輝 翫1凱1

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は じ め に

『事 林 広 記 』 の 「皇 元 朝 儀i之図 」 は,13〜14世 紀,大 モ ン ゴル 国,い わ ゆ る 元 朝 の 宮 廷 で の 儀 礼 の 際 の 百 官 の 立 場 所,装 束,装 備,人 数,器 物,動 物 の 配 置 及 び 皇 帝,皇 后 の行 列 の構 成,儀 礼 の 進 行 手 順 な ど を解 説 つ き で 図 示 した も の で あ る。 筆 者 は,そ の 図 に つ い て,『 事 林 広 記 』 の 元 至 順 刊 本(台 湾 故 宮 博 物 院 所 蔵 本 の 影 印 本)と 後 至 元 刊 本(宮 内 庁 書 陵 部 所 蔵 本,及 び 中 華 書 局 影 印[洋 装]本)に 掲 載 され た 図 に よ っ て 検 討 を加 え て2007年 3月 に報 告1(以 下,「 前 稿 」 と称 す)し た 。 しか し,参 照 した い ず れ の 刊 本 の 図 も不 鮮 明 な と こ ろ が あ り,判 読 不 明 の 文 字 が 少 な か らず 残 っ て い た。

そ の 後,2008年6月,宮 紀 子 氏 が 封 馬 宗 家 旧蔵 の 元 刊 本 の 内容 に つ い て の 史 料 研 究 を発 表 され た2。 そ の研 究 に よ っ て 筆 者 は,そ の 元 刊 本 が 現 在 福 岡 県 立 対 馬 歴 史 民 俗 資 料 館 に 所 蔵 され,閲 覧 に 供 され て い る こ と を知 り,同 年11月 に 同 資 料 館 に お い て 閲 覧 す る こ とが で き た。

この 宗 家 旧蔵 の 元 刊 本 の 刷 りは,一 部 分 虫 食 い で 欠 け て い る部 分 は あ る も の の,宮 氏 が, お そ ら く初 印 本 で あ る,と 言 わ れ る よ うに,き わ め て 鮮 明 で あ る3。 「皇 元 朝 儀 之 図 」 は,宗 家 旧 蔵 の 『事 林 広 記 』 で は,第 九 冊 目に 掲 載 され て お り,そ れ に よ っ て,前 稿 の 補 訂 を試 み た 。ま だ 判 読 不 明 の 文 字 が,数 文 字 の 残 っ て い る が,ほ ぼ 全 体 像 は 明 らか に な っ た の で, こ こ に宗 家 旧蔵 の 『事 林 広 記 』(以 下 「宗 家 本 」 と称 す)「 皇 元 朝 儀i之図 」 の 写 真 と と もに 補 訂 した 全 体 復 元 図,及 び 「漏 刻 」 と 「壁 正 斧 」 に 関 して 若 干 の 補 足 説 明 を 提 出 す る もの で あ る。

1前 稿 『事 林 広 記 』 「皇 元 町 議 の 図 」 解 説 」(『13、14世 紀 東 ア ジ ア 諸 言 語 史 料 の 総 合 的 研 究 一 元 朝 史 料 学 の 構 築 の た め に 』(課題 番 号:16320099平 成16年 度 〜 平 成18年 度 科 学 研 究 費 補 助 金 基 盤 研 究(B)研 究 成 果 報 告 書 研 究 代 表 者 森 田 憲 司(奈 良 大 学 文 学 部 教 授)PP.35‑62.

2宮 紀 子 「,̀馬 宗 家 奮 藏 の 元 刊 本 『事 林 廣 記 』 に つ い て 」 『東 洋 史 研 究 』 第67巻,第1号,pp.35‑67.

3同 上p .44.

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『事林広記』皇元朝儀之図(復 元図)

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補 遺1題 字 「皇 元 朝 儀 之 圖 」

題 字 の 「皇 元 朝 儀 之 圖 」 が 図 の 上 部 に 書 か れ て い る 。 た だ,表 記 の 仕 方 に2種 あ る。 前 稿 で 提 示 した 宮 内 庁 書 陵 部 所 蔵 本(後 至 元 刊 本)の 図 で は,図 の 上 部 欄 外 に6文 字 が 連 続 して 記 載 され て い た が,宗 家 本 は,上 部 欄 内 に 左 右 に 「皇 元 朝 」 と 「儀 之 圖 」 に 分 け て 記 載 され て い る。 これ は,至 順 刊 本 と同 じで,宗 家 本 の 来 歴 を知 る一 つ の 手 が か り とな ろ う。

今 回 の復 元 図 は 宗 家 本 に従 っ て 上 部 欄 内 に記 載 した 。

補 遺2漏 刻

大 明殿 内 の御 楊(玉 座)の 南 側(図 は 上 が 北)で,東 西 に 並 ぶ 丸 囲 み3個 所 の うち,中 央 は 「漏 」 で あ る。

この 部 分 は 版 心 部 分 に 重 な り,前 稿 で は 判 読 不 明 で あ っ た の で,『 元 史 』 の 関 連 記 載 か ら推 定 して 「漏 刻 」(水 時 計)が 置 か れ て い た こ と を 推 定 して お い た。 推 定 自体 は 的 を 外 れ る こ と は な か っ た が,実 際 の 表 記 は 「漏 」 字 の み の 記 載 で あ っ た 。

前 稿 の 注 で 記 した よ うに,漏 刻 の 南 に酒 海(酒 甕)が あ る が,漏 刻 も酒 海 もい ず れ も 同 じ高 さ1丈7尺(5.36m)に 揃 え て あ る。 漏 刻 の 北 側 に あ る,東 西 に延 び た 「日」 字 の 区 画 に は,カ ン とカ トン の 玉 座,あ る い は カ ン の 一 族 の 着 座 す る場 所 が あ っ た が,そ の 南 に は 巨 大 な 漏 刻 と酒 宴 用 の 酒 甕 が あ る こ と に な る。 従 っ て,カ ン の 御 楊 が 置 か れ た 場 所 や カ ン の 一 族 が 着 座 す る 場 所 の 高 さは,漏 刻 よ り も さ ら に 高 み に あ っ た もの で あ ろ う。

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補 遺3壁 正 斧

大 明 殿 内 で 未 解 明 で あ っ た 別 の 文 字 は,漏 刻 の 左 側 下(西 南 側)に 斜 め に 書 か れ た3文 字 で あ る 。 前 稿 で は,2文 字 の 存 在 そ の も の は 確 認 して い た が,文 字 は 判 明 し な か っ た 。 宗 家 本 「皇 元 朝 儀 之 図 」 で は 「壁 正 斧 」 の 文 字 が 鮮 明 に 書 か れ て い た 。

壁 正 斧 と は,『 元 史 』の 説 明 に よれ ば,金 メ ッキ され た 柄 の つ い た 玉 製 の ま さか りで あ る。

『元 史 』 巻 七 十 九,輿 服 二,儀 伎),儀 礼 の 場 面 で は,カ ン が,

(1)寝 所 か ら宮 殿(大 明 殿)に 輿 に 乗 られ て お 出 ま しに な る 際 に,先 導 す る儀 イ丈隊 の 中 で 捧 げ られ,

(2)大 明 殿 に 到 着 され る と大 明 殿 の 正 門 の 前 に 北 向 き に 立 て られ, 次 い で

(3)カ ン(皇 帝)が カ トン(皇 后)と と も に御 楊 に 着 座 す る と,壁 正 斧 は 露 階 の東 側 に 下 が っ て 立 て られ る(『 元 史 』 巻 六 十 七,禮 樂 一,元 正 受 朝 儀i)。 ま た

(4)壁 正 斧 は,カ ン の 行 列 の 人 員,器 物 の 順 序,配 置 の 中 で は,い くつ か の 器 物 の あ と に続 い て,重 臣 の 一 人 が 行 列 の 中道 で これ を持 ち,侍 儀 使4名 が 左 右 に分 か れ て 配 置 され,そ の 他 弓 部 隊(コ ル チ),刀 部 隊(ウ ル ドチ)が 守 っ て,行 進 す る こ とが 記 され て お り,カ ン の行 列 の器 物 の 中 心 に 位 置 づ け られ て い る(『元 史 』八 十,輿 服 三,儀i衛 宮 内 導 従)。

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こ の うち,(4)「 宮 内 導 従 」 の 記 載 は,(1)の 行 列 の 具 体 的 な 状 況 を説 明 した も の で あ る。

た だ,大 明 殿 の 正 門 とい うの は 『元 史 』 か ら は 記 載 が 管 見 の 限 り見 出 せ な い 。 推 測 す れ ば 南 側 に あ る7門 の 中 央 が 正 門 に あ た る の で あ ろ う。

ま た,前 稿 で示 した よ うに,「 宮 内 導 従 」 の 順 序,配 置,構 成 は,「 皇 元 朝 儀 之 図 」 の 「乗 輿 導 従 」 の部 分(西J区 画;ア ル フ ァベ ッ トは 前 稿 で 便 宜 上 に 振 っ た 区 画 名)に ほ ぼ 対 応 して い る。 壁 正 斧 は 行 列 の 先 頭 で あ る 南 側(下 側)よ り数 え て8段 目(上 側 か ら数 え る と 2段 目)に 位 置 して 運 ばれ て い る。 壁 正 斧 は カ ン の 寝 所 か らの 移 動 に伴 っ て 移 動 し,カ ン の 大 明 殿 到 着 の 際 に は(2)の 位 置(正 門)に,そ して カ トン と と も に カ ン が御 楊 に 着 座 した 後 に は(3)の 位 置(露 階)に 置 か れ る こ と に な る。

宗 家 本 「皇 元 朝 儀 之 図 」 に 示 され て い る大 明 殿 内 の 壁 正 斧 の位 置 は,上 記 の 「宮 内 導 従 」 (「乗 輿 導 従 」)が カ ン を先 導 して 大 明 殿 外 に 到 着 した 際 に,「 正 門 に あ た り,北 向 き に 立 て られ た 」 状 態 を示 して い る も の と 思 わ れ る。 大 明殿 内 の 門 を 入 っ て,殿 内 に 置 か れ た の で あ ろ う4。図 の 中 で 「壁 正 斧 」 の3文 字 が 斜 め に 記 載 され て い る 理 由 は,お そ ら く版 木 を彫 る際 に 書 き こむ 場 所 が な か っ た た め で あ ろ う。

カ ン とカ トン が 御 楊 に 着 座 した後,壁 正 斧 は(3)の 露 階 の 東 に 移 動 す る とあ る5が,露 階 は C区 画 に 当 た る(前 稿 参 照)。 露 階 に は 「導 従 」 の 文 字 が 露 階 の 東 西 端 の 北 の 「階 」 の外 側 部 分(階 段 部 分)に 横 倒 しの 文 字 で 記 載 され て い る。r導 従 」 の 文 字 が な な め横 倒 しに 書 い て あ る の は,お そ ら く導 従 た ち が 大 明 殿 を背 に して 立 っ て い た こ と を 示 そ う と した もの で あ ろ う。 西 の 「階 」 の 西 側,東 の 「階 」 の 東 側 の 区 画 が が 空 白 に な っ て い る の は,そ の 空 白部 分 に カ ン の 従 者 で あ る 「宮 内 導 従(乗 輿 導 従)」 とカ トン の 従 者 で あ る 「中宮 導 従 」 が そ れ ぞ れ わ か れ て 並 ん で い た の で あ ろ う。

カ ン とカ トン が 御 楊 に 着 座 し,壁 正 斧 が 露 階 の 東 の 端 に 移 動 す る と,そ れ を 合 図 に 司 農 が 鶏 鳴 で 時 を告 げ,儀 式 が 開 始 され る6。た だ,「 皇 元 朝 儀 之 図 」 に は 移 動 後 の 壁 正 斧 の 位 置 は示 され て い な い 。

(本研 究 は,平 成20年 度 科 学 研 究 費 補 助 金 基 盤 研 究(B)課 題 番 号:20320114「 中 国 社 会 へ の モ ン ゴ ル 帝 国 に よ る 重 層 的 支 配 の 研 究 元 朝 史 料 学 の 新 展 開 を め ざ して 」(研 究 代 表 者 龍 谷 大 学 教 授 村 岡 倫)に よ る研 究 成 果 の 一 部 で あ る 。)

4皇 帝 出 閤 陞 輩,鳴 鞭 三.侍 儀 使 井 通 事 舎 人,分 左 右,引 撃 執 護 尉 、壁 正 斧 中行,導 至 大 明 殿 外.壁 正斧 直 正 門 北 向 立,導 從 倒 巻 序 立,惟 扇 置 干 鋳 … 。(『元 史 』 巻 六 十 七,禮 樂 一,元 正 受 朝 儀)。

5侯 両宮 升 御 楊 ,鳴 鞭 三,壁 正斧 退立於露階東.司 農報時難唱畢,尚 引引殿前班,皆 公 服,分 左右 入 日精 、 月 華 門,就 起 居 位,… 。(『元 史』 巻 六 十 七,禮 樂 一,元 正 受 朝 儀)

6儀 式 の進 行 内容 ,前 稿pp.56‑58を 参 照 せ よ.

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