石造 文化財 の保存科学的研 究

Download (0)

Full text

(1)

石造 文化財 の保存科学的研 究

浦 奈穂美

石 材 は 、 古 代 か ら現 代 に至 る ま で 、 宗 教 ・芸 術 活 動 お よ び 日常 生 活 に利 用 され て き た 。 中 に は 、 優 れ た 芸 術 性 や 文 化 的 価 値 を備 え る もの も あ る 。 石 材 が紙 や 布 な ど の有 機 材 料 に く らべ て破 損 しに く く 、温 度 ・湿 度 の 変 化 に 長 期 間 耐 え得 る こ とは 、 材 料 と して の利 点 で あ る。 この た め 、露 出環 境 下 で 何 百 年 間 も形 を と どめ た もの も 多 い が 、 現 在 そ れ ら に劣 化 が 進 行 して

い るの は否 め な い。

石 材 の 劣 化要 因 は 多様 で あ る 。 そ れ らは 、 主 に3つ に 大 別 され る が 、単 独 で は な く複 合 して 石 材 に作 用 す る 。 そ して 、 時 と共 に加 速 す る の が 通 常 で

あ る。 以 下 に石 材 の 劣 化 要 因 を示 す 。

第1に 、物 理 的 劣 化 で あ る。 これ は 、 石 材 の 外 部 ・内部 で 発 生 した結 晶 圧 が 石 材 に亀 裂 や 剥 落 を生 じ させ 、 最 終 的 に砕 片 へ と崩 壊 させ る こ と で あ る。

この 結 晶 圧 は 、 水 が 氷 と な る時 、 そ して塩 類 が 発 生 す る時 に 生 じる圧 力 の こ とで あ る 。 石 材 の 引張 強 さよ り も結 晶 圧 の ほ うが 大 き くな る こ と が原 因 で あ り、結 晶 の 成 長 に伴 い劣 化 程 度 お よ び範 囲 が拡 大 す る。

第2に 、化 学 的 劣 化 で あ る。岩 石 は 、地 中 に埋 ま って い る時 が 安 定 状 態 で 、 地 表 に 露 出 して い る時 が不 安 定 状 態 で あ る 。 不 安 定 状 態 と は 、生 成 され た 環 境 とは 異 な る環 境 下 に置 か れ た岩 石 が 、 そ の 環 境 下 で 安 定 す る よ う に変 化 す る こ と をい う。 これ に よ り、 膠 結 力 の 低 下 や 塩 類 の 発 生 が起 こ る。

第3に 、生 物 的 劣 化 で あ る。植 物 で は 、樹 木 、地 衣 類 、 藻 類 が 要 因 とな る。

樹 根 は 間 隙 に 入 り込 む 性 質 が あ るの で 、 そ の よ うな 場 合 、 樹 根 は懊 の よ う な 働 き を して 亀 裂 を生 じ させ 、成 長 と共 に 亀 裂 を 大 き くす る。 ま た 、 地 衣 類 の 仮 根 か らは 地 衣 酸 が 供 給 され 石 材 に有 機 的 に作 用 して土 壌 化 が准 行 す

(2)

114

る。 何 れ も植物 の 生 長 に 伴 っ て 劣 化 が 促 進 され る が 、 樹 根 が 巨 大 化 した場 合 に は 枯 死 した 時 の 影 響 も大 き く、 建 物 の 崩 壊 の 恐 れ が 生 じ る 。 そ の 他 、 動物 も要 因 とな る。

以 上 が 石 材 の 主 な 劣 化 機 構 で あ る 。 この よ うな 劣 化 機 構 を参 考 に 、 十 輪 院 石 仏 寵 にお い て 進 行 して い る劣 化 の 要 因 を追 求 した 。

奈 良 市 ・十 輪 院 石 仏 寵 は 、 各 一 材 の 花 闇 岩 に刻 まれ た彫 刻 と切 石 か ら成 り、地 蔵 菩 薩 を は じめ とす る彩 色 の残 る尊 像 や種 字 に よ って 立 体 的 に構 成 され て い る 。 しか し現 在 、 白 色 の析 出 物 の 発 生 や それ に よ る石 材 表 面 と顔 料 の 剥 落 が石 仏 寵 表 面 に 認 め られ て い る。 そ れ らの 析 出 物 は 、 石 仏 寵 の石 体 表 面 お よ び 目地 漆 喰 に 白 色 の粉 状 の 塊 とな って 発 生 して お り、 石 仏 籠 の 全 体 に点 在 して い る 。 保 存 の 対 策 を講 じる に は劣 化 の 要 因 を 調 査 して 、 そ の 状 態 を詳 しく正 確 に 知 る こ とが 必 要 で あ る。 した が っ て 、 本 研 究 は 、 劣 化 の 要 因 や 大 気 汚 染 の 影 響 を把 握 して 今 後 の 保 存 活 動 の 資 料 とす る こ と を

目的 と して い る。

石 造 文 化 財 の保 存 対 策 に は、 諸 々の 項 目を事 前 に 調 査 す る必 要 が あ るが 、 個 人 的 な調 査 で も あ るの で 、 本 研 究 で は以 下 の 項 目の 基 礎 的 調 査 を行 っ た。

① 十 輪 院 本 堂 内 部 の 大 気 環 境

② 析 出物 の 科 学 組 成

③ 石 材 表 面 に お け るpH値 の 測 定

大 気 環 境 に 関 して は 、 奈 良 大 学 保 存 料 学 研 究 室 が測 定 して い る数 値 を 基 に 、 温 度 ・湿 度 お よ び 大 気 汚 染 物 質 につ い て 考 察 を 行 っ た 。析 出 物 は 、 エ ネル ギ ー分 散 型 蛍 光 エ ック ス線 分析 装 置 に よ り分析 し、 石 材 表 面 のpH値 の 測 定 は 、pHメ ー タに て 行 っ た 。 な お 、 本 石 仏 寵 は重 要 文 化 財 に指 定 され て い るた め 、 析 出物 の 採 取 お よびpH測 定 は その 前 方 に建 つ 経 塔 周 辺 に止 め た 。

経 塔 のpH測 定値 か ら は、 床 面(Ocm)に 近 い ほ どpH値 が 高 く、 上 方 ほ ど pH債 が低 くな る傾 向 が あ り、相 対 的 にみ て 、経 塔 の 上 方 ほ ど表 面物 質 の 水 溶 液 の酸 性 度 が 高 い 。pH測 定 値 か ら は 、石 材 表 面 の 組 成 成 分 や 付 着 した物

(3)

質 の 化 学 組 成 は 不 明 で あ るが 、測 定 箇 所 に よ っ てpH測 定 値 が 違 う こ と は 、 付 着 物 質 の 化 学 組 成 も し く は量 に 違 い が あ る こ と を示 す と考 え られ る。 そ

して 、 石 仏 寵 で も同 じ よ う に 、測 定 箇 所 よ っ てpH測 定 値 が 違 うこ とが 推 測 され る 。

石 仏 寵 表 面 に は 、 白色 析 出 吻 が 発 生 して い る。 この よ うな塩 類 の 析 出 に は 、 水 と可 溶 性 塩 類 の 供 給 が 不 可 欠 で あ る 。 そ こ で 、 水 と可 溶 性 塩 類 が ど の よ うに して 供 給 され るの か を検 討 した。

十 輪 院 本 堂 内 部 の 環 境 は 外 部 よ り安 定 して い る一 方 で 、 高 湿 度 状 況 に な る 日が あ る こ とが 認 め られ る。 特 に 、梅 雨 期 に は 、 石 仏 寵 の 表 面 が 濡 れ た よ うな状 態 に な る こ と も あ る とい う。 この こ とか ら 、大 気 中 の 湿 度 が 水 分 の 供 給 源 に な る こ とが 推 測 され る。 石 材 は 、液 体 と して の 水 分 の 供 給 が 全 く無 くて も、 高 湿 度 環 境 下 で大 気 中 か ら多 量 の 水 分 を吸 収 し、 低 湿 度 下 で 放 出 す る 。 した が っ て 、 比 較 的 高 い 湿度 が 塩 類 の析 出 しや す い 環 境 をつ く る要 因 に な って い る 。 ま た 、大 気 か ら供 給 され る ほ か に 、地 下 水 が土 壌 を 通 して供 給 され て い る可 能 性 もあ る 。

可 溶 性 塩 類 の 供 給 源 を検 討 した と こ ろ 、地 下 水 に 含 まれ る成 分 と石 材 を 構 成 す る鉱 物 か らの遊 離 イ オ ン で あ る と堆 測 され る 。

地 下 水 は 、地 表 面 を流 れ る河 川 に く らべ る と含 有 成 分 の 濃 度 が 高 い 。 し た が っ て 、 豊 富 に 可 溶 性 塩 類 を含 ん だ 地 下 水 が 土 壌 を 通 して 石 材 に 吸 収 さ れ 、 水 分 の 蒸 発 と と も に そ れ ら が石 体 表 面 に析 出 した とい う こ とが 考 え ら れ る。

一 方、 可 溶 性 塩 類 が 鉱 物 か ら供 給 され る こ とに は 、鉱 物 の 劣 化 が 関 係 し て い る 。花 闇 岩 の 主 要 構 成 鉱 物 は 、雲 母 ・石 英 ・長 石 類 で あ り 、長 石 類 か ら は 、水 と炭 酸 ガ スの 作 用 に よ って カ オ リナ イ ト(Al、Si,o,(OH)、)が 生 成 され 、溶 解 され た金 属 イオ ンが遊 離 す る。 析 出物 の 蛍 光 エ ッ ク ス線 分 析 の 結 果 か ら、 可 溶 性 塩 類 と して カ ル シ ウ ム が 多 く検 出 され た 。 この 結 果 か ら、

地 下 水 成 分 の カル シ ウ ム や 主 に灰 長 石 の 含 有 成 分 の カル シ ウ ムが 塩 類 の 生

(4)

116

成 要 因 に な っ た と考 え られ る。 した が っ て 、 カル シ ウ ム が 大 気 汚 染 物 質 の 硫 酸 と反 応 して塩 類 を析 出 した こ とが推 測 され よ う。

析 出 物 の蛍 光 エ ック ス線 分 析 の 結 果 か ら、 硫 黄 が検 出 され た 。 一 般 的 な 石 材 に は 多 少 硫 黄 分 が 含 ま れ て い る が 、 サ ン プ ル か らは 、 お お よ そ20〜

40%の 硫 黄 が 検 出 され て い る 。 この 結 果 か ら 、可 溶 性 塩 類 と反 応 して塩 類 を析 出 させ るの は 、 大 気 中 の硫 黄 と考 え られ る 。硫 黄 は 、酸 素 な ど との 化 学 反 応 を繰 り返 す と最 終 的 に硫 酸 に な る。 その 硫 酸 ミス トが 石 材 に付 着 し て 塩 類 析 出の 要 因 に な って い る。 本 堂 建 物 に よ っ て緩 和 され て は い る が 、1 年 を通 して 外 部 か ら二 酸 化 硫 黄 が本 堂 内 へ 流 入 して お り、外 部 の 影 響 を受 け続 けて い る とい え る。

以 上 か ら 、地 面 に 接 した 石 材 に お い て は 、毛 細 管 現 象 に よ っ て ほ か の 成 分 と と も に吸 いLげ られ た カル シ ウ ムや 鉱 物 の 粘 土 化 作 用 に よ っ て 遊 離 し た カル シ ウ ム が 、 大 気 中 の 硫 酸 ミス トと反 応 して 塩 類 を析 出 させ た と考 え られ る。 石 材 に 含 有 され る カル シ ウ ム量 を考 慮 す る と、 特 に 、毛 細 管 現 象 に よ っ て吸 い上 げ られ た カル シ ウ ムの 影 響 が大 き い と考 え られ る 。

Ca2+十H2SO4十2H20→CaSO4・2H20十H2

地 面 に接 して い な い 石 材 に お い て も 、 カ ル シ ウ ム と硫 酸 ミス トの 反 応 が 起 きて い る可能 性 が あ る。

この ほ か 、 今 回 サ ンプ ル か らは 確 認 され な か っ た 可 溶 性 塩 類 が 、大 気 中 の 酸 性 物 質 と反 応 して 石 体 表 面 に 析 出 して い る こ と も あ り得 る。 可 能 性 と して は 、 ナ トリウ ム と硫 酸 ミス トが反 応 して 生 成 した 硫 酸 ナ トリウ ム で あ る。

2Na+十H2SO4→Na2SO4十H2

本 研 究 に お い て は 、 様 々 な デ ー タ を 参 考 と して 劣 化 要 因 を探 っ た 。 そ こ か らは 、 一 般 的 な 劣 化 要 因 を探 る こ とが で き た 。 しか し、 石 造 文 化 財 に 与 え る影 響 が 大 きい の は 、現 代 に お い て は 自然 環 境 は も ち ろ ん の こ と人 工 的 な 劣 化 要 因 も見 過 ごせ な い 。 中で も、 大 気 汚 染 物 質 が酸 性 雨 と な っ て 屋 内

(5)

外 の 石 造 文 化 財 を劣 化 させ た例 が 多数 報 告 され て い る。 した が っ て 、 現 在 で は 、 大 気 環 境 の 改 善 が 石 造 文 化 財 の 保 存 の 前 提 で あ る と い って も過 言 で は な く 、石 造 文 化 財 自体 の 保 存 処 理 も さる こ と な が ら、 そ の保 存 環 境 の 整 備 も必 要 なの で あ る。

Figure

Updating...

References

Related subjects :