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高知県大月町における高校の変遷と住民意識の変容

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Academic year: 2022

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89 優秀修士論文概要

1 .研究の背景、目的、方法

 新制高校(以下、高校)は、1948年に発足して以降、全日制公立校に限らず、組合立や私立、分校、

定時制など多様な形態で各地に開かれてきた(山岸 2009)。しかし、生徒数が頂点を迎えた1990年以降、

少子化や都市部への人口流出によって「適正規模」を維持できない学校が増え、統廃合が進んでいる(国 立教育政策研究所2014)。地域から高校がなくなることは、実質的な高校教育機会の喪失となるだけで なく、人口流出やコミュニティの不活性化を招く(屋敷 2017)とされ、学校の存続問題が地域の存続 問題として受け止められるようになっている(境野・細金ほか 2015)。地域と高校の関係が問い直され ている今、両者のこれまでの関係を明らかにすることが求められている。

 香川・児玉ほか(2014)は「高校教育機会の提供構造」について、生徒拡大期における都道府県ごと の地域差などを明らかにした。しかし、都道府県内の地域差を考慮していないことで問題が生じている。

例えば、高知県を「もともとそれなりに高校教育機会を提供していた私立高校が、拡大期にもほどほど に追加的な教育機会を提供した」という「中庸型」に分類しているが、私立校は、1976年開校の明徳義 塾高校(須崎市)を除いて高知市に集中している。高知市周辺以外の地域では、当時も今も、私立校進 学は容易ではないのである。また、高校増設・全入運動など、人々の政治行動が教育政策に影響を与え てきた歴史も考慮されていない。「地域と高校」の関係を明らかにするためには、より小さな単位での 地域の実情や地域の人々の行動にも目を向ける必要がある。

 近年、国家主導の教育政策が進められてきたという戦後教育史の定説に対して、地域の主体的な働き かけも存在していたことに着目した研究が現れている。山岸(2009)は農山漁村地域に着目し、高校設 置における農山漁村地域ならではの困難や住民の行動、地域における定時制分校の社会的機能などを明 らかにした。ただ、農山漁村地域の高校が存続の危機に立たされる1990年代後半以降の展開は、十分に は明らかにされていない。

 本研究では、農山漁村地域の高校が開校し閉校するまでの変遷について、高知県幡多郡大月町に所在 した県立宿毛高校大月分校(1974-2014、以下、大月分校)を事例に明らかにすることを目的とする。

 上記の目的を達成するために、大月分校の元教員や生徒、設立に尽力した住民、閉校時の生徒や町長 らへのインタビューを行った。聞き取りに加え、大月町・高知県の高校進学に関する各種人口動態、大 月分校の学校通信『大堂』や元教員の手記(中内 2015)、町史や県の教育史、新聞記事などを用いて、

大月分校の変遷を明らかにした。大月町では、設立時には大きな住民運動が起きたにもかかわらず、閉 校時には住民運動が起こらなかった。高校の変遷において、人々の意識がどのように変わっていったの かが重要だと考え、大月分校と特に関わりの深かった住民4人に対するインタビューの分析に Riess- man(2008=2014)のナラティヴ分析を援用し、住民意識の変容を明らかにすることを目指した。

高知県大月町における高校の変遷と住民意識の変容

── 住民運動で設立された宿毛高校大月分校(1974−2014)を事例に ──

笹 島 康 仁

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2 .大月町における高校の変遷

 高校設立は、1948年の新制高校発足時から地域の悲願だった。1957年の2町村合併で大月町となった のを機に、1960年、県立幡多農業高校大月分校(昼間定時制農業科、以下、前身校)が設立される。他 の地域と同様に、土地や校舎などは町が用意した。しかし、入学志願者が多くは集まらず、1973年に閉 校が決まる。背景には、全日制普通科校の人気や、町の基幹産業である一次産業の衰退といった産業構 造の変化があった。

 前身校の閉校決定後、大月町出身の前身校教師が、同僚たちと一緒に全日制普通科高校の設立運動を 始める。この運動は爆発的な広がりを見せた。新設に後ろ向きだった県教委も次第に姿勢を変え、今度 は宿毛高校の分校として1974年の開校が決まる。設立直後は、前身校の校舎にプレハブ小屋を足しただ けだったが、自由な雰囲気で、生徒と教師の距離は近かった。新校舎建設には地域の神聖な土地が提供 された。大月分校の設立以降、町内の高校進学率は、それまで高校進学が難しかった町中心部から離れ た地域を中心に上昇する。しかし、進学率が全国水準に達する1980年ごろになると、町内の中学校から 大月分校へ進む割合(以下、町内分校進学率)が下がり始めていく。

 1990年代は生徒数の減少を受け、各都道府県が高校再編を進めていた。1995年、大月分校も入学定員 が1学級40人へと半減される。「閉校」のうわさがささやかれる中、「大月の高校を育てる会」の結成や、

高知県庁主導の「土佐の教育改革」(1996年)で地域連携が進み、学校・住民・役場・大学などの連携 によって新しい取り組みが生み出され、授業や課外活動は地域で高く評価された。1998年以降は入学志 願者が定員を超え、その後数年間は町内分校進学率も高まった。

 2003年には県教委が初の高校再編計画を策定し、統廃合の基準となる「最低規模」が初めて定められ た。第2次実施計画までは別の分校2校(現在も存続中)が募集停止の候補だったが、大月分校の入学 者が分校の最低規模(1学級20人以上)を下回る年が2年続いたことから、2009年の第3次実施計画に よって、2014年の閉校が決まった。町内分校進学率の低さが主な理由として挙げられた。この頃、創設 間もないストリートダンス部が町内外で活躍して評価され、2010年からの2年間は分校の最低基準を満 たしたものの、町外からの進学が多く、町内分校進学率は下がっていた。生徒らの存続を求める声は、

住民全体には広がらなかった。

3 .高校に対する住民意識の変容

 大月分校は、前身校の閉校決定を受けた住民運動によって設立されたにもかかわらず、その閉校時に は存続の声がほとんど上がらなかった。大月分校と住民との関係の変容を明らかにするために、大月分 校との関わりが深い住民4人に対してグループ・インタビューを行い、Riessman(2008=2014)のナ ラティヴ分析によって、大月分校に対する住民の意識の変容を明らかにすることを試みた。

 4人は大月分校を肯定的に捉えており、評価は総じて高かった。しかし、そうであっても、大月分校 の閉校を聞いた時は「やっぱり」「とうとう」などと、諦めの感情が強かったという。理由として何度 も語られたのが「人口減」である。衰退していく地域の行事や子どもの見当たらない町の様子、町の広 報に載る毎月の出生数などで、人口減や少子化は実感を伴って受け止められていた。加えて、大月分校 への入学者が減り、町内からの進学者がさらに減る中で、大月分校との関わりが比較的強い対象者で あっても、大月分校との接点の減少を実感していたことを指摘することができる。

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4 .結 論

 大月分校は県立高校であり、県の教育政策の影響を受けてはいたが、前身校時代を含め、単に教育機 会を提供されてきただけでなく、地域に住む人々がつくってきた側面もあったことが明らかになった。

学校間の序列化や都市部への人口流出という社会の大きな流れの中で、入学者数・町内分校進学率は減 少・低下していき、住民との接点が減っていた。閉校決定時には、存続の声がほとんど上らないまま閉 校に至る。町の中学校からの入学者が減り、「わが町の高校」という意識は住民の中にはほとんどなく なっていた。しかし、その進み方は直線的ではなく、地域や学校、町役場、生徒の取り組みによっても 左右されてきた。大きな社会の流れや都道府県や国単位の政策だけでなく、学校における小さな取り組 みや個人的なできごとの積み重ねが、地域と高校の関係に影響を及ぼすこともあるのである。

 閉校間際には、ある生徒を中心とした取り組みによって、町外からの入学者が増えていた。この生徒 は、自分の持ち味であるダンスを最も生かすことができる、支えてくれる環境がある場所として大月分 校を選んだ。大月分校の持ち味である規模の小ささ、教師との近さとが生きた事例でもあった。彼らは 学校の外で開かれるさまざまなイベントに参加し、生徒の側から住民との接点を増やそうとした。しか し、彼らの取り組みを評価する住民も、町内分校進学率の低下は否定的に受け止めている。数字の内実、

学校や地域の現場で起こっていることを見て、じっくり考える余裕や姿勢が住民の側にあれば、高校に 対する意識にも変化が生まれていたのではないだろうか。

 地域と学校との関係が改めて問い直されている今必要なことは、生徒・学校・地域が持つ持ち味を生 かすことであり、その過程をゆっくりと見守ることである。高校を失った地域は近年増えており、こう した地域がどのように変化しているのかを調査することが重要な課題である。

参考文献

大月町史編纂委員会(1995)『大月町史』大月町

香川めい・児玉英靖ほか(2014)『〈高卒当然社会〉の戦後史』新曜社

国立教育政策研究所(2014)『高等学校政策の全般の検証に基づく高等学校に関する総合的研究報告書』

境野健兒・細金恒男ほか(2015)「小規模高校の存続と地域」『教育』(835)、かもがわ出版、pp.33-47 中内康博(2015)『大月町に普通高校の新設を! その住民運動の記録』、自主製本

屋敷和佳(2017)「全国の公立高校再編整備の状況」『月刊高校教育』11月号、学事出版、pp.32-35 山岸治男(2009)『農村における後期中等教育の展開─新制高等学校分校制度を中心に』学術出版会

Riessman, K. C. (2008)  , SAGE Publications、大久保功子・宮坂道夫監 訳(2014)『人間科学のためのナラティヴ研究法』クオリティケア

参照