ビール後味に悪影響をおよぼす
麦芽のエグミ呈味物質に関する研究
Studies on malt astringent substances responsible for beer aftertaste
平成 25 ( 2013 )年度
影山紀彦
目次
要旨
3略号一覧
7緒章
8第
1章. ビールの後味に影響を及ぼすエグミ呈味物質の特定と構造解析
第
1節. 序論
13第
2節. 材料と方法
17第
3節. 結果
21第
4節. 考察
35第
2章. ホルダチン類におけるシス
-桂皮酸構造
第
1節. 序論
39第
2節. 材料と方法
40第
3節. 結果
42第
4節. 考察
45第
3章. 麦芽のエグミ呈味物質の制御によるビール後味の改善
第
1節. 序論
53第
2節. 材料と方法
61第
3節. 結果
67第
4節. 考察
71結論
75謝辞
80参考文献
81要旨
ビール飲用に際して口腔内に残るエグミは,後味の悪さとして感じられ,
あまり好まれないことが分かっている. したがって, エグミを制御することは,
良好なビール香味を造りだすためのひとつの手段となりうる.一方,ビールの 原料において麦芽の重要性は高く,麦芽の品質がビールの品質に大きな影響を 与えることが分かっている.そのため,世界中の多くのビール醸造研究者が,
ビールの品質を高めるために,麦芽の品質を高める研究を進めている.最近の 筆者らの研究によって,麦芽のなかでも,特に幼芽の部分がビールの後味に影 響を及ぼすことが明らかになってきた.
本研究では,まず,幼芽の抽出液からエグミを有する画分を分取し,
3つのエグミ呈味画分を得た.それらのエグミ呈味画分からエグミを有する物質 を 同 定 し , そ の 化 学 構 造 を 決 定 し た . も っ と も 存 在 量 の 多 い 物 質 は ,
4'-O-β-D-glucopyranosyl (1''E)-hordatine Aで,次には,ホルダチンの
7位が
methoxy基に置換された
4'-O-β-D-glucopyranosyl (1''E)-hordatine Bが,それ らに加えて,存在量としては少ないものの,
4'-O-β-D-maltosyl (1''E)-hordatine Aが検出された. これらの物質は, 全てホルダチンの
β-配糖体であり, 今まで報 告のない新規化合物であった.特に
4'-O-β-D-maltosyl (1''E)-hordatine Aは,
配糖体部分がマルトースである点で,他の天然物由来の配糖体に類を見ないも のであった.これらにおいてホルダチン骨格の桂皮酸部分の二重結合は,いず れもトランス配置であったが,さらに注意深くエグミ呈味画分をみてみると,
存在量は非常に少ないながらも,ホルダチン骨格の桂皮酸部分がシスとなって
いる構造異性体が存在することがわかった. すなわち,
4'-O-β-D-glucopyranosyl (1''Z)-hordatine A,
4'-O-β-D-glucopyranosyl (1''Z)-hordatine B, そ し て
4'-O-β-D-maltosyl (1''Z)-hordatine A
である.
これらエグミ呈味物質 (総称してホルダチン
β-グリコシドと表記) のビ ール醸造工程における挙動を調べたところ,麦芽から容易に麦汁に溶出された 後,特に大きな増減なくビールまで移行していることが判明した.さらに,実 際的なビール製造のなかで,様々な醸造条件を工夫しても,それらのビールへ の移行率に大きな変化はなかった.これらの結果から,醸造プロセスだけでな く,原料である麦芽のホルダチン
β-グリコシド含量を制御することが,ビール の後味改善のために重要であると考えられた.
麦芽のホルダチン
β-グリコシドは, 亜臨界水処理によって低減させるこ
とができた.水は,亜臨界状態において特有の性質を有し,例えば,常温より
もハイドロニウムイオンと水酸化イオンに解離した状態になることが知られて
いる.これによって加水分解が起こりやすくなり,実際に多くの天然物が触媒
の添加なしで加水分解されうることが分かってきている.この亜臨界水の特性
を活用して, 幼芽から粗精製したホルダチン
β-グリコシドを約
20%にまで低減
することができることがわかった.亜臨界水処理によってホルダチン
β-グリコ
シドを低減した麦芽を用いてビール試験醸造をおこなったところ,ビール中の
ホルダチン
β-グリコシドは確かに低減し,ビールの後味も改善されていること
が確認された.したがって,麦芽の亜臨界水処理は,ビールの後味向上のため
のひとつの手段となりうることが明らかになった.
ABSTRACT
It seems likely that an astringent aftertaste would be a negative factor in organoleptic evaluation of a beer. Control of astringent aftertaste could be a good way to improve beer flavor. Therefore, in order to reduce astringency in beer, the astringent components should be identified. It is known that malt ingredients have a large influence on beer quality. The acrospire is a tissue of the seedling of germinating barley. We found that the acrospires in malt were the main contributors of astringent ingredients that could affect beer aftertaste.
The astringent components were isolated from malt acrospires and purified to three fractions. The chemical structures of these astringent components were identified by MS and NMR spectrometry. The most abundant component was 4'-O-β-D-glucopyranosyl (1''E)-hordatine A. The second abundant was the corresponding 7-methoxy derivative;
4'-O-β-D-glucopyranosyl (1''E)-hordatine B. In addition, a minor component, 4'-O-β-D-maltosyl (1''E)-hordatine A, was also identified. All of these components possess a trans-cinnamoyl moiety. In the astringent fraction, we also identified the corresponding cis-cinnamoyl derivatives:
4'-O-β-D-glucopyranosyl (1''Z)-hordatine A, 4'-O-β-D-glucopyranosyl (1''Z)-hordatine B, and 4'-O-β-D-maltosyl (1''Z)-hordatine A.
Their behavior during brewing was investigated, andthe amount of hordatine β-D-glycosides was not so changed during traditional brewing.
These results suggest that reducing astringent components in the original
barley malt is a good way to control beer’s aftertaste.
Astringent substances derived from acrospires of barley malt can be reduced by treatment with subcritical water. Crude hordatine β-D-glucopyranoside was shown to be reduced by about 80% under subcritical conditions. Beer was brewed using malt treated with subcritical water, and the astringency and the quantities of astringent substances were evaluated. The astringent components and the aftertaste in the beer were clearly reduced, and the reduction of astringent components in barley malt by treatment with subcritical water was shown to be a good way to control beer aftertaste.
略号一覧
化学物質に関する略号
OD3OD: deuterated methanol
TFA: trifluoroacetic acid (CF3COOH)
機器分析に関する略号
DQF-COSY: double-quantum filtered correlation spectroscopy
1H-(13C-)HMBC: 1H-(13C-)heteronuclear multiple-bond correlation
1H-(13C-)HSQC: 1H-(13C-)heteronuclear single-quantum correlation HPLC: high performance liquid chromatography
HR-FAB MS: high resolution fast atom bombardment mass spectroscopy MS: mass spectrometry
NMR: nuclear magnetic resonance NOE: nuclear Overhauser effect
NOESY: nuclear Overhauser effect spectroscopy ODS: octadecylsilane
RT: retention time
ROESY: rotating-frame nuclear Overhauser effect spectroscopy TOCSY: total correlation spectroscopy
UV: ultraviolet
緒章
人が生活の豊かさを感じることや,生活を楽しむことは,他の動物と決 定的に異なる点のひとつである.何に豊かさを感じるかは人それぞれであろう が,多くの人が,生活を楽しむなかで,飲酒を愉しんでいる.実際,その土地 の気候や文化にあった酒類を,その土地に住む人々が醸し,そして時には蒸留 などの工夫をこらして,人々は美味しい酒類を造り上げてきた.彼らは飲酒を 愉しむために,酒類をより美味しく造る工夫をこらしてきたのである.
飲酒を愉しむ上で,美味しいという感じ方もまた人それぞれであろうが,
長年にわたって人々に共通して望まれてきた酒類の美味しさの要素として,例 えば,飲み飽きないことが挙げられる.すなわち,何度飲んでもまた欲しくな るような酒類の味や香り(以下,香味と表記)こそ,美味しさの重要因子なの であろう.そういった美味しさを造るためには,甘味,酸味などの微妙な香味 バランスを整えることが非常に重要である.しかし,なんらかの好ましくない 香味が,すでに感覚として捉えられている場合には,その香味を低減するため に,原因となる成分を洗い出して低減を図る,という方法も有効となる.
このように,すでに感覚として捉えられている好ましくない香味のひと つに,舌に残る後味の悪さがある.後味の悪さは,飲み終わった後の次の一杯 の飲用意向に直結することから,何度飲んでもまた欲しくなるような酒類香味 を造るための重要な制御因子のひとつである.ビールの後味の悪さに関与する 要素のひとつとして,えぐみ(以下:エグミとカタカナ表記)が挙げられる.
エグミといっても感覚的な言葉で人によって捉え方が異なるかもしれないが,
例えば,あくが強くて,舌やのどがひりひりとするような感じや味(大辞林,
三省堂) ,または,あくが強くて,のどや舌がいがらっぽく感じる味(大辞泉,
小学館) ,などと辞書にあるように,もともと灰汁(あく)が強いことに起因す る,ひりひりとするいがらっぽさのことである.あくとは,食品に含まれるエ グミ・渋み・苦み・不快な臭いなどの元となる不要な成分の総称であり,多く の場合,植物自身が有する,草食動物の摂食を防ぐための防御物質として刺激 性の物質や,栄養素の消化吸収を阻害する物質,摂食した動物の生理状態を変 化させる生理活性物質などのことが多い.こうした物質が,人間の味覚や健康 にとって好ましいと判断されれば香辛料やハーブ,生薬として却って積極的な 利用の対象となるが,食材の味覚を妨げると判断されればあくとして調理時に 除去の対象となるのである.
あく抜きの対象になる代表的な植物性食品としては,たけのこ,ゼンマ イやワラビ,ふきのとうなどの山菜類,などがある.例えば,たけのこやホウ レンソウなどのエグミの原因物質はシュウ酸,ワラビなどの山菜類などでは,
チアミナーゼなどといわれており,ある種のサポニンやタンニンなどもその原 因として挙げられている.
山菜などの一般的なあく抜きの場合,長時間煮込むと有用な栄養素が灰
汁とともに抜けすぎたりするなど弊害が多いので,ごく短時間熱湯で茹でて細
胞を損傷させて灰汁が抜けやすくし,そのあと冷水で適度な量まで灰汁を抜く
のが定法である.植物のあくは水溶性のものが多く,水にさらしておくだけで
も溶出するといわれている.さらに効果的にあくを抜くためには,重曹や木灰
を溶かした塩基性の水にさらすとよい.これは,あくの有機酸成分がアルカリ
と結合し塩として抜けることによる.例えば,たけのこやホウレンソウなどの
エグミであるシュウ酸は,カルシウム成分と一緒に煮ることにより,不溶性の
シュウ酸カルシウムとなって味覚で感知できなくなり,結果としてエグミを除
去できるということが分かっている.そのため,米ぬかや米のとぎ汁などで効
果的に除去することができるのである.
一方,ビールをはじめとする酒類において,このようなあくやエグミに 関する研究は少ない.例えば,日本人のビール有識者の間では,フランクな雰 囲気で, 「このビールにはエグミがあるね」などと表現することは多いが,国際 的にビール香味の表現としてのエグミという言葉や定義,最適な表現方法など はなく,他に流用できる官能評価表現用語も存在しないのである.
和英辞書によれば,エグミという言葉をあらわす英語の官能評価表現用 語として,
harshもしくは
harshness,
acridity,
astringentもしくは
astringency,
bitter
などが挙げられる.これらのなかで,
bitterという表現用語は,ビール香
味の世界では,ホップの苦味を表す表現用語として頻繁に使用されている.ま
た,
harshという表現用語は,ビール有識者にとっては,麦芽などの穀物原料
の穀皮(ハスク)を連想させることが多く,
acridityという表現用語は,たけの こやホウレンソウのエグミであるシュウ酸によるエグミを表現する言葉として 多用されており,本研究の対象であるエグミとは異なるものである.したがっ て, 本研究においては, 研究対象とする麦芽由来のエグミを
astringencyと表現 することとした.
astringency
とは,直訳すると「収斂味,渋味」などと訳されることが
多い.ビール香味の表現用語としては,ある程度認められた言葉であり,ビー
ル有識者にとってなじみは深い.ビール業界においては,国際的に大きな影響
力を持つ業界(学会)団体が複数存在するが,香味表現に関しては,早くから
国際調和の流れがあった.
1970年代には,欧州醸造学会(
EBC) ,全米醸造者
学会(
MBAA) ,全米醸造化学者学会(
ASBC)が共同してビール香味について
の統一表現方法を検討した(
1, 2) .合意された官能表現によれば,
astringencyとは,
mouth puckering, puckery, tannin-like, or tartと説明されている. また,
この
astringencyを含めたビールの口当たり (マウスフィール) に関して,
1991年に
Langstaffらによってフレーバーホイールの修正がなされた(
3) .
ビールにおける
astringencyの原因物質は,ある種のポリフェノール類 であるということが言われており, 種々の方法によって測定されている (
4) が,
総ポリフェノールと
astringencyとの明確な相関が得られず,むしろ
fullnessなどの味の厚みと強く相関しているとの報告(
5, 6)があるなど,明確になって いない. 醸造酒であるビールは, 原料由来成分に加えて, 加熱による生成成分,
発酵による生成成分など非常に複雑な成分の複合体になっており,その香味も 非常に複雑である.その中心的なビールらしさを構成する香味要素やその原因 物質などもまた複雑に絡み合っていることも多いとされ,この成分が多ければ この香味特徴が現れる,と単純に帰属することができない場合もあると考えら れる.本研究の対象であるビールの「舌に残る後味の悪さ」に関しても,エグ ミなど複数の香味要素が複雑に絡み合って知覚され,したがって複数の成分も しくはそれらのバランスが関与している可能性が高いと考えられる.
ビールのエグミが何に由来するのか,いろいろな知見があるが,ビール の主原料であって, たとえば麦芽
100%ビールにおいては, その固形分の約
99%以上を占める麦芽の影響を考えないことは難しい.筆者らの研究によって,麦 芽の各組織を分画することで,それらの組織に局在する成分を分画し,それに よって多様なビール香味を創りだす技術が検討されてきた.そのなかで,ビー ルの後味に好ましくない影響をおよぼすエグミは,麦芽組織のなかでも,特に 幼芽に局在していることが分かってきた.
この幼芽に存在するエグミの呈味物質を単離・同定することで,エグミ
成分量を測定することができ,今まで官能に頼るしかなかったエグミの香味評
価を客観的に行うことができる.さらに,この物質の化学構造を解明すること
で,化学構造上の特徴を活かしたこの物質の制御方法を検討し,エグミ成分量 を効果的に制御することができる可能性がある.これにより,後味の悪さを低 減した,より飲用性の高いビールの製造につなげることができる可能性がある.
これらの可能性を検討するために,まず,幼芽由来エグミ物質の単離・
同定(第
1章)を行った.幼芽部分を豊富に含む画分から幼芽を精製し,その 抽出液からエグミを有する画分を分画した.分画の都度,ビール添加による官 能評価によって,エグミを有することを確認していくことで,その呈味物質を 同定した.さらに,エグミ呈味物質の化学構造解析によって,エグミ呈味物質 の物性や生合成経路などの推定(第
2章)を行うことができ,その性質に応じ た効果的な制御方法を検討することができた.そうした上で,ビール醸造の特 徴を鑑みて,実際的なエグミ呈味物質の低減方法の検討(第
3章)を行った.
ビールをはじめとする酒類も,当然,食品であるので,食品衛生に関す
る基本的な安全性が第一であることは言葉にするまでもない.従ってエグミ呈
味物質の制御においても,その方法は極めて限られる.また,ビール香味の向
上のために,エグミ呈味物質を低減するのであって,一方で,エグミ呈味物質
以外の成分にも影響が大きいと,全体の香味バランスを大きく壊してしまう可
能性がある.したがって,安全性が高く,できるだけ特異的に制御できる手法
につなげていくような工夫が必要となるのである.
第
1章 ビールの後味に影響を及ぼすエグミ呈味物質の特定と構造解析
第
1節
.序論
一般的な麦芽の製造は,まず,大麦種子に水を浸漬し,発芽させること から始まる.その後,適度なタイミングで焙燥し,根を取り除いたものが麦芽 となる.一般に,大麦種子は,芽や根となる胚,栄養となるデンプン等を貯蔵 する胚乳,胚乳の栄養分を活用するための酵素分泌を司るアロイロン層などの 組織からなる.さらに,これらの組織を,穀皮(ハスク)が包み込んでいる.
大麦種子の発芽においては,胚の部分が幼芽や幼根として生長していくなかで,
胚乳は化学的に分解されやすくなり,その結果,物理的にも脆くなる.したが って, 一般的なビール醸造用の麦芽は, 大麦種子と同じような組織を有するが,
表面を覆っている穀皮の中に,胚が成長した幼芽,酵素を活発に分泌し始めた アロイロン層,やや分解が進み脆くなった胚乳を含有している点で大きく異な っている.また,焙燥されている点においても,大麦種子と異なっている.
筆者らは,
1990年代後半より,大麦麦芽の成分が麦芽組織ごとに局在 化されていることから,麦芽を組織ごとに分離し,麦芽成分を分画することを 検討してきた (
7) . 一般的な大麦麦芽組織を模式的に描いたものを図
1に示す.
この筆者らの考案した麦芽分画法(図
2)によって,麦芽を胚乳の多い麦芽内側 の画分と,胚やアロイロン層の多い外側の画分に精度よく分画することができ,
それぞれの画分を用いたビール醸造を行うことで,各画分の成分特徴を活かし
たビール性質を得られることが示された.
図
1.大麦麦芽の組織構成と成分の局在
図
2.麦芽分画技術によって分画された各麦芽画分
HuskPericarp Aleurone layer
Embryo
Endosperm
Fiber
Starch, Sugar Protein, Amino acids Polyphenols Lipids, FFA
Deterioration precursors of stale flavor Unpleasant flavor ( Husky/Grainy )
Foam negative substance
Husk fraction Inner fraction
Original untreated malt
Outer layer fraction Polishing Sieving
さらに,分画麦芽の内側画分には,従来から,ビールを劣化させる成分 として知られている脂質やアミノ酸(図
3) が少ないことから,この内側画分を 用いたビールは,ビール香味劣化の原因となる前駆体が低減されており,良好 な香味と, その香味が長持ちする香味安定性が得られることが示されている (
8) .
これらの研究のなかで,麦芽の幼芽部分にエグミを有する成分が局在す
る(
7, 8)ことが明らかになってきた(図
4) .このことは,麦芽幼芽を多く含
む画分を原料の一部に用いて実施したビール醸造試験により確認された(表
1)
(
9) .さらに,これらの幼芽からの分画物が,エグミを含む口腔内刺激を有す る性質をもつことが確認されている(
10) .このエグミ呈味物質に着目した麦芽
図
3.ビール劣化臭成分生成のキーとなる主な反応スキーム
(I) Lipids (II) Amino acids
Lipase
Lipoxygenase O2
Amadori products Deoxyosones
Glyoxal, Metyhl-glyoxal
Strecker aldehyde furfural, furaneol
Sugars Phenolic- acids
t-2-nonenal hexanal,octanal
Oxidation, heating
Stale flavor (precursor) in fresh beer Stale flavor in aged beer
Amino-carbonyl Hydroperoxide
Control the precursors in raw materials
分画法の制御(
11)についても研究が進められている.
本章では,麦芽の幼芽に含まれるこれらのエグミ呈味物質を同定し,そ の化学構造の解析を行った.
図
4.麦芽由来のエグミ呈味画分の麦芽幼芽への局在
スコア範囲 対照品 試験品
総合評価 0-5a 3.1 1.9
Astringency(エグミ) 0-3b 0.8 2.1
Yeasty 0-3b 0.0 0.0
Diacetyl 0-3b 0.0 0.0
a
良くない(0)-良い(5)
b
全く感じない(0)-強く感じる(3)
麦芽100%ビールと,原料麦芽の10%を幼芽を多く含む画分に 置き換えて醸造したビールの官能評価結果
表1.
第
2節
.材料と方法
1.材料
1-1.
麦芽
麦芽は,通常ビール醸造用に使用する一般的な品種である欧州産
2条大 麦麦芽
(Hordeum vulgare (L.))を用いた.なお,本研究に用いた麦芽の色度は
3(単位:
EBC,欧州醸造学会(
EBC)による色度の単位)であった.
2.
方法
2-1.
幼芽を多く含む画分の調製
幼芽を多く含む画分は,筆者らの考案した麦芽分画法(
7)にしたがっ た.具体的には,まず穀皮および幼芽部分(
Husk fraction,図
2)を胚乳から 分離して,その後,風選によって幼芽を多く含む画分を得た.
2-2.
官能評価に供する幼芽抽出物の調製
幼芽は,幼芽を多く含む画分からピンセットを用いて目視にて分離した.
得られた幼芽
40 gを予め
65ºCに保温しておいた
Milli-Q水
160 mLに混合して,
攪拌しながら
65ºCにて
30分間保持した.処理後,遠心分離(
7000 rpm,
10分間)によって得た上清を濃縮し,凍結乾燥した結果,幼芽抽出物として
4.3 gの粉末を得た.
2-3.
幼芽抽出物の
HPLCによる分画
エグミ呈味物質の粗精製は, 分取
HPLCにて行った. すなわち, カラム
は
Deverosil-C30-UG5(
10.0×250 mm,野村化学社製)を用い,移動相
Aを
0.05%TFA水溶液, 移動相
Bを
90%CH3CN,
0.05%TFA水溶液として, 移動相
B
の体積
%として
0%Bから
90%Bまで,
120分間で上昇させるグラジエント条
件で分離した.また,流速は
4 mL/minとし,
UV(300 nm)にて検出した.
粗精製粉末からのエグミ呈味物質の精製は,さらに
HPLCにて行った.
カラムは
Capcellpak-MF-C1(
4.6×150 mm,資生堂社製)を用い,移動相とし
て
0.05%TFA水溶液をもちいて,流速は
1 mL/min,無勾配の条件で分離し,
UV(300 nm)
にて検出した.
2-4. HPLC
分画物を用いた官能評価用ビールの調製
分取した各画分はエバポレーターを用いて濃縮し,凍結乾燥して得た粉 末を計量して,
10 mg/mLの濃度となるように
Milli-Q水に溶解した. それぞれ
の溶液を
100 µg/mLとなるようにベースビールに添加して官能評価を行った.
なお,分画物溶液を添加するベースビールには,各画分の呈味特性(エグミ)
をできるだけ繊細に評価するために,予めエグミを低減したビールを用いた.
すなわち, 麦芽組織分画によって幼芽を低減した麦芽を
100%用いて醸造したビ ール
(7, 8)を用いた.
2-5.
ビールのエグミの官能評価
エグミの官能評価は,
ASBC公定法(
12)を参考に,パネルが感じたエ グミ強度を点数として評価する方法にて実施した.比較対照として,ベースビ ールのほか,ポジティブコントロールとして,原料麦芽の
10%を,幼芽を多く 含む麦芽分画物に置き換えて醸造したビール(
9)を用いた.評価に際しては,
ベースビールの点数を
0点,ポジティブコントロールビールの点数を
3点とし
て,エグミ強度の評価を行った.なお,評価結果は,
10名の官能評価パネルの
平均値を用いた.
2-6. NMR
スペクトル解析
得られたピーク
1,
2, および
3の凍結乾燥粉末をそれぞれ重メタノール
(
CD3OD) に溶解し,
NMRスペクトル分析を行った. 核磁気共鳴吸収 (
NMR) 測定装置
DMX-500(
500 MHz)と
DMX-750(
750 MHz) (ともにブルカーバイ オスピン社製
)を用いて,
1H-NMR,
13C-NMRスペクトルを測定した. ケミカル シフト値は,
CD3ODを溶媒として用い,
parts per million(
ppm) で表記した.
すべての炭素原子(カーボン)と水素原子(プロトン)を帰属するため に,最初のステップとして,
double-quantum filtered correlation spectroscopy (DQF-COSY),
total correlation spectroscopy (TOCSY)によるスペクトルを解 析 し , 分 子 内 の プ ロ ト ン 同 士 の 関 係 を 求 め た . 次 に ,
heteronuclear single-quantum correlation(HSQC)と ,
heteronuclear multiple-bondcorrelation (HMBC)
によるスペクトルを解析し,分子内のカーボンとプロトン
との関係を求めた.
立体化学における予想されるプロトン同士の距離については,
NOESY nuclear Overhauser effect spectroscopy (NOESY),
rotating-frame nuclearOverhauser effect spectroscopy (ROESY)
による
nuclear Overhauser effect(NOE)
に基づいて評価した.
2-7.
質量分析
ピーク
1,
2,および
3は,二重収束タンデム質量分析装置(日本電子社
製, 型式
JMS-HX/HX110A) を用いて質量分析を行った. 質量分析に際しては,
キセノンガスを用いてイオン化し,高速原子衝撃法(
high-resolution fast atom bombardment–mass spectra,
FAB-MS,加速電圧:
10 kV)によって分析を行
った.なお,検出は陽イオンモードで行った.
2-8.
酵素処理
ピーク
1,
2,および
3の凍結乾燥粉末の水溶液に,天野エンザイム社製
β-グルコシダーゼ (商品名 :
β-グリコシダーゼ, アロマーゼ) (
13) を加えて
50ºCにて
30分間保持して酵素処理を行った.酵素処理後,溶液を糖分析に供した.
なお,糖分析は,一般的な麦汁の糖分析法(
14)に準じて設定した
HPLC条件
にしたがって行った. 具体的には, カラムは
Shim-pack CLC-NH2(
4.6×150 mm,
島津社製)を用い,
68%CH3CN水溶液を移動相として,流速は
1.5 mL/min,
アイソクラティックの条件で分離し,示差屈折計(
RI)にて検出した.
第
3節
.結果
1.
エグミ呈味物質の特定と精製
1-1.
分取
HPLCによる幼芽抽出物の分画
幼芽抽出物の凍結乾燥粉末
4.0 gを
Milli-Q水
1 mLに溶解し,分取用
HPLCに供した.
HPLCクロマトグラム (図
5) に示すように,
4つの画分 (
A,
B,
C,
D)として分取し,エバポレーターにて濃縮し,凍結乾燥した後,各画分 を官能評価に供した.
1-2.
エグミを有する画分の特定
各画分の凍結乾燥粉末をビールに添加して官能評価を行った.その結果,
分画物
Cがエグミを示した(表
2) .次に,同じベースビールに分画物
C粉末を 種々の濃度に溶解したビールのエグミ官能評価を行った.その結果を図
6に示 図
5.麦芽幼芽抽出物の
HPLCクロマトグラム.下線は分取した
4つの画 分(
A,
B,
C,
D)を表す.
min
0 20 40 60 80 100 120
0 200 400
Fraction A Fraction B Fraction C Fraction D
す. 分画物
Cの濃度とエグミ強度に正の相関が得られ, その相関係数は
[r] = 0.97であった.
図
6.分画物
C粉末を種々の濃度に溶解したビールのエグミ官能評価結果 全く感じない(
0)-強く感じる(
3)
分画物
A 0分画物
B 0分画物
C 2.8分画物
D 0.6表
2.麦芽抽出物から得た分画物
A,
B,
C,
Dの官能評価結果
Content of the fraction C (mg/kg) Intensity of astringency (0-3)
0 1.0 2.0 3.0
0 20 40 60 80
1-3.
エグミ呈味物質の精製
対象とするエグミが分画物
Cに存在することが示されたため,幼芽抽出 物の分取を繰り返して,分画物
Cを
61.2 mgを得た.分画物
Cは,いくつかの 成分を含んでいたことから,さらなる精製をおこなった.分画物
C粉末
50 mgをとって,
Milli-Q水
0.5 mLに溶解し,精製
HPLCに供した.図
7に示した精 製クロマトグラムのとおりに,
3つのピークを分取して濃縮し, 凍結乾燥を行っ た.凍結乾燥粉末としてピーク
1を
6.1 mg,ピーク
2を
21.3 mg,ピーク
3を
10.3 mg
それぞれ得た. 得られた各ピークの凍結乾燥粉末をビールに添加して官
能評価をした結果,
3つのピークともにエグミを示した(表
3) .これら
3つの ピークの凍結乾燥粉末を,それぞれエグミ呈味物質として,化学構造の解析を おこなった.
図
7.分画物
Cの
HPLCクロマトグラム.
min
0 1 2 3 4 5 6 7 8
0 100 200 300
min
0 1 2 3 4 5 6 7 8
0 100 200 300
Peak 1
Peak 2
Peak 3
全く感じない(0)-強く感じる(3)
分画物C 2.8
ピーク1 2.9
ピーク2 2.6
ピーク3 2.8
表3
分画物Cと精製したピーク1,2,3の官能評価結果
2.
エグミ呈味物質の化学構造解析
2-1.
ピーク
2に含まれる成分(化合物
1111)
精製した
3つのエグミを有するピークのうち,もっとも大きいピークで あるピーク
2に含まれる成分(以下,化合物
1111と表記)の化学構造解析を行っ た. 高分解能質量分析の結果, 化合物
1111の分子量は
712であり, その化学式は,
C34H48N8O9 (
理論値:
713.3623,
m/zからの予測化学式:
C34H49N8O9 (M+H)+,
実験値
713.3611)であることが分かった.
DQF-COSY
と
HSQCスペクトルから, 化合物
1111は糖を含有すると考え
られた.
1H-NMRスペクトルにおいて,糖を構成すると考えられるプロトンの
シグナルは, およそ
3.4から
4.9 ppmの領域に, また
13C-NMRスペクトルにお いて,糖を構成すると考えられるカーボンのシグナルは,およそ
60から
102 ppmの領域に,それぞれ出現していた.また,これらのプロトンシグナルの中
で,配糖体(グリコシド)結合のアノメリック位のプロトン(アノメリックプ
ロトン) は,
4.91 ppmに検出されたダブレットのシグナルであると考えられた.
このアノメリックプロトンの結合定数
(カップリングコンスタント:
J)は
6.0 Hzであったため, このグリコシド結合は
β-グリコシド結合であることが強く示唆さ れた(
15) .
そこで,
β-グリコシド結合の存在を確認するために,市販の
β-グルコシ ダーゼによる酵素処理を行った.酵素処理後の溶液を糖分析に供した結果,
D-グルコース標準品の保持時間 (
RT) である
4.62 minにピークが検出された. よ って,このピーク
2に含まれる化合物
1111は,
D-グルコースを
β-グリコシド結合 にて保有していることが明らかになった.
このことから,化合物
1111のアグリコンは,化学式:
C28H38N8O4で,分
子量
MW=550であると考えられた. そこで, 過去の大麦麦芽の成分に関する文
献から,分子量
MW=550で化学式:
C28H38N8O4の成分を検索した結果,ホル ダチン
Aと呼ばれる成分である可能性が考えられた. 化合物
1111の
1H-NMRスペ クトルは, ホルダチン
Aの
1H-NMRスペクトルに酷似していた
(16). その後,
HSQC
や
HMBCスペクトルをさらに解析し,化合物
1111のすべてのカーボンと
プロトンを帰属させることができた(表
4) .
一方,化合物
1111の
nuclear Overhauser effect spectroscopy (NOESY)ス ペクトルにて,アノメリックプロトン(
4.90 ppm)と,アグリコンであるホルダ チンの
2,3-dihydrobenzofuran構造の
2位に接続している
phenyl基 (
2-phenyl基と表記)の
3位と
5位のプロトン(
7.10 ppm)との間に,
NOEシグナルが 検出された(図
8) .このことから,化合物
1111では,ホルダチン部分の
2-phenyl基の
4位の
hydroxy基が,
D-グルコースと
β-グリコシド結合していることが分
かった.
ホルダチン
Aには, その
2,3-dihydrobenzofuran構造にふたつのキラル 炭素(
C2,
C3)があり(図
9) ,その立体配置はトランスである(
16)ことが分 か っ て い る . こ れ は , 合 成 し た ホ ル ダ チ ン
Aの
rotating-frame nuclear Overhauser effect spectroscopy (ROESY)スペクトルにおいて,
H2と
H3の
NOEシグナルが観測されなかった(
16)ことに拠る.一方で,合成したシス立体異 性体であるアスペリジンの
H2と
H3の
NOEシグナルは,明確に観測されてい る (
16) . 今回の化合物
1111の
ROESYスペクトルでは,
H2 (5.97 ppm)と
H3 (4.18 ppm)と の
NOEシ グ ナ ル は 観 測 さ れ な か っ た . こ の 結 果 か ら , 化 合 物
1111の
2,3-dihydrobenzofuran
構造の立体配置はトランスであり,ホルダチン
Aの立
体配置と同じ配置であることが分かった.
これらの結果を総合して,この化合物
1111は,
4'-O-β-D-glucopyranosyl (1''E)-hordatine A (図
9)と同定された.
1H-NMR 13C-NMR 1H-NMR 13C-NMR 1H-NMR 13C-NMR
(ppm) (Hz) (ppm) (ppm) (Hz) (ppm) (ppm) (Hz) (ppm)
2, 3-dihydrobenzofuran 2 5.97 d J = 7.9 89 5.97 d J = 7.8 89 6.00 d J = 7.8 89
3 4.18 d J = 7.9 58 4.17 d J = 7.8 58 4.20 d J = 7.8 59
3a - - 129 - - 128 - - 129
4 7.34 s 125 7.36 s 125 7.00 s 118
5 - - 130 - - 129 - - 131
6 7.53 d J = 8.5 131 7.51 d J = 9.0 130 7.16 s 113
7 6.90 d J = 8.5 112 6.91 d J = 9.0 111 - - 146
7a - - 163 - - 162 - - 151
4'-hydroxybenzoic 1' - - 136 - - 135 - - 135
2' 7.30 d J = 8.2 128 7.29 d J = 9.0 127 7.30 d J = 8.25 128
3' 7.10 d J = 8.2 118 7.10 d J = 9.0 118 7.12 d J = 8.25 118
4' - - 160 - - 159 - - 159
5' 7.10 d J = 8.2 118 7.10 d J = 9.0 118 7.12 d J = 8.25 118
6' 7.30 d J = 8.2 128 7.29 d J = 9.0 127 7.30 d J = 8.25 128
carbonylethenyl 1'' 7.48 d J = 16.0 119 7.48 d J = 15.75 129 7.45 d J = 15.75 142
2'' 6.46 d J = 16.0 142 6.46 d J = 15.75 141 6.49 d J = 15.75 119
3'' - - 169 - - 169 - - 169
guanidinobutylcarbamoyl 1''' 3.30 40 3.25 42 3.30 42
2''' 1.62 27 1.55 27 1.60 28
3''' 1.62 28 1.55 27 1.60 27
4''' 3.25 42 3.25 40 3.30 40
guanidinobutylcarbamoyl 1'''' 3.30 40 3.25 42 3.30 42
2'''' 1.62 27 1.55 27 1.60 28
3'''' 1.62 28 1.55 27 1.60 27
4'''' 3.25 42 3.25 40 3.30 40
sugar 1 1''''' 4.91 d J = 6.0 102 4.94 d J = 7.5 102 4.92 d J = 6.0 102
2''''' 3.45 74 3.51 74 3.45 75
3''''' 3.45 78 3.73 77 3.46 78
4''''' 3.38 72 3.27 71 3.38 71
5''''' 3.43 78 3.69 74 3.44 78
6''''' 3.89 d J = 12.0 62 3.90 d J = 12.0 62 3.86 d J = 12.1 62
3.69 d J = 12.0 - 3.84 d J = 12.0 - 3.69 d J = 12.1 -
sugar 2 1'''''' - - - 5.19 d J = 3.75 103 - - -
2'''''' - - - 3.46 74 - - -
3'''''' - - - 3.63 81 - - -
4'''''' - - - 3.61 75 - - -
5'''''' - - - 3.56 77 - - -
6'''''' - - - 3.83 d J = 12.0 62 - - -
- - - 3.66 d J = 12.0 - - - -
methoxy 1'''''''' - - - - - 3.91 s 57
Spectra were detected in CD3OD at 298K; Data are reported in ppm.
Compound 1 1 1 1
1H-NMR and 13C-NMR spectral data for compound 1111, 2222, and 3.3.3.3.
表4.
Compound 3 3 3 3 Position
Compound 2 2 2 2
図
8.化合物
1111の
NOESYスペクトラム.
H3'および
H5'(
7.10 ppm)とアノメ
リックプロトン(
4.90 ppm)のクロスピークを矢印で示す.
図
9.化合物
1111,
2222,および
3333の化学構造.
O R1
O
R2
HN O
NH NH
H2N
NH
O HN
NH2 HN
2 1 3
4
5 6 3a 7
7a 1''''
2'''' 3'''' 4''''
111
1 R1 = β-D-glucopyranosyl R2 = H
2 22
2 R1 = β-D-maltosyl R2 = H
3 33
3 R1 = β-D-glucopyranosyl R2 = OMe
4''' 3'''
2''' 1'''
2'' 1'' 3''
1' 2' 3' 4' 5'
6'
2-2.
ピーク
1に含まれる成分(化合物
2222)
高分解能質量分析の結果,ピーク
1に含まれる成分(以下,化合物
2222と 表記) の分子量は
874であり, その化学式は,
C40H58N8O14 (理論値 :
875.4141,
m/zからの予測式:
C40H59N8O14 (M+H)+,実験値:
875.4147)であることが分
かった.化合物
2222の
1H-NMRおよび
13C-NMRスペクトルは,化合物
1111のそれ ぞれのスペクトルと類似しており,したがって,化合物
1111と類似の化学構造骨 格を有することが推定された.
DQF-COSY
と
HSQCのスペクトルから,化合物
2222もまた,糖を保有す
ると推測された.ただし,化合物
1111と大きく異なる点として,アノメリックプ ロトンと考えられるシグナルがふたつ (
4.94 ppm,
5.19 ppm) 検出された.
4.94 ppmに検出されたアノメリックプロトンのカップリングコンスタントは,
(J = 7.5 Hz)であり,したがって,化合物
1111と同様に,この化合物
2222も
β-グリコシド
結合にて糖を保有することが分かった.
しかし,他方のアノメリックプロトン(
5.19 ppm)のカップリングコン スタントは,
(J = 3.75 Hz)であり, これは
α-グリコシド結合であることが示唆さ れる. そこで, 化合物
2222を, 化合物
1111と同様に
β-グルコシダーゼ処理を行った.
酵素消化後, 反応溶液を糖分析に供した結果,
D-マルトース標準品の
RTである
5.95 minに
D-マルトースのピークが検出された.よって,化合物
1111は,
β-グリ
コシド結合にて
D-マルトースを保有していることが明らかになった.
その後,
HSQCや
HMBCスペクトルをさらに解析し,化合物
2222のすべ てのカーボンとプロトンを帰属させることができた(表
4) .
さらに,
NOESYによって,
β-グリコシド結合によってアグリコンと結
合しているアノメリックプロトン (
4.94 ppm)と, ホルダチンの
2-phenyl基の
3位と
5位のプロトン(
7.10 ppm)との
NOEシグナルが検出された(データ不
掲載) .このことから,化合物
2222においても,化合物
1111と同様に,ホルダチン部 分の
2-phenyl基の
4位の
hydroxy基が,
D-マルトースと
β-グリコシド結合して いることが分かった.
化合物
2222は,
ROESYスペクトルにて,
H2 (5.97 ppm)と
H3 (4.17 ppm)と の
NOEシ グ ナ ル が 観 測 さ れ た ( 図
10) . こ の 結 果 か ら , 化 合 物
2222の
2,3-dihydrobenzofuran