総
説
電子移動 を利用 した有機反応 とその触媒制御
福
住
俊
一*
Organic
Reactions
Utilizing
Electron
Transfer
Processes
and
the
Catalytic
Control
Shunichi FuKUZUMI*
When electron transfer from a nucleophile
(reductant)
to an electrophile
(oxidant)
is energetically
feasible, the electron transfer precedes a polar pathway to produce a radical ion pair, which leads to the
final products via the follow-up steps involving cleavage and formation of chemical bonds . The follow
-up steps are usually sufficiently rapid to render the initial electron transfer the rate-determining
step
in an overall irreversible transformation
. The rate-determining
electron
transfer
step can be
ac-celerated by a catalyst which can interact with one of the electron transfer products . Both thermal and
photochemical
redox reactions which would otherwise be unlikely to occur are made possible to proceed
efficiently by the catalysis on the electron transfer steps . The fundamental
concepts of catalysis on
electron
transfer
are presented
and the mechanistic
viability
is described
by showing a number of
examples of both thermal and photochemical
reactions that involve catalyzed electron transfer
pro-cesses as the rate-determining
steps .
Key words : Organic electron transfer , Photoinduced electron transfer , Radical ion pair , Fullerene , Acid-base catalysis , Catalysis of metal ions , Metal ion complexes of excited states
1. は じ め に 分 子 は電子 を介 して化 学 結 合 して い る こ と を考 え る と 電 子 移 動 反応 は化 学 反 応 の 中 で最 も基 本 的 な もの と言 え る。 一般 に結 合性 軌 道 か ら電 子 を取 る と,す なわ ち一 電 子 酸 化 す る と,そ の 結 合 は開裂 しや す くな る1-3)。また, 反 結 合 性 軌 道 に電 子 が入 る と,す な わ ち一 電 子 還 元 した 場 合 も,そ の 結 合 は開 裂 す る1-3)。従 っ て一 般 に電 子 供 与 体 分 子Dか ら電 子 受 容 体 分 子Aへ の 電 子 移 動 は そ れ ぞ れ の 結 合 の 開裂 お よび再 構 成 を伴 う場 合 が多 い1-3)。化 学 反 応 は結 合 の 組 み 替 え を 行 う もの で あ り,そ の た あ に は 通 常 か な りの 活 性 化 エネ ル ギ ー が必 要 とな る。 通 常 の極 性 反 応 で は,結 合 の 開 裂,再 構 成 を協 奏 的 に行 うこ と に よ りそ の活 性 化 エ ネル ギ ーを低 下 さ せ て い る。 そ の場 合 は分 子 ど う しは強 い相 互 作 用 を伴 って反 応 が進 行 す る。 一 方,電 子 移 動 反 が起 こ るた め に はDとAと の 相 互 作 用 は ほ とん ど必 要 と しな い1-4)。従 って,電 子移 動 が熱 力 学 的 に可 能 な場 合 は,電 子 移 動 が 他 の いか な る反 応 に も 優先 して起 こる こと に な る。 い っ たん 電 子 移 動 が起 こ る と,そ の後 続 反 応 と して の結 合 の開 裂,再 構 成 は容 易 に 起 こ る。 そ の場 合,電 子 移 動 が 律 速 段 階 とな り,全 体 の 反 応 の速 度 は電 子 移 動 の速 度 で 決 ま る こ と にな る。 そ の 電 子 移動 速 度 は,D,Aお よ び用 い る溶 媒 に固有 の値,す な わ ちD,Aの 酸 化 還 元 電 位 と電 子 移 動 に伴 う結 合 お よ び溶 媒 和 の再 配 列 エ ネ ル ギ ーで 決 ま る た あ,こ れ らの値 が わ か れ ば電 子 移 動 が 可 能 なDとAの 組 み合 わ せ は 本 来 自動 的 に決 ま る1-4)。一 般 に電 子 移 動 を利 用 す る有 機 反 応 で は,Dと して 強 力 な 還 元 剤 あ る い はAと して 強 力 な 酸 化 剤 を 用 い る必 要 が あ り,そ の適 用 範 囲 に は限 界 が あ る5)。 しか し,電 子 移動 過 程 自体 を適 当 な触 媒 を用 い て 制 御 す る こ とが で きれ ば,そ の適 用 範 囲 を飛 躍 的 に広 げ る こ とが 可能 とな る2,5-7)。こ こで は,電 子 移 動 を 経 由 す る反 応 の 特徴 と極 性 反 応 との違 い につ いて,ま た電 子 移 動 過 程 自体 を触 媒 で 制御 す る基 本 的 な概 念 お よ び その 適 用 例 につ い て,最 近 の成 果 を 中心 に概 説 す る。 *
大阪大学大学院工学研究科
*Department of Material and Life Science,
Gradu-ate School of Engineering, Osaka University
2. 電 子 移 動 反 応 と極 性 反 応 との 違 い
電 子 移 動 が 起 こ る場 合 は 極 性 反 応 に お け る求 核 剤 (Nu)が 電 子 供 与 体,求 電 子 剤(El)が 電 子 受 容 体 と な る。 一 般 にNuか らElへ の電 子 移 動 を経 由 して結 合 の開 裂, 再 構 成 が起 こ る と,そ の生 成 物 は極 性 反 応 の場 合 と同 一 に な る場 合 が多 い5)(スキ ー ム1)。 従 って,後 述 の例 外 的 な場 合 を 除 く と,生 成 物 か ら反 応 機 構 の違 いを 知 る こ と は で きな い。 ま た,電 子 移 動 が 律 速 段 階 の 場 合 は,電 子 移 動 の結 果 生 成 す る ラ ジ カ ル種 の 寿 命 は非 常 に 短 い た め,そ の検 出 も非 常 に困 難 で あ る。 しか し,電 子 移 動 と 極 性 反 応 で は後 者 の 方 が 相 互 作 用 が は るか に大 き い た あ,そ の反 応 性 に は顕 著 な差 が 現 れ る はず で あ る。次 に そ の反 応 性 の違 い につ い て,ま た どの よ うな 場 合 に電 子 移 動 経 由 の反 応 が 起 こ り得 るか にっ い て 述 べ る。 2.1. 反 応 性 の 違 い 求 核 剤(Nu)と カ チ オ ン求 電 子 剤(E+)と の反 応 性 に っ い て は,そ れ ぞ れ求 核 反 応 性 指 数Nと 求 電 子 反 応 性 指 数Eを 用 い て簡 単 な 関係(式1)で 表 す こ とがで き る8)。(1)
こ こでkは 二 次 反 応 速 度 定 数,sは 求核 剤 に依 存 す る 定 数 で あ る。1vに つ いて は様 々 な求 核 剤 に つ い て そ の値 が 求 め られ て い る8)。Nの 値 が 大 きい ほ ど求 核 剤 の反 応 性 が 高 い こ と に な る が,そ の 電 子 供 与 性 も増 大 す る た め,Nと 求 核 剤 の一 電 子 酸 化 電 位(,E0ox)との 間 に はパ ラ レル な相 関 が あ る9)。 同様 にEと 求 電 子剤 の一 電 子 還 元 電 位(E0red)との 間 に も良 い 相 関 が あ る9)。そ こで電 子 移 動 反 応 性 が 詳 細 に調 べ られ て い るケ テ ン シ リル ア セ タ ー ル (1)10)につ いて,そ の求 核 反 応 性 を電 子 移 動 反 応 性 と比 較 す る と,そ の反 応 性 の違 いが 明 確 に な る9)。図1に 示 す よ う に極 性 反 応 と電 子 移 動反 応 とで は,同 じE錨 の値 で 比 較 す る と10桁 以上 の 反応 性 の差 が認 め られ る9)。 極 性 反 応 の 場 合 は用 い る求 電 子 剤 に よ り求 核 剤 と の相 互 作 用 の 大 き さが異 な るが,10桁 の差 は典 型 的 な差 で あ る と言 え る。 この よ うに両 者 の反 応 性 に顕 著 な差 が あ る の で あ れ ば,極 性 反 応 が電 子 移 動 反 応 に優 先 して 起 こ る こ とに な る。 で は ど の よ うな場 合 に電 子 移 動 経 由 の 結 合 生成 反 応 が優 先 して起 こる ので あ ろ うか 。 次 にそ の 条 件 に つ い て最 近 の例 を 中心 に述 べ る。 2.2. 電子 移 動 が 熱 力 学 的 に可 能 な 場 合 電 子 移動 反 応 が起 こる た め に は相 互 作 用 は ほ とん ど必 要 が な い の で4),極 性 反 応 に必 要 な 相 互 作 用 が起 こ る前 に 求 核 剤 か ら求 電 子 剤 へ の 電 子 移 動 が 起 こ る こ と に な る。 そ の場 合 後 続 の結 合 開 裂 が 遅 い と,電 子 移 動 の 結果 生 成 す る ラ ジカ ル イ オ ンペ アを 直 接 観 測 す る こ とが で き る。 た とえ ば,ジ ヒ ドロ フ ラ ビ ン(FIH2)と2,3-ジ シア ノ ー5,6一ジ ク ロ ロラ ーベ ン ゾキ ノ ン(DDQ)と の 反 応 で は, ま ず電 子 移 動 が 起 こ り,生 成 す る ラ ジカ ル イオ ンペ ア 内 で プ ロ トン,水 素 移 動 が 起 こ り ラ ジ カル イオ ンペ ア の減 衰 と と も に生 成 物 が生 成 す る過 程 が観 測 され る(ス キ ー ム2)11)。 この 反 応 で は,電 子 移 動 後 の プ ロ トン移 動,す な わ ち ジ ヒ ドロ フ ラ ビ ン ラ ジ カ ル カ チ オ ンのC-H結 合 の開 裂 が律 速 段 階 と な る11)。 Scheme 1Fig .1 Comparison between observed rate constants of reaction of 1 with carbenuim ions and one -electron oxidants' .
Scheme 2
一 般 にDiels-Alder反 応 で は,ジ エ ン と求 ジ エ ン剤 と のHOMO-LUMO軌 道 間 の相 互 作 用 に よ り協 奏 的 に結 合 生 成 が 起 こ る12,13)。しか し,電 子 豊 富 な ジエ ン と電 子 欠 損 型 求 ジエ ン と の 反 応 で は電 子 移 動 が 優 先 して 起 こ り,ラ ジ カル イ オ ンペ アを経 由 してDiels-Alder反 応 が 起 こ る場 合 が あ る14)。ビ ス ジ メチ ル 置 換 ジエ ン と ジメ チ ル-1,2-ジ シ ア ノ ブマ レ ー トと の反 応 で は,電 子 移 動 が 熱 力 学 的 に可 能 で あ るの で,ま ず 電子 移 動 が 優先 して起 こ り,そ の後 結 合 生 成 が 起 こ るた め,協 奏反 応 で は得 ら れ な い生 成 物 が 得 られ る(ス キ ー ム3)15)。 この よ うな例 は ジ ア ル コ キ シ ト リメ チ レ ン メ タ ン と電 子 欠 損 型 オ レ フ ィ ン との[3+2]環 化 付 加 反 応 に お い て も見 られ,電 子 移 動 を経 て 協 奏 反 応 と は異 な る生 成 物 が 得 られ る(ス キ ー ム4)16)。 弱 い還 元 剤 あ る い は酸 化 剤 を用 いて も,そ の 光 励起 状 態 を 用 い れ ば,励 起 エ ネ ル ギ ー分 だ け その 電 子 供 与 力 あ るい は受 容力 が高 ま る た め,光 電 子 移 動 反 応 が 起 こ る場 合 が 多 い 。光 電 子 移 動 を経 由す る有 機 反 応 にっ いて は数 多 くの 優 れ た成 書 お よ び総 説 が あ る が17,18),次 に光 電 子 移 動 を利 用 した フ ラー レ ンの誘 導 体 化 な ど最 近 の 研 究 例 を 中 心 に紹介 す る。 C60は 電 子 受 容 体 と して機 能 す るが,そ の 能 力 は 高 く は な く, C60へ の電 子 移 動 に は 強 力 な 電 子 供 与 体 が 必 要 と な る19)。しか し,そ の三 重項 励 起 状 態3C60*は そ の還 元 電 位 が1.14Vと な り20),酸 化 電 位 が1.3V以 下 の 求 核 剤 と は電 子 移 動 が 可 能 とな る21)。この ケ テ ン シ リル ア セ タ ー ル(1)の 酸 化 電 位 は0.9Vで あ り10),C60の 三 重 項 励 起 状 態 の還 元 電 位 よ り低 いの で 電 子 移 動 は効率 よ く起 こ る21)。電 子 移 動 の結 果 生 成 す る ケ テ ン シ リル アセ ター ル ラ ジカ ル カ チ オ ンは炭 素 中 心 ラ ジ カル と して の 性質 を 有 す るの でlo),逆 電 子 移 動 と競 争 して 効 率 的 に炭 素 一炭 素 結 合 生 成 が 起 こ り,付 加 体1,2-RC60H(R=CMe2 COOMe)が 得 られ る21,22)(スキ ー ム5)。 同 様 に して種 々 の 有機 金 属 求 核 剤 と の光 電 子 移 動 に よ りC60誘 導 体 が 得 られ る23)。 ま た,生 体 内 の 重 要 な 電 子 源 で あ る ジ ヒ ド ロ ニ コ チ ン ア ミ ド ア デ ニ ン ジ ヌ ク レ オ チ ド(NADH)モ デ ル 化 合 物 (AcrH2)を 用 い る と, AcrH2か らC60の 三 重 項 励 起 状 態 へ の 光 電 子 移 動 を 経 由 し て 選 択 的 に1,2-ジ ヒ ド ロ 付 加 体1,2-C60H2が 得 ら れ る(式2) 24)。 (2) 一 方,C60を ア ル キ ル化 す る に は,従 来 非 常 に強 力 な 有 機 金 属 ア ル キ ル化 剤 が必 要 で あ り,そ の場 合 アル キ ル 化 の程 度 を制 御 す る こ とは困 難 で あ っ た25)。しか し,光 電 子 移 動 を利 用 す る と,温 和 な有 機 ア ル キ ル化 剤 を 用 いて C60,を選 択 的 に モ ノ ア ル キ ル化 す る こ とが 可 能 とな る。 た とえ ば,4-t-ブ チ ル-1-ベ ンジ ル-1,4-ジ ヒ ドロ ニ コチ ン ァ ミ ド(t-BuBNAH)か らC60の 三 重 項 励 起 状 態 へ の 電 子 移 動 に よ りt-BuBNAH+が で き る と,そ のC(4)-C 結 合 が 開 裂 してt-Bu・ が 生 成 し,こ れ がCd。}に 付 加 し Scheme 3 Scheme 4 Scheme 5 第57巻 第1号(1999) (19) 5
て 付 加 体 ア ニ オ ンt-BuC面 が 選 択 的 に 得 ら れ る26)(ス キ ー ム6)。 実 際 にt-BuBNAHか らC60の 三 重 項 励 起 状 態 へ 電 子 移 動 が 起 こる こ と は,レ ーザ ー フ ラ ッ シ ュ フ ォ ト リシス に よ り確 認 され る26)。こ の よ う なC-C結 合 の 開 裂 は ア ル キ ル化NADHモ デ ル 化 合 物 に お い て,三 級 アル キ ル 基 の 場 合 に は一 般 的 に起 こ る こ とが わ か って い る27, 28) 。 NAD+モ デ ル化 合 物(AcrH+)の 還 元 反 応 で は,比 較 的 強 力 な 求 核剤 で あ る プ レニ ル ス ズ化 合 物 の求 核 付 加 に よ り プ レニ ル 基 が還 元 的 にAcrH+に 付 加 す る29)。こ の 場 合 はSn-C結 合 の 開 裂 の 前 にGC結 合 が 生 成 す る の で,付 加 は α位 で 選 択 的 に起 こ る29)。一 方, AcrH+を 光 励 起 す る と,プ レニ ル ス ズか らAcrH+の 一 重 項 励 起 状 態 へ の電 子 移 動 が 熱 力 学 的 に可 能 とな るの で 電 子 移 動 が 優 先 して起 こる。 光 電 子 移 動 の 結 果 生 成 す る プ レニ ル ス ズ ラジ カ ル カ チ オ ンで はSn-C結 合 が 開 裂 し,そ の 後C-C結 合生 成 が起 こ るの で,付 加 は立 体 障 害 の小 さい γ位 で 優 先 的 に起 こ る29)(スキ ーム7)。AcrH+の 一 重 項 励 起 状 態 の 電 子 受容 力 は非 常 に 強 い た め,種 々 の求 核 剤 と の 電 子 移 動 を 経 由 す る付 加 反 応 が起 こる30)。また,プ レニ ル ス ズか らC60の 三 重 項 励 起 状 態 へ の電 子 移動 に よ って も,付 加 は γ位 で 選 択 的 に起 こ る23)。こ の よ う に極 性 反 応 と電 子 移 動 反 応 で は位 置 選 択 性 に違 いが 出 る場 合 が あ る。 2.3. 求 核 剤 の求 核 性 が 低 い場 合 電 子 移 動 が求 熱 的 な場 合 は,相 互 作 用 を 必要 と しな い 電 子 移 動 速 度 は遅 くな る た め,一 般 に は極 性反 応 が 優先 的 に起 こる。 前 述 の よ う に通 常 求 核 剤 の求 核性 と電 子 供 与 性 と の間 に はパ ラ レル な 相 関 が あ り,電 子供 与 性 が高 い ほ ど求 核 性 も高 い9)。 しか し,電 子供 与 性 が高 くて も 求 核 性 が 低 い場 合 が あ る。 そ の場 合 に は,電 子 移 動 が極 性 反 応 に優 先 して起 こ る こ と もあ り得 る。 た と え ば,C60を 二 電 子 還 元 して 得 られ るC2-60は高 い 電 子 供与 力 を有 す るが,電 荷 が極 度 に非 局 在 化 して い る た め,そ の 求核 性 は極 め て低 くな る31)。従 って,CIJと ハ ロゲ ン化 ア ル キ ル(RX)と の反 応 は,通 常 のSN2で はな く電 子 移 動 を経 由 して起 こる32)。一 般 に電 子 移 動 反 応 で は相 互 作 用 が ほ とん ど必 要 な い ため,立 体 障 害 の 影響 を ほ とん ど受 け な い33,34)。ま た,電 子 はC-Xの 反 結 合性 軌 道 に入 る た めRXへ の 電 子 移 動 に よ りC-X結 合 が 開 裂 してR・ が 生 成 す る 35)。 t-Bu・ はMe ・よ り も安 定 な た め,電 子 移 動 で はt-BuIの 方 がMelよ り も反 応 性 が 高 い。 そ の た めC巷5と の反 応 で も,t-Bulの 方 がMeIよ り も 反 応 性 が 高 く な る32)。電 子 移 動 の 結 果 生 成 す るt-Bu・ はCd60-と カ ッ プ リ ン グ して 付 加 体 ア ニ オ ンt-BuC面 を 選 択 的 に与 え る35)(スキ ー ム8)。 い った ん アル キ ル基 が付 加 す る と,対 称 性 が くず れ る た あ 非局 在 化 して い た負 電 荷 は ア ル キ ル基 の周 辺 に局 在 化 す るよ うに な る31, 32)。そ の た めC2-60と比 べ て 顕 著 に求 核 性 が 強 くな り,RXと のSN2反 応 が 可能 とな る。 従 っ Scheme 6 Scheme 7 Scheme 8 6
(20)
有機合成化学 協会誌
て,C2-60とt-BuIと の電 子 移 動 反 応 で生 成 したt-BuC面 は立 体 障 害 の 小 さ いRX(た と え ばPhCH2Br)と のSN2 反 応 に よ り ジ ア ル キ ル付 加 体t-Bu(R)C60が 得 られ る32) (ス キ ー ム9)。 こ の 場 合RXの 反 応 性 はS.2反 応 の そ れ36)と一 致 す る。 こ の よ うに電 子 移 動 とSN2反 応 に お け るRXの 反 応 性 の差 を利 用 す る こ と に よ り,異 な るア ル キ ル基 を順 番 にC60に 付 加 させ る こと が可 能 と な る32)。 2.4. 立 体 障 害が 大 き い場 合 極 性反 応 で は,求 核 剤 と求 電 子 剤 と の間 で軌 道 間 に強 い 相 互 作 用 が必 要 とな る。 そ の場 合,い ず れか あ る い は 両 者 が 立 体 障 害 の大 きな 置換 基 を有 す る た め に相 互 作 用 が 阻 害 され れ ば,極 性 反 応 の反 応 性 は低 下 す る。 一方, 前 述 の よ うに電 子 移動 反 応 は立 体 障 害 の影 響 を ほ とん ど 受 けな い32, 33)。従 って,求 核 剤 に電 子 供 与 性 の置 換 基 を 導 入 す る と,そ の 立 体 障 害 の た め に求 核 性 は 低 下 す る が,逆 に電 子 供 与 性 は増 大 す る ので,SN2か ら電 子 移 動 へ 反 応 経 路 が 変 化 す る可 能性 が あ る。 そ の良 い例 が ケ テ ンシ リル ア セ タ ー ル の キ ノ ン類 へ の 付 加 反 応 に見 られ る37)。ケ テ ン シ リル アセ タ ール は電 子 豊 富 な オ レフ ィ ン で あ り,良 好 な 求 核 剤 で あ る と同 時 に電 子 供 与 体 と して も機 能 す る10,38)。特 に β,β一ジ メ チ ル 置換 体(1)は 無 置 換 体(2)に 比 べ て よ り強 力 な 電 子 供 与 体 とな るが,メ チ ル 基 の立 体 障 害 の た め そ の 求 核 性 は低 下 す る37)。2とp-フ ル オ ラ ニ ル との 反 応 で は,2が か フル オ ラニ ル の カ ル ボ ニ ル炭 素 を 求 核 攻 撃 してC-C結 合 が生 成 す る37)(式3)。 (3) 一 方 ,1とp一 クロラニル との反応 では,立 体障害 のため 電 子 移 動 が 優 先 して 起 こ り,こ の 場 合 はC-C結 合 で は な く,C-0結 合 が生 成 す る37)(スキ ーム10)。 この よ うに立 体 障 害 に よ り電 子 移 動 が 優 先 して起 こ る 例 は1と 立 体 障 害 を 有 す る α-エノ ン と のMukaiyama-Michael反 応 に お いて も見 られ る39)(式4)。 (4) 電 子 移 動 を経 由す る場 合 は立 体 障 害 は問 題 とな らな い の で,4級 炭 素 問 の結 合 が 容 易 に起 こ る利 点 が あ る39)。 3. 電 子 移 動 過 程 の 触 媒 制 御 3.1. 基本 的概 念 上 述 の よ うに有 機 反 応 で電 子 移 動 を経 由 して 反 応 が起 こ る場 合 は,光 励 起 状 態 も含 め て一 般 に強 力 な 電 子 供 与 体 お よび電 子受 容 体 の組 み合 わせ に限 られ る。 しか し, 触 媒 を 用 い て そ の電 子 移 動 活 性 を向 上 させ る こ とが で き れ ば,電 子 移動 を利 用 す る有 機 反 応 の ス3-プ を 大 幅 に 広 げ る こ とが可 能 とな る。 実 際 基 質 の一 電 子 酸 化 還 元 体 と相 互 作 用 し得 る物 質(M)が あ れ ば,基 質 の 酸 化 還 元 電 位 自体 を 制御 す る こ とが で き る。 た と え ば,電 子 供 与 体(D)か ら電 子 受 容 体(A)へ の 電 子 移 動 に お い てA'-と錯 体 を 形 成 す る金 属 イオ ンあ るい は酸(M)は そ の結 合 エ ネル ギ ー に対 応 す る分 だ け酸 化 電 位 を正 側 に シ フ トさ せ る こ とが で き る6)(スキ ー ム11)。 従 って電 子 移 動 の 自 由 エ ネ ル ギ ー を 正 か ら負 へ 変 化 さ せ る こ と も可 能 とな り,そ れ に従 って活 性 化 自由 エ ネ ル ギ ー も低 下 す る こ と にな る。 3.2. 酸 触 媒 電 子移 動 ス キ ー ム11に 示 す よ う なA-とMと の 相 互 作 用 に よ り電 子 移 動 反 応 が どの 程 度 活 性 化 され る の で あ ろ う か 。Mと して 単 純 な 酸(HCIO4)を 用 い た場 合 で も,ア セ Scheme 9 Scheme 10 第57巻 第1号 (1999)
(21)
7トニ ト リル の よ うな非 プ ロ トン性 溶 媒 中で は酸 性 度 が プ ロ トン性 溶 媒 に比 べ て飛 躍 的 に増 大 す る た め,非 常 に顕 著 な 酸 触 媒 作 用 が観 測 さ れ る。 た と え ば,ア セ トニ ト リ ル 中[Ru(bpy)3]2+ (bpy=2,2'ビ ピ リ ジ ン)の光 励 起 状 態 か ら アセ トフ ェ ノ ン類 へ の電 子 移 動 は全 く起 こ らな い が,HCIO4が 存 在 す る と効 率 的 に電 子 移 動 が 起 こ る よ う に な る40,41)。こ れ は ア セ ト フ ェ ノ ン類 の 還 元 電 位 が HCIO40. 1M存 在 下 で は最 大1.2Vも 正 側 に シ フ トす るた め で あ り40),こ の シ フ ト値 は電 子 移 動 反 応 速 度 に換 算 す る と,約1021倍 の活 性 化 に匹 敵 す る6, 7) 。 この よ うに ア セ トニ トリル 中 の光 電 子 移 動 反 応 に対 す る酸 触 媒 作 用 は非 常 に顕 著 で あ り,一 般 の カル ボ ニル 化 合 物 へ の 光電 子 移 動 反 応 に対 して は同 様 に顕 著 な 酸 触 媒 作 用 が観 測 さ れ る42)。この場 合 比 較 的 弱 い電 子 受 容 体 で あ った カ ル ボ ニ ル化 合 物 も,HCIO4存 在 下 で は強 い電 子 受 容 体 と して機 能 し,酸 に安 定 なNADHモ デ ル化 合 物 で あ る10-メ チ ル-9,10-ジ ヒ ドロ ア ク リジ ン(AcrH2)か らカ ル ボ ニ ル化 合 物 へ の ヒ ドリ ド移 動 反 応 が,酸 触媒 電 子 移 動 を経 て効 率 よ く進 行 す る よ うに な る42)(スキ ー ム 12)。 この よ うな電 子 移 動 過 程 に対 す る酸触 媒 作 用 は,電 子 受 容 体Aの 一 電 子 還 元 体A'一 が プ ロ トン化 さ れ る こ と に よ り発 現 す る6)。従 って,水 溶 液 中 で はpHがAH.の pK、 よ り低 い場 合 にの み 酸 触媒 作 用 が観 測 さ れ る。 水 溶 液 中 に お け るAcrH2か ら ρ一ベ ンゾ キ ノ ン類(Q)へ の ヒ ドリ ド移 動 反 応 も ス キ ー ム12と 同 様 に電 子 移 動 を 経 て 進 行 す るが,pHがQHのpKaよ り高 い場 合 は,触 媒 作 用 は見 られ な い が,pK。 よ り低 くな る と酸 触 媒 作 用 が発 現 す る43)。この よ うな電 子 移動 過 程 に対 す る酸 触 媒 作 用 は二 電 子 還 元 だ けで な く,AcrH2に よ る ニ トロ ベ ンゼ ン 類 の六 電 子 還元 な どの 多電 子還 元 反 応 に お い て も重 要 な 役 割 を 果 たす 44)。 3.3. 塩 基 触 媒 電 子移 動 上 述 の よ うに酸 は電 子 受 容 体 の電 子 受 容 能 を増 大 させ るが,同 様 に塩 基 は電 子 供 与 体 の電 子 供 与 能 を増 大 させ る。 た とえ ば,ρ 一ベ ン ゾキ ノ ン(Q)は 本 来 電 子 受 容 体 で あ り,電 子 供 与 体 と して は機能 しな い が,OH一 が 付 加 す る こ と に よ り,強 力 な電 子 供 与 体 とな り,Q自 身 へ の電 子 移 動 が 可 能 とな る45)。この場 合Qは2電 子 酸 化 され る が,さ らにOH一 の付 加,電 子 移 動 を繰 り返 す こと に よ り,最 終 的 に10電 子 酸 化 さ れ る45)(スキ ー ム 13)。 この反 応 で は,'OH一 とQと の 反 応 に よ り,Q'一 が 生 成 す るた あ,一 見OH一 か らQへ の電 子 移 動 が 起 こ った よ うに 見 え るが46),酸化 さ れ た の はOH一 で は な く,Q自 身 で あ り,不 均 化 反 応 が起 こっ た こ と に な る。 同様 にRO-に よ って もQへ の 付 加,電 子 移 動 に よ り Qへ の電 子 移 動 が可 能 とな る47)。ま た,Qの み で な くC60 の場 合 も,同 様 に塩 基 が存 在 す る とC60へ の 付 加 に よ り, C60へ の電 子 移 動 が 可 能 とな る 47)。 この よ うな塩 基 に よ る電 子 供 与 能 の 制 御 は生 体 系 にお い て も重 要 な役 割 を果 た して い る。 た とえ ば,チ ア ミン 補 酵 素 は強 力 な電 子 供 与 体 で あ る活 性 アル デ ヒ ドとな っ て,電 子 伝 達 を 行 って い るが48),チ ア ミ ン補 酵 素 モ デ ル と して チ ァ ゾ リウ ム塩(3+)を 用 い る と,塩 基 存 在 下 で は この脱 プ ロ トン化 体 が ア ル デ ヒ ドに付 加 して,強 力 な電 子 供 与 体 で あ る活 性 ア ル デ ヒ ド(4-)が 生 成 し(ス キ ー ム 14),こ れ はC60を 二 電 子 還 元 す る能 力 が あ る49)。また, Scheme 11 Scheme 12 Scheme 13 8 (22)
有機合成化学協会誌
この 活 性 アル デ ヒ ドは電 子 移 動 の効 率 が 非 常 に高 い こ と が 示 され て い る50)。 塩 基 に よ る電 子 移 動 制 御 は,塩 基 の軸 配 位 に よ る金 属 ポ ル フ ィ リンの電 子 移 動 特 性 の制 御 に も重 要 な 役 割 を 果 た して い る51)。 3.4. 金 属 イ オ ン触 媒 電 子移 動 プ ロ ト ンだ けで な く金 属 イ オ ンに よ って も電 子 受 容 体 Aの 電 子 受 容 力 は 増 大 す る。 こ れ はA'一 が金 属 イ オ ン に配 位 す る こ とに 起 因 す る6)(スキ ーム11)。p-ベ ンゾ キ ノ ン(Q)の 場 合,セ ミキ ノ ン ラ ジ カル ア ニ オ ン(Q-)と Mg2+と は1:1の み な らず,Mg2+が 高 濃 度 に な る と1 :2の 錯 体 を形 成 す る こと が そ の 吸 収 ス ペ ク トル変 化 か らわ か って い る52)(スキ ー ム15)。 そ の 場 合,一 電 子還 元 剤 か らQへ の 電 子 移 動 速 度 はMg2+濃 度 に2次 の 依 存 性 を示 して増 大 す る。 同様 な2次 のMg2+触 媒 濃 度 依 存 性 は ア ン ト ラセ ン類 と キ ノ ン類 と のDiels-Alder反 応 (ス キ ーム16)に お いて も見 られ る52)。QはMg2+と 相 互 作 用 が ほ とん ど な い の でMg2+がQの 求 電 子 性 を 増 大 させ る こ と はな い。 特 にQとMg2+と が1:2の 錯 体 を 形 成 す る こ と はな い ので,2次 のMg2+触 媒 濃 度 依 存 性 はMg2+がQへ の 電 子 移 動 過 程 を加 速 した こ とを 示 す 。 す な わ ち,ア ン トラセ ン類 とキ ノ ン類 とのDiels-Alder 反 応 は ア ン トラセ ン類 か らキ ノ ン類 へ の電 子 移 動 を律 速 段 階 と して 進 行 し,そ の電 子 移 動 速 度 はQ-とMg2+ とが1:2の 錯 体 を 形 成 す る こ と に よ り2次 のMg2+触 媒 濃 度 依 存 性 を 示 して 増 大 す る52)。ま た, Li+もDiels-Alder反 応 を顕 著 に加 速 す る こ とが 知 られ て い る53)。金 属 イ オ ンの 中 で はSc3+が 最 も高 い電 子 移 動 触 媒 活 性 を1 示 す54)。同様 な 電 子 移 動 触 媒 作 用 はNADHモ デ ル 化 合 物 か らQへ のMg2+触 媒 ヒ ド リ ド移 動 反 応 に お い て も 見 られ る54, 55)。この ヒ ド リ ド移 動 反応 は電 子 移 動,プ ロ トン移 動 を経 て 進行 す る56)。 金 属 イ オ ン は生体 内 の酸 化 還 元 系 補 酵 素 の酸 化 還 元 反 応 の活 性 化 に も重要 な役 割 を果 た して い る57)。比 較 的 新 し く発 見 さ れ たPQQ(ピ ロ ロキ ノ リ ンキ ノ ン)58)にお い て も,キ ノ プ ロテ イ ンメ タ ノ ール 脱 水 素 酵 素(MDH)の PQQはCa2+と 結 合 して い る こ と が 明 らか に な っ て い る59, 60)。このPQQモ デ ル化 合 物(10)はCa2+と 結 合 す る こ と によ り,そ の還 元 電 位 は0.57Vも 正 側 に シ フ ト し, そ め電 子受 容 力 が顕 著 に 向上 す る61)。ま た,Ca2+が 存 在 す る と非 酵 素 系 で もPQQモ デ ル 化 合 物 を用 い て メ タ ノー ル の酸 化 反 応 が 効 率 良 く進 行 す る62 )(式5)。 (5) 3.5. 光 電 子移 動触 媒制 御 基 底 状 態 だ け で な く励 起 状 態 の電 子 移 動 過 程 も触 媒 に よ り制 御 す る こ とが で きる。 励 起 状 態 は一 般 に寿 命 が 短 いた め,励 起 状 態 が 関与 す る反 応 を さ らに加 速 す る触媒 を 見 い だ す こ とは困 難 で あ る と考 え られ て いた63)。従 っ て,励 起 状 態 が関 与 す る光 電 子 移 動 反 応 を さ らに加 速 す る触 媒 に つ い て は,そ の機 能 す る余 地 が ほ とん どな い よ Scheme 14 Scheme 15 Scheme 16 第57巻 第1号 (1999) (23) 9
うに思 わ れ る。 しか し,上 述 の よ う に基底 状 態 の電 子 移 動 反 応 につ い て は,触 媒 と の相 互 作 用 に よ り電 子 移動 の 自由 エ ネ ル ギ ー 変 化ΔG0et自体 を 正 か ら負 へ 大 幅 に変 え る こ とが で き,そ の場 合 に は従 来 不 可 能 で あ った組 み合 わ せ の電 子 移 動 反 応 が 可 能 と な る。 ま た,励 起 状 態 に つ い て も触 媒 との相 互 作 用 に よ りその ス ピ ン状 態 お よ び電 子 移 動 反 応 性 を顕 著 に変 化 させ る こ とが 可 能 とな る7)。 一般 に カ ル ボ ニ ル化 合 物 の最 低 励 起 状 態 は三 重 項 で 蛍 光 は出 な い が,金 属 イ オ ン と錯 体 を形 成 す る こ と に よ り 最 低 励起 状 態 は一 重 項 に変 化 し,蛍 光 を発 す る よ う にな る(ス キ ー ム17)7)。 た とえ ば,ア セ トニ ト リル 中,1-あ る い は2-ナ フ トアル デ ヒ ドはMg2+と 錯 体 を形 成 し,そ の吸 収 帯 を 励 起 す る と,440nmに 発 光 極 大 を 有 す る強 い蛍 光 を発 す る64)。2-ナフ トアル デ ヒ ド-Mg2+錯 体 の場 合,そ の 蛍 光 寿 命 は10.3nsで あ り,一 重項 と して は か な り長 寿 命 で あ る64)。この 場合,錯 体 形 成 に よ る最 低 励 起 状 態 の 三 重 項 か ら一 重 項 へ 完 全 に ス ピ ン変 換 が 起 こ る。2-キ ノ ロ ンの場 合 は,そ れ 自身 蛍 光 を発 す る がBF3 との錯 形 成 に よ り,蛍 光 強 度 が 顕 著 に増 大 す る こ とが 知 られ て い る65)。ル イ ス酸 は カ ル ボ ニ ル化 合 物 の 非結 合軌 道 の 孤 立 電 子 対 と相 互 作 用 す る た め,n,π*励 起 状 態 の エ ネ ル ギ ー が上 が り,π,π*-重 項 励 起 状 態 が 最 低 励 起 状 態 に な った もの と考 え られ る66)。 2-ナ フ トア ル デ ヒ ドの 三 重 項 励 起 状 態 の還 元 電 位 は 0.9Vで あ り,こ の励 起 三 重 項 へ 電 子 移 動 が 可 能 な 有 機 ケ イ素 化 合 物 は ケ テ ン シ リル ア セ タ ー ル の よ う な比 較 的 強 い電 子 供 与体 で あ る もの に限 られ る64)。しか し,励 起 一 重 項Mg2+錯 体 の還 元 電 位 は1 .9Vと な り,そ の電 子 受 容 力 は飛 躍 的 に 増大 す る64)。そ の結 果,ベ ンジ ル シ ラ ンの よ う に比 較 的 高 い酸 化 電 位(1.38V)10)を 有 す る も の で も光 電 子 移 動 反 応 が 可 能 とな る。 実 際 ベ ンジ ル シ ラ ン と2-ナ フ トア ル デ ヒ ドとの 光 反 応 は全 く進 行 しな い が,Mg2+が 存 在 す る と効 率 よ く光 反 応 が進 行 し,ベ ン ジ ル付 加 体 が 得 られ る(式6)64)。 (6) 他 の カ ル ボ ニル 化 合 物 に お い て も同様 に金 属 イ オ ンと の錯 形 成 に よ りそ の 励 起 状 態 の ス ピ ン状 態 が三 重 項 か ら 一 重 項 に 変 化 し,そ の 電 子 受 容 能 が 大 幅 に 増 大 す る67,68)。金 属 イ オ ン の 中 で はSc3+が 最 も触 媒 効 果 が 大 き い7)。 一般 に有 機 金 属 化 合 物(R-M)は 一電 子 酸 化 さ れ る と金 属-炭 素 結 合 が 開 裂 し,炭 素 中心 ラ ジカ ル が 生 成 す るの で,種 々 のR-Mか ら励 起 一 重 項 カ ル ボ ニ ル化 合 物-Sc3+錯 体 へ の 電 子 移 動 を 経 由 した 炭 素 一炭 素 結 合 生 成 反 応(ス キ ーム18)が 可 能 とな る7)。 4. お わ り に 以 上,触 媒 に よ り基 底 状 態 お よ び励 起 状 態 の酸 化 還 元 電 位 を制 御 す る こ とが で き る こ と,そ の場 合 これ まで 電 子 移 動 が不 可 能 で あ っ た組 み 合 わ せ で も電 子 移 動 が可 能 に な り,有 機 反 応 にお け る電 子 移 動 の適 用範 囲 が飛 躍 的 に広 が る こ とを示 した。 この触 媒 の 活性 は金 属 の種 類 だ け で は な く,配 位 子 に よ って も制 御 す る こ とが で き る。 そ の場 合 活 性 の制 御 の み な らず,立 体選 択 性 の 制御 も原 理 的 に は可 能 で あ る。 電 子 移 動 反 応 は通 常 の極 性 反 応 と そ の反 応 性 が異 な り,ま た選 択 性 も異 な る場合 が あ るの で,新 しい物 質 変 換 手 法 と して これ か らの 発展 が大 い に 期 待 され る。 こ こで述 べ た研 究 は 引用 文 献 に示 す 多 くの方 々 との 共 同 研 究 の 成果 で あ り,こ こに心 か ら謝 意 を 表 します 。 (平成10年8月31日 受 理)
文
献
1) L. Eberson,
"Electron Transfer Reactions in
Or-ganic
Chemistry
and
Structure",
Springer,
Berlin (1987)
2) S. Fukuzumi,
in "Advances in Electron Transfer
Chemistry", ed. by P.S. Mariano,
JAI Press,
CT (1992) , Vol.2, pp.67-175
3) M. Chanon, M. Rajzmann, F. Chanon,
Tetra-Scheme 17Scheme 18