資料紹介・翻刻「哲学堂収蔵品控」2
著者
北田 建二
著者別名
kitada kenji
雑誌名
井上円了センタ一年報
号
23
ページ
237-275
発行年
2014-09-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006910/
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例 言・ 凡 例 一 本 稿では、東洋大学井上円了研究センター︵旧井上円 了 記 念 学術センター ︶が 所 蔵する ﹁哲学堂収蔵品 控 ︵仮題︶ ﹂全六一丁のうち、綴じ紐の結 び 目がある方 か ら 数えて二九丁表から六一丁裏︵綴じ紐の結び目があ る 方とは反対の 側 ︹裏 側 ︺から 数 えて一丁表から三 三 丁裏 ︶ までを掲載した。 一 本 稿では、翻刻・注記とともに、資料全体に関する詳 細 な 解 説を付す予定であったが、紙幅の都合上、こ れ を別 の機会に譲り、翻刻と注記のみを掲載することと した 。 一 翻 刻にあたって、 各丁表 ・ 裏の 最 初の行の前に、 丁 裏 ︵一丁 表 ︶︼のように 、綴じ紐の結 から数えた丁数と表・裏を表示し、あわせて︵ に綴じ紐の結び目がある方とは反対の 数 えた丁 数 等を付した。また、その 場合は、 ︹記載なし︺と表記した。 一 訂正箇所︵ 抹 消、補入等︶については、原則として訂 正後の文字のみを記載し、一部、補注で抹消さ 字 を 補 った。訂正・ 補 入箇 所 がはっきりしないものに ついては、できる限り資料に近いかたちで 一 誤字、脱字、当て字は原本のまま翻刻し、補注をつけ て これを補った 。 一 旧字・異体字は、原 則 として常用漢字に 一 翻 刻文中に、現在では 使 用を慎むべき用語が見ら が、歴史的資料としての 性 質を考慮し、そのまま記 を 行 った。 一 資 料 の解読にあたって、加藤芳典氏︵文京ふるさと 史 館 専門員︶ 、なら び に平野恵氏 ︵台東区立中央図館 郷土・資料調査専門員︶の協力を得た。 一 資 料 の翻刻・注記は北田建二︵東洋大学井上円了記 念 博 物 館 学芸員︶が行った。 翻刻 ︻ 六一丁裏︵一丁表︶ ︼ △ 大 黒天 △ △ 獅 子 △ 大黒天 △ 瀬戸ノ花瓶 一 全国行脚用提 灯 一 河内国瓢箪山稲荷ノ﹁ツジ ウ ラ 1 ﹂入ノ 扇 第二 架 △ 仏神 像 2 数種 箱 入 △ 仏画 廿 △ 越後国浦佐比砂門 堂 3 参 詣ノ節ニ 貰ヒウケタル仏 像 木 三 ︻ 六一丁表︵一丁裏︶ ︼ ︹ 記載なし ︺ ︻ 六〇丁裏 ︵ 二丁 表︶ ︼ ︹ 記載なし ︺ ︻ 六〇丁表︵二丁裏︶ ︼ △ 仏像 木 産 △ 像 木 廿 △ 像 立 金 △ 観 音 像 △ 不動像 金 △ 大 黒天 木 △ 夷 様 木 △ 埃 及 1 神 像 アレキサンド ル 2 首府ニテ購ヒ フ 3 七 △ 土ノ 塔 △ 観 音瀬戸像 セ 4 △ 厄除土神 木 △ 像 木 エン マ
︻ 五九丁裏 ︵ 三丁 表︶ ︼ △ 福神 土 △ 像 金 一 石像 佐渡国 石 △ 像 箱 入 △ 像 △ 像 △ 像 一 沖 縄 ノ紙 銭 一 ﹁シ ヤ ム 1 ﹂ 仏 像 破 片 一 西 蔵 2 国ノ 仏 器 3 一 台湾仏 像 4 △ 像 ︻ 五九丁表 ︵ 三丁裏 ︶ ︼ 一 大宮孝 潤 1 氏寄 贈ノ 貝 葉 2 巻物 錫 蘭 3 人 秘蔵ノ 巻 物 一 像 △ 花 瓶 一 西蔵ノ菩提 樹 果ニテ製シタ ル 珠 数 4 △ 珠 数 一 伏見 稲 荷 5 一 菅 公 6 一 千年大 祭 奉祝紀念 墨 ▲ 仏 像 △ 箸 入 △ 花 瓶 △ 像 ︻ 五八丁裏︵四丁表︶ ︼ 一 印度錫蘭縮甸 国 1 貝葉経 文 一 一 錫蘭将 来 2 貝葉 ノ由 四 念処 圣 3 一 シエクスピア誕生家 画 4 一 沖 縄 県ニテ正月供物ノ下ニ布ク紙 △ 画
△ 弘 道 舘 5 ニ テ贈リタル﹁メタル﹂ 一 暹 羅 6 将来貝 葉 第三 架 △ 如意 ︵ 自然木 ︶ △ 仝︵蓮花形 ︶ △ 仝︵蓮実︶ 一 龍形自然木 ︻ 五 八 丁 表︵ 四丁裏 ︶ ︼ △ 如意 ︵ 海松 ︶ 木ノ子 形 一 アイヌ 細工 手拭掛 △ 如意類 細キ自然 木 △ 如意 ︵ 柘細工 竹形 ︶ △ 仝︵髑 髏 形自然木 ︶ 一 愛尓 蘭 1 ステッキ △ 如意︵霊 芝 2 形 彫刻物︶ △ 仝 ︵ 海松ノ霊 芝 形 3 ︶ 一 台 湾 生蕃 4 地 埋木 楠 根 一 塩 原 5 ノ瘤木 △ 如意︵蓮 根 形ノ細工物 ︶ △ 如意 自然 木 ノ骨形 ︶ 6 ︻ 五七丁裏 ︵ 五丁 表︶ ︼ △ 木刀 ︵ 竹形 ︶ △ 鞭 ︵自然 草 △ 棒 ︵自然木ノ類 ︶ △ 木扇 一 天狗杖 一 天狗 杖 ︵大ステッキ ︶ ︵ 霊芝形、赤色 紐︶ △ ステッキ︵自然木︶ △ 仝 一 幽霊 杖 一 幽霊 杖 △ 鞭︵竹︶ 一 アイヌ 幣束 一 台湾人 祭 用竹紙 △ 如意︵鋳造物 霊芝形 ︶
︻ 五七丁 表︵ 五丁裏 ︶ ︼ △ 卜筮用具 剣 1 △ 近世哲学者 写真︵カラ ス 箱 2 入 ︶ 剣 3 △ 鳩像︵木︶ 一 こっくり用の 竹 4 一 宮地 嶽 5 剣 一 十和田湖神社 鉄 草鞋 第四 架 △ 朝 鮮 6 人 ノ煙草入 ︵ 油紙製 ︶ △ 墓場形煙草 入 △ 煙草入︵木 7 ︶ △小煙管︵木製 ︶ △小仝︵陶口︶ 二 本 ︻ 五六丁裏 ︵ 六丁表 ︶ ︼ ▲大煙管︵日 本 形 ︶ △ 煙管︵ 金 口 ︶ △ 煙管用ノ竹 三 本 一 生蕃人烟管︵竹根 ︶ △ 大煙管 護謨附 △ 煙管ノ首︵ 金 口 ︶ △ 煙草ノ灰 入筒 ▲ 貝 首 1 ノ煙管 二 本 一 ラッ プ 人 2 製作 馴鹿骨ノ烟 管 一 台湾人ノ煙草入︵骨細工︶ △ 煙管︵ 金 製 日本形 ︶ ︻ 五六丁 表︵ 六丁裏 ︶ ︼ △ 煙管 ︵ 木製 ︶ 三箇 △ △ パイプ吸口︵黒︶ 簟 1 鬼 2 二個 一 台湾人ノ烟管 ︵ 竹 3 身 金具付 ︶ △ 煙草入 革 製 一 印度ノ煙管︵ 破 片 ︶ 一 生蕃煙管︵木製 ︶ 一 濠州ノ大煙管 ︵ 木製 ︶
一 ブラジル煙草︵練物︶ △ 煙管ノ金具 吸 口 △ 鯰形パイプ △ 木形パイ プ ︻ 五五丁裏︵七丁表︶ ︼ 一 南アメリカの土 人 の烟 管 △ 煙管︵首尾金具付 ︶ △ 仝︵銀製︶ △ 仝 ︵ 生蕃人細工 ︶ △ 仝︵ 金 製蓮形 ︶ △ パイプ︵瓢製 ︶ △ 煙管︵全部金製 ︶ △ 煙草入 ︵ 達磨ノアク ビ 1 ︶ △ 仝︵瓢箪︶ △ 仝︵鬼面皮製 ︶ 一 南米ブラジルノパイ プ ︵骨︶ 一 庄内 地 方 2 煙草 道 具 3 ︻ 五五丁表︵七丁裏︶ ︼ △ 火ノ用心書ノ煙草入 髑髏ノ根 附 △ 草津産 木片 根付 △ 煙管︵全部金製 ︶ 一 太 神 宮 1 火 用心煙草 入 一 アメリカ烟 管 首 △ 木 ノ置煙草 入 △ ヒキカヘル 煙草 入 △ パイ プ用 △ パイプノ軸︵サビタ ︶ △ パイプ︵竹︶ 一 生蕃人ノ煙管 ︵ 軸 2 ︶ ︻ 五四丁裏 ︵八 丁表 ︶ ︼ △ 自然木ノ烟草 道具 △ 藤ノ実ノ煙草 入 △ 烟管︵日本︶大中小 三本 一 仏国 小パイ プ △ 煙草入 木 ノ タウモ ロ コ シ製 三 ス ク ミ
△ 煙 草ノサ シ 1 ︵ 木製 ︶ △ 西洋ノ大パイ プ ︵練物︶ △ 台湾人所用ノ煙管 △ 巻煙草入︵編物 ︶ △ 仝 木 ノくり 物 2 二 種 ︻ 五四丁 表︵八 丁裏 ︶ ︼ △ 煙管サシ︵木ノ筒 ︶ △ 煙管︵瓢製 ︶ 一 北 欧 諾 威 1 ノ烟 管 一 ブ ラジル土人 烟管口 △ 魚形煙管サ シ 一 一 天狗ノ 大 烟管 一 一 幽霊 烟管︵ 破 損 ︶ △ 煙管︵全 身 洋 銀 2 ︶ ︻ 五三丁裏︵九丁表︶ ︼ △ 仝︵首尾銀 ︶ △ パイ プ ︵サビタ ︶ △ 煙草入 ︵ 藤木細工 ︶ 第五架 △ 一 朝 鮮 人ノ物差 一 朝 鮮 ノ小供用ノ帽 子 △ △ 硯 一 朝 鮮 ノ水入 △ 朝鮮刃 二 本 ︻ 五三丁表︵九丁裏︶ ︼ △ アイヌ製作品 一 盆 一 朝鮮人ノカウス 一 台湾人ノカウス 一 イクパシユ イ 1 酒ヲノムトキニ ヒゲヲ上ル ヘ ラ 2 一 熊 祭 3 ニ用フル 花矢 一 アイヌ製作小舟 ︵ クレカシ ︶ 竹 ト 金具 二個 ゴム 附 陶 器
一 舟ノカイ︵アスナ プ ︶ 一 北海道土人製ノカゴ 一 北海道土人所有ノ 梭 4 一 椰子ノ実ノ花 差 一 台湾 椰子ノ 実 ︻ 五二丁裏︵一〇丁表︶ ︼ 一 琉球 カンザ シ 一 琉球 泡盛入 蛮 1 一 生蕃人ノ食 器 △ 扇子 一 生 蕃 所 持 の台湾ノ 蛮 刀 一 台湾生蕃人彫刻 魚形 一 台湾 占 器 一 蕃 界ノ藤ノ実 一 小 笠 原 2 製煙草 入 一 林 投 樹 3 ノ 葉 ▲ ︻ 五二丁表︵一〇丁裏︶ ︼ 一 生蕃所有ノ 器 物 一 台湾新竹 庁 1 管内 蕃 地 2 内湾渓ノ上流 ブ ロワ ン 社 3 蕃 人 4 所 有ノ弁 当 一 伊豆大 島 5 婦 人 鉢 巻用 ノ手 拭 一 伊豆大島衣服ノ 紋 形 一 伊豆大島 婦 人新 帯 ノタス キ 第六 架 △ 石 一 アメリカ製パイ プ △ 筆 立 ︻ 五一丁裏︵一一丁表︶ ︼ △ 鳥 △ △ 水入
△ 石 一 北極海夜半太陽不 没 地 1 紀念 一 印度 採 集ノ水 葉 △ 一 ミユ ヘ ン 2 ビ ーヤノ紀念 物 △ 狸 △ 画 △ △ 那威ラップ人ノ家ニテ求メ シ 木片 ︻ 五一丁表︵一一丁裏︶ ︼ 一 支 那ノ扇 子 一濠州タウンスビル紀念品 △ 人 形 一 南米土人チョコレートヲ 混和スル 器 一 アイルランド 製 一 鴨緑江 ノ 戦 1 ニ テ得タル露兵ノ黒カ バ ン 一 瑞 西 2 ノ 景 一 欧州最北ニ住スル蕃人 ラッ プ 人 種製作品 一 印度 婦 人ノ装飾 品 一 米国 新約 克 3 養 老園訪 問 ノ節 九十四才ノ老 婦 人ヨ リ ︻ 五〇丁裏 ︵ 一二丁 表︶ ︼ 貰 ヒウケタルモノ 婦 人手製ノ針 差 △ 一 英国 温 泉場バス 町 1 一 中 央 亜非 利 加 2 帽 子 一 満 州ノタヽ キ △ 石 △ グ ラスノ靴ノ 形 △ 狸
△ ゴレギオ ナショナル コレ大ノモレノ︵メタル ︶ 一 南米瓢箪︵マ テ 茶 3 ヲ 呑ム 器 △ ︻ 五〇丁 表︵ 一二丁裏 ︶ ︼ △ 布 袋 △ 図 一 濠州メルボ ル ン 1 △ 玩具 一 濠 州フカ 魚 2 ノ歯 △ 瓢箪 △ 貨幣 数 箇 △ 図 一 支 那国羽団 扇 一 奉 天 3 北 陵 4 古瓦 △ 扇子 一 ラツ プ 人種ノ﹁コリ カ ゴ 5 ﹂ 模型 ︻ 四九丁裏 ︵ 一三丁 表︶ ︼ △ 独 鈷 1 △ 文鎮 一 台湾人 婦 人ノ 靴 △ 珠 数 一 南洋ノ水夫 鳥 一 菅公千年 祭筆 △ 文鎮 △ 筆 第七 架 △ 藤 盆 一 肥 後 日 奈 久 2 竹 細工 一 会津奇 木 ︻ 四九丁 表︵ 一三丁裏 ︶ ︼ 一 上州 草 津 1 ︵ 木 ︶ 一 上州四万 温 泉 2 産製︵木 ︶ 一 四万山中産︵木ノ根 ︶ 一 伊豆︵木ノ根 ︶ △ 机ノ上ニ飾ル様ノモノ︵木︶ △ 馬 蹄
△ 傘提灯 一 日 奈 子 3 細工 △ 木ノ 盃 一 秋田県ノ蝋燭代用ノ 松 脂 4 一 越 後 国赤 倉 5 製 ︵カ ゴ ︶ 一 美濃国郡上郡 東 村 6 ︻ 四八丁裏︵一四丁表︶ ︼ △ 鉄 瓶 シ キ 1 一 飛騨 高 山 2 製 文鎮︵二︶ 一 美作苫田 郡 3 山 間 ︵福 助 ︶ ︵ 二 ︶ △ 盃 △ 鉄 瓶シ キ 一 高 松 鯨 歯 一 箱根 山 椒 木ノ筆立 一 高松 鯨ノ茶 器 一 越 後 万上塗物 △ △ 人形 ︵ 桐木 ︶ △ 魚ヲツル 針 ︻ 四八丁表︵一四丁裏︶ ︼ 一 美濃国郡上郡八 幡 町 1 形 似 具 △ 木 ノ 一 美濃国郡上郡八幡町︵虫食 ノ木︶ 一 相州 鎌 倉 2 貝ヲ掘ル器 △ 鍬︵石坂禄朗氏寄 贈 △ 木彫刻ノ達磨 様 一 明治四十三年六月初旬 浴于 草津 温 泉易以此杓 灌頂是其紀 念 也 3 井 上甫 水 4 一 秋 田県尾 去 沢 5 鉱 石筆 架 ︻ 四七丁裏︵一五丁表︶ ︼ 東 林 寺所贈の床飾
△ 鉄瓶シキ︵三 ︶ △ マルイ入物︵木 ︶ △ 木盆︵三︶ 太宰府 △ 扇子形箸 入 △ 木ノコロ︵ 文 鎮ノセ︶ △ 竹ノ根彫刻セタ ル 1 モノ ︵ 男山 ︶ △ 四万製 盃 △ 十和田名産ノ鉄瓶シキ △ 盃︵土︶ △ 鉄 瓶シキ︵二 ︶ △ 草 津 産︵コケ ︶ ︻ 四七丁表 ︵ 一五丁裏 ︶ ︼ 一 肥 後 日奈久人 形 △ 木ノ 文 鎮 △ 土 盃 一 埼玉県 秩 父 方 面 1 ニテ 正月 松飾リヲ 取 リタル跡ヘ建ツ ル モノ △ 松 脂 △ 煙草灰 落 ノ様ナモノ 一 相州 三 崎 2 ニ テ得タルふぐ ノ 皮 一 山形県使用 鍬 ノ泥除 一 越 後 国田 上 村 3 七不思議ノ一ナ ル 繋 ぎ 榧 4 一 飛騨国高山製ノ鉄瓶シキ 一 江州多賀神 社 5 ノ寿 命杓 子 6 ︻ 四六丁裏 ︵ 一六丁 表︶ ︼ 一 伊 豆 伊 東 1 奇木 一 飛騨ノ拭糞 器 ︵二 ︶ 一 越 後 妙香 山 2 腹 赤倉産寄 木 一 但馬 湯 村 3 小学生徒ノ作リタ ル 椀 4 一 山形県庄内海 波 ニ生ズル 筆 草 5
一 修善寺 木根ノ煙草入 一 上 州 四 万 6 山中産 ︵ 木 ︶ 一 因州吉岡 温 泉 7 製 煙草 入 一 福島県田村町 ㊍ △ 竹ノ根入物 一 上州草 津 ノ木 一 箱 根 ノ埋木 ︻ 四六丁表︵一六丁裏︶ ︼ 一 修 善 寺 1 盃 一 越後赤倉製カゴ ダ ルマ 一 茄子ノ形ノ 文鎮 一 伊豆 樟 ▲ 木ノ根ノ入物 △ 蛇様ノ木 一 高 野 山のウス 一 奥村又八郎 城 2 跡 ヨ 3 出 ヅ ル 焼 米 焼麦 一 桜皮煙草 入 一 白根山ノコ ケ ︻ 四五丁裏 ︵ 一七丁 表︶ ︼ 第八架 ∠ 1 △釜 敷 四 一 鶴喜 ソ バ 2 一 光 遠 木 3 一 安芸ノ 宮 島 4 ニ テエタル 木 一 笠 置 山 5 ︵ 木 ︶ 一 福島県 信 夫郡瑞 穂 6 △ 埋木 盆 △ 釜敷︵四︶ △ 蓮ノ実 キノコ 箱入 一 急 須 一 美濃国郡 上 郡 7 ノ 蛭木 ︻ 四五丁表 ︵ 一七丁裏 ︶ ︼ △ 籠 製 ノ蛇 △ 瓢箪 一 飛騨白 川 1 ノ 器 物
一 八幡町ノ椀 一 山 形 県 ベ ラ △ 山 形 県 山中ノ杓子 △ 木ノ 根 一 秋田県ノ華 入 一 傘提 灯 一 木 曽 おろし く し 2 一 マゲワ ッ パ 3 一 蕃 界 4 ノ蔓物 ︻ 四四丁裏︵一八丁表︶ ︼ △ 釜 敷 一 秋田県 ヤ ス 1 一 小笠原島 唐 辛 木 2 一 白川ノ 茶 杓 一 杓 一 秋田県ノ石 器 一 滋賀県杓 子 △ 舟形 △ 巻 簾 ︻ 四四丁表︵一八丁裏︶ ︼ ︹ 記載なし ︺ ︻ 四三丁裏 ︵ 一九丁 表︶ ︼ 北 側 上段 ・ 八郎 湖 1 張 切網模型 1 ・ メキシコ 松 カサ 2 ・ 木 ノ箱 3 ・ 火 鉢 4 ・ 飛 騨 農夫使用ノ皮 5 ・ 印度 製作 品 6 ・ 大 ナルキノコ 7 ・ 福島県七 郷 村 2 よ り出づる木 8 南米土 人 用 靴 ・ 籠提灯 9 ・ 大 ナルキノコ 10
︻ 四三丁 表︵ 一九丁裏 ︶ ︼ 上段 十一 品 二段 ・ 登 山用ノ 杖 1 ・ 都路地火鉢 2 ・ 木 コロ 3 ・ 木 コロ 4 ・ 木 コロ 5 ・ 越 後 六角提灯 6 ・ メキシコ土人草 鞋 7 ・ 秋田県ミツカイ 8 ・ フカ グ ツ 1 9 ・ フカ グ ツ 10 二 段 十 品 ︻ 四二丁裏 ︵ 二〇丁 表︶ ︼ 三段 ・ 山形県赤子ノ尻ニシク﹁イズメ 1 ﹂ ・ 琉球提 灯 2 ・ 南米土人ノ火オコシ 3 ・ 秋田県 ボン ブ ク ・ 秋田県 コンロ ・ 秋田県 ズン ベ イ 2 ・ 越 後 の雪中クツ ・ 芝山仁 尊 3 足 袋 ・ 恵比寿 屋 根 鋪草履 ・ レンジャク ︻ 四二丁表︵二〇裏︶ ︼ 三 段 十品 五 段 1 ・ 山形県 草鞋︵雪中︶ ・ 韓国ノ草鞋 ・ 秋田県ノカヽリ ・ ツマガ ケ 2 ・ 秋田県ノ鏡餅乾燥 器 3 ・ 秋田県ノド ウ 4 ・ 越後ノカンジ キ 5
・ 支那ノ草履 9 ・ 善光寺草履 10 ︻四一丁裏︵二一丁表︶ ︼ ・ 秋田県ワラグツ 11 五段 拾品 四段 ・ 山 形 県 鉈 袋 1 ・ 阿 波 ノ箒 2 ・ 鹿児島箒 3 ・ キビガラノ箒 4 ・ 丹波船 井 郡 1 ハ タ キ ・ 支那婦人ノ靴 6 ・ 鎌倉ノハタキ 7 ・ 山形県汁杓子 8 ︻ 四一丁表︵二一丁裏︶ ︼ ・ 埼 玉県 竹 縄 1 9 ・ 白川ノ 汲 水 品 2 10 ・ 埼玉県 秩 父ノ箒 11 四段 十一 品 六 段 ・ 熊本 御免 下 駄 3 1 ・ 秋田県 クチャボン 2 ・ 山形市ノ氷ス ベ キ 4 下駄 3 ・ 佐 賀小 城 町 5 魔除 締 縄 6 4 ・ 徳島県 乾柿包 5 ・ 秩父山中ノ杖 6 ・ 秋田県カンジキ 7 ︻ 四〇丁裏︵二二丁表︶ ︼ ・ 鹿児島提灯 8 ・ 福島県ノ ﹁ スイ ノ フ 1 ﹂ ・ 佐渡 ザ ル 10 ・ 秋田県コダ シ 2 11 ・ 備 後 ノ脚半 12 六 段 十二 品 七段 ・ 越後 ツマ ガ ケ 3 1
・ 越 後 雪 下 駄 4 2 ・ 韓国ノワラジ 3 ︻ 四〇丁表︵二二丁裏︶ ︼ 一 越 後今 町 1 足 袋 4 ・ 越後ノ足 ガ ラミ 5 ・ 秋田県 権 平 2 6 ・ 仝 7 ・ 福島県ツ マ コ 3 8 ・ 秋 田県ツ マ ゴ 4 9 ・ 朝鮮下駄 10 ・ 秋田県 ワラグツ 11 ・ 仁 王 尊 5 名物足 袋 12 ・ 秋 田県ヘト ロ 6 13 七 段 十三 品 ︻ 三九丁裏 ︵ 二三丁表 ︶ ︼ 八段 ・ 台湾人ノ草 鞋 1 ・ 雪中用下駄新案 2 ・ 下駄 ? 1 ・ 肥後熊本 下駄 ・ 草鞋?︵二 ︶ ・ 鹿 児 島県ノハナオ ・ 秋田県 シン 平 ・ 琉 球 草履 ・ 支那草履 ︻ 三九丁表︵二三丁裏︶ ︼ 八 段 九 品 下段 ・ 越後ノクツ ・ 男鹿 半 島 1 靴 ・ 男鹿 半 島 雪 中ハキモノ ・ 雪中下駄新案 ・ 庄内地方ノ深グツ ・ 山形県村 山 郡 2 ノ 雪中草 鞋
・ 山形県庄内地方 7 ノメザ ウ 3 ︻ 三 八 丁裏 ︵ 二四丁 表︶ ︼ ・ ワラジ? 8 ・ 草履? 9 ・ 有馬 温 泉 1 場ノ 10 草 履 一 山形県 村 山郡 11 ノ 婦 人用氷 靴 一 上州伊 香 保 2 下 駄 2 一 佐賀県及ビ熊本 県ノ御免下駄 13 一 韓 国ノワラジ 14 一 北海道アイヌ製下 駄 ︻ 三八丁表︵二四丁裏︶ ︼ 一 下駄? 16 下段 十六 品 西側 上段 ・ 埋木海松 1 ・ ?︵木 ︶ 2 3 一 摂 津 国能勢 山 1 中 4 花 立 桶 一 鎌倉ふぐ提灯 5 一 南洋サモ ア 島 2 土人 腰巻 6 ︻ 三七丁裏 ︵ 二五丁表 ︶ ︼ 一 琉 球 福神図 7 一 支 那台湾民家 奉崇ノ仏像図 8 一 山形県 村 山郡地 方 農家 婦 人用茣 蓙 一 越 前ニテ用フル 雨傘 掛 九 品 ︻ 三七丁表︵二五丁裏︶ ︼
二 段 一 ゴザ 一 ? 一 暹羅僧 服 一 飛騨国白川郷所用 笠 一 秘 露 1 国 山間土人 被 服 一 山形県村山郡地方ノ 男子用 笠 ︻ 三六丁裏 ︵ 二六丁 表︶ ︼ 一 秋田県の荷負 器 セ ナ カアテ 一 佐 渡 1 小 学児童ノ雨 具 一 台湾 人 ノ笠 一 秋田県農 事 用 笠 一 支那広 東製 アンペ テ 2 炭 物用 袋 一 紀州農民用笠 一 越 後 藁 ボシ ︻ 三六丁 表︵ 二六丁裏 ︶ ︼ 一 秋田県雪中 用 雨具 ミノボシ 一 山形県庄内学校生徒雨 具 ゴ ザボ シ 十五品 三段 一 琉球昔時 藩 王ノ足袋 一 朝 鮮 足 袋 一 佐渡ニテ稲虫ヲ払フ器 ︻ 三五丁裏︵二七丁表︶ ︼ 一 羽前庄内 婦 人帽 一 名ドウモカ ウ モ 1 一 山 形 県庄内農用ノバンド リ 2 一 モヽヒキ ︵ モンペ ︶ 秋田所 用 一 モヽヒキ︵モンペ︶ 塩 原所 用 一 越 後 ニテ雪ヲ取リ払フコ ス キ 3 八 品
︻ 三五丁表︵二七丁裏︶ ︼ 中央 上 ノ 部 一 鹿児島提灯 一 生蕃人所用 袋 一 朝鮮提 灯 一 南米 套 ポンチ ヤ ウ 1 ︻ 三四丁裏 ︵ 二 八 丁 表︶ ︼ 東側 妖怪 棚 1 第一 架 一 猫︵石像︶ 一 ビリケン︵土像 ︶ 一 狸 ︵土 像 ︶ 一 ︵木 像 ︶狸ノ木魚 一 稲荷︵石像︶ 一 猿 ︵着物姿︶ ︵土︶ ︻ 三四丁 表︵ 二 八 丁裏 ︶ ︼ 第二 架 一 笠冠りノ熊︵土 像︶ 一 狸ノ洋服姿︵土 ︶ 一 茣蓙 着 1 酒徳利魚持チタル 狸 ノ煙草入 ︵サ シ 2 人 間 緒 締 稲荷面︶ ︵木︶ 一 狸︵木︶ 一 髑髏︵石︶ ︻ 三三丁裏 ︵ 二九丁 表︶ ︼ 第 三架 一 笠冠りノ熊 ︵ 土 ︶ 一 ビリケンの提 灯 持︵土 ︶ 一 大狸︵木︶ 一 狸︵ 香木 ︶ 一 狸︵ 酒徳利持チ ︶ ︵ 土 ︶ 一 天狗面 ︻ 三三丁表︵二九丁裏︶ ︼ 第四 架 一 髑 髏 ニ三ス ク ミ 1 ︵ 木 ︶ 一 稲荷 像 ︵石︶
一 大猫 ︵ 土 ︶ 一 鬼 ︵ 土 ︶ 一 達磨︵土︶ ︻ 三二丁裏︵三〇丁表︶ ︼ 第五 架 一 人間 像 ︵土︶ 一 狸ノ書キタル字 写真 一 木魚香炉︵土 ︶ 一 着物着ノ 狸︵ 木 ︶ 第六 架 一 ハート形 板 一 日露戦 争 中異様ノ笹葉︵銃形ノ模様附 ︶ ︻ 三二丁表︵三〇丁裏︶ ︼ 一 木像︵ 観 音︶ 一 狸 ︵ 木 ︶ 一 雨傘冠りノ狸︵木 ︶ 一 金 製蛇 一 面附ノ土 瓶 一 酒 通 ヲ持テル 狸︵ 土 ︶ 一 金製蛇形蝋燭立 テ ︻ 三一丁裏︵三一丁表︶ ︼ 珍 器 棚 1 上 段 一 鳩形 ︵ 自然香木 ︶ 一 妖怪印︵海 松 一 西蔵通用貨 幣 一 生蕃彫刻物 ︵ 人間 ︶ 一 台湾生蕃旧貨 幣 ︻ 三一丁表︵三一丁裏︶ ︼ 一 煙管?︵ 金 ︶ 一 佐渡ノ狸文鎮 一 印度仏陀伽 野 1 ヨ リ将来︵石︶仏像彫 一 暹羅仏︵ 金 ︶ 一 鯨ノ耳中ノ 骨 石 2 一 生蕃ノパイ プ 一 富士山ヨ リ 出セル 蚯 蚓 石
︻ 三〇丁裏︵三二丁表︶ ︼ 一 南アメリカ土人彫刻ノ偶 像 ︵木 ︶ 一 南米アルゼンチン特産ノ動物 下 段 一 生蕃人製品︵土製舟形︶ 一 塩原自然木 一 南洋産 天 然石 一 味 柑 ノ皮ニテ作リタル水 呑 ︻ 三〇丁表︵三二丁裏︶ ︼ 一 南米ノマテト名ズクル 木 葉ヲ飲用スル器 瓢 箪 一 如意 霊芝形自然 木 一 ブラジル土人焼物 一 宝珠ノ 玉 一 小 笠 原産ノ 亀 一 ラッ プ 人製作ノ馴 鹿 1 角 パイ プ 一 馬︵土︶ ︻ 二九丁裏︵三三丁表︶ ︼ 一 煙草入︵髑髏形竹 製 南 側 一 藁人形五品 山形県庄内地方ニテ毎年 盆ニ 使用スル 人 形 1 一 朝鮮魔 除 人形︵藁細工 ︶ 一 備 前 焼 2 獅子火鉢︵土 ︶ ︻ 二九丁表 ︵ 三三丁裏 ︶ ︼ 北 側 二 階 1 一 不動明王ノ 画 像 2 一 文殊菩薩 木 像 3 一 閻魔 像 4 補注 ︻ 六一丁裏 ︵ 一丁 表︶ ︼ ︵ 1︶ 瓢箪山稲荷神社︵現大阪府東大阪市︶で行われる辻 占 。井上円了は 、﹃迷信 解 ﹄︵明治三七年︶ 、およ
﹃迷 信 と宗 教 ﹄︵大正五年︶で、日本の社寺で行わ れ て いる吉凶占い ︵御籤︶について 、﹁その 種 類も幾 と おりもあるが、 帰 するところは易筮のごとく人の 決心を定むるに過ぎぬ 。﹂と述べたうえで 、辻占を ﹁ 一 種 の戯 れ にひとしきもの﹂と評している︵ ﹃井上 円了選集﹄第一九巻、 東 洋大学、二〇〇〇年、六 五 一 頁、 お よ び ﹃井上円了選集﹄第二〇巻 、東洋 大 学 、二〇〇〇年、二〇九頁︶ 。 ︵2︶ 明治二三年二月発行の ﹃天則﹄第一編第一二号に 、 ﹁ 哲学館ニ古像古書ヲ蒐集スル旨趣﹂と題した広告 が掲載さ れ ており、東洋学の振興のため、哲学 館 に ﹁ 古書貯蔵室﹂と ﹁古 像 陳列所﹂を 設 置して文献 資 料のほか、仏神像や神器・仏具など、 ﹁古学ノ考証 ﹂ に 欠かせない品物を収集する計画が公にさ れ てい る ︵ ﹃ 天 則 ﹄第一編第一二号 、哲学書院 、一八九〇年 、 広告三頁︶ 。このことから 、こうした仏神像などの 収 集活動は、すでに明治二〇年代前半には行わ れ て いたと考えられる。 ︵ 3 ︶ 浦 佐毘沙門堂。現 新潟 県魚沼市 。 ︻ 六〇丁 表︵ 二丁裏 ︶ ︼ ︵1︶ エ ジプト 。 ︵ 2 ︶ アレキサンドリア。エジ プ ト。井上円了の第三回 海 外視察の紀行文 ﹃南半球五万哩﹄ ︵明治四五年︶に は、 ﹁ 前 後 三回の足跡﹂として 、第一回から三回 で の海外 視 察で 停 留した場所の地名が一覧的に掲 されている。これによると、円了は明治二一年 八八八︶ 六月から翌年六月にかけて行った第一回 外視察の 際 、スエズ運河を通 過 する直前にアレキサ ンドリアを訪れている ︵﹃井上円了 柏 書房、二〇〇三年、四四一頁 ︶。 ︵ 3︶ 当初 、﹁購フ﹂と書いたものを ﹁購ヒ﹂に訂正しよ う としたもの か。 ︵ 4 ︶ 瀬 戸物の意 味 か。あるいは、 ﹁七﹂か ︻ 五九丁裏︵三丁表︶ ︼ ︵ 1︶ シ ャム ︵暹羅︶ 。 現 在のタイ 。井上円了は 度 にわたる世界旅行︵海外視察︶ではシャムを訪 たことはない 。 ︵ 2︶ チ ベット。当時、チベットは 外 国人の入国を極端に 制限しており、当然ながら井上円了自身、チベッ を 訪 れ たことはない。ただし、 ﹃西航日 七 年 ︶ によると、明治三五年 ︵ 一九〇二 ら 同三六年七月にかけて行った第二回海外 上 、インドに滞在した 際 に、哲学 トに 入 国した経験をもつ河口慧海の案内で、ダー リ ンのチベット人住宅やラマ寺を訪れ 風 の生活﹂を 体験 している ︵﹃井上円了
記﹄ 、一七〇│一七一頁 ︶ 。 ︵ 3 ︶ マニ車のことか。哲学 堂 で公開されていた井上円了 の収集品の多くが、現在、山 記念中野区立歴史民 俗資料館に収蔵されているが、これらの資料群のな かに﹁西蔵国ノ仏 器 ﹂と書かれた紙札の付いたマニ 車 が 存在している。 ︵4︶ 明治三三年︵一九〇〇︶発行の﹃ 妖 怪学雑誌﹄第二 号の口絵に、哲学館の館友で台湾に居住する足立 格 致 から井上円了に贈ら れ た﹁仏像﹂の写真が掲載さ れており、表紙裏に付された 解 説文には、この像 は 台湾では﹁仏像﹂として崇拝されているが、これ が 果 たして本当に﹁仏像﹂なのかは疑わしい。そ れゆ え 、この像を﹁ 妖 怪﹂の一 種 として誌上に掲載し た と ある︵ ﹃井上円了 妖怪学全集﹄第六巻、柏書房、 二〇〇一年 、一五七│一五八頁︶ 。この ﹁仏像﹂の 実 物は、現在、山記念中野区立歴史民俗資 料 館の 所 蔵となっているが、この像とともに保存されて い る 紙札には﹁台湾仏[ ] ﹂ ︵[ ]は欠損、 ﹁ 台 湾 仏 像 ﹂か︶とある。そのことから、断定はできな いが 、翻刻した資料に記載されている ﹁台湾仏像 ﹂ は 、 ﹃ 妖 怪 学雑誌﹄第二号に掲載さ れ ているものと 同 一のものであると 推 測さ れ る 。 ︻ 五九丁表 ︵ 三丁裏 ︶ ︼ ︵ 1︶ 大 宮孝潤 ︵おおみや ・こうにん︶は 、明治二六 ︵一八九三︶に哲学 館 を卒業した 。﹃西航日録﹄ 治三七年︶によると、井上円了が第二回海外視察 途 上、インド・カルカッタ︵現コルカタ︶を訪れ 際 には、大宮はこの地でサンスクリットの 研 事 していた︵ ﹃井上円了・世界旅行記﹄ 、一六八頁︶ カ ルカッタ滞在中、円了は大宮からさまざまな を 受けており 、﹁大 宮氏の厚意をかたじけのうする こ と一方ならず、氏の奔走周 旋 、実に至 れ り尽くせ りというべし。 ﹂と記している ︵﹃井上円了・世界 行 記﹄ 、一七六頁 ︶。このほか 、大宮は 、﹁釈尊の 誕﹂に関わりのある﹁無憂 樹 の葉﹂ ︵﹃井上円了・ 界旅 行記﹄ 、一七五頁︶や、 ﹁インド人の携帯 り札﹂ ︵﹃妖怪学雑誌﹄第四号 、﹃井上円了 全 集﹄第六巻、一六五・一七二頁︶といった品物を 提 供するなど 、円了の収集活動にも協力している な お、 ﹃ 南 船 北馬集﹄第一〇編 ︵大正四年︶によ ば、大宮は帰国した後に茨城県 稲 敷郡生板村︵現 敷 郡河内町︶の満足山妙行寺の 住 職となり、大正三 年 ︵ 一九一四 ︶ 一二月一日には茨城県巡講を終え 円了の訪問を受けている ︵﹃井上円了選集﹄第一 巻、東洋大学、一九九八年、二〇三│二〇四頁︶ ︵ 2 ︶ 貝葉︵ ば いよう︶は貝多羅葉の略称で、ヤシ科の植
物の葉からつくら れ る。紙が普 及 する以前、古代イ ンドでは経 文 の書写に用いら れ たほか 、南アジア 、 東 南アジアの一帯でも 文 字等を筆記するのに使用さ れ た 。 ︵3︶ ス リランカ 。 ︵4︶ 数 珠 。 ︵ 5 ︶ 伏見 稲 荷大社。 現 京都市伏見区 。 ︵6︶ 菅 原道真。井上円了は、日本、中国、インドからあ わせて六人の人物を 、 東 洋を代表する賢人 ︵六賢︶ と して選定し、日 本 からは聖徳太子とともに菅 原道 真を選んでいる 。哲学堂の庭内に建 設 した ﹁六 賢 台﹂の内部には 、前号 ︵﹃井上円了センター年報﹄ 第 二二号 ︶ で 翻 刻した円了の収集品とともに、洋 画 家・中沢弘光に描かせた六賢の油彩肖 像 画が飾ら れ て いた 。 ︻ 五 八 丁裏 ︵ 四丁 表︶ ︼ ︵1︶ インド 、スリランカ 、ビルマ 。ビルマは 現 ミャン マー 。 ︵ 2 ︶ ﹁将 来﹂は 外 国などのよその土地から持ってきたこ と を指すことばで、ここではスリランカより伝来 し た品であることを表す。 ︵ 3 ︶ 四念処経。仏 教 の経典のひとつ 。 ︵ 4 ︶ ﹃南半球五万哩﹄ ︵明治四五年︶によると、井上円了 は第三回海外視察で、明治四四年︵一九一一︶七 八日にイギリス ・ロンドンに到着した 跡 探検 ﹂としてシェークスピアやニュートンの生 地 などを訪 れ ている 。円了がストラトフォード シ ェークスピアの生 誕 地を訪 れ たのは、ロンドン到 着 か ら 九 日 後 の 七 月 一 七 日 の こ ﹁ シェークスピア誕生室﹂の写真 ︵絵はがき︶も掲 載 さ れ ている︵ ﹃井上円了・世界旅行記﹄ 三一〇頁 ︶。 ︵ 5 ︶ 天 保一二年 ︵一八四一︶ 、九代水戸藩主の徳 によって開設さ れ た水戸藩の藩校・弘道 ︵ 6︶ シ ャム。 ︻ 五 八 丁 表︵ 四丁裏 ︶ ︼ ︵ 1︶ アイ ル ランド 。 ︵ 2︶ 霊 芝︵れいし︶は、万年茸︵マンネンタケ︶の を もつキノコの一種で 、漢方薬の原料となるほか 飾 り物としても珍重さ れ る 。全体的に平べったく 半円 、または腎形をしており 、﹁ 猿 で も広く呼 ば れている。 ︵ 3 ︶ こ こに記載さ れ ている﹁海松﹂は、海岸に生えた松 で はなく、ミル 科 の海藻のことであろう。海藻の 松は、枝を広 げ た全 体 の形状が扇形、あるいは半円 のような形となる 。﹁ 霊芝形﹂とあるのは
状をとらえて記したものと考えられる。 ︵ 4 ︶ 台湾の原住民 族 である高山 族 で、漢 族 と同化して い な い人々に対して用いら れ た呼 称 。 ︵5︶ 栃 木県那須郡 塩 原村か。現那須 塩 原市。 ︵ 6 ︶ 括弧開きの 脱 字は 原 文ママ。これより以降の丁に お ける括弧開き・閉じの 脱 字についても、すべて 原文 ママで記載した。 ︻ 五七丁 表︵ 五丁裏 ︶ ︼ ︵ 1 ︶ ﹁ 剣﹂の字 体 を 確 認するために書いたものか。 ︵2︶ ガラス箱 。 ︵ 3 ︶ 補 注1に同じ 。 ︵ 4 ︶ 明治二〇年︵一八八七︶発行の﹃妖怪玄 談 ﹄によ る と 、井上円了は、当時流 行 していたコックリさんの 伝来に関して、その発祥地とされる 伊 豆で現地調 査 を 行っており、その結果、明治一七年頃、下田︵ 現 静 岡県下田市︶近 傍 に滞在したアメリカ人が西洋の ﹁ テー ブ ル ・ターニング﹂を 伝 え 、これが日本で ﹁ コックリ﹂として広まったという結論を得ている。 ﹁ テーブル ・ターニング ﹂ とは 、まずテーブルの 周 囲に数人が集まり、手を出して軽くテーブルに触 れ る 。するとテー ブ ルはひとりでに回転を始め、 人 々 の質問に応じて動くという、一 種 の卜占 で ある。円 了 によれ ば 、それが日本に 伝 わった際に、テーブ ル の代用品として、三本の竹 棒 を紐で組み合わせて脚 にし、その上に 飯 櫃のふたを載せて作った﹁コッ リ の装置﹂が用いら れ るようになったという 上 円了 妖怪学全集﹄第四巻 、柏書房 、二〇〇〇 年 、三三│三九頁︶ 。 翻 刻した資料に記載されてい る ﹁こっくり用の竹﹂とは、この三本の竹 棒 で あろう。なお、山記念中野区立歴史民俗資 が 所 蔵する井上円了旧蔵資料のなかに 、﹁伊豆ニ 用□□こつくり様ノ木﹂ ︵□は判読不能︶と記さ た紙札が付いた三本一組の竹 棒 が残されている ︵ 5 ︶ 宮 地嶽 神 社。現 福 岡県 福津 市 。 ︵ 6 ︶ 明 治三八年︵一九〇五︶に青森から上京した 時 期、哲学館大学に籍を置いていたことのある葛 善蔵は 、井上円了の没 後 、﹁超越された方﹂と題し た追悼文において、朝鮮から戻ってきた直 後 が行った学 校 での授業のひとこまを、次のように 懐 している︵三輪政一編﹃井上円了先生﹄東洋大 校 友会、大正八年、一四二頁︶ 。 十二三年も前でしたか、先生が朝鮮の方か 帰られて、お土 産 の朝鮮の草鞋だとか笠だと 云 つたやうなものを学 校 へ持つて来て、実践 理 の時間にその用途など説明さ れ ながら朝鮮 話 をして下さつた時のことが想ひ出されます
あ の素朴謹 厚 な、渾然とした風貌が想ひ出さ れ ま す 。 ︵ 7 ︶ 瘤 。 ︻ 五六丁裏︵六丁表︶ ︼ ︵1︶ 煙 管の首 部 が貝でできているものと思われる 。 ︵ 2 ︶ サーメ 人 。ノルウェー、スウェーデン、フィンラン ド 、ロシアの四カ 国 にまたがるラップランドと呼 ば れる地域に居住する 。﹃南半球五万哩﹄ ︵明治四 五 年 ︶によれば 、井上円了は 、明治四四年 ︵一九 一 一 ︶四月から同四五年一月にかけて行った第三回 海 外視察でノールカッ プ ︵前号一八四頁、一〇丁表 ・ 補 注1 、およ び 一八六頁 、一四丁表 ・ 補 注4参照︶ に 向かう 途 中、ノルウェーのサーメ人の集 落 でその 暮 らしぶりを目にし 、﹁実に太古の遺民なり﹂と記 している︵ ﹃井上円了・世界 旅 行記﹄ 、三二二頁︶ 。 ︻ 五六丁表︵六丁裏︶ ︼ ︵1︶ 字体確認のための書いたものか 。 ︵ 2 ︶ 補 注1に同じ 。 ︵ 3 ︶ 井 上円了は、明治四五年 ︵ 一九一二 ︶ 一月から二月 に かけて台湾巡講を行っているが、このときの記 録 を 収めた ﹃南 船 北馬集﹄第六編 ︵明治四五年︶に は 、同地で珍奇に感じら れ たこととして 、﹁ 竹 造の も のヽ多きこと﹂や﹁煙管の長三尺もあるものを 夫の銃を 負 ふが如く背上に 斜 めに 全 部竹より成ること﹂などをあ げ 了 ﹃南船北馬集﹄第六編、 修 身 教 九一二年、三九頁、引用 部 分は﹃井上円了 所 収︶ ︻ 五五丁裏 ︵ 七丁 表︶ ︼ ︵ 1︶ 煙 草入ではないが 、﹁達磨ノアクビ﹂に関連するも のとして、 ﹃南 船 北馬集﹄第二編︵明治四二年︶に 明 治四〇年︵一九〇七︶七月、井上円了が北海 の巡講のため函 館 に滞在中 、﹁帝室技芸員伊東平 衛 門氏、達磨欠伸の木 像 を贈られたる﹂という記 が見える ︵﹃井上円了選集﹄第一二巻 一 九九七年、三六五頁︶ 。﹁帝室技芸員伊藤平左衛 氏 ﹂ とは、尾張藩 作 事方の大工棟梁家の出 治時代、国内最大規 模 の木造寺院建築である京都 本 願寺御影堂のほか、遠州磐田にある見付学校︵ 静 岡県磐田市︶などの木造洋風建築を手がけたこと で も知られる九代 伊 藤平左衛門である。 ︵ 2 ︶ 山形県の日本海 側 、庄内平野の一帯。 ︵ 3︶﹃ 南 船 北馬集﹄第一三編 ︵大正六年︶の大正五年 山形巡講︵第二回目︶に関する記録のなかで、井 円了は ﹁庄内のタバコ道具も名物の一に加わる
と 記している ︵﹃井上円了選集﹄第一五巻 、 東 洋 大 学 、一九九 八 年、四一頁 ︶。 ︻ 五五丁表︵七丁裏︶ ︼ ︵1︶ 伊勢の皇大神宮か 。なお 、﹁太神宮﹂の前には ﹁伊 勢﹂の文字が記載されていたが、墨で抹消されて い る。 ︵2︶ 軸丈。 ︻ 五四丁裏 ︵八 丁 表︶ ︼ ︵ 1 ︶ 煙 管差しか。煙管の持ち運び用の入れ物。 ︵2︶ 刳 り物 。 ︻ 五四丁 表︵八 丁裏 ︶ ︼ ︵ 1 ︶ ノ ルウェー 。 ︵2︶ 銅 、ニッケル、亜鉛の合 金 。洋白に同じ。 ︻ 五三丁 表︵ 九丁裏 ︶ ︼ ︵ 1 ︶ イクパスイ。アイヌの 儀 礼用具。 木 をヘラのように 平たく削り出したもので、表面には装飾が施されて い る 。 ︵ 2 ︶ イクパスイは、かつて日本のいくつかの文献で、 ア イヌの人々が酒を飲む 際 、長い髭が酒につからな い よ うに持ち上 げ るのに使用するものとして紹介さ れ て いることから、このような説明を付けたのであろ う 。 ︵ 3 ︶ アイヌの伝統儀礼の一 種 で、熊 送 り、イオマンテと も いう。 ︵ 4 ︶ 杼に同じ。機織で横糸を通すための 道 具。 ︻ 五二丁裏︵一〇丁表︶ ︼ ︵ 1︶ 字 体を確認するために書き込まれたものか。 ︵ 2 ︶ 小 笠 原 諸島。現 東 京都小笠 原 村 。 ︵ 3 ︶ タコノキ︵蛸木︶ 。﹃南船北馬集﹄第六編︵明治四 年︶に、次のような漢詩が見える 。 父 母両洲蟠太洋、不寒不熱是仙郷 、 多胡 樹 下冬猶 暖 、加納舟中夏自涼 、 ︹ 父母の両島は太平洋上にわだかまり 、寒か ず あつからず、まさにこれ仙人の住むところで ある。 蛸 の木の下は冬でもなお 暖 かく、カヌ の舟の中は夏でもおのずと涼しい。 ︺ こ れは、明治四三年 ︵ 一九一〇 ︶ 一一月、巡講で 笠 原 諸島に滞在した 際 、井上円了が詠んだもので 同 書には詩中の ﹁多胡 樹 ﹂という言葉について ﹁ 多胡樹は林投樹の俗称にして 、その根上がりて タコ魚に似たるによる﹂という一文も付さ れ ︵﹃井上円了選集﹄第一三巻 、 東 洋大学 、一九九七 年 、二六五頁 、︹ ︺内の漢詩の口語訳は同書によ る︶ 。 ︻ 五二丁表︵一〇丁裏︶ ︼ ︵ 1 ︶ かつて台湾にあった行政区分のひとつ。台湾北西
に 位置し、現在の新 竹 県、新 竹 市などが管内に含 ま れ る 。 ︵ 2 ︶ かつて﹁生蕃﹂と呼 ば れた台湾原住民族︵五八丁 表 ︹四丁裏︺ ・補注4参照︶の 住 む土地。 ︵3︶ 布 洛湾社。台湾の原 住 民族の集落。 ︵4︶ 生 蕃。五八丁表︵四丁裏︶ ・補注4 参 照 。 ︵ 5 ︶ 伊 豆諸島大島。現東京都大島町 。 ︻ 五一丁裏︵一一丁表︶ ︼ ︵1︶ ノ ルウェー、ノールカッ プ 。前号一八四頁、一〇丁 表・ 補 注1、およ び 一八六頁、一四丁表・ 補 注4参 照。 ︵2︶ ミ ュンヘン 。ドイツ 、バイエルン州 。なお 、﹃南半 球 五万哩﹄ ︵明治四五年︶に 、次の通り 、ミュンヘ ンで﹁有名なるビール店﹂を訪 れ たという記 録 が 見 え る ︵﹃井上円了 ・世界旅行記﹄ 、三三五頁 、︹ ︺ 内は引用者 補︶ 。 ︹ 明 治 四 四 年 八 月 ︺ 十 日 、 炎 晴 。 午 前 十 時 、 ミュンヘン着。 金 子恭輔、井出健六、瀬木本雄 諸氏の出迎えあり 。これより瀬木氏の案内に て 、博物 館 、美術 館 、公園 、宮城等を周覧し 、 有名なるビール店ホフブランハウスに至りて 喫 飯 せり 。 ︻ 五一丁 表︵ 一一丁裏 ︶ ︼ ︵ 1 ︶ 鴨 緑江会戦。鴨緑江は中国と朝鮮の国境を流 で 、日露戦 争 時には、日本軍とロシア軍の間で い戦 闘が行われた。 ︵ 2 ︶ ス イス 。 ︵ 3︶ ニューヨーク。アメリカ。 ︻ 五〇丁裏 ︵ 一二丁 表︶ ︼ ︵ 1︶ イ ギリス、バース。一 世 紀ころにはローマ帝国支 下でローマ式大浴場が 建 設されるなど、古来より 泉 地として栄えた。 ﹃西航日 録 ﹄︵明治三七年︶によ る と、井上円了は第二回海外視察の 訪 れており 、﹁この温泉はローマ時代より継続 も のにて 、古代の 遺 物また多し ︵﹃井上円了・世界旅行記﹄ 、二二五頁︶ ︵ 2︶ 中 央 アフリカ 。 ︵ 3 ︶ 井 上円了は 、﹃南半球五万哩﹄ ︵明治四五年︶に ﹁ チリにてはマテと名づくる木葉を熱湯に入 の代わりに飲用す 。これ 、ひとりチリのみならず 南米一 般 に行わるる異風なり。 ﹂と記している︵ 上 円了・世界旅行記﹄ 、四〇五頁︶ ︻ 五〇丁表︵一二丁裏︶ ︼ ︵ 1 ︶ オーストラリア 、 ビクトリア州 。 ︵ 2 ︶ サメ 。
︵3︶ 現 在の中国 遼 寧省、瀋陽市 。 ︵ 4 ︶ 昭 陵。瀋陽︵旧奉天︶にある清の二代皇帝・ホン タ イジ︵皇太極︶とその妻である孝文端皇后の陵 墓。 ︵5︶ ユ リカゴか 。 ︻ 四九丁裏 ︵ 一三丁 表︶ ︼ ︵ 1 ︶ 独 鈷杵 ︵どっこしょ ︶。密 教 で 使 用される法具の ひ とつ。 ︵ 2 ︶ 熊 本県葦北郡日奈久 町 か。現八代市。 ︻ 四九丁 表︵ 一三丁裏 ︶ ︼ ︵1︶ 現 群馬県吾妻郡草津 町 。 ︵ 2 ︶ 現群 馬県吾妻郡中之条 町。 ︵ 3 ︶ 日奈久か。四九丁裏︵一三丁表︶ ・ 補 注2参照。 ︵4︶﹃ 南 船 北馬集﹄第一一編 ︵大正四年︶によると 、 井 上 円了は大正四年 ︵ 一九一五 ︶ の秋田県南部巡 講 で 、八月二三日に 稲 庭うどんの産地として知ら れる 雄勝郡稲庭町 ︵現湯沢市︶を訪れている 。同書に は 、そのときの記録として、松 脂 ︵まつやに︶に 関 す る次のような 記 載がある ︵﹃井上円了選集﹄第 一 四巻、三五〇頁 ︶ 。 雑貨店に松ヤニを笹の 葉 に包み、一見 飴 のごと き ものあり 。 この山間 部 にてはろうそくに代用 するという。太古の遺 風 なお存するはおもしろ し 。 ︵ 5︶ 赤倉 温 泉か。現新潟県妙高市 。 ︵ 6 ︶ 現岐 阜県下呂市 。 ︻ 四八丁裏︵一四丁表︶ ︼ ︵ 1︶ 鉄 瓶敷。 ︵ 2 ︶ 現岐 阜県高山市 。 ︵ 3 ︶ 現 岡山県苫田郡、および津山市の一部。 ︻ 四八丁表︵一四丁裏︶ ︼ ︵ 1 ︶ 岐 阜県郡上郡八幡町。 ︵ 2 ︶ 現 神奈 川 県 鎌 倉市。 ︵ 3︶ 草津温泉の易 ︵ 湯カ ︶、此の杓を以て灌頂す 其の紀 念 なり。なお、井上円了は、 ﹃日本周遊奇 ︵明治四四年︶において、 ﹁草津 温 泉は天下一と称せ ら るるが 、その入 浴 の情態は実に奇々妙々だ 述 べ、草津温泉で入浴する際のしきたりなどを詳し く 紹介している。 ︵﹃井上円了選集﹄第二四巻、東洋 大 学、二〇〇四年、二九六│二九七頁 ︶ ︵ 4 ︶ 井 上円了の号で、出身地である新 潟 県三島郡浦村に 由 来 する 。 ︵ 5︶ 鹿角 郡 尾去 沢 村。現鹿角市。村内には古くから尾 沢鉱山があり、主に銅を 産 出していた。 ︻ 四七丁裏 ︵ 一五丁 表︶ ︼ ︵ 1︶ 原 文 ママ 。 ︻ 四七丁表 ︵ 一五丁裏 ︶ ︼
︵ 1 ︶ 埼 玉県西部、 秩 父地方。現埼玉県 秩 父市、およ び秩 父郡域。 ︵ 2 ︶ 神奈川県三浦郡三崎町。現三浦市。 ︵ 3 ︶ 新潟県南蒲 原 郡田上村。現南蒲 原 郡田上町 。 ︵4︶ 真宗大谷 派 寺院・了玄寺にある 榧 ︵かや︶の木。こ の ﹁つなぎがや﹂ ︵繋ぎ榧︶に関して 、明治三三 年 ︵一九〇〇︶発行の ﹃妖 怪 学雑誌﹄第八号に 、次の よ うな記事が見える ︵﹃井上円了 妖 怪学全集﹄第 六 巻、二一二頁 ︶ 。 越後に親鸞聖人七不思議の一つとして、南蒲 原郡田上村に 榧 の実の旧跡あり。こ れ 、 榧 の実 に 針の跡あるものにして、聖人が珠数に用い し 榧の実を取りて蒔きたるものが、後に生育して か かる不思議を現せりという。 このように 、﹁つなぎがや﹂と呼 ば れるこの榧に は 親鸞にまつわる伝説が伝えられ、越 後 七不思議の ひ と つに数えら れ ているが 、そ れ に対して井上円了 は 、 ﹃ 妖 怪学講義﹄合本第二冊 ︵明治二九年︶で 、 ﹁ 古代においてこそ不思議なれ 、今日にありては 一 つも不思議とするに足らず。みな物理的道理により て説 明せらるるものなり 。﹂と否定的見 解 を述べて いる ︵﹃井上円了 妖怪学講義﹄第一巻 、柏書房 、 一 九九九年、五 八 四頁 ︶。 ︵ 5 ︶ 近 江国多賀大社。現滋賀県犬上郡多賀町。 ︵ 6︶ 寿命 杓子は多賀大社が頒布するお守りの一 多賀杓子︵おたがじゃくし︶と呼 利益があると 信 じら れ ている 。﹃南船北馬集﹄第 編︵ 大正三年 ︶ によると 、井上円了は ︵ 一九一四 ︶ 二月一五日 、滋賀県巡 多賀町︶を訪 れ 、多賀大社の﹁本社総本部﹂を会 に講演を行っており、講演 後 には本社に参拝してい る 。同書には 、そのときの記録として 能 楽堂あり。また、大梵鐘ありて時辰を も のとしては寿命杓子あり。 ﹂と記さ 上 円了選集﹄第一四巻、五四│五五頁 ︻ 四六丁裏 ︵ 一六丁 表︶ ︼ ︵ 1︶ 現静 岡県伊東市 。 ︵ 2︶ 妙 高山。 ︵ 3 ︶ 湯村温泉。現兵 庫 県美方郡温泉町 ︵ 4︶ 大 正元年︵一九一二︶に実 施 した﹁兵庫県武庫郡 よび 但馬国巡講﹂の際、湯村温泉を訪れた際に入 したものか 。﹃南 船 北馬集﹄第七編 よ ると、井上円了は同年一一月一二日の午 温 泉で小学児童に対して講 話 を 行 き、小学 校 に設けられている﹁木工部の実習﹂を 学 した円了は 、﹁小学校に木工部を置くは
と しては適切の 設 置なり。 ﹂と評価している︵ ﹃井上 円了選集﹄第一三巻、三六四│三六五頁 ︶ 。 ︵5︶ コウボウムギ ︵弘法麦︶のことか 。コウボウム ギ は 、カヤツリ グ サ科の多年草、スゲの一 種 で、海 辺 の 砂 地に群生する。 ︵ 6 ︶ 四万 温 泉。四九丁表︵一三丁裏︶ ・ 補 注2参照。 ︵7︶ 現 鳥 取 県鳥 取 市。 ︻ 四六丁 表︵ 一六丁裏 ︶ ︼ ︵ 1 ︶ 静 岡県田方郡 修 善寺村。現伊豆市。 ︵2︶ 美 濃国大森城。現岐阜県可児市。戦国時代の武将 ・ 奥 村元広 ︵ 又 八 郎 ︶ が築城し 、自らの居城とし た が、天正一〇年︵一五八二︶に 落 城。 ︵3︶ ヨ リ 。 ︻ 四五丁裏 ︵ 一七丁 表︶ ︼ ︵ 1 ︶ 原 文ママ。 ﹁△﹂と書こうとしたものか 。 ︵2︶ 比 叡山延暦寺の門前 町 ・坂本︵現滋賀県大津市︶の 蕎 麦店 ﹁ 鶴 喜そ ば ﹂と考えられる 。﹃南船北馬集﹄ 第 九編 ︵ 大正三年 ︶ によると、井上円了は、大正 三 年︵ 一九一四 ︶ の滋賀県巡講の 際 、四月四日に坂 本 村を訪れて ﹁名物 鶴 喜蕎麦﹂を食しており 、﹁その 入 れ 物の形、タバコ盆に 似 たり。幸いに賞味するこ と を得て、余はタバコ 盆 蕎麦と名付く。東京の藪 蕎 麦に 似 たるところあり。ここにきたるものは必ず 一 盆 を試むべし。 ﹂と記している ︵﹃井上円了選集﹄第 一 四巻、 八 四頁 ︶。 ︵ 3︶ 香 木の一 種 。福岡県八女地方のものか。 ︵ 4︶ 厳 島。現広島県廿日市市宮島 町 。日本三景のひとつ に 数 えられる 。 ︵ 5 ︶ 京都府の笠置山か。前号一 八 七頁、二一丁表・ 4参 照。 ︵ 6 ︶ 福島県 信 夫郡水 保 村。現福島市 。 ︵ 7 ︶ 現岐 阜県郡上市 。 ︻ 四五丁表︵一七丁裏︶ ︼ ︵ 1 ︶ 岐 阜県大野郡白 川 村、あるいは白 川 郷。 ︵ 2 ︶ おろくぐし︵お六 櫛 ︶か。木曽地方で作ら れ 製 の梳 櫛 で、歯が長く細かいことで知られる。 ︵ 3 ︶ 曲物 ︵ま げ もの︶ 。杉や檜の薄い板を円形に曲 作 ら れ る容器で、弁当箱としてよく用いら れ ︵ 4︶ 台湾の原住民族︵五八丁表 ︹ 四丁裏 ︺・補注4参照 の居住地を指すものと考えられる。明治四五年︵ 九一二︶の台湾巡講の記 録 を収めた ﹃南船北馬集﹄ 第六編 ︵明治四五年︶には 、﹁是 ︹ 桃園街 ︺ 界 まで行程九里、土呂車あるも時日なき為に る を得ず﹂と記さ れ ている︵ ﹃南船北馬集﹄第六編 三〇頁 、︹ ︺ 内は引用者補 、引用部分は ﹃井上円 了 選集﹄未所収 ︶。
︻ 四四丁裏 ︵ 一 八 丁 表︶ ︼ ︵1︶ 魚扠 。魚を突き刺して捕らえる漁具の一 種。 ︵ 2 ︶ 唐辛子の木のこと。井上円了は、明治四三年 ︵ 一 九 一 〇︶の巡講で小笠 原 諸島を訪 れ ているが 、﹃南船 北馬集﹄第六編︵明治四五年︶によると、小笠原滞 在 中に見聞して奇異に感じられた事象のひとつに 、 ﹁ 唐辛 ︹ 子 ︺ や茄 ︹ 子 ︺ の数十年経たる立木﹂があ る ことをあげている ︵﹃井上円了選集﹄第一三巻 、二 六 八頁 ︶。さらに、円了は、明治四四年 ︵ 一九一一 ︶ 発行の﹃日本周遊奇 談 ﹄においても、 ﹁小笠 原 には、 唐辛 ︹ 子 ︺ の木や茄 ︹ 子 ︺ の木の柱に用いらるるほど のものがあり﹂と記している ︵﹃井上円了選集﹄第 二四巻、 東 洋大学、二〇〇四年、二七六頁︶ 。 ︻ 四三丁裏︵一九丁表︶ ︼ ︵1︶ 八郎潟。秋田県西部、男鹿半島︵三九丁表 ︹ 二三丁 裏︺ ・補注1参照︶の付け根に位置する湖で 、干 拓 が行わ れ る以前は 、国内で琵琶湖に次ぐ広さを ほ こっ て いた 。 ︵ 2 ︶ 福 島県田村郡。 現 田村市 。 ︻ 四三丁 表︵ 一九丁裏 ︶ ︼ ︵1︶ 深 沓。藁製の長沓で、雪中歩行用に使用された 。 ︻ 四二丁裏 ︵ 二〇丁 表︶ ︼ ︵ 1 ︶ 井 上円了の全国巡講の報告書として刊 行 さ れ た﹃ 南 船北馬集﹄には、円了が各地で見聞した生活文化 記 録 とともに、その地方で用いら な どもよく採録されている 。﹃南 船 編︵ 大正六年 ︶ にも、大正五年 ︵ れ た山形巡講 ︵ 第二回目 ︶ で円了が聞き取った方 語彙がいくつか記されているが、そのなかに﹁赤ン 坊 を入るるツ ブ ラをイズメまたはイーズミという。 との記載が見える ︵﹃井上円了選集﹄第一五巻 〇頁 ︶ 。 ︵ 2 ︶ ズンベに同じか。柳田国男監修の﹃綜合日本民俗語 彙﹄には、ズンベについて﹁シベから変化した語。 とあり、シベに関しては﹁ワラシベの略で、 とであるが、秋田県仙北郡や鹿角郡では、こ 沓 の名として用いている 。﹂と説明さ 俗 学研究所編 ﹃綜合日本民 俗 語彙﹄第二巻 社 、一九五五年、七一二・七九四頁︶ ︵ 3︶ 芝山仁王尊。現千葉県山武郡芝山町、観音 ︻ 四二丁表︵二〇裏︶ ︼ ︵ 1 ︶ ﹁ 山形県 鉈袋﹂を墨で 抹 消。 ︵ 2 ︶ 爪 掛。下駄の先端の部分に取り付ける覆い。足の 先 が濡れたり泥がかかるのを防いだり、保温する めに 用 いられる 。 ︵ 3 ︶ ﹃南船北馬集﹄第一一編 ︵大正四年︶に
︵ 一九一五 ︶ 八月二日 、秋田県南部巡 講 を行って い た井上円了が 、移動 途 中に 休 憩のため立ち寄っ た ﹁ 松ヶ 崎 旅店﹂ ︵由利郡松ヶ 崎 村、現本荘市︶で見 た 光景が 、次のよう記されている ︵﹃井上円了選集﹄ 第 一四巻、三四一頁 ︶ 。 その家の 天 井に正月の 鏡 餅を、団扇形に作り た る 藁細工の中にいれてつる せ るあり。聞くとこ ろ によるに、旧六月一日には歯がためと称して その餅を食し、団扇形の藁具を門 側 の木にかけ お くを慣 例 とすという。これ魔よけ、病気よけ の 効ありと 信 ずるもののごとし。 ︵ 4 ︶ ﹃南船北馬集﹄第一一編︵大正四年︶ 、大正四年︵ 一 九一五 ︶ の秋田県南部巡講に関する記録には 、﹁ド ウ ﹂について ﹁鱒をとる 竹 器﹂とあるほか 、﹁カ ッ コベ﹂という語彙については ﹁ドウの大なるもの ﹂ と見える ︵﹃井上円了選集﹄第一四巻、三五四頁 ︶ 。 ︵ 5 ︶ 輪かんじき ︵橇︶ 。木の 枝 などを 環 状にしてつく ら れるもので、雪上を歩行する 際 、足が雪に沈みこ む のを防止するため、靴やワラジに取り付けて使用す る 。主に豪雪地帯や山 深 い地域で用いられた 。 ︻ 四一丁裏 ︵ 二一丁 表︶ ︼ ︵ 1︶ 京都府船井郡 。 ︻ 四一丁表 ︵ 二一丁裏 ︶ ︼ ︵ 1︶ 埼 玉県内の竹縄の産地としては、秩父郡東秩父村 知 られる。 ︵ 2︶ 岐 阜県大野郡白川村 、ないし白川郷か 。なお 船 北馬集﹄第五編︵明治四三年︶によると、明治 三年 ︵一九一〇︶ 、 岐 阜県内で巡講を行っていた 上 円了は 、一〇月一一日に白 川村 に入り 、郵便局 長 ・遠山 喜 代松宅を会場兼宿所にして講演を行って い る。このとき、円了は、同家にあった﹁ 瓢 て 匕杓﹂にした品物を見て 、﹁ その形 大 いによし と気に入り 、これを譲り受けている ︵﹃井上円了 集﹄第一三巻、二二 八 │二二九頁 ︶。 ︵ 3 ︶ 駒 下駄の足を載せる台に 表 を付けたもの。草履の 面に、二 枚 歯の下 駄 を取り付けたような見た目をし て いる 。 ︵ 4 ︶ 氷 滑りか。 ︵ 5︶ 佐 賀県小城 郡 小城 町︵ 現小城市 ︶。 ︵ 6 ︶ 注 連 縄。 ︻ 四〇丁裏 ︵ 二二丁 表︶ ︼ ︵ 1︶ ス イノウ ︵水嚢︶ 。調理 器 具の一 種 で 、柄の先に網 が取り付けられており、麺などの 食 品を鍋から掬い 湯切りするのに 使 用さ れ る。 ︵ 2 ︶ ﹃南船北馬集﹄第一一編 ︵大正四年︶の秋田県南 巡講に関する記録のなかに 、﹁コ ダ シ ﹂ について
﹁ 農家の田畑に行くとき携帯する入 れ もの﹂という 記載が見える ︵﹃井上円了選集﹄第一四巻 、三五 四 頁︶ 。 ︵ 3 ︶ 爪掛 。 ︵ 4︶ 雪や氷で滑らないように、滑り止めの 金 具を取り 付 け た下駄。積雪の多い地域で用いられた。 ︻ 四〇丁 表︵ 二二丁裏 ︶ ︼ ︵ 1︶ 新潟県南蒲原郡今町。現見 附 市 。 ︵ 2︶ 五平に同じか。 ﹃南 船 北馬集﹄第一一編︵大正四年︶ の秋田県南部巡講に関する記 録 のなかに 、﹁雪中 用 具につきては三平 ︹ さんぺい ︺、四 ︹ しん ︺ 平、 五 ︹ ごん ︺ 平と唱うるものあり 。その形おのおの異 な れ り 。﹂という記載が見える 。︵ ﹃井上円了選集﹄第 一 四巻、三五四頁︶ 。 ︵ 3︶ 爪 子 ︵ つまご ︶ か。雪 道 を歩行するときなどに、草 鞋に 取 り付ける藁製の覆い 。 ︵ 4︶ 爪 子。 ︵ 5︶ 芝山仁王尊か。四二丁裏︵二〇丁表︶ ・補注3 参 照。 ︵ 6 ︶ ヘ ドロに同じか 。ヘドロについて 、﹃綜合日本民 俗 語彙﹄によると 、秋田県仙北郡の事 例 では 、﹁藁 の 爪 皮のある草 履 で、雪の無いときにも下 駄 代りに足 袋のままではく。遠 路 には用いず、子供用には前 の 藁 に赤い 紙 布などを巻き 、底には笹の葉などを 敷 く ﹂ものであるという︵民 俗 学研究 民俗 語彙﹄第三巻、平凡社、一九五五年、一三九〇 頁 ︶ 。 ︻ 三九丁裏︵二三丁表︶ ︼ ︵ 1︶ 原 文ママ。これより以降の丁における﹁?﹂も、す べ て 原 文ママで記載。 ︻ 三九丁表︵二三丁裏︶ ︼ ︵ 1︶ 秋 田県西部に位置し、半島の付け ︵四三丁裏 ︹ 一九丁表 ︺・補注1参照︶がある。 ︵ 2︶ こ の資料がつくら れ たと考えら れ 一 六九頁参照 ︶ には、行政区画としての村山 在しない。山形盆地を中心とする地域である村山 方 、あるいは東村山郡・西村山郡・南村山郡・北 山郡のいずれかを指すと 考 えられる ︵ 3 ︶ ノ メゾウ 。オソフキワラジとも呼ばれる で 、ワラジの先端 側 に藁製の覆い︵草履の爪子の う なもの ︶ を付けたものをいう 。 ︻ 三 八 丁裏 ︵ 二四丁 表︶ ︼ ︵ 1 ︶ 現 神戸市北区 。 ︵ 2︶ 群 馬県群馬郡伊香保町。現渋川市。伊香保 名。 ︻ 三 八 丁 表︵ 二四丁裏 ︶ ︼
︵1︶ 能 勢妙見山。現在、中 腹 に天台宗系の本瀧寺、山 頂 近 くに日蓮宗の妙見堂があり、関西地方における 妙 見信 仰の中心地のひとつとなっている。 ︵2︶ サモア諸島。南太平洋上に位置する。 ︻ 三七丁 表︵ 二五丁裏 ︶ ︼ ︵ 1 ︶ ペルー 。 ︻ 三六丁裏︵二六丁表︶ ︼ ︵ 1 ︶ 佐渡島。 新潟 県。 ︵ 2 ︶ アンペラか 。アンペラは別名をアンペラ藺といい 、 南アジアなどの熱帯の湿地に自生するほか、中国 南 部ではこれを栽培しており、莚や袋などを編むた め の材 料 となっている。 ︻ 三五丁裏︵二七丁表︶ ︼ ︵ 1 ︶ 井 上円了は 、﹃南 船 北馬集﹄第九編 ︵大正3年︶収 録 の﹁奥羽温泉紀行﹂と題した紀行文のなかで、 旅 の途上 、﹁庄内名物﹂という題で 詠 んだ ﹁庄内名物 御 存じないか 、酒は大山湯は温海 、婦人鉢巻黒帽 子 ﹂という自 歌 を記し、あわせて次の説明をこれに 添えている ︵﹃井上円了選集﹄第一四巻、 東 洋大学、 一 九九 八 年、一〇九頁 ︶。 婦 人鉢巻きとは、婦人田野に出でて労働するに は 、必ず白手ぬぐいの 鉢 巻きを結び、その上に 一 種 の黒帽子をかぶり、その帽子の両端を 折 り 曲 げ て 鼻 口をおおい 、目のみをあらわすなり 庄 内一般にこの帽子を用い、越後 岩 船郡内もこ れ を用う。その名をドウモコウモという由、あ に 奇名ならずや。 さらに 、﹃南 船 北馬集﹄第一三編では 、この 子 ﹂について 、﹁加賀帽子﹂という 呼 称があること を 述べ 、﹁越中フンドシ 、 加 賀帽子は好 対 句なり と 評 している ︵﹃井上円了選集﹄第一五巻 頁︶ 。 ︵ 2︶﹃綜合日本民 俗 語彙﹄には、 ﹁富山県を中心に新潟県 西頚城 郡 から山形県、南は岐阜県大野 郡 南境およ 郡上郡まで用いら れ ている蓑の名。 ﹂とある︵ 日 本民 俗 語彙﹄第三巻、一二八二頁︶ 。 ︵ 3 ︶ 木鋤 。木製の鋤で 、雪かきに用いられるものをい う。 ︻ 三五丁表︵二七丁裏︶ ︼ ︵ 1 ︶ ポンチョ。第三回海外視察でチリを訪れた井上円了 は、 ﹃南半球五万哩﹄ ︵明治四五年︶に﹁チリの特色 とすべきは、市外の 農民 はケットの中央に長さ一尺 く らいの口を開き 、ここに頭を入れて肩上をお い 、雨または塵を 防 ぐの具となす 。その名をポン チ ョという。 ﹂と記している︵ ﹃井上円了・世界旅 記 ﹄、四〇二頁 ︶ 。
︻ 三四丁裏 ︵ 二 八 丁 表︶ ︼ ︵1︶ 三 一丁裏 ︵三一丁表︶ 、補注1参照 。井上円了は 、 妖 怪 学の研究のかたわら、それらにまつわる物品や 絵 画なども多く収集している。明治四〇年代に東洋 大 学講師を務めたことのある今福忍は、円了の没 後 に 記した追悼 文 ﹁井上甫水先生を想ふ ﹂ のなかで 、 そ うした円了の収 集 品にまつわる 次 のような思い出 話を紹介している ︵三輪 政 一編 ﹃井上円了先生﹄ 、 三 一一│三一二頁 ︶ 。 談 会、妖 怪 に関するものに及んだ際、自分は 年 来妖 怪に付て研究を続けつゝあつて、 倦 むこと を 知らないので、斯様に妖怪に因んだ器具をも 蒐 集しつゝありとて、 座 右に愛玩せら れ る日用 の 什器を指示して語ら れ 、或は煙草筒の手長足 長の異様人物に成れる彫刻を示され、或は幽 霊 煙管なりとて、巧みに女幽霊を配せる煙管を出 さ れ、 終 に目今妖怪百画を蒐集せんと思ひ立 ち 居るとて、父の揮毫を徴せられたるに由り、 謂 は ゞ南宗の幽 霊 画とも言ふべきものを呈したこ と もあ つ た 。 ︻ 三四丁表︵二八丁裏︶ ︼ ︵ 1 ︶ ゴ ザでできた雨具の一種で、農作業のときなど、 雨 や日 射 しを 除 けるために衣服の上に羽織った 。 ︵ 2 ︶ 煙 管差しか。五四丁裏︵八丁表︶ ・ ︻ 三三丁表︵二九丁裏︶ ︼ ︵ 1 ︶ ヘ ビ、カエル、ナメクジ。なお、三スクミという 葉 に関連して、明治三四年︵一九〇一︶発行の﹃円 了 随筆﹄に、社会を風刺して書か 載 され て い る ︵﹃ 井 上 円 了 選 集﹄ 第 二 ヘビとカエルとナメクジとは、こ ミという 。 政 府員と国会議員と一般の人民と は 、また三スクミなり。政府員は国会議員の 心 を得んとし、国会議員は一 んと 欲 し 、一般人民は 政 府員の歓心を得んと す 。ゆえに、これを立憲政体の三スクミと名づ く。宗 教 の方にても、やはり三スクミあり。 こ れ を本願寺宗に考うるに、本山役員は檀家 徒 の前に権なく、檀家信 徒 は末寺僧侶の前に権 な く、末寺僧侶は 本 山役員の前に権なし。こ 三 スクミは前の三スクミとその関 は 、宗教と政治と同じからざるによる。 ︻ 三一丁裏 ︵ 三一丁 表︶ ︼ ︵ 1 ︶ 井 上円了口述﹁哲学堂案内﹂に記載さ 陳 列所︵無尽蔵︶に関する 文 章のなかに、次の通り ﹁ 妖怪棚﹂ ︵三四丁裏 ︹二八丁表︺ ﹁珍 奇棚﹂の名称が見える ︵井上玄一編
内﹄財団法人哲学堂 、一九二〇年増補 改 訂第三版 、 二八│二九頁 、︹ ︺内は引用者補 、引用にあたっ て 一部読点を句点に 改 めた︶ 。 此 一 棟 は 陳 列所︵無尽蔵︶にして、階上を向上 楼、階下を万象庫と名 ︹ 付 ︺ けた。此には内 外 周 遊の紀念物を陳列することに定め、其中に 陶 器 石器︵六賢台階上にあり︶を 除 く外、 種 々雑 多 のものを玉石同架式に排列してある。又妖 怪 棚 、 珍 奇 棚 もある。 ︻ 三一丁表︵三一丁裏︶ ︼ ︵ 1 ︶ 仏 陀 伽 邪︵ブッ ダ ガヤ︶ 。インド、ビハール州。 ﹃西 航日 録 ﹄︵明治三七年︶によると 、井上円了は第二 回海外 視 察の途上、インドに滞在中、河口慧海とと も にカルカッタからガヤ ︵ ビハール州 ︶ に向い、同 地 の外国人旅行者向けの 休 泊所 ﹁ダクバンガロー ﹂ に 宿を取っている。ここで円了は、西域 探 検のた め インドに滞在し仏蹟調査を行っていた大 谷 光 瑞 と出 会い、その翌日、光 瑞 に同行してブッ ダ ガヤを訪 れ て いる ︵﹃井上円了・世界旅行記﹄ 、一七六頁 ︶。 ︵ 2 ︶ 耳 石 ︵じせき︶ 。動物の耳の中にあり 、平衡を 保 つ な どの機能をもつ。 ︻ 三〇丁表︵三二丁裏︶ ︼ ︵ 1 ︶ ト ナ カ イ 。 ︻ 二九丁裏︵三三丁表︶ ︼ ︵ 1 ︶ ﹃南 船 北馬集﹄第一三編 ︵大正六年︶に 、大正五 八月一一日に山形県巡講︵第二回目︶で酒田町︵ 酒 田市︶を訪れたときの記録として 、﹁この日 盆 十三日に当たり、民家は軒前に藁にて 造 れる馬と 馬引きとの人形をかかぐ。こ れ 亡霊を 迎 うるの意 りという。 ﹂とある ︵﹃井上円了選集﹄第一五巻、三 二 頁 ︶ 。 ︵ 2 ︶ 現 在の岡山県 備 前市の一帯を産地とする陶器。井 円了は、大正四年 ︵ 一九一五 ︶ 二月二〇日、岡山県 和気郡片上 町 ︵現 備 前市︶で講演を行う前に、近隣 の伊部町︵和気郡、現 備 前市︶に足を延ばし、 焼 の陶 器 をいくつか入手している。このことについ て 、 ﹃ 南 船 北馬集﹄第一一編 ︵大正四年︶には の通り記さ れ ている ︵﹃井上円了選集﹄第一四巻 二 五〇頁 ︶。 車行二里半、片上 町 に入り、更に八丁の葛坂と 上 下して伊部町に至る 。 備 前焼陶器の本場 り 。郡書記木村一氏の宅に少憩して陶 器 す 。その宅の堂号を黄蕨堂という。陶 器 恵与せらる。午 後 、片上町 劇 場興進倶楽部にて 開 演 す 。 ︻ 二九丁表 ︵ 三三丁裏 ︶ ︼
︵ 1 ︶ 井 上円了口述 ﹁哲学堂案内﹂に 、哲学堂の陳列 所 ︵ 無尽蔵 ︶ に置か れ た品物について 、次のような記 載 が見える ︵ 井上玄一編 ﹃哲学堂案内﹄二九頁 、 ︹ ︺内は引用者補 、引用にあたって一部読点を 句 点に 改 めた ︶。 就中貴重なるは文殊菩薩の木翁 ︵勝海舟翁寄 贈 ︶、不動明王の画像 、閻魔大王の彫刻物であ る。是 れ は哲学堂の国宝的宝物と唱へて 居 る 。 このことから 、円了は 、本資料において ﹁北側二 階﹂にある ﹁不動明王ノ画像﹂ 、﹁文殊菩薩木像﹂ 、 ﹁ 閻魔 像 ﹂の3点を 、自らの収集品のなかでもっと も珍 重していたことが分かる 。 ︵ 2 ︶ 絹 本着色、掛幅装の絵画で、現在山記念中野区 立 歴 史民俗資 料館 が所蔵している。この掛幅が収め ら れていた箱には、 ﹁不動尊古画像 二脇士附 壱幅 ﹂ と表 書きされている 。このほか 、この掛幅に関 し て 、無尽蔵の内部に掲げられていたと考えられる木 製の説明板も残されており 、﹁此不動明王ノ画 像 ハ 日光 輪 王寺前門跡ヨリ恵贈セラレタルモノニシテ智 証 大師ノ筆ナリト伝ヘ来レル由 。無 落 款ナリ 。﹂と 記されている︵句点は引用者補︶ 。 ︵ 3 ︶ 哲 学館時代に勝海舟から井上円了に贈られた文殊 菩 薩 と伝えら れ る寄木造りの仏像で、現在東洋大学 井 上 円了研究センターが 所 蔵している。なお、山 念中野区立歴史民俗資 料 館にはこの仏 版が残されており 、﹁此木像ハ文殊菩薩ニシテ故勝 海 舟先生ノ生前ニ授与セラレシモノ。運慶作又一説 ニハ 陳 那卿作ナリト云ウ。人皆希代ノ霊作ナリト ス 。﹂と記されている︵句点は引用者補︶ ︵ 4 ︶ 閻 魔大王の木像で、現在山記念中野区立歴史民 資 料 館が所蔵している。この閻魔の木 館 で保管している木製の 説 明版には 本 堂建築技師山尾新三郎氏ノ寄 贈 詳 カナラズ。 ﹂と記さ れ ている︵句点は引用者補︶