蠢.緒 言 5―HT(セロトニン)は,少なくとも14種類 の受容体を介して,さまざまな生体内機能に関 与することが知られている〔1〕.そのうち炎症 への関与が知られる5―HT2A 受容体(5―HT 2AR)のヒト正常子宮および子宮腺筋症子宮 での発現様式については,昨年の本研究会で報 告し た〔2〕.ま た5―HT は,痛 覚 に 関 与 す る ことも知られている.中枢では下行性疼痛抑制 系の神経伝達物質として,末梢では知覚神経す なわち一次求心性無髄神経の5―HT 作動型ニ ューロンを介して作用する〔3〕.さらに組織で の炎症と痛覚過敏には,5―HT2AR を介した 機序があることも知られている〔4〕.子宮内膜 症の疼痛機序については,これまでにも諸家よ り報告があるが,5―HT の関与についての報 告はない. 本研究では,まだ明らかにされていないヒト 正常子宮における5―HT 作動型ニューロンの 存在様式につき検討した.また子宮内膜症およ び子宮腺筋症病変における,その発現について も検討した. 蠡.対象および方法 正常子宮内膜群である,生殖年齢の CIS 患 者10例,子宮内膜症患者5例および子宮腺筋症 患者16例に対して検討を行った(表1).患者 の同意のうえで,手術により摘出した子宮もし くは子宮内膜症病変を実験に供した.なお子宮 内膜症および子宮腺筋症の有無は組織学的に確 認し,phase は最終月経初日からの日数,術前 の超音波所見,正所性子宮内膜の日付診にて決 定した.また血清クラミジア抗体陽性症例や, 明らかな PID 症例は今回の検討から除外した. 子宮および子宮内膜症組織における神経の分 布は,免疫組織化学染色により検討した.ホル マリン固定後,パラフィン包埋した検体を,4 µm 厚に薄切後,免疫組織化学染色に供した. 一次抗体としてマ ウ ス 抗5―HT 2A receptor monoclonal 抗 体(Becton Dickinson 社)を 用 いた.組織内の神経線維全般についてはマウス 抗 neurofilament(NF)monoclonal 抗体(DAKO 社)を用いて染色し,神経線維の同定を行った. また5―HT 作動型ニューロンにおいて高率に 共発現することで知られる,calcitonin−gene re-lated peptide(CGRP)に つ い て も マ ウ ス 抗 CGRP monoclonal 抗体(SIGMA 社)を用いて 染色し,5―HT2AR の発現との関連について も併せて検討した.なおこれらの positive con-trol には,いずれもラットの大脳を用いた. Negative control には,市販の陰性コントロー ル用マウス免疫グロブリン(DAKO 社)を, 一次抗体の代わりに用いた.なお免疫染色の染 色性は,染色された神経線維の割合,染色強度 〔ワークショップ/子宮内膜症―新しい治療の開発を目指して―〕
子宮内膜症・腺筋症の疼痛機序における5―HT(セロトニン)系の関与
1)岡山大学医学部産科婦人科学教室 2)同・保健学研究科 鎌田 泰彦1) ,清水 恵子1) ,安達 美和1) ,! 林1) ,佐々木愛子1) 野口 聡一1) ,中塚 幹也2) ,平松 祐司1) 表1 対象群の背景因子 年齢(y.o.)±SD 子宮頸部 上皮内癌 (n=10) 44.0 ± 2.58 子宮内膜症 (n=5) 34.6 ± 2.61 子宮腺筋症 (n=16) 44.1 ± 1.80A H B D F G E C をスコアにより定量化し評価した(表2). 統計学的検討には paired t−test を用い,P< 0.05の場合に有意差ありとした. 蠱.成 績 正常子宮において,知覚神 経 で あ る CGRP 陽性神経線維の局在について免疫組織化学的検 討を行ったところ,正常子宮筋層内には,CGRP 陽性神経線維を80.0%(8例/10例)の症例で 認めたが,その存在様式は散在性であり規則性 は無かった.また CGRP と5―HT2AR を共発 現している神経線維は50.0%(5例/10例)で あった(表3,図1).子宮摘出時に同時に採 取した仙骨子宮靭帯についても検討したとこ ろ,CGRP と5―HT2AR を共発現してい る 神 経線維の走行が認められた(図2). 子宮腺筋症子宮筋層においても CGRP 陽性 神経線維を87.5%(14例/16例)に認めた.こ れらの神経線維は,子宮腺筋症の異所性子宮内 膜とは無関係に走行し,子宮筋層内に散在して い た(図3).ま た CGRP と5―HT2AR を 共 発現している神経線維は62.5%(10例/16例) であった(表3).正常子宮と子宮腺筋症子宮 との間で,CGRP 陽性神経線維の発現率および CGRP と5―HT2AR の共発現の割合に有意差 はなかった. 子宮内膜症患者の腹膜の red lesion について も同様の検討を行ったところ,全例で CGRP 陽性神経線維および5―HT2AR 陽性神経線維 が認められた(表3,図4). 蠶.考 察 子宮内膜症および子宮腺筋症は良性疾患であ るが,増殖・浸潤といった腫瘍的性格を併せも 表2 免疫組織化学染色の染色性 スコア 0 1 2 3 免疫染色陽性 神経線維の割合 0% 0∼10% 10∼50% 50∼100% 染色の強度 (−) weak moderate strong ※神経線維において,2つのスコアの合計が,4点以上を免 疫染色陽性とする. 表3 神経線維の免疫染色陽性症例の割合 CGRP CGRP + 5−HT 2AR 正常子宮 筋層 80.0% (8/10) N.S 50.0% (5/10) N.S 子宮腺筋症 筋層 87.5% (14/16) 62.5% (10/16) 子宮内膜症 腹膜病変 100.0% (5/5) 100.0% (5/5) 図1 正常子宮筋層
正常子宮筋層の連続切片における免疫組織化学染色.矢印は,神経線維束.A, B negative control,C, D 抗 NF 抗体,E,F 抗 CGRP 抗体,G,H 抗5―HT2AR 抗体(A, C, E, G は×40.B, D, F, H は,それぞれ A, C, E, G 中の□部分の強拡大像×400).
A H B D F G E C つ.子宮内膜症の進展に,性ステロイド,とく にエストロゲンの関与があることはよく知られ ている.また月経時の腹腔内逆流血や病変局所 での消退出血が腹腔内炎症を惹起し,サイトカ インや増殖因子,血管新生因子の分泌を亢進さ せることで内膜症の進展に関与することも,こ れまでに報告されている〔5〕. 腹腔内炎症に伴い産生されたプロスタグラン ディン(PG)などの疼痛関連物質が,子宮内 膜症の疼痛に関係していることもよく知られて いる.子宮内膜症の疼痛は,炎症およびそれに 伴う癒着による化学的もしくは機械的刺激が, 子宮および骨盤内の神経に加わることでもたら される.さらには内膜症病変の進行に伴う神経 の直接的損傷や神経虚血も内膜症性疼痛に関与 していると考えられている〔6〕. 子宮の神経支配には,自律神経である交感神 経と副交感神経による支配がよく知られている 〔7,8〕.また一方で,ラットでは骨盤内臓神経 や下腹神経内に,自律神経以外に知覚神経も含 まれることが近年報告されている〔9,10〕.さ らにヒト仙骨子宮靭帯内においても,知覚神経 である CGRP 陽性神経線維の走行が証明され ている〔11〕.末梢の痛覚に関与する知覚神経 には,Aδ 線維と C 線維が知られている.Aδ 線 維は有髄神経線維であり,瞬間的に鋭い痛みを 中枢に伝達するが,C 線維は無髄神経線維であ り,鈍い,疼くような痛みの伝達に関与してい る.C 線維の細胞体は後 根 神 経 節(DRG)に 存在する.1つの細胞体からは複数の C 線維 が末梢臓器に向かって分岐しており,それぞれ からの刺激を脊髄に伝導している.なお神経ペ プチドである CGRP やサブスタンス P は,無 髄神経線維を有する細径の DRG ニューロンに 発現することが知られている〔12〕.以上より, 子宮では自律神経と知覚神経が相互に関連しあ 図2 正常子宮の仙骨子宮靭帯
正常子宮の仙骨子宮靭帯の連続切片における免疫組織化学染色.矢印は,神経線維束.A, B negative control, C, D 抗 NF 抗体,E, F 抗 CGRP 抗体,G, H 抗5―HT2AR 抗体(A, C, E, G は×100.B, D, F, H は,そ れぞれ A, C, E, G 中の□部分の強拡大像×400). 図3 子宮腺筋症子宮内膜および筋層 子宮腺筋症子宮内膜および筋層の,mouse mono-clonal 抗5―HT2A 受容体抗体による免疫組織化 学染色.□内は,異所性子宮内膜.矢印は,神 経線維束(すべて×100).
A D B C い,または別々の異なる機能を担うことで子宮 の機能を維持しているものと考えられている 〔9,10〕. いわゆる月経痛の多くは,機能性月経困難症 と称されるものであり,その機序には子宮内膜 症と同様に PG の関与が考えられている.実際 には,子宮内膜において過剰に産生された PG が,月経の際に過度の子宮筋収縮を起こし,子 宮の虚血を惹起することで下腹部痛や腰痛の原 因となるものと考えられている〔6〕.すなわち 子宮内膜症・子宮腺筋症による月経痛には,機 能性月経困難症に代表されるいわゆる月経痛と は別に,疼痛の発生や伝達経路が異なる機序も 考えられる. 必須アミノ酸のトリプトファンから合成され る5―HT の作用は, 生体内で多岐にわたるが, これらは5―HT 受容体との結合を介した作用 であることが知られており,受容体には少なく とも14種類のサブタイプが知られている.5― HT2AR は血管平滑筋細胞および血小板に多く 存在する5―HT 受容体であるが,炎症や疼痛 に関与することがこれまでに報告されている 〔1,13,14〕. また5―HT は,末梢では知覚神経である一 次求心性無髄神経の5―HT 作動型ニューロン を介して痛覚に関与することが,これまでに知 られている〔4,15,16〕.さらにラッ ト の C 線 維 に お い て5−HT2AR が CGRP と 共 発 現 す ることも報告されている〔12〕. そこで本研究では,5―HT が子宮内膜症お よび子宮腺筋症に伴う月経痛に関与していると いう仮説をたて,正常子宮および子宮内膜症・ 子宮腺筋症病変部における5―HT 作動型ニュ ーロンの存在様式について検討した.DRG ニ ューロンの CGRP 陽性神経線維を,免疫組織 化学染色により正常子宮筋層および子宮腺筋症 子宮筋層に認めた.これらの神経線維は,子宮 腺筋症病変とは無関係に走行し,子宮筋層内に 散在していた.同時にこれらの CGRP 陽性神 経線維は高率に5―HT2AR を共発現していた. また子宮摘出時に同時に採取した仙骨子宮靭帯 内にも CGRP 陽性神経線 維 が 走 行 し,5―HT 2AR を共発現していた.以上より子宮体部よ り仙骨子宮靭帯,後根神経節を経て脊髄に入る 図4 子宮内膜症の腹膜 子宮内膜症の腹膜の red lesion の連続切片における免疫組織化学染色.□ 内は,神経線維束.A negative control,B 抗 NF 抗体,C 抗 CGRP 抗体, D 抗5―HT2AR 抗体(すべて×100).
5―HT 作動型ニューロンの存在がヒト子宮に おいて示された.さらに子宮内膜症患者の腹膜 病変 で あ る red lesion に お い て も CGRP 陽 性 神経線維を認め,5―HT2AR を共発現してい たことは,子宮内膜症病変における5―HT 作 動型ニューロンの新生が示唆された. 5―HT は,小腸のクロム親和性細胞で産生 され,血小板内に dense 顆粒に備蓄される. 炎症局所では血小板が活性化され,蓄積された 高濃度の5―HT が放出されることが,動脈硬 化病変部のプラークにて知られている〔13,14〕. 子宮内膜症および腺筋症の病変においても,消 退出血時などに血小板が活性化され,局所的に 5―HT が高濃度となることが予想される.病 変近傍にある5―HT 作動型ニューロンはそれ により興奮し,生じた求心性刺激は,DRG を 介して中枢へと伝達され,月経時疼痛として知 覚されるものと考えられる.また5―HT は, 動脈の血管内皮に存在する5―HT 受容体と結 合し,eNOS やシクロオキシゲナーゼを介して, 一酸化窒素(NO)や PG の産生を誘導するこ とも知られている〔17〕.すなわち5―HT は, PG や NO を介して間接的にも疼痛に関与して いると考えられる. これまでに私たちは,NO が子宮内膜症や子 宮腺筋症の増殖・進展に関与している可能性に ついて報告してきた〔18〕.さらに昨年の本研 究会で,5―HT2AR が,ヒト子宮では正常子 宮内膜腺上皮の細胞質と,子宮筋層内の血管平 滑筋に発現すること.子宮内膜では月経周期依 存性の発現をすること.子宮腺筋症の正所性子 宮内膜でも同様の周期的発現をするが,異所性 子宮内膜の腺上皮では月経周期と無関係な恒常 的発現をすることを示した〔2〕.それらより5 ―HT は正常の子宮内膜増殖だけでなく,子宮 腺筋症病変の増殖にも関与する可能性があると 考えられたが,本研究によって5―HT および 5―HT2AR は,子宮内膜症や子宮腺筋症の増 殖だけでなく疼痛にも関与している可能性が示 された. 子宮内膜症の疼痛機序には,これまでに報告 されている経路とは別に,5―HT 系を介した 疼痛経路の存在が示唆された.また今後の子宮 内膜症治療戦略の1つとして,5―HT あるい は5―HT2AR を標的とした治療が有効である 可能性が示された. 文 献 〔1〕笹 征史.セロトニン受容体と関連薬剤 セロト ニン受容体の役割,受容体の種類,関与する疾患 について.医薬ジャーナル 2000;36:1383−1388 〔2〕鎌田泰彦ほか.正常子宮内膜および子宮腺筋症子 宮内膜における5―HT2A 受容体の発現.エンドメ トリオーシス研会誌 2007;28:97−100
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