智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵五
︶
藤 井 教 公
国際 仏教 学大 学院 大学 研究 紀要 第 号︵ 平成 年︶ 21
29
Journal of the International College
for Postgraduate Buddhist Studies
Vol. XXI, 2017
智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵五
︶
藤 井 教 公
はじ めに 筆者 は智 顗撰
﹃維 摩経 文疏
﹄の 訳注 を︑ 順次
︑本 誌﹃ 国際 仏教 学大 学院 大学 研究 紀要
﹄第 十七 号︵ 平成 二十 五 年三 月刊 と︶ 第十 八号
︵同 二十 六年 三月 刊︶
︑第 十九 号︵ 同二 十七 年三 月刊
︑︶ 第二 十号
︵同 二十 八年 三月 刊︶ に︑ それ ぞれ 智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵一
︶︑ 同︵ 二︶
︑同
︵三
︶︑ 同︵ 四︶ とし て発 表し た︒ 本稿 は︑ 先に 刊行 した 訳注
︵一
︶か ら︵ 四︶ に続 くも ので ある
︒体 裁は 前稿 を踏 襲し て︑
﹃新 纂大 日本 続蔵 経﹄ 第十 八巻 所収 の﹃ 維摩 経文 疏﹄ のテ キス ト原 文を 数行 のま とま りご とに 区切 って 示し
︑そ の部 分の 訓読 を掲 げ︑ 次に その 部分 の訳 注を 付し た︒ 本稿 は四 七五 頁中 段十 行目 から 四七 七頁 下段 二十 三行 目ま でを 掲載 する
︒こ の続 きは 順次 発表 して いき たい
︒過 誤の 多い こと を懼 れる が︑ 大方 の批 正を 請う 次第 であ る︒ 凡例 は次 の通 りで ある
︒ テキ スト の解 題は 智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵一
︶を 参照 され たい
︒ 国際
仏教 学大 学院 大学 研究 紀要 第二 十一 号 平成 二九 年三 月
一
凡 例 一︑ テキ スト 原文 には 一︑ 二点
︑レ 点な どの 返り 点が 施さ れて いる が︑ 読点 や句 点は ない
︒今
︑返 り点 を省 き︑ 意味 に従 って 句点 を施 した
︒ 一︑ テキ スト の文 中に は頁 と段 の変 わり 目に カッ コで
﹃新 纂大 日本 続蔵 経﹄ 巻十 八の 頁と 段を 示し た︒ 一︑ 字体 はテ キス ト部 分と その 引用
︑書 き下 し文
︑﹃ 大正 蔵経
﹄所 収の 経典 論書 の引 用部 分な どは
︑原 則と し て正 字を 用い た︒ それ 以外 は略 字を 用い た︒ 一︑ テキ スト 文中 のゴ チッ ク字 体部 分は
﹃維 摩経
﹄の 経文 部分 であ る︒ 一︑ テキ スト 文中 の︿
﹀内 の部 分は 割り 注部 分を 示す
︒ 一︑ 書き 下し 文中 のヤ マカ ッコ は筆 者に よる 補い で︑
﹃略 疏﹄ との 対照 によ るテ キス ト欄 外注 記に 従っ て字 を 補っ たも ので ある
︒ 一︑ 守篤 本純 の﹃ 維摩 詰經 疏籤 録﹄ の場 所の 指示 は︑ 巻数 と頁 数を 記し
︑頁 数の 次に 表の 場合 は﹁ オ﹂
︑裏 の 場合 は﹁ ウ﹂ と記 した
︒ 一︑ 註に 記し た典 拠の 引用 文で
︑引 用部 分が 判然 とし にく い場 合に は該 当部 分に 傍線 を付 した
︒
【テ キス ト︼
﹃新 纂大 日本 続蔵 経﹄ 巻十 八︑ 47 5b 10 -21 (以 下頁
︑段
︑行 のみ を記 す) 毗耶 離菴 羅樹 園 此明 聞經 之方 所︒ 卽是 的出 說經 之處
︒助 成勸 信() 也︒ 今釋 方所 卽爲 二意
︒一 明通 方所
︒卽() 是毗 耶離 城︒ 二明 別方
智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵五
︶︵ 藤井 )
二
所︒ 的據 菴羅 樹園
︒第 一通 方所 明毗 耶離 城者
︒復 爲三 意︒ 一約 事解 釋︒ 二對 法門
︒三 約觀 心︒ 第一 約事 者︒ 此土 翻云 廣博 嚴淨
︒其 國寬 平名 爲廣 博︒ 城邑 華麗 無諸 穢惡 故名 嚴淨 也︒ 又前 師翻 爲好 稻︒ 此土 出好 粳粮 勝於 餘國
︒故 言好 稻之 國也
︒又 有言
︒此 是好 道之 國也
︒此 國有 好道 路︒ 平正 砥直
︒又 言好
︿呼 號反
﹀道
︒其 國人 民好 樂正 道︒ 自敦 仁義
︒不 須君 主︒ 但有 五百 長者
︒共 行道 法︒ 率土 民庶
︒莫 不齊 肅︒ 故云 好道 之國 也︒ ( ) 原テ キス トに は﹁ 進﹂ とあ るが
︑テ キス ト欄 外注 記に は﹁ 進疑 當作 信﹂ とあ り︑ また
﹃略 疏﹄ にも
﹁卽 是顯 示説 經之 處︒ 助成 勸信 也︒
﹂︵
﹃大 正蔵
﹄巻 三十 八︑ 57 0c
︶7 とあ る︒ 意味 上か らも 今︑
﹁信
﹂に 改め る︒ ( ) 原テ キス トは
﹁見
﹂︒ テキ スト 欄外 注記 には
﹁見 疑誤 當作 卽﹂ とあ り︑ また
﹃略 疏﹄ にも
﹁今 爲二
︒一 通方 所即 毘耶 離︒
﹂︵
﹃大 正蔵
﹄巻 三十 八︑ 57 0c
︶7 とあ る︒ これ らに より
︑ま た意 味上 から も﹁ 卽﹂ に改 める
︒
【書 き下 し】 毗耶 離菴 羅樹 園 此れ 聞經 の方 所を 明か す︒ 卽ち 是れあ
的きら
にか 說經 の處 を出 し︑ 勸信 を助 成す るな り︒ 今︑ 方所 を釋 する に卽 ち二 意 と爲 す︒ 一に は通 の方 所を 明か す︒ 卽ち 是れ 毗耶 離城() なり
︒二 には 別の 方所 を明 かす
︒的 に菴 羅樹 園() に據 る︒ 第 一に 通の 方所 は毗 耶離 城と 明か すと は︑ 復た 三意 と爲 す︒ 一に は事 に約 して 解釋 す︒ 二に は法 門に 對す
︒三 には 觀心 に約 す︒ 第一 に事 に約 すと は︑ 此の 土は 翻じ て廣 博嚴 淨と 云う
︒其 の國
︑寬 平な るを 名づ けて 廣博 と爲 す︒ 城邑 華麗 にし て諸 の穢 惡無 きが 故に 嚴淨 と名 づく るな り︒ 又︑ 前師() 翻じ て好 稻と 爲す
︒此 の土
︑好 き粳 粮を 出す こと 餘國 に勝 れり
︒故 に好 稻の 國と 言う なり
︒又
︑有 るが 言わ く()
︑此 れは 是れ 好道 の國 なり
︒此 の國 に好 き道 路 有り
︒平 正に して 砥︵ 平ら の意
︶直 なり
︒又
︑好
︿呼 號の 反﹀ 道() と言 う︒ 其の 國の 人民
︑正 道を 好樂 す︒ 自ら 仁 智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵五
︶︵ 藤井 )
三
義敦 し︒ 君主 を須 いず
︒但 だ五 百長 者有 りて
︑共 に道 法を 行じ
︑率 土() の民 庶齊 肅() なら ざる なし
︒故 に好 道の 國と 云う なり
︒ ( ) 毗耶 離城
毗耶 離は
︵V ai śā lī ,V es āl ī︶ の音 写︒ ガン ジス 河北 岸︑ 現在 のパ トナ の近 く︒ ブッ ダ時 代に あっ た都 城の 名︒ ( ) 菴羅 樹園
菴羅 樹と はマ ンゴ ー樹
︵ām ra
︶の こと だが
︑菴 羅樹 園は 後に 出家 した 遊女 アム バパ ーリ ー︵ Ām ba pā lī , Am ba pā lī
︶所 有の 園林 を指 す︒ ( ) 前師
『略 疏﹄ では
﹁麗 故名 嚴淨
︒有 師翻 爲好 稻︒ 出好 粳糧 勝於 餘國 故也
︒﹂
︵﹃ 大正 蔵﹄ 巻三 十八
︑570c10
-11
︶と あ って
︑﹁ 有師
﹂と する
︒未 検︒ ( ) 有る が言 わく
未検
︒ ( ) 好︿ 呼號 の反
﹀道
「呼
﹂の 声母 と﹁ 號﹂ の韻 母を 合わ せて
﹁好
﹂の 音を 表わ す︒
﹁好
﹂は 上声 に読 んで
︑立 派な
︑素 晴ら しい
︑の 意︒
﹁好 道﹂ で︑ 立派 な道
︑ ( ) 率土
すべ ての 国土 の意 味︒
﹃詩 経﹄
﹁小 雅・ 北山
﹂に
﹁溥 天之 下︑ 莫非 王土
︒率 土之 濱︑ 莫非 王臣
︒大 夫不 均︑ 我從 事獨 賢︒
﹂と ある によ る︒
﹁濱
﹂と は︑ 土地 と水 との 際を いい
︑﹁ 率土 之濱
﹂で 大地 の果 て︑ 転じ てそ こに いる 者す べて の意
︒ ( ) 齊肅
とと のっ てい て︑ 引き 締ま って いる
︑の 意︒ 康僧 會訳
﹃六 度集 経﹄ に﹁ 靖心 齊肅 退食 絶獻
﹂︵
﹃大 正蔵
﹄巻 三︑ 2a 16
︶︑ 玄奘 訳﹃ 大般 若経
﹄に
﹁世 尊行 歩威 容齊 肅如 師子 王︒
﹂︵
﹃大 正蔵
﹄巻 六︑ 96 8a 17
︶な どの 使用 例が ある
︒
【テ キス ト︼ 47 5b 21 -4 76 a2
智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵五
︶︵ 藤井 )
四
第二 對法 門解 釋者
︒隨 取前 所翻
︒即 對法 門︒ 所言 廣博 嚴淨 者︒ 即是 釋迦 法身 所居 本土 常寂 光國
︒其 性廣 博︒ 猶 若虗() 空︒ 功德 智慧
︒無 諸穢 惡︒ 故云 嚴淨
︒迹 居人 間︒ 亦託 廣博 嚴淨 之土
︒是 知非 本無 以垂 迹︒ 垂迹 故居 人間 嚴淨 之國
︒非 迹無 以顯 本︒ 寄毗 耶離
︒說 諸佛 國土 永寂
︒如 虗空
︒即 顯毘 廬遮 那常 寂之 本國 也︒ 所言 好稻 之國 者︒ 即是 釋迦 本地 所住 大涅 槃︒ 百句 解脫 之理 也︒ 故法 華經 云︒ 百穀 苗稼
︒普 皆增 長︒ 因其 增長
︒ 穀實 得成
︒即 是百 句解 脫之 玅果
︒爲 好稻 也︒ 由本 垂迹
︒由 迹() 顯本 類前 可解
︒次() 云︒ 譬如 隘路 不容 二人 竝行
︒解 脫 不爾
︒多 所容 受︒ 多所 容受
︒即 真解 脫︒ 今釋 迦居 不思 議解 脫之 大道
︒即 是法 界︒ 多所 含容
︒故 名好 道︒ 由本 垂迹
︒ 由迹 顯本
︒類 前可 知也
︒所 言好
︿呼 號﹀ 道之 國︒ 思議 之道
︒作 意而 修︒ 不名 好道
︒不 思議 道() 自行
︒即 真修
︒任 運 理顯
︒化 佗如 慈石 吸鐵
︒無 緣無 念自 佗行 化︒ 此是 性好 之道 也︒ 由本 垂迹
︒垂 迹故 名好 道︒ 因迹 顯本
︒故 居人 間好 道之 國︒ 說心 淨佛 土淨 也︒ 第三 約觀 心明 毗耶 離者
︒一 心三 觀能 觀心 性︒ 即知 心性 廣博
︒猶 如虗 空︒ 即具 福慧 二種 莊嚴
︒無 染無 著畢 竟清 淨︒ 是則 心淨 佛土 淨︒ 故約 觀心 明廣 博嚴 淨之 國也
︒ 次() 觀明 好稻 之國 者︒ 若觀 心性 即是 百句 解脫 之根 本︒ 名為 好稻
︒如 前引 法華 經︒ 譬百 穀苗 稼︒ 雨之 所潤 無不 豐足 也︒ 約觀 好道 路之 國者
︒若 觀因 緣中 道則 是行 大直 道︒ 無留 難故 也︒ 無有 衆魔 群盜 之所 得入
︒此 道最 勝故 名好 道︒ 約觀 明好
︵呼 號︶ 道者
︒若 觀偏 真之 道︒ 盡苦 涅槃 則於 一切 道法 無好 樂心
︒今 觀圓 真之
﹇478a
﹈道
︒則 好樂 一切 道 法︒ 無厭 足盡 未來 際︒ 故名 好道 也︒ ( ) テキ スト 原文 の字 は﹁ 處﹂ であ るが
︑﹁ 虗﹂ の誤 りで あろ う︒ 今︑ 改め る︒
﹃略 疏﹄ には
﹁本 居寂
﹁其 性廣 博猶 若虚 空﹂
︵﹃ 大正 蔵﹄ 巻三 十八
︑570c16
︶と ある
︒ ( ) テキ スト に﹁ 由迹
﹂の 二字 なし
︒し かし
︑欄 外注 記に
﹁迹 下疑 脫由 迹二 字﹂ とあ り︑ この 後の 文に も﹁ 由迹 顯本 類前 智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵五
︶︵ 藤井 )
五
可解
﹂と あっ て同 様の 文が 見え るの で︑ 今︑
﹁由 迹﹂ を補 う︒ また
︑﹃ 略疏
﹄に は﹁ 垂迹 顯本 類前 可解
﹂︵
﹃大 正蔵
﹄巻 三 十八
︑5 70 c2 3︶ とあ って
﹁由 迹﹂ の語 はな い︒ ( ) テキ スト 欄外 注記 に﹁ 次下 疑有 脫文
﹂と ある
︒ ( ) テキ スト 欄外 注記 に﹁ 疑下 疑脫 道字
﹂と あり
︑﹃ 略疏
﹄に も﹁ 不思 議道 自行 眞修 任運 理顯 化他
﹂︵
﹃大 正蔵
﹄巻 三十 八︑ 57 0c 29
︶と ある
︒意 味上 から もい ま︑
﹁道
﹂の 一字 を補 う︒ ( ) テキ スト 欄外 注記 に﹁ 次字 下疑 脫約 字﹂ とあ るが
︑意 味上
︑不 可欠 の字 では ない ので 今は 採ら ない
︒
【書 き下 し】 第二 に法 門に 對し て解 釋す ると は︑ 前に 翻ず る所 を隨 取せ ば︑ 即ち 法門 に對 す︒ 言う 所の 廣博 嚴淨 とは
︑即 ち 是れ 釋迦 法身 の所 居︑ 本土
︑常 寂光 國な り︒ 其の 性廣 博に して
︑猶 し虗 空の 若し
︒功 德智 慧あ り︑ 諸の 穢惡 無し
︒ 故に 嚴淨 と云 う︒ 迹を 人間() に居 し︑ 亦た 廣博 嚴淨 の土 に託 す︒ 是ここ
に知 んぬ
︒本 に非 ざれ ば以 て迹 を垂 れる こと 無 し︒ 迹を 垂れ るが 故に 人間 嚴淨 の國 に居 す︒ 迹に 非ざ れば 以て 本を 顯わ すこ と無 し︒ 毗耶 離に 寄り
︑諸 佛國 土は 永寂 にし て虗 空の 如し と說 く︒ 即ち 毘廬 遮那 常寂 の本 國() を顯 わす なり
︒ 言う 所の 好稻 の國 とは
︑即 ち是 れ釋 迦本 地所 住の 大涅 槃︑ 百句 解脫 の理() なり
︒故 に﹃ 法華 經﹄ に云 く︑
﹁百 穀 苗稼
︑普 く皆
︑增 長す
﹂と()
︒其 れ增 長す るに 因り
︑穀 の實
︑成 ずる こと を得
︒即 ち是 れ百 句解 脫の 玅果 を好 稻と 爲す なり
︒本 に由 りて 迹を 垂る
︒迹 に由 りて 本を 顯わ すこ と︑ 前に 類し て解 すべ し︒ 次に 云く
︒譬 へば 隘路 は二 人竝 びて 行く を容 れざ るが 如し
︒解 脫は 爾ら ず︒ 容受 する 所多 し︒ 容受 する 所多 きは 即ち 真解 脫な り︒ 今︑ 釋迦 不思 議解 脫の 大道 に居 す︒ 即ち 是れ 法界 なり
︒含 容す る所 多し
︒故 に好 道と 名づ く︒ 本に 由り て迹 を垂 る︒ 迹に 由り て本 を顯 わす こと
︑前 に類 して 知る べき なり
︒
智顗 撰﹃ 維摩 経文 疏﹄ 訳注
︵五
︶︵ 藤井 )
六