製薬企業のCSR活動は医師の処方意向に影響を与え るのか
著者 瓜生原 葉子
雑誌名 同志社商学
巻 69
号 5
ページ 885‑897
発行年 2018‑03‑15
権利 同志社大学商学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2018.0000000042
製薬企業の CSR 活動は医師の 処方意向に影響を与えるのか
瓜 生 原 葉 子
Ⅰ はじめに
Ⅱ 先行研究調査
Ⅲ 目的
Ⅳ 調査・分析方法 1.調査対象 2.変数の設定 3.分析方法
Ⅴ 結果
1.CSR活動による医師の製品選択意向
2.CSR活動による製品選択意向を示す医師の特徴
3.企業の信頼性向上につながるCSR活動
4.製品選択につながるCSR活動
Ⅵ 考察
Ⅶ 理論的・実践的含意
Ⅰ は じ め に
近年,企業価値評価における,企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility,以 下,CSR)活動の重要性が増しており,その役割,およびその影響が注目されている。
例えば,国際統合報告評議会によると,投資行動などの意思決定における非財務情報
(環境,社会,企業統治)の割合が高まっている。東洋経済の「信頼される会社」,日本 経済新聞社,日経リサーチ,日本経済新聞デジタルメディアが共同開発した「総合企業 ランキング
NICES」などの企業評価においても,評価方法として,CSR
得点の評価を,財務得点と同等以上として重きを置いている。
一方,消費者も次第に
CSR
に関心を寄せ(Carrigan & Attala, 2001; Maignan, 2001),
CSR
活動が消費者の製品選択意向に影響するとの報告が散見されるようになった。消 費者が,環境に留意した活動をしている企業の商品(Drumwright, 1994; Mohr & Webb, 2005 ; Grimmer & Bingham, 2013),あるいは関心がある社会的課題の解決を支援してい
る商品(Duncan and Moriarty, 1997; Auger et al., 2003)を選択する傾向があり,その傾
向は,高学歴,高収入の人々,また,価格と品質が同等の場合に強くなることも報告さ れている。(885)343
一例として,米国の
1,270
名を対象に行った2013
年のCone communications Social
Impact Study
の結果,大多数(93%)の消費者が,社会的価値を高める活動をしている企業に対してより好感を抱くと回答した。この傾向は
1993
年の84% から上昇してい
る。また,88% の消費者が,社会的活動や環境問題の解決に努力している企業の製品 を購入したいと答え,実際過去12
か月に54% が購入していた。さらに,商品の品質と
価格が同等であれば,89% の消費者が,社会的コーズに関連するブランドにスイッチ すると答えた。以上のように,一般消費財の場合,CSR活動に取組む企業の製品が選択される傾向 があり,特に,価格・品質が同程度であればその傾向は強くなる。これに対して,医療 用医薬品(医師の処方箋を必要とする医薬品)において,CSR活動が製品選択に影響 しているのかどうかについては明らかにされていない。その理由として,医療用医薬品 は,製品を使用する消費者(患者)ではなく,第三者(医師)が専門知識を生かして消 費者の代わりに購入する製品を決定するという特殊性を帯びており,他の産業にはない 唯一の構造であることが考えられる。
そこで,本研究では,医薬品企業の
CSR
活動が,医師の医薬品選択,すなわち処方 意向に与える影響を明らかにし,医薬品企業の経営戦略に示唆を与えることを目的とし た。Ⅱ 先行研究調査
医師の医療用製薬選定に関する先行研究について,まず,歴史的な推移を辿ると
1950
年代まで遡る。初期の研究においては,既存薬と比較して新薬を選択するかどう かに焦点が当てられていた。Caplow & Raymond(1954)は,米国ミネソタ州における182
名の開業医が述べた計377
の製薬選択理由を分類し,有用性(85.6%)が,会社の 信頼性(2.7%),患者の意見(2.7%),価格(2.2%)を大きく上回っていることを示し た。有用性を評価する情報源として,Caplow & Raymond(1954)の研究では製薬企業 の営業が最も多かったが,慢性疾患に伴う長期投与の製薬選定などの局面が増えるにつ れ,信頼する同僚(Colman, Menzel and Katz, 1959),および,医学雑誌(Bauer andWortzel, 1966)からの影響が大きくなった。
その後,新薬か既存薬かを選択する状況から,数ある医療用医薬品の中からどの医薬 品を選定するかという状況へと研究の重点が移行し,また,選定要因として,様々な製 薬企業のプロモーションミックスに焦点が当てられた研究が増加した。例えば,営業の ディテーリングが効果的であると結論付ける研究(Gönül, Petrova and Srinivasan, 2001
; Manchanda and Chintagunta, 2004 ; Manchanda, Rossi and Chintagunta, 2004 ; Mizik and
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Jacobson, 2004 ; Narayanan, Manchanda and Chintagunta, 2005 ; Venkataraman and Stremersch, 2007)や効果的でないとする研究(Parsons and Abeele, 1981),製薬サンプ
ルの配布が効果的であると結論付ける研究(Bawa and Shoemaker, 2004; Mizik and Ja
cobson, 2004 ; Joseph and Mantrala, 2009)や効果的でないとする研究(Boltri, Gordon and Vogel, 2002),患者の関与が重要であると結論付ける研究(Kahn et al., 1997)など
が挙げられる。さらに,医師による医療用医薬品の選定が,消費者の製品選定と比較して複雑であ り,様々な基準の組み合わせで行われていることが議論されてきた。例えば,Kahn他 は,医療用医薬品の選定において,生存期間の延長あるいは高い
QOL(quality of life)
の維持のどちらを優先させるかという難しいトレードオフを迫られる,倫理的配慮や規 制による制限がある,製薬の代金が保険等の第三者から支払われる仕組みになっている など,消費者の製品選定と比較して選定状況が複雑であることを指摘した(Kahn et al.,
1997)。Campo
他は,医療用医薬品の選定は,習慣に基づいていること,様々な基準の組み合わせで行われていること,有効性と安全性が最も重視されるが,近年,ジェネリ ック医薬品の台頭により,価格が考慮され始めている可能性を示した(Campo et al.,
2005)。Monteiro, Dibb & Almeida(2010)は,同じ薬効分類に属する医薬品の選定要因
を探る目的で,英国における283
名の一般開業医が回答した血圧降下剤の選定理由を因 子分析し,5つの要因(付加的効果,効果の持続性,専門家の支持,副作用,喘息・気 管支炎患者への投与の可否)を特定し,さらに,付加的効果,効果の持続性,専門家の 支持の3
要因がとくに重視されることを明らかにした。以上のごとく,過去には,医師が知覚する医薬品の特性(有用性,価格,専門家の支 持),企業特性(販促活動)と製品選択の関係が論じられてきた。また,企業特性につ
第1図 先行研究調査のまとめ
製薬企業のCSR活動は医師の処方意向に影響を与えるのか(瓜生原) (887)345
いては,あくまで製品選択を行う医師を対象とする活動であり,企業の
CSR
活動に関 する検討は,現在までになされていない(第1
図)。Ⅲ 目 的
先行研究調査に示したとおり,医師が医療用医薬品の選択する際に考慮する要素は,
「知覚された医薬品の特性」と「企業の特性」に大別でき,「企業の特性」は医師に対す る販促活動であると考えられてきた。消費者である患者を含めた社会,地域,株主,従 業員,ビジネスパートナなど様々なステークホルダーを対象とした
CSR
活動が医師の 処方意向に与える影響に関して現在までに報告されておらず,その検討が不可欠であ る。そこで,本研究では,医師の処方意向に対する医薬品企業の
CSR
活動の影響とし て,以下の3
点を明らかにすることを目的とした。①どの程度の医師が,CSR活動を積極的に実施している企業の製品を選択したいと思 っているのか。
②CSR活動による選択意向を示す医師はどのような特徴を持つのか。
③どのような
CSR
活動が,企業の信頼性を向上し,製品選択意向に結びつくのか。Ⅳ 調査・分析方法
1.調査対象
日本の医師の処方意向の代表性を鑑み,日経
BP
社が運営する「日経メデイカルオン ライン」の登録医師300
名を対象としたweb
調査を実施した。標本抽出方法は,全国の医療機関(特定機能病院,それ以外の病院,診療所)に勤め ている医師を,厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師調査」の病院と診療所別に見た医 師数に従い抽出した。有効回収数は
300
名である。標本の属性別構成(性別,年齢層構 成)と厚生労働省の調査の差異は10% 未満であり(例えば,本研究の標本の男性比率
が
91.0%,厚生省調査は 81.1%),分布の偏りは小さく,日本の医師を代表したサンプ
ルであると考えられる。
また,診療科目構成については,内科:49.3%,外科:7.0%,小児科:80%,泌尿器 科:4.0%,精神科:4.0%,皮膚科:3.3%,眼科:3.3%,救急・麻酔科:2.7%,産婦
人科
2.7%,その他:13.3% であった。
346(888) 同志社商学 第69巻 第5号(2018年3月)
2.変数の設定
調査項目は,まず,成果変数を「CSR活動による製品選択意向」とし,特に条件が ない場合(質問:CSR活動を積極的に実施している企業の製品を選択したいと思いま すか),条件がある場合(効果,安全性,価格がほぼ同様な薬剤の中では,CSR 活動を 積極的に実施している企業の製品を選択したいと思いますか)を設定した。回答尺度は リッカート
5
段階尺度(不同意−同意)を用いた。次に,説明変数として,CSR 活動に対する医師の評価と医師の特性を設定した。前 者に関しては,14種類の各
CSR
活動に対して「製薬企業が取り組んでいる本CSR
活 動は,会社への信頼性向上につながると思いますか」と質問し,回答尺度はリッカート5
段階尺度(不同意−同意)を用いた。14のCSR
活動は,以下のとおりであり,想起 しやすいように具体例を付した:疾患領域の情報提供(市民・患者への疾患啓発な ど),発展途上国への自社医薬品の提供,学術分野への貢献(研究に対する奨学金制度 など),芸術・スポーツ分野への貢献(コンサート協賛など),地元地域への貢献(ゴミ 拾い運動など),慈善的事業(東日本大震災の復興支援など),地球温室効果ガスの抑制(CO 2排出量の削減など),循環型社会形成への取組み(リサイクルなど),大気・水 質・土壌汚染や環境ホルモンの排出防止,動植物の生態系維持や自然環境保護(植林な ど),経営情報の開示(ホームページに医薬品開発状況掲載など),法令遵守(生産・流 通から安全性情報まで法を守る),職場環境の改善(従業員の育成など),健全な経営が できる組織体制(不祥事を起こさない)。
医師の特性としては,個人特性(性別,年齢,専門医資格の有無,学位の有無),病 院関連要因(病院の類型,病床数,担当外来者数,薬剤採用決定件の有無),情報要因
(学会への参加頻度,製薬会社主催の研究会への参加頻度,医薬情報担当者との面会頻 度),医薬品選択の重視度(有効性,安全性,価格)で構成した。
3.分析方法
CSR
活動による製品選択意向,各CSR
活動に対する医師の評価について,回答尺度 はリッカート5
段階尺度(不同意−同意)を用い,回答結果に関しては,「あてはまる」を
5
点,「ややあてはまる」を4
点,「どちらともいえない」を3
点,「ややあてはまら ない」を2
点,「あてはまらない」を1
点として分析に用いた。企業の信頼性向上につながると医師が評価する
CSR
活動については,SPSS(PASWStatistics ver.18)を用いて因子分析を行い,クロンバックの α
係数で信頼性を,構成概念の因子負荷量で収束性妥当性を,因子間の相関関係により識別的妥当性を確認した。
また,ピアソンの相関関係で多重共線性の有無を確認した。さらに,CSR活動と製品 選択意向との関係を明らかにするために,AMOS(PASW Statistics ver.18)を用いて,
製薬企業のCSR活動は医師の処方意向に影響を与えるのか(瓜生原) (889)347
共分散構造分析によるパス解析を行った。
Ⅴ 結 果
1.CSR
活動による医師の製品選択意向CSR
活動を積極的に実施している企業の製品を選択したいと考える医師は,32.3%であった。有効性,安全性,価格がほぼ同様な製品の中で選択するという条件を付与し た場合には,その割合は
55.3% であった。回答得点(5
段階尺度)の平均値は,前者が3.57±0.74,後者が 3.77±0.76
と,条件を付与した場合には統計学的有意に(p<0.001)増加した。
2.CSR
活動による製品選択意向を示す医師の特徴CSR
活動による製品選択意向について,医師の個人特性,病院関連要因,情報要因,医薬品選択の重要度の各項目において平均値を算出し,その両側
t
検定をSPSS
により 行った(第1
表)。その結果,特定機能病院に勤務,病床数
200
以上の病院に勤務,薬剤採用決定件があ る,担当外来患者数が40
名未満/日(以上,病院関連要因),学会への参加が年4
回以 上(情報要因),という医師において,CSR活動による製品選択意向が統計学的有意に 高い傾向が示された。3.企業の信頼性向上につながる CSR
活動企業の信頼性向上につながると医師が評価する
14
種類のCSR
活動について,主因 子法・プロマックス回転による探索的因子分析を行った。その結果,4因子構造が妥当 であると考えられ,4因子で全分散を説明する割合は73.00% であった。信頼
性,収束1 性妥当2
性,識別的妥当
3
性を確認し,さらに多重共線性がな
4
いことを確認した。これら
4
因子を「環境対策」,「健全な経営」,「社会的活動」,「価値サービスの提供」と命名した(第
2
表)。各因子が含む活動とは,①環境対策:地球温室効果ガスの抑制,循環型社会形成への 取組み,大気・水質・土壌汚染や環境ホルモンの排出防止,動植物の生態系維持や自然 環境保護,②健全な経営:経営情報の開示,法令遵守,職場環境の改善,健全な経営が できる組織体制,③社会的活動:東日本大震災の復興支援などの慈善的事業,ゴミ拾い
────────────
1 クロンバックα係数が0.6以上(Nunnaly, 1978)
2 構成概念の因子負荷量が全項目0.4以上 3 因子間の相関関係は全て0.9を超えていない
4 Pearsonの相関関係の値が0.9以下である(Hair et al., 2006)
348(890) 同志社商学 第69巻 第5号(2018年3月)
運動など地元地域への貢献,コンサート協賛など芸術・スポーツ分野への貢献,④価値 サービスの提供:市民・患者への疾患啓発などの疾患領域の情報提供,発展途上国への 自社医薬品の提供,研究に対する奨学金制度などの学術分野への貢献である。
各因子の尺度得点を算出し,分散分析で比較した結果,「価値サービスの提供」が統 計学的有意に(p<0.001)高く,医師は,これらの活動がその企業の信頼性を向上させ ると評価していることが示された。
第1表 CSR活動による製品選択意向に関わる因子に関する比較結果
因子 平均±S.D. tvalue pvalue
個人特性
性別 男性(n=273) 女性(n=27)
−0.032 0.974
3.77±0.752 3.78±0.698
年生 50歳未満(n=167) 50歳以上(n=133)
1.538 0.125
3.83±0.725 3.70±0.769
専門医資格 あり(n=249) なし(n=51)
1.328 0.185
3.80±0.762 3.65±0.658
博士学位 あり(n=122) なし(n=178)
−0.212 0.832
3.76±0.716 3.78±0.768
病院関連要因
病院の類型 特定機能病院(n=215) それ以外(n=85)
3.500 0.001**
4.01±0.748 3.68±0.726
病床数 200床未満(n=153) 200床以上(n=147)
−2.389 0.018*
3.67±0.700 3.88±0.748
1日あたりの診療外来者数 40名未満(n=189) 40名以上(n=111)
2.989 0.003**
3.87±0.711 3.60±0.778
薬剤採用決定権 あり(n=114) なし(n=186)
2.288 0.023*
3.89±0.683 3.70±0.775
情報要因
1年あたりの 学会への参加頻度
4回未満(n=152) 4回以上(n=148)
−2.266 0.024*
3.68±0.687 3.87±0.794
1年あたりの製薬会社主催 研究会への参加頻度
5回未満(n=153) 5回以上(n=147)
−0.583 0.560
3.75±0.704 3.80±0.788
1週間あたりの 医薬情報担当者との面会
3回未満(n=189) 3回以上(n=111)
−0.134 0.894
3.77±0.754 3.78±0.740
処方態度
有効性を重視 はい(n=250) いいえ(n=50)
1.177 0.240
3.80±0.741 3.66±0.772
安全性を重視 はい(n=240) いいえ(n=60)
1.239 0.216
3.80±0.739 3.67±0.774
価格を重視 はい(n=87) いいえ(n=213)
0.123 0.903
3.78±0.738 3.77±0.752
各群の平均値を算出し,その両側t検定をSPSSにより実施,有意水準は*p<.05, **p<.01, ***p<.001.
製薬企業のCSR活動は医師の処方意向に影響を与えるのか(瓜生原) (891)349
4.製品選択につながる CSR
活動次に,4因子の
CSR
活動と,CSR 活動による製品選択意向の関係について,共分散 構造分析によるパス解析を行った。4つの因子全てが製品選択意向に影響を及ぼすと仮 定して分析を行った。有意ではなかったパスを削除した後の適合指標は,GFI(Good第2表 企業の信頼性向上につながるCSR活動に関する因子分析結果 因子
CSR活動 環境対策 健全な経営 社会的活動 価値サービス の提供
クロンバック α係数 生態系維持や自然環境保護 .926 .046 −.025 −.091
循環型社会形成への取組み .884 −.010 .015 .024 .925 地球温室効果ガスの抑制 .831 −.082 .086 .032 環境ホルモンの排出防止 .830 .227 −.140 −.066 健全な経営ができる組織体制 −.064 .858 .061 .027 職場環境の改善 .056 .806 .151 −.113 .849
法令遵守 .111 .734 −.227 .096
経営情報の開示 −.012 .535 .129 .131 元地域への貢献 .053 .025 .843 −.073 芸術・スポーツ分野への貢献 −.101 .056 .748 .002 .784 慈善的事業 .370 −.035 .433 .089 疾患領域の情報提供 −.114 .100 −.073 .695
.614 発展途上国への自社医薬品の提供 .310 −.162 .097 .462
学術分野への貢献 .000 .258 .024 .441 因子得点(平均±S.D.) 3.49±0.83 3.68±0.67 3.19±0.80 3.89±0.60
第2図 医薬品選択につながるCSR活動 350(892) 同志社商学 第69巻 第5号(2018年3月)
ness of Fit Index)=0.866, AGFI(Adjusted GFI)=0.809
であった。Sharmaet al .(2005)
は,GFI, AGFIの下限値は
0.8
でも許容できるとしており,説明力のあるパス図である と判断した。お互いの活動が影響を及ぼしながら,「価値サービスの提供」が有意に(p<0.001)選択意向に結びついていた(第
2
図)。すなわち,市民・患者への疾患啓発,医師に対する研究助成などの「価値サービスの 提供」に該当する活動を評価する医師ほど,それらの活動を積極的に実施している企業 の製品を選択する関係が明らかになった。
Ⅵ 考 察
本研究では,一般消費財とは異なり,医師が専門知識を生かし,患者の代わりに購入 する製品を決定し,患者が購買代金を支払うという唯一の形態をとる医療用医薬品の選 択において,①どの程度の医師が,CSR 活動を積極的に実施している企業の製品を選 択したいと思っているのか(選択意向割合),②CSR 活動による選択意向を示す医師は どのような特徴を持つのか,③どのような
CSR
活動が,企業の信頼性を向上し,製品 選択意向に結びつくのか,を明らかにすることを目的とした。目的①については,単純には比較できないが,一般消費者への調査結果と比較する と,はるかに低かった。我々が既に実施した定量調査において,日本の医師の「CSR」
への認知度(22.8%)が,一般消費者の認知度(56%)低いことが示されており,CSR の意味そのものの理解の差異も関与していることが推測された。一方,本研究の処方意 向は,我々の探索的研究の結果(島田・瓜生原,2010)より高い数字であった。その理 由として,探索的研究では,CSR活動の具体例を提示せず質問をしたが,本アンケー ト調査では,14種類の具体的活動について質問した後に
CSR
活動による製品意向を質 問したことが考えられた。なお,本研究の対象医師の分布について,厚生労働省調査「医師・歯科医師・薬剤師 調査」と比較した結果,年代別の男女構成比の差は
10% 未満であった。したがって,
標本の性別・年齢層の分布の偏りは小さく,日本の医師像を代表した結果であると考え られた。
目的②に関しては,医師の個人特性とは関係せず,勤務している病院に関連すること が示された。特定機能病院とは,1993年の改正医療法により設置された,高度先端医 療に対応できる病院であり,病床数
400
以上,来院患者の紹介率30% 以上が条件の一
部である。全国約80
の大学病院,国立がん研究センター中央病院,国立循環器病研究 センターなどが該当する。これらの病院に勤務する医師は,市民公開講座などの疾患啓 発活動に司会・演者として参画する機会,患者・患者支援者とともに活動する機会が多製薬企業のCSR活動は医師の処方意向に影響を与えるのか(瓜生原) (893)351
い傾向にある。したがって,日頃より,これらの活動を含めた
CSR
の重要性を認知し ており,それを支援する医薬品企業にも好意的であることが示唆された。病床数,およ び1
日の外来数についても,特定機能病院に関連していると考えられた。情報要因に関しては,学会への参加回数が多い場合に選択意向が高い結果が得られ た。医学関連学会では,各医薬品企業がブースを設置し,医薬品の情報だけでなく,患 者向けの資材,市民・患者向け活動状況などを展示している。したがって,学会への参 加頻度が高い医師は,このような情報に触れる機会が多いため,これらの活動を実施し ている企業の製品を選択する意向が高いと考えられた。
一方,企業主催の研究会への出席頻度,医薬情報担当者との面会頻度とは相関しなか った。この結果から,企業主催の研究会,および営業活動では,医薬品の情報提供に偏 り,CSR活動に関する情報を十分に医師に伝えていないことが推測された。実際,探 索的研究において,医薬情報担当者を通じて
CSR
活動についての情報提供を積極的に 受ければ,医薬品の選択意向が向上するだろうとの意見が挙げられた(島田・瓜生原,2011)。
上記を考慮に入れると,目的③において,「価値サービスの提供」活動に対する評価 が高いことは,理に適っている。CSRとは,よき企業市民として社会に貢献するだけ ではなく,多様なステークホルダーに対して経済的責任(利益の確保),法的責任(法 令遵守),倫理的な責任を果たす必要がある(Carroll, 1979)。しかし,医師は,自身が 最も触れる機会が多い,市民・患者への疾患情報提供(価値サービスの提供)を,医薬 品企業の
CSR
と捉え,それを評価していることが示唆された。一般的に,B 2 C(business-to-consumer)企業では
CSR
活動が能動的に行われがちな のに対し,B 2 B企業(business-to-business)ではCSR
活動が受動的に行われる傾向が ある(島田・瓜生原,2011)。医療用医薬品企業は両方の要素を持った唯一の産業に位 置付けられるが,能動的とは言い難い。事実,東洋経済のCSR
ランキングによると,日本の大手医薬品企業の
CSR
への取り組みは,その財務力に比べあまり活発ではな5
い。
医療用医薬品においては,新薬の開発成功率がわずか
2
万1677
分の1
であり,売上 高研究開発比率(19.49%)が,全産業平均(1.43%)と比較して突出して高い(島田・瓜生原,2010)。医薬品企業では,医薬品そのものの研究・開発,製造,販売に対する
────────────
5 Newsweek Japanが発表する世界企業ランキングの2009年版において,日本企業のCSR得点上位50社
のうち医薬品企業は1社も入っていなかった(岸本・中村,2008)。また,東洋経済が格付けする日本 の企業ランキング2009年版でも同様の傾向が見られ,財務得点が3年連続第1位の武田薬品工業は,
CSR得点を加えた総合得点では97位まで下がり,財務得点第8位のアステラス製薬も,総合得点では 56位まで下がる(東洋経済,2009)。日本の他の産業と比較して,CSR活動を積極的に行っていないこ とがうかがえる。
352(894) 同志社商学 第69巻 第5号(2018年3月)
資源投入の割合が高く,また,従業員も,unmet medical needsに応える医薬品を患者に 届けることこそが「社会的責任」と考えている場合が多い。このような背景から,今ま で,製品を選択する医師に対して製品(=医薬品)の情報を提供することに重点が置か れてきたことは否めない。しかし,今後は,市民・患者などを対象とした
CSR
活動に も資源を投入し,その活動を医師に知らせることが,その企業の価値を向上させ,製品 の選択にも良い影響を及ぼすことが示唆された。Ⅶ 理論的・実践的含意
本研究では,医薬品企業の
CSR
活動が,医師の医薬品選択の意思決定に与える影響 を,初めて明らかにした。医師の処方行動に関する研究は,個人属性要因,代理人要 因,医師と患者の信頼関係など,経済学においても検討されているが,いずれも医師,または医師との関係についての要因であった。本研究では,社会を含む様々なステーク ホルダーを対象とした活動の影響を明らかにした。したがって,理論的含意として,医 師の処方行動に関する研究に新しい視点を提供することができた。また,医薬品企業は
B 2 B
の要素を含有することから,B 2 B企業のCSR
活動の研究を進めるのに少なからず貢献できたと考える。
実践的含意は,本結果が,医薬品企業の経営戦略に示唆を与えたことである。企業価 値の向上と顧客の製品選択の両方につながる活動を明らかにしたことにより,CSR戦 略策定の一助となる可能性が考えられた。また,CSR活動について,医薬情報担当者 や自社の
web
サイトなどで積極的に情報提供することの重要性を示すことができた。実際,本研究結果をグローバル医薬品企業にフィードバックし,妥当性を確認した。
本研究の限界としては,医療情報サイトに登録している医師を対象としたため,日頃 より社会的な活動に意識の高い集団であった可能性が残ることである。標本の性別・年 齢層の分布の偏りは小さいが,その集団の志向についての偏りを完全に排除することは できなかった。
今後の展望として,まず,医薬品企業の信頼性を高める
CSR
活動の在り方につい て,医薬品を実際に使用する患者に対する調査を行い,意見をとりいれたい。そして,今までの研究結果を併せて,生産者(医薬品企業),製品選択者(医師),消費者(患 者)全員の
shared value
を向上させる方策を提言したいと考えている。参考文献
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