L・P・
ハ ー ト リ ー の ヴ ェ ネ ツ ィ ア ( 二 )
ハ ー ト リ ー 作 品 の な か の ヴ ェ ネ ツ ィ ア
鳥 越 輝 昭
は じ め に
英国の作家L・P・ハートリー(い.勺.国p︒註亀﹂︒︒縮らミb︒)の生涯のなかでイタリアの都市ヴェネツィアが重
要な位置を占めたことは︑前回の拙文﹁﹂・P・ハートリーのヴェネツィア(こ‑lーヴェネツィアのハートリー﹂
で取り扱ったとおりである︒ハートリーの作品中でもヴェネツィアが重要な意味を持っていたことは︑代表的な短
編集のまとめ方にすでに表れている︒憲Φき︑審ミぎ亀欝魁()導亀縛o眠$の場合も琴の○碧器﹁無肉Φo忠く8
琶魁OS亀勲§再の場合も︑巻頭に置かれているのは︑ヴェネツィアを舞首にする中編小説である︒むろん︑ど
ちらも佳品︒ハートリーにとっても︑このふたつは自信作であったのだろう︒二作は︑ハートリーが﹁ヴェネツィ
アの作家でもあった﹂という妹の言葉を裏付けるものでもある(﹁﹂・P・ハートリーのヴェネツィア(一)﹂︑b・︒︒一)︒
今回の拙文は︑ハートリーが作品中に描いたヴェネツィアの特徴を扱うのが目的だが︑個別の特徴に目を向ける
前に︑全体の特徴にふれておく方がよいだろう︒一体︑外国の文学のなかでヴェネツィアが扱われる場合︑当然の
ことながら︑文学者自身が異邦人である状態を反映して︑語り手もしくは主人公が︑町の外観︑雰囲気︑歴史︑現
況などへの感想を述べるか︑町の雰囲気との関連でその人物の心理や行動を語ることが多い︒バイロン(○Φ霞oqΦ
Oo﹃島8bU︽﹃o戸一刈︒︒◎︒山︒︒b︒蔭)の﹃チャイルド・ハロルドの巡礼︑第四部Ω建亀Φ爵蔓蔑げ蓼鋤恥O﹂昌(一〇︒一Q︒)
は前者の典型︑トーマス.マン(]りげO目PPω7麟四︼P P'一Q◎刈切1一り切α)の﹃ヴェニスに死すb亀§魁貯忘幕&(6旨)
は後者の典型である︒しかし︑ハートリー作品の場合には︑これら二種とは異なるヴェネツィアとの関係がみられ
る︒そこには︑前回の拙論でふれたようなヴェネッィア体験のあり方が反映されているはずである︒
ハートリーのヴェネツィアもの全体に亘ってみられる重要な特徴は︑都市ヴェネツィアそのものよりも︑むしろ
町の人間たちの描き方に生彩があることである︒いうまでもなく︑背景よりも人物を主にするのは近代小説の本道
であって︑これはハートリーが本格的小説家であったことを示している︒
ハートリーのヴェネツィアもののなかで躍動しているのは二種の人間たちである︒ひとつは現地ヴェネツィアの
ゴンドラの船頭たちである︒もうひとつは︑ヴェネツィアに定住したり︑町をひんぱんに訪れる英米人たちである︒
この他に︑ヴェネツィア人の貴婦人と家政婦という二種の女性たちもリアリティーを帯びて登場するが︑ゴンドラ
の船頭と英米人たちのリアリティーには︑はるかに及ばない︒
そういうわけで︑今回の拙文では︑まず︑ハートリー作品に登場するゴンドラの船頭と︑英米人の代表である一
婦人とを取り上げることにする︒そのあとで︑ハートリー自身のヴェネツィア初体験が反映しているらしい︑建築
物への反応の仕方を取り上げ︑最後に︑ハートリーの特徴である生・死・霊界の連続性がヴェネツィア作品のなか
で︑どういう現れ方をしているかを検討してみたいと思う︒しかし︑その前に︑ハートリーのヴェネツィア作品の
コーパスを確認しておいた方がよいだろう︒
盟§8禽賦︑Φ鼠§ω(中編小説︑一りN㎝)︒訪問先のヴェネツィアで︑ゴンドラの船頭に魅了された米国娘が︑船
頭を誘って肉体関係を持とうとしながら︑その寸前で思いとどまる話である︒
肉器慰oΦき亀ミ魯(長編小説︑おミ)︒これは憲Φ⑦︾鼠§b§魁So︾bΦ白§Φ℃憲Φ駿S零山く象に続く
三部作の完結編︒英国人大学生の主人公は︑知り合いになった貴婦人に招かれ︑ヴェネツィアの館に滞在する︒町
では勉強をする予定であったが︑なりゆきから中編小説を書く︒その間︑英国では自分の媒介で姉に付き合わせた
男と姉との関係が破綻し︑姉は身体が麻痺し口もきけない状態になる︒それを知った主人公は︑故郷に戻り︑姉を
介護し︑麻痺から回復させるが︑自らは心臓の不調で死ぬ︒
﹁ポドロ島勺︒ユ︒﹃o﹂(短編小説︒富①穿くΦミ轟欝くΦき魁O昏亀繰o賦Φψ一㊤弩所収︒邦訳あり)︒ヴェネツ
ィアの潟の小島ヘピクニックにでかけた女性が︑島に捨てられている猫が飢餓に苦しんでいるのを哀れんで殺害し
たところ︑猫の霊らしい魔物の仕返しを受けて瀕死の状態となり︑同行したゴンドラの船頭に︑自分を殺してもら
わざるをえなくなる話である︒
・↓耳Φρo同﹁oロ製8﹃∪一目Φ㌧(短編小説︒憲Φぎく①§喰響奉皇︒鼠()洋亀恥8賦霧所収)軌砂州の島リド島
へゆく途中︑ゴンドラに溺死体を拾い上げ︑冗談で︑その溺死人を夕食に招いたところ︑溺死人の幽霊が実際に夕
食にやって来る話である︒
穿Φ謬︑竃き旨魁(中編小説︒§Φ謬︑電ミ§蔑き魁O昏亀陣o置Φg一り置所収)︒ヴェネツィアで病気にな
り︑その回復期に︑向かいの集合住宅に住んでいる女性に執心するようになった英国男が︑病弱で寝たきりのその
女性を訪れるようになるが︑医者によって訪問を禁じられたときに︑愛するその女性が死んでしまう話である︒
︒︾嘆閃霞い.﹀∋自Φ︒(短編小説︒↓ヌ6さ﹁導Φ肉貯零き儀OS鶏恥8鼠①9一㊤①一所収)︒ヴェネツィアを訪れて
いる英国娘が︑無節操に複数のイタリア男と交遊し︑そのうちの一人の嫉妬によって殺害される話である︒
§︑9は鶏象肉ΦoΦ守o⑦(中編小説︒§・9はΦ﹁魚肉Φo魚く$§魁Oヨ霞⑦§o︒︒﹂ミ一所収)︒ヴェネツィ
アの英米人コミユ一一ティーに君臨していた女主人公は︑社会的なしきたりにうるさく︑自宅に招く人を厳しく選別
していたが︑到来した死神は受け入れざるをえなかった話である︒
このほかに︑エッセイとして一一幻Φ目ΦヨげΦ二昌︒q<Φロ一8.一(憲Φ寄く§募肉Φ逡§町ぴミ﹂信一り零所収)という︑
ヴェネツィアに関する思い出話があるが︑今回の拙論では直接の対象にしない︒
一ゴンドラの船頭
ゴンドラはヴェネツィアの町に特徴的な乗り物であり︑それを操る船頭たちもまた長らく町を特徴づける存在で
あった︒だが︑文学作品のなかのゴンドラの船頭たちは︑端役をつとめるか︑背景に退いているのが普通である︒
たとえば︑トーマス・マン﹃ヴェニスに死す﹄の船頭は︑印象的ではあるが︑(死の島となる)リドへ主人公を送
り届ける役割しか果たしていない︒アンリ・ド・レニエ(寓Φ實一位Φ閑σゆq巳Φ5一︒︒罐‑一りω①)の散文詩集﹃ヴェネツ
ィア風物誌穿O巳鴇$<曾註魯b①亀(一㊤O脅一㊤一NVのなかに描かれる船頭もまた︑ヴェネツィアの詩情を醸し出す背
景づくりに使われている︒
この点で例外的なのが︑歴史家ホレイシオ・ブラウン(}HO﹃餌叶一〇¢u﹃Odくb毒一〇c㎝一i]﹁㊤hQ①)の随筆集卜譜8導Φ
富噴o§ω(一︒︒︒︒ら)に描かれた船頭たちである︒そもそも︑献辞を見れば︑この随筆集自体が︑﹁ヴェネツィアとヴ
ェネト州で︑常変わらず我が連れであったゴンドラの船頭アントニオ・サリンに捧げる﹂ものであった︒ハートリ
ーの描き出すゴンドラの船頭たちもまた︑ブラウンの場合と似て︑けっして端役でない︑重要な役割を果たしてい
る︒そして︑ハートリーの場合にも︑文章の背後に︑船頭との深い関わりがあったらしい︒
ブラウンやハートリーの慣れ親しんだゴンドラは︑社会的機能の点で︑今のゴンドラとは似て非なるものであっ
た︒今では︑この町のゴンドラは︑営業許可される数が四〇七艘に限定され︑(渡し場で使われているものを除け
ば)裕福な観光客を短時間乗せて高額な代価を得る︑純然たる観光用具になっている︒しかし︑ブラウンやハート
リーの知っていたのは︑そうなる前の︑まだ往時の残像を残しているゴンドラであった︒
ヴェネツィア共和国の盛んであった十七︑十八世紀のころ︑この町には一万艘のゴンドラがあったという︒当時
のゴンドラは船首と船尾に漕ぎ手がひとりずついるのが普通であったから︑船頭は二万人ほどいたことになる︒ヴ
ェネツィアの総人口は︑変動があったが︑平均すると十六万人ほどであった︒そうすると︑ゴンドラは︑十六人に
対して一艘あり︑船頭は︑人口の八分の一を占めていたことになる︒当時のゴンドラの用途には︑自家用のもの︑
辻馬車代わりに(つまりはタクシーとして)利用されるもの︑そして特定の場所で渡船に使われているもの︑の三
種があった︒
十八世紀末にヴェネツィア共和国が滅び︑町が経済停滞状態になると︑自家用のゴンドラは減少した︒ゴンドラ
の研究家によれば︑ゴンドラをひとりの船頭で操れるように︑船形を現在のような非対称形に変えたのも︑雇い主
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が経費を節減しようとしたためであったという︒船頭側からいえば︑この船形の改良で︑働き口が半減したことに
なる︒その後︑十九世紀の五〇年代になると︑それまで大運河には橋がひとつしか架かっていなかった(リアルト
橋)のが︑加えてニヵ所に橋が架け渡された(鉄道駅近くとアカデミア橋)︒これは︑渡し場がニカ所減少し︑そ
の分だけ船頭たちの仕事場が減少したということである︒また︑十九世紀も終わりに近くなると︑動力を使う乗り
合い水上バス(ヴァポレット)が大運河を上下するようになり︑二十世紀にはいるとモーターボートがタクシーと
して使用されるようになる︒どちらも︑ゴンドラの船頭たちの職を奪うものであった︒
しかしホレイシオ・ブラウンがヴェネツィアで過ごしていた十九世紀後半にはまだ︑﹁ゴンドラの船頭が船頭を
生業とするにあたって肝心なことは︑恒常的な主人を見つけるこど﹂であった︒裕福な人の︑いわばお抱え運転手
となるのが︑船頭たちの第一の目標であったわけである︒二十世紀初頭のレニエ﹃ヴェネチア風物吐踏のなかの船
頭も︑春と秋に裕福な外国人がヴェネツィアに滞在するときにはお抱え船頭をし︑それ以外は渡船の船頭をしてい
る︒この点は︑両大戦問を中心に︑ヴェネツィアに繰り返し滞在したハートリーの頃になっても︑基本的に変化し
ていなかった︒ヴェネッィア在住のブラウンも︑定期的な滞在者であったハートリーも︑﹁主人﹂として︑専属の
船頭を雇っていたのである︒なお︑ゴンドラは船頭個人の所有物であるから︑これは船頭をゴンドラ付きで雇った
ことになる︒
ブラウンは同性愛者であったらしいし︑ハートリーもまた同様であったかもしれないので︑船頭との関係がとり
わけ密接であったと推測できる︒しかし︑仮にふたりが同性愛者でなかったとしても︑異郷に滞在している︑一人
住まいの︑船遊びを好む外国人にとって︑お抱えの船頭が︑ヴェネツィアの現地人のなかで︑もつとも身近な︑熟
知している人物となるのは不思議がない︒なお一裕福ではあるが︑大金持ちではなかったハートリーは︑ヴェネツ
ィアに滞在していたときには︑船頭の他には︑料理人兼掃除婦の女性を雇っていただけのようである︒こういう女
性たちも︑ヴェネツィア現地人のなかでは︑日常的に接触の多い相手であったには違いなかろうが︑性別と仕事内
容とからみても︑彼女たちとの関わりが︑ゴンドラの船頭ほどに密接になることは︑まずなかったであろう︒ブラ
ウンとハートリーの文章中で︑船頭たちが大きな位置を占めているのは︑当然なのである︒
ちなみに︑文化的・社会的角度からみて興味深いのは︑ハートリーの描くゴンドラの船頭たちが︑水上で船を漕
ぐだけでなく︑屋敷のなかでは給仕の仕事もしている点である︒これは︑ハートリー自身の属した中産上層階級の
生活程度を示していると思われる作品(富Φ謬︑融き旨Sの場合だけでなく︑いちばん裕福な水準を描き出し
ている作品(ミ﹃¢︹好N鉢ΦhO躰肉OOΦ︑くΦ恥)の場合も同様である︒風俗小説家としてのハートリーは写実を旨として
いるから︑こういう船頭の生活ぶりも当時の実像であろう︒ゴンドラの船頭がそのように屋内の使用人を兼務して
いたこともまた︑ハートリーのヴェネツィァ生活のなかと︑ヴェネツィアを舞冒とする作品とのなかで︑船頭の比
重を増すのに貢献したであろう︒
社会風俗の描き手そして社会風俗の批評家としてのハートリーがゴンドラの船頭について述べたことのなかで
は︑ふたつの発言が注目される︒ひとつは︑恥§o旨象賦︑Φ慧︒・のなかの登場人物が口にする︑﹁ゴンドラの船頭
は売春夫同然のもの﹂という主旨の発言︒もうひとつは︑両器欝8鋤民霞§のなかの登場人物がロにする︑﹁そ
うしたいのなら︑ゴンドラの船頭と寝ても構わないけれど︑一緒にダンスをしてはいけないのよ﹂︑という発言で
ある(b・ま刈)︒なお︑後者の発言は︑ヴェネツィア貴族夫人の言った言葉として紹介されるものである︒
恥§o旨黛欝譲§︒︒の発言の方は︑つぎのような興味深い対話のなかに出てくる︒引用文中のラヴィニアが女
主人公で︑やや年配のアメリカの婦人と話をしているところである︒
﹁わたしが何を言った︑とおっしゃるの﹂︑とラヴィニアは口ごもった︒﹁何も言っておりませんわ︒﹂
﹁あら︑言ったのよ﹂︑と指導者役の夫人が言い返した︒﹁ゴンドラの船頭たちと交際する人たちもいる︑とあ
なたは自分で言ったようなものなのよ︒実際︑それは事実なの︒もっとも︑ふつうは︑関係する︑というわね︒﹂
﹁どうして︑そんなことをするのかしら﹂︑とラヴィニアは馬鹿なことを口にした︒
﹁どっちのこと︒関係する側のこと︑それとも︑船頭側のこと︒﹂⁝⁝
﹁船頭の方ですわ︒﹂
コリノプロ夫入は︑すこし安心した口調で︑﹁無料でそうするのでないのは︑たしかよ︒﹂(⑦§ob簿賦
零鼠§︒り﹂口導Φ9§覧象Φ惣亀俳い鉢o賦$亀い㍗欝㌧織o聴b,ω一‑N)
盟§ob無賦︑Φ賦§恥の発言も肉器慰8§織霞9の発言も︑富裕な階層(現地人ならびに外国人)の経済力に依
存しなければ生活できなかった︑当時の後進地域ヴェネツィアの船頭たちの立場が根幹にある点では︑同一である︒
そして︑ふたつの発言を並べてみるなら︑そこで︑ハートリーは︑ゴンドラの船頭を話題にしつつ︑ヴェネツィア
の庶民とかかわる欧米ならびに現地の上流もしくは中産上層階級の人たちの意識が非倫理的でありながら︑同時に
社会慣習の枠内にあったことを︑鋭く指摘しているわけである︒
さて︑ハートリーの作品中の役割からいえば︑憩§8無慰︑︒凱§︒・のなかの船頭がもつとも重要だが︑憲Φ
§︑紺き民のなかの船頭も話の展開に不可欠な役目を果たしている︒ちなみに付言すれば︑肉器慰8き魁mミ§
のなかの船頭たちのような脇役の場合でも︑ハートリー作品の船頭たちは人間としてのリアリティーある存在とし
て描き出されている点には注目して良いだろう︒
旨8象審諒鼠§恥の船頭は︑女主人公の米国娘を肉体的に魅了する存在であり︑この船頭がいなければ︑そも
そもこの小説自体が成り立たない︑不可欠の登場人物である︒女主人公はアメリヵ東部上流階級の女性らしく︑ピ
ユーリタン的心性を持ち︑社会慣習の側に立つ人間でありながら︑同時に︑自己欺隔癖が強い︒作中︑この女性は︑
船頭の魅力に抗えぬまま︑その船頭をまさに﹁売春夫﹂にしようとするーいいかえれば︑ピューリタン的倫理性
を捨てて︑社会慣習の枠内にのみ止まろうとする(﹁ゴンドラの船頭と寝るが︑一緒にダンスはしない﹂)︒だがそ
の直前で︑かろうじて踏みとどまるのである︒船頭は強力な肉体的魅力によって︑ピユーリタン的倫理性と社会慣
習とをどちらも破壊する潜在的な力として登場している︒D・H・ロレンスのような現代的小説家であれば︑当然︑
女主人公に船頭との肉体関係を持たせて︑同じ状況に置かれた場合にそこまで進みそうにない読者にも代償的興奮
を与えそうだが︑現代の小説家であっても本質的に現代的小説家でないハートリーはそうしなかった︒わたくしの
印象では︑ハートリー自身は︑ピユーリタン的心性と社会慣習とに対して批判的でありながらも︑同時にそれらが
自分自身の寄って立つ姿勢であることを自覚しているようであり︑他方︑それらの潜在的破壊要因である他者の肉
体的魅力を十分に認識しつつも︑完全には肯定していないようである︒作者自身のそういう態度保留性が︑この小
説を︑読み手の意識次第でおもしろくも︑つまらなくもするだろうし︑また作者の態度保留性が誘惑に直面したと
きの普通人の反応を代表している点で現実味があると同時に︑物足りなくも感じさせるであろう︒
憲Φき襟o謬嵩蔑の船頭は︑ストーリーの展開上︑主人公に切実な欠落感を生じさせるとともに︑また主人公
の病の原因ともなる︑二重の役割を負っている︒この船頭は︑両大戦間の時期に︑主人公が比較的若く活動的であ
ったころの︑身分を異にする連れであったが(﹁常変わらず我が連れであった﹂とブラウンなら書いただろう)︑第
二次大戦のあいだに盗癖が高じていたものか︑戦後ヴェネツィアに滞在した主人公のブランディーを盗み飲みし︑
それをとがめられたことを不服として主人公から去る︒この事件がなければ︑主人公は胃腸炎を起こすこともなく︑
孤独感を自覚することもなく︑長い回復期に集合住宅化している向かいの館を眺め続けて︑病弱で寝たきりの女性
に恋心を我知らず引き起こすこともなく︑出会いを拒否した女性を捜し求め︑探し当てた女性の気持ちを(良くも
悪くも)高ぶらせ︑(おそらくはその結果として)女性を死に追いやってしまう︑という筋の展開が生じない︒そ
ういう意味で︑この船頭は作中で非常に重要な役割を与えられている︒しかし︑すこし考えてみれば︑主人公の孤
独感や病を引き起こす存在は︑ゴンドラの船頭でなければ︑どうしてもいけないものではない︒たとえば愛入の死
というような事件でも︑同様の効果が得られるであろう︒その意味では︑この作品の背景には︑ハートリー自身が
体験した現実の船頭との交遊と別離(あるいは別離の想像)とが潜んでいそうである︒ハートリーの心のどこかに︑
その船頭のことを書かざるを得ない気持ちがあったのではないだろうか︒
ニジョンストン四カーテレット夫人
前回の拙文のなかでも︑ハートリーの知っていた頃のヴェネツィアには︑故国を捨てたり︑半ば捨てたりした英
米人のつくるコミュニティーのあったことにふれ︑その指導者がジョンストン夫人(ζ同ω・ぢぎ︒︒8⇒Φ)とい︑つ名
の女性で︑ハートリーの中編小説§●Ω勘は鶏象葡Φ8守霧のなかで﹁カーテレット夫人﹂として描き出されたこ
とにふれた︒しかし︑じつをいえば︑ジョンストン夫人らしい人物がハートリーの作品で言及されるのは︑この中
編小説が最初ではない︒すでに肉器審8き儀題9(一㊤軽刈)のなかの端役の女性が︑手紙のなかで︑こう述べて
いた︒
夫のジョンとわたしがヴェネツィアでハネムーンを過ごしたときには(もう大昔のことのようですわ)︑そこ
に家を持っている︑ほんとうに素敵な英国人も何人かいました︒それにアメリカ人もひとりか︑ふたり︒とい
っても︑彼らも半ば英国人化していましたけれどね︒そのひとたちが︑ちょっとした社交界を作っていたので
す︒私たちふたりは︑紹介状を持っていましたから︑何度か︑そのひとたちのお宅のディナーに出かけました︒
ジョンと私は︑ちょっとおもしろがってもいたのです︒なぜかというと︑ひとりの老婦人が︑だれを﹁受け入
れる﹂かについて︑小うるさいひとで︑(あとで聞いたところでは)私たちについても︑実際に問い合わせを
したらしいのです(﹂円窺⑦賦OΦ恥旨魁ミ儀やb・恥鼻ω)
ジョンストン夫人は︑§Φ葦︑帯§旨魁(一㊤総)のなかでは︑レディー・ポーティァス(い鋤畠勺o昌Φ8ω)と
い︑つ名で姿を現している︒これは︑主入公のヴェネツィアでの友人のひとりであったのだが︑この貴婦人について︑
主人公はこういっている︒
そのとき︑わたしはレディー・ポーティアスを思い出したのです︒そして︑夫人と夫人の邸が︑自分たちの基
準を人に押しつける異常なほどの力もね︒その基準を︑わたしは全面的に弁護しようとは思いません︒世俗的︑
俗物的で︑人を排除することを基盤にするものでしたからね(§Φ謬賊融き旨9ヨ臣ΦO§日覧象Φ象oほ
勲9建6ω亀い︑欝︑吐Φ聴b﹄○︒○︒)︒
そして作家である主人公は︑﹁立ち入り禁止﹂というのがこの上流夫人のモットーであり︑かつて死神が夫入を訪
れたときに︑死神はあまりに通俗すぎるので資格がないという理由で︑夫人が﹁受け入れる﹂のを拒否し︑門前払
いをしたため︑夫人は不死の存在となった︑という架空の話を書いたことがある︒けれども︑第二次大戦後のこの
とき訪問してみたところ︑じつは夫人を死神が訪れていて︑門前払いには出来なかったのだ︑と語る︒
こうしてみると︑ハートリーは︑§唇9は亀簿肉Φoo肴$(一り刈一)を書く三十年以上も前(一リミ年以前)から︑
ジョンストン夫人に並々ならぬ関心を抱いていたし︑すでに§9はΦ﹁簿肉Φo亀く題の筋書きの骨子も︑第二次
大戦後にヴェネツィアを訪れて︑夫人の死を知った(?)とき(一九五四年かその少し前)から出来ていたのだと
いうことがわかる︒夫人の生き方と死に方とは︑ハートリーが長年温めていた主題だったのである︒しかも§・
9隊興象肉象黛く$は︑ハートリーがヴェネツィアを舞台に書いた最後の作品でもあるから︑ぜひ書き残しておき
かった主題だったとみてよいだろう︒
さ9G醇竃﹁象肉象驚く$は︑ハートリーの風俗小説家としての側面と︑怪奇小説家としての側面とが結合して
いる作品で︑その意味で︑ハートリーの特徴がよく出た作品だといえる︒まず︑§●Ω聖繕﹁象肉Φo亀く$の風俗
小説としての側面を見ておこう︒この小説の語り手(この場合はほぼハートリー自身と見てもよいだろうが)は︑
英国人とイタリアとの関係について︑こういっている︒
わたくしが話題にしているのは︑おおむね一八九〇年から一九四〇年にわたる半世紀ほどのことになるだろう
が︑その頃は︑故国を捨てたり︑半ば捨てたりした英国人が︑親近感に基づきながら︑イタリアの多くの町に
住み着いていたものである︒といっても︑大抵は︑ローマかフィレンツェかヴェネツィアにいたのである︒も
つと遠くまで行った人たちもいたけれども︑多くの英国人︑特に美的な趣味のある人たちにとって︑イタリア
の魅力は抗しがたいものであった︒(§.9は鶏象肉象蝕奉⑦﹂昌憲ΦOo§覧Φ融い︾o講い8賦Φq・亀い勺
評︑幕聴℃.①︒︒e
語り手は︑さらにつづけて︑ヴェネツィア在住の英国人たちは美しい家々に住まっていたが︑第一次世界大戦後に
なると︑一部の人たちは死に︑また一部の人たちは町を離れた︒それらの人たちのなかには︑かつて作家ヘンリ
ー・ジェイムズのような名士を接待した人たちも含まれていた︑という︒ここでハートリーは実名を出していない
が︑かつてヴェネツィアの英米人コミュ一一ティーに君臨して︑名士たちを接待したというのは︑カーティス夫妻
(ζ﹃.①印α7臼﹃0◎●一)P]ロ一①一()Gr﹃什一白励)︑ブロンソン夫人(国讐げΦ同ぢΦ∪Φ内Φ嘱しu﹃o器o口)というような人たちであった︒
カーティス夫妻は︑大運河沿いの︑アカデミア美術館向かいにある豪華な館(バルバロの館)に住まい︑ブロンソ
ン夫人は︑これも大運河の出口近くにある館(アルヴィージの館︑別名ジュスティニアンの館)に住まっていた︒
いずれも︑なるほど﹁美しい家々﹂である︒
さて︑カーテレット夫人︑すなわちジョンストン夫人が君臨していたのは︑こういう貴婦人たちが去ったのちの
英米人コミユニティーである︒ハートリーは︑こう書いている︒
この英米人コミュニティーは︑いまでは力も数も金も情けないほどに減少していたが︑団結しており︑ヴェネ
ツィアの住人たちのなかで︑友人たち(ヴェネツィア人であれ︑外国人であれ)に︑﹁わたくしのところに︑
お茶を飲みにいらっしゃいませんか﹂︑というのは︑この集団だけであった(§しO鷲融㌧簿沁象町くΦ︒・噸一口
§ΦG§も㌧Φ融惣oは緯o胤$9﹃い︑欝N吐Φ§や①ω一)︒
作中︑カーテレット夫人は︑ニューヨーク出身のユダヤ人で︑名をハンナ・フィルケンスタイン(自9自ぎ
﹁一蒔魯磐Φ一ロ)といい︑実家は銀行家で︑ニューヨーク社交界に受け入れてもらえた最初のユダヤ人一家である︑
と紹介される︒夫のカーテレット氏は︑ボストンの旧家力ーター(O錠叶興)家の出身だが︑ヴェネツィアに来てか
ら英国籍を取得し︑名字を︑英国の著名な議員の名であるカーテレット(()鋤同什Φ門Φ什)に改めた︒カーターでは威厳
が足りないと感じたのである︒夫人も同様に英国籍を取得し︑名をハンナからアンナ(﹀口口固)に変えた︒カーテ
スノブレット夫妻は典型的な俗物で︑夫は﹁家系面での俗物﹂︑夫人は﹁社交面での俗物﹂であった︒学生時代から上流
階級との交際を好んだことからもわかるように︑ハートリーは自ら多分に俗物性を持っていた人だが︑同時に(自
分のものも含めて)俗物性を見抜くのにも長けた入で︑カーテレット夫妻の俗物性を心からおもしろく思ったらし
く︑夫妻に関する記述には生彩と距離感とが同時に見られる︒その点で︑この作品は風俗小説家としてのハートリ
ーの傑作であろう︒
さて︑こういう﹁社交面での俗物﹂カーテレット夫人は︑誰を自宅で接待するかをきびしく吟味していたのであ
る︒そのくだりを見ておこう︒
アンナ(旧称ハンナ)の側では︑歪んだ︑実現不可能な願望ながら︑何かしら基準らしいものを維持しようと
していて︑そのために︑世間への見方が大層批判的になったのであろうか︒夫人の象牙の塔からならば︑そう
いう見方をする(あらゆる意味での)ゆとりがあったのだ︒誰それは﹁凡庸﹂(夫人が使用を恐れなかった言
葉)で︑誰それは馬鹿︑某は醜く︑某はフランス語が話せない︑そしてなかんずく︑某はわたくしへの紹介状
を持っていない︒
破門よ︑破門︒あのような者たちは追放︒そうして︑わたしたちカーテレット夫妻の基準が支配するように︑
この世の清掃をするのだわ︒ヴェネツィアという田舎町(夫人はそうは見ていなかったけれど)では︑ヨーロ
ッパのいずれかの首都の場合よりも︑自分の勢力を実感させやすかった︒というわけで︑名のあるカップルで︑
関係が正式でないが︑夫人への紹介状を持っている二人が︑いつお訪ねすればご都合がよいでしょうか︑と尋
ねると︑夫人は︑﹁都合は︑どの日もよくありません﹂︑と答えるのであった 憲ΦOo臼黛象o惣o頴い8賦8ミい︑欝㌧譜胴,①認)︒ (§■9はΦ﹁無葡Φ8でo鈎一口
三ゴシック建築︑古典主義建築
一体︑都市の景観という場合︑その大きな割合を占めるのが建築物の外観である︒そして︑いうまでもなく︑建
築物はその設計者ばかりでなく︑社会や時代の精神を体現し︑それを発散しているものである︒一般に質実な建築
物に慣れていた英国人にとって︑ヴェネツィア建築との出会いは︑精神と感覚を動揺させる出来事になることがあ
った︒その動揺が収まるまでしばらく時間が必要な場合もあったし︑動揺が嫌悪に変わることもあった︒特にピユ
ーリタン的な心性の持ち主であったハートリーにとって︑ヴェネツィア建築は衝撃的であったらしい︒そういう動
揺.衝撃をよく伝えているのが︑長編小説肉蕊欝oΦき亀題審(一逡刈)である︒この小説を書く頃のハートリー
は︑最初に感じた動揺・衝撃をまだよく記憶し︑同時にそれを客観視することもできたのであろう︒
小説の主人公ユスタスは︑知人の英国女性に招かれ︑この貴婦人がヴェネツィアで(召使いたち付きで)借りて
いる館で数週問を過ごす︒館は大運河沿いの宏壮なゴシック建築という設定である︒コンタリー二・ファリエルの
館と名付けられているが︑これは架空の名で︑おそらくは館そのものも︑ハートリーが外見と内部とを見知ってい
た複数の館を合成したものであろう︒館の位置には地誌的に若干の混乱もあり︑ある箇所では︑窓からアカデミア
橋が見晴らせるといいながら︑別の箇所でいうように︑館が聖ポーロ広場近くにあるのであれば︑アカデミア橋を
見晴らすことはできない︒それはともかく︑館は(三階と四階の両方に)華やかなゴシック式の窓が中央に六つ連
続している建物という軸堅疋である︒
つぎに引くのは︑ユスタスが与えられた寝室から外を見ている場面だが︑眺望への反応の仕方が︑
を照らし出すものになっている︒ ユスタスの心
ユスタスは︑三つの窓のところへ︑つぎつぎに行ってみたが︑いちばん気に入ったのは三番目の窓であった︒
なぜなら︑そこからは︑大運河を川下側へ︑ずいぶん遠くまで見通せたからだ︒眺望は︑鉄製の平らな橋で終
わっていたが︑この鉄の橋は有用性に譲歩をしたものであって︑この橋がなければ︑北方人ユスタスの禁欲的
な目にヴェネツィアは︑着飾りすぎとすら見えただろう︒ユスタスの思いは︑この橋で安らぐのであった︒ほ
かの場所だと︑ユスタスの思いは︑自分のまわりの︑規律も蓋恥も知らない豊かさが投げかけてくる誘惑に︑
まだまだ不安な気持ちで抵抗を続けてしまう︒ユスタスは︑バロック建築よりもゴシック建築の方が安心でき
たし︑石や化粧漆喰よりも煉瓦の方が安心できた︒ありがたいことに︑自分のいるこの館︑パラッツォ.コン
ランセントタリー二・ファリエルはゴシック建築だ︒それに︑今自分が外を見ている窓は︑尖頭窓を見慣れている目には
謙虚さが足りないように見えても︑まちがいなくゴシック式の窓だ(肉蕊融8き鉢§織勘も.ホ一)︒
文中の﹁鉄製の平らな橋﹂はアカデミア橋のことだが︑現在のものではない︒ここでいう橋は︑まだヴェネツィ
アがオーストリアに支配されていた一八五四年に架けられた鉄橋で︑一九三四年に︑現在の木製の太鼓橋にかけ直
されたのである︒長年︑橋がひとつしか架かっていなかった大運河に︑新たに架橋したこと自体が利便性の追求を
表しているし︑さらに︑十八世紀以前の煉瓦と石の建物ばかりが並ぶ環境のなかに鉄製の橋を架けたことは︑伝統
を軽視し︑近代性と利便性とを追求する姿勢を露わにしたものであった(﹁有用性に譲歩をしたもの﹂)︒小説の主
人公は全面的に近代性と利便性の側に立っている人物ではないのだが︑それにもかかわらず︑鉄製のアカデミア橋
を見ると気持ちが落ち着くというところに︑この人物の近代性と実利性とがあぶり出されている︒
文中︑もうひとつ注目すべき箇所は︑﹁バロック建築よりもゴシック建築の方が安心できたし︑石や化粧漆喰よ
りも煉瓦の方が安心できた﹂という箇所である︒無論これは︑ヴェネツィアのバロック建築は石造や化粧漆喰が目
立ち︑ゴシック建築は煉瓦造りが重要な特徴だ︑という組み合わせになる︒ただし︑正確にいえば︑(バロック建
築も含めて)ヴェネツィアの十八世紀以前の建物はすべて煉瓦造りで︑一見石造と見えるものも︑ファサードだけ
を石造にしたり︑そこに石を貼り付けてあるだけである︒ともかく︑文中のこの箇所に︑さらに﹁今自分が外を見
ランセットている窓は︑尖頭窓を見慣れている目には謙虚さが足りないように見える﹂という箇所を足してみれば︑この主人
公が簡素好みの人物であることがわかる︒尖頭窓は英国十二・十三世紀のゴシック建築にみられる尖頭アーチ型の
窓で︑装飾はほとんどない︒それに対して︑大運河沿いの典型的なゴシック建築の窓は︑アーチの上部が華やかな
トレなサリロ装飾狭間になっていて︑それを主人公は装飾過剰と感じているのである︒主人公は︑感性的:審美的にピューリス
トで︑心情的・倫理的にピューリタンであるといえるかもしれない︒
主人公はさらに︑正方形と安定と倫理的正しさを好む人物であることも︑建築物への反応から見て取れる︒まず︑
自分のいる部屋についての認識である︒
ふたつの窓の壁と壁との角度もほんとうの直角ではない︑とユスタスは突然気付いた︒わずかだが︑鋭角にな
っている︒ユスタスは︑その鋭角が自分を鋏のように締め付けてくるのを感じた︒調べてみると︑部屋のなか
のどの角度も直角から外れているようであった︒ぼくは不等辺四角形のなかで生きているのだ︒これでは︑周
囲との数学的関係を感じることが絶対できないだろう︒正方感覚よ︑さらば︒しかし︑人は︑正方でなくて︑
公正であることができるのだろうか(肉qqり欝O①恥旨魁霞賎鋼O・鼻㎝一)︒
ヴェネツィアは元来数百のごく小さな島︑というよりも砂州という方が適切なものの集合体であり︑土地が狭く
て貴重であるのに加凡て︑多数の砂州と砂州とのあいだの水路が交通に利用できた︒そのため︑家を建てる場合も︑
土地の形態を優先しながら︑精一杯広く建ててある︒したがって︑家の床の形態は正方形や長方形でなくて︑歪ん
でいるのである︒小説中の問題は︑その歪みについて︑主人公が不安に感じるばかりか︑歪みという物理的問題を
自分の倫理性への脅威と感じ取っていることである︒そこには︑自分の存在に関する自信のなさも見え隠れしてい
る︒
主人公が自分のいる環境に不安を感じるのは︑じつは室内だけでなく︑ヴェネツィア全体からでもある︒つぎは︑
自室の窓から見る光景である︒
ユスタスの見るすべてのものが︑注目しろ︑と叫んでいた︒その光景は︑指揮者のいないオーケストラのよう
であった︒しかも︑混乱を増加させるように︑その光景は︑オーケストラの音と違って︑どこか一カ所だけか
ら来るのでなかった︒あらゆる側からユスタスを攻撃してくるのである︒後頭部さえ︑さまざまな印象の砲撃
を受けている︒視覚をねらい打ちしてくるヴェネツィアというこのミサイルの十字砲火からは︑逃げ場がない︒
どういうペースで撃たれるのかも予測が出来ない︒向かいのあの巨大な四角い館は︑深い窓が頭蓋骨の眼孔に
似ているのだけれど︑一瞬のうちに正面攻撃を仕掛けてくる︒隣の︑赤く︑みすぼらしく︑装飾もほとんどな
い建物は発砲を控えているようだが︑今に猛攻に出るだろう︒ユスタスは︑その建物が︑魅力を集結し︑簡素
さを整列させ︑憂いの矢を放とうとしているのを見て取った︒しかも︑水を見ていても︑目は休むことが出来
ない︒水はつねに砕けて︑光との共同作業に忙しく︑さざ波の片側で光を受け取っては︑反対側から投げ返し
ている︒それに船も︑まっすぐに登り下りしないで︑互いの航路を横切るのだが︑横切る角度がさまざまに変
わるのが︑幾何学者の見る悪夢のようだし︑船足の遅速もさまざまで︑二次方程式を難問にしそうだ
(肉窺Qり餅OΦ恥旨織ミ魁簿鴇b・継㎝一)︒
小説の筋の展開との関連からいえば︑ヴェネッィアという町そのものが︑このように主人公の精神と感覚︑それ
に倫理観を動揺させるのと同時に︑主人公は︑無道徳的かつ慣習尊重的な︑ヴェネッィア在住の上流階級のなかで
の生活の影響で︑﹁正方的﹂でピューリタン的な性格の枠から︑ある程度まで外に出て行くことになる︒しかし︑
その程度は決して大きくないことが示されるのだが︑それもまた︑ヴェネツィアの建物との関連においてである︒
七月の第三土曜日︑ヴェネツィアでは﹁レデントーレの祭礼﹂という催し物がある︒これは︑一五七五年から七
七年にかけて町に蔓延したペストから解放してもらえたことを﹁救世主(レデントーレ)﹂に感謝する祭礼で︑一
五七八年から現在まで続いている︒ジュデッカ島にレデントーレ教会という名の︑くだんのペストからの解放を祈
願して建立された教会があって︑祭礼の当日は︑この教会の前まで︑対岸のザッテレ河岸から運河越しに︑かつて
は船橋︑今は臨時の橋が渡され︑町の人たちが感謝の巡礼をするのである︒かつて︑この巡礼は町の元首を先頭に
おこなわれた︒しかしまた︑近代になってからのことだろうか︑この祭礼では︑当日の深夜に催される花火大会が
呼び物となった(十九世紀前半︑ターナーの描いた絵旨旨無§亀ぴ鶏き嵩Φ﹂︒︒ω①のなかに︑すでにこの花火らし
いものが見受けられる)︒じつは小説肉器欝$き氏窪§の主人公も︑この祭礼見物の日程に合わせて︑ヴェネツ
ィアに招待されたのである︒
レデントーレ教会は︑古典主義建築家として名高いアンドレア・パラーディオ(﹀昌(一﹃Φ鋤勺9一一鋤(嵩O.一㎝OQ◎10◎O)が
設計したもので︑ファサードも直線を組み合わせた簡素なデザインである︒小説中の祭礼の夜︑広い運河を花火見
物の船が埋めている︒河岸に止めたゴンドラから教会を見上げながら︑小説の主人公ユスタスは︑こう感じている︒
騒がしい人声︑音楽の断片︑揺らぐ提灯︑あちらこちらの船の船尾や船首が傾いたり沈んだりしている向こう
側で︑レデントーレ教会は灰色の巨大な固まりとなって︑じっと動かず︑沈黙している︒明るさに慣れてきた
ユスタスの目には︑教会のファサードが土台のあたりをランプでかすかに投光照明されて︑銀色の表面に金色
が薄く伸びているのが見えた︒しかし︑ファサードの妥協のない直線は︑どれも何と峻厳なのだろう︒まるで
バットレス夜を背景に描かれた図形のようだ︒平屋根と丸屋根とを支えている支え壁の後ろの影は︑人を威嚇してくる︒
教会は将来を確約︑いやほとんど脅迫しつつ︑ユスタスの目を引きつけていた︒ユスタスの精神への影響刀が
あまりに強かったのだ(肉蕊欝oΦ§魁題紆も,望一‑一N)︒
花火見物のあとの夜明けに︑主人公は砂州の島リドへ渡り︑そこのアドリア海側の海岸で︑地元のヴェネツィア
人たちに混じって︑日の出を見ながら沐浴する︒いわば罪を清めるこの礫ぎをした帰り道︑ユスタスは︑地元の人
の船に便乗させてもらってヴェネツィアの館へ帰ろうとするのだが︑途中で船酔いになってしまう︒その際ユスタ
スは︑ヴェネツィアの潟の島々や︑町の建物を見て︑船酔いを紛らせようとするのだが︑どの建物も役に立たず︑
唯一例外的に効果のあったのがレデントーレ教会である︒
ユスタスは必死の思いで︑魔法の術中にある貴族的建築物ではないもの︑魔法の輪の外側に慰安を求めた︒体
の他の部分と同様に目も船酔い状態であったが︑ユスタスの目は︑ジュデッカ運河の波打っている水面越しに
ゆっくり動き︑厳格で幾何学のようなレデントーレ教会のところで止まった︒教会は︑隔絶した神秘性と誇ら
しげな孤立とによって︑今でも目を引きつけた︒この教会は︑魔法の輪のなかの著名建築とは違い︑大きな変
容はしていなくて︑昨夜の栄光をまだ捨て去っていない︑などとユスタスは考えてみた︒じつとこちらを見て
いる教会の︑あの抑制された力︑規律への招きこそ︑自分の必要としている強壮剤だ(肉器貯8§魁題蔑随も.
総刈)︒
主人公がこうして峻厳なレデントーレ教会を歓迎する反応の仕方は︑結局︑このあと主人公がヴェネツィアの英米
人コミュ一一ティーの一員(いわば﹁魔法の輪﹂に入った人たち)とはならず︑故郷英国の田舎町にもどって︑自分
の判断ミスが原因で身体麻痺の状態に陥らせてしまった姉を献身的に介護する道を選ぶ︑伏線になっていると考え
られる︒その意味で︑レデントーレ教会に関する主人公の姿勢の変化は︑小説の展開上︑重要な位置を占めている
のである︒
三 生 と 死
肉奉慰oΦ慧魁題9の主人公は︑ヴェネツィアでしばらく過ごしたのち︑居候をしている館で幽霊に出会う︒幽
霊を見ることは︑この主人公の生命力が落ちていることを示していると同時に︑小説の結末で死去する伏線ともな
っている.︑それに︑主人公ユスタスの宿泊している館は別名﹁スフォルトゥナート﹂すなわち﹁不運﹂の館とも呼
ばれ︑幽霊が出るとの評判が立っていることが︑あらかじめ紹介されている︒しかし︑ユスタスの最終的な死の予
兆としては︑じつは身体的な不調でも︑夢を見ることでも構わなかったはずで︑幽霊を見ることである必然性はな
い︒にもかかわらず主人公に幽霊を見させてしまうという︑そのことがハートリーという作家の特徴を示している
のである︒その点は︑§・Ω程融﹁象肉Φ︒亀くΦ⑦という風俗小説としても抜群の仕上がりを見せる小説を︑作者は︑
死神が女主人公の命を取りに来る怪奇小説のかたちで終えねば気が済まなかったのと同然である︒
一体︑ハートリーの作品のなかでは︑この世だけでなく︑霊界が厳然と存在し︑しかも︑そのふたつの世界が連
続しているのが普通である︒その点では︑やはりヴェネツィア通であったフランス詩人レニエの作品と一脈通じる
ものがある︒こういう超常性への関心は︑ある程度までは︑時代の共通する雰囲気であったといえなくもない︒深
層まで探ってみれば︑おそらく入間の多くは︑物質的なもので成り立つ世界だけでは生きられない存在なのであっ
て︑西欧では︑十九世紀の終わり頃から︑キリスト教の勢力の衰えと反比例するかのように︑心霊現象への関心が
増していた︒有名な心霊研究協会が一八八二年に英国に設立されたのが︑そのひとつの里程標になるだろう︒なお︑
この協会などのいう心霊研究は︑﹁霊界にある者と︑霊媒術を通じて行う通信により明らかにされる事実に基づく︑
死後生存の科学であり哲学であり宗教﹂であった︒
もっとも︑霊界への関心がこの時代特有の異常な現象であったと考えるべきではない︒此岸と彼岸とが連続して
いるという考え方は︑近代物質主義の影響下にある人たちだけに異常に見えるだけのことで︑古来人間は此岸と彼
岸との連続した世界に住んでいると思ってきたのである︒ハートリーやレニエの文学は︑その意味では伝統的世界
観の側にあり︑近代物質主義が貧しくした世界を補完しているのだといえなくもない︒キリスト教と心霊主義とは
別物であるけれども︑キリスト教もまた︑霊界の存在を当然の前提としている宗教である︒
さて︑霊界との関わり方で比較してみると︑ハートリーはレニエより宗教性が強いようである(キリスト教性が
強いと言いきるのは︑ためらわれるのだが)︒ハートリーの多くの作品では︑主人公の犯した殺人の罪が︑霊界か
ら訪れる幽霊や悪魔によって罰せられ︑主人公を死に至らしめることが多いからである︒
ハートリーの宗教性は︑もうひとつの型の作品群にも見ることができる︒この型の作品では︑愛は︑過剰や無軌
道になったり︑過誤に陥る危険を秘めていて︑そうなった場合は一種の罪に転化し︑死をもって罰せられる展開に
なる︒ハートリー作品がこうして示唆している︑神の与えた愛という﹁善﹂も︑人間の乱用によって﹁悪﹂に転じ
る可能性があるというのは︑まっとうな神学であろう︒愛と死とのこのダイナミズムが霊界とも結びついているの
が︑﹁ポドロ島﹂である︒この短編のなかでは︑飢餓に苦しむ猫を︑飢餓から救うために殺した︑つまり︑過誤の
愛を実行した主人公が︑魔物(霊界からこの世に入ってきた猫の化身か)によって仕返しされて瀕死の状態となり︑
来合わせた船頭にとどめの一撃を請わねばならなくなるのであった︒
短編づ興団霞巳﹀ヨo居Φ一.では︑ヴェネツィアを訪れた英国娘が︑現地の複数のイタリア男と無軌道に付き合い︑
そのうちの一人の妬みによって殺害される︒これは愛の乱用が死によって罰せられる例だが︑同時に︑娘を放任し
ていた両親も︑娘を失って︑過誤の愛を罰せられたことになる︒
憲Φ葦︑措き自魁の主人公も︑自分本位の愛を押しつけることによって︑つまりは愛の乱用によって︑最愛の
女性を死に至らしめる結果になる︒
作中で死と霊界と此岸とが交錯していても︑そこに愛とのダイナミズムを欠いている点では︑短編一↓茸oρ霞
団o霞.8﹃∪冨口①㌧も中編§・9謙霞簿肉象Φ守$も︑右の三作ほどの面白みはない︒.弓訂Φρ霞悶oロ﹃﹂oH
u言口Φ﹃︒では溺死して霊界に行った人が︑この世に戻ってくるだけのことであり︑§・Ω碧器﹁簿肉Φo蝕くΦωでは死
神という霊界の存在がこの世に入ってくるだけであるから︒
しかし︑ハートリーがヴェネツィアを舞菅に描いた作品が︑9§§象慰零き⑦を例外として︑すべてこの世と
霊界との連続を見せるともに︑死を取り扱っている点には注目するべきであろう︒ハートリーの文学は︑全体的に︑
英国国教会祈祷書にいう﹁生のただ中にありて我ら死せり﹂を正統的に表現しているものともいえるのだが︑この
特徴がヴェネツィアを背景にする作品群に顕著にみられるのには︑それなりの理由があるはずである︒
その答えは︑おそらく第一回目の拙文にも引用した︑憲応き︑紺き民の一節に含まれているだろう︒
ヴェネツィアではときどき起こることですが︑このときも︑死の観念がわたしに付きまといました︒教会︑鐘
の音︑美しさ︑ヴェネッィア人の圧倒的な元気さ︑これは︑どれをとっても︑感覚が人に与えてくれるもの︑
つまり︑生を強調しているでしょう︒しかし︑そういう生を受け入れることができないとなれば︑それとは正
反対の︑死しか残っていません︒北の国々には︑さまざまな度合いの生があるのです︒でも︑イタリアはコン
トラストの国で︑中間的色調の国ではありません(§①導︑紺壽旨9言憲①9§罠Φ紺憩9N⑦8辻$ミ
い︑建㌧職Φ聴PN㊤O)︒
おわりに
今回の拙文では︑ハートリーが作品に描いたヴェネッィアの特徴を取り扱った︒
特徴の第一は︑全般に︑都市ヴェネツィアよりも︑むしろ町の人間たちの描き方に生彩があることである︒
特徴の第二は︑作中でゴンドラの船頭が生彩豊かに描かれ︑重要な役割を与えられていることである︒ハートリ
ーは︑船頭たちの置かれていた立場も鋭く捉えている︒船頭に関するこういう扱い方の背景には︑ハートリーと船
頭たちとの深い交流があった︒
特徴の第三は︑ヴェネツィアの英米人コミユ一一ティーに君臨していたひとりの女性の俗物性を鋭くえぐり出して
いることである︒ハートリーは︑この主題で︑風俗小説家︑社会課刺家としての本領を発揮している︒
特徴の第四は︑ヴェネッィア建築が登場人物の反応を引き起こす︑その起こし方を描きながら︑ハートリーは登
場人物の感性や精神性をあぶり出していることである︒
特徴の第五として︑ハートリーの作品では彼岸と此岸が連続していることが多いが︑ヴェネツィアを舞首とする
作品でも︑それが顕著で︑罪が死によって罰せられる宗教性が強いし︑死へのこだわりが目立つことに注目してお
こう︒(この稿つづく)
{6){5){4){3){2)(1)
註
(7}
国O﹁四凱O閃・じd﹁O≦戸卜富O島琳旨Φ卜勘馳60昌勲いO口OO員内①ゆq聾コ勺麟⊆ ↓﹃①昌Oげ俸OP一Q◎◎◎吟
O⇔ユOOOコ禽ρ樽①﹁芦卜勘吋O旨胤O貯︑自旨恥恥§O﹁匙昌勘旨醒艶︑ら駐鉢冨建達旨勘く匙9︿①昌①N冨"﹀誘Φ昌巴ρ一ΦΦOO・幽刈‑的
HW﹁O毛戸﹂[幕O旨讐㊦L[恥鴫◎O旨9"・一心◎Q・
い,℃・口節﹁匡Φど両に鴇勘6㊦山旨織ミ亀理︾起O葵UO昌自Oコ"団ロヨ⇔ヨ・一〇㎝◎◎・
憲Φ09§b︑黛Φ讐oは恥8鼠①肋o㌧い︑§㌧眠Φ聴Z①≦団O﹁貯切Φ帥鼠σ二し口oO貯o︒﹄㊤刈ω・
ロロo鳶げ国oコo霞俸甘7ロ霊①ヨ一コo身噂臣①く9無貯旨きに嵩亀津自q鳶臼題'きむ吐鶏き歳い隠龍6=ひ切oω8戸雲Ω切⊆5居げ切8貯し8H・,
恥N・
笠原俊男一心霊学﹂︑﹃世界大百科事典﹄第2版︑日立デジタル平凡社︑一Φり︒︒.