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探すことになり その役目が私に回って来たのである 26 日 北京時間 20:45 にウルムチを飛び立った飛行機は1 時間半の実質飛行で カザフスタン時間 20:40( 北京時間とは2 時間の時差があり時計を後へ2 時間戻す ) アルマトイ国際空港に到着 小綺麗な空港で 入国手続き場所も質素で ロシア

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中央アジア国際鉄道の旅(上)

今回、中国新疆ウイグル族自治区と国境を接する国、カザフスタン共和国のアルマトイ市と首都アスタナ市を訪問する機 会を得た。2月 26 日上海の虹橋空港から北西へ 3650km のウルムチ・地窝舗空港まで5時間飛行し、ウルムチでアルマトイ行 きに乗り換える。虹橋で預けたスーツケースはアルマトイまで運んでくれ、人間はウルムチで出国の手続きをするだけである。 トランジットに7時間程あったので、ウルムチ空港近くのホテルで休憩した。ウルムチを訪れるのは5年ぶりである。前日に降っ た雪が町全体を白く覆い、気温はマイナス4℃と機内のアナウンスが伝えた程実際の肌感覚は寒く感じなく、空気も上海よりき れいだった。ウイグル人の友人が手配してくれた車でホテルに入ったが、駐車場の入口で、安全検査員が車を一巡し底部を、 更にドアを開けさせ中の乗客を観察する。ホテルの入口でも荷物のX線検査とボディタッチがあり、至る所で検査・検査と厳重 な体制である。一時期テロの爆発事件があったのでそれへの対応であろう。運転手の話では、人が多く集まるマーケットやデ パートの入口でも同じような厳しい検査があると言う。空港入口の料金所では乗客が自主的にドアを開けないと、警戒中の警 察官に下車を命ぜられ更に綿密な検査がなされる。 ウルムチの飛行場はこの数年で大きく拡張され現在はターミナルが3つもある。2016 年の年間空港利用者は 2000 万人 を超え、国内 60 以上の都市、海外も 27 都市と合計 220 本の飛行がある。国際線の第三ターミナル(T3)の入出国管理所の 窓口も沢山ありスムーズに出国出来た。カザフスタン共和国への入 国ビザは日本パスポートであれば必要がなく、アルマトイの空港で 自動的に 30 日の滞在ビザがもらえる。中国パスポート持参者は事 前のビザ取得が必要である。この事が今回私が通訳の仕事でカザ フスタンに出張することになった理由である。本来今回の出張の通 訳は中国人が行く予定で事前に上海のカザフスタン領事館に申請し ていたが、各種書類の追加提出要求があり、出張日程に間に合わ なくなりそうだったので急遽ビザの事前申請必要ない日本人通訳を ウルムチ行きの国際列車(4 本レール) ウルムチ近くの上空

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2 探すことになり、その役目が私に回って来たのである。 26 日、北京時間 20:45 にウルムチを飛び立った飛行機は1時間半 の実質飛行で、カザフスタン時間 20:40(北京時間とは2時間の時差があり 時計を後へ2時間戻す)アルマトイ国際空港に到着。小綺麗な空港で、入 国手続き場所も質素で、ロシア語と英語の申請書に名前とパスポート番 号を記入し提出したら、その申請書に30日滞在許可のスタンプが2つ(1 つで5日間以上滞在の場合は最寄りの派出所に届けが必要)押され返し てもらい、出国までこの用紙を無くさない様注意があった。空港の出入口 には「2017 年万博開催」の看板があり、出迎えのハイヤーに乗車し、宿泊 ホテルへ向かう。途中の景色は派手なネオンや広告も少なく静かな町で、20 分程で到着。アルマトイ市はアルマティ(Almaty) とも言われ(私は世界地理でアルマータと習った)カザフスタン共和国の南東部に位置し(札幌とほぼ同じ緯度)、経済、教育、 文化の中心地で、「南の首都」とも呼ばれる。市内の南側に天山 山脈の支脈アラタウ山脈を控え海抜 1000m の南北に緩やかな坂 の町で、中央アジア、カザフスタン最高水準の都市で、1997 年ま で同国の首都であった。人口は約 170 万人。今年 2017 年1月 29 日~2 月 8 日、第 28 回ユニバーシアード(学生のためのオリンピ ック)冬季競技大会が開催され、スキー等で日本は金メダル6個を 獲得した。 カザフスタン共和国(Republic of Kazakhstan)の概略を紹介する。国 名は、カザフ人の自称民族名の「カザク」とペルシア語で「~の国」を意味 する「スタン」の合成語である。面積は約 272 万 k ㎡、日本の約7倍、世 界で9番目に大きく、地理的にはユーラシア大陸の中央部に位置し、北 緯 48 度線で、大体サハリンと同じくらい。東は中国の新疆ウイグル自治 区、北はロシア、西はカスピ海、南はウズベキスタンやキルギスタンと国 境を接している。人口は約 1800 万人、カザフ人が 66%、ロシア人が 21%、 その他 100 以上の民族が暮らす多民族国家である。1991 年 12 月のソ連崩壊後、カザフスタン共和国として独立し(独立 25 周年 を記念する「25」の数字が眼に着く)、首都は 1998 年から北部の アスタナへ市。アスタナ市の都市設計は日本の建築家・黒川紀章 の計画案に基づき作られたもので、日本国大使館がある。日本と の政府関係では 2006 年 8 月に小泉純一郎首相が、安倍首相は 2015 年 10 月に訪問し、ナザルバエフ大統領が翌年 2016 年 11 月に訪日するなど友好的な関係を保っている。産業的には鉱物 資源関連の輸出国で、原油が輸出額の約 50%を占め、鉄鋼が 12%、銅が 8%と続く。地下資源鉱物の採掘量としてはウラン、クロム、亜鉛等世界のトップ 10 に入るものが9種類もある。2015 年のカザフスタンの名目 GDP は 1844 億ドルで一人当たりの GDP は 10,426 ドル 世界第 63 位である。またアラル海東方にはロシ アの宇宙ロケット発射基地(2050 年までロシアが租借)で有名な バイコヌール宇宙基地がある。首都のアスタナ市では今年 6 月 15 日から「Future Energy」をスローガンに 3 か月世界博が開催さ 首都アスタナ市内 2017 年ユニバーシアード冬季競技大会

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3 れる為、彼方此方にその看板・標語が見られ、日本館も建設中。 今回の私の出張は日本のある機関の 上海事務所からの依頼による市場調査の 仕事で、カザフスタンに進出している中国企 業及び政府機関を訪問し、投資環境等実情 ヒアリング時の中国語通訳である。上海から の日本人とタシケントからの日本人2人とア ルマトイで合流し、27日と28日はアルマト イ市、3月 1 日は首都アスタナ市に進出企業 の訪問であった。1 日夜アルマトイ市に戻り、 私の通訳仕事は終了。彼等は 2 日ウズベキ スタン共和国のタシケントに移動、引き続き 企業訪問のヒアリング調査を続けた。私はウズベキスタンのビザは時間がなく事前取得してなかった為同行できず、2日以降 フリーとなった。 カザフスタンに進出している中国企業の投資環境調査に関して、私が詳細を述べる事ではないが、簡単に言うと、カザフ スタンは、国土が広く、石油、鉱山物等の特産物があるが、人口が多くなく市場的にはあまり期待できない。カザフ人の素質は 悪くないが、急激な市場開放は、国内の労働力を奪うことになると心配があるのだろうか、中国企業職員の入国を制限し、中 国から派遣職員 1 人に対し 1:9 の比率の現地人雇用が義務づけられ、これが一番の問題。中国政府が提唱している『一帯一 路』政策の直接的メリットが高くないという反応は予想外だった。 カザフ訪問は始めてで鉄道マニアの私は折角な ので、戻りは飛行機ではなく国際列車でアルマトイから ウルムチへ帰る事にした。しかし問題は国際列車の寝 台車の切符の購入だが、事前に上海とウルムチで調 べたが要領が得ず、アルマトイに着いてから探し、ダメ なら飛行機にすればよいと思ってやって来た。幸いに、 中国工商銀行がアルマトイに支店を出しており、中国 企業の訪問先にもなっており、支店長が元東京支店長 を経験した人で、しかも私が大和証券勤務時代、工商 銀行の日本での円建て債券(サムライ債)発行時、主 幹事を務めた関係で知り合った工商銀行の友人の同 僚との事で、紹介してもらい色々助けてもらった。 2日(木曜日)12 時、ホテルをチェックアウトし、別の安いホテルへ移動(仕事が終わったの でそれ以降の宿泊等は自己負担)。 移動には工商銀行アルマトイ支店 長が、現地職員で中国語が出来、 車運転が出来るカザフ人のハナティ ー君(彼は 30 歳で中国新疆の西 「伊寧」近くのカザフ族県出身でアル マ ト イ に 働 き に 来 て 、 年 に 数 回 帰 アルマトイ市内からアラタウ山脈を望む アルマトイ第 2 駅 カザフスタン 10000 テンゲ紙幣

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4 る、同じカザフ族の美しい奥さんの写真を見せてもらった)を私にアテンドさせてくれ た。ホテル変更後、早速鉄道のアルマトイ第2駅(別に第1駅もある)へ 13 時頃案内 しもらった。ロシア時代の古い小さい建物の駅で、チケット販売窓口に行ってみたが、 直接交渉は出来ず、自動申し込み機で受付番号をもらい、呼び出しの順番を待つ。 申し込み機の入力はロシア語とカザフ語なので、もしハナティー君が居なければ私 はお手上げである。順番が来て窓口へ、中年のカザフ人叔母さん駅員が対応、彼 女の話だと、ウルムチへの国際列車は毎日はなく、日曜か火曜の夜中に出る列車 しかない。一番早くて、日曜日5日発の列車がある。それまでアルマトイに留まるし かない。国際列車の料金は月替わりで為替レート調整の関係で正確な金額がすぐに計算できないし(それでも何とか概算の4 万テンゲを聞き出す)、昼休み時間になるので 15 時以降出直すよう、しかも支払にクレジットカードは使えず、カザフ通貨テン ゲの現金のみと言う。仕方なく、彼の案内で市街地にある両替所(大きな通りの至る所にあり、店の入口にレートが表示されて いて店によってレートが違う)へ行き、テンゲ(KZT)に両替した。米ドルがOKなのはわかるが今時、日本円が通じない国もあり、 逆 に 人 民 元 が O K な の に は 驚 い た 。 上 海 の 銀 行 で 人 民 元 か ら 両 替 し た 米 ド ル 現 金 (USD=315.4KZT) と 人 民 元 現 金 (CNY=44.5KZT)の両方で両替した。彼とカザフ料理店で昼食をとり、駅に戻り3月5日(日曜日)00:16アルマトイ第2駅発 ウ ルムチ南行き、1号車5番下段寝台席(4人乗りコンパートメント)のチケットがようやく入手出来た。チケットは2枚からなり、一 枚は乗車券(28,232 テンゲ)、もう一枚は寝台車の指定券(6,750 テンゲ)、 合計金額 34,982 テンゲ(約 12,500 円,約 790 元)だった。航空チケットが 約 1500 元(飛行時間約2時間)なので、列車の実際乗車時間 32 時間を 考えると安いと言える。 国際列車の寝台車券が購入できたので一安心、ハナティー君にホ テルまで送ってもらった。変更した IRIS ホテルも工商銀行より紹介して 貰ったもので、それまで宿泊していた5つ星のインターコンチネンタル(1 泊 40000 テンゲ)と比べ3星(1泊 17000 テンゲ)であるが、朝食が付き、 無線 WiFi があり悪くはない。何よりもロケーションが良く、市内の南北を 貫くフールマノフ通りに面し、アルマトイ市唯一の地下鉄「アバイ駅」まで徒歩で5分、カザフスタン国立中央博物館までも徒歩 10分と大変便利である。夕食はどこで食べようかと迷ったが、ホテルの向かい側にロシ ア語だが「Sushi Bar」と読めるレストラン風の店があったので 10 時頃思い切って入って みた。中はそんなに多きくはなく、奥で若者が何人かビールを飲んだり、水たばこを吸っ たりして騒いでいる。ウエーターがロシア語のメニューをもって来て、何か言ったが分か らず、「Sushi」と言っても珍しくもないので頼まず、「Sarada」とメニューの中の適当なも の を 指 さ し、飲み物は『Beer』と言っても通じない、メ ニューをじっくりと読みビールはロシア語で 『ピーボ』という事がわかり「Heiniken」を注 文。暫くすると剥きエビの野菜サラダと小 瓶の冷たい「ハイネッケン」が出てきて一息 つく。更にジャガイモの揚げボールを注文。 最後に「ウットカ」を1杯注文しそれを飲み 干し満足してホテルへ帰った。サービス税 10%込みで 4700 テンゲ(100 元強)安いもの 工商銀行アルマトイ支店ハナティー君と「コクトベ」で で」 アルマティ市内の中心 共和国広場と独立記念像

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5 である。 翌日3日朝9時頃に起き、ホテル内の道路に面したレスト ランで窓際の席から小雪が降る中行き交う人々を見ながら、ゆ っくりと 11 時頃迄昼食を兼ね豊かな気持ちで朝食を取った。午 後からはまた工商銀行のハナティー君にお願いして車でアルマ トイ市内を案内してもらった。市内は小雪が降っていたが先ず 行ったのが「コクトベ」である。ここは市の南東に位置し海抜が 1130m の高台で、山頂から市内が一望できる。高さ 327mのテ レビ塔が立っており町のシンボルとなっている。生憎霧がかか りはっきりと市内は一望できなかったが、雪景色と小動物園を 楽しんだ。 それから第二次世界大戦中、モスクワに出征した際イヴァン・パン フィロフが率いる 28 人の戦士を記念して建てられたパンフィロフ 28 戦士 公園、その公園内にある 1907 年に建てられた木造建築のロシア正教 のヴァンズネセンスキー正教会を見学、教会の中ではミサが行われて いた。イスラム教徒のハナティー君は中には入らなかった。 更に公園内に 1908 年建築の民族楽器博物館を見学。ここにはカ ザフを代表する弦楽器のドンブラ(ハナティー君は弾ける由)等伝統民 族楽器が 100 種類ほど展示され、民族音楽が流れそれに静かに耳を傾 けた。 それから北西部に日本人墓地があるというのでお参りしたかった が夕暮れになり断念した。第二次世界大戦後カザフスタン全土で6万人 近い日本人抑留者が連れて来られ、1393 人が亡くなった。アルマトイ市 にも第 40 戦争捕虜抑留所等が置かれ、抑留者は主に、旧国会議事堂、 第7発電所等の市内建設に従事させられ、墓地には 145 名が埋葬され ている。第7発電所は今でも使われ日本人の「勤勉さ」がカザフ人の日 本人感を高めている由。 それから、カザフスタンとアルマトイの地図を買うべく本屋に案内し てもらった。同時に、アルマトイの絵葉書とロシア語・中国語会話の本(後で国際列車の中で役に立つ)を購入した。 夜はまた散歩を兼ね一人でホテルから徒歩 10 分位 の中央博物館地下広場の飲食街に行ってハンバーガー を食べた。そこで日本発見があった。何とそのハンバーガ ー屋の隣のロシア語看板をよく見ると[Susi]「MamaSan」と 読める更に縦書きでこれは日本語で「お母さん」と掲示されている。売っ ている物自体は各種のカルフォルニア巻き寿司なのであるが、こんなと ころにも日本食が普及しているかと思うと嬉しくなった。アルマトイ商工会 パンフィロフ 28 戦士公園 ヴァンズネセンスキー正教会 民族楽器博物館 寿司屋さん「MamaSan」 「MAMASAN」

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6 議所のデーターによると現在日本人は 150 人ほど滞在し、日本レストラン は大小入れると十数軒ある由。滞在中に派手な看板の『相撲さん』と言う店 で昼食を取った。メニューに日本式の「定食」があり、「かつ丼定食」を注文 した。値段は 3000 テンゲ(訳 1000 円)で味もまあまあで悪くなかった。 翌日4日(土曜日)はいよいよウルムチへ向け出発である。チェックア ウト前に絵葉書を日本と上海に出すべくホテルフロントに頼んだが、断ら れ、近くの郵便局は土曜日で休みとの事。週末でも開いている郵便局があ るはずだとしつこく尋ね、住所を教えてもらった。5つ星「カザフスタンホテ ル」の近くまで徒歩 15 分程、地図を頼りに何とか郵便局を見つけ絵葉書を 航空便で出す事が出来た(2通で 900 テンゲ)。 郵便局への途中の路地で週末の自由市場が開 かれていたので、りんご、ミカン、ヨーグルト、カマン ベールチーズを購入。これらがまさか後で国際列車 内の食料になるとその時は考えてもみなかった。 更に時間があったので、アルマトイの地下鉄を 見学しようと挑戦してみた。自由市場の近くに地下鉄 「アバイ」駅の入口があり、恐る恐る入った。切符売り 場は安全チェックを終えた所にあり、どこの駅まで行 っても一律 80 テンゲ(約 2 元)のブラスチックのチップ「ジェトン」を購入。改札口でそのチップを入れ(戻ってこない)廊下を進む と、目の前に突然 100mはあろうかと思われる長いエスカレー ターが現れる(上下各2本ずつ合計4本あり)。アルマトイの地 下鉄はモスクワと同じくこんな深いところに作られているかと びっくりしながらプラットフォームへ。天井は高く両側に列車が 入る様に配置されている。現在路線は「アルマタイ第2鉄道 駅」と「サイン駅」間の1本しかなく、その他の路線は現在建設 中との事である。列車は 10 分間隔で運行され、上海と違って 乗客も少なくゆっくり座れる。時間が十分あったので、先ず片 方の終点「サ イン駅」迄行 き、改札を出 ず 、 改 札 口 隣にあった「Police」看板を何気なく写真に撮ろうとしたら「NO」と言われた。も う片方の終点駅「アルマタイ第2鉄道駅」は地図を見ると今晩国際列車が出る 鉄道駅の近くらしいので下見を兼ね行って見ることにした。終点から終点まで 20 分程の乗車だった。 「アルマタイ第2鉄道駅」から地上の改札口までは「アバイ」駅の様な深さ はなく、普通の深さだった。鉄道駅まで5分程歩くと前日一度来た駅舎が見え た。駅内は切符がなくても自由にプラットフォームに入れるので、入って待って いると首都アスタナとアルマタイを結ぶ特急寝台列車「タルゴ」が入って来た。 これは新型の綺麗な車両で一日数往復運行されており片道 13 時間かかると カザフスタン国立中央博物館 アルマトイ市の地下鉄 日本レストラン「相撲さん」

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7 の事である。これでホテルから鉄道 駅までタクシーが捉まらない場合で も地下鉄があると安心。また地下 鉄でホテル近くの「アバイ」駅まで 戻る。「アバイ」駅に戻った際、最終 列車が何時か知りたく、チケット売 り場の駅員に聞いたが英語が通じ ず、窓口で困っていると、学生らし い青年二人が英語で手助けしてく れ最終運行時間は23:30であるこ とが分かった。遅くまで営業してい るものである。 2017 年3月 26 日 伊藤俊彦 中央アジア国際鉄道の旅(下)に続く アルマティ第 2 駅 特急寝台車の電気機関車 特急寝台列車「タルゴ」 カザフ族民族衣装

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