2.電子書籍とアクセシビリティの現状
前者は,文字サイズを変えると,文字の流れ(改行の位置)が変わり,画 面内で常に文字と文字がつながって読み続けることができることから,「リ フロー型電子書籍」とも呼ばれている。テキスト情報を保有していること から,TTS による音声読み上げが可能である。一方,後者は,画像とし て固定されることから「フィックス型電子書籍」とも呼ばれており,テキ スト情報を保有していないため,音声読み上げが不可能である。このこと から,アクセシビリティを考慮すれば,XML 系電子書籍とする必要があ る。
3.海外における電子書籍とアクセシビリティ
電子書籍は,出版界だけでなく,一般の読者の間でも,国内外で注目さ れている。しかし,電子書籍端末や電子書店をめぐる動向は,事業改変の 展開が早く,年単位どころか月単位で激しく変化している。アメリカの大 型書店バーンズアンドノーブル(B&N)が2009年10月に発売したヌーク (nook)は,子会社化や資本提携など,短期間に経営母体を変えている。 日本の楽天は,電子書籍ビジネスを本格化するために,欧米で電子書籍端 末の販売と電子書店の運営を手がけていたカナダのコボ社(Kobo)を,2012 年に買収した(写真1,写真2)。 電子書籍の販売額や冊数については,各社公表しておらず詳しくは不明 である。2013年11月に発表された BISG(Book Industry Study Group)に よる調査報告によると,アメリカにおける電子書籍の購入先は,アマゾン は67.0%,ヌークは11.8%,アップル iBook が8.2%で,その他として, グーグルやソニーが12.8%となっている8)。ヨーロッパでもアマゾンは,オンライン書店だけでなく,電子書籍販売 においても優勢となっている。このアマゾンに対して,ドイツで対抗軸と して登場したのが,トリノ(tolino)である。トリノはヨーロッパ最大手 の 通 信 企 業 ド イ ツ テ レ コ ム と お 大 手 書 籍 小 売 業 フ ー ゲ ン ド ウ ベ ル (Hugendubel),タリア(Thalia),ベルドビルド(Weltbilt),ベルテルス
現在,同社のウェブサイト17)によると35万点の電子書籍と1000点のオー ディオブックを扱っている。価格は,無料からあるが,文芸作品は10∼15 ユーロである。 メディア・コングロマリットであるランダムハウス社は,傘下に複数の オーディオ系出版社を持っている。ランダムハウスオーディオ社は,大人 向け文芸書やノンフィクションを手がけており,1955年にサービスを開始 したリスニングライブラリー社は,J. K . ローリングのハリー・ポッター シリーズなど子供やヤングアダルト向け作品を手がけ,35年以上の歴史を 持つブックスオンテープ社は図書館と学校向けに提供している。フェア フェアラグ社(Hörverlag)は,1993年に設立されたオーディオブック出 版社で,2010年にランダムハウスが傘下に収めている。 ア ル ゴ ン 社 は,ベ ル リ ン に 本 社 を お く オ ー デ ィ オ ブ ッ ク の 出 版 社 で,1952年に設立され,現在はホルツブリンク出版グループに属している。 同グループはドイツに本社をおく世界規模の出版メディアグループで,傘 下にマクミラン社や科学雑誌『サイエンティフィック・アメリカン』があ る。同社のオーディオブックには CD 版もダウンロード版もコピー防止は されていない。 2008年10月から,同社のオーディオブックのうち販売上位20タイトルの DAISY 化を開始した。現在,346タイトルの DAISY 作品が,歴史小説, オーディオドラマ,若者向け,子供向け,古典,文学,童話,ファンタジ ーなど14分類されて同社のウェブサイトで販売されている。いずれも視聴 可能で書店からも同社のウェブサイトからも購入できる。価格は,オーディ オブックと同価格である。ライプチヒにあるドイツ中央点字図書館(Deut-sche Zentralbücherei für Blinde)18)と連携して制作している19)。
は重要な規範となったのである。
最近の動向について,いくつか例示しておく。一つは,ウェブコンテン ツ・アクセシビリティの標準化である。これには W3C が提唱するガイ ド ラ イ ン が あ り,2012年 に ISO/IEC JTC1に よ っ て「ISO/IEC40500: 2012」として標準化されている。
また,2012年に「IEC62665:Texture map for auditory presentation of printed texts」が国際標準に制定されている。もとになった技術は,日本 から提案された SP コードである。紙面上に印刷された文章を読み上げる 仕組みとして,視覚障害者や高齢者などのアクセシビリティを確保するた めに開発された。現在,日本では各自治体が発行する「障害者のしおり」 や日本年金機構が発行する「ねんきん定期便」などで採用されている。 この SP コードは,2次元シンボルの1種で8ミリ四方の中に,日本語 の漢字・かな混じり文で約800文字分相当を収納でき,印刷された文章と 同一紙面上のコーナーにレイアウトされ印刷される。専用の読上げ装置や 一部の携帯電話を用いて SP コードを読み取り,TTS により音声で聴くこ とができるシステムである(写真7,写真8)。 IEC62665の標準化作業を担当したのは,IEC(国際電気標準会議)に 設置された TC(Technical Committee:技術委員会)の一つである TC100 (Audio, video and multimedia systems and equipment)における技術分科
版ニュース』2351号,2014年,p.24―25がある。 3)筆者らのグループによる研究成果としては,野口武悟・植村八潮・成松一郎・松井 進「電子書籍のアクセシビリティに関する実証的研究(!):音声読み上げ機能の検 討を中心に」『人文科学年報』44号,2014年,p.197―216などがある。 4)青木千帆子「ヨーロッパにおける書籍へのアクセシビリティをめぐる現状と課題」 障害学会第10回大会,2013年9月 5)詳しくは,「フランクフルト・ブックフェア」公 式 ウ ェ ブ サ イ ト(http://www. buchmesse.de/) 6)植村八潮「電子書籍がもたらす出版・図書館・著作権の変化:現状分析と今後のあ り方の検討」『情報管理』56巻7号,p.403―413,2013年. 7)http://www.sapie.or.jp/
8)Digital Book World(November 14, 2013)
BISG Report(October 29, 2013)”Consumer Attitudes Toward E-Book Reading http://www.digitalbookworld.com/2013/bisg-report-a-few-more-ebook-stats/ 9)Verankert im Markt − Das E-Book in Deutschland 2013
10)AAP,BISG,GfK などの資料によりリンクル氏が作成した表。ただし,各国の調 査方法は異なり,また,電子書籍と印刷書籍の対象も必ずしも一致しない。例えば, 日本において,コミック雑誌もコミック単行本も雑誌売上げだが,電子書籍市場では デジタルコミックの占める割合が高い。このため本稿では参考資料にとどめる。 11)野口武悟「戦前期日本における障害者サービスの展開:障害者自身の図書館サービ スをめぐる運動と実践を中心に」『図書館文化史研究』22号,2005年,p.84―85;野 口武悟「東京における点字図書館の歴史:明治時代から「日本盲人図書館」設立まで の時期の検討」『東京社会福祉史研究』1号,2007年,p.44 12)日本点字図書館のウェブサイト(http://www.nittento.or.jp/index.html)内の「録 音図書について」を参照。
条第3項に基づく著作物の複製等に関するガイドライン」)。 16)野口武悟「著作権法改正(二〇〇九年六月)と学校図書館:その可能性と課題」『人 文科学年報』41号,2011年,p.120 17)http://www.snapload.de/ 18)http://www.dzb.de/ 19)詳しくは同社ウェブサイト http://www.argon-verlag.de/ 20)詳しくは同社ウェブサイト http://www.luebbe.de/luebbe-audio 21)http://goodereader.com/blog/e-book-news/audiobooks-are-more-popular-in-germany -than-ebooks 22)http://www.audiopub.org/
23)http://www.nytimes.com/2014/12 / 01 / business / media / new-art-form-rises-audio-without-the-book-.html?_r=0
24)冷水來生「アメリカ障害者法(Americans with Disabilities Act)の10年」京都教育 大学紀要:A 人文・社会』99号,2001年,p.17―27