児童家庭相談員の相談効果意識に与える影響要因の 探索的研究
著者 板野 美紀
URL http://hdl.handle.net/10236/5643
− 111 − 論 文 内 容 の 要 旨
平成16年の児童福祉法改正によって、市町村が児童家庭相談の第一義的な窓口となった。このことにより 市町村は、子どもとその家族に関するあらゆる相談を受付、適切に対応しなければならなくなった。本研究 の目的は、市町村における児童家庭相談の構成要件を明らかにした上で、そうした要件が、市町村における 児童家庭相談員が「相談援助がうまく行っている」と主観的に感じる「相談効果意識」にどのように影響し ているのかを、仮設を設定し、検証することである。
本研究の意義は、全市町村の児童家庭相談機関に勤務する相談員が、職場環境および相談援助業務の効果 をどのように捉えているかを明らかにし、児童家庭相談における専門的対応や多機関連携との関連を検討す ることが、市町村における児童家庭相談の向上に資することになる点であるとしている。
本論文は、研究の目的と意義を述べた序章を除き、5つの章から構成されている。第1章は「児童家庭相 談に関する文献レビュー」、第2章は「仮説の設定」、第3章は「研究方法」、第4章は「調査研究の結果と考察」、
そして最終章である第5章は「総括と今後の課題」となっている。以下章ごとに要旨を簡潔に説明する。
第1章では、先行調査研究や理論(ファミリーセンタード・アプローチ)に関する文献レビューから、児 童相談において児童相談所からの後方支援が得られず、市町村との役割分担が不明確であるために児童家庭 相談員が専門的対応に関して不安を感じていること、要保護児童対策地域協議会における機関連携や、ケー ス(個別)検討会議の構成メンバーのグループ凝集性に注目する必要性があることを明らかにしている。ま た、前提条件として、相談員の相談援助効果に対する意識(市町村全体として、および相談員個人としての 相談効果意識)に影響を及ぼす、市町村児童家庭相談援助の構成要素を明確にする必要性があることを訴え ている。
第2章では、第1章を受けて、本研究の目的を達成するために、量的実証調査において明らかにしようと する仮説を提示している。相談員の「相談効果意識」に影響する要因に関して、①専門的な対応は、市町村 全体としての相談効果意識に最も影響する、②専門的対応は、相談員個人としての相談効果意識に最も影響 する、という2仮説である。次いで、ケース検討会議におけるグループ凝集性と「相談効果意識」との関係 に関しては、①グループ凝集性の高い群の方が、低い群よりも市町村全体としての相談効果意識が高い、② グループ凝集性の高い群の方が、低い群よりも相談員個人として相談効果意識が高いという2仮説である。
なお、第3章の冒頭で、相談援助を構成する要因として4要因(「専門的対応のための環境」因子:α= .826、「他 機関によるサービス」因子:α= .818、「体系的サービスの開発」因子:α= .858、「児童相談所と市町村の
− 112 − 認識差」因子:α= .768)を析出している。
第3章では、2章において明らかにされた仮説を操作化し、量的実証的な調査を実施する方法が示され ている。調査対象は全市町村(1973か所)の児童家庭相談業務を主に担当する者(児童家庭相談)1973人
(回収された有効回答者数1248人:63.25%)である。データ収集の方法は、郵送による自記式質問紙調査で、
平成18年度児童関連サービス調査研究等事業「市町村児童家庭相談の充実・支援に関する調査研究」(代表 研究者:芝野松次郎、分担研究者:板野美紀)の一部として実施された。
本章では、それぞれの仮説を検証するための変数の操作化において、援助効果意識(従属変数)をシング ル・アイテム・スケール(SIS)とすることの妥当性、相談援助の構成要件(独立変数)に関する質問紙作 成のプロセス、そして因子分析によって独立変数を抽出するプロセスが丁寧に示されている。
第4章では、先述の4仮説に基づき、従属変数を市町村全体の相談効果意識とする2モデルと従属変数を 相談員個人の相談効果意識とする2モデルを提示し、重回帰分析の結果(すべてのモデルの fitness=F 検定は、
1%あるいは5%水準で統計的に有意)とその詳細な考察について述べ、また、グループ凝集性と相談効果 意識の関係をx2検定により分析した結果(1%水準で統計的に有意)とその考察について述べている。
最終章の第5章では、第4章で得られた結果とその考察を総括し、市町村における児童家庭相談では、「専 門的対応のための研究」整備と「グループ凝集性」の向上の結果として生れると考えられる「多機関による サービス提供」が「相談効果意識」に影響する重要な要因となっているとしている。さらに「専門的対応の ための環境」の整備が、相談員の「相談効果意識」に最も影響していることから、この課題の解決が市町村 における児童家庭相談員のためには最優先課題であるとしている。
今後の課題として、市町村における児童家庭相談員のための環境整備について次のような提言をしている。
1)相談員の採用時点でのスクーリング、2)研修や訓練の機会の充実、3)シパービジョンの充実、4)
相談活動の評価とその結果の蓄積の必要性である。また、相談員自身が、5)責任を自覚すること、6)専 門的な対応は可能であると認識することが重要であるとしている。
本研究の課題としては、研究結果から専門的対応に関わる環境要因が重要であることを確認したが、市町 村における児童家庭相談員の「専門的対応」あるいは「専門性」そのものを対象として調査することができ なかった点を上げ、今後の研究課題とする旨を述べている。
論 文 審 査 結 果 の 要 旨
板野美紀氏の博士学位申請論文審査委員会は、審査結果の要旨を以下のようにまとめるとともに、本委員 会が今後の板野氏の研究に期待することを「課題」として報告する。
1.本研究の意義
市町村が児童家庭相談の第一義的窓口となり、要保護児童対策において重い責任を担うこととなった。こ とに専門的な人材の不足や、その人材を支援する制度的、システム的環境の整備不足によって、市町村がこ うした重責に耐え得るかどうかが危惧された。しかし、先行の児童虐待防止ネットワークが、代表者会議、
実務者会議、そして個別ケース検討会議という3層からなる要保護児童対策地域協議会へと移行するととも に、都道府県の児童相談所から支援を受けながら、市町村における調整機関が、相談ケースの進行管理を行 うというシステムが動き出している。
板野美紀氏の研究は、市町村の調整機関において勤務する児童家族相談員が、こうしたシステムの中で自 らが行う相談援助と機関全体としての相談援助の有効性(効果)についてどのように感じており、それがシ ステムを含む相談援助環境の中のどのような要素に影響されているかを明らかにしようとした研究である。
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多くの問題を抱えながら、市町村児童家庭相談はようやく歩み出した。有効に機能し始めている自治体もあ るが、増加の一途を辿る児童虐待事例の通告に直面し、多くの自治体は厳しい運営を強いられている。板野 氏の研究によって明らかとなった「専門的対応のための環境」の整備、多機関連携における構成メンバー(多 様な専門職など)の「グループ凝集性」の向上などといった要因の強化は、市町村の児童家庭相談の質向上 に大いに貢献するものであり、本研究の社会的意義として高く評価できると考える。
2.仮説検証型量的研究としての意義
市町村における児童家庭相談の問題点に関する調査研究として、記述型の量的あるいは質的調査は多く存 在するが、板野氏の研究のように仮説検証型の量的調査は少ない。詳細かつ丁寧な先行調査のレビューと理 論に関する文献調査の結果に基づき仮説を設定し、全市町村を対象とした量的調査手法により、市町村の児 童家庭相談を構成する要件と児童家庭相談員の相談効果意識との因果的関係を統計学的に検証した研究は、
希少かつ貴重な研究であると言える。
量的研究の場合は、変数(独立変数としての相談援助を構成する要件と従属変数としての相談効果意識)
の操作化の妥当性が重要になる。独立変数に関しては、文献研究を丁寧に行ったうえで質問紙を作成し、探 索的因子分析の手法を用いて構成要因を抽出しており、手続き的には問題なく、構成妥当性を確認すること ができる。一方、従属変数については、SIS(シングル・アイテム・スケール)を用いており、表面妥当性
(face validity)は確認できるものの、構成妥当性を論じることはできない。しかし、この点に関しては文献 により SIS を用いることの正当性を丁寧に説明しており、一定の了解を得ることができた。因果的関係の分 析に関しては、因子スコアを用いての重回帰分析に問題を感じる。潜在因子と観測変数との間に確定的な関 係を見出せないためであるが、文献では、探索的に抽出された因子の因子スコアを重回帰分析で用いること がある程度容認されており、分析の健康度(robustness)を大きく損なうものでないと判断できた。したがっ て板野氏の仮説検証型量的調査デザインは内的妥当性および外的妥当性(全数調査であるため)があると判 断でき板野氏の調査研究から得られた結果の汎用がある程度可能であり、それがこの研究をさらに貴重なも のとしていると言える。
3.課題
本研究では、児童家庭相談員が所属する自治体の児童家庭相談機関および相談員自身が相談援助を効果的 に行っていると感じるかどうかに影響を及ぼす要因として「専門的対応のための環境」の整備がもっとも大 きな要因であることを明らかにしている。そうした環境の整備が相談員の専門性を高めることになるという 板野氏の主張は重要かつ評価すべきものではあるが、氏自身が指摘するように、「専門性」あるいは「専門 的対応」の中身が何であるかを明確にすることが、現場では望まれている。それは抽象的な「専門性」とい う理念の研究ではなく、たとえば市町村の児童家庭相談員が通告ケースが都道府県レベルの児童相談所に送 致すべきケースであるのか、それとも市町村で対応すべきケースなのかを判断するために必要な専門的知識 および技術を具体的に見出すことである。こうした研究への取り組みを期待したい。
以上、審査結果の要旨を説明したが、板野美紀氏の論文は博士学位申請論文としての水準に達しており、
博士学位の授与に値するものと判断する。