【報 文】
大分県中津干潟における地温と
アサリ着底稚貝個体数の変動特性
梶 原 直 人
1*・手 塚 尚 明
1・浜 口 昌 巳
1Valiability in Sediment Surface Temperature and Survival of
Newly Settled Juvenile Asari (Manila) Clam, Ruditapes Philippinarum,
in Nakatsu Tidal Flats, Oita Prefecture, Southwest Japan.
Naoto K
AJIHARA1*, Naoaki T
EZUKA1and Masami H
AMAGUCHI1 AbstractThe Asari (Manila) clam, Ruditapes philippinarum, is one of the most commercially important shellfish in the world. This species is native to coasts of the western Pacific. One population of this clam, on the Nakatsu tidal flats, Japan, has collapsed in recent decades. We relate extreme variations in tidal flat, sediment surface temperature to differences in survival of juvnile Asari clams recruiting into these flats. Most juveniles clams, settled into Nakatsu sediments in autumn rather than spring or early summer. Although there was little seasonal difference in water temperature in this period, spring to early summer sediment surface temperatures were considerly higher than those experienced in autumn. Low tidal sediment surface temperature from late June to mid August indicated over 40℃ a critical temperature for survival of newly settled Asari clam. Extremes in sediment surface temperature during low tide in spring to early summer and autumn were caused by differences in day length, timing (daylight) occurrence of the low tide and seasonal variation in spring tidal height. When low tidal ground temperature fell bellow the critical level for survival of settling Asari clam in late September, survivorship was greater, ultimately contributing more individuals to the population than in any other season.
2016年11月14日受付,2016年12月1日受理
キーワード: アサリ,地温,日照時間,干出時間,大潮
Key words: Asari (Manila) clam, Sediment surface temperature, The hours of sunshine, Hide time, Spring tide
1 National Research Institute of Fisheries and Environment of Inland Sea, Maruishi 2-17-5, Hatsukaichi Hiroshima,
739-0452, Japan.(国立研究開発法人水産研究・教育機構瀬戸内海区水産研究所 〒739-0452 広島県廿日市市丸 石2-17-5) * Tel:0829-55-0666,Fax:0829-54-1216,[email protected] 1. 緒 言 アサリは重要産業種であり,日本各地において漁業や 需要があるもっとも馴染み深い二枚貝の一つであるが, 近年その漁獲量の減少が著しい1)~3)。大分県豊前海域 においても,1985年の 2 万 5 千トン超をピークとして急 減し,極めて低い水準で推移しているのが現状である4)。 豊前海域に位置する中津干潟においては,瀬戸内海有数 の広大な干出域を擁しながら,同様に近年のアサリ漁獲 は激減しており5),各種の食害対策や増殖対策などが積 極的に講じられているものの漁獲の顕著な回復までには 至っていない。一方,中津干潟を含む周防灘においては アサリの産卵は春から秋にかけて断続的に行われ,年 2 〜 3 回の浮遊幼生のピークを持つことが知られている1),6)。 ところが,春から晩秋まで多くのアサリ浮遊幼生が観察 されるものの,新規に着底する稚貝は,ほぼ秋季以降に 着底したと考えられるものに限られている1),3),7)。この ことは春期に発生した浮遊幼生の着底が阻害あるいは着 底稚貝が速やかに減耗していることを示すと考えられる が3),その理由は不明であり,アサリ資源の安定的な供 給に対する重大な懸念となっている。このような傾向は 中津干潟だけでなく,有明海,福島県,東京湾,岡山県 でも認められていることから8),これらの現象は夏季の 高温に起因するものと疑われている。しかし,中津干潟
では,春季から初夏にかけてと秋季における水温に大き な差は認められず,夏季においてもアサリを斃死させる ほどの高水温には至らないと考えられるため,水温が主 因となってアサリの着底環境に影響を与えているもので はないと推定できる。上述の時期に大きな差が認められ る種々の要素を列挙してみると,日出時間,日出時の水 位及び干出時間,気温の長期的な推移(上昇か下降か) 等がある。これらの要素からアサリ浮遊幼生あるいは着 底稚貝の生息環境として推測されるのは,干出した干潟 における地温である。春季から初夏にかけては,水温は 同等でも日出時間や日中における干潟の干出時間が大幅 に長いため,結果としてアサリ稚貝の生息する底表の干 出時の温度が秋季に比べて大幅に上昇している可能性が ある。 アサリの初期着底稚貝に関しては,37℃で 5 時間,40 ℃では 1 時間で死滅することが知られているが9),中津 干潟の小祝地区で過去になされた干出域の地温の計測結 果では,2010年 8 月において40℃以上の地温が複数回記 録されている4)。また,大分県の柳ヶ浦干潟においては 干出域の地温の計測が過去になされているが,この結果 においても地表温が夏季に40℃以上となることが知られ ている10)。さらに干出時の干潟において,日照により 急速に地表面の温度が上昇することも知られている。こ れらのことは,その年の春季から初夏にかけて着底した アサリ稚貝が高い地温によって生残出来なくなる可能性 を示している。中津干潟のアサリについては 7 〜 9 月に 成長停滞やへい死が起こり,障害輪はこの時に形成され るとされ,その原因として気温上昇によるアサリの生理 活性の低下等が挙げられており7),干出時の高温は稚貝 の斃死のみならずアサリ資源全体にダメージを与えてい るとみなされている。また,アサリは大潮時,海岸表面 の空気に露出する時間が 7 時間に達する高所には殆ど生 息しないが,露出時間が 5 時間未満の場所には分布する とされており9),このこともアサリ稚貝の分布に与える 地温の影響の大きさを推察させている。このような情勢 に鑑み,まず中津干潟の干出域において地温がどの程度 の範囲で変動するのかを把握した上で,アサリ着底稚貝 にとって危険な状態でどの程度維持されるのか,干潟の 位置によって干出時間等の差による地温の相違がどの程 度観察されるのかを調査する必要がある。同時にアサリ 稚貝の出現個体数の変動についても把握して,生息環境 としての地温について位置づける必要がある。また,中 津干潟においては干出場所によってアサリ着底稚貝の出 現に大きな差が生じることが明らかとなっているため1),3), 地温による着底稚貝の減耗を把握するには,同時に複数 の干潟干出域において地温測定と着底稚貝の採集を行う 必要がある。これまでの中津干潟や柳ヶ浦干潟の調査で は4),10),主に越冬稚貝の減耗や逸散について,台風に よる波浪の影響を増大させる観点から地温の上昇による アサリ稚貝の活力低下を位置づけており,春季から初夏 にかけて着底したアサリ稚貝そのものに対する直接的な 影響については触れられていない。筆者は,中津干潟干 出域の 6 カ所に地温及び水位のロガーを設置し,地温の 長期観測を行うとともに,アサリ稚貝の定量採集を行っ た。これらの結果とその解析をもとに,中津干潟の地温 が時空間的にどのように推移するのかを明らかにした。 同時に,それに伴うアサリ着底稚貝の出現についても明 らかにした。これらを総合的に検討・考察し,中津干潟 におけるアサリ資源回復の一助とすることを目的とする。 2. 材料及び方法 大分県北部中津干潟小祝漁港付近の干出域 6 地点にお いて,HOBO U20L-01水温/地温・水位ロガーを設置し た(Fig. 1)(Photo 1)。水温/地温・水位ロガーは,冠 水時には連結したペットボトルの浮力によって,底表面 から約10cm浮き上がり,干出時には底表面に接地する ことで漂砂による埋没を防ぐ構造とした。また,大分県 漁協中津支所に大気圧補正用のユニットを設置し,回収 したデータの補正に用いた。水温/地温・水位ロガーは 2015年 6 月16日の大潮時に各地点に設置し,15分間隔で 連続測定を行った後,10月26日に回収した。水温/地 温・水位ロガー設置中のアサリ着底稚貝の定量採集は, 2015年 6 月16日, 7 月30日, 9 月28日,10月26日の 4 回 行い,水温/地温・水位ロガー回収後の11月27日にも行 った。アサリ着底稚貝の定量採集は,φ40mmのコアに よる採集を 1 定点で 3 回行い,研究所に持ち帰った後, アサリ着底稚貝を抜き出して計数と殻長を測定した。 中津干潟における地温の直接測定は,イメージIR温 度計FLIR-TG165を用いて上述の 6 地点の底表について
Fig. 1 Manila (Asari) clam sampling (with data loggers), stations Nakatsu tidal flat.
行った(Photo 2)。地温の直接測定は,アサリ着底稚貝 の採集と同時に2015年 6 月16〜11月27日の大潮時におい て,日出している干潮時に行った。また,アサリの初期 着底稚貝に関しては,37℃で 5 時間,40℃では 1 時間で 死滅することが知られているが9),アサリは大潮時,海 岸表面の空気に露出する時間が7時間に達する高所には 殆ど生息せず,露出時間が 5 時間未満の場所には分布す るとされていること9),干満のサイクルから考えて日中 の干出時間が 5 時間以上となる事例は一般的ではないこ とから,倉茂(1957)9)の実験結果より概算し,38℃で 3 時間40分以上をアサリ稚貝に対する致命的な温度と定 義し,地温38℃以上をアサリ着底稚貝に対する危険のベ ンチマークとした。 3. 結 果 水温/地温・水位ロガーから回収されたデータを定点 ごとに示す。(Fig. 2〜7)。水温/地温・水位ロガーの 測定結果では,twl5を除く 5 地点で地温が38℃以上を記 録した。各定点の水温/地温・水位ロガーの測定結果か ら,38℃以上の地温を示した部分を抜き出したのが Table 1である。Table 1から, 6 カ所の定点のうち38 ℃以上の地温を示した頻度はtwl1が突出して高く,38℃ 以上の地温を示した期間についても 6 月下旬から 9 月中 旬までの長期にわたっていた。また, 6 月下旬から 8 月 中旬まででは,稚貝が 1 時間で死滅するとされる40℃以 上9)を 1 時間連続で示す場合もあった。この様な高い地 温は,主に観測期間中の大潮の日に観察されたが,大潮 以外の日においても散見された(Table 1)。地温の最 大値は,概ね観測日の日中における干出時に記録されて Photo 1 Data logger in each station.
Fig. 2 Temperature and water level, Stn twl1. Fig. 3 Temperature and water level, Stn twl2.
Fig. 4 Temperature and water level, Stn twl3. Fig. 5 Temperature and water level, Stn twl4.
*:Spring tide other days.
TWL-1
date temp (℃) wl (m) TWL-1date temp (℃) wl (m)
* 06/28/15 12:30:00 Pm: 38.379 0.002 * 09/11/15 03:45:00 Pm: 38.157 -0.005 * 06/28/15 12:45:00 Pm: 39.05 0.005 * 09/11/15 04:00:00 Pm: 38.157 0.004 * 06/28/15 01:00:00 Pm: 40.3 0.003 * 06/28/15 01:15:00 Pm: 40.185 0.002 TWL-2 date temp (℃) wl (m) * 06/28/15 01:30:00 Pm: 39.843 0.003 * 06/28/15 01:45:00 Pm: 39.389 0 08/09/15 12:45:00 Pm: 38.602 0.056 * 06/28/15 02:00:00 Pm: 39.163 0.002 08/09/15 01:00:00 Pm: 40.53 0.153 * 06/28/15 02:15:00 Pm: 38.714 0.004 08/09/15 01:15:00 Pm: 38.49 0.253 * 06/28/15 02:30:00 Pm: 38.046 0.003 08/10/15 02:15:00 Pm: 39.389 0.133 07/15/15 04:30:00 Pm: 38.49 0.005 08/10/15 02:30:00 Pm: 39.389 0.239 07/15/15 04:45:00 Pm: 38.268 -0.001 TWL-3 date temp (℃) wl (m) 07/29/15 02:30:00 Pm: 38.268 0.001 07/29/15 02:45:00 Pm: 39.389 0.002 * 08/09/15 12:00:00 Pm: 38.379 0.04 07/29/15 03:00:00 Pm: 39.957 0.004 * 08/09/15 12:15:00 Pm: 38.714 0.103 07/29/15 03:15:00 Pm: 39.957 0.005 * 08/09/15 01:00:00 Pm: 38.046 0.293 07/29/15 03:30:00 Pm: 40.185 0.007 07/29/15 03:45:00 Pm: 40.415 0.005 * 08/10/15 01:30:00 Pm: 38.268 0.044 * 08/10/15 01:45:00 Pm: 38.602 0.123 07/30/15 02:45:00 Pm: 38.714 -0.002 * 08/10/15 02:15:00 Pm: 38.157 0.278 07/30/15 03:00:00 Pm: 39.276 0.001 07/30/15 03:15:00 Pm: 40.53 0.007 TWL-4 date temp (℃) wl (m) 07/30/15 03:30:00 Pm: 41.225 -0.001 07/30/15 03:45:00 Pm: 41.458 0.001 07/29/15 03:00:00 Pm: 38.046 0.067 07/30/15 04:00:00 Pm: 41.692 0.001 07/30/15 04:15:00 Pm: 41.225 0.004 07/30/15 01:30:00 Pm: 38.268 0.092 07/30/15 04:30:00 Pm: 40.415 0.003 07/30/15 01:45:00 Pm: 38.379 0.084 07/30/15 02:00:00 Pm: 38.379 0.08 07/31/15 03:15:00 Pm: 38.268 -0.005 07/30/15 02:15:00 Pm: 38.268 0.076 07/31/15 03:30:00 Pm: 38.379 0 07/30/15 02:30:00 Pm: 38.379 0.074 07/31/15 03:45:00 Pm: 38.938 -0.004 07/30/15 02:45:00 Pm: 38.826 0.068 07/31/15 04:00:00 Pm: 39.502 0.001 07/30/15 03:00:00 Pm: 39.276 0.066 07/31/15 04:15:00 Pm: 39.729 0.001 07/30/15 03:15:00 Pm: 39.502 0.064 07/31/15 04:30:00 Pm: 39.163 0.003 07/30/15 03:30:00 Pm: 39.615 0.061 07/31/15 04:45:00 Pm: 38.826 0.004 07/30/15 03:45:00 Pm: 39.502 0.059 07/30/15 04:00:00 Pm: 39.276 0.057 08/01/15 01:45:00 Pm: 38.379 0.002 07/30/15 04:15:00 Pm: 38.49 0.134 08/01/15 02:00:00 Pm: 38.826 0 08/01/15 02:15:00 Pm: 39.05 -0.003 08/01/15 02:15:00 Pm: 38.046 0.107 08/01/15 02:30:00 Pm: 39.05 -0.003 08/01/15 02:30:00 Pm: 38.602 0.099 08/01/15 02:45:00 Pm: 39.05 -0.002 08/01/15 02:45:00 Pm: 39.05 0.089 08/01/15 03:00:00 Pm: 38.49 -0.005 08/01/15 03:00:00 Pm: 39.276 0.081 08/01/15 03:15:00 Pm: 38.379 -0.003 08/01/15 03:15:00 Pm: 39.163 0.074 08/01/15 03:30:00 Pm: 38.49 -0.004 08/01/15 03:30:00 Pm: 38.938 0.068 08/01/15 03:45:00 Pm: 38.49 0.001 08/01/15 03:45:00 Pm: 38.714 0.06 08/01/15 04:00:00 Pm: 38.826 0.003 08/01/15 04:00:00 Pm: 38.602 0.057 08/01/15 04:15:00 Pm: 39.05 0.003 08/01/15 04:15:00 Pm: 38.157 0.052 08/01/15 04:30:00 Pm: 39.502 0.002 08/01/15 04:45:00 Pm: 40.185 0.006 08/10/15 12:30:00 Pm: 38.268 0.145 08/01/15 05:00:00 Pm: 40.3 0.006 08/10/15 12:45:00 Pm: 38.826 0.174 08/01/15 05:15:00 Pm: 39.957 0.007 08/10/15 01:00:00 Pm: 38.157 0.235 08/01/15 05:30:00 Pm: 38.826 0.005 * 08/11/15 12:30:00 Pm: 38.046 0.078 * 08/09/15 12:00:00 Pm: 38.602 0.002 * 08/11/15 12:45:00 Pm: 38.379 0.066 * 08/09/15 12:15:00 Pm: 39.502 0.017 * 08/11/15 01:00:00 Pm: 38.826 0.062 * 08/11/15 01:15:00 Pm: 39.502 0.053 * 08/10/15 12:45:00 Pm: 38.826 0.001 * 08/11/15 01:30:00 Pm: 38.826 0.045 * 08/10/15 01:00:00 Pm: 39.502 0.003 * 08/10/15 01:15:00 Pm: 39.729 -0.001 TWL-5 date temp (℃) wl (m) * 08/10/15 01:30:00 Pm: 39.843 0 * 08/10/15 01:45:00 Pm: 39.389 0.047 N.D. * 08/11/15 02:15:00 Pm: 38.714 0.007 TWL-6 date temp (℃) wl (m) * 08/11/15 02:30:00 Pm: 40.761 0.005 * 08/11/15 02:45:00 Pm: 40.071 0.001 07/30/15 03:00:00 Pm: 38.157 0.05 07/30/15 03:15:00 Pm: 38.714 0.051 * 08/27/15 02:45:00 Pm: 38.49 0.006 07/30/15 03:30:00 Pm: 38.938 0.046 * 08/27/15 03:00:00 Pm: 39.389 0.007 07/30/15 03:45:00 Pm: 39.05 0.047 Table 1 Data of over 38℃ at five stations in Nakatsu tidal flat.
Photo 3 Thermograph from Stn twl1.
Fig. 8 Density and shell length of Manila (Asari) clam, 16, June 2015.
Fig. 9 Density and shell length of Manila (Asari) clam 30,
July 2015. Fig. 10 Density and shell length of Manila (Asari) clam 28, September 2015.
Fig. 12 Density and shell length of Manila (Asari) clam 27, November 2015.
Fig. 11 Density and shell length of Manila (Asari) clam 26, October 2015.
おり,日出時間・日照時間や日中の干出時間が長い条件 及び気温が高い条件で高温となりやすいと考えられた。 また, 7 月30日のアサリ着底稚貝採集時には,イメージ IR温度計の測定値においても地温40℃以上を記録した (Photo 3)。アサリ着底稚貝は 9 月下旬から主に出現し, 地温が低下して38℃以上を観測しなくなる 9 月中旬以降 の期間と一致した。 6 月から 7 月にかけてはアサリ稚貝 の着底数は極めて少なく,殆ど出現もしくは生残してい ないと考えられた(Fig. 8,9)。また, 9 月以降の着底 稚貝については定点によって出現個体数の差が大きく (Fig. 10〜12),アサリ稚貝の着底に対する適性の差を 示していると考えられた。また,秋季発生群は生残の差 も大きく,定点によって地温以外の減耗要因が働いてい ると考えられた。 4.考 察 本調査の結果から,夏季の中津干潟において底表の地 温の状態を面的に把握することが出来た。水温/地温・ 水位ロガーの解析結果及びイメージIR温度計の測定値 いずれもが40℃以上の地温を記録したことにより,中津 干潟におけるアサリの春季発生群由来の着底稚貝の越夏 は困難な環境であると考えられた。周防灘においてアサ リ春季発生群の浮遊幼生の密度は,秋季発生群と比較し て20%程度低下することがあるとされているが,着底稚 貝の密度の差はそれよりもはるかに大きく,アサリ春季 発生群の主要な減耗は着底期前後に起こると推定されて いた1),3)。本調査の結果は,アサリ春季発生群にのみ致 命的なダメージを与える点を合理的に説明できる。また, 6 月下旬〜 9 月中旬までにおける地温の致命的な上昇は, 最高気温が25℃前後の 6 月下旬では大潮による日中の干 出時間及び日出時間の長さが干潟表面を長時間蓄熱させ ることにより,夏季では高い気温と日照時間によって引 き起こされていると考えられる。実際に底表の地温と気 温とでは相関が低いことが明らかとなっており4),気温 だけでなく日出時間や日照時間の動向にも注意する必要 がある。本調査の結果においても,大潮ではない日にお いて38℃以上の地温が記録された例が認められた(Table. 1)。Table.1とFig. 2〜7からは38℃以上の地温はtwl1,4 での頻度が比較的高く,twl2,3,6が低い傾向が認め られる。このことから,基本的には観測定点における地 温の傾向は岸沖方向の位置による干出時間の長短と,夏 季に地温よりも低い河川水の影響を左右する河川からの 距離によって決定されているといえる(twl1は山国川に 隣接しているが,導流堤を介しているためtwl1側の地盤 が干出時に河川よりも高く,河川水の影響を受けない)。 しかし,twl2,3ではいずれも夏季の大潮以外の日に38 ℃以上の地温を記録しており,夏季においては干出時に 高い気温と連続した日照時間があれば迅速に地温が38℃ 程度まで上昇すると考えられる。さらに,最後に38℃以 上の地温が記録された 9 月11日の 4 日後の 9 月15日には, 日出時より日没時の干潮が低潮位を記録しており,日出 時間も13時間30分を下回っている。アメダスの記録では, 6 月28日では 9 月11日より最高気温は低いものの14時間 20分の日出時間があり,同等の地温が記録されたものと 考えられる。 このように,干潟における干出時の地温の解析におい ては,観測時にどの要素が優先して地温の上昇に貢献し ているかを詳細に吟味する必要がある。また,本調査に おける地温の測定結果では,twl1における38℃以上の地 温を示した頻度が突出していた。これには,底質の差が 影響している可能性がある。今回水温/地温・水位ロガ ーを設置した定点のうち,twl2〜6は主に底質が砂によ って構成されていたが,twl1では礫を主体に構成されて いた(Photo 1)。礫は砂と比較して透水性が高く粒子の 間隙に水を保持しないことが明らかとなっており11), 干出時における底表の間隙がほぼ空気で構成される礫と, 干出時に粒径が細かいほど粒子間に働くサクション(毛 管力)が急増し12),毛管上昇高も増大するする砂では13), その物理的性質が大きく異なる。また,泥については砂 とは異なる構造であるが,砂よりも大きな間隙比及び極 めて低い透水性のため13),干出時にも多くの水を保持 している。一般的な計算値では水に比べて空気は 1 / 4 程度の熱量で同様の温度上昇が可能であるとされており, 同じ気象条件下であっても礫で構成された底質とそれ以 外の底質では底表における温度やその上昇速度に大きな 差が生じ,礫で構成された底質が大幅に高温となる可能 性が高い。礫の物理的性質が生息する生物に対する環境 要因として作用することが認められた例はこれまでにな いと考えられ,今後とも詳細な調査と事例の蓄積に努め る必要がある。 アサリ着底稚貝については,少なくとも地温が38℃程 度を示す期間には極めて少ないことが明らかとなった。 設置期間を通して唯一地温が38℃に達しなかったtwl5に おいて 7 月30日に少数の着底稚貝が認められる程度であ った。ただし, 7 月30日におけるtwl5の地温は37.7℃ま で達しており,アサリ着底稚貝の生残に過酷な環境であ ることは変わらない。また, 7 月30日はtwl1,4,6 で 38℃以上の地温を記録しており(Table. 1), 9 月28日 の秋季発生群着底時にこれらが成長・生残した形跡が認 められないことから,地温が38℃程度まで上昇する干出 域では,アサリ春季着底群の越夏は困難であるといえる。 さらに,夏季において底表では極めて高温を示す地温は, 底表からわずかな深さにしか潜砂できないアサリ着底稚 貝には致死的に作用するものの,底表から 4 〜 5 cm深で は急激に減衰することが知られており4),アサリの成長 段階によって与える影響が大きく異なると考えられる。
アサリが成長することによる環境耐性の獲得の他にも, 殻長の大型化による潜砂能力及び潜砂深度の増大は,地 温の急激な減衰と相まってより大型のアサリに与えるダ メージが緩和されている可能性がある。夏季にアサリの 斃死が見られる一方で,障害輪を形成しながらも生残個 体の存在が認められるのは7),このような要素も一因で あると考えられる。一方で,地温が38℃以上を観測しな くなった 9 月下旬以降においては,アサリ秋季発生群と 考えられる群が大量に着底した。特に,夏季において最 も高温となるtwl1において継続的に大量の着底が見られ た。twl5において認められた少数の着底稚貝について, 地温38℃以下でも越夏出来ていないこと,大量のアサリ 稚貝が出現した 9 月28日では最も高い地温が32℃程度で あり,これ以降同等の地温が記録されていないことを考 えると,アサリ春種苗の確実な越夏には干出時の地温の 上限が32℃程度にとどまることが不可欠となろう。 9 月下旬以降にtwl1において着底したアサリ稚貝は, 経時的に殻長が大きな個体が出現することから,生残・ 成長しつつ新たな着底が継続している状態であると考え られる。その他の定点については,地温が38℃以上を観 測しなくなった 9 月下旬以降においても,アサリ稚貝の 着底が多数認められる定点と認められない定点があり, その密度も多岐にわたっていた。これらは,地温以外の アサリ着底稚貝の好適生息条件の差による可能性がある。 本調査における沖側の定点では,底表から比較的深い 部分においてアサリ着底稚貝の新鮮な死殻が多数埋没し ている事例が確認された。このことは,急激な漂砂の移 動がアサリ着底稚貝を底表に復帰出来ない程度に埋没さ せ,死亡させている可能性を示している。特に,北側が 開けている中津干潟においては,晩秋から冬にかけて季 節風による波浪が高まるため,漂砂の移動も活発に行わ れていると考えられる。豊前海におけるアサリの冬季減 耗要因の一つとして,冬季の波浪は以前から指摘されて いたが14),主に低温による活力の低下から,底表から の再潜砂が行えなくなること,あるいは好適生息域外に 移動させられることがその機序とされていた。今後,ア サリ稚貝の冬季における減耗要因として,短時間におけ る大量の漂砂がアサリ稚貝を埋没させる可能性について も検討する必要がある。さらに,冬季における波浪だけ でなく,近年夏季から秋季にかけて頻発している大型台 風の上陸や,短時間での豪雨による河川からの大量の土 砂流入がアサリ稚貝を砂中に埋没させるように働いてい る可能性があり,今後の課題として注視すべきである。 一方,twl1においては底質が礫で構成されており,岸に 近いため波浪の影響も少ないことから,上述の冬季にお ける減耗要因は大幅に緩和されているといえる。また, 波浪の影響を緩和することで,冬季におけるアサリの生 残率が向上したという結果も得られている14)。すなわ ち,twl1は,夏季においては長期的に高温となるためア サリ稚貝の生残が困難であるが,秋季以降はアサリ稚貝 の生残に好適な場となっていると考えられる。ただし, 食害によるアサリの減耗についてはこの限りではないた め,注意する必要がある。 これらの結果から,中津干潟のtwl1に限れば,アサリ 着底稚貝生息場の環境要因としての懸念は,夏季干出時 における底表の高温のみであると判断できる。今後twl1 において,現状用いられている採苗及び食害防止の機能 を有するアサリ増殖用ネット等の機材に,遮光等地温上 昇の緩和機能を付加することで,アサリ稚貝の保護・育 成だけでなく,アサリ春季発生群の生産力も有効に活用 し,アサリ資源の増大に貢献できる可能性がある。 また,広大な中津干潟においては干出域における微地 形や水位の変化が頻繁に認められており,これに伴って 底表の地温も細かく変動する可能性も考えられるため, 今後は底表の地温の差をアサリ稚貝のマイクロハビタッ トとしての視点からも検討する必要がある。 謝 辞 この研究の一部は農林水産技術会議委託プロジェクト 研究「生態系ネットワークの再生によるアサリ資源回 復・生態系修復技術の開発:ネットワークの修復・再結 合技術の開発」の一環として行った。ここに記して謝意 を示すものである。 参 考 文 献
1) Tezuka N., M. Hamaguchi, M. Shimizu, H. Iwano, T. Tawaratsumida, S. Taga:Seasonal dynamics of the larval distribution and settlement of the clam Ruditapes philippinarum in the Suo-Nada Sea, Japan. Coastal Ecosystems, vol 3 : 1-15, 2016.
2) Tezuka N., M. Kanematsu, K. Asami, N. Nakagawa, T. Shigeta, M. Uchida, and H. Usuki: Ruditapes philippinarum mortality and growth under netting treatments in a population-collapsed habitat. Coastal Ecosystems, Vol.1 : 1–13, 2014.
3) Tezuka N., S. Kamimura, M. Hamaguchi, H. Saito, H. Iwano, J. Egashira, Y. Fukuda, T. Tawaratsumida, A. Nagamoto and K. Nakagawa:Settlement, mortality and growth of the asari clam (Ruditapes philippinarum) for a collapsed population on a tidal flat in Nakatsu, Japan. Journal of Sea Research, Vol. 69 : 23–25,2012. 4) 木村聡一郎:夏季高温下におけるアサリのへい 死.大分県農林水産研究 指導センター研究報告 4:1-8,2014. 5) 木村聡一郎:1999〜2010年における中津干潟の アサリ分布状況.大分県農林水産研究指導センタ
ー研究報告2:25-30,2012. 6) 樋下雄一:周防灘のあさりについて.おおいたAQUA NEWS 4:7, 1998. 7) 浜口昌巳:一次生産の変化と有用種の関係(二枚 貝).水産総合研究センター研究報告,23:33-47, 2011. 8) 池末 弥:アサリの生態学的研究-Ⅱ.沈着期と 初期成長.日本水産学会誌,22:736-741,1957. 9) 倉茂英次郎:アサリの生態研究,特に環境につい て.水産学集成,東京大学出版会,東京,611-655, 1957. 10) 木村聡一郎:夏季におけるアサリの移動と形状. 大分県農林水産研究指導センター研究報告5:13-19,2015. 11) 梶原直人:礫浜汀線域の土砂環境把握のための基 礎的実験的研究.水産工学,52(2):127-131, 2015. 12) 梶原直人・高田宜武:新潟県の砂浜海岸汀線域に おける底質硬度と飽和状態との関係.水産工学, 50(2):131-137, 2013. 13) 松尾新一郎:新稿土質工学.山海堂,253pp., 1984. 14) 長本篤・上妻智行・江藤拓也・佐藤利幸:冬季に おけるアサリの減耗要因と減耗防止効果.福岡県 水産海洋技術センター研究報告,15:61-64,2005.