W.J.グッゲンハイム『日本への爆撃機』とスイスの
「精神的国土防衛」
著者
曽田 長人
著者別名
SODA Takehito
雑誌名
東洋大学人間科学総合研究所紀要
号
15
ページ
51-69
発行年
2013-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00004209/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja東 洋 大 学 人 間科 学 総 合 研 究 所 紀 要 第15 号 (2013 ) 51-69
WJ. グ ッゲ ンハイ ム『日本への爆撃機 』と
スイスの「精神的国土防衛」
曽 田 長 人*
51 序ヴ ェ ル ナ ー ・ ヨ ハ ネ ス ・ グ ッ ゲ ン ハ イ ム (Werner Johannes Guggenheim 1895-1946 年 ) は 、20i(i:紀 に 活 躍 し た ス イ ス の 劇 作 家 ・ 翻 訳 家 で あ る 。 彼 は 約10 本 の 劇 を 残 し た が 、 そ の 多 く は 今 日 で は 忘 れ ら れ 、 ス イ ス に お い て も 演 劇 に 関 心 の あ る 人 を 除 け ば 、 彼 の 名 前 を 知 る 人 は 少 な い 。 む し ろ グ ッ ゲ ン
ハ イ ム の 名 前 は 、 フ ラ ン ス 語 圏 ス イ ス 出 身 の 作 家 シ ャ ル ル ・ フ ェ ル デ ィ ナ ン ト ・ ラ ミ ュ (CharlesFerdinand Ramuz ) の 作 品 を ド イ ツ 語 へ 翻 訳 し た1 翻 訳 家 と し て 、 今 日 ま で 残 っ て い る よ う で あ る 。 グ
ッ ゲ ン ハ イ ム が 残 し た 劇 の 中 で 日 本 と 関 係 し 、 ス イ ス に お い て 近 年 に 至 る ま で 半 世 紀 近 く 上 演 さ れ2 、 私 見 で は 未 だ に 現 代 性 を 失 っ て い な い 作 品 が 、『 日 本 へ の 爆 撃 機 』(Bomber fur Japan 1937 年 ) で あ る 。 こ の 作 品 は ス イ ス に あ る 架 空 の 航 空 機 メ ー カ ー で 作 ら れ た 戦 闘 爆 撃 機 の 、 日 本 へ の 輸 出 の 是 非 を め ぐ る 、 同 社 の 関 係 者 内 で の 確 執 を テ ー マ と し て い る 。 『 日 本 へ の 爆 撃 機 』 は 文 学 史 上 、「 時 事 劇 」(Zeitstiick) と 呼 ば れ る ジ ャ ン ル に 分 類 さ れ て い る3 。 「 時 事 劇 」 と は 同 時 代 の 出 来 事 を テ ー マ と し 、 観 衆 の 啓 蒙 と 挑 発 を 目 的 と し た 劇 の 総 称 で あ る 。 1920 年 代 の エ ル ン ス ト ・ ト ラ ー (Ernst Toller)『 ど っ こ い 、 お い ら は 生 き て い る 』 か ら40 年 代 の ヴ ォ ル フ ガ ン グ ・ ボ ル ヒ エ ル ト (Wolfgang Borchert )『 戸 口 の 外 』 を 経 て60 年 代 の ロ ル フ ・ ホ ッ ホ フ ー ト (Rolf Hochhuth )『イ戈理 人 』 等 の 作 品 に 至 る ま で 、 ド イ ツ 語 圏 の 舞 台 で 一 世 を 風 廃 し か o『 日 本 へ の 爆 撃 機 』 の 背 景 と な っ て い る 同 時 代 の 主 た る 出 来 事 と は 、1930 年 代 後 半 、 日 本 ・ ド イ ツ ・ イ タ リ ア と い う 枢 軸 国 が 世 界 各 地 で 繰 り 広 げ つ つ あ っ た 様 々 な 軍 事 行 動 で あ る 。 ス イ ス は こ う し た 世 界 の 動 き に 、 矛 盾 し た 対 応 を 取 ら ざ る を 得 な か っ た 。 つ ま り 一 方 で ス イ ス の 武 器 輸 出 額 は 、1935 年 の300 万 ス イ ス ープ ラ ン か ら1938 年 の4000 万 ス イ ス ・ フ ラ ン ( 以 下 フ ラ ン ) へ と 増 加 し た5 。 他 方1930 年 代 * 人 間 科 学 総 合 研 究 所 研 究 員 ・ 東 洋 大 学 経 済 学 部
1 La Gar^on Savoyard の 翻 訳 等 。 ラ ミ ュ の 肖 像 は ,200 ス イ ス ・ フ ラ ン 紙 幣 に 印 刷 さ れ て い る 。 2 詳 し く は ,「m. 受 容 」 を 参 照 。
3 Stern,Martin : Das schweizerische Zeitstuck 1933-1945. Notizen zu einer vergessenen Gattung, in : Kein einig Volk. Funf schweizeirische Zeitstiicke 1933-1945, hrsg.v.Ursula Kaser-Leisibach u. Martin Stem, S.511.
52 東 洋 大 学 人 間 科学 総 合研 究 所 紀 要 第15 号 (2013 )
の ス イ ス にお い て は 、 上 で 触 れ た ス イ ス 市民 階 級 に と っ て の 外 患 に 触 発 さ れ、「 精 神 的 国 土 防 衛 」 (Geistige Landes verteidigung) の必 要が 唱 えら れた 。「 精神 的 国 土 防 衛」 と は、 周 囲 をド イツ 、 イ タ リ ア等 の 大 国 に 囲 ま れた ス イ スに お い て 当 時 、 主張 さ れ た、「 ス イス の 特 性 を 強 調 し 、(左 右 の 一引 用 者 注 。 以 下 、 引 用 文 内 の カ ッ コ は 引 用 者 に よ る) 全 体 主 義 的 な 独 裁 政 権 に 対 し て 自 ら を 守 る 姿 勢 」6の 総 称 で あ り、 こ れ に は様 々 な変 種 が 存 在 し た 。『 日本 へ の 爆 撃 機 』 の 主 人 公 も作 品 の 中で 、 ス イ ス の 国 土 防衛 の 重 要 性 (S. 10. 以 下、 引 用 文 の 後 の カ ッコ 内 の ペ ー ジ数 は 、『日 本 へ の 爆撃 機 』7の 出 典 を 指 す )、「 ス イス に (中 略 ) 精 神 的 な 力以 外 の力 は ない 」(S. 55) こ と を訴 えて い る 。 ス イス の 「 精 神 的 国 土 防 衛 」 は 第 二 次 世 界大 戦後 、 東 西 冷 戦 の 終了 に至 る まで 、 ド グマ 的 な 色 彩 の 濃 い 反 共 産 主 義 とし て ス イ スの 一 種 の 国 是 と も な っ た。 し かし 『 日 本 へ の爆 撃 機 』 にお い て 描 か れ た 「 精神 的 国土 防 衛」 は、 こ れ と か な り異 な っ た 姿 を 示 し 、 独 自 の 問 題 性 を露 呈 し て い る よ う に思 わ れ る。 そ れ ゆ え 本 論 に お い て は 『 日 本 へ の 爆 撃 機 』 を 検 討 し 、 同 作 に 表 れ た ス イス の 「精 神 的 国 土 防 衛 」 の内 容 、 同 作 の 特 徴 、 意 義 に つ い て 考 察 す る 。 考 察 の 順 序 と し て 著 者 グ ッ ゲ ン ハ イ ム の 略 歴 (I )、『 日 本へ の爆 撃機 』 のあ らす じ (H )、受 容 (m ) を ま と め、 作 品 の分 析 (IV) を行 う 。 I 。 グ ッ ゲ ン ハ イ ム の 略 歴 グ ッゲ ンハ イ ムは1895 年 、 ス イ ス東 部 の 町 ザ ン クト ・ ガ レ ン に お い て 裕福 な ユ ダ ヤ系 工 場 主 の 長 男 と し て 生 ま れ た。 チ ュ ーリ ヒ 大 学 とロ ー ザ ン ヌ 大 学 にお い て ド イ ツ 文 学 を 修 め 、1919 年 に はロ ー ザ ンヌ 大 学 で 博 士 号 を 取 得 し て い る 。 博 士論 文 の テ ーマ は 、ド イ ツ 語 圏 とフ ラ ン ス語 圏 ス イス の意 志 疎 通 に努 め た ス イ ス の作 家 「 カ ール ・ シ ュピ ッ テ ラ ー の 世 界 観」 であ り 、 ス イ ス の愛 国者 とし て の 後 年 の グ ッ ゲ ン ハ イ ム の 姿 を 予 示 し てい る。 1920年 代 に は ベ ルリ ン にお い て 脚 本 家 とし て の 研 讃 を 積 み、 ブ ラ ウ ン シュ ヴ ァ イ ク、 ザ ン クト ・ ガ レ ン の 劇場 で舞 台 監 督 を 務 め た 。 1931年 か ら46 年 に か け ては ス イ ス劇 作 家 協 会 会長 とい う 要 職 に 就 い た 。 そ し て1930 年 代 に は 、 外 国 の 作 品 が上 演 さ れる こ と の多 かっ か ス イ ス の劇 場 で 、 ス イ ス人 作 家 や ス イス ・ド イツ 語 に よ る 作 品 の 上 演 へ向 け て力 を尽 く し てい る 。1934 年以 降 は 翻訳 に も携 わり 、 先 に 触 れ た ラ ミュ 、 フ ラ ン ソ ワ ・ モ ー リ ヤ ッ ク (FraiifoisMauriac ) 等 に よ る フ ラ ン ス 語 の 作 品 を ド イ ツ 語 へ 翻 訳 し て い る。 1937年12 月 に は 、 本 論 文 が 取 り 扱 う 『 日 本へ の爆 撃 機 』が 成 立 し た 。 同 年 ナ チ ス ・ド イツ の 人 種 理 論 を 批 判 す る 『 人 間 へ の教 育 』 が 完 成 す る が 、 上 演 を引 き受 け る 劇 場 が 見 つ か ら ず 、 同 作 の 初 演 は ナ チ ス ・ド イ ツ の敗 色 の 濃 い1944 年11 月 へ 持 ち 越 さ れ た 。 1946年 に は ス イ ス ・ シ ラ ー 財 団 賞 を 受 賞 し 、 同 年 ベ ル ン で 亡 く な っ て い る。 5 6
Anhang ・Werner Johannes Guggenheim (1895-1946 ), in ; a.a.O.,S.471.
Mattioli, Aram : Zwischen Demokratie und totalitarer Diktatur. Gonzague de Reynold und die Tradition der autoritaren Rechten in der Schweiz, Zurich 1994, S.241.
曽 田:W.J. グ ッゲ ン ハ イ ム 『 日 本 へ の 爆 撃 機 』 と ス イス の 「 精 神 的 国土 防衛 」 53 n. 『 日 本 へ の 爆 撃 機 』 の 内 容 本 章 に お い ては 、 上 で 触 れた 「 時 事 劇」 とい う 性 格 を 考 慮 し、 時 代 背 景 を補 足 し な が ら 同 作 の あ ら す じ を 述 べ る 。『日 本 へ の 爆 撃 機 』 は1937 年10 月 、 ス イス のあ る 産業 都 市 が 舞 台 と な り 、 全5 幕 か ら な る 。 台 本 は チ ュ ー リ ヒ の オブ レ ヒ ト 出 版 社 か ら1938 年 に刊 行 さ れ た 。 同 社 は 、ド イツ か ら ス イ ス へ亡 命 し た 作 家 の 作 品 を 数多 く 出版 し たこ とで 有 名で あ っ た。 『 日 本 へ の爆 撃 機 』 の主 な 登 場 人 物 は 、 以 下 の と お り で あ る。 カ ー ル ・ ゲ オ ル ク・ ナ スト 大 佐 (以 下 カ ー ル ) は60 歳 過 ぎ で 、 ヴ ェヒ ター & ナ ス ト 発動 機 一飛 行 機 製 造 株 式 会 社 (以 下 ナ スト 社 ) の 経 営 委 員 長 を 務 め る 。 ア ン ナ・ ヴェ ヒ タ ー= ナ ス ト ( 以 下 ア ン ナ ) は カ ー ル の 妹 、 ゲ オ ル ク ・ ヴ ェ ヒ タ ー ( 以 下 ゲ オ ル ク 、26 歳 位 ) は ア ン ナ の 息 子 で ナ スト 社 の 社 長 の任 に 就 い て い る 。 マ ル グリ ッ ト ・ ヴェ ヒ タ ー (以 下 、愛 称 で グリ ッド ) は ア ン ナの 娘 つ まり ゲ オ ル クの妹 、 フ リ ード リ ヒ ・ ホ ル ン 法 学 博 士 (以 下 ホ ル ン ) は弁 護 士 か つ グ リ ッ ド の 婚 約 者 で あ る 。 エ ルン スト ・ ペ ラ ン (以 下 ペ ラ ン ) は 財 政 銀 行 の 社長 、 ハ イ ジ・ ゲ ルバ ー( 以 下 ハ イジ ) は ゲ オ ル クの 秘 書 を 務 め 、 彼 の恋 人で あ る 。 ナ ス ト 社 で 働 くプ フ ァ イフ ァ ー、 エ ル フ と い う2 人 の 労 働 者 も登 場 す る。 ナス ト 社 は、 ア ン ナの 亡 き夫 オ スカ ー ・ ヴェ ヒ ター お よ び 彼 女 の兄 カ ー ル ・ ナ スト が 設 立 し た 同 族 経 営 の 会社 で あ り、 長 老 株 の カー ル を 筆 頭 に 彼 の妹 の ア ン ナ 、 甥 の ゲ オ ル ク、 姪 の グリ ッド 、 さ ら に 一 族 外 の 経 営 コ ンサ ル タン ト と し てペ ラ ン とい う 計5 名 が 同 社 の 経営 委 員 会 に加 わっ て い る 。 第1 幕 は ナス ト 社 、 管 理 棟 の 会 議 室 が舞 台。 ナ スト 社 の 経営 委 員 が 、委 員 会が 開 か れる た め 会 議 室 に 集 ま っ て い る 。 議 題 に 入 る 前 、 ギ ャ ン グ に讐 え ら れ た 日 本 、ド イ ツ、 イ タリ ア、 ソ 連 が 世 界 を 混 乱 に 陥 れ てい る こ と 、 彼 ら の 計 略 か ら逃 れる ため に は 細心 の注 意が 必 要で あ る こ と等 が 話 題 と な る 。 こ う し た 発 言 の 時 代 背 景 と し て 、 以 下 の 出 来 事 が 特 筆 さ れ る。 1935年 に ヒ ト ラ ー は 再 軍 備 を 開 始 し 、 翌 年 に は ラ イ ン ラ ン ト に ド イ ツ軍 を進 駐 さ せ 、 戦 間期 の平 和 を保 証 し たロ カ ル ノ条 約 に 無 効 宣 言 を 下 し か。 ほ ぼ 同 じ 時 期 、 イ タリ ア のエ チ オピ ア侵 攻 (1935-36 年 )、 ス ペ イ ン内 戦(1936-39 年 )等 が 起 き、 国 際 的 な 安 全 保 障 が 失 わ れ た。 アジ ア に お い て は 盧 溝 橋 事 件 が1937 年7 月 に 勃 発 し 、 正 式 の 宣 戦 布 告 な し に 戦 火 は 中 国 各地 へ と広 が り つ つ あ っ た 。 会議 の 議 題 は 、 ナ スト 社 が 新 た に 開 発 し た 戦 闘 爆 撃 機WN7 、25 機 の 日 本 政 府 へ の 納 入 の 是 非 に つ い て 。 納 入 に カ ー ル と ペ ラ ン は賛 成、 ゲ オ ル ク は 反 対 し て い る。 ゲ オ ル ク が 納 入 に 反 対 す る 理 由 は 、WN7 を ス イ ス の 国土 防 衛 の ため に開 発 し た、 とい う 点 に留 まら な い 。 日 本 の よ う な国 に現 在 の時 点 で飛 行 機 を 納 入 す る こ と は、 私 の 信 念 と矛 盾 し ま す 。( 中 略 ) 恥知 ら ず の 奇襲 を行 い 、 法外 で 抑 制 の 効 か な い 侵 略 政 策 に よ っ て 世 界 の 平 和 を 脅 か し、 英 米 、 さ ら に 私 たち の全 西 側 の文 明 ・ 文 化 に と っ て 危 険 と な る 国( 日 本 ) が 問 題 とな っ てい ま す 。( 中略 ) と い う わけ で 、 私 は こ の契 約 を 結 び 、 日 本 と い う 国 へ 航 空 機 を 納 入 す る こ と を拒 否 し ます 。 た と え 私 た ち の 会社 が そ れ によ っ て 経 済 的 な 損失 を 蒙 る 危 険 を 冒 し て も で す 。(S.IO f. )
54 東 洋 大 学 人 間 科 学 総 合 研 究 所 紀 要 第15 号 (2013 ) 1937 年8 月 、 第二 次 上 海 事 変 が 勃 発 し 、 日 本 海 軍 は 同 月 、 九 州 の 基 地 か ら 南京 へ の 渡 洋 爆 撃 を 開 始 し た 。 日 本 海 軍 の 記 録 に よ れ ば12 月13 日 の 南 京 占 領 にい た る まで 、50 数 回 の 空 襲 が 行 わ れ 、 参 加 延 機 数 は900 余 機 、投 下 爆 弾 は 数 百 ト ン に及 ん だ。 南 京 市 長 馬 超 俊 の 報 告 に よ れ ば、8 月15 日 か ら2 ヵ 月 の 間 、 市 民392 人 が 死 亡 、438 人が 負 傷 、 破 壊 さ れ た 家 屋 はお よ そ700 ∼800 戸 に 及 ん だ8 。 こ れは 交 戦 国 住 民 の 戦 意 喪 失 を 狙 う 、 第 二 次 世 界大 戦 中 に枢 軸 国 、 連合 国 を問 わず 大 規 模 に 行 わ れ る 戦 略 爆 撃 の 先 駆 け で あ っ た 。 中 国 兵 を 匿 う 嫌 疑 を受 け た イ ギリ ス や ア メリ カ の砲 艦 も、 日 本 海 軍 に よ る 空 襲 の 被 害 を 受 け た 。 そ の 結 果 、 欧 米 の多 く の 国 にお い て対 日感 情 は悪 化 し た。 ジ ュ ネ ーブ で 開 か れ た国 際 連 盟 総 会 は1937 年9 月 イ ギリ ス の 提 案 を 容 れ、 日 本 の 中 国 都 市爆 撃 非 難 決 議 を採 択 し た 。 し かし 制 裁 の 実 効 を 伴 わ なか っ た こ と もあ り 、 日 本 海 軍 は 爆撃 を 継 続 し た。 ス イ スで 第二 次 上 海 事 変 の経 緯 に関 し て は、 国 際 面 の 報 道 に つ い て 定 評 のあ る 『新 チ ュ ー リ ヒ 新 聞 』(Neue Zurcher Zeitung) にお い て 連 日 、 スペ イ ン内 戦 の 経 過 と 並 んで 詳 し く 報 道 さ れ てい た9。 上 で 引 用 し た ゲ オ ル ク に よ る 日 本批 判 は、 グ ッゲ ンハ イ ムが 触 れて い た で あ ろ う ス イ ス の 大 メ デ ィ ア の 報 道 が 情 報 源 と なっ て い た こ とが 推 測 さ れる 。 ゲ オ ル ク の主 張 に対 し てペ ラ ン は、 会 社 の 経 営 は 経 済 的 な 原 則 に 則 っ て 行 わ れ る べ きで あ り、 人 倫 的 な根 本条 項 を 適用 す べ きで は ない と 説 く 。 さ ら に 今 回 の 大 量 受 注 を 引 き受 け れ ば 会 社 の 株価 や外 部 の 信 用 が 上 が り 、 逆 に 大 量 受 注 を 断 れ ば 第三 者 に訂 し く 思 わ れ る こ と を 警 告 す る。 し か し ゲ オ ル ク は 、 ス イス の 連 邦 軍 務 省 か らWN7 を購 入 す る 確 認 を取 っ た の で 、 日 本 へ 同 機 を 売 る 必 要 は な い と い う。 こ れ に対 し て カ ー ル は 、 ス イ ス政 府 へ 売 る こ と が で きるWN7 は せ い ぜ い10 機 程 度 で あ り 、今 回 の 受 注 は 労 働 者 に 仕 事 を 与 え 、 景気 は 世界 恐 慌 後 、 回 復 気 運 で は あ る が ま だ危 険 が あ る の で 、 稼 げ る 時 に稼 ぐべ き で あ る とい う 。 し か し ゲ オ ル ク は 、「 秩 序 、 品 行 方 正 、 清 廉 」(S.17 ) と い う 根 本 条 項 に 従 う べ き こ と を 主 張 し 、 母 の ア ン ナ に次 の よう に語 り か け る 。 そ こ に は 、 宣 戦 布 告 な し に 隣 国 を 奇 襲 する ( 日 本 とい 引 国 があ り ま す。 こ の国 は 、 厳 粛 に 押 印 さ れ、 誓 約 を 立 て ら れた 条 約 や 協 定 を 破 り ます 。 隣国 へ 奇襲 を かけ 、こ の 隣国 に対 し て 容 赦 な く 粗 野 で 残 酷 な 殲 滅 戦 争 を 行 い 、 軍 隊 や 武 装 し た敵 に対 し てで は な く 、無 防 備で 保護 を欠 い た 大 都 市 に対 し て ーこ の町 で は 何 千 人 もが 犠 牲 者 と し て 虐 殺 さ れ る の で す が ー 、 無 防 備で 武 器 を持 た な い 保 護 を 奪 わ れ た 住 民 に 対 し て 、 毒 ガ ス や 恐 る べ き爆 弾 を 用 い た 戦 争 を 行 う の で す 。 こ の 戦 争 は、 そ の卑 劣 さ に よっ て 世界 の 良 心 を 挑 発 し ま す。 お 母 さ ん 、 私 た ち が 日 本 人 に引 き 渡す 戦 闘 爆 撃 機 が 何 の た め に 使 わ れる の か知 っ て い ます か、 あ な た は 子 供 殺 し の 共 犯 者 に な り たい の で す か ?(S.18 ) 8 9 笠 原 十 九 司 『南 京 事 件 』(岩 波 新 書 、1998 年 )pp. 40-41.
曽 田:W.J. グ ッ ゲ ン ハ イ ム「 日 本 へ の 爆 撃 機 」 と ス イス の 「 精 神 的 国 土 防 衛」 55 ナ ス ト 社 が 開 発 し たWN7 は、「 い わ ゆ る急 降 下爆 撃 機」(Sturzbomber, S. 10) であ る と もい わ れ て い る 。 上 の引 用 で ゲ オ ル ク が 語 る よ う に、 確 か に 日 本 海 軍 は、 通 常 の爆 撃 機 で あ る96 式 陸 攻 に 加 え て 、 戦 闘爆 撃 機 の96 式 艦 攻 や 急 降 下 爆撃 機 の96 式 艦 爆 に よ る 攻 撃 を 当 時 、 中 国 に対 し て 行 い 、 南 京 にお い て 日 本 軍 は毒 ガ ス弾 を投 下 す る とい う 情 報 が 流 れ て い た10。 し かし 上 の 台 詞 を1930 年 代 末 期 に 聴 い た注 意深 い 観衆 は、 作 者 の分 身 た る ゲ オル クが 批 判 の対 象 と し た 国 が 果 た し て 日本 だ け なの か 、 疑 い を 抱 い たこ とが 想 像 さ れる 。 なぜ な ら 毒 ガ ス を 用い た 戦 争 を 実 際 に行 っ た の はエ チ オピ ア 侵 攻 に お け る イ タリ ア 軍 (1935 年12 月 ∼1936 年3 月 )"で あ り、[ 戦 闘 爆 撃 機](Kampfflugzeug ) や 急 降 下 爆 撃 機 に よっ て 「 恐 る べ き爆 弾 を 用い た 戦争 」 を 行 っ た の は 日 本 軍 の み な らず 、 スペ イン 内 戦 の 際 フ ラ ン コ 側 を 支 援 し た ド イ ツの コ ン ド ル 軍 団 であ っ た か ら であ る。 後 者 につ い て 、 ド イツ の 戦 闘 爆 撃 機 ド ル ニ エDo 17 や 急 降 下 爆撃 機ヘ ン シェ ルHs 123 が実 戦 に投 入 さ れ た12。 作 中 で は す で に上 の 台 詞 に 先 ん じ て ヒ ト ラ ー が ペ ラ ン と カ ー ル の 友 人 で あ る こ と が 語 ら れ (S.8f. )、 ナ ス ト 社 が ナ チ ス ・ ド イツ と深 い 関 わ り を 持 つ こ と が 示 唆 さ れ てい た 。 1987年 ルツ ェ ル ン 市 立 劇 場 に おい て 『日 本 へ の 爆 撃 機 』 が上 演 さ れ た時 、 グ ッ ゲ ン ハ イ ム の妻 で 女 優 で あ っ た ウ ル ス ラ ・ フ ォ ン ・ ヴ ィ ー ゼ (Ursula von Wiese) へ の イ ン タビ ュ ー が 行 わ れ た 。 彼 女 は こ の イ ン タ ビ ュ ー の 中 で 、 グ ッ ゲ ン ハ イ ム が 作 中 の 日 本 に よ っ て ド イ ツ を 意 味 し た こ と は 、 観 衆 に よ っ て 理 解 さ れ た 、 と 語 っ てい る13。 こ う し て グ ッ ゲ ン ハ イ ム は 日 本 の姿 を借 りて 、 ス イ ス に よる 非 人 道 的 な国 一 般 、 特 に イ タ リ ア 、 ド イ ツ も 含 め た当 時 の 枢 軸 国14へ の武 器 輸 出 を 批 判 し て い た と 考 え る こ と が で き る。 ス イ ス に お い て は1930 年 代 の後 半 、武 器 輸 出 に まつ わ る 様 々 な ス キ ャ ン ダ ルが 明 ら か と な り、 民 間 の 軍 需 企業 へ の 統 制 を め ぐ る 国民 イニ シ ア テ ィ ブ 案 が 発 議 さ れ る 等 、 武 器 輸 出 の 問 題 は世 論 の 大 き な 関 心 を 惹 い て い たち さ てペ ラ ン は 、「 国 際 的 な 広 が り の 中 で 世 界全 体 が ボ イ コ ット を行 う の であ れ ば、( ゲ オ ル ク の 考 え は) たい へ ん当 を得 た や り方 で す ね。 し か し こ こ は 世 界 議 会 で は なく 、 私 た ち は 世 界 の 良心 の代 表 者 で もあ り ませ ん。 世 界 の良 心 なぞ 想 像 の産 物 に 過 ぎ ませ ん。 私 た ち の 会 社 が ( 日 本 と )契 約 を 結 ば な け れ ば、 他 の 会 社が 喜 んで (日 本 と) 契 約 を 結 び ます よ 」(S.18 f. ) と警 告 す る。 自 ら の道 徳的 な確 信 を披 歴 し かゲ オ ル クの 熱 弁 に 圧 倒 さ れ 、 ア ン ナ と グリ ッ ド も 日 本 へ の爆 撃 機 の 納 入 に反 対 す る 。 経 営 委 員 会 は3 対2 で 日 本 へ の 爆 撃 機 の 販 売 を 否 決 す る 。 ペ ラ ン は 悔 し が り 、 カ ー 10 笠 原 十 九 司 『 日 中 全 面 戦 争 と 海 軍 パ ナ イ号 事 件 の 真 相 』(青 木 書 店 ,1997 年 )p. 83.毒 ガ ス 弾 の 投 下 は , 実 際 に は行 わ れ な かっ た。 11 Anhang, a.a.O.,S.472. 12 も っ と も 歴 史 学 的 に 確 か な こ と をい う た め に は, 上 で 触 れ た飛 行 機 の 種 類 が ス イ ス の メ デ ィ アで 報 道 さ れ てい た か , グ ッ ゲ ンハ イ ムが こ う し た情 報 に触 れて い た か , 検 証 が 必 要 で は あ る 。
13 Gesprach mit Ursula von Wiese im Programmheft der Spielzeit 87/88, Nr.7 des Stadttheaters Luzem, S.6. 14 s. Anhang, a.a.O・,S.472. 1937年11 月 には , 日 独 伊 防 共 協 定 が 締 結 さ れ た 。
56 東 洋 大 学 人 間 科 学 総 合研 究所 紀 要 第15 号 (2013 ) ル も会 議 の 結果 に 納 得 し ない 。 会 議 の終 了 後 、 書 記 の ハ イジ は ゲ オル クの と こ ろ へ や っ て 来 て、 こ れ か ら も 続 く であ ろ う 戦い へ向 け て 彼を 励 ます 。 そ し て 「 私 た ち の 経 済 の あ り 方 が 、 そ の 内 的 な 合 法 則 性 に よっ て 、 人 間 的 なあ り 方 と容 赦な く矛 盾 す る 」(S.23 ) こ と を 示 唆 す る 。 第2 幕 は 、ペ ラ ン が 務 め る財 政 銀 行 の執 行 部 事 務 室 が 舞 台 と な る 。 彼 は 電 話 で 世 界 中 の 株 相場 に 関 す る 情 報 を 得、 株 の 売買 につ い て指 示 を下 し て い る 。 そ こ ヘ ボ ルン が 登 場 。 ペ ラ ン が ナ スト 社 の 株 は 有 望 であ る と勧 め た た め 、 ホ ル ン が同 社 の株 を買 っ て い た こ と が 明 ら か に さ れ る 。 二 人 の 間 で の 株 相 場 につ い て の 会話 。 会話 の 最 中、 電 話 で 同 社 の 株 価 が 下 が っ た と い う 情 報 が 入 る 。 同 社 の 株 価 が 今 後 もなお 下落 す るこ と が予 想 さ れる ため 、 ペ ラン は 手 遅 れ に な ら な い う ち に 、 ナ ス ト 社 の 株 を 売 り に出 す こ と を ホ ル ン に助 言 す る。 株価 が下 が り つ つ あ る 理 由 と し て 、 ナス ト 社 が 日 本 か ら の 戦 闘 爆 撃 機 の 発 注 を 断 る 決断 を下 し か点 を 挙げ る 。 ペ ラ ンは 、 株 価 の 下 落 を 防 ぐ た め の買 い 支 え は 功 を 奏 さ ず 、 資 本 が有 効 に使 わ れ ない 会 社 は負 け る と語 り 、 ゲ オ ル クの 道 徳 的 な 潔 癖 さ を 評 価 し つ つ も、 彼 が 経 済 に 疎い こ と を批 判 する 。 そ の場 ヘ グリ ット が 現 れる 。 ペ ラ ン は 、 グ リ ッ ド が 婚 約 者 の ホ ル ン を 救い た い 気 持 ち を見 透 か し、 彼 女 が ゲ オ ル ク と相 談 し 、 彼 に 翻 意 を 迫 る よ う 促 す 。 そ の 結 果 ゲ オル ク が 意 見 を 変 え 、 日本 へ の 爆撃 機 の 納 入 に同 意す れば 、 株 価 が 上 が る だ ろ う とい う 。 ホル ン も、 中 国 人 よ り む し ろ 身 近 にい る彼 を 救 う べ きで あ る と グリ ッド を 説 得 す る 。 彼 女 は 兄 ゲ オ ル クへ の 愛 情 と 婚 約 者 ホ ル ン へ の 愛 情 と の 間 で引 き裂 か れ 、当 惑 す る 。 第3 幕 の舞 台 は、 ヴェ ヒ タ ー家 の別 荘 にお け る ゲ オ ルク の 個 人 事 務 所 で あ る 。 ゲ オル ク は 、 ナ ス ト 社 の 異 変 を 嗅 ぎ 付け た 『 新 ス イ ス・ ポ スト 新 聞 』 の 記 者 か ら の イ ン タビ ュ ーに 電 話 で 応 対 し て い る 。 グ リ ッ ド が 来訪 。 彼 女 は ゲ オ ル ク に、 先 日 の経 営 委 員 会 で の 考 え を 変 えら れな い か 彼 に 尋 ね 、 そ の 理 由 と し て 、 ホ ル ン が ペ ラ ン に勧 め ら れ1 株600 フ ラ ン の ナス ト 社 の株 を大 量 に 買 い 入 れ、 そ の た め に 払 っ た 資 金 の多 く を ペ ラ ン に借 り てい る 点 を挙 げ る 。 投 機 を 好 まな い ゲ オ ル クは 投 機 に 関 す る 話 題 に 耐 え ら れ ず 、 ホ ル ン が 株 を買 っ た動 機 が 「 労 働 や 労 苦 な し に 金 を 得 よ う と思 っ た」(S.37 )点 にあ っ た の で は ない か と詮 索 す る。 こ れ に対 して グリ ッド は 、 ホル ンは 裕福 な彼 女 に 経 済 的 に 依 存 す る こ と を 嫌 っ た た め 株 に 手 を 出 し た の だ ろう と、 ホ ル ンの こ と を 弁 護 す る 。 さて グリ ッド は 、 日 本 へ の 爆 撃 機 の 輸 出 に つい て ゲ オル クに 翻 意 を迫 る が 、ゲ オ ル クは 自 分 の意 見 を変 える 必 要は ない こ と、 逆 に グ リ ッ ド が 経 営 委 員 会 の 場 で 、 自 分 の 意 見 に確 信 が な かっ たに も か か わ らず ゲ オ ル ク の側 に与 し た こ と を 非 難 し、 株 価 下 落 の黒 幕 が ペ ラ ン で あ る こ と を 示 唆 す る 。 直 後 の ゲ オ ル ク と 銀 行 家 ヴ ュ ル フ リ ン ガ ーと の 会 話 で は 、 ペ ラ ン が ナ スト 社 の株 を1 株380 フ ラ ンで 売 り に出 し たこ とが 明 ら か に なる 。 ヴュ ルフ リ ン ガ ー と 入 れ違い に 、 ナ スト 社で 働 く労 働 者 のプ フ ァ イ フ ァ ー とエ ルフ が ゲ オ ル クの 所 へ 来 訪 。2 人 は 、 カ ー ル が 彼 ら を労 働 者 の代 表 とし て ゲ オ ル ク の下 へ、 日 本 と の 契 約 破棄 に 抗 議 す る ため 寄 越 し た と い う 。2 人 は、 労 働 者 に とっ ては 雇 用 が 大 事 で あ り、 も し も 日 本 と の 契 約 を 破 棄 す れ ば 、 労 働 者 が 解 雇 さ れる 危 険 があ る と 訴 え る。 こ れ に対 して ゲ オ ル ク は 「 目 下 す ぐ さ ま 雇用 が 減る こ と を恐 れる よう な 状 況 に は 見 え ま せ ん。( 中 略 ) 私 は 現 在 の雇 用 を 保 つ よ う 最 大 限 努 力 す る と約 束 し ます 」(S.47 ) と 答 え 、 ベ ルン の 連 邦 軍 務 省 が ナ ス ト 社 の飛 行 機 を 発 注 す る 見 通 し を 述 べ る 。 し か し
曽 田:W.J. グ ッ ゲ ンハ イム 「 日 本 へ の 爆 撃 機 」 と ス イス の 「 精 神 的 国 土 防 衛」 57 古 参 の 労働 者 プ フ ァ イ フ ァ ー は ゲ オ ル ク の事 務 所 の 豪 華 な調 度 を 見 渡 し 、 彼 が 財 産 家で あ る こ と を 指 摘 し、 俸 給 の 低 下 が 労 働 者 に とっ て何 を意 味 す る か ゲ オ ル ク に わ かる は ず が な い とい う。 ゲ オ ル ク は 労 働 者 の心 配 事 を 十 分 、 気 に かけ てい る と語 り 、 むし ろ ゲ オ ル ク の決 定 が 労 働 組 合員 か つ社 会民 主 主 義 者で あ る プ フ ァイ フ ァ ー の 確信 と矛 盾し な い こ と を納 得 させ よう と す る 。 さ ら に ゲ オ ル ク はプ フ ァ イ フ ァ ー に対 し て 、 前 に ホ ル ン が グリ ッド を 説 得 し た の とは 逆 の 論 法 で 、 プ フ ァイ フ ァ ー と 同様 の 境 遇 にあ る 中 国 人 の 労 働 者 が 、 彼 が 製造 に加 わっ た 戦 闘爆 撃 機 に よっ て 殺 さ れて 構 わない の か、 と 問い かけ る 。 プ フ ァ イ フ ァー は 、 ゲ オル ク が メ ッ セ ージ を 誤 っ た相 手 に 送っ て い る と 反 論 し 、 責 任 があ る の は 彼 で は な く 資 本 主 義 の 体系 全 体 であ 名 とい う 。 し かし ゲ オ ル ク は、 プ フ ァ イフ ァ ーの よ う に責 任 を 非 人 格 的 な 体系 へ と 転 移 す る の は 安易 であ る と考 え る 。 他 方 ゲ オ ル クが 兵 役 を 共 に し た 若い 労働 者 のエ ル フ は 、 労 働 者 は ゲ オル ク の 意 見 に 納 得 す る だ ろ う と 語 り、 ゲ オ ル ク が 労 働 者 を 啓 蒙 す べ きこ と を 説 く。 エ ル フ と プ フ ァイ フ ァ ーが 退 場 し た 後 、 ハ イジ が 登 場 。 彼 女 は ゲ オ ル ク に 、「 あ な た ( ゲ オ ル 列 は 自 分 が 属 す る 社 会層 の 中 で ど ん な に 孤 立 し て い る の か、 全 く わ か っ て い な い と 思 う わ」(S.55 ) と 警 告 し 、 一 人 一 人 の 人 間 は形 式 に対 し て無 力 で あ る とい う。 し かし ゲ オ ル クは 、 外 的 な 形式 は そ れ ほ ど 重 要 で は な く、 形 式 の中 で働 く 精 神 こ そ 問 題 で あ る と 主 張 し 、 人 間 が 決 定 の 自 由 を 持 て ば 孤 立 せ ず 、 誠 実 な 人 間 は誰 で も自 分 の味 方で あ る と思 えば 、 何 も怖 がる こ とは な い とい う 。 そ し て 労 働 者 の 所 へ 行 き、 彼 ら の 礼 儀 や 清 潔 さ へ の感 情、 万 人が 生 ま れつ き持 つ 正 義 の感 情 を 強 め たい と 語 る 。 第4 幕 で は ナ スト 社 の 管 理 棟 、 カ ー ル・ ナ スト 大 佐 の 事 務所 が 舞 台 。 ハ イジ が 来 訪 。 カ ー ルは 、 ゲ オ ル ク が 労 働 者 を 味 方 に つ け 、 危 険 な 戦い へ 乗 り出 そ う と し てい る こ と を察 知 し 、 ゲ オ ルク の 婚 約 者 であ り 将 来 ヴ ェ ヒ ター ・ ナ スト 家 の 一員 と なる 予 定 の ハ イ ジ が 、彼 を 旅行 に連 れ出 し 、 彼 が 正 気 を 取 り戻 す よ う 働 きか け る よ う 頼 む 。 し か し ハ イジ はそ の 願い を 断 り 、 カ ー ル は失 望 す る 。 ハ イ ジ と 入 れ違 い に ペ ラ ンが 来 訪。『 新 ス イ ス ・ ポ ス ト 』 新 聞 の 朝 刊 に 、 ナ ス ト 社 内 で の 不 和 が 報 じ ら れ てい る こ とを 告 げ る 。 カ ー ル の 驚愕 。 カ ー ル は 、 ベ ラ ン が 株価 の下 落 作 戦を やり 過 ぎた こ とを 咎 め る 。 ペ ラ ンは 、 同 社 の 株 価 が ます ま す 下 が り 、 こ の ま ま だ と取 り返 し のつ かな い 損 失 が 生 じ る こ と を 危 惧 す る 。 そ れ ゆえ 『新 ス イ ス ・ ポ スト 』 新 聞 の夕 刊 に 、 朝刊 の 報道 を きっ ぱ り否 定 す る 記 事 を 掲 載 す べ き で あ る と 主 張 す る 。 さ ら に カ ー ル の ゲ オ ル ク に 対 す る 態 度 が 軟 弱 で あ る こ と に 業 を 煮 や し 、 弁 護 士 と相 談 し 、 民 法 の 中 に 「 精 神 疾患 を 病 み 、 他 人 の 助け を必 要 と し 、 本 人 や家 族 を 財 政 的 な 危 険 に 曝 す 人 は 、 後 見 人 の管 理 下 に 置 か れ ね ば な ら ない 」 と い う 内容 の 規 定 を 見つ け たこ と を語 る 。 ペ ラ ン に よ れば 、 ゲ オ ル クの 行 為 能力 ぱ 損 な わ れ て お り 、 精 神 病 の 規 定 は 拡大 解 釈 で きる とい う 。 アン ナ とゲ オ ル クが そ の場 に加 わる 。 カ ー ル とペ ラ ン は 改 め て 、 ナ ス ト 社 を 取 り 巻 く状 況 が深 刻 で あ る と 語 り 、 ゲ オ ル クが 独 立 し て 自 ら の 理 念 の た め に 生 きら れる よ う に す べ きこ と 、 日 本へ の爆 撃 機 の 納 入 で 得 た 金 を払 う ので 、 彼 が 経 営 か ら 退 く べ きこ と を 勧 告 す る 。 こ れ に 対 し て ゲ オ ル ク は 、 ペ ラ ン に よる 株 価 を 下落 させ る 作 戦 を 明 ら か に す る と 脅 す 。 ゲ オ ル クは 、 母 と 妹 が 近 しい 人 ( ア ン ナ の場
58 東 洋 大学 人 間科 学 総 合 研 究 所 紀 要 第15 号 (2013 ) 合 は ゲ オル ク 、 グリ ッ ド の 場 合 は ホ ル ン ) の 将来 を 心 配 し 、 穏 健 な解 決を 模 索 す る の を 前 に し て 、 彼 女 ら が 世 界 の不 公 正 へ の 義 憤 か ら で は な く ゲ オ ル クへ 味 方 し たこ とを なじ る 。 そ し て 、 た と え 母 と妹 が 反対 し て も 、 彼 が 尽力 す るこ と は 彼 の幸 せ や 人生 より も重 要で あ る こ と 、 労 働 者 を 味 方 につ け て 抵 抗 す る 思い つ き を 語 る。 議論 は紛 糾 し 、ペ ラ ンは つ い に ゲ オ ル ク に禁 治 産 宣 告 を 下 す 考 え 、 ゲ オ ル ク の 祖 母 が 精神 病 で亡 く なっ た とい う 調 査 結 果 を 口 に す る 。 ゲ オル クは 、 そ れを 天 才 的 な思 い つ き で あ る と評 する 。 ペ ラ ン は、 ゲ オ ル ク の言 行 が 狂 っ て お り 、 普 通 で は な い と 弾 劾 す る と 、 ゲ オ ル ク は 逆 に 普 通 の 人ペ ラ ンこ そ 犯 罪 者 の共 犯 で あ る こ と を 指 摘 す る。 ア ン ナ は 、 諸 関 係 や 体系 は我 々 の善 意 よ り も 強い とゲ オ ル ク を諭 す 。 ペ ラ ンは ゲ オ ル クの 法 外 な 傲慢 さ を な じ り 、 彼 が 理 性 を 持つ よ う に迫 る 。 最終 幕 で あ る 第5 幕 の舞 台 は 、 第3 幕 と 同 様 ヴ ェ ヒ タ ー 家 の 別 荘 に お け る ゲ オ ル ク の個 人事 務 所 で あ る。 第5 幕 は2 場 から なる 。 第1 場 に お い て は 、 ゲ オル クが 聖 書 の よ う な 本 の 読 書 に 耽 っ てい る と 、 ア ン ナ が彼 を慰 め に く る 。 彼 女 は 、 彼 女 と グリ ッド が 彼 を 心 配 す る あ ま り カ ー ル とペ ラ ン の 側 へ 意 見 を 変 え たこ とを 語 り 、 カ ー ル とペ ラ ン は 禁 治 産 宣 告 の 件 で 覚 悟 が で き てい る ので 、 こ れ以 上 、 彼 ら に 戦い を挑 ま ない よう ゲ オ ル ク を諌 め る 。 ゲ オル クは 彼 女 ら が 意 見 を 変 え たこ と を批 判 し 、 次 の よ う に 主 張す る。 私 た ち の 国 ( ス イス ) は小 さい 。 ス イ ス に 人倫 的 、 精 神 的 な力 以 外 の力 は な く、 正 義 以 上 に 強 い 武 器 は あ り ませ ん。 また もや 私 か ほ と ん ど や や大 げ さ に話 すこ と を 許し て く ださ い 。 ご 覧 く だ さ い 。 私 た ち の 山 か ら 大 き な 川 が ヨ ーロ ッ パ中 へ 流 れ ます 。 川 の 源泉 に住 む私 たち は 、 こ の 源 泉 を 清 潔 に 保 つ 委 託 を 受 け てい ま す。 思 考 の 純粋 さ と行 為 の清 潔さ を、 私 た ちは 自ら に要 求 し な け れ ば な り ま せ ん 。 ど ん な に し ば し ば 私 た ち は、 こ の 要 求 が 満 たせ な かっ たこ とで し ょう 。 ど んな に し ば し ば 私 た ち は 、 弱 さ 、 単 な る安 楽、 利 益 追 求 心 か ら 、 不 法 が 私 た ち に目 下 、 強 く 見 え た とい う 理 由 で 、不 法 に 屈 し たこ とで し ょ う。 私 た ちが こ う し た 道 を さ ら に先 へ 進 むこ とは 許 さ れ ませ ん 。 今 日 、全 世 界 で 荒 れ狂 っ てい る 法 と暴 力 の間 の 恐 る べ き戦 い 、 む き出 し の卑 し い 暴力 が 法 と 人 倫 のあ ら ゆ る 絆 を破 壊 し か ね ない 戦い にお い て 、 私 た ち は 常 に確 固 不 動 とし て 正 義 の 側 に立 っ て 戦 うべ き な の で す。(S.74 ) 「私 たち の 山 」 ア ルプ ス の ゴ ッ ト ハ ルト が 源 流 と な り 、 ド ナ ウ 川 が ド イ ツ 語 圏 へ 、 ロ ー ヌ 川 がフ ラ ン ス 語 圏へ 、 ポ ー 川 が イ タリ ア 語 圏 へ 流 れ出 る 。 1930年 代 の 「 精 神 的 国 土 防 衛 」 に お い て は こ の ゴ ッ ト ハ ルト を象 徴 とし て、 ヨ ーロ ッ パ の 三大 言 語 圏 の 中 心 と し て の ス イス が 讃 え ら れ た16. ス イ ス は そ の 際 、 川が 四方 へ流 れ 出 る17エ デ ン の 園 に 讐 え ら れ る こ と もあ っ た18.「 思 考 の 純 粋 さ と 行 為 の清 潔
16 Kuhn, Thomas K. :Reformator , Prophet − Patriot. Huldrych Zwingli und die nationale Besinnung der Schweiz bei Leon-hard Ragaz, in : Die Ziircher Reformation : Ausstrahlungen und Riickwirkungen, hrsg. im Auftrag des Zwinglivereins V. A1-fred Schindler u. Hans Stickdberger, Bern 2001, S.481.
曽 田:W.J. グ ッ ゲ ンハ イム 「 日 本 へ の 爆 撃 機 」 と ス イ ス の 「 精 神 的 国土 防衛 」 59 さ 」 とい う 要 求 を 「 弱 さ 、 単 な る安 楽 、 利 益 追 求 心 」 か ら 満 た せ な か っ た 、 とい う箇 所 は 、 武 器輸 出 の 前 身 と もい え る 、 ス イ ス にお け る 中 世 末 期 以 来 の 傭 兵 供 出 の 伝 統 の こ と を指 し て い る の で あ ろ う か。 他 方 ア ン ナ は 、 世 界 は不 完 全 で 、 簡単 に 善 悪 に は 分 け ら れな い こ と 、 東 ア ジ ア で は 正義 で は な く力 を め ぐ る 戦い が 行 わ れ てお り 、 日 本 の みな ら ず イギ リ ス、 アメ リ カ 、 ロ シ ア も権力 政 治的 な 関心 か ら 中 国情 勢 に 介 入 し てい る ので は ない か、 と問 い か け る 。 こ う し た 台 詞 の 中 に は 、 中立 国 ス イ ス の 特 徴 と もい え る 、 国 際 情 勢 に 関す る冷 静 な 見 方 が 表 れて い る 。 ゲ オ ル ク は 、 ペ ラ ン に とっ て全 ては 明 晰 な 計 算 の ため にあ る こ と を 指 摘 し 、 彼 に よ る、 全 て を 数 に 還元 す る 思 考 の 恐 ろ し さ につ い て 語る 。 ア ン ナは 、 人 間 は現 実 に は 数 に 左 右 さ れ、 決 断 の 自 由 は 非 常 に 制 限 さ れ 、 大 抵 の 場 合 よ り大 き な悪 と より 小 さな 悪 の 間を 選 べ る に 過 ぎな い と い う 。 ハ イ ジ が 現 れ 、 ア ン ナ が そ の場 を去 る 。 ゲ オ ル ク は ハ イジ に、 会 議 の 席 で ア ン ナ と グリ ッ ド が ナ ス ト と ペ ラ ン の 側 へ 意 見 を 変 え た こ と、 禁 治 産宣 告 の脅 し を受 け た こ とを 伝 え る 。 ハ イ ジ は ゲ オ ル ク を 励 ま し 、 日 本 へ 爆 撃 機 を 輸 出 し ない た め労 働 者 へ 働 か ない よう 呼 びか け る こ と 等 を 勧 め る 。 し か し ゲ オ ル ク は 、 そ う し た 抵 抗 の 効 果 に 懐疑 的 に なっ てお り、 多 く の財 産 とそ れ を求 め る 欲 望 こ そ 人 間 を 戦 い と 暴力 へ と駆 り 立 て 、 深い 不 正 へ と 巻 き込 む ので は ない か と自 問 す る 。 エ ル フ が 登 場 し 、 共 産 主 義 者 の 集 まる 飲 み屋 で 労 働 者 の 意 見 を 聞 い た と い う。 彼 ら の 代 表 に よ れ ば 、 資 本 主 義 の 全 体 系 が 病 ん で お り 、 個 々 人 の活 動 に は大 し た価 値 が ない ので 、 ゲ オル クの 市 民 的 な 理 想 主 義 は プ ロ レ タリ ア ート の 役 に立 た ない 。 他方 ゲ オ ル ク は、 彼 ら労 働 者が 共 産 党 の 綱 領 に 囚 わ れ て い る こ と に失 望 す る 。 エ ル フ 退 場。 ゲ オ ル ク は 、 爆撃 機 の引 き 渡し を 阻 む ため 労 働 者 と 共 に 闘 い を 挑 む 覚 悟 を 固 め つ つ あ る が 、 そ の 危 険 つ ま り労 働 者 が 彼 の目 的 を 理 解 し ない こ と も予 感 し て い る 。 ゲ オ ル クは 労 働 者 と資 本 家 の 対 立 を 前 に し て 、 ど ち ら か の 陣営 に立 た ざ る を 得 ない こ とか ら 、 自 由 が な い こ と を 嘆 く。 ハ イジ は こ れを 聞 き、あ ら ゆ る 強 制 を 振 り 解 き 、 上 へ 高 く 昇 るこ と を勧 め る と、 ゲ オ ル クは 一 種 の啓 示 を 受 け た か の よう に 、 す ぐ さ ま 飛 行 機 に乗 る手 配 を す る 。 彼 は夕 陽 の最 後 の残 光 の 中 で 空 か ら下 界 を眺 め 、 自 由 を 味 わい 、 気 持 ち の 整 理 を つ け よ う と 思 っ た の だ っ た。 第2 場 にお い て、 ゲ オ ル ク と コ ンサ ー ト へ 行 く 約 束 を し た ア ン ナ と グリ ッ ド は 、 彼が 約 束 し た場 所 と時 間 に 現 れ ない の で 、 夜 の8 時 頃 ゲ オ ル ク の 個 人事 務所 へ 彼 を探 し に く る 。 ゲ オ ル ク が い な い の で 、 グリ ッ ド は カ ー ルへ 電 話 し 、 彼 の 所 に もゲ オ ル クが い な い こ と を 確 か め る 。 ア ン ナ と グリ ッド が 意見 を変 え たこ とで 財 産 の損 失 が 防 げ 、 上 機 嫌 の ホ ルン が 来 訪 。 グリ ッ ド とホ ル ン が先 に コ ン サ ート ホ ー ル へ向 か う の と 入 れ違 い に ハ イジ 、 次 い で カー ル とペ ラ ンが 来 る 。3 人 が ハ イジ に ゲ オ ル ク の消 息 を尋 ね る と 、 彼女 は彼 が1 時 頃、 飛 行 場 へ 向 か っ た とい う 。 飛 行 場 へ 電 話 で 問 い 合 わ せ る と 、 ゲ オ ル ク の乗 っ た 飛 行 機 は ま だ 帰っ て来 てい な い こ とが わか る 。 ハ イジ は 、 ゲ オ ル クが 上 空 か ら 突 然 、 下 界 の紛 れ もない 卑 し さ を 目 に し 、全 て のこ と にう ん ざ りし た ので は な い か、 と取 り 乱 す 。 果 た し て 電 18 Kuhn, T. K.:a.a.O., S.477.
60 東 洋 大 学 人 間 科 学 総 合 研 究 所 紀 要 第15 号 (2013 ) 話 が か かっ て き て、 夕 方5 時 頃ゲ オ ル クの 乗 っ た飛 行 機 が 墜 落 し 、 ゴ ット ハ ルト の 部 隊が 彼 の遺 体 を 収 容 し た と い う 連 絡 が 入 る 。 ペ ラ ン が 「誰 も こ う し た 展 開 を 先 ん じ て 予 見 で き ませ ん で し た。 心 か ら 、 心 か ら お 悔 や み を述 べ さ せ て い た だ き ま す 」(S.91 ) と 語 る と、 ア ン ナ は 形 容 し が たい 目 つ きを し て、「 え え 、 私 は あ な た が 最 初 に考 え た こ と を 知 っ て い ま す ∼株 価 が 上 が る と 」(Ebd. ) とい い 、 ペ ラ ン を 睨 む 。 Ⅲ 。 受 容 1938 年1 月 に 行 わ れ た 『日 本 へ の 爆 撃 機 』 のビ ー ル で の初 演 は 大 成 功 を 収 め 、 当 地 で 計18 回 の 上 演 が 行 わ れ た19。 1938年 の 間 に同 作 は バ ーゼ ル、 ベ ル ン 、 ゾ ロ ト ゥ ル ン、 オ ル テ ン 等 ス イス の他 の 町 の 劇場 にお い て も上 演 さ れ た ( ベ ル ンで は 同 年 の4 ∼5 月 と10 月 、2 期 に わ た っ て 上 演)。『日 本 へ の 爆撃 機 』 に 関 す る 新 聞 の 劇評 は一 般 に控 え目 で は あ っ た が 好 意 的 で 、 た だ し 作 品 の 結 末 に対 し て は 幾つ か の批 判 が 加 え ら れ だo。 左 派 の メ デ ィ ア に よ る 劇 評 は、 お そ ら く 同 作 が 労 働 者 に 対 す る 批 判 を 含 ん だ こ と が原 因 で 、 良い と はい え な かっ た≒ 『日 本 へ の 爆 撃 機 』 は ス イス の 普 通 の 観 衆 を 啓蒙 し、 左 派 の観 衆 を挑 発 し た の であ ろ う 。 こ う し て ス イス 各 地 の 劇 場 で の 上 演 が 一 般 に 好 評 を 博 し たこ と も あ り、『 日 本 へ の 爆 撃 機 』 は1939 年2 月 、 チ ュ ーリ ヒ の プ フ ァウェ ン 劇 場 ( 後 の シ ャ ウ シ ュ ピ ー ルタ、 ウ ス) に お い て も5 回 、 後 に 映 画 監 督 と し て 有 名 に な っ た レ オ ポ ル ト ・リ ン ト ベ ル ク(LeopoldLindtberg ) の 演 出 の 下 に 上 演 さ れ た。 こ のプ フ ァ ウェ ン劇 場 が 後 世 、1930 年 代 か ら 第 二 次 世 界 大 戦 中 にか け て の ス イ ス を代 表 す る 劇 場 と 見 な さ れ た こ と は 、 周 知 の と お り であ る 。 こ の シ ャ ウ シ ュ ピ ー ル ハウ ス で の 『日 本 へ の 爆撃 機 』 の 上 演 に つい て 、 説 明 を 加 え てお き たい 。 フ ェ ル デ ィ ナ ント ・リ ー ザ ー (Ferdinand Rieser) は1926 年 、 私設 の プ フ ァ ウェ ン 劇 場 支 配 人 と な り 、1933 年 ナ チ ス が ド イ ツ で 政 権 を 掌 握 し た 後 、 同 国 を 追 わ れ た ( 特 にユ ダ ヤ系 の ) 優 れた 俳 優 を 多 く 受 け 入 れた 。 そ し て 左 翼 的 な 色 彩 の 濃い 時 事 劇 を上 演し た 結果 、 同 劇場 を ヨ ーロ ッ パ にお け る 有 数 の レ ベ ル へ と 高 め て い た。 し か し ス イ ス にお い て 、こ の'J ー ザ ー の 下 のプ フ アウェ ン 劇場 に対 し て は批 判 も存 在 し た 。 なぜ なら 外 国 人 の 俳 優 を多 く 起用 し 、 ス イ ス に は元 々 ない と さ れ た 反ユ ダ ヤ主 義 等 の 問 題 を 扱 う 作 品 を 上 演 し た か ら であ る。 こ れ は 、 ス イ ス にお い て公 認 さ れ た 「 精神 的 国土 防 衛 」 の文 化 政 策 に 反 す る と さ れたo リ ーザ ー は1938 年 、経 営 上 の 理 由で プ フ アウェ ン 劇場 の売 却 を 決断 し支 19 以 下 『 日 本 へ の 爆 撃 機 』 の 受 容 に 関 す る 記 述 は , 主 にAnhang,a.a.O.,S. 472-476 に よ る 。
20 s. a.a.O., S.473.「『 日 本 へ の 爆 撃 機 』 は 人 間 の 純 化 や 改 善 に 役 立 た な い 」("Bomber fiir Japan", in : Neue BernerZeitung 7. 10. 1938 ),「 ゲ オ ル ク が 自 ら の 階 級 の 思 考 世 界 に 捉 え ら れ , 具 体 的 な 行 為 に 至 ら な い の は 遺 憾 」
("Bomber fiir Japan", in :Volksrecht Zurich, 28.1.1938 ),「 ゲ オ ル ク の 死 は 英 雄 的 で は な く , 弱 さ に 由 来 す る 。 そ れ は , よ り 深 い 悲 劇 的 な 震 憾 で は な く , 同 情 を 呼 び 覚 ま す に 過 ぎ な い 」("Bomber fiir Japan" , in : Basler Nachrichten25.3.1938
)「 ゲ オ ル ク の や り 方 は う ま く ゆ か な か っ た の で , 私 た ち は 即 刻 よ り 良 い 道 を 探 そ う 」("Bomber fiir Ja-pan",in : Die Weltwoche, 17.2.1939 ) 等 。
21 Anhang, a.a.O., S.474.
22 Amrein, Ursula : Kulturpolitik und Geisdge Landesverteidigung − das Zurcher Schauspielhaus, in : Filnfzig Jahre danach.Zur Nachgeschichte des Nationalsozialismus, hrsg.v. Sigrid Weigel u. Birgit Erdle, Zurich 1996, S.286-300.
曽 田:W.J. グ ッ ゲ ンハ イ ム『 日 本 へ の 爆 撃 機 』 とス イス の 「 精 神 的 国 土 防衛 」 61 配 人 の 座 を 退 い た 。 そ し て す で に 触 れ た オ ブ レ ヒ ト 出 版 社 の 社 長 エ ー ミ ー ル ・ オ ブ レ ヒ ト (EmilOprecht ) が 同 劇 場 を 母 体 に 新 た に 「 新 チ ュ ー リ ヒ 劇 場 株 式 会 社」 を 設 立 し た 。 こ の 新 しい プ フ ァ ウ ェ ン 劇 場 の支 配 人 に 就 任 し た の が オス カ ー ・ ヴェ ル タ ーリ ン (Oskar Walterlin) で あ る。 彼 は 、 リ ー ザ ー の時 代 に 強 かっ た 、 ナチ ス ・ド イ ツを 逃 れた 亡 命 者 へ の 関 心 と 、 ス イ ス の文 化 政 策 と の媒 介 に努 め た。 そ の 結 果、「 精 神 的 国 土 防 衛 とい う 言 葉 は制 限 で は な く 、広 さ を 意 味 す べ き」23こ と等 が 謳 わ れ た。「 反 フ ァシ ズム と 精 神 的 国 土 防 衛 は、( ヴ ェ ル ター リ ン の 下 で の ) シ ャ ウ シュ ピ ー ルハ ウ ス の文 化 政 策 的 な デ ィ ス ク ル ス にお い て は、 交 換 可 能 な 概 念 で あ っ た 」≒ し た が っ て 反フ ァシ ズ ム と精 神 的 国 土 防 衛 の両 立 とい う同 様 の関 心 を追 求 し た 『 日 本 へ の 爆 撃 機 』 が ヴ ェ ル ター リ ン の下 のプ フ ァ ウェ ン 劇 場 にお い て演 目 とし て取 り上 げ ら れ た の は 、 不 思 議 で は な か っ た とい え よ う (「 精 神 的 国 土 防 衛 」 は公 認 さ れ た文 化 政 策 にお い て 主 と し て左 の 全 体 主 義25、 リ ーザ ー、 ヴェ ル ター リ ン 下 のプ フ ァウ ェ ン劇 場 に お い て右 の全 体 主 義 と の対 立 が 強 調 さ れ た )。 1958 年r 日 本 へ の 爆 撃 機 』 は テ レ ビ ド ラ マ 化 さ れ、1987 年 、1993 年 に も テ レ ビ 放 映 さ れ た26. 劇 作 品 とし て の 『日 本 へ の爆 撃 機 』 は1987 年 、 ル ツ ェ ル ン 市 立 劇 場 に おい て 再 演 さ れ た。 し か し 演 出 の 陳 腐 さ 等 が 劇 評 で 批 判 さ れ、 評 判 は 芳 し く な か っ た よ う であ る27。 『日 本 へ の爆 撃 機 』 が 初 演 後 、 ス イス にお い て 半 世 紀以 上 の 長 き に わ たっ て、 断 続 的 で はあ る が 上 演 ・ 放 映 さ れ た理 由 とし て 、 以 下 の 点 が 考 え ら れ る。 ス イス は 第 二 次 世 界大 戦中 から 今 日 に至 る まで 世 界 有 数 の 武 器 輸 出 国 で あ り( ス イ ス の 人 口 一 人 当 た り の 武 器 輸 出 額 は 、2008 年 度 、 世 界 第2 位勺 、 同 作 にお い て 掲 げ ら れた 問 題 提 起 は ス イ ス 人 に と っ て ア クチ ュ ア ルで あ り続 け て い る 。 例 え ば ス イス の 航 空 機 メ ー カ ー「 ピ ラ ト ゥス」 は 軍 用練 習 機 を 東 南 ア ジ ア 、 中 米、 中東 の国 へ 輸 出 し か。 こ の 練 習 機 が 輸 出 先 国 で 実 戦 向 け へ 改 造 さ れ 、 市民 を 攻 撃 す る た め に 用い ら れ るこ とが 、 一 部 の ス イ ス 人 に よっ て 批 判 さ れた ので あ る 。 Ⅳ 。 作 品 の 分 析 I ∼ni の論 述 を 踏 まえ て 以 下 『 日 本 へ の爆 撃 機 』 を 分 析 し 、 同 作 に表 れ た ス イ ス の「 精 神 的 国 土 防 衛 」 の 内 容 、 同 作 の特 徴 、 意 義 に つ い て 考察 を 行 う。 (1 ) ゲ オ ル ク と 、ペ ラ ンお よ び カ ー ルと の 対 立 関 係 『日 本 へ の 爆 撃 機 』 は 場 面 の 転 換 に や や 乏 し く、 第1 幕 で 提 示 さ れ た ゲ オ ル ク と 、ペ ラ ン お よ び
23 Walterlin, Oskar:Zum neuen Beginn. Anlasslich der Ubemahme der Direktion des Ziircher Schauspielhauses (1938 ),in
: Bekenntnis zum Theater. Reden und Aufsatze. Illustrationen von Teo Otto, hrsg.v. der Neuen Schauspiel AG zum 60. Ge-burtstag von Oskar Walterlin, Ziirich 1955,S.64 f.. 24 Amrein, U.:a.a.O., S.308.
25 Kreis, Georg (Hrsg. ):Staatsschutz in der Schweiz : die Entwicklung 1935- 1990 ; eine multidisziplinare Untersuchung,Bern/Stuttgart/Wien 1993, S.254. 26 Anhang, a.a.O.,S.475.
27 Stefani,Guido : Papierene Moral in Schwarzweisstonen, in :Luzerner Neueste Nachrichten,21.11.1987.
62 東 洋大 学 人 間科 学 総 合 研 究 所 紀 要 第15 号 (2013 ) カー ルと の 対 立 関 係 が 、 劇 が 進 行 す る 中 で 深 ま る構 成 を取 っ てい る。 そ れ ゆ え同 作 の 全 体 を 振 り 返 っ て 明 ら か に な る 、 両 者 の 対 立 関 係 を 、 分 析 の助 け と して 本 章 の最 初 に ま と めて お く。 ゲ オ ル ク は ス イ ス 軍 の 将 校 ( 中 尉S.13 ) であ り 、 ス イ ス の 国土 防 衛 に 深 い 関心 を 持 っ て い る 。 彼 が 日 本 へ の 爆 撃 機 の 輸 出 に 反 対 す る 理 由 は2 つ あ り、 第一 に はそ れが 日 本 軍 に よっ て 非 戦 闘 員 の 攻 撃 の た め に 用 い ら れ る と い う キ リ ス ト 教 的 ・人 道 的 な 理 由 (S.18 )、 第 二 に は 日 本 を 支 援 す る こ と が 広 い 観 点 か ら ス イ ス に と っ て 不 利 に な る と い う ス イ ス の 国 土 防 衛 上 の 理 由 (S.14, 74) で あ る。 他 方 ペ ラ ン と カ ー ル は 、 ス イ ス の 国 土 防 衛 に 関心 を 持 っ て い ない 。 キ リ ス ト 教 や 人 道 に 対 す る 関 心 も 薄 く29、 カ ー ル は 世 界 が 武 器 を 必 要 と し てい る こ とを 音 感 と し つ つ も (S.17 )、 武 器 輸 出 へ 反 対 す る わ け で は ない 。 ゲ オル クは 一 種 の理 想主 義 、「 人 間性 」(S.23 ) や 「 良 心 」(S. 18) を重 視 し 、 国 際 的 に 広 い 視 野 を 持 と う と努 め る (S.14 )。 そ し て 既 成 の 形 式 ・ 体 系 ・ 現 実 を 作 り 替 え る こ と が で きる 個 々 人 の 「 精 神Geist 」 に 依 拠 す る (S.55, 74)。 こ れ に対 し てペ ラ ン と カ ー ル は物 質 主 義 的 な 関心 が 強 く 会 社 の 経 済 的 な 繁 栄 を 第 一 に 考 え (S.12 )、 ゲ オ ル ク に よ れ ば近 視 眼 的 (S.14 ) で あ る 。 そ し て 既 成 の 形式 ・ 体 系 ・ 現 実 へ の 適 合 や 利 害 打 算 に 役 立 つ 、道 具的 な意 味 で の 「 理 性Vemunft 」30、「悟 性」(S.58 ) に 依 拠 す る ( ペ ラ ン は 自 ら の 「 理 性 」あ るい は 「悟 性 」 を、 株 価 を 意図 的 に 下落 させ る とい う 目 的 の た め に 用 い る こ とす ら 辞 さ ない )。 ゲ オ ル クが ス イ ス の 国 家 や 個 々 人 の あ り 方 に 関 心 を 持 ち、「 国 家 公 民ci-toyen 」 と し て の政 治 的 な 市 民 を 体 現 す る の に対 し て 、ペ ラ ン と カ ー ルは 「 ブ ルジ ョ ワbourgeois」 と し て の 経 済 的 な 市民 を 体 現 し てい る。 (2 ) 個 人 の精 神 的 なモ ラ ルへ の期 待 一国 家 と 市 民 社 会 ペ ラ ン は、「 私 た ち はお 金 を 払 う 人 に 製 品 を 引 き 渡 す 。 そ れ で お し ま い で す」(S.12 ) と 語 る 。 こ れに 対 し て ゲ オル クは 、「 た と え私 た ち の 会 社 が 経 済 的 な 損 失 を 蒙 る 危 険 を 冒 し て も」(S.ll )、 非 人 道 的 な 「 こ の ( 日 本 と の) 契 約 を 結 び、 日 本 と い う 国 へ 航 空 機 を 納 入 す る こ と を 拒 否」(Ebd. ) す る 。 そ の 際 、 彼 は 、 日 本 へ の 爆 撃 機 の 輸 出 を 阻 む こ と が 困 難 で あ る に も か か わ ら ず 、「 各 人 は少 な く と も自 ら の 持 ち 場 で 正 し い こ と を 行 う よ う に 努 め る べ き」(S.18 ) こ とを 説 く。 なぜ な ら 「 総 じ て 秩 序 とい う も の は 、 人 間 の 中 の 精 神 が 善 ま た は 悪 へ 向 け て 働 く か に よ っ て、 良 が っ た り 悪 か っ た り」 (S.55 ) し 、「 私 た ち の 世 界 が そ の 全 文 明 と共 に 底 な し の 深 淵 へ 沈 む か 否 か は 、 私 た ち 一 人 一 人 に か か っ て い る か ら で あ る 」(S.18 )。 こ うし て ゲ オ ル クは 、 個 人 の 精 神 的 な モ ラ ル に 期 待 す る≒ ゲ オ ル クが 、 グリ ッ ド お よ び ア ン ナが 自 ら の 確 信 に 基づ い て 決断 を 下 さ ず 、 彼 女 ら が そ れ ぞ れ ホ ル ンあ るい はゲ オ ル クへ の 同 情 が ゆ え に後 で 立 場 を 変 え た こ と を 厳 し く 咎 め る (S.39, 67, 74) の も、彼 女 ら の個 人 と し て の 精 神 的 なモ ラ ル が 不 確 か であ る か ら に他 な ら ない 。 29 聖 書 や キ リ ス ト 教 に 関 す る 語 彙 は 、 ゲ オ ル ク を皮 肉る 時 にし か使 わ れ ない (s. S.15, 21 f.。)。 30 ペ ラ ン は 第一 幕 で 行 わ れ る 会 議 の 前 に 、「 理 性」 つ まり 自 分 の 立 場 が 勝 つ だ ろ う 、 とい う (S.6 )。 そ の 他 の 箇 所 で 、Vernunft は 「 正 気 」 あ る い は 「 分 別 」 とい っ た 、 日常 語的 な 意 味 で 用 い ら れて い る (S.58, 62, 64, 69) 。31 彼 の 批 判 は、 ペ ラ ン や カ ー ル の み な ら ず 共 産 主 義 者 に対 し て も向 け ら れ てい る (S.81 )。 彼 ら は、 こ の2 人 と 同 様 、 し か し 「 体 系 の 強制 」 とい う 別 の 理 由 か ら 、 個 人 の 精 神 的 な モ ラ ル を評 価 し ない 。
曽 田:W.J. グ ッ ゲ ンハ イム 『日 本 へ の 爆 撃 機 』 と スイ ス の 「 精 神 的 国 土 防 衛」 63 とこ ろ で ゲ オ ル ク が 日 本へ の爆 撃 機 の輸 出 を 阻 もう と す る 際 、 個 人 の 精 神 的 な モ ラ ルへ 期 待 す る こ と は、 ス イ ス 社 会 の 特徴 と何 か 関 係 が あ る の であ ろ う か。 歴 史 的 な 事 実 とし て、 ス イ ス で は1874 年 の連 邦 憲 法 で営 業 の 自由 が 定 め ら れ、 経 済 面 に おい て 基 本 的 に 政 府 部 門 が小 さ く、 政府 に よる 市 場 へ の 介入 が 弱 かっ か。 特 に 「武 器 弾 薬 の 製 造 ・ 販 売 に 対 す る 国 家 に よ る 統 制 が 欠け てい た」32. 経 済 市 民 (ブ ル ジ ョ ワ ) の 自 由 が 、 国 家 市民 と し て の 義 務 よ り も、 し ば し ば重 視 さ れ て き た。 こ れ に対 し て は1938 年2 月 に 、 連邦 憲 法41 条 を 改 正 し 、民 間企 業 に よ る武 器弾 薬 の 製 造 ・購 入 ・販 売 を 全 面 的 に 禁 じ て 、 連 邦 政 府 に の み国 防 目 的 で 認 め る よ う 求 め た 国民 イニ シ ア テ ィブ 案 が提 出 さ れた 。 し か し 政 府 に よる 、 全 面 統 制 の効 果 を 弱 め た 対 抗 法 案 が 提 出 さ れ 、 国民 投票 の 結 果 、 政 府案 の方 が 採 択 さ れた の で あ る33. こ の 国民 イ ニ シ ア テ ィブ 案 の 結 果 に 表 れた よ う に 、 国 家 の 側 か ら民 間 企 業 に よる 武 器 弾 薬 の 製 造 ・購 入 ・販 売 を 統 制 す る こ と に対 し て 、 ス イ ス に おい て は 反対 が強 かっ た。 こ う し た 背 景 か ら ゲ オル クは 、 民 間企 業 に よる 武 器 弾 薬 の 製 造 ・ 購 入 ・ 販 売 の 統 制 を、 国家 で は な く個 人 の 精 神 的 なモ ラ ル の 側 か ら 期 待 し た と 思 わ れる 。い み じ く も 「 精 神 的 国土 防衛 」 にお い て精 神 的 な価 値 を 守 る こ と は 、 国 家 で は な く主 に 市 民 の 課 題 であ る と 宣言 さ れ た の であ る呪 (3 ) ゲ オ ル ク の思 想 ・宗 教 的 な背 景 − キリ ス ト 教 ゲ オ ル ク が 構 想 す る 「 精 神 的 国 土 防 衛 」 の 重 要 な 側 面 は 、 正 義 (S.74 ) が 国 際 的 に 貫 徹 す る こ と であ る 。 こ う し た 「 万 人 が 生 ま れ な が ら に し て 持 つ 正 義 の感 情」(S. 18)つ ま り 自 然 法 と キリ ス ト 教 と の 関 わり が 、 作 中 で は 示 唆 さ れ る (Ebd. )。 さ ら に 第5 幕 の 冒 頭 にお い て ゲ オ ル ク は、 聖 書 の よ う な 書物 の 読 書 に 没 頭 し て お り 、 自 ら の生 き様 、 特 に 日本 へ の爆 撃 機 の輸 出 に対 す る 態 度 を 振 り 返 る 。 そ し て 福 音 書 に 登 場 す る 「 金 持 ち の 青 年 」'=(S.79 ) の 話 を 引 き 、彼 が 使 徒 の よう な 強 い 信 仰 を 持 だ ない こ と を ハ イ ジ に 対 し て 嘆 く (S.80 )。 上 で 挙 げ た2 つ の 例 か ら も 、 ゲ オ ル ク が依 拠 する 個 人 の精 神 的 なモ ラ ル は、 その 支 え の 一 つ を キリ スト 教 の 中 に 持 つ こ と が 考 え ら れ る。 ま た 『日 本へ の爆 撃 機 』 お い て は全 編 に わた っ て 、 聖 書 や キリ スト 教 に 関 す る 様 々 な比 喩、 当 て こ す りが 散 り ば め ら れ てい る36。 そ れ ゆ え 以 下 、 聖 書 や キリ ス ト 教 32 独 立 専 門 家 委 員 会 ス イ ス = 第 二 次 大 戦 『 中 立 国 ス イ ス と ナ チ ズ ム 第 二 次 大 戦 と 歴 史 認 識 』( 黒 藻 隆 文 編 訳 、 京 都 大 学 学 術 出 版 会 、2010 年 )p. 190. 33 同 上 、p.191.
34 Zanoli, Marco : Zwischen Klassenkampf, Pazifismus und Geistiger Landesverteidigung. Die S ozialdemokratische Parteider Schweiz und die Wehrfrage 1920-1939, in : Zurcher Beitrage zur Sicherheitspolitik und Konfliktforschung, Nr. 69, 2003 ,S.230.
(http : //e-collecdon.library,ethz.ch/eserv/eth : 26918/eth-26918-01.pdf ) 35 金 持 ち の 青 年 が イ エ ス に 永 遠 の 救 い に 入 る 道 を 尋 ね る と 、 イ エ ス は 全 財 産 を 寄 付 す べ き こ と を 勧 め 、 そ れ が で き な い 若 者 は 失 望 し て イ エ ス の 下 を 去 っ て い っ た ( マ タ イ19 −16 ∼22 )。 36 ゲ オ ル ク は 「 私 は 弟 ( ア ペ ル ) の 番 人 で し ょ う か 」( 創 世 記4 −9 、 新 共 同 訳 、 聖 書 か ら の 引 用 は 以 下 同 様 ) と 語 り 日 本 へ の 爆 撃 機 の 輸 出 を カ イ ン の 弟 ( つ ま り 中 国 ) 殺 し に 讐 え (S.12 )、 ペ ラ ン は 、 ゲ オ ル ク が 最 後 の 審 判 の ラ ッ パ を 吹 い て い る と 那 楡 す る (S.17 )。 ア ン ナ は 、 ル タ ー が ヅ オ ル ム ス 国 会 へ 召 還 さ れ た 時 に 語 っ た の と 同 じ 台 詞 「私 に は こ れ し か で き ま せ ん」 に よ っ て ゲ オ ル ク の 意 見 を 支 持 し (S.21 )、 ペ ラ ン は 日 本 へ の 爆 撃 機 の 輸 出 取 り 止 め の 決 定 を 株 主 に 説 明 で き る か 危 惧 し 、 次 回 の 委 員 会 は 教 会 で 開 こ う と 提 案 す る (S.21 )。 グ リ ッ ド は ゲ オ ル ク を 、 彼 は ヨ ー ロ ッ パ の 道 徳 教 皇 で は な い 、 と し て た し な め る (S.37 ) 等 。
64 東 洋 大 学 人間 科 学 総 合 研 究 所 紀 要 第15 号 (2013 ) の モ チ ー フ が 『日 本 へ の 爆 撃 機 』 とい う作 品全 体 の展 開 に対 して 果 たす 役 割 を、 特 に 「 精 神 的 国 土 防 衛 」 と の 関 わり か ら 検 討 し て み た い。 検 討 の 手 が か り と し て 、 第4 幕 の後 半 にお い てゲ オ ル クが 誰 に対 し て と も な く語 る 、「(日 本 に よる 爆 撃 機 の 発 注 と い 引 委 託 が 提 供 さ れ なけ れ ば 、破 滅 す る こ と も な い だ ろ う)(S.65 ) とい う台 詞 に 注 目 し て み た い 。 こ の台 詞 の 前 後 で 、 ペ ラ ン はゲ オ ル クの 胸 中 を推 測 し 、「私 (ゲ オ ル ク) は ( 日本 へ の爆 撃 機 の 輸 出 に反 対 し た こ とに よ り ) 自 分 の 魂 を救 っ たSalvavi animam meam^' 」(Ebd. ) と 語 り 、「あ なた (ゲ オ ル ク) は、 自 分 の 魂 を 救 う た め に 高 い 代 償 を 要 求 し て い る こ と に 気 付 か ない の で す か。 他 人 が こ の 代 償 を 払 わ ね ば な ら ず 、 全 て は 見 渡 し 難 い 」(Ebd. ) と ゲ オ ル ク の こ と を 批 判 す る 。 こ れら3 つ の 箇 所 か ら 、 日 本 へ の 爆撃 機 の輸 出 を拒 否 す るこ とが ゲ オ ル ク の魂 の救 い を 意味 し 、 そ れと は 逆 に 日 本 へ の 爆 撃 機 の 輸 出 が 、救 い の対 極 とし て の 破 滅 ない し は罪 を招 く こ と が 暗 示 さ れて い る 。 す る と ゲ オル クに と っ て 日 本 へ の爆 撃 機 の輸 出 は、 福 音 書 にお け る 悪 魔 の誘 惑 (マ タ イ4 、 ル カ4 −1 ∼13 ) に 比 す べ きも の で あ っ た と はい え な い だ ろ う か。 福 音 書 に お け る 主 の 祈 り に は、「 私 た ち を 誘 惑 に 遭 わせ ず 、 悪38か ら救 っ て くだ さい 」(マ タ イ6 −13) とあ る。 こ の 仮 定 に 基 づ い て 、『日 本 へ の 爆 撃 機 』 の 筋 の 展 開 を 、 キ リ ス ト 教 的 な 視 座 か ら 解 釈 し て み た い 。 第1 幕 にお い て は 、 日 本 へ の爆 撃 機 の 輸出 に反 対 す るゲ オ ル ク の立 場 が 、 日本 へ の 爆 撃 機 の 輸 出 に 賛 成 し、 彼 に よ れば 悪 魔 の 側 に 立 っ た ペ ラ ン お よび カ ー ル の 立 場 に対 し て、 い っ た ん 勝 利 を 収 め る 。 し か し 第2 幕 以 降 、 ペ ラ ン は悪 魔 の 誘惑 に屈 し 自ら 悪 魔 的 と なっ た存 在 に相 応 し く、 ナ スト 社 の 株 価 を 人 為 的 に 引 き下 げ 危 機感 を 煽 り 、 株 価下 落 の原 因 が 日本 へ の爆 撃 機 の受 注 を断 っ た点 に あ る と ナ スト 社 の 関 係 者 に 思 い 込 ま せ よ う と す る。 福 音書 にお い て 悪 魔 は3 つ の問 い を立 て 、 イエ スを 沙 漠 で 誘 惑 し た39。『日 本 へ の 爆 撃 機 』 にお い て こ の3 つ の問 い に讐 え ら れ る の が、 金 に窮 し か ホ ル ン が 恋 人 の グリ ッド に 立 て る 「 隣 人 と は 誰 か (中 国 人 あ る い は ホ ル ン か )?」(S.33 )、 グリ ッ ド が ゲ オ ル ク に 立 て る 「 責 任 は ど こ まで 及 ぶ の か (中 国 人 あ る い は ホ ル ン ま で か )?」(S.39 )、 ペ ラ ン と ゲ オ ル ク と の 間 で 意 見 が 対 立 す る 「現 実 と は 何 か ( 中 国 人 の 窮 状 あ る い は ナ ス ト 社 の 危 機 か )?」(S. 14,17, 33, 66, 72) と い う 問 い で あ る。 イエ ス は悪 魔 の誘 惑 を退 け た が 、 グ リ ッ ド は ホ ル ン に 説 き伏 せ ら れ、 ア ンナ もゲ オ ル クに 与 し た がっ て の 意見 を変 え る ( ア ン ナ が 最 初 の 意見 を変 え た こ と は、 カ ー ル に よっ て 「回 心 さ せ るbekehren 」 と い う キ リ スト 教 的 な表 現 に よ っ て形 容 さ れ て い る [S.67]) 。 彼 女 ら と は対 照 的 に、 ハ イ ジと ゲ オ ル ク は誘 惑 に 克 つ (S.58 f. , 66, 71)。 し か し 現 実 にお い て は ゲ オ ル クの 墜 死 に よ り、 ペ ラ ンお よび カ ー ル の 立場 が 勝利 を 収 め た よ う に 見 え る。 と こ ろ で 本 章 の (1 ) に お い て 、 ゲ オ ル ク が 「精 神 」、 ペ ラ ン が 「理 性」 を 重 視 し た こ と に 触 れ た。「 精 神Geist」 と い う ド イ ツ語 は聖 霊 と も訳 さ れ、 キリ スト 教 にお い て き わめ て 重 視 さ れて い る。 37 こ の ラ テ ン語 訳 聖 書 ヴ ルガ ー タ (エ ゼ キ エ ル3 −19 ) か ら の 言 葉 は 、「 自 分 は 警 告 を 発 し 、 い う べ きこ と はい い 尽 くし た。 後 の責 任 は負 わ ない 」 とい う 意 味 で し ば し ば 用 い ら れ る 。 38 こ こ は 新 共 同 訳 で は 「悪 い 者 」 だ が 、 ル タ ー訳 の ド イ ツ 語 聖 書 に 則 っ て 「 悪 」 と し て お く。 39 マ タ イ4 にお い て 悪 魔 は イ エ ス に対 し 、 石 が パ ン に な る よ う に 命 じ、 神 殿 の 屋 根 か ら 飛 び 降 り、 世 の 全 て の 国 々 を与 え る 代 わ り に悪 魔 を拝 む よう 、 誘 惑 す る 。