M&A
M&A は大きなコスト削減策の 1 つとして捉 えられる。当事者である複数社に共通している 間接部門に係る,あるいは重複分野の集約によ る,経費の節約が主たるものである。
M&A が増えるのは,コスト問題だけが理由 でない。人手不足が原因となって M&A が増 えているのが,最近の日本の傾向である。これ らは,M&A 相手も利する win-win の関係に
なる。
(ⅱ) 後向きの対策
ダンピングによって蒙った(蒙るだろう)損 害を対外的に転嫁する方法がある。転嫁した相 手に損失をもたらすこともある。これらの機会 を見逃すことはなく必ず利用する機会主義的な 業者は悪徳業者の誹りを受ける。
( a ) 転嫁
投入費用削減を納入業者に担ってもらうこと ができれば有効な対策になる。例えば,機械 メーカーの価格協力により定価の 7 割引きの価 格で機械の調達が可能であった,などという事 例は,機械を利用するウェイトが高い工事にお いては,強力な安値吸収策になる。
従業員やパート・バイトにしわ寄せする方法 も知られている。残業代の不払いまで至らない までも,低賃金を強制する,雇用保険,災害保 険などに不加入・未加入など,の事例がある。
( b ) マクロ経済環境~他業種から
個々の業者が対外的に行う安値吸収策が成功 するかどうかは,マクロ経済状況に依存する。
人余り業種から人材を安く採用する機会は過去 何度もあったことは,以下でみるようにデータ から確かめられる。
デフレ経済下では,物価が持続的に下落し,
それゆえ生活費が低下し,低賃金でも働いてく れる労働力が豊富に存在している。その結果,
低賃金労働力を確保できるので安値受注しても やっていける。そして,受注した業者の利益を 確保できる。言ってみれば安値受注はデフレ時 代に有効なビジネス・モデルである。
1970年代後半からの低成長時代にもダンピン グ受注が,かならずしも公共工事分野ではない が,問題になった。その背景は雇用不安であっ た。そのような雇用状況の変動がありえるの か,データでチェックしてみよう。
有効求人倍率4)の推移を全産業と建設業職業
(建築・土木・測量技術者,さらに建設躯体工 図表 2 有効求人倍率(全産業と建設業職業別)
〔出所〕 厚生労働省『職業安定業務統計』に基づき筆者作成。新規学卒者を除きパートタイムを含む。
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全産業
建築・土木・
測量技術者 建設躯体工事
建設 土木 電気工事
事,建設,電気工事,土木,の各職業)別に図 表 2 に示した。有効求人倍率は景気と密接に連 動しており,様々な要因のなかでも,景気が上 向けば(特にバブルになれば),この比率は高 くなる。
建設業職業別有効求人倍率は,大幅な人手不 足が常態化している躯体工事以外は,推移もレ ベルも同様な推移を示している。しかしなが ら,そうは言っても詳細を見てみると,時期に 応じて人手不足の職種は異なってくるようであ る。2005年から2008年に電気工事の職業に人手 不足が生じたが,2012年以降は建築・土木・測 量技術者の不足にシフトした。また,難易度の 高い資格が存在しておらず,参入が比較的容易 な建設や土木では,有効求人倍率のレベルは低 いといっても,2012年以降は上昇している。
建設業が全産業の有効求人倍率と同様な動き をしていたとみなすと,2000年以前,人余りの 時期はバブル期を除いて,続いていたようであ る。2000年以降であっても,建設業の有効求人 倍率が 1 を下る時期は,ネットバブル崩壊直後 の2002年頃やリーマンショック直後の2009年頃 のように,存在する。
有効求人倍率が低い時期とは,仕事が無くて 業者が暇な時である。暇な時にダンピング受 注,安値受注が増える,と予想される。
しかしながら,最近は人口減少問題が様々な 分野で顕在化し,労働力の確保は困難になり,
このようなデフレ時代のビジネス・モデルは破 綻したと考えられる。その結果,安値受注して も,労働力の確保が困難でコストアップになっ てしまい,その結果赤字化してしまう,という 図式になってきている。安易な安値契約は業者 にとって命取りになりかねない。
Ⅳ.ダンピングと下請けやパート
1.下請け制度分析~産業構造と入札方 式の視点から
一国の土木・建築業の産業構造がその国の当 該入札方式に影響することもある。その産業構 造は次の 2 点から捉えられる。①元請負業者と して各種の土木・建築などの工事を発注者から 直接一式で請け負い,工事全体のとりまとめを 行う総合業者であるゼネコンが存在し,その数 は多いかどうか。②元請けと下請けの関係が専 属的に,そして継続的に存在しているかどう か。この視点は海外との比較で展開している大 野・原田[2005]など,が参考になる。
(1) ゼネコンの存在
日本については①と②のどちらも妥当してい る,という理解がなされている。元請負者の規 模も様々である。しかしながら,他の国は日本 と違うようである。そうなれば発注の方式も 違ってこざるをえない。例えば,①が満たされ なければ,工事は専門分野毎に分ける(専門発 注する)必要がある。それだけでなく,大規模 案件は複数の工区に分割して部分毎に分割発注 しなければならないことになる。
超大型案件の場合には,必然的に複数のゼネ コンが係らざるを得ない。それゆえ,①を見た さない国では,国際入札あるいは国際ジョイン ト・ベンチャー入札が増えざるを得ない。
(2) 元請けと下請けの関係
上における第二の②下請け構造の安定性につ いては,安くても安定的に仕事を回していただ
けるという経済的メリットが構造形成の原因と して挙げられる。さらに,安くて断ろうとして も,断ると次に仕事を回してもらえない,とい う面もある。
ちなみに,英国では従来から②が存在してい なかったことでプライムコントラクティング5)
の制度が生まれ,それが一定の効果を生んだと 理解されている。スウェーデンの調整発注方 式6)も同様な理由が考えられる。
(3) 産業構造と発注者
産業構造は発注者の行動も規定する。ドイツ では,中小の土木・建築業者が様々な地方で活 躍している。その結果,発注は地方公共団体単 位になることが多くなる。それは,ドイツが地 方分権の強い国であるという点だけでなく,地 域に散在する中小業者が多いのが主たる原因に なっている(大野・原田[2005])。
金本[2000]はコンストラクション・マネジ メント(CM)方式を解説するなかで次のよう に説明している。「日本の現行システムでは,
工事を受注したゼネコンの行動を発注者が知る ことは不可能である。たとえば,ゼネコンが下 請け企業とどのような契約をしているのかにつ いての情報は,発注者はまったく得ることがで きない。」これは一時代前の今となっては古い 記述であっても,同様な指摘は現代でもできる 点が残っていることは本稿の以下で触れること になる。
2.設計施工方式とダンピング
設計と施工を一体として捉えてみる場合にお いて,どのような発注方式を採るかによっては ダンピングが入り込む余地が生まれてしまう。
また,工事のプロセスのなかでプロセス毎に入
札を取り入れたとしても,発注者に必ず利益を もたらすものでもないことがわかる。これらの 理由を説明しておこう。
管理会社あるいは工事業者が,設計から工事 までを一括して行う方式が採られてきた分野や 国がある。この方式より透明性が高いと見られ ているのが,設計コンサルが建物を設計して工 事内容を決め,進捗も管理する方式である。こ の方式では,発注者はまず公募入札によって設 計コンサルを決める。そして設計コンサルの計 画を受けて,公募入札などで工事会社を決める という手順になる。
しかしながら,この方式では,入札のダンピ ングや不正によって妥当でない結果が生まれる 可能性がある。その手口はこうだ。設計の公募 にあたって,ある(悪徳)設計コンサルが極端 な安値で入札して競合他社を排除する。この設 計コンサルは,次に,公募に際して関係の深い 工事会社が受注できるように(他の業者がより 高値で入札するように)誘導する。
当該設計コンサルは,工事費を本来より吊り 上げさせた上,バックマージンとわからないよ うな「営業協力費」や「情報提供料」などの形 で契約を結び,法外なバックマージンを得る。
一連のダンピングと不正は,結果として,発注 者さらには納税者に大きな損害を与える。
3.下請け慣行とパート雇用の悪用
(1) 下請け慣行の悪用~談合というより恫 喝・恐喝
次のような話が噂されている。ある業者はい つも安い価格で落札する。この業者は他の業者 に対しては,この案件が欲しければ,(冗談と もつかないし,そんなことが実際出来るのかわ からないが)お金を払ってくれれば譲ります