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全文

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 恐怖や不安は,動物の生命存続のためになくてはならな い情動であり,様々な情動のうちでも比較的研究が進んで いる。魚類における恐怖や不安の神経機構を調べる上で,

それらの情動を再現し,定量的に計測するための有効な方 法が不可欠である。最近,従来の動物心理学的な手法に,

エソロジカルな考え方も取り入れた魚類の不安の定量化法 が導入されつつある。代表的な例のひとつが「新奇環境テ スト」であり,これは不安を惹起するような新しい環境(水 槽)に魚が遭遇したとき,どのように対処するかを定量的 に観察する方法である。もう一つが明暗(白黒背景)選好性 テストであり,背景が暗いほうが安心するという魚の習性 を利用した不安の定量法である。一方,恐怖については,

古典的恐怖条件付けや回避条件付けなどの手法で定量化で きるほか,警報物質や捕食者に対する生得的な恐怖反応を 利用する方法も開発されている。これらの恐怖・不安定量 化法を利用して,情動のメカニズムに関する行動神経科学 的,生物医学的研究が進められている。 魚類は多様な環境 に適応放散しているが,そのごく一部が研究対象となって いるにすぎない。今後,興味深い不安・恐怖行動を示す魚 種が発見され,情動メカニズムの進化の解明に寄与するこ とを期待する。

1.はじめに

 動物における情動とは,個体や種の保存のための身体反 応と感情体験である47)。個体のホメオスタシスや種の維持 に直接関わる身体的欲求に伴うもの,たとえば,空腹や性 的欲求などは1次性の情動とよび,1次性の情動や外から の刺激によって引き起こされるものを2次性の情動とよぶ。

2次性の情動には恐怖や不安,快感などが含まれる。2次 性の情動は,その原因に対する生物学的な快・不快の評価 の過程である。

 ヒト以外の動物では,情動に伴う感情体験は計測困難だ が,身体反応すなわち情動表出は客観的観察の対象となる。

情動,特に2次性情動のうち,本稿で対象とする魚類で最 も詳しく調べられているのは恐怖と不安であろう。魚類に おける恐怖と不安の神経機構を調べる上では,実験室環境 でそれらの情動を再現・定量化するための有効な方法が不 可欠である。本稿では,恐怖・不安情動を定量化するため の行動学的手法とそのバックグラウンドについて解説する。

また,特に不安については,いくつかの具体例をとりあげ て詳しく論じる。

 近年,恐怖・不安情動の脳内メカニズムについての理解は 急速に進みつつある。魚類を対象とした研究も多数行われて

おり,興味深い知見が蓄積されつつあるが,論点の分散を避 けるため,これらについては本稿の範疇には含めない。

2.恐怖と不安

 私たちの日常生活では,恐怖と不安とは同じような意味 で使われることも多いが,両者にはその定義において違い がある18, 29)

 恐怖は,直近の脅威(捕食者など)を知覚もしくは予期し ている状態で,一過性であり,恐怖の対象がなくなると速 やかに消失する。一方不安は,非特異的で,はっきりとは 予期できない脅威によって引き起こされ,恐怖と比べてよ り持続的な状態である。

 実際の動物観察では,忌避すべき状況を直接予期させる ような,具体的な手がかりを与えたときに観察される生 理・行動反応が恐怖の行動である。また,忌避すべき状況 との関連が明瞭ではない,漠然とした手がかりを与えたと きに現れる反応で,これが比較的長時間持続する場合,不 安の反応であると言える。

 しかしながら,魚類を対象とした研究においては必ずし も両者の区別が明確になされてはいないのが現状である。

それは,哺乳類と比べて魚類の情動反応の理解が進んでい ないためである。哺乳類で使われている行動テストを魚類 に応用したときの反応においても,あるいは何らかの刺激 に対する反応の観察においても,“不安行動”と“恐怖行動”

を必ずしも区別していない場合が多い。後述する新奇場面 テストにおける魚の行動についても,「恐怖反応」とする 例23)と「不安様行動」とする例39)が併存する。魚類におい ても,それぞれの行動を明確に区別するための統一的な解 釈が必要である。

 恐怖も不安もどちらも生命保存のための防衛反応と考え ることもできる。つまり,恐怖は眼前の捕食者もしくは捕 食者の存在を直接示す手がかりに対する防衛反応で,不安 は捕食者に遭遇する可能性がある時の防衛反応というわけ

である3, 46)。よく知られるラットやマウスの代表的防衛反

応はすくみや逃走などだが,実際にはかなり多様で複雑な 行動のセットからなることがわかってきている3, 46)。  さらには,これら哺乳類の防衛行動の要素に相当する(あ るいは類似した)行動が,魚類の恐怖/不安行動にも認め られる。たとえば,ラットにおける不安行動として,すく み,接触走性,移動運動低下があげられるが,魚類でも同 様の行動が不安惹起場面で出現する4, 29, 40) 。あるいは,新 奇環境での暗所選好性は哺乳類と魚類の両方にみられる(例 外もある)。Darwin17)は100年以上も前に人と動物(両生類,

魚類における恐怖・不安行動とその定量的観察

吉 田 将 之

総説

*Masayuki YOSHIDA, 広島大学大学院生物圏科学研究科(〒739-8528 東広島市鏡山1-4-4)

Received 30 September 2011, Accepted 14 November 2011

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爬虫類,哺乳類,鳥類)の情動表出に共通性が認められる ことを指摘しているが,この考えが魚類にも広げられるこ とは興味深い。

 恐怖と不安に基づく防衛反応が,異なる神経機構を持つ ことは,ヒトを含む哺乳類の行動薬理学的な実験結果から も支持されている18) 。たとえば,ラットは様々な防衛反応 を示すが,このうち不安(捕食者の存在可能性)による行動 は,ジアゼパム等の抗不安薬の投与により減ずるが,恐怖

(目の前の捕食者の認知)による行動には,これらの薬物が 効きにくい3)

3.情動の神経メカニズム解明のための行動定量化  情動行動を含め,動物の様々な行動のメカニズムを探ろ うとするとき,そもそも対象としている行動をいかにして 測るか,ということが問題となる。古典的な動物心理学的 研究においては,様々な動物に同じ課題を遂行させ,その 経過を記述して背景にある行動原理を考察する。このよう なアプローチでは,種に依存しない一般的な性質に注目す ることにより,ヒトも含めた動物の,一般化された行動メ カニズムを解明することが期待される。これには,ライト やブザーと電撃を組み合わせた古典的恐怖条件付けや,

シャトルボックスを用いた回避学習などが含まれる。これ らは情動やその脳内メカニズムを明らかにしようとする研 究に盛んに取り入れられ,成果をあげてきた29, 42, 44, 59)。こ ういった手法は,実験条件の厳密な制御が可能であり,観 察すべき行動や反応が限定されていて定量化しやすいとい う利点がある。例えば,古典的恐怖条件付けでは心拍や呼 吸などの生理指標が使えるし,シャトルボックスでは正答 率や反応時間の計測により明快に定量化できる。

 一方,上記のようなアプローチには,様々な利点がある 反面,看過できない問題もある。すなわち,対象となって いる動物の本来の習性が反映されにくいという可能性であ る。行動表現型は進化と個体発生の産物であり,自然選択 の過程を経て,それぞれの種に応じたメカニズムを獲得し てきたといえる。したがって,不安や恐怖に関連した情動 行動は,ある特定の環境に適応した,種に特異的な反応と して行動を定量すべきであろう。それゆえ行動課題や定量 法の設定は種の特性に応じて慎重に吟味しなければならな い。これは,情動反応を含む行動を定量化するためのエソ ロジカルなアプローチといえる23, 30)(ただし文献49, 52も参 照)。

 しかしながら,エソロジカルな,あるいは行動生態学的 なアプローチが全ての行動テストに適応できるわけではな いことも明らかである。厳密な対照群を設定しつつ,制御 された(つまり不確定的変動要因を除いた)環境で動物の反 応・行動を定量化するには,いわゆる実験心理学的な課題 を設定せざるを得ない。したがって,実験動物の本来の行 動・習性を理解しつつ,それが反映されるように人工的に 制御された行動評価法を工夫するのがこれからの方向性で ある。

4.不安を引き起こす状況と「不安様行動」の解釈  不安行動と恐怖行動とが,部分的に重複するにしても,

異なるメカニズムで生じることは既に述べた。ここでは,

まず不安に伴う行動とその定量化について述べる。本稿で は,魚に対して不安を惹起すると考えられる刺激や状況に 対する反応,あるいは哺乳類の不安行動との類似性から類 推される行動をまとめて「不安様行動」と表記する。動物に 不安を引き起こす状況は色々と考えられるが,不安様行動 を観察するためのテストとなるとそう多くの種類があるわ けではない。

 いくつかのテストで,「新奇環境」における行動をもとに 不安の高低を定量化している。新奇環境とは,それまでに 経験したことのない環境に突然遭遇するという状況である。

オープンフィールドテストに代表される新奇環境テストで は,同じテストを使って2つの側面から動物の行動が検討 されている。ひとつは不安/恐怖などの情動の側面から,

もう一方は馴化や空間学習などの認知的な側面である。情 動反応を観察する場合は1回のみの比較的短時間のテスト が,認知機能を観察する場合は長時間もしくは複数回テス トを繰り返した時の経過を観察することが多いようだ37, 56)。  ただし,情動的側面と認知的側面を完全に切り分けて考 えることは現実的ではない。おそらく新奇環境では,魚に よる情動的な評価と認知的な評価とが同時並行的に行われ ており,相互に影響しているはずである。これをうまく説 明する決定的なモデルは未だ見当たらない。

5.オープンフィールドテスト

5−1.不安情動テストとしてのオープンフィールドテスト  不安行動のテストとして,哺乳類を中心によく用いられ ている代表的な新奇場面行動テストにオープンフィールド テストがある。オープンフィールドテストでは,天井の開 いた円形または方形のアリーナに動物が導入され,その行 動様式から情動性を推察する27)。ただし,観察される行動 の解釈には注意が必要で,例えばオープンフィールド内で の移動量のみに注目したのでは,不安が小さいために探索 行動を発現している個体と,潜在的な捕食者から逃れるた めに激しく移動している個体とを区別できない38, 53)。よっ て,強制探索場面であるオープンフィールドテストにおい ては,単純に移動量の大小のみで動物の情動状態や薬理効 果を推し測るのではなく,複数の測度をつかった統計的分 析にもとづいて客観的に定量することが重要となる35)。 近 年では,前述のように,エソロジカルなアプローチの重要 性が注目されており13, 23, 45, 46),より自然な動物の習性を反 映した複数の行動を定量化する手法が導入されている。

 移動運動以外に,オープンフィールドテストでは,動物 の位置を重要な行動指標として採用している。オープン フィールドへの導入直後には,動物は強い不安のため壁際 に依拠し,アリーナの外縁付近を移動する45)。 これと似た 行動は,ヒトでも観察されている31)

 行動の解釈に異論はあれど,新奇場面に導入された動物 は,探索欲求や被捕食の回避,同種他個体を求める社会的 欲求など,複数の拮抗する動機のバランスの上である行動 を発現し,それが実験者によって測定されていることは間 違いない。環境から得られる刺激の情動的な評価は,行動 発現の動機づけと密接に関連しているからである47)。  新奇環境テストは,従来,後述の「個性」に関する研究に 多く用いられていたが,最近では行動表現型を明らかにし ようとする研究がこれを導入している。特に臨床利用を目

(3)

指した基礎研究としての色合いが濃くなっている。 魚類に おいて,行動神経科学のモデル動物として広く採用される ようになった魚類がゼブラフィッシュ(Danio rerio)である。

 ゼブラフィッシュを用いた不安様行動のテストは,ヒト の不安障害のモデル化を目指して開発されている。特に,

神経薬理学的な分野への貢献が期待されている14, 26, 29, 48)。 ヒトの精神神経障害のモデルとするには,当然ながら,再 現性が高く,薬理学的な操作に対してヒトと類似した反応 性をもっている必要がある。ゼブラフィッシュにおいても,

ニコチンやジアゼパム等がヒトと同様抗不安効果を持つこ とがわかっており,ヒトと魚類との間で不安の分子基盤に 共通の機構が存在することを示唆している29)

 以下に,比較的最近の研究が採用している不安様行動テ ストについて述べる。

5−2.魚類用オープンフィールドテスト

 げっ歯類で広く使われているオープンフィールドテストを 魚類向けにアレンジした,比較的新しい方法がある。これは もともとパラダイスフィッシュ(Macropodus opercularis) の行動表現型の系統間比較のために考案されたもので24), 若干の変更後にゼブラフィッシュの不安様行動テストに適 用された(図1)15)。装置の設定は若干複雑で,側面4面の うち3面を黒,1面を透明にしてある。底面に格子縞を引 き,内側エリア(中心付近)と外側エリア(壁際)に分けて ある。主な観察項目として,内側エリアと外側エリアのど ちらにいるか,また,それぞれの中でどれだけ移動したか

(格子を横切った回数)を計測する。

 アリーナに導入された魚は,5分間の観察期間のほとん どを外側エリアで過ごした15)。この結果はげっ歯類で知ら れている行動と一致し,不安様行動の指標となることがわ かる。さらに,観察期間中に,外側エリアの透明な壁に面 した部分での移動量が有意に増大した。このことは,この アリーナからの出口を探索する動機が,時間の経過と共に 高まっていることを示しているように思える15)。ゼブラ フィッシュで得られたこのような結果は,パラダイス

フィッシュにおける結果とよく一致している24)

 上記のような,アリーナの壁に沿って移動する行動を,

thigmotaxisとよぶ。Thigmotaxisはふつう接触走性と訳さ れるが,オープンフィールドその他の行動テストでこの用 語を使う場合には,必ずしも壁等への接触を伴わなくても,

物体に近接して,その形状に沿って移動するような行動を 動物が示すときに広く使う。この行動は,不安様行動の定 量化に使える重要な指標と言える。

 さて,透明な壁に面したエリアと黒色の壁に面したエリ アとの間で行動に違いがあったという結果は,移動運動の 解釈の際と同様,我々の注意を喚起する。すべての壁が透 明な水槽を使うと,壁に沿って泳ぐ行動が不安による thigmotaxisなのか,それとも逃避のための出口を求める行 動なのかを切り分けることが難しくなる。後者の場合,む しろ環境に対する積極的な探索行動を反映しているという 解釈も可能だからだ。よって,オープンフィールドテストで は,すべての壁に不透明な材質を採用するべきだと考える。

 水槽の背景色の選択はこのテストに大きな影響を持つ。

後述するように,いくつかの魚種は白色の背景を忌避する 性質をもっている。したがって,不安情動を高めつつ,

thigmotaxisを強く誘発するなら,水底を白色,壁を黒色と すると不安様行動の検出力が高まる可能性がある。

5−3.Novel tank test

 ゼブラフィッシュ用に開発された,もう一つの不安様行 動測定法を紹介する14)

 Novel tank testと名付けられたこのテスト(図2)では,

内側エリア 外側エリア

不透明壁

透明壁

70 cm 70 cm

水深18 cm

図1

上層 底層 新奇水槽

前処理 飼育水槽

図2

図1 ゼブラフィッシュ用オープンフィールドテスト

(文献15より) 不安様行動の指標として,不透明壁沿 いの外側エリアへの滞在時間が計測される。詳しくは本 文参照。

図2 ゼブラフィッシュ用新奇水槽テスト(Novel tank test) 魚はまず,飼育水槽から前処理用の不透明ビー カー(3-4L)に移される。ここで各種薬物などを浸漬投 与する。次に魚を新奇水槽に移し,行動を規定の時間観 察する。観察項目は表1参照。新奇水槽は奥行きが小さ く,側方からの観察に適する Aquatic Habitats 製水槽

(高さ15.2cm,奥行き7.1cm,上辺27.9cm,底辺22.5cm)

を使用。(文献14より)

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奥行きの短い新奇な水槽に魚を導入し,側方から観察して,

水槽の上層と下層との選好性を不安の指標とする。そのほ かにも,フリージングの回数など,様々な測度を設定する

(表1)。大きな特徴は,通常のオープンフィールドテスト では水平方向の動きを測るのに対し,このテストでは鉛直 方向の動きを重視する点である。すなわち novel tank test は,新奇な環境における不安に伴う生得的行動として,水 底に依拠し,安全性が確認されるにつれて探索を行うとい う考えの下に設計されている19)。これは,前出のオープン フィールドテストにおいて壁際を選択する(不安が強い)か,

中心付近を動きまわる(不安が小さい)かという状況と類似 しており4),新しい水槽に導入直後から不安様行動を発現 し,時間の経過と共にそれが減じていくという前提である。

 Novel tank testでは,魚の導入後はじめの数分間で,観 察項目に大きな変化すなわち馴化の進行を認め,6分間の 観察期間が情動関連行動(不安様行動)の解析や各種薬物操 作の影響などをみるのに最も効率が良いとされる56)。  また,このテストでは,まず魚を前処理用の容器に収容 する。ここで,薬物投与などの急性的操作を行う。ゼブラ フィッシュの場合(また他の小型魚類でも),薬物の投与は 環境水に溶解した状態で魚体に取り込ませる方法が多く用 いられている48)。次に,魚をネットで静かにすくい,観察 水槽(novel tank)に導入する。そして6分間の観察期間中 の行動を記録する。観察項目は表1のとおりだが,観察者 による計数・計時に加えて,ビデオトラッキング(例えば Noldus 社の EthoVision XT7)を用いた自動計測も行って いる。ソフトウェアによる解析精度は近年格段に向上して おり,同一項目についての観察者による計測と自動計測の 結果は高い相関がある19)

 Novel tank testは,手法としてかなり標準化されている とはいえ,多くの行動観察実験と同様,実験者による違い や微妙な環境の違いが実験結果に影響を与える可能性は否 定できない。例えば,異なるシリーズの実験において,そ れぞれのコントロール群は同じ研究グループにより全く同 じ操作を受けているにもかかわらず,計測結果の間にかな りの差があるように見える13)。また,ゼブラフィッシュに はいくつもの系統があるが,この系統間の違いも報告され

ており14, 48),結果の比較には注意を要する。

6.明暗(背景)選好性に基づく行動テスト

6−1. 不安情動テストとしての明暗(白黒背景)選好性テ スト

 明暗選好性テストは,テストアリーナを明所(明背景)と 暗所(暗背景)に2分し,両者の選択や移動運動などを観察 する手法で,既にげっ歯類で確立された不安行動テストで ある5)。これは,明るく照らされた場所を忌避するネズミ の習性を利用したテストである。アリーナに導入された動 物は,不安のために暗所にとどまろうとする動機と,アリー ナを探索しようとする動機との間で葛藤することになる。

 魚類においても,ブルーギル(Lepomis macrochirus57), ギ ン ブ ナ(Carassius langsdorfii)57), キ ン ギ ョ

(Carassius auratus)36, 57),グッピー(Poecilia reticulata)40), ゼブラフィッシュ40, 50),ソードテール(Xiphophorus helleri38)

など,様々な魚種が暗所(暗背景)に対する選好性(あるい は明所回避性)を持つ。 暗所選好性は,被食回避のための 隠蔽行動の一種(背景と体色とのコントラストを小さくす る)であろう22, 40)。上記の魚種は全て背面が暗色を呈して おり,暗い背景色下で捕食者による発見を防ぐ効果がある。

したがって,この白黒テスト水槽において,魚の生得的な 不安様行動を定量化できることが期待される。ただし例外 もあり,グッピーやソードテールと同じカダヤシ科の eastern mosquitofish(Gambusia holbrooki)は背面が暗色だ が,明暗どちらに対しても選好性を示さない38)

 魚類における明暗選好性は,単なる負の光走性で,光刺 激に応じた運動に方向性がある結果発現しているに過ぎな いという可能性も否定できない。しかしながら,いくつか の抗不安薬が,感覚系や運動系を傷害することなく明所を 回避する行動を減ずるという最近の報告は,明暗選択行動 が情動や動機に関連して発現する行動であるという考えを 支持している32)

 さて,情動行動の評価を行っているにもかかわらず,多 くの研究で,魚が暗所を好む行動を scototaxis(走暗性)と いう用語をつかって説明しているが,より厳密には暗背景 選好性もしくは明所回避性とよんだ方がよい。その理由の ひとつは前述の抗不安薬の効果に関するものだが,これに 加えて,実験条件からもそのようにいえる。多くの研究例 表1 新奇水槽テストにおける不安評価のための主な行動指標(文献14より)

*急激・急角度の方向転換や突進の繰り返し

行動指標(単位) 値が大きい時の解釈

上層への移行回数 不安レベル低

上層滞在時間(秒) 不安レベル低

上層での移動距離(m) 不安レベル低

初めて上層に移行するまでの時間(秒) 不安レベル高

奇異な動きの出現回数 不安レベル高

フリージングの回数 不安レベル高

フリージングの時間(秒) 不安レベル高

(5)

り,白区画がより明るいのは,側面及び底面からの反射に よるものである。黒区画に屋根を付けて,より厳密な意味 での明暗条件にすると,結果が変わってくることがある。

例えばゼブラフィッシュの場合,このような状況ではむし ろ明所を好む場合がある15, 25)

 この一見相反する結果は,どのように説明できるだろう か。照明されている黒区画に対する選好性の原因は前述の とおりである。そこに天井(覆い)があると,その区画は白 区画よりもかなり暗くなる。極端に暗い場所は,そこに潜 んでいるかもしれない捕食者の検出を難しくする23)。つま り,逆の情動的評価がなされることになる。さらに,同じ くゼブラフィッシュにおいて,1週齢程度の稚魚は正の光 走性がある(ただし,持続時間は短い)12)ほか,成魚と同じ 白黒背景選択テスト(装置の大きさは稚魚に合わせてある)

において,1−2週齢の稚魚は有意に白背景を選好した32)。 発生の過程で選択性の逆転が生じていることは興味深い。

どのような魚種を使うにしろ,僅かな状況設定の違いが,

結果に大きく影響することを念頭においておく必要がある。

 白黒(明暗)選好性テストでは,捕食者回避と他の動機(探 索や摂餌など)との間のバランスもしくは妥協点としての 移動運動を見ていることになる。そしてこの移動運動のパ ターンが不安の程度を反映しているという解釈である40)。  白黒選択テストのみならず,このような行動実験操作の うち,制御が難しい段階が人間の手(ネット)による魚の移 動である。ネットによる移動は,視覚,触覚などの複数の 感覚モダリティの興奮を伴い,様々な神経活動パターンを 誘発し得るために,試行間でのばらつきは避けられない。

Lauら32)は,これを部分的に解決する方法を開発した。白 黒選択テストに使われるものと同型の透明水槽をコン ピュータ・ディスプレイの上に置き,ここに魚(ゼブラ フィッシュ)を導入して,装置全体を箱に収容する。ディ スプレイには,箱に合わせた茶色を表示し,一晩この環境 で魚を馴致させることにより,ハンドリング(ネットです くう)の影響を減少させる。そして翌日,ディスプレイに 白黒模様を表示することにより選択テストを行う。この操

作により,ハンドリングの影響を最小限にしつつ,十分な 黒背景選好(明所回避)行動を定量化可能である32)。 6−2.白黒背景選好性テストの実際

 白黒選好テストのうち,最も単純と思われる方法を以下 に述べる32)。これは,ゼブラフィッシュを対象にした例だ が,他の魚種にも基本的に同様の装置を適用できる40)。図 3Aのような水槽にゼブラフィッシュをネットを用いて導 入し,2分間の馴致の後に5分間観察を行う。観察項目は 黒区画に滞在した時間と白区画に滞在した時間であり,両 者の割合で背景選択性を表す。他にも観察項目を設定可能 で,区画の境界を横切った回数は移動運動の程度を表し,

各区画での滞在時間と境界横断回数との比も選択性を表す パラメータとなる40)

 いくつかの条件でこのテストを行ったところ,魚を最初 に白区画と黒区画のどちらに導入するか,照明が強い

(1000Lux)か弱い(300Lux)か,テスト前の飼育環境が薄 暗いか明るいかなどは結果に影響しなかった。また少なく とも3つの系統では雌雄差も認められなかった32)。  また,3日連続(1日1試行)で同テストを繰り返しても,

黒区画を選択する程度に変化がなく32)(図3B),各試行に おいても,少なくとも最初の15分間は黒区画にとどまる時 間が減少する様子も見られない39)(ただし,更に長時間テス トを継続すると黒区画選好性は減ずる32))。つまり馴化が 起きにくいといえる。

 これに対して,たとえば水平型のオープンフィールドテ スト(図1)では,試行中に徐々に壁から離れた区画にとど まる時間が長くなる15)。また鉛直方向の動きを見るオープ ンフィールドテストといえる novel tank test(図2)では,

最初の10分間で徐々に水槽の上層にいる時間が長くなると ともに,日毎の繰り返しにより顕著な馴化が認められる56)。 これは,新奇性の減衰により探索行動が多く発現するよう になる,あるいは時間経過にともなって不安が減ずること による行動変化であると解釈できる。

 オープンフィールドテストは強制探索場面であるため,

23.5 cm

13.5 cm

水深約3.2 cm

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0

day 1 day 2 day 3

選択指数

(A) (B)

図3

図3 ゼブラフィッシュ における白黒背景選好性テスト(A)とその結果(B) (A) 魚を白黒背景水槽に移し,2分間の 馴致の後,行動を規定の時間(5分間)観察する。不安の強さは,魚が黒背景区画にいた時間と白背景区画にいた時間との 比率で表す。馴致時間や測定時間は研究によって異なる。類似のテストは他の多くの魚種でも有効である。白区画と黒区画 との間を横切った回数も計測される場合がある。(B) ゼブラフィッシュは黒背景に対する強い選好性を示す。「選択指数」は,

(黒区画に滞在した割合−白区画滞在した割合)を示し,5分間の観察時間の全てで黒背景区画に滞在した場合に1,白背 景区画のみにいた場合−1となる。3日間続けて同じテストをしてもほとんど慣れが生じない(詳しくは本文参照)。13個 体の平均値と標準誤差を示す。(A, Bとも文献32より)

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より安全な場所を求める行動が出やすいといえる。その結 果,空間の認知が進み,更に探索行動の発現が促される可 能性もある。一方,白黒選択テストの場合,その選択は動 物に任されるため,被食回避に有利な黒区画にとどまるこ とができる。よって,白区画への侵入を促す動機は,オー プンフィールドにおける移動運動の動機よりも小さいであ ろう。その結果,認知的評価が進みにくく,馴化に時間が かかるという解釈がなりたつ。

7.新奇環境と個性

 上記では,主に情動あるいは認知的な観点からの新奇場 面テストについて論じたが,このようなテストを行動生態 学的な面から検討してきた例もある。

 動物を使っている研究者は皆,動物にも“個性”といえる ものが存在することは十分承知しているだろう55)。動物の 個性(individuality)とは,その個体の独自性のことである。

個性のうち,遺伝的な影響を主に想定した場合を気質

(temperament)とよび,それ以外の,行動に時間的・空間 的一貫性を与えているものをパーソナリティ(personality)

とよぶ。魚類の個性について取り上げている論文では,気 質とパーソナリティの捉え方の境界が曖昧なものもあり,

本稿では,まとめて“個性”という用語を使う。

 新奇な場面で魚が見せる行動とその解釈は,従来,主に 個体ごとの個性,すなわち大胆(外向的)か用心深い(内向 的)かという軸上でもとらえられてきた54, 55)。この,“大胆 さ−用心深さ”の軸でとらえられる行動特性は,個体によっ て一貫性があり,安定した表現型があるといえる10, 28, 55)。  Budaev13)は,グッピーに複数の行動テストを行い,それ ぞれのテスト結果は,個体ごとに一貫性のある,「防衛(恐 怖)行動−探索行動」という次元で解釈できると論じている。

これは,行動選択における動機づけについての個体ごとの

「傾向」であるという考えが一般的である。

 また,この研究にはもうひとつ注目すべき結果がある。

ある行動テストにおけるいくつかの測度が,連続的に分布 するのではなく,明らかに二峰性もしくは不連続なパター ンを示している。例えば,対捕食者行動をみるテスト

(predator inspection test)におけるフリージング時間につ いては,freezerと non-freezerとでもよべるような2つの グループに分かれていた。また,捕食者に近い区画に進出 するまでの時間も,earlier emergerと later emergerとに はっきりと分かれていた10)

 このことは,ストレス事態への魚類の対処戦略として,

行動反応の程度が異なる個体が連続的に分布するのではな く,同じ環境刺激に対して違った行動パターンを発現する 複数のグループに分かれている可能性を示している。

 ただし,ある場面で大胆な個体は,後に同じ場面に遭遇 するとやはり大胆に振舞うといえるが,大胆さの程度は,

個体ごとにあらゆる場面で一貫した1次元的な尺度ではな く,むしろ文脈に応じて異なっていると考えたほうが良い。

つまり,ある文脈では常に大胆な個体も,異なる文脈では 用心深く振る舞うこともあるということである16)。  大胆さ−用心深さの個性は,中程度のストレス状態で最 もよく現れることが指摘されている55)。つまり,単独での 新奇環境への導入というような強いストレス下では,この 差が現れにくい可能性がある。したがって,よく用いられ

る情動行動テストでは個体間の違いが出にくく,よって種 としての性質もしくは種を超えての行動特性が観察しやす い点で有利であると言えよう。その反面,環境への対処に おける特性の,個体ごとの違いという重要な要素はとらえ にくいともいえる。

 大胆さの個性と,実際の生息環境における魚の行動戦略 を関連付ける試みもある9)。黒海に生息する European wrasse (Symphodus ocellatus)には,海藻が繁茂する場 所で群れを作る個体と,比較的開けた場所で単独行動をす る個体がいる。それぞれを捕らえて実験室に持ち帰り,馴 致の後にオープンフィールドに似た新奇環境テストを行っ た。すると,群れで生活していた個体はフリージングが多 く,単独行動をしていた個体は移動量が大きかった。群れ で活動することは,被食回避に有利である反面,個体レベ ルでの餌資源の確保という点では必ずしも好ましいとは言 えない9)。ひとつの魚種の中でも,より大胆な個体は単独 行動を選択し,同種他個体との餌の競合を回避している可 能性がある。さらには,このような生活様式の違いは,繁 殖戦略とも相互に影響し得る。よって,大胆さも含めた個 性は,自然環境での行動生態とその進化に関わる重要な要 素であると言えよう8)

 また, pumpkinseed sunfish (Lepomis gibbosus) を用 いて行われた研究では,ワナで捕らえられた個体は,網を 曳いて(強制的に)捕らえられた個体よりも,飼育環境で早 く摂餌を開始した55)。ワナは一種の新奇環境(新奇物体)テ ストであると言え,比較的大胆な個体が捕らえられやすい であろう。つまり, 天然の魚を捕らえて実験室に持ち込ん で行動研究を行う場合,採集方法によっては個性(大胆さ)

に特定の偏りを持った集団をあらかじめ選択している可能 性がある点には十分注意をはらう必要がある。

 さらに,大胆さの個性には,遺伝的に固定された部分に 加えて,ある程度可塑性がある11)。上述の pumpkinseed sunfishの場合も,実験室環境で長期間飼育することによ り,採集方法の異なる群間で大胆さの偏りが小さくなっ た 55)。また,他の魚種においても,経験によって大胆さの 程度が変化することが報告されている。たとえばニジマス において,もともと大胆な行動特性を持っていた個体も,

他個体との闘争に負けたあとには用心深くなる21)。 8.恐怖情動

 恐怖は,純粋に精神状態や感情体験に限られるのではな く,他の情動と同様,一連の身体反応としてとらえられる。

 恐怖情動を再現する方法には2種類ある。ひとつは生得 的な恐怖反応を直接引き起こす刺激を与えることで,生態 学的に意味のある捕食者の呈示,あるいは警報物質(alarm substance)への暴露である。もう一方は,学習性の恐怖で あり,侵害刺激を予告する刺激を条件付けにより学習させ,

その刺激(すなわち条件刺激)に対して恐怖反応を引き起こ させる。

8−1.警報物質に対する恐怖反応

 水生,陸生にかかわらず多くの動物で,体から分泌・放 出される化学物質が重要な情報伝達の機能を担っている。

魚類において,化学物質が恐怖反応を引き起こすという事 実が,20世紀前半にミノー (Phoxinus phoxinus)を用い

(7)

て初めて明らかになった20)

 一時はその存在が疑問視されたこともあった34)。しかし 現在では,警報物質は多くの魚種(特にコイ目やカラシン 目を含む骨鰾上目)の表皮中の club cell 中にあって,捕食 者による攻撃などでこの細胞が壊れることにより環境水中 に放出されると考えられている30, 43)。警報物質は極めて低 濃度で効果を示し,ファットヘッドミノー(Pimephales promelas)の皮膚1cm2は,58,000Lもの水に溶かしても 他の個体に反応を引き起こすのに十分な量の警報物質を含 んでいるという33)

 警報物質は捕食者の存在を間接的に示し,これを受容し た同種もしくは近縁種は生得的な防衛行動を発現する。警 報物質は種特異的な反応を引き起こす6)が,多くの場合,

吻を水底につけながら泳ぐ,フリーズする,密な群れを作 るなどが含まれる23)。多くの例で,警報物質は濃度に依存 して強い対捕食者行動(防衛行動)を引き起こす6)が,一方 では少なくとも見かけ上は全か無かの反応様式を示す例も 報告されている41)。多数の個体からなる集団に対しては濃 度依存的な反応を,集団を形成していない単独の個体もし くは小集団に対しては全か無かの反応を引き起こす可能性 が指摘されている7)。また,明瞭な対捕食者行動を引き起 こさない程度の低濃度の警報物質でも,暴露後に捕食者に 遭遇したときに被食回避を促進する作用がある41)。このよ うに,警報物質に対する恐怖反応(対捕食者行動)には文脈 依存性30)が強く影響し,リスクの程度に応じた柔軟な対捕 食者行動を発現する仕組みがある。このことは,警報物質 による反応の系が,恐怖情動だけでなく注意や意思決定な どの研究にも利用できる可能性を示唆している。

 警報物質として多くの候補が上がっており,現在最も有 力な候補物質は hypoxanthine-3(N)-oxideであろう51)。た だし,警報物質が単一の物質であるとは考えにくく,実際 にはカクテルとして放出されるだろう。それゆえ,このこ とが複雑かつ種特異的な反応を引き起こす原因となってい るようだ。

8−2.捕食者との遭遇による恐怖反応

 脅威の対象に遭遇した際に起きる恐怖反応には,学習に よるものはもちろん,遺伝的に受け継いだ,素質として もっている反応もある。その代表が前述の警報物質に対す る反応だが,それに加えて,はじめて遭遇した捕食者に対 しても,適切な恐怖反応としての対捕食者行動が発現する 場合がある。しかも,本来の生息地を同じくする(同所性 の)魚食性の魚に対する方が,本来の生息地が異なる(異所 性の)魚食性の魚に対するよりも,初めて遭遇したときに 強い反応を引き起こす。このことからも想像されるように,

これは進化の過程で獲得された形質であろう。

 捕食者と遭遇した際の防衛反応は,恐怖情動によるもの であり,この習性を利用すれば,恐怖情動のメカニズム解 明に利用できる。この習性に基づいて,安定的に恐怖反応 を引き起こす試みがされている。

 実験室で繁殖され,捕食者を見た経験のないゼブラ フィッシュに,同所性の捕食者(leaf fish (Nandus nandus))

と異所性の捕食者(compressed cichlid (Nimbochromis compressiceps))を呈示したところ,同所性の捕食者に対 してのみ水面からジャンプする行動を発現した2)。これは 恐怖反応の一部である。しかしながら,当然期待される群

れの密集化や捕食者からの距離の増大が認められなかった。

これは,水槽の大きさや群れの規模が要因となっている可 能性が高いが,視覚刺激だけでは一連のまとまった恐怖反 応を誘発できないという可能性も無視できない。

 また,実験室内で継代飼育されたメダカを使った研究で は,水上の捕食者からの攻撃を模した状況設定(鳥のくちば し模型を水中に突き入れる)により,群れの密集化が安定し て生じるとの報告がある60)。この反応は馴れが生じにくく,

恐怖情動によるものと考えられるが,恐怖反応のどのよう な要素で構成されているかは詳しく調べられていない。

 魚類において,捕食者(特に同所性の)の呈示により,生 得的な恐怖反応を構成するいくつかの要素を取り出せるこ とは間違いないが,これを制御された条件で,かつ高い再 現性で利用するには,もう少し知見の蓄積が必要だろう。

8−3.学習性の恐怖

 生得的な恐怖は,いわば遺伝的に受け継いだ危機回避の 知恵と言えるが,それだけでは魚が生き延びることは困難 である。危機的な状況を経験し,その文脈や手がかりを学 習することにより,変動し続ける環境への適切な対応が可 能である。いわゆる学習された恐怖の状態は,実験室で容 易に再現できる。

 最も簡単な例は,古典的恐怖条件付けである。音や光信 号と嫌悪刺激(たいてい電撃などの侵害刺激)を対呈示する ことにより,それまで意味を持たなかった音や光の刺激が,

それに続く嫌悪刺激を予期させ,恐怖情動の反応が生じる。

この時,音や光を条件刺激,電撃などを無条件刺激と呼ぶ。

無条件刺激はそれ単独で生得的な反応(例えば心拍変化な ど)を引き起こす。条件刺激と無条件刺激の対呈示により,

条件刺激に対しても反応するようになったとき(つまり条 件付けられたとき),その反応を条件反応とよぶ。恐怖条件 付けの場合,条件反応としての恐怖反応には,外見的には フリージングなどが,生理的には呼吸・心拍・血圧などの 変化が含まれ,定量的に観察できる。恐怖条件付けは,全 ての脊椎動物に加え,無脊椎動物でも行うことができる。

図4に,キンギョにおける,光と電撃を用いた古典的恐怖 条件付けの例を示す。

 恐怖反応を引き起こすために,回避条件付けを使うこと もある。古典的条件付けが,恐怖から「逃れられない」のに 対し,回避条件付けでは適切な行動反応により嫌悪刺激か ら「逃れられる」状況の学習である。典型的な回避条件付け では,2つの区画に分かれた水槽が用いられ,魚は条件刺 激(光など)が呈示されたとき,反対区画に移動すれば嫌悪 刺激(電撃など)を回避できる。また,実験によっては,魚 がいる区画に条件刺激が呈示されたとき,そこにそのまま とどまれば嫌悪刺激を回避できる。このような手続きは,

恐怖情動に伴う行動の選択とそのメカニズムを研究する強 力なツールとなる1)

9.おわりに

 恐怖や不安は,動物が生き延びるために不可欠な情動で ある。この情動に基づく行動や生理学的変化は,多くの脊 椎動物で共有されているとともに,種特異的な部分もある。

ヒトの情動的感情体験も環境への適応として獲得されてき たのだろう。情動行動や生理変化が共有されていることは,

(8)

神経機構にも共通性があることを強く示唆している。事実,

最近の研究は,不安・恐怖情動に関わる情報伝達物質や神 経回路が,哺乳類と魚類との間で驚くほどの共通性を示す ことがわかってきている。魚類を対象とした研究が,他の 脊椎動物にも波及するだろう。さらには,魚類は多様な環 境に適応放散し(種数にして哺乳類の約5倍),生活様式も 実に様々である。一方,研究の対象となっている種はその ごく一部である。今後,興味深い不安・恐怖行動を示す魚 種が発見され,情動メカニズムの進化の解明に寄与するこ とを期待する。

文 献

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CSのみ馴化 条件付け

CS+US 消去 CSのみ

条件反応の大きさ(徐脈)

条件付け第1試行

条件付け第10試行

5 s 無条件刺激 

(US): 電撃 心拍

馴化(CSのみ) 条件付け(CS+US)

条件反応  (CR): 徐脈 条件刺激 

(CS): LED点灯

(A)

(B) (C)

図4

図4 キンギョにおける古典的恐怖条件 付け (A) 条件付け手続き。条件刺激

(CS)として LEDを点灯し,点灯終了間 際に無条件刺激(US)として軽い電撃を 与える(遅延条件付け)。無条件反応は 心拍頻度の減少(徐脈)である。この繰 り返しにより,CSに対する条件反応(す なわち恐怖情動にともなう身体反応)と して徐脈が生じるようになる。(B) 学 習曲線。初回の CS 呈示は,覚醒/定位 反応としての徐脈を引き起こすが,この 反応は繰り返し呈示により速やかに馴化 する。10数回の CSと USの対呈示によ りほぼ最大の条件反応が獲得される。キ ンギョ15個体の平均値と標準誤差を示 す(文献58より)。(C) 条件付けにおけ る心拍記録例。心拍は光学的な測定法で 非侵襲的に記録(文献58より)。

(9)

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60) 岡田貴史&吉田将之:水産増殖 59, 367-373 (2011) Abstract

Measuring fear and anxiety in fish Masayuki YOSHIDA

Graduate School of Biosphere Science, Hiroshima University, Higashihiroshima, Hiroshima 739-8528, Japan

Fear and anxiety are indispensable defense reactions for sur- vival of animals, and have been relatively well investigated among various emotions. To reveal neural mechanisms un- derlying fear and anxiety in fish, it is essential to employ ro- bust and quantitative method to measure the level of fear and anxiety. Recently, in addition to classical comparative psychological tests, some behavioral tests incorporating etho- logical viewpoint for evaluating fish fear/anxiety have been introduced. Typical behavioral tests for measuring anxiety level include the novel environment test and light/dark pref- erence test. Classical fear conditioning and avoidance learn- ing can be used to examine the conditioned fear that is sub- jected to quantitative analysis. Innate fear response can be reproducibly evoked by exposing the fish to alarm substance.

Visual and/or chemical contacts with sympatric predators also evoke fear responses in some fishes. These days, using such behavioral tests, many behavioral neuroscientific and biomedical researches have been conducted to investigate neural substrates of fear and anxiety in fishes. However, only a few species have been utilized for such researches while a great number of fish species have been adaptively radiated to various aquatic environments. Fishes showing intriguing fear/anxiety behavior might be awaiting to be discovered.

Key words: anxiety, emotion, fear, fish

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