第
1
章 ヒルベルト空間
本章においてはヒルベルト空間の定義とその基本性質について考 察する.1.1
ヒルベルト空間の定義
本節においてはヒルベルト空間の定義とその基本性質について考 察する. ヒルベルト空間は有限次元ユークリッド空間の一般化である. 一 般に無限次元のヒルベルト空間を考える. まず,一般の複素ベクトル空間の定義を与える. 定義 1.1.1 空でない集合 V が複素ベクトル空間であるとは, V の任意の二つの元x, yに対し, xとyの和x + yが定義されて x + y∈ V となり, また, V の任意の元xと任意の複素数αに対し, スカラー積αxが定義されてαx ∈ V となり, この二つの演算に関 して,次の条件(i) ∼(viii)が成り立つことであると定義する: x, y, z ∈ V, α, β ∈ Cとすると, (i) x + y = y + x. (ii) (x + y) + z = x + (y + z).(iii) ある元0∈ V が存在して,任意の元x∈ V に対して, x + 0 = x が成り立つ. 元0を零ベクトルであるという. (iv) 任意の元x∈ V に対して,ある元y∈ V が存在して, x + y = 0 が成り立つ. このとき, 元yをxの負元といって, y = −xと 表す. (v) 1x = x. (vii) (α + β)x = αx + βx. (viii) (αβ)x = α(βx). このとき, V の元をベクトルといい, Cの元をスカラーという. 複素ベクトル空間の基本性質などの詳細に関しては,伊東著「線 形代数学」,「線形代数学の基礎」を参照してもらいたい. 次に,定義1.1.1からすぐに分かるベクトル空間の性質を述べる. (1) 定義1.1.1の(iii)において, V の元0をゼロベクトルという. V の中でゼロベクトル0はただ一つだけ存在する. (2) 定義1.1.1の(iv)において,ベクトルyをxの負ベクトルで あるといい,−xと表す. (3) x, y∈ V に対し,減法x− yを関係式 x− y = x + (−y) によって定義する. x− yをxからyを引いた差であるという.
(4) 0· x = 0が成り立つ. 左辺の0はC の元0を表し, 右辺 の0はV のゼロベクトルを表す. これらは文脈から区別できるであ ろう. (5) (−1)x = −xが成り立つ. 定義 1.1.2 Hは複素ベクトル空間であるとする. このとき, H が内積空間であるとは, Hの任意の二つの元x, yに対し, 複素数 (x, y)が定義されていて, 次の条件(i)∼(iv)を満たすことであると 定義する: x, y, z ∈ H, α ∈ Cとすると, (i) (x, y)≥ 0,特に, (x, y) = 0となるのはz = 0のときに限る. (ii) (x, y) = (y, x). (iii) (x + y, z) = (x, z) + (y, z). (iv) (αx, x) = α(x, y). (x, y)をxとyの内積という. 系 1.1.1 Hは内積空間であるとすると,次の(1), (2)が成り立 つ: x, y, z∈ H, α ∈ Cとすると, (1) (x, y + z) = (x, y) + (x, z). (2) (x, αy) = α(x, y) Hが内積空間であるとき,任意のx∈ H に対し, ∥x∥ =√(x, x) とおくと,∥x∥はHのノルムである. すなわち,次の定理が成り立つ.
定理 1.1.1 Hは内積空間であるとし,上のようにノルム∥x∥を 定義すると,次の(1)∼(3)が成り立つ: x, y∈ H, α ∈ C とすると, (1) ∥x∥ ≥ 0. 特に,∥x∥ = 0となるのは, x = 0のときに限る. (2) ∥x + y∥ ≤ ∥x∥ + ∥y∥. (3) ∥αx∥ = |α|∥x∥. したがって,Hはノルム∥x∥に関してノルム空間であることがわ かる. Hのベクトルxが単位ベクトルであるということは,条件∥x∥ = 1 が成り立つことであると定義する. Hの0でない任意のベクトルx に対し,単位ベクトルe = x ∥x∥をxの規格化という. 定理 1.1.2 Hは内積空間であるとする. このとき,内積とノル ムに関して次の(1)∼(3)が成り立つ: x, y∈ Hとすると, (1) |(x, y)| ≤ ∥x∥ ∥y∥. (シュワルツの不等式). (2) (x, y) = 1 4(∥x + y∥
2− ∥x − y∥2+ i(∥x + iy∥2− ∥x − iy∥2)).
(3) ∥x + y∥2+∥x − y∥2= 2(∥x∥2+∥y∥2). (三角形の中線定理).
定理 1.1.3 Hは内積空間であるとするとき, Hの元xとyの 距離を関係式 d(x, y) =∥y − x∥ によって定義する. このとき,次の距離の公理(1)∼(3)が成り立つ: (1) d(x, ; y)≥ 0. 特に, x = yであることと, d(x, y) = 0である ことは同値である.
(2) d(x, y) = d(y, x). (3) d(x, z)≤ d(x, y) + d(y, z). (三角不等式) 定理1.1.3より, 内積空間Hは距離空間である. Hを距離空間で あると考えたとき, HのベクトルxをHの点xという. Hの点列 {xn}がHの元xに収束するということは,条件 lim n→∞∥xn− x∥ = 0 が成り立つことであると定義する. これを lim n→∞ xn= x,あるいはxn→ x, (n → ∞) と表す. また,略式に表して xn→ x と表すことがある. このとき, 点列{xn}は収束点列であるという. 収束点列{xn}に対し,関係式 ∥xn− xm∥ ≤ ∥xn− x∥ + ∥x − xm∥ が成り立つから,条件式 lim m, n→∞∥xn− xm∥ = 0 が成り立つ. この条件式をコーシーの収束条件であるという. 一般 に,点列{xn}がコーシー列であるということは,コーシーの収束条 件が満たされることであると定義する. 一般に,Hの収束点列はコー シー列であるが,逆は必ずしも成り立たない. 定義 1.1.3 内積空間Hがヒルベルト空間であるとは,Hが,距 離d(x, y) = ∥y − x∥に関して完備な距離空間であることと定義 する.
定義1.1.3において,内積空間Hがヒルベルト空間であることと, Hの任意のコーシー列{xn}に対して, x ∈ H が存在してxn → x となることは同値である. 定理 1.1.4 内積空間Hにおいて,内積(x, y)はxとyの連続 関数である. すなわち, xn→ x, yn→ yならば, lim n→∞(xn, yn) = (x, y) が成り立つ. 特に, xn→ xならば, lim n→∞∥xn∥ = ∥x∥ が成り立つ. 定理 1.1.5(完備化) H1は内積空間であるとする. このとき,ヒ ルベルト空間Hが存在して,H1がHにおいて稠密な部分空間とな るようにできる. 証明の概略は次の通りである. eHはHのコーシー点列{xn} 全体 のつくる集合であるとする. いま,Hのコーシー点列{xn}と{yn} をそれぞれx, yと表すとき, x + yと複素数αとの積αxを次の関 係式 x + y ={xn+ yn}, αx = {αxn} によって定義すると, eHはベクトル空間になる. さらに, xとyの内積を関係式 (x, y) = lim n→∞(xn, yn) によって定義する. これによって, eHは内積空間である. このとき, x, y ∈ eHが同値 であるということは,条件 ∥x − y∥ = lim n→∞∥xn− yn∥ = 0
を満たすときであると定義する. これを x∼ y と表す. このとき, これはHeにおいて同値関係である. すなわち, x, y, z に対し,次の条件(1)∼(3)が成り立つ: (1) x∼ x. (2) x∼ yならば, y∼ x. (3) x∼ y, y ∼ zならば, x∼ z. これによってHeの元を類別して得られる商空間を H = eH/∼ と表すと,Hはヒルベルト空間であって, H1 はHにおいて稠密な 部分空間と同一視できる. このようにして構成されたヒルベルト空 間Hを内積空間H1の完備化であるという. 同様に, 実ベクトル空間に内積を定義することによって, 実ヒル ベルト空間を定義することができる. この場合はスカラーとして実 数を考えるという違いがある. 以後,本書においては特別のことわりのない限り複素ヒルベルト 空間を考える. 定義 1.1.4 Hはヒルベルト空間であるとする. Hの空でな い部分集合Kが凸集合であるということは, 任意のx, y ∈ Kと 0≤ α ≤ 1となる任意の実数αに対し, αx + (1− α)y ∈ K が成り立つことであると定義する.
定理 1.1.6 Hはヒルベルト空間であるとし, KはHの凸集合 であるとし, α = inf x∈K ∥x∥ であるとする. このとき, Kの点列{xn}で lim n→∞ ∥xn∥ = α となるものが存在する. このとき,点列{xn}はコーシー点列になる. 定理1.1.6の点列{xn}をKの極小点列であるという. 定義 1.1.5 ヒルベルト空間Hが可分であるということは,Hの 中に稠密な可算部分集合が存在することであると定義する. 次に,ヒルベルト空間の例を示す. 例 1.1.1 L2(a, b)はRの開区間(a, b)上において, ルベーグ 測度に関して可測な複素数値2乗可積分な関数全体のつくる関数空 間であるとすると, L2(a, b)は可分なヒルベルト空間である. ここ で, f, g ∈ L2(a, b)の内積は,関係式 (f, g) = ∫ b a f (x)g(x)dx によって定義する. さらに, L2(R) = L2(−∞, ∞)も可分なヒルベ ルト空間である. これらの空間の内積も同様の関係式によって定義 する. 系 1.1.2 L2(a, b)において, ノルムの意味で点列{fn(x)}が f (x)に収束するならば,ある部分列{fnk(x)}が存在して, (a, b)の ほとんどいたるところの点xにおいてfnk(x)→ f(x)が成り立つ. 例 1.1.2 d≥ 1であるとし, ΩはRdの領域であるとする. こ のとき, L2(Ω)はΩ上定義されたルベーグ測度に関して, 複素数値
2乗可積分関数全体のつくる関数空間であるとする. L2(Ω)は可分 なヒルベルト空間である. ここで, f, g ∈ L2(Ω)に対し,内積(f, g) は,関係式 (f, g) = ∫ Ω f (x)g(x)dx によって定義する. 同様に, L2(Rd)も可分なヒルベルト空間である. 例 1.1.3 l2は複素数列x ={ξn}で,条件 ∞ ∑ n=1 |ξn|2 <∞ を満たすもの全体のつくるベクトル空間であるとする. このとき, l2 の元x ={ξn}とy = (ηn)の内積を関係式 (x, y) = ∞ ∑ n=1 ξnηn によって定義すると, l2は可分なヒルベルト空間である.
1.2
直交系
本節においては, ヒルベルト空間において直交系と直交基底の概 念について考察し, その部分空間の直交性についても考察する. 詳 細については,伊藤清三著「ルベーグ積分入門」と黒田成俊著「関 数解析」を参照してもらいたい. Hはヒルベルト空間であるとする. このとき,Hの二つのベクト ルxとyが直交するということは,条件 (x, y) = 0 が成り立つことであると定義する. このとき, x ⊥ yと表すことが ある. 0ベクトルはHの任意のベクトルxと直交すると考える.Hの0でないベクトルの系{f1, f2, · · · , fn, · · · }が直交系であ るということは,条件 (fm, fn) = 0, (m, n = 1, 2, · · · ) が成り立つことであると定義する. 特に,直交系{fn}が正規直交系であるということは,条件 ∥fn∥ = 1, (n = 1, 2, 3, · · · ) が成り立つことであると定義する. このことは,条件 (fm, fn) = δmn, (mn = 1, 2, 3, · · · ) が成り立つことと同値である. ここで, δmnはクロネッカーのデル タといい,条件 δmn= 1, (m = n), 0, (m̸= n) によって定義されている. ヒルベルト空間Hのベクトルの系{f1, f2, · · · , fn}が1次独立 であるということは, 1次結合に対し,条件 n ∑ j=1 αjfj = 0, (αj ∈ C, (1 ≤ j ≤ n)) が成り立つのは, α1 = α2 =· · · = αn= 0となるときに限ることで あると定義する. ベクトルの系{f1, f2, · · · , fn}が1次従属であるということは, この系が1次独立ではないことを定義する. 特に,ヒルベルト空間Hの中の0でないベクトルのつくる任意の 直交系{f1, f2, · · · , fn}は1次独立である.
定理 1.2.1(シュミットの直交化法) ヒルベルト空間Hの1次 独立なベクトルの系{f1, f2, · · · } に対し, e1 = f1 ∥f1∥ , e2 = f2− (f2, e1)e1 ∥f2− (f2, e1)e1∥ , · · · をつくる. 一般に, en= fn− n−1 ∑ j=1 (fn, φj)ej ∥fn− n∑−1 j=1 (fn, ej)ej∥ , (n≥ 2) と定義すると, ベクトルの系{e1, e2, · · · }は正規直交系である. このとき, en はf1, f2, · · · , fnの1次結合であり, また, fnは e1, e2, ;· · · , enの1次結合である. 例1.2.1 L2(−π, ; π)において,次の三つの関数の系(1)∼(3)は 直交系である: (1) {cos nx; n = 0, 1, 2, · · · }. (2) {sin nx; n = 1, 2, · · · }. (3) {cos nx; n = 0, 1, 2, · · · }∪{sin nx; n = 1, 2, · · · }. 例 1.2.2 L2(−π, ; π)において, 次の三つの関数の系(1) ∼(3) は正規直交系である: (1) {√1 2π, 1 √ π cos nx; n = 1, 2, · · · }. (2) {√1 πsin nx; n = 1, 2, · · · }.
(3) {√1 2π, 1 √ π cos nx, 1 √ πsin nx; n = 1, 2, · · · }. Hはヒルベルト空間であるとし, ベクトルの系{en} は正規直交 系であるとする. このとき, Hのベクトルxが次のような収束級数 の和に等しいとき, x = α1e1+ α2e2+· · · + αnen+· · · と表す. このとき,係数{αn}は,関数式 αn= (x, en), (n = 1, 2,· · · ) によって一意に定められる. Hのベクトルxがこのように表されて いるとき,係数{αn}はxの{en}に関するフーリエ式係数であると いい,この級数をxのフーリエ式級数であるという. このとき,次の 定理が成り立つ. 定理 1.2.1(リース・フィッシャーの定理) Hはヒルベルト空間 であるとし,{en}はHの正規直交系であるとする. このとき, 複素 数列{αn}が条件 ∞ ∑ n=1 |αn|2 <∞ を満たしているとすると,条件 x = ∞ ∑ n=1 αnen, (x, en) = αn, (n≥ 1) を満たすx∈ Hが存在する. 定理 1.2.2(ベッセルの不等式) Hと{en}は定理1.2.1と同じ であるとする. このとき,任意のx∈ Hに対し,ベッセルの不等式 ∞ ∑ n=1 |(x, en)|2 ≤ ∥x∥2
が成り立つ. 一般に,任意のx ∈ Hが正規直交系{en}を用いてフーリエ式級 数に表せるとは限らない. このとき,任意のx∈ Hがある正規直交 系{en}を用いてフーリエ式級数に表せるための条件は何かという 問題がある. 次に,この条件について考察する. ヒルベルト空間Hの直交系{en}が完全であるということは, x∈ Hで,条件(x, en) = 0, (n≥ 1)を満たすならば, x = 0となること と定義する. 直交系{en}が完全であるとき, 各enを規格化して得 られる正規直交系も完全であるから,完全性の条件は正規直交系に ついて考えれば十分である. もっと一般に,ヒルベルト空間Hの完全正規直交系{xα}が完全 であるということは,任意のαに対して, (x, xα) = 0ならば, x = 0 が成り立つことである. このとき,{xα}は必ずしも可算集合とは仮 定していない. 定理 1.2.3 可分なヒルベルト空間Hにおいて,高々可算個のベ クトルからなる完全正規直交系が存在する. 今後,本書において考えるヒルベルト空間はすべて可分であると 仮定しておく. このとき,次の定理が成り立つ. 定理 1.2.4 Hはヒルベルト空間であるとし, {en}は正規直交 系であるとすると,次の(1)∼(5)は同値である: (1) {en}は完全である. (2) x, y∈ Hに対し, (x, en) = (y, en), (n≥ 1)が成り立つな らば, x = yである.
(3) 任意のx∈ Hは, x = ∞ ∑ n=1 αnen, αn= (x, en), (n≥ 1) とフーリエ式級数に展開される. (4) 任意のx, y∈ Hに対し, αn = (x, en), βn= (y, en), (n≥ 1)とおくとき,等式 (x, y) = ∞ ∑ n=1 αnβn が成り立つ. (5) 任意のx∈ Hに対して,パーセヴァルの等式 ∞ ∑ n=1 |(x, en)|2=∥x∥2 が成り立つ. Hをヒルベルト空間であるとする. このとき, Hの正規直交系 {en}がHの正規直交基底であるということは,定理1.2.4の条件が 成り立つことであると定義する. 同様に,Hの直交系{fn}がHの 直交基底であるということが定義できる. Hのベクトルの系{en} が完全正規直交系であるということは, {en}がHの正規直交基底 であることと定義する. 同様にHの完全直交系が定義される. 定理 1.2.5 Hはヒルベルト空間であるとし,{en}はHの直交 系であるとする. このとき,{en}が完全であるための必要十分条件 は,任意のx∈ Hと任意のε > 0に対し,{en}のある有限1次結合 y = N ∑ n=1 αnen
が存在して,条件 ∥x − y∥ < ε が成り立つことである. 定理 1.2.6 Hはヒルベルト空間であるとし,{en}はHの完全 正規直交系であるとする. このとき, x ∈ Hをフーリエ式展開に よって x = ∞ ∑ n=1 αnen, αn= (x, en), (n≥ 1) と表すとき,数列α = (αn)はl2に属する. このとき,フーリエ式展 開によってx∈ Hにα = (αn)∈ l2を対応させる写像は同型写像で ある. したがって,ヒルベルト空間としての同型 H ∼= l2 が成り立つ. 例1.2.3 ヒルベルト空間l2において, e n= (δni, i≥ 1), (n ≥ 1) とおくと,ベクトル系{e1, e2, · · · }は完全正規直交系である. 例 1.2.4 三角関数系 { 1 √ 2π, 1 √ π cos nx, 1 √ πsin nx; n = 1, 2, · · · } はL2(−π, π)において完全正規直交系である. 例 1.2.5 L2(−π, π)の関数f は, 次のようにフーリエ展開さ れる: f (x) = √1 2πa0+ 1 √ π ∞ ∑ n=1 (ancos nx + bnsin nx),
an= 1 √ π ∫ π −π f (x) cos nxdx, (n = 0, 1, 2, · · · ), bn= 1 √ π ∫ π −π f (x) sin nxdx, (n = 1, 2, · · · ). 上の右辺のフーリエ級数はL2収束の意味で収束している. 例 1.2.6 指数関数の系{√1 2πe inx; n = 0, ±1, ±2, · · ·}は L2(−π, π)において完全正規直交系である. 例 1.2.7 L2(−π, π)の関数f は, 次のようにフーリエ展開さ れる: f (x) = √1 2π ∞ ∑ n=−∞ aneinx, an= 1 √ 2π ∫ π −π f (x)e −inxdx, (n = 0, ±1, ±2, · · · ). 上の右辺のフーリエ級数はL2収束の意味で収束している. 例 1.2.8 関数系 { 1√ π, √ 2 π cos nx; n = 1, 2, · · · } はL2(0, π)において完全正規直交系である. 例 1.2.9 関数系 { √ 2 πsin nx; n = 1, 2, · · · } はL2(0, π)において完全正規直交系である. 例 1.2.10 −∞ < a < b < ∞とする. このとき,区間(a, b)上 の関数系 { 1 √ b− ae 2πinx/(b−a); n = 0, ±1, ±2, · · ·}
はL2(a, b)において完全正規直交系である. 例 1.2.11 ルシャンドルの多項式を Pn(x) = 1 2nn! dn dxn(x 2− 1)n, (n = 0, 1, 2, · · · ) と表す. このとき,関数系 {√2n + 1 2 Pn(x); n = 0, 1, 2, · · · } はL2(−1, 1)において完全正規直交系である. 例 1.2.12 エルミート多項式を Hn(x) = (−1)nex 2 dn dxne−x 2 , (n = 0, 1, 2, · · · ) と表す. このとき,エルミート関数の系 { 1 √ 2nn!√πHn(x)e −x2/2 ; n = 0, 1, 2, · · ·} はL2(−∞, ∞)において完全正規直交系である. 例 1.2.13 ラゲールの多項式を Ln(x) = ex dn dxn(x ne−x), (n = 0, 1, 2, · · · ) と表す. このとき,関数の系 { 1 n!Ln(x)e −x/2; n = 0, 1, 2, · · ·} はL2(0, ∞)において完全正規直交系である.
1.3
部分空間
本節においては, ヒルベルト空間の部分空間の性質について考察 する. ヒルベルト空間Hの部分空間Mは,Hのベクトル空間としての 部分空間のことであると定義する. このことは, Mの任意の二つの 元x, yと任意のα∈ Cに対し,次の条件(i), (ii)が成り立つことと 同値である: (i) x + y∈ M. (ii) αx∈ M. Hが内積空間であるとき,Hの部分空間Mの任意の二つの元x, y をHの元として定義された(x, y)をMの内積と考えることによっ てMは内積空間になる. このとき,次の定理が成り立つ. 定理 1.3.1 ヒルベルト空間Hの部分空間M がHの内積を制 限することによって定義された内積に関してヒルベルト空間になる ための必要十分条件はM がHの閉部分空間であることである. 定理1.3.1において,ヒルベルト空間Hの部分空間が閉部分空間 であるということは, Hを距離空間であると考えたとき, 部分空間 M がHの閉部分集合になっていることを意味する. ヒルベルト空間Hの二つの部分空間M とN が直交するという ことは,条件 (x, y) = 0, (x∈ M, y ∈ N) が成り立つことであると定義する. これを, M ⊥ N と表す. このと き, M∩ N = {0}が成り立つ. 特に, HのベクトルxとM が直交 するということは,条件 (x, y) = 0, (y∈ M)が成り立つことであると定義する. これを, x⊥ M と表す. ヒルベルト空間Hの空でない部分集合Aに対して,部分集合A⊥ を A⊥={u ∈ H; 任意の元v∈ Aに対し, (u, v) = 0} であると定義する. このとき,次の定理が成り立つ: 定理 1.3.2 上の記号を用いるとき, A⊥はH の閉部分空間で ある. ヒルベルト空間Hの閉部分空間Mに対し, M⊥をMの直交補空 間であると定義する. このとき, M ⊥ M⊥が成り立つ. さらに, M ∩ M⊥={0}が成り立つ. 定理 1.3.3 Hはヒルベルト空間であるとする. MはHの閉部 分空間であるとし, M ̸= Hであるとすると, M⊥̸= {0}である. す なわち,Hの元x̸= 0が存在して, x∈ M⊥ が成り立つ. 定理 1.3.4 ヒルベルト空間Hの閉部分空間をM とするとき, 任意の元x∈ Hは, x = y + z, y∈ M, z ∈ M⊥ と一意に表される. 系 1.3.1 定理1.3.4の記号を用いるとき,関係式 (M⊥)⊥= M が成り立つ. ヒルベルト空間Hのベクトルの集合Sが与えられたとき, Sの有 限1次結合全体のつくるHの部分空間L(S)の閉包L(S) = MをS
によって張られる閉部分空間であるという. このとき, M = L(S)は Hの内積によって定義される内積に関してヒルベルト空間になる. ここで,複素ベクトルと実ベクトルの関係について考察する. Hは複素ヒルベルト空間であるとする. このとき,Hの元xは複 素ベクトルである. このxの複素共役ベクトルをxと表す. このと き, x, y∈ Hとα∈ Cに対し,次の関係式(1)∼(4)が成りたつ: (1) x = x.¯¯ (2) x + y = x + y. (3) αx = α x. (4) (x, y) = (x, y). このとき, x ∈ Hが実ベクトルであることは,条件x = xが成り 立つことであると定義する. いま, x∈ Hに対し, x1 = x + x 2 , x2 = x− x 2i とおくと, x1 = x1, x2 = x2 であって,等式 x = x1+ ix2, x = x1− ix2 が成り立つ. このとき x1 = Re (x), x2 = Im (x) と表して, x1はxの実部であるといい, x2はxの虚部であるという. このとき, H1={x ∈ H; x = x}
とおくと,H1は実ヒルベルト空間であって,
H = H1⊕ iH1