開発途上国における図画工作・美街教育普及へのアプローチ
ーパラオ共和国アイライ小学校での授業実践を通してー
教科領域教育専攻
国際教育協力コース
森 本 美 鶴
し は じ め に
子どもの豊かな人間形成にとって、芸術
教育が子どもたちの感性や創造力などの情
操を育む大切な役割を担っていることが明
らかになるにつれ、近年の世界的な動向と
して、美術・音楽をはじめとする芸術教科
も徐々に学校のカリキュラムの重要な教科
として認識されるようになってきた。
日本は 1872年の学制発布以降、 1886年
の小学校令では、『図画jは尋常小学校の加
設科目、高等小学校では必修科目となり、
正式にカリキュラムに位置づけられて以来、
美術教育の理論と実践方法の確立をめざし
てきた長い歴史を持っているo
しかし、ゆとり教育をめぎした学習指導
要領の改定による図画工作・美術科の授業
時数削減から
1
0
年が過ぎた今、
PISA
等の
国際学力調査の結果による子どもたちの学
力低下が問題となり主要教科の強化が進む
なかで、図画工作・美術教育を取り巻く状
況の悪化が危模される。このような日本の
主要教科重視の傾向は、開発途上国の教育
の現状とも重なるものであり、開発途上国
の中には図画工作・美術が教科として位置
づけられていない国や、位置づけられてい
たとしても指導内容・方法が十分確立され
ていない国も多い。
本論文の研究目的は、
①開発途上国の図画工作・美術教育の現
状を明らかにする。
②開発途上国における図画工作・美術教
育の普及に向けた提案を行う。
また、研究方法として、
①鳴門教育大学における開発途上国 20
カ国からの
JICA
受託研修参加者へのア
ンケートを実施し、その結果を通した分
析・考察を行う。
②図画工作・美術が教科として位置づけ
られていない開発途上国の学校での図画
工作・美術の授業を実際に行い、その過
程と成果、および課題を明らか
i
こする。
指 導 教 員 服 部 勝 憲
なお、この授業実践は鳴門教育大学大学
院学校教育研究科・国際教育協力コースの
授業科目 f国際教育協力演習
n
(現地演習)J
として実施した。
H.開発途上国の図画工作・美衛教育の現
状
昨年度,鳴門教育大学で実施された
JICA
受託研修事業に参加した大洋州地域・中東
地域・アフリカ地域の 20カ国 20名の研修
員を対象に、自国や勤務校における図画工
作・美術教育の現状に関するアンケート調
査を行ったo 調査の概要と結果およびその
分析と考察を行う。
lH.パラオ共和国アイライ小学校における
授 業 実 践
アンケート対象者の国々の中から図商工
作・美術が教科として位置づけられておら
ず、教育支援のニーズを持つパラオ共和国
(以下、パラオと略)のアイライ小学校に
焦点をあて、図面工作・美術の授業実践を
行った。授業実践の概要は以下の通りであ
る。
1アイライ小学校の図画工作・美術教育の
現 状
・アイライ小学校校長への聞き取りを通
した現状の把握
2
アイライ小学校における図画工作・美備
の授業実践
(1)目標及び実践計画
(2)授業実践に向けた準備
.ハンズオン教材の開発
-学年別ハンズオン教材マニュアル、全体
計画の作成(日本語・英語版)
-各学年の教材準備
.徳島県内の小学校での事前授業の実施
.大学院生対象の模擬授業の実施
(3)各学年における授業実践
①授業実施期間一平成21年1月13日
1月24日
②対象ーアイライ小学校(第1学年 第6
学年171名)全児童
円
i
Q
d
n
︿
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[各学年の題材
1
折り紙
学年 時間 題 キオ 制 作 活
動
大好きブーメラン チ ュ ー
1年 2 一厚紙を使ってー リップ
大好きプーメラン ち ょ う
2年 2 ースチロール甑を笹ってー ちょ
スクラッチの不思議
3年 2 一絵に表すー ハート
破れた穴からハロー
4年 2 一絵に表す一 魚
わたしのパレット
5年 2 一混色と着色の仕方一 かぶと
形を見つめて
6年 2 -絵に表すー ゃっこ
わたしのパラオ
¥
7年 4 ーデザインと工作一
わたしのマスク
8年 6 ーデザイン1::.工作一
3学校・家庭・地域への発信と普及
造形活動の楽しさを伝えるには、子ども
たちだけが造形活動の楽しさを気づくだけ
でなく、担任の教師をはじめ、家族や地域
の人々を含むコミュニティまで巻き込んだ
取り組みであることが望ましい。
アイライ小学校で取り組んだ造形活動の
成果を学校・家庭・地域
i
こ発信することを
意図して、授業実践の最終日にすべての子
どもたちの作品を展示した全校展覧会を開
催したー全校展覧会に関する感想や意見を
知るために、来場者にアンケートを実施し
た。
また、アイライ小学校教員対象に、図画
工作・美術の指導法に関する研修会を行っ
た。
以下の実践について、概要を紹介する。
(1)全校展覧会の開催
・来場者へのアンケートの実施
アンケート項目と回答,および分析
(2)現地教員に対する図画工作・美術の指導
法の普及
4授業実践の成果
授業実践後、アイライ小学校の全児童と、
各学級の担任教師に、授業に関するアンケ
ート調査を実施した。
アンケート調査の概要と結果、その分析
と考察を記述する。
5
実践モデルパンフレットの作成
開発途上国の美術教育普及のために、具
体的にどのような活動や実践ができるのか
を、開発途上国の教員や教育関係者をはじ
め保護者や地域コミュニティに広く知らせ
る方法として、本実践内容をもとにした 2
カ国語〈日本語・英語)のパンフレットに
作成した。そのパンフレアトを資料として
添付するo
lV.おわりに
本実践を終え、国の違いや言葉や世代を
超えて造形活動の楽しさを共有できること
を認識するとともに、将来、美術教育を通
した国際協力に関わることによって、美術
教育への教育支援を必要とする開発途上国
の子どもたちゃ教師たちへの力になりたい
と強く感じた。本章では、パラオでの実践
を通して感じた、日本の美術教育への提言
についても記述する。
今後の図画工作・美術教育普及のための
課題として、水彩絵の具に必要な水が十分
になかったり、紙や描材、工作のための道
具が不足したりしている厳しい状況の開発
途上国でも造形活動の展開が可能なハンズ
オン教材の開発を進めていきたい。また、
開発途上国の子どもたちに、日本を含め世
界の様々な文化や芸術を紹介できる鑑賞教
育用の資料や教材作成をめざしたい。しか
し、日本の美術教育の指導内容や指導方法
の一方的な押し付けではなく、それぞれの
途上国の実態を考慮した、現地の教師と協
調してっくり上げていく姿勢を忘れてはな
らない。
筆者は2
∞
9年9月より 2010年2月まで
の 6カ月間、タイ王国のコンケン大学へ短
期留学を終えた。タイは子どもの興味や発
達、生活を重視した芸術教育が教科として
位置づけられ、古くからの伝統芸術を大切
に受け継いでいる国である。この留学を通
し、タイの美術教育の現状や図画工作・美
術科の指導内容・方法、また、タイの図画
工作・美術教育の課題やニーズについても
多くのものを学ぶことができた。この貴重
な経験をこれからの開発途上国への教育協
力に活かしていく糧としたい。
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