奈良教育大学学術リポジトリNEAR
文の偶発記憶に及ぼす共感の効果
著者 豊田 弘司, 池本 麻美
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 59
号 1
ページ 39‑45
発行年 2010‑11‑30
その他のタイトル Effect of Empathy on Incidental Memory of Sentences
URL http://hdl.handle.net/10105/4717
文の偶発記憶に及ぼす共感の効果
豊 田 弘 司 奈良教育大学学校教育講座(心理学)
池 本 麻 美 奈良教育大学総合教育課程生涯教育臨床専修卒業
(平成22年4月 8 日受理)
Effect of Empathy on Incidental Memory of Sentences
Hiroshi TOYOTA
(Department of Psychology, Nara University of Education, Nara University of Education, Nara 630-8528, Japan)
Asami IKEMOTO
(Graduated at Course of Life-long Education in Division of Comprehensive Education, Nara University of Education) (Received April 8, 2010)
Abstract
The purpose of the present study was to examine the effects of empathy on incidental memory of simple sentences. The experiment was conducted in incidental memory paradigm. Participants were asked to judge whether they experience each episode described in a target sentence or not, and also required to rate the degree of empathy to emotion aroused by each sentence and the pleasantness of each sentence, followed by interpolated task and unexpected free recall test. For the sentences that each participant gave a higher rating of empathy, there were no differece among the free recall performance of pleasant, neutral and unpleasant sentences. Wheras for the sentences that they gave lower rating, unpeasant sentences were recalled more than the neutral and the pleasant sentences. The effects of empathy to emotion on recall performance was observed in the participants with higher score of emapthic experience of the revised empathic exeprience scale ( Kakuta, 1994). Namely for the pleasant sentence, participants recalled the sentences of higher rating of empathy more than the sentences of lower rating of empathy, but for the unpleasant sentences, there was no difference between the two type of sentences (high and low rating of empathy). These results were interpreted as showing that the empathy to emotion was one of the determinants for the effectiveness of emotion on incidental memory.
1.問題と目的
児童・生徒が学習を効率良く進めるためには、学習活 動における情動をコントロールする必要がある。不快な 情動を抑制することによって、学習を促進することが可 能であるし、逆に快な情動をうまく活用して、学習効率 を高めることも可能である。このような情動を処理する 力は情動知能(emotional intelligence)と呼ばれ、最近
の20年間に数多くの研究がなされてきた(Joseph &
Newman, 2010)。情動知能の定義は、研究者によって異 な る が( 豊 田・ 森 田・ 金 敷・ 清 水, 2004)、Salovey &
Mayer(1990)は、情動を処理する個人の能力であると いう定義を示している。そして、情動知能の下位能力と して、自分や他人の感情や情動を監視する能力、これら の感じ方や情動の区別をする能力及び個人の思考や行為 を導くために感じ方や情動に関する情報を利用できる能 Key Words:empathic experience,
emotion,
incidental memory
キ−ワ−ド:共有経験、
情動、
偶発記憶
40
力をあげている。Joseph & Newman(2010)は、これ までの情動知能研究に関するメタ分析を行っているが、
定義に関する言及は行っていない。したがって、情動知 能に関する明確な定義がないまま、研究者によって異な る下位能力に注目した研究がなされている。とはいえ、
情動知能がいくつかの下位能力に区分されることについ ては共通した見解を得ている。例えば、初期の頃の Mayer & Salovey(1997)の定義によれば、情動知能は 4 つの次元に分類できるお互いに関連するスキルの集合 体である。その 4 つの次元とは 1 )情動を正確に評価し、
表現する能力、 2 )思考を促進するための感情に接近し たり、その感情を生成する能力、 3 )情動や情動に関す る知識を理解する能力、 4 )情動的、知的な成長を促す た め に 情 動 を 調 整 す る 能 力 で あ る。 ま た、Davies, Stankov & Roberts(1998)は、 1 )自分自身の情動の評 価と表現、 2 )他人の情動の評価と認識、 3 )自分自身 の情動の調整、及び 4 )パフォーマンスをあげるための 情動の利用である。これらの研究では、自分の情動と認 識する能力、他者の情動を認識する能力、自分の情動を 調整する能力とともに、情動をパフォーマンスの向上に 利用する能力の存在を想定している。しかし、この情動 を利用する能力に関する実証的な研究が進んでいない。
そこで、本研究では、パフォーマンスを記憶成績に限定 し、記憶を促す情動の利用に注目する。
では、児童・生徒が授業中において学習を促す情動処 理とはどのようなものなのであろうか。授業中に教員が 学習内容に関連する過去の経験をたずねることがあるが、
もし、そのような経験を持っている者は、持っていない 者と比較して、学習内容から喚起される情動に対する共 感を得ていることになる。その共感による情動の喚起が 学習を促進することは十分に考えられる。言い換えれば、
学習内容に対する共感がある場合には、共感がない場合 よりも学習が促進されるということである。したがって、
学習を促す情動の利用は、共感できるか否かに規定され るといえよう。
最近、この共感の対象となる情動が記憶に及ぼす効果 が盛んに研究されている。そこでは、快、不快に関わら ず、情動が喚起される記銘材料が、喚起されない材料よ りも再生率が高いという現象(Emotionally enhanced
memory; EEM)が報告されている。このEEMは、単語
(Hamann, 2001; Kensinger et al., 2002; Nagae &
Moscovitch, 2002; D'Argrembeau & Ver der Linden, 2004;
Toyota, 2008)、絵刺激(Bradley, Greenwald, Petry & Lang, 1992)、文刺激(Cahill & McGaugh, 1995)において見い だされている(Talmi, et al., 2007)。これらの報告は、明 らかに、記銘材料から喚起される情動の強さが記憶成績 を規定するという感情強度仮説を支持するものである。
しかし、快語のほうが不快語よりも記憶成績が優れると
いう報告(豊田, 1989)もあり、記銘材料の感情価を操 作した諸研究の結果は、必ずしも一致するわけではない。
したがって、快と不快の感情が非対称であるという感情 非対称仮説と、感情強度仮説の対立によって解釈されて いる(Banaji & Hardin, 1994; 岩原・斉藤, 1999)。確かに 両仮説によってそれぞれ一致しない結果を説明すること が可能だが、矛盾する両仮説が並存している背景にはど のような要因が存在しているのであろうか。岩原(1998)
は記銘材料の特性が上記両仮説のどちらを支持するかを 規定する可能性を指摘している。これは記銘材料の特性 により、感情以外の他の要因が情動の効果に関与するこ とを示唆するものである。
感情価を操作する実験の記銘材料は、熟語や単語が用 いられることが比較的多い。しかし、想起されるエピソ ードや感情の範囲が非常に広いため、実験者の想定した 感情価と実験参加者の考える感情価に違いがみられるな ど、感情の統制が困難であった。この問題は単語より情 報量の多い単文を記銘材料として用い、感情の範囲をあ る程度狭めることによって、軽減されるはずである。た だし、単文により、具体的なエピソード内容が示される ため、想起されるエピソードがより限定される。記銘文 から想起されるエピソードは、実験参加者にとって自伝 的なものであるがゆえに、実際に参加者自身が体験した か否かが結果に反映される可能性が高い。
そこで、本研究では、単文に対する体験の有無を問い、
参加者自身が体験した場合と体験していない場合に分け、
上述した感情非対称仮説ならびに感情強度仮説について 検討する。岩原・斎藤(1999)は記銘材料に直接感情語
(例「絶望」)と間接感情語(例「戦争」)を用いて感情 の効果を比較した結果、直接感情語では感情非対称仮説 を支持し、間接感情語では感情強度仮説を支持する結果 を得ている。これは、直接的に感情が表現されている材 料と、記銘情報からイメージして感情が喚起される材料 とでは、感情の効果に差が生じることを示すものであり、
記銘情報から感情が喚起される過程の違いが影響したも のと推測される。本実験の材料で言えば、体験がある場 合は体験時の感情が喚起され、体験のない場合は、記銘 文のイメージから感情が喚起されるだろう。この体験の 有無による感情喚起の過程の違いにより、感情の効果に 差が生じるか否かを検討することを第 1 の目的とする。
上述したように、体験したことは共感できることが多 い。しかし、体験したことと共感できることは区別して 扱うべきものである。体験していても、必ずしも、記述 された情動に共感できない場合はある。そこで、本研究 では体験の有無と区別した記銘情報への共感性に注目す る。共感性とは「能動的または想像的に他者の立場に自 分を置くことを通し、自分とは異なる存在である他者の 感情を体験することによって習得される」(角田, 1991)
豊 田 弘 司 ・ 池 本 麻 美
ものである。すなわち、共感とは、どのような感情状態 においてもその感情状態を自分のことのように感じるこ とである。それ故、共感の程度は感情の質によって偏る ものではない。共感が記憶に及ぼす感情の効果に関与す るならば、感情強度仮説においては強い感情が喚起され る快・不快の 2 条件において、同程度の高い共感が得ら れたことにより、感情価による差が生じなかったことに なり、感情非対称仮説においては不快語よりも快語に対 してより多くの共感が得られたため、差が生じたことに なる。もし、記銘文のもつ感情価よりも共感が記憶に影 響しているならば、共感できる場合には記銘文の快、不 快に関わりなく、再生率が高くなるだろう。一方、共感 できない場合には、その記銘文の感情価の強さが再生率 に反映されるだろう。この予想を検討するのが、本研究 の第 2 の目的である。
ただし、記銘情報への共感の程度には個人差が生じる。
というのも、共感性には個人の共感経験が反映されるか らである。角田(1994)は、共感経験には共感的な体験 である共有経験と、非共感的である共有不全経験に分け ているが、共感性とは共有経験との関連が深い。共感的 な体験である共有経験が多い者(共有経験高群)は、喚 起される感情への共感が強く、共有経験が低い者(共有 経験低群)はその共感は弱いと考えられる。それ故、共 有経験高群は、共感が高い場合が低い場合よりも再生率 は高くなるだろう。一方、共有経験低群は、共感が高い 場合と低い場合の差はないであろう。この予想を検討す るのが、第 3 の目的である。
したがって、本研究では、記憶は情動によって影響を 受けることが知られていることに関して、その影響がそ の情動に関する体験や共感性によって影響されるか否か を検討する。また、共感性はその個人の共有経験によっ て影響されることが考えられるので、その経験の影響の 可能性も併せて検討する。
2.予備調査
共有経験が多い者と少ない者を比較するために、個人 の共有経験量を調べ、共有経験高群と低群を抽出する必 要がある。そこで以下のような予備調査をおこなった。
2.1.方 法
2.1.1.調査参加者
調査参加者は、N教育大学の学生153名(男78、女 75)であり、平均年齢は18.97歳(SD=1.20)であった。
2.1.2.調査内容
共感経験尺度改訂版(角田, 1994)を用いて調査を行 った。共感経験尺度改訂版は、共有経験尺度10項目(項
目例「腹を立てている人の気持ちを感じとろうとし、自 分もその人の怒りを経験したことがある。」「悲しんでい る相手の気持ちを感じとろうとして、自分もその人の悲 しさを経験したことがある。」)と共有不全尺度10項目
(項目例「相手が何かを恐がっていても、自分はその恐 ろしさを感じなかったことがある。」「相手があることに 驚いたと語っても、どうしてそんなに驚くのかわからな かったことがある。」)の全20項目で構成されており、 0
(「全くわからない」)から 6 (「 6 :よくわかる」)の 7 段階評定尺度である。
2.1.3.調査手続き
調査は第 1 著者によって集団的に実施された。調査用 紙を配布し、年齢、学籍番号、名前を記入させた後、調 査を開始した。それぞれの質問項目に対し、 0 ~ 6 の評 定値にあてはまる数字に○をするよう教示を与え、調査 参加者は、各項目に対して該当する数字に○を記入して いった。
2.2.結 果
評定に欠損があるものを除いた150名(男76、女74)
を対象に分析を行った。共感経験尺度の 2 つの下位尺度 の内、共有経験尺度の得点のみを用いて、共有経験得点 の上位群と下位群を抽出した。抽出に際して、評定にば らつきがない者等、後述の実験の参加者として適切でな いと判断した者は除き、共有経験得点の上位群22名(男 7 、女15)を共有経験高群、下位群23名(男12、女11)
を共有経験低群とした。共有経験得点について群間のt 検定を行った結果、共有経験高群(M=50.46, SD=3.27)
と 共 有 経 験 低 群(M=33.04, SD=4.12) に 有 意 な 差
(t=10.57, df=43, p<.001)が見られ、群分けが適切にな されていることが示された。
3.実 験 3.1.方 法
3.1.1.実験計画
実験計画は、 2 (共有経験:高、低)× 2 (体験:有、
無)× 2 (共感:高、低)× 2 (感情価:快、中立、不 快)の要因計画であり、第 1 要因のみが参加者間要因で あり、他の 3 要因は参加者内要因である。
3.1.2.参加者
予備調査によって抽出された共有経験高群22名、共有 経験低群23名を実験参加者とした。これらの参加者の平 均年齢は18.83歳(SD=0.91)であった。
3.1.3.材 料
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(a)方向づけ課題リスト 記銘文は、文の感情価を考 慮し、快文(例 「友達と遊びました。」「試合に勝ちま した。」「問題が解決しました。」)と不快文(「母親に怒 られました。」「病気になりました。」「時間に遅れまし た。」)を14文ずつ作成した。ただし、参加者が記銘文の 示す内容について共感できる程度を評定することになる ので、共感の程度に関する評定がうまく分散するように 配慮して記銘文の内容を構成した。リストはこの記銘文 28文をランダムに配列し、リストの前後にバッファー文 を 1 文加え、表紙と裏表紙をつけたB6 判の小冊子にさ れた。小冊子の各頁の上部中央に記銘文が示され、その 下には文章に対する質問が 3 項目とその質問に対する選 択肢及び評定尺度がそれぞれ印刷された。第 1 の質問は、
「このような経験をしたことがありますか」であり、そ れに対応する「ある」「ない」という選択肢が印刷され ていた。第 2 の質問は「このときの気持ちがわかります か」という共感の程度に関する質問であり、それに対応 して「わからない」から「わかる」までの 6 段階尺度が 印刷されていた。第 3 の質問は、「この文を見てどのよ うな気持ちになりますか」という記銘文に対する感情価 に関する質問であり、これに対応して、「わるい」から「よ い」までの 6 段尺度が印刷されていた。小冊子の頁例は、
Fig.1 に示されている。
(b)挿入課題用紙 方向づけ課題と自由再生テスト の間に行う挿入課題用紙が用意された。この用紙はB4 判の大きさで、上半分にひらがなの有意味な文字列が、
下半分には無意味な文字列が印刷されているものであり、
文字列の中から3文字以上の名詞を○で囲っていく語識 別課題であった。
(c)自由再生テスト用紙 上述の挿入用紙終了後、自 由再生テストを行うためのテスト用紙が用意された。こ の用紙は横に罫線の入ったA4 判の大きさで、上部に氏 名、年齢、性別を書く欄、その下に思い出した文(小冊 子の上部に書かれていた記銘文)を思い出した順に記入 するようになっていた。
3.1.4.手続き
参加者の所属する大学の一室において、偶発記憶手続 きによる集団実験を実施した。
( 1 )方向づけ課題 実験者は、参加者に方向づけ課 題リストを配布し、小冊子の表紙に氏名、年齢、性別等 を記入するように指示した後、例を示しながら課題の進 め方に関する教示を行った。その内容は次のようなもの であった。
「これからみなさんに文章に関する印象評定の調査に ご協力いただきたいと思います。まず冊子と調査の進め 方について説明します。この冊子には各ページにつき一 つの単文が書かれています。その単文を見て、下に書か れている 3 つの質問の評定をしてください。一つ目の質 問では当てはまるほうに○を、二つ目以降の質問には当 てはまる程度の数字に○をそれぞれつけてください。前 を見てください。(ここからは前に呈示した方向づけ課 題の例を指さして説明する。)例えば、ページの上部に
「課題を発表しました。」(実際の記銘文には含まれてい ない)という文章が書かれてあったとします。
一つ目(体験の有無に関する質問)は「この経験をし たことがありますか」という質問が書かれてあります。
この質問で聞いているのは、あなたが課題を発表した経 験があるかどうかということです。課題を発表したこと があるという人は、「ある」に○を、発表したことがな いという人は「ない」に○をつけてください。
二つ目(共感に関する質問)は「このときの気持ちが わかりますか」という質問です。この質問で聞いている のは、課題を発表する(例文)時の人の気持ちがわかる かどうかということです。課題を発表した経験がある人 でもない人でも、このときの気持ちを考えて判断してく ださい。この質問には「わからない」から「わかる」ま での 1 から 6 までの 6 段階で評定してください。
三つ目の質問(感情価に関する質問)は「この文をみ てどのような気持ちになりますか」です。この質問で聞 いているのは、文章を見た印象です。「課題を発表しま した。」という文章を見て、「わるい気持ち」から「よい 気持ち」の 1 ~ 6 までの 6 段階で印象を評定してくださ い。調査は一斉に行いますので、一つの文の評定が終っ ても、合図があるまでは次のページへ進まないでくださ い。」
この教示の後、課題の進め方に質問がないことを確認 してから、参加者は、実験者の合図にしたがって、一頁 につき10秒で上記の評定をしていった。
( 2 )挿入課題 方向づけ課題終了後、挿入課題用紙 を配布し、課題の説明を行った。そして、ひらがな文字 列から 3 文字以上で構成されている名詞を丸で囲む課題 を 3 分間行った。
( 3 )自由再生テスト 挿入課題終了後、ただちに自 豊 田 弘 司 ・ 池 本 麻 美
Fig. 1 本研究で用いられた小冊子の頁例
由再生用紙を配布し、自由再生テストを行った。一般的 な自由再生テストの教示を与え、書記自由再生テストを
5 分間実施した。テスト終了後、本実験の意図を説明し、
方向づけ課題リストと各テスト用紙は回収された。
3.2.結果と考察
方向づけ課題リストの評定に記入漏れがないかチェッ クしたところ、記入もれ等の不備があった実験参加者が 4 名いたので、これらの者を除いた共有経験高群21名、
共有経験低群20名、計41名(男17名、女24名)を対象に 分析を行った。参加者の感情価に対する評定が、 6 及び 5 を快、 4 及び 3 を中立、 2 及び 1 を不快として、それ ぞれの段階に評定された記銘文数を算出した。Table1 の上欄には、各段階ごとの平均記銘文数が示してある。
また、再生率の算出に関しては、まず再生得点を算出 した。各記銘文の語句が正確に再生されている場合には 正再生として 2 点、語句が記銘文と正確に一致していな いが、その意味は保持されている場合は 1 点を与えた。
そして、集計した実験参加者ごとの再生得点に従い、条 件ごとに評定数の 2 倍の数で除した割合を再生率として 算出した。
3.2.1.体験の有無による影響
本研究の第 1 の目的は、体験の有無による感情価によ る再生率の違いを検討することであった。そこで、この 目的に対応する分析を以下の通り行った。Table1 の下 欄には、体験の有無と感情価による条件ごとの平均再生 率が示されている。再生率を角変換して、分散分析を行 っ た と こ ろ、 感 情 価 の 主 効 果 が 有 意 で あ り(F(2,80)
=4.54, p<.05)、多重比較の結果、快文と不快文間(t(80)
=2.86, p<.05)、中立文と不快文間(t(80)=2.26, p<.05)に は有意差があったが、快文と中立文には有意差がなく、
快=中立<不快という関係が示された。
また、感情価×体験の交互作用(F(2,80)=3.80, p<.05)
が有意であったので、単純主効果検定を行った結果、体 験がある場合には、感情価の単純主効果は有意ではなく
(F=.76)、快=中立=不快の関係が示された。したがっ て、感情強度仮説は支持されず、体験があれば、その想 起されたエピソードが有力な検索手がかりとなり、感情 の影響は反映されないといえる。しかし、豊田(1989)
では、記銘語から過去の出来事を想起した場合に、その
出来事が快である場合が、不快である場合よりも再生率 が高いことを明らかにしており、本実験の結果とは一致 しないように思える。ただし、豊田(1989)では、記銘 語として漢字を用い、そこから連想される過去の出来事 を想起させる手続きを用いた。それ故、記銘語そのもの が示す対象と想起される出来事に含まれる内容が必ずし も一致しているというわけではなかった。一方、本研究 では、単文で呈示される内容が具体的であり、その内容 に完全に一致するエピソードを想起させるのであるから、
記銘文の内容をそのまま鮮明なイメージに構成できるも ものである。それ故、感情の影響はほとんど再生率に反 映されないのであろう。
一方、体験がない場合は、感情価の単純主効果が有意 であり(F(2,160)=7.62、p<.001)、多重比較の結果、快文 と不快文間(t(160)=3.52, p<.05)、中立文と不快文間(t(160)
=3.21, p<.05)には有意差があったが、快と中立の間に は有意差はなく、快=中立<不快という関係が示された。
このことから、実際に体験したことがない場合、不快感 情が検索手がかりとしての有効性が高いことが明らかと なった。記銘文から体験したことのないエピソードをイ メージする際に不快な感情を伴うエピソードの方が、差 異性が高く、その結果、そのエピソードが有効な検索手 がかりとして機能したと考えられる。感情強度から考え れば、体験のないエピソードから喚起される感情は、快 感情よりも不快感情のほうが強い可能性が推測される。
上述の結果から、体験のある場合には、想起されるエピ ソードの検索手がかりが有効に機能するので、感情の影 響はほとんどなく、体験がない場合には、感情強度の高 い不快エピソードが有効な検索手がかりとなることが示 された。したがって、体験のない場合において、感情強 度仮説が支持されたといえよう。しかし、体験の有無だ けでは、記憶に及ぼす感情の効果を説明することはでき なかった。
3.2.2.共感の影響
本研究の第 2 の目的は、感情への共感の影響を検討す ることであった。序論に示したように、共感が影響する ならば、共感が高い場合には記憶成績は感情価による違 いがなく、共感が低い場合には感情価の強さが再生率に 反映される。上述の結果を考慮すると、共感が低い場合 は、感情価の強い不快感情の効果が生じると予想される。
したがって、共感が高い場合は快=不快、共感が低い場 合は不快>快と予想した。また、第 3 の目的は、共有経 験量による影響を検討することであり、共有経験高群で は共感が高い場合が低い場合よりも再生率が高いが、共 有経験低群においてはこの差はなくなると予想した。
これらの予想を検討するために、 2 (共有経験;高群、
低群)× 2 (共感性;高、低)× 2 (感情価;快、不快)
Table 1 体験の有無と感情価ごとの記銘文数と再生率
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の分散分析を行った。第 1 要因が参加者間要因、後 2 者 が参加者内要因である。なお、感情価において中立の段 階を設けなかったのは、上記の予想を検討するためには、
快と不快の 2 条件の比較だけで可能であること、さらに、
中立条件を設定することで条件あたりの分析対象数が少 なくなり、結果が不安定になることを考慮したためであ る。具体的には、共感に関する質問の評定値が、 6 ~ 4 を共感高、 3 ~ 1 を共感低、感情価に関する質問では 6
~ 4 を快、 3 ~ 1 を不快とした。これに基づいて共有経 験高群と共有経験低群における条件ごとの記銘文数をカ ウントし、その平均値を算出した。Table2 の上欄には、
共有経験、共感の高低、感情価(快、不快)による条件 ごとの平均記銘文数が示されている。また、再生率は、
先の分析と同じく、実験参加者ごとに再生得点を評定文 数の 2 倍の数で除した割合とした。条件ごとに平均再生
率がTable2 の下欄に示されている。
再生率を角変換して、分散分析を行った結果、感情価 の主効果(F(1,39)=21.15, p<.001)及び共感×感情価の交 互作用(F(1,39)=13.67, p<.001)が有意であった。この交 互作用について単純主効果検定を行った結果、共感が低 い場合には感情価の単純主効果(F(1,78)=34.34, p<.001)
は有意であったが、共感が高い場合は感情価の単純主効 果は有意ではなかった(F=.33)。つまり、第 2 の目的に 対応する予想通り、共感が高い場合は快=不快、共感が 低い場合は不快>快という関係が示されたのである。共 感が高い場合には、記銘文への共感自体が有効な検索手 がかりとなるため、感情価による効果の違いが生じない が、共感が低い場合は、共感が検索手がかりとして有効 ではないため、不快感情の強度が有効に機能したと考え られる。
また、共有経験×共感×感情価の交互作用が有意傾向 であったので(F(1,78)=3.04, p<.10)、単純交互作用検定 を行った結果、共有経験高群において共感性×感情価の 単純交互作用(F(1, 39)=14.81, p<.001)が有意であり、共 有経験低群においてはその単純交互作用は有意でなかっ た(F=1.91)。共有経験高群において単純・単純主効果 検定を行った結果、快文では共感の単純・単純主効果が 有意傾向であったが(F(1,78)=3.72,p<.10)、不快文では共 感の単純・単純主効果が有意であった(F(1,78)=8.51,
p<.001)。以上の結果をまとめると、共有経験高群では、
快文では共感が高い場合と共感の低い場合に大きな差は ないが、不快文では共感が低い場合が高い場合よりも再 生率が高い。一方、共有経験低群では、快及び不快文と もに共感の高い場合と低い場合で再生率に差はないこと が示されたのである。したがって、第3の目的に対応す る予想通り、記憶に及ぼす共感の影響が大きいのは、共 有経験高群であることが明らかにされたのである。共有 経験が高い者は、記銘文から喚起される情動への共感を 検索手がかりとして有効に利用するために、共感の高低 が記憶成績に反映されやすくなるのであろう。
3.2.3.結論と今後の課題
従来の研究(Bradley, Greenwald, Petry & Lang, 1992;
Cahill & McGaugh, 1995; Talmi, et al., 2007)では、情動 が記憶に及ぼす効果のみを検討してきたが、本研究では、
新たに情動に対する体験及び共感が記憶に及ぼす効果を 規定する要因であることを明らかにしたのである。ただ し、本研究では体験の有無と共感性の高低はお互いに独 立してものとして扱ってきた。この両者にはもちろん関 連性が想定できるので、今後の研究においてはこの両者 の関係を考慮した分析を行う必要があるだろう。
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