新興ドナーの台頭 (特集 ミレニアム開発目標を超 えて ‑‑ MDGsからSDGsへ ‑‑ 第1部 ‑‑ 15年間の新 機軸)
著者 小林 誉明
権利 Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization (IDE‑JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名 アジ研ワールド・トレンド
巻 232
ページ 4‑7
発行年 2015‑01
出版者 日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL http://doi.org/10.20561/00039915
●MDGsの文脈における新興ドナー
BRICSやG
20に象徴される
新興国の登場が︑国際援助の構造
の地殻変動をもたらしていること
は今や周知の事実である︒いわゆ
る﹁新興︵国︶ドナー﹂の台頭で
ある︒すなわち︑これまで先進国
の﹁伝統ドナー﹂による援助の﹁受
け手﹂であった国々が中所得国化
するなかで援助からの﹁卒業﹂を
迎えるとともに︑新たな﹁出し手﹂
に転換するという現象が進行中で
ある︒伝統ドナーの立場からみれ
ば︑こうした現象自体が伝統ドナ
ーによる協力が成果を上げた証左
であるとともに︑開発協力資金の
総量が増えることを意味するため︑
歓迎すべき事態といえる︒一方で︑
これまでOECD︵経済協力開発
機構︶のDAC︵開発援助委員会︶
の加盟国によって実践されてきた ﹁ODA政府開発援助﹂
の 規 範 を 共 有 し な い 新 参 者 へ の 対 応 を 迫 ら れ る と い う 歓 迎 す べ か ら
ざる側面もある︒
実は︑中所得国化を待
た ず し て 途 上 国 が 他 の 途 上 国 に 協 力 を 行 う 現
象は﹁南南協力﹂として
以 前 か ら 広 く 確 認 さ れ
てきた︒しかし二〇〇〇
年 代 以 降 の ボ リ ュ ー ム
の急増は︑それまでとは
別次元といえる︒その増
分 の 大 宗 を 占 め る の は 東アジアの新興ドナー
︑ 特 に 中 国 に よ る 援 助 で ある
︵図 1
︶︒二〇〇〇
年以降の一五年は︑MD
Gs
と い う 国 際 社 会 共 通 の 目 標 が 設 定 さ れ た
時期と合致する︒MDG sという新たな国際アジェンダのなかで︑新興ドナーはどのような役割を担っているのであろうか?本稿は中国に着目して︑そのMD
Gsへのインパクトついて考察す
る︒●MDGsへのアンチテーゼとしての中国の存在
実はMDGsの達成率のかなり
の部分は中国に負っている︒MD
Gsが目標としている全世界での
貧困削減が進展しているのは︑世
界最大の人口を擁する中国の所得
水準が向上したことに他ならない
からである
︒この意味で中国は
︑
MDGs指標改善の立役者といっ
ても過言ではない︒
ところがそのことは同時に︑皮
肉にもMDGsを推進するロジッ
クの正統性を脅かしてもいる︒な
ぜならば中国の貧困削減は︑MD
Gsの推進者達が想定したメカニ
ズムを通じて達成されたとは必ず
しもいえないからである
︒﹁貧困
削減﹂は誰もが否定しようがない
崇高な目標であるが︑削減される
べき貧困の種類や︑またその目標
に到達するための手段については
多様な可能性がありうるであろう︒
しかし現行のMDGsでは︑削減
小 林 誉 明
新興ドナーの台頭 ︻第 1
部
15 年間の新機軸︼
20 40 60 80 100 120 140 160 180 200
中国輸銀による優遇借款供与額
中国政府による対外援助支出額(グラント+無利子借款+優遇借款への利子補填分)
参考値:日本によるODA供与総額(二国間のみ)
(億ドル)
0
1953 1956 1959 1962 1965 1968 1971 1974 1977 1980 1983 1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010
図 1 中国の援助額の推移推計(1953-2012)
(出所) 中国商務年鑑各年版、参考文献①などを基に筆者作成。
新興ドナーの台頭
するべき貧困の対象を教育や医療︑
衛生といった生存分野・社会分野
に限定したうえで︑こういった分
野における貧困削減を導くメカニ
ズムとして︑デモクラシーを前提
とした﹁グットガバナンス﹂を措
定しているのである︵参考文献③︶︒
いうまでもなく︑貧困が根源的
に解決するためには経済成長は不
可欠である︒にも拘わらず︑こう
した現行MDGsが想定する貧困
削減へのシナリオにおいては︑経
済成長ひいてはそれを促進するた
めのインフラといった生産分野・
経済分野については明示的に言及
されていないのである︒石川滋が
MDGsには﹁それを達成するこ
とを保証する開発モデルの裏付け
がない﹂と喝破したとおり︵参考
文献④︶
︑そこには成長や発展と
いう要素が欠如しているといわざ
るを得ない︒MDGsが予定して
いる貧困削減に至るメカニズムは︑
極めて理念的なものであり︑現実
の成功経験に裏打ちされたモデル
ではない︒
他方︑現実に貧困削減に邁進し
ている中国をみれば︑そのパスが
生存分野・社会分野への分配を通
じたものでも︑ましてそれがデモ
クラティック・ガバナンスに基づ
図 2 中国の自立発展のメカニズム
(出所) 参考文献⑥を基に筆者作成。
MDGsの進捗に
MDGs
MDGsの議論の説得力
︒しかし︑翻っ
MDG
MDG
MDGs
︵石炭︶を元手に
︑
︵発電所︶
︑素
材︵鉄鋼︶精製のプラント︵製鉄
所︶
︑そして電力による素材の加
工を可能とする輸出基地の開発を
基盤とした工業製造業の発展︑輸
出による外貨獲得というプロセス
を経た︑産業の高度化である︵図
2
︶︒これは
︑もてる埋蔵資源を
最大限開発することを通じた自立
的な経済発展のモデルといえよう︒
中国が身をもって示しているの
は︑貧困削減が否定のしようのな
い究極目標だとしても︑そこへ至
る道は多様であること︑むしろ現
行のMDGsには入れられていな
いインフラ開発や資源開発といっ
た手段を通じて自立した経済をつ
くりあげることこそが貧困削減を
着実に成し遂げる有効なルートで
あることではないだろうか︒この
事実は︑これから発展を目指す各
途上国にとって絶大なデモンスト
レーション効果をもつであろう︒
●投資型援助によるインパクト
自立型発展のモデルは︑中国に
よって単にモデルとして提示され
るだけに留まらない︒他の途上国
の自立的な経済発展を現実に可能
とするためのリソースを提供して
いるのが︑中国の対外援助である︒
その原資は自国の工業化によって 獲得した外貨であり︑その援助のモデルは︑自らが被援助国として一九八〇年代近辺に受けた日本からの援助であるといわれている︵図2︶︒
その具体的特徴は︑埋蔵されて
いる地下資源を掘り出し運搬する
ための大規模インフラおよび資金
や技術を︑多様なスキームを用い
てフルセットで提供するというも
のである︒カンボジアのケースに
象徴されるように
︵図 3
︶︑こう
した経済インフラを提供してくれ
るドナーは日本等の例外を除いて
限られているため︑中国の援助は
援助の受け手の途上国から極めて
重宝されているというのが現実で
ある︵参考文献⑦︶︒
巨大インフラをファイナンスす
るための資金を捻出する必要性か
ら︑ローン︵貸付︶のスキームが
頻用されるが︑これはMDGsを
推進する伝統ドナー︑特に欧州の
ドナーでは推奨されてこなかった
手法である︒このように︑資源開
発やインフラ整備といった将来的
に収益が見込まれる事業に対して
ローンの形で長期の融資を行うス
タイルの支援は︑東アジアのドナ
ーに共通の特徴であり︑贈与に価
値を置く欧州の援助と好対照を示 す︒実際︑ローンを担当する組織・
部局をもたない欧州のドナーとの
対比において︑東アジアのドナー
の特徴は鮮明に確認できる︵表1︶︒
東アジアのドナーのなかでも
︑
特に中国の援助の特徴として挙げ
0 200 400 600 800 1,000
インフラ分野への支援
0 0
4 200 0
600 800 1,000
オーストラリア
スウェーデン 中国 日本 韓国 フランス
ドイツ EC イギリス アメリカ グラント
ローン
社会分野への支援
グラント ローン
図 3 対カンボジア二国間ドナーによるセクター配分(2005‑2012年累計)の偏り
(単位:100 万ドル)新興ドナーの台頭
られるのは︑事業コストが安いこ
と
︑採択のスピードが速いこと
︑
柔軟性が高いこと︑の三点である
が
︵参考文献②︶
︑これも伝統ド
ナーにおいては重視されてこなか
った価値である︒欧米を中心とし た先進国の伝統ドナーがこれまで提供し損なってきた経済インフラを︑中国がローンを用いて早く安く使い勝手良く提供し︑途上国の自立的な経済発展の道を後押しす
るのだとしたら︑それは途上国に
とって貴重な機会であることは間
違いないであろう︒中国が新興ド
ナーとして登場したことは︑途上
国が貧困削減の道を探る際にMD
Gs型﹁以外﹂のルートを採るこ
とも可能とする︑より現実的な﹁選
択肢﹂が提供されたということを
意味する︒
●結語途上国の自立的な開発モデルと
同時にそれをファイナンスする援
助のモデルを提示している中国は︑
MDGsが自立的な発展をともな
わないモデルであり︑援助の流入
を前提としていたのと対照的であ
る
︒中国型の開発︱援助体制は
︑
開発モデルなきMDGsの貧困削
減シナリオが今後取り入れるべき
ヒントを提示しているとも捉えら
れよう︒
新興ドナーとしての中国が放つ
開発︱援助のモデルは︑既存のM
DGsのモデルのオールタナティ
ブとして︑今後も並行して存在し 続けるであろう︒これまでは日本を先頭に東アジア域内で再生産されてきた成長のモデルと︑欧米が貧困削減支援と同時に民主化支援も提供してきたアフリカ地域とで分断して並立してきたのが実情である︒しかし近年︑これまで欧米の独断場であったアフリカに︑中国が本格的に参入してきていることから︑この地域における貧困削減や開発のあり方がどのように取捨選択されていくのか︑大いに注目に値する︒
︵こばやし
たかあき/横浜国立大 学国際社会科学研究院準教授︶
︽参考文献︾
①小林誉明﹁対外援助の規模︑活
動内容︑担い手と仕組み﹂下村
恭民・大橋英夫・日本国際問題
研究所編﹃中国の対外援助﹄日
本経済評論社︑二〇一三年︒
②︱︱︱﹁アフリカにおける新興
国の開発協力中国モデルは理
想の協力か?﹂SRIDジャー
ナル第六号︑二〇一四年︒
③︱︱︱「 ガバナンスを通じた貧
困削減」の現実的妥当性: MD
Gs
に内在するトレードオフ
」
﹃国際開発研究﹄第二三巻第一
号︑二〇一四年︑五九︱七二ペ
ージ︒
④石川滋﹃国際開発政策研究﹄東
洋経済新報社︑二〇〇六年︒
⑤Council for the Development
of Cambodia.
Development “
Coopera tion Trends in
Cambodia and Proposals for
Future Monitor ing of the
Development Partnership
”
Royal Govern ment of
Cambodia. 2012.⑥Kobayashi, Takaaki.
China: “
From an Aid Recipient to
an Emerging Major Donor.
”
In Machiko Nissanke and
Yasutami Shimomura eds. Aid as Handmaiden for the Development of Institutions: A
New Comparative Perspective.
Palgrave Macmillan. 2013.⑦Sato Jin, Hiroaki Shiga,
Takaaki Kobayashi, and
Hisahiro Kondoh.
Emerging “ ʻ
Donors
from a Recipient ʼ
Perspective: An Institutional
Analysis of Foreign Aid in
Cambodia.
lopment. 39 (12). 2011. World Deve- ”
表1 ローンの枠組をもつ東アジアドナーの特殊性
タイ インド 台湾 韓国 中国 日本 スウェーデン
政策立案
国家経済社会 開発委員会 : NESDB 外務省
外務省
財務省 外交部 企画財政部
外交部 商務部 外務省 外務省
有償資金協力
(貸付) 周辺諸国経済
開発協力機構 : NEDA (2005)
インド輸出入 銀行
国際合作発展 基金会 : ICDF (1996)
韓国輸出入銀 行・対外経済 協力基金 : EDCF (1987)
中国輸出入 銀行 (1994)
新JICA(2)
(2008) 無償資金協力
(贈与) 外務省
韓国国際力団 : KOICA (1991)
商務部 (2003)
スウェーデン 国際開発協力 庁 : SIDA 技術協力
タイ国際開発 機構 : TICA (2004)
インド技術 経済協力制度 : ITEC (1964)
(注) (1)( ) 内は設立年。
(2)無償資金協力の一部は外務省による。
(出所)筆者作成。