幼生の形態記載におけるデジ タル化への道
小 西 光 一
生物学の論文において解剖図,写真等のグラフ イ 7 クスは重要な要素である. とりわけ幼生の発 育段階を記載する場合,図は今でも重要な ー要素 である . なぜならば,どの様に図が描かれている かによって研究者がどの様に対象を「観たのか」 を示しているからである. しかし,記載的研究の 一つであるこの分野の人材は減る傾向にある. そ の原因の一つには観察したり図を描いたり写真を 織るのに手間と時聞がかかり過ぎることが考えら れる. 図1 に幼生形態の研究の流れをまとめてみ たが,ほとんどがかなり手間のかかる作業であ る. さらに描画はある程度の習熟を要する作業で もある. あえて述べるまでもないが,近年のコンピュー ターのハード ・ソフトウェアの発展は目を見張る ものがある. 表計算やデータベースだけでなく, グラフィックスの分野でも十年前には大型コンピ ューターを用いてやっと行 っていたことがパソコ ンとその周辺機器を使って楽に出来るようになっ ている. すでにデザインや芸術の分野ではコンピ ユーターを用いたグラフィックスは 一般イヒしてい る. この様な背景から,幼生形態の記載について もこれらを活用して何とか作業効率を上げられな いかということは誰でも頭に浮かぶことである. 筆者もその様に考え ,約5年前か ら幼生の原図作 成にパソコンと周辺機器を導入した. その結果, 現在では 1 0 0 % 近くがデジタル化された原図に置 き換わっている . ところで描画技法については,コンビューター を利用した技法はもちろんのこと,従来の技法で も具体的な解説書やマニュアルはほとんど見当た らない. 少なくとも幼生の記載においてはそうでKooichi KONISHI: U tilization of digital equipments
for illustration of decapod larvae.
ある. そこで従来の描画作業をコンピューターを 用い,どの様にデジタル化への道を模索している かについて簡単に述べ参考に供したい. ここでは 最初に関連事項として,計測と写真に関して簡単 に触れた後,描画について述べる. 計測と写真におけるデジタル化 発生卵の径や幼生の体長等の顕微鏡サイズの計 測については,すでにデジタル化された機器が存 在する. 代表的なものは顕微鏡に接続したモニタ ー画面上でマウスを用いて任意の2 点聞の距離を 算出し ,パソコンの表計算ソフ ト等に直接入力す るシステムである . これ らは専用装置であるので 値も張るが,同じことは描画装置とデジタイザ, あるいはデジタルカメラを活用しでも可能であ る. 次に写真 に閲しては,ここ数年のデジタルカメ ラの急速な普及および高性能カラープリンタの低 価格化により,かなりデジタル化が浸透しつつあ る. キャビネサイズ程度に出力する場合,画素数 が200万前後のデジタルカメラであれば,従来の フィルムによる銀塩写真とほとんど区別がつかな い. デジタルカメラで,あるいは既に撮 った写真 原版をフィルムスキャナ一等で取り込んでフ ァイ ル 化 し て し ま え ば , そ の 画 像 は Photoshop
™
(Adobe 社) に代表される画像処理ソフ トによ り, これまで専門家でしか出来なかった高度な技法が 誰にでも手軽にこなせる様になって来ている . 筆 者の場合は, Photoshop およびスケール入れ等の画像処理を行 った後に写 真画像用に TIFF (T ag Image File Format) と呼 ばれる形式のファイルとし,これを印刷ソフトの PageM a ker ™ (Adobe 社) を介して図番号を入 れたり,図の大きさ ・配置を決めて最終の印刷原 稿としている.28
幼生の形態記載におけるデジタル化への道1
. 材料2. 観察
図1 幼生形態の記載的研究における 仕事の流れm
地に白抜き文字の項目はパソコン等に よるデジタル化が可能なものを 示す. 原図作成におけるテジタル化 最初に幼生の発育段階の記載において原図を完 成させるまでの流れとその時に主に使用する道具 を以下にまとめてみた . これは筆者が過去に行っ ていた手順であり ,人によ って異なる点はあるが 基本的な流れは同じと思われる . ① 標本の解剖 …… 実体顕微鏡,解剖針,先細 ピンセット ② 計測と観察 …… 実体顕微鏡,ミクロメーター ③ スケッチ( 素描) …… 顕微鏡+ 描画装置,ノ ギス ,鉛筆 ④ トレース( 墨入れ) ……透写台,製図ペン , 定規 ⑤ 図 の 仕 上 げ … … 製図ペン,ノギス ,修正液, デザインカッター ⑥ 台紙へ貼付け ,記号入れ …… デザインカッ ター 以上で論文用の原因が完成である . ここで,① ③ もさることながら,④以後に費やす時間と手間 も無視出来ないものがある. この作業過程の中で, デジタル 化 が可能な部分を考えてみる( 図1参
照)
. ①と ② の観察,そして③ については,現在 の所は人手に代わる方法はないであろう. しかし ここから後の④ ⑥は,すなわち下絵をトレース して原図を作るまでの過程は ,パソコンならびに その周辺機器の利用 が可能である. 原因を 一定の 大きさの台紙にきれいに分かりやすく並べるため には各国の縮尺等を而倒な操作をして決めなけれ ばならない. 筆者の場合,かつては最終的な原因 のサイズに合わせて素描を拡大 ・縮小コピーし, これからさらにトレースしていた. これに対して, 最初から図そのものを自由自在に拡大 ・縮小しあ るいは線の太さを任意に変化させ,さらに傾けた り回転させられれば,こ れまでの作業 はかなり楽 になる . また時には網 目掛けのためにスクリーン トーンの切り貼りをする必要も出て来る. この様 な場合,正に最適なのがコンピューターで作成さ れた図である. 現在,筆者が④ー⑥についてどう対応している かを示すと以下の様になる( 図3 ). ④ トレース (墨入れ) → 下絵( 素描) の線をデ ジタイザで直接なぞって( 図4 左),あるい 図2 従来の素描のトレース (墨入れ ) の例 この場合は透写台に鉛筆で描かれた下 絵( 素描) を乗せ,その上に上質紙を 重ねて下か ら光を当てている.は素描をスキャナーで取り込み後に画像処理 ソフ トで図画用の P I C T脚 注Iと呼ばれる形式 のファ イルとして保存す る. これを下絵とし て描画ソフ トにより パソコン画面上でマウス を用いて帝泉を トレ ースする . 図3 デジタル化された原図作成までの流れ ⑤ 図 の仕上げー+ ④で 出来た図に対して元の素 描を見ながら,または顕微鏡で標本をチェ ッ クしながら修正する. ⑥ 台紙へ貼付け,記号入れ → 描画ソ フ トまた は印刷ソフトにより,出力したい版の大きさ に合わせて各国の レイアウトを行い,記号等 を入れた後に プ リンタで出力し印制用の原因 とする . これで使う道具の数がかなり減ると共に作業工程 が簡略化されているのがお分かり頂けるかと思 う. ま た③についても描画装置の下にデジタイザ を置いて直接入力することもある( 図4
右)
. さ らには描画ソフ トの進歩により写真画像を直接ト レース出 来る S treamline ™ ( Adobe社) の様な 製品もあるので, ③ 自体もデジタルカメラと描画 ソフ トの組み合わせで処理可能である . つ まり ③ 一⑥まで範囲が広がることになる . 次にデジタル 化 で必要な道具類を挙げてみ よう. 1 . パソコン :C P Uがか なり 高速であり ,ま たR A M容量は最低でも 64 M B装備してい る も の . Photoshop 図 4 デジタル機器によるトレース (墨入れ ) の例 素描を デジタイザに乗せ,電子ペンで線をトレースして描画ソフトに取り込む( 左図) . また顕微鏡の描画装置から直接に入力する場合もある( 右図) . 1 ? IC TはMacintosh のは B M ? (Bitmap ) となる. また画像記録方式の中でos
や機種に依存せず,より印刷向きに設定されている のがT IF Fである.30 幼生の形態記載におけるデジタル化への道 10 0 M B以上が望ましい.
2.
デジタイ ザ : タブ レッ トとも呼ばれる . 解 像度が高く , A 4 版位の大きさのものが使 いやすい. 3. スキャナー : 取り込み解像度は600 dpi も あれば充分であるが,市販のたいていの製 品はすでにこれ以上である . 4 . プリンタ :出 力方式で大別すれば,ポスト スク リプト (PostScript T M,以下PS と略す) 系とそうでないものに分かれるが,線画の プリント出力には前者を用いた方が概して 良 い 結 果 が 得 ら れ る . 出 力 解 像 度 は 600dpi以上が望ましい . 描画ソフ トを大別すれば,ペイント系とドロ一 系になり , さらに後者は PIC T形式と PS系 に 分 かれる. PS形式のフ ァイルは図形や文字を拡大 . 縮小しでも線の形状等に影響を受けず印刷向 き である . 筆 者 の 場 合 に は PS 系の 川ustrator™
(Adobe社) を使用 している . なお,これまで述 べたソフ トの使い方等については解説書が数多く 市販されているので,詳しくはこれらを参照され たい. プリンタに閲しては,インクジ ェ ット方式等の 図 5 描画ソフトによる 曲線加工の例 ベジェ 曲線によるパソコン上での描画. マウ ス等の操作により,アンカ一ポイントとl呼ば れる点から伸びる方向線と方向点の位置を動 かして曲線の形状を変化させる ここでの使 用機種はMacintoshH I (Apple社) で,ソフ トは Illustrator™ (Adobe社). 非PS系であ っても,最近では PS形式の画像フ ァイルを PDF (portable docu ment file) 形 式 に 変換することにより出力が可能で、ある. ただし,難点がない訳ではない. とくに PS系 描画ソフトであるイラストレーターの場合,描画 線がベジェ 曲線と呼ばれる特別な形式によるもの で,実際にペンで描くのとはかなり異質な感じが する (図 5 ). 最初は戸惑うかも知れないが, 一 度慣れればこれ程使いやすく機能が優れたものは ないと感じられる. 初めての場合にはペイント系 の描画ソフ トの方が鉛筆と消しゴムの感覚に近い ので,扱いやすいかも知れない. さらに PS系の 描画では従来良く使われる点描にやや難点が感じ られるが,グラデーシヨン機能等を上手に利用す れば,克服出来ょう . 一つの例として,製図ペン や丸ペンによるヲ │く線は指先の力加減で簡単に細 く尖らせることが出来るが (図6
a),コンピュ ーターでは線の太さを何段階かに分けて細くして 行くか( 図 6 b) ,あるいは極細線で輪郭を作る やり方( 図6c) で対処する. ただしペイン ト系 の描画ソフ トではデジタ イザの電子ペンへの筆圧 を感知して描画 出来るものもあり,手描きとまっ たく同じ感覚で線引きをすることも可能である. ただしこの場合,個々の線画を拡大 ・縮小,ある いは連結してより大きな図にする等の加工 は不向 きであると思われる .a
b
c
図 6 PS系の描画ソフト による幼生剛毛の表現例 左端(a )の様な剛毛を描く場合には,段階的 に線帽を細 くするか (矢印)(b ),極細線で 輪郭を描く (c ).デジタル化の利点 デジタル化する利点は,単に画像情報を時間と 共に劣化 させることなく保存し反復 ・加工利用出 来るだけではない. たった 一度しか使わない原図 であれば,従来の手書きの方が結果的に速いかも 知れないが,特に発生段階の記載の様に系統的に 一定のパターンでいくつも作図しなければならな い分野では , コンピューターを用いた方が長い目 で見てかなりの労力の削減になる . またもう 一つ の大きな利点は,画像データを 一度電子ファイル 化してしまえば,急激に普及しつつある インター ネッ ト等を介しての高度な 情報通信が容易になる ことである. 最近ではテキストや図表をまとめて プ リントする代わりに先述の P D F フ ァイル化し てしまえば,印刷されたのと同等のものをパソコ ン画面上で見ることが出来る . つまり原稿を郵送 ではなくて,電子メールで瞬時に相手方に届けら れる訳である. これにより,たとえば共著者が遠 方にいても , まるで机に向かい合って原稿の打合 せをしている感じになることが可能で、ある. デジタル化の問題点 まず計測について経験上,注意したい点が一つ ある . それはデジタル化 を進めれば作業工程が省 かれる代わりに,途中が現物で= 残っていないので 入力ミスがあっても検証 ・訂正が出来にくいこと である . 意外に思われるかも知れないが,生の計 測データは 一度ノー ト等に手書きで記録し,その 後で表計算ソフ ト等に入力した方が結果的に間違 いが少ない. 次にハードウェアの問題として,画素数が多く なると巨大なファイルを処理するためにパソコン 本体に高速の