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中俣潤一 このたび 4 月 1 日付をもちまして専門修錬医として赴任させていただきました中俣潤一と申します どうぞ宜しくお願い申し上げます 私は平成 16 年に産業医大を卒業し 2 年間産業医大病院での臨床研修を行わせていただき 3 年目に門司労災病院で循環器疾患を また 4 年目に鞍手町立病院で腎

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Academic year: 2021

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 5.新入教室員自己紹介

春 木 伸 彦 

 平成 9 年 9 月より産業医科大学第  内科に入局させていただくことになりま した春木伸彦と申します。平成 3 年に川崎医科大学を卒業後、大阪市立大学旧 第一内科 ( 循環病態内科学 ) に入局し、半年間大学病院での研修の後、関連施設 である大阪の多根総合病院で研修をいたしました。そこで、本学出身の竹内正明 先生と出会い、約一年間ご指導を受けました。その後平成 5 年より、兵庫県姫 路市のツカザキ記念病院という民間病院で循環器内科医として、特に心臓カテーテルを中心に仕事をし ておりました。しかし竹内先生の下で働いた(というより、ご指導していただいた)当時の印象があま りにも強く、いつかまた心エコーを竹内先生の下で勉強したいという思いをずっと抱き続けておりまし た。この度、竹内先生が産業医大に戻られるという事をお聞きし、是非とも産業医大について行きたい という気持ちを伝え、昨年 9 月より第  内科に入局をさせていただきました。右も左もわからない北九 州に足を踏み入れることに、不安がなかったといえば嘘になりますが(家族は不安だらけだったようで すが...)、こちらでの生活にもやっと慣れてきたところです。こちらにきて半年あまりですが、今まで ほとんど経験したことのない大学病院での臨床だけでなく、臨床研究を行い、それを学会で発表し、最 終的に論文にするということが如何に大変な作業であるかを痛感するとともに、充実した毎日を送って おります。本教室は、尾辻教授をはじめ、各分野でのエキスパートが集結したすばらしい環境ですので、 今後臨床、研究に精進して行きたいと考えております。何卒よろしくお願いいたします。

芳 谷 英 俊 

 平成 7 年に大阪市立大学を卒業後、大阪市内の市中病院を約 5 年間勤務し川崎 医大、大阪市大と大学病院勤務を経て、この度 4 月より産業医大第  内科にお世 話になっています。今回、産業医大にお世話になったきっかけになったのは、去 年夏に講師として第  内科に戻ってこられた竹内先生と以前同じ病院で勤務して いたことがあったからです。今まで臨床を中心に仕事をしていまして、最近は特 に心エコー検査の分野に特に興味を持っています。心エコーの分野では、尾辻教授と竹内講師は国内で も有名な先生方ですので、これを良い機会に少しでも勉強をさせていただきたいな、と思っています。 産業医大に移ってきて早一ヶ月になりますが、スタッフの皆さんに温かく迎えていただき(これが九州 の暖かさ?)、 現在、今まで旅行でしか来たことがなく、ほんの数回しか今まで足を踏み入れたことが なかった九州の土地に(ほとんどが大阪圏内でしか生活したことがなかったので)、少しでも早く慣れ るようと頑張っています。色々とお世話になるかと思いますが、ご指導ご鞭撻のほどこれからもよろし くお願い申し上げます。

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中 俣 潤 一 

 このたび 4 月  日付をもちまして専門修錬医として赴任させていただきました 中俣潤一と申します。どうぞ宜しくお願い申し上げます。  私は平成 6 年に産業医大を卒業し、 年間産業医大病院での臨床研修を行わ せていただき、3 年目に門司労災病院で循環器疾患を、また 4 年目に鞍手町立病 院で腎臓疾患ならびに透析を主に診させていただき今回 5 年目として  年ぶりに 大学へ戻ってまいりました。元々私は春日市で生まれ、大野城市で育ちました。大学時代は管弦楽団に 所属し、日々楽譜とにらめっこしておりました。大学卒業後は当院の臨床研修を選択いたしましたが、 新臨床研修制度スタートの年であり、私達研修医のみならず病院全体がどこか手探りの状況であったこ とを記憶しています。ただそのような状況の中で循環器、腎臓グループの先生方に丁寧に御指導して頂 き、非常に恵まれた環境の中で臨床研修を送ることができました。現在は腎臓グループに所属し、腎臓 疾患を中心として診療に励んでおります。今回大学で初めて経験することも多く、田村先生をはじめ多 くの先生方に支えていただきつつ日々励んでおります。今後も何かと御迷惑をおかけすること思います が、御指導、御鞭撻のほどをよろしくお願い申し上げます。  

藤 本 陽 子 

 平成 7 年度卒業の藤本陽子と申します。卒業後は地元である北九州市立医療 センターにて初期臨床研修を行い、昨年は産業医科大学病院にて臨床研修をさせ て頂きました。平成 0 年 4 月より鞍手町立病院に派遣となり、現在は主に透析 管理に携わっております。  入局当初は循環器内科を志し臨床に励んでおりましたが、初期研修の際に心臓

都合により未掲載

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−4 − を治療する上で腎臓は非常に大切な臓器であることを痛切に感じ、3 年目は循環器・腎臓ともに学ばせ て頂きました。大学での研修を行っていく間に、心臓にとって腎臓が大切であるだけでなく、腎臓を診 ていく上でも心疾患の合併は避けらないことを実感致しました。また、外勤先では透析患者さんと接す る機会が多く、全身管理の重要性や難しさを改めて認識しました。平成 9 年  月に腎臓を専門とする ことを決心し、以後 4 ヶ月間は大学の先生方や臨床技師の方々に御指導頂き、学んで参りました。そし て現在に至りますが、まだまだ未熟ですので一人での透析管理というのは想像以上に大変です。鞍手町 立病院の院長先生を始めスタッフの方々、大学から来てくださる先生方に助けて頂きながら、何とか日々 の診療を行っている状態です。しかし、容易に頼ることのできる環境に甘んじず、この  年間は独り立 ちするには良い機会と前向きに考え頑張っていきたいと思っております。  これからも諸先生方には御迷惑をおかけすることが多々あるかと存じますが、御指導、御鞭撻の程ど うぞ宜しくお願い申し上げます。  

穴 井 玲 央 

 産業医科大学 8 年度卒業の穴井玲央(レオ)と申します。  産業医科大学卒業後、小倉記念病院で初期臨床研修を終え、今年度より産業医 科大学第  内科へ入局させていただくことになりました。  私は福岡市出身で、修猷館高校卒業後、産業医科大学へ入学しました。部活は 高校・大学と弓道をしておりました。大学時代は勉強なんてまったくしておらず、 特に循環器は苦手でした。しかし、やるなら循環器と小さい頃からの洗脳のせいか、興味だけはありま した。卒業後は小倉記念病院での刺激的な毎日をおくらせていただき、 年間の初期研修を終えて 4 月 より大学病院で毎日勉強させていただいております。外病院とは違った大学病院独特な環境と電子カル テには最初は大変苦しめられてきましたが、最近はなんとか慣れてきて、毎日がんばっております。先 生方からのたくさんの御指導を頂き毎日勉強することばかりです。諸先生方にはなにかと御迷惑をおか けすることも多々あるかと存じますが、御指導御鞭撻の程よろしくお願いいたします。

岩 瀧 麻 衣 

   私は広島県北部の出身で、北九州での生活は今年で 9 年目になります。臨床の 現場で働くことを非常に楽しみに、大学卒業後、大学病院での  年間の初期研修 を尊敬できる多くの先生、先輩と過ごすことができ、「患者さんにとって一番良 いことは何か」を常に頭におくことの大切さを体験してきました。今年から救急 病院である市立八幡病院で勤務させていただき、新たな気持ちで過ごしています。  今、私は医師になって 3 年目であり、まだまだ知識も技術も経験も全てが足りておらず、全ての方が 先生です。しっかりと責任感を持ちつつ、患者さんとその家族のことを第一に考えながら、日々研鑽を 積みたいと思います。諸先生方には、今後とも御指導御鞭撻の程、どうぞ宜しくお願い致します。

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樫 山 国 宣

2006 年 3 月に産業医科大学医学部を卒業後、循環器・腎臓内科に入局させて

いただきました、樫山国宣と申します。福岡県の古賀市に生まれ、幼少期もそ

こで育ちました。高校時代は、久留米市の久留米大学付設高校で 3 年間の寮生

活を送り、産業医科大学医学部に入学致しました。大学時代は水泳部に所属し、

夏はプールと教室を行き来する学生生活を送っておりました。

大学卒業後は産業医科大学病院で初期研修を行い、2 年間の研修期間の内 6

ヶ月を循環器・腎臓内科で研修させていただきました。その節には疾患に対する考え方や治療戦略に

ついて指導いただき、非常に有意義な研修生活を送ることができました。

初期研修修了後は北九州市立八幡病院に勤務させていただいております。大学病院とは違った市中

病院の雰囲気に少々戸惑っておりますが、先輩の先生方の助けを借りながら何とかがんばっている

ところです。

諸先生方には何かとご迷惑をおかけすることも多いかと存じますが、ご指導、ご鞭撻の程、どうぞ

よろしくお願い申し上げます。

久 間 昭 寛

この度大学病院に配属されました久間昭寛です。今まで2年間の臨床研修

医を修了いたしまして4月から専門修練医となりました。私の地元が香川県

であるため、臨床研修は香川県立中央病院で働いておりました。そこは市中

病院のため common disease が多く、さらに、救命救急センターが付属してい

たため昼夜問わず重症患者・急患も多い病院でした。しかし、大学病院では

急患はそれほど多くはありませんが難しい症例が多く、今までのようにいか

ない場合も多くて一つ一つの症例を大事にするために日々の勉強が必要だと感じております。ここ

に来て早一ヶ月が経ちました。まだまだ慣れないことも多く戸惑っていることも少なくはありません

が、徐々に身に付けていきたいと考えております。臨床研修医時代は常に指導医との医療行為が原則

であったため、自分で完全に責任を持って行うのはこの4月からが初めてとなります。そのことに対

するプレッシャーが無いといえば嘘になるでしょう。今までとは立場が違うことを認識しなければと

感じております。今までと違い、専門分野を中心に学んでいくことになりますが、まずは循環器・腎

臓疾患の基本的なことを満遍なく習得したいと思っております。

松 尾 美 希

産業医科大学医学部医学科卒業後、熊本市立熊本市民病院で 2 年間の初期臨

床研修を経て、今年 4 月から専修医として産業医科大学第 2 内科へ入局させて

頂きました。

私は熊本県天草市で生まれ、高校までは熊本市内で育ちました。産業医科大

学では弓道部に所属し、6 年間の学生生活を楽しく思いきり満喫しました。

卒業後は地元で研修したいと以前から思っていたので、幅広い疾患を学ぶこと

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−6 − のできる市民病院を選びました。熊本市民病院では  年目を内科、外科、麻酔救急、 年目は産婦人科、 小児 NICU、地域医療、精神科をローテートし、残りの 5 ヶ月は自分の希望通りの自由選択科目を選択 することが出来ました。3 年目からは循環器腎臓内科を専門にするということで、ICU、放射線科、皮 膚科を選択し、循環器とは全く別の科で貴重な経験を積むことが出来ました。循環器、腎臓内科は全く の初心者で、大学へ戻ってきて電子カルテやカンファレンスでの先生方の議論している意味など、分か らない事が多く、ついていくのが精一杯の毎日です。しかしたくさんの先生方に御指導いただき、同期 達に支えられながら  ヶ月が過ぎ、ようやく毎日のペースが掴めてきたところです。今は循環器、腎臓 のどちらを専攻するのか決めていませんが、両方の疾患を勉強しながら、この産業医科大学で多くのこ とを勉強し、吸収させてもらおうと思っています。  これからも何かとご迷惑をおかけすることも多いかと存じますが、御指導御鞭撻の程、よろしくお願 い申し上げます。  

長谷川   潤 

 産業医大卒業後、日立製作所水戸総合病院にて初期研修を終え、循環器・腎臓 内科に入局しました長谷川潤と申します。  私は千葉県柏市で育ちましたが、親の実家が宗像でしたので福岡は縁のある土 地でよく遊びに来ておりました。高校では山岳部で自然の大きさを学び、大学で は硬式テニス部で仲間と真っ黒になっておりました。研修医となり、初めての臨 床現場に戸惑いながらもなんとか頑張っておりました。さまざまな疾患や患者さんと接するうちに、臨 床でやりがいのある科を選択しようと考え、3 年目から循環器・腎臓内科を選択しました。4 月から実 際に大学病院に戻り、医局員として働かせてもらっております。1ヵ月が経ちましたが、慣れないこと ばかりで周りの先生方には御迷惑をおかけしています。また専門的な研修は今回が初めてなので非常に 勉強になっております。大学は臨床のレベルが高く、たくさんの先生方がおられ、相談、勉強するのに 適していると感じています。これからさらに覚えることがたくさんあり、忙しいと思いますが、必死に なって努力していきたいと思います。今後ともよろしくお願いします。

大 江 学 治 

   初めまして、 年間の臨床研修を終え、昨年 4 月に産業医科大学第2内科に入 局させていただくこととなりました。私は、北九州市に生まれ、中学 ・ 高校は久 留米附設にて 6 年間寮生活を行いました。中学、高校時代はサッカーに汗を流し、  年間浪人し、平成  年広島大学医学部に入学いたしました。中学時代から親 元を離れて生活していたおかげで、 人暮らしの生活にはあまり困ることはあり ませんでしたが、九州を離れると、九州人の人柄や環境が恋しくなり始め、大学通学中から将来は九州 に帰ろうと決めていました。H7 年に医師国家試験に無事合格し、以前より救急に興味がありましたの で、地元である北九州市立八幡病院にて臨床研修を行うこととなりました。医師になったころは、外科、 小児科そして学生時代に最も苦手であった循環器内科、いずれかへの進路を考えておりました。

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 その中で、 年目の  月から 3 月にかけて研修を行った循環器科にて自分にとって大きな出会いがあ りました。産業医科大学出身の津田先生に出会い、ご指導頂き非常にかわいがっていただきました。津 田先生の働く姿に、医師としての理想像を重ね合わせるようになり、いつしか循環器の医師になろうと 思うようになりました。 年目にも選択で循環器科を 5 ヶ月研修し、この時期には尾辻教授にも、月に  回、エコーカンファレンスでご指導頂き、また  年間を通して多くの産業医科大学出身の循環器科の 先生にお世話になりました。そして、昨年 4 月に津田先生にご紹介いただき、産業医科大学第2内科へ 入局させていただきました。現在は私自身のわがままで、引き続き北九州市立八幡病院にて救急疾患を 中心に日々の診療を行っております。  今年は、救急疾患のみならず、心カテおよび心エコーの技術向上を目標に掲げ頑張っていこうと考え ております。皆さんには、今後大学、学会ならびにさまざまな場所でお世話になることと思いますので、 どうぞよろしくお願いいたします。

参照

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