近
代
日
本
と
流 行
一
社 会
の
近代 化
に
伴
う流
行
の
変 質
に
つ
い
て
Modern
Japan
and“
Ryukou
,,−
Transformation
ofFashion
withthe
Advance
ofSocial
Modernization一
神 野 由紀 関 東 学 院 大 学
J8NNO
Yuki
Kanto
Gakuin
University
1.
流行論 の 系 譜 と課 題 こ れ まで、
流行に関する研究は ジン メル、
タル ド、
ヴ ェ ブ レン とい っ た社 会 学 などの古 典 的 研 究に はじ ま り、
約一
世 紀に わ た り数多くの 成 果 が 積み 上 げ られて き た (注D
。 日本でも明 治 末 期、
高 島 平三郎や坪 井正五郎ら が、
それぞれ心 理 学、
文 化 人 類 学の立 場から盛ん に 流 行 に関 す る発 言 を繰 り返 し関 心 を 集 めてい たこ と は、
すで に別の 機会に述べ た が (注2
)、
大 正か ら昭和初期になる と、
後で紹 介する今和 次郎や権田保之 助 らの 先駆 的な流 行 論が生 まれ、
彼らの 研 究につ い て は今日に 至る まで 様々 に検 討 されて きてい る。
さ らに 1970年 代 以 降、
風 俗 学の 興 隆 と と もに 日本で の 流 行 論は一
層の 関 心 を 集め、
活 発 な議論が 交 わ され たこ と も周知の 通りである し、
ま た近年は フ ァ ッ ショ ン・
モー
ド とい っ た領 域へ の学 際 的 な 関 心の 高 ま りと ともに、
新たな 研 究の 方 向 性 が 模 索 さ れる ようになっ てきてい るとい っ て よい (注3)。
これ までの流行 研究の 主 なアプロー
チ とし て は、
流 行と は何か、
杜会心 理、
集 団 行 動としての その メ カニ ズ ム を 解 明 す る流 行 を 伝 え るメデ ィ アを 研 究 する
時代の 流行の風俗を歴史 的に検証 する な ど が挙げ ら れ る だ ろ う。 日本におい て
、
流 行はフ ァ ッ シ ョ ン とほ ぼ同 義に扱わ れ、
多くの 人が流行をフ ァ ッ シ ョ ンあるい は衣 服 と無 意 識に結 び 付 けてい る。
も ちろ ん今日 に至 る まで 流行の問題は衣 服にと ど まるもの で はない が、
衣服に お い て最 も近 代以降の流行の諸特 性が示 され る こ と になっ たこ とは明 らか で あ る。 しか し な が ら 南 博 が 指 摘 す る よ うに、 日本におい て流行とい う語は社 会行 動に 入 らない 伝染 病の 流行か らパ チン コ の 流行、
さ ら に哲学の 流行ま で、
多くの意 味を含んだ曖 昧な もの である (注 4)。 南は 外国 語に は 日本語の ような総括的な 「流行」にあた る こ と ば はない と述べ てい お り、
また石 川 弘 義 も 同 様の 見 解 を 示 して い る (注5
)。 石 川に よる と、
曖昧さか ら言 えば 日本語の 「流 行」は 社 会 科 学の 中で、
ナ ン バー ・
ワ ンに ラ ン ク さ れ るもの であ り、
「流行、
フ ァ ッ ショ ン、
モー
ド、
ス タ イルー
いず れ も ど こ か で 重 な り合い な が ら微 妙 に相 互に排除 し合 う とこ ろも持っ てい る言 葉 」「広い 意 味に も狭い 意 味に も使 えるとい う、
ある意味で便 利 な 」 言 葉である とい う。 す なわち、
日本に おける流行研 究は、
その 語の もつ曖 昧 さ故によ り複 雑 な もの と なっ てい ると い える。 確 実 に 言 える こ と は、
流行は近 代 社会の 成 立 以 降、
そ の 性 格 を変え るこ とになった とい う事 実である。一
連の 研 究で は 近代以降、 流行が顕 著な社 会 現 象と なり、 近 代 以前と は異な る性 質を持つ に 至 っ た点を指 摘 し てい るも の も少な く ない。 し か しなが ら、
これまで あ ま り言 及 さ れて こなかっ たの は、
実 際に 「流 行 」 が 内 包 す るとこ ろ の ものが どの よ う な 時 期に、
ど う変化 してい っ たの か と い う 問い につ いて の具 体 的な検 証である。 流 行が近 代に 特 有の性 質 を 持つ ように な り、
社 会に与 える影 響 が 大 き くなっ たとすれ ば、
近代以前 と決 定的に異 なる性 質とは 何なの か。
社 会 心理 などの領 域で は、
中産階級の増大に よ る文 化の大 衆 化の 問題を軸に近 代の 流行を取り上げて きた とい えるが、
本 論で は特にこれに付 け 加 え 検 討 すべ き特質と して 流 行 が 資 本によっ て意 図的に操 作され る ように なっ たこ と 流 行が商品と し ての性 格を強 く 有 する ように なっ たこ と こ の2点につ い て特に焦 点 を 当て、
転 換 期の 状 況 を 明 らか にするこ とを 試み た。
冒頭 で述べ た よ う な 流行に関する研究 は、
特に注 目すべ き変 化の時 期に特に多 く輩出 され てい る と思わ れ る。
この こ とをふ ま え た 上で、
ま ず 流 行 が資本によっ て操 作 さ れ 始 め た 明 治30
年 代、
さ らにその 流 行の商 品 化 が 生活の中 の あら ゆ る局 面に浸 透し始めた大 正 後 半から昭和 初 期に か け て が 重要で あ る と考え た (注6)。2.
明治30
年代と流 行の意 識化 2.
1.
雑 誌 『流 行 』につ い て 江 戸時代か ら引 き続き、
少な く と も明 治20
年 代まで、 流行と は衣服 な どの商品とい うよ り は む し ろ、
流行 唄に 代 表さ れ る ような自然に広まっ て い く現象を指 すこ と が 多かっ た とい え る (注7)。 明 治に入 り、
イン フ ルエ ンザ7ザ イン学 研究特集号 SPECIAL ISSVE oF JSSD Vet
.
9 No.
4 2002 13やコ レ ラな ど病の流 行、 「へ な ちょこ」とい っ たい わゆ る流 行 語 が 現れ るが
、
こ れらの 流 行 も 人 為 的 な操 作によ るもので はない し、 商 品 的 性 格を持つ もの で は ない 。 さ らに は兎の 飼育 (明 治5
年 頃)、
月 琴(
明 治 10 年 頃 〉、
蘭の栽培 (明 治13
年頃)な ど、
趣味的 な 流 行が周期 的 に現れ、
中間層の 出現 と と もに こ うし た趣 味へ の 関心が 強 まる傾向を 見せ る。 こう した現 象は投 機 的 な 意 味 合い か ら 見 れ ば確かに商 品 的 価 値 を もつ 流 行 とい えるが、
こ れ らの モ ノは 大 量 生 産 品では な く、
巨 大 資 本に よ る介入 は見ら れない 。 断髪、
洋 装な ど文 明 開 化の 習 俗は、
単 な る一
過 性の流 行と して は位 置 付 けるこ と が難 しい もの が 多く、
ま た長襟巻きや女 性の シ ャ ツ、
吾 妻コー
ト とい っ た衣 服の短 期 間の 流 行 も 見 られる が、
これ ら も ま た 大 量 消 費を 目的とし て操作さ れ た流 行とは異な る とい えるだ ろ う。 こ の ように明 治20年 代 まで は、
必 ず し も近 代 的と は言え ない 流 行が 主流であっ た。 最 初の変 化は 日清 戦 争 前 後に見 出 すこ とがで きる。
当 時 三 井 呉 服 店の経 営 を 任 さ れる こ とになっ た高 橋 義 雄 が、
欧米の百貨店に倣い呉 服 店の近 代 化を図ろうと した が、
い くつ かの 改 革の 中 に 含 まれて い たのが、
百 貨 店に よ る 流 行の 意 図 的 な 創 出で あっ た。 戦 勝 気 分に沸 く明 治28
年、
派 手な呉服柄 「伊達 模 様 」を考案 し、
積極的に こ れ を流行ら せ よう とし た (注8 )。 この時の 高橋の試み は一
部 花 柳界での唄を 除い て それ ほ ど成 功を収め るこ と な く終わ るが、
しかし な が らこ のわず か 数 年 後、
明 治3
0
年代 に入る頃には 流 行 は 資 本に よっ て支 配さ れ始め る。 この兆候を示す一
例とし て 『流 行』とい う雑 誌が挙 げ ら れ る。 商工業 者の みならず、一
般 購 読 者をも視 野に 入れ最新の流 行を紹介して い る こ の 雑 誌は明 治32
年に 創 刊 され、
わず か 数 年の 間 刊 行 され た だ けである にもか か わ ら ず、
こ の時 期の社 会の変 化を 理解 する上で の手 掛 か り を与 えてくれ る (注9>。 発 刊の 辞 (注10)は、
不 平 等条 約の改 正 も実 現 し、
日本の 近 代 化 が 新たな 段 階に入 ろ うとした時代、
流 行に対 する新たな認識 が 生 まれつ つ あっ たこ と を 示し てい る。
流 行 とは 「家具の 配列 を視て、
其 主 人の気 品 を 窺 ひ 得ると 等 し く、
衣 服持物の 選 択、
亦 其人 の敏不敏を表はす」もの で、
「衣服 飲食は勿 論、
家 具 什 器より、
楊 枝 耳 掻の 細に至るまで」 世 間で売 買 され うるすべ てが 流 行に感化 されて い る とし、
質素 を 美 徳 と するよ う な 旧 弊はむ しろ欠 礼に陥ると 非 難 し てい る。
誌面で は毎 号様々 な流行の商品が紹 介さ れ てい る。 第2
号の 流 行 欄に は以 下の よ う な多数の トピッ クスが 見 ら れ る。 婦 人 流 行 冬 物の 服 装、
男 子冬物 流 行 服 装、
悪 魔 降 伏の夢 羽 織・
泥描 き繻 子帯・
新 形 小 紋、
芸妓風流行 帯の結び様、
流行 帽子、
男女流行 手袋、
流 行 化 粧品、…
(中 略)…
男 女 流 行かさ、
流 行 男 子 持 烟 草 入、
流 行 男 女 紙 入、
流 行 指 輪、
古 錦絵の 流行、
流行小揚 子、
世界に於て最も進 歩せ る自転 車、
洋服流行の仕立て (注 ID 誌上 に は、
毎号 呉 服だけでな く洋 服、
さら にそれぞれ の服 飾 小 物 類、
髪 型 などの 最 新 流 行の情 報 が 数多く掲載 されて い る。
その特 徴と して は、
紹 介 されて い る のがど れも服 飾に関 する商 品で あるとい うこ とである。 唄や言 葉、
ふ る まい など で は ない、
ま さ に流行 商品の 紹介に終 始 して い るの であ り、
巻 頭の 口絵に は三 井 呉 服 店 が 考 案 した最 新の模 様が頻 繁に掲 載 されて いる。
雑 誌 『流 行』の 背 景に は
、
当 然の こ とな が らこ の頃の 国内 産業の急激 な発達があっ た。 企業の 数と資本金 総額 の 急 激 な 伸び が よく示 して い る ように (注12)、
明 治30
年 代は 日本の 資 本 主 義 経 済の基 礎 がつ く ら れ た時代であ り、
財 閥 が 形 成 され、
輸 出 入 量が飛躍 的に増大した。 都 市部を中 心と し た市民生活も大 きく変 化 し、
多くの消 費 財が国 内での 生産 体 制を確立 し、
高 価 な 輸 入 品で は手 が 届かなかっ た中 間 層は膨 大 な 商 品 を 目の 前にするこ とに なっ た。 彼 ら を 消費者に変 えるための 策が、
「流行」だ っ たの である。 南 博は、
流行の 商品 化に つ い て早 くか ら注 目 してい た。 南は封 建 社 会の崩壊と商 品 経 済の発 達に よ り、
旧社 会に おい て流 行 を 規 定し てい た身 分 性の 要素に代わ り、
商 品 性の要素 が 発 達 し て くると述べ てい る (注 13)。 こ の商 品性は2
つ の意味を持つ 。一
つ は経 済力の シンボ ル であ り、
固 定 された 身 分に伴 う 政 治 権 力の シ ンボル と して の 流 行で はな く、
新 し く台 頭 し始 め た 大 商 人の シンボル に 変わっ た結果 生じた もの である。 そ し て もう一
つ は流行 の内容 自体の商 品 化とい う意味である。 南の 言う ように 資本主義 社 会に み ら れ る流行の形 態が、
こ の 商品性とい う特 質を纏 うこ と で整 えら れ た とするな らば、
例 えば明 治 期に現れ た 財 閥 を 中心 とす る 実 業の 茶の 湯 な どに前 者 の よう な経 済 力の シ ンボル としての 流 行を 見て取るこ と が できる が、
近代の流行が大 衆 と不可分なもの と考え れば
、
さ ら に重 要 なの は流 行 が よ り広い 中間 層に拡 散 して い く際に起こっ た後 者の 「流行の 内容 自 体の 商 品 化」で あっ た と思われる。
そ し て この 変 化が世 間で 起こ りつ つ あっ たこ と を、
雑 誌 「流 行 』は示 し てい た。2.
2 .
新たな 流 行 観 の萌芽江 戸 時 代の 度重 なる贅沢 禁 止政 策とそ れに続く明 治 維 新 前 後の文 化的 混 乱によ り
、
流行そのもの が市民 生 活 か ら姿 を 消 してい た時 代が続い た。 よく言 及 される江戸 の 町 人文 化一
役 者や遊 女 た ち か ら伝 播した 流行は
、
元 禄 時 代 な ど あ る一
時 期に 突 出 し て見ら れ た現象で あった。 その他の時 代にも 幕府の 監視の 目をく ぐっ て町人 を 中 心 と し た 流行が 全 くなかっ た わけでは ない が、
西洋 と同 様、
身分の固定された 封 建 社 会 が流 行を妨 げる大 きな 要 因で あっ たこ と は よ く言及さ れ る点であろ う。 重要なの は浅 薄 な贅沢 を悪とする武 家 社 会 的 倫 理 観が、 幕 府に よっ て 社 会 全 体に強 要さ れ たこ と に よっ て、
流 行とい う もの に 対して 人々が 抱 か ざるを えな かっ た罪 悪感で ある。 その 意識 が 根深かっ たか らこ そ、
明 治 半 ばに なっ て もなお尾 をひき、
明 治 後 半にな る と高 橋 義 雄 を始め様々 な所で指 摘 さ れるよ うに な る。 高 橋が述べ てい るよ うに明治20 年 代、
(特に こ の頃か ら消費社 会の 主要な享 受 者と して増 殖し てい く 中 間 層にとっ ては)流行とい う もの に対 する 認 識は依 然低い状態であっ た (注14
)。 後に今 和 次 郎 も 指 摘 してい る ように (注15)、
明治維 新 後の 急 激な 欧 化 から一
転し た反 動 的 国 粋 主 義に よっ て、
多くの風 俗が江 戸に逆戻 り して し まい、
衣服の 流 行 も維 新後に洋装を採 用 した 上 流 階 級か ら で はな く、
芸 者の衣 裳 から発信さ れ る とい う 以前の 図式が復 活 して し まっ た。 こ の た め 「流 行と は裏 道の こ と」と研 究 者か らも無視 さ れてい くこ と になり、
同 時に世 間か ら は流行=
新 しい もの にす ぐ飛 び 付 く=
見 栄=奢 侈=
悪とい うレッテ ルが 江戸期 同様つ け ら れてい くことにな る。
明 治の 産業が近代 的 発 展を 遂 げ よ うとする明 治30
年代になっ ても、
流 行に対 す るこ う し た負の イメー
ジはすで に広く人々 に浸 透 してお り、
こう し た考え を 払拭さ せ る の は容 易で はな かっ た。 『流 行 』 の 誌 面か ら は、
こ う し た流 行に つ い ての 先入観を改め さ せ、
流行とい う現象を 人々 の生 活の 中に 日常 的に浸 透 さ せてい こ うとする努力 を随 所に読み取る こ とがで きる。
第4 号 巻頭の 「希 望の表現」 (注 16)とい う記 事に は
、
人々 に む けて流 行に 対 する関 心 を喚 起さ せ る よう な 内 容 が 見ら れ る。 「変 化は希 望の 表現 な り、
希 望は進 歩の 原 動 力な り、
奨 むべ し、
遏 むべ か らず。」 と変 化 を 社 会が 進 歩 する上で重要な役割を担っ て い るこ と を指 摘し、
衣 服調度の 変 化=
流 行の必 要 性 を唱え、 様々な 制 限の 中 で 質素な 生 活 を 強い ら れてい た 江 戸 時 代の社 会 を 「法 令を 以て 人の思 想 を束縛し、
工夫 力 を 防 遏 して、
事物 変 化の 本 源を涸らさん とする」もの とし て批 判 して い る。 第 5 号で はさ らに流 行の風俗が一
つ の時 代の 粋 を現 し てい る と し、
丹前 姿や伊達 衣 裳、
元 禄 振 り、
蔵 前風な ど江 戸 時 代の流 行は決 して単なる贅 沢と して非 難 すべ き現象では な く、
時 代 を 映 し出 す重要 な 指 標であ る と述べ てい る (注t7
)。 し か し明 治 にはこれ とい っ た後世に残る ような 流行は 生 まれて い ない 。 特に男 性は断 髪、
脱 刀、
洋 服 と い っ た風 俗の 目覚しい 変 化が見ら れるが、
杜会の激 変に も か か わらず 女性の風 俗は何 ら変わ っ てい ない と指 摘 し てい る。流 行 不 在の 社会の中
、
人 々の 意識 を 変 え る手 段の ひと つ と して、
流行は何 も贅 沢 を助 長 する ものだ けで はない、
国の一
時 代の精 神を表 す もの であり、
社 会 を 停滞さ せ る こ とな く活 気を与え る もの で ある、
とい う 流行の正 当 化 が 進め られる ように なる (注18)。
こ の 正当 化は、
雑 誌 の 関 心 を風 俗の 改 良、
と り わ け女 性の 服 装 改 良に向 けさ せ てい く。 誌 上では婦人の改 良衣 服の 懸賞募 集 も行っ て お り、
大 正期の生活改 良 運 動 を先 取 りする よう な改 良論 が展開さ れ、
その一
方で誌 面で は盛ん に紹介され てい る は ずの ハ イカ ラー
の ような表面 的 な 流 行に関 しては軽 薄 で 「流 行の 賊」で あ る と厳 しく非 難 する。こ のよ うに流行の必 要 性 を 説 きな が ら
、
雑 誌で はそれ を 生み 出 す 社 会の 機 関につ い て関 心 が向か う よ うに な る。 第23
号では一
般 人の みな ら ず、
専 門 業 者で さ え も 「流行女性の 方 法を講ぜず して、一
切自然の成 り行 きに 打ち任せ、
流 行 意の如 く ならざる ときは、
罪 を 世 間の不 景 気に帰 する」 とい う当 時の状 況 を嘆い て い る (注19
)。 そ して 欧 米の 大 都 市の 百 貨店な どで は、
その 多くが機関 雑 誌 を発 行 して店の商 品を宣伝 し、
常に最 新の流行をつ く りだ し 人々 をひき付け、
新しい流 行 品 を買い 求めさせ てい るこ と を 紹介し、
日本の 商店で も新 製品 をPR
し、
流 行 を操 作す る よう な 専 門の 機 関が必 要である と指 摘 し てい る。 呉 服 店 など大 商 店に対 し 「諸 氏は流 行の 主 人 な り、 流 行は諸 氏の忠 僕 な り、
何ん ぞ之れに假 すに翼 を 以デ ザ イ ン¥ 研 究 特 集 号 sPEclAL IssuE oF JssD vol
.
9 No.
4 2002 15っ て し
、
流 行をし て 自由 自在に 天下 を 飛行せ し め ざる や 。 流行は諸 氏の 化身な り、
(中 略) 気 力なき眠 より覚め よ、
而して流行を して常 に活 動せ しめ よ。」と積 極 的に流 行 を 創 出 す る こ とを 勧め て い る。
ただし、
明治30
年 代前半 の 時点では、
こ う し た 流行記事を 読め る よ う なメ デ ィ ア は新聞 も含めて 極めて 少な かっ た こ とも事実であ り、
だ からこ そ、
先に述べ た よ う な 流 行 が 罪で は ない、
む しろ社 会の進歩 に必 要である こ とを 先 ず 人々 に 説き、
その 正 当性を強 調するため に服装 改 良とい うよう な、 こ の後に活発になる合理 主義的 見 地か らの 生 活 改 良で交わ され る よ う な 論 議 とも、
不 思 議 に結び付い てい くこ と になるの である。
セ?
流 行 を 資 本によっ て操作してい く とい う新し 図1
い 手 法は、
この 後三井呉 服 店 が近 代的 な 百貨店 に転 身 を 遂 げてい く上で、
大 き な 役 割 を 果 た すこ とにな る。 雑誌 『流行 』が刊行さ れ てい た時 代は、
高橋 義雄を 中 心 と し て 百貨 店へ と転身を遂げ る た めの様々 な店 内 改 革が行わ れ始め た時期と重 な り、
両 者の 関 係はか な り密 接 な もの であった と考え ら れ る。 高 橋は ほほ同時 期に 三 井 呉 服 店のPR
誌 『花ご ろ も』を発行 してお り、
雑 誌 『流 行』に も呉 服 模 様に関 す る彼の文章を 『花 ご ろも』 か ら転 載してい る。 高橋の流行 操 作に おい て重要な点の ひとつが、
呉服柄の改 良であっ た。 明治維 新以後、
職 を 失い生活に困 窮 し た多 くの 日本 画 家は、
こ の 頃から 副 業 として呉 服 柄の図案を 手 掛 けるよ うになる。
特に高島屋、
三 井 呉 服 店、
白 木 屋 とい っ た 大 商店で は積 極 的に 日本画 家を採 用し、 新しい 意 匠の考 案を彼ら に委ね た。 例え ば 三井呉 服 店で は高 橋 義 雄の指 示の 下に意 匠 部 を 設 け、
住 吉派の 片山貫通、
福井 江亭、 島 崎柳 塢、
高橋 玉 淵な ど を 雇い、
新 規に様々の裾模 様、
長襦 袢な どの 見 本をつ く り、
あるい は客の好み に応 じて新しく図案を作 成 するとい っ た業 務を担 当させ てい る (注20 )。
『流 行』に は毎 月の よ うに、
福 井 江亭 考案による新 商 品の意 匠が紹介さ れ てい る。 彼 ら日本画 家の活躍 は、
呉服柄に大 きな変 化を生 じ さ せ るこ とに なっ た。 そ れ ま での伝 統 的で比 較 的 地 味 な 模 様か ら、
華麗な花鳥 風 月の写 実 的な柄が画 家たちに よ っ て布 地に 「描か れ る」ように なっ たの で ある。 前 述の 伊 達 模 様 な ど も、
こう し た 背 景 か ら生 み 出 され た 意 匠で 元 禄 模様の流行 (「東京パ ッ ク」明治38
年よ り) あるとい える。 着 物の意匠 と日本 画家の関係、
さ ら に流 行との つ なが りにつ い て は今後 さ らに詳 しい 考 察 が 必 要 だ が、
少な くとも彼 ら が資 本 力を備 えた大 店で 多く採 用 され てい るこ と、
その呉 服店が こ の時 期近代 的百貨 店 化 に向け た店 内 改革の一
環とし て流 行の 操 作に積極 的に関 与 し始めたこ と、
三 越 呉 服 店の流 行 会や高 島屋 呉 服店の 百選会な ど、
流行 商 品を創り出す 専門家に よ る諮問機関 の設 立、
定 期的 な新柄発 表 会や 雑 誌での 流 行 紹介など、
流 行 発 信 し更 新 してい くための様々 なシステム を 築 き始 め て い る こ と、
こ うした一
連の 事 実を考 慮する な らば、
流 行の 近代化の第一
歩と し て 重要な役 割を担っ てい た と 考えら れ るだろう。 伊達 模 様 が 世 間でそれ ほ どの反 響 を 得 られな かっ たの は、
こ の時 点では高 橋の流行に対 する近 代 的な意 識が 人々 に理解さ れ なか っ た た め であっ た。 消費社 会の到 来 を目 前に控え、
明 治30年 代に おける高橋 義 雄の 改革、
そ れ と密 接 な 関 係 を持つ と思わ れ る 『流 行』な ど、
様々 な 働 き か けによ り、
流 行に対 する意識の 変 化が促さ れ、
人々 は 流行を消 費すべ き商品と し て認 識 する ように なっ た。 そ し て 日露戦争の戦 勝気分に乗 じて流 行 を 再 度 仕 掛 け、
結 果 大 成 功 した元 禄 模 様は、
新 しい 時 代の 気 分 が 人々 に もようや く受 け 入れ られたこ とを 意味してい た。 (注21>(図 1 )さ ら に明 治40
年頃に な る と、
明治30
年代には残ってい た 流行=
贅 沢を罪 悪 視する ような 風潮は
、
百貨店とい う巨 大資本の誕 生に より 決 定 的に打 ち消 さ れてい くこ とにな る。 こ の後、
文 化の大 衆 化 が一
層進 んだ 大 正後 半になると、 流行が浸透し た 日本 社 会の実 態 に則 した分 析 が多く見 られ る ようにな る。3.
流 行の大 衆 化 3.
1.
権田保 之助の流行論と広が る流 行の商品 化 現 象 民 衆 娯 楽の 研 究で知 られ る権 田 保 之 助は大 正ll年 「資 本 主 義 社 会と流 行 」 (注22
) とい う文 章 を 発表してい る。 この中で流行を 「現 代 社 会が飛び 出 させ た妖 怪 」と表 現 し た権田は、
流行の 性質が以前 と大 きく変わっ て きてい る こ と に特に注 目し てい る。 彼の見 解に よ る と、
大 正時 代の 社会におい て は、
流 行 を単に新 しい 刺 激 を楽しむ と い う心 理学 的 根 拠の み で理解するの は、
すで に無理があ る とい う。 何 かが 欲 しい とい う 自 然の 欲 求 では な く、
「買うこ とが 出来る か否か」とい う とこ ろ に生活の意 義 が移っ て しまっ て お り、 買 っ た物が欲望を満足 させ るの で は な く、
「物を買 う」「物 を買い 得た」 その瞬 間、
その 行為に 人々 は意 義を見 出 して い る。 ま さに 「買 う」とい う行 為 その もの に収 斂 した 新 しい 形の 所 有 欲であ り、
こ の 欲 望 を 満 足 さ せるた めに資 力の 限 りに物 を 買い つ づ け、 流行を 追い求め る。 資 力の 有無で杜 会生活の有 意 義、
無意義 が 決 まる、
「『物 』 が 『人 』 を支 配 する」 状 況 が 生 ま れて い るの で ある。 権田 は さ ら に、
こ うした 人が物に よっ て支配 さ れ た状 況で利益 を得るこ とに なるの は流行品製造業 者とその販 売 者である とい う事実 も重 視 して い る。 以 前の よ うに人 の需要に応 じて物 を供給する の では な く、
多くの物がい かに多 くの 人に購入 さ れ利 益を生 み 出すか が 重要で、
「其の 『物』が永 く使わ れ ようと、
焼け て無 く なっ て仕 舞お うと、
質屋の手に渡る ように なろ うと、
溝の 中に棄 てら れ よ う と、
そんな事は ど うで も よい 」。 こ う し た社 会 が 進展する と、
業 者が 大 量に作っ た物に対する需 要を 強 制 的に 生 じさせ る状況が起こっ てくる。 す なわち 現 代 社会に おい ては営 業 者 が 流 行 を 創 り 出 し、
流 行に対 して 絶 対 的 な 力 を有する。 創 られ た流 行の 中、
大 量 需要に応 じるため に は大 資 本の大 量 生 産が前 提 と なる。 人 が物 を 決 めるの では な く、
物 が 人 を 選 択 する、
さら に物を 最後 に決 定する の は こ うし た 「資 本 利潤」である。 こ こ に流 行の 激変の根 拠 を見 出 す 権田の 見 解は、
同 時 代の 目 ま ぐ る し く変わ る流 行が、
あら ゆ る生 活 領 域に広がっ てい く 状 況 を 的確に捉え た もの であっ た とい える。 権田の見 解を裏付 ける かの ように、
こ の時 期 流 行 商 品 に関 す る 著 作 が多く出 版 されてい る。 例 え ば明 治 末から 大正期に か け て、
多 くの処世 術や修 養に関 する著 作 や 経 営 実 務に関す る著 作を出 版してい る蘆 川 忠 雄は、
流 行 商 品に関 する業 者 向 けの専門書 も 何冊 か著 し てい る。 大正12
年の 『流 行 商 品 と 其 販 売』 (注23 >は商店 経 営 者に 向 けら れた専門的 な 内容で、
商店の外 観、
陳列 方法、
接 客 法、
広 告とい っ た具体的 な 説 明 が多く見 られる が、
大 正13
年の 『流 行 と 商 品流 行の 見方と流行品の売 方 』 (注
24
)で は、
同 様の 内容で あ りな がら、
も う少し流 行 とは何か に 関する説 明が多くなっ てい る。 そ れ に よ る と、
文 化生活の浸透に より、
人々が競っ て 合 理 的で便 利、
快 適 な 生 活 を 求 め る よ うになっ た結 果、
少しでも労 力を節 約できる ような商 品が流 行する ようになる。 同 書で は女 性の 呉 服、
髪型、
雑 貨 類 など短い周 期で流 行 が変わ る 商 品だけで な く、
石 鹸 (花 三E
石 鹸)、
ビー
ル (エ ビス麦 酒 ) などある程 度 世 間に定 着した 商 品 までを も流行品 とし て 扱っ てお り、
大量 生 産・
大 量消 費さ れ る商 品はすべ て流 行につ な が るもの とい う著者の認識が伺 え る。 さ ら に こ うし た流行は 生産者と消費者の 双 方に よっ て創 られ る こ とを認め つ つ も、
流 行に関 して素 人の消費者 よ り も売る 側が専 門 的 知 識 を もっ て新 しい 流行を発信 すべ きである とし、
特に 百貨 店の ような資本 力の あ る商 店の 及ぼす 影 響の大 きさ を指 摘 して い る。 その 上で専門家による流 行 商 品の考案 が 行 わ れる機 関 を 内部に設 け た 例 とし て、
高 島屋の百 選会を挙げてい る。 記 述は流 行を発 信 する媒 体 として新聞 雑 誌 などの広 告 やシ ョー
ウ ィ ン ドー
な どの重 要 性に まで及び、
流 行 商 品 を取 り扱 う商店にむ けての 啓 蒙 的 内 容となっ てい る。
前述の権田の指 摘、
あるい は蘆川の著 作に具体的に示 さ れ てい る ように、
大正後 半になる と、
文 化の一
層の 大 衆 化 に 伴い、
明 治30
年 代に姿 を現 し た 流 行の近 代 的 性 質は、
さ らに明確な もの になっ てい く。 流 行は大 量生 産・
大 量消 費に基づい て、 企業が創 出し てい くもの であ るこ とは疑い の ない 事 実となっ た。 蘆 川の 著 作か らも 明 ら かなように、
もは や流行は衣 服のみ な らず、
あら ゆ る 生活財を含ん だ 「商品 」として語 られ るの が 当 然になっ て い る。 こ こ には雑 誌 『流 行 』で とり沙 汰 さ れ た よ う なデ ザ イ ン学研 究特集 号 SP∈CIAL tSSUE OF JSSD Vol
.
9 No.
4 2002 17一
図2 三 越
・
新 設 計室内 装 飾 展 (昭 和12年) 流 行に対 す る 後 ろめた さは微 塵 も感 じ られず、
経 営の た め に積極 的に流 行を活用 する こと が奨 励されて いる。 実 用 的で永 持 ち する商品よりも、
体裁が 良 く流行を採用し た 商 品の方 が 売れ行 き もよい た め、
商 人に とっ て は経 済 的であると 主張する著者 は、
同 時に消費者に とっ て も流 行 商品を用い た方が人の 眼につ きやす く、
見 栄え が よ く 安 い 品 で も引 き 立っ て 見 え るこ とか ら経済的である と し、
機 能 性や実用性とは全 く別の次元で の価値が あるこ とを繰 り返 し述べ てい る。 こ うし た流 行の 商 品 化 と巨 大資本の 介入 は、
い た ると こ ろ で進 行 し た。 例 えばこ の 頃か ら百貨 店などが 中心 と なっ て室 内 装 飾 (図2
)の陳 列 会 を 催 し、
毎 年新しい流 行のインテ リ アを、
趣 向 を 凝 ら し た 展 示で 発 表 する だけ でな く、
家具や室 内、
さ ら に は家一
軒の セッ ト販売によ っ て住 空 間 をひ とつ の購 入 すべ き流 行 商 品と し て取 り扱 うよ うに な る (注25)。 大 量生産が進む こ と で既 製 服、
特に子 供 服な ど も呉 服に並 び 重 要 な 流 行 商 品となる (注 26 )。 自然発生 とい う点で は前 近代 的な性 格を もっ てい た 流 行 唄 も、
明 治 末の 日本 蓄 音 器 商 会の設 立に よりレコー
ド の国内生 産が始 まると、
量 産 され 人々 に提 供 さ れる ようになっ た。 技術革 新な どに よりレコー.
ド生産が本 格 化 した昭 和 初 年に は、
流 行 歌は完 全に レコー
ド会社に よ っ て創 られる商 品に姿を変 えて い くこ とになる (注27 )。 これ ら はすべ て大資本の 関与な しには 起こ り得 ない 現 象 であっ た とい えるだろう。3
.
2.
今 和 次郎の流 行 論と流 行研 究 会娯楽を 豊 か な 生 活 創 造の ために 不 可 欠 な 要素と考 えた 権田だ が
、
資 本 主 義 祉 会におい て は民 衆の 娯 楽が 企業に よっ て供給さ れ 支 配 されて い る こ とを、多
くの著 作の 中 で 早くから指 摘 して い る。 消費とい う娯 楽に お い て、
民 衆が 企業の 創り 出す流行に に左 右 さ れ て い る 当 時の 社会を直視 し、
その 資 本 支 配の 在 り方に警 鐘 を 鳴 らす もの で あっ た すれ ば、
それ を 実 践 的 な行動に移し た とい える の が今 和次郎 で あっ た。 今 和 次 郎の 流行論 (注28 )に つ い て は、
後の 池 井、
川添両 氏に よ る論争 (注29 )で知 られるよう な日本に お け る流行の 「下か ら 上へ 」 説が 有 名で あ る
。
確か に日本 にお ける流 行の構 造の 独自性を指摘 し た その論 点 は 重 要 だ が、
今の 流 行に対する見 解を考える時、
第二次 大 戦 後に発表さ れ た 主 な もの の検 討 だ けでな く、
彼が歴 史の領 域に入らない ような 生々 しい 風俗に関 心 を 寄せ始め た大 正 時 代、
その 移 り変わ る 風俗、
流行を 記 録 とし てと どめ よ う と した 時 代に、
彼が 流行を どう受 けとめ てい たかを その 活動 等か ら考えてい くこ と も重 要 で あ る と思われ る。 考現学に続 く彼の流行に対する戦前の成果の ひ とつ と して、
菅 原 教 造、
新 居 格 らと とも に 始め た 「流行研究 会」 が ある。 特 定の 商店や新 聞 社が 主催 するの で は なく、
公 正 を 期し た機関 と して発 足 した同 会は、
生 産 者 と消費 者、
販売 業者 と が一
堂に会 して意 見 を交 換 す る 座 談 会 形 式の 研究 会であっ た (注 30 )。 研 究 会の詳しい 経 緯に関 して は今 自 身 語っ て お らず、
現在で は 『婦人 公論』に掲 載さ れ た 座 談 会の 内 容 な ど か ら 知 る しか ないが、
例 えば第 ユ 回の 「浴衣 とア ッ パ ッ パ」座談会で は会 場に並べ ら れ た 個々 の 商品の 評に と ど まらない 意 見が出 さ れ てい る。
1
−
2年で 着 古 して い く浴衣は流行の観 点か ら は面 白い 商 品であるとい う意 見 が あ れば、
服 装 改 良の 観 点 か ら女 性 の洋 装 化 を促 すとい う意見、 また家庭着に と ど まらない、
外 出 着として も通 用 する ようなデザ イン を提案 すべ きと い う意見 など、
単に目 先の流 行 を創 り出 すこ とに とらわ れ ない、
多様な 声 を 聞 くこ とが できる (注3D 。
この 後、
同会は靴やス トッキン グな ど 脚に関 する座 談 会 (注32
> (「脚の美 学 」)や髪型 (注33 )、
日常 服 (注 34 )、
家 具 (注35
)に関 す る 座談 会を 開い てい る。 座 談会で は 三 越、
高 島屋、
白木屋、
松 坂 屋、
資 生 堂 とい っ た 百貨 店・
化 粧 品 店 など生産・
販売 側か らの 意見 から、 美 術 評 論家、
舞 台 美術家、
美 容家、
洋 裁 家 とい っ た各ジャ ン ル の専門家、
さ らに は今や吉田謙 吉、
新 居 格とい っ た 流行窿
罫 図3
三 越の ファ ッ ション・
ショー
昭和 初 年 を風 俗として眺め る 立 場か らの意見 まで、
様々 な議論が 交わ さ れ た。 その 中で度々 出 さ れてい るの が、
流 行 を 強 制 し過 ぎてい る百 貨 店の 在 り方を批 判した よ う な発 言で ある。 例え ば、
各百貨店が浴衣 な ど売れ行きの 良い商品 に眼 を着 け、
本 来の 日常 着として だけで な く、
外 出着に も使える よ う競っ て流行の デザ イン を 売 り出 し、
「成る べ く立 派 な 模 様に し て、
成るべ く手の 込んだ 優美なもの に して、
成 るべ く多くの 人に売っ て金に して、
成るべ く 多くの人の虚 栄 心 を 満 足 させや う と する一
つ の 大 き な 百 貨店資本が居る」 状況 を好ましくない と する発言が聞か れ る (注36 )。 ま.
た家 具な どに つ い て も本 来は趣 味の 良 さは値 段に比 例 する もの で はない はずだ が、
良き趣 味を 得る には そ れ な りの 出費が 要 求 され る とい う常 識 を 作っ て しま う 「安いか ら悪い と 云ふ や う な 傾 向は デパー
トの 好み にありは しない か」と指 摘し てい る (注 37 >。 流行 研 究 会の 設立趣旨は、
百貨店に 流行を強要さ れ る の で は な く、
利害に基づ か ない 第≡≡者の立場で百貨 店をリー
ド す る よ う な 機 関 を 立 ち 上 げ るこ とにあっ・
た。
結 果 的 には、
そ れほど有 意義な 議論に展開 す るこ と も な く、
百 貨 店 な どに 大きな影 響 力を与える に は及 ば なかっ たようである が、
今が 流 行に対 し て 積 極 的 な 関 心 を持ちつ つ も、
民衆 の 立場によ ら ない、
資 本の側が圧 倒 的に優 位な 企業主導 の流 行に批 判 的で あっ たこと は容 易に理 解で きるだろう。 今も権 田と同様、
近 代 社 会における娯 楽を 生 活の重 要 な 要 素とし1
て位 置 付 けてい る. 近 代以降の娯 楽は単なる 有 閑 階 級の顕 示 的 な 楽 しみで はな く、
労働 者 の レ ク リエー
シ ョ ン と して の素 質をも ち、
さ ら に社会 全 般に影響を 及ぼすと してい る (注38
)。 流 行 も ま た 個 人 的レ ジャー
でな く社 会 的レ ク リエー
シ ョ ン と覲
て攤 し。 おり、
そ してそ れ は 衣 料 産 業 と 始め とする産業が そ れ を創り出 し てい る点が大き な特徴である ことも認 識して い た。 前 述の よう な 大 正 後半か らの 流行の 商品 化 現象が 広がる 中、 昭 和2
年に は 日本で 初めて の フ ァ ッシ ョン・
ショー
(注39 > (図3)が 三越で開 催 さ れ るな ど、
流 行の 企業 支配は決定的 な もの に なっ て い く。 消 費 者の側か ら 見 れば流 行 を 追い 求めるこ との不 条 理 さ、
生 産 者の側 か ら見れば際限 の ない行き詰まる よう な 流 行の更 新、
資 本 が絶 対 的 な 力で流行を操 作する状況に、
人々 は何ら か の 閉 塞 観 を抱 く よ うになっ てい たのが こ の時 代であっ た と い えるだろう。 こ の状 況 を変えて い こ うとする試み とし て 昭和初期の 流行研究 会の 活 動につ い て は、
さ ら に考察 すべ き 課 題 を多く残して い る。4.
ま とめ 以 上の よ うに、
流 行 が 近 代 的 な 特質を 獲 得 して い っ た 時 期、
これ に呼 応 するよ うに流 行に対 する人々 の 意 識 も 変 化し てい っ た。 流行に対する後ろ めた さや嫌悪感を も 含む種々の気持ちが交 錯 する中で、
人々 は近代 化を受 け 容れ てい っ た。 消 費 杜 会の到 来と ともに多くの 商品デ ザ インが 生み出 さ れ 消費さ れてい っ た が、
無 名の デザ イン とこ れ ら を 生み出した社 会 背 景を 理解す るため に は 、 人々 の意識の 近代 化に伴う様 々な 現 象との デザ イン との 関係を 明 ら か に しな け れ ば ならない。
本 論で述べ た よ うデ ザ イ ン学研 究 特 粲 号 SPECIAL ISSUE OF JSSD Vol
.
9 No.
4 200219な流行の質 的 変 化の過 程は