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取調べの録画の現状と課題(1)-香川大学学術情報リポジトリ

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取調べの録画の現状と課題(1)

中 島 洋 樹 はじめに 第1章 取調べの録画に関する議論 第1節 問題の所在 (1)僕述強制の契機 (2)取調べ状況に関する客観的証拠の不存在 (3)対応措置の不十分さ 第2節 取調べの録画に関する議論の対立 (1)取調べ録画導入に積極的な見解 (2)取調べ録画導入に消極的な見解 第2章 取調べの録画に関連する背景的状況 第1節 司法制度改革における取調べ録画の位置づけ (1)司法制度改革審議会における議論 (2)裁判員制度・刑事検討会における議論 第2節 裁判所における改革への取組み (1)刑事訴訟規則改正による198条の4の追加 (2)司法研究報告「裁判員制度の下における大型否認事件の審理の在り方」 第3節 捜査機関における対応 (1)検察庁による取調べ録音・録画の試行とその検証 (2)検察庁における本格試行とその検証結果 (3)警察庁による取調べ録音・録画の試行とその検証結果(以上,本号) 第3章 取調べの録音・録画に関する判例の動向 第4章 外国における取調べ録音・録画制度の検証 第5章 取調べ録画制度に関する理論的考察と課題 おわりに

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はじめに

昨今の刑事司法改革における公判手続の「合理化」,「効率化」のスロー ガンの下で,従来,取調べの適正化を実現するために唱えられてきた取調 べの可視化とりわけ取調べ録画制度導入が脚光を浴びている。2009年5 月21日より施行される裁判員裁判では,第一に迅速な短期集中審理が要 請され,従来の刑事裁判において多くの公判期日を費やしてきた自白の任 意性または信用性に関する争いは,裁判員裁判の運営において大きな支障 をもたらすのではないかと危倶されたのである。

最近では,民主,社民の両党が,2009年4月3日に捜査段階の取調べ

の全過程を録音・録画する「全面可視化」のための刑事訴訟法改正案(取 (1) り調べ可視化法案)を参議院に提出している。本法案を後押しする背景と して,鹿児島県議選における公職選挙法違反について12名の被告人全員 の無罪が確定した志布志事件や,強姦事件について有罪判決が確定した後 に真犯人が現れて再審により無罪判決が言い渡された富山の氷見事件な ど,強圧的な取調べによって虚偽自白がなされるという捜査機関の取調べ 態様そのものが問題となった事件の存在が大きい。 日弁連は,2003年には,被疑者取調べの可視化(取調べの全過程の録 画)を実現するために「取調べの可視化実現ワーキンググループ」を設置 し,その後,可視化実現運動を全国的に展開するために,2004年に「取 調べの可視化実現委員会」,2006年に「取調べの可視化実現本部」へと改 組して,取調べの全過程の可視化につき継続して精力的に取り組んでい (1)朝日新聞2009年4月3日夕刊。なお民主党は,2003年に取調べ段階での弁護人立 会権を盛り込んだ刑訴法改正案を提出し,翌2004年以降は,取調べの録音・録画に 関する条項を追加した改正案を提出し続けている。2008年の通常国会では参議院で 可決されたものの,捜査への支障を懸念する与党が「一部可視化」で足りるとして反 対し,衆議院で廃案となった。 (2)これらの経緯については,日弁連ホームページ内の取調べの可視化実現本部(http: /www・nichibenren.or.jp力a/committee/1ist/investigation.html)を参照。 29−1【55(香法2009) − 74 【

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(2) る。しかしながら,仝取調べ過程録画の導入に対する捜査機関側の反発は 非常に大きく,捜査側から見た取調べの適正化の在り方を提示し,それに 対応した捜査実務の見直しを図ることによって,現在直面している密室の 取調べに対する疑念から一気呵成に取調べ全過程の録画の導入へと進まぬ よう,可視化に消極的ないし慎重な態度を堅持している。 本稿では,まず取調べの録画に関する見解を整理して,これらの議論の 背景と録画制度導入に関するこれまでの経緯と現状を確認する。また,近 時,取調べの録画に関して積極的な言及が見られ始めた判例の動向につい て分析を行う。その後,諸外国における録音・録画制度導入を検証するこ とにより,我が国に対する示唆を得たうえで,取調べ録画制度の理論的考 察および導入に向けて課題の提示を試みる。なお,本稿において「録画」 という言葉を単独で使用する場合,特に断りのない限り,「録音」の意味 も含まれている。また,「録画」に顕著な問題や固有の問題があることに 留意しながら,技術発展の経緯および問題の共通性を考慮して,全体とし て包括的に「録音」に関する議論も考察の対象とする。

第1章 取調べの録画に関する議論

第1節 問題の所在

(1)供述強制の契機 我が国では,捜査官による取調べは,「密室」で行われている。そこで は,取調官を除いて,自身の状況を誰にも知られることがなく,同時に外 界の状況を知ることもできない。このような社会から完全に遮断された空 間においては,たとえば,これまで自白法則との関連で議論されてきた利 益誘導による取調べ,偽計,暴力や脅迫を用いた取調べが行われたとして も,その事実を知る者は,当事者である取調官と被疑者だけなのである。 同時に,密室における長時間の取調べは,拘禁心理を惹起し,被疑者の正 常な心理状態を奪い,また,当事者の一方が他方に一方的に問いかける特

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(3) 殊な「力場」が作用する空間を作り出す。証拠として未だ重要視されてい る自白は,このような特異な状況において獲得されるのである。取調べが 密室で行われる以上,適正な取調べ環境の確保は困難であるといえよう。 この取調べ適正化の問題は,従来,理論的に弾劾的捜査観の提唱とそれに 基づく取調べ受忍義務の否定という観点から取組まれてきた。しかしなが ら,そのような取組みは,取調べ受忍義務を前提としつつ「代用」監獄や 被疑者弁護の保障に関する制度上および運用上の脆弱さに依って立つ捜査 実務を抜本的に変革することは出来ずにきたのである。 (2)取調べ状況に関する客観的証拠の不存在 このようにして獲得された自白調書は,公判において証拠として取調べ られるに際し,任意になされた供述が記載されていることがあらかじめ検 察官によって立証されなければならない。しかしながら,その自白の任意 性の立証において,任意性の存否に関する有力な客観的証拠がある場合は 多くはない。従来,取調べ状況を立証するために,取調べの日時に関して 留置人出入簿が,被告人の身体拘束中の様子,言動等に関して留置人動静 簿や看守勤務日誌が,当時の被告人の健康状態に関して留置人診療簿,医 師作成の診断書および診療録が,弁護人または家族との接見状況に関して 留置人接見簿,留置人金品出納簿および検察官の接見指定書等が適宜取り 調べられている。しかしながら,これらは自白の任意性との関連では外形 的別犬況証拠にとどまり,取調べの状況そのものを直接証明するわけでは ない。むしろ,これらの証拠から自白の任意性を否定する事実を証明する ことは相当に困難であるといえよう。 それゆえ,多くの場合,捜査官の証言と被告人の公判廷における供述の対 車 立,いわば当事者同士の水掛け論から,そのいずれに信用をおくかに閲し (3)取調べの場を心理学の見地から分析し,虚偽自白のメカニズムについて指摘する研 究も近年多く見られる。とりわけ代表的な文献として,浜田寿美男『自白の研究[新 版]』(2005年,北大路書房)。 29−1−53(香法2009) ー 76 −

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て裁判官の判断が求められることになる。このとき,被告人と捜査官とい う当事者同士の主観的な主張が比較され,多くの場合,捜査官の言い分に信 (4) 用が置かれ,自白調書の任意性が認められるという結論に至ることになる。 上述のように,取調べを受ける者は,長期の身体拘束のなかで長時間に わたる断続的な取調べを受けており,その精神状態は通常の状態とは言い 難く,また取調べの空間自体も極めて特殊な状況である。そのような取調 べの現状に鑑みると,捜査官が取調べの手控え,メモを利用して記憶を喚 起することにより,具体的かつ詳細で理路整然とした合理的な内容の証言 をすることが可能であるのに対して,被告人が,取調べの全体的な流れの 中で,問題とされる取調べ態様に関係する個別・具体的な事項について, 事後的に詳細かつ合理的な説明を行うことは困難であり,記憶が暖昧にな ることは十分にあり得る。そのような事情については判断者たる裁判官も 当然に承知していると思われるが,取調べ状況に関する客観的な証拠がな い場合,当事者の相反する僕述を比較する以外に任意性判断の方策がな い。思い切って「取調べ状況について,被告人と取調官との間での水掛け (5) 論に持ち込まれた場合は,捜査官側の負けと割り切る必要がある」という 元裁判官の見解も見られる。他方において,自白の内容を考慮すると「心 証としては有罪だけれども自白の任意性がないから結局証拠不十分で無罪 にせざるをえなかった事例」を見るにつき,窃盗などの軽微な事件におい て最終的に自白の任意性判断において無罪とされることはあり,そうする ことに「そう大きな勇気はいらない」が,「殺人とか強盗殺人などの重罪 事件になると,捜査官の取調方法から自白の任意性に疑いをもったとして も,任意性判断だけで果たして無罪判決ができるかと考えたとき,これに (6) はものすごく難しい問題がある」という裁判官の意見に見られるように, 五 (4)木谷明『刑事裁判の心[新版]一事実認定適正化の方策−』(法律文化社,2004年) 57頁以下は,「水掛け論となって言い分が対立した場合,おおむね捜査官の言い分が 採用されるという現実」が,法務・検察サイドに現状を是認する硬直した態度をとら せていると指摘する。 (5)木谷・前掲注(4),59頁。

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上のような「割り切り」は,多くの裁判官にとって「大きな勇気」がいる (7) ことであろう。 このように,自白の任意性判断に関係する客観的証拠の不存在という状 況そのものによって,自白の任意性に疑いを投げかける主張が,事実上, 不当に制約されることになり,実体判断における著しい不利益を被告人に 対して背負わせている。取調べが密室で行われることによって,被疑者は 取調べにおいて不当な扱いを受ける危険があり,同時に,密室であるがゆ えに,不当な扱いに対する事後的な救済の道までもが閉ざされてしまう。 また,被告人は,公判における取調べ状況に関する争いに起因する審理の 長期化により,副次的な不利益も負うのである。 (3)対応措置の不十分さ このような問題状況に対応するため,近時,被疑者に「被疑者ノート」 を与えて,取調べ状況等に関して記録をつけさせるという弁護人による取 (8) 組みが行われている。確かに,被疑者ノートへの記入が記憶の喚起・保全 につながり,客観的証拠がなく,当事者の水掛け論に終始する任意性の争 いにおいて,自信を持って明快に供述する根拠となるため,ある程度の効 果が認められる。それ自体が自白の任意性を否定する手掛かりとなった事 案もあり,有力な対応策の一つであろう。しかしながら,そもそも当事者 の一方である被疑者が記録したものであり,その効果にはおのずと限界が (9) あろう。 他方において,2001年に提出された司法制度改革審議会の最終意見書 (6)「全国裁判官懇話会報告『司法の使命と裁判官』法律時報912号(1979年)17頁[F 裁判官発言] 五(7)なお,筆者は裁判官のこのような態度を是認しているわけではなく,現状を確認す 一 る趣旨である。本来,自白調書が証拠として許容されるためのハードルが低すぎるの であり,被告人が公判において否認する以上,「水掛け論に持ち込まれた場合は,捜 査官の負け」と考えるべきであろう。 (8)被疑者ノート使用の経緯と実践例について,秋田真志・小林功武「実践の中で取調 べの可視化を/被疑者ノートの試み」季刊刑事弁護39号(2004年)82頁。 29−1−51(香法2009) ー 78 −

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における提言を受けて,2003年10月に「犯罪捜査規範の一部を改正する 山一、 規則」による犯罪捜査規範182条の2に基づき,身体拘束された被疑者ま たは被告人を取調べた場合の「取調べ状況報告書」の作成が義務付けられ, (11) 「被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則」によって,2009年4月 から取調べ監督官(警察官)による被疑者取調べの監督制度が実施された。 また,検察庁においても「取調べ状況の記録等に関する訓令」により,2009 年4月から取調べ状況等報告書の作成が施行された。しかしながら,これ らも当事者の一方である警察官による取調べ状況の記録であることから, 同様の批判は免れない。取調べ状況報告書は,その内容として,逮捕・勾 留の有無および罪名,取調べ年月日,取調べ時間,休憩時間,取調べ場 所,取調べ担当者氏名,被疑者供述調書作成事実の有無および作成通数, 通訳人の有無および通訳言語等の取調べの外観,外形的事実が記載され (12) るにとどまり,やはり取調べの状況を直接に証明する証拠たり得ない。し たがって,取調べ状況の直接証拠であり,当事者の主観が入り込む余地の ない,取調べ過程の録画記録が,自白の任意性・信用性判断において求め られるのである。 第2節 取調べの録画に関する議論の対立 (1)取調べ録画導入に積極的な見解 取調べのテープ録音に関する議論は古くからあり,必ずしも議論の当初 から積極的支持が大勢において示されたわけではなかった。例えば,弁護 (9)このような取組み自体を否定する趣旨ではない。なお,秋田・小林・前掲注(8)は, 効用として,被疑者の自覚を促す,捜査への抑制,取調べ状況の把握を挙げている。 (1(り 平成15年10月10日国家公安委員会規則第16号。なお,平成20年国家公安委員 会規則第5号により,取調べ状況報告書の作成範囲が任意捜査段階における取調べま で拡大された。 β1)平成20年4月3日国家公安委員会規則第3号。本規則に関する解説として,桝野 龍太「『被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則』の制定について」捜査研究 686号(2008年)24頁以下。 82)犯罪捜査規範182の2条 別表様式16号

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実務の議論においても,捜査機関による録音には編集・改ざんの問題が, 被疑者自身による録音には技術上,経済上の問題が指摘され,「必ずしも その効果は期待しえず,また現実性も乏しいであろう」として提言には至 、lニミ・ らなかった。その後,1986年に取調べの録音制度を採用して可視化の先 進国となるイギリスが,1980年代初頭に録音制度導入に際して実験を行 い,データを収集して調査検討していた頃から,我が国の研究者や実務家 においても,イギリスの実験調査に注目しており,取調べに関する憂慮す べき問題状況を踏まえて,我が国においても取調べの録音を導入すべきと 、トこ・ の意見もみられた。そこでは,取調べ全過程の録音によって,圧迫的な尋 問方法の消失,事実認定者による自白の任意性・信用性の判断の容易化, 被疑者の供述内容に関する争いの減少,捜査機関全体の労力の節減,捜査 官による良質な供述や自白を引き出すスマートな尋問技術の体得等が期待 、1ト■ されたのである。また,1984年の日本刑法学会第62回大会の分科会にお いても, ビデオテープや録音テープによる取調べ過程の録音・録画への言 ■1しi、 及がなされている。 その後,録音機器の高性能化や記録メディアの廉価僕給の実現により, 技術的,経済的な困難さが緩和されると,イギリスにおける実践例を踏ま ■iT、 えて,弁護士や研究者を中心に我が国への導入が盛んに主張され始める。 姻 その中で取調べ録画の権利性を唱える見解も散見され,近年,その理論的 根拠について詳細に検討する研究も現れてきている。例えば,憲法38 条,13条,31条等を論拠に「個人がその人格において求め得るそれ自体 (1旬 日本弁護士連合会編『捜査と人権』(日本評論社,1975年)52頁以下。 (14)庭山正一郎「白白と長期裁判」自由と正義32巻5号(1981年)44頁,渡部保夫「被 疑者の尋問とテープレコーディングー捜査権と人権との賢明で適度な調整方法一」判 例タイムズ566号(1985年)1頁,同「被疑者尋問のテープ録音制度一圧迫的な取調 べ,誤判,裁判遅延の防止手段として−」判例タイムズ608号(1986年)5頁など。 (1弓)渡部・前掲注(14)「テープ録音制度」5頁参照。 ㈹ 三井誠「被疑者取調べとその規制」刑法雑誌27巻1号(1986年)179頁。三井教 授は取調べ過程の可視化の必要性を説いて,可視化の方策として録音・録画について 提案され,さしあたりの具体案として周文調べ報告書」作成の義務付けを説かれた。 29−1−49(香法2009) − 80 −

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でデュー・ プロセスそのものを正確に確保する権利」として,被疑者の「取 (1功 調べ録音権」,「取調可視化請求権」を構成する見解や,法原理にまで高め 拗 られた「可視化」を具体化する取調べ録画を被疑者の権利と捉える見解が 挙げられよう。 ただし,基本的に取調べ録音・録画の実現により期待される効果に肯定 的な態度を示しながら,懸念される諸問題を指摘し,早急な導入または漸 次的な導入に慎重な見解も少なからず見られることに注意すべきである。 例えば,捜査機関側による編集・改ざんの可能性や,音声や映像そのもの 削 が有する過度の影響力などは従来から指摘されているところである。ま た,捜査構造と公判の在り方の観点から,我が国における取調べは,「捜 査官の心証を固めるための長丁場の“審理期間”」であり,「供述をちみつ な調書にまとめあげていくカウンセリング的過程」といわれるほど長時間 の取調べを行っており,全過程録音・録画は「むだの多すぎる作業」であ るばかりか,「“捜査は第一審”というわが法の特色が一層きわ立つことに なり,その抱える問題性が増幅する」おそれもあり,「捜査の弾劾化がも う少し湊透することの方が先決の課題」であって,供述の信用性の確保で 87)大出良知「取調べのテープ録音は導入可能か」季刊刑事弁護14号(1998年)75頁, 自取祐司「捜査の可視化と適正化」自由と正義54巻10号(2003年)79頁,渡辺修 =山田直子監修/小坂井久=秋田真志『取調べの可視化一密室への挑戦−イギリスの 取調べ録音・録画に学ぶ』(成文堂,2004年),秋田真志「取調べの可視化実現へ向 けての現状と課題」自由と正義56巻12号(2005年)89頁,中山博善「被疑者取調 べの意義・根拠と可視化の是非」金沢法学48巻2号(2006年)1頁等参照。 ㈹ 米田泰邦「被疑者の取調」判例タイムズ296号(1973年)41頁では,録音義務の 立法提案に被疑者の録音権が盛り込まれている。 (1功 小坂井久「『取調べ可視化論』の現在(取調べ『全過程』の録画に向けて)(3)」刑 弁情報13号(1995年)35頁参照。 鍋 渡辺修「被疑者取調べの録画−『可視化』原理と『包括的防御権』」刑事弁護39号 (2004年)(渡辺修『刑事裁判を考える−21世紀刑事司法の展望』(現代人文社,2006 年)所収)。 糾 犯行再現ビデオの問題における指摘として五十嵐二葉「ビデオ時代の刑事裁判と自 白」法律時報57巻3号(1985年)77頁,久岡康成「科学的捜査」法律時報61巻10 号(1989年〉26頁。近年では,指宿信「取調べ録画制度における映像インパクトと 手続的抑制策の検討」判例時報1995号(2008年)3頁。

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はなく取調の適正の確保を目的として提案されるべきという指摘が見られ 鋤 る。取調べ可視化における録音・録画の位置付けに関しても論者により相 違があり,むしろ「取調べの『適正化』という点でいえば,録音が弁護人 の立会いに代替しうるほどのものか,慎重な検討が必要」であり,「取調 べの可視化を図るとともに,捜査の適正化を徹底するためには,やはり, 幽 取調べヘの弁護人の立会いが最も有効であろう」との見解も有力である。 つまり,まず弁護人の立会権が保障されるべきであり,録音・録画だけで は不十分であるとの認識から,あくまで弁護人の立会いがかなえられない 場合の次善の策として評価するのである。 このように取調べ録画に関して積極的に評価する諸説は,利益衡量から 期待しうる効果や取調べ可視化論全体における位置付けが論者により異 なっている。これに関連して,取調べ録画を義務付ける理論的根拠も明ら かではないうえ,そもそも現行法上,理論的に取調べ録音・録画が要請さ れており,制度上義務付けられるべきものと考えるのか,現状における防 御活動ないし弁護活動として事実上実現されるべきものなのか,はたまた 立法論として主張すべきなのかも,全体としては明確とはいえない状況で ある。 錮 他方において,これまで事態を静観し,ときには消極的な見解も見られ た裁判官あるいは元裁判官の立場から,裁判員制度実施を柱とする司法制 度改革の流れのなか,公判手続の効率化の観点から,相次いで取調べ状況 鍋 の録画について肯定的な見解が公表され始めた。例えば,裁判員制度にお 相 田富裕「取調べ問題の展望」井戸田侃編『総合研究=被疑者取調べ』(日本評論社, 1991年)795頁。 縛 白取・前掲注(17),85頁。 糾「鼎談・意見書の論点④『国民の司法参加・刑事司法』ジュリスト1208号(2001 年)132頁[山室恵発言]。 困 苦丸眞「裁判員制度の下における公判手続の在り方に関する若干の問題」判例時報 1807号(2003年)3頁,佐藤文哉「裁判員裁判にふさわしい証拠調べと合議につい て」判例タイムズ1110号(2003年)4頁,吉丸眞「録音・録画記録制度について(上卜 (下)」判例時報1913号(2006年)16頁,1914号(2006年)19頁。 29−1−47(香法2009) − 82 −

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ける自白の任意性判断の際,捜査機関の取調べ状況についての事実認定の ために,「取調状況の可視化は,何と言っても,取調状況をビデオやテー

プに録取するに優るものはない。まずは,…承諾を得て行う録音・録画

は,もっと利用されるべきであろう。そして,我が国においても,被疑者 については,テープ録音の義務化が検討されてもよい時期に来ているよう 囲 に思われる」,「被疑者の取調べの全過程を録音又は録画して正確な記録を 残し,公判で自白の任意性が争われたときは,この録音・録画記録によっ し=‘ て取調べの実体を検証する手続を設けることが,最も有力かつ相当」との 肯定的評価が見られる。これらの見解の特徴として留意すべきは,裁判員 裁判の実施を前提として,裁判員による取調べ状況に関する事実認定の困 難さに対するいわば対症療法としての可視化という感が否めない点であ る。そこでは取調べの適正化という目的が「波及的な効果」とされ,副次 的な目的として設定されていることは,そもそも取調べ録画には理論的根 拠がないと考えられている所為であろうか。 (2)取調べ録画導入に消極的な見解 取調べ録画に反対する見解は,捜査実務関係者を中心に展開されてお り,司法制度見直しの場である審議会等において法務省,警察庁関係者に より声高に唱えられている。その趣旨と論理は,論者によって大きく異な ることはない。例えば,上述の1984年日本刑法学会第62回大会の分科会 における可視化の提案に対しては,適正な取調べの制度的担保に関してあ くまで捜査機関の自制によるという方向性を堅持し,とりわけ取調べの録 音・録画に関しては,財政的な困難さ,編集の危険性,自白獲得を目的と する取調べの不可欠性,その取調べにおける捜査官と被疑者のコミュニケ 囲 −ションの重要性が強調された。その後,財政および変造・ねつ造の問題 囲 佐藤・前掲注鍋, 銅 吉丸・前掲注鍋「録音・録画制度(上)」,19頁。 掴 米澤慶治「取調べの理論と実務」刑法雑誌27巻1号(1986年)181頁以下。

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が経済的,技術的に解決されて,決定的な反対理由から後退しつつある

が,それゆえに一層,実質的な反対根拠である取調べという捜査手法自体

の重要性と「密室」という取調べ環境の有効性・不可欠性が繰り返し強調 されることになる。

例えば,元検察官による取調べ録画に反対する代表的な論稿は,次のよ

うに主張する。密室における取調べは,被疑者との「信頼関係構築」に必

要不可欠であり,可視化によってこのような空間が喪失するため被疑者と

の信頼関係を築くことができず,自白獲得が困難になり,ひいては我が国

J≧■

の「刑事司法全体の構造」に大きな影響をもたらす。取調べの重要性は,

①刑事訴訟法の目的である真相解明の観点から,刑事司法は,「治安の良

さ」に対する国民の信頼を維持するため,犯人検挙はいうに及ばず,さら

に犯罪の動機,態様,結果等の諸事情を十分に明らかにする機能にある。

また,②刑事実体法の在り方の観点から,そもそも我が国の刑法は犯罪類

型が細分化されておらず,それゆえ適正な科刑を実現するために構成要件

要素のみならず,犯罪の動機,計画性,犯行後の状況等,犯行の全容を明

らかにする必要があり,主観的要素についても検察官に厳格な立証責任が

ある。③刑事手続法の在り方の観点からは,関係者の倶述の確保および供

述以外の証拠収集のための捜査手法の不十分さが指摘される。さらに④刑

即 事政策的観点からも,被疑者自身が立ち直る重要な一歩を踏み出す契機と

なる反省悔悟を促進することにより,社会復帰の段階で被害者の被害感情 幽 本江威薫「取調べの録音・録画記録制度について」判例タイムズ54巻12号(2003 年)4頁,同「取調べの録音・録画記録制度と我が国の刑事司法」判例時報1922号 (2006年)11頁。 錮 本江・前掲注銅「刑事司法」(2006年)16頁以下参照。また,岡田薫「取調べの機 能と録音・録画」レファレンス690号(2008年)9頁は,「取調べが諸刃の剣で,他 に無実の有罪者を生まずに真実を知る方法があるのであれば,そちらの方法によるべ き」として,司法取引,通信傍受(の対象拡大),おとり捜査,DNAデータベースの 活用を真相究明の手段に挙げている。 鋸 渥美東洋「取調べの適正化;とりわけ電子録音・録画=いわゆる可視化について」 判例タイムズ1626号(2008年)40頁は,刑事政策的な観点から取調べの録画につき 熟慮すべき課題を提示し慎重論を唱える。 29−1−45(香法2009) ー 84【

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を慰撫するとともに,罪を犯した者に更生への道を開く重要な契機となる 鋤 という。以上の観点から,議論の大前提として,我が国の刑事司法の全体 餉 構造における「取調べの重要性・必要性」を強調するのである。 このような「取調べの重要性・必要性」を前提として,上記のような取 調べの意義,機能を十全にするため,「被疑者から真実を吐露する供述を 得るには,取調官が被疑者との間で信頼関係を構築し,被疑者の良心,真 情に訴えかけ,真実を語るように説得することが不可欠」であり,「生の 人間同士のぶつかり合い」の過程で,「被疑者が取調官に対し,親しみを 感じ,共感し,信頼感を覚え,少しでも尊敬の念を生じた時に,真実を吐 如) 露する供述がなされる」という。その過程において,両者の極めて私的な 事柄に触れることもあるし,第三者の秘密に関わる内容に及ぶこともあ る。また,例えば暴力団関連事件などにおいて,任意に自白しながら,報 復を恐れて供述調書作成を拒否する被疑者や,共犯の場合には,自分が最 初に自白したことがわからないように,供述調書作成の時期を他の共犯者 より遅くするよう望む被疑者もいる。さらに,被疑者は長い葛藤の末,自 分としては知られたくない動機・行為を自ら語る決意をする。ところが, 取調べ全過程の録画により,被疑者も取調官も,取調べにおける一言一句 が公判で再生されることを意識せざるを得ず,取調べにおいて,捜査官が 被疑者と信頼関係を構築して真相に迫るという捜査手法を放棄せざるを得 ない。真実の供述獲得が困難になると,有罪の立証ができるだけの証拠は 収集されているとしても,必ずしも,真相が十分に解明されないまま起訴 され,審理が行われることになり,「多くの事件で状況証拠のみによる立 ¢勿 犯罪事実を否認したり,黙秘したりしたままでは,被害者への謝罪もかなわず損害 を賠償することもない。さらに,刑務所における矯正処遇,仮出獄中の保護観察に関 する判断を適切に行えないことも指摘される。本江・前掲注¢針録音・録画記録制度」 (2003年)5頁以下。 錮 加藤康柴『適正捜査と検察官の役割一連正な裁判を求めて−』(2008年,北樹出版) 45頁以下は,取調べについて重要性・必要性を挙げるにとどまらず,そもそも国家 機関に積極的に協力する「国民の義務」から取調べを正当化する。 糾 本江・前掲注餉「録音・録画記録制度」(2003年)6頁。

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証を行わざるを得ないこととなった場合,特に,裁判員制度の下でそのよ うな状況となった場合,適切な事実認定を行うための負担は,立証責任を 負う検察官のみならず,裁判員および裁判官についても著しく増大すると 思われる。その負担の増大は,倶述の任意性の判断に関して生じることが 郎) 危倶されるという負担をはるかに超える」というのである。 さらに,録音記録制度の効果に対する疑問として,例えば,取調べとは 別の機会に暴行脅迫を受け,抑圧された状態のまま取調べられたり,音声 では明らかにならない方法で脅迫されたりすることも考えられ,他方にお いて,そのような被告人の主張も増えるであろうから,録音記録の全体性 (録音記録が取調べないし捜査官による被疑者への働きかけの全てを記録 しているか)が争点となることが多くなり,録音記録そのものによって, 録音記録の全体性を立証することは困難であるから,結局は,他の人証, 書証等による立証が必要となる。したがって,取調べの録画により自白の 任意性等に関する争いが劇的に減少し,あるいは,その争いに関する事実 認定が極めて容易になるという効果を期待することに疑問を投げかけるの である。

第2章 取調べの録画に関連する背景的状況

第1節 司法制度改革における取調べ録画の位置づけ (り 司法制度改革審議会における議論 取調べ可視化の主張は年々高まり,1999年に発足した司法制度改革審 議会においても「被疑者の取調べの適正さを確保する措置」として取調べ 鍋

状況の録音,録画や弁護人の取調べへの立会いについて検討された。第

㈹ 本江・前掲注囲「録音・録画記録制度」(2003年)9頁。 錮 議論の過程は,首相官邸ホームページの司法制度改革推進本部内,司法制度改革審 議会(http://www.kantei.go.jp伽/sihouseido/index.html)に掲載の資料を参照した。取調 べの録音・録画に関する議論は,第25∼27臥 第53,55回春議会議事録に詳しい。 29−1−43(香法2009) − 86 一

(15)

26回審議会で行われた法曹三者のヒアリングにおける法務省刑事局長, 最高検総務部長の発言および第53回審議会のヒアリングにおける警察庁 次長の発言ならびに関連議題における元検察官の委員の発言を通して,捜 査機関側の可視化ないし取調べ録音・録画に対する反対論調は徹底されて

おり,刑事司法全体における自白の重要性,自白獲得のための密室におけ

る取調べの重要性を根拠に,被疑者公選弁護制度,接見交通の拡充,取調

べ過程等の捜査官による記毒剥こよって取調べの公正さを確保すべきである

と主張された。これに対して,全面的な録音・録画が必要であると積極的

に主張する意見や録音・録画に反対する意見に疑問を呈する意見は多く,

捜査官による取調べ過程の記録自体の信用性に疑念を示す意見,少なくと

も被疑者が希望する場合には録画すべき等の意見も見られた。 しかしながら,2001年6月に提出された最終意見書では,被疑者の取

調べの適正さを確保するための措置に関する項目において,「その取調べ

が適正さを欠く事例が実際に存在することも否定できない」ことを認め,

それを防止するための方策が必要だとしながら,「取調べ状況の録音,録

画や弁護人の取調べへの立会いが必要とする意見もあるが,刑事手続全体 における被疑者の取調べの機能,役割との関係で慎重な配慮が必要である こと等の理由から,現段階でそのような方策の導入の是非について結論を 得るのは困難であり,将来的な検討課題ととらえるべき」との結論に至っ

たのである。そして,適正な取調べの確保のための具体的な方策として

は,「記録の正確性,客観性を担保するために必要な措置(例えば,記録

すべき事項を定めて定式的な形で記録させた上,その記録を後日の変更・ 修正を防止しうるような適切な管理体制の下で保管させるなどの方法が考

えられる。)」を講じたうえで,「被疑者の取調べ過程・状況について,取

調べの都度,書面による記録を義務付ける制度を導入すべきである」と提 言するにとどまった。

(16)

(2)裁判員制度・刑事検討会における議論 司法制度改革審議会の提言を実現し,実施に移すための具体的な制度設 計に向けた議論を行うことを目的として,2001年12月に各種検討会が設 卵 置された。とりわけ裁判員制度・刑事検討会において,当初の議題ではな かったにもかかわらず,取調べの録画制度への言及が見られ,議論に発展 する契機があった。しかしながら,同審議会の取調べの適正化に関する提 言の内容が「取調べ過程を書面により記録化するということ」であり,「『可 視化』の名で叫ばれる取調べの録音・録画や,弁護人の立会いといった問 題は,これに対し,将来の検討課題だという整理をしている」との前提に 立ち,可視化の問題を検討会において,捜査・公判手続の合理化・効率化 に含まれる問題として議論することになると,結局,「実体としては,取 調べの適正さを確保するための措置について行った議論をもう一度やると いうことになり,それは議論の枠組みを捜査・公判手続の合理化・効率化 餉 の方へ移しただけに過ぎず,議論の蒸し返しになるのではないか」との座 長発言があり,それ以上議論が活性化することはなく,最高検において録 音・録画を排除せずに検討されることが確認されるにとどまった。但し, 公判の効率化との関連において,自白の任意性・信用性,検面調書の信用 性の問題について,取調べ過程の書面による記録等これまで提示されてき た方策によって,その判断が困難な事案が急減することはなく,また,裁 判員にとってもわかりやすい立証方法を考えた上で,「一つの方法とし て,取調べの録音あるいは録画というようなこ との活用も考えられるので 錮 はないか」との現役裁判官委員の意見があったことは注目すべきである。 卵 詳細は,首相官邸ホームページの司法制度改革推進本部内,裁判員制度・刑事検討 会(http://www.kantei.gojp伽/singi/sihou/kentoukai/06saibanin.html)の議事録を参照。 囲 第10回裁判員制度・刑事検討会議事録[井上正仁委員発言] 錮 第16回および第25回裁判員制度・刑事検討会議事録[池阻修委員発言] 29−1−41(香法2009) 一 88

(17)

第2節 裁判所における改革への取組み (り 刑事訴訟規則改正による198条の4の追加 2005年刑事訴訟規則改正において第198条の4(取調べの状況に関する 立証)が追加された。本条は,「検察官は,被告人又は被告人以外の者の 供述に閲し,その取調べの状況を立証しようとするときは,できる限り, 取調べの状況を記録した書面その他の取調べ状況に関する資料を用いるな どして,迅速かつ的確な立証に努めなければならない。」としており,例 えば,自白の任意性または検面調書の信用性を立証しようとする検察官に 対して,「取調べ状況を記録した書面その他の取調べ状況に関する資料」を 準備させて,公判において「迅速かつ的確な立証」を行わせる趣旨である。 ㈹ 2005年5月に開催された最高裁判所刑事規則制定諮問委貞会における説 明によると,これまで裁判で用いられた実例を踏まえたうえで,取調べの 状況に関する資料として,「留置人出入簿,留置人動静簿,看守勤務日 誌,留置人診療簿,医師作成の診断書,診療録,留置人接見簿,留置人金 品出納簿,検察官の接見指定書,その他捜査官が作成したメモ,取調経過 一覧表,取調べの状況を録音した記録媒体」を想定しており,犯罪捜査規

範の改正により2004年4月に施行された182条の2が規定する「取調べ

状況報告書」作成義務を念頭に置いて,「取調べ状況に関する資料として 最も一般的に存在すると考えられるもの」を例示した結果,「取調べの状 況を記録した書面その他の取調べ状況に関する資料」という文言となった という。取調べ状況に関して客観的証拠による立証の義務付けを志向す 如) るという意味では評価できるが,「立証責任を負っている検察官に対し, ㈹ 詳細は,最高裁判所ホームページの最高裁判所刑事規則制定諮問委貞会議事録 (http://www.courts.gojp/saikosai/about/iinkai/keizikisoku/giziroku.html)を参照。また, 規則改正の経緯については,同委員会幹事の1人である岡慎一弁護士の論塙「『取調 べ状況に関する立証』についての刑事訴訟規則制定の経緯」自由と正義2005年9月 号114頁が詳しい。 帥 なお,刑事訴訟法改正においても,316条の15第1項8号によって取調べ状況報 告書は請求による類型証拠開示の対象となっている。

(18)

新たなプラクティスを追求し,迅速かつ的確な立証に努めることを求め る」趣旨であって,必ずしも取調べの録音・録画を義務付ける趣旨ではな いことはもちろんのこと,「特定の立証方法を用いるよう検察官を縛る」と いう性質のものではないという。但し,「『取調べ状況を記録した書面』が 提出されれば,イコール迅速かつ的確な立証ができた」という趣旨ではな いことが確認された点は重要であろう。「迅速かつ的確な立証」が要求さ れる以上,その要求の程度によっては取調べ状況報告書で十分とはいえな いだろう。そして要求の程度は,当該自白の任意性・信用性の問題を取り 巻く具体的状況によって変動するはずである。ここに,従来の水掛け論に よるのではなく,任意性・信用性に疑いを投げかける新たな契機が生まれ る可能性がある。本条の運用次第では,取調べ状況のいわば「直接証拠」 拍 である取調べ状況に関する録画の事実上の要請へと繋がる可能性がある。 (2)司法研究報告「裁判員制度の下における大型否認事件の審理の在り 方」 2004年5月に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が成立し, 今年2009年5月21日までに裁判員裁判が実施される予定となっている。 この裁判員制度の連用において,長期の審理期間が予想される事件につき 裁判貞が参加可能な期間内に審理を行うことが喫緊の課題とされており, この間題について2006年度に司法研究を委嘱された裁判官らによる実証 ㈹ 的な検討が行われ,2008年3月に重厚な報告書が公表された。そこでは 「核心司法」が掲げられ,従来であれば数年かかると想定される事件の審 理期間を4∼12期日に短縮する運用が提案されている。とりわけ本報告 書の分類による「自白の任意性が争点となる類型の事件(B類型)」に関 九 拍 小橋るり「形成刑事訴訟規則198条の4の『的確な立証』に関する試案」自由と正 義2005年10月号は,同条との関連で,実践的な視点から「可視化申入書」の提出お よび「被疑者ノート」の差し入れの重要性を指摘する。 ㈹ 司法研修所編「裁判員制度の下における大型否認事件の審理の在り方」司法研究報 告書60輯1号(2008年)。 29−1−39(香法2009) − 90 一

(19)

する指摘は,取調べ録画との関連で重要である。 まず,当該類型の事件に関する問題認識として,以下のように述べられ ている。「任意性の立証手段が膨大な量の供述調書と長時間を要する取調 官の証人尋問に依存している上,これらは立証手段としての客観性を欠い ているため,多くの場合,取調官と被告人の水掛け論になってしまい,任 意性判断の決め手とはなり得ない。職業裁判官にとっても同様ではある が,特に刑事訴訟手続と無縁であった裁判員にとって的確な判断は困難と 肘、 考えられ,立証方法について抜本的な見直しをすべき」というのである。 また,任意性の判断者に関する言及として,「検察官としては,裁判員に 対して,取調べ状況に関する疑義が完全に払拭され,適正な取調べによっ て被告人が自白したとの心証を抱かせかナれば,自白調書の任意性,信用 ㈹ 性が肯定されることを期待することはできない」とされている。 本報告は,自白の任意性に関する「立証方法について抜本的な見直し」 を提言しており,さらにその任意性判断につき裁判員が行うことを前提と している。直裁に取調べ状況の録画を義務付ける内容ではないものの,「平 成19年度の研究会においても,明らかに被告人の主張が排斥できる場合 を除き,DVDといった客観的な証拠が提示されなければ,任意性に疑い が残るものとして却下する場面が増えるのではないかとの意見が多数述べ ㈹ られている」との録画導入への一定の方向性を示す言及もある。少なくと も本報告が従来の任意性立証方法に対して否定的な立場にあることは明ら かだろう。 第3節 捜査機関における対応 (1)検察庁による取調べ錦音・録画の試行とその検証 裁判所の検証に呼応して,検察庁においても裁判員裁判における自白の ノヽ ㈹ 司法研修所縮・前掲注㈹,62頁。 拍 同70頁。 ㈹ 同75頁。

(20)

任意性立証のための方策について検討が行われており,同じく2006年8 月から「取調べの録音・録画の試行」が開始された。そのうち2007年12 月末までに全国で行われた170件の録音・録画事例について報告が一旦ま とめられ,2008年3月に公表されたものが「取調べの録音・録画の試行 の検証について」である。検察庁による取調べの録音・録画に関する検証 の趣旨は,あくまで裁判員裁判における自白の任意性の立証方策の検討の 一環であり,「その実施の方法いかんによっては,取調べの持つ真相解明 機能を害するおそれがあり,治安の悪化につながりかねない問題であるこ とから,試行の現状と問題の所在や今後の方向について広く関係者や国民 的 に理解していただくため,この検証結果を公表する」と前置きされてい る。

取調べにおける録音・録画の時期については,「被疑者の自白後,担当

検察官において,当該事件の特徴や被疑者の供述状況に応じて録音・録画 ㈹ が相当と判断した時期と場面」[傍点は筆者]とされており,現場の判断 としては,いわゆる「レビュー方式(作成済みの検察官調書を被疑者に示 して,自白の動機・経過,取調べの状況,調書の作成過程,録取されてい る内容等について質問し,被疑者が応答する場面を録画する方式)」と「読 み聞かせ・レビュー組み合わせ方式(被疑者の供述を録取した検察官調書 について,読み聞かせ,閲読する場面および署名する場面を録画し,引き 続き内容を中心として,前述のレビューを行う方式)」が採られた。この ように,試行において行われた録画の態様は,従来,捜査機関が任意性を 立証するためにしばしば行っていた「部分的・復唱的・代替調書的」な態 囲 様を踏襲するものである。このような「取調べの録画(部分録画)」は, これまで主張されてきた取調べの全過程の録画とは,単なる程度問題では 片付けられない根本的な相違があり,取調べ過程の「可視化」ひいては「適 鯛 最高検察庁「取調べの録音・録画の試行の検証について」(2008年)1頁。 ㈹ 同3頁。 ㈹ 大出・前掲注(17),76頁 29−1−37(香法2009) − 92 −

(21)

正化」を念頭に置くものではないことに注意すべきである。

最終的に,録画が行われた170件中,任意性等が争われた事件数は3

件,公判において取調べ状況を録画したDVDが取調べられたのは4回で

あった。録画が行われた事件を担当した検察官(計132人)に対するアン

ケート調査の結果によると,DVDの証拠価値について積極的な回答は

96%を占めている。また,試行された録画方法であれば取調べの機能は害

されないと思う回答は66%もあり,害されるという回答は12%にとど

まった。なお,取調べ全過程の録画について,すべきではないという回答 榊 は88%を占め,すべきであるという回答はなかった。 この取調べ録画の試行結果を検証した結論は,①試行された部分的な録 音・録画は,自白の任意性や信用性を立証する手段,または特信性を立証 する手段として有効であり(立証手段としての有効性),②任意性等の立 証手段として用いられた場合には,立証時間が大きく短縮されて迅速でわ かりやすい効率的な立証が可能になった(立証の効率化)とされている。 また,③実施の時期や取調べ方法を工夫することにより,取調べの真相解 明機能を阻害することなく取調べを録画することはおおむね可能であるが (取調べの機能に対する手段としての相当性),④もし全面録音・録画の方 法を採った場合は,真相解明が困難となる蓋然性が相当程度存在すること 餌 が確認された(全面録画による取調べ機能阻害の蓋然性)。 しかしながら,少なくとも④については,実際に全面録画を試行したわ けではなく,「全面録音・録画の方法を採っていれば,真実の供述を得る ことは不可能か極めて困難であり,結局被疑者を逮捕することも出来ず, 真相は未解明のまま終わってしまったであろう」というきわめて主観的な 推測に基づいており,全面録画に対する消極論を支持する根拠としては疑 問である。 銅 最高検察庁・前掲注帆 7頁以下。 餌 同24頁以下。

(22)

(2)検察庁における本格試行とその検証結果

最高検察庁は,上記の検証結果を踏まえて,2008年3月28日,「取調

べの録音・録画の本格試行指針」を定め,同年4月1日から同年12月末

までに事件送敦を受けた裁判員裁判対象事件のうち,捜査段階で録音・録 画の対象となり得る1,676件中1,512件について,本格試行指針に基づき 鋤 録画を実施して,前述の旧試行分の成果も併せながら,2009年2月にそ 鋤 の検証結果を公表した。 本格試行指針によると,録音・録画の対象とする取調べの内容につい て,「被疑者が自白(不利益事実の承認を含むものとする。)した後に行う 取調べであって,自白調書の任意性の立証を目的とする取調べ,例えば, 既に作成された自白調書に閲し,自白の動機・経過,取調べの状況,自白 調書の作成過程,その内容等について検察官が質問し,被疑者が応答する 場面,あるいは,被疑者が新たに作成される自白調書の内容を確認して署 名する場面とその直後における上記の質問と応答の場面等を録音・録画す ること」とされており,「レビュー方式」と「読み聞かせ・レビュー組み 合わせ方式」が当初から指示されている。録画が行われた1,512件のうち, 当該期間内に地裁で判決の宣告があった事件で任意性が争われたものは

17件である。そのうちDVDが立証に用いられたものは7件あり,旧試行

分を併せると16件となる。 この本格試行を検証した結果,旧試行と同様,①自白の任意性・信用性 の立証,または特信性立証のための手段としての有効性,②立証の効率化 が確認されている。しかしながら,取調べの真相解明機能に及ぼす影響に 関しては,拒否事例が旧試行における1%から6%に増加した。供述内容 が変化した事例(その大半は内容が後退または否認に転じた)は旧試行7% 五 鋤 録画を実施しなかった事件の理由としては,被疑者による拒否(60%),真相解明 機能の阻害等の支障が見込まれる場合(17%),時間的・物理的困難等の録音録画の 実施に障害があった場合(23%)が挙げられている。 個 最高検察庁「取調べの録音・録画の試行についての検証結果」(2009年)。 29−1−35(香法2009) ー 94 −

(23)

から6%の変化であるが,緊張や口が重くなるなどの態度が見られた事例 が17%から20%に増加したことを考慮すると,録音・録画が取調べの真 相解明機能に影響を及ぼす可能性があるため,③実施方法については,真 相解明の観点から充分引責重さを要するとされており,全面録画はいうに 及ばず,レビュー方式等の部分録画に関する評価にも若干後退が見られ る。検証結果自身も認めているように,拒否割合が増加したのは,旧試行 では拒否されるおそれが少ないと見込まれる被疑者について実施されてい たが,本格試行では,原則として仝裁判員裁判事件を対象としたためであ ろう。これにより,拒否事例が一定の割合で存在することを明らかにしよ うという意図がうかがわれる。また,今回の検証は,被疑者からの録画拒 否についてもその理由を詳細に分析しており,その結果,取調べの真相解 明機能への影響の懸念が前面に押し出されてきている。以上を踏まえて, 裁判員裁判における録音・録画の在り方として,従来からの方針通り, 「検察官は,裁判員裁判において,自白の任意性に閲し,裁判員にも分か りやすく,効果的・効率的な立証を遂げ立証責任を果たすため,裁判員裁 判対象事件に閲し,検察官の判断と責任において,取調べの機能を損なわ ない範囲内で,検察官による取調べのうち相当と認められる部分の録音, 囲 録画を行うこととすべきである」と提言されている。 (3)警察庁による取調べ緑青・録画の試行とその検証結果

検察庁と同様に,警察庁においても,2008年4月11日に「警察におけ

る取調べの一部録音・録画の試行について」によって,裁判員裁判におけ

る自白の任意性の立証方策を検討するため,2008年庭中に,警視庁及び

大規模府県警察において,検察庁における録画試行と同様の一部録画を試

行する旨が公表された。そして同年9月から警視庁,埼玉県警,千葉県

警,神奈川県警および大阪府警において試行を開始し,2009年2月末ま

餌 最高検察庁・前掲注碑,15頁。

(24)

での半年間で,合計66件(被疑者58人)において取調べ録画を実施し, 個 その検証結果が公表された。なお,試行都府県警において裁判員裁判対象

事件は838件である。録画されたDVDは一切編集することなく保管され

て,検察官に送致されている。

検証期間中にDVDに関して証拠開示請求された事案は6件あるが,公

判で取調べられた事案はなく,自白の任意性が争われることはなかった。 録画が行われた事件を担当した取調べ官(計58人)への意見聴取による と,一部録音・録画により供述内容に変化があったという回答は17%, 僕述態度に変化があったという回答は39%であり,任意性立証の観点か ら録音・録画の有効性については,全員が積極的な回答を行った。試行さ れた録画方法であれば取調べの機能は害されないと思う回答は69%であ り,害されるという回答は21%であった。また,取調べ全過程の録画に 関しては,すべきではないという回答は97%を占め,すべきであるとい う回答はなかった。 試行の検証結果としては,検察における検証結果と同じく,任意性立証 のための有効性,効率性については積極的に評価されている。取調べの機 能に及ぼす影響については,試行において影響があることが明らかになっ 幽 たとしており,一部録画であっても,取調べの機能を損なわないように方 法について十分配慮することが不可欠と評価された。 (未完) 個 警察庁「警察における取調べの録音・録画の試行の検証について」(2009年)。 ㈹ この点につき検察庁の検証結果よりもさらに消極的である。なお,大濱健志「取調 べの録音・録画をめぐる議論の動向及び警察における取調べの一部録音・録画の試行 について」警察学論集61巻6号(2008年)124頁は,「第一次捜査機関たる警察の取 調べは,公判請求に至らない,又は公判請求の見込みも判然としない事件を含め,様々 な事件を対象に,複雑な捜査過程と連動しながら,捜査の各段階にわたり幅広く行わ れていることから,検察の取調べと同列に論ずることは必ずしも適当ではない」と指 摘する。 三三 29−1−33(香法2009) − 96 −

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