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論 文 人間福祉学会誌 第21巻 第 2 号 知的障害者の援助付き雇用における支援のあり方について PCP に基づいた実践モデルに関する提案 For the Way of Support in Supported Employment of People with Intellectual Disa

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Academic year: 2022

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知的障害者の援助付き雇用における支援のあり方について

― PCP に基づいた実践モデルに関する提案 ―

For the Way of Support in Supported Employment of People with Intellectual Disabilities:

Proposal of a Practical Model based on Person-Centered Planning

松 田 光 一 郎

1 )

Koichiro Matsuda

抄録:本稿では、知的障害者の援助付き雇用における支援のあり方について、組織間情報移行の観点から、支援情報 の移行過程を整理し、援助付き雇用における個別支援計画の重要性を指摘した。まず、就労移行の過程において、組 織間における「縦の情報移行」のモデルを示した。そこでは、個別支援計画を作成する上で、① PCP(本人中心計画)

の考え方に基づき作成された支援情報、②機能的アセスメントと PBS(積極的行動支援)、③就労準備訓練の目標と 成果が記述されていること、④職場実習で得られた当該個人の「できる」情報が具体的に記述されていることなど、

4 つの条件を挙げた。次に、支援情報が雇用側に移行された後、時間的経過の中で形骸化しないよう、社員間におけ る「横の情報連環」のモデルを示した。そこでは、「継承」、「更新」、「評価・依頼」の段階が繰り返されることで、

最新の支援情報に書き換えられ、個別支援計画に蓄積されていくことの重要性について言及した。

Abstract:In this paper, we will organize the process of transfer of support information and rewrite the individual support plan to the latest information from the viewpoint of information transfer between organizations regarding the ideal way of continuous employment support in supported employment of persons with intellectual disabilities.

He pointed out the importance of work. Specifically, as a framework for employment transition support, the information was created based on the concept of (1) PCP (person-centered plan) in creating an individual support plan by showing a “vertical information transfer” model between organizations. That, (2) analysis by functional assessment and PBS (Positive Behavioral Support) are described as a means to find out what the individual can do in the workplace training, and (3) Goals in employment preparation training. The conditions such as the fact that the results so far are described and (4) the positive information obtained in the workplace training for the individual to “do” are specifically described, and that information is sent to the employer side. After the transition, by showing a “horizontal information linkage” model among employees so that it does not become a mere ghost over time, the stages of “inheritance”, “update”, and “evaluation / request” are repeated. He mentioned the importance of accumulating information on what the individual can do in the individual support plan.

キーワード:知的障害者、ジョブコーチ、継続的雇用支援、PCP(本人中心計画)、PBS(積極的行動支援)

Key Words:persons with intellectual disabilities, job coaches, continuous employment support, person-centered planning, positive behavioral support

Ⅰ.はじめに

近年、障害者雇用が着実に進展する中、2016年に雇用 主に雇用する障害者に対する合理的配慮が義務化された ことに続いて、2018年に精神障害者の雇用が義務化され

た。また、短時間労働者である精神障害者の雇用率カウ ントに係る特例措置が適用される等の制度改正が行われ た。さらに、厚生労働省の調査によれば、2020年 6 月 1 日現在、民間企業に雇用されている障害者数は過去最高 であり、特に発達障害者を含む精神障害者の伸び率が高 1)花園大学社会福祉学部臨床心理学科

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くなっている。こうした雇用障害者数の増加に伴い、雇 用の際に既存の職務に配置することが障害特性上困難な 障害者も多く、雇用側から障害者就労を支援する支援者 側に対して、専門的な援助を求めるニーズが高まってい る。しかし、障害者に適した職務の創出や再設計の提案 をすることは、一定の支援経験と職業に関しての幅広い 知見が必要であり、支援者によっては対応に苦慮してい ることが推察される。

一方、障害者雇用において大きな転換となったのは、

1980年代後半に米国で誕生した援助付き雇用(Supported Employment)という就労支援の考え方が導入されたこ とである。それ以前は、何らかの形で仕事に必要な能力 を身につけた後に仕事に就くことが一般的であった1 )。 それに対して、援助付き雇用は、障害者が今からでも

「できる」ことで職場に定着させ、人的支援を前提に雇 用を継続していくというものである。援助付き雇用とい うスタイルを社会が認めることで、障害者、とくに重度 障害者の就労は大きく前進した。この考え方はノーマラ イゼーションやインクルージョンの考え方に合致してい るといえる。援助付き雇用は、人的支援を前提としてい るため、ジョブコーチが援助付き雇用を担ってきた。

ジョブコーチは、障害者が職場に適応する際に、障害者 と一緒に、あるいは先行して雇用現場に入り、一定期間、

人的支援を行う。そこでジョブコーチは、障害者がまず 雇用され、その現場で課題分析とシステマティック・イ ンストラクション(系統的教授法)を用いて自立を促し、

職場定着を図っているといえる。

これまで、職業リハビリテーションを利用する障害者 の状態像が多様化していることから、障害者の個別性を 把握するために、丁寧かつ的確なアセスメントを実施す ることが重視されている。しかし、支援者側の人的資源 等の制約があることをふまえれば、多様なアセスメント の手法や支援技法の費用対効果を考慮する必要がある。

小川(1993)は、ジョブコーチが課題分析に加えて機能 的アセスメントという応用行動分析の手法により、職場 定着に繋げている1 )と報告した。課題分析とは、本来、

機能的アセスメントを前提にしたものだが、雇用現場に おいてはそのことは軽視されがちである(中鹿ら 2010)2 )

ジョブコーチに関する代表的なテキスト(小川 2001)3 ) では、作業手順習得の指導・介入方法として応用行動分 析の手法である課題分析と、システマティック・インス トラクションが詳細に紹介されている。しかし、若林

(2009)は、作業手順の習得以外の問題、たとえば、手 順自体は正しくても、作業結果の正確性が確保されない、

作業効率が向上しない、作業中に歩きまわる、自傷やこ だわりなどの問題行動に関する対応策については、どの ような特性のある障害者にどのような指導・介入方法が 効果的なのか、また、どのような障害者には効果的でな いのかなどは具体的には触れられておらず、課題分析だ けの紹介では不十分である4 )と指摘している。確かに、

課題分析だけですべての問題を解決するのは困難であろ う。しかし、課題分析の背景にある理論を理解し、適切 に行動の記録をとっていけば、手順の習得以外の問題に ついても、多くの指針が得られるはずである。

松田(2020)は、機能的アセスメントを用いて問題行 動の機能を分析することで、ある環境の中で確実性を 持って問題行動を予測することができ、それによって得 られた情報は、PCP(Person Centered Planning;本人 中心計画)注 1 )を立案するための有効な手がかりになる5 ) と述べている。このことから、PCP には、対象者の診 断名や問題行動の単純な形や反応型(叩く、蹴る、叫ぶ 等)ではなく、行動的な介入の効果性と効率性を高める ための情報が重要であるといえる。

一方、障害者の就労移行において、援助付き雇用とい うと特別な雇用のスタイルを想定しがちだが、日常生活 の中のほとんどの行動は、全く何もないところから生じ るわけではない。そこには、様々な環境が整備された上 で初めて生じる、あるいは、意味を持つ行動が大部分な のである。つまり、援助付き雇用とは、実は特別な考え 方ではないといえる。では、援助付き雇用を担ってきた ジョブコーチの支援には、障害者に指導しやすいように、

作業遂行にかかる行動を小さな単位にわける課題分析、

プロンプトをその内容によって定式化するシステマ ティック・インストラクションの他、ナチュラルサポー トへの移行等がある(梅永ら1999)6 )。これらの支援技 法は、本来、セルフ・マネジメントの形成に向けたスキ ルの獲得を目的としている。一般にセルフ・マネジメン トといえば、他者からの支援なしに単独で自己管理する ことと捉えがちだが、援助付き雇用においては、障害者 が仕事を楽しむことができ、働きがいをもって職務に従 事することをセルフ・マネジメントが支えることになる。

つまり、上手く作業ができたこと自体を自己評価できる ことで、他者からの評価や報酬だけでなく、「働きがい」

を持つことができれば、仕事を継続することが苦痛では なくなるであろう。そうした援助付き雇用の考え方を積 極的に雇用現場に伝えることもジョブコーチの重要な役 割であると考える。

松田(2012)は、実習現場における不適切な報告行動 について、機能的アセスメントを用いた分析結果から、

不適切な報告行動が生起しやすい、あるいは生起しにく い条件が何であるか確信をもって予測できるようにな り、不適切な報告行動を維持している結果事象について、

ジョブコーチと見解の一致が見られた7 )ことを報告し た。しかし、セルフ・マネジメントによって維持されて いる行動も、必ず第三者による外的な社会的強化によっ て支えられていることから、引き続きセルフ・マネジメ ントを維持するためには、必要最小限の人的支援をどの ように設定すればよいのか、そうした情報を明確にして おくことが重要となる。

ジョブコーチにとって、障害者が就労すること、ある

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いは特定の職務を遂行できることが支援の最終目標では ない。ジョブコーチ支援の最終目標は、障害者が就労す ることで「働きがい」や達成感を得られるようになるこ とである。そのことについて、望月(1999)は、「行動的 QOL」という概念を示した。行動的 QOL とは、行動の 選択性を単位とした QOL のことで、それを拡大するた めには、「正の強化」を受ける行動機会の選択肢を増大 することが必要である8 )とした。この行動的 QOL とい う枠組みは現状の障害のまま、その軽重にかかわらず、

社会参加の決定権を障害者本人に委ねるという価値観で ある。雇用後も作業の幅を拡げていくこと、さらには、

障害者が仕事の段取りを工夫したり、職務の効率化を図 るために環境を改善することは、援助付き雇用における 重要な観点である。このような環境側の変更を主な手段 とする考え方は、PBS(Positive Behavioral Support;

積極的行動支援)注 2 )に匹敵する価値観であり、その効果 を高めるためには、形骸化した個別支援計画を PCP の 考え方を基盤に機能化する必要がある。

2018年に学校教育法等の一部が改正され、特別支援教 育において、「個別の教育支援計画」の作成が求められ たように、就労支援に関しても「個別支援計画」の作成 が障害者自立支援法以降、義務づけられている(沖倉 2005)9 )。それは単に作成され、存在するだけのもので はなく、それを関係者が共有するために組織間の移行を 効率的に行い、雇用後の障害者の状態をモニターし、最 新の情報に書き換えていく作業が伴っていなければなら ない。また、就労移行を支援していくためには、ジョブ コーチの行動も常に「正の強化」で維持され、行動の選 択肢が拡大されていくことが重要である(望月2007)10)。 そうでなければ、最小限の範囲の問題にだけ対処する行 動が維持されてしまう恐れがあるからである。そのよう な事態を回避し、個別支援計画を機能化するためには、

これまでの情報をひとつのファイルにまとめ、ポート フォリオ(自分の能力を周囲に伝えるための評価ツール)

を含んだ情報として保管していくことが必要である。そ こでは、今まで蓄積された支援の経過と共に新たな情報 は個別支援計画に収められ、関係者がその情報を基に適 切な環境整備を図って行くことが求められる。

Ⅱ.「縦の情報移行」モデルと「横の情報移行」

モデル

障害者雇用を継続していくために必要なことは、実証 に基づいた支援に関する記録が情報として保管されてい ることである。それがジョブコーチのみならず雇用側の 行動を強化し、次の支援の手がかりとして機能すると考 える。そこで重要なことは、PCP の考え方に基づき、

知的障害者の自己決定を尊重すること、そして、行動変 容に必要な環境設定を行うことである。つまり、知的障 害者が働き続けるために過不足のない支援を受け、現実

社会の中で他者と同様の活動を行うことが可能になると いうことである。それは、単独でできる仕事だけを意味 するのではなく、何らかの支援を受けた上で「できる」

ことを含めた「今」を出発点としている。そこでは、叱 責で行動を変えるのではなく、できた時に誉めるという 方針をとるということである。換言すれば、行動は個体 と環境との関係として成立するという意味において、先 行刺激を示すのではなく、「正の強化」を示すことが重 要となる。

近年、障害者雇用において、「できる」情報のスムー ズな移行や情報共有を目的としたシステムの開発が、学 校、市町村など様々な組織で取り組まれている(朝日 2008)11 )。そこで、これまで論じてきた援助付き雇用を 目的に、雇用側と支援者側が連携して、「できる」情報 を積極的に見いだしていく作業は、両者との関係におい て、当該個人の「できる」ことを拡大していく組織活動 だといえる。そうした考え方を前提に、組織間で支援に 関する情報を移行し、それを関係者間で共有・保管して いくための仕組みについて検討する。

1 組織間における「縦の情報移行」のモデル

従来の職業リハビリテーションの考え方では、職業訓 練施設で一定の課題が教授され、その後に就労する形が 一般的であった。ここでいう職業訓練施設とは、これま での経験だけでは就労に必要なスキルの獲得が難しい知 的障害者に対して、組織的にプログラムや課題を準備し、

訓練を実施する環境のことを指す。そのような環境で獲 得されたスキルは、当然ながら様々な雇用現場において 活かされることが望まれる。しかし、一般に般化と呼ば れるような訓練成果を実現しようとするとき、訓練施設 の指導員に、どのような支援が求められるだろうか。

「般化」とは、ある行動の獲得に伴い、その訓練時に おける刺激事態の類似性に応じて、その行動が別の事態 でも生じることであるが、般化しないという事態に直面 した場合は、訓練施設とその他の場面との類似性を高め ればよいということになる。この類似性を高める方法と して、訓練施設の環境を雇用現場の環境に近づけるとい う方法がある。つまり、雇用現場にある様々な刺激を準 備訓練場面に持ち込むという考え方である。

例えば、準備訓練場面で身に付けられたスキル(報告・

連絡・相談等)が雇用現場で般化しない場合、訓練成果 を実現するためのシュミレーション(ソーシャル・スキ ルトレーニングなど)が訓練施設で繰り返し実施される といった具合である。それとは逆に、準備訓練中にあっ て、それが該当のスキルを発揮させていると考えられる 様々な情報を雇用現場に持ち出していく方法も考えられ る。準備訓練場面を現実の雇用現場に近づけて訓練する という般化促進の方法では、準備訓練場面は実際の雇用 現場になるべく忠実な模擬的環境を設定し、そこに知的 障害者を適応させることに重きを置いている。これに対

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して、職場実習を含む準備訓練場面は、雇用現場で不足 している環境条件を見つける場や機会として捉えること ができ、雇用現場に環境の変更を要請していくことに重 点が置かれる。実際の職業リハビリテーションサービス の現場では、上記の方法を組み合わせた支援が求めら れる。

本稿では、知的障害者の働く権利を先送りすることな く、現状の「できる」ことを活かす方法を検討した。そ の方法は、ジョブコーチだけで成立するものではない。

知的障害者が準備訓練場面で身に付けたスキルに関する 情報を雇用現場に移行させ、雇用側に新たな環境設定を 要請することが必要となる。しかし、実際のところ、マ ンパワーに制限がある実践現場では、知的障害者の一般 就労に必要な情報に関して、何をどのようにアセスメン トをすればよいのか明確に整理されないまま支援が開始 されているという実状がある(松田2017)12)。そこで、

知的障害者の就労移行を支援する枠組みとして、組織間 における「縦の情報移行」のモデル(図 1)を示した。

このモデルの特徴は、知的障害者の就労移行で重要とな る個別支援計画における記載情報を重視している。具体 的には、個別支援計画の作成において重要となる情報と は、①ジョブコーチが所属する就労移行支援事業所の都 合により、支援機関主導で個別支援計画が作成されるの ではなく、対象者が抱えている問題や困難なことだけに 注目するのでもない、PCP の観点に基づき、個別支援 計画を作成すること、②問題行動が、いつ、どこで、な ぜ生起するのかについて分析された情報と、問題行動を 示す対象者の周囲の環境(スケジュール、活動のパター ン、支援者、物理的状況等)や支援のパターンを変え、

問題行動と代替する行動を強化する機能的アセスメント と PBS が記述されていること、③就労準備訓練におけ る目標とこれまでの成果が記述されていること、④職場 実習で得られた「できる」ためのポジティブな情報が具 体的に記述されていることである。こうした情報によ り、対象者に「適切な行動」を生起させるためには、ど のようなことを整備すればよいのか、その要となる条件 は何であるのかが特定できるようになる。

次に重要なことは、知的障害者の就労移行をスムーズ に行うため、支援機関と雇用側との組織間における情報 移行を計画的に実施することである。そのためには、情 報の受け手である雇用側が、その情報を速やかに伝達で きるよう、ポートフォリオを含んだ情報でなければなら ない。そうでなければ情報を共有したり、変更したりす る受け手側の行動が低減し、情報が形骸化してしまう恐 れがあるからである。旧来の職業リハビリテーション サービスでは、就職時に障害者の希望や能力的な属性と 適合した企業情報とのマッチングが重視されてきた。し かし、それよりも、知的障害者が「働きがい」をもって 仕事を遂行できるようにするために、どのような支援の もとで「適切な行動」に至ったのかを積極的に見い出し、

その過程を共有していくことが必要である。

就労定着を重視した支援の試みは、全国的に行われて いるが、それらの試みを各地域に埋没させないために支 援機関が有機的に連携し、情報共有していくことが求め られる。そのためには、人の行動は機能的なものである との認識に立ち、単に知的障害があるからというだけで 自傷や他害等の問題行動を呈していると判断するのでは なく、問題行動のパターンが、その人にとって何らかの 強化をもたらし、何らかの形で維持されていると捉えな おすことが重要である。ある特定の環境化にある人の行 動を単位として捉えることは、障害を「障害者」と表現 されるような属性においてではなく、その人とその環境 との相互作用として認識させる上で意味がある。そのこ とはまた、実行可能で具体的な介入方法を導くことにお いても有効だと考える。

援助付き雇用において、既存の環境を変化させず、個 人の反応形態を多数派に合わせるマッチングのような、

就職時における点としての個人的能力と職種との適合で はなく、どのような環境があれば、能力を発揮できるの か、その条件を明らかにするためには、「適切な行動」

を生起させる先行刺激と結果事象といった変数を同定す ることにより、①先行刺激操作に基づく環境整備、②行 動レパートリーの拡大を目的とした介入方法、③結果事 象の操作に基づく介入方法を関係者が共有することが可 能になると考える。また、現在の文脈にない適切な行動 の随伴性を作り出していくことも可能になると考える。

そうした文脈や行動の前後関係から介入方法を検討した 上で、個別支援計画は立案されるものでなければなら ない。

過去に、行動療法はノーマライゼーションの運動家達 から、問題行動への罰刺激を用いた介入を発端に批判を 受け、その手法のみならず、方法論全体に対する誤解を 社会から招いてきた経緯がある。現在では、罰刺激や制 約的な手法を用いない PBS が一般的であり、従来には なかった環境側の変更を雇用現場に導入することで、障 害者の行動を「適切な行動」に変化させるアプローチが 主流となっている。そうした環境側の変更は、時間経過 の中でフェイディングできる場合もある。つまり、障害 者の行動が環境側の変更なしでも成立するように変化す る場合もある。しかし、反応の「差異」をなくせない場 合、その環境側の変更を恒久的に雇用現場に定着させて いく必要性が生じる(望月2001)13)。そのことは、これ までにないコストを雇用側に要請することでもある。そ のようなことから、環境の変更に関する情報が、支援者 側から雇用側に伝達され、雇用現場に引き継がれる過程 で不明瞭にならないよう、雇用側の状況に合わせて伝達 される作業が求められる。例えば、個別支援計画が組織 間においてスムーズに移行されたとしても、共有・更新 する作業が雇用側にとって負担であったり、定期的に見 直す機会がなければ、古い情報が記載されたままとなり、

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本来の役割を果たせなくなることが懸念される。そのこ とから、情報を暗黙知で終わらすことなく、形式知へと 変更することが重要であるといえる。

2 社員間における「横の情報連環」モデル

企業に雇用されて働く知的障害者の増加と共に、職場 定着が課題となっている。知的障害者の職場定着には、

支援者側が作成した個別支援計画に従い障害特性に応じ た環境整備や合理的配慮を行うことが重要であり、これ らは企業の人事・労務担当者が中心となって実施してい るところもある。また、知的障害者と共に働く社員(同 僚従業員)も職場で重要な役割を果たしており、知的障 害者の「できる」ことを見つけて伸ばしていけるような 条件や環境整備のための情報を支援者より持っているこ ともある。そのため、社員には知的障害に関する正しい 知識と個別支援計画に基づいた適切な対応を理解した上 で、知的障害者への働きかけが重要となる。

そこで、個別支援計画の情報を社員に伝達していくに は、「継承」、「更新」、「評価・依頼」の 3 つの機能の段 階が必要だと考える。まず、最初に考えるべきことは、

個別支援計画の「継承」である。①「継承」とは、支援 機関との連携を前提に、キーパーソンとなる社員がジョ ブコーチから個別支援計画に関する情報を引き継ぐ行動 である。これを第一義的な機能とし、知的障害者がキャ リアに応じて行動の選択肢を拡大していけるよう、最新 の情報を個別支援計画に記録し、蓄積していく行動が、

②「更新」である。そして、個別支援計画を定期的に見 直し、これまでの情報では適切に対応できないと判断し た場合、早急に支援機関に援助を要請し、アセスメント

に基づき、古い情報を活用可能な情報に修正する行動が、

③「評価・依頼」ということになる。このように、①「継 承」、②「更新」、③「評価・依頼」の 3 つの機能の段階 を繰り返すことにより、知的障害者の職場定着に必要な 情報が個別支援計画に蓄積され、雇用継続が可能になる と考える。

図 2に、社員間における「横の情報連環」のモデルを 示した。このモデルの特徴は、 3 つの機能の序列性を強 調した情報伝達の連環を示している点である。特に重要 となる機能は「継承」である。個別支援計画を「継承」

するということは、障害者雇用を進める中で、知的障害 者が環境適応するための情報(環境条件等)や職場定着 のための手法について雇用現場の社員(受け手側)が学 び、それらを引き継いでいく行動であるからである。そ うした行動は、ジョブコーチから個別支援計画の引き継 ぎを求められた受け手側による、知的障害者の環境適応 という結果が伴ってはじめて維持される。つまり、知的 障害者が職務に従事できているという事実が、「継承」

するという受け手側の行動を成立させることになる。こ の「継承」を確実なものにするため、ジョブコーチは社 員に見本の提示や口頭説明だけではなく、必要な時に確 認することができる記述方法をとり、「継承」の主体と なる受け手側の理解を促していくことが必要となる。そ のため、支援に関する情報を簡略化し、平易な文章で記 述するといった要請がなされる場合もある。本質的に は、個別支援計画の受け手側にとって、その記述内容が 知的障害者を指導する際に役立つことが重要であり、そ の記述は受け手側の引き継ぐ行動を強化する内容でなけ ればならない。したがって、個別支援計画には、知的障 㞀ᐖ⪅䛜୍⯡ᑵປ䛻⛣⾜䛩䜛䛯䜑䛾᝟ሗ 㞀ᐖ⪅䛜䛂ṇ䛾ᙉ໬䛃䜢ᚓ䜙䜜䜛⎔ቃ

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図 1 組織間における「縦の情報移行」モデル

※「就労準備訓練で得られた情報」とは、訓練機関における一定期間の作業状況を観察して得た職業能力に関する情報のことである。

「PCP の観点に基づいた本人中心の情報」とは、障害者の意向を正確に支援に反映するため、障害者中心の観点から捉えた情報 のことである。「職場実習で得られた情報」とは、職場環境との関わり中で、障害者の特性や適性を評価して得た情報のことであ る。「機能的アセスンメントによる分析と PBS」とは、障害者のできることを促進するため、行動の機能に基づき、問題行動を低 減させるだけでなく、生活の質の向上や適切な行動の増加に必要な情報のことである。

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害者の「できる」ことの情報が記載されていることが重 要である。ここでいう「できる」とは、当該個人の属性 的能力ではなく、どのような環境設定があれば「できる」

のかという条件設定を指している。さらに、受け手側の 引き継ぐ行動を強化するためには、知的障害者がこれま で、どのような経過をもって現在の状況に至っているか という、個人のポートフォリオを含んだ内容でなければ ならない。それを受け手側が確認した際、その時点に 至った当該個人の「できる」ことに対する支援の蓄積を 無駄にはできないと感じさせるような軌跡が表現してあ ることが重要なのである。

Ⅲ.今後の課題

2014年に障害者権利条約が批准され、障害者の雇用支 援や意思決定支援の重要性はますます高まってきてい る。しかしながら、職場で自傷や他害等の問題行動があ ると、就労を継続することは容易なことではない。就労 意欲が明確で、課題が意識化されている場合には、制度 やサービスを活用すれば、就労はさほど困難でないケー スもみられる(西口ら1993)14)。しかしながら、障害者 自身と仕事とのマッチングだけでは、安定した就労を維 持するには不十分といえる(望月2007)10)。そこで、知 的障害者の質の高い雇用を実現するため、実際に知的障 害者を雇用している雇用側の視点から、援助付き雇用に ついて検討してきた。そこから導きだされたことは、支 援機関の都合で就労を押し付けるのではなく、実効性の ある情報移行の枠組みと情報の共有・更新・保管の重要 性であった。しかし、現状の就労移行支援では、障害者 の就職件数や定着期間といった結果が評価の対象とされ やすい側面がみられる。しかしながら、本稿で論じてき たように、どのような時にどのような支援があれば「で きる」のかという丁寧な情報の蓄積が不可欠である。そ うした丹念に分析した情報を支援者側だけが持つのでは

なく、知的障害者が主体となって雇用側が管理・運用し ていくことが必要である。それを支える実践について概 念化し、PCP を前提とした組織間における「縦の情報 移行」と、情報伝達機能を重視した社員間における「横 の情報連環」という 2 つのモデルを示した。

今後の課題は、2 つのモデルの妥当性と他の事例にお ける汎用性を実証していくことにある。しかしながら、

障害者雇用における問題の多くは、雇用側において今な お慎重に扱われていたり、社会や世論から厳しい見方を されることも少なくない。ほんの些細な出来事でも、雇 用主自身は神経過敏になっているのが現状である。ま た、職場で直接、知的障害者と関わる社員にとっては、

余計な仕事が増えたという思いから、その葛藤やいらだ ちを知的障害者に向けてしまうこともある。可能なら、

余計なことに巻き込まれたくないというのが本音であろ う。そうした雇用側の立場を考慮すると、知的障害者の 就労を支える環境を早期に雇用現場に構築することが重 要である。それには、知的障害者の行動の選択肢を拡大 し、雇用後も長く働き続けられる環境を確保するために、

障害者雇用に取り組めていない雇用主に対して調査を依 頼し、本稿で示したモデルの試案と照らし合わせ、さら に理論を深めていくことを課題としたい。

Ⅳ.おわりに

近年、特別支援学校では、「サポートファイル」といっ た、就学前からその後のライフステージを縦断する情報 システムがはじめられている。しかし、現時点では就学 時における情報移行という段階にある学校がほとんどで ある。実務的には、学校在学中は教育支援計画を中心に、

生徒がひとりでも「できる」ことの内容がサポートファ イルに綴じこまれ、卒業時にそのファイルは生徒に持参 させるのが一般的なスタイルである。確かに生徒の「で きる」ことの情報を雇用側に伝えることは必要なことで

個別支援計画

個人のポートフォリオを含 んだ支援情報

図 2 社員間における「横の情報連環」モデル

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ある。しかし、そこで記載される「できる」ことの情報 が、目標から現状をさし引いた未達成の部分を中心に記 述されているとすれば、そこには生徒の不足したものが 示されていくことになる。そうであるならば、不足情報 を確認するだけで終わってしまう可能性もあり、生徒が 働き続けるために必要な情報を得ることにはならないと 考える。

本稿で表現してきた「できる」こととは、当該個人の 現状の不足したもの、つまり、問題や課題を見つけるこ とではなく、他者の手助けを受けながらも「できる」こ とを積極的に見出し、それを記述することの重要性であ る。特に、雇用側と支援者側、両者における情報共有、

情報移行に関わる個別支援計画の記述内容について、そ こに記述される内容が、もっぱら当該個人の不足情報だ けが記載されているならば、そうした評価システムを用 いること自体に消極的になってしまう可能性が考えられ る。また、個別支援計画という形式として示される以上、

上方修正であっても、そう頻繁に更新できるものではな い。どのような援助があれば「できる」のかといった、

ポジティブ思考で支援結果を累積的に記載することが重 要だと考える。

雇用現場で知的障害者が現在のスキルを発揮しようと するならば、必然的に「できる」ことを雇用側に伝達す ることが必要である。そこで、ジョブコーチには、「ど んな支援があれば何ができるか」ということについて、

雇用側に伝えられる形で可視化し、表現することが求め られる。そうした可視化された情報は、「継承」される 過程で、新たに追加があれば「更新」され、より良き環 境にすべく、定期的に「評価」を行い、その結果に応じ て支援機関に「依頼」していくことが望まれる。その場 合の情報の記述には、個人情報保護の問題が常に付随す るが、この情報の持ち主は本人にあるという原則に則り、

知的障害者自身が保管することが望ましい。例えば、雇 用側から情報開示を要求された場合、本人の了承を得る ことが基本であるが、その場合の情報開示の基準は、当 事者間のみで判断されるのではなく、必ず第三者(支援 者、保護責任者)を交えて確認し、判断することが求め られる。そのため、雇用現場に守秘義務を課した委員会 のようなものを設置し、個人情報を守りつつ、情報共有 するためのシステムを構築する必要がある。

1 )PCP(Person Centered Planning;本人中心計画)

とは、日常生活における自己決定の場面で、自らの 意思を十分に表現することに困難が見られる障害 児・者が置かれている環境の可能性に着目した支援 計画法である。

2 )PBS(Positive Behavioral Support;積極的行動支援)

とは、単に問題行動の低減にあるのではなく、それ に代わる適切な行動の形成と拡大によって、当事者

の社会生活における質を高めることに重点を置く介 入方法である。

引用文献

1 )小川浩:ジョブコーチの援助技術―システマティッ ク・インストラクション―、職業リハビリテーショ ン、第 6 巻、74頁-77頁(1993)

2 )中鹿直樹・望月昭:課題分析を使った指導の記録を 就労支援に活用する、立命館人間科学研究、第20号、

56頁-64頁(2010)

3 )小川浩:重度障害者の就労支援のためのジョブコー チ入門、エンパワメント研究所、49頁-66頁(2001)

4 )若林功:応用行動分析学は発達障害者の就労支援に どのように貢献しているか?:米国の文献を中心と した概観、行動分析学研究、第23巻、5 頁-32頁(2009)

5 )松田光一郎:自閉症を伴う知的障害者の職場定着に 向けた環境整備に関する一考察―株式会社Tの雇用 前実習を事例に―、人間福祉学会誌、第19巻第 2 号、

1頁-8頁(2020)

6 )梅永雄二:自閉症者の職業リハビリテーションに関 する研究―職業アセスメントと職業指導の視点か ら―、風間書房(1999)

7 )松田光一郎:行動障害を呈する自閉症者への機能的 アセスメントに基づいたコミュニケーション・スキ ルの獲得、臨床発達心理実践研究、第 7 巻、153 頁-161頁(2012)

8 )望月昭:行動的 QOL:「行動的健康」へのプロアク ティブな援助、行動医学研究、第 6 巻第 1 号、8 頁-17頁(1999)

9 )沖倉智美:当事者中心アプローチと記録―障害者福 祉施設における個別支援計画作成を通して考える、

ソーシャルワーク研究、第31巻第 3号、20頁-27頁

(2005)

10)望月昭:対人援助の心理学、朝倉心理学講座、朝倉 書店、第17巻、1頁-18頁(2007)

11)朝日雅也:障害者権利条約下における障害者雇用の 課題、現代書館、福祉労働、第121号、12頁-21頁(2008)

12)松田光一郎:障害雇用の継続を阻害する要因に関す る質的研究―自閉症者を雇用するA事業所所社員の 意識調査から―、自閉症スペクトラム研究、第14巻 第 2 号、15頁-21頁(2017)

13)望月昭:「障害」と行動分析学:「医療モデル」でも

「社会モデル」でもなく、立命館人間科学研究、第 2 巻、11頁-19頁(2001)

14)西口宏美・斉藤むら子・尾崎守:障害者の職場定着 問題に関する研究(1)―障害をもつ従業員の職場 定着を妨げる要因について―、人間工学、第29巻第 4b号、231頁-238頁(1993)

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参照

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