第2章 財政政策の非ケインズ効果をめぐる論点整理
1.はじめに
90 年代入り後の数次にわたる景気対策の結果、日本の政府債務が急増し、その将来 負担が懸念される状況となっている。政府は、足許の景気動向が、悪化しつつあり、 厳しい状況にあるとの判断から、景気に配慮した財政運営を継続しているが、財政状 況が一段と厳しさを増していることから、景気回復に重点をおいた財政運営のスタン スを見直すべきだとの意見も相次いで表明されている(財政赤字を憂える会(1999)、 富田(1999,2001)、賀来・鈴木(2000))1。 本稿の目的は、このような現状を踏まえつつ、今後の財政運営のあり方について、 通時的な財政調整を重視する立場から論点整理を行うことである。一連の金融システ ム不安等に端を発した 97 年以降の景気後退局面では、不況の深刻化を防ぐために「何 でもあり」の政策運営が図られてきた。当時の厳しい状況を考えると、このような政 策運営は、非常時の緊急避難的措置として必要やむを得ないものであったと評価する こともできるが、現時点においても拡張的な財政運営を継続すべきかという点につい ては、中長期的な財政運営の安定性を考慮に入れて、慎重に判断することが必要であ ろう。 短期的な財政運営にも中長期的な視点が必要なのは、家計や企業の消費や投資に係 る意思決定が、現時点の経済状況だけでなく、将来の見通しを考慮に入れて(forward looking に)行われると考えられるからである。家計が通時的な予算制約を考慮に入れ て最適化行動を行なっている場合には、政府が公債を財源として減税を行なっても、 減税が消費を増加させる効果をもたなかったり(等価定理)、あるいはむしろ減税が消 費を減少させてしまう場合があり(非ケインズ効果)、この場合には、望ましい財政運 営のあり方がケインズ的な発想にもとづくものとは異なったものとなる可能性がある。 特に重要なのは、財政政策の効果に何らかの非線形性があり、一定の経済環境や財政 状況のもとでは、増税や財政支出の削減が景気にむしろプラスの影響を与える可能性 があることである。この効果は、財政政策の非ケインズ効果とよばれるもので、1983 年から 86 年にかけてのデンマークや 1987 年から 89 年にかけてのアイルランドでこの 効果が生じたとの指摘がなされている(Giavazzi and Pagano(1990))。非ケインズ効果 が生じる局面では、財政再建と景気回復という二兎を同時に追うことができるので、1今年4月に発足した小泉内閣は、「構造改革なくして景気回復なし」(第 151 回国会における小泉内閣総
理大臣所信表明演説)との認識を示しており、政府においても財政再建に重点を置いた財政運営への政策 変更が企図されているところである。
財政再建か景気対策かという、財政運営をめぐる最近の政策論争とは別の視点で今後 の財政運営のあり方を議論することが可能になる2。この意味において、財政政策の非 ケインズ効果について論点整理を行なっておくことは、今後の財政運営の選択の幅を 広げるうえでも有益であろう。そこで、本稿では、財政政策の非ケインズ効果に関す る研究の論点整理を行うとともに、それを踏まえて今後の財政運営のあり方について 議論することとしたい。 本稿の次節以降の構成は以下の通りである。まず、第2節では、財政政策の非ケイ ンズ効果に関する従来の研究を概観し、次に、第3節で、Perotti(1999)のモデルをも とに日本を対象にした実証分析を試みる。続いて、第4節では、非ケインズ効果の政 策的含意をもとに今後の財政運営のあり方について議論する。第5節は本稿の結論部 分である。
2.論点整理
従来の伝統的なマクロ経済学の枠組みでは、増税や財政支出の削減は総需要を減少 させ、GDPや民間消費にマイナスの影響を与えるものと考えられてきた。しかしな がら、1980 年代のデンマークやアイルランドの経験は、このような「ケインズ効果」 がつねに生じるわけではなく、一定の経済環境や財政状況のもとでは、財政再建が景 気にむしろプラスの影響を与える場合があることを示している。これは財政政策の「非 ケインズ効果」といわれるものであるが、このような効果が生じることは理論的にも 説明が可能である。 いま、課税による資源配分のゆがみが通時的に最小になるように課税平準化(tax smoothing)が行われている場合を基準にして、その場合よりも税負担が先送りされて いるような経済を考えよう。この経済においては、現時点における税率が課税平準化 のもとでの最適な税率よりも過小になっており、その結果、過大な財政赤字が生じて いることになる。ここで、現在から将来にわたる財政支出の流列は不変のまま、将来 時点への先送りをやめて現時点で増税を行うと、異時点間の税負担の配分が課税平準 化のもとでの望ましい配分に近づくことから、全体として課税のゆがみが減少し、そ の分だけ家計の生涯にわたる可処分所得が増加することになる。したがって、家計が 現在の所得だけでなく、将来の見通しを考慮に入れて forward looking に行動してい る場合には、現時点の増税がむしろ民間消費を増加させる可能性がある。これが非ケ 2景気回復と財政再建を別の方向に走る二羽の兎に喩える比喩は、平成 12 年度の予算編成に際して小渕恵 三元首相によって用いられたものである。「健全なる財政がもとより重要であることは申すまでもありま せん。私は、来年度末の債務残高が 645 兆円にもなることを重く受け止めております。財政構造改革と いう重要な課題を忘れたことは、片時もありません。しかしながら私は今、景気を本格軌道に乗せるとい う目的と財政再建に取り組むという重要課題の双方を同時に追い求めることはできない、『二兎を追うも のは一兎をも得ず』になってはならない、と考えております」(第 147 回国会における小渕内閣総理大臣インズ効果の生じる基本的な理由である。このように、財政政策については、経済環 境や財政状況に応じてケインズ効果が生じる局面と非ケインズ効果が生じる局面が存 在するが、このような政策効果の非線形性が生じる理由としては、政策の発動に何ら かのトリガーがあることを仮定するもの(Blanchard(1990),Bertola and Drazen(1993) と流動性制約家計の存在を仮定するもの(Perotti(1999))がある。 Blanchard(1990)は、課税による超過負担に非線形性が存在し、税率が一定の水準を 超えると急激に大きな超過負担が生じるような経済において、増税が民間消費に与え る影響を分析している。このモデルの枠組みは、Blanchard(1985)タイプの連続型重複 世代モデルなので、現時点の政府債務残高(対 GDP 比)が低い場合には通常の世代重複 モデルと同様に増税は生涯にわたる可処分所得を減少させ、その結果民間消費の減少 がもたらされることになる。これに対し、現時点の債務残高が十分に高く、政府債務 の持続可能性を保つために近い将来大幅な増税が行われることが懸念される状況では、 現時点の適切な増税によって近い将来の大幅な増税が回避されるという予想が形成さ れる場合、将来の見通しが改訂されて大幅な増税に伴う超過負担の分だけ生涯にわた る可処分所得が増加することから、この場合には現時点における増税がむしろ民間消 費にプラスの影響をもたらすことになる。したがって、Blanchard(1990)のモデルでは、 政府債務残高(対 GDP 比)が一定水準より低い場合には増税が民間消費を減少させると いう通常のケインズ効果が、また、政府債務残高(対 GDP 比)が十分高い場合には増税 が民間消費を増加させるという非ケインズ効果が生じることになる。
また、Bertola and Drazen(1993)は、歳出面に着目し、政府規模(政府支出の対 GDP 比)がある閾値を超えると、一定の確率で財政改革(政府支出の大幅な削減)が行わ れるような経済を想定して、政府支出と民間消費の関係を分析している。この経済に おいて、家計は初期時点の純資産残高と毎期の所得の流列を所与として無限期間の効 用最大化を行い、通時的な消費平準化(consumption smoothing)のもとで毎期の消費水 準を決定している。この経済で利用可能な資源は、民間消費と政府支出に充てられる が、政府支出には何ら価値がなく、家計の効用は民間消費の水準のみに依存するので、 現時点で予想される将来の政府支出の割引現在価値が大きいほど家計の生涯にわたる 可処分所得が小さくなり、その結果、現時点における民間消費の水準が低くなること になる。 このように、民間消費の動向は将来の財政運営の見通しに大きく影響されるが、将 来の財政運営の動向を予想するにあたっては、現在の財政運営のスタンスが重要なシ グナルの役割を果たすことから、現在の政府支出の増減は、現時点における直接的な 効果だけでなく、将来の期待形成に対する間接的な効果を通じても現時点の民間消費 の水準に影響を与えることになる。Bertola and Drazen(1993)のモデルでは、政府支
出はプラスのドリフト付のランダムウォーク過程にしたがい、政府支出の水準が一定 の閾値に達した段階で財政改革(大幅な歳出削減)が行われることになるので、家計 はこの点を考慮に入れて現在の財政運営のスタンスをみながら将来の財政運営につい ての見通しをたて、それをもとに現時点の消費水準を決定する。この場合、現在の政 府規模が閾値に比べて十分小さく、近い将来財政改革が行われそうにない状況では、 現在の政府支出の増加は将来の政府支出の割引現在価値を増加させ、この結果、現時 点における民間消費の減少がもたらされることになる。これに対し、現在の政府規模 が十分大きく、近い将来閾値に達してしまうような状況では、現在の政府支出の増加 は近い将来の財政改革につながり、大幅な歳出削減による将来の財政負担の減少が予 想されるため、この場合には民間消費の増加がもたらされることになる。したがって、 Bertola and Drazen(1993)のモデルでは、政府支出の対 GDP 比が十分に小さい状況で は非ケインズ効果が、十分に大きい場合にはケインズ効果が生じることになる。 これらの研究は、財政運営に係る調整費用の非線形性に着目したものであるが、流 動 性 制 約 家 計 の 存 在 に 着 目 し て 政 策 効 果 の 非 線 形 性 を 説 明 し た も の と し て Perotti(1999)がある。Perotti(1999)は、流動性制約のもとで現時点の所得のみに依 存して現在の消費水準を決定している家計と流動性制約がなく通時的な最適化のもと で現在の消費水準を決定している家計がともに存在する経済を想定し、政府支出と税 収の変動がこの両者の消費水準に与える影響が反対の方向に働くことを利用して政策 効果の非線形性を導いている。 いま、一括税が利用可能でなく、課税が資源配分のゆがみ(超過負担)をもたらす 経済において、課税平準化のもとでの望ましい税負担の配分よりも負担が将来に先送 りされている(したがって、現時点の税負担が課税平準化のもとでの望ましい水準よ りも過小になっている)状況を考えよう。この経済において、政府支出には一定の乗 数効果があるものと仮定する。 この経済において現時点の政府支出の増加が民間消費に与える影響を考えると、通 時的な最適化を行なっている家計については以下の2つの経路を通じて影響が及ぶこ とになる。ひとつは、政府支出の増加による乗数効果によって所得が増加し、これに よって家計の消費が増加するという経路である。もうひとつは、現時点における政府 支出の増加が将来の税負担の増加をもたらし、これに伴う超過負担の増加とあいまっ て家計の生涯にわたる可処分所得が減少することから消費が減少するという経路であ る。一方、流動性制約のもとにある家計については、現在の所得水準のみにもとづい て消費水準が決定されるため、政府支出の乗数効果によって所得と消費の増加がもた らされることになる。したがって、現時点における政府支出の増加が経済全体の消費 水準に与える影響は、乗数効果による所得増の効果と歳出増に伴う将来負担の増加の 効果のいずれが大きいかということに依存して決定されることになるが、課税に伴う 超過負担は、現在から将来にわたる税負担の割引現在価値が大きければ大きいほど、
また、負担が将来に先送りされていればいるほど大きくなるので、将来の税負担の水 準が高く、かつ負担が先送りされているほど、また、流動性制約家計の比率が低いほ ど、現在の政府支出の増加が民間消費を増加させる効果が小さくなり、政府支出の増 加が民間消費を減少させるという非ケインズ効果が生じやすくなる。 次に、現在から将来にわたる政府支出が不変のもとで、現時点における増税が民間 消費にどのような影響をもたらすかを考えると、通時的な最適化を行なっている家計 については、現時点における増税は将来時点への負担の先送りの是正を意味し、増税 によって異時点間の税負担の配分が課税平準化のもとでの望ましい配分に近づくこと から、課税による超過負担が減少し、このため現時点における消費の増加がもたらさ れることになる。これに対し、流動性制約のもとにある家計については、現時点の増 税によって税負担が増加するとともに、それに伴う超過負担も増加することから、現 時点の可処分所得が減少し、消費の減少がもたらされることになる。したがって、現 時点における増税が経済全体の消費水準に与える影響は、このいずれの効果が大きい かということに依存して決定されることになるが、流動性制約家計の比率が十分に低 い場合には、現在から将来にわたる税負担の割引現在価値が大きければ大きいほど、 また、負担が将来に先送りされていればいるほど、現時点の増税による異時点間の資 源配分の適正化の効果が大きくなるので、非ケインズ効果が生じやすくなる。 以上のように、財政政策の政策効果については、経済環境(流動性制約家計の比率) や財政状況(政府規模や政府債務残高の大きさ)によって、ケインズ効果が生じる局 面と非ケインズ効果が生じる局面があることが理論的な分析から示唆されるが、この ような政策効果の非線形性は実証分析においても確かめられている。
非ケインズ効果の存在を最初に確認したのは Giavazzi and Pagano(1990)である。 この研究では、1980 年代のデンマークとアイルランドの事例をもとに、財政改革がマ クロ経済に与える影響が分析されている。1980 年代初頭に両国ではいずれも大幅な財 政赤字が生じ、これに対処するために 1982 年から財政改革が試みられた。この財政改 革の効果は対照的で、デンマークでは緊縮的な財政運営にもかかわらず民間需要が増 加し、財政再建と景気回復が同時に達成されたのに対し、アイルランドでは財政再建 が景気にマイナスの影響を与えるという通常のケインズ効果がみられた。このような 対照的な結果がもたらされた理由について、Giavazzi and Pagano(1990)はアイルラ ンドで流動性制約家計の比率が高かったという点を指摘している。アイルランドでは 1987 年から再び財政改革が行われたが、このときには財政再建が成功し、財政再建と 景気回復が同時に達成された。1980 年代前半のデンマークと 80 年代後半のアイルラ ンドの経験において興味深い点は、財政改革が実質金利の低下をもたらし、これに伴 って資産価格の上昇がみられたことであり、民間消費の増加は、非ケインズ効果によ らなくとも資産効果によって説明できる可能性がある。しかしながら、Giavazzi and Pagano(1990)の分析によれば、この期間中の民間消費の増加は資産効果のみによって
は十分に説明することができず、政府支出の削減による将来の財政状況の見通しの好 転が民間消費の増加につながったことが示唆される。 このように、現時点における財政運営のスタンスの変更が、将来の財政運営につい ての見通しを変化させることを通じて現在の民間消費の動向に影響を与えるとすれば、 現時点における政策変更が大幅なものであるか否か、継続的なものか一時的なものか によって政策効果が異なったものとなる可能性がある。また、財政政策の効果に非線 形性があるとすれば、拡張的な方向への政策変更と緊縮的な方向への政策変更が民間 消費の動向に異なった影響をもたらすことも考えられる。Giavazzi and Pagano(1995) はこれらの点を踏まえ、国別データを用いて分析を行なっている。OECD 加盟 19 か国 の 1970 年代後半から 1992 年までのデータを用いた実証分析によれば、大幅かつ継続 的な財政政策の変更が行われた場合に非ケインズ効果が観測されるが、非ケインズ効 果は拡張的な方向への政策変更の場合にも生じること、非ケインズ効果は政府支出を 通じる経路だけでなく、課税や社会保障移転を通じる経路によっても生じることが確 かめられた。
Giavazzi and Pagano(1995)は財政運営のスタンスに着目して分析を行なったもの であるが、Perotti(1999)は、同様に OECD 加盟国を対象にして、各時点の財政状況の 違いが財政政策の効果に変化をもたらすかという点について分析を行なっている。 OECD 加盟 19 か国の 1965 年から 1994 年までのデータを用いた実証分析によれば、財 政赤字や政府債務残高が一定の水準以下におさまっている「平時(good times)」では 通常のケインズ効果が観測されるが、財政赤字や政府債務残高が一定の水準を超えた 「非常時(bad times)」には政府支出の増加が民間消費の減少をもたらすという非ケイ ンズ効果が認められる。増減税が民間消費に与える効果についても、同様に非ケイン ズ効果が生じる可能性がうかがわれるが、この点は定式化に依存し、必ずしも頑健な ものとはなっていない。
Giavazzi,Jappelli and Pagano(2000)は分析対象をさらに拡張し、OECD 加盟国のデ ータに加えて、途上国についても分析を行なっている。OECD 加盟 18 か国の 1970 年か ら 1996 年までのデータを用いた実証分析によれば、財政政策の変更が大規模かつ継続 的な場合に政策効果の非線形性が顕著であり、また、歳出よりも歳入に係る政策変更 の方が非線形性が明確であることが確認された3。政策効果の非線形性は拡張的な方向 への政策変更の場合にも生じるが、緊縮的な方向への政策変更の方が非線形性が明確 である。政府債務残高や政府債務の増加するスピードは、政策効果の非線形性の発現 に影響を与えない。一方、150 か国の 1960 年から 1995 年までのデータを用いた実証 3 Perotti(1999)によれば、歳入に係る政策変更の効果は、歳出に係る政策変更の効果よりも不明確で、 流動性制約家計の比率が十分に高い場合には、歳入面の政策変更は非ケインズ効果をもたらさない。 Giavazzi,Jappelli and Pagano(2000)の実証結果は Perotti(1999)の分析から予想されるものとは反対の 結論となっている。
分析では、拡張的な財政運営の場合にも非線形性が観測され、また、政府債務残高の 大きさにかかわらず、政府債務が急速に増加している場合に非線形性が生じやすいこ とが示された。 以上の先行研究を踏まえると、財政政策の非ケインズ効果を考えるうえで重要なポ イントのひとつは、財政改革の継続性である。家計が forward looking に行動してお り、ある時点の消費が将来の財政運営のスタンスについての予想に依存して決定され る場合には、当該時点の財政運営のスタンスが将来にわたってどの程度継続性をもつ ものかによってその効果が異なったものとなることから、財政再建に向けた政府の信 認を確立するための努力(財政再建計画の策定等)が重要な意味を持つ可能性がある4。 また、政策変更が行われる時点の財政状況も政策効果に影響を与えることが考えられ る。そこで、次節では、これらの点に着目しつつ、日本を対象とした実証分析を行う ことにしたい。
3.実証分析
3.1 モデル
本節では、Perotti(1999)のモデルをもとに、日本を対象とした実証分析を行う。 いま、Campbell and Mankiw(1989)と同様に異時点間の予算制約を考慮して通時的な 最適化を行なっている家計と、流動性制約のもとで現時点の所得のみに依存して消費 に係る意思決定を行なっている家計がともに存在する経済を想定し、この経済におい て財政支出や税収の変動が家計の消費に与える影響を考える。財政支出や税収に係る 政策変更が両タイプの家計の消費に与える影響は、それぞれ u t T t u G t u u tC
=
γ
ε
+
γ
ε
+
η
∆
1 2 (1)(
(
)
)
c t t t t T t c G t c c tE
Y
Y
C
=
γ
ε
+
γ
ε
+
µ
Ω
−
+
η
∆
1 2|
−1 −1 (2) 4 この点は「ゼロ金利政策」の政策効果の類推で考えるとわかりやすい。いわゆるゼロ金利政策は、短期 金融市場における無担保コール翌日物の金利を事実上0%に低下させることで、ターム物の金利や長期金 利の低下を促し、これによって実体経済に影響を与えることを企図した政策として理解できるが、長めの 金利が将来の短期金利に関する市場の予想をもとに決まるとすれば、長めの金利を速やかに低下させるた めには、一定期間にわたって日本銀行がゼロ金利政策を継続することについて市場の信認を得ることが必 要になる。ゼロ金利政策の実施にあたって、速水総裁が「デフレ懸念の払拭ということが展望できるよう な情勢になるまでは、市場の機能に配慮しつつ、無担保コール・オーバーナイトレートを事実上ゼロ%で 推移させ、そのために必要な流動性を供給していく現在の政策を続けていく」(1999 年4月 13 日定例記 者会見)とのアナウンスメントを行なったことは、日本銀行が一定期間ゼロ金利政策にコミットすること を市場関係者に向けてアナウンスし、市場の信認を確保することを企図したものと理解できる(翁・白塚・ 藤木(2000)、渡辺(2000))。財政再建計画を策定し、その実施を制度的に担保することにより、財政運営と表すことができる。ここで、ΔCtuとΔCtcはそれぞれ流動性制約のない家計と流動性 制約のある家計の t 期における消費の増分、εtG、εtTは t 期における財政政策の変 更に伴う財政支出と税収のイノベーション、Yt は t 期のGDPであり、Ωt-1 は t-1 期 に家計が利用可能な情報の集合である。また、ηtu、ηtcは撹乱項である。 異時点間の税負担の配分が、課税平準化のもとでの最適な経路よりも将来に先送り されている経済においては、通時的な最適化を行なっている家計の消費行動を表す(1) においてγ2u>0 となる。これは、現時点(t 期)の増税によって税負担の異時点間配分 が最適な経路に近づくことにより、課税による資源配分のゆがみが減少し、その分だ け現在から将来にわたる家計の可処分所得が増加することを通じて消費にプラスの効 果がもたらされるからである。これに対し、ある時点における財政支出の増加につい ては、通常のケインズ効果(乗数効果)による所得の増加を通じて当該時点の消費に プラスの影響を与える効果と、当該時点の財政支出の増加が将来にわたる税負担の増 加をもたらし、これに伴う超過負担の増加とあいまって消費にマイナスの影響をもた らす効果の両方があることから、γ1uの符号は不定となる。 (2)は、流動性制約のもとにある家計の消費行動を定式化したものであり、この家計 の消費は現時点(t 期)の所得のみに依存するため、通常のケインズ効果にしたがっ てγ1c>0、γ2c<0 となる。μ(E(Yt|Ωt-1)− Yt-1) の項は、t-1 期の時点ですでに予 想に織り込み済みの所得増に対応する消費の増加分を示している。 (1)と(2)を統合すると、集計された経済全体の消費の変動は、 t t t T t G t t
Y
C
=
γ
ε
+
γ
ε
+
µ
∆
+
η
∆
1 2 / −1 (3) と表すことができる。ここで、(
1)
1 1 / −≡
|
Ω
−−
−∆
Y
t tE
Y
t tY
t (4),
,
2 2 2 1 1 1 1 1 1 c u c u c uγ
γ
γ
γ
η
η
η
γ
γ
=
+
=
+
=
+
(5) である。 (5)においてγ1uの符号は不定なので、γ1はプラスとマイナスのいずれの符号もとり 得るが、本来措置すべき財政負担が将来に先送りされており、現在から将来にわたる 財政負担が大きいほど、将来必要な税負担の水準が高くなり、したがって、課税の超 においても同様の効果が期待できる。過負担による可処分所得の減少幅が大きくなるので、γ1u の効果がγ1c(>0)の効果を 打ち消して、γ1<0、すなわち財政支出の増加が消費の減少をもたらす可能性が高く なる。また、γ2u>0、γ2c<0 なので、γ2もプラスとマイナスの両方の符号をとり得 るが、流動性制約家計の比率が十分に小さい場合には、政府債務の将来負担が懸念さ れる状況のもとで負担の先送りをやめて現時点で増税を行うと、異時点間の税負担の 配分が課税平準化のもとでの望ましい配分に近づくことから、課税の超過負担が減少 して家計の消費が増加する効果(γ2u>0))が通常のケインズ効果(γ2c<0)を上回り、γ 2>0、すなわち増税がむしろ家計消費の増加をもたらすことになる。 このように、財政支出や税収に係る政策変更が消費にどのような影響を与えるかは、 政策変更が行われる時点の財政状況に依存するが、それと同時に政策効果に大きな影 響を与えるのは政策変更の継続性についての見通しである。 現時点の増税や歳出削減によって民間消費がむしろ増加するという非ケインズ効果 が生じるのは、現時点の政策変更が将来にわたって継続され、それを通じて課税によ る超過負担を含めた将来の税負担が減少するという見通しを家計がもつためである。 したがって、財政再建が景気回復に与えるマイナスの影響を回避するためには、財政 改革が一時的なものではなく、一定期間継続して行われ、改革が全体として税負担の 減少につながるものであるという見通しが明らかになるよう、財政改革に向けた政府 の姿勢を何らかの形でアナウンスすることが重要な意味をもつことになる。このアナ ウンスメントは家計の将来に対する予想を動かして初めて実体経済に影響を与えるも のであるから、財政改革の継続性に対する信認が得られるよう、財政再建計画を策定 し、財政改革の継続性を制度的に担保することも政策的に重要な意味をもつであろう。 これらの点を考慮に入れると、歳入や歳出に係る政策変更が民間消費に与える影響 については、ケインズ効果が生じやすい局面と非ケインズ効果が生じやすい局面を分 けて、 t t t T t t T t G t t G t t
D
D
Y
C
=
γ
ε
+
γ
ε
+
γ
ε
+
γ
ε
+
µ
∆
+
ω
∆
1~
1 2~
2 /−1 (6) という定式化によって推定を行うことが妥当と考えられる。ここで、Dtは非ケインズ 効果が生じやすいと考えられる時点(財政状況が悪化している期間や財政再建が行な われている期間)に1を、それ以外の時点に0をとるダミー変数である。これまでの 議論から明らかなように、予想される符号条件はγ1>0、 1~
γ
<0、γ2<0、 2~
γ
>0 であ る。 (6)の推定を行うにあたっては、前もって2つの作業を行なっておくことが必要であ る。ひとつは、現時点(t 期)における財政政策の変更に係るイノベーションεtG、εtT と前期(t-1 期)の時点で予測可能な所得の増分ΔYt/t-1について、その推定値を求めることである。もうひとつは、非ケインズ効果が生じやすい局面を具体的に定義して、 Dtの系列を作成することである。
3.2 政策変更に係るイノベーションの計算
財政政策の変更に係るイノベーションは、まずVARモデルを用いて誘導形のイノ ベーションを求め、そのイノベーションに先験的な制約条件を課して構造形のイノベ ーションを求めるという手順で計算する。 いま、財政支出(Gt)、税収(Tt)、GDP(Yt)の3変数からなるVARモデル( )
t t tA
L
Z
U
Z
=
−1+
(Lはラグ・オペレータ) (7) を考える。ここで、Zt=(ΔGt,ΔTt,ΔYt)であり、UtはこのVARモデルの誘導形イノ ベーションを表す。誘導形のイノベーションは構造形のイノベーションの線形結合な ので、構造形のイノベーションを Et=(etG,etT,etY)とすると、適切な規準化のもとで
=
Y t T t G t Y t T t G te
e
e
a
a
a
a
a
a
u
u
u
1
1
1
32 31 23 21 13 12 (8) と書くことができる。 ある時点の生産性ショック etYが、当該時点の政策変更とは独立に生じると仮定する と、0
32 31=
a
=
a
とおくことができる。 次に、ある時点における予想されない生産性ショックに対して、歳出は当該時点で すぐに変更できないとすると、0
13=
a
とおくことができる。これは、ある会計年度の途中で生じた経済情勢の変化に対して 補正予算が組まれる場合にも、補正予算を編成し、審議し、執行するのには相当程度 の期間を要するため、経済情勢の変化の影響が当該年度の歳出には十分に顕在化しな いということを反映したものである5。また、ある時点に生じた予見しがたい歳出増に 5 たとえば、現在の状況を例にあげると、昨年 (2000 年) 秋以降、景気が緩やかな回復から悪化に転 じた可能性があるが、『月例経済報告』において、「景気の改善に、足踏みがみられる」との基調判断が示 されたのは 2001 年3月であり、補正予算を編成するか否かは、9月に公表される4∼6月期のQE(4対しては、増税ではなく予備費の取り崩しや公債の発行によって財源調達がなされる のが通例なので、
0
21=
a
とおくことができる6。 以上の制約を考慮に入れると(8)は最終的に T t G t G te
a
e
u
=
+
12 (9) Y t T t T te
a
u
u
=
+
23 (10) という2つの関係式に書き換えることができる。そこで、(7)から得られる誘導形の イノベーションの推定値 utT,utYを利用して(9)及び(10)の推定を行えば、構造形の イノベーション etG と etT を求めることができる。3.3 財政状況等に係るダミー変数の作成
非ケインズ効果が生じやすいと考えられる局面を表すダミー変数Dtについて、本稿 では3つのタイプの系列を作成することにする。ひとつは、財政改革の継続性を表す ダミー変数として、財政再建が行われた期間をとりあげる。具体的には、一般消費税 導入の断念を受けて「財政再建元年」が宣言され、「増税なき財政再建」が開始された 1980 年度からゼロ・シーリング、マイナス・シーリングのもとで予算編成が行われた 1987 年度までの期間に1、それ以外の期間に0をとるダミー変数を作成する7。 残る2つはいずれも財政状況に係るダミー変数である。ひとつは、課税平準化のも とで容認される財政赤字の水準よりも過大な財政赤字が生じている時期を財政負担が 将来に先送りされている期間ととらえるもので、具体的には、中里(2000)で行なった 基礎的財政収支の計算において、財政赤字が課税平準化のもとでの最適な水準と比べ て対GDP比で 0.5%以上過大である期間に1、それ以外の期間に0をとるダミー変 数を作成する。Dt=1となる期間は、1974 年度,76 年度から 80 年度まで,93 年度 及び 98 年度である。もうひとつは、Perotti(1999)で用いられた、構造的財政赤字の 対GDP比が2年連続で3%以上という基準をもとにダミー変数を作成するものであ る。Perotti(1999)によれば、日本でこの基準に該当する期間は、1969 年度、70 年度 半期別GDP速報)をみて判断することとされている。したがって、補正予算が編成される場合でも、補 正予算の成立は9月末以降になるものと見込まれ、その執行にはさらに数か月の時間を要することとなる。 6 たとえば、1990 年度の補正予算(第2号)では、湾岸戦争に対する支援策として 90 億ドルを拠出するこ とが決定されたが、その財源は臨時特別公債金によって措置された。 7 1980 年代の財政再建の経緯については、浅子・伊藤・坂本(1991)を参照のこと。及び 78 年度から 84 年度までの期間となっている。
3.4 データ
本稿では、1955 年度から 1998 年度までの期間を対象に推定を行う。推定に使用す るデータはいずれも『国民経済計算年報』(経済企画庁(現内閣府))によっている。デ ータはいずれも 1990 暦年価格の実質値であるが、税収と社会保障負担・給付について は名目値のデータしか利用できないので、GDPデフレータを用いて実質化している。 推定に使用するデータは、いずれも1人当たりに変換したうえで差分をとり、その 値を前期の1人当たり実質GDPで規準化する。すなわち、それぞれのデータ系列Xt について、(
) (
)
[
−
−1 −1 −1]
/
(
−1 −1 −1)
=
∆
X
tX
tN
tP
tX
tN
tP
tY
tN
tP
t という変換を行なってデータセットを作成している。ここで、Ntは t 期の人口、Pt は t 期の物価水準である。 3.5 推定結果 以上の手順にしたがって(6)の推定を行なった結果が表 II−1と表 II−2に示されてい る。表II−1は歳入(Tt)の範囲を税収(=直接税+間接税)のみとした場合、表II−2は歳 入の範囲をネットの社会保障負担にまで拡張して直接税+間接税+社会保障負担−社会保 障給付とした場合の推定結果である。歳出(Gt)はいずれの場合も政府最終消費支出と公的 固定資本形成の合計とした。 表 II−1の(1)は財政再建期間に非ケインズ効果が生じる可能性を考慮して推定を行な った結果である。これによると財政支出に係るイノベーションの係数(γ1)は 10%有意水 準で有意にプラスであり、財政支出の減少が民間消費の減少をもたらすという通常のケイ ンズ効果が認められる。これに対し、財政再建期間における財政支出のイノベーションの 係数(γ
~
1)は 10%有意水準で有意にマイナスであり、しかもその大きさ(絶対値)はγ1の推 定値より大きいことから、財政支出の減少がむしろ民間消費の増加をもたらすという非ケ インズ効果が生じることが確認される。一方、税収のイノベーションに係る係数(γ2, 2~
γ
) はいずれも有意でなく、税収に係る政策変更の効果は認められない。 次に、大幅な財政赤字が生じている期間に非ケインズ効果が生じる可能性を考慮して推 定を行なった結果が(2)と(3)である。(2)と(3)では、財政支出や税収に係るイノベーショ ンの係数はいずれも有意でなく、これらの推定結果からは財政状況が民間消費に影響を与 える効果は観察されない。 表 II−2は、歳入の範囲を社会保障負担にまで拡張して推定を行なったものであるが、 定性的な結論は表 II−1の推定結果と同様である。このように、以上の推定結果によれば、財政改革の継続性が歳出面の政策変更を通じて 非ケインズ効果を生じさせる可能性が示唆される。これに対し、財政再建期間における歳 入面の政策変更には特別な効果は認められない。また、これまでのところ、財政状況は財 政政策の効果に有意な影響を与えていないようである。
4.政策的含意
前節の実証分析の結果は、継続的な財政改革が必ずしも景気にマイナスの影響をも たらすものではなく、むしろ民需の自律的な回復をもたらす可能性があることを示唆 するものである。本節では、これを踏まえて、今後の財政運営のあり方について議論 することとしたい。 第2節でみたように、歳入や歳出に係る政策変更が民間消費にどのような影響を与 えるかは、異時点間の税負担の配分がどの程度適切なものとなっているか(将来時点 への負担の先送りが行われていないか)、財政支出が将来の生産性向上に寄与するもの となっているか(単なるバラマキになっていないか)という点に依存する。 負担が将来に先送りされていないかという点については、各時点の公債発行の状況 を見ることによって判断することができる。90 年代入り後の景気低迷を受けて、税収 の大幅な落ち込みが生じ、歳入の不足を補てんするため大量の公債発行が行われてき た。もちろん、一時的な税収の変動に対して、公債をクッションとして活用すること は理論的にも容認されるので(Barro(1979))、公債の発行それ自体をもってただちに負 担の先送りが行われていると結論づけることはできないが、中里(2000)の分析によれ ば、この点を考慮してもなお、足許の公債発行額は国の一般会計ベースでみて1%程 度過大であり、負担の先送りが現に生じているものと考えられる。 公共事業を中心とする財政支出の拡大については、景気の下支えに一定の役割を果 たしてきたと評価する見方がある一方で、従来型の公共事業には非効率な事業が多く、 中長期的な経済成長に必ずしも寄与していないとの意見もある8。拡張的な財政政策が 景気の下支えをしてきたという主張も、実証的には必ずしも支持されない(Ramaswamy and Rendu(2000))。従来型の公共事業を中心とする景気対策の有効性については、今 後の実証研究の積み重ねを待って慎重に判断することが必要であるが、これまでとら れてきた景気対策に対して否定的な見解が一定の支持を得ている現状では、景気対策 に見合う形で累増してきた政府債務の将来負担が大きな懸念材料として認識されてい ることは事実であろう。 これらの点を考慮に入れると、可能性としては、現時点において財政再建が景気の 自律的な回復と両立することがあり得るものと考えられるが、実際の政策運営におい 8塩路(2001)と中里(1999)は、1980 年代以降、社会資本整備の経済成長に対する寄与が著しく低下したこ とを示している。ては以下の2点に留意することが必要である。 ひとつは、財政改革を進めていくという政策合意の継続性に関するものである。現 時点においては、財政構造改革の推進について、野党の一部を含め一定の合意が形成 されており、政府・与党においても緊密な連携が図られている。しかしながら、一般 論としては、連立政権下において痛みを伴う改革がしばしば先送りされ、過大な財政 赤 字 が 生 じ る こ と が 理 論 的 に も 実 証 的 に も 示 さ れ て お り (Alesina and Drazen(1991),Roubini and Sachs(1989))、この点を踏まえ、現在の政府・与党の体 制のもとでも財政改革の継続性について信認が確立されるよう十分な配慮が必要な状 況にある9。 注意しなければならないもうひとつの点は、不良債権問題が金融システムを不安定 化させる可能性が依然として残っているということである。1980 年代前半のデンマー クや 80 年代後半のアイルランドの財政改革においては、歳出削減による実質金利の低 下が資産価格の上昇をもたらし、消費の自律的な回復をサポートする方向に作用した ことが、財政改革を成功に導いたひとつの要因であり(Giavazzi and Pagano(1990))、 この点を踏まえると、金融システムの安定性に対する不安感が、資産価格の下落を惹 起しないよう、金融システムの安定性を確保することが、財政改革を実施するうえで 重要な条件になるものと考えられる10。
5.結論
本稿では、一定の経済環境や財政状況のもとでは、歳出削減や増税を伴う財政改革 が景気にむしろプラスの影響をもたらすという非ケインズ効果について、従来の研究 の論点整理を行うとともに、それを踏まえて日本を対象とした実証分析を行い、今後 の財政運営のあり方について議論した。 実証分析の結果は、1980 年度から 87 年度に至る財政再建期間中に、歳出削減が民 間消費の増加をもたらしたことを示しており、歳出面において非ケインズ効果が生じ た可能性が示唆される。この推定結果は、「増税なき財政再建」が財政改革のスキーム として一定の役割を果たしたことを示唆するものであるが、財政改革が自律的な景気 回復に結びつく形で成功を収めることができるか否かは、改革に取り組む政府の姿勢 に対する信認や改革を行う時点の経済環境にも依存することから、実際の財政運営に おいては、これらの点にも十分配慮しつつ、政策変更の是非について慎重に判断する ことが必要と考えられる。 9現時点において、自由民主党は、衆参両院において過半数の議席を確保できていないため、予算関連法 案の速やかな成立等円滑な国会運営を図るためには他党の協力を得ることが不可欠な状況となっている。 このような状況が続く限り、複数政党による連立政権の枠組みが維持されるものと考えられる。 10 この点は、1997 年秋に生じた金融システムの不安定化によって、景気が著しく落ち込み、財政構造改 革法を改正・停止せざるを得なかった経験からも妥当なものと判断されるであろう。参考文献
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表
II−1 非ケインズ効果の検証(1)
歳入=直接税+間接税 歳出=政府最終消費支出+公的固定資本形成 被説明変数:民間最終消費支出 (1)財政再建期(1980-87) Current sample: 1958 to 1998 Adjusted R-squared = .690475 Estimated StandardVariable Coefficient Error t-statistic P-value εtG .966534 .489070 1.97627 [.056] εtG ×Dt -2.02346 1.05570 -1.91670 [.063] εtT -.065226 .314236 -.207571 [.837] εtT ×Dt .377053E-02 .449344 .839118E-02 [.993] ΔYt/t-1 .560283 .036197 15.4789 [.000]
Standard Errors are heteroskedastic-consistent.
(2)TSHからの乖離幅 0.5%以上(1974/76-80/93/98)
Current sample: 1958 to 1998 Adjusted R-squared = .691922
Estimated Standard
Variable Coefficient Error t-statistic P-value
εtG 1.01291 .629496 1.60908 [.116] εtG ×Dt -.331980 .841924 -.394311 [.696] εtT .042648 .334115 .127646 [.899] εtT ×Dt -.569959 .566754 -1.00565 [.321] ΔYt/t-1 .564349 .036522 15.4521 [.000]
(3)財政赤字3%以上(1969-70/78-84)
Current sample: 1958 to 1994 Adjusted R-squared = .686333
Estimated Standard
Variable Coefficient Error t-statistic P-value εtG .323292 .617655 .523419 [.604] εtG ×Dt .550743 1.10097 .500235 [.620] εtT -.058520 .355573 -.164580 [.870] εtT ×Dt -.734921 .729864 -1.00693 [.322] ΔYt/t-1 .573250 .034298 16.7136 [.000]
表
II−2 非ケインズ効果の検証(2)
歳入=直接税+間接税+社会保障負担−社会保障給付 歳出=政府最終消費支出+公的固定資本形成 被説明変数:民間最終消費支出 (1)財政再建期(1980-87) Current sample: 1958 to 1998 Adjusted R-squared = .692698 Estimated StandardVariable Coefficient Error t-statistic P-value εtG .960509 .494418 1.94271 [.060] εtG ×Dt -1.82546 .949557 -1.92243 [.062] εtT -.173941 .282716 -.615250 [.542] εtT ×Dt -.013810 .435667 -.031699 [.975] ΔYt/t-1 .560052 .035520 15.7674 [.000]
Standard Errors are heteroskedastic-consistent.
(2)TSHからの乖離幅 0.5%以上(1974/76-80/93/98)
Current sample: 1958 to 1998 Adjusted R-squared = .699514
Estimated Standard
Variable Coefficient Error t-statistic P-value εtG 1.06856 .610383 1.75064 [.089] εtG ×Dt -.436109 .795451 -.548253 [.587] εtT -.077316 .262075 -.295016 [.770] εtT ×Dt -.880226 .575664 -1.52906 [.135] ΔYt/t-1 .565023 .036276 15.5758 [.000]
(3)財政赤字3%以上(1969-70/78-84)
Dependent variable: DCONPC Current sample: 1958 to 1994 Adjusted R-squared = .696422
Estimated Standard
Variable Coefficient Error t-statistic P-value εtG .184722 .651291 .283625 [.779] εtG ×Dt .423598 .961190 .440702 [.662] εtT -.144557 .293579 -.492396 [.626] εtT ×Dt -.863960 .701948 -1.23080 [.227] ΔYt/t-1 .574179 .033780 16.9976 [.000]
第3章 中立命題と民間消費
1.はじめに
本章では、わが国において公債の中立命題が成立しているか否かを検証し、歴史的に 見ても、また他の先進諸国との比較で見ても、類のない規模で増大しつつあるわが国の 公債残高水準について、規範的な考察を行うことを目的としている。 政府支出計画が不変である限り、それを税金でファイナンスする場合でも、公債発行 でファイナンスする場合でも、消費等の民間経済活動が不変である時、中立命題が成立 すると言われる。中立命題には、リカードの中立命題と、バローの中立命題の2つがあ る。 リカードの中立命題とは、一定の政府支出を、公債発行によってまかなったとしても、 その償還のための増税が、現在世代の生存期間中に行われるなら、消費等の民間経済活 動はなんら影響を受けない、とするものである。しかし、増税が将来世代に対してなさ れるなら、現時点で公債を発行して政府支出をまかなう場合の方が、均衡財政の場合よ りも、現在世代の消費は大きくなり、逆に将来世代のそれは小さくなる。つまり、その ような財政政策によって、世代間トランスファーが行われることとなる。 Barro(1974)による中立命題とは、公債を償還するための増税が、将来世代にまたが る場合でも、消費等の民間経済活動は、政府支出が一定である以上影響を受けないとす るものである。バローの中立命題が成立するためには、1) 家計が借入れを行う際に、 なんら制約のない、完全な金融市場があること 2) 非撹乱的租税体系であること 3) 政府の将来の財政政策が民間によって確実に把握されていること 4) 政府と同様、家 計も無限の計画期間をもつこと と言った強い前提が必要とされる。1)から 3)につい ては、リカードの中立命題が成立するために必要な条件であるが、バローの中立命題が 成立するためには、これに 4)が加わることとなる。本来有限な寿命をもつ各世代が、 無限の計画期間をもつということは、子孫の世代の効用も考慮に入れて、消費・貯蓄の 意思決定を行っているということに他ならない。つまり、世代間が利他的に結びついて いる場合であると考えられる1。 以上から、バローの中立命題が成立している状況下では、公債は経済厚生上なんら問 題ないが、逆に成立していない状況下では、公債の累増によって、世代間でどのくらい 経済厚生の増減がもたらされているかを検証することが必要となろう。 1 後のモデル分析でみるように、各世代にとって、自分たちの寿命が不確実であれば、厳密なリカードの 中立命題は成立しない。ただし、各世代の寿命が不確実であっても、世代が利他的に結びついている場合 には、バローの中立命題が成立することになる。したがって、リカードの中立命題は厳密にバローの中立 命題の必要条件というわけではない。しかし、おおむね後者の方が強い命題であると言える。中立命題の検証を試みた論文は多数ある。わが国において、中立命題が成立している か否かを検証した論文として、本間・武藤・井堀・阿部・神取・跡田(1987)、Ihori(1989)、 井堀・近藤(1998)がある。従来まで、中立命題の検証は、おおむね以下の手順で行われ てきた。まず、無限の計画期間をもつ家計が、政府の予算制約をも考慮に入れて消費計 画を立てる場合に成立することとなる消費関数が理論的に導出される。次に、その成否 が実証的に検証される。こうした手順のうち、消費関数の導出の際には、恒常所得仮説 にもとづく消費行動が前提とされる。したがって実証分析の際にも、恒常所得仮説の実 証で用いられる手法が応用される2。その際、消費関数に現れる将来の賃金所得や政府 支出水準を、どのような変数で説明するかが重要となるが、これまでの研究では、多く の場合、適応型期待形成を想定し、ラグ付の変数を用いてきた。 しかし、恒常所得仮説の検証の分野では、合理的期待形成を想定した場合の検証方法 が、Hall(1978)や Campbell(1987)以降より多く用いられるようになった。これを中立 命題の検証にも応用したものとして、Haug(1990)や Normandin(1999)がある。このうち Normandin(1999)は、Blanchard(1985)タイプの世代を明示的に取り入れた場合の消費関 数を導出し、その成立を Campbell(1987)の方法にしたがって検証している。以下では、 この方法を日本のデータに適用し、わが国でバローの中立命題が成立するか否かを考察 する。
2.理論モデル
Normandin(1999)にしたがい、Blanchard(1985)タイプの世代重複モデルを小国開放経 済に適用したモデルを示す。s
期に生まれた個人のt
期以降の通時的効用が以下のようであるとする。∑
∞ = +
−
−
+
−
0 2)
(
2
1
1
1
τ τ τC
C
r
p
E
s t t (1) s tC
+τは、s
期に生まれた個人のt
+
τ
期の消費を示す。p
は死亡率であり、簡単化のた めに年齢t
−
s
からは独立であるとする。さらに、死亡率と出生率は等しいものと仮定 する。このため経済全体の人口は不変となる3。また、 1)
1
(
+
r
− は割引要因を示す。した がって、将来にわたる効用の期待値は、各期の瞬時的な効用に、生存確率1
−
p
と割引 2 バローの中立命題が成立するための条件は、恒常所得仮説成立のための条件に、「非攪乱的租税体系」と 「無限の計画期間をもつ家計」という強い前提が付け加わったものと考えてよい。おおむね中立命題が成 立する状況下では、恒常所得仮説も成立すると言えるが、逆は言えない。 3 実際には死亡率と出生率は異なるし、また、死亡率が年齢からは独立という想定は非現実的である。ま た、人口の増加や高齢化などの問題は、こうしたモデルからは分析できない。したがって、実証可能な式 を導き出す際に必要な想定であっても、そうして導かれる式の妥当性を考える際には、p の値として、出 生率および各年齢の平均余命などを考慮することが必要となる。要因 1