異文化間における文化的共有性の確保と創出

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全文

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国際コミュニケーション論の再考と展望(3)

ジャーナリズム研 究 会∗(代 表 鈴 木 雄 雅 ) はじめに 1.海 外 在 住 者 にみる日 本 情 報 への接 触 2.グローバリゼーションに対 抗 するフランスでの動 き 3.アメリカ製 テレビドラマの日 本 における受 容 形 態 4.異 文 化 間 における文 化 的 共 有 性 の確 保 と創 出 5.総 括

はじめに

本 研 究 会 は「国 際 コミュニケーション論 の再 考 と展 望 」というテーマで、まず国 際 コミ ュニケーション論 の系 譜 をたどり、文 化 帝 国 主 義 的 アプローチへ一 定 の評 価 を与 え るものの、提 起 した諸 問 題 の原 点 に立 ち返 りそれを捉 え返 す必 要 があるとした(30 号、 椎 名 )。さらに続 く論 稿 では、提 示 された日 本 発 の国 際 コミュニケーションを精 査 する ことにより、その特 殊 性 や複 雑 性 をみるために、日 本 における映 画 特 別 上 映 制 度 や アジアにおける日 本 および外 国 コンテンツの流 入 に関 する規 制 や態 度 を提 示 するこ とで、主 にポスト帝 国 主 義 論 的 アプローチの政 治 、経 済 的 側 面 からの考 察 を行 った (31 号)。 本 号 では主 に文 化 的 側 面 からのアプローチを柱 に、海 外 在 住 者 の日 本 情 報 への アクセスと、フランスと日 本 における外 国 番 組 のヒット作 のケーススタディ、東 アジアで のマンガを通 しての交 流 の実 態 をみる。 杉 岡 が指 摘 するように、昨 年 夏 のジェノバ・サミット(主 要 国 首 脳 会 議 )では、「反 グ ローバリズム」を掲 げた人 々が先 進 諸 国 のグローバリズムに抗 議 するデモを続 け、死 者 まで出 している。これは1999 年シアトルで開 かれた WTO(世界貿易 機関)会議 以 来 ある種 の世 界 的 な流 れの一 つといえる。他 方 、昨 年 夏 エドモントンで行 われた世 界 ∗ 本 稿 は研 究 会 の杉 岡 智 子 (東 京 情 報 大 学 学 術 フロンティアプロジェクト共 同 研 究 員 )、原 田 繁 、 朝 桐 澄 英 (以 上 、日 本 マス・コミュニケーション学 会 会 員 )、鈴 木 真 保 (本 学 大 学 院 新 聞 学 専 攻 博 士 後 期 課 程 在 )、椎 名 達 人 (国 際 通 信 経 済 研 究 所 )が執 筆 。

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陸 上 での日 本 人 選 手 の活 躍 をある民 放 局 が毎 日 独 占 中 継 していたが、どれほどの 視 聴 者 がエドモントンという都 市 がカナダのどの辺 りにあり、カナダ文 化 を理 解 できた のであろうか。

従 来 国 際 コミュニケーション(International Communication)と称される研究領 域 は 世 界 的 な 情 報 の 流 れ (International news flow)が何 らかのインパクトをもった 時 々注 目 を浴 びた。多 くは戦 争 や紛 争 、政 治 ・外 交 的 摩 擦 の表 出 であり、天 安 門 事 件 (1989 年 )、ベルリンの壁崩壊(同年)や湾岸戦争(1991 年)などがいい例だろう。 なかでもイラク軍 がクウェートに侵 攻 、そのイラク軍 を多 国 籍 軍 が攻 撃 する様 は衛 星 中 継 を通 じて記 憶 に新 しかったが、10 年後の 2001 年9月 11 日夜(アメリカ東部時 間 11 日朝 )、ニューヨークの国際 貿易センタービル激突 などの同時 多発テロを実況 中 継 する番 組 は、その後 数 日 間 にわたり人 々をテレビの前 に釘 づけにした。まさに現 代 情 報 化 社 会 を象 徴 するような情 報 のグローバリゼーションであろう。 誰 もが情 報 の敷 衍 的 氾 濫 は認 める事 実 であるにしても、テロリズムの撲 滅 という、 「こちら側 につくか、あちら側 につくか」といった二 者 選 択 的 図 式 のなかで世 界 の情 報 が流 れた。いかにアメリカ系 メディアが流 す情 報 が世 界 の潮 流 であるかという批 判 が あったにしても、それは20 世紀最 後 の 10 年余りの世界のグローバル化進行の過 程 の結 果 であり、メガ・メディアが現 実 に存 在 することを認 識 したに過 ぎない。そしてその メディアが混 乱 を生 み出 す当 事 者 になっていることに気 づかなければならない。 宗 教 的 対 立 ではない、文 明 の衝 突 にしてはならない、との文 言 が識 者 の間 でいか に繰 り返 されたとしても、そこには明 らかに「グローバル化 が世 界 を普 遍 的 な文 化 で 覆 い尽 くそうとして、その結 果 多 様 な文 化 の間 の矛 盾 や葛 藤 を消 し去 る」ことへの恐 怖 心 の芽 生 えがあり、「異 質 な文 化 や価 値 を見 失 ったグローバルな世 界 が不 安 定 に なるのは宿 命 」(J.ボードリヤール、『読 売 新 聞 』2002 年 1 月 17 日夕 刊)とも考えら れる。 こうしてわれわれは加 速 化 し始 めた世 界 のなかで、「一 種 の窒 息 状 態 に向 かう」の か、はたまた「あらゆるものが情 報 や映 像 になり、目 に見 えるものだけが重 視 される世 界 」(同 )にいきつくのか。その結 果 が「人 間 の行 動 も見 世 物 になっていくはず」という ボードリヤールの結 語 は、たかだかディスプレィをとおして情 報 を得 たことが、あたかも グローバリゼーションの波 に乗 り、文 化 の共 有 や共 生 の社 会 を生 むという「幻 想 」にま どろむ現 代 社 会 をもう一 度 考 え直 さねばならぬ、という重 要 な示 唆 を与 えてくれる。

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1.海外在住者に見る日本情報への接触

∼アメリカ合衆国ニューヨーク州バッファロー市を例に∼

ここ 10 年ほどの間に、海外に出 かけた際、日 本のテレビ番組を視聴 したり日本の 全 国 紙 を手 にするなど、日 本 の情 報 を比 較 的 容 易 に手 することが可 能 になってきた。 また、インターネットの普 及 は、海 外 での日 本 情 報 の入 手 の可 能 性 を広 げたといえる。 メディアの多 様 化 やメディア産 業 のグローバル化 は、国 民 国 家 という枠 組 みや国 境 の 制 約 を越 え、国 内 外 の情 報 を人 々に提 供 する機 会 を拡 大 している。それまで自 国 や 共 同 体 の中 で共 有 していた文 化 や情 報 というものが、従 来 の枠 を越 えて享 受 される ようになったといえるであろう。 外 務 省 の「平 成 12 年 度海外 在留 邦人数 調査 統計」によると、2000 年 10 月 1 日 現 在 、3 カ月以上の長 期滞在 者と永住者を合 計した在留 邦人数は、全世界で過 去 最 高 の 81 万 1,712 人 に達した。在 留邦人の最 も多い国はアメリカ合衆 国で(29 万 7,968 人)、都市別 在留 邦人総 数の上位 50 位 中の 13 都 市をアメリカの都市が占 め ている。アメリカの大 都 市 では日 本 人 によるコミュニティが形 成 され、現 地 で発 行 され る日 本 語 新 聞 も複 数 見 られる。また、テレビによる日 本 の番 組 の視 聴 や日 本 の全 国 紙 の衛 星 版 (以 下 衛 星 版 )の購 読 も可 能 である。このようなメディアの展 開 はグローバ ルであり、一 方 でその内 容 はローカルであるといえる。 Turow は、メディアソフトがメディア産 業 間 の垣 根 を超 え国 境 を超 え、これまでより もより広 範 囲 に届 いている点 を指 摘 しているが、在 留 邦 人 は、そのメディアのグローバ リゼーションとローカリゼーションの狭 間 で、故 国 であり外 国 でもある日 本 の情 報 を享 受 する特 異 な存 在 といえる。本 稿 は、海 外 生 活 者 である在 留 邦 人 の日 本 の情 報 へ の接 触 に着 目 することにより、自 国 情 報 に対 して広 範 囲 に位 置 する受 け手 像 を考 察 していこうとするものである。 1 − 1 バ ッ フ ァ ロ ー 市 で 入 手 で き る 日 本 の 情 報 媒 体 ヒアリングを行 ったのは、筆 者 が2000 年 10 月から 2001 年8月まで滞在 していた、 アメリカ合 衆 国 ニューヨーク州 バッファロー市 の在 留 邦 人 である。バッファロー市 はエ リー湖 に接 し、ナイアガラの滝 へのアメリカ側 の玄 関 口 にあたる都 市 で、1970 年 代ま では鉄 鋼 業 、自 動 車 関 連 産 業 が栄 え、日 系 企 業 も進 出 していた。しかし 1980 年 代 以 降 は自 動 車 関 連 企 業 の撤 退 により日 系 企 業 も激 減 し、現 在 は、住 友 ベークライト (Sumi-Purez)、ロート製 薬 (Menthoratam)、藤 沢 薬 品 (Fujisawa Health Care

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Inc.) の 日 本 企 業 と 、 日 米 合 弁 企 業 の GOODYEAR、 Dunlop North America 、 Koike-Aronson Inc.がバッファロー市にある日 系企業である。 この地 域 で接 触 可 能 な主 な日 本 の情 報 媒 体 を挙 げると、下 記 のようになる。 ①全 国 紙 衛 星 版 『朝 日 新 聞 国 際 衛 星 版 』 ニューヨークとロサンゼルスで発 行 。1部 US$2.50。ハンド・デリバリー(宅 配 )サービスとファーストクラスメールは1カ月 $78、セカンドクラス(ピリオデ ィカルズ)メールサービスは1カ月 $50。 『読 売 新 聞 衛 星 版 』 ニューヨークとロサンゼルスで印 刷 、発 行 。読 売 新 聞 社 がニューヨークで編 集 しているアメリカ国 内 向 け週 刊 新 聞 の The Yomiuri America も折 り込 ま れる。1 部$2.25。宅 配 サービスは1カ月$59。 『日 本 経 済 新 聞 国 際 版 米 州 版 』 ニューヨークとロサンゼルスで印 刷 、発 行 。1 部 $3.00。宅 配 、メールサー ビス共 に1カ月 $90。セカンドクラスメールサービスは$58。 ②主 な日 本 語 新 聞 『日 米 タイムズ』 サンフランシスコで火 曜 日 ∼土 曜 日 発 行 。3 カ月で$36。 『北 米 報 知 』 シアトルで火 、木 、土 曜 日 に発 行 。6 カ月で$44。 『羅 府 新 報 』 ロサンゼルスで発 行 。日 ・祝 を除 いて発 行 される日 刊 紙 。3 カ月で$39。

U.S.Japan Business News

ニューヨークで発 行 される週 刊 紙 。1 部$1.25。1 年$52。 OCS News ニューヨークで隔 週 発 行 される情 報 誌 。1 部$2.50、1 年$44.00。 『カナダタイムス』 トロントで発 行 される週 刊 紙 。 『日 加 タイムス』 トロントで発 行 される週 刊 紙 。

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The New Canadian トロントで発 行 。日 本 語 と英 語 が併 記 。 ③日 本 語 番 組 TV-JAPAN 1991 年 4 月、北米を中心に放 送 を開始した。NHK グループ、伊藤 忠 グルー プ、日 本 航 空 など28 社により作られたジャパン・ネットワーク・グループ(JNG)が 運 営 している。日 本 のNHK からニューヨークに伝 送された番組を、約 23 時間に 再 編 成 して放 送 している。1998 年 からは、エコースター社の「ディッシュ・ネットワ ーク」(DISH Network)の衛 星 サービスによりデジタル放 送 を行 っており、視 聴 料 は1カ月 $25 で、ディッシュ・ネットワークへのアクセス料が1カ月$5。 ④ビデオレンタル 韓 国 食 材 店 に、日 本 のテレビ番 組 や映 画 のビデオ・レンタルコーナーが設 け られている。バラエティ番 組 やドラマ、アニメ番 組 などを収 録 したビデオが 2 棚程 度 ある。また、国 境 を越 え隣 接 するカナダのナイアガラ・フォールズ市 に行 くと、 日 本 食 レストランや日 本 人 観 光 客 向 けのみやげもの店 (大 橋 巨 泉 氏 経 営 のOK ショップなど)があり、日 本 食 材 店 に紅 白 歌 合 戦 のビデオなど多 数 のビデオが揃 っている。 1 − 2 調 査 内 容 2001 年 7 月、バッファロー市の日 本人会 登録 世帯を中心 に、ヒアリングを実施し た。登 録 世 帯 はおよそ 90 世帯で、そのうちの 54 世帯にヒアリングを行うことができた。 バッファロー市 の日 本 人 会 に登 録 している世 帯 は、およそ半 数 が企 業 派 遣 や大 学 関 係 者 などの長 期 滞 在 世 帯 で、もう半 数 が仕 事 で渡 米 しそのまま永 住 権 を得 たり、国 際 結 婚 でアメリカに居 住 しアメリカ合 衆 国 より永 住 権 を認 められているなどの永 住 世 帯 である。今 回 結 果 を得 た54 世帯 の内訳は、長期滞 在世 帯が 19 世 帯、永住 世 帯 は35 世帯 であった。 ヒアリング項 目 は、①衛 星 版 の購 読 について、②現 地 発 行 の日 本 語 新 聞 の購 読 について、③日 本 語 番 組 の契 約 について、④日 本 の番 組 や映 画 などを録 画 したビ デオ視 聴 について、⑤インターネットでの日 本 情 報 への接 触 について、である。また、 接 触 する日 本 情 報 がある世 帯 についてはその内 容 について、ほとんど日 本 情 報 に 接 触 しない世 帯 についてはその理 由 も尋 ねた。

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1 − 3 結 果 ヒアリングを行 った 54 世帯について、子も区別 を実数で表すと下記のようになる バッファロー市 の在 留 邦 人 にみる日 本 情 報 への接 触 世 帯 別 数 全 国 紙 の購 読 現 地 日 本 語 紙 の購 読 日 本 語 番 組 の視 聴 ビデオ視 聴 インターネ ット 20代 3世 帯 3 3 30代 9 世 帯 1 2 7 9 40代 3世 帯 1 1 2 2 50代 3世 帯 2 3 2 長 期 滞 在 世 帯 N=19 60代 1世 帯 1 1 20代 3世 帯 1 1 30代 9 世 帯 1 1 6 5 40代 3世 帯 1 2 1 3 2 50代 3世 帯 2 1 1 60代 1世 帯 1 2 5 2 70代 11 世 帯 1 7 3 永 住 世 帯 N=3 5 80代 2世 帯 1 2 ①全 国 紙 の購 読 長 期 滞 在 世 帯 で日 本 紙 を購 読 したことがある世 帯 数 は 4 世帯であるが、2 世帯 は数 年 前 まで会 社 から『日 本 経 済 新 聞 衛 星 版 』が支 給 されていたが、現 在 は会 社 の都 合 により支 給 されておらず、その後 は個 人 契 約 をしていないということであった。 現 在 も購 読 しているのは、実 質 的 には2 世帯となる。その内 訳は、『朝日 新聞国 際 衛 星 版 』と『日 本 経 済 新 聞 衛 星 版 』である。 永 住 世 帯 で日 本 紙 を購 読 したことがある2 世 帯はいずれも『読売新 聞 衛星版』を 購 読 していたが、現 在 は購 読 していない。「日 本 の情 報 が必 要 なくなったため」と いうのが主 な理 由 である。 ②現 地 発 行 日 本 語 新 聞 の購 読 長 期 滞 在 世 帯 で現 地 発 行 の日 本 語 新 聞 を購 読 したことのある 4 世帯 のうち、2

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世 帯 は OCS News、1 世帯はカナダで発行されている週刊紙 New Canadian を 購 読 しており、1 世帯はかつては購読したこともあるが現在 は購読していない。 永 住 世 帯 で購 読 したことがあるのは 9 世帯 であるが、そのうち現在も購読してい るのは 5 世帯であった。その内訳は、『羅府 新報 』が 3 世帯、『タウン・ジャーナル』 が 1 世 帯、『日加タイムス』が 1 世 帯である。なお、『日加タイムス』を購読している 世 帯 の主 婦 は、同 紙 のリポーターも務 めていた。このようにカナダで発 行 される日 本 情 報 紙 を購 読 する世 帯 もある。 ③日 本 語 チャンネルの契 約 長 期 滞 在 世 帯 では、今 回 のヒアリングでは契 約 している世 帯 がなかった。その理 由 で多 く聞 かれたのが、日 本 語 チャンネルを視 聴 するためには新 たに衛 星 放 送 を 契 約 しなければならないこと、また視 聴 料 金 が高 く感 じるためということであった。テ レビは地 元 CATV に加入する世帯 が多いのだが、そのペイビューの番組の中には TV-JAPAN が入っていないことも要 因としてあげられるだろう。 永 住 世 帯 では、2 世帯が TV-JAPAN を視聴 していた。30 代と 40 代の世帯で、 国 際 結 婚 によりアメリカに暮 らしている日 本 人 女 性 が母 親 の家 庭 である。子 供 にア メ リ カ 文 化 の み な ら ず 、 日 本 文 化 に も 触 れ る 機 会 を 与 え る た め 、 と い う の が TV-JAPAN 視聴の大きな理由であった。 ④日 本 番 組 のビデオ視 聴 長 期 滞 在 世 帯 と永 住 世 帯 、また年 代 間 による差 もなく、日 本 の番 組 や映 画 を録 画 したビデオに接 する割 合 は高 い。入 手 方 法 としては、レンタルよりも日 本 から直 接 送 ってもらう方 法 のほか、現 地 の友 人 や知 人 から借 りるというケースが多 い。そ の場 合 、あるものが回 ってくるために、必 ずしも見 たいものが見 られる状 況 ではない という声 もあった。子 供 のいる家 庭 では、現 地 の補 習 校 を通 して、互 いのビデオを 貸 し借 りすることが多 いという。また、比 較 的 若 い世 代 では、台 湾 人 や韓 国 人 向 け のレンタルビデオの中 に日 本 のドラマなども含 まれており、それを台 湾 人 や韓 国 人 の友 人 を通 じて入 手 することもあるという。 視 聴 するビデオのジャンルは、長 期 滞 在 世 帯 、永 住 世 帯 で大 きな差 はなかった。 視 聴 するビデオのジャンルを複 数 挙 げてもらったところ、長 期 滞 在 世 帯 ではバラエ ティ番 組 (12)、ドラマ(9)、ドキュメンタリー(7)、ニュース(4)、スポーツ(3)、アニメ 番 組 (2)、歌 謡 番 組 (2)の順 となった。永 住 世 帯 では、ドラマ(22)、バラエティ番 組 (10)、ドキュメンタリー(8)、歌 謡 番 組 (7)、映 画 (6)、ニュース(5)が挙 げられ た。

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年 齢 的 な傾 向 もあると思 われるが、渡 米 してからの滞 在 期 間 により、視 聴 するビ デオの内 容 に差 異 があった。滞 在 期 間 が短 い世 帯 では、最 近 の民 放 ドラマやバラ エティにも積 極 的 に接 触 する傾 向 があり、逆 に滞 在 期 間 が長 い世 帯 では時 代 劇 「紅 白 歌 合 戦 」など定 番 ともいえる番 組 が挙 げられた。また、子 供 が小 さい頃 には 一 緒 に日 本 のバラエティ番 組 (「八 時 だヨ!全 員 集 合 」や明 石 家 さんまや志 村 け んが出 演 するような番 組 )を視 聴 していたものの、子 供 が成 長 するにつれ日 本 のバ ラエティが奇 異 に見 え、見 なくなったという声 もあった。 ⑤インターネットでのアクセス 長 期 滞 在 世 帯 では、ほとんどの世 帯 がインターネットを通 じて日 本 の情 報 にアク セスしている。頻 度 は、「ほぼ毎 日 」が11 世帯、「たまに」が 6 世帯である。主なアク セス先 は、新 聞 社 などのニュース系 サイトが 16 世帯と最も多く、他にスポーツや、 生 活 情 報 、ショッピングなどが挙 げられた。 永 住 世 帯 では、インターネットで日 本 の情 報 にアクセスしている世 帯 は、半 数 以 下 の14 世 帯であった。頻度は、「ほぼ毎日」が 7 世 帯、「たまに」が 7 世 帯である。 主 なアクセス先 は、やはりニュース系 のサイトが 13 世帯と最 も多く、他に生活情 報 や教 育 、スポーツ、健 康 関 連 サイトが挙 げられた。生 活 情 報 には、アメリカの現 地 情 報 を日 本 語 で提 供 しているサイトへのアクセスが含 まれる。 長 期 滞 在 世 帯 の方 がより日 本 情 報 への接 触 が高 いのは、アメリカで生 活 しなが らも、自 国 の情 報 が必 要 であり有 用 だからである。また、日 本 のメディアがアメリカ の情 報 をどのように伝 えているのか報 道 を比 較 するためという回 答 や、アメリカでの ニュースを補 足 するため(日 本 語 として)との回 答 もあった。 同 様 に、永 住 世 帯 の中 でも報 道 の違 いに注 目 する声 があった。永 住 世 帯 は日 本 国 内 の情 報 に関 しては、阪 神 ・淡 路 大 震 災 (1995年 )などのような大 きな災 害 、 事 件 や事 故 が起 きると気 になるが、通 常 は日 本 の情 報 よりも身 近 なアメリカでの情 報 の方 が必 要 だという。 なお、2001 年 9 月 11 日の米同 時 多発テロ以 降、インターネットで日本 の情報 にアクセスし、アメリカ国 内 の情 報 と比 較 することが増 えたという話 を聞 いた。アメリ カの情 報 を逆 に日 本 のメディアから入 手 するのは、危 機 管 理 上 アメリカのメディア では報 道 されない内 容 もあること、また日 本 語 で正 確 に事 態 を把 握 しておくためと いう。

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1 − 4 考 察 全 体 を通 して接 触 するメディアに関 しては、新 聞 やテレビといった日 本 で当 たり前 に 接 していたメディアを通 して日 本 情 報 に接 する世 帯 は非 常 に少 ないことが明 らかにな った。速 報 性 の高 いニュースや情 報 に関 してはインターネットが、そして娯 楽 的 なもの に関 してはビデオがよく利 用 されている。メディアがグローバル化 していながらも、今 回 の調 査 では、実 際 には従 来 のテレビや新 聞 というメディアにはあまり接 していないこ とがわかった。これには費 用 の問 題 などもあるが、インターネットにより日 本 情 報 を得 て足 りている面 も大 きいといえる。 次 に、在 留 邦 人 の日 本 情 報 への接 触 を決 定 付 ける要 因 として、在 留 形 態 に見 ら れる自 国 文 化 への帰 属 性 が挙 げられる。このことは、受 け手 がメディアに接 する場 合 に社 会 的 ・文 化 的 背 景 が影 響 することを意 味 する。 長 期 滞 在 世 帯 は日 本 社 会 への帰 属 性 が高 く、日 本 情 報 の必 要 度 も高 い。また、 接 触 パターンとしては継 続 的 である。速 報 ニュースをチェックし、娯 楽 ソフトもフォロー している。一 方 、永 住 世 帯 は日 本 社 会 よりもアメリカ地 域 社 会 への帰 属 性 が高 く、日 本 情 報 の必 要 度 もさほど高 くない。日 本 の速 報 ニュースなどへの接 触 は低 いが、日 本 の娯 楽 や文 化 に関 係 するものへの接 触 はうかがえることから、その接 触 行 動 には 自 国 文 化 への懐 古 的 な傾 向 があると思 われる。 今 回 ヒアリングを行 ったバッファロー市 は、日 本 人 コミュニティの結 束 が強 いという 地 域 ではない。会 員 が集 まるのは年 2 回 程 度で、その数も減ってきているという。日 系 企 業 に勤 務 していたり、子 供 の補 習 校 を通 しての交 流 がある世 帯 では、ビデオの 貸 し借 りや情 報 交 換 もあるが、そうではない世 帯 ではアメリカでの地 域 社 会 の中 での 交 流 が主 となる。そこでは、日 本 情 報 に関 する話 題 はほとんど出 ない。そのような世 帯 を取 り巻 く環 境 によっても、日 本 情 報 への接 触 に対 するモチベーションに差 異 が 見 られることが明 らかになった。 今 後 は、より日 本 人 の多 い都 市 において、人 々の日 本 情 報 への接 触 を考 察 して いくことが求 められるであろう。(朝 桐 澄 英 )

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2 グローバリゼーションに対抗するフランスでの動き

文 化 帝 国 主 義 が議 論 されるとき、しばしば、西 欧 資 本 主 義 国 家 から途 上 国 への不 均 衡 な文 化 の流 れ、という図 式 が強 調 されるが、西 欧 先 進 資 本 主 義 国 家 間 でもまた、 そのような構 図 が存 在 することにも目 を向 けるべきであろう。古 くは1993 年 、GATT ウ ルグアイラウンドでの貿 易 交 渉 の席 上 、アメリカが「メディア・コンテンツは商 業 製 品 で ある」と主 張 したのに対 し、フランスは「文 化 的 産 物 である」と主 張 し、それ以 来 、「文 化 特 例 」を旗 印 に文 化 産 業 を貿 易 自 由 化 の論 議 の対 象 にしないよう求 め続 けてきた。 1999 年 11 月、GATT の流れを受けて世界 貿 易機関 WTO が発足、シアトルでの閣 僚 会 議 で幕 を開 けた。そこに 800 近 い数の NGO が代表を派遣し、野 放しのグロー バリゼーションをけん制 し、環 境 開 発 労 働 者 の権 利 、食 品 の安 全 等 に関 してより厳 し い国 際 通 商 ルールを打 ち出 すよう要 求 したのである。アメリカ製 品 や文 化 の限 りない 流 入 に対 する懸 念 は、国 家 間 の問 題 にとどまらない。いまでは世 界 各 国 の NGO、 NPO グループが WTO 会議会 場近 くに集結して抗議行 動をするようになったし、ジェ ノヴァ・サミットの際 は流 血 の惨 事 にもなった。しかし、アメリカ巨 大 企 業 は最 先 端 の情 報 技 術 を用 いてあらゆる産 業 分 野 を網 羅 しながら、文 化 であるメディアやコンテンツも、 経 済 である電 気 通 信 インフラストラクチャーや情 報 機 器 製 造 も、すべて一 挙 に掌 握 し て覇 権 を確 立 しつつあり、もはや文 化 と経 済 は別 なものとして認 識 されるものではなく、 その一 体 性 が明 らかになっている1。 EU 成 立 の背 景 には、そうしたアメリカ(及 び日 本 )の経 済 力 に対 抗 できるような地 域 経 済 圏 、文 化 圏 を作 ろうという目 的 がある。その主 要 国 であるフランスで、状 況 がど う進 行 しているかを考 察 することは、世 界 が今 後 どう展 開 していくかを見 ていく上 で、 大 変 重 要 なことであろう。また、文 化 的 な側 面 から国 際 コミュニケーションを考 える上 で、いわゆる「文 明 の衝 突 」的 な文 化 の相 違 が見 られないケースを考 察 することは、 その本 質 をつかむ上 で有 用 なことであろう。フランスの場 合 、超 大 国 アメリカと同 様 、 資 本 主 義 に基 づく先 進 工 業 ・農 業 国 である。いわゆる「低 俗 な消 費 文 化 」もすでに国 内 に多 くある。文 化 的 な差 異 が比 較 的 少 ない国 家 どうしの情 報 や文 化 の流 れは、抵 抗 も少 なく、より資 本 の論 理 に沿 って動 いていきやすくなるだろう。 そういうフランスで、グローバリゼーションに対 抗 する運 動 が展 開 されており、大 きな 1桂 敬 一 (1998)「高 度 情 報 社 会 と文 化 帝 国 主 義 」、嶋 田 厚 [他 ]編 『情 報 社 会 の文 化 3 デザイ ン・テクノロジー・市 場 』(東 京 大 学 出 版 会 )、 243頁 。

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支 持 を得 ている。もはや国 家 間 の問 題 ともいえなくなっている「文 化 の押 しつけ」に対 抗 する手 段 として注 目 に値 するだろう。ここでは、フランスで知 識 人 を中 心 に展 開 され、 一 般 にも熱 烈 に支 持 されたネオ・リベラリズム批 判 の一 連 の動 きを追 っていくとともに、 今 年 になって見 られた Loft Story の大ヒット現象 を考え合わせ、とどまるところを知ら ずに展 開 しつつあるグローバリゼーションに対 抗 する方 法 を模 索 している例 を見 てい くことにする。 2 − 1 フ ラ ン ス に お け る ネ オ ・ リ ベ ラ リ ズ ム 批 判 の 動 き フランスは、さまざまな規 制 を用 いて自 国 製 品 を法 的 に保 護 している。放 送 に関 し ても番 組 規 制 があり、クォータ制 度 が適 用 されている。ヨーロッパ制 作 番 組 が 60%以 上 で、かつ、フランスのオリジナル作 品 が 40%以 上を占めていなければならない。番 組 における外 国 語 の使 用 に関 しても制 約 がある2。このように、国 家 レベルではさまざ まな規 制 によって自 国 文 化 の保 護 政 策 を採 用 しているが、現 在 では、フランス人 は 英 語 を喋 り、街 にはいたるところにマクドナルドが見 られ、アメリカンポップスが流 れ、 若 者 にとってはアメリカ文 化 は「Cool!」なものとなっている。 そういう状 況 下 でのネオ・リベラリズム批 判 運 動 は EU の形 成過程に伴 って加速し ていった。1990 年代 初めごろから、本 格的な経 済 的統合を目 指すにあたり EU 加盟 予 定 国 は各 国 の経 済 状 態 を改 善 し一 定 の基 準 にそろえるべく、国 ごとに対 策 が取 ら れていった。フランスも同 様 、各 業 界 は大 幅 な経 営 立 て直 し、リストラを行 い失 業 者 が 増 加 した。それに反 発 した労 働 者 たちは、1995 年 11 月から 12 月にかけて、それま でにない大 規 模 なストライキを実 行 したのである。これには、社 会 学 者 ピエール・ブル デューはじめフランスを代 表 する知 識 人 たちが賛 同 し、労 働 者 たちと一 緒 に街 頭 に 立 ち、拡 声 器 を持 って労 働 者 を応 援 、抗 議 行 動 を行 い、フランス全 土 に広 がる大 き な抵 抗 運 動 となっていった3。後 にブルデューは、ストライキに関 して社 会 学 的 な分 析 をするように依 頼 されてテレビの討 論 番 組 、La Cinquième チャンネルの Arret sur images に出演したが、その番組の作り方に怒り、テレビ批判 を展開、ル・モンド・ディ プロマティック紙 に批 判 文 を載 せる4。ほどなくして、その番 組 のプロデューサーだった

2 フランスの放 送 制 度 に関 しては Balle(1997)及 び日 本 放 送 協 会 放 送 文 化 研 究 所 (2001)を参

3 Antoine de Gaudemar(1998), “Les petits pavés de Bourdieu,” Libération 16 avril 1998. 4 Pierre Bourdieu (1996a) , “Analyse d’un passage à l’antenne,” Le Monde diplomatique, avril 1996.

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ダニエル・シュネデルマンがそれに対 する反 論 を同 紙 に投 稿5、他 のジャーナリストも 巻 き込 んで大 論 争 となった。 それまでにも、市 場 万 能 主 義 を批 判 していたブルデューは、テレビやその他 のメデ ィアに対 する批 判 、および文 化 を侵 食 する世 界 的 なネオ・リベラリズムの動 きに対 する 批 判 を展 開 していった。そして所 属 するコレージュ・ド・フランスの講 義 の一 環 として、 テレビ批 判 を内 容 とする番 組 を制 作 、さらには自 ら出 版 社 を立 ち上 げ、1996 年には その番 組 の内 容 を本 にして出 版 したのである6。しばしば著 書 が分 厚 くて難 解 である と言 われるブルデューであるが、これは新 書 版 程 度 の大 きさと値 段 (FF30)の本 で、 一 般 向 けに平 易 な言 葉 でメディア批 判 が書 かれており、多 くの人 々の共 感 を呼 んだ。 その著 書 Sur la télévision は飛 ぶように売 れ(15 万部)7、その現 象 自 体 がまたメディ アで取 り上 げられ、彼 の活 動 は大 きな動 きとなり人 々の認 識 するところとなった。社 会 学 はただ研 究 だけしていればいいものではないという主 張 のもとに、「戦 う知 識 人 」、 あるいは「科 学 的 な闘 争 者 」をモットーとし、自 らもその活 動 の一 環 として、「安 く分 か りやすく」を旨 とする本 を出 したのである。 この本 はテレビ出 演 時 の怒 りをきっかけにしてはいるが、それまでにも行 われてい た彼 のメディア分 析 をもとに、さらにテレビの本 質 に迫 ったものとなっている。彼 は、テ レビにはその本 質 として目 に見 えない検 閲 がいくつも存 在 すること、テレビおよびメデ ィア界 で働 く人 たちの閉 鎖 性 、メディア企 業 が大 資 本 をもった企 業 に所 有 され、その 意 向 に沿 った番 組 制 作 がされていること、視 聴 率 万 能 主 義 によって、大 衆 に受 けの いいものばかりが制 作 され、いまやテレビはお決 まりの画 一 的 な内 容 しか提 供 しない、 その結 果 テレビには少 数 者 の声 が反 映 されず、民 主 主 義 を危 うくしているという。さら にはテレビ界 がジャーナリズム界 全 体 を率 先 して衰 退 させる機 能 を果 たしており、ジ ャーナリズム界 がさらに文 化 的 な生 産 の世 界 を牽 引 して衰 退 させていると主 張 してい る。 他 にもそうした趣 旨 の本 が同 じシリーズで、ブルデューやその他 の著 者 によって書 かれて出 版 され、いずれも同 程 度 の大 部 数 を記 録 している8。

5 Daniel Schneidermann (1996),” Réponse à Pierre Bourdieu”, Le Monde diplomatique, mai 1996.

6 Pierre Bourdieu (1996b) Sur la télévision, Liber-Raisons d’agir. 桜 本 陽 一 訳 (2000)『メ ディア批 判 』(藤 原 書 店 )

7 代 表 的 な日 刊 紙 である『ル・モンド』や『ル・フィガロ』の発 行 部 数 がそれぞれ約 36 万 部 、40 万 部 であることを考 えると、これは驚 異 的 な数 字 である。

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2 − 2 Loft Story の大ヒッ ト 知 識 人 の間 からこうした動 きが出 て、それを市 民 が支 持 している一 方 で、アメリカの 番 組 を模 したテレビ番 組 が爆 発 的 な人 気 を得 ている。M6 チャンネルの Loft Story と いうフランス制 作 の番 組 が大 ヒット、これまでにない高 視 聴 率 を上 げている。11 人 の 独 身 男 女 (男 6 人女 5 人)が 10 週間、大きなロフトに閉じ込 められてその中で生活 する様 子 を24 時間、多 数のテレビカメラで撮影するというものである。米 CBS のテレ ビ番 組Survivor にならって作られたもので、賛否 両論、メディアをにぎわしている。出 演 者 はヒーロー、ヒロインとして祭 り上 げられ、関 連 のウェブ・ページも大 人 気 である。 その人 気 に押 されて20 あまりの国に多少のアレンジを加えて輸出されたが、そのほと んどの国 で驚 くべき高 視 聴 率 を記 録 しているという9。 しかし、人 間 の「見 たい」という欲 求 を利 用 して作 られた作 品 は、これまでにも映 画 作 品 などにも見 られ、ヒットしている。また、このインターネット時 代 には、個 人 が簡 単 に発 信 者 になることができるようになった。「見 たい」だけでなく、「見 せたい」という人 間 の欲 求 を容 易 に満 たすことができるようになり、私 生 活 をさらすようなサイトも登 場 し ている。Loft Story では一 般 人 がセットの中 に入 ることで簡 単 に主 人 公 になることが でき、「見 せたい」欲 求 を満 たしてくれる。一 方 で、激 しい競 争 にさらされたメディア・シ ステムは有 名 人 を絶 えず必 要 としており、有 名 人 を即 席 で作 り上 げ、それが熱 いうち に使 い切 ってしまいたいのである10。 こうした現 象 を考 えると、フランスでは、テレビ番 組 についてはクォータ制 度 があるに もかかわらず、自 国 制 作 番 組 の部 分 にもコンセプトとしての「アメリカ文 化 」が入 り込 ん でしまっているのがわかる。競 争 が激 しく、そして短 期 間 に視 聴 率 を取 ることを求 めら れるテレビ界 は、アメリカ文 化 であるなしに関 わらず、より一 層 過 激 なものに走 りがち になってしまうのだろう。さらにはテレビ間 のみならず、テレビ対 インターネットという競 争 にも直 面 し、過 激 さを加 速 していっているといえるだろう。 2 − 3 考 察 このようにフランスでは、「文 化 特 例 」の議 論 が長 年 にわたって闘 わせながらも、す でに現 実 にグローバリゼーションが進 行 しており、その結 果 市 場 万 能 主 義 が独 自 の 文 化 を破 滅 させつつあり、そのことに対 する批 判 が強 まっている。それと同 時 にアメリ

9 Ignacio Ramonet (2001), “Big Brother”, Le Monde diplomatique, juin 2001. 橋 本 一 経 (2001)「ビッグ・ブラザー」『世 界 』9 月 号

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カの番 組 の模 倣 が空 前 の人 気 を博 している。ブルデューの出 版 社 、Raison d’agir の本 がいくつもベストセラーになっていること、Loft Story が大 ヒットしたことを考え合わ せると、それらの支 持 層 が全 く違 うわけでもないことも考 えられる。 フランスは国 家 に大 きな権 力 がある。しかしそれは市 民 を守 るために市 民 から国 家 に付 与 された権 力 であり、公 共 的 な利 益 を担 保 するものとしての国 家 である。つまり、 絶 大 な権 力 をもつ国 家 が国 民 を服 従 させるといった種 類 の国 家 ではない。だから市 民 も強 い。国 家 がきちんと自 分 たちの権 利 を守 ってくれないとなればストライキという 手 段 に出 る。しかしグローバリゼーションはもはや、国 家 レベルで解 決 できる問 題 では なくなっているといえるだろう。国 境 を越 えて拡 張 する市 場 万 能 主 義 は、国 の内 外 を 問 わず進 行 するものであるから、政 策 的 に関 税 や輸 入 割 当 制 度 などの垣 根 を作 って みたところで、歯 止 めとしての大 きな効 果 は期 待 できない。Loft Story のヒットがその 好 例 である。 結 局 、国 家 の枠 を越 えた対 抗 策 が必 要 になってくる。ブルデューは、グローバリゼ ーションかナショナリズムかという問 題 の立 て方 は間 違 っているという。特 定 の利 益 を 拡 張 しようとする商 業 的 な力 と、国 家 を離 れて世 界 的 に連 帯 する創 造 者 たちによっ て作 られる作 品 の擁 護 を土 台 にした文 化 的 な抵 抗 との間 の闘 争 である、と主 張 する 11。つまり「経 済 的 活 動 に中 心 的 (支 配 的 )位 置 を与 えるもの」12に対 抗 する必 要 があ るだろう。グローバリゼーションに対 抗 する手 段 として、ブルデューは行 動 する知 識 人 をまとめ運 動 を組 織 した。また 1995 年のストライキを機に市 民・研究者・ジャーナリス トによって組 織 されたメディア監 視 団 体 アクリメッド(Acrimed= Actions critiques des medias)も同 様 の趣 旨 のものであり、特 筆 すべきであろう13。そうした動 きは今 やフラ ンスだけでなく、世 界 に広 がりつつある。ブルデューの著 書 Sur la télévision は英 語 、 ポルトガル語 、日 本 語 などに訳 され、それぞれの国 で反 響 を呼 んでいる。彼 はそうし て、世 界 中 の知 識 人 たちにも行 動 することを働 きかけている。 一 方 で、メディアが取 り上 げないような貧 困 層 や移 民 労 働 者 などの声 を拾 い上 げ る調 査 をしており(Bourdieu 他、1993)、そういう人たちの代 弁 者となることが必 要だ という。国 境 を越 えて知 識 人 たちが連 帯 して文 化 的 生 産 の基 盤 を守 ることと同 時 に、 思 いはあるもののそれを言 葉 にできない市 民 たちの考 えを言 葉 にし、科 学 的 な根 拠

11 Pierre Bourdieu(1999) ,“L’intervention de Pierre Bourdieu : « Maitres du monde, savez-vous ce que vous faites ? »,” Libération, 13 octobre 1999. 加 藤 晴 久 訳 (2000)「世 界 の真 の帝 王 たちに問 う」『世 界 』2 月 号 。

12 ジョン・トムリンソン、片 岡 信 訳 (1997)『文 化 帝 国 主 義 』青 土 社 13 http://www/samizdat.net/acrimed/ を参 照 。

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を与 え、多 様 な言 論 を展 開 していくこと。あの得 体 の知 れない大 きな力 であるグロー バリゼーションに対 抗 していく手 段 として、そうした活 動 に一 縷 の望 みを託 すことがで きるのではないだろうか。 ジャーナリズムの役 割 も重 要 である。フランスの例 では、ブルデューに槍 玉 に挙 げ られるメディアが多 数 ある中 、『ル・モンド・ディプロマティック』は良 質 のジャーナリズム を提 供 すると評 判 が高 い。海 外 からの投 稿 も多 く、フランスだけでなく海 外 にも固 定 読 者 を多 数 持 ち、そうした内 外 の固 定 読 者 が経 営 の基 盤 にもなっている。 9 月 11 日の同時多 発テロは卑劣 極 まりない事件 であるが、これは、文化 帝国主 義 批 判 を最 悪 の方 法 で表 現 したものであったともいえるだろう。いまアメリカでは、報 復 作 戦 に異 を唱 えるジャーナリストたちには「有 形 無 形 の圧 力 」がかけられている状 態 だという。『ル・モンド・ディプロマティック』は、例 えば 2001 年12月号で、アメリカの言 語 学 者 N.チョムスキーの文 章 など、アメリカの報 復 作 戦 を批 判 するアメリカからの投 稿 も掲 載 している。こういうときこそ、世 界 中 のジャーナリストたちは連 帯 し、多 様 なも のの見 方 を踏 まえてものごとの本 質 を見 極 め、声 を上 げていく必 要 があるだろう。 (杉 岡 智 子 )

3 アメリカ製ドラマの日本における受容形態

∼『アリー・

my ラブ』を例として∼

近 年 、海 外 テレビドラマが人 気 を集 めている。特 に『アリー・my ラブ』や『ER 救 急 救 命 室 』などアメリカ製 テレビドラマは、深 夜 の放 送 にもかかわらず人 気 を博 している。 その人 気 ぶりを『キネマ旬 報 』は、「総 力 特 集 映 画 を超 えたアメリカTV ドラマ 2000」と いう特 集 を組 んでいることからもうかがい知 ることができる。ここで池 田 敏 は「1990 年 代 、『ER 救急救命 室』『アリー・my ラブ』『フレンズ』他、数多 くのアメリカ産テレビドラ マが日 本 上 陸 し、従 来 からチェックしていた熱 心 なファンに加 え、日 本 のドラマにない 見 どころ(1クールどころか何 年 も続 く長 さなど)を求 めるファンも取 り込 み、2000 年の 現 在 まで大 きく注 目 を浴 びている」14と分 析 している。書 店 では「テレビ・映 画 」のコー ナーがある。そこではアメリカ製 テレビドラマを含 めて、いろいろなテレビドラマの公 式 および私 的 なガイドブックを手 に取 ることができる。 14池 田 敏 「総 論90 年 代 のアメリカ産 テレビ・ドラマの概 括 と続 く未 来 の展 望 リアリズムに根 ざす表 現 と元 気 のいいファンタジー」『キネマ旬 報 』1313 号 (2000.8.1)、67 頁 。

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それでは文 化 帝 国 主 義 的 アプローチがいうように、日 本 のアメリカ製 テレビドラマの 熱 心 な視 聴 者 はアメリカ文 化 に無 防 備 にさらされているのであろうか。本 章 では、『ア リー・my ラブ』を例にとって、考察してみたい。 3 − 1 能 動 的 な 視 聴 者 テレビドラマを巡 る表 現 は、第 一 次 テクスト、第 二 次 テクスト、第 三 次 テクストの三 つ に分 類 することができる。第 一 次 テクストとは、そのテレビドラマの表 現 そのものであり、 第 二 次 テクストとはジャーナリズムによる批 評 、スターについてのゴシップ、(とりわけソ ープオペラの)愛 好 者 向 けの専 門 誌 、テレビの脚 本 の「小 説 化 」、宣 伝 広 告 、ポスタ ー、番 組 予 告 などテレビに関 する著 述 のことであり15、第 三 次 テクストは「視 聴 者 が自 分 自 身 のテレビジョンに対 する反 応 から作 成 するテクスト」16のことである。 『アリー・my ラブ』の場合 もオフィシャル・ガイドブックがあり17、それ以 外 にも非 公 式 のガイドブックも多 く出 版 されている。これらは第 二 次 テクストに分 類 される。従 前 は、 こうした第 二 次 テクストに対 し、第 三 次 テクストは非 常 に限 られたものであったといえる。 これは第 三 次 テクストの持 つ性 質 上 、口 頭 によるコミュニケーションや新 聞 への投 書 など、発 表 の場 が限 られていたからである。土 橋 臣 吾 は、電 子 ネットワーク上 に形 成 さ れ た テ レ ビ ド ラ マ の フ ァ ン の フ ォ ー ラ ム を 事 例 と し て 取 り 上 げ 、 「 能 動 的 な 視 聴 者 (active audience)」が、いかにテレビにかかわり、いかにテレビを受容しているかの検 討 をしている18。しかし今 日 、それに留 まることなく、第 三 次 テクストは新 たな発 表 の場 を獲 得 した。インターネット上 のホームページである。 熱 心 な視 聴 者 のなかには、自 らホームページ(ファン・サイト)を立 ち上 げる人 たちが いる。『アリー・my ラブ』の場合でも、非公式のホームページが存在する19。こうしたサ イトでは、掲 示 板 やチャットなど、ホームページの主 催 者 及 びホームページ閲 覧 者 間 のコミュニケーションの場 を提 供 するページが設 けられている場 合 が多 い。掲 示 板 や チャットでは、番 組 の感 想 、登 場 人 物 への想 い、番 組 に関 する疑 問 ・質 問 などが述 15 J.フィスク著 、伊 藤 守 、藤 田 真 文 、常 木 瑛 生 、吉 岡 至 、小 林 直 毅 、高 橋 徹 訳 (1996)『テレビジ ョンカルチャー』(梓 出 版 社 )、126頁 。 16同 書 、pp.187-188

17 Tim Appelo(1999), Ally McBeal the official guide, HarperCollins Publisher.ティム・アペ ロ著/大 城 光 子 訳 (2000)『アリー・my ラブ the official guide』(徳 間 書 店 )

18土 橋 臣 吾(1999)「仮 想 空 間 のテレビ視 聴 者 −オーディエンスの能 動 性 とメディアの消 費 」伊 藤 守 、藤 田 真 文 編 『テレビジョン・ポリフォニー−番 組 ・視 聴 者 分 析 の試 み−』(世 界 思 想 社 ) 19例 えば「ケイジ&フィッシュ法 律 事 務 所 」HP http://ally.otto.to/index.shtml、「Ally McBeal's Page in Tower of A.K」 http://osaka.cool.ne.jp/atsucy/drama/ally/ally.html、「きゅるる亭 」 http://members.tripod.co.jp/qlulu/index.html など。(アクセス 2001 年 12 月 12 日 )

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べられている。従 来 、口 頭 コミュニケーションによってなされてきた内 容 であり、第 三 次 テクストと分 類 されてきたものである。これまで、地 理 的 、時 間 的 な制 約 を受 けていた 内 容 が、掲 示 板 やチャットというメディアを利 用 することによって、そうした制 約 を超 え て存 在 することが可 能 となった。 またファン・サイトでは、掲 示 板 やチャットの他 にも、出 演 者 の紹 介 、登 場 人 物 の紹 介 、エピソードの紹 介 、ドラマの場 面 設 定 の紹 介 などの情 報 提 供 がなされている。こう した情 報 は、第 二 次 テクストに分 類 されてきた内 容 である。既 存 の考 え方 からすると、 ファン・サイト主 催 者 を第 二 次 テクストの発 信 者 と見 るか、第 三 次 テクストの発 信 者 と 見 るか、その境 界 にあたるだろう。インターネットという新 たなメディアの出 現 で、情 報 の発 信 者 と受 信 者 との隔 たりが失 われてきたことの一 つの例 であるといえる。しかし、 あくまでファン・サイト主 催 者 を、第 一 次 テクストである『アリー・my ラブ』を見 て楽しん でいる視 聴 者 と位 置 づけるならば、ファン・サイトは第 三 次 テクストと分 類 することがで きる。 このように考 えると、自 らファン・サイトを立 ち上 げてしまうほどの熱 心 な視 聴 者 は、 従 来 の概 念 を越 えた範 囲 で活 発 に第 三 次 テクストを生 成 しているといえる。そしてそ の内 容 は第 二 次 テクスト方 向 へも進 出 している。また、こうした熱 心 な視 聴 者 を核 にし て、ファン・サイトを訪 れる視 聴 者 も、新 たに第 三 次 テクストを生 成 している。ここに視 聴 者 の能 動 性 を読 み取 ることができる。 3 − 2 オ フ ィ シ ャ ル ・ サ イ ト の 力 しかし、インターネット上 のテレビドラマに関 連 する表 現 は、熱 心 な視 聴 者 のみが生 成 しているわけではない。テレビドラマの送 り手 であるテレビ局 側 による番 組 案 内 ホー ムページ(オフィシャル・サイト)が作 られ、視 聴 者 とテレビ局 、視 聴 者 同 志 のコミュニ ケーションの場 となっている。『アリー・my ラブ』の場合も、FOX のみならず、日本国 内 向 けに、NHK がオフィシャル・サイトを作っている20。コンテンツは主 に番 組 の内 容 紹 介 、放 送 時 間 の紹 介 、登 場 人 物 の紹 介 などで、これ自 体 は、第 二 次 テクストと分 類 できるだろう。だが、このオフィシャル・サイトは単 に第 二 次 テクストに留 まらない方 向 性 を 持 って いる。 第 三 次 テクスト へ の 侵 略 とも 受 け 止 め ら れる 動 き で ある 。たと えば NHK の『アリー・my ラブ』オフィシャル・サイトでは、「メッセージ紹 介 」として「『展 開 編 』第 4シリーズ展 開 大 予 想 」「『なりきり編 』私 の周 りのアリーな体 験 」「『応 援 編 』アリ 20 http://www.nhk.or.jp/kaigai/ally4/(アクセス 2001 年 12 月 12 日 )

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ーがんばれメッセージ」などと題 して、視 聴 者 からのメッセージを公 開 している。公 開 さ れている視 聴 者 のメッセージは、具 体 的 には、「やっぱり、アリーには早 く幸 せになっ て欲 しいです!だから、アリーの結 婚 ですね」21といった感 想 の類 であり、まさに第 三 次 テクスト的 な内 容 である。オフィシャル・サイトが、本 来 発 言 の機 会 を得 ていなかっ た個 々の視 聴 者 に発 表 の機 会 を与 えていると考 えることができる。第 二 次 テクストの 場 に、第 三 次 テクストのための場 を提 供 したという考 え方 である。 その一 方 で、オフィシャル・サイトがテーマを設 定 してメッセージを募 ったその時 点 で、オフィシャル・サイト側 がメッセージの方 向 性 を、規 定 しているとも取 れる。本 来 第 二 次 テクストとは一 定 の距 離 を置 き、ある意 味 自 律 していた第 三 次 テクストが、第 二 次 テクストのコントロールを受 けたと取 ることもできるのである。フィスクは、テレビ視 聴 者 は「支 配 的 イデオロギーを受 け入 れているけれども自 分 たちの置 かれた特 別 の状 況 のニーズに合 うように、それを修 正 したり、変 形 させたりしている」22と、受 け手 の能 動 性 を強 調 しているが、アング23はその考 え方 は、送 り手 と受 け手 の力 関 係 が同 程 度 のものであるという想 定 のもとでされたものであり、これらを取 り巻 くより広 いコンテク ストから切 り離 した楽 観 主 義 的 なものであると批 判 している点 をここで指 摘 したい。ま た、第 二 次 テクストが第 三 次 テクストをコントロールしている方 向 にあるという断 定 的 な 表 現 を避 けるとしても、第 二 次 テクストと第 三 次 テクストの境 界 が非 常 に曖 昧 になって いるという点 については疑 いがない。上 述 したように、第 二 次 テクスト上 に第 三 次 テク ストが掲 載 されているという事 実 に加 えて、リンクという装 置 によって、オフィシャル・サ イトとファン・サイトが結 びついているという事 実 もある。 3 − 3 コ ン テ ン ツ の 限 界 ここまで主 にオフィシャル・サイトとファン・サイトの関 係 など、インターネット・サイトの 制 度 的 な側 面 から考 察 してきた。ここで、コンテンツ自 体 に目 を向 けてみたい。オフィ シャル・サイト、ファン・サイトを問 わず『アリー・my ラブ』関連のサイトで多いコンテンツ は、エピソードガイド、登 場 人 物 の紹 介 、出 演 者 の紹 介 、番 組 に関 する質 問 ・疑 問 な どである。番 組 に関 する質 問 ・疑 問 の中 で多 いものは、番 組 中 に使 われた音 楽 の曲 名 、番 組 中 に出 てきたものの購 入 方 法 などを巡 るものである。たとえば「第 ○シーズン 21 http://www.nhk.or.jp/kaigai/ally4/con005_topix/finalmsg/tenkai1.html(アクセス 2001 年 12 月 12 日 ) 22J.フィスク著 /伊 藤 守 ら訳 (1996)、前 掲 書 、96頁 。

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第 ○話 で、○○さんが歌 っていた曲 は何 でしょうか。CD で聴けるのでしょうか」、「(主 人 公 の)アリーが第 ○話 で着 ていた羊 の模 様 のパジャマは、どうやって買 えるのでしょ うか」、「アリーが第 ○話 で食 べていたアイスクリームの銘 柄 は何 でしょうか。日 本 でも 買 えるのでしょうか」といったものと、それへの回 答 である。こういった内 容 の発 言 は、 確 かに第 三 次 テクストに分 類 されるものであるが、これを能 動 的 な視 聴 者 の活 発 な第 三 次 テクスト生 成 と楽 観 的 に捉 えて良 いものだろうか。むしろ、これらの商 品 がアメリ カから輸 入 されているものだということを考 えると、文 化 帝 国 主 義 的 アプローチからす れば、まさにアメリカ製 文 化 商 品 に曝 されているとさえいえるだろう。 また、視 聴 者 の能 動 性 という観 点 から見 ても、その「積 極 性 」をどのように捉 えるかは 問 題 になるだろう。稲 増 龍 夫 は、早 くも1985 年 に「<送り手>は送り手として、 (中略) 自 分 自 身 が楽 しめる<虚 構>の世界 を構築することに専念し、<受け手>は受け手でメ ディアの裏 側 まで熟 知 し、その虚 構 性 を十 分 認 識 していながらも、それでシラけてし まうのではなく、積 極 的 にその<虚 構 >と戯 れて遊 んでいるのである」24と述 べている。 『アリー・my ラブ』関連サイトのコンテンツにおける視聴 者の「感想」は、まさに「感 想」 の域 であり、それ以 上 のものでもなければ、それ以 下 のものでもない。単 なる「感 想 」 であっても、それはれっきとした第 三 次 テクストであることに間 違 いはない。だが、先 に 挙 げた「やっぱり、アリーには早 く幸 せになって欲 しいです!だから、アリーの結 婚 で すね」という感 想 から、「視 聴 者 の能 動 性 」を引 き出 すことができるだろうか。視 聴 者 は 『アリー・my ラブ』から何 かを能 動 的 に生 み出 そうとしているというよりも、『アリー・my ラブ』という第 一 次 テクストと戯 れていると表 現 する方 が馴 染 むのではないだろうか。 3 − 4 コ ン テ ン ツ の 限 界 を 超 え て しかし、視 聴 者 の能 動 性 を完 全 に否 定 するような結 末 が待 っていると、悲 観 的 にな る必 要 もない。少 数 ではあるが『アリー・my ラブ』関連サイトでも、第三 次テクストが自 律 的 に動 き出 している場 合 がある。たとえば登 場 人 物 が同 性 愛 者 だった場 合 の反 応 について、視 聴 者 が意 見 を交 換 している場 がある。この同 性 愛 者 の恋 愛 がテレビドラ マの展 開 上 どのようになるかだけでなく、「自 分 だったらどのような反 応 をするか」とい った発 言 も見 られる。これは第 一 次 テクストを媒 介 として、第 三 次 テクストが自 律 的 に 作 用 していると捉 えることができる。 24稲 増 龍 夫(1985)「メディア文 化 環 境 における新 しい消 費 者 」星 野 克 美 、岡 本 慶 一 、稲 増 龍 夫 、 紺 野 登 、青 木 貞 茂 『記 号 化 社 会 の消 費 』(ホルト・サウンダース・ジャパン)、198−199頁 。

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ここで最 後 に、文 化 帝 国 主 義 的 アプローチからこれらの状 況 を考 えてみたい。一 言 でいうならば、それは緊 張 状 態 である。確 かに『アリー・my ラブ』は、アメリカ製 テレ ビドラマで、日 本 にアメリカ文 化 を持 ち込 んでいる。しかし視 聴 者 はそれを「戯 れ」てい るにすぎないにせよ、ある種 の能 動 性 を持 っている。しかし、送 り手 側 からのコントロー ルも無 視 できない。そしてその送 り手 からのコントロールともまた違 うところで、視 聴 者 が行 動 を起 こしている場 合 もある。インターネット技 術 の発 達 という、新 たな環 境 とも 複 雑 に絡 み合 って、テレビ番 組 の送 り手 対 受 け手 という単 純 な構 図 を抜 け出 たところ で、緊 張 関 係 が繰 り広 げられているというのが、現 状 であろう。(鈴 木 真 保 )

4 異文化間における文化的共有性の確保と創出

∼日本マンガの東アジア交流∼

東 アジアの各 国 が経 済 面 で相 互 依 存 を高 める中 、日 本 大 衆 文 化 の各 国 への浸 透 はますます加 速 する様 相 を呈 している。ただこうした状 況 は、若 年 層 に顕 著 な傾 向 であり、歴 史 的 ・経 済 的 ・文 化 的 要 因 から批 判 の声 も上 がっている。 近 年 、日 本 のマンガは世 界 で浸 透 しており、世 界 に通 用 するコンテンツなどと言 わ れて久 しい。これまでは欧 米 、とりわけアメリカ中 心 の文 化 発 信 の是 非 が議 論 されて きたが、今 や日 本 大 衆 文 化 の分 野 においては世 界 、中 でも東 アジアに対 しては文 化 発 信 大 国 となりつつある。 本 稿 では、国 際 的 な相 互 理 解 の促 進 を計 る上 で、文 化 的 共 有 性 を確 保 し、さらに は創 出 できるかどうかという観 点 から、日 本 のマンガのアジアへの浸 透 という国 際 コミ ュニケーション的 現 象 を取 り上 げる。特 にここ数 年 は、日 本 のマンガ家 と東 アジアのマ ンガ家 との本 格 的 な交 流 が始 まっている。そうした動 きの中 で、「アジア MANGA サミ ット」を中 心 に検 討 する。 4−1 ア ジア MANGA サミット (1)「マンガジャパン」の創 設と「MANGA サミット」の開催25 1993 年 11 月 15 日、ストーリーマンガ家たち 16 人が表現の自由とマンガ家の著 作 権 を守 り、マンガ文 化 を支 える会 「マンガジャパン(MANGA JAPAN)」を設 立 する と発 表 した。世 話 人 代 表 の石 ノ森 章 太 郎 氏 は、「今 やマンガは文 化 として、マスメディ 25 「マンガジャパン」ウェブサイト(http://www.mangajapan.gr.jp)及 び大 会 パンフレットを参 照 。

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アとして大 きな位 置 を占 めるにいたった」と述 べ、里 中 満 智 子 氏 は、マンガジャパンの 目 指 すものとして、「日 本 のマンガ文 化 を世 界 的 に発 展 させ、マンガ界 の国 際 的 交 流 を図 ること」を挙 げた26。 1994 年 1 月 1 日、マンガジャパンが発足する。そして、準 備に 3 年間 を費やし、 96 年 9月 にマンガ家 自 身 の発 想 と手 作 りによる初 めての国 際 文 化 交 流 事 業 である 「東 アジアMANGA サミット'96」が日 本で開催された。大会 には、中 国 5 名、香 港 15 名 、韓 国 30 名、台湾 13 名、シンガポール 1 名、そして日本 からは約 100 名のマン ガ家 が集 結 し、「MANGA は世界の共通語」とのテーマでパネルディスカッションが行 われた。 サミットの最 後 には、私 たち「MANGA を愛 する人 間 」は、①あらゆる言 語 ・民 族 の 違 いを超 えて理 解 し合 い、MANGA が心 と心 を、愛 を持 って結 びつける、大 きなメデ ィアであることを確 信 する、②東 アジアと日 本 の交 流 の成 果 を踏 まえ、さらなる交 流 の 輪 を呼 びかけ“世 界MANGA サミット”の実現に向けて努力 する等の「MANGA 宣言 」 を採 択 した。 1997 年 9 月 、韓国で第 2 回マンガサミットと言える「'97 アジア漫画大 会」が開催。 9 月 24 日から 4 日間、中国、台 湾 、香港、シンガポール、タイ、フィリピン、インドネシ ア、日 本 と開 催 地 韓 国 から合 計 200 名が参加した。日本からは 17 名の参加であっ た。同 年 7 月に施行された「青少 年保護 法」によるマンガ規制問 題の渦中で、韓 国 の著 名 なマンガ家 の作 品 の一 部 に宗 教 上 の理 由 から不 適 切 な表 現 があるとして、各 種 団 体 から抗 議 を受 け告 訴 されていたこともあり、サミットでの議 論 は活 発 化 した。 「第 3回 アジアマンガサミット」は1999 年 9 月に台湾で開催 された。シンポジウムの テーマは、①マンガ教 育 の普 及 性 と創 作 の方 法 秘 訣 、②文 化 体 系 としてのマンガの 地 位 の建 立 、③マンガと新 メディアの結 合 の発 展 性 と分 かれ議 論 が交 わされた。3 つ のテーマについて、マンガの持 つパワーが巨 大 化 し社 会 的 影 響 力 が強 くなれば、そ のエネルギーをしっかり文 化 として定 着 させるために学 問 的 視 点 が不 可 欠 となり、体 系 的 にマンガを捕 らえねばマンガの文 化 としての正 当 な評 価 は得 られないということ が強 調 された。 2000 年 8 月、「第 4 回世界マンガサミット」が香港で開催 。国際都 市 を標榜する 香 港 サイドの意 向 で初 めて世 界 大 会 と銘 打 たれた。「科 学 技 術 ・メディアミックスとマ ンガの発 展 」を主 要 テーマに掲 げ、インターネット上 の作 品 の無 断 使 用 の問 題 や、海 26『新 聞 展 望 』1993 年 12 月 3 日

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賊 版 出 版 による著 作 権 保 護 の問 題 等 について議 論 が交 わされた。また、講 談 社 、集 英 社 、小 学 館 の日 本 三 大 出 版 社 がパネラーとして参 加 したことが注 目 された。 (2)新たなる「MANGA サミット」の模索27 2001 年 11 月 6 日、「アジア MANGA サミット組 織委員 会」の記者発 表 会が赤坂 プリンスホテルにて行 われた。2002 年 10 月に日本で開催 予定で、「マンガは世界 の 共 通 語 」をキャッチフレーズに、「アジアMANGA サミット日本 大会実 行委 員会」を組 織 し、やなせたかし氏 が日 本 大 会 の議 長 を、ちばてつや氏 が実 行 委 員 長 を務 める。 事 務 局 長 の関 口 シュン氏 によれば、「年 々サミットの規 模 が大 きくなり、ついにアジ ア全 体 の組 織 委 員 会 (オリンピックにおけるIOC のようなもの)を作ろうということにな って、韓 国 ・中 国 ・台 湾 ・香 港 の代 表 が来 日 してプレス発 表 に至 った」。第 2 回大会 以 降 の日 本 のマンガ家 の参 加 が激 減 したことに対 し、「次 大 会 には漫 画 集 団 や漫 画 家 協 会 を始 め、日 本 所 属 やジャンルを問 わず声 をかける。そして、マンガに関 わる五 大 出 版 社 (講 談 社 ・集 英 社 ・小 学 館 ・秋 田 書 店 ・白 泉 社 )およびマンガを出 版 するす べての出 版 社 や各 新 聞 社 、テレビ局 を総 結 集 させたい」と前 例 のない企 画 に意 欲 を みせる。 「これまでのサミットは、国 際 親 善 に根 ざしたシンポジウムとマンガ展 の開 催 であり 親 睦 会 の域 を出 ていない」とし、「ストーリーマンガだけでなくカートゥーンも含 めた日 本 マンガの系 譜 を大 展 示 し、その歴 史 と幅 の広 さを国 内 はもちろん海 外 に認 知 させ たい」という。 また、デジタルツールによってマンガをどう見 せられるか、産 業 とどう結 びついていく かを図 る試 みとして世 界 初 の「デジタルコミック」試 作 版 に取 り組 む。「目 指 すは、ポッ プ音 楽 のような世 界 共 有 文 化 としてのマンガ」。さらに、分 科 会 のテーマを多 数 用 意 し、たとえば国 内 のマンガ出 版 産 業 の懸 案 となっている新 古 書 店 問 題 などは、関 係 者 を一 堂 に会 して「朝 生 」状 態 で議 論 させたいとも語 る。「これまでのサミットをリニュ ーアルして、国 内 外 マンガ界 の実 質 的 な交 流 ・変 革 が図 れるきっかけにすること」を 2002 年のサミットの位 置づけとし、その準備に奔走中である。 4−2 日 中漫画 展 2000 年 8 月、日本と中国のマンガを同時に展示する「日中漫画 展」が、作家の石 川 好 氏 が会 長 を務 めアジア諸 国 との交 流 促 進 を目 的 に発 足 した「日 本 アジア漫 画 27関 口 シュン氏 へのインタビュー(2001 年 月 日 )をもとに構 成

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交 流 協 会 」と、中 国 の「人 民 日 報 社 」との共 催 で、中 国 ・北 京 で開 催 された。 マンガが新 しい文 化 交 流 の柱 となると考 え、「日 中 漫 画 友 好 ツアー」を自 ら結 団 し た団 長 の石 川 氏 は、「中 国 共 産 党 の機 関 紙 が漫 画 交 流 に賛 同 したのは画 期 的 なこ と」28という。 このツアーには、ちばてつや氏 や松 本 零 士 氏 など、日 本 のマンガ家 15 人が参加 し、彼 らは現 地 でマンガ実 演 会 をしたり、サインや記 念 撮 影 を求 められるなどして、行 く先 々で黒 山 の人 だかりができたという。 マンガジャパンのウェブサイトには「日 中 漫 画 交 流 展 とは」と題 して「日 本 と中 国 両 国 の歴 史 や文 化 、また両 国 間 における問 題 を漫 画 を通 じて互 いに理 解 し、友 好 親 善 を深 め、将 来 の出 版 ・映 像 業 務 を日 中 の著 作 漫 画 で作 り上 げる事 を目 的 とした民 間 外 交 」であると紹 介 されている。 「漫 画 友 好 ツアー」には、政 治 家 や企 業 の代 表 およびマスコミ関 係 者 を含 め、総 勢100 名を超すメンバーが訪中した。また、中国の老舗 出 版社である華宝斎 書社 は 人 民 日 報 出 版 社 との共 同 編 集 で「華 宝 斎 中 日 漫 画 展 書 冊 」を豪 華 装 丁 本 で出 版 した。こうした漫 画 展 の開 催 および画 集 の発 行 は画 期 的 なことであり、中 国 側 が日 本 のマンガを文 化 として本 格 的 に認 知 し始 めた表 れと見 て取 れる。日 中 国 交 正 常 化 30 周年を記 念して 2002 年に日中 両国で開催 される記念 事業の一 環 として、「日 中 漫 画 展 」の日 本 開 催 を予 定 するなど、マンガを基 軸 にして今 後 展 開 される日 中 文 化 交 流 の進 展 が期 待 される。 4−3 『 コミッ クバ ンチ』 の創 刊 2001 年 5 月 15 日、マンガ週刊誌『コミックバンチ』が新潮 社から創刊 され、日韓で 同 じ 作 品 を 翻 訳 して 掲 載 すると いう ことで 話 題 を呼 ん だ。 日 本 のマ ン ガの「 海 外 進 出 」は目 立 つが、逆 に外 国 のマンガを受 け入 れることはほとんどなかった。「アジアの 相 互 交 流 で、漫 画 の幅 を広 げたい」29という編 集 長 の堀 江 信 彦 氏 (『週 刊 少 年 ジャン プ』で 650 万部を誇った元編集長 )の下、韓 国 で 250 万部 を売り上げたヒット作「熱 血 江 湖 」の隔 週 連 載 が第4 号から始まったが、12 月現 在 第 13 話で終了し、後 は単 行 本 化 されるらしい。編 集 部 の鳥 飼 拓 志 氏 によれば、「読 者 アンケートの結 果 は、スト ーリーものとしては最 下 位 」ということで、日 本 の読 者 にはあまり受 けなかったようであ 28石 川 好 、日 下 公 人 「日 本 漫 画 が世 界 を変 える」『Voice』2000 年 11 月 号 。 29 『朝 日 新 聞 』2001 年 5 月 15 日 。

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