1 選挙前 との比較 選挙前 との比較 CDU/CSU 選挙前の与党 246 ▲ 63 33.0 ▲ 8.5 309 41.5 SPD 選挙前の与党 153 ▲ 40 20.5 ▲ 5.2 193 25.7 AfD 94 94 12.6 7.9 0 4.7 FDP 80 80 10.7 5.9 0 4.8 左翼党 69 5 9.2 0.6 64 8.6 同盟90/緑の党 67 4 8.9 0.5 63 8.4 合計 709 79 630 (注)選挙結果は日本時間9/25の13時時点における暫定値。得票率は比例票ベース(選挙前の得票率は2013年総選挙の結果)。 (資料) Der Bundestagwahlleiterより、みずほ総合研究所作成 選挙前 選挙結果 得票率(%) 議席数 得票率(%) 議席数
ドイツ総選挙ではCDUが辛勝
今後の連立交渉は難航する公算大
○ 9月24日の総選挙では、メルケル首相率いる与党CDUが比較第1党となったが、同党の議席数は選 挙前より減少した。一方、反EU・移民を主張する極右政党AfDが躍進し初めて議席を獲得した。 ○ CDUとSPDとの合計得票率は過去最低を更新し、二大政党の凋落傾向が改めて示された。特に SPDは大連立政権の中で存在感を失い、戦後最低の得票率となった。 ○ 今のところSPDは下野する意向を示しており、CDUは、FDPと同盟90/緑の党との連立を模 索するとみられる。連立交渉は紆余曲折が予想され、交渉決着に数カ月間を要する可能性がある。1.総選挙ではメルケル首相率いる与党CDUが辛勝
9月24日に実施されたドイツ連邦議会選では、メルケル首相率いる中道右派のCDU(キリスト教民 主同盟)が、246議席(議席総数は709。議席・得票率とも日本時間9月25日13時時点の暫定値。以下同様) を獲得して比較第1党となったが(図表1)1、選挙前(309議席)より議席を減らした。メルケル首相は「有 権者より次期政権の組閣を委任された」としながらも「更に良い結果を望んでいた」と述べた。これ まで与党CDUと共に大連立政権を構成していた中道左派のSPD(社会民主党)は153議席と、CDU 同様、選挙前(193議席)より議席を減らした。シュルツ党首は「辛い日である」と述べ、敗北を認めた。 CDUとSPDの二大政党以外では、EU(欧州連合)からの離脱を主張する極右政党AfD(ドイツ のための選択肢)が94議席と、2013年の結党以来、初めて連邦議会に議席を得て第3党に躍進した。中 道右派で企業寄りのFDP(自由民主党)は4年ぶりに復活を果たし、80議席を獲得した。左翼党は69 議席、同盟90/緑の党は67議席となった。以上の結果、6政党が連邦議会に議席を得ることがほぼ確実 となった。6党体制は、戦後の混乱期を除けば、ドイツで初めてのことである2。 図表1 2017年ドイツ連邦議会選の結果(暫定値) 欧米調査部主任エコノミスト 松本惇 03-3591-1199 [email protected]欧 州
2017 年 9 月 25 日みずほインサイト
2 31 45 50 45 48 46 45 49 45 49 44 44 41 35 39 35 34 42 33 29 29 32 36 39 43 46 43 43 38 37 34 36 41 39 34 23 26 21 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 1949 53 57 61 65 69 72 76 80 83 87 90 94 98 2002 05 09 13 17 SPD CDU/CSU (得票率、%) (年) (資料) Der Bundeswahlleiterより、みずほ総合研究所作成。2017年は暫定値
2.二大政党の得票率は低下
CDUとSPDの二大政党の合計得票率は、1980年代より低下傾向にあった。今回の総選挙では、 二大政党の合計得票率が過去最低を更新した。特にSPDの凋落が鮮明である。 (1)二大政党の凋落傾向が継続 CDUとSPDの得票率は各々およそ30%、20%であり、少数政党の得票率(10%程度)との差は大 きい。しかし時系列でみれば、二大政党の得票率は1980年代から低下傾向にある(図表2)。二大政党が 揃って下野したフランスほど極端な状況にはないものの、CDUとSPDの合計得票率は今回の総選 挙で過去最低を更新しており、二大政党が凋落傾向にあることが改めて示された。 凋落の背景に関しては様々な見方があり、二大政党の伝統的な支持基盤の存在感が低下したこと、 二大政党が接近して政策面の違いが見えにくくなったことなどが挙げられている3。具体的には、前者 は、CDUが依拠するキリスト教の信者数が減少したこと、SPDの基盤である労働組合の組合員数 が減少したことである。後者は、右派であるCDUの左傾化、左派であるSPDの右傾化により、両 党の政策に大きな違いがみられなくなったとことである。 (2)CDUが辛勝した理由 選挙前と比べて議席を減らしたものの、CDUが比較第1党の座を守った理由は2つある。 第1に、国民がCDUの政策に概ね満足していたことだ。失業率が歴史的低位にあるなど景気が好調 なドイツでは、経済・社会保障政策に対する国民の満足度が高い。国民の最大の関心事である移民・ 難民問題については、2016年夏にかけ、難民受け入れに積極的な政府方針が批判の的となったが、そ の後、批判は鳴りを潜めた。CDUが、トルコに難民受け入れを肩代わりさせるなど難民流入を抑制 する方針に転換し、欧州に流入する難民が激減したからだ。 第2に党首であるメルケル首相個人の評価だ。メルケル首相は「母さん(Mutti)」の愛称で呼ばれる など国民から人気があり、また、その政権運営能力が高く評価されている。次期政権が対応すべき課 題が多い中、政権の安定性という点でメルケル首相が選好されたのだろう。 (3)SPDの得票率は戦後最低に SPDの得票率(20.5%、比例票ベース)は戦後最低(2009年:23.0%)を更新した。歴史的な敗北の背 景には、大連立政権の中でSPDが存在感を失ったことが挙げられる。 図表2 戦後ドイツにおける二大政党の得票率(比例票ベース)3
SPDは、CDUと大連立政権を構成する与党であったため、選挙戦において厳しい政権批判を控 えざるを得なかった4。SPDは選挙公約のタイトルを「更なる公正が求められる時代:将来の保障、
欧州の強化(Es ist Zeit für mehr Gerechtigkeit: Zukunft sichern, Europa stärken)」として社会 公正と欧州統合に焦点を定め、CDUとの差別化を図ろうとした。具体的には、SPDは減税や住宅 問題への対応などを主張したが、その後CDUがほぼ同じ内容を選挙公約に盛り込んだため、SPD の主張の目新しさは失われた。失業率が歴史的な低水準にあるドイツでは、社会公正を強化する必要 性への共感が生まれにくかったとの指摘もある。唯一、差別化が図れたのは欧州統合のロードマップ で、CDUが財政移転の禁止や漸進的な欧州統合を主張したのに対し、SPDは財政移転を含む野心 的な統合を打ち出した。しかし、財政移転に繋がり得る野心的な欧州統合に有権者が消極的であった ため、SPDの主張は響かなかった。
3.AfDとFDPが躍進、戦後初の 6 党体制に
総選挙を経てAfDとFDPが新たに議席を得たため、合計6政党が連邦議会に議席を有することに なった。6党体制は、戦後の混乱期を除けば、ドイツで初めてのことである。 (1)AfDは連邦議会で初の議席獲得。第3党に躍進 今回の総選挙における真の勝者はAfDと言える。AfDは、単一通貨ユーロに反対する経済学者 を中心として2013年に創設されたが、2015年の党内抗争後に反移民・反イスラムの主張が増え、右傾 化を強めた。一部党員によるナチス関連の発言が批判されて選挙前に支持を落としたものの、AfD は連邦議会に初めて議席を獲得して第3党に躍進した。支持者による党名の連呼が止まない選挙後の集 会で、AfDの首相候補であるガウラント氏は「我々は、メルケルであろうと他の誰であろうと打ち 負かし、この国を取り戻す」と宣言し、更なる支持拡大を目指すと主張した。 議席を得たとは言え、AfDが主張するドイツのユーロ圏(またはEU)からの離脱を問う国民投票 が実施される可能性はほぼゼロである。いずれの政党もAfDとの連携を拒否しているほか、AfD との協力が無くとも連立政権の樹立は十分可能であり、AfDが政権入りすることはないと考えられ る。しかしドイツ国内では、極右であるAfDへの警戒感は極めて強い。選挙後、「ドイツの過去の 亡霊が蘇った」と報道されたり、AfDの抗議デモが実施されたりしている。 (2)FDPは復活 2013年の総選挙においてFDPは議席を失ったが、今回の総選挙で議席を取り戻した。2013年まで の4年間、FDPはCDUと連立政権を構成していたが、その間にFDPが何一つ公約を実現出来なか ったこと、選挙戦で減税に主張の焦点を絞り過ぎたことなどが、2013年の敗北理由とされてきた5。 今回の選挙戦では、リントナー党首は軌道修正を図り、様々な分野において主張を曖昧にすること で、幅広い層から支持を得ようとした。例えば、リントナー党首は、移民・難民問題について、難民 は戦争が終われば帰国すべきだが、移民は法改正により労働力として受け入れ易くされるべきと発言 したり、欧州政策に関して、仏マクロン大統領を支持する一方で同大統領が掲げる野心的なユーロ圏 改革に警戒を示したりと、明確な主張を控えた6。この戦術は奏功し、FDPの復活に繋がったと考え られる。4 総選挙の年 比較第1党 連立相手 1949 CDU/CSU FDP、ドイツ党 32 ☆ 53 CDU/CSU FDP、ドイツ党、GB/BHE 33 ☆ 57 CDU/CSU ドイツ党 37 61 CDU/CSU FDP 51 ☆ 65 CDU/CSU FDP 31 ☆ 69 SPD FDP 23 72 SPD FDP 25 76 SPD FDP 73 80 SPD FDP 31 83 CDU/CSU FDP 23 ☆ 87 CDU/CSU FDP 45 ☆ 90 CDU/CSU FDP 46 ☆ 94 CDU/CSU FDP 30 ☆ 98 SPD 同盟90/緑の党 30 2002 SPD 同盟90/緑の党 30 05 CDU/CSU SPD 65 ● 09 CDU/CSU FDP 31 ☆ 13 CDU/CSU SPD 86 ● (資料)和田、宮畑(2016)より、みずほ総合研究所作成 内閣発足までの 日数平均 大連立の場合(●) CDU/CSUとFDPの場合(☆) 選挙~内閣発足 までの日数 76 36
4.今後の連立交渉は長引く公算大
CDU単独では過半議席に届かないことから、同党は連立相手を探す必要がある。SPDが下野す る方針を示しており、大連立政権の継続は見込み難い。現時点では、CDU、FDP、同盟90/緑の党 による3党連立が模索される可能性が高い。 選挙前、連立枠組みとしては、①CDUとSPDによる大連立の継続、②CDUとFDPによる中 道右派の連立、③CDU、FDP、同盟90/緑の党による3党連立の3つが想定されていた。①に関して は、有権者の多くが望んでいたものの、選挙後のSPD関係者の発言を踏まえると、SPD側が連立 交渉に応じないと思われる。大連立の中で存在感を失ったことが敗北に繋がったとの認識から、シュ ルツ党首は「ドイツに必要なのは左派と右派との明確な区別であり、我々は野党に戻る」と述べた7。 ②については、CDUとFDPの主張が近しく、戦後の連立交渉が平均して1カ月程度でまとまって きたという経緯があり、連立交渉が最も円滑に進むと考えられていた(図表3)。しかし、今回の総選挙 の結果を踏まえると、CDUとFDPだけでは過半議席には届かない。 ③に関しては、国政レベルで実現したことの無い組合せだ。環境政策、住宅政策や欧州政策などに おいて、FDPと同盟90/緑の党の意見は大きく異なり、選挙前、当事者からは3党連立に慎重な意見 が聞かれた。同盟90/緑の党は、政権樹立に協力する見返りを求める可能性がある。連立交渉は紆余曲 折が予想され、大連立交渉(戦後の平均は2カ月程度)よりも時間を要する可能性がある。 本稿執筆時点では連立交渉は開始されていない。新政権の誕生までは、今後、数カ月の時間がかか る可能性がある。 図表3 戦後ドイツの連立交渉の期間5 ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに 基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 (参考文献) 中村登志哉(2014) 「リベラル派の退潮と反ユーロ新党の急伸:2013 年ドイツ連邦議会選挙結果の分析」 (名古屋大学大学院国際言語文化研究科『メディアと社会』、v.6、pp.1~13) 丸本友哉(2011)「2009 年ドイツ連邦議会選挙と政党システムの変容」(国立国会図書館調査及び立法 考査局『レファレンス』、724 号) 森井裕一(2008)「現代ドイツの外交と政治」(信山社出版株式会社) 和田絢子、宮畑建志(2016)「欧米 10 か国の歴代政権及び政権政党」(国立国会図書館調査及び立法考 査局『レファレンス』、788 号)
Financial Times(2017) “Germany's political kingmakers see chance of power”, 15th September
1 本稿では特筆しない限り、CDUは、CDUとCSUの合計を指す。CSU(キリスト教社会同盟)は、バイエルン州のみを基 盤とする地域政党であり、連邦議会や選挙においてCDUと連携してきた。なお、選挙前と選挙後で議席総数が異なるため、議 席の単純比較が必ずしも望ましくない点に留意する必要がある。 2 戦後ドイツでは、少数政党の乱立を防ぐための「阻止条項」が設けられる前の 1949 年総選挙では合計 10 政党が議席を獲得し、 戦後の政治混乱期にあった 1953 年の総選挙では合計 6 政党が議席を得た。しかし、1960 年台から 1980 年台までは合計 3 政党ま たは 4 政党のみが連邦議会に議席を有していた。森井(2008)は「戦後の混乱期を経て政治が安定した一九五〇年代の末から一九 八三年に緑の党が国政に登場するまでは、連邦議会には三つの会派しかなかった」と述べる。東西ドイツ統一後、東ドイツを基 盤とする左翼党(正確には現在の左翼党の前身である民主社会党)が連邦議会に参加することになり、合計 5 政党体制となった。 3 二大政党の凋落の背景として、丸本(2011)はドイツ政治学者の論文を引用した上で、二大政党を支え続けてきた伝統的な「信 念共同体」が崩壊の局面を迎え、重要性を大きく低下させたことなどを挙げている。即ち、CDUが依拠するキリスト教は信者 数を減らし、SPDの基盤組織である労働組合の組合員数が減少し続ける中、これら信念共同体が信者や組合員の投票行動に与 える影響力が弱まっているとされる。 4 例えば、本来なら二大政党の党首が政策論を激突させ、決闘(Duell)と形容されるはずのテレビ討論会は、白熱とは程遠く、デ ュエット(Duett)だったと報道された。 5 FDPの敗北理由について、中村(2014)は、現地の報道を踏まえて「(FDPは)2009 年の総選挙では 14.6%の得票率を得て勝 利しながら、その際の減税公約をメルケル首相の連立政権下で実現できないままに今回の総選挙を迎え、その公約違反に対する 厳しい批判を招いた」と指摘している。また中村は、FDP名誉党首のゲンシャー氏の「党が取り組むべきテーマを減税という 狭い範囲に絞ったことが敗因である」との発言を紹介している。 6 Financial Times(2017) 7 なお、SPDが野党にならなければ、AfDが野党第 1 党になって国政へ強く関与することになるため、それに対するSPD の危機感もあったとの見方もある。例えば、ドイツでは伝統的に予算委員会の委員長が野党第 1 党から選出される。