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現代社会文化研究30

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脱北者問題と東北アジア地域の安全保障

――人間の安全保障から見た考察――

李 偉

要 旨 90 年代中后期,许多朝鲜人经受了贫困和饥饿,他们的生存、生活都无法得到保障。为 了生存,他们越过朝中边境,逃到中国,其人数达到几万人。2001 年以来,又多次发生了闯 使领馆等事件,引起了国际社会的广泛关注。本文通过对传统的国家安全观和作为新概念的 “人类安全观”的比较,探讨其对该问题所持的不同态度,并将该问题与东北亚区域安全紧 密联系起来,进行深刻分析,从中探求解决问题的方法。笔者认为只有树立跨越国境的人类 安全观,把每个人的生命、生存及其尊严放在首位,以人为本,才是解决该问题的根本所在。 同时解决该问题对促进东北亚区域内各国关系的发展和进一步推动东北亚区域安全架构的实 现会起到相当大的作用。 キーワード……東北アジア 人間の安全保障 国家の安全保障 脱北者 難民 不法入国者

はじめに

経済のグローバル化にともない、多くの問題が生じてきた。地球環境の悪化、行き過ぎたア メリカ単独主義、世界における貧困層の増大などである。こうした環境において、9.11 同時多 発テロ事件、アフガン戦争、イラク戦争、北朝鮮核開発等、我々人類に脅威をもたらすファク ターが数多く存在している。こうした中で、世界の国際警察を自認するアメリカのブッシュ大 統領に「悪の枢軸」と呼ばれた国家の一つである北朝鮮の動向が最近特に注目されている。 朝鮮半島の問題は東北アジアの安全保障問題の焦点である。東西冷戦構造は終焉を迎えたが、 冷戦が最も激しく現出していた朝鮮半島だけは、南北対立が解消される兆しが見えない状態で ある。北朝鮮では 1990 年代前半からの自然災害に金正日総書記の独裁体制が追い討ちをかけ、 エネルギーと食糧不足が慢性化しており、経済の発展と人民生活の向上は不可能な状態にある。 こうした状況下で、1997 年から大量の北朝鮮人が中国に越境した。その越境者たちは脱北者や、 不法入国者、亡命者、難民などと、国によってまた人によって様々な呼び方をされている。石 丸次郎が言うように「北朝鮮難民問題が今や東アジアを中心とした国際社会で解決すべき懸案 になっている」1)

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しかし、中国に越境した北朝鮮人の問題に関しては、今のところ、マスコミ及び民間団体と 市民レベルにおける議論にとどまり、いったいどの呼称が適当なのか、また隣国の中国、韓国、 日本などの政府はこの問題をどのように扱うべきか、この問題をどのように解決するかなどに 関する先行研究はほとんど見当たらない。また現地調査もきわめて困難である。本稿では次の 検討・分析を通じて、この課題に取り組むことにする。 第一に、越境した北朝鮮人の地位が国連難民条約に照らして「難民」といえるのかどうかを 検討する。なぜなら、越境した北朝鮮人の法的地位をめぐって中国や韓国などの関係国は異な る対応を示しており、関係国の対立点を明確にするため国連難民条約は有力な基準となり、ま た同条約は難民をめぐる国家主権と人権の調整をはかっているからである。 第二に、第一点とも関連するが、越境した北朝鮮人に関する呼称を整理する。 第三に、越境した北朝鮮人の中国における生活実態を解明し、問題点を指摘する。 第四に、種々の団体による越境した北朝鮮人に対する支援状況を分析する。 第五に、越境した北朝鮮人の問題を東北アジア地域の安全保障に結びつけ、東北アジア地域 において人間の安全保障を実現する可能性がどの程度あるか、この問題の解決が東北アジアの 安全保障枠組みの構築にどの程度寄与できるかを検討する。 以上の分析を踏まえて、脱北者問題における国家安全保障の視点と人間の安全保障の視点を 比較しながら、問題解決のための処方箋を最後に提言したい。

Ⅰ 脱北者問題の現状

1 脱北者について

いわゆる脱北者に対する呼称はさまざまある。国、団体及び人々の脱北者に対する態度によ って使われる表現も異なる。すなわち「不法入国者」、「難民」、「越境者」、「亡命者」である。 もちろん内包される概念によってそれぞれは使い分けられているようであるが、その表現が混 乱していると考えられる。ここでは、まずそれぞれの称呼を取り上げ、その基本的概念と使用 範囲を分析し、小論において用いる呼称を特定したい。 (1)難民 第一次世界大戦後、ロシア革命やトルコ帝国の崩壊などによる政治的・社会的な構造の変化 に伴って新たな体制になじめずに外国へ逃れた人々、いわゆる「難民」の問題が国際社会の注 目を集めるようになった。第二次世界大戦後さらに深刻化した「難民」問題に対処するため、 1951 年 7 月、「難民の地位に関する条約」(難民条約)と、1967 年にはこれを補足する「難民の 地位に関する議定書」が成立した。 難民条約第 1 条 A(2)によって定義された難民の要件は以下の 3 つがある。 (a)人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由

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に、迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有すること。 (b)国籍国の外にいるものであること。 (c)その国籍国の保護を受けることができない、又はそのような恐怖を有するためにその国 籍国の保護を受けることを望まないものであること。 以上の難民条約に定義された難民の要件に該当すると判断された者は「条約難民」と呼ばれ ている。難民条約は現在も難民を国際的に保護するための基礎としての役割を担っている。 また難民問題に普遍的に対処することのできる国際機関として、1950 年、国連難民高等弁務 官事務所(UNHCR)が設置された。1990 年代の地域紛争により、世界の難民数が急増し、1995 年には 3000 万人を超え、現在約 2500 万人の難民が存在すると言われている。同事務所が活動 対象とする難民の範囲は条約難民のほか、帰還した難民、国内避難民、無国籍者、戦争被災民 にまで拡大された。難民問題については、国際社会による取り組みの必要性が強く認識されて いる。 しかしながら、中国に越境した北朝鮮の人々の法的地位に関しては、「条約難民」と見なされ るか否かについて、大きな議論がある。民間援助団体のほとんどが「難民」という呼称を用い ているが、主権国家の視点では「難民」と見なされていない。「難民」なのか否なのかについて、 国家安全保障という立場と人間の安全保障という立場の相違によって結論が異なる。この点に ついては、小論の後半で論じることにしたい。 (2)不法入国者(「非法入境者」) 単に入国者といえば、国に入った人々を指す。「不法」という表現をその前につけることで特 別な意味を持つようになる。特に中国では同国に越境した北朝鮮の人々は「非法入境者」(日本 語訳は不法入国者)と呼ばれている。「不法入国者」という呼称は「法的な難民」と全く対立し ている表現である。 (3)脱北者 「脱北者」とは、北朝鮮から脱出し、中国国内にいる北朝鮮国民である。政治的または法的 な価値判断抜きに、客観的な事実にのみ着目した用語である。したがって、その滞在が合法か 違法かは問題とされない。 以上の 3 種の用語のほか、場合によっては「越境者」、「亡命者」などの呼称が用いられるケ ースもある。 筆者はこの問題を客観的な事実に即して論じたい。したがって、原則として「脱北者」とい う呼称を用い、「不法入国者」と「難民」という用語は文脈に応じて使うことにする。

2 脱北者問題の現状

まず、なぜ脱北者の問題が発生したのか、北朝鮮の人々はどうして中国に越境するのか、ま た脱北者の人数はどれぐらいなのか、中国における生活状況はどうなっているかなどに関して、

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基本的現状について整理し、分析しよう。 (1)脱北者問題が発生した背景とその経緯 1989 年、ベルリンの壁が取り壊されたことに伴い、冷戦構造が崩壊し、新しい時代を迎える ものと思われた。しかし、東北アジア地域において冷戦時代その前線となった朝鮮半島では、 冷戦構造が解消されていない。北朝鮮では独裁政治支配の上、自然災害に遭い、経済が崩壊し てしまうという窮地に陥り、合意した米国の援助も水泡に帰し、北朝鮮の人々は極度な貧困状 態に陥ってしまった。脱北者問題が発生した主な原因は、北朝鮮の食糧難にあるといっても過 言でない。また北朝鮮の金正日総書記の独裁政治による強圧的な統制も重要な原因だと考えら れる。 長い強圧的な支配に北朝鮮の人々の忍耐は限界に達した。その中から解放されたい、そして 自由な場所で人間らしく生きたいという切実な思いを持ちながら、辛くても、北朝鮮を脱出す る道を選択した。食糧難による飢えや生活苦、また独裁政治による強圧的な統制と不自由な日 常が忍耐できなくなった北朝鮮の人々は、1990 年代後半、大量に中国に越境した。越境者は① 親族・知人の援助を受ける為に越境し、短期間で北朝鮮に戻る人、②密輸や非合法な稼ぎなど を目的にし、ある程度の金額が貯まると北朝鮮に戻る人、③飢えや生活苦、強圧的な統制、不 自由な日常が嫌で北朝鮮での生活を放棄し、中国(あるいは第三国)で暮らすために越境した 人、④北朝鮮で政治性を問題とされ、処罰をおそれて越境した人、という 4 種類に分類される2) そのうち、中国で暮らす人々は様々な問題が生じるようになった。中国政府の対応に不満を持 ち、北朝鮮に戻った場合の処罰を恐れ、最終的に中国を経由し、またはモンゴルかロシアない し東南アジアをへて、韓国を中心とした第三国に亡命することを選ぶ者が出てきた。2002 年か ら民間救援団体などの支援で中国駐在外国大使館に駆け込むなどの事件も頻繁に発生し、中国 をはじめ東北アジアの諸国にとって大きな課題になってきた。 (2)脱北者が中国に越境する理由及びその時期と人数 脱北者が北朝鮮を脱出して向かう第一の選択肢は中国である。韓国との国境は北朝鮮の国境 警備員の監視が厳しいため、越境するのは極めて困難である。北朝鮮と中国は 790 キロの鴨緑 江と 520 キロの豆満江という二本の川を国境線としている。川幅は狭いところは 20 メートルし かない。また毎年十二月中旬から翌年三月上旬までは完全に凍結する。物理的には川を越える のは簡単である。また中国の朝鮮族は吉林省、黒龍江省、遼寧省を中心に約 190 万人おり、そ のうち約 85 万人が吉林省の延辺朝鮮族自治州に住んでいる。さらに歴史上北朝鮮の人々には中 国に住んでいる親戚や友人が多い。方言が違うとはいえ言葉は通じ、また中国朝鮮族の集団の 中で生活も成り立つと思われる。そこで大量の脱北者が中国に越境した。「97 年夏から 98 年末 まで中国に越境してくる人が最も多い時期だった」と言われる3) 中国に越境した人数について、中国当局も北朝鮮当局も正確には把握できないと思われる。 民間救援団体や脱北者などの推測として 5 万人、30 万人、50 万人、100 万人などまちまちであ

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る。具体的な数字はわからないにせよ、まだ5万人∼10 万人が現在中国に住んでいると推定さ れる。最近はその人数が減少しつつある。その原因は中国側の警備が厳重になり、中国国内に 容易に入れないためである。北朝鮮では一時期より飢え死にする人が少なくなっているからで あるとも言われている。 (3)脱北者の中国における生活状況 国際社会で条約難民と認められない 5∼10 万人の脱北者は、中国に不法入国し不法滞在状態 にあるので、働きたくても働けない。そこで、あちこちさまよい歩きながら物乞いをしたり、 泥棒をしたり、女性たちは売春婦になって中国人に売られて行ったりしている。しかし、同じ 民族の同情心と中国人の人道主義により、脱北者のうち一部は働くことができ、自活して暮ら していける。しかし「不法入国者」として中国の公安に捕らえられ、北朝鮮に強制送還される かもしれないという恐怖の中で日々を送っている。このように脱北者たちは、精神的にも、物 質的にも困難な状況にある。 ところで、中国に越境した脱北者のうち、女性が 60∼70%を占める。生活するためには男性 より女性のほうが有利であると言われている。もちろんそれは女性の悲劇でもある。性を代償 に潜伏するというのが現実である。中国朝鮮族の農村が嫁不足で、北朝鮮の女性が嫁ぐのだ。 売春で稼いで暮らしている女性も多いといわれる。 (4)韓国入り及びそのルート このような生活状況の中で生きている脱北者には中国から韓国あるいは第三国に入るという 考えが芽生えた。中国から韓国へのルートには四つある。①東南アジアルート、②モンゴルル ート、③ロシアルート、④直接韓国に入るルートである。 2001 年 3 月、キルス一家が国連難民高等弁務官北京事務所に篭城して難民認定を受けるとい う事件を皮切りに、2002 年北京、瀋陽の大使館や領事館などへの駆け込み事件を通じて、韓国 に入るケースも多くなってきた。これらの事件はメディアの報道によって世界から注目された。 国際社会にも大きな波紋を投げかけた。この点については、後で触れたい。 (5)韓国入りした後の生活現状 韓国統一省が 2003 年 10 月 5 日に韓国国会に提出した資料によると、朝鮮戦争後に北朝鮮を 脱出して韓国入りした北朝鮮住民は 3,834 人で、そのうち 98 年以降は 2,958 人であり、全体の 77%を占める。2002 年は 1,140 人に急増した。2003 年は 1,281 人に達し、2004 年は 4 月 2 日現 在で 403 人が入国している4) 韓国入りした北朝鮮の人々は幸せに暮らしているのであろうか。次のような韓国入りした脱 北者数人の経験と感想がその現実を示している。 「資本主義の国は完全な能力主義である。社会主義から来た脱北者にとっては、非常に厳し く生きにくい社会である。」5) 「発達した韓国資本主義社会のスピードについていけなかったり、人間関係の希薄さに孤立

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感を深めたりと、なかなか新天地の生活に順応できない。」6) 「現在の最大の問題は就職難である。実際の就業率は 20∼30%にすぎない。能力の問題も大 きい。亡命者が将来韓国社会の下層に組み込まれていく事態を憂慮する。」7) 「中国での庶民的な暮らしは印象深い。もしかつて暮らした地からもう一度住む場所を選べ と言われたら、中国と答えるかもしれない。」8) 亡命者の孤独、韓国社会への失望感と葛藤、強いコンプレックスがあることがわかろう。 このように、脱北者は韓国に亡命しても、現実生活は厳しい。精神的にも経済的にも様々な 問題を抱え、苦しい環境にある。韓国の社会に溶け込むのは容易ではない。脱北者の存在は韓 国社会にとっても大きな課題になると思われる。同じ民族ではあるが、北朝鮮の人々の異質性 から、入国した脱北者にどう対応するかは、朝鮮半島統一の試金石にもなる。

Ⅱ 脱北者問題解決に取り組む諸団体およびその救援活動

1 概観

脱北者の救援活動が組織的に始まるのは 1997 年ごろである。中心になったのは韓国の「よき 仲間たち」である。しかし、諸団体は規模も性格も千差万別である。構成メンバーの国籍も多 様化している。活動家の国籍は韓国、朝鮮(在日)、中国、日本、米国、カナダ、ベルギー、ド イツ、フランスなどで、市民レベル運動がほとんどだ9) 脱北者の救援活動の内容は中国に越境した者の韓国への亡命を企画し、これに協力すること である。もちろん資金援助もしている。しかし、市民団体は、出発点も目的もそれぞれ異なり、 活動内容もまちまちである。 市民団体の活動に共通するのは、諸団体は脱北者を「難民」とみなしていることだ。このた め、中国政府は「不法入国」した朝鮮人を利用して政治活動を行う所謂「非政府機構」(NGO) としてその活動に反対し10)、こうした脱北者救援団体の活動を厳しく制限している。次に代表 的な団体の主な活動を簡単に紹介したい。

2 脱北者救援諸団体

(1)「よき仲間たち」 韓国の社団法人「よき仲間たち」(仏教系組織)は資金面でも規模においても大きい団体であ り、救援活動を展開する中心的な存在である。大規模現地調査として 1997 年 9 月から 1998 年 10 月まで、中朝国境の中国で 1,855 人の北朝鮮難民と対面調査をし、「北朝鮮食糧難の実態」 という報告書をまとめた11) (2)RENK(救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク) 「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク」(略称:RENK)は、「北朝鮮に民主主義

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の息吹を!人権の光を!」をスローガンにする北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の民主化の ための市民運動体である。在日韓国・朝鮮人と日本人が 1993 年 6 月 3 日、大阪で結成した。北 朝鮮当局者に“独裁政権打倒”“民主化要求”の声を直接伝える活動のほか、1997 年以降北朝 鮮から中国への難民救援を運動課題に取り上げて、中国の延辺朝鮮族自治州を拠点とする難民 救助活動に取り組んでいる。事務局長は李英和である。 (3)北朝鮮難民基金 同団体の目的は北朝鮮から脱出して中国、ロシアなどで生命の危険を脅かされている難民が その地で安全に自立でき、他の安全な国に移住できるような援助をすることにある。また、北 朝鮮脱出者が国際的に認知されていないために、難民としての権利保護が行われず、逮捕、強 制送還、拷問、処刑、強制収容所送りなど人権が大きく損なわれている。こうした悲劇をなく すために国際機関 UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に働きかけ、難民センターの設置を 目指す国際世論作りに努力している。代表は中平健吉である。2002 年 10 月、事務局長の加藤 博が中国公安に拘束逮捕されたが、国外退去で釈放された。また 2003 年 12 月、国際関係担当 の野中孝行が中国の公安に逮捕され、2004 年 4 月 5 日に正式に起訴された。 (4)日本脱北者同志会 2003 年 1 月 10 日に結成され、脱北者が日本に定住できる生活支援策を早急に策定するよう 日本政府に求めている。代表は青山健煕である。同時に、「帰国事業」で北朝鮮に渡った日本人 妻や在日朝鮮人らの脱北希望者を一人でも多く救出することを目標に掲げ、組織の強化と拡大 に努めている。 以上挙げたほか、カルメギ(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会 略称「HRNK」 代表:山 田文明)、韓国の北朝鮮難民支援団体「NK ネット」、キルス家族救命運動本部(事務局長:文 国輝 2001 年 3 月の北京 UNHCR 篭城と 2002 年 5 月日本瀋陽総領事館への駆け込み事件を指 導した)、韓国 21 宣教会、アメリカ朝鮮半島平和計画、難民、外国人労働者、脱北難民など人 権問題を扱う最後避難所、国境なき医師団、ヘルピング・ハンズ・コリア、北朝鮮離脱住民後 援会、米国北朝鮮難民を助ける会(SNKR)、米国難民委員会、アムネスティ・インターナショ ナルなど数多くの団体がある。 脱北者安哲・朴東明は次のように述べている。「1998 年 10 月 20 日、中国に脱出し、飢えに 苦しみ恐怖に怯えている北朝鮮難民を救援するよう国連機関に訴えた。また、世界の民間団体 にも同様の訴えをし、中国に逃れている北朝鮮難民に小さな希望を与えた」12)。確かに脱北者 の一人ひとりの個人にとって、民間団体からの種々の援助は、韓国に亡命する重要な支えにな っている。しかし、布教や特別な政治的意図を持って救援活動に取り組んでいる団体もあり、 決して公平な立場で援助を行っている団体ばかりでないのも実情である。

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3 駆け込み事件

2001 年 3 月北京 UNHCR 篭城事件があった。キルス一家の亡命劇は、メディアを通じて北朝 鮮難民問題を国際化した点で画期的な事件になった。そこで、2001 年から外国公館などへの駆 け込み事件がピークになった 13)。人数は少ないと言っても、脱北者問題の解決は関係諸国に 重要視されることになった。こうして脱北者は地域の安全保障という観点からも重要な課題と なった。

Ⅲ 脱北者問題に対する関係諸国の態度と対策

1 中国

「中朝間に難民問題は存在しない」、「経済難から国境を越えたごく少数の朝鮮の不法越境者 がいる」14)というのが中国政府の一貫した立場である。 1998 年 2 月、中国政府は北朝鮮を脱出する飢餓者が増加しているため、北朝鮮政府に問題を 解決するよう迫った。だが、北朝鮮政府はただ捕まえて送り返せと要求しただけであった。98 年以降は中国側の脱北者取り締まりも厳しくなった。中国側の沿岸に「不法越境者を救済して はならない」と書かれた標識が至るところに立っている。中国人や朝鮮族が北朝鮮住民を助け たことが発覚すると5∼6千中国元もの罰金が科せられる。また中国政府は脱北者 1 人当たり 500 元の懸賞金をかけ、至る所で検問を行っている。 中国政府の対応は、中国外交部報道官の記者会見の発言により判断できる。「中国に不法越境 した朝鮮人は、入国の状況から見れば、難民ではなく、不法入国者である」 15)。さらに 2004 年 3 月 6 日李肇星外交部長(外相)の記者会見では、脱北者は「難民ではない。非法入境者で ある」とはっきりと表明した。中国は国連難民条約を批准している 16)が、北朝鮮からの越境 者は難民と認知されることはない。北朝鮮越境者の流入に悩む中国は、越境の防止とともに北 朝鮮に過酷な処罰の中止を申し入れているという。あまりに過酷な処罰が続くなら、難民条約 加入国として送還が困難になるという判断だと思われる。 中国政府は「国際法と中国の国内法に照らし、人道主義の精神に基づいて処理するというの が、中国側の一貫した立場だ」と繰り返し表明して、「駆け込み」難民の第三国出国を容認して きた。一方、首都を中心に繰り広げられる支援組織の「駆け込み」幇助を相当不愉快に感じ、 「大使館や領事館の安全にかかわり、通常業務を妨害するだけでなく、中国の法律に対する挑 戦で、中国の治安と安定にも影響する」17)として牽制してきた。 脱北者については、中国政府の態度は次のようにまとめられる。 ① 脱北者は経済的理由から、不法に中国に越境した。不法入国者であり、難民ではない。 ② 不法入国者に対して、比較的に寛容な態度を取っている。 ③ 大使館や領事館への駆け込みは中国の安定を破壊し、中国の法律に挑戦し、外国駐在大使

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館・領事館の安全を損なう行為であり、断じてこれに反対する。 ④ いわゆる NGO、個人などが不法入国した朝鮮人を利用して中国で政治活動を行うことに反 対する。 ⑤ 問題解決には、国内関連法と国際法に基づき、人道主義の精神で解決する。 駆け込み事件以来、中国政府の政策には重大な変化があった。2002 年瀋陽日本領事館事件の 後、「中国政府の原則は脱北者たちが犯行を犯さない限り、中国で生活できるようにする」、「中 国は入ってくる人は処罰せず、出て行く人は止めない」と当時の銭副首相が表明した18) また、それ以来駆け込み成功者に対して、最終的に第三国経由で韓国などへの亡命を認める 方針になった。さらに、2004 年 4 月に第三国を経由せず、韓国に直行させることもできるとい う立場を明らかにした19)

2 韓国

韓国は脱北者を難民と見なし、韓国に入国した朝鮮人を援助している。 韓国政府は 2002 年 5 月、韓国入りした脱北者は「北朝鮮を脱出した住民に対する定着支援法」 に基づいて 1 人当たり 3,700 万ウォンの支援金を受けることができると表明した。また、永久 賃貸住宅を提供される。脱北者は団体や個人から支援金も受けられる20) 1999 年 7 月ハナ院を開院し、韓国社会適応教育施設として韓国入りした脱北者に韓国社会へ の適応教育を行っている。しかし、人数が急増して、六カ月の適応教育を三ヶ月に短縮した。 2003 年 11 月 14 日に韓国京畿道安城市にある「ハナ院」の増築工事が完了し、完工式典が開か れた。同時収容人数は 2 倍の 300 人に増え、年間 2000 人の収容が可能となった。亡命者は入国 後、ここで 2 カ月間、住み込みで研修を受けることができる。 同じ民族のこともあって、韓国の態度は積極的ではあるが、「韓国政府の脱北者に対する公的 な援助が十分でない」21)という指摘もある。

3 日本

日本ではこれまで、北朝鮮の出身者を難民として認めたケースはない。日本政府は北朝鮮難 民問題について、対岸の火事のように傍観して対策を考えてこなかったがために、瀋陽事件に 見られたように右往左往して恥をかいた22) 「朝鮮半島有事の際に百万の北朝鮮難民が来る」、「難民を偽装した武装工作員が混じる可能 性がある」などとして、不必要な警戒心を煽る見解も見られる。大部分の北朝鮮の人々が目指 すのは中国と韓国になる。その理由は①海があり日本への入国は物理的に困難であり、②希望 する行き先は同胞のいる韓国、中国朝鮮族社会であるためである23) 日本は 2003 年 3 月「出入国管理・難民認定法」の改正案を可決した。それにもとづいて、難 民申請者はそれまでの不法滞在者から法的に日本在留が可能になった。しかし、「申請者が迫害

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の恐れのある国から直接入国している」という難民認定を受けるための条件は維持された。国 交さえも樹立していない日朝の間では交通が実に難しい。航空便もないし、日本政府の経済制 裁政策の実施に伴い、唯一の「万景峰号」船便も入港禁止とすることが最近議論されている。 したがって、脱北者は日本に事実上直接は入国できないのである。こうした意味で、脱北者に 対する難民認定は実質上閉ざされていると言わざるをえない24)。そこで、日本政府は北朝鮮難 民の受け入れにとても消極的であると推察できる。

Ⅳ 中国と北朝鮮への現地調査について

筆者は脱北者の実情をよりよく把握するため、2004 年 3 月に中国吉林省と北朝鮮で現地調査 を行った。事前に現地調査の目的として次の 2 つ設定した。一つは中国吉林省延辺に住んでい る北朝鮮の人がどんな理由で脱出したか、また中国に来てどのように暮らしているかを調査す ることであり、もう一つは北朝鮮の経済実況を自分の目で確認することである。残念なことに 中国の人民代表大会と政治協商会議が開催中であり、また外相・李肇星が記者会見で脱北者に 関し明確な態度を表明したため、中国の治安維持が非常に厳しい状況にあった。面会の予約は 実現しなかったし、現地に行って脱北者を自力で捜すのも無理であった。しかし、北朝鮮のラ ソン市(羅津と先鋒が合併した都市、1992 年に開放された)に行くことができた。 北朝鮮に入国し、トヨタのマイクロバスに乗ってでこぼこの道を走った。両側の山には木と いえる木はほとんど見られなかった。あるのは潅木だけであった。3 月は観光のシーズンでは なく、バスの乗客 12 人のうち私以外はギャンブルに行く人びとだった。宿泊施設は立派な5つ 星のホテルで、1階はカジノ室とレストランであった。部屋に入ってみると、テレビの番組は ほとんど中国の番組で、ハリウッドフィルムチャンネルと日本の BS-2 も見られた。北朝鮮の ガイドに案内してもらうこともできた。ホテルには北朝鮮人は一切入場禁止であった。着いた 当日の午後と翌日の午前を利用して、貨物港、金日成主席と金正日総書記が視察した農民の家 と漁民の家、指定された商店、北朝鮮における唯一の自由市場を見学した。特別に中国人経営 の薬屋を 1 ヵ所見学することもできた。車(トヨタの中古乗用車)の中から市外の様子を見学 した。 北朝鮮の普通の市民との直接交流はもちろん禁止されている。自由市場では買い物の値段交 渉はできたが、撮影禁止であった。商品はほとんど中国からの輸入品で、蟹やタラ、いかの干 し物などは北朝鮮のもので、また天然のものだと言われている。養殖場は一つもないからだ。 自由市場の商品の値段は北朝鮮の普通の市民にとっては高すぎるものだった。ガイドによれば、 普通の労働者の月給で 10 キロの米も買えないという。自転車はほとんど日本から輸入した中古 品だ。また軍人が多かった。市内ホテルも数カ所紹介されたが、冬は暖房がないので泊まれな いという。

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ラソン市は開放都市で中国の深圳に似ていた。ガイドによると、内陸はもっと貧しくて、ラ ソンにあこがれているという。ラソン市は私の記憶にある中国の 70 年代半ばとほぼ同じである。 内陸はもっとひどいものと想像された。

Ⅴ 脱北者問題解決における国家の安全保障と人間の安全保障

1 国家の安全保障と人間の安全保障

冷戦時代の終焉に伴い、安全保障の概念も多様化し、それまでの伝統的な国家安全保障に対 して、経済の安全保障、環境の安全保障、人間の安全保障などの概念が次々と浮上してきた。 人間の安全保障は 1994 年 UNDP の「人間開発報告書」において提起され、今日の世界の様々 な課題に対応するための概念として注目されてきた。特にカナダ、ノルウェー、日本において 盛んに議論され、提唱されてきた。一部の国において重要な外交政策の柱として実践されてい る。 2003 年 5 月の人間の安全保障委員会最終報告書によると、その内容は①自由を守ること、② 脅威から人々を守ること、③人々の生存、生活及び尊厳を確保するシステムを構築することで ある。人間の安全保障は国家の安全保障を補完する。その核心は人権の尊重であり、人間中心 の考え方である。さらにその取り組みは国境を越えた水平的な連携を強化し、従来型の縦割り 権力構造を補完する25)。そこで、人間の安全保障は従来の伝統的な国家安全保障とは、次のよ うな相違があると考えられる。 ① 伝統的な国家の安全保障は国家中心であり、国家の利益が第一で、国民の多数の安全を 保障する。少数や個々人の安全を保障することは無視されるきらいがある。これに対し て、人間の安全保障は人間中心で、一人ひとりの個人の生存、生活及び尊厳を確保する ものである。 ② 国家の安全保障は場合により国家間の協力を達成することができるが、国家の壁の制約 があり、狭義の国益――自国の国益が優先し、他国を排斥する傾向がある。これに対し て、人間の安全保障は普遍的な人間を対象とし、国境を超え、地球規模で広汎な人権を 守ることが優先される。国家安全保障のような排他性がない。 ③ 国家の安全保障を実現する手段は、軍事的手段を中心に、外交的、経済的、政治的など 多様な手段が用いられ、「バランス・オブ・パワー」が強調される。人間の安全保障は 非軍事的手段を中心に、人間開発に重点を置き、「保護」と「能力強化」を強調する。 ④ 国家安全保障では強大国家が弱小国家を支配する弱肉強食という危険があり、対等性に 欠ける。これに反して人間の安全保障は貧困層、弱者を守る。

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表 1. 伝統的国家安全保障と人間の安全保障との比較 伝統的国家安全保障 人間の安全保障 主体 国家 国家、国際社会、非政府アクター、人々 客体 国家 個人、人類社会 脅威の源泉 外国、軍事的、戦争 紛争、内戦、貧困、構造的暴力、環境 破壊、人権抑圧など 手段 軍事力、外交、核抑止 人間中心の開発(保護と能力強化) 人道的介入、人道支援、平和配当など 目的 主権国家システムの維持、国民 の生存生活 人々の生存、生活、尊厳の保障 地域の安定、世界の平和 特質 排他性、現実性 普遍性、包容性、未来志向性 制限 偏狭な国益、単独主義 エゴイズム、自己中心 思想根源 現実主義、弱肉強食の自然法則 人道主義、弱者の原則 立場 国家主義 民主主義 筆者作成26) 以上の国家安全保障と人間の安全保障の比較を通じて、「人間の安全保障は国家安全保障を補 完する」という人間の安全保障委員会最終報告書の主旨には疑問を持たざるを得ない。人間の 安全保障が国家安全保障に無視された部分を補完するというのは確かである。しかし、人間の 安全保障はただ国家の安全保障を補完するにとどまるわけではない。人間の安全保障の視点は 国家安全保障と対立する部分もあり、また達成する目標は国境を超え、地球規模で、普遍的存 在とした人間の尊厳、人類社会の平和構築である。この意味で、人間の安全保障は決して国家 安全保障の付属物ではない。人間の安全保障は、国家安全保障とは異なり、世界の平和を求め る新しいコンセプトとして掲げられたのである。 日本においては、小渕恵三元首相が提起することによって、人間の安全保障は外交政策の柱 の一つとして重要視されてきた。しかし、小泉首相の時代に入ってから、人間の安全保障への 取り組みは弱体化され、これを国家安全保障の枠組みに従属させようとする勢力が強くなって きた。国益ばかりを強調し、「人間の安全保障」の名を利用しながらも、実はそれを無視してい る。人間の安全保障という立場に立てば、戦争に反対し、戦争に巻き込まれた無辜な人々を救 援することとなるだろう。 人間の安全保障の視点から取り組む手段は国家安全保障と全く異なる。そういう意味で決し てただ国家の安全保障を補完するだけでもないし、その延長線上にあるものでもない。人間の 安全保障は国家安全保障と異なる独自性と方向性を持っている。

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2 脱北者問題解決における国家の安全保障と人間の安全保障の分析枠組み

前述のように、国家安全保障と人間の安全保障の相違点はかなりある。国家安全保障の立場 に立つか人間の安全保障という立場に立つかによって、脱北者問題に対する認識と判断、また 解決方策も相当異なってくる。 主体も客体も国家である国家安全保障の枠組みでは、少人数の脱北者は検討の対象とされな い。脱北者については、関係諸国がそれぞれの国内法に基づき、その存在を合法と認めないこ とを基本方針としている。韓国以外の関係諸国は脱北者を難民と見なさず、不法滞在者と見な して難民認定は行わない。日本は、入国後不法滞在とみなさず一時的な在留を認めていたが、 前述の法改正により難民認定の条件が厳しくなったことによって、脱北者の難民認定は実質上 無理となった。 脱北者問題は国家安全保障という視座から分析するだけでは、国境の壁に隔離された脱北者 の一人ひとりの生命、生活、尊厳という具体的な問題は無視されてしまう。アメリカを中心と した諸国は国家安全保障という立場に立って、核問題だけに注目し、経済制裁などの封鎖政策 を採り、北朝鮮の一般国民の生存・生活を重視していない。国家安全保障という視点の限界が ここにある。 これに対し、人間の安全保障という視座は、国家安全保障の視座では無視された観点を克服 しようとするものである。脱北者問題は、人間に一番基本的な生命や尊厳などの問題に直結し ているので、人間の安全保障の視点から分析する必要がある。 脱北者問題の解決に関して、取り組む方法、手段として、まず脱北者たちを食糧難と政治抑 圧にさらされた苦しい生活から保護し、彼らを援助することが先決である。前述した民間団体 の救援活動がその実例である。民間団体は特別な目的の為に援助活動を展開することもあろう が、民間団体による脱北者の支援は人間の安全保障の観点にもとづく活動と見なされる。 韓国は脱北者問題に関し基本的に人間の安全保障による政策をとっているといえる。韓国入 りした北朝鮮住民のための適応教育研修施設の設置や適応教育研修の実施などはまさに人間の 安全保障の手段である「能力強化」の具現化であろう。定着における資金援助や生活援助もも ちろん一人ひとりのための生活保護である。中国は、国内法と国際法に基づきつつも、最終的 には人道主義にのっとり、脱北者に第三国経由での韓国亡命を認めている。2003 年 10 月、中 国ナンバーツーの全国人民代表大会委員長呉邦国の訪朝に伴い、50 万トンの重油と 20 万トン の食糧を援助することが決定された。このことは国家安全保障の手段ではあるが、今後、人間 の安全保障の観点も視野に入れられることが期待される。まさに「小さくて取るに足りない個 人の権利であっても尊重してきた国連精神がもう一度満天下に花開く」27)ことを脱北者の一人 が願ったように、人間の安全保障の視点から脱北者問題に関する分析の枠組みを構築し、その 対策を講ずることが今最も求められている。

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3 人間の安全保障の脆弱性

国家安全保障の立場で、脱北者問題の解決は期待できるだろうか。期待できないとすれば、 人間の安全保障の立場に立って、その問題を解決することができるだろうか。現実はとても複 雑で、人間の安全保障の視点は学問として前衛性も持っているにもかかわらず、関係諸国の国 家政策に取り入れられる可能性がまだ見えていない。 「北朝鮮から中国へ脱出した 10 万の人間たちは、中国・北朝鮮両国の弾圧によって死ぬしか ないのか。本当に人間を大切にするなら、思想や理念を超えて北朝鮮難民を救って欲しい」28) という声は、まだ国家為政者には届かない。 もちろん、国際社会は 95 年から北朝鮮に対して人道支援を行ってきた。2001 年までの総額 は 21 億ドルにのぼり、一国に対する人道支援としては史上最高である29)。2003 年 11 月 18 日、 国連緊急援助調整室(OCHA)は北朝鮮に対する 2004 年の人道支援について 2003 年度とほぼ 同額の 2 億 2122 万 4079 ドルの拠出を各国に要請した。また、北朝鮮では 640 万人が食糧援助 を必要とし、今年は 550 万人に国際的な支援が届いたと報告した30) しかし、「北朝鮮国内に住む一般の人々は、国際人権団体などがどういう支援をしているかま ったく知らない」31)というのが実情である。そこで、国連をはじめ、関係諸国からは新しい支 援のあり方を北朝鮮当局に求めていかないと、即効性が期待できない。 また、現在の中国憲法と中国国籍法の体系では、脱北者が、合法的に中国国籍を取得する方 法はない32)。それと同じように、日本では脱北者はもちろんのこと、在日朝鮮人も数十年も住 んでいるが、簡単には日本の国籍を取得することができない。 国家安全保障は国民の安全を守る最終的手段であり、最も強固な基盤となる。しかし、個々 の人間のみを分析レベルとするアプローチには自ずと限界がある。 人間の安全保障の根底には人道主義がある。これに対し、国家安全保障の原点はパワーにも とづく現実主義である。これに対し、人間の安全保障の根底には、普遍性がある。しかし、政 治学者土佐弘之が指摘しているように、欺瞞性も持っている33) 人間の安全保障の主体は理論的には国際機構、国家、非国家アクターとなっているが、国家 は自国の国益を前提条件に、多くの場合において「人間の安全保障」を切り捨ててしまう。栗 栖薫子が述べるように、「人間の安全保障」論は、規範性、倫理性が非常に強いが、具体性と実 現可能性という面から見ると十分な検討が尽くされてはいない34) 人間の安全保障の脆弱性を克服し、国家安全保障と同様に重要視されるようにし、またそれ を乗り越えるかは今後の課題であろう。それについては、別稿で論じたい。

Ⅵ 脱北者問題と東北アジア地域の安全保障

脱北者の問題は、脱北者という当事者の問題にとどまらない。また、単なる経済問題のみな

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らず、人間の生の根源的な問題であり、これをつきつめると、北朝鮮政権の崩壊、さらに朝鮮 半島危機の可能性も出てくる35) 北朝鮮難民は迫害を恐れて母国に戻れない。かといって安住の地も無い。周辺各国にとって も頭の痛い問題だ。脱北者を受け入れることは経済的負担が増すだけではない。新しい異質な 人々が異なる習慣、言語、価値観を持ち込むわけだから、社会的摩擦や葛藤が生じる36) 日本やアメリカが北朝鮮に経済をはじめとした圧力を加えているため、この危機を克服する 突破口を見出すには戦争しかないという意識が北朝鮮の民衆のなかで以前より高まっている37) 以上に明らかになったように、脱北者問題は北朝鮮、韓国、中国、日本、アメリカないし世 界の課題として一層注目されるべきである。この意味で脱北者問題は、東北アジア地域の安全 保障という観点から取り上げ、検討されるべきだと考えられる。 東北アジア地域の安全保障への最近のアプローチは六カ国協議である。しかし、それは国家 安全保障の立場に立ち、多国間による対話の場所を設置することを目指し、核開発の問題と北 朝鮮政府の安全の保証だけを取り上げている38)。もちろん国家の安全保障の問題が優先される であろうが、5∼10 万人の脱北者の問題は無視されてはならない。 東北アジア地域全体の安全のために、脱北者問題を優先的に取り上げるべきである。前述の ように、脱北者問題は今東北アジア地域の諸国に関わっている。彼らの生存、生活を解決する ことは東北アジア地域の安全保障に大きく寄与できる。北朝鮮の核開発の問題の解決は、たし かに東北アジア地域の平和的安定には寄与する。その代わりに独裁政治の金正日政府は維持さ れる。しかし、北朝鮮の人々の生活には何の変化ももたらさない。したがって韓国に亡命する 為の駆け込みなどの事件をとどめることもできないだろう。 中日両国では国家主権をめぐる論争が長く続けられた。また脱北者は難民として認められな いことで、生きていくために、売春や麻薬の密輸や犯罪などの手段を取らざるを得ない。中国 と韓国には数多くの脱北者が存在し、その状況も厳しい。今後日本に入国する向きもあると考 えられる。脱北者問題を適切に解決しないと、脱北者自身のみならず、東北アジア地域の安全 にも脅威になると考えられる。

結びに代えて

脱北者問題の解決策は国家安全保障というレベルでは基本的に取り上げられていないが、人 間の安全保障というレベルでは民間団体によって様々な救援活動が展開されてきた。今後の問 題解決に関しては次の諸点が重要であろう39) ① 脱北者が自ら北朝鮮に戻る最低限の条件の創出。すなわち、脱北者が帰国後、一切の迫 害を受けない保証、人間として健康に生きていける最低限の衣食住の確保。このために は、北朝鮮が国を開いて民主化を進め、基本的人権を保障する体制を確立する必要があ

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る。したがって、北朝鮮に対して単純に食糧支援だけをすれば解決する問題では決して ない。 ② 脱北者が中国内で暮らしていけるということを中国がすすんで認めるとは思われない。 中国は希望者の出国を簡単には認めないと思われ、その結果、韓国に負担が集中する。 ③ 国際協議の場を設定し、中国を難民保護に向かわせるよう説得する。中国は難民条約加 盟国としてはもちろん、21 世紀の大国として北朝鮮難民を保護する方向に政策を転換す べきである。 ④ 中国と韓国に集中する難民流出の負担を周辺国が共同・協働で分担する必要がある。 ⑤ 北朝鮮難民問題は東アジアを中心にした国際社会で考えるべき問題になった。 ⑥ 中国での在留認定と第三国経由での韓国入りの制度化を同時並行的に進めるのが現実 的な解決策であろう。この点に関して、中立的立場の UNHCR が中心的役割を果たすべ きであろう。 ⑦ 日本は次の役割を果たすべきであろう。ケアセンターのような施設の建設運営、韓国行 きの経由地・中長期の滞留地、元在日朝鮮人や、日本人妻を中心とした日本行きを希望 する人を受け入れる。隣人である朝鮮民族との関係を長期的に考えても、過去の植民地 支配の真摯な清算、それに現在進行形の民衆の苦難への支援が合わさって、日本と朝鮮 民族のわだかまりは解氷の速度を増すであろう。 脱北者問題を抜本的に解決するためには、国際社会や東北アジア地域の環境の改善と脱北者 に対する共通認識の醸成が不可欠である。まず国際社会において脱北者の身分・地位を確定す べきである。いままでは難民と認められていないもので、隣国の中国、日本、ロシアないし同 じ民族である韓国でさえ、脱北者を難民と認定するこには消極的であった。国連難民高等弁務 官事務所(UNHCR)も脱北者問題に積極的に対応する態度を示してこなかった。しかし、遂に、 2003 年 9 月 29 日、国連 UNHCR は初めて脱北者を国際法に従い「Mandate Refugee(難民条約 上の難民)」と見なすことができるという立場を表明した。それにより脱北者に対する難民地位 認定が加速される見通しである40) 無論、多くの脱北者が難民地位を認定されても、直ちに東北アジア地域の安全保障の緊急課 題として取り扱われることになるとはかぎらない。東北アジア地域の安全保障を論じるには、 「国家と非国家主体の相互性を尊重し、様々な弱者集団を含めた多角的な対話こそが必要であ る」41)。六カ国協議の場において核問題と国家体制の保証を議論すると同時に、北朝鮮の人々 の生存、生活を議論することも重要であろう。 人間の安全保障という新たな概念には脆弱性があるが、同時に将来性もある。「人々の安全」 を基準にして、国家安全保障政策を批判しようとする視点こそ 21 世紀の新しい安全保障の展開 といえよう。

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<註> 1) 石丸次郎著『北朝鮮難民』講談社 2002 年 8 月 p.14。 2) 前掲書 1) p.94。 3) 前掲書 1) p.24。 4) 北朝鮮から韓国入りした人数の推移は次の図表になる。(図表は韓国国家情報院発表 2002.7.11 現在(石 丸次郎『北朝鮮難民』p.110)と http://japanese.chosun.com/site/data/html-dir/2003/10/5/20031005000000.html 朝鮮日報デジタル版などの資料に基づいて、作者が作成したもの。) 56 85 71 148 312 583 1140 1281 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 5) 金龍華著 長谷川由紀子訳『ある北朝鮮難民の告白』窓社 2003 年 3 月 p.271。 6) 石丸次郎著『北のサラムたち』インフォバーン 2002 年 12 月第 5 刷 p.174。 7) 前掲書 1)pp.131∼134。 8) 前掲書 5) p.271。 9) 前掲書 1) p.116。 10) 中国外交部報道官記者会見 http://fmprc.gov.cn/chn/52647.html 2003 年 7 月 10 日 11) 前掲書1)pp.42,117。 12) 安哲・朴東明著『北朝鮮飢餓ルポ』小学館 2001 年 3 月 p.58。 13) 主な駆け込み事件が次の通りである。 ・北京 UNHCR 籠城事件(2001.6)7 人 ・中国北京スペイン大使館駆け込み事件(2002.3.14)25 人 ・中国北京アメリカ大使館駆け込み事件(2002.4)2 人 ・中国北京ドイツ大使館駆け込み事件(2002.4)1 人 ・中国沈陽日本総領事館駆け込み事件(2002.5.8)5 人 ・中国沈陽アメリカ総領事館駆け込み事件(2002.5)3 人 ・中国北京カナダ大使館駆け込み事件(2002.5)2 人 ・中国北京韓国大使館駆け込み事件(2002.6)24 人 ・中国北京カナダ大使館駆け込み事件(2002.6)2 人 ・中国北京韓国大使館駆け込み事件(2002.6.13)2 人 ・中国北京韓国大使館駆け込み事件(2002.7)15 人 ・中国北京アルバニア大使館駆け込み事件(2002.8.13)2 人 ・北京中国外交部(2002.8.26)7 人 ・北京ドイツ人学校駆け込み事件(2002.9.3)10 数人 ・中国北京マレーシア大使館駆け込み事件(2002.12.17)2 人 ・北京日本人学校(2003.2.18)4 人 ・タイの日本大使館に駆け込む(2003.7.31)10 人 ・北京ドイツ人学校駆け込み事件(2004.2.23)8 人 14)2001 年 6 月外交部報道官声明など。 15) 2003 年 5 月 22 日中国外交部報道官記者会見 http://www.fmprc.gov.cn/chn/49439.html 16) 中国は 1982 年に『難民の地位に関する条約』及び『難民の地位に関する議定書』に加入した。 17) 2002 年 6 月「人民日報」外交部報道官。

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18) http://japanese.chosun.com/site/data/html-dir/朝鮮日報デジタル版 2003.10.5。 19) http://japanese.chosun.com/site/data/html-dir/朝鮮日報デジタル版 2004.4.6。 20) 前掲書 5) p.265。 21) ノルベルト・フォラツェン著『北朝鮮を知りすぎた医者 脱北難民支援記』草思社 2003 年 5 月 p.90。 22) 前掲書 1) p.170。 23) 前掲書 1) pp. 185∼186。 24) 1998 年4月金龍華氏が日本に直接入国したが、取り調べられ、また福岡大村入国管理センターにお ける遭遇を経て、民間団体の援助を得て、それにしても、2000 年 3 月に難民認定ができなく、仮放免に とどまった。最後に 2001 年 2 月に韓国政府が入国を受け入れた。 25) 「人間の安全保障委員会最終報告書要旨」2003 年 5 月 1 日 人間の安全保障委員会。 http://www.humansecurity-chs.org/doc/j-reportoutline.html 26) 次の論文を参照。 ①栗栖薫子「近年における安全保障概念の多義化と人間の安全保障」『比較社会文化』第 4 巻 九州 大学大学院比較社会文化研究科紀要 1998 p.1。 ②宮脇昇「人間の安全保障」『グローバリゼーションの現在』岩崎正洋・植村秀樹・宮脇昇著 一芸 社 2000 年 4 月 第 9 章 p.144。 27) 北朝鮮難民少年チャン・キルスの手記『涙で描いた祖国』監訳者石丸次郎 風媒社 2002 年第 6 刷 p.167。 28) 安哲・朴東明著『北朝鮮飢餓ルポ』小学館 2001 年 3 月 p.58。 29) 前掲書 1) p.57。 30) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031119-00000008-kyodo-int YAHOO 海外ニュース。 31) 前掲書 5) p.269。 32) 前掲書 5) p.258。 33) 土佐弘之「国家安全保障という制度的思考の揺らぎ――ポストモダニティと<アイデンティティ/リス ク>――」『法学』第 65 巻第 4 号 p.78。 34) 栗栖薫子「人間の安全保障――主権国家システムの変容とガバナンス」『新しい安全保障論の視座』 赤根谷達雄・落合浩太郎編著 亜紀書房 2001.5 pp.141~142。 35) 前掲書 1) p.23。 36) 前掲書 1) p.190。 37) 前掲書 5) p.269。 38) 六カ国協議:北朝鮮の核問題解決に向けた中国、北朝鮮、米国、韓国、ロシア、日本の関係6カ国に よる外務次官クラスの協議。今まで 2 回開催。第 1 回は 2003 年 8 月 27∼30 日で、成果は6つの合意が なされた。第 2 回は 2004 年 2 月 25∼27 日で、議長総括という形で収めた。その評価についてさまざま であるが、核兵器のない朝鮮半島を実現することと作業部会を設置することは大きな成果と言えよう。 2004 年 5 月 12∼15 日、第 1 回作業部会会議が北京で開催され、2004 年 6 月に第 3 回六カ国協議を開催 することに合意した。 39) 前掲書 1) pp. 187∼190。 40) 「国連『脱北者を難民とみなす』」デジタル『朝鮮日報』日本語版 2003 年 10 月 2 日。 http://japanese.chosun.com/site/data/html-dir/2003/10/02/20031002000066.html 朝鮮日報デジタル版。 41) 初瀬龍平「『人間の安全保障』論の方向性」『京都女子大学現代社会研究』p.93。 主指導教員(山崎公士教授)、副指導教員(真水康樹教授・高津斌彰教授)

表 1.  伝統的国家安全保障と人間の安全保障との比較  伝統的国家安全保障  人間の安全保障  主体  国家  国家、国際社会、非政府アクター、人々  客体  国家  個人、人類社会  脅威の源泉  外国、軍事的、戦争  紛争、内戦、貧困、構造的暴力、環境 破壊、人権抑圧など  手段  軍事力、外交、核抑止  人間中心の開発(保護と能力強化)  人道的介入、人道支援、平和配当など  目的  主権国家システムの維持、国民 の生存生活  人々の生存、生活、尊厳の保障 地域の安定、世界の平和  特質  排他性、

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