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創価人間学論集

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創価人間学論集

〈講  演〉

東京オリンピック・パラリンピックの意義………真田 久…( 1 )

〈論  文〉

死生観の比較文化学の可能性………高橋 正…(…19…)

ジュネットのナラトロジーを用いて分析する村田喜代子の『飛族』における 視点と語りの構造について

 —A.…チェーホフ 、L. トルストイ 、V.…ナボコフの作品と比較して—

………寒河江光徳…(…39…)

渋沢栄一書「夢把」七言軸について………吉田 悟…(…65…)

第 14 号

創価大学人間学会

2021 年3月

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創価人間学論集

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東京オリンピック・パラリンピックの意義

真田   久

日時:2020 年 5 月 21 日(木)午前9時 会場:(オンライン講演)…

〔講演〕

 創価大学の皆様、こんにちは。筑波大学の真田久と申します。本日は創価 大の皆様にオリンピック・パラリンピックの意義というテーマで話をさせて いただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

1.オリンピックとの出会い

 最初に私の自己紹介をしたいと思います。東京都大田区に生まれました。

その後、筑波大学に進み、研究者になり、オリンピックの人類学、オリンピッ

クの歴史あるいは教育的な価値についての社会での実践などについて、関心

を持って研究をしております。その関係で、昨年の NHK 大河ドラマ「いだ

てん」のスポーツの歴史に関わる考証なども行いました。現在は筑波大学の

教授をしています。また大会の組織委員会では参与として文化教育委員会の

委員などを務めております。国際オリンピック委員会(IOC)の研究センター

委員にもなっておりまして、オリンピックの研究について、世界の人々と連

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携をして進めています。また日本スポーツ人類学会の会長も務めさせていた だいております。

 私がなぜオリンピックに興味を持ったのかということですが、最初にオリ ンピックに関わったのが 1964 年のことでした。小学校 3 年生でした。国分 寺市に住んでおりまして、小学校の朝礼で毎回校長先生が話をされたことが きっかけかもしれません。「間もなく、オリンピックが東京で行われて、た くさんの外国人が東京にやってくる。もしかしたら我が小学校にも来るかも しれません。そのときに、グラウンドがゴミで散らかっていたら、みっとも ないのでグランドを綺麗にしましょう。また、東京の街も綺麗にするために 登下校でゴミを拾いましょう」と。これを毎週話されていました。私は当時、

オリンピックがスポーツの祭典だとは知らず、でも、ともかくたくさんの外 国人が来るイベントらしいということが分かったので、友達と一緒に下校す るときにごみを拾った、そういう記憶があります。

 しばらくして大学生になった頃、大学の図書館の書庫で、1964 年首都美化 運動というのがあって、月に 1 回東京の街を綺麗にしようという、そのよう な運動がオリンピックの学習活動として行われたということを発見しまし た。そのときのスライドが、この右側の右上のスライドであります。さらに は聖火リレーをこのとき見に行きました。当時の聖火リレーは、今と違いま して、…白煙がモクモクと出るんですね。白バイが先導して、その後、聖火ラ ンナーと伴走車が瞬く間に走り去っていった記憶があります。聖火ランナー は非常に素晴らしいなとそんなふうに思った記憶があります。これが私のオ リンピックの思い出でありまして、このことがきっかけで、今、皆さんの前 でオリンピック・パラリンピックの意義について話をするということに繋 がっているのかもしれません。

 ロードマップを紹介します。まず、東京 2020 大会の延期が決まりました。

そのことについて確認をしたいと思います。2 点目に、そもそもオリンピッ

クはどういうことをきっかけとして始められたのかということを遡ってみて

みたい。3 点目に、オリンピック・パラリンピックの価値、意義として、そ

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こにあります難民選手団、国を超えた友情、パラリンピック、特にそこで謳 われる多様性も含めて、パラリンピックの価値、さらに東京 2020 大会の形 について、皆さんと考えたいと思います。

2.東京 2020 大会の延期について

 最初は、東京 2020 大会の延期についてです。2020 年が明けまして、箱根 駅伝が行われ、創価大学は大健闘をしましたね。まさかあのときに、東京オ リンピック・パラリンピックが延期になるということは誰も予想しなかった ことと思います。ところが、新型コロナウイルスの感染が、世界にどんどん 拡大し、日本にも及び、その結果、…徐々にオリンピック・パラリンピックの 今年の開催が難しいんではないかという意見があちこちから出てきて、3 月 24 日、日本側と IOC 会長が話し合い、延期することが決まりました。その後、

IOC 理事会でもこれが正式決定となり、ほぼ 1 年延期して 2021 年の 7 月 23 日を開会式とすることになりました。新型コロナウイルスの世界的な蔓延を 克服し、完全な形で開催をしたいと。この「完全な形」というところが非常 に大きな点になります。

 そもそもこの東京 2020 大会のビジョンは、スポーツには世界と未来を変 える力がある、という非常に大きなビジョンです。具体的に、スポーツには それほどの力があることを示そうということです。まさに、このビジョンを 示す格好の場が 2021 年のオリンピック・パラリンピックにもなると言えます。

そのもとで基本コンセプトが3つ挙げられています。1つが、「全員が自己

ベスト」を目指そう。これは、アスリートはもちろんですけれども、大会の

運営、さらには外国からのアスリートや観客を迎えるボランティアたちも最

高のおもてなしをしよう、ということです。2点目は、「多様性と調和」。こ

れはキーになるコンセプトでして、パラリンピックをはじめとして、様々な

障害あるいは差異というものをお互いに理解し合い、そして平和な社会ある

いは共生社会、お互いがお互いを認め合う社会ということを目指して進んで

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いこうということです。3 点目の「未来への継承」は、そういうことを次の 世代にもきちんと受け継いでいこうということです。これが大会のビジョン ということになります。

 そのことに関連して、今年になって大会のモットーが発表されています。

それが” United…by…Emotion” という言葉です。この大会は感動をもとにして 1つになろうという、そういう大会にしたいということです。まさに、この プロモーションビデオも作られており、このオリンピックスタジアムにいろ んな国の人々、いろんな人々が集まってきて、感動を共有しようということ が謳われています。これも大会組織委員会のホームページに載っていますの で、後で見ていただきたいと思います。

 そうした矢先に大会の延期が決まりました。延期されたことで、課題をい ろいろ考えてみました。まずはアスリート、観客、ボランティア、あるいは 役員等の健康と安全の確保ということです。コロナウイルスに感染しないよ うな様々な配慮がなされなければいけません。また、会場を 2021 年も引き 続き確保しなければいけない。中にはずっと継続して確保しておかなければ いけないというものもあります。各自治体では、ホストタウンの交流活動が ずっと展開がされています。500 近い自治体で、各国の選手が各国の人々と 文化、教育、アスリートの事前キャンプ等の交流活動が行われていました。

それが今年こういう形になり、オンラインでの交流活動になったり、延期に なったりしているわけですが、明年も引き続き交流活動が行われるように考 えていかなければなりません。さらに、2021 年の 5 月にワールドマスターズ ゲームズが行われる予定です。これが開催されるかどうかも考えていかなけ ればいけないんですが、それが開催された場合に、オリンピック・パラリン ピックとのより深い連携が求められます。具体的には交通移送システムを初 めとするコロナウイルスの感染防御のための連携です。

 またスポンサーには、このオリンピック・パラリンピックのことを踏まえ

たさまざまな権利が保障されているわけですが、それをきちんと 2021 年も

使えるようにすることが必要になります。オリンピック村、選手村も、大会

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終了後にはマンションになる予定だったのですが、すでに契約も始まってい ますので、そういった様々な課題が出てきます。それらを含めてかかる経費 というのが、おそらく 3000 億円ぐらいになると試算されています。IOC は すでに 800 億円を用意するといっていますが、その残りはどうなるのか。コ ロナウイルスに対する様々な経費がかかってきている中で、オリンピックの 延期のためにさらなる経費がかかる。これをどうするのかという大きな課題 があります。それにつけても、聖火は日本に到着をしていまして、復興の火 として東北 3 県を回った後、現在これは種火になって保管をされているとい う状況です。この聖火を来年リレーで各県を渡していき、そして暗闇からは るか先に見える希望の灯にしようというのが聖火の大きな役割になっていく のだろうと思います。

 IOC のトーマス・バッハ会長は、Olympism…and…Corona というメッセージ を、4 月の下旬に発表しました。これまで例のない大会の延期、近代オリンピッ ク史上初めてのことになりました。連帯、創造性、決意、そして柔軟性、柔 軟な対応が必要であるということを述べています。安全な環境、コストの削 減も考えて、さらには WHO との連携を考えた上で、東京 2020 大会を人類 統合の祭典にしたいと、聖火を「人類の暗闇を照らす希望の光にしたい」と 述べています。まさに IOC 会長としての決意が込められた内容と思います。

この未曾有の危機を乗り越えて、ポストコロナの世界にはスポーツが必要で あることを、オリンピックの価値を通して作っていこうではないかというこ とです。これは国が示しているウェブサイトに載っていますので、興味のあ る人は是非読んでいただいて、さらに意見を募集もしています。私の方にも、

IOC から、日本の若者の意見やコメントを知らせてほしいということですの で、是非ともコメントや意見、感想等を送りたいという人は私宛に英語で書 いて送ってください。

3.オリンピックの起源

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 次に、オリンピックの起源について話を進めたいと思います。近代オリン ピックは、そもそも古代のオリンピックの復興として始まりましたので、そ の古代のオリンピックがどのようにして始まったのか、というところからお 話ししていきます。

 当時の古い文献によると、ギリシャの国々は戦争(内戦も含めて)と疫病 で苦しんでいたとあります。それを終息させるために、デルフォイという聖 地に神託、神の意志を確認に行きます。すると、「戦争をやめてオリンピア で競技祭を行いなさい」というお告げがあった。そこでオリンピアで競走の 競技を行いました。短距離走を 200m ぐらいの距離を走って優勝者を決める という競技が行われ、エリスという都市国家出身のコロイボスというアス リートが優勝しました。これが第 1 回のオリンピアードで、紀元前 776 年の ことでした。つまり、オリンピックのそもそもの発祥は、戦争と疫病の終息 から始まっていたのです。歴史はまさに、今日までそれが引き継がれている ということになります。

 このオリンピックは 4 年に 1 度行われるようになりました。やがてギリシャ の人々がここにゼウス像を作ります。高さ 10 数メートルあるゼウス像で、

古代の人々にとって世界の 7 不思議の 1 つに数えられたものです。聖域のす

ぐ横にこのオリンピアの競技場があります。ここで古代オリンピックが行わ

れたわけです。紀元前 776 年から紀元後 393 年まで行われていたことが分かっ

ています。この間、戦争で中止されることはありませんでした。これはゼウ

スの神を祭った祭典でもあったので、戦争によって血を流すことはできない

ということで、オリンピックが行われている間は、前後含めて 3 ヶ月間、戦

争をしてはいけない、武器を取ってはいけないと、そういう決まりになって

いました。これは、考えてみれば、古代オリンピックはゼウスを祀る巡礼で

はなかったか。こういう解釈もできると思います。古代の 7 不思議の 1 つで

もありましたから、一生に一度はこのゼウス像を見に行きたい、拝みたいと

いうことで、歩いてオリンピアまで人々が集まってくるわけです。どうせな

ら、祭典が行われるときに集まろうということで、4 年に 1 回の祭典は多く

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の人で賑わうようになりました。

 行われた種目は、競走。これは短距離走、中距離走、長距離走がありました。

また、レスリングやボクシングといった格闘技や、やり投げ、円盤投げなど の投てき、幅跳びなどの跳躍もありました。さらには、馬の競技、これは競 馬と戦車競走といって、馬車を 4 頭の馬が引く、そういう戦車競走が行われ ました。さらに、音楽の競技もありました。これは、笛を吹いてその笛の音 が遠くまで綺麗に響く、さらに人間の声、これも遠くまで綺麗に届く、こう いう競技も行われています。これが約 1200 年間、今日の近代オリンピック の 10 倍くらいの長さで行われていたのです。宗教的な意味合いを持ってい たがために、これだけ長く行われたとも考えられています。

 では古代に行われていた競走の競技がどういうものであったのかを紹介し たいと思います。これはネメアという場所で、ここでも古代では競技が行わ れていたのですが、それを復活した競技として、今日も 4 年に 1 回行われて います。

 実は私も 2016 年のネメアの競技祭に出場いたしました。そのときのレー スを紹介したいと思います。12 人が1つの組で走ります。黒い服を着ている 人が審判です。黄色い人も係員でスタート装置を準備します。選手たちの前 に 2 本のロープが置かれます。真ん中の審判がロープを引くとポールが前に 倒れます。そうすると、ロープが落ちてスタートできます。今の競馬のよう なスタートです。不正なスタートさせないために作られた装置で、当時から フェアプレーという考えがあったということです。

 同年代で走ったのですが、2016 年、私は 60 歳で、12 人中 3 位という成績 でした。優勝者にはシュロの枝が渡されます。ギリシャの人が私に握手して くれました。古代の聖火がありまして、ずっと火を絶やしてはならないとい う聖火です。この組で優勝した人は、はちまきを巻いてもらい、シュロの枝 を手に持つことで、自分は勝ったということを他の人に示せるのです。これ が古代の競走です。ちなみにこのネメア競技祭、4 年ごとにやってまして、

今年 2020 年の競技祭は残念ながら来年 2021 年に延期になりました。これは

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誰でも参加できます。インターネットで、Nemean…Games で検索すれば出て きますので、無料で誰でも参加登録できます。ただこの場所に行かなければ いけない。現地集合、現地解散です。ぜひ参加してみたいという人には、来 年の参加をお勧めしたいと思います。

 先ほど、音楽も競技として行われていたと話しましたが、芸術あるいは教 育が、この古代オリンピックには結びついていました。単なる身体だけの競 技ではないということなんです。特徴として裸で競技を行うという慣わしで、

ギムナシオンという競技の練習場では裸で練習を行い、傍らでフルートを吹 いている人もいました。歌の競技もありました。いかにうまく音色を綺麗に 出すかということを競う競技でした。古代のオリンピックでは、この競技に 勝った人は名前が刻まれて優勝者リストに入っています。こうした裸のアス リートが競技を行うのを芸術家たちが放っておくわけがありません。芸術家 たちも集まってきて、彼らの美しい、鍛え上げられた青年の像を作っていき ます。その中で有名なものがミュロンという人が作った円盤投げアスリート 像です。さらには、ポリュクレイトスが作ったやり投げのアスリート像、こ うしたものが作られていき、これらは理想的な身体美を示していると。八頭 身で鍛え上げられた肉体と、しかしその一方で、粗暴さはない、品格が漂っ ている、内面的な美しさも合わせ持っているということで称えられた、そう いう像でもあります。

 このような古代オリンピックというものから東京 2020 大会を考えていく と、戦争と疫病からの解放という意義は今日にも受け継がれていくべきもの だと思います。また、文化・芸術とともに昇華されて発展をしていったとい うことがわかります。紀元前 776 年から 4 年を 1 オリンピアードとして進ん でいきます。ということは、4 年間は、開催都市は責任を持たなければいけ ないということかと思います。その 4 年がいつかといいますと、今年の 1 月 から始まっていて、2023 年の年末までということになるわけです。

 さて、ここでちょっと問題を出したいと思います。紀元前 776 年からの 4

年間が第 1 オリンピアードでした。そこから数えると、2021 年は第何オリン

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ピアードに当たるでしょうか。ちょうどいい数字なのです。数学の得意な人 はさっと計算して分かるかと思いますが、これは第 700 オリンピアードなん です。ちょうど 2021 年度は第 700 オリンピアードの第 1 年目に当たります。

それぞれのオリンピアードの第 1 年目にオリンピアで競技祭を行うという決 まりでしたので、2021 年にオリンピックが行われるということは、古代オリ ンピックの原点に戻ると、ちょうど第 700 回という、まさに転換点に当たる ことを示していると思います。

4.オリンピック・パラリンピックの価値

 次に、オリンピック・パラリンピックの価値という話をしたいと思います。

ここでちょっと、…聖火リレーについての Web サイトを紹介したいと思いま す。実は私この 1 月に、女優の石原さとみさんと聖火の歴史について対談を いたしました。その様子がこのサイトに載っています。石原さとみさんは創 価高校のご出身でもありますね。非常に聖火について関心が深く、聖火リレー のアンバサダーとしても活躍されている方でもあります。是非とも見ていた だきたいと思います。

 コロナウイルス、これは人々を分断しているといえます。国と国はもちろ んですが、ソーシャルディスタンス、あるいはフィジカルディスタンスをとっ て、人と人との間も距離を保たなければいけない。県と県をまたぐこともあ まり好ましくないと言われていまして、さらには国際線の飛行機は今ほとん ど飛んでいないということで、まさに人々、国と国を分断していると言って いいかと思います。それに対して、このオリンピック・パラリンピックとい うのは、連帯、人と人とを繋ぐ、国と国とを繋いでいくという価値があると 思います。その中で、大会そのものは、アスリートの素晴らしいパフォーマ ンスが披露されますので、卓越を示し、さらにパラリンピックを通して多様 性というものを示していくものです。これが大まかに言ってオリンピック・

パラリンピックの価値であると思います。

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 ここで特筆すべきは、国を失った人々に対して、オリンピック・パラリン ピックが開かれているということです。難民選手団です。前大会リオデジャ ネイロのオリンピック・パラリンピックでは、10 人の選手が難民の選手でし た。エチオピア、南スーダン、シリア、コンゴ民主共和国出身でそれぞれの 国を追われ、そしてどこか別のところに退避をしているアスリートです。も ちろんレベルは国際レベルの力を持っているのですけれども、その彼らが難 民選手団として初めてこの 2016 年に参加しました。なぜこの選手団が参加 したのか。これは、まさに自他共の幸福という創価教育学を作られた牧口常 三郎先生の考えと共通するものだろうと思うわけです。難民は現在 6500 万 人以上いると言われています。そうした、母国を失って、母国を離れている 人々に対して、スポーツは希望を与える、また真摯な健康も与え、そしてコ ミュニティの架け橋となるだろうと。国ではなくてもいろんなコミュニティ があります。そのコミュニティ同士を繋いでいく。まさにオリンピックムー ブメントと難民たちという、こうした人々を繋いでいく、それによってお互 いが幸福になっていくということです。まさに、自他共の幸福です。国連難 民高等弁務官を務めた緒方貞子さんはこう述べています。「文化、宗教、信 念が異なろうと、大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分の国だけの平 和はありえない。世界は繋がっている」と。まさにスポーツを通して難民も アスリートも繋がっているということを示すために、難民選手団が結成され たのです。

 シリア出身のマルディニさんという競泳 100m のアスリートは、シリアか らギリシャに船に乗って脱出をいたしました。その途中で、エンジントラブ ルで船が止まってしまいます。どうしたかといいますと、お姉さんも競泳選 手なので、2 人で海に飛び込み、その船を押したのです。彼女たちの泳力で 船を押し、そしてギリシャまで辿り着いたと、そういうアスリートです。

 エチオピア出身のギンドさんはマラソンに出場した選手ですが、東京 2020

大会も目指しています。彼はもしも東京 2020 オリンピックに出場できたな

らば、かつてエチオピアから出たマラソンランナー、アベベ・ビキラ選手に

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ならい、最後は裸足で走ってゴールしたいと述べています。アベベ・ビキラ 選手は東京大会の前のローマ大会で、裸足で走って優勝し、東京オリンピッ クでも優勝して二連覇を成し遂げたマラソンランナーです。その偉大な先輩 に繋がりたいという思いを述べています。こういう選手が難民選手団として 出場する可能性があるわけです。

 IOC はこの難民選手団の概要を発表しています。今度は 37 選手を 8 競技 に出場させたいとのことです。前回は、3 競技に 30 選手でした。それを増や したいということですね。国もいろんな国になっています。現在、難民を受 け入れている国から、こういう選手を出したいということで、オーストラリ ア、ベルギー、ブラジル、ドイツ、イスラエル、ヨルダン、ケニア、ルクセ ンブルク、ポルトガル、オランダ、トルコ、そしてイギリスが申し出ています。

残念ながら日本は入っていません。その概要は、この 6 月に発表したいとい うことです。これがどうなるか、このコロナウイルスによる大会そのものの 延期によって、これも延期される可能性があります。しかし、東京 2020 大 会でも難民選手団が参加し、世界の連帯と平和を呼びかけることの意義は大 きいのです。

 次に、国を超えた友情アスリート。個人個人の友情という面を見ていきた いと思います。まず、北京で行われたオリンピック。2008 年 8 月 8 日に開会 式が行われました。その時、大きな事件が起きます。ロシアとジョージアが、

あろうことか、この開会式のときに戦争状態になってしまったのです。その すぐ後に射撃の競技が行われました。女子のエアピストルの種目で、ロシア のパデリナ選手が銀メダルを獲得。ジョージアのサルクワゼ選手が銅メダル を獲得します。この 2 人が表彰台に並んだわけです。その後メディアはこぞっ て質問をします。母国同士がそれぞれ戦争になってしまった、それについて どう思いますかと聞いたわけです。そうすると、このように答えました。「2 人の友情には何も立ち入ることはできない」、「スポーツは政治を超えること を証明したい」と。これが、スポーツはまさに政治を超えるということで、

全世界に発信されました。

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 次に、これは思い出にまだ残っている方も多いと思いますが、リオデジャ ネイロ大会での出来事です。陸上女子5000メートルでした。予選でニュージー ランドのハンブリン選手とアメリカのダゴスティノ選手が接触して 2 人とも 転倒してしまいます。まず、このダゴスティノ選手がハンブリン選手を助け る。助けた後、今度はダゴスティノ選手が走れなくなってしまったんです。

それを今度はニュージーランドのハンブリン選手が助けて、何とか助け起こ し、そしてそれぞれがゴールに向かう。ゴールでは先にゴールしたハンブリ ン選手が、ダゴスティノ選手を抱きかかえるようにして迎えました。国を超 えて 2 人の友情というものが見事に示されたシーンでした。

 また、平昌 2018 年冬季オリンピックでもこうした光景がありました。こ れも皆さん、記憶に新しいことだと思います。日本の小平奈緒選手と韓国の 李相花(イ・サンファ)選手です。スピードスケート 500m 女子決勝です。

そこで小平奈緒選手が優勝をして金メダルを獲得。韓国の李相花選手、それ まで 2 連覇を成し遂げていて、3 連覇を目指していたんです。しかしタイム がわずかに及ばず、銀メダルになりました。そこでちょっと残念な姿を見せ て競技場を、国旗を持って滑っていたんですが、そこに小平奈緒選手が寄っ てきて「素晴らしい滑りだった」と、「私は今でもあなたを尊敬している」

といって、抱き寄せて、抱きかかえて 2 人で競技場を周るという姿がありま した。これが賞賛されたのは、この前の出来事から繋がっていて、実は小平 奈緒選手が滑った後、素晴らしい記録、36 秒台を出した。素晴らしい滑りを 見せたわけです。そうすると、観客がどよめきます。素晴らしいということで、

みんな総立ちになって拍手を送って歓声が沸き起こった。その後、小平選手 が静かにするようと口元に指を持っていったわけです。これは、この後、李 相花選手が滑る、まず彼女に素晴らしい滑りをしてもらいたいということで、

プレッシャーにならないように静かにするようにと観客に示したジェス

チャーでした。この行為そのものが非常に素晴らしい、ということで韓国で

も絶賛されたわけです。当時、日韓関係はあまり良くなかった状況で、それ

ぞれの国で称賛された行為でした。

(15)

 もっと前のことですが、東京オリンピック 1964 年の次に行われた 1968 年 のメキシコシティのオリンピックでのことです。陸上男子 200m 走での出来 事でした。アメリカのスミスが優勝をします。同じアメリカのカルロスが 3 位に入りました。それで、表彰台に上がると、この 2 人は黒い手袋で拳を高々 と上げて、黒人差別に対する抗議のジェスチャーをしたんです。当時、68 年 にキング牧師が暗殺され、黒人差別が相変わらずアメリカでは続いていまし た。黒人の子どもがレストランに入ろうとしたら、白人の店主から追い出さ れ、棒で殴られるという痛ましい光景もありました。しかし、こうした黒人 差別に対する抗議行動をしたことに対して、IOC はこの 2 人を処罰します。

選手村を追放するのです。さらに、アメリカオリンピック委員会に圧力をか けて、「この選手を除名するように」と迫り、アメリカオリンピック委員会 はこの 2 人を除名します。

 さて、その時に 2 位だったオーストラリアのピーター・ノーマン選手はど ういう態度をとったでしょうか。彼は白人の選手です。2 人の黒人選手に賛 同したのか、特に何も示さず保留だったのか、あるいは反対の意思表示をし たのか。その答えは、胸にバッジをつけて表彰台に立ったのです。そのバッ ジは、OLYMPIC…PROJECT…FOR…HUMAN…RIGHTS というバッジで、当時 の黒人の選手たちが作った、人種差別に対して抗議する意味合いのバッジで した。ノーマン選手はこのバッジをつけて表彰台に上がっているのです。つ まり、差別への抗議に賛同する意思表示です。

 これによって、実は、彼もその後の選手生活に大きな影響を受けます。

IOC によって好ましからざる行為という注意を受けます。彼は 200m 走でオー

ストラリア最初のメダルを取った優秀なアスリートです。しかし、実際オー

ストラリアからは表彰を受けない。次の 1972 年ミュンヘン・オリンピック

を目指してトレーニングに励み、13 回標準記録を突破します。しかし、オー

ストラリアのオリンピック委員会は彼をミュンヘン・オリンピックの選手に

選ばなかった。それで、200m の選手は誰もいないということになってしま

いました。その彼は、その後はうつ病になったり、アルコール中毒になったり、

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なかなか大変なこともあって、2006 年この世を去ります。その後、2012 年、オー ストラリア連邦議会は、彼に対して謝罪を行います。「不当な差別を彼にし てしまった」と。そこで、2018 年になってオーストラリア・オリンピック委 員会は、ようやく彼を表彰します。彼が逝去した時、彼の葬儀が行われました。

その葬儀に、アメリカの 2 人の黒人選手がかけつけました。そして彼の棺を 持つ役に自ら名乗り出て、彼の棺を持って葬儀の参列を果たしました。2 人 はノーマン選手のことを、68 年の表彰時に、” I’ ll…stand…by…you” ,…つまり、 「あ なた方を支持する」と言ってバッジをつけてくれたんだと。自分たちは生涯 忘れないということを述べて、棺を担ぐ役を担ったのです。これは、”

SALUTE”(サリュート)という映画にもなっています。まさにこれも、国 を越えた友情を示していると思うのです。

 次に、パラリンピックについてです。ロンドンのパラリンピック 2012 年、

100m に出場し、金メダルを取った J. ピーコック選手についてお話しします。

彼が、スポーツにどんな影響を受けたのか、また、生きることの意味は何な のかという質問に何と答えていたか。まず、スポーツの影響については、「自 分自身を受け入れることを可能にし、人々に自分は変わっていないというこ とを理解させられた」と。そして、生きることの意味は「後悔しないこと、

どの瞬間においても熱狂すること」というふうに、ピーコックさんは答えて います。この言葉はストークマンデビル病院というパラリンピック発祥の病 院に掲げられています。

 また、ホィールチェア・ラグビー(車いすラグビー)の N. マグロイン選手。

パラリンピックには出られなかったけれども、イギリスの代表になっていま す。スポーツの影響は「脊髄損傷で多くを失った。でもラグビーは私にある ものを返してくれた。それは熱中するということ」と。人生の中において、

熱狂する、熱中する、これは非常に尊いということを、この 2 人のパラリンピッ クアスリートは述べています。生きることの意味は、「毎日好きなことをや ること。不幸に出会った時、沈むか泳ぐかしかなく、私は泳ぐほうを選ぶ」

というように、マグロインさんは答えています。パラリンピック選手の、非

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常に深い思いがここにあると思います。こうしたものを、パラリンピックは 見せてくれるわけです。

 ここで、ある動画を紹介したいと思います。”… We’re… the… Superhumans”… と いう動画で、イギリスのチャンネル4というテレビの制作会社が作った映像 です。障害がある人でも何も変わりはない、むしろ優れている人もたくさん いるということがよくわかります。パラリンピックが楽しみになる動画です ので、ぜひ見ていただきたいと思います。

5.東京 2020 大会の形

 最後になりますが、東京 2020 大会の形についてです。第 32 回オリンピッ ク競技大会が 7 月 23 日から 8 月 8 日まで、42 会場で行われます。33 競技と いう、オリンピック史上最も多い競技数になりました。新しい競技がそこに 出ています。野球・ソフト、空手、サーフィン、スポーツクライミング、スケー トボード。若者に人気のあるものもたくさん入っています。それから日本で 馴染みの深いスポーツも入っています。パラリンピックは 8 月 24 日から 9 月 5 日にかけて、21 会場で 22 競技が行われます。合わせて 55 競技が行われ ることになります。同時に、先ほど言いました第 700 オリンピアードという 大きな転換点、また、コロナウイルスの関係なども考えて、2020 大会以降の 形というものも踏まえていかなければならないと考えています。連帯、平和、

これは復興の意味も込めての平和ですね。東日本大震災からの復興のみなら ず、社会的なコロナウイルスからの復興という意味も加わっていくと思いま す。そして、健康、多様性というものを踏まえつつ、やはり規模というもの は縮小していく必要があるのだろうと思います。

 また、現状の持ち回り開催というものも考えていく必要が出てきたのでは

ないか。分散開催、これは既に IOC は徐々に進めつつあるのですが、今は基

本的に1つの都市で開催していますが、それが非常に難しくなってきている

ので、都市を複数にしてもよい、あるいは国をまたいでもよい、という方向

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になってきています。さらに、これまでもしばしば出てきた案なのですが、

恒久施設を作ったらどうか、ギリシャにオリンピックを行う恒久施設を作る ことで、4 年ごとに多額な経済的支出や環境への影響も小さくすることがで きるのではないか。こういうことも考えていく必要があるかもしれません。

同時にスポーツイベントの統合です。いろんな競技で世界選手権が行われ、

そしてオリンピック・パラリンピックが行われています。その結果、年間の スケジュールが過密なくらい、国際的な競技会が行われている。それを統合 することで、より柔軟な大会の開催が考えられるのではないか。さらに e ス ポーツ、あるいはリモート競技の模索、これも IOC では既に考えられてきて おります。e スポーツについてもオリンピックやパラリンピックの理念に基 づいたあり方というものを考えていく。さらにまた、リモート競技、これは 分散開催にも繋がるかもしれませんが、遠隔でそれぞれ競技を行い、争うと いうことは可能なわけですね。こうしたあり方というもの考えていくことに なるだろうと思います。

 さらに、重要なのは開催時期です。猛暑のこの夏の期間を避けるべきでは ないか、これをこの機会に考えていくべきだと思うのですが、こうしたこと を、このコロナウイルスと 700 オリンピアードをきっかけに大きく変えてい くということが、この東京 2020 大会、なかんずくその開催地の青年に課せ られたミッションではないか、こう考えます。そして、そういう流れを踏ま えつつも、明年 2021 年、東京オリンピック・パラリンピックを開催する形 について考えてみていただきたいと思います。コロナパンデミックは終息す ると信じていますが、ワクチンが開発されて、世界に行き渡るまではいかな い、完全に危険性が拭い去れない可能性のほうが高いと思うのです。その場 合、どのように大会を開催するべきなのか。アスリートあるいは観客の安全 性を考え、観客はどのくらいの規模で入れたらいいのか、競技会場を分散で きるとしたらどのようにしたらよいのか。リモートが可能なのか。はたまた、

そこまでの安全性が確保できなかった場合、再延長するべきなのか。さらに

は中止という選択はどうなのか。こういうことをやはり私たちは考えなけれ

(19)

ばいけないと思います。

 そこで、若い、斬新な考えを持っている皆さん方に是非とも考えていただ きたいと思います。こちらは日本語で結構ですので、我こそはと思う人はこ ちらに送っていただきたいと思います。その意見をまとめて組織委員会また IOC に直接繋げたいと思っています。

 以上で私の講義を終わりにしたいと思いますが、最後に参考文献を紹介し ます。東京 2020 大会ホームページには、先ほど紹介したオリンピック・パ ラリンピックの理念やビジョンが示されていて、動画教材もたくさんありま すので、見ていただきたいと思います。また、日本オリンピック委員会も、様々 な活動を行っています。さらには国際オリンピック委員会 IOC、最近はオリ ンピックチャンネルというところが、動画等を通じて様々なメッセージを配 信しています。こうしたものを見て、今日のオリンピックムーブメントの動 きを見ていただきたい。同時にまた、パラリンピックのほうも見ていただき たいと思います。文献はこちらにあるように、『オリンピック・パラリンピッ クを学ぶ』、岩波ジュニア文庫で今年出た本があります。また私の『嘉納治 五郎』、これは日本のオリンピックムーブメントの歴史で、忘れてはならな い人物、また自他共栄という牧口先生の自他共の幸福に相通じる考えを表明 した教育者・国際人という視点で書いたものであります。これも、参考にし ていただければと思います。さらには、『オリンピック・パラリンピック残 しておきたい物語』というのが、やはりこれも今年出ています。様々なアス リート達のストーリーが紹介されていますので、こうしたものも参考にして いただければと思います。

 以上で、私の講義を終わりたいと思います。ご静聴大変にありがとうござ いました。まだまだ大変な時期が続くかもしれませんが、これを乗り越えて、

素晴らしい学生生活にしていただきたいと思います。

(20)

【参考文献】

東京 2020 大会ホームページ https://tokyo2020.org/ja/

日本オリンピック委員会 https://www.joc.or.jp 国際オリンピック委員会 https://www.olympic.org

後藤光将編(2020)『オリンピック・パラリンピックを学ぶ』岩波ジュニア文庫 真田久(2018)『嘉納治五郎』潮文庫

佐野慎輔・佐藤次郎・大野益弘(2020)『オリンピック・パラリンピック残しておきた い物語』笹川スポーツ財団

【講師紹介】

真田久(さなだ・ひさし)。筑波大学体育系教授。元体育専門学群長。専攻はスポーツ 人類学、オリンピック史研究。筑波大学大学院修了。博士(人間科学、早稲田大学)。

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会参与。IOC オリンピック研 究センター選考委員会委員。2019 年度 NHK 大河ドラマ「いだてん~東京オリムピッ ク噺~」スポーツ史考証担当。著書に『気概と行動の教育者 嘉納治五郎』(共著、

筑波大学出版会、2011 年)、『19 世紀のオリンピア競技祭』(明和出版、2011 年)、『嘉 納治五郎』(潮文庫、2018 年)などがある。

(21)

死生観の比較文化学の可能性

高 橋  正

1. 序論 1.1 論文の目的

 世界には多くの死者の祭祀が存在する。日本にはお盆があり、欧米ではハ ロウィーンや万霊節、メキシコでは死者の日、中国本土では清明節の行事が ある。台湾では中元節

1

があり、日本のお盆とよく似た祭祀がある。これら の祭祀はそれぞれの国で非常に重要な年中行事となっており、多くの人々が 各国の伝統にしたがってこの祭祀を執り行っている。清明節の除く、他の3 つの祭祀に共通するのは、死者がこの世の戻ってくるという観念である。し かし、それぞれの祭祀の基盤である仏教やキリスト教では、死者がこの世の 戻ってくるという教義はない。仏教では亡くなった人は 49 日でどこかに転 生して別の生を生きている。あるいは、極楽浄土にいて幸せに暮らしいるは ずである。…キリスト教のカトリックでは、煉獄にいて罪を償い、その後、最 後の審判まで土の中で眠っている。プロテスタントでは神の御許にいるはず である。

 死者の祭祀がこのような矛盾を抱えた理由は、お盆では日本古来の死生観

が中国から導入された仏教や儒教の死生観と衝突した結果である。また、ハ

ロウィーンでは、アイルランドのケルト民族の祭祀がその起源であり、ハロ

ウィーンの夜は危険で死者がこの世の戻ってくる日でもあった。カトリック

は、この日の翌日を万聖節に定めて殉教者を記念する日とした。メキシコの

(22)

死者の日は、土着宗教の死者追悼儀礼の影響を受けている。土着宗教の死生 観に仏教やキリスト教の死生観が重ね合わされていることによって矛盾が起 きている。それはまた土着宗教の死生観が根強く残ることを示している。こ のように多くの死者の祭祀は、土着の宗教の上に世界宗教が重なるという二 重構造を持っている。

 この小論の目的は、このような矛盾をはらんだ世界の死者の祭祀の二重構 造を分析する枠組みとして、死生観の比較文化学ともいうべきものを提案し、

二重構造の死生観形成過程のモデルと分析の観点を示すことである。

1.…2 この論考における死生観の定義

 死生観とは、生きることと死ぬことについての考え方であり、生きていく 上で重要な判断をするときの指針となるものである。死は生の世界に大きな 影響を与える。 死後どうなるかということは、人間の生き方に制約を与え るからである。

 土着宗教では、死に関して教義という形では明確に示していない場合が多 く、死についての教義とは言わず、生死をどのように捉えていたかという意 味で「死生観」という言葉を使う。仏教やキリスト教など世界宗教と呼ばれ るものは比較的明確に死や死後の世界について語っている。さらに生者がい かにして死者を祭祀するかを教えてくれる。宗派によって異なる細かな死の 教義にはとらわれず、その宗教の持つ一般的な生死の考え方や捉え方という 意味で「死生観」という言葉を用いる。従って、ここで扱う死生観は、一人 の人間がどのように死を受け入れて、乗り越えて、どのような生き様をした かという個人的な生死についての考えではない。

人々が共通して抱いている死生観がその人々の文化事象として現れる。土着

の人々の死生観は典型的には世界宗教側の葬儀や埋葬の儀礼の中に現れてい

る。…さらに、葬儀・埋葬の儀礼だけではなく、日常生活の多くの慣習や言説

の中に人々の死生観が現れている。

(23)

1.…3…文明レベルの死生観

 世界宗教が文明と強い関係があるので、世界宗教の死生観は文明レベルの 死生観と言い換えることができる。ハンチントン (1996) は、文明は世界の主 要な宗教と結びついていると考えており、文明は、最も範囲の広い文化的ま とまりであり、文明は人を文化的に分類する最上位の範疇であると定義して いる

2

。ハンチントンに従うと、世界宗教よって分類された文明は、それぞ れの文明の死生観を持っていることになる。死生観の違いを文明レベルで語 ることが可能である。

 唯一神教では、神が示した戒律を厳守することで死後の幸福な生活が保証 される。しかし、人間は弱い生き物であるために、戒律を守ることができない。

犯した罪を償う仕組みが必要となり、カトリックでは教会がその役割を果た すようになる。人々は毎週教会に通い、懺悔をするという慣習が成立する。

 イスラームでは、人々に死後の天国と地獄を示して、天国に召されるため に守るべき戒律が生活の細部まで及ぶ。イスラームでは豚肉をタブー視して、

飲酒も禁じられる。戒律を守った者や殉教者は天国での永遠の幸福が保証さ れる。

 ヒンドゥー教では、生きている時のカルマが転生したときの因となり、次 の生の結果となる。ヒンドゥー教の聖典の1つであるマヌ法典には、動物の 肉を食べた者は、それが原因となって、来世ではその動物に食われてしまう と説いている

3

。インドでは菜食主義者が多いのは、根底にこのような死生 観を持っている人が多いからである。このように、文明による死生観の違い は、宗教行事や文化現象に大きな違いを生み出している。

2. 死生観の比較文化学

 1.1 節で述べたように、死生観に係る行事には矛盾を抱えたものが多くある。

この矛盾は土着文化の死生観と世界宗教の死生観との相互作用によって形成

された二重構造の結果である。したがって、次のような死生観に関わる祭祀

の基本モデルを想定することができる。

(24)

2.…1……基本モデル

 現在の死生観に係る諸民族の行事や祭祀は、諸土着民族の死生観(B)の 上に、世界宗教であるキリスト教の死生観や仏教・儒教の死生観(A)が重 なり、両者の相互作用の結果(C)である。その相互作用を次のように図式 化できる(図1)。世界宗教の変容… /… 土着宗教の慣習・死生観の残存は、現 在の死者の祭祀の中に見出すことができる。D は、文学、映画、アニメ、演 劇などフィクションの世界で、あるいは、急速な社会の変化に伴って、生み 出される新たな死生観を想定している。死生観はすでに成立した静的なもの ではなく、常に変化する動的なものである。この図は、特定の時における死 生観の比較文化学で検討していく項目とその相互関係を示している。

図1

 死生観の比較文化学では、図1の A と B の死生観を記述し分析してその 両者の死生観の違いを明確にすることから始まる。A と B が分からなければ、

C の内容を検討することができないからである。A の世界宗教というのは、

キリスト教、イスラーム、仏教、儒教である。儒教は中国だけではなく、東 アジアや東南アジアの一部に浸透しているので世界宗教扱いにしている。こ れらの世界宗教がどのような死生観をもっているかはすでに明らかになって いる場合が多い。Bは世界宗教を受け入れた土着民族が本来持っていた死生 観である。ここでは民族という言葉を用いているが、民族を規定することが 難しい場合もあるので、特定の文化・習俗・言語を共有している人々である。

そのような人々がその土地で長年受け継いできた宗教が土着宗教であり、そ の歴史の中で世界宗教を受け入れたのである。

世界宗教の死生観 A

土着宗教の死生観 B

① ②

③ ④

現在の各文化圏の死生観とそ れに関わる文化現象 C

=世界宗教の変容 / 土着宗教 の慣習・死生観の残存

新たな死生観の

(フィクションの 創造D

世界・社会の変化)

(25)

 世界宗教と土着宗教の2つの死生観が出会ったときに何が起こるかを示し ているのがとのプロセスである。このプロセスは土着の民族が世界宗教を受 けいれた時に起こる作用で、多様で複雑な相互作用である。例えば、阿部

(2013)では、ヨーロッパ中世初期において、ゲルマン民族の本来持ってい た死生観が、カトリック教会によってどのようにして変更させられていった かを明らかにしている

4

。怨念を持った死者がこの世に復讐のために舞い戻っ てくるというゲルマン民族の考えは、人間は死後、煉獄へ行き生者の祈りに よって救われて天国に行くというキリスト教的死生観へと変化していく。こ の例では、世界宗教側(キリスト教)は、各土着民族(ここではゲルマン民族)

の宗教に抑圧的な態度で臨んでいたことがわかる。には、世界宗教側がどの ような態度で臨んだかという要素も含まれる。図1の上から下への矢印①は、

世界宗教側の上からの影響力や改宗を強制する力、したがって、死生観変更 の圧力を示す。

 土着宗教側もそれへの反応・対応がある。下から上への矢印②はその反応 を表わしている。各民族が古くからもつ死生観は、外来の世界宗教の死生観 に対して強い抵抗を示す傾向がある。その民族の持つ本来の死生観は現在の 葬送儀礼や死に関する祭祀の中に表出される。現代社会における生と死に関 する考えや慣習は、この2つの勢力のせめぎ合い①と②の結果である。

 日本の場合は、のプロセスが抑圧的なものでなかったと思われる。仏教を 信奉する人たちが大挙して押し寄せたわけではなく、日本から中国に学僧を 派遣して、当時の先進国中国で仏教や儒学を学んで持ち込んだからである。

仏教を導入した時には崇仏派と廃仏派の対立はあったものの、飛鳥・奈良時 代に国家を運営する基本精神として日本に適合するように仏教を取り入れ た。それは抑圧的なものではなく、新国家の指導原理とするべく仏教や儒学 を積極的に採用したのである。

 日本における盆行事の始まりは、天皇家の先祖祭祀を仏教の教えに従って

行ったときである。日本書記 推古天皇 14 年(606 年)に次のような記事が

ある。

(26)

「この年より初めて、寺ごとに4月8日、7月 15 日に設斎(おがみ)す」 

 7月 15 日の設斎とは「盂蘭盆会」のことである。当時は、聖徳太子が摂 政で有力豪族蘇我氏が熱心な仏教徒であった

5

。天皇家の盂蘭盆会が次第に 貴族や武士へ、さらに一般の民衆へと広がっていき。現在の盆行事へと発展 した。盆行事の根拠となる盂蘭盆経には死者がこの世に戻ってくるという教 えはないので、民衆へと広がっていく過程で、死者のこの世への回帰という 観念が導入されたと思われるのである。

 図1の③の矢印は、両者の相互作用の歴史的変遷を表している。土着民族 の死生観と世界宗教の死生観の相互作用の在り方は、特定の民族の置かれた 歴史的状況によって異なる。世界宗教を広める人々と土着民族との社会的関 係によって相互作用の在り方は変化する。どのような相互作用があったかと いうことは現在の各文明圏の死生観とそれに関わる文化現象(C)の理解に 不可欠なものである。歴史的変遷では、近代化、西欧化、世俗化、都市化、

商業化が重要な要素となる。③の歴史的変遷を調査することによって、世界 宗教の死生観がどのように変容したのか、また、その文化圏の死生観のどの 要素が本来の土着宗教の慣習によるものかを知る手がかりとなる。

 図1の「現在の各文化圏の死生観とそれに関わる文化現象 C」では、各文 化圏の人々の土着の死生観が現代社会の中にどのような形で表れているかを 検討する分野である。例えば、日本の盆行事において、先祖が自分の家に帰っ てくるという観念は仏教には本来なく、日本の古来の死生観を仏教行事の中 に組み込んだものである。それは世界宗教の1つである仏教の変容であり、

日本的仏教の形成を意味する。これを逆の方向から見れば、日本古来の死生 観の残存と捉えることができる。

 世界宗教側の変容は、日本ではキリスト教の教会でのペットの葬儀の中に

みられる。日本人は、動物や植物にも生命が宿っているというアニミズム的

な思考傾向を持っている。仏教寺院では犬や猫のペットの葬儀を行い、その

魂を弔う。それに対して、キリスト教では、動物には魂はないので教会では

ペットの葬儀は行なっていなかった。しかし、数年前から日本のキリスト教

(27)

会の中にペットの葬儀を始めているところがある

6

。ペットの葬儀が正当で あることを示すために、聖書の言葉の解釈を変更しているのである。動物に も魂が宿るという考えは日本の神道的な生命観であり、その考えが外来のキ リスト教のペット葬儀の在り方に変化をもたらしたのである。

 E の新たな死生観の創造の分野は、世界宗教と土着宗教の接触が、グロー バルな規模で起きている現在において、どのような新しい死生観が生み出さ れ、それが社会の中でどのような形で表れているかを検討する。④の矢印は 新しい死生観が生み出されるプロセスを示す。そのプロセスを探求する分野 の1つはフィクションの世界である。文学・演劇・アニメ・漫画では、人の 生と死をテーマにした作品の中で作者独自の死生観が表現されたりする。科 学の進歩によって、旧来の死生観を信じる人が少なくなり、現在にふさわし い新たな死生観が生み出されている可能性を検討する分野である。例えば、

インターネットの発達は、目の前の PC 画面に世界中から一瞬のうちに、映 像などを、音声とともに映し出す。このネットワークは現世だけでなく、あ の世ともつながる可能性がある。AI の知能は、電子信号の裏に、死者の霊 力や怨念を仮想することもできるのである。

 ある作品の死生観には、作家が本来持っていた土着の死生観が、現代を舞

台にして新たな形で示されている場合がある。日本では、生きている肉体を

離れた魂は平安時代以来生霊と呼ばれてきた。人間の命は魂と肉体に二分さ

れて、魂が本来の自分の体から抜け出て他の人に取りつくことができる。源

氏物語の中では、強い嫉妬心を持った六条御息所の生霊は光源氏の妻や恋人

を呪い殺してしまう。魂と肉体の分離と魂の他者への乗り移りは、2016 年に

公開された新海誠監督の『君の名は』というアニメでは、物語の重要な部分

を占めている。四葉と瀧という二人の高校生の体が入れ替わるという現象が

起きるが、その現象は、体はそのままで魂が入れ替わったと言える。入れ替

わりの間の出来事は四葉や瀧の体が体験していても記憶には残らないという

設定になっている。さらに、同時代の男女の高校生に起きたのではなく、3

年間の時間のズレの中で起きるのである。瀧と入れ替わっていた四葉は3年

(28)

前の四葉であり、瀧との入れ替わりが起きた時には、四葉は自分の住む村に 彗星が落下したためにすでに死亡していたのである。ここでは魂の入れ替わ りが時間を超えて起きている。四葉に乗り移った瀧は、懸命の努力をして彗 星の落下から四葉をはじめ村人たちを救う。その結果、四葉が死んだ世界と 生き続けている世界の2つの世界があり、パラレルワールドがあることが物 語の中で示唆される。四葉と瀧が同時に逢うことのできるのは、黄昏時の山 の上である。黄昏時はこの世と異界との境界が曖昧になるときであり、出会 う場面が山の頂であるのは、日本に古くからある山上他界説を思わせる。ア ニメ『君の名は』では、魂と肉体の分離という日本の旧来の死生観の上に、

魂の入れ替わりやタイムスリップの要素を加味して、人間の死を乗り越えよ うとする新たな死生観が示されている。

 フィクションとは異なる分野では、都市化や核家族化などによる新たな社 会の変化が既存の死生観に変化をもたらしていることをあげることができ る。かつては家が中心で、長男が後を継ぐ田畑があり、そこには先祖代々の 墓や村落で管理する墓地もあった。しかし、都市に住む人が亡くなった場合 に納骨する墓がない。逆に、地方の過疎地では墓を管理する人がいなくなり、

墓じまいという現象が起きている。墓を持ち、維持することが次第に困難に なり、墓に収められていた遺骨への尊重が薄れて、遺灰を墓ではなく、海や 山に散骨する例が多くなっている。また、1960 年代ごろまでは、家で亡くな る人が多かったが、現在では病院で亡くなり、葬儀も家ではなく、葬祭場で 専門の葬儀屋が行うように変化した。死を身近に接する機会が少なくなり、

死が隠蔽されている。さらに、1960…-…80 年代に火葬施設が地方まで普及した

ために、土葬という習慣がなくなり、それに伴い死生観も変化した。土葬に

していたときは、墓参りをしたときに、故人がまだそこにいるという感覚を

持つことができたが、火葬ではそのような思いは起こりにくい。社会の変化

によって人々の死生観がどのように変化しているかを検討する分野が E の分

野でもある。④の矢印は死生観の変化をもたらした社会的要因や人々の意識

の変化のプロセスを表す。

(29)

 ここでは、フィクションの世界と都市化による墓地の問題や葬儀の商業化 の急速な変化の例を取り上げたが、その他に死生観の変化や創造を促す様々 の要因があり、流動的な社会の動きに合わせて、死生観が常に更新されて新 しい文化現象が起きることを想定しているのが E の分野である。

2.2…歴史的過程の加味

 図1の③の矢印までの左半分を時間の経過を強調して示すと共に、世界宗 教の誕生のプロセスを加えると次の図2のようになる。 下の図2の左から 右の矢印⑥は時間の経過の中を存続している土着宗教を表わしている。時間 の経過の中でも変化しない土着宗教の思想的・宗教的観念があり、死生観も その1つであるという仮定である。

図2

 世界宗教が土着宗教に影響を及ぼすのは1回限りではなく、継続的であり、

波状的である。の上から下への矢印はその影響を表している。下から上への 矢印は、土着宗教が、導入された世界宗教への影響を表している。その相互 作用の結果が、現在の各文化圏の死生観(C)となる。

 日本の場合、歴史的には飛鳥時代に、仏教や儒教が中国から日本に導入さ れて、日本の死生観を変えていく力を⑤の上から下への矢印が示している。

中国からの影響は、持続的あるいは波状的ととらえなければならないので上 から下への3本の矢印はその持続性・波状性を示す。日本の仏教は次第に日 本の土着の死生観を受け入れながら変化していく。その影響を下から上への 矢印が示している。

民族宗教の死生観 B1 世界宗教の死生観 A 土着宗教の死生観 B2

現在の各文化圏の死生観とそ れに関わる文化現象 C

=世界宗教の変容 / 土着宗教 の慣習・死生観の残存

④ ⑤

(30)

 日本は海に囲まれているために、大量の移民が一度に日本にわたってくる ことはなかったが、陸続きのヨーロッパでは、ローマ帝国などの大国の支配 や民族の大移動など歴史上数回も起きており、矢印は支配民族の移動・移民 に伴う被支配民族への死生観の影響を示す場合もある。さらにはキリスト教 の宣教師によるケルト民族やゲルマン民族への布教はそれぞれの土着民族の 死生観に影響を与える。このような影響を⑤の上から下への矢印が示してい る。⑤の下から上の矢印が土着宗教の死生観の影響の結果として、ケルト民 族の祭祀に起源をもつハロウィーンと、その異教徒の祭祀を利用したカト リックの万聖節の祭祀をあげることができる。

 ④の矢印は、世界宗教が民族宗教から形成されることを示している。この プロセスを吟味すれば、世界宗教の死生観の根幹のところは元の民族宗教の 死生観を引き継ぐか、その死生観を発達させたものであることが分かる。例 えば、ユダヤ教はキリスト教やイスラームへと発展したが、唯一絶対神を想 定して、その神が人間の死と死後を支配している点には大きな変化はない。

インドでは、仏教が生まれたが、輪廻転生という観念は、仏教以前のウパニ シャッド哲学から引き継いだ思想である。この思想は、仏教後に発展した民 族宗教であるヒンドゥー教にも引き継がれている。

 中国では、民衆宗教として道教があるが、その道教から生まれたのが儒教

であり、その発展形が朱子学である。漢民族はこの世の現実世界を重視する

中国人の特徴のために、死後の世界に関する言説は儒教や朱子学では非常に

乏しい。儒教や朱子学では、仏教の輪廻転生を否定して、先祖の魂はこの世

を浮遊していると説く。その先祖の魂を呼び集めるという儀式がある。しか

し、中国ではこのような考えよりも道教の死生観を持つ人が多く、あの世も

この世と同じような世界であるとする傾向が強い。中国の死者の祭祀である

清明節や台湾の中元節では、ご先祖があの世で困らないように、紙で作った

銭や紙製の祭品(家や車などの形をしたもの)を燃やしてあの世の先祖に送

るという儀式を盛んに行う。つまり、中国では、死生観に関して土着信仰を

そのまま受け継いでいる。日本では、仏教の輪廻転生や極楽往生を否定する

参照

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