フェリーを用いて観測した道南沖太平洋の海況
Hydrographic Conditions in the Pacific Ocean off the Southern Hokkaido
observed by a ferryboat
木戸和男・大澤賢人・檜垣直幸
Kazuo Kido, Masato Osawa and Naoyuki Higaki
Abstract
For the better understanding about the oceanographic condition around Hokkaido and contribution to “Maritime” weather forecasting in the future which means numerical prediction of the oceanographic condition, we developed a monitoring system of temperature, salinity and fluorescence intensity attached to the cooling pipe system of the ferryboat SUISEN of Shin Nihonkai Ferry Corporation. Using this system, we conducted, from 2003 through 2012, a continual and daily observation on temperature, salinity and fluorescence intensity of the surface layer along the course of the ferryboat from Tomakomai on the Pacific coast of Hokkaido to Tsuruga on the Japan Sea coast of Honshu.
In this report, we described year−to−year changes of the oceanographic conditions along a part of the course off the southern Hokkaido, accompaniedwiththeseasonalalternationofthreewatermasseswitheachother.Afterthepaststudiesontheoceanographic conditions in Funka Bay and its adjacent waters including our study area, the three water masses concerned are ; Coastal Oyashio Water which is Oyashio Water transformed by ice−melted water in Okhotsk Sea, and Oyashio Upper Water, from late winter through summer ; Tsugaru Warm Water originated from Kuroshio, from mid−summer through winter.
Furthermore we showed some newly−observed phenomena as follows.
1)Although these waters appear in the waters in turns basically, Tsugaru Warm Water appears unexpectedly in a season of the other water mass in some years.
2)From the late in spring through summer, these water masses and those diluted by riverine water appear simultaneously in confused patchy shape, especially in salinity distribution. We call this term of confusion state as “confusion term”. 3)In the summers of 2009 and 2010, waters of salinity lower than 32 expanded long and widely. These waters were Coastal
Oyashio Water diluted in the waters off the eastern Hokkaido, the upper stream of Coastal Oyashio. 4)Tsugaru Warm Water did not appear in the winter of 2009−2010, different from the other winters.
5)Fluorescence intensity as an index of chlorophyll concentration increases in March and/or April for the phytoplankton bloom. The bloom happens sharp and clearly in years when Coastal Oyashio Water is predominant, and gently and unclearly when Oyashio Upper Water is predominant and Tsugaru Warm Water intrudes unexpectedly in the season of cold water masses.
The results stated above are based on the data of the surface layer observed with our monitoring system, and so, verifications by the data of vertical sections obtained by research vessels should be carried out.
キーワード:フェリー 海の気象台,モニタリング観測,水温,塩分,蛍光強度,北海道南部沖太平洋の海況, 津軽暖流,親潮
Key words : “Maritime” meteorological observatory, ferryboat, monitoring, hydrography of the Pacific Ocean off the southern Hokkaido, temperature, salinity, fluorescence intensity, Tsugaru Warm Water, Oyashio
Ⅰ
はじめに−この研究の目的と背景―
Ⅰ.1 目的 当所では,北海道周辺海域に関する研究の推進と, 将来的には海の数値予測の発展に寄与するための海洋 の定期的・高頻度の観測を目指して,平成 13・14 年 度の北海道重点領域特別研究課題として定期フェリー を利用した観測システムを開発し,平成 15 年度から 経常研究「海洋のモニタリング観測―「海の気象台」計 画―」として,苫小牧∼敦賀航路において継続的な海 洋観測を実施してきた. 本稿では,その観測システムの概要と,観測結果の なかから道南沖太平洋における海況の年々変動,この 北海道地質研究所報告,第86号,9‐24,2014 9システムによって初めて明らかになった特徴的な現象 について記載し,この海域における海洋物理や水産資 源の変動,海洋生物と環境の関係など,今後のより広 範な研究に必要な基礎的知見とすることを目的とする. なお,上記の経常研究課題名にある「海の気象台」は, 海洋変動の数値予報を目指して山形(2001,2004)が提 唱した「海の「天気予報」」に因んでいる.天気予報には, 当然のことながら,その作業の基礎となる観測データ を得る気象台が必要不可欠ではないか,との考えであ る. Ⅰ.2 背景 天気予報は,外出時の服装や洗濯など家事の予定と いった極めて身近なことから,自然を相手とする農林 水産業,物流,電力をはじめとするエネルギーの需給 や食料生産量の予測など国家の安全保障に関わること まで,社会のさまざまな分野で必要とされており,社 会と極めて密着した応用分野であるといえる.天気予 報は言うまでもなく気象学という基礎科学に支えられ ているが,それらの基礎を成すのは世界中に配置され た気象観測施設で行われている定時観測,すなわち大 気のモニタリング観測である. 海洋も大気と同じ地球の表面を覆う流体であるが, 対象の現況把握であり研究の出発点でもあるモニタリ ング観測という点では,気象と海洋の現状は著しく異 なっている.少々長くなるが,以下しばらくの間,大 気と海洋に関するモニタリングの歴史の概略を振り返っ て,その意義と問題点を再確認しておきたい.なお年 代については,それがどのような時代であったかを思 い起こせるように元号を付してある. 110年ほど前の日露戦争(1904(明治 37)∼1905(明治 38)年)における山場のひとつ,日本海海戦については, その直前に連合艦隊から大本営に向けて発せられた電 文の末尾「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」という一節が 有名であるが,その元となったのは当時の中央気象台 予報課長だった岡田武松の予報「天気晴朗ナルモ浪高 カルベシ」である(須田,1968;司馬,1996).予報に 用いられた 1905 年 5 月 26 日の天気図(須田,1968)を 見ると,この当時の日本本土にはほぼ現在の地方気象 台に相当する 50 余地点,朝鮮半島に 5 ヵ所,台湾に 4 ヵ所,そして大陸に 7∼8 ヵ所の観測点が配置されて いる.予報の基礎理論や観測に用いる気温・気圧など の基本的要素の測定技術の確立は無論のこと,1872 (明治 5)年函館にわが国初の気象測量所が設けられて 以降の観測網の整備のほか,1894(明治 27)年のマル コーニによる無線通信実験の成功に続く 1900(明治 33) 年の船舶無線通信の実用化などの基盤技術がなければ, この予報は不可能であった.すなわち,明治維新から 僅か 30 年余りしか経っていない当時,既に天気予報 の基礎理論,観測の技術と運用体制,観測データや予 報の速やかな伝達を可能にする通信技術が全て存在し ていたのである.特筆すべきは,この時期の観測体制 が,東京の中央気象台(現在の気象庁)を除くと 1939 (昭和 14)年に国営化されるまで,いずれも府県営で あったことであろう.即ち,天気予報というひとつの 目的を達成するためには,必ずしも単一の機関である 必要ではない,ということである. 現在の気象観測網は,特別地域気象観測所(以前の 測候所を無人化・自動化した施設)を含めた気象官署 150ヵ所,17 km 四方に 1 ヵ所の地域気象観測システ ム(アメダス)1300 ヵ所が設置されて,10 分間隔の観 測を実施している.そのほかにも,全国 20 ヵ所の気 象ドップラー・レーダーと,気象衛星が運用されてい る.これらの観測データは,直ちに防災のために重要 な降水・雷・竜巻の現況把握や降水短時間予報に利用 され,さらに,テレビ等で日常生活に馴染み深い府県 天気予報から長期予報や気候変動予測まで,さまざま なレベルでの予報や基礎的な学術研究のための基本的 データとなっている. 一方,海洋の観測は,幕末の 1860 年頃の水路測量 と海図作製に始まり,海軍水路部(1871(明治 4)年設 立:現海上保安庁海洋情報部)や農商務省水産講習所 (1897(明治 30)年設立:現東京海洋大学および水産総 合研究センター),海洋気象台(1920(大正 9)年設立: 現神戸地方気象台)が水路測量,漁業振興や海洋気象 観測など,それぞれの目的をもって観測を始めた.海 洋観測は船を用いなければならず,各機関 1 隻程度の 現在から見れば小型の船で時間のかかる観測作業を実 施するので,観測できる海域や頻度は限定され,現在 からみれば散発的探検的で,まだモニタリングの範疇 に入るものではなかった. 現在は都道府県の水産試験場,(独法)水産総合研究 センター各水産研究所,気象庁,海上保安庁海洋情報 部,(独法)海洋開発研究機構がそれぞれ独自の目的, 項目と手段,海域・頻度でモニタリング観測を行って いる.とりわけ都道府県水産試験場が各県沖合の海域 に配置した定点で行っている定期的な観測は,船舶を 用い,観測機器を降下させて海洋を立体的に測定する 全国規模の一斉観測として,その重要性は極めて高い. 海上保安庁海洋情報部や気象庁,水産総合研究センター では,それぞれ船舶と衛星などの観測データを元にし て,天気図に相当する水温分布や海流の現況図を定期 的に公表し,海洋開発研究機構は前述の「海の「天気予
報 」」の 考 え に 基 づ い た JCOPE( Japan Coastal Ocean Prediction Experiment)/JCOPE 2(http : //www.jamstec.go. jp/frcgc/jcope),また水産総合研究センターは新海況 予測システム FRA−ROMS(http : //fm.dc.affrc.go.jp/fra−roms /index.html)と呼ばれる,いずれもデータ同化手法と 数値モデルを利用した予測システムを試験的に運用し ている. 10 北海道地質研究所報告,第86号,9‐24,2014
これらの現況図や予測あるいは予報も,その作業の 基本あるいは初期値となるデータとして,また結果を 評価するための実測値として,観測データが不可欠で あるが,海洋観測には広大な海面に観測点を設けなけ ればならないという,極めて困難な問題がつきまとう. 現在用いられている観測船,人工衛星,定点観測ブイ や漂流ブイのどの方法も一長一短で,どれかひとつの 方法で十分ということはない.すなわち, ・観測船は海中深くまでの正確な測定や分析用試水 の採取が可能であるが,作業に時間がかかるため, 広範囲の観測を短時間で行うことは事実上不可能 で,しかも船の建造や運航・維持管理に多額の経 費がかかる. ・人工衛星は短時間に広範囲の観測が可能であるが 観測の対象は海面付近に限られ,また,雲や霧が 障害になることが多く天候の影響を受けやすい. また,高い空間分解能を持つ極軌道衛星は同一地 点上空を長い周期で通過するため,常時あるいは 高頻度の観測には不向きである.打ち上げや運用 に掛かる高額の費用も考慮しなければならない. ・定点観測型のトライトン・ブイや漂流観測型アル ゴ・ブイなど,現在では多種多様なブイが開発さ れているが,広範囲の観測を行なおうとすれば, いずれも多数のブイを製作しなければならず,や はり船と同様に,高額の費用を必要とする. したがって,広範囲にわたる,対象の時間的スケー ルに適した頻度で同時性の高い観測値を得るためには, さまざまな方法をその特長を生かして併用し,最終的 にそれらの観測結果を合成して海域の全体像を描く方 法を模索するしかない. 視点を北海道に移す.北海道沿岸海域は,言うまで もなく広大な太平洋やその縁辺海である日本海・オホー ツク海の一部であり,北海道近海といえども,その理 解のためにはより広い海域の理解を必要とする.した がって北海道近海の理解のためには,道内の関係機関 がその前浜である部分的海域を分担して観測するとと もに,データを他機関が行った観測データと共に使え るよう,共有することが理想的で最も効率的な方法で あろう.当所では,山形(2001,2004)の「海の天気予 報」という考え方を理解し,また気象観測所が当初は 府県営であったことも考慮して,その予報の進歩の受 益者でもある地方として何ができるかを検討した.そ の結果,定期フェリーを観測プラットフォームとして 利用する計画を立案し,観測システムの開発を手始め として計画を実現した. 観測の対象となった北海道近海の道南沖太平洋海域 では,暖流と寒流が周期的に交代して(大谷,1971), 沿岸地域の天候や気候に影響を与えている(大川,1992). また,マグロ・イワシ等の暖海性魚種からスケソウダ ラ等の寒海性魚種まで多種多様な水産資源に恵まれ (箕田・富士,1985),渡島半島沿岸ではコンブ,西端 の噴火湾ではホタテ貝の養殖が地域経済を支えている. この海域の環境の現況を知り,さらには将来的にその 変動を予測/予報できるようになれば環境変動の原因 究明やそれが原因の被害の軽減に貢献できるものと考 えられる.
Ⅱ
モニタリング・システムの概要と観測方法
Ⅱ.1 システムの概要 新日本海フェリー株式会社では本道と東北,関西を 結ぶ航路でフェリーを運航している.そこで,「(旧) すいせん」(約 17,000 トン)への計測機器設置に対する 協力を同社に依頼して承諾を得,ドックでの定期点検 期間を利用して観測機器を設置した.「(旧)すいせん」 は 2012 年に同名の新船就航に伴って廃船となったが, 以下では(旧)を省略して単に「すいせん」と表記する. 第 1 図に「すいせん」の機関室に設置したモニタリン グ・システムの概要を示す.計測は船の主機・発電機 の冷却や空調などに用いるために船底の取水口から取 水した海水を,配管路から分岐して設置した専用管 (右図)に取り付けた計測器で行う.海水は 2 m s−1で 流れ,取水後 10∼20 秒ほどで専用管に達すると推定 している.計測中はバルブ d と e を開き,バルブ f を 閉じて海水を専用管に通し,計測器の交換や管の保守 管理などの作業を行う時は d と e を閉じ,f を開いて 通常の配水経路に戻し,専用管を空にしてから作業を 行う. 計測器は植物プランクトンの色素であるクロロフィ ルを対象とする蛍光光度計(左図 a)と水温・塩分計(b) から成り,フランジ(c)によって専用管に固定する. 蛍光光度計はアレック電子(現 JFE アドバンテック社) 製メモリー・クロロテック ACL シリーズのセンサー を利用して製作し,蛍光強度は等量の蛍光を発するフ ルオレッセン・ナトリウムの濃度(μg / L)に換算して 表示した.また,水温・塩分計は同社製小型メモリー 水温塩分計 Compact−CT をそのまま利用した. Ⅱ.2 観測方法と資料 「すいせん」は苫小牧港・敦賀港間 512 マイル(約 950 km)を南下時で約 20 時間,北上時で約 19 時間かけて 航行し,苫小牧港には約 3 時間,敦賀港には約 4 時間 停泊する.したがって,航路のうち,停泊地に近い海 域では往復の時間差は 3∼4 時間で,航路両端に近い 海域の観測は実質的には 2 日に 1 回の頻度となる.第 2図に 2003 年から 2012 年にかけて観測を継続した航 路を本邦周辺の代表的な海流系の模式図とともに示す. システムの測定時間間隔は 10 分で,平均船速を26ノッ トとすると距離間隔は約 8 km である.位置データは フェリーを用いて観測した道南沖太平洋の海況(木戸和男・大澤賢人・檜垣直幸) 11「すいせん」の GPS 受信データをブリッジ裏の小室に おいたコンピュータに取り込む方式で始めたが,後に Wintec社の小型 GPS ロガー WBT−201 および 202 によ る直接測定に改めた.原則的に月 1 回,苫小牧港停泊 中に測定器と GPS ロガーを交換してデータ回収を行 い,後刻,測定時刻を基準に 10 分毎の位置と測定値 のデータ・ファイルを作成した. 本稿では,フェリーによる観測データのほか,以下 の機関が公開しているデジタルデータまたは画像デー タを適宜引用した. ・第一管区海上保安本部海洋情報部発行「海洋速報」: 海面水温分布. http : //kaiho.mlit.go.jp/KAN 1/kaisyou/sokuho.htm ・(独法)水産総合研究センター厚岸沖観測定線 A 第1図 フェリーに設置したモニタリング・システム.(左図)a:蛍光光度計,b:水温・塩分計,c:測 定専用管取り付け用フランジ,(右図)「すいせん」の海水パイプに接続した専用管.
Fig. 1 The monitoring system attached to a pipe of cooling system of the ferryboat SUISEN of the Shin Nihonkai Ferry Company.(Left)a : fluorometer, b : conductivity and temperature sensors, c : connecting flange, those are operated at every ten minutes.(Right)Arrangement of the system, d, e and f : the valves controlling the sea−water flow. The positions of observation are recorded by a GPS settled in the bridge of the ferryboat.
第2図 A:日本を取り巻く海流系とフェリー「すいせん」の航路,B:北海道近海における「すいせん」の航
路と水産総合研究センターの観測定線(A ライン).双方とも太線部が本稿で言及した観測線.
Fig. 2 A : The current system around Japan, and the cruising course of the ferryboat SUISEN. B : The observation lines referred to in this report(bold lines)and the main rivers flowing into the Pacific Ocean off Hokkaido. A−line is that operated by the Fisheries Research Agency.
ラインのデータ:水温・塩分の鉛直断面分布. http : //tnfri.fra.affrc.go.jp/seika/a−line/a−line_index.html ・北海道大学水産学部練習船うしお丸の公開データ: 航路上の表層塩分分布. http : //rose.hucc.hokudai.ac.jp/~a20011/salino_top.html ・北海道大学大学院水産科学研究院の公開 NOAA 衛星画像データ:海面水温. http : //odyssey.fish.hokudai.ac.jp/AVHRR/ ・国土交通省河川水質データベース:河川流量. http : //www.river.go.jp Ⅱ.3 フェリーによる測定値の評価 日夏ら(2000)は定期航路を運航する商船を篤志観測 船(Voluntary Observation Ship : VOS)として利用する 際,取水口から採取した海水が船体外のどの位置(深 さ)のものかを明らかにするために模型実験と数値実 験を行い,海面付近の観測のためには船底からの取水 が望ましい,という結論を得た.著者らは,専用管で 測定した値が実際の海面の状態をどの程度正しく反映 しているか確認するために,2002 年 6 月,9 月と 2003 年 1 月,3 月に「すいせん」に乗船し,航海中に投棄式 水温計(Expendable Bathythermograph : XBT)で水温測 定を行い,専用管の水温・塩分計で測定した水温と比 較した. 第 3 図(A)に XBT で測定した水温の鉛直分布の例を 示す.どの時期もうねりの影響からか深度 20 ないし 30 mまでこの図のようにほぼ等温の混合層となってい たため,海面 0 m(B)と 1 m(C)の水温と,専用管の水 温塩分計による水温の相関を示す.投下した温度セン サーがまだ海水温に馴染んでいない 0 m で両者の相関 がやや悪く,また 2002 年 6 月の観測である 15∼20℃ の領域で XBT 投下のタイミングがずれたためにばら つきがやや大きくなっていることを除くと,XBT の 測定値と専用管での測定値の相関は非常によい.この ことにより,本報告の専用管を用いた方法はほぼ海面 付近の値を測定していることを確認した.
Ⅲ
観測結果
Ⅲ.1 フェリーを用いて観測した海況変動と水塊交替 第 2 図に示した航路を含む北海道道南沖の太平洋は, 黒潮を起源とする暖流である津軽暖流と,北部北太平 洋の西部に起源を持つ「親潮上層水」あるいはオホーツ ク海の流氷の影響を受けた「沿岸親潮水」が季節的に交 代する海域である(大谷,1985:大谷,1991).親潮上 層水と沿岸親潮は,区分する必要がない場合には合わ せて親潮系水と総称する.これらの知見によれば,親 潮系水は晩冬ないし初春にこの海域に出現し,夏から 冬にかけては津軽暖流水がこれらに取って代わる.こ れらの水塊の水温・塩分特性を第 4 図の T−S ダイアグ ラムに示し,フェリーによる観測結果の記載は以後こ の水塊区分に倣って行うことにする.ただし,水塊特 性は気象条件などに影響されて季節や年によって違う ので,厳密なものではない. 第 5 図∼第 8 図に 2003∼2012 年の観測結果のうち水 温(各年上段:単位℃)と塩分(下段:無単位)を,縦軸 に十進緯度,横軸に月単位の時間軸をとった時間断面 図で示す.表示範囲は第2図に示した新日本海フェリー 苫小牧・敦賀航路のうち,恵山岬の南方沖,北緯 41 度 42 分から苫小牧沖の北緯 42 度 30 分までの区間であ る.図中の空白期間はフェリー「すいせん」の定期点検 第3図 モニタリング・システムと XBT で測定した水温の相関関係.A : XBT による水温鉛直分布,B・C:モニ タリング・システムと XBT で測定した 0 m,1 m の水温との相関図.Fig. 3 (A)Vertical temperature profile measured by a XBT,(B)and(C)Relationships between the temperature measured by the monitoring system and those by XBT at 0 m, and at 1 m respectively. Although the relationship at 0 m is not so good relative to that at 1 m because of time shortage for equilibrating with water temperature, we conclude that the monitoring system measures well the temperature in surface layer.
のためのドック入り,測定専用管の移設や計測器の故 障・修理などによって測定ができなかった期間である. 2003年(第 5 図)1 月中旬には既に,水温が第 4 図の 定義域よりやや高めの 4℃ 以下,塩分 33.0 以下の沿岸 親潮水がこの海域に広がっており,3 月には水温は 2 ℃以下,一部 0℃ 以下の年間の最低値となる.沿岸親 潮の源流部に相当するオホーツク海における流氷の融 解や,河川からの融雪水の流入のため,塩分はさらに 低下して 3 月下旬には 32.5 以下にまでなるが,5 月以 降には再び 32.5 以上,時には 33.0 以上の領域が斑状に 出現し始める.航路上のこのような塩分分布の変動に 対して,水温は比較的単調に増加し,塩分のような斑 状の分布は見られない. 東北から北海道にかけての太平洋は,相対的に高温・ 高塩分の黒潮と低温・低塩分の親潮の流域が接し,そ れらから切離した暖水塊や冷水塊が入り乱れて極めて 複雑な海洋構造を成す「混乱水域」と呼ばれる海域(川 合,1972)である.本稿の対象である道南沖太平洋は, この混乱水域の西部に位置し,さらに津軽海峡から津 軽暖流が,また各海流の流路沿岸の河川からは淡水が 流入する.上記の斑状分布はこれらの水塊が混在して 混乱水域と同様の複雑な状況となっているためと考え られる. 8月になると観測線全域で水温がこの年最高の 18℃ 以上となり,また塩分も北部の陸近くを除く広範囲で 33.0前後に増加し,比較的高温・高塩分の津軽暖流水 が接近し始めたことを示している.10月には観測線全 体でほぼ均一な 33.0∼33.5 に増加,さらに 11 月下旬に は全領域で 33.5 以上になり,この海域が津軽暖流水に よって占められたことが分かる. このように,噴火湾沖の海況変動の研究(大谷,1971) からも類推されることであるが,この海域では沿岸親 潮が優勢な冬から春,津軽暖流が優勢な秋から冬にか けての期間は比較的単純な水温・塩分分布となる.両 期間の中間の 5 月から 8 月は,親潮系水・津軽暖流水 あるいは黒潮起源の暖水塊・河川水が入り交じって特 に塩分が非常に複雑な分布となり,衛星画像による水 温分布や,船舶による離散的で時間間隔の長い観測だ けでは,海況変動の実態を把握することは難しいこと を示唆している.本稿では,このような複雑な海況と なる時期を仮に「混乱期」と呼ぶことにする. 以上がこの海域における 1 年間の水塊交替を中心に 記載した海況変動である.年による違いはあるにせよ, 2004年以降も基本的には上述したパターンを繰り返 すものと考えられる.そこで,これ以降は水塊の交替 時期や特異的な事象を主に記載することにしたい. 2004年(第 5 図)1 月中旬には北部の沿岸部で水温 4 ℃,塩分 33.0 の以下の沿岸親潮水が僅かに見られるも のの,まだ多くは塩分 33.5 以上の津軽暖流水が占めて いるが,2 月下旬には南部の津軽海峡付近を残して, 全域が塩分 33.0 以下の沿岸親潮水で占められる.この 年は船内の配水経路変更に伴う専用管移設のため,5 月で観測を中断した. 観測を再開した翌 2005 年(第 5 図)3 月中旬,水温は 4℃ 以下であるが塩分はまだ 33.0 以上で,この海域を 占めているのは沿岸親潮水ではなく親潮上層水で,塩 分 33.0 以下の沿岸親潮水が広く出現するのは 4 月中旬 になってからである.その後,混乱期を経て 8 月には 広い範囲で塩分が 33.0 以上に増加して津軽暖流水の接 近を示唆し,10 月には全域で 33.5 以上になって津軽 暖流水との交代が終わったことを示している. 津軽暖流水は 2006 年(第 6 図)1 月上旬までこの海域 に留まり,その後,急速に塩分 33.5 以下の親潮上層水 と交替する.津軽暖流水との交替は 8 月下旬に始まり, 10月には全域にわたって塩分が 33.5 以上となって交 替は完了する. 2007年(第 6 図)1月にはすでに塩分は 33 台に低下し ており,2 月末から 3 月にかけてはさらに水温 2℃ 以 下,塩分 33.0 以下の沿岸親潮水が北側半分に,やや遅 れて南側に水温 6℃ 以上,塩分 33.5 以上の津軽暖流水 が短期間現れる.これら北側の沿岸親潮水と南側の津 軽暖流水を除くと,1 月から 4 月まで長期間にわたっ て全域が水温 4∼6℃,塩分 33.0 以上 33.5 以下の,水 塊の区分(第 4 図)から判断すれば親潮上層水がこの海 域を占めているように思われる. しかし,以下に示すように,広域的な水温分布を見 ると,実際には 2 月までは塩分がやや低くなった津軽 暖流水が拡がり,3 月になってから沿岸親潮水,続い 第4図 T−Sダイアグラム上での水塊区分.
Fig. 4 The characteristics of the water masses concerned with our study on the Temperature−Salinity diagram, after Ohtani(1971)in modified form.
第5図 フェリー航路に沿った水温(各年上段)と塩分(下段)の時間断面図:2003 年∼2005 年.
Fig. 5 Time cross sections of temperature(upper)and salinity(lower)for each year along the ferry course for 2003−2005. Notice is taken of the seasonal change of water mass revealed especially in salinity distribution ; Oyashio Upper Water of 33.0−33.5, or Oyashio Coastal Water lower than 33.0 from the late in winter through spring, and Tsugaru Warm Water higher than 33.5 from mid−summer through winter. From the late in spring through summer, these waters and diluted ones exist simultaneously in confused patchy shape, and we call the term of this confused state as “confusion term”.
第6図 フェリー航路に沿った水温と塩分の時間断面図:2006 年∼2008 年.
Fig. 6 Same as Fig. 5 except for 2006 − 2008. The water of salinity 33.0−33.5 in January and February 2007 is considered to be not Oyashio Upper Water, but a little diluted Tsugaru Warm Water differing from the other years, in consequence of referring the temperature distributions shown in Fig. 9.
第7図 フェリー航路に沿った水温と塩分の時間断面図:2009 年∼2011 年.
Fig. 7 Same as Fig. 5 except for 2009−2011. The waters of salinity lower than 32.0, spreading long and widely in the summers of 2009 and 2010, are Coastal Oyashio Water diluted by the riverine water mainly from Tokachigawa as described in Fig. 13. It flows into the waters off the eastern Hokkaido, the upper stream of Coastal Oyashio, and its surface layer shallower than 30 m is stratified strongly as shown in Fig. 14. The diluted water flows along the coast of the eastern Hokkaido and, as shown in Fig. 12, it spread off the coast to the west of Cape Erimo. Tsugaru Warm Water appears merely in a short term from late November to early December 2009, and does not appear regularly in the winter of 2009 − 2010.
て親潮上層水が分布していることがわかる. 第 4 図の水塊区分を参考に,5℃ を津軽暖流水と親 潮上層水・沿岸親潮水との便宜的境界とし,この 3 か 月の第一管区海上保安本部海洋情報部「海洋速報」の 5 ℃等温線を強調したものが第 9 図である.太平洋では この等温線の西側あるいは南側が津軽暖流水あるいは 黒潮から切離した暖水塊の領域,日本海では南側が対 馬暖流水の領域を示している.また,5℃ 等温線の北 側は親潮上層水または沿岸親潮水の領域である.2006 年 12 月後半から 2007 年 1 月前半にかけて,5℃ 等温線 は襟裳岬付近にあり,襟裳岬から西側の海域はまだ津 軽暖流水の領域となっている.2007 年 2 月後半には等 温線は西に移動してその北端が苫小牧沖に接近し,津 軽暖流水の後退と沿岸親潮の進出を示す.この時の状 態が第 6 図の 2003 年 3 月に見られる水温 2℃ 以下,塩 分 33.0 以下の沿岸親潮水出現に対応している.第 9 図 では明瞭ではないが,北海道大学大学院水産科学研究 院の公開 NOAA 衛星画像データでも,沿岸親潮水と 考えられる幅 30 km 程度の北海道太平洋岸に沿った狭 い帯状の低温域を確認できる.3月前半になると,5℃ 等温線は津軽海峡東口まで延びて,この海域が親潮上 層水に占められたことを示している. 津軽暖流水との交替は 8 月末から始まり,10 月には 全領域で塩分が 33.5 以上となって,交替が完了してい る. 津軽暖流水は 2008 年(第 6 図)1 月まで留まり,1 月 末から水温 4℃ 以下,塩分 33.0 以下の沿岸親潮水が現 れる.7 月から 9 月上旬の混乱期を経て 9 月中旬には塩 分 33.5 以上の津軽暖流水が拡がり始め,11 月中旬に は,34.0 以上というこれまでになく高塩分の津軽暖流 第8図 フェリー航路に沿った水温と塩分の時間断面図:2012 年.
Fig. 8 Same as Fig.5 except for 2012. Tsugaru Warm Water intrudes into the predominant Coastal Oyashio Water unexpectedly in April, shown by the salinity higher than 33.0.
第9図 2006年 12 月∼2007 年 3 月の海面水温分布図(第一管区海上保安本部海洋情報部海洋速報を改変).
Fig. 9 Sea surface temperature around Hokkaido from Dec. 2006 through Mar. 2007 modified from the Quick Bulletin of Ocean Conditions of Hydrographic and Oceanographic Department, 1 st Regional Coast Guard Headquarters. The 5 °C isotherms are emphasized for convenience as a border between the cold water masses(Coastal Oyashio Water and Oyashio Upper Water)and the warm water masses(Tsugaru Warm Water and the warm water cut off from Kuroshio). The warm water along the coasts of the southern Hokkaido and Honshu is Tsugaru Warm Water. From January through February, Tsugaru Warm Water occupies the waters off the southern coast of Hokkaido, and Coastal Oyashio Water reveals in March, 1−2 months later than the other years.
水が全域を占めるようになる. その後,水温と塩分は低下するが津軽暖流水は 33.5 以上の斑状分布として 2009 年(第 7 図)2 月中旬まで滞 留する.この頃水温 4℃ 以下,塩分 33.0 以下の沿岸親 潮と混在した親潮上層水が北部から拡がる.4 月には 塩分 33.0 以下となる所もあるが,すでに融雪期に入っ ているため,これが沿岸親潮水かどうかははっきりし ない.5 月下旬には混乱期となり,これまで通りなら ば 8 月ないし 9 月までは混乱期が続くが,2009 年には 7月下旬から 9 月中旬までの約 2 ヵ月間,塩分 32 以下 の低塩分水がほぼ全域に拡がり,塩分分布は極めて単 純になっていることが特徴である.その原因について は,同様の現象が翌 2010 年にも発現するので,後節 で合わせて考察することにしたい. 10月になると塩分は 33.0 を超えるが 11 月末から 12 月上旬にかけての短期間に 33.5 を超えるものの,12 月中旬には再び33.0台に戻り,翌2010年になっても33.5 以上にはならない.すなわち,後節で考察するように, 津軽暖流水との交替がこれまでのようには行われなかっ たことを示している. 2010年(第 7 図)1 月には既に沿岸親潮水がこの海域 に拡がって 5 月には混乱期となるが,この年も 7 月か ら 8 月にかけて前年同様に塩分 32 以下の低塩分水が海 域全体を広く占めている.その後,9 月には全域で塩 分 33.0 以上,10 月には 33.5 以上となって津軽暖流水 への交替が完了し,津軽暖流水は翌 2011 年 1 月下旬に 沿岸親潮水との交替が始まるまでこの海域を占める. 3月上旬に津軽暖流水の貫入と思われる一時的な塩 分増加があり,2011 年の混乱期は 8 月まで続く.9月に は塩分が広く 33.0 以上に増加しはじめ,10 月には 33.5 以上の津軽暖流水との交替が完了する.しかし,この 年は 12 月に再び全域で塩分が低下し,2012 年(第 8 図) 1月には塩分 33.0 以下の沿岸親潮水が拡がっている. 4月には,塩分が 33.0∼33.5 に低下した津軽暖流水が 指状に貫入して(北海道大学水産科学研究院公開 NOAA 衛星画像データ)広がり,その後は混乱期に入る. Ⅲ.2 フェリーによって観測した植物プランクトン量 の変動 フェリー「すいせん」に設置した観測システムには, 植物プランクトンの量的指標であるクロロフィル濃度 を推定するため,クロロフィルが発する蛍光の強度を 測定するセンサーが組み込まれている.第 10 図と第 11 図に前節で述べた水温・塩分と同時に測定した蛍光強 度を,等しい強度の蛍光を発するフルオレッセン・ナ トリウムの濃度(単位:μg/L)で目盛付した結果を示す. 第 5 図∼第 8 図に示した水温・塩分と同様に,横軸が 月単位の時間軸,縦軸が第 2 図に示した航路に沿った 十進緯度である.各年とも,図の下に前節で述た水塊 交替の様子を,優勢な水塊を表す線で示してある. 一般的な傾向を見ると,各年とも植物プランクトン の大増殖(ブルーミング)を反映して 3 月ないし 4 月に 年間の最大値となる.他の期間ははるかに低い 1 μg/L 以下の濃度で推移することが多いが,例えば 2005 年 や 2006 年のように 1 μg/L を僅かに超える濃度が不定 期に出現する年もある. ブルーミングの指標である高い濃度の発現状況を水 塊交替のパターンと合わせて細かく見ると,発現時に 優勢な水塊によって違いがあることが分かる.すなわ ち,ブルーミングが発現した時に沿岸親潮水が優勢で あった 2003 年,2004 年,2008 年,2010 年そして 2012 年にはブルーミングはほぼ全域で一斉に濃度が急増し, また終了も比較的急である.これに対して,親潮上層 水が優勢な 2005 年,2006 年,2007 年,2009 年には緩 やか且つ不均一に増加して時間断面では斑状の分布を 見せ,終了も緩やかである.また,沿岸親潮水と津軽 暖流水が交互に優勢となった 2011 年には,親潮上層 水が優勢な年と同じく,緩やかで不均一なプルーミン グが発現している. 以上のような,優勢な水塊と関係したプルーミング 発現の状況は,発現の機構,発現時の植物プランクト ンの種組成などともに,今後の課題として残る.
Ⅳ
考
察
Ⅳ.1 特異的な低塩分水の拡がり 前章において,この海域が春から夏にかけて親潮上 層水・沿岸親潮水と津軽暖流水に加えて,これらが希 釈されたものが斑状に入り組んだ混乱した海況となる こと,2009 年と 2010 年の夏には広域かつ長期間にわ たって低塩分水が出現したことを述べた.親潮上層水・ 沿岸親潮水と津軽暖流水の周期的交替はこれまでの研 究(大谷,1971)で明らかにされているが,このような 混乱状態となること,とりわけ広域かつ長期間の低塩 分水の出現はこれまで報告されていない.そのため, この節では塩分低下の主要因でと考えられる河川水の 影響について考察する. 第 12 図に北海道大学水産学部練習船うしお丸が 2009 年 6−7 月と 9 月に北海道沿岸海域を航行しながら測定 した塩分の分布を示す.6−7 月の全道一周航海では, 日本海と津軽海峡の対馬暖流水,オホーツク海の陸岸 近くの宗谷暖流水に相当する高塩分域が,また,太平 洋では親潮系水に相当する低塩分域が極めて明瞭に示 されている.ところが 9 月の航海では,岬より東側で は大きな変化は見られないものの,襟岬付近で塩分が 31.0以下と非常に低くなり,襟裳岬から西側の 2 航路 のうち,岸寄りの航路で 31.5 以下の低塩分域が広がっ ている.これらのことから,先に述べた 2009 年と 2010 年夏の広域で長期間にわたる低塩分域の出現は,沿岸 フェリーを用いて観測した道南沖太平洋の海況(木戸和男・大澤賢人・檜垣直幸) 19第10図 フェリー航路に沿った蛍光強度の時間断面図:2003 年∼2007 年.
Fig. 10 Time cross sections of fluorescence intensity calibrated with sodium fluorescein concentration in the unit of μg/L, along the ferry course for 2003−2007. The lines at the bottom of figure for each year indicate the predominant water mass and the confusion term. The spring phytoplankton bloom happens sharp and clearly in years when Coastal Oyashio Water is predominant, and gently and unclearly when Oyashio Upper Water is predominant and Tsugaru Warm Water intrudes unexpectedly in the season of cold water masses.
親潮水あるいは親潮上層水の塩分が低かったのではな く,親潮を流れに例えるならば,観測海域の上流に位 置する襟裳岬以東の河川から流入した淡水が岸沿いに 西に流れ,襟裳岬以西で沖に拡がったのではないかと 推測される. そこで,太平洋に注ぐ主要 4 河川(新釧路川・十勝 川・沙流川・鵡川)の 2003 年から 2010 年における 6∼ 8月の月間流量を計算した結果を第 13 図に示す.他の 3河川と比較して十勝川の流量が常に多いが,特に2009 年と 2010 年は 3 か月とも圧倒的に多く,上述した低塩 分水の出現には十勝川からの河川水流入の寄与が大き かったものと考えられる. 第11図 フェリー航路に沿った蛍光強度の時間断面図:2008 年∼2012 年.
Fig. 11 Same as Fig.10, except for 2008−2012.
第 14 図に(独法)水産総合研究センターが,第 2 図に 示した厚岸沖の観測定線(A ライン)で観測した 2009 年および 2010 年の 7 月における水温・塩分の鉛直断面 図を示す.各年とも 7 月には 50 m 以浅に水温・塩分 の躍層が形成されており,2009 年には沖合に周辺の 同深度と比較すると高温・高塩分で,黒潮から切離し たものと思われる暖水塊が存在する複雑な構造になっ ている.沿岸の河川から流入した河川水は,この躍層 の上部に乗って拡がったものと考えられる.ただし, 同程度の河川流量であった 2003 年 8 月にはこのような 低塩分域は出現していない.このことから,流入した 河川水が何故混合拡散して薄まらなかったか,その機 構が今後検討すべき課題として残る. Ⅳ.2 津軽暖流水の異変 第 7 図において述べたように,2009 年から 2010 年 にかけて津軽暖流水は例年通りにはこの海域に出現し なかった.このことに対する傍証として,第 15 図に 第一管区海上保安本部海洋情報部の海洋速報から,2009 年 7 月から 12 月までの毎月前半の海面水温分図を示す. 等温線のうち,各月の全体的な分布状態から沿岸親潮 第13図 北海道沖太平洋に注ぐ主要河川の 2003−2010 年の 6−7 月における月間流量(国土交通省河 川水質データベース).
Fig. 13 Monthly discharges of the main rivers shown in Figure 2 from June through August in 2003−2010 (Water Information System, Ministry of Land, Infrastructure and Transport, Japan). Large dis-charges of Tokachigawa in 2009 and 2010 are thought to contribute to the formation of the salinity lower than 32.0 revealed in Fig. 7.
第12図 北海道大学水産学部練習船うしお丸の航路に
沿った塩分分布(北海道大学水産学部).
Fig. 12 Salinity profiles around Hokkaido in June−July and September 2009, observed by T/S Ushio−maru, Hokkaido University. The profile in September shows that the waters of low salinity spreads off the coast to the west of Cape Erimo.
第14図 水産総合研究センター観測定線 A ラインの
水温・塩分鉛直断面(水産総合研究センター).
Fig. 14 Vertical sections of temperature and salinity in July
of 2009 and 2010, along the A−line(observed by Fisheries Research Agency). In both years, waters shallower than 50 m are strongly stratified at this section, the upper stream of Coastal Oyashio. The low−salinity waters shown in Fig. 7 are thought to have spread in these surface waters.
水または親潮上層水と,津軽暖流水あるいは黒潮から 切離した暖水塊との便宜的境界と考える等温線を強調 してある.太平洋ではこの等温線の西側と南側が津軽 暖流水,あるいは黒潮から切離した暖水塊の領域にあ たる. 6月には苫小牧沖に境界の等温線があって,第 7 図 では混乱期の状態となっている.7 月以降は,8 月に襟 裳岬南方にまで拡がっている(渦モード:Conlon, 1982) が,そのほかの月は津軽海峡東口から発した等温線は 本州沿岸を南に延びて(沿岸モード:Conlon, 1982)北 海道沿岸には達していない.すなわち,2009年から2010 年にかけての冬には津軽暖流水がこの海域に拡がって いなかったことを示しており,第 7 図の結果とも符号 する.
Ⅴ
まとめ
北海道周辺海域の海況をよりよく理解し,将来的に は海の「天気予報」に地方機関として貢献することを目 的として開発したフェリーに搭載するモニタリング・ 第15図 2009年 6 月∼12 月の海面水温分布図(第一管区海上保安本部海洋情報部海洋速報を改変).Fig. 15 Sea surface temperature around Hokkaido from June through December 2009 modified from the Quick Bulletin of Ocean Conditions, Hydrographic and Oceanographic Department, 1st Regional Coast Guard Headquarters. As same as in Fig. 9, some isotherms are emphasized for convenience as the border between Coastal Oyashio Water and the warm water masses, Tsugaru Warm Water and warm water mass cut off from Kuroshio. In all months, Tsugaru Warm Water flows along Honshu and does not enter the waters off the southern Hokkaido.
システムを利用して,北海道南部沖の太平洋の海況変 動を 2003 年から 2012 年にかけて観測した.その成果 は以下のようにまとめることができる. 1)当該の海域の海況変動に関わる水塊は,隣接する噴 火湾の研究でも明らかにされている沿岸親水,親潮 上層水と津軽暖流水で,基本的には沿岸親潮水と親 潮上層水は晩冬から夏にかけて,また,津軽暖流水 は夏から冬にかけて出現する. 2)春から夏にかけては河川水が加わり,これらの水塊 が斑状に混在するため,この海域の海況とりわけ塩 分分布は極めて複雑なパターンを示す. 3)対象海域の東端,襟裳岬東方の沿岸海域に注ぐ河川, 特に十勝川からの河川水がこの海域全体の塩分低下 に大きく影響することもある. 4)2009年から 2010 年にかけての冬期には,例年出現 する津軽暖流水が出現しなかった. 5)クロロフィル濃度の指標である蛍光強度は,植物プ ランクトンの春季大増殖のため 3 月ないし 4 月に増 加するが,沿岸親潮水が優勢な年は急激,明瞭に変 化するが,親潮上層水が優勢な年は,緩やかで比較 的不明瞭に変化する. 以上の結果は主としてフェリーを利用した表層の観 測データに基づいたものであり,より深い層の情報は ほとんど参照されていない.今後,観測船による鉛直 断面データによる検証が必要である.
謝
辞
この研究を立案・実行するに際しては多くの方々の 協力をいただきました.新日本海フェリー株式会社の 本社および小樽本店・苫小牧支店の皆様,そしてフェ リー「すいせん」の数多くの乗組員の皆様から,モニタ リング・システムの開発計画の段階から観測終了に至 る長い期間にわたって貴重なご助言とご協力を賜りま した.また,第一管区海上保安本部水路部水路課(現 海洋情報部海洋調査課)からは,モニタリング・シス テムの測定値の評価に際し,XBT の運用に多大なご 援助を賜りました。北海道大学大学院水産科学研究院 の磯田豊准教授,地方独立行政法人北海道立総合研究 機構中央水産試験場の田中伊織研究参事,また,当所 環境地質部沿岸地質グループの仁科健二主査には,共 同研究によるモニタリング・システムの開発に際して ご協力いただきました. 皆様に心からお礼申し上げます.文
献
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