パ
ネ
ル
デ
ィ ス
カ
ッシ
ョン
Panel
Discussion
〈長田〉短い 時 間で は あ りますが
、
実り多いディス カッションが できる よう願っ ております。
モ デレー
ター
の特権
で論点 を少し絞 り込 ませてい た だき、
そ れに即し てお話いた だ け れ ば と思います。
今お 話い ただい た、 後半の お二 人 の お話は、
直 接 具 体 的にデ ザイン に関わった議 論で し た。
そこ で、
こ のお二 人の お 話に関 わっ て、
前 半に 言 わ ば より大 きな 枠 組みの 議論 を 展 開 し ていた だいた 四 方にコ メン トを 返 して いた だき、
そ れ を踏ま えてさらに参 加 され た 皆 さんが 比較 的 自 由な 立場 か ら特 に 強調され たい ことを お 話い た だく、
という流 れで進 めさせ て いた だけれ ば と考 えています。
もう少 し具体 的に してお き ま しょう。 臼井さん か ら東 京 都の 産 業 及びデ ザイン施 策 を 大変 具 体 的かつ 詳 細にご 紹介い ただ き ましたが、 産業 振 興に力 点 を置い たある意 味でオー
ソドックスとも言え るその デ ザイン施策 展 開を、
加藤 さん は どの ように ご覧 にな りますか。
加 藤 さんは、
ア サヒビー
ル やあ るい は横 浜で展 開 され て きた お立場 か ら、 美術 ・
文化を オー
デ ィ エ ン ス、
聴 衆、
あ るい は観 衆に向 けて提 供 するだ けで はなくて、
一
般の 市民達が美 術 館の 企画 に も関わっ て い く、
またその 開かれ た美 術の 営み が ま ちづくりや さま ざま な 文化資
源の掘り起 しな どにもつ ながっ てい く、
そ のような 新 た な文 化 状 況 が 生ま れ て き ている と語 られ て い た わ け で す が、
この 加藤
さんのご見地 か ら東 京 都の デ ザ イン施策・
文 化 施 策 をどの ように ご覧になるの か、
大 変 私は興 味深 く思っ てい るところです。 そ して続い て、
個
々 の 具体的 なデ ザイン 課 題に具 体 的 な 解 決 を与えら れ た 事 例 をい くつ もご紹 介い ただ きなが ら森 田さん にご 提 示い ただい たパ ブ リックデ ザイン の課 題、
これ に 対 し て吉見さん は どの ように考
え られ るか伺え るでしょうか。
例え ば浅 草 や 迷 路のような 都 市の意 義 を語られ、
そ し て何よりも住民の 参画の 重 要 性 を 語 られ ま した が、 その 吉 見さんの ご見地 か ら、
森閏さんの こ議 論 や、
あるい は先ほどの 臼井さんの デ ザイン施 策にっ い て、
吉 見 さ んが関 わ られ ている東 京下北沢の 事例 を 手短に紹介
し てい た だい たうえでコ メントいた だけますでしょうか。
次 に、
池田さんには、
自 らプロデュー
ス した り制 作した り する お 立 場 と北 仲とい うアー
ト、
デザ イン、
建築の言わ ば発 信基 地のような 北 仲のオー
ガナ イザー
の お 立 場 を も踏
まえな が ら、 や は り臼井さん・
森田さんのお話にど の ようにお考えに成 られたか、
伺 えますで しょうか。
そ し て、
最 後に、 笠原さん はフェ ミニ ズ ムに 立脚した刺 激 的で高く評価され た 展覧
会をい くつ も企 画 されてこられ た キュ レー
ター
でもあ られるわ けです が、
も し可能 なら ば、都
市の 中の いわゆるマ イノリティが どのように その 都 市のクリエ イテ ィビ テ ィ に関 わりうるかという角 度か らの こ議 論を伺 え ない で しょうか。
大変 僭 越 なが ら強 引に議 論の方 向性 を提示させ てい た だい て しまいま し た が、最
後にこの議 論方向に関わ り な くお一
人 ずつ それ ぞ れ 強 調 されたい点ご 発 言 をい た だくということでお 許しい ただ きたい と思い ます。 そ れで は加 藤 さん か らい か がでしょうか ? 〈加藤
〉 都の進めてお られることに特に異 論 が あるわけで は ない ので す が、横
浜の 事 例 と比較した場 合、
進 め 方、
多少系 統が違 うか なとい う印 象です。
横 浜 も個 性 的 な 市 長 なんだけ れ ども、
都は何と言っ ても 知 事 が非 常に 個 性 的 な 方です か ら、
その 個 性である程 度ビジョンが つ くれるというとこ ろもあろうか と思い ます。
両者ともなか なかの 辣 腕 家ですし。
横浜の 都 市 政 策、都
市 デ ザインに
、
もしうまくいっ てい る点、
あるい は うま くい く可能 性があ るとした らい くつ か特色 が あるの は事 実で、
一
つ は民 間からの 政 策 提 案を真 剣に受けと め てい る ところ だ と思い ます、
我々 の 提案してい ることを 大 変虚心によ く聞い て下さるの です。
そ もそ も委 員 会 開 催か らし て、
私は最 初から注文 をっ け ま した。 その 委員 会が行政の プランニ ング した 内容の 追 認 機 関にす ぎないな らそのよ うな委 員 会に所 属した くない、
我々 が虚心 に 提案
した もの を真面 目 に受け取っ て実現 する気が あるの なら委 員 会で提案をしたいというこ とを 申し 上げたの です。 そ の 通り提 案し て、
そ れ を きちん と聞い てくだ さるの です。
つ ま り民の 活力 を 」’
寧に拾い トげてい る点がひ とつ あ ろうかと思います ね。
二番目 に指 摘で き ることは、
立案
した 政策
の 遂行に あ たっ て は、
多 くの 専 門 家 を連 れて きてディ レクター
として 登用 する。
そ れ が充分
機 能 する ところ ま でい たっ てい るか どうか は ともあれ、
少な くとも 既に何 人か の 専 門 家 をディレクター
として迎 え入 れ てい ます。 迎え入 れ る形 態 は、
雇用、
契約、
または委 嘱と い ろい ろ あ りますが。
そ のディレク ター
の 中にはデ ザイ ン的セン スをもっ た人 もい る。
その 最た る方が 池 田さん で す。
池 田 さん と我々 の 間に は雇 用 関 係は何 もない け れども、
ひとつ のプロジェ クトをこの 人 に任
せ てい ますu 最 初か ら池 田 さん に 託 そうと話した わけでは なく、
応 募 者の 中から選 考した 結 果で はあります が、
結果的に で はあ れ、
あるディレク ター
をあるポ ジション に据え るとい うことを通し て、
我々 はビジョンを 明 確 化 していっ た とい うことはでき る だ ろうと思います。
三つ 目は、
最 先 端で 最 も優 れた質 的に高いものを市民協 働で や っ てい くの だ が、
先ほ ど森
田 さん が紹介
され た幾っ かの事 例は そ ういうものだ と思 うの ですが、
そ うい うのを進め市民と協 働 する際に 生じるやっ かい な問 題 は、
森田 さん も おっ し ゃっ てお られ た け れ ど も、
放置してお くと 「こ こに何 か 黒 田藩
の 紋 所をつ けろや」 という話になった り、
ある いは 「うちは桃 太 郎が昔からあるからミュー
ジ カル 桃 太 郎 物語をつ くろ うや」 とこうい う提案
が出てくることです。
その ような 時、
コー
ディネー
ト役が非 常に重 要です。
双 方の意見を聞きなが ら、
しか し今の 時 代 に 本 当 に 必要 とされてい ることかどうかとい うことをコー
デ ィネー
トし て い く係が大 事な んです。
コー
ディネー
ター
をい か に たく さん見 出し てつ けてい くの かとい う点で の政 策の 在りよう が、 比較 的うまくい っ てい る か な と思い ます。横
浜の 事 例が 可能 性 を秘 めて いるとするとそういう点 だろうと思い ます。 したがっ て都もうまくい くとした ら、 そうい う点 を あ る程 度お考えになるとい いの で はない かという気がした とい うことです。
(長田〉 あ りがとうござい ま す。 臼 井さん、 加藤
さん0)東京都 へ 提言いか がですか。
反論な り付言される ことでも。
〈臼 井〉 特に反 論というの はあ りません。
横 浜 市 さん は地 道に い ろい ろ や られ て る な あ と感心 した次第
で あ ります。 東 京都は 組織が非常に 大 きい とい うことで、
なかなか小 回 りが きかない とい うか、
ひとつ の ことを 決 めるの も結 構 長 い 時 間がか か ります。
先ほども民の 意見をきちんと聞か ない と委 員会の 意 味が ない とい うことでご発 言 あ りま した け れども、
実 際 そういう審 議 会とか開い ても、
官主導で アリバ イ づ くり的に使 われ て きた 面 がすご く長い 間 あ りま して、最
近、 石原 都 政に なっ てあ ま りそうい うもの は使 わずに、
ど ち らか と言 うとトップダ ウン で いきなりやるとい う行 政スタイル になっ てき まし た。 はっ き り言 えばあ あい うアリバ イづくり的 なもの は、
私 は あ ま り好 きで はな かっ た。
た だ トップ ダウン で行 政マ ンがアイデアを 出し て、
どこまでそ れを煮 詰め てい け るか。
非 常に 限 界 がある。
民間の 優れ た能力 をもっ た 方 をい かに活用できる か と い うの は、
今 後、
東 京 都の課題になっ てくるの ではな い か。
そ うい う意 味で横浜さんの やり方は す ご く勉強 に な ります し、
我々 も謙虚に受 け11tめていき たい と考えてお ります
。
〈長田〉 ありがとうございます。
それでは先ほどお願い しました 流れで、 次に吉見 さん か ら…
。 〈吉見〉 あの一
、
池田 さんの話 面 白かった んですよね。
池閏 さん の話 聞 きながら、
僕は思い 出し て いたん です けれ ども、20
年以 上前、80
年 代 初め な んですけ ど、横
浜 に ボー
トシアター
っ てい う劇 団が あ りま して、 だ る ま船の 船倉
を使っ て仮面劇をやる遠 藤 啄 郎とい う演 出 家がい ま して、
私 は その ボー
トシア ター
の劇 団 員 だっ たことが あ ります。
何 年 間か、遠藤
さんの、
演 出家
の助手 を やっ て芝 居 をつ くっ て いたん です ね。
木 造 船の船 倉に、
ガ ムラン とい うイン ドネシアの 楽器 を 入 れ て、
仮面 をこう…
やってくんですよ。 稽 古 場と劇 場は一
緒に な んですけ ど、
船の船 倉っ て いう空 間が、
劇 場とし てもとっ ても魅 力 的 だっ た。 同 時 に 不 川 町の運 河 の 上に船が浮い て まし て 雨の 日な んか浮浪者の 人 らが ちょっ と泊めて くれっ て来 たりしたんだけれ ども 時々、
水が.
.
ヒがっ て くると運 河 を 動 くことが 出 来 るん です。 そ うする と面 白 い の は、
横 浜のあの 辺 の運 河の 側か ら見 ると、
セミラ ティスっ てい うか、
ネットワー
ク上 にい ろいろな空 間がっ な がっ てい るとい う感 じが して くる ん で す よ。 何 でこんな 話から始めて い る かとい うと、
池田さんの お話で運営
の 面白 さももちろんあるのだけれども、
同 時に、
あ れだけ の 人達 やアー
ティス トが集
まっ て くるく 場 所の 力 〉とい うのがあるの ではないか という気がするの です。
横 浜の 場 合、
横浜駅 周辺 は 「無 味乾 燥」 な巨人 なビルが ボ ンボン建っ て一
見非 常に 近代 都 市 的に 見 え るけれども、
み な とみらい の 運 河 が あ る 辺 りの 空問性 に は、
あ る場 所の力 を感じるん です ね。
そし てその場 所の力 を、
池 田さん 加藤
さんの ご 裁 量の 中で、
デ ザインが非常
に よく 引 き出し てい るので ない か という気がしたの です。
それ はかつ て あの 辺 りの 運 河の だ る ま船
に 乗 りながら見 た自 分の 記 憶と重 なっ てくるところ が あるの ですね。横
浜の 揚 合に は 運河 と切り離しがたい 形で存 在 する そうい う場 所の 力 というの は、
東京の 中に もい ろい ろ な 形でい くつ もあります。
私が先ほどちょっ と話しか けて時 間がなくて最
後の方や め て しまっ たことの 続き に な りま す が、
下 北 沢とい う街。
こ の下北 沢 も間 違い なく場 所の力 を感じさ せ る 地域
で す。 かつ ての 微地 形 が発展 してい っ て、 巨 大 な 都 市計 画が今 まで入れ なかっ た ということが、
逆に その 場 所の 力 を 発 生させ てい るん です。 その 場 所の カ を借りな が ら、
実は こ の7
月に私 も中心 的に関わっ て、
後は明 治 大 学の 小 林正美 さんとか、
私の ところの 学生 で、
スイス人で ア メリカの コ ロン ビアでアー
バン・
デ ザ インをやっ てきた者、
その 辺 が 緒 になっ て、
アー
バ ン・
タイフー
ンとい う試み を やっ た。
下北沢 地域の オル タナ ティブ な都 市計 画 を、 みんなで考
え よ うということを、 ほとん ど お 金 なし で やっ た んです。
匿界的に著名 な建 築 家 や デ ザイ ナー、
池出さんの プロジェ クトに関わっ て い る何 人 かの アー
キ テ ク ト達も含
め、
口本70
名、
東ア ジア27
名、
さ らにヨー
ロッパやア メリカ な ど世 界 中か ら130
人 ぐ らい 集ま り、13
の チー
ムを15
人 ぐ らい ずつ っ くっ てやっ てい きま した。 これ は、
先ほ ど少 しお話した、 世田谷 区、
東 京 都に おい て今進 め られてい る54
号 線 とい う、 下北沢 の この魅
力、
まさに 場 所 の 力を ぶち 壊 しに す る ようなひどい道 路 計画 に 対 す るオル タナ ティブ とい うことで、
世 界 的 なデザ イナー
、
アー
キテク トが参 加し て起こした プロジェ ク トなの です。
今 映 像が出てま すが、
路上でパ フォー
マ ンスをやっ た り、
ニ ュー
ヨー
ク の建 築 家 達が オル タナテ ィブな デ ザ インプ ランを立てた り、 日本 とヨー
ロ ッ パ、
学生 と専門家
が一
緒になっ てやっ た り、
下 北 沢の 街 を 記 録 す るビデオ作品 をつ くっ てい っ た り、
とい うことが13
のチー
ム で行わ れて いった わ けで す。
こうい うことを 可能にさせ た ところ にこ の街の場 所の 力みたいなもの が あ るのですね。
こういう、
街のもつ 場所の カ とい うの は な ん なの か ? 逆に言えぱ 今
、
私 達 の社 会の 中で は一一
これ は 行 政の 方に あ えて言い た い の です が一一
、
デ ザ イン の名 前 を借りながら、
こうし た場 所の 力 をぶち壊し にする ような 政策が、 無 自覚に 行わ れてい るとい うことが あ るとい う風に私は感じ て いま す。
そ れは、
東 京 都の 場 合も 下北沢なん か 典型 的な ケー
ス で しょうし、
下北沢の ケー
スだ けでな くて、
日本 の い ろい ろな ところで、
新しい 資 源の 活 用、
あるい は経 営 努 力 といっ た 美 名の 下 に一一
も ち ろ ん経営
的 に成り 立つ ことは 極 めて重要ですが こうした場 所のカ とデ ザインをきちんと結びつ け てい く作 業が な され ない ま ま、 名 前だけ、
言葉
だ け が 上っ 面で使われて、
無 味 乾 燥 な事 業が推進 されるとい うそういう行 政 的 な 事 態に対し て、
私は怒りを感じ てい ます。
こうい っ た 問 題はデ ザイ ン 学 会の 問 題 としてももっ と議 論されてもい い の ではな いか という風にあ えて申しE
げたい と思い ます。 〈長 閏〉 あ りが とうご ざい ます。
今、
挙 げ られ た 下北沢の ような 問 題は、
建 築や 社 会 学の 領域
ではい ろいろ な形で 論 じられてい ますが、
デ ザイン学の領 域がこ のような 問 題 にどう関 わっ て いくの か、
とい うの は非 常に 重 要 な問題 だろ うと思い ます。 例 え ば、
森田さん が お仕 事 をされる ような場 合、
今 吉 見さんが提 起 された問 題 など は どの よ うに位 置づけら れ てい ますか。
(森田 〉 とても重 要 な 投 げ 掛け です。
私 もデ ザイン の一
端 を 担っ てい る 人間として、
常に感じてお りました。
その 際 私が特に感じるの は、
都 市 計 画、
建 築、
とデ ザイン に もい ろい ろな 分野 が あ りますが、
その教
育 体制 が縦 割で進 め られて いる という大 きな課 題が あ る ということで す。
先ほ どの アー
バ ン・
タ イフー
ン のプロジェ クトの よう に、
デ ザ イン ひとつ 切り取っ て み てもそこ に は いろいろ なジャ ン ル の 人達 が 相互 に か かわっ て くる。
例 え ばそこ に演劇 も美 術.
もと、
い ろい ろ な分 野の 方た ち とクリエ イ テ ィブ な活 動をした時に こそ、
都 市に何が 必要か とい う ことが 読み 取 れ る はず なんですけ れ ど も、
い か ん せ ん 都 市 計 画、
建築 あるい は私の 学んできたインダス トリア ル・
デ ザインも そ うで す が、
そ れ ぞ れ あ る一
定の 方法 論に 基づ い て、
あ るプロセスをスルー
することで モ ノが できるというところ に大きな課題を 見 ているの で はないか と私 は 思い ます。 こうい う話をするとデ ザインか ら若 干 ず れるの かもしれ ませ んが、
そ の ような方 法 論にも 関 わっ て、
日本の 大 学の教 育 体 制 が 縦 割 的とい うか、
学生 た ち は学 科の 壁の 中で教育
を受け続 ける という問題が 生 じ て いる と思います。
ただ 最近の 学生 と話 す と、
自分 達 が 外 に出て いっ て いろいろ な 人 とコラボレー
ション し たりし て いる。
これが 恐らく吉見さん が指 摘 され る ような 課 題 に 応 えて行く向きをつ くっ て いくの で はないか。
そ れから私 も長い間、
東 京 都で仕 事をさせ てい ただい た の で、 東 京都の 方が隣に お られて言い にくい の ですが、
行 政の 頭が非 常に固い。
そ の頭の固 さの原 囚 もやはり 縦 割、
つ まりその 部 署で し か判 断しない とい うところ に ある と思 うんですね。
で す か ら、
事 業主であ る 行 政 も縦 割、 そ してそ れ を解決する一
般 的に はコ ンサルと呼 ば れて いる人達 も縦 割というかひ とつ の 固 まっ た方 法論 で都
市をつ くろ うとす る、 そこに 大 き な課題 が 残っ てい る の で はないか な と私は感 じます。
〈長田〉 ありがとうござい ます
。
具 体 的 な場が問題になる時に、
そこに 自ずとい ろい ろ なジ ャン ル を 超 え た総 合 性や協 働 性が求め られてい くという、
その ような 方 向を示 しな が らの 議論だと思わ れ ます。 先ほどの 順 番で池田さん お話 くだ さい。
〈池田〉 吉見さん が語 られ たく 場の 力 〉 にかか わっ て、
やは り北仲
の ことに 触 れ たい と思い ます。
アー
バン・
タイフー
ン、
タ イフー
ンという言 葉は象 徴 的ですね。
台 風という の は基 本 的に は低 気圧、
〈ない こと〉 に よっ て風 が巻 き起こる わ けですね。 北 仲 も実をい うとそうい うところ か らス ター
トし て います。
事 実だ け お話 すると、
森ビル さ ん が今 度巨大 なゾー
ンを 再 開 発され ます。
旧 元帝蚕倉庫
といっ て、
約80
年 くらい前にできた倉
庫 群が たくさん 残っ て いる ゾー
ン です。
歴 史 的 建 造 物です ね。
その 開 発 に は アセスメントに 非常に 時 問 が か か る んです が、
そ の 間放置されて いた 建物を、
一
年 半 限 定ですが、
森ビ ル さん から提 供いただき、
そ れ を横浜市と市民 と調整し ながら活 用 してい るのです。 (写真 10 ) 横 浜 市の クリエ イティブシ テ ィ の大 きな構 想の 中で は、
横浜に集 うアー
テ ィストを増 やしたい とい う人きな 流れ があり、
その 政 策 にQN
した 形 で 北イ中を 開 けてきた とい え ます。
僕は た ま た ま森ビ ル と横 浜 市の間に入っ てコー
ディネー
トさせ て もらっ て、50
チー
ム集めて 250 名、
約 2 ,700〜
2,800 の 人 きなス ペー
スを 定期 賃 貸 借し、
事 務 所 移 転とい う形で み な さん 入 りました。
イベ ン トで はない です。
僕 が 企画した 時 に、
イベ ントでは とてもこの 場 所を1
年 半、
お金 をかけ ない で使 うわ けに はい かないと忠っ たの で、
坪で言うとびっ くりされ る と思うんですけ れ ども、
非 常に 低い、1
坪3,
300
」[ 」、1
1,
000
円1
坪1
万 円、1
3,300 円で入っ てい ただき ま した。 そこに は非 常に 運 が よかった と思 うんです けれども、
みか んぐみ 組さん、
シー
ラカン スさん 関係の 人、
そ れ か ら木 ド庸 子さん、UR
の 方 とか、
川 俣正 さん、
村田真さん、
口本の 優 秀な方 達 がた くさん 入っ てくだ さっ て、
そこ か ら先は僕は何 もして い ま せ ん。 森さん が そこか ら先は 運営を や られてきたの ですが、
そ こ で起こったことは僕にとって非 常に勉 強に なりま した。
つ ま り何が起こっ た か とい うと、
何も しなくて も彼らはやるんですね。
そ れ だけ集ま ると。
これ は本 当 にすごいことだ と思い ます。 何の 企画 もせず誰
も 言 わな い のに、
中に いるアー
テ ィストなりが手を挙 げて、
ちょっ とオー
プン に 開 きたい よ とぶつ っ ぶつ っ て 言 うと、皆
さ ん反 応し始めて、
オー
プンスタジ オ という形が ど ん ど ん ど ん どん生まれ て くる。 ホー
ムペー
ジ もつ くる し、
冊 了一
もつ くる し、
今 度は本 もできます。
こんな 形で、
行 政 も一
LJj お金も何もかけてない。
もちろん森 さんの ひ とつ の 戦略のE
にの っ てい る し、
部屋 が あっ た か らこ こまで来 れてい るということも当然あ るの ですが、
しか し、
アー
ティ ストや 建 築 家 やが集 まることによっ て こ の 「発 酵」 「醗 酵」 とでも 言 うべ き 形の 反応 を引き 起こした とい うことで、 北 中はすごく面 自い 実 験の 場 所だっ たなと思っ てい ます。
実を 言 うとこれ は も う今 度 終わっ て しまい ます。
こ の 10 月で一
応 全 撤去ですv解
体に 入 るの です が、解
体そ の もの に に はまだ大 分か か るけれど北 仲の 期 限はもう 終 わりです。
ところ が、
そこか ら先が ま た僕は横浜 が自 慢 してい い と思 うの です け ど、
こ こに集まっ てくれ た50
チー
ム は ほとん ど東 京だっ たん ですが、
こ の50
チー
ム を何とか横浜 に 残 してい きたい とい う意向 が 出 て き た ん で すね。 BankART も手 伝い ました。 横 浜 市 も政 策 的 に い ろ い ろな法 的 補 助金 を 入 れ たり し て、
や は り歴史 的 建 造 物を 活 用 し たZA 工M とい う空 間 が あ る んですが、
そこを イベ ント空間にするの で は なくて、
北 仲か らだ け で はない ですが、
廉 価でスペー
スを貸し て、
アー
ティ ストや建築家
ユ ニ ッ トな ど を 何 とか そこに キー
プ す ること に した。
それか らBankART
の 近 所に実は本 町ビル45
(シ ゴ カ イ) 本 庁ビル ができる ん ですが、
そこ に ま た アー
テ イストた ちのスタジ オ が入ってきた。 (写真
11
)この よ うに し て、
北 仲に 入っ てい た大 体 約50
分の40
ぐ らい までが横 浜に残っ た んでは ない でしょうか ね。 ひとつ 大 きなハー
ドル を越え た。 これからもう一
回、
違う形で の 「発 酵1
「醗酵」が始まる ん じゃないかなと思っ てます。
〈長 田〉 あ りが とうご ざいます。
ま だ10
月までは北 仲を拝 見 す ることが で き るの ですね。
会場の 皆 さん、
10月い っ ぱ い だそ うです。
そ れで は笠原さん、
先ほどの ような角 度 でい か が で しょうか ? 〈笠原 〉 今 日の話 をジェ ンダー
的にもう一
度 問い 直 す というの は、
とて も私の 頭で は ま とめられ ませ ん。
角 度 を変 え さ せてい た だい て発言させてくだ さい 。 私の今
の 立 場 も、 東 京 都の 写真 美 術 館の職 員で すの で、
外か ら見ると 東 京 都の 人間に 見える ん です けれども、
日々 やっ てい ることは、
例え ば、
今 導入 されて いる指定管理者制度 にか かわる東 京 都の人達 との折 衝である とか、
東 京 都 か らlr「向 してき た方 達との 共 同 作業 (も しくは 「喧嘩
」) という形でやっ て いますの で、
ちょっとこ この ところ を お 話したい と思います。
今日の話の 中で、
民営 化 とか 市 民 とい うの が非常 に キー
ワー
ド に なっ てい た と思 うん で すけ ど、
日々 今お話した ような 形で働い て い ると、
民営
化、
市民参 加が本 当に解 決 策になるの か、
もしくは方 向 性 とし て よい の か、
毎 日 クエ スチョンマー
クを抱 えて お ります。 それは、
東 京 都写真 美 術 館が多 分 日本の 美 術 館の中で一
番民営化 が進んだ美 術 館だか らなの です。 とい うのも、 非 常に優
秀な 知事の お陰
で、 予算
は 以前の3
分の 1くらい に カットされて い るの ですね。
先ほど言い ました ように、
支 援協
議会
を設 け まして、 今、 180社
か ら6000 万 円 以 上の 協 賛金 をいた だい て、
そ れを 元 手 にプラス入場 料収 入 も加え た ところで 自主 企 画 展をやっ てい ます。
さらに様々 な 事 業をやって、
い わ ゆ る人 件 費とか管
理費
とか ま で はい きませんけれど も、
白分 達で稼い で 自分 達で運 営 する ということでは、多
分予算
的に は一
番 民営化 され ている美 術 館 なの で す。
先ほどヴェ ネチア・
ビエ ンナー
レ の ところで私 が 予算、
予算
とこだ わっ たの は、 民営化 に よっ て美 術 館に よ り多 くの人 を入 れ、
入場 料を増
や すことができ る とよく 言 わ れ ます が、
は たし て民営 化とい うの はそ れだけの こ となの か、
民 営 化に よっ て失わ れ るもの が あ るの で はな い か とい うの が、
私が 日々 思っ て いることなの です。
非 常に 短い発表だっ たの で、
ヴェ ネチ アの ところ で うま く 伝わっ たの か分か りませ ん が。
先ぽど東 京 都は縦 割だ という指 摘が あ りまし た が、
実 際、 産 業労働
局 がこういっ たことされ て るというのはこ こ で初めて知りました。
しか し、
問題は そ れ だけで は な くて、
デ ザイン、 写真、
アー
ト、
建築
とい っ た諸 領 域が、
先ほどの 教育
の ところでも出 ました け れ ども非 常に縦 割 なの です。
私は 写真 美 術 館 と現 代 美 術 館の 二 つ を経 験して い ますけ れ ども、
現代 美術
と写真だ け で も総 合 的 な関わりがない の です。
こう いう問 題 を抱え た ところで単 純に 民営
化、
指 定 管理者 といっ た 極 論にい きが ちにな る とい うの が、
今 番 問 題 なので はない か と思い ます。
情 報の流通 を図り、
縦割
り的 分断 を超 えてい くこと、
そ して文 化行 政が本 当にし な けれ ば ならない 「金 を出して 冂を出さない 」とい うこ と一一
文化行政に は、
専 門 家が居 ないわ けですから、
そ れが一
番い い ことだ と私は 思っ てい ま す一 一、
そ う い っ た ところの議 論がないま まに、
全てが聞 き心 地 のよ い 「市
民」や 「民営
化」 に集
約 され ることに、
私は非 常に強い危 惧 を覚えています。 (長 田〉 あ りが とうご ざいます。
東 京都の 文化諸 機 関の あ り方 に改 編 が 加えられて社 会 的にも議 論を招い て何 年か 経つ わ けです が、 これ が どの ような解 決・
展開・
結 果 をもたらすか、
全 国 的にも注 口 されてい る ところです。 その 当 事 者からの 貴 重 なご発 言をいた だくことが出 来ま した
。
さて ここで、
会 場にご来 場の 方に、
ごく手短に ご意見、
質問 をい た だい て、
ス ピー
カー
の皆
さん に は、 最 後に もう一
度 特に強 調 されたい ことなど を お話いた だい て締 めたい と思い ま す。
〈質問者〉 首 都 大 学 東 京の長田さん達が 果 た すべ き役 割が か な り はっ きり見えて き たの では ない か と思 うの で すが、
そ の 辺 につ い てス ピー
カー
の 方 達が期 待され ることが あ れ ば。
〈長田〉 というご 要望が あ りま した、
そ れで はスピー
カー
の皆 さ ん に、
今のご質 問にも関 わる形で ご 発 言い た だ くとい う ことで、
お 願 い したい と思います。 〈森田〉 私 は 13 年 前に福岡 に 行 き ま して、
今日 こうい う話の 展 開 とな るの であっ た ら、
実は福 岡の 話も した かっ た と こ ろ です。
福岡 もクリエ イティブ都市 として横浜 に対 抗し て頑 張っ て る都 市だ か らです。
地域に岩て感じる の は、
私の 専門 はパ ブ リックデ ザ イン ですが、
アー
ト制 作 領 域 同 様 人 材があ まり居 ないということもあっ て、
様 々 な分 野の デ ザイン制作にい ろい ろ携わっ て います。
先ほど も出ま した が、
今の行 政、
政 治の 流れ、
国の つ くり方 の 中で、
経 済 効 率が可視化しに くい アー
トや、
デ ザ イ ンや、
文化 とい うもの に 対する国や 自治 体の政 策は全 く出 遅 れてい ると思います。21
世 紀に入っ て、
日本の10
年 後、20
年 後 を 考え る と、
も う2006
年に な ろうとし てい る時にこの 文化力 をつ けない で、
経 済 効 率 優 先で 走 り続 ける とすると、
大 げ さに 聞こえ る か も しれ ま せ ん が 大 変 なことに な る とい わ ね ば な らない と思い ます。
一
デ ザイン教 育機 関に居ても、
行 政とつ き合っ てい て、 行 政の方がもっ とアー
ト、
デ ザイン を活 用 したい っ て言っ て も予算が ない とな ります。
国の 政 策にそれが乗っ てい ない というの です。
経 産 省が やっ と動 き 出 しま した け れ ど、
そ れ で も経
産省の ほ んの 片 隅の小さなテー
ブル に 数 人しかい ない ん です。
そ れ で 日本 中の デ ザイン行政 をやっ て いる。 とて も信じられ ない ことです。
日本はな ぜ 文 化 を産 業の ひとっ とし てもっと立 ち 上げてい かない の か とい うことを強 く感じます。
ですか ら 首都大学
東京 に もまさに、
東 京の 中心 に デ ザ インという分野をもつ わ けですの で、
スー
パー
デ ザイ ナー
養 成も含め て ぜ ひ国 にまで刺 激を投 げ 掛け る だ けの 展 開を して ほ し いと期 待 させ て いた だきたい。
ご一
緒 する機 会があれば、
ぜひ一
緒にやっ てい きたい と思い ます。 〈『井 〉首 都 大 学 東京 です が
、
昨 年の4
月 に独 ・T
一
行政 法人 化 とい うことで公 立学 校法人に なっ て、
その 際に東 京 都の 産業 振 興にも貢 献 するという重 大 な 使 命を 帯 び て 法入 化 した と理解
してい るんです が、
その 首 都 大 学 東 京の 法人の 下につ くられました産 業 技 術 大 学 院 大 学と 我々 産業 労 働局 とが もっ ともっ と連 携を 深 めて、
産学 連 携 を 進めてい き たい と考えてお ります。
今まで出ま した 縦割の 問 題、
各大学 側と産 業 局との 問にも縦 割の 壁 が若 干 あ りますし、
そういっ た ものを 取っ 払い一
緒に なっ てスー
パー
デ ザイナー
養成や、
あ るい は今 度、
産 業 技術大学 院につ くられるデ ザインコー
スとも深い 連 携 をし てい きたいと考 えて お りま す。 そ れ か ら縦 割の お話一一
私 は一
行 政マ ン として 非 常に重 く受 け止 め てお り ます。
特 に都 市 整 備・
都市計 画 関係の行 政は大 変力 が強 く、
縦 割で何かとい うと壁 をつ くる傾向 が あ ります。
産 業 労 働局 は、
私 が今ま で所 属した中で は 比較 的 縦 割 度の少 ない、
壁 の低い局かなと思っ てお りまして、
ど ち らか とい うと積 極 的に外に 出 てい くとい うよ うなことで、
今現在は楽しく仕事 を させ てもらっ てます け れ ども、
今 後い ろい ろ な 産業政策をする中で、
文 化の 問 題 、 環境の問 題 も解 決し て いきたいと期 す ところ もありますの で
、
産 業 労 働局の 方か ら行政の縦 割の 壁 を取っ 払 うよ うな元 気の ある行政 をし て いきたいというように考え てお ります。
〈笠原 〉 首都
大 学 東京さん と、
そ れ か ら歴 史文化 財 団に属し てい る東 京 都 現 代 美 術 館、
写 真 美 術 館、
江 戸東 京 博 物 館、
庭園美 術 館、 都 美 術館
、 芸術 劇 場と文化 会 館 とがい か に連 携できる か、
去年から話し合いをもって い ます。
お 互い 今、
自転 車 操 業で、
本 当に お金がなく て 人員もない ところ で やっ てま すので、
負 担に な らない ような形で の連 携 を少しずつ 話し合っ て いるところ です。
いろいろ夢の ようなプロジェ ク トの構想を言 うの は簡 単で すが、
そ れ を 実行して いくた め に は枠 組 とか、
もう一
度 言って しまいますけ ど 予算とか 必 要なの で、 そこら辺 を よ く判 断しな が ら、
無理 の ない 形でゆるやかに連 携 す る ことが必要かと思い ます。
そ れか ら私が一
学
芸員とし て大 学に お 願 い したい の は、
ジェ ンダー
的 にもアー
ト 的に も柔軟
な多 様な考え方がい ろい ろな 局面で出てき て いますから、
そこら辺の ところの柔 軟な頭の学
生 を育
て る教育
、 デ ザイン ひ とつ だけということではな くて、
多 方 而からもの の 見られる教 育を、
ぜひ 心 か ら願っ て お り ます。 〈池 田〉 人 間の赤 ちゃ ん の話と同じなん ですけ れ ども、
何々 の能 力がない、
弱い、
とい うことは 全然 駄 日なもの で は ないと思い ます。
先ほどのVOID
に よっ て風 が起きる と いう話と一
緒 で、
〈ない 〉か らこそ 周 りが ク リエ イティブ 主 導でい ろい ろ関わっ てくる しか ない、
何とかしようとす るわ けです。
その 時に本当に面 白くなっ て いくんだと思 います。
人 間、
例えば 住むところ も今 誰でも住 宅っ て 決められ て どこか に住
ん じゃ い ます け れ ども、
かつ て人 間が動 物だっ た頃という言い方があると思 うんだ けれど、
多 分、
自分で 自分の 場所、
何か鼻
を くん くん、 あ るい は おしっ こをしな が ら、 見つ け た と思い ます。
そうい う感 覚で都 市を 見て、
都 市の 中の問題をみんなで考えてい くような構 造になっ てい け ば、
先ほどの ド北沢の 問 題 も 含め てですが、
僕はい ろい ろ新しい 動 き が出てくる じゃ ない かなと思っ て ます 。 〈加藤
〉横
浜の 場 合で言 うと、
〈創 造 都市
〉を 宣言し て しまっ たとい うの がなかなか大 きなことだ と思 うん です。
横浜 市は今 2009 年の 開港150
周年に 何 か や ろうと夢 中に なっ て いるところ がある んです けれども、
その150
周 年 とくっ つ い て創 造都
市 推 進 事 業 本 部 名称の組織
を 行政
の 内部にもっ た。
しかもこれは縦 割ではなくて、
横 断 的 な人物を集め て、
そうい う推 進システ ムをっ くっ て しまっ たことが 非常に大きい。
私 が もしさ さや か な が らも横浜 市に貢 献しえてきた とした ら、
この ことが今の ところ一
番 の 貢 献 だと思い ます。 とい うの は、
この 創 造都
市を宣 言してしまった以E
、
創 造 を進 めて いくた めの文 化に 関する 予算を削 減 することは で きない とい うことです。 も ち ろ ん現実 に はいろいろ あ るの です。 横 浜 美 術 館にっ いて であっ ても予算を何 %カットしろ とかい ろい ろなこと を言っ てきます 。 個 別 的に は言っ てくる が、
全体の 予算
を 削減 する ことは できない。
幸い に し て今、
ハー
ドへ の 投 資っ てい うの が なかなかでき に くい 時 代 なの で、
そ の 分ソ フトに 回すことができる。
ハー
ドのお 金 をソ フトに 圓せれ ば、
それはいろい ろなことが出来る。
い ろい ろ創
意工 夫 はい るだ ろうが、 できる だ ろう。 そ れ か ら、
もう ひとつ は、
本 当に創 造 的 な 新しい芸 術 文 化、
どこ の都市
もそ の都 市で 生 み 出し て、
世 界に発 信 するというよう な 新しい 文化を日本の 都 市は ほ とん どつ くっ てこなかっ た だ ろ う、
我 々 は そ れ を創っ て発 信 したい ということで す。
本 当は多 様 な文 化が あっ た はず なのだ が、
それ を ひ とつ ひ とっ 無 視し壊 して き たの が 近 代 百 何 十年 問か で我々 がやっ てきたことで、
ようや く伝 統 文 化 を 守 れ と か 見 直せとか 言っ て気づい てきたことは非 常に貴 重 なこ とで は あ る。 この 際、一
回、 我 々 の 祖 先が やっ てき た ことを き ち ん と文化 史、
文化 破 壊史の 文脈でぜひ見直 す必要があると思い ますね。
だか ら改めて文 化 創 造の 基 盤をこれ からきちん と整 備してい く必 要 性 が あ る。
基 盤 整備の 仕方 はいろいろ あ るの で、
いろいろな 人の知 恵 を寄せ 集め て こない ことに はなかなか で きない。
一
人一
.
:人 が簡単に都 市なん てつ くっ てい け る わ け が ない の で、
恐 れ ることな く様々 な 市 民からどうした ら実現できる か率 直に意 見を聞い て、
それ を反 映し てい っ た らい いと私は思います