近況報告 独立行政法人国立病院機構岩手病院
著者 後藤 英好
雑誌名 東京家政大学附属臨床相談センター紀要
巻 5
ページ 102‑104
発行年 2005
出版者 東京家政大学附属臨床相談センター
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010028/
近況報告
独立行政法人国立病院機構岩手病院
後 藤 英 好
私は平成16年4月から岩手県一関市にある国 立岩手病院の非常勤の心理療法士として勤務して います。仕事を始めてまだ半年足らずですが、臨 床の現場に出たばかりの、現状について書きたい
と思います。
まず、岩手病院を紹介します。岩手病院は、正 式には独立行政法人国立病院機構岩手病院といい ます。もともとは軍の病院でしたが、その後、国 立療養所として、結核の医療を中心とした医療機 関でした。現在では神経・筋疾患、重症心身障害 およびエイズの政策医療と低肺機能性疾患、脳卒 中後遺症のリハビリテーション、リウマチおよび 心身症などの地域のニーズに基づいた専門医療を 行う病院です。スタッフだけでも約200名を数え ます。病院の心療内科(ストレス外来)の一部に 心理療法室があり、そこで心理療法および心理テ ストを行う、というのが私の現在の業務です。
私の日常の仕事の中心は心理療法です。週4日 のうち、2日は外来患者さん対象の心理療法が中 心になります。面接で会う方は年齢層も状態(病 態)像も様々です。例えば、中学生の不登校、摂 食障害、パニック障害、神経性嘔吐、ストレス性 の胃潰瘍、てんかん、などです。これに加え、研 究目的でのパーキンソン病を対象とした痴呆検査 やうっの心理テストも行っています。さらに、神 経難病患者の在宅医療に同行し、在宅での面接も 行っています。
日々の面接では、自分の力不足を感じ、戸惑う ことばかりです。特に始あたばかりの4月頃はひ どく戸惑いました。新人研修が終わった次の週に はもうすでにカウンセリングは予約であふれてい
ました。もともと、今までは心理士が2名いまし たが、それぞれ週に1日のみでした。よって週2 回、心理士2名の担当ケースを引き継ぐことになっ たのです。しかし前任者との連絡が取れませんで した。ただでさえ面接をうまくやる自信もないの に、今までの心理士のやり方も、面接の状況もよ くわからないままでした。前任者の状況は患者さ んから教わる始末でした。多くの患者さんから
「心理士は一人なのですか?」と聞かれました。
今は私一人だと答えるのですが、なぜか話が合い ません。よくよく患者さんの話を聞いてみると、
面接室には常にもう一人座っていた、というので す。患者さんは口をそろえたように「助手さんみ たいな人、いないんですね」といいます。前任の 心理士は2名だったのですが、どちらの心理士に
も必ずもう一人サブ・セラピストがいて、面接室 には常にセラピストが二人いるという体制をとっ ていたのでした。サブ・セラピストが誰だったの か、何をしていたのかは今でもよくわかりません。
最初はひどく混乱しました。例えば、カルテに 前任の心理士の字で「カウンセリング終結」と書 かれているのに、その「終結」から間もなくカウ ンセリング希望を出している患者さんもいました。
終結したんじゃないのだろうか?一体前の心理士 はどんなことをしたのだろう?これからどうすれ ばいいのだろう?頭はひどく混乱したままでも、
目の前に患者さんは座っていて、私を見ている。
私は冷や汗だらだらかいて、必死に考えます「ど うしよう、どうしよう、どうしよう………」。こ ●
のような面接が私の仕事のスタートでした。その 後は新規の患者さんも増え、このような状況はな
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くなりました。
一方、職場の中で私が感じたことは、心理士は
「忘れられてる」という感覚でした。心理室に一 人ぽっんと座っていると「私はここにいるけど、
誰か知ってるのかなあ………」と心細くなってい ました。初めての仕事、初めての場所、初あて会 うスタッフ。仕事に就いたばかりの不安が、そう 思わせていた面も大きいと思います。しかし、そ れにも増して、今までの心理士の活動の状況も影 響していたと思います。前任の心理士は週に1日 のみの勤務でしたから、おそらく病院内を動き回 る時間的余裕はなく、外来患者さんに対する心理 療法のみだったようです。今までの心理士はおそ らく心理室で仕事をするだけだったのでしょう。
さらに、心理室は外来から離れた建物にあります し、現在は心理士が一人(私のみ)という状況も 影響していたと思います。私が仕事に慣れないか
ら不安に感じていただけではないようでした。お そらく病院全体に心理の専門家がいること自体が あまり知られていない状況のようでした。知り合っ たばかりの職員には「いっもどこにいるんですか?」
「何をしているんですか?」などと何度も聞かれ ていました。単に私が慣れない仕事に戸惑って心 細く思っているだけではない、もともと心理士は
「忘れられている」のでははいか。心理士はいる かいないか、ということすらわからないような存 在なのではないか。私はさらに不安を強めました。
ただでさえ慣れない所に一人いるのが不安なのに……
…。専門家としての実力も経験もないのに………。
そうしたときに、私は大学院で教わったことが、
とても役に立ちました。役に立っ、というより、
始めたばかりの仕事に対する不安も混じった「忘 れられている」感覚をどうにかするためのよすが のようなものでした。それは授業で聞いた一言で した。「病院のシステムに入らなくてはいけない」。
今ではその言葉を聞いたときの前後の文脈も覚え ていませんし、なんとなく記憶していた程度の言 葉でした。そして、それが実際の現場ではどのよ うな意味か、どのような意義のあることなのか、
授業で聞いた当時はわからずにいました。しかし、
いつも頭の片隅に引っかかっている言葉でした。
そして、病院で仕事を始めてから感じた、心理 士が「忘れられている」感覚。それを前にして、
私は自分のスローガンのように、日々頭に浮かべ る言葉となりました。病院のシステム内に心理士 が充分に組み込まれていない。っまり、心理士は いるけれど、多くのスタッフは、それが誰で、そ の人が何をやっているかも、どう仕事を頼んでい いかもわからない、という状況があるのではない か。私はそう思い、日々「病院のシステムに入る こと」に努めました。まずは顔を覚えてもらうこ と。例えば、休憩時間を病棟のスタッフと御一緒 させてもらうようにします。すると「先生はどこ 出身?」「カウンセリングって何するの?」とい う会話に自然になったりします。そんな時間を今 も積み重ねています。
今、私がどれくらい「病院のシステム」に入っ ているかわかりません。しかし、意識していろい ろなスタッフと関わるようにしたおかげで、心理 室の外での患者さんとの関わりを持てるようにな りました。例えば、リハビリ棟に出入りして、リ ハビリされている脳梗塞の患者さんと話したり、
病棟で重症心身障害の方と関わったりしています。
心理室にいるだけにならずに、外で関われたこと は、それなりにシステムの中に入れてもらってい る証拠だと考えています。
そしてスタッフと積極的にコミュニケーション をとることにより、仕事のしやすさも変わってい きました。例えば、私が担当する患者さんの外来 での様子を、看護師さんが教えてくれる。小さい
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現状報告
情報でも手に入れることが出来ます。そして、な により私が「外来チーム」の一員として仕事をし ている、という感覚を得られたことがとても大き な収穫だと思います。もちろん面接では自分一人 で患者さんと会います。しかし、決して一人の力 だけで面接をしているのではなく、周囲のスタッ フに支えられて初めて面接が出来ていると思える のです。これは今の私にとってはとても大きな支 えとなっています。
「病院のシステムに入らなければいけない」。こ の、たった一っの言葉がとてっもなく重要になっ たことに、今になって驚いています。私が今まで 毎日聞いてきた授業の中にどれだけ、このような 言葉の「宝物」があるのかと思うと、うれしい気 持ちになります。今までの授業の中には他にもま だ、大切な言葉がたくさんあったのだと思います。
きっと大学院でもらった「宝物」はまだたくさん 私の中に眠っている。それらが忘れられず私の中 にあって、いつの日か再び脳裏によみがえってき てくれることを願っています。
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